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  • 特開-脳機能改善剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022064845
(43)【公開日】2022-04-26
(54)【発明の名称】脳機能改善剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/05 20060101AFI20220419BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20220419BHJP
   A61K 36/899 20060101ALI20220419BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20220419BHJP
   A23L 2/52 20060101ALI20220419BHJP
   A23K 20/111 20160101ALI20220419BHJP
【FI】
A61K31/05
A61P25/28
A61K36/899
A23L33/105
A23L2/00 F
A23L2/52
A23K20/111
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021134023
(22)【出願日】2021-08-19
(31)【優先権主張番号】P 2020173613
(32)【優先日】2020-10-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000226998
【氏名又は名称】株式会社日清製粉グループ本社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中山 優也
(72)【発明者】
【氏名】石丸 千晶
(72)【発明者】
【氏名】野間 聡
(72)【発明者】
【氏名】野崎 聡美
(72)【発明者】
【氏名】菊池 洋介
(72)【発明者】
【氏名】福留 真一
【テーマコード(参考)】
2B150
4B018
4B117
4C088
4C206
【Fターム(参考)】
2B150AA06
2B150AB03
2B150AB10
2B150DA01
4B018MD49
4B018ME14
4B018MF01
4B117LC04
4B117LG12
4B117LG13
4B117LG15
4B117LP01
4C088AB73
4C088AC04
4C088BA10
4C088BA23
4C088BA32
4C088CA06
4C088CA14
4C088MA52
4C088NA14
4C088ZA15
4C088ZC61
4C206AA01
4C206AA02
4C206CA19
4C206KA18
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA72
4C206NA14
4C206ZA15
(57)【要約】
【課題】脳機能の改善効果に優れ、記憶・学習能力の低下に起因する症状又は疾患の予防及び/又は治療が可能で、しかも、有害な副作用がなく安全性の高い脳機能改善剤を提供すること。
【解決手段】本発明の脳機能改善剤は、下記一般式(I)で表されるアルキルレゾルシノールを有効成分として含有する。本発明の脳機能改善剤の一実施形態は、イネ科植物種子のアルコール抽出物の分配クロマトグラフィーのピーク成分を含有し、該ピーク成分に前記アルキルレゾルシノールが含有されている。
【化1】
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表されるアルキルレゾルシノールを有効成分として含有する、脳機能改善剤。
【化1】
【請求項2】
前記脳機能改善が、記憶・学習能力の低下に起因する症状又は疾患の予防及び/又は治療である、請求項1に記載の脳機能改善剤。
【請求項3】
前記一般式(I)におけるR1がR2に対してパラ位に結合している、請求項1又は2に記載の脳機能改善剤。
【請求項4】
前記一般式(I)におけるR1が、炭素原子数15~27の飽和又は不飽和のアルキル基である、請求項1~3の何れか1項に記載の脳機能改善剤。
【請求項5】
イネ科植物種子のアルコール抽出物の分配クロマトグラフィーのピーク成分を含有する、請求項1~4の何れか1項に記載の脳機能改善剤。
【請求項6】
請求項1~5の何れか1項に記載の脳機能改善剤を含有する脳機能改善用飲食品又は動物飼料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、記憶・学習等の高次脳機能の改善に有用な脳機能改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
記憶・学習等の高次脳機能は、食物摂取や危険回避など、ヒトを含む全ての動物において生命維持に直結する重要な脳の機能である。ヒトは日常的に、得られた情報を脳に蓄積し、その情報に基づいて新たな問題に対する推論と意志決定を行っているが、この一連のプロセスは高次脳機能によるものであり、高次脳機能を適正に維持することが、日常生活の質を維持向上する上で重要である。一方で、アルツハイマー病などの脳機能に関わる疾患は世界的な問題となっており、高齢化社会を迎える日本ではその克服は早急な解決が求められる課題である。また、高齢者以外でも、例えばストレスが原因となり、うつ病、情緒不安定等の脳機能障害の発生が認められる。よって、脳機能を改善し、脳機能障害の予防や治療に有効な技術が強く要望されている。
【0003】
脳機能改善剤として、コリンエステラーゼ阻害剤であるドネペジル塩酸塩(アリセプト(登録商標))等の種々の合成医薬品が開発・承認され実用化されている。一方で、このような医薬品を常用するのではなく、日常的な食事としての摂取により脳機能を維持・改善し得る技術が要望されており、斯かる要望に応え得る技術が提案されている。例えば従来、ニシンやイワシの魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)が脳機能の改善に有効であることが知られており、特許文献1には、DHAとリン脂質との混合物を有効成分として含有する脳機能改善組成物が開示されている。また特許文献2には、植物の葉、野菜、果実に比較的多く含まれているヘキサナール、ヘキセナール、ヘキサノール及びヘキセノールが脳機能の改善に有効であることが開示されている。また特許文献3には、ビフィドバクテリウム属に属する菌種の一つであり、乳幼児の大腸内に多く住みついているビフィドバクテリウム・ブレーベが脳機能の改善に有効であることが開示されている。
【0004】
また、従来、中枢神経系において記憶又は学習に関与する分子やシグナル経路として、ニューロン特異的に発現するRIT2(Ras-like without CAAX 2)遺伝子のほか、これをGTPアーゼとして用いるRas経路、Ras経路等によって活性化されるCREB(cAMP-responsive element binding protein)、CREBにより活性化される神経栄養因子BDNF(Brain-derived neurotrophic factor)等、種々の分子やシグナル経路が知られている(非特許文献1~7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7-17855号公報
【特許文献2】特開2007-308435号公報
【特許文献3】国際公開第2017/209156号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Toshihiro Ichiki. Role of cAMP Response Element Binding Protein in Cardiovascular Remodeling. Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology. Volume 26, Issue 3, 1 March 2006, Pages 449-455.
