(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022069999
(43)【公開日】2022-05-12
(54)【発明の名称】ピラゾリン化合物を用いた水素製造用光触媒体およびそれを用いた水素製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 35/02 20060101AFI20220502BHJP
C01B 3/04 20060101ALI20220502BHJP
C07D 417/14 20060101ALI20220502BHJP
C07D 413/14 20060101ALI20220502BHJP
C09B 57/00 20060101ALN20220502BHJP
【FI】
B01J35/02 J
C01B3/04 A
C07D417/14
C07D413/14
C09B57/00 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020178990
(22)【出願日】2020-10-26
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】391025659
【氏名又は名称】株式会社日本化学工業所
(74)【代理人】
【識別番号】100127926
【弁理士】
【氏名又は名称】結田 純次
(74)【代理人】
【識別番号】100140132
【弁理士】
【氏名又は名称】竹林 則幸
(74)【代理人】
【識別番号】100216105
【弁理士】
【氏名又は名称】守安 智
(72)【発明者】
【氏名】神 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 宏昭
(72)【発明者】
【氏名】木内 正人
(72)【発明者】
【氏名】井上 要
(72)【発明者】
【氏名】青木 康典
【テーマコード(参考)】
4C063
4G169
【Fターム(参考)】
4C063AA03
4C063BB06
4C063CC52
4C063CC62
4C063DD22
4C063EE10
4G169AA06
4G169BA21A
4G169BA21B
4G169BA48A
4G169BE07A
4G169BE07B
4G169BE18A
4G169BE18B
4G169BE21A
4G169BE21B
4G169BE37A
4G169BE37B
4G169BE38A
4G169BE38B
4G169HA02
4G169HB10
4G169HC01
4G169HE09
(57)【要約】 (修正有)
【課題】可視光で水を分解し、水素発生効率が高く、安価な水素を提供することが可能となる、ピラゾリン化合物を含有する水素製造用光触媒体、およびそれを用いた水素製造方法を提供する。
【解決手段】例えば、下記構造式
で示される化合物を含有する水素製造用光触媒体、および当該光触媒体を用いることを特徴とする水素製造方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】
[式(1)中のA
1は下記に示す構造である。
【化2】
R
2及びR
3は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルキル基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルコキシ基又はニトロ基を表し、nは1又は2を表す。R
4及びR
5は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルキル基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルコキシ基、炭素数1~4の直鎖状もしくは分枝状アルキル基を有してもよいアミノ基又はシアノ基を表し、X
1は酸素原子又は硫黄原子を表す。
式(1)中のR
1-A
2は下記に示す構造である。
【化3】
R
1はシアノアクリル基を表す。
R
6は水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルコキシ基、ニトロ基又はシアノ基を表し、X
2は酸素原子又は硫黄原子を表し、oは1~3の整数を表す。
式(1)中のA
3は下記に示す構造である。
【化4】
R
7及びR
8は、それぞれ独立して、親水性基を表し、pは1又は2を表す。]
で示されるピラゾリン化合物を含有することを特徴とする水素製造用光触媒体。
【請求項2】
