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特開2022-74714蛍光性微粒子及びその製造方法、該蛍光性微粒子を用いたディスプレイ、生体物の蛍光標識又は蛍光試薬
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022074714
(43)【公開日】2022-05-18
(54)【発明の名称】蛍光性微粒子及びその製造方法、該蛍光性微粒子を用いたディスプレイ、生体物の蛍光標識又は蛍光試薬
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/08 20060101AFI20220511BHJP
   G01N 33/531 20060101ALI20220511BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20220511BHJP
   B82Y 20/00 20110101ALI20220511BHJP
   B82Y 15/00 20110101ALI20220511BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20220511BHJP
   C09K 11/70 20060101ALI20220511BHJP
   C09K 11/56 20060101ALI20220511BHJP
   C09K 11/88 20060101ALI20220511BHJP
【FI】
C09K11/08 G ZNM
G01N33/531 B
G01N33/543 575
B82Y20/00
B82Y15/00
B82Y40/00
C09K11/70
C09K11/56
C09K11/88
C09K11/08 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020185013
(22)【出願日】2020-11-05
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ・令和2年4月29日にウェブサイト: https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0927775720304040にて掲載されたColloids and Surfaces A 600(2020)124811
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 至生
【テーマコード(参考)】
4H001
【Fターム(参考)】
4H001CC05
4H001CC13
4H001CC14
4H001CF01
4H001XA15
4H001XA16
4H001XA30
4H001XA34
4H001XA49
4H001XB20
4H001XB30
4H001XB40
4H001XB50
(57)【要約】
【課題】高い発光効率で耐光性に優れたガラス被覆のIII-V族系量子ドット、及び、ガラス層は薄くてもバリア性を有することを利用し、耐光性のあるバイオ用の蛍光試薬の提供。
【解決手段】量子ドットをシリカガラス層で被覆した蛍光性微粒子であって、前記量子ドットは、III-V族化合物半導体を有するコアと、II-VI族化合物半導体を有する少なくとも1層のシェルとを含有し、且つ、ガラス被覆の条件を最適化することで高発光効率を保つ。当該蛍光性微粒子は、例えば、III-V族化合物半導体を有するコアとII-VI族化合物半導体を有する少なくとも1層のシェルとを含む量子ドットと、4官能のシリコンアルコキシド(A1)とを含有する疎水性溶媒の分散液を1時間以上攪拌して疎水性量子ドットを作製する工程を備える方法により作製できる。ガラス層厚も、調整できる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子ドット1個がシリカガラス層で覆われた蛍光性微粒子であって、
前記量子ドットは、III-V族化合物半導体を有するコアと、II-VI族化合物半導体を有する少なくとも1層のシェルとを含有し、且つ、発光効率が75%以上である、蛍光性微粒子。
【請求項2】
前記シリカガラス層が、4官能のシリコンアルコキシドを用いて作製したシリカガラス層であることを特徴とする請求項1に記載の蛍光性微粒子。
【請求項3】
前記量子ドットが疎水性量子ドットを用いて作製されたものであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の蛍光性微粒子。
【請求項4】
蛍光スペクトルにおいて検出されるピークの半値全幅が60nm以下である、請求項1又は2に記載の蛍光性微粒子。
【請求項5】
前記シリカガラス層の厚みが2nm以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【請求項6】
平均粒径が200nm以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【請求項7】
前記III-V族化合物半導体がInPである、請求項1~6のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【請求項8】
前記II-VI族化合物半導体が、ZnとS又はSeを含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【請求項9】
表面にCOOH基、NH基、SH基及びこれらの塩、並びにポリエチレングリコール由来の基から選ばれる少なくとも1種類を有する、請求項1~8のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【請求項10】
疎水性であることを特徴とする請求項1~8のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【請求項11】
励起光を照射することによって個々の量子ドットの平均の励起回数が10回の時に、発光効率の低下が10%以内である、請求項1~10のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子を含むことを特徴とするディスプレイ。
【請求項13】
請求項1~11のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子を用いた生体物の蛍光標識又は蛍光試薬。
【請求項14】
請求項1~11のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子の製造方法であって、
III-V族化合物半導体を有するコアとII-VI族化合物半導体を有する少なくとも1層のシェルとを含む量子ドットと、4官能のシリコンアルコキシド(A1)とを含有する疎水性溶媒の分散液を1時間以上攪拌して疎水性量子ドットを作製する工程を備える、製造方法。
【請求項15】
さらに、得られた前記疎水性量子ドットを、親水性に転換する転換工程を備える、請求項14に記載の製造方法。
【請求項16】
前記転換工程は、前記疎水性量子ドット、アルカリ性水溶液及び4官能のシリコンアルコキシド(A2)を、逆ミセル溶液に添加して1時間以上攪拌する工程である、請求項15に記載の製造方法。
【請求項17】
前記量子ドットの粒径をDnm、モル数をXモルとし、前記4官能のシリコンアルコキシド(A1)のモル数をYモルとして、一般式:
250×D<Y/X<1680×D
を満たす、請求項14~16のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項18】
前記転換工程において、35℃以上で熱処理する、請求項15又は16に記載の製造方法。
【請求項19】
炭素原子が8個以上連なった長鎖部分を有する脂肪酸をリガンドとして有する量子ドットを用いることを特徴とする、請求項14~18のうちのいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラスで被覆された蛍光性微粒子及びその製造方法、該蛍光性微粒子を用いたディスプレイ、生体物の蛍光標識又は蛍光試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
1.溶液法で作る量子ドットの種類と特徴
従来、ディスプレイや照明用の蛍光体には遷移元素(希土類や3d遷移金属等)のイオンを発光中心とするものが広く使われ、また、臨床応用や生物領域の基礎研究では、有機色素も使われてきた。
【0003】
一方で近年、溶液法(コロイド法)で作る量子ドット(Quantum Dot:QD)が、新しいタイプの蛍光体として注目されている。蛍光性の量子ドットは、コアと呼ばれる中心部分の半導体結晶(典型的には直径2~7nm)と、それを覆うシェル(典型的には、0.2~2nm厚)と呼ばれる別の半導体、さらにそれを覆って凝集を防ぐリガンドと呼ばれる有機分子からなり、全体の大きさは典型的には3~10nmである。リガンドの種類により、量子ドットは親水性と疎水性に大別される。同じ材料でできていても、量子サイズ効果と呼ばれる現象により、同じ波長の励起光を照射した場合でもサイズ(粒径)によって蛍光波長を制御できるという特長がある。
【0004】
このような蛍光体となる量子ドットの材料は、II-VI族化合物半導体が良く知られている。疎水性のセレン化カドミウム(CdSe)はほぼ可視領域全体の波長範囲で発光し、また蛍光スペクトルの半値幅も狭いことから、最も良く研究されている。しかし、カドミウムを含有することが懸念されている。
【0005】
緑色から赤色発光を示し、カドミウムのような強い毒性を持たない2元系の半導体材料には、III-V族化合物半導体のリン化インジウム(InP)がある。III-V族化合物半導体は、II-VI族化合物半導体に比べて共有結合性が強いために、反応の制御が難しかった。しかし、まずは危険なリン源を安価でより安定な原料に変える方法を発明者らは提案した(例えば、非特許文献1参照)。さらに発明者らは、量子力学計算からシェルとしてZnS等のII-VI族を用い、その厚みを1.0nm以上とすることで高い発光効率が得られることを見出した。厚いシェルが必要となるのは、III-V族の励起子電子の有効質量がII-VI族の場合の半分以下であり、電子のシェル側への染み出しが多いためである。(例えば、非特許文献2、特許文献1等参照)。疎水性量子ドット表面に付くリガンドは、当初、トリオクチルフォスフィンオキサイドが用いられ、次に長鎖のアルキルアミンが知られ、近年は長鎖脂肪酸が主流になった。
【0006】
2.量子ドットの被覆材料と被覆方法(ガラスと高分子)
量子ドットは、比表面積(=表面積/体積)が大きく、表面エネルギーを下げようとして溶液中では凝集しがちである。また、表面の欠陥が、蛍光特性を劣化させる主要な要因となる。このため、溶液のままでは工業的に応用しにくいという問題があった。これを解決するには、量子ドットの表面を適切なマトリックスで覆うのが好ましい。そのためのマトリックスとしては透明な非晶質が良く、より具体的にはガラスと有機高分子の2つが挙げられる。
【0007】
