(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022071330
(43)【公開日】2022-05-16
(54)【発明の名称】高磁気勾配型超電導バルク磁石装置
(51)【国際特許分類】
H01F 6/06 20060101AFI20220509BHJP
【FI】
H01F6/06 110
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020180228
(22)【出願日】2020-10-28
(71)【出願人】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 悠樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】高橋 圭太
(72)【発明者】
【氏名】藤代 博之
(57)【要約】
【課題】バルク超電導体複合体により急峻な磁場勾配を発生させ、外部に配置された着磁用超電導マグネットによる磁場印加をゼロにした後も大きな勾配磁場をボア内部の開放空間にて持続的に発生することができ、磁気浮上が可能な擬似無重力空間を簡便に提供でき、簡便な運用が可能な小型・可搬で、優れた汎用性を有する高磁気勾配型超電導バルク磁石装置を提供する。
【解決手段】円筒状バルク超電導体とスリット入り円筒状バルク超電導体を積層したバルク超電導体複合体を、着磁用超電導マグネットにより着磁することにより、ボア内部で発生する正の磁場分布にボア内部で発生する負の磁場分布を重ね合わせて急峻な磁場勾配を発生させ、かつ、着磁用超電導マグネットによる磁場印加をゼロにした後も大きな勾配磁場を持続的に発生できるようにする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状バルク超電導体とスリット入り円筒状バルク超電導体を積層したバルク超電導体複合体からなり、外部に設置した着磁用超電導マグネットにより前記バルク超電導体複合体を着磁することにより、前記円筒状バルク超電導体がそのボア内部で発生する正の磁場分布に、前記スリット入り円筒状バルク超電導体がそのボア内部で発生する負の磁場分布を重ね合わせて急峻な磁気勾配を発生させ、かつ、前記着磁用超電導マグネットによる磁場印加をゼロにした後も大きな勾配磁場をボア内部の開放空間にて持続的に発生できることを特徴とする高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
【請求項2】
前記円筒状バルク超電導体の上面及び下面、あるいはそのどちらか一方に、前記スリット入り円筒状バルク超電導体を熱伝導性のスペーサーを介して積層したことを特徴とする請求項1に記載の高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
【請求項3】
前記熱伝導性のスペーサーがインジウムシートであることを特徴とする請求項2に記載の高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
【請求項4】
前記円筒状バルク超電導体を、複数のバルク超電導体を積層することで構成したことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
【請求項5】
前記円筒状バルク超電導体及び前記スリット入り円筒状バルク超電導体が、それぞれボア径が異なることを特徴とする請求項1から4のいずれかに一項に記載の高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
【請求項6】
前記円筒状バルク超電導体及び前記スリット入り円筒状バルク超電導体がそれぞれREBaCuO(REは希土類元素またはY)からなることを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導バルクを用い、高磁気勾配磁場を発生する超電導バルク磁石装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
宇宙空間における無重力は、あらゆる科学的研究分野において、地球上における重力が及ぼす自然対流の影響を無視できる特質的な環境の1つとして捉えられている。これまでに、環境パラメータとして無重力環境を利用したいくつかの実験が国際宇宙ステーション(ISS)にて行われており、その多くはタンパク質結晶成長や細胞培養といった生命・医療分野における検討が主体的である。これらの研究に代表される、いわゆる“宇宙生物学”の分野は、今後拡大が予想される重要な開発分野であり、持続可能な開発目標 (SDGs)にも貢献し得る。
【0003】
強力な磁場とそこから得られる磁気力勾配は、地球上の重力に対する反発力として作用させることで、あらゆる反磁性体(水や一般的な金属、タンパク質など)に対し擬似的な無重力であるつり合いの状態を作り出すことができる。1990年、水やプラスチックの磁気浮上がBeaugnonらによって初めて報告されており(非特許文献1)、これらはハイブリッド型超電導電磁石 (以下、HMと略記することもある。) を用いて、磁気力勾配Bz・dBz/dz = -1923 T2/m(Bzは磁場、dBz/dz は磁気勾配)の発生により実証されている。
【0004】
