(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022061613
(43)【公開日】2022-04-19
(54)【発明の名称】HSA結合性タンパク
(51)【国際特許分類】
C07K 7/06 20060101AFI20220412BHJP
C07K 14/00 20060101ALI20220412BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20220412BHJP
A61K 38/08 20190101ALI20220412BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220412BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220412BHJP
A61K 47/64 20170101ALI20220412BHJP
C40B 40/10 20060101ALN20220412BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20220412BHJP
C12N 15/10 20060101ALN20220412BHJP
【FI】
C07K7/06 ZNA
C07K14/00
C12P21/02 C
A61K38/08
A61K45/00
A61P43/00 111
A61K47/64
C40B40/10
C12Q1/02
C12N15/10 210Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】31
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020169651
(22)【出願日】2020-10-07
(71)【出願人】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(71)【出願人】
【識別番号】501280921
【氏名又は名称】インタープロテイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104307
【弁理士】
【氏名又は名称】志村 尚司
(72)【発明者】
【氏名】藤井 郁雄
(72)【発明者】
【氏名】道上 雅孝
(72)【発明者】
【氏名】叶 正茂
【テーマコード(参考)】
4B063
4B064
4C076
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ07
4B063QQ10
4B063QQ13
4B063QQ79
4B063QR48
4B063QS12
4B063QS32
4B063QS38
4B064AG01
4B064CA06
4B064CA19
4B064CC15
4B064CC24
4B064DA13
4C076EE41
4C076EE59
4C076FF34
4C084AA02
4C084AA07
4C084AA17
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA18
4C084BA23
4C084BA26
4C084BA31
4C084CA59
4C084DC50
4C084NA14
4C084ZC411
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA05
4H045BA19
4H045BA72
4H045CA10
4H045EA50
4H045FA74
4H045GA45
(57)【要約】
【課題】 薬物の滞留性を上げるとされるHSA結合性タンパクを提供する。
【解決手段】 配列番号1で示されるタンパク鎖AのC末端と配列番号2で示されるタンパク鎖CのN末端の間に、配列番号3で示されるアミノ酸配列を有する9~11個のアミノ酸からなるタンパク鎖Bがペプチド結合したタンパク。但し、配列番号1,2,3におけるアミノ酸Xの全ては天然に存在するタンパク中に通常見いだされる任意のL-アミノ酸であり、配列番号3におけるN末端のアミノ酸XはGであるか欠損し、N末端から6番目のアミノ酸XはV,A,Rの何れかであり、N末端から7番目のアミノ酸XはE,V,Sの何れかであり、N末端から10番目のアミノ酸XはR又はVであるか、N末端から11番目のアミノ酸XはGであるか欠損する。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
