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特開2022-68978高コレステロール血症/動脈硬化症モデルミニブタ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022068978
(43)【公開日】2022-05-11
(54)【発明の名称】高コレステロール血症/動脈硬化症モデルミニブタ
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20220428BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220428BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20220428BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220428BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20220428BHJP
   G01N 33/92 20060101ALI20220428BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20220428BHJP
【FI】
A01K67/027
C12Q1/02
C12N5/071
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
G01N33/92 A
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020177849
(22)【出願日】2020-10-23
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 第111回日本養豚学会大会、令和1年10月24日、発表資料、開催通知、プログラム 第111回日本養豚学会大会講演要旨、表紙、目次、第6頁、裏付、令和1年10月24日 第45回豚の繁殖衛生セミナー、令和1年11月26日、発表資料、講演論文集の表紙、目次、裏付 豚の繁殖衛生セミナー通信 No.45/2019 第45回豚の繁殖衛生セミナー講演論文集、表紙、目次、第8-9頁、裏付 山梨大学医学部分子病理学講演会、令和2年2月3日、発表資料、開催通知 Scientific Sessions 2019 of American Heart Association、令和1年11月18日、発表資料(英文)、発表資料(和文翻訳)、プログラム、要旨 Circulation.2019;140:A16319(https://www.ahajournals.org/doi/abs/10.1161/circ.140.suppl_1.16319)、令和1年11月11日、和文翻訳 JACC March 24,2020,Volume 75,Issue 11,p.146、令和2年3月16日、和文翻訳、ウェブサイト 88th EAS Congressのウェブサイト(https://eas2020.com/)、令和2年10月5日、発表資料、発表資料(和文翻訳)、ウェブページ 88th EAS Congressのウェブサイト(https://eas2020.com/)、令和2年10月4日、要旨、要旨(和文翻訳)、ウェブページ 88th EAS Congressのウェブサイト(https://eas2020.com/)、令和2年10月7日、発表資料、発表資料(和文翻訳)、ウェブページ 88th EAS Congressのウェブサイト(https://eas2020.com/)、令和2年10月4日、要旨、要旨(和文翻訳)、ウェブページ
(71)【出願人】
【識別番号】591267855
【氏名又は名称】埼玉県
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149032
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 敏明
(72)【発明者】
【氏名】中村 嘉之
(72)【発明者】
【氏名】瀧沢 慶太
(72)【発明者】
【氏名】淵本 大一郎
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 俊一
(72)【発明者】
【氏名】奥村 恭男
(72)【発明者】
【氏名】李 ヨキン
(72)【発明者】
【氏名】北野 大輔
(72)【発明者】
【氏名】右田 卓
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA29
2G045AA40
2G045CB01
2G045CB17
2G045DA69
4B063QA20
4B063QQ02
4B063QQ09
4B063QQ70
4B063QQ76
4B063QS10
4B063QS11
4B065AA90X
4B065AB10
4B065AC20
4B065BA24
4B065CA05
4B065CA44
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】
本発明の目的は、高コレステロール・動脈硬化症のモデル動物として有用ながらも、小型であり、クローンミニブタと比べて安定して生産及び生育できる、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(LDLR-/-)であるミニブタを提供することにある。
【解決手段】
上記目的は、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)であり;複数の品種のブタに由来し、かつ、該品種の1種が野生型のバークシャー種であり;及び270日齢の平均体重が雄である場合は65kg以下であり、かつ雌である場合は80kg以下である、非クローンミニブタなどにより解決される。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)であり;
複数の品種のブタに由来し、かつ、該品種の1種が野生型のバークシャー種であり;及び
270日齢の平均体重が雄である場合は65kg以下であり、かつ雌である場合は80kg以下である、
非クローンミニブタ。
【請求項2】
前記非クローンミニブタは、受胎率が80%以上であり、分娩率が80%以上であり、平均産子数が8頭以上であり、及び/又は平均離乳前へい死率が20%以下である、請求項1に記載の非クローンミニブタ。
【請求項3】
前記非クローンミニブタは、平均乳頭高が15mm以下であり、及び/又は平均乳頭径が12mm以下である、請求項1~2のいずれか1項に記載の非クローンミニブタ。
【請求項4】
前記非クローンミニブタは、高コレステロール血症及び動脈硬化症からなる群から選ばれる少なくとも1種の疾患のモデル動物として使用される、請求項1~3のいずれか1項に記載の非クローンミニブタ。
【請求項5】
前記高コレステロール血症は、IIb型遺伝性高脂血症である、請求項4に記載の非クローンミニブタ。
【請求項6】
前記非クローンミニブタは、脂肪含有量が2質量%~5質量%の飼料を2ヵ月摂取した場合において、静脈血漿中の総コレステロール濃度が220mg/dl以上であり、及び/又は静脈血漿中のLDLコレステロール濃度が140mg/dl以上である、請求項1~5のいずれか1項に記載の非クローンミニブタ。
【請求項7】
LDLR遺伝子の遺伝子型がヘテロ(+/-)又はホモ(-/-)であり、かつランドレース種を含む品種に由来するブタとLDLR遺伝子の遺伝子型がワイルド(+/+)である野生型のミニブタとを、人工授精により交配し、さらに得られたブタを用いて継代することにより、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である第1のミニブタを得る工程と、
前記第1のミニブタとバークシャー種ブタとを、人工授精により交配し、さらに得られたブタを用いて継代することにより、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である非クローンミニブタを得る工程と
を含む、請求項1~6のいずれか1項に記載の非クローンミニブタの作製方法。
【請求項8】
被験対象として請求項1~6のいずれか1項に記載の非クローンミニブタ又は該非クローンミニブタに由来する細胞に、被験物質を投与して、該被験対象における、LDLコレステロール及びVLDLコレステロールからなる群から選ばれる少なくとも1種のコレステロールの濃度又は動脈硬化の程度を測定する工程と、
前記コレステロールの濃度又は動脈硬化の程度が、コントロールと比べて、同程度又は低いことを指標に、被験物質を高コレステロール血症又は動脈硬化症の予防又は治療のための候補物質としてスクリーニングする工程と
を含む、高コレステロール血症又は動脈硬化症の予防又は治療のための候補物質のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記コントロールが、前記被験物質を投与する前の濃度及び程度、並びに前記被験対象を野生型のブタ及び野生型のブタに由来する細胞とした濃度及び程度からなる群から選ばれる少なくとも1種のコントロールである、請求項8に記載のスクリーニング方法。
【請求項10】
請求項1~6のいずれか1項に記載の非クローンミニブタに由来する、臓器又は細胞。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低密度リポタンパク質受容体(LDLR:low-density lipoprotein receptor)遺伝子をノックアウトした高コレステロール血症及び動脈硬化症のモデルとなる非クローンミニブタ及びその作製方法、並びに該非クローンミニブタの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
生活習慣が欧米化したことに伴って、日本人の三大死因の1つとして心血管系の疾患が増加している。その中でも、狭心症、心筋梗塞といった虚血性心疾患患者が年々増加している。現在、虚血性心疾患患者の患者数は全国に約80万人存在し、その医療費は7千億円を超える規模にまでになっている。虚血性心疾患は、高コレステロール血症が長期間続くことで引き起こされる動脈硬化症が進むことによって起こると報告されている。したがって、虚血性心疾患を治療するためには、高コレステロール血症及び動脈硬化症の予防法、診断法及び治療法に関する研究開発が求められている。そして、これらの研究開発には、高コレステロール血症及び動脈硬化症(以下、これらを合わせて「高コレステロール・動脈硬化症」ともよぶ。)を発症するモデル動物が利用されている。
【0003】
例えば、高コレステロール・動脈硬化症モデル動物として、血中コレステロール値の調節に作用する遺伝子である、LDLR遺伝子、アポリポ遺伝子(ApoE)、ニューロメジンU遺伝子(NMU)などをノックアウトしたマウス;LDLR機能低下突然変異の遺伝子型を有する育種選抜によって得られたWHHLウサギなどが知られている。しかし、マウス及びウサギは、通常時のヒトの血中低密度リポタンパク質(LDL:Low Density Lipoprotein)コレステロール及び高密度リポタンパク質(HDL:High Density Lipoprotein)コレステロールの組成と大きく異なり、脈管系が小さく、寿命の短い小動物であり、これらを用いた試験は、長期間の治療実験、外科的治療試験、治療器具の開発などへの利用が困難であるという問題がある。
【0004】