一般式(1)のA3におけるR7及びR8は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原
子、水酸基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルキル基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルコキシ基、ニトロ基、炭素数1~4の直鎖状もしくは分枝状アルキル基を有してもよい又はアリール基を有していてもよいアミノ基、シアノ基、炭素数3~11かつ酸素数2~6の直鎖状もしくは分枝状もしくは環状グリコール基又はエステル化されていてもよいカルボキシル基を表す、請求項1に記載の水素製造用光触媒体。
【請求項3】
請求項1または2に記載の光触媒体を用いることを特徴とする水素製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピラゾリン化合物を含有する水素製造用光触媒体、それを用いた水素の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水素は燃焼してもCO2を生じないクリーンエネルギーとして長年注目されている。1967年のホンダフジシマ効果の発見以来、光触媒を利用して水素製造が可能であることが知られるようになった。また、犠牲剤として有機物を加えた水からは、例えば少量の白金を担持した酸化チタンのような単純な光触媒に紫外光を照射して効率よく水素が生成できることが1980年代から知られている。ただし、粉末光触媒では水中の溶存酸素により水素の生成が阻害されるため、窒素やアルゴンなどの不活性ガスによるバブリングや真空脱気などの処理により溶存酸素を除去することが必要であるとされてきた。これが光触媒による水素製造の実用化を妨げてきた大きな一因とも考えられる。
【0003】
これに対し特許文献5では、紫外線応答型の光触媒(酸化チタン触媒)を40μm以上の粒状形態という特定のものに限定し、液中に沈めた状態で光照射することにより、溶存酸素の除去を全く行うことなく水素製造を行う技術を開示している。
【0004】
また、紫外線をカットした可視光のみの光触媒への照射では、全く水素生成ができないことが広く知られている(非特許文献2)。
【0005】
一方、酸化チタンを色素で修飾し、色素増感太陽電池とすることにより、可視光を照射して起電力を得られることが知られている。特許文献4においては、ピラゾリン系色素を用いることで、貴金属を含んだ高価な色素を用いることなく効率の良い色素増感太陽電池を組むことが可能であることが示されている。
【0006】
溶存酸素存在下でも使用可能な水素製造用の光触媒に可視光応答性を付与することを目的として、ピラゾリン系色素による光触媒の修飾を検討した結果、特定の構造特徴をもつピラゾリン系色素を使用して光触媒を修飾した場合に可視光照射による水素生成が可能であることを見出し、更に検討を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許4190950号明細書
【特許文献2】国際公開第94/04497号パンフレット
【特許文献3】特開2006-241086号公報
【特許文献4】特許第5515188号
【特許文献5】国際公開第2017/159853号パンフレット
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】B.O'Regan and M.Gratzel,Nature,1991年,353,第737~740頁
【非特許文献2】表面科学 Vol.24,No.1,pp.19-24,2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は粒状酸化チタン等の光触媒に修飾することで可視光応答性を付与できる色素を開発し、これを用いた光触媒体並びに水素製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は従来公知の増感色素及び光触媒の持つ大きな欠点を解決すべく鋭意研究の結果、ピラゾリンの5位に親水性基を含有する化合物が目的に合致する所望の化合物であることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、以下の点を特徴とする。
【0011】
1. 下記一般式(1)で示されるピラゾリン化合物。
【化1】
[式(1)中のA
1は下記に示す構造である。
【化2】
R
2及びR
3は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルキル基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルコキシ基又はニトロ基を表し、nは1又は2を表す。R
