(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022069088
(43)【公開日】2022-05-11
(54)【発明の名称】クレーン用荷振れ角度推定装置およびこれを備えたクレーン
(51)【国際特許分類】
B66C 13/22 20060101AFI20220428BHJP
【FI】
B66C13/22 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020178058
(22)【出願日】2020-10-23
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(71)【出願人】
【識別番号】000246273
【氏名又は名称】コベルコ建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100178582
【弁理士】
【氏名又は名称】行武 孝
(72)【発明者】
【氏名】福光 昌由
(72)【発明者】
【氏名】堀江 直貴
【テーマコード(参考)】
3F204
【Fターム(参考)】
3F204CA03
3F204EB03
(57)【要約】
【課題】吊り荷の荷振れ角度を精度良く推定することが可能なクレーン用荷振れ角度推定装置を提供する。
【解決手段】荷振れ角度推定装置5は、吊り荷1の周囲に装着された音波発信器105と、複数の音波受信器M1、M2と、時間差算出部503と、荷振れ角度算出部504とを備える。音波発信器105の発信周波数、複数の音波受信器の音響信号から抽出する複数のサンプリングデータのサンプリング周波数、サンプリング周期数およびサンプリングデータ数をそれぞれf、fs、mおよびNとすると、f=m×fs/(2N)の関係が満たされている。時間差算出部503は、前記音響信号の内積およびノルムに基づいて複数の音波受信器の間における音響信号の位相差を算出し当該位相差および前記発信周波数fに基づいて音波の到達時間差を算出する。荷振れ角度算出部504は当該時間差に基づいて荷振れ角度を算出する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
支点部を含む機体と、
前記機体の前記支点部から垂下されたロープと、
前記ロープの下端部に装着され、吊り荷に接続される吊り部と、
を有するクレーンに用いられ、基準方向に対する前記吊り荷の振れ角度である荷振れ角度を推定するクレーン用荷振れ角度推定装置であって、
前記吊り部又は前記吊り荷に装着され、音波を発信することが可能な音波発信器と
、
並び方向に沿って互いに間隔をおいて配置されるように前記機体に装着され、前記音波発信器から発信された音波をそれぞれ受信するとともに、当該受信した音波に対応する音響信号をそれぞれ出力することが可能な、複数の音波受信器と、
前記複数の音波受信器のそれぞれから出力された前記音響信号に基づいて、前記複数の音波受信器が前記音波を受信したタイミングの差である時間差を算出する時間差算出部と、
前記時間差算出部によって算出された前記時間差と、前記支点部に対する前記複数の音波受信器の相対位置に関する情報である位置情報と、前記支点部と前記吊り荷との間の前記ロープの長さに対応する情報であるロープ長さ情報とに基づいて、前記荷振れ角度を算出する荷振れ角度算出部と、
を備え、
前記時間差算出部は、前記複数の音波受信器から出力された前記音響信号の内積およびノルムに基づいて、前記複数の音波受信器の間における前記音響信号の位相差を算出し、当該位相差および前記音波発信器の発信周波数に基づいて前記時間差を算出し、
前記音波発信器の前記発信周波数をf、前記時間差算出部が前記内積および前記ノルムを算出するために前記複数の音波受信器の前記音響信号から抽出する複数のサンプリングデータのサンプリング周波数、サンプリング周期数およびサンプリングデータ数をそれぞれfs(Hz)、mおよびNとすると、f=m×fs/(2N)の関係を満たすように、前記発信周波数が設定されている、クレーン用荷振れ角度推定装置。
【請求項2】
前記複数の音波受信器から出力された前記音響信号から前記発信周波数に対応する成分をそれぞれ抽出するフィルタ処理を実行するとともに、当該フィルタ処理を受けた後の前記音響信号である処理後音響信号を出力するフィルタ処理部を更に備え、
前記時間差算出部は、前記フィルタ処理部から出力された前記複数の音波受信器の前記処理後音響信号の内積およびノルムに基づいて前記位相差を算出する、請求項1に記載のクレーン用荷振れ角度推定装置。
【請求項3】
前記フィルタ処理部は、逆ノッチフィルタに基づいて前記フィルタ処理を実行する、請求項2に記載のクレーン用荷振れ角度推定装置。
【請求項4】
支点部を含む機体と、
前記機体の前記支点部から垂下されたロープと、
前記ロープの下端部に装着され、吊り荷に接続される吊り部と、
請求項1乃至3の何れか1項に記載のクレーン用荷振れ角度推定装置と、
を備え、
前記クレーン用荷振れ角度推定装置は、前記ロープに接続された前記吊り荷の前記支点部を支点とする荷振れ角度を推定する、クレーン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クレーン用荷振れ角度推定装置およびこれを備えたクレーンに関する。
【背景技術】
【0002】
建設現場、工場、港湾等において様々な種類のクレーンが物資の運搬などに利用されている。このようなクレーンが、吊り荷の巻き上げ、巻き下げ、旋回等の動作を行う際に、吊り荷に振れ(以下、荷振れという)が生じることがある。このような荷振れが生じると、クレーンの操作および作業が困難になることが多い。このため、荷振れを抑制するために吊り荷の位置を正確に把握するための技術が種々提案されている。
【0003】
非特許文献1に開示された技術では、基準方向(たとえば鉛直方向)に対する吊り荷の振れ角度である荷振れ角度を測定するために、クレーンが、フックや吊り具に配置された音源と、クレーン本体に互いに間隔をおいて配置された2つのマイクユニットとを有する。当該技術では、2つのマイクユニットが音源の音響信号をそれぞれ受信し、算出部が2つの音響信号の到達時間差を求めた上で、この到達時間差と荷振れ角度との関係を非線形方程式で表し、計算処理によって荷振れ角度を算出する。
【0004】
更に、非特許文献1に開示された技術では、算出部が、2つのマイクロホンで取得された音響信号に対して相関計算を行うことによって、2つの音響信号の到達時間差を求めている。具体的に、第1のマイクロホンで取得される音響信号をs1(t)、第2のマイクロホンで取得される音響信号をs2(t)、2つのマイクロホン間の音響信号の遅れサンプル数をdとして、算出部が相関関数Φ(d)=Σs1(tk)・s2(tk+d)を最大にするdを算出する。そして、2つのマイクロホンのサンプリング周期をTsとして、算出部は、2つの音響信号の到達時間差Δτを、Δτ=d×Tsにより算出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Journal of Robotics, Networking and Artificial Life, Vol.4, No. 4, March 2018, p.322-325
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に開示された方法のように、算出部が2つのマイクロホンで取得された音響信号に対して相関関数に基づく演算を行うことによって2つの音響信号の到達時間差を求める場合、たとえば到達時間差の真値10-4秒に対して10-6秒程度の算出誤差が生じ、荷振れ角度にも吊り荷の振れ幅に換算して数十cm程度の誤差が生じるという問題があった。