超電導技術は、磁気浮上を含めた強磁場を要する分野の要求に応えてきた。Nikolayevらは、世界各地にあるハイブリッド型超電導電磁石 (HM)及び超電導電磁石 (以下、SMと略記することもある。) の性能についてまとめており、最大Bz・dBz/dz = -3000 T2/mまでの磁気力勾配が30 Tの強磁場下で実現されている(非特許文献2)。現状では、液体ヘリウムを冷媒に用いない伝導冷却方式の10 T級超電導電磁石(Bz・dBz/dz = -400 T2/m)が、研究室レベルでは広く用いられている。
【0005】
物質に作用する磁気力Fmは、下式で示すように、z軸方向 (高さ方向) の磁場Bzと磁気勾配dBz/dzに比例して増大する。
【0006】
【0007】
従って、強い磁気力Fmの発生には、磁場Bzと磁気勾配dBz/dzのいずれかあるいは両方を向上するための磁気設計が必要である。例として、タンパク質結晶成長のために開発された高磁気勾配型超電導電磁石がある(非特許文献3)。これは、逆磁場を発生するNb3Snコイルを従来のNb3Sn-NbTiハイブリッド電磁石に積層したもので、両コイルの積層界面においてBz・dBz/dz = -1500 T2/mまでの磁気力勾配が発生可能である。超電導応用における最も重大な課題は、そのような高磁気力勾配が磁場活用に特化した特定の施設のみでしか得られないことにある。磁場を用いた擬似無重力空間の実用においては、磁場発生源がコンパクト且つ比較的低コストで実現できるデスクトップ型装置であることや、液体ヘリウム等の冷媒を用いない無冷媒方式であることが望まれる。
【0008】
大型単結晶超電導バルク(RE)BaCuO (REは希土類元素あるいはY) は、小型で強力な擬似永久磁石 (通常、バルク磁石)として用いることができる。磁束は、外部磁場を印加-掃引することで生じる電磁誘導現象により、バルク内をゼロ抵抗で流れる超電導電流によって捕捉できる。この(RE)BaCuOバルクは超電導転移温度Tcが90 Kを超えており、デスクトップ型磁場発生装置における擬似永久磁石 (以下、TFMと略記することもある。) として最も有望な材料である。世界最高の捕捉磁場である17.6 Tは、機械的補強を行った2枚のGdBaCuOバルクペアの中心で磁場中冷却着磁 (以下、FCMと略記することもある。) により実現されている。VakaliukらはFCMで着磁したTFMの信頼性について、捕捉磁場の再現性が着磁温度50 K、印加磁場10 TのFCMで確認できたものの、それより高い14 Tでは保証できないと報告している(非特許文献4)。TFMの実用に関わる探索的研究は、バルク作製・着磁技術・応用研究といった3つのフェーズに分類することができる。それらの実験結果は、強力な磁場源として優れたTFMのポテンシャルを示している。しかし、実験的検討における現在の磁気設計は応用に適した形ではなく、実用上では強磁場及び強磁気力勾配が真空容器外の開放空間にて提供される必要がある。
【0009】
近年、本発明者らはハイブリッド型バルク超電導磁石レンズ (以下、HTFMLと略記することもある。) を新たに提案した(特許文献1、非特許文献5)。これは、外側の円筒状バルク構造体のボアにバルク超電導体磁気レンズを挿入した複数のバルク体から成る磁石である。内側の磁気レンズによる反磁界レンズ効果は、着磁後に外側の円筒TFMから供給される捕捉磁場を収束し増幅することが可能である。GdBaCuOレンズとGdBaCuO円筒TFMで構成したHTFMLは、10 Tの印加磁場を用いて、より大きな収束磁場Bc = 11.4 Tの発生が追加の電力消費なしに永続的に実現できることが数値解析により予測されている(非特許文献6)。HTFMLの実現可能性は、まずGdBaCuOレンズとMgB2円筒TFMで構成したHTFMLで実験的に証明され、ここでは20 Kで印加磁場2 Tに対しBc = 3.5 Tの発生に成功した(非特許文献7)。このHTFML装置の発明は、超電導体の材質に依存した従来のアプローチに対し、着磁方法及び構造の観点からバルクの捕捉磁場向上を図るという新しい知見を与えた。
【0010】
更に、GdBaCuOレンズとGdBaCuO円筒TFMで構成したHTFMLでは、ボア内部にて最大でBz・dBz/dz = -3000 T2/mまでの磁気力勾配が発生できることが予想されており、擬似無重力空間を低コストで効率的に提供できると期待されている。しかし、このHTFMLの利用には、磁気設計と着磁プロセスの両面でさらに解決すべき課題がある。着磁過程は、内側レンズのゼロ磁場中冷却着磁 (ZFCM)中に外側円筒TFMのFCMを行うために、各バルク材の温度が個別に制御されなければならない。このため特殊な熱スイッチ機構が必要となり、着磁プロセスも長時間を要し、さらに短縮されることが望ましい。また、真空容器外の室温ボア空間は、GdBaCuOレンズのボア径が10 mm程度であることに加え、機械的な補強治具のためにステンレス製の治具にマウントすれば更に狭くなる。したがって、将来的な実用研究において汎用性をより高めることが望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Beaugnon E and Tournier R 2003 Levitation of organic materials Nature 349 470.