HSAに対して結合性を示すリガンドであって、配列番号3で示すアミノ酸配列(XVNFGXXLFXX)を有するリガンド。
但し、配列番号3におけるアミノ酸Xは、天然に存在するタンパク中に通常見いだされる任意のL-アミノ酸であり、N末端のアミノ酸XはGであるか欠損し、N末端から6番目のアミノ酸XはV,A,Rの何れかであり、N末端から7番目のアミノ酸XはE,V,Sの何れかであり、N末端から10番目のアミノ酸XはR又はVであるか、N末端から11番目のアミノ酸XはGであるか欠損する。
【請求項2】
HSAに対して結合性を示すリガンドであって、配列番号4(GVNFGVELFRG)、配列番号5(GVNFGVVLFRG)、配列番号6(GVNFGAELFRG)、配列番号7(GVNFGAVLFRG)、配列番号8(GVNFGRSLFVG)の何れかの配列番号に記載のアミノ酸配列を有するリガンド。
但し、配列番号4~8で示されるアミノ酸配列のN末端のアミノ酸G及び/又はN末端から11番目のアミノ酸Xは欠損していてもよい。
【請求項3】
ヘリックス-ループ-ヘリックス構造を有するHSA結合性タンパク。
【請求項4】
41~43個のアミノ酸からなるHSA結合性タンパクであって、
請求項1又は2に記載のリガンドを含むHSA結合性タンパク。
【請求項5】
配列番号1で示されるタンパク鎖AのC末端と配列番号2で示されるタンパク鎖CのN末端の間に、配列番号3で示されるアミノ酸配列を有するタンパク鎖Bがペプチド結合したタンパク。
配列番号1:CXXELXXLEXELXXLE 但し、アミノ酸Xの全ては天然に存在するタンパク中に通常見いだされる任意のL-アミノ酸
配列番号2:KLXXLKXKLXXLKXXC 但し、アミノ酸Xの全ては天然に存在するタンパク中に通常見いだされる任意のL-アミノ酸
配列番号3:XVNFGXXLFXX 但し、N末端のアミノ酸XはGであるか欠損し、N末端から6番目のアミノ酸XはV,A,Rの何れかであり、N末端から7番目のアミノ酸XはE,V,Sの何れかであり、N末端から10番目のアミノ酸XはR又はVであるか、N末端から11番目のアミノ酸XはGであるか欠損する。
【請求項6】
前記タンパクのN末端から4番目のアミノ酸EがDに、N末端から5番目のアミノ酸LがP又はQに、N末端から9番目のアミノ酸EがKに、N末端から12番目のアミノ酸LがQ又はRの、何れか1又は2以上の置換がなされた請求項5に記載のタンパク。
【請求項7】
前記タンパクのN末端から28番目のアミノ酸KがEに、N末端から29番目のアミノ酸LがRに、N末端から33番目のアミノ酸KがRに、N末端から40番目のアミノ酸KがN又はRに、N末端から43番目のアミノ酸CがSの、何れか1又は2以上のアミノ酸の置換を有する請求項5に記載のタンパク。
【請求項8】
さらに、前記タンパクのN末端から4番目のアミノ酸EがDに、N末端から5番目のアミノ酸LがP又はQに、N末端から9番目のアミノ酸EがKに、N末端から12番目のアミノ酸LがQ又はRの、何れか1又は2以上の置換がなされた請求項7に記載のタンパク。
【請求項9】
前記タンパク鎖BのN末端のアミノ酸X及びC末端のアミノ酸Xの何れか一方若しくは双方のアミノ酸XがGであるか欠落した請求項5~8の何れか1項に記載のタンパク。
【請求項10】
前記タンパク鎖Bのアミノ酸配列が、配列番号4(GVNFGVELFRG)、配列番号5(GVNFGVVLFRG)、配列番号6(GVNFGAELFRG)、配列番号7(GVNFGAVLFRG)、配列番号8(GVNFGRSLFVG)の何れかである請求項5~8の何れかに記載のタンパク。
【請求項11】
前記タンパク鎖Bのアミノ酸配列のN末端及び/又はC末端のGが欠損した請求項10に記載のタンパク。
【請求項12】
配列番号1で示されるアミノ酸配列中、すべてのアミノ酸XがAであり、
配列番号2で示されるアミノ酸配列中、すべてのアミノ酸XがAである請求項5~11の何れかであるタンパク。
【請求項13】
配列番号1で示されるアミノ酸配列中、N末端から3番目のアミノ酸XがA,T,Sの何れかであり、N末端から6番目のアミノ酸XがA又はSであり、N末端から13番目のアミノ酸XがA又はSであり、配列番号2で示されるアミノ酸配列中、N末端から3番目のアミノ酸XがA,D,Nの何れかであり、N末端から4番目のアミノ酸XがA又はFであり、7番目のアミノ酸XがA,Q,G,Sの何れかであり、10番目のアミノ酸XがA,E,P,Hの何れかであり、11番目のアミノ酸XがA,V,Fの何れかであり、14番目のアミノ酸XがA,D,Nの何れかである請求項5~11の何れかであるタンパク。