【0007】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、吊り荷の荷振れ角度を精度良く推定することが可能なクレーン用荷振れ角度推定装置およびこれを備えたクレーンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一の局面に係るクレーン用荷振れ角度推定装置は、支点部を含む機体と、前記機体の前記支点部から垂下されたロープと、前記ロープの下端部に装着され、吊り荷に接続される吊り部と、を有するクレーンに用いられ、基準方向に対する前記吊り荷の振れ角度である荷振れ角度を推定するクレーン用荷振れ角度推定装置であって、前記吊り部又は前記吊り荷に装着され、音波を発信することが可能な音波発信器と、並び方向に沿って互いに間隔をおいて配置されるように前記機体に装着され、前記音波発信器から発信された音波を受信するとともに、当該受信した音波に対応する音響信号を出力することが可能な、複数の音波受信器と、前記複数の音波受信器のそれぞれから出力された前記音響信号に基づいて、前記複数の音波受信器が前記音波を受信したタイミングの差である時間差を算出する時間差算出部と、前記時間差算出部によって算出された前記時間差と、前記支点部に対する前記複数の音波受信器の相対位置に関する情報である位置情報と、前記支点部と前記吊り荷との間の前記ロープの長さに対応する情報であるロープ長さ情報とに基づいて、前記荷振れ角度を算出する荷振れ角度算出部と、を備え、前記時間差算出部は、前記複数の音波受信器から出力された前記音響信号の内積およびノルムに基づいて、前記複数の音波受信器の間における前記音響信号の位相差を算出し、当該位相差および前記音波発信器の発信周波数に基づいて前記時間差を算出し、前記音波発信器の前記発信周波数をf、前記時間差算出部が前記内積および前記ノルムを算出するために前記複数の音波受信器の前記音響信号から抽出する複数のサンプリングデータのサンプリング周波数、サンプリング周期数およびサンプリングデータ数をそれぞれfs(Hz)、mおよびNとすると、f=m×fs/(2N)の関係を満たすように、前記発信周波数が設定されている。
【0009】
本構成によれば、時間差算出部が音響信号の内積およびノルムに基づいて複数の音波受信器間の位相差を精度良く算出することが可能となるように、音波発信器がm×fs/(2N)の関係を満たす特定の音波を発信する。この結果、従来の相関関数に基づく算出手法と比較して、振れ角度算出部が前記位相差に基づいて吊り荷の振れ角度を高い精度で算出することが可能となる。
【0010】
上記の構成において、前記複数の音波受信器から出力された前記音響信号から前記発信周波数に対応する成分をそれぞれ抽出するフィルタ処理を実行するとともに、当該フィルタ処理を受けた後の前記音響信号である処理後音響信号を出力するフィルタ処理部を更に備え、前記時間差算出部は、前記フィルタ処理部から出力された前記複数の音波受信器の前記処理後音響信号の内積およびノルムに基づいて前記位相差を算出することが望ましい。この場合、前記フィルタ処理部は、逆ノッチフィルタに基づいて前記フィルタ処理を実行してもよい。
【0011】
本構成によれば、フィルタ処理部が複数の音波受信器の音響信号から発信周波数に対応する成分を抽出することができるため、振れ角度算出部が音波の発信過程および受信過程で含まれるノイズの影響を低減しながら吊り荷の振れ角度を高い精度で算出することが可能となる。
【0012】
本発明の他の局面に係るクレーンは、支点部を含む機体と、前記機体の前記支点部から垂下されたロープと、前記ロープの下端部に装着され、吊り荷に接続される吊り部と、上記の何れか1項に記載のクレーン用荷振れ角度推定装置と、を備え、前記クレーン用荷振れ角度推定装置は、前記ロープに接続された前記吊り荷の前記支点部を支点とする荷振れ角度を推定する。
【0013】
本構成によれば、従来の相関関数に基づく算出手法と比較して、クレーンにおける吊り荷の荷振れ角度を高い精度で算出することが可能となる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、吊り荷の荷振れ角度を精度良く推定することが可能なクレーン用荷振れ角度推定装置およびこれを備えたクレーンが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の第1実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置を備えるクレーンの側面図である。
【
図2】
図1に示すジブクレーンの吊り部に音波発信器が装着された様子の一例を示す図である。
【
図3】本発明の第1実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置のブロック図である。
【
図4】本発明の第1実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置のフィルタ処理部が実行するフィルタ処理の特性を示すグラフである。
【
図5】本発明の第1実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置において時間差算出部が抽出するサンプリングデータを説明するためのグラフである。
【
図6】本発明の第2実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置を備えるクレーンの側面図である。
【
図7】本発明の第3実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置を備えるクレーンの側面図である。
【
図8】本発明に係るクレーン用荷振れ角度推定装置の演算処理を説明するための観測信号1および観測信号2の相対的な位相関係を示すグラフである。
【
図9】本発明に係るクレーン用荷振れ角度推定装置と比較される他のクレーン用荷振れ角度推定装置を備えるクレーンの側面図である。
【
図10】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図11】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図12】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図13】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図14】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図15】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図16】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図17】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図18】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図19】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図20】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図21】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図22】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図23】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図24】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図25】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図26】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【
図27】本発明の一実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置および他のクレーン用荷振れ角度推定装置の推定精度を比較するグラフの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<第1実施形態>
以下、本発明の第1実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置5およびこれを有するクレーン100について、図面を参照しながら説明する。
【0017】
図1は、本実施形態に係る荷振れ角度推定装置5(クレーン用荷振れ角度推定装置)を有するクレーン100において荷振れ角度を推定している様子の一例を示す図である。
図1に示すクレーン100は、機体100Sと、吊り荷1を支持する吊り部101(吊り荷1と一体的に図示、
図2参照)と、当該支持部を吊り下げるワイヤー2(ロープ)と、荷振れ角度推定装置5(