【非特許文献2】Nikolayev V S, Chatain D, Beysens D and Pichavant G 2011 Magnetic gravity compensation Microgravity. Sci. Technol. 23 113-122.
【非特許文献3】Wada H et al 2012 Application of High-Field Superconducting Magnet to Protein Crystallization Phys. Procedia Technol. 36 953-957.
【非特許文献4】Vakaliuk O, Werfel F, Jaroszynski J and Halbedel B 2020 Trapped field potential of commercial Y-Ba-Cu-O bulk superconductors designed for applications Supercond. Sci. Technol. 33 095005.
【非特許文献5】Takahashi K, Fujishiro H and Ainslie M D 2018 A new concept of a hybrid trapped field magnet lens Supercond. Sci. Technol. 31 044005.
【非特許文献6】Takahashi K, Fujishiro H and Ainslie M D 2020 Simulation study for magnetic levitation in pure water exploiting the ultra-high magnetic field gradient product of a hybrid trapped field magnet lens (HTFML) J. Appl. Phys. 127 185106.
【非特許文献7】Namba S, Fujishiro H, Naito T, Ainslie M D and Takahashi K 2019 Experimental realization of a hybrid trapped field magnet lens using a GdBaCuO magnetic lens and MgB2bulk cylinder Supercond. Sci. Technol.32 12LT03.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、バルク超電導体複合体により急峻な磁気勾配を発生させ、外部に配置された着磁用超電導マグネットによる磁場印加をゼロにした後も大きな勾配磁場をボア内部の開放空間にて持続的に発生することができる高磁気勾配型超電導バルク磁石装置を提供することを課題とする。
また、本発明は、磁気浮上が可能な擬似無重力空間を簡便に提供できる高磁気勾配型超電導バルク磁石装置を提供することも課題とする。
さらに、本発明は、簡便な運用が可能な小型・可搬で、優れた汎用性を有する高磁気勾配型超電導バルク磁石装置を提供することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明によれば、上記課題を解決するため、下記の発明が提供される。
[1]円筒状バルク超電導体とスリット入り円筒状バルク超電導体を積層したバルク超電導体複合体からなり、外部に設置した着磁用超電導マグネットにより前記バルク超電導体複合体を着磁することにより、前記円筒状バルク超電導体がそのボア内部で発生する正の磁場分布に、前記スリット入り円筒状バルク超電導体がそのボア内部で発生する負の磁場分布を重ね合わせて急峻な磁気勾配を発生させ、かつ、前記着磁用超電導マグネットによる磁場印加をゼロにした後も大きな勾配磁場をボア内部の開放空間にて持続的に発生できることを特徴とする高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
[2]上記第[1]の発明において、前記円筒状バルク超電導体の上面及び下面、あるいはそのどちらか一方に、前記スリット入り円筒状バルク超電導体を熱伝導性のスペーサーを介して積層したことを特徴とする高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