これまでは、作製の容易さから専ら有機高分子が被覆・分散材料として使われてきた。現状では、量子ドットを分散した有機高分子フィルムが大型の4Kディスプレイに搭載されている。しかし、モバイルディスプレイでより高輝度の画面が要求される場合には、劣化が問題になっている。今後、8Kや16Kディスプレイでさらなる輝度・高精細が要求されると、耐久性がさらに問題になることが危惧されている。一方でガラスは、紫外線照射に強く、水や酸素を通しにくいために耐久性を上げることができるとされる。このガラスでの被覆のためには、本明細書が対象とする溶液中の量子ドットの場合には、ゾル-ゲル法が有利である。なぜならば、ゾル-ゲル法によれば、常温常圧付近の溶液でガラスを作製できるからである。
【0008】
ゾル-ゲル法の原料としてはシリコンアルコキシド
Si(OR) (I)
が最も良く知られている。シリコーンに付く4つの基が全てアルコキシ基なので、式(I)は4官能のアルコキシドに分類される。加水分解と脱水縮合により、≡Si-O-Si≡の3次元網目構造を持つシリカガラスが出来上がる。この脱水縮合は高温で完結するが、室温付近でも不完全ながら反応は進行するので、シリカガラス類似の性質を示すガラスが出来上がる。文献では、このように低温で反応させたものでもシリカガラスと呼ぶことが多いので、本明細書でもそれに従う。式(I)のうち、Rが全てエチル基のもの(Si(OC)が最も良く知られており、テトラエトキシシラン、テトラエトキシオルソシリケートなどと呼ばれる。本明細書では、これをTEOSと略する。
【0009】
4官能のシリコンアルコキシドの1つ又は2つのアルコキシ基をアルキル基(又はその誘導体)Xで置換したものは有機アルコキシシラン又はシランカップリング剤又はシリコーンと呼ばれ、一般式(II):
-Si(OR4-n (II)
で表される。有機アルコキシシランは、(4-n)官能(nは1又は2)のアルコキシドである。有機アルコキシシランもゾル-ゲル反応によって固化し、できたものはガラスと呼ばれることがある。有機アルコキシシランからなるガラスは、緻密性が十分ではない。
【0010】
本明細書では、4官能のアルコキシドを主成分として用いたゾル-ゲル法によってガラス被覆した蛍光性の量子ドット微粒子(シリカガラス微粒子)とその製造方法を記述する。
【0011】
発明者らは、早い時期から親水性のCdTe量子ドットをガラスで被覆する研究に取り組んだ(例えば、特許文献2、非特許文献3等参照)。この方法では、まず油相中に界面活性剤と水を添加して微小水玉を分散させた逆ミセルという状態を作る。次にその水玉に親水性量子ドットを分散(分配)させたのちにゾル-ゲル反応を進行させて、量子ドットをガラスで被覆する。しかし、発光効率が数%のガラス被覆量子ドットしか作れないという問題があった。
【0012】
マイヤーリンクらは、1個の疎水性量子ドットを1個のシリカガラス微粒子に封入することを目的として、CdSe系量子ドットを、逆ミセル法によってシリカガラス微粒子(直径35nm程度)中に封入した(例えば、非特許文献4参照)。しかしながらそのメカニズムの検討から、加水分解されたアルコキシドは、量子ドットに対する親和性が高いために作製時に量子ドット表面に配置されていたリガンドを置き換え、これによって発光が消光されると記載されている。彼らの報告では、その発光効率は作製直後に急激に低下し、さらには徐々に低下して1週間後にはシリカガラスに入れる前の状態の2%(絶対値としては始めの60%から1.2%へ低下)の程度となった。また、アルキルチオールをリガンドとする場合には、量子ドット表面との結合が強いために、アルコキシドに置換し難いことも示されている。
【0013】
これらを解決する方法として、発明者らは、疎水性のCdSe系量子ドットを用いて以下の2つのステップを主要部分とする合成法を開発した(例えば、特許文献3、非特許文献5等参照)。この合成法は、一例としてシリコンアルコキシドとしてTEOSを使用した場合、次の工程からなる。
【0014】
ステップ1(表面シラン化)
オレイン酸(CH(CHCH=CH(CHCOOH)))をリガンドとするCdSe系量子ドットを分散した疎水性溶媒に、4官能のシリコンアルコキシドを添加して攪拌する。疎水性溶媒が、ごく僅かの水分を空気中から取り入れるので、シリコンアルコキシドは4つのアルコキシ基のうち1つだけが徐々に加水分解して、(RO)-Si-OHとなる。これが、量子ドット表面のオレイン酸を置換する。
【0015】
ステップ2(シリカガラス層形成)
この工程では、表面シラン化されたステップ1の量子ドットの表面にシリカガラス層を付与するために、前記で触れた逆ミセル溶液を用いる。この逆ミセル溶液では、疎水性の連続相中に、界面活性剤で保護された微小な親水性溶媒が分散している。これら溶液の典型的な体積比は、界面活性剤:油相(疎水性の溶媒):親水性相(親水性の溶媒)=(5から20):100:(0.1から10)であり、油相の量が親水性相の量に比べて過剰であることが特徴である。この逆ミセル溶液に、ステップ1で作製した量子ドット溶液を添加すると、量子ドットは疎水性溶媒からなる連続相に分散する(分配される)。その後、逆ミセル中の多数の微小水玉に触れて徐々に加水分解して親水性になり、微小水玉(水相)に移動する。
【0016】
このステップ2では次に、触媒であるアンモニアとともに4官能のシリコンアルコキシドを添加する。このとき、シリコンアルコキシドもまずは疎水性の連続相に分配される。この場合も同じく、シリコンアルコキシドは時間とともに多数の微小水玉に触れて徐々に加水分解して親水性になり、微小水玉(水相)に移動する。そして同じ水玉中に予め分散していた表面シラン化された量子ドットの表面に堆積、脱水縮合してガラス網目構造を発達させる。
【0017】
このようにして作製されるガラス被覆量子ドットは、1週間以上、冷暗所に放置しても発光効率が低下することはなく、それまでのどの方法よりも優れてはいた。しかし、原料とする疎水性の量子ドットの発光効率が80%であっても、ガラス被覆されたものは高々40%程度に低下する。より詳しくは、特許文献3の表1及び表2に示された通りにガラス被覆後には発光効率は良くても半分程度に低下し、著しい場合には1/4以下になる。つまり特許文献3より前までの従来技術より優れてはいたが、まだ十分ではなかった。つまり、さらに高い発光効率のガラス被覆量子ドットを作製する方法は、見出されていなかった。また、III-V族化合物半導体をコアとする量子ドットを高い発光効率を保ちつつガラスで被覆する方法も見出されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】米国特許第8221651号明細書
【特許文献2】特許第4366502号公報
【特許文献3】特許第5709188号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】李、安藤、村瀬、ケミストリー レターズ、37巻、856頁(2008年)
【非特許文献2】李、安藤、榎本、村瀬、ジャーナル オブ フィジカル ケミストリー、シー、112巻、20190頁(2008年)
【非特許文献3】セルバン、安藤、村瀬、ケミストリー レターズ、33巻、434頁(2004年)
【非特許文献4】クール、シューネベルト、ヒルホスト、ドネガ、ハート、ブラーデレン、バンマエケルベルク、マイヤーリンク、ケミストリー オブ マテリアルズ、20巻、2503頁(2008年)
【非特許文献5】楊、安藤、村瀬、ラングミュアー、27巻、9535頁(2011年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明では、上記の背景技術における問題点を解決し、高い発光効率で耐久性に優れたガラス被覆のIII-V族系量子ドットを主にディスプレイ用の蛍光体として提供する。また、ガラス層は薄くてもバリア性があるので、耐久性のあるバイオ用の蛍光試薬として供することも課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0021】
背景技術で説明したように、非特許文献4では一部分が加水分解した4官能のシリコンアルコキシドから成るリガンドには消光作用があるとされている。
【0022】
その一方で、ガラス被覆をステップ1とステップ2の2段階として、ステップ1で表面シラン化を行ってからステップ2でガラス層を形成すれば、II-VI族をコアとする量子ドットの発光効率の低下は、従来よりも抑えられた。そこで今回、III-V族をコアとする量子ドットの場合においてもステップ1の表面シラン化を経てガラスコートをしてみると、II-VI族がコアの場合よりも著しく発光効率の低下が抑えられることを見出した。
【0023】
次に、背景技術で示した多くの実験条件のなかで、ステップ1での量子ドットのモル数とアルコキシドのモル数が大切と予想した。そして、量子ドットのモル数Xを一定にして、添加する4官能アルコキシドのモル数Yを変化させてステップ1を行い、続けてステップ2まで終えて出来上がった蛍光微粒子の発光効率を求めた。さらにその発光効率を、K=Y/Xに対してプロットしてみると、Kには発光効率を最大にするための最適値Kがあることを発見した。
【0024】
ところで、合成直後の発光効率が高いCdTe量子ドットにおいて、その表面のチオールリガンドの数を元素分析で求めると、表面にチオール分子が密に配置されていることが示されている。(ナノスケール リサーチ レターズ、2巻、論文番号230(2007年)今回、部分加水分解アルコキシドに置換された量子ドットの場合でも、この密の配置が発光効率維持に大切なことがわかった。II-VI族系でこの最適化の効果が著しくは見られなかったのは、あとで触れるように、量子ドットの表面状態や励起電子の染み出しの程度が違うことに起因すると考えられる。
【0025】
ところで、この表面に付くリガンド分子の数は量子ドットの表面積に比例し、粒径(直径D)の二乗に比例する。これを考慮すると、さらに量子ドットの直径Dが変わった場合には、上記の最適値Kは変化する。一つの量子ドットの表面積はπDになるので、
=Y/(X×πD
としたときに、発光効率を最大にするための最適値K を求めれば良いことがわかった。実験で求めたK の範囲は、
250/π<K <1680/π
書き直すと、
250×D<Y/X<1680×D
であった。実施例2で示すように、これは測定データを最小二乗法によりフィッティングし、パラメータの誤差から決められる2.5σの範囲を指定したものである。なお、フィッティングの際の相関係数Rは0.79となり、強い相関有(0.7以上)に分類される。このようにY/Xに粒径Dの二乗依存性があることも、部分加水分解したアルコキシドが量子ドット表面に密に並ぶことが発光効率の維持に必要であることの証左となる。この手法によりステップ1を行ってIII-V族量子ドット表面を適切にシラン化し、さらにステップ2で逆ミセル法を行うことにより、どのような粒径Dの疎水性III-V族量子ドットでも、元の溶液中での発光効率が高ければ、ガラス被覆をしたのちに発光効率を75%以上にできる方法を見出した。つまり低下率を25%未満にした蛍光性微粒子を、作製した。
【0026】
さらに、ステップ2においてはアルコキシドの添加を適切に行うことで、量子ドットが平均して1個分散した、所望の粒径の蛍光性微粒子が得られた。さらに熱処理や表面処理により、耐光性や分散性に優れ、あるいは特定の生体物質に結合させることが可能になった。
【0027】