【非特許文献2】Aislinn J. Williams, Hisashi Umemori. The best-laid plans go oft awry: synaptogenic growth factor signaling in neuropsychiatric disease. Front. Synaptic Neurosci., 18 March 2014.
【非特許文献3】Hiramatsu M, Takiguchi O, Nishiyama A and Mori H. Cilostazol prevents amyloid beta peptide 25-35-induced memory impairment and oxidative stress in mice. Br J Pharmacol. 161, 1899-1912 (2010).
【非特許文献4】J. R. Cardinaux, J. C. Notis, Q. Zhang, N. Vo, J. C. Craig, D. M. Fass, R. G. Brenna and R. H. Goodman. Recruitment of CREB Binding Protein is sufficient for CREB-mediated gene activation. Mol. Cell. Biol., 20, 1546 (2000)
【非特許文献5】Xu-Qiao Chen, Mariko Sawa and William C Mobley. Dysregulation of Neurotrophin Signaling in the Pathogenesis of Alzheimer Disease and of Alzheimer Disease in Down Syndrome. Free Radic Biol Med. 2018 Jan; 114: 52-61.
【非特許文献6】Louis F Reichardt. Neurotrophin-regulated signalling pathways. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2006 Sep 29; 361(1473): 1545-1564.
【非特許文献7】ニューロトロフィンー3による海馬機能調節と抗うつ様効果の関与探索、第94回日本薬理学会年会要旨集、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpssuppl/94/0/94_3-O-E3-2/_article/-char/ja/、2021年7月22日検索
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の脳機能改善剤は、記憶・学習能力の低下抑制等に一定の効果はあるものの、より効果的な剤が要望されている。また、この種の剤には副作用の問題があり、高い安全性が求められている。こうした課題を解決し得る脳機能改善剤は未だ提供されていない。
【0008】
本発明の課題は、脳機能の改善効果に優れ、有害な副作用がなく安全性の高い脳機能改善剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、下記一般式(I)で表されるアルキルレゾルシノールを有効成分として含有する、脳機能改善剤である。
また本発明は、前記の本発明の脳機能改善剤を含有する脳機能改善用飲食品又は動物飼料である。
【化1】
【発明の効果】
【0010】
本発明の脳機能改善剤、脳機能改善用飲食品及び動物飼料は、脳機能の改善効果に優れ、例えば、学習・記憶能力の低下に起因する症状又は疾患の予防及び/又は治療に有用である。また、本発明の脳機能改善剤、脳機能改善用飲食品及び動物飼料は、典型的には、その有効成分であるアルキルレゾルシノールが、食経験が豊富なイネ科植物等の植物由来であるため、有効成分が化学合成品である医薬品や新規の機能性成分と比較して有害な副作用がなく安全性が高い、比較的多量を日常的に摂取可能であるため効果が得られやすい、といったメリットがある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、Y字迷路試験におけるマウスの自発的交替行動率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、脳機能改善剤及びこれを含有する脳機能改善用飲食品又は動物飼料を包含する。本発明は、ヒト及びヒト以外の動物の脳機能の改善に用いられる。ここでいう「ヒト以外の動物」は特に制限されず、例えば、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、ウマ、サル等が挙げられる。本発明は、ヒトのみならず、ペット(愛玩動物)、家畜等に対しても適用可能であり、動物全般に対して医療目的又は非医療目的で適用し得る。
【0013】
本発明は、高次脳機能障害の改善に使用できる。ここでいう「高次脳機能障害」は、認知機能障害と同義であり、脳神経細胞死から進展する脳機能低下を含む。本発明が適用可能な高次脳機能障害として、具体的には例えば、統合失調症、双極性障害、うつ病(老年性うつ病、若年性うつ病)、恐怖症、睡眠障害、薬物依存症等の精神疾患;自閉症、アスペルガー症候群、精神遅滞、多動性障害、チック障害等の広汎性発達障害;アルツハイマー病(「アルツハイマー型認知症」ともいわれる、老年性又は若年性)、パーキンソン病、ピック病等の前頭側頭型認知症、ハンチントン病等の神経変性疾患;記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害等が挙げられる。
本発明でいう「改善」とは、適用対象(ヒトを含む動物)における症状又は疾患の「予防」及び「治療」を含む。また、ここでいう「予防」には、適用対象における症状又は疾患の発症の防止、遅延、危険性の低下が包含される。