そこで、近年、解剖学的、生理学的及び生化学的な特徴がヒトと類似していることから、ブタが医療研究用に用いられるようになっている。例えば、特許文献1及び非特許文献1~2には、ブタの大型種であるランドレース種から作製した高コレステロール・動脈硬化症モデルクローンブタが記載されている。しかし、特許文献1及び非特許文献1~2に記載のクローンブタは、生後6ヵ月齢で100kg以上になり、12ヵ月齢で150kg以上となることから、通常の実験施設での飼養管理が困難であること、ヒト用の治療器具などをサイズが適していないために利用できないこと、これらの結果として長期間の経過観察が難しいために治療後の慢性期におこる副作用変化の観察ができないことといった問題がある。
【0005】
それに対して、体格の小さいミニブタを用いた、ノックアウトミニブタもまた知られている。血中コレステロール値の調節に作用する遺伝子のうち、LDLR遺伝子の欠損は、ヒトにおいて、家族性高コレステロール血症を引き起こし、冠動脈疾患のリスクを高め、遂には心筋梗塞をもたらし得る。このようなLDLR遺伝子をノックアウトしたミニブタの例が、非特許文献3~6に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第6172699号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Yuxin Li.et al., J Am Heart Assoc., 5, 1-13 (2016)
【非特許文献2】Manabu Ogita et al., 2016 PLoS One., 11, e0163055 (2016)
【非特許文献3】Lei Huang et al. Oncotarget., 8, 37751-37760 (2017)
【非特許文献4】Bryan T. Davis et al., PLoS One., 9(4), e93457 (2014)
【非特許文献5】Chidozie Amuzie et al., Toxicol Pathol., 44(3), 442-449 (2016)
【非特許文献6】Amy C. Burke et al., Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 38, 1178-1190 (2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献3~6に記載のLDLR遺伝子ノックアウトミニブタは、クローンミニブタ又はその後代である。一般的に、体細胞クローン動物及びその後代は、受胎率及び分娩率が低く、誕生前後又は離乳前のへい死率が高いことから、非特許文献3~6に記載のクローンミニブタは安定に生産及び生育できない蓋然性がある。また、仮に生産できたとしても、ミニブタは平均産子数が約5頭と少なく、へい死率の高さも相俟って、繁殖できるようになるまでに生育するクローンミニブタの数は1頭から数頭程度である可能性がある。
【0009】
そこで、本発明は、高コレステロール・動脈硬化症のモデル動物として有用ながらも、小型であり、クローンミニブタと比べて安定して生産及び生育できる、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(LDLR-/-)であるミニブタを提供することを、発明が解決しようとする課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために、特許文献1に記載されている、食肉用として広く流通している品種のランドレース種(L)及び3元交雑豚であるLWD種(ランドレース種×大ヨークシャー種(W)×デュロック種(D))を用いて作製した、LDLR遺伝子をヘテロノックアウトした核移植体細胞クローンブタ(LDLR+/-)と、家畜改良センターで開発されたミニブタ(LDLR+/+)であるサクラコユキとを交配して、小型化を目指した。
【0011】
しかし、クローンブタとミニブタとの体格差は3倍程度あり、自然交配できなかった。そこで、人工授精による交配をしようとしたところ、ミニブタから精液を採取するための手法が確立されておらず、困難を極めた。
【0012】
そこで、本発明者らは、試行錯誤を繰り返して、ミニブタの体格に適した小型擬牝台を作製し、調教後に擬牝台を用いた手圧法による精液採取法を確立して、クローンブタとミニブタとの人工授精による交配をして、子ブタ(S系統F1世代)を生産することに成功した。しかし、生産したS系統F1世代は、生後直死率が高く、離乳時までの育成率が低いなど、発育できない個体が頻発した。
【0013】
上記のような問題がありつつも、生産したS系統F1世代の中から遺伝子型をヘテロ(LDLR+/-)にもつブタを選抜し、S系統F1世代どうしの交配により、体型及び遺伝子選抜を行い、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(LDLR-/-)である個体を得ることを試みた。その結果、F3世代において、遺伝子型がホモ(LDLR-/-)である個体を得ることに成功した。作出されたホモ(LDLR-/-)ミニブタは、体重が9ヵ月齢で50kg程度と小型であり、ヒトと類似性の高い高コレステロール・動脈硬化症の病態を発現した。しかし、産子数が少なく、分娩後の生後直死が多く、生後35日目の離乳率が非常に低く、さらに抗病性が低く育成ブタにおいても突然死及び皮膚病が多発していた。また、乳頭の肥大化により、子ブタが哺乳できなかった。このような問題が発生していたために、S系統F3世代のホモ(LDLR-/-)ミニブタ群を維持管理することは困難を極めた。また、S系統全世代にわたって、生後3ヵ月齢~6ヵ月齢までの突然死、全身性の皮膚病の発症、高脂肪食給与直後の元気消失、食欲不振の多発、へい死などの問題を有し、目的とする実験の用に供することが不可能な個体が多く、ブタ群の維持及び継続的な供給には不適であった。この遠因としては、クローンブタは同一個体の組換え細胞から作出され、対するミニブタも1品種であったことから、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(LDLR-/-)である個体を得るために、クローンブタとミニブタとの間に産まれたブタどうしを交配することにより、近親交配が早期に進み、繁殖性の低下及び抗病性の低下に繋がった可能性がある。
【0014】
そこで、本発明者らは、さらなる研究開発に励み、鋭意検討した結果、S系統F3世代のホモ(LDLR-/-)ブタと、英国系バークシャー種とを交配するという考えに至った。バークシャー種のブタは、ランドレース種、大ヨークシャー種といった大型種のブタとミニブタとの中間の大きさである。また、バークシャー種は、系統樹からランドレース種、大ヨークシャー種、ミニブタとは血縁関係が遠く、それでいて系統内における血縁が高度に保持されており、継続的に血縁更新に利用することで長期的な維持及び供給が可能である。さらに、別の品種を交配させることで、雑種強勢効果(ヘテローシス効果)が働き、得られる後代ミニブタに対して強健性及び産子数の増大を付与することなどが期待できる。
【0015】
上記考えのもと、大型種とミニブタとの交配で作出したS系統F3世代ホモ(LDLR-/-)ブタとバークシャー種(LDLR+/+)とを交配したところ、得られたSB系統F1世代は体型が大きくなり、ばらつき、遺伝子型がヘテロとなったことから、体形によりSB系統F1世代を選抜して、SB系統F1世代ブタどうし、又はSB系統F1世代ブタとミニブタとを交配することで、SB系統F2世代を得た。
【0016】
SB系統F2世代の中にはホモ型(LDLR-/-)もいたが、さらに遺伝子型及び体形によりSB系統F2世代を選抜して、SB系統F2世代のホモ型(LDLR-/-)どうし、又はホモ型とヘテロ型(LDLR+/-)とを交配してSB系統F3世代を得た。
【0017】
さらに遺伝子型及び体形をもとに、小型のSB系統F3世代のホモ型(LDLR-/-)どうしを交配することにより、全てホモ型であるSB系統F4世代ホモ(LDLR-/-)ブタを得ることに成功した。
【0018】
驚くべきことに、得られたSB系統F4世代ホモ(LDLR-/-)ブタは、小型であり、産子数が多く、出生直後の生存率及び離乳率が高く、強健性に優れていることから、安定して生産及び生育でき、さらに高コレステロール・動脈硬化症のモデル動物として優れたものであった。また、上記のとおり、SB系統F1世代~F4世代を得るにあたり、核移植などの体細胞クローン技術は用いておらず、得られたSB系統F4世代ホモ(LDLR-/-)ブタは、非クローンミニブタである。
【0019】
上記のような知見及び成功例を基に、本発明者らは遂に、本発明の課題を解決し得るものとして、高コレステロール・動脈硬化症のモデル動物として利用可能な非クローンミニブタ、非クローンミニブタの作製方法及び非クローンミニブタの利用方法などを創作することに成功した。本発明は、本発明者らによって初めて見出された知見及び成功例に基づいて完成されたものである。
【0020】
したがって、本発明によれば、以下の各態様の非クローンミニブタ、非クローンミニブタの作製方法、候補物質のスクリーニング方法、並びに臓器及び細胞が提供される。
[1]LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)であり;
複数の品種のブタに由来し、かつ、該品種の1種が野生型のバークシャー種であり;及び
270日齢の平均体重が雄である場合は65kg以下であり、かつ雌である場合は80kg以下である、
非クローンミニブタ。
[2]前記非クローンミニブタは、受胎率が80%以上であり、分娩率が80%以上であり、平均産子数が8頭以上であり、及び/又は平均離乳前へい死率が20%以下である、[1]に記載の非クローンミニブタ。
[3]前記非クローンミニブタは、平均乳頭高が15mm以下であり、及び/又は平均乳頭径が12mm以下である、[1]~[2]のいずれか1項に記載の非クローンミニブタ。
[4]前記非クローンミニブタは、高コレステロール血症及び動脈硬化症からなる群から選ばれる少なくとも1種の疾患のモデル動物として使用される、[1]~[3]のいずれか1項に記載の非クローンミニブタ。
[5]前記高コレステロール血症は、IIb型遺伝性高脂血症である、[4]に記載の非クローンミニブタ。
[6]前記非クローンミニブタは、脂肪含有量が2質量%~5質量%の飼料を2ヵ月摂取した場合において、静脈血漿中の総コレステロール濃度が220mg/dl以上であり、及び/又は静脈血漿中のLDLコレステロール濃度が140mg/dl以上である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の非クローンミニブタ。
[7]LDLR遺伝子の遺伝子型がヘテロ(+/-)又はホモ(-/-)であり、かつランドレース種を含む品種に由来するブタとLDLR遺伝子の遺伝子型がワイルド(+/+)である野生型のミニブタとを、人工授精により交配し、さらに得られたブタを用いて継代することにより、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である第1のミニブタを得る工程と、
前記第1のミニブタとバークシャー種ブタとを、人工授精により交配し、さらに得られたブタを用いて継代することにより、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である非クローンミニブタを得る工程と
を含む、[1]~[6]のいずれか1項に記載の非クローンミニブタの作製方法。
[8]被験対象として[1]~[6]のいずれか1項に記載の非クローンミニブタ又は該非クローンミニブタに由来する細胞に、被験物質を投与して、該被験対象における、LDLコレステロール及びVLDLコレステロールからなる群から選ばれる少なくとも1種のコレステロールの濃度又は動脈硬化の程度を測定する工程と、
前記コレステロールの濃度又は動脈硬化の程度が、コントロールと比べて、同程度又は低いことを指標に、被験物質を高コレステロール血症又は動脈硬化症の予防又は治療のための候補物質としてスクリーニングする工程と
を含む、高コレステロール血症又は動脈硬化症の予防又は治療のための候補物質のスクリーニング方法。
