(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022058246
(43)【公開日】2022-04-11
(54)【発明の名称】非晶質Fe基合金板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 1/147 20060101AFI20220404BHJP
H01F 1/16 20060101ALI20220404BHJP
H01F 1/153 20060101ALI20220404BHJP
B22D 11/06 20060101ALI20220404BHJP
C22C 45/02 20060101ALI20220404BHJP
C21D 6/00 20060101ALN20220404BHJP
【FI】
H01F1/147 175
H01F1/16
H01F1/153 141
B22D11/06 330A
C22C45/02 A
C21D6/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021158307
(22)【出願日】2021-09-28
(31)【優先権主張番号】P 2020165559
(32)【優先日】2020-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】512287539
【氏名又は名称】SACO合同会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阿部 安奈
(72)【発明者】
【氏名】瀧藤 啓慶
(72)【発明者】
【氏名】渡部 憲幸
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 駿
【テーマコード(参考)】
4E004
5E041
【Fターム(参考)】
4E004DB02
4E004TA01
4E004TA03
5E041AA11
5E041BD03
5E041CA02
5E041NN01
(57)【要約】
【課題】高周波の交流電流に対しても鉄損の小さい鉄心を作製可能な非晶質Fe基合金板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】非晶質Fe基合金板1はFe:77~83原子%、Si:4~15原子%、B:8~15原子%及びC:0~3原子%を含む非晶質Fe基合金からなり、35μm以上の厚みを有している。カー効果顕微鏡を用いて自由凝固面11の磁区構造を観察した場合に、第1磁区M1と第2磁区M2とが鋳造方向に交互に配置された縞状磁区を含み、第1磁区M1のうち鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下であり幅が30μm以下である領域S1と、第2磁区M2のうち鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下であり幅が30μm以下である領域S2とが、自由凝固面11の面積の2.0%以上を占める磁区構造を観察することができる。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単ロール急冷凝固法によって作製され、自由凝固面及びロール接触面を有する非晶質Fe基合金板であって、
Fe:77原子%以上83原子%以下、Si:4原子%以上15原子%以下、B:8原子%以上15原子%以下及びC:0原子%以上3原子%以下を含む化学成分を有する非晶質Fe基合金からなり、
35μm以上の厚みを有し、
カー効果顕微鏡を用いて前記自由凝固面の磁区構造を観察した場合に、
鋳造直角方向とは異なる向きの磁化を有する第1磁区と、鋳造直角方向及び前記第1磁区の磁化の向きの両方に対して異なる向きの磁化を有する第2磁区とが鋳造方向に交互に配置された縞状磁区を含み、かつ、
前記第1磁区のうち鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下であり幅が30μm以下である領域と、前記第2磁区のうち鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下であり幅が30μm以下である領域とが、前記自由凝固面の面積の2.0%以上を占める磁区構造を観察することができる、非晶質Fe基合金板。
【請求項2】
厚みが110μm以下である、請求項1に記載の非晶質Fe基合金板。
【請求項3】
前記第1磁区のうち幅が30μm以下である領域と、前記第2磁区のうち幅が30μm以下である領域とが、前記自由凝固面の面積の5.0%以上を占める、請求項1または2に記載の非晶質Fe基合金板。
【請求項4】
前記自由凝固面に対して平行な方向に磁界を印加し、単位体積当たりの磁気異方性トルクを測定することにより得られるトルク曲線において、単位体積当たりの磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm3となる角度が、前記鋳造方向に対して-10°以上10°以下、35°以上55°以下、80°以上100°以下及び125°以上145°以下の範囲にそれぞれ1か所ずつ存在している、請求項1~3のいずれか1項に記載の非晶質Fe基合金板。
【請求項5】
前記鋳造方向に対する角度が0°から180°までの範囲における、前記トルク曲線の単位体積当たりの磁気異方性トルクの二乗平均平方根が1.4×10-3μN・m/mm3以上である、請求項4に記載の非晶質Fe基合金板。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の非晶質Fe基合金板の製造方法であって、
Fe:77原子%以上83原子%以下、Si:4原子%以上15原子%以下、B:8原子%以上15原子%以下及びC:0原子%以上3原子%以下を含むFe基合金溶湯を準備し、
前記Fe基合金溶湯を鋳造ノズルから冷却ロールに吐出し、前記冷却ロールの表面において前記Fe基合金溶湯を急冷することにより前記非晶質Fe基合金板を鋳造し、
前記非晶質Fe基合金板に磁界を印加せずに焼鈍を施す、非晶質Fe基合金板の製造方法。
【請求項7】
単ロール急冷凝固法によって作製され、自由凝固面及びロール接触面を有する非晶質Fe基合金板であって、
Fe:77原子%以上83原子%以下、Si:4原子%以上15原子%以下、B:8原子%以上15原子%以下及びC:0原子%以上3原子%以下を含む化学成分を有する非晶質Fe基合金からなり、
35μm以上の厚みを有し、
前記自由凝固面に対して平行な方向に磁界を印加し、単位体積当たりの磁気異方性トルクを測定することにより得られるトルク曲線において、前記磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm3となる角度が、前記鋳造方向に対して-10°以上10°以下、35°以上55°以下、80°以上100°以下及び125°以上145°以下の範囲にそれぞれ1か所ずつ存在している、非晶質Fe基合金板。
【請求項8】
前記鋳造方向に対する角度が0°から180°までの範囲における、前記トルク曲線の単位体積当たりの磁気異方性トルクの二乗平均平方根が1.4×10-3μN・m/mm3以上である、請求項7に記載の非晶質Fe基合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非晶質Fe基合金板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リアクトルや電気自動車に搭載されるモータ等におけるコイルの鉄心には、電磁鋼板が多用されている。鉄心を備えたコイルに通電すると、鉄損と呼ばれる、鉄心の物性に起因するエネルギー損失が発生する。
