(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022072261
(43)【公開日】2022-05-17
(54)【発明の名称】会合性高分子材料
(51)【国際特許分類】
A61L 27/18 20060101AFI20220510BHJP
A61L 27/16 20060101ALI20220510BHJP
A61L 27/44 20060101ALI20220510BHJP
C08G 65/328 20060101ALI20220510BHJP
C08F 8/42 20060101ALI20220510BHJP
【FI】
A61L27/18
A61L27/16
A61L27/44
C08G65/328
C08F8/42
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020181612
(22)【出願日】2020-10-29
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】520160440
【氏名又は名称】ジェリクル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100203035
【弁理士】
【氏名又は名称】五味渕 琢也
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【弁理士】
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】酒井 崇匡
(72)【発明者】
【氏名】宮田 完二郎
(72)【発明者】
【氏名】内藤 瑞
(72)【発明者】
【氏名】片島 拓弥
(72)【発明者】
【氏名】増井 公祐
【テーマコード(参考)】
4C081
4J005
4J100
【Fターム(参考)】
4C081AB11
4C081BA17
4C081BB02
4C081CA011
4C081CA181
4C081DA15
4J005BD04
4J100AG04P
4J100AL03P
4J100AL09Q
4J100AM02P
4J100CA04
4J100CA31
4J100HA01
4J100HA39
4J100HB63
4J100JA03
(57)【要約】 (修正有)
【課題】高分子の溶液の濃度・溶媒を変えずに、所望の低浸透圧を実現する、生体適合性の新規高分子材料の提供。
【解決手段】複数のポリマーユニットからなる高分子材料であって、溶媒を含有し、前記ポリマーユニットが、側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上のポリオール基を有する第2のポリマーユニットを含み、前記高分子材料中のポリマー含有量が、前記ポリマーユニットの重なり合い濃度の2倍以下である、該高分子材料。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のポリマーユニットからなる高分子材料であって、
溶媒を含有し、
前記ポリマーユニットが、側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上のポリオール基を有する第2のポリマーユニットを含み、
前記高分子材料中のポリマー含有量が、前記ポリマーユニットの重なり合い濃度の2倍以下である、
該高分子材料。
【請求項2】
前記高分子材料の浸透圧が、以下の式で表される浸透圧Π
0(Pa)よりも小さいことを特徴とする、請求項1に記載の高分子材料:
【数1】
(式中、cは高分子濃度(g/L)を表し、c
*は前記ポリマーユニットの重なり合い濃度を表し、R は期待定数を表し、Tは絶対温度を表し、Mは前記ポリマーユニットの重量平均分子量である)。
【請求項3】
前記ポリマーユニットが、ポリエチレングリコール骨格又はポリビニル骨格を有する、請求項1又は2に記載の高分子材料。
【請求項4】
前記ポリマーユニットが、ポリエチレングリコール骨格を有する、請求項2に記載の高分子材料。
【請求項5】
前記ポリマーユニットが、5x103~1x105の分子量(Mw)を有する、請求項1~4のいずれか1に記載の高分子材料。
【請求項6】
前記ボロン酸含有基が、ハロゲン原子で置換されていてもよいアリールボロン酸である、請求項1~5のいずれか1に記載の高分子材料。
【請求項7】
前記ポリオール基が、糖誘導体の開環構造を有する、請求項1~6のいずれか1に記載の高分子材料。
【請求項8】