[9]前記コントロールが、前記被験物質を投与する前の濃度及び程度、並びに前記被験対象を野生型のブタ及び野生型のブタに由来する細胞とした濃度及び程度からなる群から選ばれる少なくとも1種のコントロールである、[8]に記載のスクリーニング方法。
[10][1]~[6]のいずれか1項に記載の非クローンミニブタに由来する、臓器又は細胞。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、高コレステロール・動脈硬化症のモデル動物として有用ながらも、小型である、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(LDLR-/-)である非クローンミニブタを提供することができる。本発明の一態様の非クローンミニブタは、小型でありながらも受胎率及び分娩率が高く、ミニブタと比べて平均産子数が多く、乳頭のサイズが小さいことから子ブタの哺乳が容易であり、安定して生産及び生育することができる。また、本発明の一態様の非クローンミニブタは、比較的強健であることから、長期の薬物投与試験などに利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、後述する実施例に記載があるとおりの、SB系統及びS系統の各世代の死産・生後直死率を表した図である。
図2図2は、後述する実施例に記載があるとおりの、SB系統及びS系統の各世代のへい死率を表した図である。
図3図3は、後述する実施例に記載があるとおりの、SB系統及びS系統の各世代の遺伝子型を表した図である。
図4図4は、後述する実施例に記載があるとおりの、凍結精液由来産子の遺伝子型を測定した結果を示した図である。
図5図5は、後述する実施例に記載があるとおりの、SB系統F3世代のホモ(LDLR-/-)ミニブタ及び特許文献1に記載のホモ(LDLR-/-)ブタの血中脂質濃度を測定した結果を示す図である。
図6図6は、後述する実施例に記載があるとおりの、SB系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)ミニブタについて、高脂肪食給与後の血中脂質濃度を測定した結果を示す図である。
図7図7は、後述する実施例に記載があるとおりの、冠動脈造影(B)及びIVUS(C~E)の写真図である。
図8図8は、後述する実施例に記載があるとおりの、HE染色した冠動脈及び大動脈を顕微鏡観察して得られた写真図である。左側の写真が大動脈を表し、右側の写真が冠動脈を表す。
図9図9は、後述する実施例に記載があるとおりの、DES又はBVSを留置して12ヵ月後に病理染色及び顕微鏡観察して得られた写真図である。左側の写真はDES留置条件を示し、右側の写真はBVS留置条件を示す。
図10図10は、後述する実施例に記載があるとおりの、2nd DES留置1ヵ月後の病理染色及び顕微鏡観察して得られた写真図である。左側の写真はLWD3元交雑豚を示し、右側の写真はSB系統ホモ(LDLR-/-)ミニブタを示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の一態様である非クローンミニブタ、非クローンミニブタの作製方法及び候補物質のスクリーニング方法について詳細に説明するが、本発明はその目的を達成する限りにおいて種々の態様をとり得る。
【0024】
本明細書における各用語は、別段の定めがない限り、当業者により通常用いられている意味で使用され、不当に限定的な意味を有するものとして解釈されるべきではない。また、本明細書においてなされている推測及び理論は、本発明者らのこれまでの知見及び経験によってなされたものであることから、本発明はこのような推測及び理論のみによって拘泥されるものではない。
【0025】
「野生型」のブタは、遺伝子工学的に遺伝子操作されていないブタを意味する。なお、「野生型」のブタのLDLR遺伝子の遺伝子型は、ワイルド(+/+)である。野生型のブタと体格、生育能力、生殖能力などの表現型が変わらなければ、LDLR遺伝子座以外の遺伝子座を遺伝子工学的又はゲノム編集技術で遺伝子操作されたブタを野生型のブタとして使用してもよい。
「及び/又は」は、列記した複数の関連項目のいずれか1つ、又は2つ以上の任意の組み合わせ若しくは全ての組み合わせを意味する。
「含む」は、含まれるものとして明示されている要素以外の要素を付加できることを意味する(「少なくとも含む」と同義である)が、「からなる」及び「から本質的になる」を包含する。すなわち、「含む」は、明示されている要素及び任意の1種若しくは2種以上の要素を含み、明示されている要素からなり、又は明示されている要素から本質的になることを意味し得る。要素としては、成分、工程、条件、パラメーター等の制限事項等が挙げられる。
【0026】
[1.非クローンミニブタ]
本発明の一態様の非クローンミニブタは、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)であり、バークシャー種を含む複数の品種に由来する、サイズが小さなミニブタである。
【0027】
本発明の一態様の非クローンミニブタの具体的態様は、後述する実施例に記載のSB系統ミニブタである。このSB系統ホモ(LDLR-/-)ミニブタの概要について、以下に説明する。
【0028】
本発明者らが作成した、後述する実施例に記載のSB系統ホモ(LDLR-/-)ミニブタは、特許文献1に記載の高脂血症モデルブタを応用して作出された、高コレステロール・動脈硬化症のモデルミニブタである。特許文献1に記載の高脂血症モデルブタは、生後6ヵ月齢で体重100kg以上となり、さらに9ヵ月齢では150kg以上になるため、実験での長期間の取り扱いが難しくなる。そこで、特許文献1に記載の高脂血症モデルブタと家畜改良センターで開発されたミニブタ(サクラコユキ)とを交配することで小型化を試みて、高脂血症モデルミニブタ系統Sを作出した。しかし、S系統ミニブタは、小型化を達成したものの、作出過程における体格の不一致、作出されたブタの近交退化に伴う繁殖性の低下、育成率の低下、通常ブタに比べて強健性が劣るなどの問題から、効率的な生産及び維持管理が難しく、実験動物として不向きであった。そこで、S系統ミニブタを、中型種である英国系バークシャー種と交配して、遺伝子選抜及び体形選抜を繰り返すことにより、遺伝子のホモ化と、6ヵ月齢で体重50kg以下、9ヵ月齢で80kg以下の高コレステロール・動脈硬化症モデルホモ(LDLR-/-)ミニブタ系統SBを作出することに成功した。
【0029】
SB系統ホモ(LDLR-/-)ミニブタは、遺伝子のホモ化、体形の小型化、繁殖性の向上、育成率の向上及び通常ブタに比べても劣らない強健性という特徴を有する。さらに、SB系統ホモ(LDLR-/-)ミニブタは、通常食においても、高コレステロール血症の症状を呈し、血漿中コレステロールの組成(超低密度リポタンパク質(VLDL:very low density lipoprotein)、LDL及びHDLの各コレステロール)において、ヒト家族性高脂血症を十分に再現した。また、ヒトと類似した冠動脈に不安定粥腫などの動脈硬化病変を呈し、その治療法及び治療後の慢性期の副作用もヒトと同様の経過を示した。したがって、SB系統ホモ(LDLR-/-)ミニブタは、特許文献1に記載の高脂血症モデルブタよりさらにヒトの高コレステロール・動脈硬化症の診断、治療薬、予防薬、治療後の慢性期の副作用及びその発生機序の解明などのスクリーニングに優れたモデル動物である。
【0030】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、クローンミニブタではないことに特徴を有する。すなわち、本発明の一態様の非クローンミニブタは、核移植による体細胞クローン技術によって作出されたクローンミニブタそのものではない。本発明の一態様の非クローンミニブタは、由来する品種の一種が、体細胞クローン化技術によって作出されていない、野生型のバークシャー種であり、それをもって非クローンミニブタであり得る。
【0031】
本発明の一態様の非クローンミニブタの由来品種は、野生型バークシャー種が含まれていれば特に限定されないが、継代的に小型化を維持するために、サクラコユキなどのミニブタをさらに含むことが好ましく、継代的に頑健性を維持するために、ランドレース種、大ヨークシャー種及びデュロック種をさらに含むことがより好ましい。なお、野生型バークシャー種などの品種は、交雑種の中に含まれる一品種であってもよい。後述する実施例に記載のSB系統は、由来品種がランドレース種、大ヨークシャー種、デュロック種、サクラコユキ及びバークシャー種である。また、後述する実施例に記載のS系統は、由来品種がランドレース種、大ヨークシャー種、デュロック種及びサクラコユキである。
【0032】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、食肉用途で畜産されるランドレース種のブタ及び交配に用いる野生型バークシャー種のブタよりも身体が小さく、体重も小さい。本発明の一態様の非クローンミニブタは、雄である場合は、270日齢の平均体重が65kg以下であり、身体が小さいほど飼育及び各種試験に用いることが容易であるという観点から、好ましくは60kg以下であり、より好ましくは50kg以下である。また、本発明の一態様の非クローンミニブタは、雌である場合は、270日齢の平均体重が80kg以下であり、身体が小さいほど飼育及び各種試験に用いることが容易であるという観点から、好ましくは78kg以下であり、より好ましくは70kg以下である。
【0033】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、各種試験の用に供される日齢の体重に加えて、分娩及び飼養の容易性の観点から、生時及び離乳時(35日齢)の体重が小さいことが好ましい。本発明の一態様の非クローンミニブタは、平均生時体重が1kg未満であることが好ましく、0.7kg以下であることがより好ましく、0.6kg以下であることがさらに好ましい。また、本発明の一態様の非クローンミニブタは、平均離乳時体重が7.5kg以下であることが好ましく、6.0kg以下であることがより好ましく、5.5kg以下であることがさらに好ましい。
【0034】
本発明者らが調べたところ、ランドレース種ブタ及び3元交雑ブタ(ランドレース種×大ヨークシャー種×デュロック種)を用いて作製したクローンブタ及びその後代のブタ(以下、これらをまとめて「クローンブタ」ともいう。)、並びにこれらとミニブタであるサクラコユキとを人工授精により交配して生産した第1の非クローンミニブタ及びその後代のブタ(以下、これらをまとめて「第1のクローンミニブタ」ともいう。)は、受胎率及び分娩率が低く、平均産子数も少なかった。しかし、第1の非クローンミニブタとバークシャー種ブタとを人工授精により交配して第2の非クローンミニブタを生産し、さらに第2の非クローンミニブタどうし、又は第2の非クローンミニブタとミニブタであるサクラコユキとを人工授精し、さらにその後代のブタどうしを人工授精することを続けることにより、受胎率及び分娩率が高く、平均産子数の多い、第2の非クローンミニブタの後代のブタが得られた。
【0035】
上記の知見を鑑みれば、本発明の一態様の非クローンミニブタは、由来する品種に野生型バークシャー種が含まれることによって、クローンブタ及び第1のクローンミニブタよりも、受胎率が高く、分娩率が高く、及び平均産子数が多いことが好ましい。そこで、本発明の一態様の非クローンミニブタは、受胎率が好ましくは80%以上であり、より好ましくは90%以上であり;分娩率が好ましくは80%以上であり、より好ましくは85%以上であり;及び/又は平均産子数が好ましくは8頭以上であり、より好ましくは9頭以上であり、さらに好ましくは9.5頭以上である。
【0036】