図3)と、を備える。機体100Sは、ワイヤー2が取り付けられた一端部Q(先端部)と当該一端部Qとは反対の他端部O(基端部)とを有するジブ3(起伏体、ブームともいう)と、ジブ3の他端部Oを支持するクレーン本体10とを有している。吊り荷1は、位置Pに重心を有する。ワイヤー2は、例えばシーブ(図示省略)を介して巻上げ/巻下げ可能にジブ3の一端部Qに取り付けられている。すなわち、ジブ3の一端部Qは、本発明の支点部を構成する。ワイヤー2は、一端部Qから垂下されている。また、ジブ3は水平な回転中心軸回りに回動可能なようにクレーン本体10に支持されている。
【0018】
図1に示す状態では、ジブ3は起伏角ψ(ジブ3の延びる方向が地面となす角度、対地角ともいう)でクレーン本体10に対して起立している。吊り荷1は、ジブ3の延びる方向に沿って(ジブ3を含む面内において)荷振れを生じており、その荷振れ角度がθと定義される。荷振れ角度θは、ジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを結ぶ直線が鉛直方向(重力方向)となす角度であり、本実施形態に係る荷振れ角度推定装置5が推定する対象(推定対象)である。
【0019】
図2は、
図1に示すクレーン100の吊り部101に音波発信器105が装着された様子の一例を示す図である。
図3は、本実施形態に係る荷振れ角度推定装置のブロック図である。
図2に示すように、吊り部101は、ワイヤー2の下端部に装着され、吊り荷1に接続される。このように吊り荷1を支持する吊り部101は、ワイヤー2の先端(下端)に取り付けられた吊り具102と、吊り具102に対して相対的に移動可能なように吊り具102に接合されたフック103と、フック103により支持され且つ吊り荷1に掛け渡されるロープ104と、を有する。
【0020】
荷振れ角度推定装置5は、クレーン100に用いられ、基準方向(鉛直方向)に対する吊り荷1の振れ角度である荷振れ角度を推定する。
図3に示すように、荷振れ角度推定装置5は、音波発信器105と、複数の音波受信器(本実施形態では2つの第1音波受信器M1および第2音波受信器M2)と、制御部50とを備える。
【0021】
本実施形態では、音波発信器105が吊り具102に装着される。但し、音波発信器105は、フック103又は吊り荷1に装着されてもよい。音波発信器105は、所定の発信周波数fの音波を発信することが可能とされている。音波発信器105を用いることにより、音波発信に指向性を持たせることが可能となる。このため、吊り荷1や吊り部101で自然発生する音を用いる場合と比べて、周囲の騒音の影響を受けにくい状態で荷振れ角度θを推定することができる。音波発信器105は、可聴帯域又は超音波等の非可聴帯域の音波を発信してもよいが、音波発信器105が可聴帯域の音波を発信すると、周辺の人間に吊り荷1又は吊り部101の接近を知らせて安全性を確保することができる。また、音波発信器105のオン/オフをリモートで制御できると、荷振れ角度θの推定が必要なときにのみ、音波を発信することができるため不必要な騒音を防止することができる。
【0022】
なお、本実施形態に係る荷振れ角度推定装置5における荷振れ角度θの算出において、音波発信器105はジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを結ぶ線上に配置されることが望ましいが、音波発信器105の配置位置は特に上記の態様だけに限定されるものではない。
【0023】
第1音波受信器M1および第2音波受信器M2は、本実施形態ではジブ3に互いに離間して配置される。すなわち、第1音波受信器M1および第2音波受信器M2は、ジブ3の長手方向と平行な並び方向に沿って互いに間隔をおいて配置されるように機体100S(ジブ3)に装着されている。具体的に、
図1に示すように、ジブ3の一端部Qに第1音波受信器M1が配置され、ジブ3のうち第1音波受信器M1から距離X1だけ離れた箇所に第2音波受信器M2が配置されている。ここで、吊り荷1の重心位置Pから第1音波受信器M1および第2音波受信器M2のそれぞれまでの距離が、L、L+ΔDと定義される。第1音波受信器M1および第2音波受信器M2は、音波発信器105から発信された音波を受信するとともに、当該受信した音波に対応する音響信号を出力することが可能とされている。
【0024】
なお、第1音波受信器M1および第2音波受信器M2としては、一般的なマイクロホンが使用可能であるが、集音器等の指向性を持つ音波受信器を使用すると、騒音等の周囲環境の影響を受けにくくなる。なお、後記のように、第1音波受信器M1および第2音波受信器M2は、ジブ3の幅方向(左右方向)において互いに間隔をおいて配置されるようにジブ3に装着されてもよい。この場合、吊り荷1の左右方向における荷振れ角度が推定される。
【0025】
制御部50は、CPU(Central Processing Unit)、制御プログラムを記憶するROM(Read Only Memory)、CPUの作業領域として使用されるRAM(Random Access Memory)等から構成されている。制御部50には、第1音波受信器M1、第2音波受信器M2および音波発信器105などが電気的に接続されている。当該接続関係は、有線接続または無線接続のいずれでもよい。
【0026】
制御部50は、前記CPUがROMに記憶された制御プログラムを実行することにより、信号入力部501、フィルタ処理部502、時間差算出部503、荷振れ角度算出部504および記憶部505を備えるように機能する。なお、上記のプログラムやデータは、コンピュータが読み取り可能なROM、光ディスク、ハードディスクドライブなどの非一時的記録媒体に記録される。プログラムやデータは、記録媒体に予め格納されていてもよいし、インターネット等を含む広域通信網を介して記録媒体に供給されてもよい。
【0027】
信号入力部501は、音波発信器105に発信指令信号を入力することで、音波発信器105に所定の音波を発信させる。この際、後記の音波パラメータ(f、fs、N、m)が固定されている場合は、音波発信器105は前記発信指令信号を受けて予め決められた音波を発信する。また、クレーン100の周辺環境に応じて上記の音波パラメータが可変とされている場合は、信号入力部501は、当該音波パラメータに関する情報を含む発信指令信号を音波発信器105に入力してもよい。
【0028】
フィルタ処理部502は、第1音波受信器M1および第2音波受信器M2が音波を受信し出力した音響信号に対して、所定の発信周波数fに対応する成分をそれぞれ抽出するフィルタ処理を実行するとともに、当該フィルタ処理を受けた後の前記音響信号である処理後音響信号を出力する。
図4は、本実施形態に係る荷振れ角度推定装置5のフィルタ処理部502が実行するフィルタ処理の特性を示すグラフである。
図4に示されるフィルタ特性は、公知の逆ノッチフィルタである。なお、前記フィルタ特性は、ピークフィルタ、ローパスフィルタおよびハイパスフィルタを組み合わせた他のフィルタやバンドパスフィルタでもよいし、共振器でもよい。すなわち、フィルタ処理部502は、前記音波信号から音波発信器105の発信周波数f(特定周波数)に対応する周波数成分を選択的に抽出するフィルタ処理を実行する。抽出される成分には、使用されるフィルタ特性に応じて発信周波数fの周辺の周波数の成分を含んでもよい。
【0029】
時間差算出部503は、第1音波受信器M1および第2音波受信器M2のそれぞれから出力された音響信号に基づいて、第1音波受信器M1および第2音波受信器M2が前記音波を受信したタイミングの差である時間差Δτを算出する。特に、本実施形態では、時間差算出部503は、フィルタ処理部502から出力された前記処理後音響信号の内積およびノルムに基づいて前記音響信号間の位相差ΔΦを算出するとともに、当該位相差ΔΦおよび音波発信器105の発信周波数fに基づいて時間差Δτを算出する。
【0030】
荷振れ角度算出部504は、時間差算出部503によって算出された上記の時間差Δτに基づいて、吊り荷1の荷振れ角度θを算出する。具体的に、荷振れ角度算出部504は、時間差算出部503によって算出された時間差Δτと、ジブ3の一端部Qに対する第1音波受信器M1および第2音波受信器M2の相対位置に関する情報である位置情報と、ジブ3の一端部Qと吊り荷1との間のワイヤー2の長さL(ロープ長さ情報)とに基づいて、荷振れ角度θを算出する。
【0031】
記憶部505は、フィルタ処理部502、時間差算出部503および荷振れ角度算出部504が実行する処理や演算において参照される各種の情報、定数、変数および数式などを格納している。
【0032】