本発明によって奏される脳機能改善効果の具体例として、知覚能力低下、記憶学習能力低下、思考能力低下、集中力低下、注意力低下、判断能力低下、うつ症状、認知機能低下、及びこれらに起因する運動パフォーマンス低下の改善が挙げられる。
また、本発明によって奏される脳機能改善効果は、ヒト介入試験で一般的に使用されている認知機能検査及び検査項目(評価項目)により評価できる。
上記の認知機能検査としては、コグニトラックス、RBANS、MMSE-Jなどが挙げられる。
検査項目(評価項目)としては、総合記憶力、視覚記憶力、言語記憶力、認知機能速度、総合注意力、処理速度、実行機能、認知柔軟性、ワーキングメモリー、持続的注意力、単純注意力、反応速度(反応時間)、運動速度、社会的認知、神経認知インデックス、論理的思考、遅延再生(遅延記憶)、見当識、即時記憶、視空間/構成、言語、注意、などが挙げられる。
【0014】
本発明の脳機能障害改善剤はサーチュインの活性化による老化抑制剤と異なり、加齢によらない脳機能障害の改善に用いることができ、例えば、統合失調症、双極性障害、若年性うつ病、恐怖症、睡眠障害、薬物依存症等の精神疾患;自閉症、アスペルガー症候群、精神遅滞、多動性障害、チック障害等の広汎性発達障害;若年性アルツハイマー型認知症、ピック病等の前頭側頭型認知症等の神経変性疾患;若年性記憶障害、若年性注意障害、若年性遂行機能障害、若年性社会的行動障害等に用いることができる。若年性とは、通常65歳未満での発症をいい、60歳未満での発症や、50歳未満で発症する場合もある。加齢によらない脳機能障害の原因としては睡眠不足、糖尿病、ストレス等が知られている。
【0015】
後述する実施例の結果を鑑みると、本発明の脳機能改善剤は、記憶・学習能力の低下に起因する症状又は疾患の予防及び/又は治療に特に有用であると考えられる。記憶・学習能力の低下に起因する症状又は疾患としては、認知症や、短期記憶障害が特に好ましく挙げられる。
【0016】
本発明の脳機能改善剤は、前記一般式(I)で表されるアルキルレゾルシノール(以下、「特定アルキルレゾルシノール」とも言う。)を有効成分の1種類以上として含有する。
前記一般式(I)におけるR1で表される飽和又は不飽和のアルキル基は、その炭素原子数により制限されるものではないが、炭素原子数15~27であることが好ましく、炭素原子数15~25であることがより好ましい。なお、一般式(I)におけるR1で表される不飽和のアルキル基とは、アルケニル基を意味する。本明細書において「アルキルレゾルシノール」とは、R1で表されるアルキル基が不飽和アルキル基つまりアルケニル基である場合を含むものである。
【0017】
炭素原子数15~27の飽和アルキル基としては、代表例として、n-ペンタデシル、n-ヘプタデシル、n-ノナデシル、n-ヘンイコシル、n-トリコシル、n-ペンタコシル、n-ヘプタコシル等の直鎖状のものが挙げられ、これらの他に、分岐状又は環状のものでもよい。これらの中でも、炭素原子数15~25の飽和アルキル基が好ましく、炭素原子数15~25の直鎖飽和アルキル基がより好ましい。
炭素原子数15~27の不飽和アルキル基(アルケニル基)としては、前記の炭素原子数15~27の飽和アルキル基に対応するものが挙げられる。不飽和アルキル基(アルケニル基)に含まれる不飽和結合の数及び位置に特に制限はない。
【0018】
また、前記一般式(I)におけるR2は水素原子であることが好ましい。また、R1はR2に対してパラ位に結合していることが好ましい。
【0019】
特定アルキルレゾルシノールの好ましい具体例として、下記7種類が挙げられる。本発明の脳機能改善剤は、下記7種類のうちの1種類以上を含有し得る。
1,3-ジヒドロキシ-5-n-ペンタデシルベンゼン(C15:0)
1,3-ジヒドロキシ-5-n-ヘプタデシルベンゼン(C17:0)
1,3-ジヒドロキシ-5-n-ノナデシルベンゼン(C19:0)
1,3-ジヒドロキシ-5-n-ヘンイコシルベンゼン(C21:0)
1,3-ジヒドロキシ-5-n-トリコシルベンゼン(C23:0)
1,3-ジヒドロキシ-5-n-ペンタコシルベンゼン(C25:0)
1,3-ジヒドロキシ-5-n-ヘプタコシルベンゼン(C27:0)
【0020】
特定アルキルレゾルシノールとしては、R1が炭素原子数15~25の飽和アルキル基であり、R2が水素原子であるものが特に好ましく、とりわけ、下記6種類のアルキルレゾルシノールが好ましい。
1)前記一般式(I)におけるR1が炭素原子数15の飽和又は不飽和のアルキル基であるアルキルレゾルシノール(以下、AR15ともいう)。
2)前記一般式(I)におけるR1が炭素原子数17の飽和又は不飽和のアルキル基であるアルキルレゾルシノール(以下、AR17ともいう)。
3)前記一般式(I)におけるR1が炭素原子数19の飽和又は不飽和のアルキル基であるアルキルレゾルシノール(以下、AR19ともいう)。
4)前記一般式(I)におけるR1が炭素原子数21の飽和又は不飽和のアルキル基であるアルキルレゾルシノール(以下、AR21ともいう)。
5)前記一般式(I)におけるR1が炭素原子数23の飽和又は不飽和のアルキル基であるアルキルレゾルシノール(以下、AR23ともいう)。
6)前記一般式(I)におけるR1が炭素原子数25の飽和又は不飽和のアルキル基であるアルキルレゾルシノール(以下、AR25ともいう)。
【0021】
AR15として特に好ましいものは、R1が炭素原子数15の飽和アルキル基、R2が水素原子であるものであり、具体的には、1,3-ジヒドロキシ-5-n-ペンタデシルベンゼン(C15:0)が挙げられる。
AR17として特に好ましいものは、R1が炭素原子数17の飽和アルキル基、R2が水素原子であるものであり、具体的には、1,3-ジヒドロキシ-5-n-ヘプタデシルベンゼン(C17:0)が挙げられる。