4及びR
5は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルキル基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルコキシ基、炭素数1~4の直鎖状もしくは分枝状アルキル基を有してもよいアミノ基又はシアノ基を表し、X
1は酸素原子又は硫黄原子を表す。
式(1)中のR
1-A
2は下記に示す構造である。
【化3】
R
1はシアノアクリル基を表す。
R
6は水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルコキシ基、ニトロ基又はシアノ基を表し、X
2は酸素原子又は硫黄原子を表し、oは1~3の整数を表す。
式(1)中のA
3は下記に示す構造である。
【化4】
R
7及びR
8は、それぞれ独立して、親水性基を表し、pは1又は2を表す。]
2. 上記1.の一般式(1)で、A
3におけるR
7及びR
8は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、水酸基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルキル基、炭素数1~8の直鎖状もしくは分枝状アルコキシ基、ニトロ基、炭素数1~4の直鎖状もしくは分枝状アルキル基を有してもよい又はアリール基を有していてもよいアミノ基、シアノ基、炭素数3~11かつ酸素数2~6の直鎖状もしくは分枝状もしくは環状グリコール基又はエステル化されていてもよいカルボキシル基を表す、一般式(1)で示されるピラゾリン化合物。
【0012】
3. 一般式(1)で表される化合物を含有することを特徴とする光触媒体。
4. 一般式(1)で表される化合物を含有することを特徴とする光触媒体を用いた水素製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明のピラゾリン化合物を含有する光触媒体を用いることにより、可視光で水を分解し、水素発生効率が高く、安価な水素を提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、一般式(1)のピラゾリン化合物について詳しく説明する。
式中のR1はシアノアクリル基を示す。
式中のR2、R3は水素原子、クロロ・ブロモ等のハロゲン原子、水酸基、メチル基・イソプロピル基・n-ヘキシル基・t-オクチル基等の直鎖状または分枝状のアルキル基、エトキシ基・t-ブトキシ基・イソヘキシルオキシ基等の直鎖状または分枝状のアルコキシ基、ニトロ基を表す。
【0015】
式中のR4、R5は水素原子、クロロ・ブロモ等のハロゲン原子、水酸基、メチル基・イソプロピル基・n-ヘキシル基・t-オクチル基等の直鎖状または分枝状のアルキル基、エトキシ基・t-ブトキシ基・イソヘキシルオキシ基等の直鎖状または分枝状のアルコキシ基、メチルアミノ基・ジエチルアミノ基・ジ-n-ブチルアミノ基等の直鎖状または分枝状のアルキル基を有してもよいアミノ基又はシアノ基を表す。
式中のR6は水素原子、クロロ・ブロモ等のハロゲン原子、エトキシ基・t-ブトキシ基・イソヘキシルオキシ基等の直鎖状または分枝状のアルコキシ基、ニトロ基又はシアノ基を表す。
【0016】
式中のR7、R8は親水性基を表す。ここで、親水性基としては、水素原子、ブロモ・ヨード等のハロゲン原子、水酸基、n-プロピル基・イソブチル基等の直鎖状または分枝状のアルキル基、メトキシ基・n-ヘキシルオキシ基・イソヘキシルオキシ基・n-オクチルオキシ基等の直鎖状または分枝状のアルコキシ基、ニトロ基、n-ブチルアミノ基・ジエチルアミノ基・ジフェニルアミノ基等の直鎖状もしくは分枝状アルキル基又はアリール基を有するアミノ基、シアノ基、ジエチレングリコール、1,3-ジオキソラン等の炭素数3~11かつ酸素数2~6の直鎖状もしくは分枝状もしくは環状グリコール基、メチル基・t-ブチル基・n-オクチル基等の直鎖状もしくは分枝状アルキルでエステル化され
たカルボキシル基を具体的に挙げることができる。
X1、X2は酸素原子、硫黄原子を表す。
nは1または2を、oは1~3のいずれかの整数を、及びpは1または2を、それぞれ表す。
【0017】
前記一般式(1)のピラゾリン化合物は以下のように合成することができる。