【請求項14】
置換され得るアミノ酸X以外のアミノ酸XがすべてAである請求項13に記載のタンパク。
【請求項15】
配列番号10に示すアミノ酸配列からなるタンパクであって、
当該アミノ酸配列中、アミノ酸Xの全ては天然に存在するタンパク中に通常見いだされる任意のL-アミノ酸であるタンパク。
【請求項16】
配列番号10に示すアミノ酸配列からなるタンパクであって、
配列番号10に示すアミノ酸配列中、
N末端から28番目のアミノ酸KがEに置換され、
当該アミノ酸配列中、アミノ酸Xの全ては天然に存在するタンパク中に通常見いだされる任意のL-アミノ酸であるタンパク。
【請求項17】
配列番号10に示すアミノ酸配列中、
N末端から3番目のアミノ酸XがA,T,Sの何れかであり、N末端から13番目のアミノ酸XがA又はSである請求項16に記載のタンパク。
【請求項18】
配列番号10に示すアミノ酸配列中、
N末端から9番目のアミノ酸EがKに置換されるか、N末端から29番目のアミノ酸LがRに置換されるか、N末端から33番目のアミノ酸KがRに置換されるか、N末端から40番目のアミノ酸KがNに置換されるか、N末端から43番目のアミノ酸CがSに置換された請求項15~17の何れか1項に記載のタンパク。
【請求項19】
配列番号10に示すアミノ酸配列中のアミノ酸XがA以外のアミノ酸である場合を除いて、全てのアミノ酸XがAである請求項15~18の何れか1項に記載のタンパク。
【請求項20】
配列番号10に示すアミノ酸配列からなるタンパクであって、
N末端から5番目のアミノ酸LがPに置換されるか、N末端から4番目のEがDに置換されるか、N末端から12番目のアミノ酸LがQ又はRに置換され、
アミノ酸Xは天然に存在するタンパク中に通常見いだされる任意のL-アミノ酸であるタンパク。
【請求項21】
配列番号10に示すアミノ酸配列中、
N末端から40番目のKがRに置換された請求項20に記載のタンパク。
【請求項22】
配列番号10に示すアミノ酸配列中、
アミノ酸Xが全てAである請求項20又は21に記載のタンパク。
【請求項23】
配列番号10に示すアミノ酸配列中、
N末端から30番目のアミノ酸XがA,D,Nの何れかであり、N末端から31番目のアミノ酸XがA又はFであり、34番目のアミノ酸XがA,Q,G,Sの何れかであり、37番目のアミノ酸XがA,E,P,Hの何れかであり、38番目のアミノ酸XがA,V,Fの何れかであり、41番目のアミノ酸XがA,D,Nの何れかである請求項20~22の何れか1項に記載のタンパク。
【請求項24】
請求項22又は23に記載のタンパクにおいて、
その他のアミノ酸XがAであるタンパク。
【請求項25】
配列番号11~35の何れかで示されるアミノ酸配列からなるタンパク。
【請求項26】
N末端から17番目のアミノ酸G及び/又は27番目のアミノ酸Gが欠損した請求項15~24の何れか1項に記載のタンパク。
【請求項27】
請求項3又は4に記載のタンパクのN末端及びC末端がそれぞれシステインであるタンパク又は請求項5~26の何れかに1項に記載のタンパクのN末端のシステインとC末端のシステインの間で環を形成したタンパク。
【請求項28】
請求項3~27の何れか1項に記載のタンパクと薬物が結合した薬物複合体。
【請求項29】
配列番号36で示されるタンパク鎖AのC末端と配列番号37で示されるタンパク鎖CのN末端の間に、配列番号4で示されるアミノ酸配列を有するタンパク鎖B(但し、タンパク鎖BのN末端及び/C末端のGが欠損してもよい)がペプチド結合したタンパク又は請求項3~27の何れか1項に記載のタンパクを構成するアミノ酸の少なくとも1つをその他の天然に存在するタンパク中に通常見いだされる任意のL-アミノ酸に置換する工程と、
置換されたアミノ酸配列を有するタンパクとHSAと接触させる工程と、
HSAと結合したタンパクのアミノ酸配列を決定する工程と、
決定したアミノ酸配列からタンパクを合成する工程を有する製造方法。
【請求項30】
前記置換されたアミノ酸配列を有するタンパクとHSAと接触させる工程は、前記置換した後のアミノ酸配列に相当する塩基配列を有する遺伝子を導入した細胞又はファージの表層に発現されたタンパクと接触させる工程である請求項29に記載の方法。