後述する実施例に記載があるとおり、第1の非クローンミニブタに相当するS系統F1世代~F3世代のミニブタは、離乳時前のへい死率が40%以上と高かった。それに対して、第2の非クローンミニブタの後代のブタに相当するSB系統F1世代~F4世代のミニブタは、離乳時前のへい死率が40%未満であった。かかる事情を勘案すれば、本発明の一態様の非クローンミニブタは、離乳時前のへい死率が40%未満であることが好ましく、30%以下であることがより好ましく、20%以下であることがさらに好ましい。
【0037】
後述する実施例に記載があるとおり、S系統F3世代のミニブタは乳頭の肥大化が認められたが、SB系統F3世代のミニブタには認められなかった。そこで、本発明の一態様の非クローンミニブタは、平均乳頭高が第1の非クローンミニブタよりも小さいことが好ましく、15mm以下であることがより好ましく;平均乳頭径が第1の非クローンミニブタよりも小さいことが好ましく、12mm以下であることがより好ましい。
【0038】
本発明の一態様の非クローンミニブタについて、270日齢の平均体重、受胎率、分娩率、平均産子数、平均離乳前へい死率、平均乳頭高及び平均乳頭径は、後述する実施例に記載の方法によって測定すればよい。
【0039】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である。理論的には、生体個体におけるLDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である場合、正常に機能するLDLR遺伝子発現産物が得られず、LDLR遺伝子の発現の欠損に伴う症状又は異常が個体において表出する。そこで、本発明の一態様の非クローンミニブタは、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である場合に表出する症状又は異常のモデル動物として使用されることが好ましく、高コレステロール血症、動脈硬化症又はその両方の疾患のモデル動物として使用されることがより好ましい。
【0040】
本明細書における「高コレステロール血症」は、医学界において通常用いられている疾患を意味する。例えば、高コレステロール血症は、血液中のコレステロール値が異常な値になることを意味し、具体的には空腹時に採血した際の血漿中の総コレステロールの濃度が220mg/dl以上になることを意味する。本明細書において、高コレステロール血症は、脂質異常症及び高脂血症と本質的に同一乃至包含し、これらを区別しない。すなわち、本発明の一態様の非クローンミニブタは、脂質異常症及び高脂血症のモデル動物として使用してもよい。
【0041】
ヒト高脂血症は血中の脂質成分量からI、IIa、IIb、III、IV及びV型に分類することができる。このうち、IIb型は、VLDLコレステロール濃度及びLDLコレステロール濃度が健常者よりも高く、HDLコレステロール濃度が健常者と同程度の高脂血症である。本発明の一態様の非クローンミニブタは、LDLR遺伝子の遺伝子型がワイルド(LDLR+/+)であるブタ(コントロール)と比べて、VLDLコレステロール濃度及びLDLコレステロール濃度が高く、HDLコレステロール濃度が同程度である傾向にあり、IIb遺伝性高脂血症と同様の血中脂肪成分組成を示し得る。そこで、本発明の一態様の非クローンミニブタは、IIb型遺伝性高脂血症のモデル動物として利用されることが好ましい。
【0042】
本明細書における「動脈硬化症」は、医学界において通常用いられている疾患を意味する。例えば、動脈硬化症は、動脈内に粥種が形成される疾患であることを意味する。
【0043】
HDLコレステロール、LDLコレステロール及びVLDLコレステロールの濃度は、血漿、血清などの血液由来サンプルのコレステロール区分におけるHDL、LDL及びVLDL濃度として測定することができる。同様に、HDLトリグリセライド、LDLトリグリセライド及びVLDLトリグリセライドの濃度は、血漿、血清などの血液由来サンプルのトリグリセライド(中性脂肪)区分におけるHDL、LDL及びVLDL濃度として測定することができる。
【0044】
例えば、VLDLコレステロール、LDLコレステロール及びHDLコレステロールを定量する方法としては、例えば、血清サンプルをまず各コレステロールに分画し、それぞれの画分について「デタミナーL TCII」、「デタミナーTC-555」(協和メデックス社製)、「アクアオートカイノスT-CHO試薬」(カイノス社製)などの酵素法用キットを使用して酵素法による定量を行う方法を挙げることができる。また、各コレステロールの分画方法としては、血清中のリポタンパク質を分析可能なゲル濾過カラム、例えば、「TSKgel LipopropakXL、TSKgel Lipopropak」(東ソー社製)などを用い、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法により解析する方法を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0045】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、血中の総コレステロール、総中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロール及びVLDLコレステロールなどの血中脂質成分濃度については、年齢、飼育環境、餌の種類などにより変化することから特に限定されないが、例えば、高コレステロール血症及び/又は動脈硬化症のモデル実験動物として使用されるためには、脂肪含有量が2質量%~5質量%の飼料を2ヵ月摂取した場合において、静脈血漿中の総コレステロール濃度が220mg/dl以上であることが好ましく、300mg/dl以上であることがより好ましく;静脈血漿中のLDLコレステロール濃度が140mg/dl以上であることが好ましく、200mg/dl以上であることがより好ましい。
【0046】
本明細書では、脂肪含有量が2質量%~5質量%の飼料を通常食ともよぶ。通常食は、後述する実施例に記載の市販品を挙げることができる。通常食に対して、脂肪含有量が大きい飼料を高脂肪食ともよぶ。高脂肪食は、通常食に、ラード、高脂肪食油、油脂などの脂肪含有物を混入して作製することができる。高脂肪食における脂肪含有量は10質量%~50質量%に設定すればよい。なお、一般的に、通常食を与えられた野生型のブタ(LDLR+/+)は、血中の総コレステロール値が50mg/dl~100mg/dlであるのに対し、高脂肪食を与えられた野生型のブタ(LDLR+/+)は血中の総コレステロール値が500mg/dl~800mg/dlになり、高脂血症を発症する。
【0047】
[2.非クローンミニブタの作製方法]
本発明の一態様の非クローンミニブタを作製する方法は、少なくとも野生型バークシャー種を用い、得られる非クローンミニブタのLDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)であり、270日齢の平均体重が所定の体重になる方法であれば、特に限定されない。
【0048】
理論的には、遺伝子工学及び核移植による体細胞クローン技術を駆使すれば、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)であるミニブタを作製することができる。しかし、ミニブタが近縁交配によって産み出されたものであることなどの理由により、クローンミニブタは、繁殖能力及び頑健性が極端に劣り、出産及び生育することが極めて困難であり、後代のミニブタを作製することに至ってはほとんど不可能である。
【0049】
上記事情を鑑みれば、本発明の一態様の非クローンミニブタを得るためには、クローンミニブタを利用しないことが好ましい。そのためには、LDLR遺伝子の遺伝子型がヘテロ(+/-)又はホモ(-/-)であるブタと野生型のミニブタとを、人工授精により交配し、さらに得られたブタを用いて継代することにより、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である第1のミニブタが得られる。しかし、このようにして得られた第1のミニブタは、やはり繁殖能力及び頑健性が劣り、高コレステロール・動脈硬化症のモデル動物として長期間の試験の用に供することが困難である。また、第1のミニブタは、乳頭が肥大化するなどの体型的な異常が認められ、発育が困難である。
【0050】
ところが、第1のミニブタとバークシャー種ブタとを、人工授精により交配し、さらに得られたブタを用いて継代することにより、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である上に、第1のミニブタとサイズが同程度でありつつも、繁殖能力及び頑健性が優れており、産子数が多く、乳頭の肥大化が認められないミニブタが得られる。
【0051】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、上記知見に基づいて作製されることが好ましい。すなわち、本発明の別の一態様として、本発明の一態様の非クローンミニブタの作製方法は、以下の工程を含む:
LDLR遺伝子の遺伝子型がヘテロ(+/-)又はホモ(-/-)であり、かつランドレース種を含む品種に由来するブタとLDLR遺伝子の遺伝子型がワイルド(+/+)である野生型のミニブタとを、人工授精により交配し、さらに得られたブタを用いて継代することにより、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である第1のミニブタを得る工程;及び
前記第1のミニブタとバークシャー種ブタとを、人工授精により交配し、さらに得られたブタを用いて継代することにより、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である非クローンミニブタを得る工程。
【0052】
LDLR遺伝子の遺伝子型がヘテロ(+/-)又はホモ(-/-)であり、かつランドレース種を含む品種に由来するブタは特に限定されないが、例えば、特許文献1に記載のLDLR-KOブタF2世代のLDLR遺伝子の遺伝子型がヘテロ(LDLR+/-)又はホモ(-/-)であるブタなどが挙げられ、このうち比較的頑健性があることからヘテロ(LDLR+/-)のブタが好ましい。
【0053】
特許文献1に記載のLDLR-KOブタF2世代のLDLR遺伝子の遺伝子型がヘテロ(+/-)であるブタは、特許文献1に記載の核移植による体細胞クローン技術を利用した方法によって得ることができる。例えば、採取したブタの卵子から除核し、該除核された卵子に、LDLR遺伝子の一部若しくは全部を改変又は欠失させたゲノムDNAを有するブタ体細胞核を注入し、得られた核移植卵を親雌ブタの子宮に着床し、妊娠及び分娩をすることで、体細胞核移植クローンブタとして作製することができる。なお、特許文献1にも記載しているとおり、ブタのLDLR遺伝子としては、NCBI(National Center for Biotechnology Information)等のデータベースにおいてGene ID:396801として登録されており、GenBankからアクセッション番号NC_010444.3、バージョンGI:347618792としてDNA配列を取得することが可能である。
【0054】
LDLR遺伝子の遺伝子型がワイルド(+/+)である野生型のミニブタとしては、例えば、独立行政法人家畜改良センターから購入可能なミニブタであるサクラコユキなどが挙げられるが、これに限定されない。
【0055】
ランドレース種を含む品種に由来するブタは大型であり、野生型のミニブタは小型であることから、分娩の容易性を考慮して、LDLR遺伝子の遺伝子型がヘテロ(+/-)又はホモ(-/-)であり、かつランドレース種を含む品種に由来するブタを種雌ブタとし、LDLR遺伝子の遺伝子型がワイルド(+/+)である野生型のミニブタを種雄ブタとすることが好ましい。
【0056】
種雌ブタと種雄ブタとを人工授精により交配する方法は特に限定されず、通常のブタの人工授精による交配を採用することができる。ただし、種雄ブタとする小型のミニブタから精液を採取することは困難であることから、後述する実施例に記載の小型擬牝台を用いて精液を採取することが好ましい。