【0003】
鉄損は、主に、鉄心の磁区が磁界の向きを変える際に生じるヒステリシス損と、鉄心内に流れる渦電流によって生じる渦電流損とから構成されている。渦電流損の大きさは、理論的には鉄心の厚みの二乗に比例するため、従来より、比較的厚みの薄い電磁鋼板を積層することにより鉄心を形成する技術が知られている(例えば、特許文献1)。
【0004】
一方、ヒステリシス損の大きさは、鉄心を構成する材料の物性に応じて変化する。近年、電磁鋼板に比べてヒステリシス損及び渦電流損の小さい非晶質のFe基合金薄帯からなる鉄心が検討されている。例えば特許文献2には、Fe100-x-y-zSixByPz(原子%)を主成分とし、x、yおよびzはそれぞれ0.5≦x≦15、5≦y≦25、z≦15、18≦x+y+z≦30を満足し、該主成分に対しMnを0.01質量%以上0.3質量%以下、Alを0.0001質量%以上0.01質量%以下、Tiを0.001質量%以上0.03質量%以下、Cuを0.005質量%以上0.2質量%以下およびSを0.001質量%以上0.05質量%以下含有していることを特徴とするアモルファス軟磁性合金が記載されている。また、特許文献2には、アモルファス軟磁性合金からなる薄帯の厚みが40μmから350μmの範囲にある点が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭61-190017号公報
【特許文献2】特開2009-174034号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年では、リアクトルやモータ等をより小型化するため、コイルに流す交流電流の周波数をより高くすることが求められている。渦電流損は交番磁界の周波数の二乗にも比例するため、交流電流の周波数を高くすると渦電流損がより大きくなる。従って、高周波の交流電流に対しても渦電流損を低減することができる鉄心が強く望まれている。
【0007】
しかし、特許文献2のFe基アモルファス合金薄帯は、厚みが増加すると鉄損が悪化するという問題がある。
【0008】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、高周波の交流電流に対しても鉄損の小さい鉄心を作製可能な非晶質Fe基合金板及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、単ロール急冷凝固法によって作製され、自由凝固面及びロール接触面を有する非晶質Fe基合金板であって、
Fe(鉄):77原子%以上83原子%以下、Si(シリコン):4原子%以上15原子%以下、B(ホウ素):8原子%以上15原子%以下及びC(炭素):0原子%以上3原子%を含む化学成分を有する非晶質Fe基合金からなり、
35μm以上の厚みを有し、
カー効果顕微鏡を用いて前記自由凝固面の磁区構造を観察した場合に、
鋳造直角方向とは異なる向きの磁化を有する第1磁区と、鋳造直角方向及び前記第1磁区の磁化の向きの両方に対して異なる向きの磁化を有する第2磁区とが鋳造方向に交互に配置された縞状磁区を含み、かつ、
前記第1磁区のうち鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下であり幅が30μm以下である領域と、前記第2磁区のうち鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下であり幅が30μm以下である領域とが、前記自由凝固面の面積の2.0%以上を占める磁区構造を観察することができる、非晶質Fe基合金板にある。
【0010】
本発明の他の態様は、前記の態様の非晶質Fe基合金板の製造方法であって、
Fe:77原子%以上83原子%以下、Si:4原子%以上15原子%以下、B:8原子%以上15原子%以下及びC:0原子%以上3原子%以下を含むFe基合金溶湯を準備し、
前記Fe基合金溶湯を鋳造ノズルから冷却ロールに吐出し、前記冷却ロールの表面において前記Fe基合金溶湯を急冷することにより前記非晶質Fe基合金板を鋳造する、非晶質Fe基合金板の製造方法にある。
【発明の効果】
【0011】
前記非晶質Fe基合金板は、前記特定の化学成分を有する非晶質Fe基合金からなり、35μm以上の厚みを有している。これにより、前記非晶質Fe基合金板は、前記自由凝固面に特定の磁区構造が現れるような磁気的性質を実現することができる。そして、前記特定の磁区構造によって表される磁気的性質を備えた非晶質Fe基合金板は、高周波の交流電流に対しても鉄損を低減することができる。
【0012】
また、前記非晶質Fe基合金板は、高周波の交流電流に対する鉄損の増大を抑制しつつ、従来のFe基アモルファス合金薄帯に比べて厚みを厚くすることができる。それ故、複数枚の前記非晶質Fe基合金板を積層し、あるいは捲回して鉄心を作製することにより、鉄心における非晶質Fe基合金板の積層数を従来よりも低減することができる。その結果、鉄心の生産性を向上させることができる。
【0013】
さらに、この場合には、鉄心における非晶質Fe基合金板の間に形成される隙間の数を低減し、鉄心の占積率、つまり、鉄心の体積に対する非晶質Fe基合金板の体積の比率をより高くすることができる。それ故、前記非晶質Fe基合金板によれば、鉄心をより容易に小型化することができる。
【0014】
また、前記非晶質Fe基合金板の製造方法においては、前記特定の化学成分を有するFe基合金溶湯を鋳造ノズルから冷却ロールに吐出し、前記冷却ロールの表面において前記Fe基合金溶湯を急冷する。冷却ロールに接触したFe基合金溶湯は急冷により圧縮されながら凝固するため、鋳造後の非晶質Fe基合金板におけるロール接触面の近傍には、鋳造方向及び鋳造直角方向の両方の成分を有する圧縮応力が生じると考えられる。一方、Fe基合金溶湯の表面、つまり、冷却ロールに接触していない面は、冷却ロールに接触した面が凝固した後に凝固する。これにより、非晶質Fe基合金板における自由凝固面の近傍には鋳造方向及び鋳造直角方向の両方の成分を有する張力が生じると考えられる。
【0015】
この際、非晶質Fe基合金板の厚みが前記特定の範囲となるように鋳造を行うことにより、非晶質Fe基合金板における自由凝固面の近傍に生じる張力を十分に大きくすることができる。そして、鋳造後の非晶質Fe基合金板に焼鈍を施すことにより、自由凝固面の近傍における張力の鋳造直角方向の成分の過度の緩和を回避しつつ、鋳造直角方向の成分を緩和させることができる。以上の結果、非晶質Fe基合金板の自由凝固面に前記特定の磁区構造によって表される磁気的性質を付与することができる。
【0016】
以上のように、前記の態様によれば、高周波の交流電流に対しても鉄損の小さい鉄心を作製可能な非晶質Fe基合金板及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、磁界の強さが比較的弱い状態における非晶質Fe基合金板の自由凝固面の磁区構造を模式的に示した説明図である。
【
図2】
図2は、
図1の状態から磁界の強さが上昇した際の非晶質Fe基合金板の自由凝固面の磁区構造を模式的に示した説明図である。
【
図3】
図3は、
図2の状態から磁界の強さが上昇した際の非晶質Fe基合金板の自由凝固面の磁区構造を模式的に示した説明図である。
【
図4】
図4は、
