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特開2022-53869合金組成物および合金組成物の製造方法、並びに金型
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022053869
(43)【公開日】2022-04-06
(54)【発明の名称】合金組成物および合金組成物の製造方法、並びに金型
(51)【国際特許分類】
   C22C 1/04 20060101AFI20220330BHJP
   B22F 3/16 20060101ALI20220330BHJP
   B22F 3/105 20060101ALI20220330BHJP
   B33Y 10/00 20150101ALI20220330BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALI20220330BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20220330BHJP
   C22C 30/00 20060101ALN20220330BHJP
   C22C 27/04 20060101ALN20220330BHJP
【FI】
C22C1/04 D
B22F3/16
B22F3/105
B33Y10/00
B33Y80/00
B33Y70/00
C22C30/00
C22C27/04 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020160739
(22)【出願日】2020-09-25
(71)【出願人】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】白鳥 浩史
(72)【発明者】
【氏名】小関 秀峰
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA21
4K018BA09
4K018CA44
4K018EA51
4K018EA60
4K018KA18
(57)【要約】
【課題】
アルミニウム合金の鋳造に対して十分な融点を有するとともに、硬さが高くカジリの発生を抑制できる合金組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】
合金組成物は、Mo-Cr系樹枝状組織と、Mo-Cr系樹枝状組織の周囲を埋める、Ni-Al系樹枝間組織と、を備え、前記Mo-Cr系樹枝状組織内に最大粒径300nm以下のB2規則相を有する微細粒子が析出している積層造形体である。合金組成物において、Mo+Cr+Ni+Al=100at.%としたとき、Ni+Al=15~50at.%、Mo+Cr=50~85at.%である化学組成I、またはNi+Al=40~70at.%、Mo+Cr=30~60at.%である化学組成IIを採用することができる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mo-Cr系樹枝状組織と、
前記Mo-Cr系樹枝状組織の周囲を埋める、Ni-Al系樹枝間組織と、を備え、
Mo+Cr+Ni+Al=100at.%としたとき、
Ni+Al=15~50at.%、Mo+Cr=50~85at.%であり、
前記Mo-Cr系樹枝状組織内に最大粒径300nm以下のB2規則相を有する微細粒子が析出している積層造形体である、ことを特徴とする合金組成物。
【請求項2】
前記Mo-Cr系樹枝状組織が組織の全体に占める樹枝状組織の面積の割合が50~85%である、請求項1に記載の合金組成物。
【請求項3】
Niが7.5~25at.%であり、
Alが7.5~25at.%であり、
Crが10~25at.%であり、
残部がMo及び不可避不純物である、ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の合金組成物。
【請求項4】
Mo-Cr系樹枝状組織と、
前記Mo-Cr系樹枝状組織の周囲を埋める、Ni-Al系樹枝間組織と、を備え、
Mo+Cr+Ni+Al=100at.%としたとき、
Ni+Al=40~70at.%、Mo+Cr=30~60at.%であり、
前記Mo-Cr系樹枝状組織内に最大粒径300nm以下のB2規則相を有する微細粒子が析出している積層造形体である、ことを特徴とする合金組成物。
【請求項5】
前記Mo-Cr系樹枝状組織が組織の全体に占める樹枝状組織の面積の割合が50~70%である、請求項4に記載の合金組成物。
【請求項6】
Niが20~35at.%であり、
Alが20~35at.%であり、
Crが10~50at.%であり、
残部がMo及び不可避不純物である、ことを特徴とする請求項4または請求項5に記載の合金組成物。
【請求項7】
Ni+Al=40~50at.%、Mo+Cr=50~60at.%である、請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項8】
前記Mo-Cr系樹枝状組織内において、Cr/Mo比率が異なる領域が存在する、請求項1~請求項7のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項9】
前記Mo-Cr系樹枝状組織内のCr/Mo比率が樹枝状組織の中央部に比べて樹枝縁部の方が高い、請求項8に記載の合金組成物。
【請求項10】
前記Mo-Cr系樹枝状組織の最大のアーム幅またはアーム間隔が10μm以下である、請求項1~請求項9のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項11】
ロックウェル硬さが45HRC以上である、請求項1~請求項10のいずれか一項に記載の合金組成物。
【請求項12】
Mo、Cr、NiまたはAlの単体金属粉末、並びに、Mo、Cr、NiおよびAlから選択される2種以上の金属からなる合金粉末の一方または双方を含む原料粉末を溶融、凝固させて積層造形する、請求項1~請求項11のいずれか一項に記載の合金組成物の製造方法。
【請求項13】
積層造形する際に基材部を400℃~800℃に予熱しながら積層造形する、請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
請求項1~請求項11のいずれか一項に記載の合金組成物を補修材に用いた金型。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばアルミニウム合金を鋳造する際に用いられる金型の補修材に好適な合金組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金の低圧鋳造、重力鋳造、ダイカストに用いられる金型には、例えば、JIS(Japanese Industrial Standards) SKD61が用いられている。同じ金型で鋳造を繰り返して行うと、金型には損傷が生じる。損傷の原因としては、溶損、カジリが知られている。損傷が生じると、損傷した部分に溶接による肉盛りをして補修する。補修材としては、高融点でかつ高温における耐クリープ特性の優れた耐溶損性を備えた合金が好ましい。この合金の一例が、特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表平1-502680号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示される合金によれば、高融点で耐高温変形特性に優れるので、アルミニウム合金に対して耐溶損性を備えるであろうことが推測される。しかしながら、金型の損傷の原因の一つであるカジリに対して、特許文献1に開示される合金では不十分である。つまり、カジリに対しては硬さが高いことが要求されるが、特許文献1に開示される合金は、HVで300~370程度、HRCでは30~38程度の硬さであり、硬さが低い。
【0005】
以上より、本発明は、例えば、アルミニウム合金の鋳造に対して耐溶損性を備えるとともに、硬さが高くカジリの発生を抑制できる合金組成物および合金組成物の製造方法、並びにこの合金組成物を用いた金型を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、Mo-Cr系樹枝状組織と、Mo-Cr系樹枝状組織の周囲を埋める、Ni-Al系樹枝間組織と、を備え、上記Mo-Cr系樹枝状組織内に最大粒径300nm以下のB2規則相を有する微細粒子が析出している積層造形体であり、耐溶損性と耐カジリ性に優れる合金組成物を提供する。
【0007】
本発明の合金組成物において、耐溶損性を重視する場合には、以下の化学組成Iを採用し、硬さが高いことに起因する耐カジリ性の向上や、合金組成物の低融点化という効果を重視する場合には、以下の化学組成IIを採用する。
<化学組成I>
Mo+Cr+Ni+Al=100at.%としたとき、Ni+Al=15~50at.%、Mo+Cr=50~85at.%
<化学組成II>
Mo+Cr+Ni+Al=100at.%としたとき、Ni+Al=40~70at.%、Mo+Cr=30~60at.%
【0008】
本発明の合金組成物において、化学組成Iを採用する場合には、組織の全体に占めるMo-Cr系樹枝状組織の面積の割合が50~85%である。また、本発明の合金組成物において、化学組成IIを採用する場合には、組織の全体に占めるMo-Cr系樹枝状組織の面積の割合が50~70%である。
【0009】
本発明の合金組成物において、化学組成Iを採用する場合には、好ましくは、Niが7.5~25at.%であり、Alが7.5~25at.%であり、Crが10~25at.%であり、残部がMo及び不可避不純物である。
【0010】
本発明の合金組成物において、化学組成IIを採用する場合には、好ましくは、Niが20~35at.%であり、Alが20~35at.%であり、Crが10~50at.%であり、残部がMo及び不可避不純物である。
【0011】
化学組成I、IIは一部の範囲が重複している。この重複範囲、すなわち、Ni+Al=40~50at.%、Mo+Cr=50~60at.%とすることが、耐溶損性、硬さの向上、合金組成物の低融点化の観点からは最も好ましい。
【0012】