【0057】
複数の種雌ブタと複数の種雄ブタとを人工授精により交配して得られたブタ(F1世代)どうしをかけ合わせることによりF2世代のブタを得る。また、F2世代のブタどうし、又はF2世代のブタとF1世代のブタとをかけ合わせることによりF3世代のブタを得る。このようにして継代することにより、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である第1のミニブタを得る。継代に使用するミニブタは、比較的サイズの小さいブタを選ぶことが好ましい。LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である第1のミニブタは、F3世代のミニブタであることが好ましい。
【0058】
第1のミニブタは、野生型のバークシャー種ブタと人工授精により交配する。野生型のバークシャー種ブタを得る方法は特に限定されないが、例えば、埼玉県農業技術研究センターから入手が可能である。野生型のバークシャー種ブタは、サイズとしては、ランドレース種などの大型種とミニブタとの中間のサイズを有する。第1のミニブタ及び野生型のバークシャー種ブタの雌雄は特に限定されないが、小型擬牝台を用いて精液を採取することができることから、第1のミニブタを種雄ミニブタとし、バークシャー種ブタを種雌ブタとすることが好ましい。
【0059】
複数の種雌ブタと複数の種雄ミニブタとを人工授精により交配して得られたミニブタ(F1世代)どうし、又はF1世代のミニブタと野生型のミニブタとをかけ合わせてF2世代のミニブタを得て、次いでF2世代のミニブタどうしをかけ合わせてF3世代のミニブタを得て、次いでF3世代のミニブタどうしをかけ合わせることによりF4世代のミニブタを得る。このようにして継代することにより、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である非クローンミニブタを得ることができる。継代に使用するミニブタは、サイズが比較的小さいミニブタを選ぶことが好ましい。例えば、F4世代のミニブタを得るためのF3世代のミニブタとして、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)であるミニブタを用いた場合、F4世代のミニブタは全てLDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)である非クローンミニブタとなる。
【0060】
このようにして得られる非クローンミニブタは、中型のバークシャー種に由来するにもかかわらず、サイズの小さいミニブタである。さらに、非クローンミニブタは、第1のミニブタ又は野生型のミニブタと比べると、受胎率及び分娩率は高く、平均産子数が多く、及び平均離乳前へい死率が低くなる傾向にある。また、非クローンミニブタにおいて、原則として、第1のミニブタでみられるような乳頭の肥大化は見られない。それでいて、非クローンミニブタは、LDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)であることにより、特許文献1に記載のLDLR-KOブタF2世代のLDLR遺伝子の遺伝子型がホモ(-/-)であるブタと同様に、通常食を用いて飼養したとしても、高コレステロール・動脈硬化症の症状を発出し、該疾患のモデル動物として利用することができる。
【0061】
[3.非クローンミニブタの使用方法]
本発明の一態様の非クローンミニブタの使用方法は特に限定されず、例えば、高コレステロール血症及び動脈硬化症、並びにこれらの疾患により引き起こされる心筋梗塞、脳梗塞などの二次的な疾患のモデル動物として使用することが好ましい。具体的には、本発明の一態様の非クローンミニブタは、通常食による飼養下における高コレステロール・動脈硬化症のモデル動物として、高コレステロール血症、動脈硬化症、心筋梗塞、脳梗塞などの疾患(以下、これらを総称して「高コレステロール・動脈硬化症等疾患」ともよぶ。)の判定、高コレステロール・動脈硬化症等疾患の治療技術及び器具の開発、高コレステロール・動脈硬化症等疾患の治療技術の習得に使用する練習台などとして使用することができる。
【0062】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、普通食による飼養下においても高コレステロール血症及び動脈硬化症を発症する傾向にあるが、これらの疾患の症状を強めること、又は心筋梗塞、脳梗塞などの二次的な疾患を誘発するために、高脂肪食を与えること、飼養を維持して加齢させるようにして使用することができる。
【0063】
高コレステロール・動脈硬化症等疾患の治療技術としては、例えば、ステント留置術、バイパス手術、カテーテル手術、頸動脈内膜切除術(CEA)などを挙げることができるが、これらに限定されない。高コレステロール・動脈硬化症等疾患の治療器具としては、例えば、ステント、カテーテルなどを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0064】
非クローンミニブタの個体、並びにその血液、血管及び組織を用いて、高コレステロール・動脈硬化症等疾患の有無の判定の練習を行うことができる。例えば、非クローンミニブタについて、心拍数、脈拍数、血圧などの測定結果;血糖値、赤血球値、白血球値、血中LDLコレステロール値、血中HDLコレステロール値、及び血中VLDLコレステロール値などの血液検査結果;超音波検査法(エコー)、磁気共鳴画像診断法(MRI)などの検査結果などから、高コレステロール・動脈硬化症等疾患の有無を判定する練習を行うことができる。
【0065】
非クローンミニブタから採取された、血液などの体液、血管、心臓などの組織については、血液検査、解剖、組織化学染色などを行い、高コレステロール・動脈硬化症等疾患の判定の練習を行うことができる。例えば、動脈硬化症、心筋梗塞、脳梗塞などの疾患を発症した非クローンミニブタは、ブタ個体、並びに粥種が形成した血管及び該血管を有する組織、心筋梗塞を起こした心臓などを用いて、ヒトにおいてこれらの疾患の判定を行う練習に利用することができる。
【0066】
また、本発明の一態様の非クローンミニブタは、薬効評価動物として使用することができる。普通食又は高脂肪食を与えられた非クローンミニブタに、高コレステロール・動脈硬化症等疾患の治療薬候補薬剤を投与し、血中コレステロール値、症状又は異常の改善、又はそれらが悪化しないことを指標として、治療薬候補薬剤の薬効及び副作用を調べることができる。
【0067】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、通常食で飼養しても、野生型のブタと比べて、LDLコレステロール及びVLDLコレステロールの濃度が高く、HDLコレステロールの濃度が同程度である傾向にあり、高コレステロール・動脈硬化症を示し得る。そして、このような本発明の一態様の非クローンミニブタの性質を利用して、該非クローンミニブタに由来する臓器又は細胞を高コレステロール・動脈硬化症を予防及び治療するための候補物質のスクリーニングなどに利用できる。本発明の別の一態様は、本発明の一態様の非クローンミニブタに由来する臓器及び細胞である。
【0068】
本発明の一態様の臓器及び細胞としては、本発明の一態様の非クローンミニブタに由来する生体試料であればよく、頭部、頸部、胸部、腹部、脚などにおける生体組織、例えば、臓器、骨、体液、細胞などを挙げることができ、かかる細胞としては上皮細胞や肝細胞、線維芽細胞、腎臓細胞などの体細胞、神経細胞、免疫細胞、ES細胞、原始生殖細胞、精子、卵子などを挙げることができ、これらの細胞の初代培養細胞及びこれらの細胞に由来する細胞株、すなわちこれらの細胞から増殖した細胞を含む。
【0069】
本発明の別の一態様は、本発明の一態様の非クローンミニブタ及び細胞を利用した高コレステロール・動脈硬化症の予防及び治療のための候補物質のスクリーニング方法である。本発明の一態様のスクリーニング方法は、以下の工程を含む:
被験対象として本発明の一態様の非クローンミニブタ又は該非クローンミニブタに由来する細胞に、被験物質を投与して、該被験対象における、LDLコレステロール及びVLDLコレステロールからなる群から選ばれる少なくとも1種のコレステロールの濃度又は動脈硬化の程度を測定する工程;及び
前記コレステロールの濃度又は動脈硬化の程度が、コントロールと比べて、同程度又は低いことを指標に、前記被験物質を高コレステロール血症又は動脈硬化症の予防又は治療のための候補物質としてスクリーニングする工程。
【0070】
本発明の一態様のスクリーニング方法では、コントロールは、被験物質を投与する前の濃度及び程度、並びに被験対象として非クローンミニブタ及び該非クローンミニブタに由来する細胞に代えて野生型のブタ及び野生型のブタに由来する細胞として得られた濃度及び程度からなる群から選ばれる少なくとも1種のコントロールであることが好ましい。
【0071】
被験物質は特に限定されないが、例えば、化学物質、タンパク質、ペプチド、ステロイドなどを挙げることができ、これらは新規なものでも公知のものでもよく、さらに合成、抽出などの方法により製造したものでも市販品でもよい。被験対象に被験物質を投与する方法は特に限定されず、例えば、被験対象がブタである場合は経口、注射、点滴、塗布などの方法を挙げることができ;被験対象が細胞である場合は、細胞培養液への添加、トランスフェクション試薬及びエレクトロポレーション法を用いた細胞内への投与などの方法を挙げることができる。
【0072】
被験物質の投与期間、投与回数及び投与量は、被験対象の大きさ、年齢、性別、症状などによって適宜選択することができ、特に限定されない。被験対象のブタの飼育環境及び年齢、並びに被験対象の細胞の培養方法などの条件は、所望の試験系に合わせて適宜設定すればよい。例えば、被験対象のブタに、高脂肪食を給餌してもよいが、過度の総コレステロール濃度の上昇を抑えるために、通常食を給餌することが好ましい。
【0073】
被験対象におけるコレステロールの濃度及び動脈硬化の程度を測定する方法は、本明細書の他の項目を参照して実施すればよい。例えば、血漿中コレステロール区分におけるLDLコレステロール又はVLDLコレステロールの濃度、動脈硬化症の有無を測定することなどを挙げることができる。また、これらの測定と合わせて、血漿中の総コレステロール濃度及びコレステロール区分におけるHDLコレステロールなどの濃度、総中性脂肪濃度、中性脂肪区分におけるLDL、HDL、VLDLの濃度などを測定してもよく、他の検査項目、例えば、血糖値、赤血球量、白血球量などを測定して、候補物質のスクリーニングの判断指標の一つとしてもよい。
【0074】
また、動脈硬化の程度は、超音波検査法(エコー)、磁気共鳴画像診断法(MRI)などによって測定してもよく、被験対象から血管組織サンプルなどを採取して組織化学的に測定してもよい。
【0075】
被験対象が細胞である場合には、その増殖速度及び代謝速度、細胞内のLDLコレステロール及びVLDLコレステロールの濃度などを生化学的及び細胞生物学的に一般的な手法により測定することができる。
【0076】
本発明の一態様のスクリーニング方法では、コレステロールの濃度及び動脈硬化の程度が、コントロールと比べて、同程度又は低いことを指標に、被験物質の高コレステロール・動脈硬化症の予防可能性及び治療可能性を判断する。すなわち、非クローンミニブタ及び細胞において、比較的高いLDLコレステロール濃度及び/又はVLDLコレステロール濃度が維持又は低下された場合、又は非クローンミニブタにおいて認められた動脈硬化が維持又は改善された場合、候補物質は、高コレステロール・動脈硬化症の予防剤又は治療剤として有用であるといえる。コントロールとの比較の際に、被験対象の健康状態及び他の検査項目の結果などを考慮してもよい。
【0077】