[3]上記第[2]の発明において、前記熱伝導性のスペーサーがインジウムシートであることを特徴とする高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
[4]上記第[1]から第[3]のいずれかの発明において、前記円筒状バルク超電導体を、複数のバルク超電導体を積層することで構成したことを特徴とする高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
[5]上記第[1]から第[4]のいずれかの発明において、前記円筒状バルク超電導体及び前記スリット入り円筒状バルク超電導体が、それぞれボア径が異なることを特徴とする高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
[6]上記第[1]から第[5]のいずれかの発明において、前記円筒状バルク超電導体及び前記スリット入り円筒状バルク超電導体がそれぞれREBaCuO (REは希土類元素またはY) からなることを特徴とする高磁気勾配型超電導バルク磁石装置。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、円筒状バルク超電導体とスリット入り円筒状バルク超電導体を積層してなるバルク超電導体複合体により急峻な磁気勾配を発生させ、外部に配置された着磁用超電導マグネットによる磁場印加をゼロにした後も大きな勾配磁場をボア内部の開放空間にて持続的に発生することが可能となる。
また、本発明によれば、磁気浮上が可能な擬似無重力空間を簡便に実現できる高磁気勾配型超電導バルク磁石装置を提供することができる。
さらに、本発明によれば、簡便な運用が可能な小型・可搬で、優れた汎用性を有する高磁気勾配型超電導バルク磁石装置を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】(a) は本発明による高磁気勾配型超電導バルク磁石の構成を示す概略断面図、(b) は円筒状バルク超電導体 (full-TFM) を上面から見た図、(c) はスリット入り円筒状バルク超電導体 (slit-TFM) を上面から見た図である。
【
図2】高磁気勾配型超電導バルク磁石の磁場中冷却着磁 (FCM) の着磁シーケンスを示す図である。
【
図3】(a) と(b) は円筒状バルク超電導体 (full-TFM) とスリット入り円筒状バルク超電導体(slit-TFM) をそれぞれ単体で磁場中冷却着磁 (FCM) したときの磁場のステップ依存性を、full-TFM中心とslit-TFM中心に対してそれぞれ示す図であり、(c) と(d) はそれぞれfull-TFM内とslit-TFM内の磁束と誘導電流の向きを模した概念図である。
【
図4】(a) と(b)はB
app = 10 T、 40 Kで着磁した後の磁場B
zと磁気力勾配 B
z・dB
z/dz の解析結果を、内径 (I.D.) 10 mmの3種のTFM (HG-TFM、HTFML、従来の円筒TFM)で比較して示す図である。
【
図5】様々なボア径 (I.D. = 10, 20 及び 36 mm) を有するHG-TFMの磁場B
zと磁気力勾配 B
z・dB
z/dzの分布を示しており、それらを単体full-TFM (-24 mm≦ z ≦24 mm)と単体slit-TFM (±z = 25~41 mm) の結果と比較して示す図である。
【
図6】HG-TFMの磁場中心における捕捉磁場B
T (= B
zat step 8)と各TFM界面における最大磁気力勾配|B
z・dB
z/dz|の印加磁場依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1(a) は、本発明による高磁気勾配型超電導バルク磁石(以下、HG-TFMと略記することもある。)の構成を示す概略断面図であり、円筒状バルク超電導体 (以下、full-TFMと略記することもある。) 11 (11a~11c) を2つのスリット入り円筒状バルク超電導体 (以下、slit-TFMと略記することもある。) 12 (12a、12b) で挟み込んだ構造をとる。full-TFMは従来型のものを用いることができる。
図1(b) と