本発明の合金組成物は、Mo-Cr系樹枝状組織内において、好ましくは、Cr/Mo比率が異なる領域が存在する。Mo-Cr系樹枝状組織内のCr/Mo比率が異なる領域としては、例えば、Cr/Mo比率が樹枝状組織の中央部に比べて樹枝縁部の方が高い形態が挙げられる。
【0013】
本発明の合金組成物において、好ましくは、Mo-Cr系樹枝状組織の最大のアーム幅またはアーム間隔が10μm以下である。
【0014】
本発明の合金組成物において、好ましくは、ロックウェル硬さが45HRC以上である。
【0015】
本発明は、以上で説明した合金組成物の製造方法として、Mo、Cr、NiまたはAlの単体金属粉末、並びに、Mo、Cr、NiおよびAlから選択される2種以上の金属からなる合金粉末の一方または双方を含む原料粉末を溶融、凝固させる製造方法を提案する。
【0016】
また本発明は、以上で説明した合金組成物の製造方法として、Mo、Cr、NiまたはAlの単体金属粉末、並びに、Mo、Cr、NiおよびAlから選択される2種以上の金属からなる合金粉末の一方または双方を含む原料粉末を溶融、凝固させて積層造形する製造方法を提案する。積層造形は、Mo-Cr系樹枝状組織を微細化する上で有効である。
【0017】
また、本発明の製造方法は、Mo、Cr、NiまたはAlの単体金属粉末、並びに、Mo、Cr、NiおよびAlから選択される2種以上の金属からなる合金粉末の一方または双方を含む原料粉末を溶融、凝固させる肉盛金型の補修方法にも適用され得る。
【0018】
本発明の製造方法は、好ましくは、積層造形する際に基材部を400℃~800℃に予熱しながら積層造形する。
【0019】
また、本発明は合金組成物を補修材に用いた金型である。また、本発明の合金組成物は積層造形用の合金粉末や合金塊に適用することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の合金組成物によれば、Mo-Cr系樹枝状組織により、主に耐溶損性が向上する。また、Ni-Al系樹枝間組織により、主に硬さが高くなる。これ
により、耐溶損性と、高い硬さを備えた合金組成物とすることができる。この合金組成物によれば、例えばアルミニウム合金の鋳造において金型のカジリの発生を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の実施例に係る合金組成物の走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)によるミクロ組織を示す写真である。
図2(a)】本発明に係る樹枝状組織の一次樹枝のアーム幅W1および二次樹枝のアーム幅W2、二次樹枝のアーム間隔W3を説明する図であり、樹枝状結晶のモデルに基づいて一次樹枝のアーム幅W1および二次樹枝のアーム幅W2、二次樹枝のアーム間隔W3を特定する図である。
図2(b)】本発明の実施例に係る合金組成物に基づいて一次樹枝のアーム幅W1および二次樹枝のアーム幅W2を特定するミクロ組織写真である。
図2(c)】本発明の実施例に係る合金組成物に基づいて一次樹枝のアーム幅W1および二次樹枝のアーム幅W2を特定するミクロ組織写真である。
図3】本実施形態に係る合金組成物の製造手順を示す図である。
図4】本実施例に係る合金組成物の凝固速度を変えた試料のミクロ組織を示す写真である。
図5】本実施例に係る合金組成物および従来合金の硬さを比較するグラフである。
図6(a)】本実施例に係る合金組成物(試料No.5:インゴット)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図6(b)】本実施例に係る合金組成物(試料No.5:インゴット)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図6(c)】本実施例に係る合金組成物(試料No.5:インゴット)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図6(d)】本実施例に係る合金組成物(試料No.5:インゴット)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図7(a)】本実施例に係る合金組成物(試料No.6:インゴット)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図7(b)】本実施例に係る合金組成物(試料No.6:インゴット)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図7(c)】本実施例に係る合金組成物(試料No.6:インゴット)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図7(d)】本実施例に係る合金組成物(試料No.6:インゴット)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図8】本実施例に係る合金組成物(試料No.5~7:インゴット)を、X線回折(X‐raydiffraction:XRD)により結晶構造解析した結果を示す図である。
図9(a)】本実施例に係る合金組成物(試料No.8:積層造形体)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図9(b)】本実施例に係る合金組成物(試料No.8:積層造形体)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図9(c)】本実施例に係る合金組成物(試料No.8:積層造形体)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図10(a)】本実施例に係る合金組成物(試料No.9:積層造形体)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図10(b)】本実施例に係る合金組成物(試料No.9:積層造形体)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図10(c)】本実施例に係る合金組成物(試料No.9:積層造形体)のミクロ組織を示す写真(SEM観察像)である。
図11】本実施例に係る合金組成物(試料No.7:インゴット、試料No.8,9:積層造形体)を、X線回折(X‐ray diffraction:XRD)により結晶構造解析した結果を示す図である。
図12(a)】本実施例に係る合金組成物(試料No.7:インゴット)について、樹枝状組織の元素分布を評価した結果を示す図である。
図12(b)】本実施例に係る合金組成物(試料No.7:インゴット)について、樹枝状組織の元素分布を評価した結果を示す図である。
図13】試料No.8(積層造形体)をTEM(Transmission Electron Microscope:透過電子顕微鏡)で観察したTEM像である。
図14図13に示した領域A内の樹枝状組織における電子線回折の結果である。
図15】試料No.8(積層造形体)の上記領域AをSTEM(Scanning Transmission Electron Microscope:走査透過電子顕微鏡)で観察したSTEM像である。
図16(a)】図13に示した領域B内の樹枝間組織であって、試料No.8(積層造形体)の領域BをSTEMで観察したSTEM像である。
図16(b)】図13に示した領域B内の樹枝間組織であって、試料No.8(積層造形体)の領域BをSTEMで観察したSTEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の実施形態について説明する。尚、以下「~」を用いて表される数値範囲は「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含むことを意味する。また、上限値と下限値は任意に組み合わせることができる。
【0023】
本実施形態に係る合金組成物は、鋳造用の金型に用いられると、耐溶損性を備えるとともにカジリを抑制できる硬さを備える。これら特性は、専らその組織に起因して得られる。
【0024】
[組織]
本実施形態に係る合金組成物1は、図1に示すように、樹枝状組織3と樹枝間組織5の二つの相を備える。樹枝状組織は、デンドライト組織(dendrite)とも称される。図1において、樹枝状組織3は明度が高く白色で示され、樹枝間組織5は明度が低く灰色で示されている。樹枝状組織3は、MoとCrを主体とするMo-Cr相を形成しており、合金組成物1の主相を構成する。樹枝間組織5は、NiとAlを主体とするNi-Al相を形成しており、合金全体の硬化を担う副相を構成する。樹枝間組織は、インターデンドライト組織、柱状間組織などとも称される。
【0025】
[樹枝状組織]
樹枝状組織3は、本実施形態に係る合金組成物1に耐溶損性を付与する。樹枝状組織3の中で、Moは融点が2623℃と高く、耐溶損性だけを考慮すればMoだけから主相を構成することになる。しかし、鋳造用の金型として用いられる場合には、耐溶損性の他に、耐酸化性も要求される。そこで耐酸化性向上を目的として、Moに加えてCrを含有させる。Crの融点は1907℃であり、Moに比べると融点は低いが、表面に極薄く緻密な保護性酸化物(Cr)を生成して耐酸化性に寄与する。
【0026】
樹枝状組織3は、体心立方格子構造(body-centered cubic:bcc)を主体とするが、B2規則相を部分的に有する。B2規則相は、bccを基本格子として第1隣接原子間で規則化した結晶構造を有しており、本発明におけるB2規則相はNi、Alを主体とした規則相である。
【0027】
樹枝状組織3において、Moの量が多くなると耐溶損性が高くなり、Crの量が多くなると耐酸化性が高くなる。要求される特性に応じて、MoとCrの比率を決めればよい。つまり、特に耐溶損性が要求される場合にはMoの比率を高くし、特に耐酸化性が要求される場合にはCrの比率を高くすればよい。もっとも、樹枝状組織3において、Crは少量の添加でも耐酸化性が得られる。
【0028】
なお、樹枝状組織3はMoとCrの上位二元素の含有量が多いMo-Cr系の固溶体を主体として含むものであって、樹枝間組織5に含まれるNiとAlおよび不可避不純物等を含むことを妨げるものではない。以下、本明細書では、樹枝状組織をMo-Cr系樹枝状組織と記載することがある。なお、後述する実施例で示すように、Mo-Cr系樹枝状組織はMoおよびCrのみを含むものと解釈されるべきではなく、AlやNi等の元素の含有は許容される。