【請求項31】
置換されるアミノ酸は、配列番号36で示されるアミノ酸配列及び/又は配列番号37で示されるアミノ酸配列中のアラニンである請求項29又は30に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒト血清アルブミン結合性タンパクに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト血清アルブミン(HSA)は血清中に含まれるタンパクの約6割を占めると言われており、脂肪酸やビリルビン,金属イオンなどと結合して血中を循環する運搬機能を有している。一般のタンパクは、細胞内に取り込まれた後リソソームにより分解されるが、HSAは細胞表面のレセプターFcRnと結合して細胞内に取り込まれるため、リソソームによる分解を免れ、再度細胞外へと放出される(HSAのリサイクリング機能)。そこで、HSAに結合性を有するタンパクに各種の薬剤を結合させることにすれば、HSAと共に細胞内に取り込まれた後に再度細胞外に放出され、薬剤の血中半減期が延長されることが期待される。例えばインスリンは血中グルコース濃度をコントロールする。糖尿病患者はそのコントロールのためにインスリン(インスリン製剤)を投与しなければならないが、HSAのリサイクリング機能が利用できればインスリンの血中半減期が延長され、投与回数の減少による患者の負担軽減や投与量(使用量)の削減に繋がる。このような観点からHSA結合性タンパクとして、例えば特許文献1や特許文献2に、特定のアミノ酸配列を含むHSA結合性のリガンドが提案されている。
【0003】
ところで、本願発明者らは、比較的低分子でかつ血中で安定な立体構造が保たれるヘリックス-ループ-ヘリックス構造を有するタンパク(以下「HLHタンパク」と称する。)を提案している(例えば特許文献1参照)。このHLHタンパクは、α-ヘリックスを有するA鎖,C鎖とこれらのA鎖,C鎖を結ぶループ鎖とも呼ばれるB鎖を有している。A鎖、C鎖はそれぞれ14のアミノ酸から構成され、A鎖とC鎖が外側を向く位置にある各7つのアラニン残基は任意のアミノ酸に置換しても安定な構造を保つ。これまでに種々の機能を果たすHLHタンパクが提案されている(例えば特許文献1~3)が、これまでのところHSA結合性のHLHタンパクは見いだされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2003-518075号公報
【特許文献2】特表2004-535373号公報
【特許文献3】特開2014-1189号公報
【特許文献4】特開2011-231085号公報
【特許文献5】特開2008-214254号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願発明者らは、HSAのリサイクリング機能に着目し、血中で安定な構造を有するHLHタンパクとHSAを結合させることができれば、各種薬剤の血中半減期を延長させることが可能であると考えた。本願発明は、種々のHSA結合性のリガンドを有するタンパク、好ましくはHLHタンパク構造をとり得るタンパクを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明に係るHSA結合性タンパクは、配列番号3に示すアミノ酸配列を有するリガンドを有し、代表的には配列番号11に示されたアミノ酸配列を有する。
【発明の効果】
【0007】
本願発明によれば、血中半減期に寄与し得るHSA結合性タンパクが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1はファージ表層提示タンパクライブラリーに用いられたファージミドベクターのベクターマップを示す図である。
【
図2】
図2はエラープローンPCRで用いられた酵母形質転換用ベクターのベクターマップを示す図である。
【
図3】
図3は相同組換え法による酵母の形質転換の手順を示す概略図である。
【
図4】
図4の(A)~(E)はそれぞれ本願発明の実施例であるHSA結合性タンパクを提示する酵母のHSAに対する親和性を示す図である。
【
図5】
図5はHSA結合性タンパクとインスリン複合体の合成方法を示す概略図であって、(A)はインスリンのアルキン誘導体の合成工程を、(B)はHSA結合性タンパクのアジド誘導体の合成工程を、(C)は複合体の合成工程を示す図である。