前記ポリマーユニットが、それぞれ独立に、2分岐、3分岐、4分岐、又は8分岐のポリエチレングリコールである、請求項1~7のいずれか1に記載の高分子材料。
【請求項9】
側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基又はポリオール基を有する第3のポリマーユニットをさらに含む、請求項1~8のいずれか1に記載の高分子材料。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1に記載の高分子材料を形成するためのキットであって、側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基を有する第1のポリマーユニットを含む組成物Aと、側鎖又は末端に1以上のポリオール基を有する第2のポリマーユニットを含む組成物Bを少なくとも含み、前記高分子材料中のポリマー含有量が前記ポリマーユニットの重なり合い濃度の2倍以下である、該キット。
【請求項11】
側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基又はポリオール基を有する第3のポリマーユニットを含むポリマー溶液Cをさらに含む、請求項10に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボロン酸含有基とポリオール基との平衡反応を利用した会合性の高分子材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、超高齢社会において、低侵襲性治療へのニーズが高まる中、組織保護や接着、術野確保、また膝軟骨などの関節注射剤などのために、ウェットでソフトな医用粘弾性物質による補助が重要となる。しかし、現在、上市されているヒアルロン酸ナトリウム製剤は、天然由来の多糖高分子の絡み合った高分子水溶液である。
【0003】
しかし、かかる高分子水溶液は、浸透圧を生じる。一般的に、医用材料に用いる高分子水溶液の浸透圧は高いため、体内で残存物が生じると、患部の内圧が増大すると言う問題があった (例えば、非特許文献1)。また、かかる残存物を含むヒアルロン酸ナトリウムが、発がん性などの生体毒性を示すという報告もある。(例えば、非特許文献2)。浸透圧は高分子濃度の低下によって低減することができるが、同時にこれらの材料に必要な粘稠性も低下する。よって、高分子濃度を低下させること以外の手法によってで、必要な高分子濃度を維持したまま、高分子溶液の浸透圧のみ低下させることができる材料が要求されてきたが、これまで有力な代替材料が存在しないのが現状である。また、工業的にも、ヒアルロン酸ナトリウムは、原料供給が不安定であり、かつ品質管理が困難であるという課題もある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Rainer G et al. Br J Ophthalmol, 85:139-142, 2001
【非特許文献2】Ooki T et al. Developmental Cell, 49, 590-604, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、高分子の溶液の濃度・溶媒を変えずに、所望の低浸透圧を実現する、生体適合性の新規高分子材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討の結果、分子内にボロン酸含有基を有するポリマーユニットとポリオール基を有するポリマーユニットを用い、これらを相互に会合させることで、比較対象である官能基を付与しない高分子溶液に対して、当該高分子溶液の浸透圧を低減可能な高分子材料を提供できることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0007】
すなわち、本発明は、一態様において、
<1>複数のポリマーユニットからなる高分子材料であって、溶媒を含有し、前記ポリマーユニットが、側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上のポリオール基を有する第2のポリマーユニットを含み、前記高分子材料中のポリマー含有量が、前記ポリマーユニットの重なり合い濃度の2倍以下である、高分子材料;
<2>前記高分子材料の浸透圧が、以下の式で表される浸透圧Π
0(Pa)よりも小さいことを特徴とする、上記<1>に記載の高分子材料
【数1】
(式中、cは高分子濃度(g/L)を表し、c