【0029】
Mo-Cr系樹枝状組織3において、Crは樹枝状組織の縁部分に濃化し、縁のCr濃度が高い。これは、図1において、一次樹枝アームおよび二次樹枝アームの縁の部分の色が濃くなっているところに現れている。樹枝縁部は、樹枝間組織と樹枝状組織の接続領域であり、組織の連続性を持たせるために、組成が傾斜していることが望ましい。樹枝間組織と樹枝状組織の間で組成が傾斜し、連続性を有することは、Mo、Cr、Ni、Alそれぞれの、耐溶損性、耐酸化性、高い硬さといった特性が連続的に傾斜することを意味し、すなわち、場所による特性差が生じ難いということを意味する。樹枝状組織における各元素の濃度分布はEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)によって評価できる。まず、鏡面研磨した試料を準備し、樹枝状組織が十分に入る領域(たとえば50μm×50μm)について、面分析を行う。得られた分析結果を濃度表示に変換する。樹枝状組織を横断するように、任意の位置で線分析評価を行い、元素分布を評価する。樹枝縁部と樹枝中央部でCr/Mo比率をそれぞれ算出する。
【0030】
本発明の合金組成物では、樹枝縁部と樹枝中央部のCr/Mo比率を比較すると、樹枝中央部に比べて樹枝縁部のCr/Mo質量比(重量比)が高いことが確認できた。このようにして、樹枝状組織内部での元素分布の評価ができる。なお、縁部においてはCr含有比率が増大するとともにNiとAlの含有量についても増大していた。樹枝縁部においてNiAlの固溶強化する、あるいは析出強化することは、耐Al溶損合金として有効である。
【0031】
bccを主体とする樹枝状組織内に存在するB2規則相は、TEM(Transmission Electron Microscope)による高倍率観察で確認できる。観察用サンプルは、例えばFocused Ion Beam(FIB)によるマイクロサンプリング法により100nm程度の厚みの試験片を切り出し、TEM観察に供することができる。TEM観察において、樹枝状組織を狙いφ200nmの制限視野回折を行い、得られた電子線回折像の解析結果から、bcc構造を示す回折パターンとわずかに存在するB2規則相のスポットを同定できる。また、B2規則相のスポットに合わせて暗視野像を撮像すると、B2規則相の分布状態を確認できる。本発明の合金組成物においては、およそ最大径(最大粒径)が170nm以下の大きさの粒状のB2規則相が存在することを確認している(図15参照)。このB2規則相は凝固後の室温までの冷却中に析出する場合と凝固後に熱処理することで析出する場合とがある。凝固後の冷却中に析出する場合は、冷却速度が遅くなるほど析出量が多くなる、もしくは、B2規則相サイズが大きくなる傾向にある。たとえば、積層造形時に400℃~800℃で予熱しながら造形した場合に析出量が多くなる。このような微小な析出物は、室温から比較的高温まで安定に存在し、転位の移動を妨げる働きをするため、樹枝状組織の変形抵抗を高める。つまり、これらの存在が、本発明の合金組成物における硬さの増大や軟化抵抗の高さに寄与していると考えられる。従って、B2規則相の最大粒径は300nm以下、望ましくは200nm以下であることが好ましい。
【0032】
なお、B2規則相(析出粒子)の大きさ(粒径)は、観察領域中に観察された析出粒子の最大長を直径とすることができる。観察方法としては、例えば、走査電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、任意の観察領域内にて観察された析出粒子の最大長を測定すれば良い。また、円相当径、すなわち、任意の観察領域内で観察できた析出粒子の面積を測定し、析出粒子の面積と同面積の真円の直径を算出し、その直径を析出粒子の直径とすることもできる。さらに、上記方法にて得られた観察領域内の各析出粒子の直径を、観察された析出粒子の数で割った値を析出粒子の平均粒径とすることもできる。
【0033】
[樹枝間組織]
次に、本実施形態に係る樹枝間組織は、本実施形態に係る合金組成物に機械的な強度、特に硬さを付与する。硬さは、鋳造で生じるカジリに対応するために要求される。樹枝間組織5は、NiとAlを主体とする固溶体または金属間化合物からなる。樹枝間組織5は、好ましくはNiとAlを概ね1:1の比率で含むNiAl金属間化合物からなる。この金属間化合物は、体心立方格子構造(body-centered cubic:bcc)とそれに類似するB2型の結晶構造を有している。これらの金属間化合物は、高温強度および耐酸化性に優れており、アルミニウム合金鋳造用の金型に適している。NiAl金属間化合物の融点は1638℃であり、硬さはおよそ41HRCである。また、NiAlの他に、NiAlは面心立方晶を基本格子とする対称性のよいL12型規則構造の金属間化合物によってNiおよびAlを含む樹枝間組織5を構成することもできる。NiAlの硬さはおよそ44HRCである。
【0034】
なお、Ni-Al系金属間化合物は数種類存在しており、例えばNiAlの硬さはおよそ62HRCである。これらの金属間化合物は、積層造形工程で生成され、500℃~700℃程度の温度域に晒されても大きな変化は起こらない。そのため、700℃程度のAl溶湯が繰り返し付着するような金型に本願の合金組成物を適用した場合、合金組成物の硬さに変化が無く、すなわち、軟化抵抗が高く、硬さが維持される。要するに、本願の合金組成物は、700℃でも安定した組織を有するため、この温度での繰り返し負荷に対し、変化が起こり難く、長期間の使用に供されても硬さの低下がほとんど生じないことも従来材料に対する有利な特徴である。
【0035】
例えば、Alダイカスト金型に適用される代表的な従来材料として、SKD61が挙げられる。実際にSKD61は40HRCを超える硬さで使用されることが多いが、大抵の場合は熱処理によって45HRCに調質される。このときの焼き戻し温度は600℃~650℃程度であるため、SKD61基材そのままでは、焼き戻し温度を超える700℃のAl溶湯が繰り返し付着した場合には軟化が生じてしまう。そこで、SKD61基材の表面に窒化処理(例えば50~200μmの表層を800~1000Hv程度まで向上させる窒化処理)が行われることがあるが、Alダイカスト金型に適用される場合には、繰り返しの熱影響により、窒化処理層が徐々に消失して最終的にはSKD61基材に軟化が生じてしまうという課題がある。
【0036】
なお、樹枝間組織5はNiとAlの上位二元素の含有量が多いNi-Al系の金属間化合物を主体に含むものであって、樹枝状組織3に含まれるMoとCrおよび不可避不純物等を含むことを妨げるものではない。以下、本明細書では、樹枝間組織をNi-Al系樹枝間組織と記載することがある。なお、後述する実施例で示すように、Ni-Al系樹枝間組織はNiおよびAlのみを含むものと解釈されるべきではなく、MoやCr等の元素の微量の含有は許容される。
【0037】
図1に示すように、樹枝間組織5はMo-Cr系樹枝状組織3の間を埋めるように存在する。樹枝間組織5は、Alを含んでいるために、耐溶損性の観点からすると、合金組成物を占める量が少ない方が好ましい。しかし、カジリに対応するためには、金型を構成する材料の硬さが高いことが好ましい。そこで、本実施形態においては、Ni-Al系樹枝間組織5を形成させることによる硬化を利用する。本実施形態における合金の硬さは、耐カジリ性を向上させることが目的のため、金型の基材として用いられるSKD61の熱処理前の硬度よりも高硬度であることが望ましい。すなわち、本実施形態における合金は、45HRC以上、さらには50以上、好ましくは55HRC以上である。硬さは、高すぎると靭性の低下をもたらすため、上限は70HRC、好ましくは65HRC以下である。
【0038】
[主相と副相の比率]
本実施形態に係る合金組成物において、耐溶損性を重視する場合には、樹枝状組織3が合金全体に占める面積の比率が50~85%であることが好ましい。樹枝状組織3の面積比率が50%未満では、十分な耐溶損性が得られなくなるおそれがある。なお、耐溶損性は、樹枝状組織3が占める面積の比率の影響が大きいが、樹枝状組織3の微細の程度にも影響を受ける。つまり、樹枝状組織3が微細なほど、耐溶損性が向上する。一方、樹枝状組織3の面積比率が85%を超えると、硬化相としての樹枝間組織5が少なくなり、十分な硬さが得られなくなるおそれがある。なお、硬さも、樹枝間組織5が占める面積の比率の影響が大きいが、樹枝状組織3の微細の程度にも影響を受ける。つまり、同じ組成であっても、樹枝状組織3が微細なほど、硬さが向上する。
【0039】
以上の通りであり、耐溶損性および硬さを考慮し、原料の組成比を変える、造形時の冷却速度を変えるなどして、樹枝状組織3および樹枝間組織5のそれぞれが占める面積の比率を調整することが好ましい。
【0040】
なお、樹枝状組織3が合金全体に占める面積の比率は、合金断面を鏡面に研磨後、SEM観察を実施し、このSEM像を2階調化したのちに導出することにより得られる。
【0041】
本実施形態に係る合金組成物において、耐溶損性よりも硬さや低融点化を重視する場合には、樹枝状組織3が合金全体に占める面積の比率が50~70%であることが好ましい。すなわち、樹枝状組織3が合金全体に占める面積の比率が50~70%である場合には、硬化相としての樹枝間組織5が合金全体に占める面積の比率が30~50%となるため、十分な硬さを得られやすい。また、樹枝状組織3の主成分であるMoは融点が高いため、樹枝状組織3が合金全体に占める面積の比率を50~70%とすることで、合金組成物の融点を下げることができる。
【0042】
[樹枝状組織のアーム幅及びアーム間隔]
前述したように、樹枝状組織が微細なほど耐溶損性が向上する。また、樹枝状組織が微細なほど硬さが高くなる。本実施形態において、樹枝状組織における微細の程度は、樹枝状組織のアーム幅またはアーム間隔によって特定されるものとする。
【0043】