AR19として特に好ましいものは、R1が炭素原子数19の飽和アルキル基、R2が水素原子であるものであり、具体的には、1,3-ジヒドロキシ-5-n-ノナデシルベンゼン(C19:0)が挙げられる。
AR21として特に好ましいものは、R1が炭素原子数21の飽和アルキル基、R2が水素原子であるものであり、具体的には、1,3-ジヒドロキシ-5-n-ヘンイコシルベンゼン(C21:0)が挙げられる。
AR23として特に好ましいものは、R1が炭素原子数23の飽和アルキル基、R2が水素原子であるものであり、具体的には、1,3-ジヒドロキシ-5-n-トリコシルベンゼン(C23:0)が挙げられる。
AR25として特に好ましいものは、R1が炭素原子数25の飽和アルキル基、R2が水素原子であるものであり、具体的には、1,3-ジヒドロキシ-5-n-ペンタコシルベンゼン(C25:0)が挙げられる。
【0022】
特定アルキルレゾルシノールとしては、前記一般式(I)におけるR1が炭素原子数25の飽和又は不飽和のアルキル基であるアルキルレゾルシノール(AR25)の量が0であってもよいが、脳機能改善効果の点から、AR25を含有するものであることが好ましく、とりわけ、AR25を式(I)におけるアルキルレゾルシノール中、0.05質量%以上2.0質量%以下の量で含有するものが好ましく、とりわけ、AR25を式(I)におけるアルキルレゾルシノール中、0.05質量%以上2.0質量%以下の量で含有し、且つ、AR15を、式(I)におけるアルキルレゾルシノール中、0.1質量%以上含有するものが好ましい。
【0023】
本発明の脳機能改善剤において、AR15、AR17、AR19、AR21、AR23及びAR25の含有量は、脳機能改善剤による作用効果の一層の向上の観点から、それぞれ、下記範囲内にあることが好ましい。本発明の脳機能改善剤は、AR15、AR17、AR19、AR21、AR23及びAR25の合計含有量が100質量%以下となるように、これらの一部又は全部を含有し得る。
AR15の含有量は、本発明の脳機能改善剤中、好ましくは0.1~10.0質量%、更に好ましくは0.1~5.0質量%、特に好ましくは0.5~1.5質量%である。
AR17の含有量は、本発明の脳機能改善剤中、好ましくは1.0~20.0質量%、更に好ましくは5.0~15.0質量%、特に好ましくは8.0~12.0質量%である。
AR19の含有量は、本発明の脳機能改善剤中、好ましくは25.0~40.0質量%、更に好ましくは27.5~37.5質量%、特に好ましくは30.0~35.0質量%である。
AR21の含有量は、本発明の脳機能改善剤中、好ましくは40.0~55.0質量%、更に好ましくは42.5~52.5質量%、特に好ましくは45.0~50.0質量%である。
AR23の含有量は、本発明の脳機能改善剤中、好ましくは1.0~15.0質量%、更に好ましくは2.5~12.5質量%、特に好ましくは5.0~10.0質量%である。
AR25の含有量は脳機能改善効果の点から、本発明の脳機能改善剤中、好ましくは0.02~5.0質量%、更に好ましくは0.05~2.0質量%、特に好ましくは0.09~1.5質量%である。
【0024】
特定アルキルレゾルシノールは、化学合成品でもよく、植物から抽出するなどして得られた天然物でもよく、市販品でもよい。特定アルキルレゾルシノールをはじめとするアルキルレゾルシノールは、天然の非イソテルペノイド系フェノール性両親媒性化合物であるレゾルシノール脂質として、種々の植物に含まれていることが知られており、本発明では、脳機能改善剤を有害な副作用がなく安全性の高いものとする観点から、特定アルキルレゾルシノールとして、植物から抽出したものが好ましく用いられる。
特定アルキルレゾルシノールの給源となる植物として、穀類及びナッツ類(種実類)を例示できる。穀類としては例えば、イネ科植物、ウルシ科、イチョウ科、ヤマモガシ科、ヤブコウジ科、サクラソウ科、ニクズク科、アヤメ科、サトイモ科、キク科のヨモギ、マメ科等が挙げられる。ナッツ類としては例えば、カシューナッツが挙げられる。これらの植物の中でも、イネ科植物は、食経験が豊富で人体に対する安全性が高いことなどから、特定アルキルレゾルシノールの給源として好適である。
【0025】
特定アルキルレゾルシノールの給源として用いるイネ科植物としては、例えば、小麦、デュラム小麦、ライ麦、ライ小麦、大麦、オーツ麦、はと麦、トウモロコシ、イネ、ヒエ、アワ、キビ等が挙げられ、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。これらのイネ科植物の中でも、アルキルレゾルシノール含量が多い点で小麦又はライ麦が好ましく、脳機能改善について高い活性が得られる組成である点から、小麦が好ましい。
特定アルキルレゾルシノールの給源としてイネ科植物を用いる場合は通常、イネ科植物種子が用いられる。イネ科植物種子の形態は特に限定されず、例えば、イネ科植物種子(好ましくは種子外皮;糟糠類)そのもの;当該イネ科植物種子を切断、粉砕若しくは粉末化したもの;当該イネ科植物種子を乾燥したもの;当該イネ科植物種子を乾燥後粉砕若しくは粉末化したもの等を用いることができる。イネ科植物種子外皮を含む好適な例としては、ふすま、末粉、籾殻、ぬか等が挙げられる他、外皮を伴った種子も挙げられる。
なお特定アルキルレゾルシノールとして、デンプン合成酵素IIの発現量及び/又は活性が抑制された大麦の穀粒又はその粉砕物もしくは抽出物を用いないことが好ましい。
【0026】