即ち、本発明はシリカガラスで被覆したIII-V族量子ドットを概略1個含む高発光効率で耐久性のある蛍光性微粒子と、そのゾル-ゲル法による作製法とを提供するものである。
【0028】
項1.量子ドット1個がシリカガラス層で覆われた蛍光性微粒子であって、前記量子ドットは、III-V族化合物半導体を有するコアと、II-VI族化合物半導体を有する少なくとも1層のシェルとを含有し、且つ、発光効率が75%以上である、蛍光性微粒子。
【0029】
項2.前記シリカガラス層が、4官能のシリコンアルコキシドを用いて作製したシリカガラス層であることを特徴とする項1に記載の蛍光性微粒子。
【0030】
項3.前記量子ドットが疎水性量子ドットを用いて作製されたものであることを特徴とする、項1または2に記載の蛍光性微粒子。
【0031】
項4.蛍光スペクトルにおいて検出されるピークの半値全幅が60nm以下である、項1又は2に記載の蛍光性微粒子。
【0032】
項5.前記シリカガラス層の厚みが2nm以下である、項1~4のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【0033】
項6.平均粒径が200nm以下である、項1~5のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【0034】
項7.前記III-V族化合物半導体がInPである、項1~6のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【0035】
項8.前記II-VI族化合物半導体が、ZnとS又はSeを含む、項1~7のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【0036】
項9.表面にCOOH基、NH基、SH基及びこれらの塩、並びにポリエチレングリコール由来の基から選ばれる少なくとも1種類を有する、項1~8のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【0037】
項10.疎水性であることを特徴とする項1~8のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【0038】
項11.励起光を照射することによって個々の量子ドットの平均の励起回数が10回の時に、発光効率の低下が10%以内である、項1~10のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子。
【0039】
項12.項1~11のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子を含むことを特徴とするディスプレイ。
【0040】
項13.項1~11のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子を用いた生体物の蛍光標識又は蛍光試薬。
【0041】
項14.項1~11のいずれか1項に記載の蛍光性微粒子の製造方法であって、III-V族化合物半導体を有するコアとII-VI族化合物半導体を有する少なくとも1層のシェルとを含む量子ドットと、4官能のシリコンアルコキシド(A1)とを含有する疎水性溶媒の分散液を1時間以上攪拌して疎水性量子ドットを作製する工程を備える、製造方法。
【0042】
項15.さらに、前記疎水性量子ドットを、親水性に転換する転換工程を備える、項14に記載の製造方法。
【0043】
項16.前記転換工程が、前記疎水性量子ドット、アルカリ性水溶液及び4官能のシリコンアルコキシド(A2)を、逆ミセル溶液に添加して1時間以上攪拌する工程である、項15に記載の製造方法。
【0044】
項17.前記量子ドットの粒径をDnm、モル数をXモルとし、前記4官能のシリコンアルコキシド(A1)のモル数をYモルとして、一般式:250×D<Y/X<1680×Dを満たす、項14~16のいずれか1項に記載の製造方法。
【0045】
項18.前記転換工程において、35℃以上で熱処理する、項15又は16に記載の製造方法。
【0046】
項19.炭素原子が8個以上連なった長鎖部分を有する脂肪酸をリガンドとして有する量子ドットを用いることを特徴とする、項14~18のうちの1項に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0047】
本発明の蛍光性微粒子は、ステップ1の表面シラン化の過程において、4官能のシリコンアルキシドと、III-V族をコアとする量子ドットとの混合比(モル比)を、粒径に合わせて最適化することで量子ドット表面に部分加水分解したシリコンアルコキシドを密に整然と並べることで作製する。これによって、発光効率の低下を抑えられる。次のステップ2で、表面シラン化した量子ドットの上にガラス層が形成されるので、耐光性が上がる。これに加えて熱処理することで脱水縮合を進ませてシリカガラスの3次元網目構造を発達させ、さらに耐光性を向上させることができる。作製したガラス微粒子を疎水性にすることで、疎水性有機高分子のモノマーにも分散でき、それを重合させることで、量子ドット含有の蛍光性ガラス微粒子を分散させた高分子フィルムを得ることもできる。
【0048】
なお、CdSe系量子ドットでは平均するとモノレイヤー程度となる薄いZnS系シェル(0.2nm程度、ZnSeが入ることもある)を付けただけで発光効率が上昇するので、表面の状態が均一でないものにガラス被覆している可能性がある。ZnS系シェルが薄い場合には、CdSeコア表面に島状に付着し、表面が均一でないことが知られているからである。一方で、InPで代表されるIII-V族系では、背景技術で説明したように、発光効率を上げるためには1nm程度またはそれ以上の厚いII-VI族シェルを付けることが好ましい。この状態では、表面の性質はほぼ一様である。また、III-V族コアとII-VI族シェルからなる量子ドットでは、励起電子はシェル側に大きく染み出しており、コアとシェルの全体を一体としてとらえる必要がある。つまり、CdSe系量子ドットとは別物である。従来のCdSe系量子ドットの場合と違って、表面シラン化の際の発光効率の低下が抑えられるのは、このような違いに起因している可能性がある。
【0049】
他方、1個ではなく複数の量子ドットをまとめてシリカガラス層で覆った蛍光性微粒子についても報告がある。(例えば、ジャーナル オブ コロイド アンド インターフェース サイエンス、411巻、82頁(2013年)および、その論文中のスキーム1)この場合は、CdSe系量子ドットはもとからついていた表面リガンドを内側に残す形で複数の集合体を作っている。したがって、本明細書のように表面全体が部分加水分解アルコキシドで覆われているわけではなく、また発光効率もガラス中では低下して高々40%程度である。
【0050】
本明細書で示したような発光効率が高くて耐光性があり、かつカドミウムを含まない蛍光体を用いれば、あとの用途の項目で説明するように、例えばディスプレイや植物工場の光源として安心して長期間用いられ、より美しい色を表現したり、植物の成長を促進したりすることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
図1】量子ドット(InP/ZnSe/ZnS、粒径Dは8.0nm)の蛍光スペクトル(点線)およびガラスコート後の蛍光スペクトル(実線)を示す。合成例1と実施例1で、詳細を説明した。
図2】ソルボサーマル法で作製したInPコア(表1の試料3)の透過電子顕微鏡像を示す。
図3】InPコア(表1の5つ)の吸収スペクトル(点線)と、フッ酸処理後の蛍光スペクトル(実線)を示す。右から順に試料番号1、2、3、4及び5である。また、左縦軸は吸光度、右縦軸は蛍光スペクトル強度を示す。
図4】実施例1で合成された、薄いシリカガラス層(厚み約1nm)で被覆された量子ドットの透過電子顕微鏡像を示す。
図5】粒径Dが8.0nmの場合のInP/ZnSe/ZnS量子ドット(リガンドは長鎖脂肪酸であるステアリン酸およびラウリン酸)のステップ1におけるTEOSと量子ドット(QD)とのモル比(TEOS/QD)と、ガラス被覆(ステップ2)後の相対的な発光効率(ガラス被覆後の発光効率/ガラス被覆前の発光効率)との相関を示すグラフである。K=44000の近傍が、好ましい範囲に入る。
図6】量子ドット(InP/ZnSe/ZnS)とアルコキシド(TEOS)のモル比を変えてステップ1を行ったのち、ガラス被覆(ステップ2)を終了したときの相対的な発光効率。量子ドットの粒径Dは、(a)6.1nm、(b)6.5nm、(c)6.9nm、(d)8.9nm、(e)9.5nm。それぞれの場合で、最適値K を図に書き入れた。
図7】長鎖脂肪酸をリガンドとするInP系量子ドットの表面シラン化条件を示す。図5および6から得た6つのデータ(黒丸)を、最小二乗法により実線のようにフィッティングした。その数式等も、書き入れた。量子ドットの粒径Dに対する、TEOSと量子ドットとのモル比K(=TEOS/QD)の好ましい範囲は、二本の破線(2.5σ)の内側として示されている。1σの範囲は一点鎖線、2σの範囲は細い実線で示した。
図8】厚いシリカガラス(層の厚み7nm)で被覆された量子ドットの透過電子顕微鏡像である。中心の黒のコントラストが強い部分が量子ドットであるが、コア(InP)とシェル(ZnSe/ZnS)の違いは観察できない。その周りの黒のコントラストがやや弱い部分が、シリカガラス層である。
図9】ガラス被覆した量子ドット表面にチオール結合を経由してアビジンを結合させ、模擬細胞であるポリスチレンビーズ(粒径0.5ミクロン、ビオチンコート)に添加して作製した試料の蛍光顕微鏡像である。ポリスチレンビーズの粒径(白のコントラスト)で蛍光が観察されるので、ガラス被覆量子ドットの表面にアビジンが結合したことがわかる。
図10】耐光性試験の際にマイクロウエルスライドに入れた試料と、レーザー光照射の様子を示す。
【発明を実施するための形態】
【0052】
本明細書において、「含有」は、「含む(comprise)」、「実質的にのみからなる(consist essentially of)」、及び「のみからなる(consist of)」のいずれも包含する概念である。
【0053】
また、本明細書において、「A~B」との数値範囲の表記は、「A以上且つB以下」を意味する。
【0054】
さらに、本明細書において、濃度を表す「M」は、「モル/リットル」を意味する。モル濃度ともいう。本明細書の量子ドット1個には、分子が数百から数千個程度含まれる。量子ドットのモル数とは、それを構成する分子のモル数ではなく、数ナノメートル程度の大きさになった量子ドットのモル数である。
【0055】
次に、本明細書での粒径について説明する。量子ドットについても、ガラス微粒子についても同じ定義である。電子顕微鏡で観察したときに粒子が完全な球形でない場合、例えばラグビーボール型(対称軸方向に長い回転楕円体)、パンケーキ型(偏平な回転楕円体)等の場合は、3つの慣性主軸の長さの平均を粒径と定義する。さらにいびつな形の場合は、長軸と短軸の平均をもって粒径とする。正四面体のように三角形を含む場合は、外接円の直径を粒径とする。完全な球の場合は、直径が粒径となる。平均粒径は、10個以上の粒子を無差別に選び、それぞれの粒径を測定後に平均値を算出することによって得る。