図2(a)にはモデル化された樹枝状晶を示している。樹枝状晶は、幹といえる一次樹枝10がはじめに形成され、次いで、一次樹枝10に、その軸に直交するように枝といえる二次樹枝20を形成する。本実施形態において、好ましくは、一次樹枝および二次樹枝で構成される樹枝状組織の最大のアーム幅W1,W2、アーム間隔W3がともに50μm以下とされる。より好ましい最大のアーム幅W1,W2、アーム間隔W3は30μm以下であり、さらに好ましい最大のアーム幅W1,W2、アーム間隔W3は20μm以下、より一層好ましい最大のアーム幅W1,W2、アーム間隔W3は10μm以下である。最大のアーム幅W1は、300倍の倍率で撮像したSEM像の視野中において、一次樹枝アームの伸長方向に直交する方向の幅の最大値を最大のアーム幅W1として求めることができる。同様に、最大のアーム幅W2、アーム間隔W3は、300倍の倍率で撮像したSEM像の視野中において、二次樹枝アームの伸長方向に直交する方向の幅の最大値を最大のアーム幅W2、隣接する二次樹枝アームの中心線間距離の最大値をアーム間隔W3として求めることができる。
【0044】
図2(b)には後述する実施例の試料No.1におけるアーム幅W1,W2が示されている。試料No.1の最大のアーム幅W1はおよそ20μmであり、最大のアーム幅W2はおよそ45μmである。以下、最大のアーム幅W1,W2を、単にアーム幅W1,W2ということがある。
【0045】
図2(c)には後述する実施例の試料No.4におけるミクロ組織写真が示されているが、アーム幅W1およびアーム幅W2ともに10μm以下であることがわかる。このように、試料No.1よりも試料No.4の組織が微細である。図2(b)および(c)の2つの写真より、樹枝状組織のアーム幅W1,W2が小さい、つまり樹枝状組織が微細であれば、樹枝状晶組織の間を埋める樹枝間組織も微細になり、アーム間隔W3が小さくなることがわかる。これは、仮に合金全体に占める樹枝状組織と樹枝間組織の比率が同じであっても、アーム幅W1,W2、アーム間隔W3が小さくなれば、一つ一つの樹枝状組織および樹枝間組織が小さくなることを意味する。
【0046】
前述したように、MoCrとNiAlを比べると、NiAlの耐溶損性が劣る。ここで、Ni-Al系樹枝間組織を微細にすれば、溶損に寄与する面積が小さくなり、且つ表層の一部が溶損するに留まるため、結果的に溶出量が減じることとなり、合金組成物全体として、耐溶損性が向上する。このような組織の微細化は、前述のように硬さの向上にもつながるため、金型損傷の抑制に必要な耐溶損性と硬さの向上に寄与する。
【0047】
ここで、溶損は以下の(1)および(2)の2つのメカニズムにより生じることが知られている。
【0048】
(1)物理的溶損(キャビテーションエロージョン)
金型の内部において形状が急変する部分で溶湯が急加速されキャビテーションが発生すると溶損が生じる。キャビテーションとは、液体の流れの中で圧力差により短時間に泡の発生と消滅が起きる物理現象をいう。泡の消失時に生じる圧力衝撃による応力が作用し、機械的に表面を損傷させるため、損傷対策としては、表面の強度向上が有効である。すなわち、硬さの向上が耐溶損性に有効といえる。
【0049】
(2)化学的溶損(化合物生成による溶損)
金型表面にアルミニウム合金溶湯が接触するとアルミニウムの拡散が生じ、金型表面にアルミニウム合金が溶着する。溶着された金型の表面部分が、溶着したアルミニウム合金とともに脱落する。このような化学的溶損には、アルミニウムとの反応性の低い材料の適用が有効である。すなわち、アルミニウムとの共晶点をもたず、融点の高い材料の適用が有効である。
【0050】
次に、以上で説明した組織を有する合金組成物の化学組成Iおよび化学組成IIについて説明する。
【0051】
化学組成Iは、化学組成IIよりもMoとCrの合計量が多く(Mo+Crの上限値が85at.%)、耐溶損性を重視した組成である。
【0052】
化学組成IIは、化学組成IよりもNiとAlの合計量が多い(Ni+Alの上限値が70at.%)。化学組成IIは、硬さが高いことに起因する耐カジリ性の向上や、合金組成物の低融点化という効果を重視した組成である。
【0053】
Ni+Alの量が多くなると、本実施形態に係る合金組成物の硬さが高くなるが、耐溶損性が低くなることがある。Mo+Crの量が多くなると、本実施形態に係る合金組成物の耐溶損性が高くなるが、硬さが低下し融点が高くなる。これらの傾向を踏まえて、合金組成物の製造方法や用途に応じて、化学組成I、IIを適宜採用することができる。
【0054】
[合金組成物の化学組成I]
Ni+Al=15~50at.% Mo+Cr=50~85at.%
Mo+Cr+Ni+Al=100at.%としたとき、
Ni:7.5~25at.% Al:7.5~25at.%
Cr:10~25at.% 残部:Moおよび不可避的不純物
Ni+Alの量は、樹枝間組織の量に影響を与える。つまり、Ni+Alの量が15at.%以上になると、機械的損傷を抑制するための硬さが付与される。Ni+Alの量が50at.%を超えると、主に耐溶損性を担うMoとCrからなる樹枝状組織の量が少なくなる。そこで、Ni+Alは15~50at.%とするのが好ましい。Ni+Alの含有量は、より好ましくは20~45at.%、さらに好ましくは30~45at.%である。
【0055】
NiおよびAlのそれぞれは、7.5~25at.%の範囲で含有できる。それぞれの含有量が7.5at.%未満では、樹枝間組織の量が少なく硬さが不十分になることがある。また、含有量が25at.%を超えると、MoとCrからなる樹枝状組織の量が少なくなり、耐溶損性が不足することがある。NiおよびAlのそれぞれの量は、より好ましくは10~25at.%であり、さらに好ましくは15~25at.%、より一層好ましくは20~25at.%である。
【0056】
次に、Mo+Crの量は、耐溶損性に影響を与える。つまり、Mo+Crの量が50at.%未満であると、主に耐溶損性を担う樹枝状組織の量が少なくなる。Mo+Crの量が85at.%を超えると原料の融点が高くなり、以下の不具合が生じることが懸念される。また、析出硬化を担う樹枝間組織の量が少なくなる。そこで、Mo+Crは50~85at.%とするのが好ましい。Mo+Crの含有量は、より好ましくは50~80at.%、さらに好ましくは50~70at.%である。
【0057】
<Mo+Crの量が85at.%を超えて原料の融点が高くなった場合の不具合>
・後述するように、本実施形態に係る合金粉末は、例えばアトマイズ法によって製造することができる。粉末製造工程であるアトマイズの際に、坩堝内において、高融点の原料がうまく溶けずに溶け残りが生じるなどして、溶湯の組成制御が困難である。
【0058】
たとえアトマイズ法によって合金粉末を製造できたとしても、得られた合金粉末にレーザ光を照射して積層造形しようと試みても、溶融と脱泡、堆積が十分に進みにくく、欠陥の含まれた造形体が形成される可能性が高い。換言すると、Mo+Crの量が85at.%を超えた高融点の原料をアトマイズできたとしても、造形性が悪い粉末となってしまう。仮に高周波溶解炉の出力を高めて、高融点の原料を溶かし込んだとしても、その温度では坩堝(一般に,アルミナ,ジルコニアなど)が耐えられずに損傷するなどして、出湯までに至らず、合金を得ることができない。また、坩堝の損傷を回避できたとしても、坩堝から出湯ノズルまでの経路の温度も高温に保つ必要があるため、消費電力が大きい。仮に出湯ノズル部分の温度が低い場合には、出湯時に詰まってしまうなどの問題が起こる。
【0059】
Crは10~25at.%の範囲で含有され、Moは合金全体に対してNi、AlおよびCrを差し引いた残部として定義される。Crの含有量は、10at.%未満では耐酸化性が不足することがあり、25at.%を超えると耐溶損性を担うMoの量が少なくなる。つまり、耐溶損性を重視する場合にはMoの含有量を増やし、耐酸化性を重視する場合にはCrの含有量を増やすとよい。Crの含有量を増やしていくと、融点が徐々に低下する。
【0060】
より好ましいCrの量は12~20at.%であり、さらに好ましいCrの量は12~18at.%である。
【0061】
C,B,Siは、合金の融点を下げつつ、Mo,Cr,Ni,Alと炭化物やホウ化物、ホウケイ化物等の硬質粒子を形成し耐摩耗性の向上に寄与する。また、Siは脱酸材として添加される化学成分でもあり、溶湯の清浄度を高める効果もある。C,B,Siの含有量は0.01at.%以上でその効果を発揮するが、8.0at.%を超えて添加すると硬質粒子の量が多くなり積層造形時に割れが生じやすくなる。そのため、化学組成Iにおいて、C,B,Siを積極的に添加する場合、0.01~8.0at.%とする。
【0062】
[合金組成物の化学組成II]
合金組成物の化学組成は、耐カジリ性の向上や原料の低融点化を重視する場合においては、好ましくは以下の組成を有する。
【0063】
Ni+Al=40~70at.% Mo+Cr=30~60at.%
Mo+Cr+Ni+Al=100at.%としたとき、
Ni:20~35at.% Al:20~35at.%
Cr:10~50at.% 残部:Moおよび不可避的不純物
【0064】
硬さを重視する場合には、樹枝間組織の量に影響を与えるNi+Alの量を40at.%以上とする。但し、Ni+Alの量が70at.%を超えると、主に耐溶損性を担うMo-Cr系樹枝状組織の量が少なくなる。そこで、所望の硬さと耐溶損性を兼備するためには、Ni+Alは40~70at.%とするのが好ましい。化学組成IIにおいて、Ni+Alの含有量は、より好ましくは40~65at.%、さらに好ましくは40~55at.%である。
【0065】
NiおよびAlのそれぞれは、20~35at.%の範囲で含有できる。この範囲でNiおよびAlを含有することにより、硬さを50HRC以上とすることができる。化学組成IIにおいて、NiおよびAlのそれぞれの量は、より好ましくは20~30at.%であり、さらに好ましくは20~25at.%である。
【0066】
耐溶損性に影響を与えるMo+Crの量は、化学組成IIにおいては、30~60at.%とする。Mo+Crの量が30at.%未満では、主に耐溶損性を担う樹枝状組織の量が少なくなり、所望の耐溶損性を得ることが困難となる。一方、Mo+Crの量が60at.%を超えると、樹枝間組織の量が少なくなるため、硬さを重視する場合には、Mo+Crの量の上限を60at.%とするのが好ましい。化学組成IIにおいて、Mo+Crの含有量は、より好ましくは35~60at.%、さらに好ましくは40~60at.%である。