一般式(1)に示すA2を有する下記一般式(2)で表されるアリール(もしくはヘテロアリール)エタノンとA3を有する下記一般式(3)で表されるアリール(もしくはヘテロアリール)カルボアルデヒドをエタノール中にて水酸化ナトリウム水溶液を添加して室温で反応させる。反応終了後、析出した固体をろ過して目的物を得る。固体が析出しない場合は、水を加えるもしくはクロロホルム等で抽出を行った後、精製して下記一般式(4)で表されるカルコンを得ることができる。
このカルコンと下記一般式(5)で表されるアリール(もしくはヘテロアリール)ヒドラジン(もしくはヒドラジン塩酸塩)をエタノール中で還流して反応させる。反応後、析出した固体をろ過してそのまま精製を行うか、クロロホルム/水抽出を行った後、精製して下記一般式(6)で表されるピラゾリンを得ることができる。
【0018】
この得られたピラゾリンをホルミル体とした後、ピペリジン存在下アセトニトリル中でシアノ酢酸と還流して反応させるとピラゾリンにシアノアクリル基を導入した一般式(1)で表される化合物を得ることができる。
【化5】
【0019】
上記一般式(2)、(3)、(4)、(5)及び(6)におけるA1、A2、A3及びR1は一般式(1)のものと同様の意味を表す。
【0020】
本発明のピラゾリン化合物の具体例を下記に示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【化6】
【0021】
【0022】
本発明で用いる粒状光触媒体は、特許文献5に開示したものを利用できる。
光触媒物質の具体例としては、TiO2、ZrO2、Ta2O5、ZnO等の単純酸化物;SrTiO3、NaTaO3等のペロブスカイト型複合酸化物;K2La2Ti3O10、K4Nb6O17等の層状酸化物、ZnS、CdS等の金属硫化物;CdSe等の金属セレン化物;Ta3N5等の窒化物;TaON等の窒酸化物などが挙げられる。また、可視光応答性を持たせるためにCr/TaやRhのドーピングを行ったSrTiO3:Cr/Ta、SrTiO3:Rh等が挙げられる。なお、酸化亜鉛、硫化カドミウム、セレン化カドミウムについては、水分解反応条件において、自らが光酸化されて溶解する光溶解が起きやすく、安定性に問題のあることが指摘されている。また、カドミウムを含む光触媒は、RoHS指令の観点などから使用を避けることが望ましいと考えられる。
【0023】
本発明において、光触媒体は、光触媒物質のみにより構成されていてもよいし、光触媒反応活性を高めることなどを目的として、他の成分を含んでいてもよい。光触媒体の光触媒反応活性を高める観点からは、光触媒体は、光触媒物質の表面に助触媒が担持された構成を備えていることが好ましい。
【0024】
このような助触媒の金属種としては、白金、金、パラジウム、ルテニウム、ロジウム、銀、銅、イリジウムなどが知られている。これらの中でも、水素過電圧の小さな白金、パラジウム、金などを助触媒として用いることが特に好ましい。助触媒は、1種類単独で使用してもよいし、2種類以上を組み合わせて使用してもよい。
【0025】
本発明において、光触媒体の粒径としては、沈降法による石英相当径が40μm以下の
粒子を含まなければ、特に制限されない。光触媒体の粒径としては、例えば、40μm超710μm以下、好ましくは125μm超300μm以下が挙がられる。また、光触媒体の形状は、球状である必要は無く例えば、光触媒体は、直径が0.5~100cm角程度、厚みが0.1~20mm程度の板状であってもよい。板状光触媒体が光触媒粉末を圧縮成型したものであるような場合には、使用中に一部が崩れて40μm以下の粒子が生じることの無いようバインダーの添加等を検討する必要がある。
【0026】
一般式(1)で示す色素を粒状光触媒に吸着させる方法は、色素溶液に粒状光触媒を浸漬させる方法、色素溶液を塗布する方法が挙げられる。一般式(1)で示す色素が完全に溶解しない場合は、分散液を用いても良い。
【0027】
本発明における色素を溶解させる溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、t-ブタノール等のアルコール系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒、ジエチルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒、アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系溶媒、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等のアミド系溶媒、ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン、クロロベンゼン、o-ジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素系溶媒、n-ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒を用いることが出来、これらを単独もしくは混合して用いても良い。