また、本発明の別の様態として、本発明の一態様の非クローンミニブタに由来する臓器、組織及び細胞を、適宜目的に応じたスクリーニングに利用する方法が挙げられる。これら細胞等は、LDLR遺伝子の発現が欠失していることから、LDLR遺伝子に着目したスクリーニング、LDLR及びこれに関連する細胞機能の解析などの医学的及び生物学的研究などにおいて有用である。例えば、本発明の一態様の細胞を用いて、解析対象のシグナル因子の変動を指標としてスクリーニングを行うことができ、具体的には、被験対象として本発明の一態様の細胞に、被験物質を投与して、被験対象におけるシグナル因子の変化を調べ、次いでシグナル因子の変化がコントロールと異なる被験物質を候補物質としてスクリーニングすることを含む方法などが挙げられる。LDLR及びリポタンパク質代謝の関与する生命現象に関わる因子、シグナル因子の制御物質をスクリーニングにより同定することができる。
【0078】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、傾向として、ヒト高コレステロール・動脈硬化症の病態を十分に再現し、長期間の実験においても通常のブタと異なり取り扱いが容易なミニブタであることから、高コレステロール・動脈硬化症の診断、治療及び予防のための医薬のスクリーニング、治療後の慢性期の副作用及びその発生機序の解明などに広く利用することが期待される。
【0079】
また、本発明者らによるこれまでの知見より、本発明の一態様の非クローンミニブタについて、以下のことがいえる。
実施例において作出したSB系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)ミニブタは、通常食においても他の高脂血症モデルブタと同様に高脂血症を示し、高脂肪食給餌により、血中総コレステロール濃度は2倍以上に増加し、4か月後には血管内超音波画像診断により、冠動脈内にプラークが形成された。冠動脈プラーク確認後、プラーク病変部に多種類の薬剤溶出型ステントを留置し、留置後3ヵ月目のステント留置部の血管反応を観察した結果、新生内膜が形成され、新生内膜中に炎症細胞の浸潤、ステントのストラット周囲のフィブリン蓄積、断片化された石灰化、泡沫状マクロファージなど、遅発性血管反応が観察された。さらに、ヒト型高コレステロール・動脈硬化症患者における、ステント留置による治療後変化と同様の結果を示した。さらに、これまで通常家畜から作出された高脂血症ブタにおいて観察が困難乃至不可能であった、ステント治療後6ヵ月から2年~3年以降の変化を観察できることから、第2世代及び第3世代の薬剤溶出型ステント留置、生体吸収型のポリラクチド素材のステント構造の消失変化、長期的な生体反応、留置後1年以降に問題となる、ステント内新規動脈硬化による慢性期血栓症発症に関するメカニズム及びこれらの慢性期合併症予防のための新規治療法の検討が可能であることが明らかとなった。さらに、病理解析により、大動脈や冠動脈の動脈硬化粥腫、その部位にコレステリン結晶の散在を認めたことから、世界初のコレステロール栓塞症の大動物モデルが開発され、その発症のメカニズム及び治療ストラテージを明らかにすることが可能になる。
【0080】
また、実施例において作出したSB系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)ミニブタは、大動脈及び冠動脈以外にも眼底動脈にも動脈硬化の所見が認められ、眼底カメラを用いて眼底動脈病変及び冠動脈病変の相関性を検討するとともに、頚動脈内膜肥厚及び壁内栄養血管の増生が認められたので、造影頚動脈エコーを用いて、総頚動脈内膜中膜複合体厚の増加を伴う動脈硬化病変進展による輝度変化及び同部の組織学的な壁内栄養血管の増生の相関性について、定量評価が可能である。
【0081】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の課題を解決し得る限り、本発明は種々の態様をとることができる。
【実施例0082】
[1.評価方法]
(1)受胎率調査
受胎率調査は、人工受精21日後に発情兆候が再び現れないことを目視により確認し(ノンリターン法)、かつ人工受精28日後に超音波画像診断装置(富士平工業社製:「HS-101V豚用」)を用いて胎胞を確認して、妊娠の有無を判断した。受胎率は、人工授精した雌ブタに対する妊娠が認められた雌ブタの割合により求めた。分娩率は、妊娠が認められた雌ブタのうち、1頭でも出産した雌ブタの割合により求めた。
【0083】
(2)産子のホモ型又はヘテロ型の判定
PCR法による判定は、変異アレル及び野生型アレルを、それぞれ特異的に検出することにより行った。具体的には、ゲノムDNAの抽出は、ブタ耳片から「NucleoSpin(登録商標) Tissue」(タカラバイオ社製)を用いて行った。PCR分析は、20μl容量の反応液中に精製したゲノムDNAサンプル 40ngを鋳型として、「EmeraldAmp(登録商標) PCR Master Mix」(タカラバイオ社製)を用いて実施した。PCRサイクルは、最初に98℃を3分間後、98℃を10秒、60℃を30秒、72℃を1分15秒の1サイクルを35サイクルで行い、最後に72℃で10分間との条件で実施した。変異アレルを検出するプライマーとしては、特許文献1に記載のFP2及びLDLRRex3F4を用いた。このプライマーセットにより、1.1kbの変異アレル特異的な産物が増幅された。
【0084】
野生型アレルを検出するのに際して、鋳型として100ngの精製DNAを使用し、かつ野生型アレルを検出するプライマーとして特許文献1に記載のLDLRRex3F4及びLDLRex4R1を用いたこと以外は、上記と同様の方法で行った。
【0085】
各プライマーセットを用いて検出されたアレルの組み合わせにより、ホモ型及びヘテロ型を判定した。
【0086】
(3)血液検査
ヘパリン採血管により、ブタ静脈より血液を採取し、血液学検査を実施した。検査後の血液を2,000rpm、15分間にて遠心分離に供して、血漿を分離及び回収した。回収した血漿について、血液生化学検査をするとともに、Okazakiらの文献(Arterioscler Thromb Vasc Biol 2005,25:578-584)に記載のHPLC法により、コレステロール及び中性脂肪の4分画を解析した。
【0087】
(4)凍結精液の品質評価
凍結精液について、凍結融解後に改良モデナ液で再希釈し、3.5cmシャーレ内に100μlの精子懸濁液としてドロップを作成し、流動パラフィン(軽質)で覆った。このシャーレを、5%O、5%CO気相、38.5℃のインキュベーター内で15分間プレインキュベーションした。プレインキュベーション後のシャーレにおける精子について、コンピューター精子運動解析装置CASAシステム(エアブラウン社製;「CEROSII」)を用いて運動精子率を測定した。
【0088】
(5)冠動脈内の血管内超音波画像(IVUS)のイメージング及びステント留置
ブタを全身麻酔した後に、頸部におけるシース挿入部について剃毛及び消毒を行い、局所麻酔下(1%リドカイン10mlを皮下投与)で、シースにて動脈穿刺を行い、動脈ラインを確保した。動脈圧ライン及び心電図による血行動態監視下で、シースから挿入したカテーテルと血管内イメージデバイスとにより、冠動脈の観察を行った。冠動脈におけるプラーク病変の特徴及び部位を確認した後、IVUSにて病変部の血管内径を測定し、留置ステントのサイズを決定した。冠動脈に、ステント拡張後の外径及び病変部血管内径を1.2:1とし、ステントを留置した。冠動脈カテーテルの操作後に、デバイス及びシースを抜去し、用手的に圧迫及び止血を確認した後、麻酔を終了した。
【0089】
(6)ステント留置後のIVUSのイメージング
ブタについて、全身麻酔下で、冠動脈カテーテル及び血管内イメージングを以下の方法で行った。
冠動脈造影は東芝メディカルシステムズ社のX線アンギオグラフィーシステムを用いて撮影し、CDに記録した。IVUSはボストン社のIVUSプローブカテーテルを毎秒0.5mmで機械式プルバックシステムを用いて自動的に引き抜いて撮像し、CDに記録した。光干渉断層(Optical Coherence Tomography:OCT)は、セント・ジュード・メディカル社のカテーテルを用いて、造影剤で血管内腔をフラッシュしながら、毎秒1mmの速度で引き抜き、画像をハードディスクに記録した。OCT及びIVUSを用いて、ステント内の血栓及び血栓内膜変化を定性的又は定量的に観察した。
【0090】
(7)ステント留置後の組織学的解析
ブタを安楽死させた後、生理食塩水を用いて灌流を行い、10%ホルマリン液による灌流固定後に組織を採取して(心臓、上行~下行大動脈及び頚動脈)、病理組織学的に調査した。心臓は摘出後、冠動脈を剥離し、樹脂包埋又はパラフィン切片で組織病理学的に解析した。
【0091】
[2.高コレステロール/動脈硬化症モデルミニブタの作出]
(1)S系統ホモ型(LDLR-/-)の作出
本願出願人である国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構が保有する特許文献1に記載のLDLR-KOブタF1世代ヘテロ型(LDLR+/-;6ヵ月齢平均体重 約110kg;平均産子数 10頭~12頭)及び独立行政法人家畜改良センターから購入したミニブタである「サクラコユキ」(LDLR+/+;9ヵ月齢平均体重 約40kg;平均産子数 約5頭)を人工授精により交配してS系統F1世代を作出した。
【0092】
具体的には、LDLR-KOブタF1世代ヘテロ型の雌4頭を生後約6ヶ月齢で埼玉県農業技術研究センター養豚エリア内の隔離豚舎に導入し、ミニブタにおいては2頭の雄を2回に分けて該隔離豚舎に導入した。なお、隔離豚舎は遺伝子組換え実験施設としての要件を満たしている。導入したブタの全ては、約1ヶ月間隔離管理するとともに、導入直後及び隔離1ヶ月後に頚静脈より採血し、ブタのオーエスキー病及びPRRS病抗体検査を実施した。検査の結果として抗体陰性が確認され、かつ健康状態が良好であったブタを遺伝子改変動物管理基準を満たした豚舎に移動した。
【0093】
LDLR-KOブタF1世代ヘテロ型は、1日のうち朝及び夕の2回にて発情兆候を観察し、発情日を判定した。次いで、2回~3回の発情周期を確認した後、3回目~4回目の発情に合わせて、ミニブタから採取した新鮮精液を用いて人工授精を実施した。受胎したLDLR-KOブタF1世代ヘテロ型から自然分娩によりS系統F1世代を生産した。S系統F1世代について、生後1週間以内に耳ナンバリング時に採取した耳小片からDNAを抽出し、PCR法でLDLR遺伝子の遺伝子型(LDLR+/-、LDLR+/+)を確認した。遺伝子型の確認後、S系統F1世代のうちヘテロ型(LDLR+/-)の個体(S系統F1世代ヘテロ型)を選抜した。
【0094】
選抜したS系統F1世代ヘテロ型(LDLR+/-)どうしを交配することで、S系統F2世代を得た。次いで、S系統F2世代のうちヘテロ型の個体(S系統F2世代ヘテロ型)を選抜し、S系統F2世代ヘテロ型(LDLR+/-)どうし、又はS系統F2世代ヘテロ型(LDLR+/-)とS系統F1世代ヘテロ型(LDLR+/-)を交配することでS系統F3世代を得て、その中からホモ型であるS系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)の個体の生産に成功した。得られたS系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)をS系統ホモ型(LDLR-/-)とした。
【0095】
しかしながら、後述するとおりに、作出したS系統は、F1世代~F3世代に関係なく、個体の生産及び維持管理が難しいこと、産子数が少ないこと、分娩後の生後直死が多いこと、生後35日目の離乳率が非常に低いこと、抗病性が低く育成豚においても突然死又は皮膚病が多発することなどの問題を有していた。また、S系統は、乳頭の肥大化により、子ブタが哺乳出来ず、安定供給を継続できないという問題が発生した。