【0067】
Crは10~50at.%の範囲で含有され、Moは合金全体に対してNi、AlおよびCrを差し引いた残部として定義される。Crの含有量は、10at.%未満では耐酸化性が不足することがあり、50at.%を超えると耐溶損性を担うMoの量が少なくなる。つまり、耐溶損性を重視する場合にはMoの含有量を増やし、耐酸化性を重視する場合にはCrの含有量を増やすとよい。
【0068】
上述のとおり、Crの含有量を増やしていくと、融点が徐々に低下するが、Crの含有量が50at.%程度になると再び融点が上昇し始める。よって、合金組成物の融点低下を重視する場合には、より好ましいCrの量は15~45at.%であり、さらに好ましいCrの量は20~40at.%である。合金組成物の融点低下による利点としては、以下が挙げられる。
【0069】
<合金組成物の融点低下による利点>
本実施形態に係る合金粉末は、例えばアトマイズ法によって製造することができる。原料の融点が低くなると、アトマイズの際に、坩堝内において原料が短時間でうまく溶け込むため、均一組成の溶湯を得られやすく、出湯ノズルで詰まることなく出湯可能となる。原料を低温で溶解できると坩堝の寿命も延びるため、生産コストが低減する。アトマイズ粉末を使って積層造形する場合には、一般的なレーザ光の出力によって、溶け残ることなく原料が溶融し、脱泡と堆積が進むため、欠陥のない造形体を形成しやすい。換言すると、低融点の原料をアトマイズして作製した粉末は、造形性が良い。
【0070】
C,B,Siは、合金の融点を下げつつ、Mo,Cr,Ni,Alと炭化物やホウ化物、ホウケイ化物等の硬質粒子を形成し耐摩耗性の向上に寄与する。また、Siは脱酸材として添加される化学成分でもあり、溶湯の清浄度を高める効果もある。C,B,Siの含有量は0.01at.%以上でその効果を発揮するが、8.0at.%を超えて添加すると硬質粒子の量が多くなり積層造形時に割れが生じやすくなる。そのため、化学組成IIにおいても、C,B,Siを積極的に添加する場合、0.01~8.0at.%とする。
【0071】
以上の通りであり、合金組成物の製造方法や用途に応じて、化学組成I、IIを適宜採用することができる。
【0072】
化学組成I、IIは一部の範囲が重複している。この範囲、すなわち、Ni+Al=40~50at.%、Mo+Cr=50~60at.%とすることが、耐溶損性、硬さの向上、合金組成物の低融点化の観点からは最も好ましい。
【0073】
[合金組成物の形態、製造方法]
本実施形態に係る合金組成物は、例えば、下記するような合金塊や積層造形物、またはそれを得るための合金粉末として利用される。合金粉末は、一例として、積層造形法の一種である粉体肉盛法の原料としても利用される。
【0074】
本実施形態の合金組成物の製造方法としては、Mo、Cr、NiおよびAlの少なくとも1種からなる単体金属粉末、並びに、Mo、Cr、NiおよびAlから選択される少なくとも2種の金属からなる合金粉末の一方または双方を含む原料粉末を溶融、凝固させる製造方法を用いることができる。なお、単体金属粉末は1種でも2種でも、またそれ以上でもよいし、また合金粉末も1種でも2種でもよい。具体的な一例として、単体金属粉末であるMo粉末およびCr粉末と、合金粉末であるNiAl粉末と、の混合物を原料合金とすることができる。あるいは、合金粉末であるNiAlとMoCr合金と、の混合物を原料合金とすることができる。MoとCrは全率固溶であるので、MoCr合金の組成は自由に調整できる。Crを多く含むCrMo合金は融点が低いため、溶融池形成のきっかけを作りやすい。
【0075】
MoCr合金におけるCrの比率が80~90at.%になる(すなわち、Moの比率が10~20at.%)とMoCr合金の融点は最も低下し、1700℃程度となる。尚、溶融池形成のきっかけを作り易いとは次のようなことである。低融点化したMoCr合金にレーザ光が照射されるとこの組成粉末から溶融が開始される。液化したMoCr合金は活性な金属表面を有し、流動性が高まるため、周囲に存在するNiAl粉末と濡れながら接触面積を増やし、熱を伝達するとともに、この接触部でも合金化することで低融点化を起こし、融解を促しやすい。このように、低融点化した組成粉末を混在させることは、溶融池の形成し易さ、安定性を向上させる。従って、Crを多く含むCrMo合金とNiAl粉末と、を混合することで溶融池の安定形成が可能となり、造形性を向上させることができる。
【0076】
また、本実施形態の製造方法では、その過程に溶融、凝固工程を有していることが肝要であり、その一例を下記する。
【0077】
[合金粉末の製造方法]
この合金粉末の製造方法の一例を、図3を参照して説明する。この製造方法は、スプレードライヤーを用いて原料粉末を造粒した後に、焼成することにより合金粉末を得ることを要旨とする。
【0078】
この製造方法は、原料準備工程S101、原料混合工程S103、造粒工程S105、焼成工程S107および合金化工程S109を備える。原料準備工程S101において、原料として、たとえば、Mo粉末、Cr粉末、Ni粉末およびAl粉末を、得たい合金組成物の組成に応じて準備する。原料は、単体としての金属粉末に限るものではなく、たとえば、MoCr合金粉末、NiAl合金粉末であってもよいし、Mo粉末とCr粉末とNiAl合金粉末であってもよい。これら原料粉末の粒径は得たい合金粉末の粒径に応じて適宜選択すればよい。
【0079】
次に、原料混合工程S103において、原料準備工程S101で準備した原料粉末をパラフィンなどのワックスと湿式で混合する。混合には、公知の機器、たとえば、アトライターを用いることができ、原料粉末、ワックスに加えて分散媒としての例えばエタノールをアトライターに投入して湿式混合して混合粉末のスラリーを得ることができる。
【0080】
次に、造粒工程S105において、原料混合工程で得られたスラリーをスプレードライヤーによって噴霧および乾燥させ、混合物の粉末を造粒する。
【0081】
次に、焼成工程S107において、造粒工程S105で造粒した混合物の粉末を乾燥炉に投入し、400℃以上600℃以下の脱脂温度で脱脂した後に、600℃以上の焼成温度で焼成する。脱脂温度は、使用するワックスの除去が可能な温度であり、焼成温度は、混合物の粉末粒子を固化するための温度である。焼成を経た造粒粉末は、原料粉末同士が固着しているものの、合金化はなされていない。
【0082】
次に、合金化工程S109において、焼成工程S107を経た造粒粉末を、焼成工程S107における焼成温度よりも高い温度に曝して合金化する。この合金化には、たとえば、プラズマなどの高温領域に通過させる熱プラズマ液滴精錬(PDR:thermal plasma-droplet-refining)を用いることができる。PDRを用いた合金化処理により、造粒粉末は瞬時に溶融し凝固される。あるいは、焼成工程S107の後、合金化を目的とし、さらに昇温することで各粉末同士の接触部を合金化することができる。この粉末は、積層造形に用いるための強度を有している。
【0083】
ここで、熱プラズマとは気体にエネルギを加えることで気体中の分子を原子の状態に解離し、原子をさらにイオンと電子に電離させた電離気体であり、電気炉により金属片の加熱を行う従来の製造方法と比べて、非常に高い温度、具体的には、高温部では温度が5000℃以上に加熱することが可能である。このように極めて高温の雰囲気を形成する熱プラズマ中では、Moのように高融点の粉末であっても瞬時に溶解することが可能である。
【0084】
加えて、熱プラズマにより、局所的に極めて高温の雰囲気を生成できるため熱プラズマの領域と周囲の雰囲気とでは、急激な温度勾配が形成できる。この急激な温度勾配により、熱プラズマの高温部において、金属片は瞬時に溶解され、自身の表面張力により球状となる。球状化した金属片は周囲の雰囲気により、すばやく融点以下に冷却され、凝固して金属球を形成することができる。
【0085】
以上の工程により、本実施形態に係る合金粉末が製造される。このように、焼成工程S107を経てワックスが除去されて固化された造粒粉末を、合金化工程S109において瞬時に加熱して溶融および凝固させる。これにより、得られる合金粉末の樹枝状組織は微細である。また、得られる合金組成物は、表面張力によって一つ一つの粒子が真球に近い形状となり、かつ、粒子表面が滑らかになる。
【0086】
[他の粉末製造方法]
本実施形態に係る合金粉末は、アトマイズ法によって製造することができる。アトマイズ法は、高圧噴霧媒体の運動エネルギによって溶融金属を液滴として飛散させかつ凝固させて粉末を製造する。適用される噴霧媒体、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法およびジェットアトマイズ法等に区分される。本実施形態に係る合金粉末を製造するのに、いずれのアトマイズ法も採用できる。アトマイズ法により得られる合金粉末も溶融し凝固され、凝固速度も速いので、樹枝状組織を微細にできる。
【0087】
水アトマイズ法は、溶解した金属をダンディッシュ底部より流下させ、この溶湯流に噴霧媒体として高圧の水を吹きつけ、この水の運動エネルギにより噴霧させる。水アトマイズ法は、他のアトマイズ法に比べて凝固時の冷却速度が速い。ただし、得られる粉末は不規則形状を有している。
【0088】
ガスアトマイズ法は、噴霧媒体として高圧ガス、例えば窒素、アルゴンなどの不活性ガスあるいは空気が用いられる。ガスアトマイズによる粉末は、球状になりやすい。これはガスによる冷却速度が水に比べて小さいことが主な原因と解されており、液滴とされた溶融粒が凝固するまでに表面張力により球状化するためである。
【0089】
ジェットアトマイズ法は、噴霧媒体として灯油などの燃焼炎が用いられ、音速を超える高速で且つ高温のフレームジェットを溶湯に噴射し、溶湯が比較的長い時間にわたって加速され、粉砕される。この粉末は球状になりやすく、より微細化された粒度分布を得ることができる。
【0090】