【0028】
色素の浸漬温度は、通常用いる色素溶液の凝固点から沸点までであり、浸漬時間は1分~50時間が好ましい。また色素溶液の濃度は通常0.01mM~0.1Mで、好ましくは0.1~0.5mMが良い。色素の浸漬時に、色素同士の会合を防ぐため、共吸着剤を用いても良い。共吸着剤としては、コール酸、デオキシコール酸、ケノデオキシコール酸等のコール酸誘導体が挙げられる。共吸着剤の濃度は5~20mMが好ましい。また色素浸漬後の粒状光触媒を4-t-ブチルピリジン等のアミン系化合物を含む溶液で粒状光触媒表面を処理しても良い。
【0029】
水素製造方法としては、特許文献5に開示した方法を用いることができる。
本発明の水素製造方法においては、犠牲剤を含む水溶液中に前述の光触媒体を浸漬し、光触媒体に可視光を照射することにより、水溶液中で水の分解反応を進行させて、水素を製造する。例えば、本発明の水素製造方法は、水溶液を容器内一杯に満たし、水溶液が気相と接しない状態で行ってもよいし、水溶液が空気などの気相と接する状態で行ってもよい。本発明の水素製造方法において、水溶液は、空気と接していてもよく、例えば、酸素濃度30体積%以下の気相と接していてもよい。
【0030】
また、本発明の水素製造反応において、水溶液は、溶存酸素を含んでいてもよい。水溶液中の溶存酸素濃度としては、特に制限されないが、16ppm以下が挙げられる。大気圧下において、空気を水溶液中に吹き込んだ場合、水溶液中の溶存酸素濃度の上限値は、15ppm程度である。
【0031】
また、水溶液は光触媒反応を阻害しない限り犠牲剤以外の有機・無機成分を含んでいても良い。即ち、犠牲剤を溶解するための水としては、蒸留水やイオン交換水だけでなく、水道水、雨水、池水、海水、下水、工業排水なども用いることができ、ナノバブル水、マイクロバブル水、ファインバブル水、ウルトラファインバブル水等と呼ばれている微細気泡含有水なども利用可能である。これらの水が犠牲剤成分を含む場合にはそのまま用いることもできる。但し、溶解している犠牲剤やそれ以外の成分の光吸収波長が光触媒成分の吸収波長域と重なると光触媒反応の活性が低下する原因となるので避けることが望ましい。
【0032】
本発明の水素製造反応において、水溶液の温度としては、特に制限されず、水素を製造している最中に、水が蒸発して無くならない程度の温度(例えば、大気圧中では、0℃~90℃程度の範囲)であればよい。犠牲剤を使用した光触媒水分解反応は、温度が高いほど速度が大きくなるため、照射する光が赤外成分などを含む場合は、水温上昇による水分解反応の促進が期待できる。
【0033】
また、本発明においては、水溶液中において、光触媒体が懸濁状態とならない限りは、光触媒体の大きさに応じた強さで水溶液を攪拌してもよい。なお、反応液の攪拌が強すぎる場合には、光触媒体の一部が崩れて光触媒成分が40μm以下の粉として脱離し、懸濁状態になると、水素と酸素から水が生成する逆反応を促進してしまうことに留意すべきである。
【0034】
反応液が懸濁状態か否かの判断には、濁度計を用いて測定した濁度を目安とすることができる。濁度はJIS K0101に定義が記されており、精製水1Lに対し、標準物質(カオリン、ホルマジン、ポリスチレン等)1mgを含ませ、均一に分散させた懸濁液の濁りが濁度1度と定義されている。例えば、水5mLに対して標準物質50mgを加え攪拌により均一に分散させた場合の濁度は10,000と計算されるが、分散させる物質が標準物質でない場合、この数倍あるいは数分の1となることがある。光触媒体を含まない反応液の濁度をtとし、光触媒体を40μm以下の粉に粉砕し完全分散させた時の濁度をT0とし、光触媒体を沈めて実際に使用する状態で測定した反応液上澄の濁度をTとすると、本発明において以下の式で定義する「濁度比」Rは、光触媒体を粉砕した場合の何%が水中に分散状態で存在しているかの目安となる。
R(%)=((T-t)/(T0-t))×100
本発明においては、Rが2%以下で反応を実施することが好ましく、Rが1%以下であることがより好ましい。
【0035】
犠牲剤は特許文献5に開示したものが使用できる。