以下、説明および理解を容易とするために、本実施形態の荷振れ角度推定装置5で用いられる音波発信器105が吊り荷1の重心位置Pにあるものとして、本実施形態の荷振れ角度推定装置5による荷振れ角度推定方法について説明する。尚、ジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを結ぶ直線上に音波発信器105があれば、以下の方法によって得られる荷振れ角度θは同じになる。また、たとえジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを結ぶ直線から僅かに外れた位置に音波発信器105が配置されていたとしても、所定の誤差範囲内で荷振れ角度θを算出することが可能である。
【0033】
まず、音波発信器105から発生した音を第1音波受信器M1および第2音波受信器M2がそれぞれ受信する。ここで、
図1に示すように、時刻T=tに音波発信器105から所定の音波が発信され、当該音波を第1音波受信器M1が時刻T=t+τ1に、第2音波受信器M2が時刻T=t+τ2にそれぞれ受信したものとする。すなわち、第1音波受信器M1、第2音波受信器M2が音波を受信する遅れ時間はそれぞれτ1、τ2であり、時間差算出部503は、第1音波受信器M1が音を受信したタイミング(T=t+τ1)と、第2音波受信器M2が音を受信したタイミング(T=t+τ2)との差である時間差Δτ(=τ2-τ1)を算出する。
【0034】
時間差Δτの算出について、非特許文献1に開示された方法では、2つの音波受信器における受信音響信号の相関関数を用いて行われた。当該相関関数に基づく時間差Δτの演算方法については後記で詳述する。一方、本実施形態に係る荷振れ角度推定装置5では、2つの受信音響信号の内積およびノルムを用いて時間差Δτを算出することができる。以下に、その算出方法について説明する。
【0035】
図3を参照して、音波発信器105から発信された音波が第1音波受信器M1および第2音波受信器M2によってそれぞれ受信された後、各音響信号がフィルタ処理部502によるフィルタ処理を受けることで生成される2つの処理後音響信号は、以下の式1(第1音波受信器M1に対応)、式2(第2音波受信器M2に対応)によって表すことができる。
【数1】
【数2】
【0036】
ここで、2つの処理後音響信号の位相差をΔΦとすると、当該位相差は以下の式3のように表すことが出来る。
【数3】
【0037】
また、上記の式1、式3を用いると、式2は以下の式4のように変形することができる。
【数4】
【0038】
ここで、時間差算出部503は信号S
0(t)、S
1(t)のそれぞれにおいて、離散時間t
1、t
2・・・t
Nに対して音響データのサンプリングを行う。
図5は、本実施形態に係る荷振れ角度推定装置5において時間差算出部503が抽出するサンプリングデータを説明するためのグラフである。今、当該サンプリングをどのような周期でいくつ抽出するかを決定するパラメータとして、サンプリング周波数fs、サンプリング周期数m、サンプリングデータ数Nをそれぞれ定義する。サンプリング周波数fsは、複数のサンプリングデータを抽出するための周波数である。換言すれば、連続する複数のサンプリングデータ間の周期(時間差)は、1/fsで表すことができる。また、サンプリング周期数mは、何周期分に亘ってサンプリングデータを取得するかを意味する。
図5では、sin波の音響信号から2周期分(m=2)のサンプリングデータが取得される。この結果、N個のサンプリングデータを取得するために要する時間は、N/fsで表すことができる。
【0039】
式1に基づいて、信号S
0(t)からサンプリングしたデータをベクトルで表記すると、以下の式5を得ることが出来る。なお、A
0は信号S
0(t)の最大振幅である。
【数5】
同様に、式2に基づいて、信号S
1(t)をサンプリングしたデータをベクトルで表記すると、以下の式6を得ることが出来る。なお、A
1は信号S
1(t)の最大振幅である。
【数6】
【0040】
ここで、式6をベクトル展開すると、式7のように表すことが出来る。
【数7】
【0041】
変換した式7と前述の式5とから、2つの信号S
0、S
1の内積を以下の式8のように表すことができる。
【数8】
【0042】
ここで、式8の最終行のΣの項について検討する。離散時間t
1、t
2・・・t
Nに対して、サンプリングデータの取得期間がsin(4πft
k)の周期の整数倍となるように、発信周波数f、サンプリングデータ数Nおよびサンプリング周波数fsを決定すると、式9のように、式8の第2項はゼロとみなすことができる。
【数9】
【0043】
すなわち、信号sin(4πft
k)のm周期分が、N個のサンプリングデータ分の観測時間(サンプリング取得時間)となるように、以下の式10が満たされればよい。
【数10】
【0044】
式10を変形すると、以下の式11のように、音波発信器105の発信周波数fを表すことができる。
【数11】
したがって、式11を満たすように発信周波数fを設定すると、正弦波の周期性から、常に式9の近似が成立することになる。
【0045】
上記の近似式9を得ることで、式8は、以下の式12のように表すことができる。
【数12】
【0046】
ここで、式12の一部は、以下の式13のように変形することができる。
【数13】
【0047】
一方、離散時間t
1、t
2・・・・t
Nに対して、sin(2πft
k)の半周期に相当するように発信周波数fを設定していることから、Nが充分に大きい場合、任意のΦ
0およびΦ
1に対して以下の式14の近似が成立する。
【数14】
したがって、式14に基づいて、式15の近似式が成立する。
【数15】
【0048】
したがって、式12、式13および式15から、以下の式16が導かれる。
【数16】
【0049】
式16は、信号s0および信号s1の内積をそれぞれのノルムで除したものに相当する。当該内積およびノルムは、式5、式6で表現されるサンプリングデータからそれぞれ算出することが可能である。
【0050】
式16から、cos(ΔΦ)が算出されると、逆三角関数cos
-1(Δφ)から位相差ΔΦを算出することができる。この結果、位相差ΔΦおよび発信周波数fを用いて、以下の式17から第1音波受信器M1、第2音波受信器M2間の到達時間差Δτを算出することができる。
【数17】
【0051】
次に、本実施形態に係る荷振れ角度算出部504が、上記のように導出された時間差Δτに基づいて、音波発信器105から第1音波受信器M1、第2音波受信器M2のそれぞれまでの距離の差分ΔDを算出する。具体的に、音波発信器105が吊り荷1の重心位置Pにあるとした場合、吊り荷1の重心位置Pから第1音波受信器M1までの距離Lと、吊り荷1の重心位置Pから第2音波受信器M2までの距離L+ΔDとの差分(距離差)ΔDを算出する。距離差ΔDの算出は、例えば、時間差Δτに音速を乗じることにより行うことができる。
【0052】
次に、荷振れ角度算出部504は、算出された距離差ΔD、及び、第1音波受信器M1、第2音波受信器M2のそれぞれの位置情報(第1音波受信器M1と第2音波受信器M2との距離X1等)に基づいて、ジブ3の回転中心軸と平行な方向から見た荷振れ角度θを算出する。
【0053】
以下、距離X1、距離差ΔD、ジブ3の起伏角ψ、及び、吊り荷1の重心位置Pから第1音波受信器M1までの距離Lが既知であるとして、荷振れ角度θを算出する方法について説明する(
図1参照)。
【0054】
△M1・M2・Pに余弦定理を適用すると、下記の式18が得られる。
【数18】
【0055】
従って、荷振れ角度θに関し下記の式19が得られるので、当該式19に逆三角関数を適用して荷振れ角度θ(但し-π/2<θ<π/2)を算出することができる。
【数19】
【0056】
荷振れ角度θが得られれば、当該荷振れ角度θに基づいてジブ3の起伏角ψを制御することにより、ジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを鉛直線上に位置合わせすることができるので、吊り荷1の荷振れの発生を防止することができる。例えば、吊り荷を地面から吊り上げる地切りの前に、荷振れ角度θに基づいてジブ3の起伏角ψを制御することにより、ジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを鉛直線上に位置合わせしておけば、地切りの際に荷振れが発生することを抑止することができる。
【0057】