図3の状態から磁界の強さが上昇した際の非晶質Fe基合金板の自由凝固面の磁区構造を模式的に示した説明図である。
【
図5】
図5は、
図4の状態から磁界の強さが上昇した際の非晶質Fe基合金板の自由凝固面の磁区構造を模式的に示した説明図である。
【
図6】
図6は、実施例1の試験材7に30.4Oeの磁界を印加した状態の自由凝固面の磁区構造を示す顕微鏡像である。
【
図7】
図7は、実施例1の試験材7に45.4Oeの磁界を印加した状態の自由凝固面の磁区構造を示す顕微鏡像である。
【
図8】
図8は、実施例1の試験材7に50.5Oeの磁界を印加した状態の自由凝固面の磁区構造を示す顕微鏡像である。
【
図9】
図9は、実施例1の試験材7に55.5Oeの磁界を印加した状態の自由凝固面の磁区構造を示す顕微鏡像である。
【
図10】
図10は、実施例1の試験材7に100.7Oeの磁界を印加した状態の自由凝固面の磁区構造を示す顕微鏡像である。
【
図11】
図11は、実施例1において用いた鋳造装置の要部を示す説明図である。
【
図12】
図12は、実施例1における、周波数400Hzの交番磁界を印加した際の試験材5~試験材9の鉄損を示す説明図である。
【
図13】
図13は、実施例1における、周波数1kHzの交番磁界を印加した際の試験材5~試験材9の鉄損を示す説明図である。
【
図14】
図14は、実施例1における、周波数10kHzの交番磁界を印加した際の試験材5~試験材9の鉄損を示す説明図である。
【
図15】
図15は、実施例1における、周波数20kHzの交番磁界を印加した際の試験材5~試験材9の鉄損を示す説明図である。
【
図16】
図16は、実施例1における、周波数400Hzの交番磁界を印加した際の試験材1~試験材4の鉄損を示す説明図である。
【
図17】
図17は、実施例1における、周波数1kHzの交番磁界を印加した際の試験材1~試験材4の鉄損を示す説明図である。
【
図18】
図18は、実施例1における、周波数10kHzの交番磁界を印加した際の試験材1~試験材4の鉄損を示す説明図である。
【
図19】
図19は、実施例1における、周波数20kHzの交番磁界を印加した際の試験材1~試験材4の鉄損を示す説明図である。
【
図20】
図20は、実施例2における、磁気異方性トルク測定により得られるトルク曲線を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(非晶質Fe基合金板)
前記非晶質Fe基合金板は、単ロール急冷凝固法により作製されており、自由凝固面及びロール接触面を有している。前述した「ロール接触面」とは、非晶質Fe基合金板の板表面のうち製造過程において冷却ロールに接触していた面をいい、「自由凝固面」は、ロール接触面の裏面をいう。ロール接触面は、冷却ロールの表面形状が転写されてなる筋状の微小な凹凸を有している。一方、自由凝固面は、製造過程において冷却ロールに接触していないため、ロール接触面に比べて平滑である。それ故、非晶質Fe基合金板における自由凝固面とロール接触面とを判別するためには、非晶質Fe基合金板の板表面を目視観察すればよい。
【0019】
また、前記非晶質Fe基合金板の鋳造方向及び鋳造直角方向は、ロール接触面に存在するエアポケット、つまり、前記非晶質Fe基合金板の製造過程において、Fe基合金溶湯と冷却ロールとの間に噛みこまれた気泡の痕跡の向きに基づいて判断することができる。単ロール急冷凝固法においては、Fe基合金溶湯が冷却ロール上に吐出される際に、Fe基合金溶湯と冷却ロールとの間にガスが噛みこまれる。冷却ロールは高速で回転しているため、Fe基合金溶湯と冷却ロールとの間の気泡は、冷却ロールの回転方向、つまり、鋳造方向に沿って引き伸ばされる。これにより、ロール接触面には、鋳造方向に対して平行な方向に延在するエアポケットが形成される。従って、エアポケットの長手方向に対して平行な方向を前記非晶質Fe基合金板の鋳造方向、エアポケットの長手方向に対して直角な方向を鋳造直角方向と判断すればよい。
【0020】
前記非晶質Fe基合金板は、Fe:77原子%以上83原子%以下、Si:4原子%以上15原子%以下、B:8原子%以上15原子%以下及びC:0原子%以上3原子%以下を含む化学成分を有する非晶質Fe基合金から構成されている。すなわち、前記非晶質Fe基合金板は、Fe、Si及びBからなる三元系の非晶質Fe基合金から構成されていてもよく、Fe、Si、B及びCからなる四元系の非晶質Fe基合金から構成されていてもよい。
【0021】
非晶質Fe基合金中のFe原子の含有率、Si原子の含有率、B原子の含有率及びC原子の含有率をそれぞれ前記特定の範囲とすることにより、非晶質Fe基合金板の性能を向上させることができる。非晶質Fe基合金中のFe原子の含有率が前記特定の範囲よりも高い場合には、前記非晶質Fe基合金板の鉄損の増大を招くおそれがある。非晶質Fe基合金板中のFe原子の含有率が前記特定の範囲よりも低い場合には、非晶質Fe基合金板の飽和磁束密度の低下を招くおそれがある。
【0022】
前記非晶質Fe基合金板中のSi原子は、非晶質Fe基合金板の保磁力を低下させるとともに、非晶質相の形成を促進する作用を有している。Si原子の含有率が前記特定の範囲よりも高い場合には、非晶質Fe基合金板の飽和磁束密度の低下を招くおそれがある。Si原子の含有率が前記特定の範囲よりも低い場合には、非晶質Fe基合金板中に結晶相が形成されやすくなるおそれがある。
【0023】
前記非晶質Fe基合金板中のB原子は、非晶質相の形成を促進する作用を有している。B原子の含有率が前記特定の範囲よりも高い場合には、Fe原子の含有率が相対的に低くなり、非晶質Fe基合金板の飽和磁束密度の低下を招くおそれがある。B原子の含有率が前記特定の範囲よりも低い場合には、非晶質Fe基合金板中に結晶相が形成されやすくなるおそれがある。
【0024】
前記非晶質Fe基合金板中のC原子は、冷却ロールに対するFe基合金溶湯の濡れ性を高める作用を有している。C原子の含有率を前記特定の範囲とすることにより、冷却ロールによるFe基合金溶湯の冷却をより迅速に行うことができる。これにより、前記非晶質Fe基合金板をより容易に作製することができる。C原子の含有率が過度に高い場合には、長期間にわたって非晶質Fe基合金板を使用する際に、非晶質Fe基合金板の性能が変動しやすくなるおそれがある。また、この場合には、Fe原子の含有率が相対的に低くなり、非晶質Fe基合金板の飽和磁束密度の低下を招くおそれがある。
【0025】
Fe基合金板を構成する合金が非晶質であるか否かは、Fe基合金板のX線回折チャートに基づいて判断することができる。すなわち、Fe基合金板のX線回折チャートに、非晶質の存在を示すハローパターンが現れた場合には、Fe基合金板を構成する合金が非晶質であると判断すればよい。
【0026】
前記非晶質Fe基合金板は、カー効果顕微鏡を用いて、観察対象に印加する磁界の強さを段階的に強くしながら自由凝固面の磁区構造を観察した場合に、いずれかの段階において、鋳造直角方向とは異なる向きの磁化を有する第1磁区と、鋳造直角方向及び第1磁区の磁化の向きの両方に対して異なる向きの磁化を有する第2磁区とが鋳造方向に交互に配置された縞状磁区を含み、かつ、第1磁区のうち鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下の範囲であり幅が30μm以下である領域と、第2磁区のうち鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下の範囲であり幅が30μm以下である領域とが、自由凝固面の面積の2.0%以上を占める磁区構造が現れるように構成されている。