犠牲剤としては、光触媒体を用いた水素製造方法に用いられる公知の犠牲剤を使用することができる。犠牲剤としては、それ自体が電子を放出しやすい化合物を使用することが好ましい。犠牲剤としては、例えば、水酸基、カルボキシル基、またはアミノ基を有する化合物などが挙げられる。犠牲剤の具体例としては、例えば、メタノール、エタノール等の1価アルコール;エチレングリコール、プロピレングリコール等の2価アルコール;グリセリン等の3価アルコール;ギ酸、酢酸、シュウ酸等のカルボン酸;エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、トリエタノールアミン(TEA)等のアミン等を挙げることができる。また、単糖であるグルコース、二糖であるスクロース、多糖であるデンプンやセルロース等の糖類を用いても良い。また、無機犠牲剤としてNa2S、NaIO3などを用いることもできる。犠牲剤は単一物質でなくても良く、例えばポリフェノール、リグニン等の植物成分やフミン質(腐植物質)、排水中のBOD成分、COD成分も用いることができる。犠牲剤は、1種類単独で使用してもよいし、2種類以上を組み合わせて使用してもよい。以上の犠牲剤のうち、色素に対して容易に電子供与を行う観点からアミン系有機化合物が好ましい。
【0036】
用いる光源のうち、Xeランプ等の照射光を可視光に限定するためには、L42等の色ガラスフィルターを用いることが有用である。
【実施例0037】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0038】
<合成例1>色素Aの合成
【化8】
4-(2-エトキシエトキシ)ベンズアルデヒド 4.61g、2-アセチル-5-ブロモチオフェン 4.31gをエタノール 100mlに溶解させ、10%水酸化ナトリウム水溶液 5.0gを加えて室温で4時間撹拌した。析出物をろ別後、エタノールと水で洗浄、乾燥してカルコン体を5.69g得た。得られたカルコン体3.81g、2-(4-ヒドラジノフェニル)-6-メチルベンゾチアゾール 3.06g、エタノール 200ml、濃塩酸 4.0gを14時間還流撹拌した。反応液を冷却して析出物をろ別、エタノールで洗浄、乾燥してピラゾリン体を4.28g得た。得られたピラゾリン体 全量と5-ホルミル-2-チオフェンボロン酸 1.51g、ビス(トリフェニルホスフィン)-パラジウム(II)ジクロリド 0.098gを容器に仕込み、窒素置換。ここに窒素バブリングしたTHF 80mlと2M炭酸カリウム水溶液 40mlを加え、窒素気流下で5時間半還流撹拌した。放冷後、水 500mlに加え、酢酸エチル 400mlで抽出。有機層を分取して水洗。硫酸マグネシウムで乾燥し、エバポレータで濃縮。残渣をヘキサン/酢酸エチルで再結晶し、ピラゾリンのホルミル体を1.30g得た。このピラゾリンのホルミル体 全量とシアノ酢酸 0.51g、アセトニトリル 60ml、クロロホルム 20mを容器に仕込んで窒素バブリング後、ピペリジン 0.52gを加え、窒素気流下で2時間還流撹拌した。放冷後、希塩酸 400mに加え、酢酸エチルで抽出。有機層を水洗後、硫酸ナトリウムで乾燥し、エバポレータで濃縮。残渣をTHF/メタノールで再結晶し、色素Aを0.75g得た。
【0039】
<合成例2>色素Bの合成
【化9】
合成例1の4-(2-エトキシエトキシ)ベンズアルデヒドを4-(2-(2-メトキシエトキシ)エトキシ)ベンズアルデヒドに換えた他は同様の方法で色素Bを0.54g得た。
【0040】
<合成例3>色素1の合成
【化10】
合成例1の4-(2-エトキシエトキシ)ベンズアルデヒドを4-n-ヘキシルオキシベンズアルデヒドに換えた他は同様の方法で色素1を0.66g得た。
【0041】
<合成例4>色素2の合成
【化11】
合成例1の4-(2-エトキシエトキシ)ベンズアルデヒドを4-ジメチルアミノベンズアルデヒドに換えた他は同様の方法で色素2を0.52g得た。
【0042】
<合成例5>色素3の合成
【化12】
1-アセチル-5-ブロモ-4-ヘキシルチオフェン 4.92g、4-ジメチルアミノベンズアルデヒド 2.54gをエタノール 50mlに溶解させ、10%苛性ソーダ水溶液 5.0gを加えて室温で4時間撹拌した。目的物はタール状で析出したため、反応液に水を加えた後、クロロホルムで抽出を行い、水洗。硫酸マグネシウムで乾燥後、エバポレータで濃縮。残渣を精製し、カルコン体を6.30g得た。以降、合成例1と同様の方法で、ピラゾリン体、ピラゾリンのホルミル体、色素3の順に合成し、色素3を0.50g得た。
【0043】
<合成例6>色素4の合成
【化13】