イネ科植物をはじめとする植物から特定アルキルレゾルシノールを抽出する方法としては、抽出溶媒としてアルコールを用いたアルコール抽出が挙げられる。アルコール抽出の条件は特に制限されず、給源として用いる植物の種類等に応じて適宜設定すればよい。例えば、前記各種形態のイネ科植物種子又はナッツ類を給源として用いる場合、給源をアルコール中に浸漬、攪拌又は還流する方法、及び超臨界流体抽出法が挙げられる。前者の場合、抽出温度(アルコールの液温)は2~100℃が好ましく、抽出時間は0.5~72時間が好ましく、アルコール使用量は、給源100質量部に対し50~2000質量部が好ましい。
【0027】
抽出に用いられるアルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール等の1価の低級アルコール(好ましくは炭素原子数1~4のもの)、及び1,3-ブチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等の多価アルコール等の室温(25℃)で液体であるアルコールが挙げられる。これらのアルコールの中でも、操作性や環境性の点から、エタノールが好ましい。なお、抽出に用いられるアルコールとしては、アルコール以外の水性成分(水、純水、蒸留水、水道水、酸性水、アルカリ水、中性水等)が含まれている含水エタノールを用いることもできる。含水アルコール中のアルコール含有量は、通常70体積%以上、好ましくは80体積%以上、より好ましくは90体積%以上である。
【0028】
本発明において、植物のアルコール抽出物は、そのまま又は濃縮・乾燥して脳機能改善剤の有効成分として用いてもよく、公知の方法、例えば分配クロマトグラフィーで精製してもよい。分配クロマトグラフィーは、特定アルキルレゾルシノールが得られる方法であればその種類は問わないが、移動相として非水系溶媒を用いる順相クロマトグラフィー法が好ましく、オープンカラム法、中圧カラム法、高速液体クロマトグラフィー等の公知の方法を適宜選択することができる。
【0029】
分配クロマトグラフィーにおける移動相としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール等の1価の低級アルコール(好ましくは炭素原子数1~4のもの)、及び1,3-ブチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等の多価アルコール等の室温(25℃)で液体であるアルコール;ジエチルエーテル、プロピルエーテル等のエーテル;酢酸ブチル、酢酸エチル等のエステル;アセトン、エチルメチルケトン等のケトン;ヘキサン;塩化メチレン;アセトニトリル;並びにクロロホルム等が挙げられ、これら溶媒の1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。複数の溶媒を組み合わせて移動相とする場合、分配クロマトグラフィーの実施中(植物のアルコール抽出物の精製中)において、複数の溶媒の混合比を一定にするイソクラクティックモードでもよく、あるいは該混合比を変化させるグラジエントモードでもよい。
分配クロマトグラフィーにおける担体としては、目的とする有効成分を担持-放出できる担体であればいずれも用いることができるが、一般的にはシリカゲル、ポリアクリルアミドゲル、デキストランゲル等を挙げることができる。
植物のアルコール抽出物の分配クロマトグラフィーにおける検出波長は、170~320nmであればよく、好ましくは190~280nmである。
【0030】
植物のアルコール抽出物の精製に好適な分配クロマトグラフィーの例として、下記分配クロマトグラフィーA及びBが挙げられる。特定アルキルレゾルシノールは、下記分配クロマトグラフィーA又はBのピーク成分として得ることができる。
・分配クロマトグラフィーA:担体としてシリカゲル及び移動相としてヘキサン-酢酸エチル混合溶媒を用いた中圧カラム法(中圧クロマトグラフィー)を用い、且つその分配クロマトグラフィーの実施中に、移動相を「ヘキサン-酢酸エチル混合溶媒においてヘキサンの含有割合が相対的に高いもの」から「ヘキサン-酢酸エチル混合溶媒においてヘキサンの含有割合が相対的に低いもの」へと変化させ(すなわち、「ヘキサン大-少」へのグラジエントモードで用い)、且つ検出波長254nmでのピーク成分を分取する。
・分配クロマトグラフィーB:担体としてシリカゲル及び移動相としてメタノールを用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用い、且つ検出波長215nmでのピーク成分を分取する。
【0031】
本発明の脳機能改善剤の好ましい一実施形態として、イネ科植物種子のアルコール抽出物(より好ましくはエタノール抽出物)の分配クロマトグラフィー(より好ましくは前記分配クロマトグラフィーA又はB)のピーク成分を含有するものが挙げられる。前記ピーク成分に特定アルキルレゾルシノールが含有されている。
【0032】
本発明の脳機能改善剤の常温常圧(具体的には雰囲気温度25℃、1気圧)における形態は特に制限されず、例えば、植物のアルコール抽出物を含む液状物(液体又は半液体)、該液状物中の液媒体(アルコール又は含水アルコール)を蒸発乾固して得られる乾固物又はその粉末、該乾固物又はその粉末をエタノール等のアルコールに溶解してなるアルコール溶液であり得る。
【0033】
本発明の脳機能改善剤は、ヒトを含む動物の医薬品、医薬部外品又は飲食品として、あるいはそれらを製造するために使用することができる。本発明の脳機能改善剤は、医薬品、医薬部外品又は飲食品として、ヒトを含む動物に直接投与若しくは摂取させてもよく、飲食品又はペットフード等の動物飼料に添加・配合して脳機能改善用飲食品又は動物飼料として使用してもよい。後者の場合、特定アルキルレゾルシノールの飲食品又は動物飼料への添加・配合方法は特に制限されず、例えば、特定アルキルレゾルシノールは、飲食品又は動物飼料の製造前に原料・素材に直接配合してもよく、飲食品又は動物飼料の製造工程中に添加してもよく、製造された飲食品又は動物飼料に添加してもよい。