以上に説明したように、本実施形態の荷振れ角度推定装置5によると、複数の第1音波受信器M1、第2音波受信器M2により受信された音響信号に対して内積およびノルムに基づく演算を行うことにより、第1音波受信器M1および第2音波受信器M2における音響信号の位相差ΔΦを算出し、当該位相差ΔΦと音波発信器105の発信周波数fとを用いて、各音波受信器M1、M2が音響信号を受信するタイミングの差である時間差Δτを算出する。特に、音波発信器105の発信周波数、時間差算出部503が内積およびノルムを算出するために第1音波受信器M1および第2音波受信器M2の音響信号から抽出する複数のサンプリングデータのサンプリング周波数、サンプリング周期数およびサンプリングデータ数をそれぞれf、fs、mおよびNとすると、f=m×fs/(2N)の関係が満たされるように、前記発信周波数fが設定されている。
【0058】
このような構成によれば、音波発信器105が発信周波数f(=m×fs/(2N))の音波を発信することによって、時間差算出部503が複数の音波受信器間の位相差ΔΦを音響信号の内積およびノルムによって精度良く算出することができる。このため、従来のように相関関数を用いた演算方法と比較して、高い精度で時間差Δτを算出することができる。従って、算出された時間差Δτを用いて、荷振れ角度θを高精度で算出することが可能となる。
【0059】
特に、本実施形態では、発信周波数fが式11の関係を満たす場合に、式9のような近似が成立することに着目し、位相差ΔΦが2つの音響信号の内積およびノルムによって算出されることを新たに知見したものである。このような構成によれば、位相差ΔΦ、時間差Δτおよび荷振れ角度θを算出するための制御部50の算出負荷および算出時間を低減することも可能となる。
【0060】
また、本実施形態の荷振れ角度推定装置5によると、吊り部101又は吊り荷1に装着された音波発信器105を用いて荷振れ角度推定を行うため、地形的制約や法規制等の制約を受けにくい。また、音波受信器M1、M2として指向性マイク等を用いれば、騒音等の周囲環境の影響も受けにくくなる。さらに、音波受信器M1、M2として例えば指向性マイクを用いたとしても、従来の視覚センサを用いた場合と比較して、低コストで荷振れ角度θを算出することができる。
【0061】
また、本実施形態では、フィルタ処理部502は、複数の音波受信器から出力された音響信号から発信周波数fに対応する成分をそれぞれ抽出するフィルタ処理を実行するとともに、当該フィルタ処理を受けた後の前記音響信号である処理後音響信号を出力する。また、時間差算出部503は、フィルタ処理部502から出力された前記複数の音波受信器の前記処理後音響信号の内積およびノルムに基づいて位相差Δφを算出する。
【0062】
このような構成によれば、複数の音波受信器の音響信号において発信周波数fに対応する成分を抽出することで、音波の発信、受信過程で含まれるノイズの影響を低減しながら、吊り荷の振れ角度θを高い精度で算出することが可能となる。
【0063】
特に、フィルタ処理部502は、逆ノッチフィルタに基づいて前記フィルタ処理を実行するため、簡易なフィルタ特性に基づいて、荷振れ角度θを高精度で算出することが可能となる。
【0064】
なお、本実施形態において、荷振れ角度推定装置5の制御部50は、例えば、クレーン100(クレーン本体10)の運転室内に制御装置(専用装置又は既存装置の一部)として搭載されてもよい。また、クレーン本体10から離れた位置に備えられる遠隔操作装置が制御部50を有するものでもよい。この場合、制御部50を含む遠隔操作装置からクレーン100の制御装置に荷振れ角度θに応じた駆動指令信号が入力され、ジブ3の起伏角ψが制御することができる。
【0065】
<第2実施形態>
以下、本発明の第2実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置について、図面を参照しながら説明する。
【0066】
図6は、本実施形態のクレーン用荷振れ角度推定装置によってジブクレーンの荷振れ角度を推定している様子の一例を示す図である。尚、
図6において、
図1に示す実施形態1と同じ構成要素には同じ符号を付す。
【0067】
本実施形態の荷振れ角度推定装置5が、
図1に示す第1実施形態の荷振れ角度推定装置5と異なっている点は、複数の音波受信器として、3つの音波受信器M1、M2、M3を備えていることである。
【0068】
音波受信器M1、M2、M3は、本実施形態ではジブ3に互いに離間して配置される。具体的には、
図6に示すように、ジブ3の一端部Qに音波受信器M1、音波受信器M1から距離X1離れた箇所に音波受信器M2、音波受信器M2から距離X2離れた箇所に音波受信器M3がそれぞれ配置される。ここで、吊り荷1の重心位置Pから音波受信器M1、M2、M3のそれぞれまでの距離は、L、L+ΔD1、L+D2である。音波受信器M1、M2、M3としては、一般的なマイクロホンが使用可能であるが、集音器等の指向性を持つ音波受信器を使用すると、騒音等の周囲環境の影響を受けにくくなる。
【0069】
以下、簡単のため、本実施形態の荷振れ角度推定装置5で用いられる音波発信器105が吊り荷1の重心位置Pにあるものとして、本実施形態の荷振れ角度推定装置5による荷振れ角度推定方法について説明する。尚、ジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを結ぶ線上に音波発信器105があれば、以下の方法によって得られる荷振れ角度θは同じになる。音波発信器105の配置は必ずしも上記に限定されるものではない。
【0070】
まず、音波発信器105から発生した音を音波受信器M1、M2、M3で受信する。ここで、
図6に示すように、時刻T=tに音波発信器105から所定の音波が発信され、当該音波を音波受信器M1、M2、M3がそれぞれ時刻T=t+τ
1、T=t+τ
2、T=t+τ
3に受信したものとする。すなわち、音波受信器M1、M2、M3が音波を受信する遅れ時間はそれぞれτ
1、τ
2、τ
3であり、時間差算出部503は、音波受信器M1が音波を受信したタイミング(T=t+τ
1)と音波受信器M2が音波を受信したタイミング(T=t+τ
2)との差である第1時間差Δτ
1(=τ
2-τ
1)、及び、音波受信器M1が音波を受信したタイミング(T=t+τ1)と音波受信器M3が音波を受信したタイミング(T=t+τ
3)との差である第2時間差Δτ
2(=τ
3-τ
1)を算出する。尚、時間差算出部503は、第2時間差Δτ
2として、音波受信器M2が音波を受信したタイミング(T=t+τ
2)と音波受信器M3が音波を受信したタイミング(T=t+τ
3)との差「τ
3-τ
2」を算出してもよい。
【0071】
次に、時間差算出部503は、第1実施形態と同様に、音波受信器M1、M2、M3の受信音響信号に対して内積およびノルムに基づく演算を行う。これにより、音波受信器M1、M2の間における受信音響信号の位相差を算出し、当該位相差と音波発信器105の発信周波数とを用いて、時間差Δτ1を算出すると共に、音波受信器M1、M3の間における受信音響信号の位相差を算出し、当該位相差と音波発信器105の発信周波数とを用いて、時間差Δτ2を算出する。
【0072】
次に、本実施形態の荷振れ角度算出部504が、時間差Δτ1に基づいて、音波発信器105から音波受信器M1、M2のそれぞれまでの距離の差分ΔD1を算出すると共に、時間差Δτ2に基づいて、音波発信器105から音波受信器M1、M3のそれぞれまでの距離の差分ΔD2を算出する。具体的には、音波発信器105が吊り荷1の重心位置Pにあるとした場合、荷振れ角度算出部504は、吊り荷1の重心位置Pから音波受信器M1までの距離Lと、吊り荷1の重心位置Pから音波受信器M2までの距離L+ΔD1との差分(第1距離差)ΔD1を算出すると共に、吊り荷1の重心位置Pから音波受信器M1までの距離Lと、吊り荷1の重心位置Pから音波受信器M3までの距離L+ΔD2との差分(第2距離差)ΔD2を算出する。ここで、距離差ΔD1、ΔD2の算出は、例えば、時間差Δτ1、Δτ2にそれぞれ音速を乗じることにより行ってもよい。尚、荷振れ角度算出部504は、第2距離差として、吊り荷1の重心位置Pから音波受信器M2までの距離L+ΔD1と、吊り荷1の重心位置Pから音波受信器M3までの距離L+ΔD2との差分「ΔD2-ΔD1」を算出してもよい。
【0073】
次に、荷振れ角度算出部504は、算出された距離差ΔD1、ΔD2、及び、音波受信器M1、M2、M3のそれぞれの位置情報(音波受信器M1と音波受信器M2との距離X1、音波受信器M2と音波受信器M3との距離X2等)に基づいて、ジブ3の延びる方向に沿った荷振れ角度θを算出する。
【0074】
以下、距離X1、X2、距離差ΔD1、ΔD2、及び、ジブ3の起伏角ψが既知であるとして、荷振れ角度θを算出する方法について説明する(
図6参照)。尚、本実施形態では、ワイヤー2にはたるみが生じており、その結果、吊り荷1の重心位置Pから音波受信器M1までの距離Lは未知であるとする。