*は前記ポリマーユニットの重なり合い濃度を表し、R は気体定数を表し、Tは絶対温度を表し、Mは前記ポリマーユニットの重量平均分子量);
<3>前記ポリマーユニットが、ポリエチレングリコール骨格又はポリビニル骨格を有する、上記<1>又は<2>に記載の高分子材料;
<4>前記ポリマーユニットが、ポリエチレングリコール骨格を有する、上記<2>に記載の高分子材料。
<5>前記ポリマーユニットが、5x10
3~1x10
5の分子量(Mw)を有する、上記<1>~<4>のいずれか1に記載の高分子材料;
<6>前記ボロン酸含有基が、ハロゲン原子で置換されていてもよいアリールボロン酸である、上記<1>~<5>のいずれか1に記載の高分子材料;
<7>前記ポリオール基が、糖誘導体の開環構造を有する、上記<1>~<6>のいずれか1に記載の高分子材料;
<8>前記ポリマーユニットが、それぞれ独立に、2分岐、3分岐、4分岐、又は8分岐のポリエチレングリコールである、上記<1>~<7>のいずれか1に記載の高分子材料;
<9>側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基又はポリオール基を有する第3のポリマーユニットをさらに含む、上記<1>~<8>のいずれか1に記載の高分子材料;
を提供するものである。
【0008】
別の態様において、本発明は、
<10>上記<1>~<9>のいずれか1に記載の高分子材料を形成するためのキットであって、側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基を有する第1のポリマーユニットを含む組成物Aと、側鎖又は末端に1以上のポリオール基を有する第2のポリマーユニットを含む組成物Bを少なくとも含み、前記高分子材料中のポリマー含有量が前記ポリマーユニットの重なり合い濃度の2倍以下である、該キット;
<11>側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基又はポリオール基を有する第3のポリマーユニットを含むポリマー溶液Cをさらに含む、上記<10>に記載のキット
を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ボロン酸含有基=ポリオール基の間の平衡反応を利用することで、高分子濃度・溶媒を変化させることなく、所望の低浸透圧とすることが可能な会合性の高分子材料を提供できる。本発明の高分子材料は、医療用途を含め種々の分野に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の高分子材料の浸透圧の濃度依存性を示すグラフである(分子量10k)。
【
図2】
図2は、本発明の高分子材料の浸透圧の濃度依存性を示すグラフである(分子量40k)。
【
図3】
図3は、本発明の高分子材料の浸透圧を規格化した値と、高分子の重なり合い濃度によって規格化した濃度の関係性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0012】
1.本発明の高分子材料
本発明の高分子材料は、複数のポリマーユニットからなる高分子材料であって;溶媒を含有し;前記ポリマーユニットが、側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上のポリオール基を有する第2のポリマーユニットを含み;前記高分子材料中のポリマー含有量が、前記ポリマーユニットの重なり合い濃度の2倍以下であることを特徴とするものである。以下、本発明の高分子材料を構成するポリマーユニット、及び当該高分子材料の特性についてより詳細に説明する。
【0013】
(1-1)ポリマーユニット
本発明の高分子材料を構成するポリマーユニットは、互いに連結することによって非ゲル性の高分子材料を形成し得るものであって、より詳細には、最終的な高分子材料において、当該ポリマーユニットが平衡反応による化学結合を介して連結することにより網目構造、特に、3次元網目構造の会合体を形成し得るポリマーである。かかるポリマーユニットは、好ましくは親水性ポリマーである。親水性ポリマーは、当該技術分野において公知の水に対して親和性を有するポリマーを用いることができるが、好ましくは、ポリアルキレングリコール骨格又はポリビニル骨格を有する生体適合性ポリマーである。
【0014】