【0027】
前述した第1磁区及び第2磁区の幅は、各磁区における、鋳造方向の一方の磁壁から他方の磁壁までの最短距離である。第1磁区及び第2磁区には、鋳造方向に対する角度が60度未満となる領域や120度より大きい領域、幅が30μmより大きい領域が含まれていてもよい。また、自由凝固面には、第1磁区及び第2磁区以外の磁区が存在していてもよい。
【0028】
各第1磁区において、鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下の範囲であり、幅が30μm以下である領域は、具体的には、以下のようにして特定される。まず、各第1磁区を取り囲む磁壁と鋳造方向とのなす角度を、顕微鏡像内に存在する磁壁の全ての位置において決定する。磁壁に鋳造方向に対する角度が60度未満または120度を超える部分が含まれていない場合には、磁壁に囲まれた第1磁区全体を、鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下の範囲である領域と判断する。
【0029】
一方、磁壁に鋳造方向に対する角度が60度未満または120度を超える部分が含まれている場合には、磁壁のうち鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下となる部分の端点を決定する。そして、磁壁のうち鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下となる部分と、前述した端点同士を接続する直線とによって囲まれた部分を、鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下の範囲である領域と判断する。
【0030】
このようにして決定した領域における磁区の幅を種々の位置において測定し、幅が30μm以下となる領域を決定する。以上により、個々の第1磁区において、鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下の範囲であり、幅が30μm以下である領域を特定することができる。
【0031】
各第2磁区における鋳造方向に対する角度が60度以上120度以下の範囲であり、幅が30μm以下である領域の特定方法は、前述した方法と同様である。
【0032】
前記非晶質Fe基合金板は、前述した磁区構造によって特定される磁気的性質を有することにより、高周波の交流電流に対しても渦電流損を低減することができる。なお、本明細書において、「高周波の交流電流」とは、400Hz以上の周波数を有する交流電流をいう。
【0033】
また、前述した磁区構造においては、第1磁区のうち幅が30μm以下である領域と、第2磁区のうち幅が30μm以下である領域とが、自由凝固面の面積の5.0%以上を占めることが好ましい。この場合には、高周波の交流電流に対する渦電流損をより低減することができる。
【0034】
前述した磁区構造は、カー効果顕微鏡を用い、観察対象に印加する磁界の強さを段階的に強くしながら自由凝固面を観察した際に、いずれかの段階で現れる構造である。前記非晶質Fe基合金板を鉄心等として利用している状態では、交流電流の周波数や振幅などに応じて、前記特定の磁区構造とは異なる磁区構造が形成され得る。
【0035】
また、前述した磁区構造が現れる際の具体的な観察条件は、観察対象となる非晶質Fe基合金板の寸法や磁界を印加するコイルの大きさなどによって変化し得る。例えば、カー効果顕微鏡としてネオアーク株式会社製「BH-4753-NML-ASM」を使用し、一辺約10mmの正方形状を呈する非晶質Fe基合金板を観察する場合には、観察対象に50Oeの磁界を印加することにより、前述した磁区構造を観察することができる。
【0036】
前記非晶質Fe基合金板は、自由凝固面の近傍における張力の鋳造直角方向の成分を十分に大きくすることにより、前述した磁区構造によって特定される磁気的性質を容易に実現することができる。そして、かかる磁気的性質を備えた非晶質Fe基合金板は、高周波の交流電流に対しても鉄損を低減することができる。
【0037】
前述した特定の磁区構造が現れる非晶質Fe基合金板により渦電流損を低減できる理由については現時点では必ずしも明らかになっていないが、例えば、以下のような理由によって渦電流損を低減することができると推測される。渦電流損は、古典的渦電流損、つまり、磁化が一様に変化すると仮定した場合の損失と、異常渦電流損、つまり、磁壁の移動に由来する損失との2つの要素から構成されている。これらのうち、高周波の交流電流に対する渦電流損に大きく影響する要素は異常渦電流損である。
【0038】
前記非晶質Fe基合金板は軟磁性材料であるため、磁界が印加されていない状態においては、自由凝固面には種々の方向を向いた磁化を有する磁区が多数存在しており、全体として磁化が特定の方向を向かない状態となっている。前記非晶質Fe基合金板に交番磁界が印加されると、自由凝固面に、磁界の向き及び強さに応じた磁区が形成される。例えば、前記非晶質Fe基合金板1に、その鋳造方向と平行な向きの交番磁界Hを印加した場合、
図1に示すように、自由凝固面11に第1磁区M1と第2磁区M2とが交互に配置された縞状磁区を含む磁区構造が現れる。
【0039】
この際、第1磁区M1の磁化の向きは、鋳造方向及び鋳造直角方向のいずれに対しても異なる方向となる。第1磁区M1の磁化は、例えば、鋳造直角方向と磁化の向きとのなす角度が鋳造方向と磁化の向きとのなす角度よりも小さくなる方向を向く。一方、第2磁区M2の磁化は、例えば、第1磁区M1の磁化の向きに対して概ね反対の方向を向く。なお、以下の説明においては、便宜上、試験片に印加した磁界の向きと磁化の向きとのなす角度がより小さい磁区を第1磁区M1とした。
【0040】
第1磁区M1及び第2磁区M2のおおよその磁化の向きは、以下の方法により判断することができる。まず、鋳造方向に磁界を印加した場合の顕微鏡像と鋳造直角方向に磁界を印加した場合の顕微鏡像とを取得する。カー効果顕微鏡により観察される顕微鏡像においては、観察対象に印加した磁界の向きと、磁化の向きとのなす角度が小さい磁区ほど明るく表示され、磁界の向きと、磁化の向きとのなす角度が大きい磁区ほど暗く表示される。
【0041】
従って、鋳造直角方向に磁界を印加した場合の顕微鏡像における第1磁区M1と第2磁区M2との明暗の差が鋳造方向に磁界を印加した場合の顕微鏡像における第1磁区M1と第2磁区M2との明暗の差よりも大きい場合には、第1磁区M1及び第2磁区M2の磁化が、鋳造直角方向に近い向きを向いていると判断することができる。反対に、鋳造方向に磁界を印加した場合の顕微鏡像における第1磁区M1と第2磁区M2との明暗の差が鋳造直角方向に磁界を印加した場合の顕微鏡像における第1磁区M1と第2磁区M2との明暗の差よりも大きい場合には、第1磁区M1及び第2磁区M2の磁化が、鋳造方向に近い向きを向いていると判断することができる。
【0042】
図1に示す状態から磁界の強さが強くなると、第1磁区M1及び第2磁区M2の磁化の向きが、磁界の向きに応じて徐々に変化する。さらに、静磁エネルギーを最小化させるため、磁界の強さが弱い状態では第1磁区M1であった領域内に、
図2に示すように、第1磁区M1とは異なる磁化の向きを有する第2磁区M2が、前記非晶質Fe基合金板の表面もしくは内部を起点として磁化回転によって新たに形成される。同様に、磁界の強さが弱い状態では第2磁区M2であった領域内に、第2磁区M2とは異なる磁化の向きを有する第1磁区M1が磁化回転によって新たに形成される。すなわち、前記非晶質Fe基合金板に印加される磁界の強さが強くなると、自由凝固面の磁区が細分化される。また、