【
図6】
図6は同上のHSA結合性タンパクとインスリン複合体がインスリン滞留性に及ぼす影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本願発明に係るHSA結合性を有するリガンドは、配列番号3に示すアミノ酸配列(但し、配列番号3を構成するアミノ酸Xは、天然に存在するタンパク中に通常見いだされる任意のL-アミノ酸であり、N末端のアミノ酸XはGであるか欠損し、N末端から6番目のアミノ酸XはV,A,Rの何れかであり、N末端から7番目のアミノ酸XはE,V,Sの何れかであり、N末端から10番目のアミノ酸XはR又はVであるか、N末端から11番目のアミノ酸XはGであるか欠損する。)、例えば配列番号4~8に示すアミノ酸配列を有する。このリガンドを有するHSA結合性のタンパクは例えばα-ヘリックス構造を有するA鎖,C鎖とこれらのA鎖,C鎖を結ぶループ鎖とも呼ばれるB鎖を備えたヘリックス-ループ-ヘリックス構造を有するタンパクであり得る。ヘリックス-ループ-ヘリックス構造を有するタンパクは、好ましくは41~43個のアミノ酸からなるタンパクであって、例えば配列番号9に示すアミノ酸配列からなる。このヘリックス-ループ-ヘリックス構造を有するタンパクは、例えば、A鎖に配列番号1に示すアミノ酸配列を、C鎖に配列番号2に示すアミノ酸配列を、B鎖に配列番号3に示すアミノ酸配列を有する。なお、本願発明において、HSA結合性タンパクを構成するアミノ酸は好ましくは天然に存在するタンパク中に通常見いだされるアミノ酸を意味する。
【0010】
本願発明に係るHSA結合性タンパクは、ループ部において配列番号3に示すアミノ酸配列を有することに特徴があり、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるリガンドは、実施例に示すように比較的強くHSAに結合するタンパク集団において収束されたHSA結合性タンパクに共通して見いだされる配列である。ループ部は配列番号3に示すアミノ酸配列において、その両端の一方又は双方のGが欠落していても差し支えなく、両端にあるGはその他のアミノ酸でも差し支えない。ループ部であるC鎖の両端若しくは何れか一方端が欠損した場合でも2つのα-ヘリックス構造を有するA鎖,C鎖間の距離(互いに内側を向いた面間の距離)が大きく変わらず、安定にHSAに結合すると言えるからである。
【0011】
一般にHLHタンパクは、2本のα-ヘリックスの内側に存在するロイシン側鎖の疎水相互作用等により安定した立体的な構造が保持され、さらにA鎖のN末端にあるシステインとC鎖のC末端のシステインがジスルフィド結合して環状化することでさらに安定化される。従って、環状化の如何に関わらず、このような安定な立体的な構造を保つ限り、A鎖及びC鎖である2本のα-ヘリックスを構成するアミノ酸、2本のα-ヘリックスの外側を向かうアミノ酸は任意に置換し得る。特に、本願発明の好ましい態様であるHSA結合性HLHタンパクは配列番号11に示すアミノ酸配列(タンパクAY01)を有するが、2本のα-ヘリックスを構成するアラニンは、例えば配列番号10に示すようにその一部のアラニン、つまりHLHタンパクのN末端から3番目、13番目、30番目、31番目、34番目、37番目、38番目、41番目(以下、アミノ酸の位置はHLHタンパクのN末端からの位置を示す)のAは他のアミノ酸に置換し得る。また、HLHタンパクの構造が安定化されている限りHSA結合性は維持されるために、2本のα-ヘリックスの外側を向かうアミノ酸である全てのA、すなわちHLHタンパクのN末端から2番目、3番目、6番目、7番目、10番目、13番目、14番目、30番目、31番目、34番目、37番目、38番目、41番目、42番目のAは、他の任意のアミノ酸に置換しても、安定な構造を保つ(配列番号9に示すアミノ酸配列を有するタンパク)。また、2本のα-ヘリックスを構成するA以外のアミノ酸を置換した場合であっても、前記特徴的な7つのアミノ酸配列、つまり配列番号3~8のアミノ酸配列から両端のGを除いたアミノ酸配列をB鎖であるループ部に有し、2本のα-ヘリックス間の結合を良好に保つべくループ部が9~11個のアミノ酸から構成されさえすればよい。もちろん、本願発明に係るHLHタンパクは必ずしも安定な立体構造が保持されている必要はない。