図1(c) は、full-TFM 11とslit-TFM 12をそれぞれ上から見た様子を示す平面図である。HG-TFM 11の外径 (O.D)は60 mm、内径 (I.D.)は10, 20あるいは36mmとし各バルク材の形状を変化させた。full-TFM 11の高さ (H)は48 mmで、H = 16 mmの円筒バルクを3つ積層することで構築した。slit-TFM 12においても各バルクの高さは16 mmである。スリット17の形状や本数は任意に設計できる。例えば、対角線上に偶数本で入れることで、径方向 (水平方向) の磁気力を対称に作用させる効果がある。また、200ミクロン程度の細い直線スリットとすれば、逆磁場強度を可能な限り高くすることができる。また、full-TFM 12の高さは I.D. = 36 mmのHG-TFMの捕捉磁場特性が10 Tを下回らないように決定しており、比較のためにI.D. = 10, 20 mmの場合もH = 48 mmに統一している。そのため、搭載するfull-TFM 11の個数は装置に求められる磁場強度に応じて変更することができる。各バルクは補強のため、厚さ5 mmのAl合金リング 13 (O.D. = 70 mm, I.D. = 60 mm, H = 16 mm) にエポキシ樹脂 14によりマウントされている。薄いインジウムシート 15 をスペーサーとして各バルクの界面に挿入し、実証実験のHG-TFMにおける各バルク間の境界条件を再現した。スペーサーはfull-TFMとslit-TFM間の磁気的なギャップを提供し、slit-TFMが独立した磁石として逆磁場を発生できるように設けられている。スペーサーとしては、熱伝導が良好な銅などの材質を用いてもよく、機械補強に影響しない外径で、且つバルク間の距離が最小となる高さで設計することが望ましい。さらに、HG-TFM全体は、伝導冷却と機械補強のためステンレス(SS)カプセル16にマウントされている。
【0018】
本発明において、full-TFM 11及びslit-TFM 12としては、例えば、それぞれREBaCuO (REは希土類元素またはY) を用いることができるが、これに限定されない。本発明の初期の目的を達成し得る種々の超電導材料を用いることができる。
【0019】
図示はしていないが、着磁用超電導マグネットは、HG-TFMを着磁するための着磁用磁場(印加磁場Bapp)を印加するもので、例えばNbTiからなるソレノイドコイルまたはスプリット型コイルが用いられる。
【0020】
図2はHG-TFMに対する磁場中冷却着磁 (FCM)の着磁シーケンスを示しており、従来のバルク状超電導磁石(TFM)に適用するものと同じである。外部磁場B
exは減磁レート-0.222 T/min.で直線的に減衰するとして、外部磁場をそれぞれB
app = 3、5、10 T、着磁温度は40 Kに一定とした。外部磁場はstep 5まで0 Tに掃引するとして、その後15分後のstep 8における静磁場を捕捉磁場B
Tとして参照した。ここでは、磁気浮上において重力に反作用する磁場のz成分のみを考慮する。解析に要した超電導バルクの物性値と理論式は、非特許文献6にて紹介している。
【0021】
HG-TFMのメカニズムを説明する前に、full-TFMとslit-TFMをそれぞれ単一のバルクとして着磁した場合の各バルクの磁気特性について説明する。
【0022】
図3(a) と
図3(b) は各バルクを単体でFCMしたときの磁場のステップ依存性を、full-TFM中心とslit-TFM中心に対しそれぞれ示している。
図3(a) のfull-TFMのみの場合、捕捉磁場B
Tはおよそ印加磁場B
appと同程度であるが、これは本来の超電導特性の範囲内で部分着磁が行われたためであり、この場合には比較的均一な磁場分布がバルクボア内部で得られる。これらテスラ級の強磁場発生は、図示するように、full-TFM内を流れる超電導誘導電流によって実現される。近年の開発動向からみた超電導バルクの臨界電流密度特性に基づけば、積層した円盤バルクペア (O.D. = 24 mm, H = 24 mm) の捕捉磁場特性は、20 Tを超えることが予測されている。
図3(c)はfull-TFM内の磁束と誘導電流の向きを模した概念図である。
【0023】
図3(b) に示したslit-TFMのみの場合、外部磁場B
exを掃引した後で、B
zは減衰し負の値となった。超電導バルクの電界-電流密度特性の非線形性の影響で、B
zは最終的にstep 5のときに最小(マイナスに最大)となりその後やや上昇した後に捕捉磁場として安定した。最終step 8において、B