図2に示す状態から磁界の強さが強くなると、
図3に示すように、自由凝固面の磁区がさらに細分化される。
【0043】
図3に示す状態から磁界の強さがさらに強くなると、磁区が細分化される場合の静磁エネルギーの上昇量よりも、磁化回転によって磁区が併合される場合の静磁エネルギーの上昇量の方が小さくなる。そのため、磁界の強さがある程度強くなった状態においては、
図4に示すように、磁界の向きと磁化の向きとのなす角度がより大きい第2磁区M2が磁化回転によって消失し、隣接する第1磁区M1に併合される。そして、最終的に非晶質Fe基合金板の磁束密度が飽和すると、
図5に示すように第2磁区M2が完全に消滅する。
【0044】
このように、前記非晶質Fe基合金板は、磁界の強さが変動した際に、磁区の細分化や併合が起こりやすい。そして、磁区の細分化や併合の過程では、異常渦電流損の原因となる磁壁Wの移動が抑制される。それ故、前記非晶質Fe基合金板は、外部磁界が変動した際の磁壁Wの移動を抑制することにより、高周波の交流電流に対する渦電流損を低減することができると考えられる。
【0045】
前記非晶質Fe基合金板の厚みは35μm以上である。非晶質Fe基合金板の厚みを35μm以上とすることにより、非晶質Fe基合金板の自由凝固面近傍における張力の鋳造直角方向の成分を十分に大きくすることができる。これにより、非晶質Fe基合金板に前述した磁区構造によって特定される磁気的性質を付与し、高周波の交流電流に対しても鉄損を低減することができる。
【0046】
前述した作用効果をより高める観点からは、非晶質Fe基合金板の厚みは、40μm以上であることが好ましい。
【0047】
非晶質Fe基合金板の厚みが35μm未満の場合には、非晶質Fe基合金板の製造過程において内部に生じる応力が不十分となるおそれがある。そのため、この場合には、非晶質Fe基合金板に前記特定の磁区構造によって表される磁気的性質を付与することが難しくなり、高周波の交流電流に対する非晶質Fe基合金板の渦電流損を低減することが難しくなるおそれがある。
【0048】
一方、非晶質Fe基合金板の厚みが過度に厚くなる場合には、厚みによる渦電流損増大の効果が前述した異常渦電流損低減の効果よりも高くなり、非晶質Fe基合金板の渦電流損の増大を招くおそれがある。かかる問題を回避する観点からは、非晶質Fe基合金板の厚みは110μm以下であることが好ましい。
【0049】
なお、前記非晶質Fe基合金板の板厚は、前記非晶質Fe基合金板の質量をFe基合金板の密度及び板面の面積で除することにより算出される値である。
【0050】
非晶質Fe基合金板の飽和磁束密度は、1.5T以上であることが好ましい。かかる非晶質Fe基合金板を用いて鉄心を作製することにより、鉄心をより容易に小型化することができる。
【0051】
前記非晶質Fe基合金板は、前記自由凝固面に対して平行な方向に磁界を印加し、単位体積当たりの磁気異方性トルクを測定することにより得られるトルク曲線において、単位体積当たりの磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm3となる角度が、前記鋳造方向に対して-10°以上10°以下、35°以上55°以下、80°以上100°以下及び125°以上145°以下の範囲にそれぞれ1か所ずつ存在している特性を有していることが好ましい。
【0052】
磁気異方性トルク測定において、磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm3となる角度は、磁化容易軸または磁化困難軸の方向と対応している。従って、トルク曲線において、前述した4つの範囲にそれぞれ磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm3となる角度を有している非晶質Fe基合金板は、前記自由凝固面に対して平行な方向に磁化容易軸及び磁化困難軸を2本ずつ有している。このような磁気的性質は、二軸磁気異方性と呼ばれる。二軸磁気異方性を有する非晶質Fe基合金板は、磁化が磁界方向に回転する際、表面に生じる磁極による静磁エネルギーを下げるため磁区が細分化すると考えられる。その結果、二軸磁気異方性を有する非晶質Fe基合金板は、一軸磁気異方性を有する非晶質Fe基合金板と比べて高周波の交流電流に対して鉄損をより効果的に低減することができる。
【0053】
同様の観点から、前記鋳造方向に対する角度が0°から180°までの範囲における、前記トルク曲線の単位体積当たりの磁気異方性トルクの二乗平均平方根は1.4×10-3μN・m/mm3以上であることがより好ましい。
【0054】
前述した磁気異方性トルクは、磁気異方性トルク計(例えば、株式会社玉川製作所製「TM-TR2750-HGC型」)を用いて測定することができる。磁気異方性トルクの測定は室温にて行い、試料に印加する磁界の強さは500Oeとする。なお、磁気異方性トルク測定により得られる無加工のトルク曲線にはノイズが含まれていることがある。ノイズの影響を緩和するため、無加工のトルク曲線に平滑化処理を施し、平滑化処理後のトルク曲線に基づいて二軸磁気異方性の有無の判断及び磁気異方性トルクの二乗平均平方根の算出を行うこととする。平滑化処理としては、例えば、平滑化処理の対象となる測定点を基準として-10°以上+10°以下の範囲に含まれる測定点における磁気異方性トルクの値を算術平均する、単純移動平均法を採用することができる。
【0055】
また、単位体積当たりの磁気異方性トルクの二乗平均平方根の値は、具体的には以下のようにして算出される値である。まず、トルク曲線において、鋳造方向に対する角度が0°から180°までの範囲に含まれる測定点の単位体積当たりの磁気異方性トルクの値を二乗した後、これらの値の算術平均を算出する。この算術平均値の平方根を、単位体積当たりの磁気異方性トルクの二乗平均平方根とする。
【0056】
本発明に係る非晶質Fe基合金板は、別の観点から見れば、以下のような発明として把握することも可能である。すなわち、非晶質Fe基合金板は、単ロール急冷凝固法によって作製され、自由凝固面及びロール接触面を有し、
Fe:77原子%以上83原子%以下、Si:4原子%以上15原子%以下、B:8原子%以上15原子%以下及びC:0原子%以上3原子%以下を含む化学成分を有する非晶質Fe基合金からなり、
35μm以上の厚みを有し、
前記自由凝固面に対して平行な方向に磁界を印加し、単位体積当たりの磁気異方性トルクを測定することにより得られるトルク曲線において、前記磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm3となる角度が、前記鋳造方向に対して-10°以上10°以下、35°以上55°以下、80°以上100°以下及び125°以上145°以下の範囲にそれぞれ1か所ずつ存在している。
【0057】
前記非晶質Fe基合金板は、前記特定の化学成分を有する非晶質Fe基合金からなり、35μm以上の厚みを有するとともに二軸磁気異方性を有している。これにより、前記非晶質Fe基合金板は、高周波の交流電流に対しても鉄損を低減することができる。
【0058】