【0075】
△M2・M1・P、△M3・M1・Pの各三角形に余弦定理を適用すると、下記の式20および式21が得られる。
【数20】
【数21】
これらより、距離Lに関し下記の式22および式23が得られる。
【数22】
【数23】
従って、上記の式22および式23から距離Lを消去すれば、荷振れ角度θに関し下記の式24が得られるため、当該式24に逆三角関数を適用して荷振れ角度θ(但し-π/2<θ<π/2)を算出することができる。
【数24】
【0076】
上記のように荷振れ角度θが得られれば、当該荷振れ角度θに基づいてジブ3の起伏角ψを制御することにより、ジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを鉛直線上に位置合わせすることができるので、吊り荷1の荷振れの発生を防止することができる。例えば、地切りの前に、荷振れ角度θに基づいてジブ3の起伏角ψを制御することにより、ジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを鉛直線上に位置合わせしておけば、地切りの際に荷振れが発生することを防止することができる。
【0077】
以上に説明したように、本実施形態の荷振れ角度推定装置5によると、前述の第1実施形態1と同様の効果を得ることができる。また、3つの音波受信器M1、M2、M3を用いるため、音波発信器105から各音波受信器M1、M2、M3までの距離に関して差分が2つ得られるので、「ワイヤー2(ロープ)の支持点Q(本実施形態では音波受信器M1)から音波発信器105(本実施形態では吊り荷1の重心位置P)までの距離」が既知でなくても、例えばニュートン法を用いるような複雑な計算を行うことなく、荷振れ角度θを算出することができる。
【0078】
尚、本実施形態の荷振れ角度推定装置5において、音波受信器は4つ以上配置されていてもよい。このようにすると、故障に対する冗長性が得られるのみならず、4つ以上の音波受信器の中から選択される2つ又は3つの音波受信器の組み合わせが複数存在するので、組み合わせ毎に荷振れ角度を算出し、その平均や多数決を取ること等によって、得られる荷振れ角度の精度を向上させることができる。
【0079】
<第2実施形態の変形例>
前述の第2実施形態においては、荷振れ角度算出部504は、時間差算出部503により算出された時間差Δτ
1(=τ
2-τ
1)、Δτ
2(=τ
3-τ
1)にそれぞれ音速を乗じることにより、距離差ΔD1、ΔD2を算出した(
図6参照)。
【0080】
これに対して、本変形例では、以下に説明する方法によって距離差ΔD1、ΔD2を算出することができる。第2実施形態と同様に、時間差算出部503が時間差Δτ1、Δτ2を算出した後、本変形例の荷振れ角度算出部504は、音波発信器105(本変形例では吊り荷1の重心位置P)から音波受信器M1(本変形例ではワイヤー2の取り付け位置であるジブ3の一端部Q)までの距離(L)と音波発信器105から音波受信器M2までの距離(L+ΔD1)との差である第1距離差ΔD1を、荷振れ角度θをパラメータとする第1関数F1(θ)で表すと共に、音波発信器105から音波受信器M1までの距離(L)と音波発信器105から音波受信器M3までの距離(L+ΔD2)との差である第2距離差ΔD2を、荷振れ角度θをパラメータとする第2関数F2(θ)で表す。尚、荷振れ角度算出部504は、音波発信器105から音波受信器M2までの距離(L+ΔD1)と音波発信器105から音波受信器M3までの距離(L+ΔD2)との差「ΔD2-ΔD1」を第2距離差として、荷振れ角度θをパラメータとする第2関数F2(θ)で表してもよい。
【0081】
ここで、距離X1、X2は固定で予め既知であり、ジブ3の起伏角ψ、距離L(ワイヤー2の繰り出し長さ)もクレーンの操作情報として特定可能であるとして、
図6に示す△M2・M1・P、△M3・M1・Pに余弦定理を用いると、F1(θ)、F2(θ)はそれぞれ、式25、式26のように表される。
【数25】
【数26】
【0082】
次に、荷振れ角度算出部504は、音波発信器105で発生した音の音速を未知数Vとして、第1距離差ΔD1について成り立つ「ΔD1=V×Δτ1=F1(θ)」、及び、第2距離差ΔD2について成り立つ「ΔD2=V×Δτ2=F2(θ)」を用いて、荷振れ角度θを算出する。すなわち、荷振れ角度θ及び音速Vを未知数とする2つの連立方程式を解くことによって、荷振れ角度θ及び音速Vを求めることが可能である。ここで、F1(θ)、F2(θ)は非線形であるので、例えばニュートン法や二分法をはじめとする繰り返し計算等を利用して、荷振れ角度θを算出してもよい。この場合、非線形関数は微分可能であるので、勾配関数(勾配ベクトル)を積極的に利用することにより、演算の高速化を図ることもできる。
【0083】
荷振れ角度θが得られれば、当該荷振れ角度θに基づいてジブ3の起伏角ψを制御することにより、ジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを鉛直線上に位置合わせすることができるので、吊り荷1の荷振れの発生を防止することができる。例えば、地切りの前に、荷振れ角度θに基づいてジブ3の起伏角ψを制御することにより、ジブ3の一端部Qと吊り荷1の重心位置Pとを鉛直線上に位置合わせしておけば、地切りの際に荷振れが発生することを防止することができる。
【0084】
以上に説明したように、本変形例によると、前述の第1実施形態と同様の効果に加えて、次のような効果を得ることができる。すなわち、音波発信器105から3つの音波受信器M1、M2、M3までの距離同士の差ΔD1、ΔD2を、荷振れ角度θをパラメータとする関数F1(θ)、F2(θ)で表すと共に、当該距離差ΔD1、ΔD2が、時間差Δτ1、Δτ2と音速V(未知数)との積に等しいことを利用して、音速の測定(つまり気温、風速等の測定)を行うことなく、荷振れ角度θを算出する。すなわち、3つの音波受信器M1、M2、M3を用いて求めた2つの時間差Δτ1、Δτ2のそれぞれについて、時間差Δτ1、Δτ2と音速Vとの積が、荷振れ角度θをパラメータとする関数F1(θ)、F2(θ)と等しいという関係を利用して、音速測定の必要なく、荷振れ角度θを算出する。また、荷振れ角度θと共に音速Vも算出可能である。
【0085】
ところで、気温や風速等を正確に計測することが困難な屋外等の環境においては、音速を推定することは困難であるので、音速を用いて荷振れ角度を推定すると、荷振れ角度の推定精度が低下する。それに対して、本変形例では、気温や風速等から音速を計算する必要がないので,屋外等の環境においても荷振れ角度θの推定精度が向上する。すなわち、迅速且つ正確に荷振れ角度θを求めることができる。
【0086】
また、本変形例によると、音速の算出のために温度や風速等の環境条件の計測を行う必要がないため、温度計や風速計等の計測器が不要となるので、さらなる低コスト化を達成できる。
【0087】
尚、本変形例において、音波発信器105(吊り荷1の重心位置P)から音波受信器M1(ジブ3の一端部Q)までの距離Lが、ワイヤー2の繰り出し長さに等しいとして、2つの時間差Δτ1、Δτ2、及び、2つの関数F1(θ)、F2(θ)を用いて、荷振れ角度θを算出した。しかし、例えば、ワイヤー2にたるみが生じており、音波発信器105から音波受信器M1までの距離(吊り荷1の重心位置Pからジブ3の一端部Qまでの距離)Lが未知数となる場合は、例えばジブ3等の所定の方向に沿った音波受信器の設置数を4つとして、3つの音波到達時間差Δτ1、Δτ2、Δτ3及び、3つの関数F1(θ)、F2(θ)、F3(θ)を用いて、荷振れ角度θを音速V及び距離Lと共に算出してもよい。
【0088】
<第3実施形態>
以下、本発明の第3実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置について、図面を参照しながら説明する。
【0089】
図7は、本実施形態のクレーン用荷振れ角度推定装置によって水平ジブクレーンの荷振れ角度を推定している様子の一例を示す図である。尚、
図7において、
図1、
図6に示す第1実施形態、第2実施形態と同じ構成要素には同じ符号を付す。
【0090】
本実施形態が
図1、
図6に示す各実施形態と異なっている点は、
図7に示すように、ジブ3が、地面に対して水平に支柱15によって固定されている点である。また、ワイヤー2は、ジブ3に沿って移動可能なトロリー4に巻上げ/巻下げ可能に取り付けられている。さらに、ジブ3におけるトロリー4が配置されていない側には、カウンタウェイト16が設けられていると共に、支柱15の上部には、ジブ3の両側を支持するアーム17が設けられている。支柱15、ジブ3、トロリー4は、本発明の機体を構成する。