【0096】
(2)高コレステロール/動脈硬化症モデルミニブタ(SB系統ホモ型(LDLR-/-))の作出
S系統ホモ型(LDLR-/-)及び英国系バークシャー種(LDLR+/+;8ヵ月齢平均体重 約100kg;平均産子数 約8頭)を人工授精により交配してSB系統F1世代を作出した。
【0097】
具体的には、S系統F3世代のホモ型(LDLR-/-)の雄2頭を用いて、バークシャー種の雌2頭に人工授精を行い、受胎したバークシャー種の雌から自然分娩によりSB系統F1世代を生産した。得られたSB系統F1世代から生後1週間以内に耳のナンバリング時に採取した耳小片からDNAを抽出し、PCR法でLDLR遺伝子の遺伝子型を確認した。遺伝子型の確認後、SB系統F1世代のうち、比較的サイズの小さいヘテロ型(LDLR+/-)の個体(SB系統F1世代ヘテロ型)を選抜した。
【0098】
選抜したSB系統F1世代ヘテロ型(LDLR+/-)どうし、又はSB系統F1世代ヘテロ型(LDLR+/-)に上記1で使用したミニブタ(LDLR+/+)を交配することで、SB系統F2世代を得た。次いで、SB系統F2世代について比較的サイズが小さいホモ型の個体(SB系統F2世代ホモ型)及びヘテロ型の個体(SB系統F2世代ヘテロ型)に分けて、SB系統F2世代ホモ型(LDLR-/-)どうし、又はSB系統F2世代ホモ型(LDLR-/-)及びヘテロ型(LDLR+/-)を交配することでSB系統F3世代を得た。さらにSB系統F3世代について比較的サイズが小さいホモ型の個体(SB系統F3世代ホモ型)を選抜し、SB系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)どうしを交配することで全てがホモ型であるSB系統F4世代を得た。SB系統F2世代及びSB系統F4世代において、遺伝子のホモ化(LDLR-/-)及び体型の小型化がみられた個体として、高コレステロール/動脈硬化症モデルミニブタの生産に成功した。
【0099】
(3)具体的な作出手順
(3-1)精液採取及び人工授精を用いた繁殖
大型種であるランドレース種から作出した特許文献1に記載のLDLR-KOブタF1世代ヘテロ型(LDLR+/-)とミニブタであるサクラコユキ(LDLR+/+)とは、体格差があることから、自然交配によるいわゆる直接交配ができなかった。そこで、発情期の中型品種及び小型品種を用いた横取り法又はミニブタ用に開発して作製した小型擬牝台を用いた手圧法により精液を採取し、人工授精により、LDLR-KOブタF2世代ヘテロ型(LDLR+/-)を受胎及び分娩させた。また、S系統F1世代以降の交配、S系統ホモ型(LDLR-/-)及び英国系バークシャー種(LDLR+/+)の交配を通じた高コレステロール/動脈硬化症モデルミニブタSB系統の作出においても、体型選抜により小型化してくるために、雌の体型が小型化しても、膣内が狭く雄ブタの陰茎が挿入されにくいこと、膣内に精液が入らないことなどの問題が生じたことから、継続的に人工授精による繁殖を実施した。
【0100】
横取り法は、発情期の雌ブタを鼻保定後、鎮痛鎮静剤として体重に対して0.08mg/kgのミタゾラムを筋肉内注射し、雄ブタを雌ブタに乗駕させた後、採取者が横から手圧法により精液を40ml~200ml程度の容量で広口保存瓶に採取した。
【0101】
小型擬牝台を用いた手圧法は、雄ブタを小型擬牝台に乗せた後、横取り法と同様に採取者が横から手圧法により精液を40ml~200ml程度の容量で広口保存瓶に採取した。
【0102】
採取した直後の精液を、35℃程度の温湯に保存瓶のまま湯煎し、精液検査室に運び、モデナ液で必要量まで希釈した。希釈後の精液を、15℃にて温度管理した精液保管庫に人工授精直前まで保管した。1部の精液は38℃に加熱した加温板上にセットした精液性状検査盤上に戴置して、光学顕微鏡を用いて200倍で観察し、常法に従って運動精子率及び精子活力を測定した。発情を確認した個体に対し、発情当日及び翌日の2回にわたり、採取した精液50ml~70mlずつをシリンジ内に装填し、ブタに通常用いられている人工授精用カテーテル(富士平工業社製)を用いて常法により人工授精を実施した。
【0103】
(3-2)小型擬牝台の作製
小型擬牝台は、通常市販されている擬牝台をもとにそのサイズの全てを小型化して作製した。鉄骨フレームで躯体を作成後、乗駕面を作成した。鉄骨フレームの高さを60cm以下とし、長さを70cmとし、幅を70cm以下とした。乗駕面の高さを12cmとし、長さを60cmとし、幅を25cm以下とした。また、乗駕面の素材は無垢材で作成し、そのまま使用し、又は弾性スポンジを骨組みに巻いた後、ホロ布により覆い使用した。
【0104】
(3-3)哺乳方法
分娩後1日目から翌日まで、生まれた子ブタの哺乳状態に応じて、哺乳できない個体に対して子ブタ用代用乳を温湯で融解した。融解した子ブタ用代用乳を、5mlのシリンジを用いてそれぞれの子ブタに5mlずつ強制的に経口哺乳を行った。3日目以降からは、同腹ブタの全てに子ブタ用代用乳を給餌バットに入れて分娩後2週間目まで不断給餌した。
【0105】
(3-4)飼料
ブタの飼料としては、維持群においては以下脂肪含量(日本標準飼料成分表に基づく)の通常飼料(普通食)を使用し、実験群は導入後、高脂肪飼料を4週間給与し、実験に供した。
1)維持群
分娩翌日~2週齢:脂肪含量 4.0%以上
(飼料名:日清丸紅印子豚用代用乳 サニッコ2号)
3週齢~5週齢:脂肪含量 4.0%以上
(飼料名:ノーサン印子豚人工乳前期用配合飼料 ウイニーA)
5週齢~2ヶ月:脂肪含量 3.5%以上
(飼料名:ノーサン印子豚人工乳後期用配合飼料 ウイニーB)
2ヶ月~6ヶ月:脂肪含量 2.5%以上
(飼料名:ノーサン印肉豚飼育用配合飼料 クリア肉豚)
6ヶ月以上:脂肪含量 2.0%以上
(飼料名:ノーサン印種豚飼育用配合飼料 ネクセルブリード)
2)実験群
導入後~実験終了まで:脂肪含量15%牛脂、1.5%コレステロール
(飼料名:フィードワン(株)高脂肪特殊飼料 )
【0106】
(3-5)凍結精液の作製
SB系統の遺伝子型ホモの種雄豚より、小型擬牝台を用いて手圧法により精液を採取し、丹羽らの方法に順じて凍結精液を作製した。採取した膠様豚を除いた精液はすぐさま38℃の保温状態で実験室に持ち帰り、採取量の2/3量の改良モデナ液を添加し、精液低温処理室内で38℃から15℃まで約2時間かけて冷却後、50mlのガラス製遠心管に分注後、冷却したまま700Gで15分間遠心分離した後、アスピレーターで精漿を除去し、NSF-1液と混合した後、5℃まで90分間かけて冷却した。冷却した精子懸濁液にNSF-1液と同量のNSF-2液を添加し、最終グリセリン濃度3%、最終精子濃度を10億個/mlに調節したのち、0.25mlのプラスチックストローに一本型ストロー管充填・閉封機(富士平工業社製;「SFM-1」)を用いて充填した。ストローは液体窒素液面上4cmで約20分間予備冷却した後、液体窒素内に浸漬した。全てのストローは、液体窒素充填ボンベ内で使用まで保存した。
【0107】
(3-6)凍結精液の融解及び人工授精
発情ブタを朝発見した場合には、当日の夕方及び翌日の朝方に凍結精液による人工授精を2回実施した。液体窒素充填ボンベから保存した凍結精液4本を取り出した直後に、38℃の温湯に約10秒間浸漬し融解した。融解後の精液を、保温した改良モデナ液1.25mlと混合し、1mlのシリンジ2本に充填して、精子懸濁液を調製した。発情ブタにおいては、陰部を良く洗浄した後、子宮深部注入用カテーテルセット(富士平工業社製;「匠」)を用いて、子宮角深部及び子宮体部にそれぞれ1mlずつ精子懸濁液を注入し、最後に空気 3mlを注入し、1回の人工授精とした。
【0108】
(3-7)全身麻酔方法
ケタミンを5mg/kgにてブタに筋注して麻酔鎮静した。筋注後のブタを、静脈ルートを確保し、カテーテル台に仰臥位に固定した。固定したブタに、気管挿管を行い、1回換気量10ml/kg~15ml/kg、20回/分にて呼吸管理しながら、酸素50%及びセボフルラン1%~4%を吸入させて全身麻酔とした。
【0109】
[3.高コレステロール/動脈硬化症モデルミニブタの繁殖成績]
(1)SB系統とS系統との比較評価
平成25年度~令和1年度の7年間、S系統(F1世代~F3世代)、SB系統(F1世代~F4世代)及びコントロールの雄ブタから精液を横取り法又は小型擬牝台を用いた手圧法により採取した。それぞれの精液 50ml~70mlを、精液の由来に対応させて、自然発情した種雌ブタである、S系統(F1世代~F3世代)22頭、SB系統(F1世代~F4世代)40頭及びコントロール(ランドレース種)17頭の計79頭に、発情当日及び翌日の2回人工授精した。各種雌ブタの受胎頭数及び分娩頭数はまとめたものを表1とした。
【0110】
【表1】
【0111】
表1に示すとおり、S系統の受胎率及び分娩率は、SB系統及びコントロールのものと比較して有意に低かった。
【0112】
また、表1に示すとおり、分娩した各種雌ブタの頭数は。S系統(F1世代~F3世代)は16頭、SB系統(F1世代~F4世代)は36頭、コントロールは15頭であった。これらの種雌ブタが分娩した子ブタの総産子数は、S系統(F1世代~F3世代)は117頭、SB系統(F1世代~F4世代)は350頭、コントロールは130頭であった。これらの結果から、1頭の雌ブタが1回に出産した産子数の平均(平均産子数)を算出するとともに、生後直後及び生後35日目に子ブタの体重を測定して平均生時体重及び平均離乳時体重を得た。これらの結果を表2に示す。
【0113】
【表2】
【0114】
表2に示すとおり、SB系統は、S系統と比べて、平均産子数が有意に高かった。また、SB系統は、平均生時体重はS系統と遜色なく、コントロールと比較すると有意に低かった。また、SB系統の平均離乳時体重は、S系統、コントロールと比べて有意に低かった。
【0115】
S系統F3世代及びSB系統F3世代のうち、2産以上を経験した経産ブタについて、それぞれ5頭、計10頭の左右の全乳頭の高さ及び直径をデジタルスケール(Mitutoyo社製;「デジマチックキャリパ」)を用いて測定し、系統ごとに平均を算出した。結果を、表3に示す。
【0116】
【表3】
【0117】
表3に示すとおり、SB系統の平均乳頭高及び平均乳頭径は、S系統のものに比べて、有意に小さいことがわかった。このことから、SB系統の乳頭は全体的に小さく、子ブタに対して哺乳し易いことがわかった。
【0118】
表1~表3の結果を合わせると、SB系統は、受胎率及び分娩率が高く、平均産子数が多く、体重が小さく、かつ子ブタの哺乳が容易であるという特徴を有することがわかった。
【0119】
(2)SB系統各世代の産子数及び体重の評価
SB系統の各世代の平均産子数及び平均270日齢体重を表4及び表5に示す。
【0120】
【表4】
【0121】
【表5】
【0122】
表4が示すとおり、SB系統F2世代以降の平均産子数は、SB系統F1世代及びS系統に比べて高い傾向を示した。S系統F1世代と比較してSB系統F4世代の産子数が有意に高かった。また、表5に示すとおり、SB系統F4世代の雄ブタ及び雌ブタの平均270日齢体重は、S系統F3世代のものと比べて同程度の体重であった。雄雌合算の各世代間において、S系統F1世代とSB系統F2世代及びSB系統F3世代において増大傾向を示した(P<0.06)がSB系統F4世代において再び減少した。なお、平均270日齢体重は、SB系統の各世代において、雄ブタの方が雌ブタと比較して小さかった。
【0123】
(3)SB系統各世代の生死評価
SB系統(F1世代~F4世代)子ブタの各世代の死産・生後直死率を図1に、離乳前のへい死率を図2に、S系統(F1世代~F3世代)とともに示す。
【0124】
図1に示すとおり、死産・生後直死率は、各世代間の変動が激しく、各群間において有意差は認められなかった。しかし、図2に示すとおり、離乳前のへい死率は、S系統よりもSB系統が明らかに低く、S系統F1世代(へい死率54.5%)と比較して、SB系統F2世代(へい死率20.0%)、SB系統F3世代(へい死率10.2%)及びSB系統F4世代(へい死率8.6%)が有意に低いことが解った(P<0.01)。