【0012】
α-ヘリックスを構成するアラニンから置換され得るアミノ酸として、A鎖においてHLHタンパクのN末端から3番目のAはT又はSであってもよく、6番目のAはSであってもよく、13番目のAはSであってもよく、C鎖においてはHLHタンパクのN末端から30番目のAはD又はNであってもよく、31番目のAはFであってもよく、34番目のAはQ,G,Sの何れかでもよく、37番目のAはE,P,Hの何れかでもよく、38番目のAはV又はFでもよく、41番目のAはD又はNであって、これらの置換は1箇所のみでもあり、2箇所以上でもあり得る。
【0013】
本願発明に係るHLHタンパクでは、α-ヘリックスを構成するアラニン以外のアミノ酸も置換し得る。2本のα-ヘリックスにおいて置換し得るアミノ酸は、A鎖においてHLHタンパクのN末端から4番目のアミノ酸EはDに、5番目のアミノ酸LはP又はQに、9番目のアミノ酸EはKに、12番目のアミノ酸LはRまたはQに、C鎖においてHLHタンパクのN末端から28番目のアミノ酸KはEに、29番目のアミノ酸LはRに、33番目のアミノ酸KはRに、40番目のアミノ酸KはN又はRに、43番目のアミノ酸CはSに置換可能であり、これらの中で1つ又は2つ以上のアミノ酸がそれぞれ置換され得る。このうち、HLHタンパクの立体構造を保つに重要であるとされるロイシン(L)の置換は、A鎖,C鎖においてそれぞれ1つ又は2つであることが好ましく、望ましくは1つである。
【0014】
本願発明に係るHLHタンパクは、ループ鎖であるB鎖においては上記配列番号4に示すアミノ酸配列のうち、1~3つのアミノ酸、特にHLHタンパクのN末端から22番目のV、23番目のE、26番目のRが置換してもHSAへの結合性が認められる。例えば、22番目のVはA又はRに、23番目のEはV又はSに、26番目のRはVに置換したHLHタンパクである。具体的には、B鎖に配列番号5~8に示すアミノ酸配列を有するタンパクである。B鎖においてアミノ酸が置換されたタンパクにおいては、α-ヘリックスであるA鎖、C鎖のアミノ酸配列は、配列番号1及び配列番号2に示すものであればよいが、好ましくはA鎖においては配列番号1に示すアミノ酸配列のうち、N末端から4番目のEはDに、5番目のLはQに置換され得る。また、好ましくはC鎖において配列番号2に示すアミノ酸配列のうち、28番目のKがEに置換されたタンパクであり、29番目のLがRに置換され得る。これらの置換は1箇所でもあり、2箇所以上でもあり得る。そして、α-ヘリックスにおけるアミノ酸は6番目のアミノ酸XはA又はSであり、30番目のアミノ酸XはA又はNであり、31番目のアミノ酸XはA又はFであり、34番目のアミノ酸XはA又はSであり、37番目のアミノ酸XはA又はHであり、38番目のアミノ酸XはA又はFであり、41番目のアミノ酸XはA又はNでもあり得る。
【0015】
より具体的にはHSA結合性のタンパクとして配列番号9又は配列番号10を示すアミノ酸配列を有するタンパクが示される。当該アミノ酸配列中のアミノ酸XはAであることが好ましいが、3番目のアミノ酸AはT又はSに、6番目のアミノ酸AはSに、13番目のアミノ酸AはSに、30番目のアミノ酸AはD又はNに、31番目のアミノ酸AはFに、34番目のアミノ酸AはQ又はG又はSに、37番目のアミノ酸AはE又はP又はHに、38番目のアミノ酸AはV又はFに、41番目のアミノ酸AはD又はNに置換したものでもよい。さらに、N末端から28番目のアミノ酸KがEに置換し、5番目のLがP又はQに、9番目のEがKに、12番目のLがQ又はPに、33番目のKがRに、40番目のKがN又はQに、43番目のCがSに置換したものでもよい。これらアミノ酸Aの置換やアミノ酸A以外の置換は1箇所でもあり2箇所以上でもあり得る。
【0016】
これらのうち具体的にはHSA結合性タンパクとして、配列番号10に示すアミノ配列を有するタンパクにおいて、28番目のアミノ酸KがEに置換したタンパクが例示される。この場合においても、当該アミノ酸配列中のアミノ酸XはAであることが好ましいが、3番目のアミノ酸AはT又はSでもあり、13番目のアミノ酸AはSでもあり得る。さらに、9番目のアミノ酸EがKに、29番目のLがRに、33番目のKがRに、40番目のKがNに、43番目のCがSにそれぞれ置換し得る。
【0017】