前記「飲食品」は、ヒトが食物として摂取可能な物を指し、いわゆる健康食品を含む一般飲食品の他、例えば、厚生労働省の保健機能食品制度に規定される特定保健用食品や栄養機能食品等の保健機能食品、サプリメント等が挙げられる。
前記「動物飼料」は、家畜、家禽、養魚などのヒト以外の動物(ヒトに飼育される動物)に餌として与えられる物を指し、例えば、家畜用飼料、ペットフード等が挙げられる。
【0034】
本発明の脳機能改善剤を医薬品又は医薬部外品として使用する場合、有効成分である特定アルキルレゾルシノールを単独で含有していてもよく、又は、更に薬学的に許容される担体を含有していてもよく、又は、特定アルキルレゾルシノールによる脳機能改善効果が損なわれない範囲で更に他の有効成分や薬理成分を含有していてもよい。斯かる担体としては、例えば、賦形剤、被膜剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、希釈剤、分散剤、緩衝剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、活性増強剤、抗炎症剤、殺菌剤、矯味剤、矯臭剤等が挙げられる。
【0035】
本発明の脳機能改善剤を医薬品又は医薬部外品として使用する場合、任意の投与形態で投与され得る。投与形態は、経口投与でも非経口投与でもよい。例えば、経口投与形態としては、錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤のような固形投薬形態、並びにエリキシル、シロップ及び懸濁液のような液体投薬形態が挙げられ、非経口投与形態としては、注射、輸液、経皮、経粘膜、経鼻、経腸、吸入、坐剤、ボーラス、貼布剤等が挙げられる。このうち、経口投与形態が好ましい。
【0036】
本発明の脳機能改善剤を飲食品として使用する場合、有効成分である特定アルキルレゾルシノールを単独で含有していてもよく、又は、特定アルキルレゾルシノールによる脳機能改善効果が損なわれない範囲で更に、医薬品、医薬部外品、飲食品の製造に用いられる種々の添加剤を含有していてもよい。斯かる添加剤としては、例えば、各種油脂、生薬、アミノ酸、多価アルコール、天然高分子、ビタミン、食物繊維、界面活性剤、精製水、賦形剤、安定剤、pH調整剤、酸化防止剤、甘味料、呈味成分、有機酸などの酸味料、安定剤、フレーバー、着色料、香料等が挙げられる。
【0037】
本発明の脳機能改善剤を飲食品として使用する場合、その形態は特に限定されないが、例えば、飲料の形態としては、茶飲料、コーヒー飲料、乳飲料、果汁飲料、炭酸飲料、アルコール飲料、清涼飲料等が挙げられる。また、飲料以外の飲食品の形態としては、固形、半固形又は液状であり、錠剤形態、丸剤形態、カプセル形態、液剤形態、シロップ形態、粉末形態、顆粒形態等が挙げられる。具体的な飲食品の形態としては、パン類、麺類、ゼリー状食品や各種スナック類、焼き菓子、ケーキ類、チョコレート、ガム、飴、タブレット、カプセル、スープ類、乳製品、冷凍食品、インスタント食品、サプリメント、その他加工食品、調味料及びそれらの材料等が挙げられる。
本発明の脳機能改善剤を動物飼料の一種であるペットフードとして使用する場合、ドライタイプ、セミドライ・セミモイストタイプ、モイストタイプの何れでもよい。
【0038】
本発明の脳機能改善剤における有効成分である特定アルキルレゾルシノールの含有量は、特に制限されるものではなく、剤型、適用対象(動物)の症状や年齢性別などによって適宜調整可能である。典型的には、本発明の脳機能改善剤の全質量に対して、好ましくは70質量%以上、より好ましくは75質量%以上であり、100質量%すなわち本発明の脳機能改善剤は特定アルキルレゾルシノール(有効成分)のみから構成されていてもよい。
例えば、本発明の脳機能改善剤の適用対象がヒトである場合、有効成分の投与量又は摂取量は、体重60kgの成人1人1日当たり、好ましくは10~4500mg、より好ましくは42~4200mgである。
また例えば、本発明の脳機能改善剤の適用対象がイヌやネコ等の愛玩動物である場合、有効成分の投与量又は摂取量は、愛玩動物の体重1kg当たり、好ましくは0.05~150mg、より好ましくは0.13~130mgである。本発明の脳機能改善剤における有効成分である特定アルキルレゾルシノールの含有量は、前記の投与量又は摂取量となる範囲に調整することができる。
【0039】
本発明の脳機能改善剤は、特定アルキルレゾルシノールを有効成分として含有し、且つ脳機能改善効果を企図して、その旨を表示した脳機能改善用医薬品、医薬部外品若しくは飲食品として使用することができる。また本発明には、特定アルキルレゾルシノールを有効成分として含有し、且つ脳機能改善効果を企図して、その旨を表示した脳機能改善用飲食品又は動物飼料が包含される。
【0040】
本発明には、包装体と、該包装体に収容された前述の本発明の脳機能改善剤又は該脳機能改善剤を含有する脳機能改善用飲食品若しくは動物飼料とを含む、脳機能改善用パッケージが包含される。
前記包装体は、脳機能改善剤、飲食品又は動物飼料を収容することができ、且つこれらの成分表示等を印刷可能なものであればよく、形態及び材質は特に制限されない。前記包装体の形態としては、例えば、箱状、袋状等が挙げられる。前記包装体の素材としては、例えば、紙、プラスチック、紙、織布、金属等が挙げられる。
前記包装体には、該包装体に収容されている脳機能改善剤、飲食品又は動物飼料中の特定アルキルレゾルシノールの含有量等の各種情報が明示されている。斯かる包装体における情報の提示方法は特に制限されず、例えば、1)包装体の外面又は内面に印刷されていてもよく、2)包装体の内部に脳機能改善剤、飲食品又は動物飼料とともに内包された印刷用紙等の印刷媒体に印刷されていてもよく、3)包装体又はこれに内包された印刷媒体にインターネットのURLが記載され、そのURLにアクセスすることで提示されるようになっていてもよい。