4-(ベンゾオキサゾール-2-イル)フェニルヒドラジン 14.7g、ジベンザルアセトン-4,4’-ジカルボン酸 24.2g、酢酸 100gを4時間還流撹拌した。反応液を冷却して析出物をろ別、洗浄し、色素4を6.8gを得た。
【0044】
<試験例1>
粒状光触媒Pt/TiO2(Pt 0.3wt%)の調製では、TiO2はP25を使用した。H2PtCl6水溶液に浸漬したTiO2に対してNaBH4溶液を加えて液中還元によりPt助触媒を担持した。粒子径40~125μmとなるように、分級した。
色素1、2はTHF-トルエン(体積比1:7)溶媒に溶解し0.3mM 色素溶液とした。色素4はTHF-トルエン(体積比1:1)溶媒に溶解し0.3mM 色素溶液とした。
【0045】
100mgの粒状Pt/TiO2を100℃で30分乾燥し、4mLの色素溶液を加えて密栓した。約5分振り混ぜた後に室温で15h静置した。溶液をろ別し、ろ紙上の粒状光触媒を溶媒で洗浄した後に、室温で乾燥し、更に100℃で乾燥した。
【0046】
水素生成試験は以下のように行った。ホウケイ酸ガラス製のガスクロバイアル瓶(日電理化硝子製SVG-12)に所定量の色素吸着した粒状光触媒試料を入れた。犠牲剤として濃度0.8Mのトリエタノールアミン水溶液(塩酸を加えてpH7.0に調整したもの)を5mL入れて、光触媒試料が瓶底に沈積した状態で密栓した。窒素バブリング等は行わず、すなわち溶存酸素を特段除去することなく、そのまま空気中で実験に供した。
【0047】
バイアル瓶を20℃の恒温水槽に設置し、下方からXeランプの光を照射した(波長範囲:>400nm[L42フィルター挿入])。一定時間ごとにヘッドスペースガスをガスタイトシリンジで採取してGCで分析した。光照射を1.5h行った後の水素生成量を表1に示した。
【0048】
<試験例2>
粒状光触媒Pt/TiO2(Pt 0.3wt%)の調製では、TiO2はP25を使用した。メタノール-水(体積比1:1)中にH2PtCl6水溶液を加え、TiO2を分散させ、光析出法によりPt助触媒を担持した。粒子径40~125μmとなるように、分級した。
色素A、B、3はTHF-トルエン(体積比1:1)溶媒に溶解し0.3mM色素溶液とした。粒状Pt/TiO2の50mgを80℃で真空乾燥後、色素溶液20mLに添加し、撹拌後室温で1~24h静置した。余剰色素をTHF-トルエン溶媒でデカンテーションして風乾した後、80℃で2h真空乾燥した。
水素生成試験は、トリエタノールアミン水溶液のpHを7.5(実施例8ではpHを5.7、実施例9ではpHを9.8)に調整した他は試験例1と同様に行った。光照射を1.5h行った後の水素生成量を表1に示した。
【0049】
【0050】
試験例1において、一般式(1)で表わされ、R7がアルコキシ基である色素1で修飾した粒状光触媒体は、色素1~4の中で最も高い水素生成活性を示した(実施例1)。色素1のアルコキシ基部分をジメチルアミノ基に置き換えた色素2も活性であった(実施例2)。これらは、R7がアルコキシ基やジメチルアミノ基であることで適切な親水性を有し、ドナー部位(A1)とアクセプター部位(R1)の選択が適切で、TiO2に効率よく電子伝達された結果と考えられる。これに対して、色素4は水素生成に活性を示さなかった(比較例1)。これは色素4の吸収波長が短いために可視光での水素生成活性を示さず、色素の吸収波長が重要であると確認できた。
【0051】
試験例2における色素A、Bは、色素1のアルコキシ基をグリコール基に変えたものであり、色素1同様に高い水素生成活性を示している(実施例4、11など)。親水性基の効果が明確に表れた結果と考えられる。これに対して、色素2の構造からR6に長鎖のアルキル基を導入して疎水性を強めた色素3では、全く水素生成しなかった(比較例2)。また、色素を用いないこと以外は試験例2と同様に行った場合(色素を吸着していない粒
状Pt/TiO2を使用)では、可視光照射条件で全く水素を生成しない(比較例3)ことから、今回有効であった色素1、2、A、Bを吸着することで、可視光応答性が発現したことが確認できた。
【0052】
試験例2の実施例4~12ではいずれも水素生成しているが、調製条件や反応条件によって水素生成量が大きく異なる。色素A、Bの吸着時間を変えて調製した結果(実施例3~5、10~12)では、いずれも吸着時間1時間の場合が高い活性を示した。犠牲剤はアミン類だけでなく、メタノールを使った場合も水素生成がみられた(実施例6)。反応溶液は水と犠牲剤のみでなくても非水溶媒であるアセトニトリルを含んでいても良く、水だけの場合よりも高い活性が得られた(実施例7)。また、トリエタノールアミン水溶液のpHは中性付近でなくても、pH6~10の間では水素生成が可能であることが示された。