また、HSA結合性タンパクとして、配列番号10に示すアミノ酸配列を有するタンパクにおいて、N末端から5番目のアミノ酸LがPに置換したタンパクやN末端から4番目のアミノ酸EがDに置換したタンパク、N末端から12番目のLがQ又はRに置換したタンパクも例示される。これらのタンパクではアミノ酸XはAであることが好ましいが、特にN末端から5番目のアミノ酸LがPに置換したタンパクでは、N末端から30番目のアミノ酸XはA,D,Nの何れかであり、34番目のアミノ酸XはA,Q,G,Sの何れかであり、37番目のアミノ酸XはA,E,P,Hの何れかであり、38番目のアミノ酸はA又はVであり、41番目のアミノ酸XはA,D,Nであり得る。
【0018】
本願発明に係るHLHタンパクは、A鎖のN末端とC鎖のC末端にはそれぞれスルフィド基を有する場合には、A鎖のN末端とC鎖のC末端がジスルフィド結合して環状構造を形成させることが好ましい。
【0019】
本願発明に係るHLHタンパクはHSAに対する結合性を有し、動物、特にヒトにおける血中滞留性を延ばすことができる。対象となる薬物は限られるものではないが、これまで血中滞留性が短いとされてきたインスリン、グルカゴン様ペプチド、ヒト成長ホルモン、インターロイキン2、G-CSF(granulocyte-colony stimulating factor 顆粒球コロニー刺激因子)が例示される。
【0020】
本願発明に係るHSA結合性タンパクの製造方法は、配列番号36で示されるタンパク鎖AのC末端と配列番号37で示されるタンパク鎖CのN末端の間に、配列番号4で示されるアミノ酸配列を有するタンパク鎖B(但し、タンパク鎖BのN末端及び/又はC末端のGが欠損してもよい)がペプチド結合したタンパク、つまり配列番号11に示すタンパク(ただし、N末端から17番目のG及び/又は27番目のGが欠損してもよい)を構成するアミノ酸の少なくとも1つをその他の天然に存在するタンパク中に通常見いだされる任意のL-アミノ酸に置換する工程と、置換されたアミノ酸配列を有するタンパクとHSAと接触させる工程と、HSAと結合したタンパクのアミノ酸配列を決定する工程と、決定したアミノ酸配列からタンパクを合成する工程を有する。
【0021】
置換前のタンパクはHSAに対して結合性が認められたHLHタンパクであって、これから改変したHSA結合性のタンパクを探索する方法である。特にループ部のアミノ酸配列を保持したHLHタンパクはHSA結合性を示すと考えられる。
【0022】
置換されるアミノ酸は、A鎖-B鎖-C鎖からなるタンパクのうち任意のアミノ酸の少なくとも1つ以上であり、好ましくはN末端から2,3,6,7,10,13,14,30,31,34,37,38,41,42番目のアミノ酸、すなわち、α-ヘリックスであるA鎖、C鎖の外側を向いたアミノ酸Aの少なくとも1つのアミノ酸である。また、ループ部であるB鎖を構成するアミノ酸であっても差し支えないが、ループ部であるB鎖のアミノ酸配列を保持するように置換するのが好ましい。
【0023】
HLHタンパクとHSAの接触はHSAへの結合性を確認する工程である。接触方法も特段制限されることはなく、その後、HSAへの結合性が認められたHLHタンパクはその他のHLHタンパクなどと分離される。HSAへの結合性への判別は接触に用いられるHSAの濃度などにより適宜決定し得る。結合性が確認されたHSA結合性タンパクは、例えば磁気ビーズが結合された抗ビオチン抗体と結合させた後、磁気を用いて分離される。そして、分離されたHSA結合性タンパクのアミノ酸配列が種々の方法により決定され得る。
【0024】
HLHタンパクの作製は公知である種々の化学的方法、例えば固相合成法を用いてもよく、酵母やファージに当該置換後のタンパクを発現するように構成されたプラスミドなどのベクターを用いて形質転換させることでもよい。
【0025】
アミノ酸を置換する方法は、ターゲットとするアミノ酸又は当該アミノ酸に対応する塩基を特定して置換する方法やランダムに置換する方法の何れでもよい。前者では、タンパクの化学的合成時に該当するアミノ酸や塩基を用いればよい。後者では、任意のアミノ酸が導入されるようにランダム化のための塩基配列を導入したプラスミドを用いることで、多様なアミノ酸配列を有するタンパクを同時に作製(発現)することができる。後者の方法では、いわゆるHSA結合性タンパクのライブラリーが得られる。この際、酵母又はファージの表層に当該タンパクを提示するプラスミドが好ましく用いられる。多種のタンパク合成が簡便にでき、それらとHSAとの結合性を容易に確認できるからである。