ポリアルキレングリコール骨格を有するポリマーは、好ましくは、複数のポリエチレングリコール骨格の分岐を有するポリマー種が挙げられ、特に、2分岐、3分岐、4分岐、又は8分岐のポリエチレングリコールが好ましい。4分岐型のポリエチレングリコール骨格よりなる高分子材料は、一般に、Tetra-PEG高分子材料として知られており、それぞれ末端に相互に反応し得る2種以上の官能基を有する4分岐高分子間のAB型クロスエンドカップリング反応によって網目構造ネットワークが構築されることが知られている(Matsunagaら、Macromolecules、Vol.42、No.4、pp.1344-1351、2009)。また、Tetra-PEG高分子材料は各高分子溶液の単純な二液混合で簡便にその場で作製可能であり、高分子材料調製時のpHやイオン強度を調節することで高分子材料化時間を制御することも可能である。そして、この高分子材料はPEGを主成分としているため、生体適合性にも優れている。
【0015】
また、ポリビニル骨格を有する親水性ポリマーとしては、ポリメチルメタクリレートなどのポリアルキルメタクリレートや、ポリアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリN-アルキルアクリルアミド、ポリアクリルアミドなどを挙げることができる。
【0016】
親水性ポリマーは、5x103~1x105の範囲、好ましくは、1x104~5x104の範囲の重量平均分子量(Mw)を有する。
【0017】
本発明に用いられる親水性ポリマーは、側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上のポリオール基を有する第2のポリマーユニットの組み合わせである。ここで、ボロン酸含有基とポリオール基の合計は、5以上であることが好ましい。これらの官能基は、末端に存在することがさらに好ましい。例えば、第1のポリマーユニットが、2分岐、3分岐、4分岐、又は8分岐の構造を有するものである場合、それぞれの分岐末端にボロン酸含有基を有することが好ましく、また、第2のポリマーユニットが、2分岐、3分岐、4分岐、又は8分岐の構造を有するものである場合、それぞれの分岐末端にポリオール基を有することが好ましい。
【0018】
ポリマーユニットが、かかるボロン酸含有基とポリオール基を有することにより、以下の平衡反応式に例示するように、ボロン酸部位とポリオールのOH基が化学的に反応することで、ポリマーユニット間が相互に連結・会合した構造の本発明の高分子材料が得られる。なお、当該反応式中に示したボロン酸含有基とポリオール基の具体的構造は、あくまで例示であってこれらに限定されず、後述のようにこれら以外の種類のボロン酸含有基とポリオール基であることもできる。
【化1】
【0019】
第1のポリマーユニットに存在するボロン酸含有基としては、ボロン酸を有する構造であれば特に制限はされないが、例えば、アリールボロン酸、好ましくは、ハロゲン原子で置換されていてもよいアリールボロン酸であることができる。アリールボロン酸としては、フェニルボロン酸が好ましい。ボロン酸含有基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、ポリオール基との反応性が均一になり、均一な構造を有する高分子材料を得やすくなる。
【0020】
第2のポリマーユニットに存在するポリオール基としては、ジオールなどの2以上のヒドロキシル基(OH基)を有する官能基であれば特に制限はされないが、糖由来の構造を有する糖アルコール、好ましくは、糖誘導体の開環構造を有するものであることができる。かかる糖としては、単糖類、二糖類、多糖類のいずれも可能であるが、典型的には、グルコースやフルクトースのような単糖類であることができる。また、芳香族ポリオール基、脂肪族ポリオール基であることもでき、分子中の1以上の炭素がヘテロ原子に置換されているポリオール基であってもよい。ポリオール基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、ボロン酸含有基との反応性が均一になり、均一な構造を有する高分子材料を得やすくなる。
【0021】
第1のポリマーユニットとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有し、それぞれの末端にボロン酸含有基を有する下記式(I)で表される化合物を挙げることができる。
【化2】
【0022】
式(I)中、Xは、ボロン酸含有基であり、好ましい実施態様では、Xは、以下の構造を有するフルオロフェニルボロン酸であることができる(部分構造中、波線部は、R
11~R
14への連結部である。)。
たとえば、
【化3】
【0023】