EiGA法(電極誘導溶解ガスアトマイズ法)は、インゴットを作製しておき、これを電極材として、誘導コイルで溶解して、直接アトマイズする方法である。MoCrとNiAlは融点が異なるため組成によってはアトマイズ炉の中で分離してしまうことがあるが、この場合は、攪拌力の大きい炉でインゴットを作製し、EIGA法を適用することで、均質な組成の粉末を得ることができる。
【0091】
以上で説明した合金粉末の製造方法は、本発明における一例であり、本発明は他の製造方法により合金粉末を製造できる。
【0092】
[合金塊の製造方法]
合金塊は、最も典型的には、溶解炉で溶湯金属を得た後に、所定の金型に注湯して凝固させる溶解・鋳造法で得ることができる。溶解炉としては、電気エネルギを熱エネルギに変換して溶解する炉、ジュール熱を利用する電気抵抗炉、電磁誘導電流を利用する低周波誘導炉、渦電流を利用する高周波誘導炉,アーク溶解炉などがある。溶解・鋳造法で得られる合金塊は、金型の形状に従った形状を有しており、平板状、直方体状など種々の形状を取り得る。
【0093】
本実施形態に係る合金塊は、積層造形法により造形された部材を含んでいる。ここでいう積層造形法は、原料粉末を溶融、凝固し凝固層を形成する。この操作を繰り返し行い、凝固層を積層することで所定形状の部材にすることを意味しており、粉体肉盛を含む概念を有している。例えば、アルミニウム合金の鋳造金型について、本実施形態に係る合金組成物を粉体肉盛りして、損傷部分を補修することができる。この補修された部分は、本実施形態に係る合金塊を構成する。
【0094】
粉体肉盛には、例えば、プラズマ粉体肉盛溶接およびレーザ粉体肉盛溶接を用いることができる。プラズマ粉体肉盛溶接は、熱源にプラズマを用いる。プラズマ粉体肉盛溶接は、不活性なアルゴン雰囲気中で溶接を行うため、表面は平滑かつ、内部には空孔が少ない肉盛層を形成できる。
【0095】
レーザ粉体肉盛溶接は、熱源にレーザを用いる。レーザ粉体肉盛溶接は、入熱域を狭くすることができるため、薄い対象物に肉盛ができる利点がある。また、レーザ粉体肉盛溶接では、昇温される領域が小さいため、基材との温度勾配は大きくなり、レーザ光が通過したのちは急激に温度低下が起こり急冷される。よって、溶融、凝固させるので樹枝状組織の微細化にとって有利である。
【0096】
レーザ粉体肉盛溶接には、レーザメタルデポジション(Laser Metal Deposition:LMD)を用いることができる。LMDは、基材にレーザ光を照射しながら原料粉末を供給することで、基材表面に肉盛層を形成する。
【0097】
粉体肉盛の原料粉末としては、上述した方法または上述した方法以外の方法で製造された合金粉末を用いることができる。
【0098】
また、複数種類の粉末を供給できる粉体肉盛溶接機であれば、Mo粉末、Cr粉末、Ni粉末およびAl粉末を原料とすることができるし、MoCr合金粉末およびNiAl合金粉末を原料とすることもできる。この場合、肉盛りの最中に原料粉末は溶融、凝固することにより合金化される。この方式であれば、基材から表面にかけて傾斜組成とすることができる。傾斜組成とは、基材成分とMoCrとNiAlとの比率を変えることで、基材から表面にかけて硬さや組成の比率の異なる組成と言える。基材と造形材料(つまり肉盛合金材料)の硬さの差をなくすことは、造形材料と基材間での割れの低減に繋がる。
【0099】
また、表面部において耐溶損性と耐カジリ性が表面の隣り合った領域でそれぞれ必要な場合は、MoCrとNiAlの比率を変えたものを各々の領域に付加することができる。このように、金型の耐溶損性が必要な部位と耐カジリ性が必要な部位について、それぞれ組成を変えた肉盛合金を形成し、耐摩耗性に優れた高機能金型を得ることができる。
【0100】
[用途]
本発明の組成物を用いた用途としては、アルミニウム合金鋳造用の金型の補修材として好適に用いられる。例えば、アルミホイール成型用の低圧鋳造型の金型やエンジンのアルミシリンダヘッドの金型に用いられる。また、他の高温に耐えることが要求される部材にも広く適用される。例えば、高速回転により摩擦熱が発生し得るような軸受け等に適用できる。
【0101】
また、本発明の合金組成物の製造方法は、肉盛金型の補修方法にも適用され得る。
【0102】
[実施例1]
次に、実施例に基づいて本発明の一例を説明する。
【0103】
以下の4種類の原料粉末を準備し、下記の合金組成になるように混合した。
【0104】
Mo粉末:粒径3~8μm
Cr粉末:粒径1~5mm
Ni粉末:粒径8~15mm
Al粉末:粒径40μm以下
合金組成:
Mo;45at.% Cr;15at.% Ni;20at.% Al;20at.%
【0105】
以上の原料粉末を高周波誘導溶解炉にて溶解した後に合金塊を得た。この溶解、鋳造したままの合金塊を試料No.1とする。試料No.1の液相線温度を求めたところ、1630℃であった。なお、液相線温度はThermo-calc(熱力学データベース:SSOL6)による計算値である。
【0106】
試料No.1に1200℃で2時間保持する熱処理を施した合金塊を試料No.2とする。また、溶解、鋳造したままの合金塊について、レーザ光を照射することにより、部分的な再溶融、凝固を行った。再溶融の条件は以下の通りである。なお、走査速度が遅い方の合金塊を試料No.3とし、速い方の合金塊を試料No.4とする。実施例1で作製した試料No.1~4のサイズは、いずれも直径20mm×長さ50mmである。
【0107】
再溶融条件
装置:IPG社製YLR-2000-S 2kWファイバーレーザ
出力:1200W
サイドガス:Ar
レーザ光入射角度:10°
レーザ光走査幅:13mm
レーザ光走査速度:100mm/min(試料No.3)
500mm/min(試料No.4) 試料No.1,3,4について、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope)により、ミクロ組織観察を行った。その結果を図4に示す。なお、試料No.3,4については、再溶融・凝固を行った部分について観察を行った。硬さについても同様である。
【0108】
また、試料No.1~4および従来合金について、ビッカース硬さ試験機によって、室温において、荷重1000gf、保持時間15秒でビッカース硬さを測定した。測定は10回行い、最大値と最小値を除いた8点の平均値を記録した。測定したビッカース硬さ(HV)をロックウェル硬さ(HRC)に換算した。なお、換算には、ASTM(American Society for Testing and Materials) E140 表2を参照した。その結果を図5に示す。従来合金は、オーストリアのPlansee社によるDENSIMET 185である。なお、DENSIMETはPlansee社の登録商標である。
【0109】
組織観察位置とアーム幅の測定位置は、試料を切断した断面、つまり二次元の面上である。試料が合金塊の場合は、塊の中心部から観察および測定用の断面を有する試料を切り出す。再溶融・凝固の場合(試料No.3、No.4)は、レーザの走査方向に平行な断面を形成し、その断面を研磨後に観察を行った。なお、反射電子像を撮影し、樹枝状組織と樹枝間組織から、一次樹枝および二次樹枝のアーム幅W1,W2を求めた。一次樹枝のアーム幅は樹枝状組織の成長方向における最大幅を測定した。二次樹枝のアーム幅は任意の10か所について測定し、平均値とした。なお、図4に示すように、試料No.1,3,4のいずれも、樹枝状組織と樹枝間組織との複合組織を有していることがわかる。この組織は、組成差によるコントラストの違いによって観察される。ここで、反射電子像について2階調化し、画像解析ソフトにて、各色の面積率を導出した。
【0110】
まず、組織観察の結果、試料No.1,3,4の順で組織が微細になっている。これは、凝固の際の冷却速度が影響している。つまり、高周波誘導溶解炉にて溶解した後に鋳造して得た試料No.1は、レーザ光の照射による局所的な再溶融、凝固に比べて、凝固時の冷却速度が遅い。また、試料No.3と試料No.4については、レーザ光の走査速度が速い方が凝固時の冷却速度が速くなるために、試料No.4の方が試料No.3に比べて組織が微細である。試料No.1,3,4それぞれのアーム幅W1、W2の測定結果は,以下の通りであった。
【0111】
試料No.1:W1=20μm,W2=30μm,樹枝状組織の面積率=68%
試料No.3:W1=6μm,W2=10μm,樹枝状組織の面積率=62%
試料No.4:W1=6μm,W2=4μm,樹枝状組織の面積率=70%
次に、図5に示すように、本実施例に係る試料No.1~4のいずれも50HRC以上の硬さを有しており、試料No.2を除けば55HRC以上の硬さを有している。したがって、本実施例に係る試料No.1~4をアルミニウム合金の鋳造金型の補修材として用いると、カジリに対して高い耐性を示す。これは、樹枝状組織の面積率が85%より少なく、硬質層なNi-Al系樹枝間組織が微細に存在しているからである。特に、再溶融、凝固により組織が微細化された試料No.3,4は、60HRC以上の硬さを有しており、カジリに対する優れた耐性を示す。
【0112】
また、試料No.1と試料No.2より、本実施形態の合金組成物は、高温熱処理を施すことにより、硬さを調整することができる。
【0113】
エネルギ分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy:EDX)により、試料No.1の樹枝状組織と樹枝間組織の組成分析を行った。その結果は以下の通りである。
樹枝状組織:
Mo;72.2at.% Cr;24.6at.%
Ni;1.8at.% Al;1.4at.%
樹枝間組織
Ni;49.9at.% Al;45.2at.%
Mo;0.8at.% Cr;4.1at.%
以上の組成分析の結果から、樹枝間組織は、NiとAlが1対1の組成比を有する、NiAl金属間化合物を主体としているものと認められる。
【0114】
[実施例2]
実施例1で準備した原料粉末を用いて、以下の3種類の合金組成となるように混合した以外は、試料No.1と同様の手順で合金塊を得た。これらの溶解、鋳造したままの合金塊を試料No.5、6、7とする。実施例2で作製した試料No.5~7のサイズは、いずれも直径20mm×長さ50mmである。
試料No.5の合金組成:
Mo;15at.% Cr;35at.% Ni;25at.% Al;25at.%
試料No.6の合金組成:
Mo;10at.% Cr;50at.% Ni;20at.% Al;20at.%
試料No.7の合金組成:
Mo;19at.% Cr;19at.% Ni;28at.% Al;34at.%
【0115】
[比較例]
比較例として、実施例1で準備した原料粉末を用いて、以下の合金組成となるように混合した。この混合粉末を用いて、試料No.1と同様の手順で合金塊を得ようと試みたが、高周波誘導溶解炉での溶融ができず、合金塊を得ることができなかった。
【0116】
Mo;65at.% Cr;25at.% Ni;5at.% Al;5at.%
【0117】
[試料No.1、5~7、比較例についての考察]
試料No.5、6、7、比較例1について、Thermo-calc(熱力学データベース:SSOL6)により液相線温度を求めた。また、試料No.5~7については、上記と同様にロックウェル硬さ(HRC)を求めた。それらの結果を、表1にまとめて示す。
【0118】
【表1】
【0119】
表1に示すように、試料No.5~7は試料No.1よりも液相線温度が低く、合金組成物の低融点化が図られている。
【0120】
特に、試料No.5(液相線温度:1505℃)については、55HRC以上の硬さを得つつ、試料No.1(液相線温度:1630℃)よりも125℃も液相線温度が低い。よって、MoよりもCrの量を増やし、Ni+Alの量を50at.%、Mo+Crの量を50at.%とすることが、所望の硬さと合金組成物の低融点化を兼備する上で有効である。
【0121】
次に、試料No.1と試料No.6とを比較すると、両者はともにNi+Alの量が40at.%、Mo+Crの量を60at.%であるが、試料No.6(Mo:10at.%、Cr:50at.%)の方が、試料No.1(Mo:45at.%、Cr:15at.%)よりも液相線温度が低い。よって、Cr含有による耐酸化性の向上と合金組成物の低融点化を重視する場合には、Cr含有量をMo含有量よりも多くなるように設定すればよい。試料No.6によれば、液相線温度を1550℃以下としつつ、50HRC以上の硬さを得ることができる。
【0122】
試料No.5(Ni+Al=50at.%)と試料No.7(Ni+Al=62at.%)とを比較すると、試料No.5の方が試料No.7よりも液相線温度が低く、かつ硬さも高い。よって、NiとAlの合計量の上限は70at.%、さらには60at.%、より好ましくは50at.%であることがわかった。
【0123】
MoとCrの合計量が90at.%、NiとAlの合計量が10at.%である比較例1は液相線温度が2130℃と高く、高周波誘導溶解炉での溶融ができず、合金塊を得ることができなかった。この結果から、MoとCrの合計量の上限は85at.%、NiとAlの合計量の下限は15at.%、とすべきである。MoとCrの合計量の上限は、好ましくは80at.%、より好ましくは70at.%、より一層好ましくは60at.%である。NiとAlの合計量の下限は、好ましくは20at.%、より好ましくは30at.%、より一層好ましくは40at.%である。
【0124】
実施例1と同様の手順で、試料No.5、6、7それぞれのアーム幅W1、W2、樹枝状組織の面積率を測定した。測定結果は以下の通りであった。
【0125】
試料No.5:W1=11μm,W2=9μm,樹枝状組織の面積率=58%
試料No.6:W1=17μm,W2=11μm,樹枝状組織の面積率=66%
試料No.7:W1=8μm,W2=7μm,樹枝状組織の面積率=57%
試料No.1についての測定結果と、試料No.5、6、7についての測定結果を表2にまとめて示す。
【0126】
【表2】
【0127】
試料No.5のSEM観察像を図6に、試料No.6のSEM観察像を図7に、それぞれ示す。図6および図7に示すように、試料No.5,6も、樹枝状組織と樹枝間組織との複合組織を有していることがわかる。
【0128】
また、図6図7との比較により、試料No.5(図6)の方が試料No.6(図7)よりも組織が微細であることがわかる。これは、表2に示したアーム幅W1、W2が、いずれも試料No.5の方が小さいという結果と対応している。また、表1に示したとおり、試料No.5の方が試料No.6よりもNi+Alの量が多く、硬さが高い。これは、試料No.5の方が試料No.6よりもNi-Al系樹枝間組織が合金組成物中で占める割合が高く、かつ微細な組織内で硬さ向上に寄与するNi-Al系樹枝間組織が適度に分散しているためである。
【0129】
X線回折(X‐ray diffraction:XRD)により、試料No.5~7の結晶構造解析を行った。その結果を図8に示す。図8に示すように、試料No.5~7について、bcc相とNiAl(B2)相が混在していることが確認できた。
【0130】
試料No.5~7のうち、NiとAlの合計量が62at.%と最も多い試料No.7が、NiAl(B2)相のピーク強度が最も高い。但し、表1に示したとおり、試料No.7よりも、試料No.5(Ni+Al=50at.%)の方が、硬さが高い。この結果から、硬さは、Ni-Al系樹枝間組織が合金組成物中で占める割合のみならず、組織の微細化とも相関があることがわかった。合金組成物の組織が微細であり、Ni-Al系樹枝間組織が適度に分散しているほど、高い硬さを得る上では有利であると推察される。
【0131】
[実施例3]
実施例3では、レーザメタルデポジション(LMD)による積層造形によって2つの積層造形体を作製した(試料No.8、9)。試料No.8、9のサイズは、4mm×20mm×40mmである。なお、以下では、積層造形体を単に造形体ということがある。
【0132】
以下の4種類の積層造形用の原料合金粉末を用意した。この原料粉末の溶解原料を準備し、通常の高周波真空溶解炉を用いて溶解して母合金を作製し、アルゴン雰囲気中、ガスアトマイズ法により作製された。なお、アトマイズ粉末から粒径53~150μmの粉末を分級して付加製造に供した。分級された粉末のd10、d50、d90は、それぞれd10:58μm、d50:92μm、d90:148μmである。
【0133】
試料No.8、9の合金組成:
Mo;19at.% Cr;19at.% Ni;28at.% Al;34at.%
積層造形条件
装置:DMG森精機株式会社製Lasertec65 レーザメタルデポジション(LMD)による肉盛溶接
基材:Alloy718
レーザ光走査速度:1000mm/min
原料粉供給量:14g/min
レーザ光出力:1.6kW(試料No.8)
2.0kW(試料No.9)
[実施例4]
実施例4では、LMDによる予熱積層造形によって造形体を作製した(試料No.10)。
試料No.10のサイズおよび合金組成は資料No8、No9と同じである。
【0134】
<積層造形条件>
装置:DMG森精機株式会社製Lasertec65 レーザメタルデポジション(LMD)による肉盛溶接
基材:Alloy718
レーザ光走査速度:1000mm/min
原料粉供給量:14g/min
レーザ光出力:1.6kW
予熱温度:500℃
[試料No.8、9、10(造形体)と試料No.7(インゴット)についての考察]
実施例1、2と同様にして、試料No.8、9の液相線温度およびロックウェル硬さ(HRC)を求めた(研磨断面を2点測定し、その平均とした)。それらの結果を、実施例2で作製した試料No.7(インゴット)の結果とともに表3にまとめて示す。
【0135】
【表3】
【0136】
表3に示すように、試料No.7~9の合金組成は同じであるため、液相線温度はいずれも1540℃である。試料No.7~9の合金組成は化学組成IIの範囲内に該当するものであるが、化学組成IIによれば、45HRC以上、さらには50HRC近傍または50HRC以上の硬さを得つつ、液相線温度を1600℃以下、さらには1550℃以下とすることができた。つまり、化学組成IIは、積層造形法によって合金組成物を作製する場合にも有効な組成であることが確認できた。
【0137】
また、インゴット(試料No.7)と造形体(試料No.8)については、熱処理(熱処理条件:真空中で700℃×10時間保持)を行い、熱処理後の硬さを求めた。その結果を表3に示す。なお、「熱処理後の硬さ」は、上記と同様の手法で測定したビッカース硬さ(HV)をロックウェル硬さ(HRC)に換算して求めた。表3の「硬さ」と「熱処理後の硬さ」を比較すると、熱処理前後で硬さの変化がほとんどなく、熱処理前の試料と熱処理後の試料が同等の硬さを有していることを確認した。つまり、この合金組成であれば、凝固過程で作られた組織が高温で安定であるため、軟化抵抗が高かったものと考えられる。すなわち、化学組成IIの範囲内にある合金組成物は、耐熱性が求められる部材、例えばAl溶損が生じやすいダイカスト金型などの部材にも好適と考えられる。
【0138】
試料No.8(レーザ光出力:1.6kW)のSEM観察像を図9に、試料No.9(レーザ光出力:2.0kW)のSEM観察像を図10に、それぞれ示す。また、試料No.8および試料No.9について測定したアーム幅W1、W2、樹枝状組織の面積率を、試料No.5~7の結果と併せて表4に示す。アーム幅W1、W2の測定方法は、実施例1の箇所で示したとおりである。試料No.8,9についての樹枝状組織の面積率は、造形方向に平行な断面(積層造形体の側面)を研磨した後に観察を行った。
【0139】
図9および図10に示すように、積層造形法によって作製した試料No.8,9も、樹枝状組織と樹枝間組織との複合組織を有していることがわかる。図9図10との比較により、試料No.8(図9)の方が試料No.9(図10)よりも組織が微細であることがわかる。これは、レーザ光出力が小さい試料No.8(レーザ光出力:1.6kW)の方が、試料No.9(レーザ光出力:2.0W)よりも冷却速度が速くなるため、より微細な樹枝状組織(デンドライト)が形成されるためである。
【0140】
さらには、実施例2の箇所で示した図6(試料No.5、インゴット)および図7(試料No.6、インゴット)と、本実施例の図9(試料No.8、積層造形体)および図10(試料No.8、積層造形体)との比較により、積層造形体の組織がインゴットの組織よりも大幅に微細化していることが確認できた。これは、表4に示した試料No.8、9(造形体)のアーム幅W1,W2と、試料No.1,5~7(インゴット)のアーム幅W1,W2との比較からも裏付けられる。鋳造凝固により得られた試料No.1,5~7(インゴット)ではアーム幅W1のレンジが8~20μm、アーム幅W2のレンジが7~30μmであり、樹枝状組織が太くなる。