【0026】
また、置換前のタンパクを決定する塩基配列を鋳型としてエラープローンPCR法(error prone PCR)によりアミノ酸が置換されたタンパクを製造してもよい。エラープローンPCRも公知であり、配列番号4~8のアミノ酸配列を有するHSAタンパク、例えば配列番号11や34などに示すHSA結合性アミノ酸配列を有するタンパクをコードする遺伝子をPCR(polymerase chain reaction)により増幅する際、複製の厳密性を低下して増幅する方法である。この方法により変異が導入された遺伝子を元に合成し、あるいは当該遺伝子が導入されたベクターにより酵母などを形質転換して、前記した方法と同様にしてHSA結合性タンパクを得ることができる。このようにして種々のアミノ酸配列を有するHSA結合性タンパクを製造できる。
【0027】
以下、本願発明について下記の実施例に基づいて説明する。
【実施例0028】
〔HSA結合性タンパクのスクリーニング1〕
Ramanayakeらの報告(Ramanayake Mudiyanselage T.M.R. et al. An Immune-Stimulatory Helix-Loop-Helix Peptide: Selective Inhibition of CTLA-4-B7 interaction. ACS Chem. Biol. 15, 360-368 (2020))を参考にして、酵母の細胞表層に存在するアグルチニンを利用してHLHタンパクを酵母の細胞表層に発現したタンパクライブラリーを作製した。ライブラリーを構成するHLHタンパクは配列番号38に示すアミノ酸配列(CAAELAALEAELAALEGXXXXXXXXXGKLAALKAKLAALKAAC)を有し、ループ部分の9個アミノ酸がランダム化されている。また、HLHタンパクのC末端側にはリンカーを介してFLAGタグを発現するように酵母に導入するベクターを構成した。
【0029】
酵母を培養することでライブラリーを提示した酵母細胞液に、ビオチン化したHSAと抗ビオチン抗体が結合した磁気ビーズを加えて、ライブラリーを反応させた。反応後、磁石が外側に備えられたカラムを用いて当該酵母細胞液中から、HSAと結合したタンパク発現酵母を分離し、分離して得られた酵母をさらに培養し同様なスクリーニングを数回繰り返して、HSA結合性タンパクを発現した酵母を濃縮した。
【0030】
濃縮された酵母と、抗FLAGタグマウス抗体及びビオチン化HSAを反応させ、その後にストレプトアビジンが結合した蛍光標識であるAPC(Allophycocyanin)と抗マウスIgGヤギ抗体が結合された蛍光標識であるAlexa488を反応させることで、標識化されたHSA結合性タンパクライブラリーを得た。このライブラリーの蛍光強度をフローサイトメーターで検出した。APCの蛍光強度はHLHタンパクが結合したHSA量を示し、Alexa488は酵母表層のHLHタンパク発現量を示すことから、両者の蛍光強度が強い領域の酵母集団をソーティングした。そして、ソーティングした酵母を再度培養し、同様の操作を行い強い蛍光強度を示した細胞集団から8つのクローンを選び、DNA配列を解析したところ、配列番号11に示されたアミノ酸配列(CAAELAALEAELAALEGVNFGVELFRGKLAALKAKLAALKAAC)を有するタンパク(AY01)が発現されていることが示された。
【0031】
なお、当該タンパクを提示している単一の酵母を使って、フローサイトメトリーを用いたHSA及びMSA(マウス血清アルブミン)に対する結合性の評価を行ったところ、当該タンパク(AY01)はHSA及びMSAの双方に結合性を有することが確認された。
【0032】
また、Fmoc固相合成法によりペプチド合成機を用いてタンパクAY01を合成したところ、このものもHSA及びMSAの双方に結合性を有し、CDスペクトルによって立体性を保持することも確認された。
得られたライブライリーについてバイオパンニングを繰り返すことで、HSAに結合するタンパクを発現しているファージをスクリーニングした。得られたファージからタンパクのアミノ酸配列を決定したところ、実施例1で得られたタンパクAY01と類似する配列番号34で示すアミノ酸配列(CAAELAALEAELAALEGVNFGRSLFVGKLNFLKSKLHFKANAC)を有するタンパク(AY03)が得られた。