【0125】
以上の結果より、SB系統は、後代になるほど、へい死率が下がり、離乳後に良好に生育することがわかった。
【0126】
(4)SB系統各世代の遺伝子型評価
SB系統(F1世代~F4世代)子ブタについて、ワイルド型(LDLR+/+)、ヘテロ型(LDLR+/-)及びホモ型(LDLR-/-)といった遺伝子型を判定した結果を、S系統(F1世代~F3世代)の結果とともに図3に示す。
【0127】
図3に示すとおり、SB系統は、継代するごとにワイルド型が減り、ホモ型が増え、遂にはSB系統F4世代において、全てのブタにおいて遺伝子型をホモ化することに成功した。
【0128】
また、SB系統(F1世代~F4世代)の各世代の平均血縁係数及び平均近交係数を算出ソフト「CoeFR ver.3.7」(Satoh, M.,A program for computing inbreeding coefficients from large data sets.Jaurnal of Swine Science)を用いて、S系統(F1世代~F3世代)とともに算出した。結果を表6に示す。
【0129】
【表6】
【0130】
表6に示すとおり、平均近交係数は、S系統F3世代において新たなミニブタの導入により低下したが、遺伝子のホモ化に伴いSB系統F3世代により上昇した。SB系統F4世代に新たな英国系バークシャー種の導入により再度低下した。平均血縁係数は、S系統F2世代で急激に上昇し、SB系統において比較的安定した値を示した。
【0131】
(5)SB系統の精液品質評価
SB系統の凍結精液の融解後の品質及び受精能について測定した。凍結前及び凍結・融解後の精子の運動性についてCASAシステムを用いて評価した。結果を表7に示す。また、凍結・融解した、SB系統F3世代のホモ型(LDLR-/-)の精液懸濁液を子宮深部注入用カテーテル(富士平工業社製;「匠カテーテル」)を用いて英国系バークシャー種(LDLR+/+)の種雌ブタに人工授精した際の受胎率、分娩率及び産子数の結果を表8に示す。
【0132】
【表7】
【0133】
【表8】
【0134】
表7に示すとおり、凍結前の新鮮精液における運動精子率(「Motile Cells」)は79.5%であったのに対し、凍結・融解後の運動精子率は19.1%であった。また、表8に示すとおり、人工授精した雌ブタ5頭のうち、4頭が受胎し、そのうち3頭が計30頭の子ブタを産生した。また、図4に示すとおり、誕生した、子ブタすべての遺伝子型はLDLR+/-のヘテロ型であった。
【0135】
[4.高コレステロール/動脈硬化症モデルミニブタの評価]
(1)血中脂質評価
通常食又は高脂肪食による飼養試験は、次のスケジュールにより実施した。すなわち、生産したSB系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)ミニブタを生後約2ヵ月齢~8ヵ月齢まで通常飼料により育てた。次いで、ブタを日本大学医学部実験動物施設へ搬送後、静脈から採血検査を行った。次いで、1.5%コレステロール及び15%牛脂を含む高脂肪食を1日1kgの量で4ヶ月間給餌した。
【0136】
SB系統SB系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)ミニブタと特許文献1に記載のホモ型(LDLR-/-)ブタとSB系統の血中コレステロール及び中性脂肪の4分画を測定した結果を図5に示す。図5に示すとおり、SB系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)ミニブタは、通常食の給餌下での血算、生化学及び血中脂質プロファイルについて、特許文献1に記載のホモ型(LDLR-/-)ブタと同様であった。また、今回作出した高コレステロール/動脈硬化症モデルミニブタSB系統は、特許文献1に記載のホモ型(LDLR-/-)ブタと同様に、トータルコレステロールは620mg/dl、LDLコレステロールは430mg/dlと高かった。
【0137】
SB系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)ミニブタ7頭について、高脂肪食給与後の血中脂質濃度の平均値の推移を測定した結果を図6に示す。図6に示すとおり、高脂肪食を1ヶ月間食べさせると、血中VLDL濃度は2倍以上増加した。なお、SB系統F3世代ホモ型(LDLR-/-)ミニブタ9頭の高脂肪食給与前、高脂肪食給与1ヵ月~4ヵ月目及びステント留置後12ヶ月時の血算及び生化学検査結果の平均値を表9及び表10に示す。
【0138】
【表9】
【0139】
【表10】
【0140】
(2)動脈内粥種形成評価
SB系統F2世代~F4世代のホモ型(LDLR-/-)ミニブタに高脂肪食を4ヶ月間給与し、血管内イメージングによる冠動脈粥種形成の確認を行った。結果を図7に示す。図7中の冠動脈造影(図7中のB)では狭窄は認められなかったが、IVUS(図7中のC~E)では弱い狭窄及びプラーク形成が認められた。
【0141】
冠動脈及び大動脈をホルマリン固定及びHE染色して病理学的診断に供した。結果を図8に示す。図8が示すとおり、病理学的診断によりプラーク形成が認められた。
【0142】
(3)ステント留置後の動脈内粥種形成評価
SB系統F2世代~F4世代のホモ型(LDLR-/-)ミニブタ雄に高脂肪食を4ヶ月間給与し、冠動脈へ、第1世代BVS(1stBVS、アボット社、「Absorb GT1 生体吸収性スキャホールドシステム」)及び第2世代ステント(2ndDES、アボット社、「XIENCE Alpine」)の2種類のステント留置を行なった。
【0143】
留置から3ヶ月後及び12ヶ月後まで継続して高脂肪食を給与したブタの血管内イメージング及び病理学的評価を実施した。12ヵ月後の観察結果を図9に示す。3ヵ月後の1stBVS及び2ndDESの両区における冠動脈造影では、ステント留置部位に経度狭窄が認められた。また、IVUSで観察したところ、ステントの内側に新生内膜が観察された。
【0144】
さらに、冠動脈の病理切片において両区ともに新生内膜中に炎症細胞の浸潤、ステントのストラット周囲のフィブリン蓄積、断片化された石灰化、泡沫状マクロファージなどが観察された。図9が示すとおり、12ヵ月後の観察では、1stBVS及び2ndDESの両区において、冠動脈造影では軽度狭窄が認められ、病理学的評価においては、両区ともにステント内に新規動脈硬化が認められた。2ndDES区には壊死コア層と血栓が認められた。
【0145】
ステント留置から3ヶ月後に血管反応を調査した後、安楽死後に心臓、上行~下行大動脈及び頚動脈を病理組織学的に調査した。ステント内側に平滑筋細胞を主成分とした新生内膜が形成され、新生内膜の中に炎症性細胞浸潤、ステントのストラット周囲のフィブリン蓄積、断片化された石灰化、泡沫状マクロファージなどが観察され、ステント内血栓は認められなかった。
【0146】
(4)ステント留置後の冠動脈内粥種形成評価
SB系統F3世代のホモ型(LDLR-/-)ミニブタ及びLWD3元交雑豚(ランドレース種×大ヨークシャー種×デュロック種)のそれぞれ6頭ずつの計12頭に高脂肪食を4ヶ月間給与し、薬剤溶出性の第2世代薬剤溶出型ステント(2ndDES,Promus-PREMIER,Boston Scientific,Marlborough,MA)を冠動脈に留置し、留置1ヵ月後に血管内反応を病理組織学的に調査した。結果を図10に示す。
【0147】
図10に示すとおり、LWD3元交雑豚においては、ステントストラットの周囲に多くのマクロファージの浸潤が認められ、ヒトと類似した反応は認められなかった。しかし、SB系統F3世代のホモ型(LDLR-/-)ミニブタにおいては、ヒトのステント留置後に認められる早期組織反応と同様に、炎症が少なく、新生内膜中に未成熟な細胞外基質が認められた。
【0148】
SB系統F3世代のホモ型(LDLR-/-)ミニブタ雄に高脂肪食を4ヶ月間給与し、冠動脈プラーク確認後に第2世代薬剤溶出型ステント(2ndDES,Promus-PREMIER,Boston Scientific,Marlborough,MA)及び第3世代薬剤溶出型ステント(3rdDES,SYNEGRY,Boston Scientific,Marlborough,MA)を冠動脈に留置し、留置1ヵ月後にOCT(Optical Coherence Tomography)によりその血管内変化をヒトの標本と比較した。
【0149】
その結果、ミニブタにおいて、第2世代及び第3世代薬剤溶出型ステント留置後に均質の新生内膜が観察され、新生内膜の厚さ及び面積は、第3世代が有意に薄く、面積も第3世代では1.90±0.03mm、第2世代では2.05±0.07mmであり、有意に第3世代の面積が小さかった(P<0.05)。ステントのストラット周囲のフィブリン堆積量は、ミニブタ及びヒトともに、第3世代薬剤溶出型ステントが小さかった。
【0150】
3ヵ月齢のSB系統F3世代のホモ型(LDLR-/-)ミニブタ雄12頭に高脂肪食を4ヶ月間給与し、ステント留置前に、IVUSで動脈硬化による冠動脈の中程度の狭窄及び離心性繊維脂肪プラーク形成を確認した。2ndDES及び3rdDESそれぞれ6頭ずつ冠動脈内に留置し、留置後2週間及び4週間目に、OCT及び組織切片を作成し評価した。第2世代及び第3世代のDES留置4週間後の血管内反応結果を表11に示す。
【0151】
【表11】
【0152】
表11に示すとおり、4週間後の血管内反応は、3rdDESと比較して、2ndDESは炎症性反応が強く、新生内膜の厚さ及びフィブリン堆積面積は留置2週間後、4週間後ともに有意に3rdDESの方が2ndDESより低かった。3rdDESにおいて成熟した細胞外マトリクス及び高密度の平滑筋細胞を伴う新生内膜が観察された。
【0153】
また、SB系統F2世代~F4世代のホモ型(LDLR-/-)ミニブタに高脂肪食を4ヶ月間給与し、眼底動脈及び頚動脈の血管内変化を観察したところ、眼底動脈及び頚動脈に動脈硬化の所見か認められた。そこで、眼底カメラを用いて眼底動脈病変及び冠動脈病変の相関性を検討したところ、網膜のミクログロリアはアメーバー状の形状を示した。また、ミクログロリアのGFAPの活性が観察された。造影頚動脈エコーを用いて、総頚動脈内膜中膜複合体厚の増加を伴う動脈硬化病変進展による輝度変化と同部の組織学的な壁内栄養血管の増生の相関性について、定量評価を行った。また、外膜側頚動脈栄養血管(vv)の増殖が動脈硬化発展早期に発現した。
【産業上の利用可能性】
【0154】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、強健性の高いブタの安定的な生産が可能であり、多くの世代交代を経てもLDLR遺伝子の遺伝子型をホモ(LDLR-/-)に保持し、系統維持が容易である。また、ウイルスベクターを介さずに遺伝子改変が行われており、2重扉、逃亡防止策などのP3A施設での飼育管理が可能であるため、これまでに開発された遺伝子改変ブタと比較して、飼養におけるハードルが低く、通常の養豚農家、ベンチャー企業での飼育管理や増殖管理が可能である。
【0155】
本発明の一態様の非クローンミニブタは、ヒト用に開発された治療器具及び診断機器をそのまま利用できるなどの外挿性が高く、治療後の短期間から長期間の生体変化及び血管内変化をスクリーニングが可能であり、その汎用性は高い。高コレステロール血症及び動脈硬化症の研究分野、疾患モデル動物の分野、高コレステロール血症及び動脈硬化症の新たな診断方法、治療薬及び予防薬、治療方法及び治療後の副作用の解明、治療器具の素材の検討、さらに再治療方法の開発などの多岐に渡る分野に好適に利用することが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10