また、前記非晶質Fe基合金板は、高周波の交流電流に対する鉄損の増大を抑制しつつ、従来のFe基アモルファス合金薄帯に比べて厚みを厚くすることができる。それ故、複数枚の前記非晶質Fe基合金板を積層し、あるいは捲回して鉄心を作製することにより、鉄心における非晶質Fe基合金板の積層数を従来よりも低減することができる。その結果、鉄心の生産性を向上させることができる。
【0059】
さらに、この場合には、鉄心における非晶質Fe基合金板の間に形成される隙間の数を低減し、鉄心の占積率、つまり、鉄心の体積に対する非晶質Fe基合金板の体積の比率をより高くすることができる。それ故、前記非晶質Fe基合金板によれば、鉄心をより容易に小型化することができる。
【0060】
これらの効果をより確実に得る観点からは、前記鋳造方向に対する角度が0°から180°までの範囲における、前記トルク曲線の単位体積当たりの磁気異方性トルクの二乗平均平方根は1.4×10-3μN・m/mm3以上であることがより好ましい。
【0061】
(非晶質Fe基合金板の製造方法)
前記非晶質Fe基合金板は、いわゆる単ロール急冷凝固法によって作製することができる。具体的には、非晶質Fe基合金板を製造するに当たっては、Fe:77原子%以上83原子%以下、Si:4原子%以上15原子%以下、B:8原子%以上15原子%以下及びC:0原子%以上3原子%以下を含むFe基合金溶湯を準備し、
前記Fe基合金溶湯を鋳造ノズルから冷却ロールに吐出し、前記冷却ロールの表面において前記Fe基合金溶湯を急冷することにより前記非晶質Fe基合金板を鋳造し、
前記非晶質Fe基合金板に、磁界を印加せずに焼鈍を施せばよい。
【0062】
前記製造方法に用いるFe基合金溶湯としては、常法により準備されたものを用いることができる。Fe基合金溶湯の温度は、例えばFe基合金の融点よりも50℃~300℃程度高い温度とすることが好ましい。
【0063】
次に、Fe基合金溶湯を鋳造ノズルから冷却ロールに吐出することにより、冷却ロールの表面においてFe基合金溶湯を急冷する。冷却ロールの表面に吐出されたFe基合金溶湯は、冷却ロールによって急激に冷却され、冷却ロール上で凝固する。
【0064】
Fe基合金溶湯が冷却ロールに接触すると、冷却ロール近傍のFe基合金溶湯が冷却によって収縮する。これにより、非晶質Fe基合金板におけるロール接触面の近傍に圧縮応力を発生させることができる。
【0065】
一方、冷却ロールから離れた位置のFe基合金溶湯は、冷却ロール近傍のFe基合金溶湯よりもゆっくり冷却される。これにより、非晶質Fe基合金板における自由凝固面の近傍には、鋳造方向及び鋳造直角方向の両方の成分を有する面張力が発生する。前記非晶質Fe基合金板においては、張力の鋳造方向成分は、張力の鋳造直角方向成分に比べて焼鈍により緩和されやすい。そのため、非晶質Fe基合金板を適度な温度に加熱して焼鈍を行うことにより、非晶質Fe基合金板の内部における張力の鋳造直角方向の成分の過度の緩和を回避しつつ、鋳造方向の成分を緩和させることができる。
【0066】
従って、鋳造後の非晶質Fe基合金板に焼鈍を施すことにより、非晶質Fe基合金板における自由凝固面の近傍に、鋳造直角方向の成分の大きさが大きい張力を残留させることができる。非晶質材料における磁化容易軸は、面張力の主軸方向を向きやすいため、非晶質Fe基合金板における自由凝固面の近傍においては、磁化容易軸が鋳造方向に対して直角な方向を向きやすい。すなわち、前記非晶質Fe基合金板は、概ね鋳造直角方向に磁化容易軸を持つ誘導磁気異方性を有している。
【0067】
このように、前記非晶質Fe基合金板の内部の応力は厚み方向の位置に応じて異なっている。前記非晶質Fe基合金板の厚みを前記特定の範囲とすることにより、ロール接触面の近傍における圧縮応力の影響と自由凝固面の近傍における張力の影響とのバランスをとり、自由凝固面の磁化容易軸の方向を鋳造直角方向に対して傾いた方向とすることができる。その結果、前述した特定の磁区構造を形成可能な非晶質Fe基合金板を得ることができる。
【0068】
最終的に得られる非晶質Fe基合金板の厚み及び磁気的性質は、鋳造ノズルから吐出するFe基合金溶湯の吐出速度や、冷却ロールの回転速度、冷却ロール上におけるFe基合金溶湯の冷却速度等によって制御することができる。例えば、非晶質Fe基合金板の厚みを厚くするためには、Fe基合金溶湯の吐出速度を速める、あるいは、冷却ロールの回転速度を遅くする、鋳造方向に並んだ複数の吐出スリットを有する鋳造ノズルを用い、複数の吐出スリットから同時にFe基合金溶湯を吐出するなどの方法により、冷却ロール上に吐出されるFe基合金溶湯の厚みを厚くすればよい。より容易に非晶質Fe基合金板の厚みを厚くする観点からは、鋳造方向に並んだ複数の吐出スリットを有する鋳造ノズルを用い、複数の吐出スリットから同時にFe基合金溶湯を吐出することが好ましい。
【0069】
また、非晶質Fe基合金板に前述した磁区構造によって特定される磁気的性質を付与するためには、冷却ロール上におけるFe基合金溶湯の冷却速度を100万℃/秒以上とすることが好ましい。Fe基合金溶湯の冷却速度が遅くなると、冷却ロール上においてFe基合金が結晶化しやすくなり、非晶質Fe基合金板が得られなくなるおそれがある。また、Fe基合金溶湯の冷却速度が遅くなると、前記特定の磁区構造を形成することができなくなるおそれもある。
【0070】
前記製造方法においては、冷却ロールから剥離した非晶質Fe基合金板に、磁界を印加せずに焼鈍を施す。前述したように、非晶質Fe基合金板を適度な温度で焼鈍することにより、鋳造後の非晶質Fe基合金板の内部に存在する張力の鋳造直角方向の成分の過度の緩和を回避しつつ、鋳造方向の成分を緩和させることができる。これにより、前記特定の磁区構造を形成できる非晶質Fe基合金板を得ることができる。
【0071】
非晶質Fe基合金板を焼鈍する際の保持温度及び保持時間は、非晶質Fe基合金板の化学成分に応じて適宜設定すればよい。焼鈍時の保持温度は、例えば330℃以上390℃以下の範囲から適宜設定することができる。また、焼鈍時の保持時間は、例えば30分以上2時間以下の範囲から適宜設定することができる。また、焼鈍時の雰囲気は、非晶質Fe基合金板の不要な酸化を抑制する観点から、不活性ガス雰囲気であることが好ましい。
【0072】
また、前記製造方法においては、単ロール急冷凝固法によって非晶質Fe基合金板を鋳造することにより、非晶質Fe基合金板の内部に、前述した圧縮応力及び張力を発生させ、自由凝固面における磁化容易軸の向きを鋳造直角方向に対して傾いた方向とすることができる。これにより、焼鈍の際に磁界を印加しなくても、前述した磁気的性質を容易に付与することができる。なお、前述した「磁界を印加せずに焼鈍を行う」とは、焼鈍時の磁界の強さを、地磁気等の天然に存在する磁界の強さ以下とすることをいう。より具体的には、「磁界を印加せずに焼鈍を行う」という概念には、非晶質Fe基合金板に積極的に外部から磁界を印加せずに焼鈍を行う場合や、加熱装置内の磁界を消磁して天然に存在する磁界の強さ以下とした状態で焼鈍を行う場合等が含まれる。
【実施例0073】
(実施例1)
前記非晶質Fe基合金板及びその製造方法の実施例を、
図6~
図19を参照しつつ説明する。本例の非晶質Fe基合金板は、単ロール急冷凝固法によって作製されており、自由凝固面及びロール接触面を有している。非晶質Fe基合金板は、Fe:77原子%以上83原子%以下、Si:4原子%以上15原子%以下、B:8原子%以上15原子%以下及びC:0原子%以上3原子%以下を含む化学成分を有する非晶質Fe基合金からなり、35μm以上の厚みを有している。
【0074】
また、非晶質Fe基合金板1は、カー効果顕微鏡を用いて自由凝固面11の磁区構造を観察した場合に、