【0056】
本明細書における発光効率とは、蛍光の内部量子効率又は内部量子収率のことである。これは、量子ドットが照射光を吸収して励起された後に、蛍光光子を放出する確率として定義される。この値は、透明溶液においては、発光効率が既知の標準物質(キニーネの0.1規定硫酸溶液)の吸光度と発光強度を比較することで求められる。バイオ分野への応用を考慮し、量子ドットの濃度が10nMという希薄溶液の場合の発光効率を求めるためには、吸収及び蛍光分光光度計の波長ごとの感度の校正、ベースラインの安定性の確認作業を行うことが好ましく、また測定装置が置かれている実験室の温度変動を±2℃程度に制御することが好ましい。詳しくは、本発明者らによる文献(ジャーナル オブ ルミネッセンス、128巻、1896頁(2008年))の方法を用いると良い。なお、キニーネの蛍光は青色領域であるが、蛍光分光光度計の波長ごとの感度を補正しておけば、赤色領域の蛍光の発光効率もそのまま求めることができる。さらに正確を期すためには、赤色領域の発光における標準物質(例えばローダミン6G)を用いて発光効率の値を確かめれば良い。上記の文献に詳しい記述があるとおり、散乱が少ない透明溶液の発光効率はこの方法で正しく求められる。
【0057】
光散乱がある試料では、励起光が直進せずに何度も蛍光体を励起したり、蛍光が全部は試料の外に放出されなかったりして誤差が生じる。その場合には、積分球が用いられ、汎用の測定装置も市販されている(例えば、浜松ホトニクス(株)社製のC9920-02等)。しかし、積分球を用いた場合は、励起波長と蛍光波長の光としての特性の違いから発光効率の値に大きな誤差を生じることがある。測定試料の形態、量、濃度をいくつか変えて、測定値にばらつきがないかを調べることが好ましい。
【0058】
本明細書が対象とする材料の場合に則してさらに補足すると、溶液分散の量子ドット(作製直後のコロイド溶液)は通常は透明であるために、上記の説明のとおり誤差なく測定できる。このため、溶液に分散させたまま、光路長1cmの石英セルに導入し、それを汎用の吸光分光光度計及び蛍光分光光度計で測定すればよい。溶媒を蒸発させて粉体にして積分球で測定する場合には、上記の事項に注意が必要となる。ガラス被覆して蛍光性微粒子にした場合には、粒径が数10ナノメートルの場合には散乱が無視出来て、信頼できる発光効率の値が得られる。それより大きい場合や何らかの理由で凝集が起きている場合には、上記の「光散乱のある場合」で積分球により慎重に測定する。光散乱がわずかにある場合についての判断基準を、以下に説明する。
【0059】
量子ドットの吸収スペクトルは、バンドギャップに相当する波長λ(典型的には、第一吸収ピークの20nm程度長波長側。粒径の揃い方やシェル厚、材料によって異なる。)から短波長側に向けて立ち上がる。(実施例で説明する図3を参照)一方で、光散乱は短波長側ほど著しくなる。このため、散乱がある試料の吸収スペクトルを取った場合は、波長λよりも長波長側で、波長λに向けて単調に増加する疑似吸収成分が現れる。これを第一吸収ピーク波長まで外挿した場合に、その成分が第一吸収ピークでの吸光度の10%以下であれば、上記の透明媒体の発光効率導出手法を用いて信頼性のある値が得られる。但しこの場合、散乱による疑似吸収を除いてから、発光効率を導出する。
【0060】
本明細書で対象とする量子ドットの場合、ガラス被覆した後に発光効率が徐々に低下する場合があることが報告されている。従って、作製直後および冷暗所で保存して1週間後の発光効率を測定し、低い方の値を本明細書での発光効率と定義する。なお、この発光効率は本明細書で目的とする効果ではあるものの、発光効率が高いということは、本明細書の当該量子ドットでは、部分加水分解アルコキシドがその表面に密に整然と並んでいるということに対応している。しかし、その観察・測定方法はない。このため、本明細書では、発光効率のような特性であっても、部分加水分解アルコキシドが従来よりも整然と密に並んでいる、という構造を表していることになる。
【0061】
上記の発光効率は、励起光照射とともに減少することがある。耐光性試験では、発明者らの使用できる励起光源の強度および実験時間の関係で、10回励起されたときの発光効率の低下が10%以内であることをもって、耐光性有と評価した。これは、既存の量子ドットに対する優位性を確認するためには十分な条件であった。
【0062】
本発明によって作製されるものは、シリカガラスを含む層で覆った高発光効率のIII-V族系の量子ドット微粒子である。以下、1.量子ドットの作製、2.表面シラン化(ステップ1)、3.シリカガラス層形成と表面修飾(ステップ2)、4.評価及び5.用途の順に説明する。
【0063】
1.量子ドットの溶液法での作製
本発明では、III-V族化合物半導体をコアとする量子ドットを使用する。まず、その作製法を説明する。
【0064】
本発明で使用する量子ドットのコアは、III-V族化合物半導体を含むものであれば制限はない。ただし、希土類イオン、遷移金属イオン等をドープした量子ドットは、希土類イオン及び遷移金属イオンからの蛍光が得られ、量子ドットが持つ蛍光特性が得られにくいので、希土類イオン及び/又は遷移金属イオンをドープしていない量子ドットが好ましい。具体的には、例えば、InP、GaAs、InGa(1-x)P(但し、0<x<1、InとGaの混合物、xが半径方向に徐々に変わっても良い)等が挙げられる。安全性と可視光領域に発光を示しやすいという観点から、InPが好ましい。このようなコアの粒径には特に制限はないが、例えば、後述のような量子ドットの作製方法に従った場合、通常、平均粒径が2.5~7.0nmとなることが多い。
【0065】
次に、シェルとしては、II-VI族化合物半導体を含むものが好ましく、必ずしもII-VI族化合物半導体のみからなる必要はない。なお、上記背景技術においても述べたように、III-V族化合物半導体を採用する理由として、カドミウムを含むことの懸念が挙げられることから、シェルとしても、カドミウムを含まないことが好ましい。このようなシェルを構成するII-VI族化合物半導体としては、具体的には、例えば、ZnS、ZnSe、ZnTe等が挙げられる。また、混合物(例えばZnS0.2Se0.8等)や層状に順次堆積させたシェル(InP/ZnSe/ZnS等)や、組成がシェルの厚み方向で徐々に変化する傾斜組成であっても良い。なかでも、コアとの格子定数が近いという観点からまずはZnSeを付け、さらにバンドギャップが広くて励起子電子の染み出しを防ぎやすいという観点から最外殻にZnSをコートするのが好ましい。
【0066】
作製は、II-VI族系と同じく、300℃近くの高温で水と酸素を排除した条件で行われることが多い。発光効率60%以上を得るためには、シェルはできれば1nm以上に厚くつける必要があるので、剥離を防止するために、まずはモノレイヤー程度のII-VI族半導体を付けた後に、厚いシェルを付ける方法が好んで用いられる。このように2回以上に分けてシェルを付ける場合、シェルの種類(化合物組成)は同じであっても違っていても良い。また、直径方向に組成が順次変わる傾斜組成でも良い。その一例として、ZnSe1-xSeのシェルでxが直径方向に増加する組成が挙げられる。また、単にシェル厚と言ったときは、全てのシェルの合計の厚みを意味する。シェル厚の上限値に特に制限はないが、通常7nm程度である。
【0067】
以上の結果、本発明で使用する量子ドット(コアとシェルを併せたもの)の平均粒径は、5~17nmであり、6~11nmがより好ましい。疎水性の量子ドットが形成されやすい。
【0068】
この量子ドット作製工程で用いる具体的なリガンドとしては、例えば、アルキル基を持つリン酸化合物(トリオクチルフォスフィン、トリオクチルフォスフィンオキサイド等)、アルキルアミン(ヘキサデシルアミン等)、脂肪酸(オレイン酸、ステアリン酸、ラウリン酸等))等が挙げられる。いずれの場合も、作製後に必要に応じて精製し、次の表面シラン化のステップに供することができる。
【0069】
2.表面シラン化(ステップ1)
上記の1.の工程で作製した発光効率の高い量子ドットを用いることができる。前記の通りこの量子ドットは、通常、水を排除した有機溶媒中で作製されるため、疎水性であることが多い。ゾル-ゲル法を用いて加水分解及び脱水縮合を行わせるには、量子ドットを親水性とすることが好ましい。このため、この工程では、量子ドット表面官能基を、疎水性溶媒中で部分的に加水分解した4官能のシリコンアルコキシドに置き換えることが好ましい。
【0070】
具体的には、まず、先の項で作製した量子ドットを疎水性溶媒に分散させることが好ましい。疎水性溶媒に分散させるのは、得られる量子ドットが通常疎水性であるためである。なお、量子ドットは、疎水性溶媒中に分散液の状態で作製することが多いため、精製後、これをそのまま使用することもできる。疎水性溶媒については特に限定されないが、トルエン、クロロホルム、ヘキサン(ノルマルヘキサン、シクロヘキサン)等が例示され、とくにトルエンが好ましい。このときの量子ドットの濃度は0.1~20μM(マイクロモル/リットル)が好ましく、さらに0.2~10μMが好ましく、0.3~5μMが最も良い。
【0071】
次に、当該分散液に、4官能のシリコンアルコキシド、特には先の式(I):
Si(OR) (I)
で示される4官能のシリコンアルコキシド(A1)を添加・攪拌することが好ましい。ここで4個のRは同じか又は異なり、それぞれ低級アルキル基(特に炭素数が5以下のアルキル基)又はその誘導体である。攪拌時間は1~40時間が好ましく、さらに3~30時間が好ましく、10~25時間が最も好ましい。
【0072】
ここでは、疎水性溶媒がごく僅かの水分を空気中から取り入れるので、シリコンアルコキシド(A1)は、4つのアルコキシ基のうち1つだけが徐々に加水分解して、(RO)-Si-OHとなる。攪拌に伴って、この分子が量子ドット表面に作製時に配位しているリガンドを置換し、直接に量子ドットを覆う。加水分解反応がゆっくりであれば、(RO)-Si-OHの水酸基が量子ドット表面方向に配置され、整然と量子ドットを覆うので、発光効率の低下が抑えられる。この反応を再現性良く行うためには、実験室を恒温恒湿(一例として、気温23-26℃、湿度30%から60%)に保つことが好ましい。また、空気清浄機などで塵埃を取り除いた部屋が好ましい。
【0073】
式(I)で示される4官能のシリコンアルコキシド(A1)としては、前に示したテトラエトキシシラン(TEOS)のほかに、テトラメトキシシラン(TMOS)、テトラ-n-プロポキシシラン、テトラ-n-ブトキシキシシラン、テトラキス(2-メトキシエトキシ)シラン等が例示され、TEOSが好ましい。この段階で、シリコーン以外の金属を含むアルコキシド、例えばアルミニウムイソプロポキシド、ジルコニアテトライソプロポキシド等を添加することも可能である。また、先に式(II)で示した有機アルコキシシランを添加することも可能である。いずれの場合も、所期の目的である耐久性があり、高い発光効率を保つ量子ドットを提供するためには、全てのアルコキシド中の4官能のシリコンアルコキシドのモル比(4官能のシリコンアルコキシド/全アルコキシド)は30%以上であることが好ましく、50%以上であることがさらに好ましく、70%以上であることが最も好ましく、100%としても差し支えない。つまり、量子ドットを4官能シリコンアルコキシドで直接被覆して、(RO)-Si-OHで整然と量子ドットを覆うためには、全てのアルコキシドを4官能のシリコンアルコキシドとすることが好ましい。2種類以上のアルコキシドを混ぜる場合は、それぞれの反応速度に注意し、添加する量とタイミングを制御して量子ドット表面をうまく覆うように制御すればよい。例えば、TMOSはTEOSよりも加水分解速度が大きいので、TEOSよりも後に加えれば良い。