式(I)中、n11~n14は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n11~n14の値が近いほど、均一な立体構造をとることができ、高強度となる。このため、高強度の高分子材料を得るためには、同一であることが好ましい。n11~n14の値が高すぎると高分子材料の強度が弱くなり、n11~n14の値が低すぎると化合物の立体障害により高分子材料が形成されにくい。そのため、n11~n14は、25~250の整数値が挙げられ、35~180が好ましく、50~115がさらに好ましく、50~60が特に好ましい。
【0024】
上記式(I)中、それぞれ同一又は異なり、R11~R14は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R11~R14は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度な高分子材料を製造するためには同一であることが好ましい。R11~R14は、直接結合、C1-C7アルキレン基、C2-C7アルケニレン基、-NH-R15-、-CO-R15-、-R16-O-R17-、-R16-NH-R17-、-R16-CO2-R17-、-R16-CO2-NH-R17-、-R16-CO-R17-、又は-R16-CO-NH-R17-を示す。ここで、R15はC1-C7アルキレン基を示す。R16はC1-C3アルキレン基を示す。R17はC1-C5アルキレン基を示す。
【0025】
ここで、「C1-C7アルキレン基」とは、分岐を有してもよい炭素数が1以上7以下のアルキレン基を意味し、直鎖C1-C7アルキレン基又は1つ又は2つ以上の分岐を有するC2-C7アルキレン基(分岐を含めた炭素数が2以上7以下)を意味する。C1-C7アルキレン基の例は、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基である。C1-C7アルキレン基の例は、-CH2-、-(CH2)2-、-(CH2)3-、-CH(CH3)-、-(CH2)3-、-(CH(CH3))2-、-(CH2)2-CH(CH3)-、-(CH2)3-CH(CH3)-、-(CH2)2-CH(C2H5)-、-(CH2)6-、-(CH2)2-C(C2H5)2-、及び-(CH2)3C(CH3)2CH2-などが挙げられる。
【0026】
「C2-C7アルケニレン基」とは、鎖中に1個若しくは2個以上の二重結合を有する状又は分枝鎖状の炭素原子数2~7個のアルケニレン基であり、例えば、前記アルキレン基から隣り合った炭素原子の水素原子の2~5個を除いてできる二重結合を有する2価基が挙げられる。
【0027】
一方、第2のポリマーユニットとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有し、それぞれの末端にポリオール基を有する下記式(II)で表される化合物を挙げることができる。
【化4】
【0028】
式(I)中、Yは、ポリオール基であり、好ましい実施態様では、Yは、以下の構造を有するグルコース誘導体の開環構造を有するポリオールであることができる(部分構造中、波線部は、R
21~R
24への連結部である。)。
【化5】
【0029】
上記式(II)中、n21~n24は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n21~n24の値は近いほど、高分子材料は均一な立体構造をとることができ、高強度となるので好ましく、同一である方が好ましい。n21~n24の値が高すぎると高分子材料の強度が弱くなり、n21~n24の値が低すぎると化合物の立体障害により高分子材料が形成されにくい。そのため、n21~n24は、5~300の整数値が挙げられ、20~250が好ましく、30~180がより好ましく、45~115がさらに好ましく、45~55であればさらに好ましい。
【0030】
上記式(II)中、R21~R24は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R21~R24は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度な高分子材料を製造するためには同一であることが好ましい。式(II)中、R21~R24は、それぞれ同一又は異なり、直接結合、C1-C7アルキレン基、C2-C7アルケニレン基、-NH-R25-、-CO-R25-、-R26-O-R27-、-R26-NH-R27-、-R26-CO2-R27-、-R26-CO2-NH-R17-、-R26-CO-R27-、又は-R26-CO-NH-R27-を示す。ここで、R25はC1-C7アルキレン基を示す。R26はC1-C3アルキレン基を示す。R27はC1-C5アルキレン基を示す。