図8に示すような、鋳造直角方向とは異なる向きの磁化を有する第1磁区M1と、鋳造直角方向及び第1磁区M1の磁化の向きの両方に対して異なる向きの磁化を有する第2磁区M2とが鋳造方向に交互に配置された縞状磁区を含み、かつ、第1磁区M1のうち幅が30μm以下である領域S1と、第2磁区M2のうち幅が30μm以下である領域S2とが、自由凝固面11の面積の2.0%以上を占める磁区構造を観察することができるように構成されている。
【0075】
本例においては、単ロール急冷凝固法によって非晶質Fe基合金板を作製し、これらの磁気的性質及び鉄損の評価を行った。以下に、本例の非晶質Fe基合金板の作製方法をより具体的に説明する。
【0076】
非晶質Fe基合金板の作製には、
図11に示す鋳造装置2を使用した。本例の鋳造装置2は、Fe基合金溶湯10を吐出可能に構成された鋳造ノズル21と、鋳造ノズル21に対向して配置され、Fe基合金溶湯10を冷却可能に構成された冷却ロール22と、を有している。鋳造ノズル21は、るつぼ211内に貯留されたFe基合金溶湯10をアルゴンガスによって加圧し、冷却ロール22に向けて吐出することができるように構成されている。また、るつぼ211の周囲には、るつぼ211内のFe基合金溶湯の温度を保持するための高周波加熱装置212が設けられている。
【0077】
鋳造装置2における冷却ロール22としては、銅からなる直径約200~250mmのロールを使用した。
【0078】
本例では、まず、表1に示す成分記号C1~成分記号C12のうちいずれかの成分記号で表される化学成分を有するFe基合金溶湯10をるつぼ211内に入れ、Fe基合金溶湯10の温度を1200℃にした。次いで、鋳造ノズル21から冷却ロール22までの距離が0.20~0.30mmとなるように、鋳造ノズル21の位置を調整した。
【0079】
冷却ロール22を10.47~32.72m/sの速度で回転させた状態で、0.03~0.05MPaのアルゴンガスによりるつぼ211内のFe基合金溶湯10を加圧し、鋳造ノズル21から回転中の冷却ロール22にFe基合金溶湯10を吐出した。そして、冷却ロール22上においてFe基合金溶湯10を凝固させ、非晶質Fe基合金板1とした。冷却ロール22上で凝固した非晶質Fe基合金板1にアルゴンガスを吹き付けることにより、冷却ロール22から非晶質Fe基合金板1を剥離した。
【0080】
その後、得られた非晶質Fe基合金板を、磁界を印加せず窒素雰囲気中で焼鈍した。焼鈍における保持温度は表2及び表3に示す温度とし、保持時間は60分間とした。以上により、表2及び表3に示す試験材1~試験材65を得た。
【0081】
なお、試験材1~試験材65のうち、厚みが35μm未満である試験材及び表2及び表3における「領域S1及びS2の面積率(%)」欄の値が0である試験材は、これら以外の試験材との比較のために作製された。「領域S1及びS2の面積率(%)」欄の値が0である試験材の作製方法は、焼鈍時の保持温度が異なる以外は、これら以外の試験材の作製方法と同様である。
【0082】
X線回折装置を用いて試験材1~試験材65のX線回折チャートを取得したところ、試験材1~試験材65のX線回折チャートには、いずれも、非晶質の存在を示すハローパターンが現れていた。これらの結果から、試験材1~試験材65を構成する合金は、いずれも非晶質であることが確認できる。
【0083】
次に、以下の方法により、試験材1~試験材65の磁区構造及び鉄損の評価を行った。
【0084】
[磁区構造]
各試験材から一辺約10mmの正方形状を呈する試験片を採取した。カー効果顕微鏡のサンプルステージに粘着性ゲルシートを介して試験片を取り付けた。試験片に磁界の向きが鋳造方向に対して平行である磁界を印加し、磁界の強さを強くしながら試験片の顕微鏡像を取得した。なお、カー効果顕微鏡としては、ネオアーク株式会社製「BH-4753-NML-ASM」を使用し、縦カー効果を利用した磁区構造の観察を行った。
【0085】
一例として、
図6~
図10に、磁界の強さが30.4Oeであるとき、45.4Oeであるとき、50.5Oeであるとき、55.5Oeであるとき及び100.7Oeであるときの試験材7の顕微鏡像を示す。試験材7の鋳造方向は
図6~
図10の左右方向であり、鋳造直角方向は
図6~
図10の上下方向である。また、試験片に印加された磁界の向きは、
図6~
図10の左から右に向かう向きである。
図6~
図10においては、試験片に印加される磁界の向きと磁化の向きとのなす角度が小さい磁区ほど明るく表示され、試験片に印加される磁界の向きと磁化の向きとのなす角度が大きい磁区ほど暗く表示されている。なお、本例においては、便宜上、試験片に印加した磁界の向きと磁化の向きとのなす角度がより小さい磁区を第1磁区M1とした。
【0086】
図には示さないが、試験片に磁界が印加されていない状態においては、自由凝固面に種々の方向を向いた磁化を有する磁区が多数存在しており、全体として磁化が特定の方向を向かない状態となっている。また、磁界が印加されていない状態の自由凝固面には、顕微鏡の視野よりも大きい磁区が形成されていることもある。この状態から試験片に磁界を印加すると、まず、第1磁区M1と、磁化の向きが第1磁区M1とは異なる第2磁区M2とが鋳造方向に交互に配置された縞状磁区を含む磁区構造が現れる。
図6に示すように、試験片に印加する磁界が比較的弱い状態においては、第1磁区M1及び第2磁区M2の幅は比較的広くなっている。本例における第1磁区M1の磁化は、具体的には、鋳造直角方向と磁化の向きとのなす角度が鋳造方向と磁化の向きとのなす角度よりも小さくなる方向を向いている。また、磁界の強さが比較的弱い状態においては、第2磁区M2の磁化は、第1磁区M1の磁化とは概ね反対の方向を向いている。
【0087】
この状態から磁界の強さを強くすると、第1磁区M1及び第2磁区M2の内部に新たな第1磁区M1及び第2磁区M2が形成され、
図7及び
図8に示すように、個々の第1磁区M1及び第2磁区M2の幅が狭くなる。
【0088】
さらに磁界の強さを強くすると、
図9に示すように、磁界の向きと磁化の向きとのなす角度がより大きい第2磁区M2が磁化回転によって第1磁区M1に併合され、第1磁区M1が成長する。そして、最終的には試験片の磁束密度が飽和し、
図10に示すように第2磁区M2が完全に消滅する。図には示さないが、表2及び表3における「領域S1及びS2の面積率(%)」欄の値が0以外の値である試験材も、試験材7と同様の磁区構造の変化が観察された。
【0089】
本例においては、50Oeの磁化を印加した状態における試験片の顕微鏡像に現れた各試験材の磁区構造において、第1磁区M1のうち幅が30μm以下である領域S1及び第2磁区M2のうち幅が30μm以下である領域S2の面積を算出した。各試験材における、自由凝固面11に対する領域S1及び領域S2の占有面積率は表2及び表3に示す通りとなった。なお、領域S1及び領域S2の面積率の算出には、株式会社キーエンス株式会社製ハイスピードマイクロスコープ「VW9000」に付帯した画像処理プログラムを使用した。
【0090】
[鉄損]
B-Hアナライザ(岩崎通信機株式会社製「SY-8218」)に単板磁気測定装置(岩崎通信機株式会社製「SY-956」)を取り付け、各試験材の鉄損を測定した。なお、測定周波数は50Hz、400Hz、1kHz、10kHzまたは20kHzのいずれかとした。また、測定周波数が50Hz、400Hzまたは1kHzである場合の最大磁束密度Bmは1.3Tとし、測定周波数が10kHzまたは20kHzである場合の最大磁束密度Bmは0.1Tとした。各試験材の鉄損は表2及び表3に示した通りであった。