【0074】
ここで、シリカガラス層で覆った際に量子ドットの発光効率の低下を抑えるためには、表面シラン化の条件を最適化して、部分加水分解したシリコンアルコキシド(A1)ができる限り整然と量子ドットを覆うようにすることが好ましい。このためには、先に述べたように、添加するシリコンアルコキシドのモル数Yと量子ドットのモル数Xの比率Y/Xを適切な範囲にすることが好ましい。
【0075】
量子ドットの合成直後の表面リガンドは、アルキル基を持つリン酸化合物(トリオクチルフォスフィン、トリオクチルフォスフィンオキサイド等)、アルキルアミン(ヘキサデシルアミン等)、脂肪酸等が挙げられる。脂肪酸の場合は疎水性であることが好ましく、ペラルゴン酸、オレイン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸、ラウリン酸、ドコサン酸等の炭素数9~22の脂肪酸が例示される。これらを複数種含んでいても良い。これら長鎖脂肪酸は、長鎖アルキル基(炭素数8~21のアルキル基)又は長鎖アルケニル基(炭素数8~21のアルケニル基)を含有するカルボン酸と言い換えても良い。
【0076】
実施例2でも示すように、初期の発光効率を保つために好ましいY/Xの範囲は、250×D<Y/X<1680×Dである。さらに、より好ましいY/Xの範囲としては、390×D<Y/X<1540×Dである。そして、最適なY/Xの範囲としては、680×D<Y/X<1250×Dである。
【0077】
ここで、添加する4官能シリコンアルコキシドのモル数Yは、その分子量と比重から容易に求めることができる。一方で、量子ドットの粒径D及びモル数Xについては、CdSe系量子ドットで行われてきた従来方法を参照しながら、以下の手法で行えば良い。
【0078】
まず、InP系量子ドット分散液の、第一吸収ピーク(一番長波長側に出てくるピーク)の波長λと吸光度ODを測定する。これは本明細書の実施例で説明する図3にも例示されている。次に、このλから、文献(ドイツ、ハンブルグ大学、ディミトリ タラピン、博士論文2002年、タイトル”Experimental and theoretical studies on the formation of highly luminescent II-VI, III-V and core-shell semiconductor nanocrystals”のFigure4.4(b)(p.57)等を用いてモル吸光係数εを求める。さらに、ランベルト・ベールの法則によって量子ドットのモル濃度Cを、OD=εCLによって導出する。繰り返しになるが、ODは第一吸収ピーク波長での吸光度である。また、Lは吸収スペクトル測定に用いるセルの光路長(典型的には1cm)である。この式でモル濃度Cがわかれば、全体の体積から溶液中に分散している量子ドットのモル数Xを算出できる。粒径Dは、別途、電子顕微鏡(透過電子顕微鏡や走査電子顕微鏡)を用いて粒子像を確認し、10個程度の形態を観察して平均を出せば良い。
【0079】
3.シリカガラス層形成と表面修飾(ステップ2)
この工程では、前記で表面シラン化された量子ドットの表面に、所望の厚みのシリカガラス層を付与する。
【0080】
量子ドットは、はじめ疎水性溶媒中にあるが、この工程で水に触れることにより表面のアルコキシドの加水分解が進んで親水性になり、水相に移動する。この溶液にさらにアルコキシドと触媒を加えることで、加水分解反応が進み、続いて脱水縮合反応によりシリカガラス層が量子ドット表面に付与される。この過程をゆっくり行うことで、シリカガラス層の厚みを制御することが出来る。この工程の典型例として、逆ミセル法(水が油相中に微小な液滴、つまり水玉として分散した逆ミセル溶液を使用)を採用する場合を以下に説明する。
【0081】
背景技術での説明の通り、逆ミセル法では油相の中に微小水玉が界面活性剤によって安定化されて分散している。油相の量が親水性相の量に比べて過剰であることが特徴である。シラン化された量子ドット(具体的には、表面がシラン化された量子ドットの分散液)を添加すると、量子ドットはまずは油相に分散する。その後、水玉に触れることで加水分解が進行して親水性になり、水玉に移動する。ゾル-ゲル反応を促進させるためには、酸(酢酸、塩酸、硝酸など)又はアルカリ(アンモニア、メチルアミン、ジメチルアミン、水酸化ナトリウムなど)触媒を水に添加して用いるのが適切である。球状の粒子を作るためには、以下で述べるようにアルカリ性の触媒が適切である。油相にさらにシリコンアルコキシド(以下、このステップ2で使用するシリコンアルコキシドを、シリコンアルコキシド(A2)と表記することがある)を添加することで、シリコンアルコキシドの量を増やしてガラス膜の厚みを増加させることが出来る。
【0082】
ここで、シリコンアルコキシド(A2)は、はじめ疎水性の連続相(油相)に分配されるので、分散している微小な水玉に触れて徐々に加水分解する。このため徐々に水相に移動して、同じく疎水相から転換されて水相(微小水玉)に移動した量子ドット表面に堆積、脱水縮合する。反応速度が遅いため、シリカガラス層の厚みを細かく制御できる。また、均一なガラス膜が形成される。さらに逆ミセル中なので、他の量子ドットと衝突して凝集して一体化することがなくなり、1個のガラスビーズ中に平均して0.8~1.5個(最も好ましくは約1個)の量子ドットが分散する。また、量子ドットを含まない、空のガラスビーズの形成も抑えられる。これが、マイヤーリンクら(非特許文献4)に代表されるはじめから作製直後の疎水性の量子ドットを逆ミセル法に用いる手法(ステップ1がない)と根本的に違う点である。
【0083】
油相を構成する疎水性溶媒としては、例えば、トルエン、ヘキサン、シクロヘキサン、クロロホルム等が例示される。
【0084】
また、界面活性剤は、アエロゾルOT(AOT:bis-2-ethylhexyl sulfosuccinate)、イゲパルCO-520(Polyoxyethylene(5) nonylphenyl ether)等が例示される。
【0085】
シリコンアルコキシド(A2)は、シリコンアルコキシド(A1)と同じでも良いし、違っていても良い。その具体例としては、上述したもの等が挙げられる。有機アルコキシシラン、4官能アルコキシシラン、アルミニウムイソプロポキシド、ジルコニアテトライソプロポキシド等も例示されるが、耐久性を保つためには4官能アルコキシシランが主成分であることが好ましい。
【0086】
量子ドットをガラスで均一に覆うためにはアルカリ性水溶液を使用するのが良く、蒸気圧が高くて反応後に取り除くのが容易であるという点で、アンモニア水が適している。
【0087】
表面シラン化した量子ドットを分散した疎水性溶媒0.3mLを用いる場合には、まず界面活性剤として分子量400~500のものを用いた場合、0.3~3g(好ましくは0.5~2g、最も好ましくは0.7~1.5g)と疎水性溶媒2~20mL(好ましくは5~15mL、最も好ましくは8~12mL)を混合し、透明になるまで攪拌することができる。加える界面活性剤の重量は、その分子量におよそ比例させて変更すれば良い。次に予め用意した上記の量子ドット分散液0.3mLを加え、さらにアルカリ性溶液、例えばアンモニア水溶液(アンモニア6.25重量%)を0.1~0.5mL加えて、最後にシリコンアルコキシド(A2)を加えて攪拌することができる。攪拌時間は、1~40時間とし、シリコンアルコキシド(A2)の量と攪拌時間に応じて、量子ドット表面のシリカガラス薄膜の厚みが決まる。但し、疎水性溶媒中の量子ドットの濃度は、0.1~20μM程度にすれば良い。
【0088】
逆ミセル法を利用しない場合には、連続相において攪拌しながらシリコンアルコキシド(A2)を少量、段階的に添加する等の工夫をして、空のガラスビーズ(量子ドットを含まないガラスビーズ)の形成を防ぎ、量子ドット表面でのガラス層形成を徐々に行って膜厚の制御をしやすくする等の工夫をすることが好ましい。
【0089】
この工程において加熱することで、シリカガラス層の網目構造を発達させて中の量子ドットの耐久性を上げることができる。溶液分散された状態では加熱温度は、35~90℃が好ましく、より好ましくは40~70℃、最も好ましくは45~50℃である。溶液を蒸発させてしまえば、さらに100℃以上の加熱も可能である。また、加熱と同時に真空に引いて、脱水縮合を促進させることもできる。このように、本発明の蛍光性微粒子は耐久性、特に耐光性に優れたものであるため、励起光を照射することによって個々の量子ドットの平均の励起回数が10回に達した時に、発光効率の低下が10%以内、好ましくは0~7%とすることができる。
【0090】
合成の最終段階でシリコンアルコキシド(A2)として4官能のシリコンアルコキシドのみを加えると、表面にOH基が出た蛍光性微粒子が作製でき、水や低級アルコール(特に炭素数1~3のアルコール)に分散させることができる。これらの分散液から、常法で分散媒を除去することにより、粉末状にしてそのまま蛍光体として使用することもできる。一方で、現行の製造方式に合わせて有機高分子に分散させてディスプレイ用のシートとすることもできる。分散させる有機高分子の性質に合わせて、疎水性にしたい場合は、OH基の表面にさらに脱水縮合で適切なシランカップリング剤を付ければ良い。この場合、4官能のシリコンアルコキシド(A2)のみならず、特定の有機アルコキシシランを共に加えることでガラス層の表面を官能基で修飾し、蛍光試薬として目的の抗体等を接着するための足がかりとすることも出来る。このように疎水性にした後、メタクリル酸メチルやメタクリル酸ブチルなどのアクリルモノマーと重合剤を添加することで、蛍光性のアクリル樹脂フィルムが作製できる。紫外線硬化樹脂に分散させることもできる。
【0091】
また、有機アルコキシシラン(II)のうちシリコーンはガラスとは相性が良く、ガラスで被覆した蛍光性微粒子を分散させるマトリックスとして好都合である。100℃を超える温度で熱処理してシリコーンを硬化させる過程で、中に分散させているガラス被覆した量子ドットのガラス部分の網目構造をさらに発達させることも可能である。
【0092】
上記の特定の有機アルコキシシランについて、具体的には、表面をチオール基(SH基)で修飾するためには、シリカガラス層を付与の後、さらにチオールを含む化合物、例えばメルカプトプロピルトリメトキシシラン(MPS、(CHO)SiCSH)等を添加、反応させる方法が一例として挙げられる。本発明の蛍光性微粒子の表面をカルボキシル基(COOH基)で修飾するためには、ステップ2によりシリカガラス層を付与した後、さらにカルボキシル基を含む化合物、例えばカルボキシエチルシラントリオールのナトリウム塩(Carboxyethylsilanetriol, sodium salt、CESと略記)を添加、反応させる方法が挙げられる。またアミノ基を含む化合物、例えばアミノプロピルトリメトキシシラン(APS、(CHO)SiCNH)等を添加、反応させる方法もある。本発明の蛍光性微粒子の表面をアミノ基で修飾する場合には、例えばエタノールで薄めたAPSを純水中に分散した蛍光性微粒子に加え、数時間~十数時間攪拌すればよい。ポリエチレングリコール由来の基で表面修飾したい場合には、アルコキシ基を分子内に有する有機アルコキシシラン(例えば2-[メトキシ(ポリエチレンオキシ)プロピル]-トリメトキシシラン等を使用)を用いて、同様に数時間~十数時間攪拌すればよい。