【0031】
本明細書において、アルキレン基及びアルケニレン基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよい)、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、アシル基、又はアリール基などを挙高分子材料ことができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルキルオキシ基やアラルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0032】
また、本明細書において、ある官能基について「置換基を有していてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、水酸基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基などを挙高分子材料ことができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。
【0033】
なお、本発明では、上記第1及び第2のポリマーユニットに加えて、側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基又はポリオール基を有する第3のポリマーユニットをさらに用いることもできる。第3のポリマーユニットは、親水性ポリマーであることが好ましく、その構造は、第1及び第2のポリマーユニットについて上述した説明が同様に適用される。
【0034】
(1-2)高分子材料の物性等
上述のように、本発明の高分子材料は、第1のポリマーユニットと第2のポリマーユニットから形成される網目構造を有するものであるが、形成された高分子材料自体の特性として、上述のように、そのポリマー含有量が、前記ポリマーユニットの重なり合い濃度(c*)の2倍以下である(≦2c*)という特徴を有する。好ましくは、ポリマー含有量は、c*の1.5倍以下(≦1.5c*)、より好ましくはc*以下(≦c*)であることができる。これにより、粘稠性等の物性を維持しつつ、所望の高分子溶液の浸透圧を所望の範囲に低減することができる。
【0035】
ここで、「重なり合い濃度」(「重なり濃度」とも呼ばれる。)とは、溶媒中の高分子が空間的に互いに接触し始める濃度のことであり、一般に、重なり濃度c
*は、以下の式で表される。
【数2】
(式中、M
wは、ポリマーの重量平均分子量であり;αは、溶媒の比重;N
Aは、アボガドロ定数;R
gは、ポリマーの慣性半径である。)。
【0036】
重なり濃度c*の算出方法は、例えば、Polymer Physics(M. Rubinstein, R.Colby著)を参照することができる。具体的には、例えば、希薄溶液の粘度測定より、フローリーフォックスの式を用いて求めることができる。
【0037】
本発明の高分子材料は、溶媒を含み、80g/L以下、好ましくは、60g/L以下、より好ましは、40g/L以下のポリマー含有量を有する。ポリマー含有量の下限値は特に限定されないが、所望の粘稠性等の物性が得られるという観点から、下限値は10g/L以上であることが好ましい。当該数値範囲は、本発明の高分子材料が、会合性部位の導入により高分子溶液の浸透圧を低減させるのに、効果的なポリマー含有量を規定したものである。高分子材料中の溶媒は、好ましくは、水、または水と有機溶媒の混合溶媒である。
【0038】
さらに、本発明の高分子材料は、好ましくは100~20000Paの範囲、より好ましくは10~8500Paの範囲の浸透圧を有する。上述のように、本発明の高分子材料は、高分子水溶液であるにも関わらず、同組成の主鎖を有する高分子溶液と比べて、低い浸透圧を実現する。ここで、当該浸透圧は、以下の式で表される:
【数3】
(式中、Πは浸透圧(Pa)を表し、cは高分子材料中のポリマー含有量(g/L)を表す。)。
【0039】
そして、本発明の高分子材料の浸透圧Πは、以下の式で表される浸透圧Π
0(Pa)よりも小さいこと好ましい(Π<Π
0)。浸透圧Π
0は、上述の「同組成の主鎖を有する高分子」の場合の浸透圧の理論値である。
【数4】
(式中、cは高分子濃度(g/L)を表し、c
*は前記ポリマーユニットの重なり合い濃度を表し、R は気体定数を表し、Tは絶対温度を表し、Mは前記ポリマーユニットの重量平均分子量である)