【0091】
鉄損の値は、試験材の厚みに大きく影響される。そのため、例として、
図12~
図15に厚みが43μmから47μmである試験材5~試験材9の鉄損を測定周波数ごとに示し、
図16~
図19に厚みが35μm未満である試験材1~試験材4の鉄損を測定周波数ごとに示した。なお、
図12~
図19の縦軸は鉄損(単位:W/kg)であり、横軸は自由凝固面11に対する領域S1及び領域S2の占有面積率(単位:%)である。
【0092】
【0093】
【0094】
【0095】
表2に示した試験材のうち、厚みが43~47μmであり、同一の化学成分を有する試験材5~試験材9を比較すると、前記特定の磁区構造が観察された試験材5~試験材8は、高周波の交番磁界を印加した場合に、前記特定の磁区構造が現れない試験材9に比べて鉄損を低減することができた(
図12~
図15参照)。
【0096】
また、試験材5~試験材9の中でも、領域S1及び領域S2の占有面積率が5%以上である試験材6~試験材8は、占有面積率が5%未満である試験材5に比べていずれの周波数においても鉄損を低減することができた。
【0097】
また、表2及び表3によれば、試験材10~試験材65のうち厚みが同程度であり同一の化学成分を有する試験材同士を比較すると、試験材5~試験材9と同様に、前記特定の磁区構造が観察された試験材は、高周波の交番磁界を印加した場合に、前記特定の磁区構造が現れない試験材に比べて鉄損を低減できることが理解できる。
【0098】
一方、表2に示した試験材のうち、厚みが35μm未満である試験材1~試験材4は、領域S1及び領域S2の面積率が2%以上となる磁区構造が形成されなかった。また、これらの試験材のうち、領域S1及び領域S2が形成された試験材2及び試験材3は、いずれの周波数の交番磁界を印加した場合においても、領域S1及び領域S2が形成されない試験材1及び試験材4と同等の鉄損を示した(
図16~
図19参照)。
【0099】
これらの結果から、非晶質Fe基合金板の化学成分及び厚みを前記特定の範囲とすることにより、非晶質Fe基合金板に前記特定の磁区構造によって表される磁気的性質を付与することができる。そして、かかる磁気的性質を備えた非晶質Fe基合金板は、高周波の交流電流に対する鉄損を低減することができる。
【0100】
(実施例2)
本例においては、実施例1における試験材2、試験材4及び試験材8を用い、磁気異方性の評価を行った。具体的には、単ロール急冷凝固法により、成分記号C1(表1参照)で表される化学成分を有する非晶質Fe基合金板を作製した。なお、単ロール急冷凝固法における製造条件は、実施例1において採用した条件と同様とした。得られた非晶質Fe基合金板にエッチング加工を施し、直径約6mmの円形を有する試験片を作製した。この試験片を、表2に示す試験材2、試験材4及び試験材8における保持温度のうちいずれかの保持温度に60分間保持して焼鈍を行った。以上により、磁気異方性の評価に用いる試験片を得た。
【0101】
磁気異方性の評価は、磁気異方性トルク計(株式会社玉川製作所製「TM-TR2750-HGC」)を用い、室温環境下にて行った。具体的には、試験材の自由凝固面に対して平行な方向に磁界が印加されるようにして試験材を磁気異方性トルク計に取り付けた。そして、試験材を中心として磁気異方性トルク計の電磁石を旋回させ、試験材の鋳造方向に対する磁界の向きを変化させながら試験体に生じる磁気異方性トルクの大きさを測定した。そして、横軸に試験材の鋳造方向に対する磁界の向きの角度をプロットし、縦軸に当該角度に対応する単位体積当たりの磁気異方性トルクの大きさをプロットすることによりトルク曲線を作成した。なお、試験材に印加する磁界の大きさは500Oeとした。また、単位体積当たりの磁気異方性トルクの大きさ(単位:μN・m/mm3)は、前述した測定により得られる磁気異方性トルクの大きさ(単位:dyne・cm)の単位をμN・mに換算した後、試験片の体積(単位:mm3)で除した値である。
【0102】
図20に、前述した測定により得られた無加工のトルク曲線に、測定点を基準として-10°以上+10°以下の範囲に含まれる磁気異方性トルクを算術平均して平滑化処理を施すことにより得られたトルク曲線を示す。
図20の縦軸は単位体積当たりの磁気異方性トルクの大きさ(単位:μN・m/mm
3)であり、横軸は試験材の鋳造方向に対する磁界の向きの角度(単位:°)である。
【0103】
図20に示したように、試験材8は、鋳造方向に対する磁界の向きの角度が-0.1°、53.6°、89.6°及び130.7°であるときに、単位体積当たりの磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm
3となる。また、試験材8のトルク曲線に基づいて算出される、鋳造方向に対する磁界の向きの角度が0°から180°までの範囲における単位体積当たりの磁気異方性トルクの二乗平均平方根の値は2.0×10
-3μN・m/mm
3である。これらの結果によれば、試験材8は、自由凝固面に対して平行な方向に磁化容易軸及び磁化困難軸を2本ずつ有しており、二軸磁気異方性を有していると判断できる。
【0104】
これに対し、試験材2は、鋳造方向に対する磁界の向きの角度が4.9°、25.0°、66.5°及び144.5°であるときに、単位体積当たりの磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm3となる。しかし、試験材2においては、鋳造方向に対する磁界の向きの角度が35°以上55°以下の範囲及び80°以上100°以下の範囲に、単位体積当たりの磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm3となる角度が存在していない。また、試験材2のトルク曲線に基づいて算出される、鋳造方向に対する磁界の向きの角度が0°から180°までの範囲における単位体積当たりの磁気異方性トルクの二乗平均平方根の値は1.0×10-3μN・m/mm3である。これらの結果によれば、試験材2は二軸磁気異方性を有していないと判断される。
【0105】
また、試験材4は、鋳造方向に対する磁界の向きの角度が0.8°及び78.5°であるときに、単位体積当たりの磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm3となる。しかし、試験材4においては、鋳造方向に対する磁界の向きの角度が35°以上55°以下の範囲、80°以上100°以下の範囲及び125°以上155°以下の範囲に、単位体積当たりの磁気異方性トルクの値が0μN・m/mm3となる角度が存在していない。これらの結果によれば、試験材4は二軸磁気異方性を有していないと判断される。なお、試験材4のトルク曲線に基づいて算出される、鋳造方向に対する磁界の向きの角度が0°から180°までの範囲における単位体積当たりの磁気異方性トルクの二乗平均平方根の値が3.5×10-3μN・m/mm3であることから、試験材4は一軸磁気異方性を有していると推定される。
【0106】
実施例1に示したように、試験材8は、高周波の交流電流に対する鉄損を低減することができる。一方、試験材2及び試験材4は、試験材8に比べて高周波の交流電流に対する鉄損が高い。従って、本例に示した結果から、二軸磁気異方性を有する非晶質Fe基合金板によれば高周波の交流電流に対する鉄損の低減が可能であることを容易に理解することができる。