【0091】
本実施形態では、吊り荷1は、ジブ3の延びる方向に沿って荷振れを生じており、荷振れ角度はθである。荷振れ角度θは、トロリー4(ジブ3の位置Qに配置)と吊り荷1の重心位置Pとを結ぶ線が鉛直方向(重力方向)となす角度であり、本実施形態での推定対象である。
【0092】
また、本実施形態では、3つの音波受信器M1、M2、M3のうち音波受信器M1はトロリー4に配置され、音波受信器M2、M3はジブ3に配置される。具体的には、
図7に示すように、音波受信器M1から距離X1離れた箇所に音波受信器M2、音波受信器M2から距離X2離れた箇所に音波受信器M3がそれぞれ配置される。ここで、吊り荷1の重心位置Pから音波受信器M1、M2、M3のそれぞれまでの距離は、L、L+ΔD1、L+ΔD2である。
【0093】
本実施形態の荷振れ角度推定装置5が、前述の第2実施形態の変形例(
図6参照)と異なっている点は、音波受信器M1、M2、M3の取り付け位置、並びに、荷振れ角度算出部504で用いる、荷振れ角度θをパラメータとする関数F1(θ)、F2(θ)の内容である。尚、本実施形態の荷振れ角度推定装置5の基本構成は、音波受信器の個数を除いて、
図3に示す第1実施形態の荷振れ角度推定装置5と同じである。
【0094】
本実施形態においても、まず、音波発信器105(例えば吊り荷1の重心位置Pに位置)から発信した音波を音波受信器M1、M2、M3が受信する。ここで、
図7に示すように、時刻T=tに音波発信器105から所定の音波が発信され、当該音波を音波受信器M1、M2、M3がそれぞれ時刻T=t+τ
1、T=t+τ
2、T=t+τ
3に受信したものとする。すなわち、音波受信器M1、M2、M3が音波を受信する遅れ時間はそれぞれτ
1、τ
2、τ
3であり、時間差算出部503は、音波受信器M1が音波を受信したタイミング(T=t+τ
1)と音波受信器M2が音波を受信したタイミング(T=t+τ
2)との差である第1時間差Δτ
1(=τ
2-τ
1)、及び、音波受信器M1が音波を受信したタイミング(T=t+τ
1)と音波受信器M3が音波を受信したタイミング(T=t+τ
3)との差である第2時間差Δτ
2(=τ
3-τ
1)を算出する。尚、時間差算出部503は、第2時間差Δτ
2として、音波受信器M2が音波を受信したタイミング(T=t+τ
2)と音波受信器M3が音波を受信したタイミング(T=t+τ
3)との差「τ
3-τ
2」を算出してもよい。
【0095】
次に、時間差算出部503は、第1実施形態と同様に、音波受信器M1、M2、M3の受信音響信号に対して内積およびノルムに基づいて演算を行う。これにより、音波受信器M1、M2の間における受信音響信号の位相差を算出し、当該位相差と音波発信器105の発信周波数とを用いて、時間差Δτ1を算出すると共に、音波受信器M1、M3の間における受信音響信号の位相差を算出し、当該位相差と音波発信器105の発信周波数とを用いて、時間差Δτ2を算出する。
【0096】
次に、荷振れ角度算出部504は、音波発信器105(本変形例では吊り荷1の重心位置P)から音波受信器M1(本変形例ではワイヤー2が取り付けられたトロリー4の位置Q)までの距離(L)と音波発信器105から音波受信器M2までの距離(L+ΔD1)との差である第1距離差ΔD1を、荷振れ角度θをパラメータとする第1関数F1(θ)で表すと共に、音波発信器105から音波受信器M1までの距離(L)と音波発信器105から音波受信器M3までの距離(L+ΔD2)との差である第2距離差ΔD2を、荷振れ角度θをパラメータとする第2関数F2(θ)で表す。尚、荷振れ角度算出部504は、音波発信器105から音波受信器M2までの距離(L+ΔD1)と音波発信器105から音波受信器M3までの距離(L+ΔD2)との差「ΔD2-ΔD1」を第2距離差として、荷振れ角度θをパラメータとする第2関数F2(θ)で表してもよい。
【0097】
ここで、距離X2は固定で予め既知であり、距離X1(音波受信器M2からトロリー4の配置位置Qまでの距離)、距離L(ワイヤー2の繰り出し長さ)もクレーンの操作情報として特定可能であるとして、
図7に示す△P・M1・M2、△P・M1・M3に余弦定理を用いると、F1(θ)、F2(θ)はそれぞれ式27、式28で表される。
【数27】
【数28】
【0098】
次に、荷振れ角度算出部504は、音波発信器105から発生した音の音速を未知数Vとして、第1距離差ΔD1について成り立つ「ΔD1=V×Δτ1=F1(θ)」、及び、第2距離差ΔD2について成り立つ「ΔD2=V×Δτ2=F2(θ)」を用いて、荷振れ角度θを算出する。すなわち、荷振れ角度θ及び音速Vを未知数とする2つの連立方程式を解くことによって、荷振れ角度θ及び音速Vを求めることが可能である。ここで、F1(θ)、F2(θ)は非線形であるので、例えばニュートン法や二分法をはじめとする繰り返し計算等を利用して、荷振れ角度θを算出してもよい。この場合、非線形関数は微分可能であるので、勾配関数(勾配ベクトル)を積極的に利用することにより、演算の高速化を図ることもできる。
【0099】
荷振れ角度θが得られれば、当該荷振れ角度θに基づいてトロリー4の位置を制御することにより、トロリー4(ワイヤー2の取付箇所)と吊り荷1の重心位置Pとを鉛直線上に位置合わせすることができるので、荷振れの発生を防止することができる。例えば、地切りの前に、荷振れ角度θに基づいてトロリー4の位置を制御することにより、トロリー4の位置と吊り荷1の重心位置Pとを鉛直線上に位置合わせしておけば、地切りの際に荷振れが発生することを防止することができる。
【0100】
以上に説明した本実施形態のクレーン用荷振れ角度推定装置においても第2実施形態の変形例と同様の効果を得ることができる。
【0101】
尚、本実施形態において、音波発信器105(吊り荷1の重心位置P)から音波受信器M1(トロリー4の位置)までの距離Lが、ワイヤー2の繰り出し長さに等しいとして、2つの時間差ΔT1、ΔT2、及び、2つの関数F1(θ)、F2(θ)を用いて、荷振れ角度θを算出した。しかし、例えば、ワイヤー2にたるみが生じており、音波発信器105から音波受信器M1までの距離(吊り荷1の重心位置Pからトロリー4の位置までの距離)Lが未知数となる場合は、例えばジブ3等の所定の方向に沿った音波受信器の設置数を4つとして、3つの音波到達時間差Δτ1、Δτ2、Δτ3、及び、3つの関数F1(θ)、F2(θ)、F3(θ)を用いて、荷振れ角度θを音速V及び距離Lと共に算出してもよい。或いは、距離Lは未知数である一方、音速Vが既知であれば、前述の第2の実施形態のように、荷振れ角度算出部504が、時間差算出部503により算出された時間差Δτ1(=τ2-τ1)、Δτ2(=τ3-τ1)にそれぞれ音速を乗じることにより、距離差ΔD1、ΔD2を算出し、算出された距離差ΔD1、ΔD2、及び、音波受信器M1、M2、M3のそれぞれの位置情報(音波受信器M1と音波受信器M2との距離X1、音波受信器M2と音波受信器M3との距離X2等)に基づいて、余弦定理を用いて荷振れ角度θを算術的に算出してもよい。
【0102】
<変形実施形態>
以上、本発明についての各実施形態(変形例を含む)を説明したが、本発明は前述の実施形態のみに限定されず、発明の範囲内で種々の変更が可能である。すなわち、前述の各実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0103】
例えば、前述の各実施形態では、ジブクレーン(水平ジブクレーンを含む)を例として本発明について説明したが、他のタイプのクレーン、例えば天井クレーン、橋形クレーン等にも本発明は広く適用可能である。
【0104】
また、前述の各実施形態では、吊り部として、フック及び吊り具を例示したが、吊り荷を支持できれば、吊り部の種類は特に限定されない。また、ロープとしてワイヤーを例示したが、吊り荷を吊り下げられればロープの種類は特に限定されず、例えばチェーン等であってもよい。
【0105】
また、上記の各実施形態において、フィルタ処理部502によるフィルタ処理は必ずしも実行されなくてもよい。
【0106】
また、前述の各実施形態では、複数の音波受信器のうちの1つ(M1)を、ワイヤー2の取り付け位置(
図1、
図6に示すジブ3の一端部Qや、
図7に示すトロリー4)に設置したが、所定の方向に沿った設置位置であれば、ワイヤー2の取り付け位置以外の設置位置に全ての音波受信器を設置してもよい。
【0107】