【0040】
本発明の高分子材料中に含まれる溶媒としては、上記ポリマーユニットにより形成される会合体が溶解する限り任意の溶媒を用いることができるが、典型的には、水又は有機溶媒を用いることができる。有機溶媒としては、エタノールなどのアルコール類、DMSOなどの極性溶媒を用いることができる。好ましくは、溶媒は水である。
【0041】
本発明の高分子材料は、典型的には、第1のポリマーユニットを含む原料と、第2のポリマーユニットを含む原料とを混合することによって製造することができる。原料としてポリマーユニットを含む溶液を用いる場合、各溶液の濃度、添加速度、混合速度、混合割合は特に限定されず、当業者であれば適宜調整することができる。かかる溶液の溶媒としては、上述のように、水、エタノールなどのアルコール類、DMSOなどを用いることができる。当該溶液が水溶液である場合には、リン酸緩衝液などの適切なpH緩衝液を用いることができる。好ましくは、本発明の高分子材料は、後述のキットを用いることで調製することができる。
【0042】
(1-3)キット
本発明は、別の観点において、上記高分子材料を形成するためのキットに関する。
【0043】
かかるキットは、側鎖又は末端に1以上のボロン酸含有基を有する第1のポリマーユニットを含む組成物Aと、側鎖又は末端に1以上のポリオール基を有する第2のポリマーユニットを含む組成物Bを少なくとも含むものである。これらを混合することにより、in-situで、複数のポリマーユニットからなる網目構造を有する本発明の高分子材料を得ることができる。第1及び第2のポリマーユニットの種類等については、既に述べたとおりである。
【0044】
ポリマーユニットを含む組成物A及びBは、溶液状態又は粉末状の形態であってもよいが、好ましくは、溶液状態である。場合により、組成物A及びBの一方が溶液であり、他方が粉末状であることもできる。ここで、便宜上、溶液状態にある組成物A及びBを、それぞれポリマー溶液A及びBと呼ぶ。ポリマー溶液A及びBにおける溶媒は、水であるが、場合によっては、エタノールなどのアルコール類やその他の有機溶媒を含む混合溶媒とすることもできる。好ましくは、ポリマー溶液A及びBは、水を単独溶媒とする水溶液である。ポリマー溶液A及びBの容量は、それらが付与される患部等の面積や構造の複雑さなどに応じて適宜調節することができるが、典型的には、それぞれ0.1~20mlの範囲、好ましくは、1~10mlである。
【0045】
ポリマー溶液A及びBのpHは、典型的には、4から8の範囲であり、好ましくは、5~7の範囲である。ポリマー溶液A及びBのpHの調節は、該技術分野において公知のpH緩衝剤を用いることができる。例えば、クエン酸-リン酸バッファー(CPB)を用い、クエン酸とリン酸水素二ナトリウムの混合比を変えることで、pHを上述の範囲に調節することができる。
【0046】
ポリマー溶液A及びBを混合する手段としては、例えば、国際公開WO2007/083522号公報に開示されたような二液混合シリンジを用いて行うことができる。混合時の二液の温度は、特に限定されず、ポリマーユニットがそれぞれ溶解され、それぞれの液が流動性を有する状態の温度であればよい。例えば、二液の温度は異なってもよいが、温度が同じである方が、二液が混合されやすいので好ましい。
【0047】
本発明のキットは、組成物A及びBを格納する容器を含むことができる。例えば、組成物A及びBが溶液状態の場合には、溶液A及びBを格納した噴霧器などの器具を用いることができる。噴霧器は、当該技術分野において公知のものを適宜用いることができ、好ましくは医療用噴霧器である。その場合、本発明の一態様としては、組成物A及びBを格納した医療機器、好ましくは噴霧器であることができる。
【実施例0048】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0049】
1.高分子材料の調製
高分子材料を構成するポリマーユニットとして、4分岐テトラポリエチレングリコールの末端にポリオール基(グルコノラクトンの開環構造)を有するTetra-PEG-GDL、及び末端にフルオロフェニルボロン酸基を有するTetra-PEG-FPBAを合成した。
【0050】
原料は、以下のものを用いた。Tetra-PEG-NH2(分子量Mwは、それぞれ5k、10k、20kのものを用いた;油化産業株式会社);4-carboxy-3-fluorophenylboronic acid(FPBA)(富士フィルム和光純薬株式会社);4-(4,6-dimethoxy-1,3,5-triazin-2-yl)-4-methylmorpholinium chloride(DMT-MM)(富士フィルム和光純薬株式会社);グルコノ-δ-ラクトン(GDL)(東京化成工業株式会社)。