【0093】
これらの有機アルコキシシランは、後から加えるのではなく、ステップ2において4官能シリコンアルコキシド(A2)と同時に加えることも可能である。この際に、シリコンアルコキシド(A2)と加水分解の程度を近づけてからステップ2で添加することで、互いの相分離を低下させることができる。なお、有機アルコキシシラン又はシリコーン以外の金属を含むアルコキシドをシリコンアルコキシド(A2)と同時に加える場合、シリコンアルコキシドのアルコキシド総量に対するモル比(シリコンアルコキシド/全アルコキシド)は50%以上であることが好ましく、80%以上であることが耐光性を高めるためにはより好ましい。
【0094】
ガラス表面がOH基から他の官能基に置換されたことは、例えば電気泳動の手法により確かめることができる。アガロースゲルをマトリックスとして、プラス数10V/cm電界をかけた場合には、COOH基の方が電荷を帯びているので速く移動する。蛍光性なので、紫外線を当てることでどこまで移動しているかを簡便に判別できる。
【0095】
シリカガラス層付与反応(逆ミセル法ではステップ2)を終えた時のシリカガラス層厚及び蛍光性微粒子全体の平均粒径は、目的によって変えることができる。できるだけ薄くして量子ドットの分散濃度を極限にまで上げたい場合や生体分子に付ける場合には、ガラス層の厚みを2nmもしくはそれ以下(特に0.5~1.0nm)にすることができる。ガラスの厚みが1nmより薄い場合は、透過電子顕微鏡での確認が徐々に難しくなるが、まずは水層に分配されることからガラス層が付いていることは確認できる。反応時間とガラス層厚の関係は、ガラス層厚が1nmの場合に求めることができるので、そこからの外挿によって、薄いガラス層の場合のガラス層厚を見積もることができる。以下の評価の項目で述べるように、元素分析による見積もりも可能である。厚くして特に耐久性(特に耐光性)を上げたい場合には5nm以上(特に10~30nm)にすることができる。ステップ2で加えるシリコンアルコキシド(A2)の量と攪拌時間によってシリカガラス層の厚みは、例えば50nm以上にまで厚くすることが可能である。この時の本発明の蛍光性微粒子全体の平均粒径はおよそ100nm程度となる。本発明の蛍光性微粒子全体の平均粒径が200nmより増えると、液体中で保持できなくなって沈殿しやすくなり、光散乱も増える。このために、出来上がった蛍光微粒子のサイズ(平均粒径)は200nm以下とすることが好ましく、シリカガラス層の厚みは95nm以下が好ましい。
【0096】
また、本発明の蛍光性微粒子は、ステップ1において、4官能のシリコンアルコキシド(A1)由来の基で整然と密に覆われている。そのうえで、ステップ2において、空のガラスビーズの生成を抑制しつつ量子ドット表面に、4官能のシリコンアルコキシド(A2)由来のシリカガラス層を形成することができる。このため、量子ドット本来の発光効率を大きく損なうことがなく、発光効率を75%以上とすることができる。なお、発光効率は、大きければ大きいほど優れており、上限値は100%である。
【0097】
4.評価
本明細書において、蛍光性微粒子、量子ドット等の「粒径」又は「平均粒径」は、いずれも電子顕微鏡により測定すればよい。本発明の蛍光性微粒子の粒径範囲であれば、加速電圧が100kV以上であれば、電子線が通り抜けるので、粒径の観察及びガラス層に包まれた量子ドットの粒径も測定できる。InPコアの粒径は、吸収スペクトルの第一吸収ピーク波長からも求められるが、これは電子顕微鏡像から求めたものと一致する。
【0098】
また、対象とする量子ドットがIII-V族化合物半導体およびII-VI族化合物半導体の元素を含むことは、元素分析(ICP質量分析、分析電顕等)で調べることができる。これらIII-V族及びII-VI族元素を含む蛍光性微粒子の発光効率が60%以上で蛍光スペクトルの半値全幅が60nm以下(特に25~55nm)であれば、コアがIII-V族化合物半導体、シェルがII-VI族化合物半導体であることを意味している。それ以外の構造で、このような分光特性が出る材料は知られていない。被覆されたガラスはフッ酸(フッ化水素酸)や水酸化ナトリウム水等の強アルカリに溶けるので、必要に応じて剥がしてから、量子ドットの組成を調べることができる。なお、蛍光スペクトルの半値全幅については、本発明では、シリカガラス層を形成する前後においてほとんど変わらない。このため、本発明の蛍光性微粒子の半値全幅も、60nm以下が好ましく、25~55nmがより好ましい。
【0099】
対象とする量子ドットがシリカガラス層で被覆されたことは、電子顕微鏡による観察で確かめることができる。シリカガラス層は、量子ドットに比べて透過電子顕微鏡ではコントラストが弱く見えるので区別できる。分析電顕の手法を用いれば、このコントラストがやや弱い場所からケイ素と酸素が検出される。シリカガラス層の膜厚が一定でない場合には、その平均をとってその材料の膜厚とする。なお、シリカガラス層の膜厚が0.5nm以下の場合は電子顕微鏡での観察が難しくなるが、量子ドットが水相に移動することで、シリカガラス層による被覆を確かめることが出来る。表面修飾されたことは、ζ(ゼータ)電位の変化、電気泳動速度の変化等からも感知できる。量子ドットが、有機アルコキシシランを主成分として作製される薄膜で被覆されている場合、シリカガラス被覆の量子ドットに比べて形状の安定性に乏しく、また量子ドットの光照射時の耐光性も低下する傾向がある。
【0100】
本明細書で作製する蛍光性微粒子中の量子ドットの数は、電子顕微鏡像を用いて確かめられる。透過電子顕微鏡を用いることが好ましい。
【0101】
耐光性については、一定回数の光励起が行われた後の発光効率の低下の程度で測定する。定義の項で記したように、ディスプレイでは20000時間(約2年)の耐光性が要求されるが、評価結果を早く得るために温度を上げて劣化の加速試験を行うことがある。このときには、発明者らの文献(ジャーナル オブ フィジカル ケミストリー ビー、109巻、17855頁(2005年))によるアーレニウスプロットの作製が有効である。
【0102】
5.用途
本発明の蛍光性微粒子は、作製直後の溶媒を蒸発させたのちに粉体の蛍光体として用いることができる。薄いシリカガラス層で覆われている場合は、一つ一つの性質を保ったまま溶媒を除去することができ、これにより高濃度に分散した高輝度の蛍光体を得ることが出来る。
【0103】
本発明の蛍光性微粒子は、蛍光スペクトル幅が狭いので、演色性の良い蛍光体にできる。有機高分子のフィルムに分散させれば、ディスプレイの画質(色表現の度合い)を向上させるための層になる。疎水性にしたものは、疎水性の有機高分子フィルムに分散できる。耐久性が高いので、従来から製造に用いていた有機高分子フィルムの両面へのバリアフィルム(水と酸素を遮断するガラス層を含むフィルム)の貼り付けが不要になる。さらに、インクジェットに用いるノズルの特性に合わせて溶液の表面張力や粘度を調整して、インクジェットプリンティング用インクとして用いることができる。この蛍光性インクを用いて、ディスプレイ用の波長変換層とすることができる。また、耐光性が高いので、高輝度の発光が要求される用途、例えば、車のヘッドライトや野球場などのスポーツ施設の照明、生産が終了しつつある蛍光灯に替わる植物工場の照明、プロジェクターの光源としても用いることができる。SH基、COOH基、NH基等で表面修飾されているものは、さらに目的の抗体に感作させ、抗原抗体反応を利用して特定の抗原を見つけるために用いる他に、生体内の特定分子に特異的に結合させてその分子の分布、量、動き等を見る蛍光標識又は蛍光試薬として用いることができる。膜厚が非常に薄いことを利用すれば電子を流すことが出来るので、エレクトロルミネッセンス(交流又は直流の電圧を引加して発光させる)やカソードルミネッセンス(高速の電子線を照射して発光させる)等の蛍光体(照明)としての用途もある。
【実施例0104】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。まずは合成例1および2において、実施例1で用いる疎水性の量子ドットを合成した。
【0105】
合成例1[InPコア]
50mLのSPCジョイントタイプ(柴田科学(株)製)の三ツ口丸底ガラスフラスコにマグネティックスターラー用の回転子を入れ、3酢酸インジウム(0.1mmol)、HMy(0.3mmol)及びODE(3.5mL)を投入した。その後、温度制御機構付きのマントルヒーターにフラスコをセットしてから脱気後に加熱して、ミリスチン酸インジウム((CH(CH12COO)In、InMyと略記)を得た。すぐに溶媒としてトリオクチルフォスフィン(TOP)を0.5mL添加し、さらに攪拌しながら150℃にして、ODEで薄めたトリス(トリメチルシリル)ホスフィン([(CHSi]P、(TMS)Pと略記、0.05mmol)を注入した。加熱して270℃にして5分経過後、ODEで薄めた(TMS)Pをさらに添加して粒径を増加させた。反応途中でガラス製のキャピラリー管で極少量の溶液を分取して吸収スペクトルを取ることで、粒径の成長をモニターした。粒径3.4nmまでInPコアが成長したことを確認し、室温に戻した。これをInPコア1と呼ぶ。
【0106】
[InP/ZnSe/ZnS(シェルの付加)]
次に、以下のように前駆体の作製後、2段階で上記のInPコア1の周りにシェルを付加した。
【0107】
前駆体の作製
ミリスチン酸(CH(CH12COOH、HMyと略記)と水酸化炭酸亜鉛(Zn(CO(OH))を混合、200℃に加熱して、濃度が0.3Mになるようにミリスチン酸亜鉛((CH(CH12COO)Zn、ZnMyと略記)を作製した。洗浄、真空乾燥によって精製して、オクタデセン(ODE)に溶解した。別途、セレン粉末をODEに投入し、60℃に加熱することで溶解してセレンのオクタデセン溶液(Se-ODEと略記、濃度0.2M)を得た。同様に、硫黄粉末をODEに投入して60℃に加熱することで溶解して硫黄のオクタデセン溶液(S-ODEと略記、濃度0.1M)を得た。
【0108】
薄いZnSeシェルの付加と精製
InPコア1の作製に引き続き、そのままの溶液を270℃に保って上記で予め合成したZnMy(0.5mL)を入れた。10分後、さらに上記で合成したSe-ODE(0.4mL)を投入して15分攪拌し、ZnSeシェルを付加した。このようにして、厚さ0.3nm程度の薄いシェルを付け、その後、冷却して室温に戻した。
【0109】
このODE溶液0.5mLにヘキサン0.5mLを加え、さらにメタノール1.0mLとオクチルアミン5マイクロLを加えて50℃に加熱し、不純物をメタノールの層に移すことで精製した。その後、ヘキサンを溶媒として含む量子ドット溶液にアルゴンガスを流してヘキサンを飛ばした。さらにアセトンを加えて量子ドットを沈殿させ、上澄みを除去した。もう一度これを行って精製し、最後にヘキサンに分散させた。