【実施例0041】
以下、実施例を挙げて、本発明を更に詳細に説明するが、本発明は実施例により制限されるものではない。なお、下記の動物実験は2018年度(2018年11月26日から2019年3月8日までの間)に行った。
【0042】
〔実施例1〕
下記<抽出精製法>により、特定アルキルレゾルシノールを含有する小麦エタノール抽出物の分配クロマトグラフィーのピーク成分を得た。得られたピーク成分の組成は次の通り。
・1,3-ジヒドロキシ-5-n-ペンタデシルベンゼン(C15:0)1.2質量%。・1,3-ジヒドロキシ-5-n-ヘプタデシルベンゼン(C17:0)10.9質量%。
・1,3-ジヒドロキシ-5-n-ノナデシルベンゼン(C19:0)33.9質量%。・1,3-ジヒドロキシ-5-n-ヘンイコシルベンゼン(C21:0)46.4質量%。
・1,3-ジヒドロキシ-5-n-トリコシルベンゼン(C23:0)7.5質量%。
・1,3-ジヒドロキシ-5-n-ペンタコシルベンゼン(C25:0)0.1質量%。
【0043】
<抽出精製法>
小麦ふすまに質量で5倍量のエタノールを添加して、600rpm、室温の条件で、16時間撹拌抽出した。抽出物を濾過して不要物を除きエタノール抽出液を回収した後、エタノールを留去し、小麦エタノール抽出物を得た。
次いで、この小麦エタノール抽出物を中圧クロマトグラフィーによって精製した。中圧クロマトグラフィー条件は下記の通りである。溶出開始後31~36分に出現するピーク成分を回収して、溶媒留去し、小麦エタノール抽出物の分配クロマトグラフィーのピーク成分を得た。
(中圧クロマトグラフィーの条件)
・カラム:シリカゲル(インジェクトカラム3L、ハイフラッシュカラム5L、60Å、40μm、山善株式会社製)
・移動相:ヘキサン/酢酸エチル混合溶媒(体積比)=90/10にて9分、80/20にて15分、60/40にて16分
・検出波長:254nm
【0044】
尚、前記<抽出精製法>における小麦エタノール抽出物の精製は、中圧クロマトグラフィーに代えて、HPLCによって行うこともできる。その場合、小麦エタノール抽出物にメタノールを添加して該エタノール抽出物の濃度が200μg/mlのメタノール添加液を調製し、該メタノール添加液を、孔径0.45μmのフィルターを通過させ、その通過分を、HPLCの試料とする。HPLCの条件は下記の通り。
(HPLCの条件)
・カラム:シリカゲル(ODS-80A、5μm、4.6×250mm、ジーエルサイエンス株式会社製)
・ガードカラム:ODS-80A、5μm、4.6×50mm、
・カラム温度:30℃
・移動相:メタノール100%
・検出波長:215nm
【0045】
(評価試験)
実施例1の小麦エタノール抽出物の分配クロマトグラフィーのピーク成分(以下、「ARs」とも言う。)の脳機能改善効果を調べるため、下記のY字迷路試験(自発的交替行動試験)を実施した。その結果を表1及び図1に示す。
【0046】
<Y字迷路試験>
本試験は、中央部から3本のアームと呼ばれる走路が放射状に延びるY字型迷路を用い、マウスに該Y字型迷路を探索させた際に認められる自発的交替行動を短期記憶として評価するものである。具体的には、一匹のマウスをY字型迷路の何れかのアームに置き、所定の測定時間(8分間)、迷路内を自由に探索させ、その探索中にマウスが進入したアームの順番を記録するとともに、マウスが各アームに進入した回数(総アーム進入回数;Total arm entries)と、連続して異なる3本のアームに進入した組み合わせの数(自発的交替行動数;No. of alternation)とを調べ、下記式より自発的交替行動率(Spontaneous percent alternation)を算出する。
自発的交替行動率(%)={自発的交替行動数/(総アーム進入回数-2)}×100
例えば、Y字型迷路の3本のアームをA,B,Cとし、マウスが所定の測定時間内にACBABACBABの順で各アームに侵入した場合、総アーム進入回数は10、自発的交替行動数は5(ACB、CBA、BAC、ACB、CBA)となり、前記式より自発的交替行動率は62.5%[={5/(10-2)}×100]となる。自発的交替行動率の数値が大きいほど、短期記憶力に優れるとして、高評価となる。
【0047】
前記のY字迷路試験に使用したY字型迷路は、有限会社ユニコム製のプラスチック製品で、1本のアームにおける走路の長さ39.5cm、走路の幅4.5cm、走路の高さ12cmであった。試験中は、Y字型迷路の走路の照度が10~40lxになるように照明を調節した。検体として、5週齢雄性SPFマウス(Slc:ddy、入手時の体重23~28g)を使用した。入手したマウスは、5日間の検疫期間後、1日間の馴化期間を設けてから、試験に供した。
マウスは、βアミロイドを注入して短期記憶障害を発現させるβアミロイド注入モデル群と、βアミロイドを注入しないコントロール群(対照例)とに群分けし、該βアミロイド注入モデル群は更に、1)評価対象の試料の投与時に該試料を溶かすのに用いた溶媒(大豆油)を投与するvehicle投与群(比較例1)と、2)試料としてドネペジル(donepezil:アルツハイマー病及びアルツハイマー型認知症の治療剤)を投与するドネペジル投与群(比較例2)と、3)試料としてARsを投与するARs投与群(実施例1)と、4)試料としてDHAを投与するDHA投与群(比較例3)とに群分けした。各群のマウスの数は10匹とし、各群どうしでマウスの平均体重がほぼ等しくなるように調整した。
マウスに、1日1回午前9~12時の間、合計14回、試料を経口投与した。試料の投与量は、投与日のマウスの体重を基に10mL/kgとした。投与8日目は、マウスの脳室内にβアミロイドを注入した後、試料を経口投与した。投与14日目は、試料投与後1時間経過後にY字迷路試験を実施した。
【0048】
【表1】