【0051】
Tetra-PEG-GDLの合成
アミノ基を末端に有するTetra-PEG-NH2をメタノールに50 mg/mLの濃度で溶解し、Tetra-PEG-NH2の末端アミノ基に対してモル比で10倍のグルコノラクトン、20倍のトリエチルアミンを添加し、35℃で3日間撹拌した。反応液を透析膜に移し(20kの場合はMWCO: 6-8,000、10k, 5kの場合はMWCO: 3,500)、メタノールで2日間、水で2日間透析し、0.45 umのシリンジフィルターを通した後、凍結乾燥して粉体で回収した。1H-NMRで合成の完了を確認した。
【0052】
Tetra-PEG-FPBAの合成
Tetra-PEG-NH2をメタノールに50 mg/mLの濃度で溶解し、Tetra-PEG-NH2の末端アミノ基に対してモル比で5倍のFPBA、10倍のDMT-MMを添加し、室温で一晩撹拌した。反応液を透析膜に移し(20kの場合はMWCO: 6-8,000、10k, 5kの場合はMWCO: 3,500)、塩酸水溶液(10 mM)で半日間・水酸化ナトリウム水溶液(10 mM)で半日、リン酸緩衝液(pH 7.4、10 mM)で半日、食塩水(100 mM)で1日、最後に純水で1日透析し、0.45 umのシリンジフィルターを通した後、凍結乾燥して粉体で回収した。1H-NMRで合成の完了を確認した。
【0053】
2分岐のPEG、3分岐のPEG及び8分岐のPEGを原料とし、同様にGDL末端及びFPBAを有する各種ポリマーユニットを調整した。
【0054】
高分子材料の合成
得られたポリマーユニットを含む溶液を以下の条件で調製し、これらポリマー溶液を混合して、高分子材料を合成した。
[ポリマー溶液A]
濃度:2-10wt% Tetra-PEG-GDL
pH:7.4
[ポリマー溶液B]
濃度:2-10wt% Tetra-PEG-FPBA
pH:7.4
【0055】
同様に、分岐の異なるポリマーユニットの組み合わせを用いて、高分子材料を合成した。得られた高分子材料を以下の表に示す。
【表1】
【0056】
4.浸透圧の評価
上記で得られた高分子材料について浸透圧を測定した。モノマーユニットの分子量が10k及び40kの場合の結果を、それぞれ
図1及び
図2に示す、をポリマー含有量cの増加に伴い、浸透圧Πは増加した。
図1中の実線は、これらのデータの回帰曲線を示す。すべてのデータは、pH、分岐数、分子量によらず同じカーブに乗った。この回帰曲線は次の式で表せるものであった。
【数5】
(式中、Πは浸透圧(Pa)を表し、cは前記高分子材料中のポリマー含有量(g/L)を表す。);
【0057】
図1及び
図2には、比較例として、会合性官能基を有しない通常の高分子溶液(末端がカルボキシル基の2分岐、3分岐、4分岐PEG水溶液)の浸透圧の結果も示す。これらの場合にも、濃度の増加に伴い、浸透圧の増加を示したが、本発明の高分子材料とは異なる濃度依存性を示したすなわち、分岐数依存性はほぼなく、分子量が大きくなると、浸透圧は下がった。一般に、高分子溶液の浸透圧は、高分子の分子量や主鎖の種類・溶媒によらず、上述したように、次の式(*)で近似できることがわかっている。
【数6】
【0058】
また、重なり合い濃度c*については、c*(10k)=59 g/L、c*(20k)=34 g/L、c*(40k)=19 g/Lの値をとる。
【0059】
高分子の形状の効果を規格化するために、縦軸と横軸を次のパラメータに置き換えた結果を
図3に示す。
【数7】
【数8】
【0060】
比較例の高分子溶液の浸透圧は、
図3中の図中実線の式(*)に従うことがわかる一方で、本発明の高分子材料は、c/c* > 3 程度の領域では式(*)に一致するものの、それより下の濃度では、浸透圧が式(*)の理論値と比べて低くなり、上述のように、以下の式
【数9】
に従うことが分かった。
【0061】
また、会合性の有無による2分岐PEG(10k)の粘度測定の結果を以下の表に示す。粘度はひずみ速度 0.01 s
-1における粘度を用いている。本発明の高分子材料を含む溶液の粘度と、同様のポリマー骨格からなる高分子(会合性官能基を有しない)の粘度を比較すると、会合性官能基がつくことで、粘度が下がることはなく、既存の高分子溶液製剤と比べて、非劣性であることがわかった。
【表2】