これにより、ZnSeシェルの下地を慎重に作り、かつ不純物を取り除いた。目的は、次次示すようにその上にさらに厚いZnSeシェル(1nm以上)を取り付けて、発光効率を上げることである。
【0110】
厚いシェルの付加(InP/ZnSe/ZnSの作製)
上記で作製したヘキサン溶液を三ツ口フラスコに入れ、ステアリン酸亜鉛(ZnStと略記、0.5mmol)とODE(3mL)を加えた。アルゴンガスを流しながら80℃にしてヘキサンを飛ばした後、300℃に加熱した。
【0111】
この状態で、上記で予め作製したSe-ODE(0.1mL)を加えたのち、ラウリン酸(0.1mmol)を加えて5分間、反応を進行させることで、ZnSe層を付加した。素早く極少量の反応中の試料をガラスキャピラリーで分取して吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定することで、反応の進行を確認できた。
【0112】
このように蛍光ピーク波長をモニターしつつ、蛍光波長が620nmになったところで急冷して反応を止めた。最後にS-ODEとラウリン酸を加えて最外殻にZnSシェルを付加した。その後、室温に戻して精製し、トルエン溶液とした。透過電子顕微鏡で観察すると、作製した量子ドットの平均粒径は8.0nmであった。また、蛍光スペクトルを取ると図1の点線のようになった。これから、半値全幅が45nmであることが読み取れる。発光効率は、90%であった。
【0113】
シェル付加の反応時間と試料添加量を制御して、上記の一例も併せて粒径Dが6.1nm、6.5nm、6.9nm、8.0nm、8.9nm、9.5nmの合計6種の量子ドットを作製した。表面リガンドはステアリン酸とラウリン酸である。これらを順に、QD1、QD2、QD3、QD4、QD5、QD6と名付けた。
【0114】
合成例2[InPコア]
InPコアの作製
まずは、発明者らの非特許文献1及び2によった。
【0115】
塩化インジウム(InCl,1.8mmol)、トリス(ジメチルアミノ)ホスフィン(P(N(CH、TDAPと略記,2.75mmol)、ドデシルアミン(DDAと略記、27mmol)をトルエン溶媒に入れて良く混合し、そのあとでアルゴン雰囲気のグローブボックス内で、テフロン(登録商標)で内面をコートしたオートクレーブ(内部を高圧力にできる耐圧容器)に入れた。70℃で1時間加熱して上記の試薬を溶解したのち、180℃で24時間置いてソルボサーマル法によって反応を進ませてから室温に戻した。不純物と副生成物を遠心分離で沈殿させてから上澄みを取り出し、メタノール/トルエンという貧溶媒/良溶媒のペアを使って沈殿/再分散を行うことで精製した。
【0116】
次に、粒径が大きくなると量子ドットの溶解度が低下するという一般的な特性を利用し、InPコアを含んだトルエン溶液を攪拌しながらメタノールを滴下して、粒径ごとにコアを分取(分級)して試料番号1から5とした。電子顕微鏡観察で、分級後のInPコアの粒径分布は10%程度であることがわかった。一例として、試料番号3の透過電子顕微鏡像を、図2に示す。平均粒径は、3.1±0.3nmである。さらに、既報の方法(ジャーナル オブ フィジカル ケミストリー、ビー、106巻、7177頁(2002年))により、フッ酸添加後に光照射を行って表面の状態を改善して蛍光を発するようにした。
【0117】
図3に、各試料(試料番号1から5)の吸収スペクトル(左縦軸で表示)と蛍光スペクトル(右縦軸で表示)を示す。また、透過電子顕微鏡像から得られた粒径Dと蛍光ピーク波長λPLとをまとめて、表1に示す。
【0118】
【表1】
【0119】
一方で、先に「発明を実施するための形態」で触れた文献(ドイツ、ハンブルグ大学、ディミトリ タラピン、博士論文2002年、タイトル”Experimental and theoretical studies on the formation of highly luminescent II-VI, III-V and core-shell semiconductor nanocrystals”Figure4.4(b)(p.57)を用いると、図3の吸収スペクトル(点線で表示)から読み取れる第一吸収ピーク(最も長波長側に現れた肩状のピーク)の波長から、粒径Dを求めることができる。比較すると、粒径3nm以上では有効数字2桁で、表1の値と一致することが確かめられた。その粒径Dでのモル吸光係数を、同じ文献で求めてから縦軸の吸光度を読み取った。これにより、ランベルト・ベールの法則によって分取した各試料中のInPコアの濃度を求めることができた。
【0120】
リガンド交換
表1の試料番号2のInPコアにII-VI族のシェル付加をするために、コア表面のリガンドDDAを、以下の手順でHMyに置換した。すなわち、試料番号2のInPコアを3μMの濃度でヘキサンに分散させた。さらに、HMyが10mMになるように添加した。これを温度調節できるホットマグネットスターラー上で45℃に加熱し、4時間攪拌した。室温に戻して、メタノールを加えて量子ドットを沈殿させて分取、ヘキサンに再分散させることで精製した。これをさらに2回繰り返し、最後に溶媒置換して、HMyをリガンドとするInPコア2のトルエン溶液を得た。
【0121】
[InP/ZnSe/ZnS(シェルの付加)]
前記のInPコア1の場合と同様に、以下の2段階でInPコア2の周りにシェルを付加した。
【0122】
薄いZnSeシェルの付加と精製
作製したInPコア2の溶液を270℃にして、予め合成したZnMy(0.5mL)を入れた。10分後、さらにSe-ODE(0.4mL)を投入して15分攪拌し、ZnSeシェルを付加した。
【0123】
このODE溶液0.5mLにヘキサン0.5mLを加え、さらにメタノール1.0mLとオクチルアミン5マイクロLを加えて50℃に加熱し、不純物をメタノールの層に移すことで精製した。その後、ヘキサンを溶媒として含む量子ドット溶液にアルゴンガスを流してヘキサンを飛ばした。さらにアセトンを加えて量子ドットを沈殿させることでさらに精製し、最後にヘキサンに分散させた。
【0124】
厚いシェルの付加(InP/ZnSe/ZnSの作製)
上記のヘキサン溶液に、ZnSt(0.5mmol)とODE(3mL)を加えた。アルゴンガスを流すことでヘキサンを飛ばした後、300℃に加熱した。
【0125】
次に、前記で用意したSe-ODE(0.1mL)を加えたのち、ラウリン酸(0.1mmol)を加えて5分間、反応を進行させ、ZnSe層を付加した。これは、合成例1のQD4と同等の特性を有し、以下の実施例1で用いることができた。
【0126】
[実施例1]
合成例1で作製した量子ドットQD4(粒径Dは、8.0nm)を、以下で説明するようにステップ1(表面シラン化)及びステップ2(相転換とシリカガラス層付与)の2段階を経て、シリカガラス層で覆った。
【0127】
ステップ1
高性能エアフィルター(HEPAフィルター:High Efficiency Particulate Air Filter)で塵埃を定常的に取り除いた気温25℃、湿度50%の実験室で合成を行った。ステップ1では、量子ドットQD4の0.3mLのトルエン溶液に、テトラエトキシシラン(TEOS)1.5マイクロリットル(つまりY=6.8マイクロモル)を添加し、20時間、攪拌した。但し、トルエン中の量子ドットQD4の量Xは、0.10、0.11、0.14、0.15、0.17、0.23、0.34、0.68、1.35nmolと9通りに変えた。従って、この時の量子ドットの濃度は、順に0.33、0.37、0.47、0.50、0.57、0.77、1.13、2.27、4.50μMである。それぞれの場合で、量子ドットの表面はシラン化された。ここで、量子ドットを分散させるトルエンの量を一定にして量子ドットQD4の濃度だけを変えたのは、トルエン中にごく微量溶けている水の量を一定にして、その中に分散しているアルコキシド(TEOS、1.5マイクロリットルで一定)を部分加水分解させる条件を統一するためである。なお、この場合でも「発明を実施するための形態」で述べた最も好ましい量子ドットの濃度範囲(0.3~5μM)に入るように実験をデザインした。
【0128】
ステップ2
ステップ2では、まず界面活性剤であるイゲパルCO-520(poly(oxyethylene) nonylphenyl ether)1gとシクロヘキサン10mLを加え、透明になるまで攪拌した。この逆ミセル溶液に、ステップ1で作製した表面シラン化された9種類の量子ドットQD4のトルエン溶液を添加し、さらにアンモニア溶液(6.25重量%)を0.3mL添加した後、TEOS3.0マイクロリットルを添加し、9時間、攪拌して反応させた。その後、遠心、洗浄した後、純水に分散した。量子ドットの量Xが、0.15nmolのときの試料を取り出し、透過電子顕微鏡で形態観察するとガラス層の厚みはおよそ1nmであった(図4)。
【0129】
発光効率の測定
これら9種類の試料の発光効率を測定して、もとのトルエン中での発光効率との比率(相対発光効率;ガラス被覆後の発光効率/ガラス被覆前の発光効率)を、ステップ1におけるTEOSと量子ドットとのモル比K(=TEOSのモル数Y/QDのモル数X)の関数としてプロットすると図5の黒丸のようになった。ここから、粒径Dが8.0nmの場合は発光効率を最大にする値Kが、およそ44,000であることが読み取れる。この場合の発光効率は87%となり、元の値とほとんど変化していなかった。また、蛍光スペクトルを取ると、先に説明した図1中に実線に示すように、ピーク位置、半値全幅とも、ガラス被覆後にはほとんど変化しないことがわかった。
【0130】
[実施例2]
同様に最適のモル比Kを求める実験を、合成例1で作製した他の異なる粒径D(6.1nm、6.5nm、6.9nm、8.9nm、9.5nmの5種類)の量子ドット(つまりQD1、QD2、QD3、QD5、QD6)について行ったところ、図6(a)、(b)、(c)、(d)、(e)のようになった。それぞれの粒径Dにおける最適値K を、図に書き入れた。これら最適値K を、実施例1のQD4の結果と併せて粒径Dの二乗の関数として黒丸でプロットすると、図7が得られた。これを、K=a×Dという式に対して、aをパラメータとして最小二乗法によりフィッティングすると、a=965±288(つまり、1σ=288)が得られた。また、相関係数R=0.79であり、0.7より大きいので統計的に強い相関があることが示された。
【0131】
この結果から、K (発光効率の低下を少なくできるアルコキシドと大きさDの量子ドットのモル比)は、図7に実線で描かれたようにDの二乗に比例し、二本の破線で囲まれた範囲(つまり2.5σの範囲)、250×D<K <1680×Dとすれば良いことが分かった。なお、二本の細い実線で囲まれた部分はより好ましい範囲(2σ)、二本の一点鎖線で囲まれた部分は最も好ましい範囲(1σ)である。
【0132】
[比較例1]
CdSe系量子ドットのガラス被覆についての発明者らの特許文献3の実施例1と同様の実験を行った。すなわち、非特許文献(ナノテクノロジー、17巻、3892頁(2006年))の方法でオレイン酸をリガンドとする量子ドット(CdSe/ZnCd1-xS)を合成した。発光効率は80%、発光波長は600nm、粒径は6.7nmであった。これをトルエン溶液に分散させ、その濃度を4.6μM(マイクロモル/リットル)とした。