app = 3, 5, 10 Tに対し、それぞれB
T = -2.8, -3.3, -3.6 Tとなった。
図3(d)はslit-TFM内の磁束分布と誘導電流の向きを模した概念図である。誘導電流はスリットで分割されたそれぞれの部材を反時計周りに流れ、その向きはfull-TFMと同様である。しかし、下向き (-z-direction) の磁束がslit間を通じてボア内部に存在し、各バルク部材のそれぞれで磁気ループを形成する。よって、ボア内部の磁場はfull-TFMの場合 (+z-direction)とは逆向きになる。HG-TFMは、これら上向きの磁束を有するfull-TFMと下向きの磁束を有するslit-TFMの境界領域において高磁気力勾配を提供するのである。
【0024】
図4(a) と
図4(b) では、B
app = 10 T、 40 Kで着磁した後の磁場B
zと磁気力勾配 B
z・dB
z/dz の解析結果を、内径を10 mmとした3種のTFM (HG-TFM、HTFML、従来の円筒TFM)で比較している。各TFMの寸法は記載の通りであり、full-TFM部の形状は同一のもの (I.D. = 10 mm, O.D. = 60 mm, H = 48 mm)としている。
図4(a) において、HG-TFMと単体full-TFMでは、磁場中心の捕捉磁場B
zは印加磁場と同程度の10 Tである。一方、反磁界レンズ効果を用いるHTFMLでは、B
zがボア内部で収束されることで、収束磁場としてB
c = 11.0 Tが得られた。
図4(b) において、HG-TFMは最も優れた磁気力勾配を示しており、各TFMの境界面であるz = 24 mmにおいてB
z・dB
z/dz = -6040 T
2/mとなった。以上より、磁気力を効率的に増加するためには、捕捉磁場B
zそのものを向上させるよりも磁気勾配 dB
z/dzを向上させる方が望ましいと言える。HG-TFMが最も優れる点は、従来の単体TFMと同様に、ある一定温度のFCMによって着磁を行えること、また、slit-TFM以外に追加コストを必要としないことにある。HG-TFMの磁気特性はバルク材の形状 (O.D., I.D., H, slit角など) や超電導特性のみならず、温度や印加磁場といった着磁条件にも左右される。
【0025】
図5(a) 及び
図5(b) は、様々なボア径(I.D. = 10, 20 及び 36 mm)を有するHG-TFMの磁場B
zと磁気力勾配 B
z・dB
z/dzの分布を示しており、それらを単体full-TFM (-24 mm≦ z ≦24 mm)と単体slit-TFM (±z = 25~41 mm)の結果と比較したものである。
図5(a) において、I.D. = 10 mmの単体slit-TFMは負の大きな捕捉磁場 (= -3 T) を±z = 20~40 mmの領域において発生しており、HG-TFMとした際に磁気勾配を急峻とする上で最も効果的な分布となっている。単体slit-TFMの捕捉磁場の値は内径の拡大とともに減衰しており、I.D. = 36 mmの磁場B
zはほとんどゼロである。一方で単体full-TFMとHG-TFMでは、±z = 24 mm付近のB
z分布は内径の拡大とともにゆるやかとなり、I.D. = 36 mmではもはや両者間でほとんど差異が見られない。B
zはzが大きくなるほど(full-TFMから離れるほど)減衰するため、ボア径が大きい場合にはHG-TFMにおいて制御できる磁束がほとんど存在しない。
【0026】
図5(b) において、full-TFMにslit-TFMを積層したHG-TFMでは、各TFM部の境界 (±z = 24 mm) における B
z・dB
z/dzのピーク値が内径の減少と共に増加している。I.D. = 10 mm で最大B
z・dB
z/dz = -6040 T
2/mであり、これは単一full-TFMの場合 (-3790 T
2/m) と比較しても高い値である。大気中における水の磁気浮上に要求される B
z・dB
z/dzの大きさは-1400 T
2/m程度である。弱反磁性混合溶液中のタンパク質結晶成長においては、対流のない擬似無重力環境を実現するためにより強力な磁気力勾配として-4450 T
2/m程度が要求されており、理論式で求められる値よりも遥かに高い水準となっている。よって、擬似無重力環境のための磁気力勾配を実現するためには、内径が小さいHG-TFMを用いるのが望ましいと言える。