【0141】
一方、積層造形により得られた試料No.8、9においては、アーム幅W1,W2をともに10μm以下、さらには6μm以下に抑えることができる。試料No.8については、アーム幅W1,W2をともに3μm以下に抑えることもできる。これによって、Ni-Al系樹枝間組織のミーンフリーパス(mean free path)が小さくなるので、耐溶損性の低い領域が小さく分散して存在することになり、局所的な溶損が起こらなくなるため、結果として合金組成物全体の耐溶損性が高まると考えられる。つまり、溶損性が高いMo-Cr系樹枝状組織が網目状に存在し、その間を埋めるようにして、Mo-Cr系樹枝状組織よりも耐溶損性の低いNi-Al系樹枝間組織が存在するため、積層造形により得られた試料No.8、9は耐溶損性が向上すると推察される。
【0142】
造形体である試料No.8、9の樹枝状組織の面積率(試料No.8:59%、試料No.9:56%)は、試料No.1(インゴット)の樹枝状組織の面積率(68%)よりも低い。但し、上記のように積層造形体は非常に微細な樹枝状組織を有しているため、試料No.8、9(造形体)は試料No.1(インゴット)と同等の耐溶損性を得ることができると考えられる。
【0143】
上述のとおり、試料No.1(インゴット)の液相線温度は1630℃であるのに対し、試料No.8,9(造形体)の液相線温度は1540℃である。つまり、試料No.8,9の方が試料No.1よりも液相線温度が90℃も低い。このような合金組成物の低融点化は、レーザメタルデポジション(LMD)などの積層造形法に合金組成物を適用する際に有利である。造形する合金組成物の温度が高いと、造形中の溶融池の温度が高くなり、すなわち、室温との温度差が大きく、冷却中に生じる収縮量が大きくなるため、造形物に割れが生じやすい。低融点化は、その温度差が小さいため、造形後に生ずる熱収縮の影響を受けにくく、互いに溶接されたビードの形成がスムーズに進むため、安定した造形が可能となる。また、合金組成物の低融点化は、一般的なレーザ光の出力によって、溶け残ることなく原料が溶融し、脱泡と堆積が進むため、欠陥のない造形体を形成しやすい。
【0144】
【表4】
【0145】
エネルギ分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy:EDX)により、試料No.8,9の樹枝状組織と樹枝間組織の組成分析を行った。その結果は以下の通りである。EDXの結果から、樹枝状組織にはNiおよびAlも含有されていることがわかった。また、樹枝間組織にはMoはほとんど存在しないが、微量のCrが存在していることが確認できた。
【0146】
実施例1で作製した試料No.1(インゴット)のEDXの結果と、本実施例で作製した試料No.8,9(造形体)のEDXの結果を比較すると、造形体の方が樹枝状組織内に存在するAlおよびNiの量が多い。このため、造形体においては樹枝状組織内にもNi、Alを主体とするB2規則相が存在していると考えられる。なお、B2規則相についての考察は後述する。
【0147】
<試料No.8>
樹枝状組織:
Mo;46.7at.% Cr;33.1at.%
Ni;4.4at.% Al;15.8at.%
樹枝間組織
Ni;47.0at.% Al;49.7at.%
Mo;0.5at.% Cr;2.8at.%
<試料No.9>
樹枝状組織:
Mo;53.4at.% Cr;29.3at.%
Ni;2.8at.% Al;14.5at.%
樹枝間組織
Ni;47.7at.% Al;49.7at.%
Mo;0at.% Cr;2.6at.%
図11は、本実施例で作製した試料No.8、9をXRDにより結晶構造解析をした結果を示す図である。なお、図11には、試料No.8、9と組成が同一である試料No.7のXRDの結果も併せて示す。
【0148】
図11に示すように、試料No.7と同様に、試料No.8、9についてもbcc相とNiAl(B2)相が混在していることが確認できた。試料No.7~9は組成が同一であるため、bcc相およびNiAl(B2)相のピーク位置は試料間で有意の差は見られなかった。但し、試料No.8と試料No.9を比較すると、レーザ光出力が小さい試料No.8(レーザ光出力:1.6kW)の方が、bcc相およびNiAl(B2)相の最大ピーク強度が大きい。
【0149】
図12に試料No.7(インゴット)について、樹枝状組織の元素分布を評価した結果を示す。EPMAによる面分析結果を、図12の左図に示す。EPMAによる面分析には、日本電子製 JXA8500Fを用いた。分析条件は、加速電圧:15kV、照射電流:0.02A、ビーム径:φ0.1μm、ステップサイズ:0.2μm、照射時間:30msec、スポット数:250×250点とし、50μm×50μmの範囲の面分析を行った。得られた分析結果を濃度表示(mass%)に変換し、樹枝状組織を横断するように、任意の位置で線分析評価をおこなうことで、樹枝状組織の元素分布を評価した。線分析によれば、各分析点における化学組成を評価することができる。ここで、CrとMoに着目し、それらの濃度比Cr/Mo比率を評価した。
【0150】
その結果、図12の右図に示すように、試料No.7の樹枝状組織において、樹枝縁部と樹枝中央部においてCr/Mo比率が異なる領域があることが確認できた。試料No.7についてこの分析評価を行ったところ、中央部のCr/Mo比率はおよそ0.4であるのに対し,縁部ではCr/Mo比率が0.6以上となっている領域が存在した。
【0151】
また、図12の右図は、Mo-Cr系樹枝状組織内にもAlおよびNiが含有されていることを示している。
【0152】
試料No.7と化学組成が同じである試料No.8(造形体)についても、試料No.7(インゴット)と同様に、樹枝状組織の元素分布を評価した。その結果、試料No.8の樹枝状組織においても、樹枝縁部と樹枝中央部においてCr/Mo比率が異なる領域があることが確認できた。試料No.8についても、中央部のCr/Mo比率はおよそ0.4であるのに対し,縁部ではCr/Mo比率が0.6以上となっている領域が存在した。
【0153】
樹枝状組織内の微細組織を評価するために、TEM(Transmission Electron Microscope)による高倍率観察を行った(倍率:3000倍)。図13に試料No.8(積層造形体、熱処理前)のTEM像を示す。図13において、濃いグレーをした領域Aが樹枝状組織であり、薄いグレーをした領域Bが樹枝間組織である。図14は、図13の領域A内の樹枝状組織における電子線回折の結果である。電子線回折像の解析結果から、樹枝状組織の主相はbcc構造と同定できたが、わずかに樹枝状組織内にB2規則相のスポットが確認された。
【0154】
なお、電子回折の条件は以下の通りである。
装置の機種:株式会社日立ハイテク社製 型式HF-2100
加速電圧:200kV
制限視野回折法 制限視野:φ200nm
図15は、試料No.8(積層造形体)の上記領域AをSTEM(Scanning Transmission Electron Microscope:走査透過電子顕微鏡)で観察したSTEM像である。左側が明視野像(BF-STEM像)、右側が暗視野像(DF-STEM像)である。なお、暗視野像は、図14に示したB2規則相の回折が起こるように調整して撮像している。
【0155】
図15の暗視野像から、B2規則相(析出粒子)は、大きなもので粒子の最大長が170nm程度の粒状組織として分布していることがわかる。なお、図15の暗視野像の面積(観察領域の面積)は、5.76μm(2.4μm×2.4μm)程度であった。B2規則相は、積層造形時の溶融部が急冷され、高融点のMoCr合金組織が樹枝状組織を形成しながら凝固し、比較的低融点のNiAl合金がその樹枝間に押し出されながら固化する際に、MoCr樹枝状組織内に取り込まれたNiとAlが冷却過程、もしくは、熱処理によって析出する。このような微細析出物が存在するため、樹枝状組織の硬さが向上したと考えられる。このB2規則相がAlダイカスト型で使用される700℃程度の高温環境においても安定しているため、表3に示したように試料No.8(積層造形体)は700℃での熱処理前後で硬さの変化がほとんどなく軟化抵抗が高かったと考えられる。
【0156】
なお、TEMとSTEM試料作製手順および観察の条件は以下のとおりである。
【0157】
図16は、試料No.8(積層造形体)の上記領域BをSTEM(Scanning Transmission Electron Microscope:走査透過電子顕微鏡)で観察したSTEM像である。領域Bの樹枝間組織はNiAl合金であり、MoとCrをほとんど含まない。そのため、樹枝状組織でみられたB2規則相は観察されなかった。
【0158】
<TEM、STEM試料作製手順>
試料No.8(積層造形体)の一面を研磨してFocused Ion Beam(FIB)によるマイクロサンプリング法により100nm程度の厚みの試験片を準備した。なお、マイクロサンプリングには、株式会社日立ハイテク社製 FB-2100型を使用した。
【0159】
<TEM、STEM観察の条件>
試料の厚さ:100nm
装置の機種:株式会社日立ハイテク社製 型式HF-2100
加速電圧:200kV 以上、本発明の好ましい実施形態、実施例を説明したが、上記以外にも、本発明の主旨を逸脱しない限り、上記実施形態で挙げた構成を取捨選択したり、他の構成に適宜変更したりすることが可能である。
【符号の説明】
【0160】
1 合金組成物
3 樹枝状組織
5 樹枝間組織
10 一次樹枝
20 二次樹枝
W1 一次樹枝のアーム幅
W2 二次樹枝のアーム幅
W3 二次樹枝のアーム間隔
図1
図2(a)】
図2(b)】
図2(c)】
図3
図4
図5
図6(a)】
図6(b)】
図6(c)】
図6(d)】
図7(a)】
図7(b)】
図7(c)】
図7(d)】
図8
図9(a)】
図9(b)】
図9(c)】
図10(a)】
図10(b)】
図10(c)】
図11
図12(a)】
図12(b)】
図13
図14
図15
図16(a)】
図16(b)】