【0133】
ガラス被覆したあとの発光効率を測定したところ、28%であった。つまり発光効率はもとの35%(=28/80)になっており65%の低下率を示している。このとき、量子ドットのモル数XとTEOSのモル数Yから、Y/X=4900である。また、粒径から計算すると250×D=11223、1680×D=75415となる。従って、上記項17の範囲、250×D<Y/X<1680×Dから小さい側に外れることがわかる。この場合、表面シラン化が十分に行われず、もとの表面リガンドが残ったまま水中に移行するので、その疎水性のリガンドが水から逃れようとして表面欠陥を生じることが発光効率低下の原因である可能性がある。近い条件での本明細書での実施例1のInP系量子ドットでの発光効率の低下率が約20%(図5の左端の黒丸に相当)であるのに比較して低下率が65%と著しいのは、CdSe系ではより表面近くに励起電子が分布しているので表面のリガンドの置換の影響を受けやすいことが一因である。また、「課題を解決するための手段」で述べたように、CdSe系では、シェルが薄くて均一ではなく励起電子が外側に染み出しやすい部分があることも別の一因と考えられる。
【0134】
このように、量子ドットの種類は違うが、この比較例では項17の範囲から少ない側に外れると発光効率が大きく低下することが確認できた。
【0135】
[比較例2]
疎水性のCdSe系量子ドット1個を逆ミセル法によりガラス被覆した非特許文献9の実験条件を、以下のように解析した。典型的な合成条件では、CdSe/ZnS量子ドット1nmol(つまりX=1×10-9)を用い、TEOS 80マイクロリットル(つまり、360マイクロモル。Y=3.6×10-4)を加えている。また、透過電子顕微鏡像から読み取った粒径Dは5.5nmである。従って、Y/X=360000であり、また250×D=7563、1680×D=50820となり、本明細書の項17の範囲、250×D<Y/X<1680×Dから大きい側に外れることがわかる。始めの発光効率は60%であったが、ガラス被覆後は19%になり、さらに1週間で4%程度にまで低下する。従って、本明細書の発光効率の定義から、低下率は93%(=1-(4/60))となる。「背景技術」や「課題を解決するための手段」で説明したように、この文献の著者たちはこれを見て、加水分解されたTEOSは消光剤(蛍光のクエンチャー)であると議論している。しかしこの場合、TEOSの量が多すぎるので、本明細書の考察に従えば量子ドット表面に多くの加水分解TEOSが集中し過ぎてきれいに並ぶことができないということになる。なお、本明細書で正しく作製したガラス被覆の量子ドットは通常は冷蔵保存(約4℃)しているが、数ヶ月おいても発光効率の低下は見られなかった。
【0136】
[実施例3]
厚くガラス被覆した量子ドットの作製を、以下の手法で行った。厚いガラス層を作るためには、上記の実施例1のステップ2で添加するTEOSの量を増やすかステップ2での反応時間を長くすれば良い。以下に、反応時間を長くした実験を示す。
【0137】
実施例1のQD4(粒径Dは、8.0nm)でXが0.15nmolの場合、ステップ2での反応時間は、実施例1では9時間でありこの時のシリカガラス層厚はおよそ1nmであった。反応時間を15時間にしたものを取り出して精製後に透過電子顕微鏡観察をすると、ガラス微粒子の粒径は14nm、ガラス層厚は3.0nmであった。反応時間を30時間にしたものを取り出して透過電子顕微鏡観察をすると、ガラス微粒子の粒径は22nm、ガラス層厚は7.0nmであった(図8)。発光効率は、85%であった。これをGQD4とし、表面処理をしたのちに耐光性の実験に用いた。
【0138】
[実施例4]
異なる官能基でのガラス表面修飾を、以下の方法で行った。上記実施例3で作製した蛍光性のガラス微粒子の表面には、通常のガラスと同じくOH基が付いて水分散している。これを以下では、SH基、COOH基、NH基に置き換えた。SH基に置き換えたものは、さらに模擬細胞に化学結合させた。
【0139】
SH基コート
メルカプトプロピルトリメトキシシラン(MPSと略記)をエタノールに分散させ、上記実施例3で作製した蛍光性微粒子の水溶液に添加して、24時間攪拌した。次に遠心分離機で蛍光性微粒子を沈殿させ、上部の溶液についてピペットを使って完全に取り除いた。バイオコンジュゲーション(特定の生体分子に化学結合させること)をする場合に備えて、ホウ酸バッファー中分散させて、ドライバスにて4℃で保管した。このホウ酸バッファー中のSH基で修飾された蛍光性微粒子を使用して以下の手順でバイオコンジュゲーションを行った。
【0140】
市販のマレイミドストレプトアビジン(-20℃で保管)の小瓶を取り出し、蓋を開けずに室温に戻す。こうすることで湿気が凝固するのを防ぎつつこの小瓶を開け、リン酸緩衝食塩水(通称PBSバッファー、1X)を入れて溶かした。これを取り出して、ホウ酸バッファー中の蛍光微粒子に加えた。4℃で軽くゆすりながら4時間放置後、取り出して、ドライバス中で4℃にて保管した。これにより、蛍光性微粒子の表面にストレプトアビジンを結合させた。
【0141】
次に、模擬細胞として表面にビオチンを結合させたポリスチレンビーズ(球形で粒径は0.5ミクロン。商品名コーティングビーズ、SPHERO製)を用意し、合成した蛍光性微粒子を添加、攪拌した。そののち蛍光顕微鏡で観察すると、ビーズ粒径に相当する大きさで蛍光像が観察された(図9)。これにより、細胞の蛍光標識として使用できることを確認した。
【0142】
NH 基コート
アミノプロピルトリメトキシシラン(APSと略記)をエタノールに分散させ、上記実施例3で作製した蛍光性微粒子の水溶液に添加して、24時間攪拌した。次に遠心分離機で蛍光性微粒子を沈殿させ、上部の溶液についてピペットを使って完全に取り除いた。エタノールで洗浄して純水に再分散させた。
【0143】
COOH基コート
バイアルビンにTEOSとカルボキシシラントリオールのナトリウム塩(CESと略記)を体積比で6:1にして加えて攪拌、混合した。実施例3で得たガラス微粒子分散水溶液を攪拌しながら、徐々にTEOS+CESの溶液を添加した。添加後、さらに3時間30分攪拌を続けた。その後、遠心して上澄みを取り除き、エタノールで洗浄して純水に再分散させた。これをGQD4―Cとする。発光効率は、83%であった。
【0144】
[実施例5]
熱処理と耐光性の実験・評価を以下の手順で行った。
【0145】
熱処理
実施例4で作製した蛍光性微粒子GQD4―Cをエタノールに分散させて、50℃に10時間保ち、ゾル-ゲル法で作ったガラスの脱水縮合反応を進めて3次元の網目構造をさらに発達させた。
【0146】
この溶媒を真空脱気によって飛ばすと、粉体が現れた。温度制御可能なホットプレート上にアルミ板を敷き、その上にこの粉体を載せた。上から直径4センチの時計皿を被せて少し隙間を作り、真空脱気しながら90℃で24時間加熱することで、さらに発達した3次元網目構造を持つ蛍光性微粒子が作製できた。これらは、「加熱によって脱水縮合が進行する」というゾル-ゲル反応の性質を利用したものである。
【0147】
耐光性の実験
耐光性試験を行うために、以下の装置を考案した。この方法の利点は、少量の試料で耐光性試験ができることである。
【0148】
別の実験のために市販されているマイクロウエルスライド(浜松ホトニクスA10657-01)は、図10に示したように片面(この場合は下面)がカバーガラスで覆われており、1つ1つの穴がテーパー状になって試料を入れやすくできている。一つの穴の容積は、25マイクロリットルである。ここに溶液を入れて、耐水性の透明な粘着テープで封止し、横向きにして光照射して耐光性を調べた。溶液を入れる場合には、耐水性のテープで封止した後に、真空デシケーターに入れて脱気することで、光照射中に泡が生じて照射光が散乱されて測定データに大きなばらつきが出ることを阻止した。
【0149】
光源としてコヒーレント社製のVerdiレーザー(5W、波長532nm)を選び、作製した熱処理した量子ドットを充填し、10W/cmの強度で24時間にわたって穴に入れた試料の全面を照射した。
【0150】
正確を期すために、発光効率はスライドに入れた液体のままで測定することとした。迷光をカットするために、マイクロウエルの試料部分に、直径3ミリの穴をあけたピンホール(黒アルマイト処理したアルミ板に穴をあけたもの)を装着した。次に、マイクロウエルスライドの穴に入れた試料の吸収スペクトルと蛍光スペクトルを、先に触れた発明者らの文献(ジャーナル オブ ルミネッセンス、128巻、1896頁(2008年))の方法で測定し、同じ文献に書かれた方法で発光効率を導出した
【0151】
耐光性の評価
ここで、1個の量子ドットの平均の光励起の回数の計算方法を記す。
【0152】
照射光波長λ(単位:nm)でのモル吸光係数をελ(単位:L/mol/cm)は、同じ波長での吸収断面積σλ(単位:cm/粒子)に変換する。変換式は、以下に示した通りである。
【0153】
σλ=1000×ελ/(N×log e)
ただし、Nはアボガドロ数、eは自然対数の底である。また、励起光強度は、単位時間当たりの光子数密度F(単位:光子数/秒/cm)に変換する。
【0154】
これにより、単位時間当たりの励起回数Nは、N=F×σλとなる。具体的には、ελ=1.35×10L/mol/cm、σλ=5.2×10-16cm/粒子、F=2.7×1019光子/cm/秒となるので、N=13800回/秒となる。従って、24時間照射し続けた場合には、N=1.2×10回となって、10回を超える。
【0155】
蛍光性微粒子の光照射前の発光効率は80%であり、溶媒除去と熱処理の過程で始めのGQD4―Cから若干の低下がみられた。これを上記の条件で光照射すると75%となった。この時の変化量は、6%(=1-75/80)である。
【0156】
但しこのように具体的な発光効率の値を出さなくても、量子ドットの光吸収の程度は劣化試験による光照射ではほとんど変わらないので、同じ条件で光照射したときの蛍光強度だけを比較するだけで、発光効率の相対的な変化を調べることができる。
【0157】
一方で、水分散性の市販のポリマーコート量子ドット(Thermo Fischer, Qtracker655)に対して同様の条件で耐光性試験を行うと、4×10回の光励起で発光効率が1/10に低下した。このため、24時間照射で10回の光励起をさせて耐光性を評価したこの結果により、作製したガラス被覆量子ドットの耐光性の高さを示すことができた。
【0158】
[実施例6]
疎水性への転換を、以下の方法で行った。3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン0.3wt%を、水50vol%とエタノール50vol%に分散させた溶液を作製した。これに同じく水50vol%とエタノール50vol%溶液に分散させた、実施例3で得られた蛍光微粒子GQD-4を浸漬した。溶液分を真空乾燥によって取り除いたのち、100℃で5分間乾燥させた。この蛍光性微粒子は水に分散せずに沈殿するため、疎水性であることが確認できた。発光効率は、83%であった。これにより、疎水性溶液、例えばアクリルモノマーへの分散が可能になる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10