【0027】
図6(a) と
図6(b) はHG-TFMの磁場中心における捕捉磁場B
T (= B
zat step 8)と各TFM界面における最大磁気力勾配 |B
z・dB
z/dz| の印加磁場依存性を示している。比較のため、単体full-TFMの結果も掲載した。
図6(a)に示すように、捕捉磁場値はすべての場合において等価であり、基本的なFCM着磁におけるB
T = B
appの関係が成立している。しかし、
図6(b)における磁気力勾配に示されるように、HG-TFMは印加磁場B
app = 5 T以上及び、内径20 mm以下の条件において効果的に機能しており、その値は単一full-TFMより優れている。表1は各TFMの磁気特性の最大値を
図4及び
図6より参照し、それぞれまとめている。I.D. = 10 mmのHG-TFMは、40 KでB
T = 10 Tを捕捉するとき、最大で |B
z・dB
z/dz| = 6040 T/m
2を有しており、現存する大型の超電導電磁石(SM:~1500 T/m
2)やハイブリッド型超電導電磁石(HM:~3000 T/m
2)と比較しても優れた値であることが
図6(b)からも確認できる。
【0028】
関連する多くの磁気分離や磁気浮上に関する研究は、磁場強度1 Tまでの永久磁石を用いた装置に基づいており、磁気アルキメデス法により常磁性溶媒を使うことで見かけ上で磁気力を向上する手段が取られている。HG-TFMでは非常に大きな磁気力勾配のためにその必要はなく、結果としてより簡便で溶媒フリーな運転が水中や空気中でも可能である。これらの利点は磁気浮上プロセスに特化したデスクトップ型磁場発生源として擬似無重力空間の汎用性を高めることに貢献し、タンパク質結晶成長や細胞培養のような潜在的な産業応用分野において重力起因の対流を抑制した環境を提供することが可能である。単一full-TFMの場合でも、その Bz・dBz/dzは I.D. = 36 と20 mmでそれぞれ1980、2760 T2/mであり、SMよりも優れた特性を示している。これらの結果は単体full-TFMもまた真空容器外の開放空間にて擬似無重力空間を提供できることを示しており、実際の処理空間は15~30 mm程度になると思われる。
【0029】
【0030】
以上詳述したように、本発明では、新規な構造の高磁気勾配型バルク磁石 (HG-TFM)を新たに提案した。(RE)BaCuOバルク超電導体で構成したHG-TFMは磁気力により擬似無重力空間を提供するために、スリット入り円筒状バルク超電導体 (slit-TFM) を、スリットを有しない円筒状バルク超電導体 (full-TFM)に積層した構造をとる。このHG-TFMは、これまで磁場強度の向上を目指したHTFMLなどのバルク磁石とは異なり、磁気勾配を急峻にすることで磁気力を向上するという新規な機構に基づいている。また、前述のように、このHG-TFMについて、数値解析により着磁後の磁気特性を分析した。
【0031】
以上の検討により得られた重要な結果と結論は下記の通りである。
1)Bapp = 10 TのFCMにおいて、HG-TFMの磁気力勾配の最大値としてBz・dBz/dz = -6040 T2/mが得られた。これは、現存するどの磁場発生源よりも優れた値である。HG-TFMの優位性はその簡便な着磁プロセスにあり、追加コストを必要としない磁気設計で真空容器外の開放空間にて磁気力の提供が可能である。
【0032】
2)HG-TFMのBz・dBz/dzは、内径を縮小するか印加磁場を増加させることで向上する。内径36 mmのHG-TFMでも、そのBz・dBz/dzは1980 T2/mであり、単一full-TFMの場合より大きい。
【0033】
擬似無重力空間はHG-TFMの非常に強力な磁気力勾配により真空容器外の開放空間にて発生することが可能であり、この場合には磁気アルキメデス法は不要である。本発明のHG-TFM装置はコンパクトで冷媒フリーのデスクトップ型磁場発生源であり、タンパク質結晶成長や細胞培養といった生命-医療分野等の科学研究領域への応用が期待される。
【符号の説明】
【0034】
11 (11a, 11b, 11c)・・・円筒状バルク超電導体 (full-TFM)
12 (12a, 12b)・・・スリット入り円筒状バルク超電導体 (slit-TFM)
13・・・Al合金リング
14・・・エポキシ樹脂
15・・・インジウムシート