また、前述の各実施形態では、全ての音波受信器をジブ3又はジブ3上のトロリー4に設けたが、所定の方向に沿った設置位置であれば、少なくとも一部の音波受信器を例えばクレーン本体10等に設置してもよい。また、天井クレーンのような固定タイプのクレーンであれば、音波受信器の少なくとも一部をクレーンの外部に設置してもよい。ここで、「所定の並び方向に沿って音波受信器が配置される」とは、ジブクレーンであれば、例えば、クレーンを上から見たときに「ジブ」の延びる方向に沿って各音波受信器が配置されることを意味し、必ずしも、全ての音波受信器が3次元における同一直線上に配置されることまでは必要としない。言い換えると、クレーンを上から見たときに「ジブ」の延びる方向に沿って全ての音波受信器が配置されていれば、クレーンを横(「ジブ」の延びる方向に対して垂直な方向)から見たときに各音波受信器が同一直線上に配置されていなくてもよい。
【0108】
また、前述の各実施形態において、所定の方向(以下、第1の方向という)に対して垂直な第2の方向に沿って複数の他の音波受信器を配置し、当該他の音波受信器に対応して、前述の時間差算出部503及び荷振れ角度算出部504と同様の機能部をそれぞれ設けてもよい。このようにすると、第2の方向における荷振れ角度を算出できるので、吊り荷の正確な位置を立体的に把握することができる。
【0109】
ここで、上記の「第1の方向に対して垂直な第2の方向に沿って他の音波受信器が配置される」とは、ジブクレーンであれば、例えば、クレーンを上から見たときに「ジブ」の延びる方向に対して垂直な方向に沿って他の音波受信器が配置されることを意味し、必ずしも、全ての他の音波受信器が3次元における同一直線上に配置されることまでは必要としない。言い換えると、クレーンを上から見たときに「ジブ」の延びる方向に対して垂直な方向に沿って全ての他の音波受信器が配置されていれば、クレーンを正面(「ジブ」の延びる方向)から見たときに全ての他の音波受信器が同一直線上に配置されていなくてもよい。
【0110】
また、「第1の方向に沿って配置された複数の音波受信器」のうちの1つの音波受信器と、「第2の方向に沿って配置された複数の他の音波受信器」のうちの1つの音波受信器とは、第1の方向と第2の方向とが交差する箇所に配置された共通の音波受信器であってもよい。
【実施例0111】
以下に、実施例および比較例を挙げて本発明につき更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。各評価では、実施例として、前述のように内積およびノルムを用いて位相差ΔΦ、時間差Δτを算出した。
図8は、本発明に係るクレーン用荷振れ角度推定装置5(実施例)の演算処理を説明するための観測信号1および観測信号2の相対的な位相関係を示すグラフである。当該比較計算では、観測信号1、観測信号2との間に「設定ずれ量」を設定し、両者の間に意図的に時間差を設けている。以後の説明において、当該設定ずれ量は、隣接するサンプルデータ間の時間差を基準として、その倍数で定義する。
【0112】
一方、
図9は、本発明に係るクレーン用荷振れ角度推定装置と比較される他のクレーン用荷振れ角度推定装置(比較例)を備えるクレーン100Zの側面図である。当該比較例では、相関計算方法について位相差ΔΦ、時間差Δτを算出している。
図9に示すように、ジブ3上に互いに間隔をおいて配置される基準音波受信器M0、第1音波受信器M1のそれぞれが受信する音波の観測信号をs
0(t
k)、s
1(t
k)とした場合、相関関数Φ(τ
k)は、以下の式29で表すことができる。なお、Nはサンプリングデータ数である。
【数29】
【0113】
式29の相関関数を用いて、到達時間差τ
k
*(単位はサンプル数)は以下の式30によって表すことができる。すなわち、到達時間差τ
k
*は、相関関数Φ(τ
k)を最大とするようなτ
kに相当する。
【数30】
【0114】
この結果、式30から得られた到達時間差τ
k
*(サンプル数)から、下記の式31に基づいて、到達時間差(単位はsec)を算出することができる。なお、Tsはサンプリング時間(sec)である。
【数31】
【0115】
図10乃至
図27は、本実施形態に係るクレーン用荷振れ角度推定装置5(実施例)および他のクレーン用荷振れ角度推定装置(比較例)の推定精度を比較するグラフの一例である。なお、各グラフでは、実施例の結果をInner(内積:Inner Product)と表記し、比較例の結果をCorrelation(相関)と表記している。また、各グラフでは、実施例の計算において、式11で定義される最も望ましい発信周波数fに所定の係数kを乗じた周波数を用いて位相差ΔΦ、時間差Δτを算出した場合も表示している。すなわち、各グラフにおいて、k=1の場合は、計算に用いた発信周波数fは式11で定義される周波数に等しい。kが1よりも大きい場合または1よりも小さい場合には、上記のように最も望ましい発信周波数fよりも僅かに大きな周波数または僅かに小さな周波数が位相差ΔΦ、時間差Δτの算出に使用されている。この結果、発信周波数fに対する実施例の結果の変動、ばらつきを評価することができる。一方、相関関数を用いた比較例の結果は、各グラフにおいて発信周波数fの大きさに依存せず一定である。また、各グラフの縦軸は、
図8の設定ずれ量(時間差)における真値に対する算出誤差を時間または対数換算で表示している。
【0116】
図10乃至
図13のグラフは、発信周波数f=1000(Hz)、サンプリング周波数fs=44100(Hz)、N=2
13、m=744の場合の結果であり、
図10は、
図8における設定ずれ量を隣接サンプリング時間の5.5倍、
図11では同10.5倍、
図12では同20.5倍、
図13では、同40.5倍に設定した場合の結果である。
【0117】
図14、
図15のグラフは、発信周波数f=1000(Hz)、サンプリング周波数fs=22050(Hz)、N=2
13、m=744の場合の結果であり、
図14は、
図8における設定ずれ量を隣接サンプリング時間の5.5倍、
図15では同10.5倍に設定した場合の結果である。
【0118】
図16乃至
図19のグラフは、発信周波数f=10000(Hz)、サンプリング周波数fs=44100(Hz)、N=2
13、m=7431の場合の結果であり、
図16は、
図8における設定ずれ量を隣接サンプリング時間の0.5倍、
図17では同1.5倍、
図18では同2.5倍、
図19では、同3.5倍に設定した場合の結果である。
【0119】
図20、
図21のグラフは、発信周波数f=10000(Hz)、サンプリング周波数fs=22050(Hz)、N=2
13、m=7431の場合の結果であり、
図20は、
図8における設定ずれ量を隣接サンプリング時間の0.5倍、
図21では同1.5倍に設定した場合の結果である。
【0120】
また、
図22、
図23、
図24、
図25は、発信周波数f=1000(Hz)、サンプリング周波数fs=44100(Hz)、N=2
13、m=372の場合の結果であり、
図22は、
図8における設定ずれ量を隣接サンプリング時間の5.5倍、
図23では同10.5倍、
図24では同20.5倍、
図25では、同40.5倍に設定した場合の結果であって、縦軸の真値に対する誤差を対数換算で表示したものである。
【0121】
また、
図26、
図27は、発信周波数f=10000(Hz)、サンプリング周波数fs=44100(Hz)、N=2
13、m=3716の場合の結果であり、
図26は、
図8における設定ずれ量を隣接サンプリング時間の0.5倍、
図27では同1.5倍に設定した場合の結果であって、縦軸の真値に対する誤差を対数換算で表示したものである。
【0122】
図10乃至
図27に示すように、本発明の実施例では、発信周波数fが式11を満たす場合(k=1)に、比較例(相関関数)と比較して真値に対する誤差が大幅に小さくなる結果を得ることができた。特に、
図22乃至
図27に示されるように、比較例の誤差は真値に対して10
-6から10
-5程度であることに対して、実施例では、10
-15程度に抑えることが可能となる。
【0123】
なお、
図25に示される例では、
図8の2つの観測信号の時間差が、隣接するサンプリングデータ間の時間差(隣接サンプリング時間)の40.5倍と最も厳しい条件に設定されている。このような場合においても、
図25の矢印で示すように、0.99×m×fs/(2N)≦f≦1.01×m×fs/(2N)の関係を満たすように音波発信器105の発信周波数fが設定されれば、相関関数に基づく演算手法と比較して高い精度で位相差ΔΦ、時間差Δτを算出し、吊り荷1の荷振れ角度θを精度良く算出することが可能となる。