【0049】
表1及び図1に示すとおり、βアミロイドの注入により短期記憶障害が発現したβアミロイド注入モデル群のうち、試料が一切投与されていないvehicle投与群(比較例1)の自発的交替行動率が56%であるのに対し、何らかの試料が投与された他の群(比較例2及び3、実施例1)の自発的交替行動率は何れも70%前後であり、短期記憶障害が発現していないコントロール群(対照例)と同程度であったことから、これら他の群で使用した試料は何れも短期記憶障害の改善に有効であることがわかる。そして、ARs投与群(実施例1)は、DHA投与群(比較例3)の1/10程度の投与量で、医薬品であるドネペジルと同程度の効果を示したことから、ARsは脳機能の改善効果に優れ、有害な副作用がなく安全性の高い脳機能改善剤であると言える。
【0050】
<遺伝子発現量解析>
Y字迷路試験に供したβアミロイド注入モデル群のマウスのうち、vehicle群(比較例1)およびARs投与群(実施例1)のマウスの脳から海馬を採取した。各群4匹のマウスから海馬を採取した。
【0051】
(海馬の破砕)
-80℃で冷凍した海馬に、冷却したTrizol500μLを添加してホモジナイザー(PT1300D。セントラル化学貿易社製)で30,000rpm、5秒×3回の条件で破砕した。氷上で5分静置した後、1.5mLチューブに移し替えた。Trizol600μLを添加し12,000g、4℃、10分遠心した後、上清を1.5mLチューブに移し替えた。
【0052】
(RNA抽出)
RNeasy Mini Kit(QIAGEN社製)を使用した。RNA濃度はBioDrop μLITE+(BioDrop社製)で測定した。RNAの分解度はAgilent 2100 BioanalyzerおよびAgilent RNA 6000 Nano Kit(いずれもAgilent社製)で確認した。
【0053】
(遺伝子発現解析)
抽出したRNAをGeneChip WT PLUS Reagent Kit(Affymetrix社製)を用いてマイクロアレイに供した。GeneChipはClariom S Mouseを使用した。操作方法は正規のプロトコルに従った。
【0054】
GeneChip DNAマイクロアレイで得られたデータを、統計解析ソフトR(ver.3.5.0+Bioconductor ver.3.7)を用いて解析した。蛍光強度として得られたデータをq.farmで正規化した。Vehicle群(比較例1)とARs投与群(実施例1)の二群間比較をRankProduct法で行い、発現量が有意に変動した遺伝子を抽出した(FDR<0.05)。
次に、解析ソフトIngenuity Pathway Analysis(IPA)(QIAGEN社製)を用いて、発現量が有意に変動した遺伝子について、発現量データおよび既存情報をもとに、脳機能の改善に寄与している経路を予測した。
【0055】
(結果)
Vehicle群(比較例1)とARs投与群(実施例1)間で発現量が有意に変動した遺伝子は348個であった。このうち、ARs投与群(実施例1)で発現量が有意に増加した遺伝子は199個、発現量が有意に減少した遺伝子は149個であった。
次に、これらの遺伝子についてIPA解析を行い、脳機能の改善に寄与している経路を予測したところ、ARs投与により脳機能の改善に関与する経路として「CREB Signaling in Neurons(神経におけるCREBシグナル)」「Neurotrophin/TRK Signaling(ニューロトロフィン/TRKシグナル)」が見出された。上記経路に関係する発現変動遺伝子を表2に示す。なお発現増加とは、実施例1において比較例1よりも発現が増加している遺伝子であり、発現減少とは、実施例1において比較例1よりも発現が減少している遺伝子である。
【0056】
【表2】
【0057】
(作用機序の推定)
CREB(cAMP-responsive element binding protein)はMAPK(Mitogen-activated Protein Kinase)経路やRas経路、Aktシグナル経路などによって活性化される転写因子であり(非特許文献1、2)、活性化されたCREBは神経栄養因子BDNFや学習・記憶を制御する初期応答遺伝子c-fosなどの記憶に関連する遺伝子の発現を制御することが知られている(非特許文献3)。また、CREB遺伝子への変異の導入によりCREBの機能が欠損したマウスは記憶力が低下すること(非特許文献3)、CREBの活性が常に高まったトランスジェニックマウスでは記憶力が向上し、さらにBDNFの発現量が増加していること(非特許文献4)が報告されている。
【0058】
また、ニューロトロフィンはグリア細胞から分泌される神経栄養因子であり、これまでに4種(BDNF、NGF、NT-3、NT-4)が知られている(非特許文献5)。これらの神経栄養因子はそれぞれに対応したtropomyosin receptor kinases(Trk)受容体に結合し、Ras経路などの活性化を介して、転写因子であるCREBを活性化させることが知られている(非特許文献6)。抗うつ病薬の投与によりNT-3の発現が低下する一方、BDNFの発現量が増加することも知られている(非特許文献7)。
【0059】
以上より、上記のIPA解析の結果から、ARsの投与による脳機能改善効果は、ARs摂取によるニューロトロフィン/Trkシグナル経路の活性化に起因するRas経路、およびMAPK経路を介して転写因子CREBを活性化させ、活性化したCREBがBDNFやc-fosなどの記憶を制御する遺伝子の発現を誘導することによるものと推定された。さらに、ARs投与群(実施例1)で発現量が有意に増加した遺伝子199個の中に、Ras経路のGTPaseであるRIT2(Ras-like without CAAX 2)が含まれており、上記の作用機序を裏付けるものである。
図1