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特開2022-75898多能性幹細胞から腸管上皮細胞への分化誘導方法
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  • 特開-多能性幹細胞から腸管上皮細胞への分化誘導方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022075898
(43)【公開日】2022-05-18
(54)【発明の名称】多能性幹細胞から腸管上皮細胞への分化誘導方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20220511BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022046424
(22)【出願日】2022-03-23
(62)【分割の表示】P 2019571161の分割
【原出願日】2019-02-08
(31)【優先権主張番号】P 2018021545
(32)【優先日】2018-02-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(71)【出願人】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】松永 民秀
(72)【発明者】
【氏名】岩尾 岳洋
(72)【発明者】
【氏名】壁谷 知樹
(72)【発明者】
【氏名】美馬 伸治
(72)【発明者】
【氏名】宮下 敏秀
(57)【要約】
【課題】本発明は、生体の腸管上皮細胞により近い機能を示す細胞を簡便且つ効率的に調製可能な新たな手段を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明によれば、(1)多能性幹細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程と、(2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質を併用し、工程(1)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程によって、多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(1-1)、(1-2)及び(2)を含む、ヒト人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法:
(1-1)ヒト人工多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程、
(1-2)工程(1-1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞へと分化させる工程;
(2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びアデニル酸シクラーゼ活性化作用を示すcAMP活性化物質を使用し、工程(1)で得られた腸管幹細胞を腸管上皮細胞へと分化させる工程であって、
前記工程(1-1)における培養期間が1日間~10日間であり、前記工程(1-2)における培養期間が2日間~10日間であり、前記工程(2)における培養期間が10日間~30日間である方法。
【請求項2】
工程(2)が、以下のA~Dのいずれかの培養工程を含む、請求項1に記載の方法、
培養工程A:(a-1)EGF及びcAMP活性化物質の存在下での培養と、該培養の後に行われる、(a-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含む、
培養工程B:(b-1)EGFの存在下での培養と、該培養の後に行われる、(b-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質の存在下での培養を含む、
培養工程C:(c-1)EGF及びcAMP活性化物質の存在下での培養と、該培養の後に行われる、(c-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質の存在下での培養を含む、
培養工程D:(d-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質の存在下での培養を含む。
【請求項3】
工程(2)が、cAMPが細胞へ供給される条件及び/又はcAMP分解酵素阻害剤が存在する条件で行われる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
cAMPが細胞へ供給される条件が、培地中に8-Br-cAMPが存在することである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
cAMP分解酵素阻害剤がIBMXである、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
培養工程Bが、(b-2)の培養の後に行われる、(b-3)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含み、
培養工程Cが、(c-2)の培養の後に行われる、(c-3)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含み、
培養工程Dが、(d-1)の培養の後に行われる、(d-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含む、請求項2~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
MEK1阻害剤がPD98059であり、DNAメチル化阻害剤が5-アザ-2’-デオキシシチジンであり、TGFβ受容体阻害剤がA-83-01である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
工程(1-1)における分化誘導因子としてアクチビンAを用いる、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
工程(1-2)における分化誘導因子としてFGF2又はGSK-3β阻害剤を用いる、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
小腸には多くの薬物代謝酵素や薬物トランスポーターが存在することから、肝臓と同様、薬物の初回通過効果に関わる臓器として非常に重要である。そのため、医薬品開発早期の段階から小腸における医薬品の膜透過性や代謝を評価することが、薬物動態特性に優れた医薬品の開発に必要である。現在、小腸のモデル系としてはヒト結腸癌由来のCaco-2細胞が多用されている。しかし、Caco-2細胞における薬物トランスポーターの発現パターンはヒト小腸とは異なる。また、Caco-2細胞には薬物代謝酵素の発現及び酵素誘導はほとんど認められないことから、正確に小腸での薬物動態を評価することは難しい。したがって、小腸における薬物代謝及び膜透過性を総合的に評価するためには初代小腸上皮細胞の利用が望ましいが、機能の面や供給に関して問題があることから、初代肝細胞のように薬物動態試験系として広く利用することは困難である。
【0003】
ところで、ヒト人工多能性幹(induced pluripotent stem:iPS)細胞は2007年に山中らによって樹立された。このヒトiPS細胞は、1998年にThomsonらによって樹立されたヒト胚性幹(embryonic stem:ES)細胞と同様な、多分化能とほぼ無限の増殖能をもつ細胞である。ヒトiPS細胞はヒトES細胞に比べ倫理的な問題が少なく、医薬品開発のための安定した細胞供給源として期待される。
【0004】
尚、薬剤の吸収試験などに利用される腸管上皮細胞を提供するために、腸管由来の細胞から腸管の幹/前駆細胞を選択的に取得する方法が報告されている(特許文献1)。また、ALK5阻害因子を用いた多能性細胞の作製ないし維持方法が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008-206510号公報
【特許文献2】特表2012-511935号公報
【特許文献3】国際公開第2014/132933号パンフレット
【特許文献4】国際公開第2017/154795号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ueda T et al., Biochem Biophys Res Commun. 2010 Jan 1;391(1):38-42.
【非特許文献2】McCracken KW et al., Nat Protoc. 2011 Nov 10;6(12):1920-8
【非特許文献3】Spence JR, Nature. 2011 Feb 3;470(7332):105-109.
【非特許文献4】Ogaki S et al., Stem Cells. 2013 Jun;31(6):1086-1096.
【非特許文献5】Ozawa T et al., Sci Rep. 2015 Nov 12;5:16479.
【非特許文献6】Ogaki S et al., Sci Rep. 2015 Nov 30;5:17297.
【非特許文献7】Iwao T et al., Drug Metab Pharmacokinet, 29(1), 44-51 (2014).
【非特許文献8】Iwao T et al., Drug Metab Dispos, 43(6), 603-610 (2015).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
iPS細胞から腸管上皮細胞への分化誘導に関してはいくつかの報告があるが(例えば、非特許文献1~6を参照)、これらの報告での分化誘導法は煩雑であり、しかも分化効率が十分でなく、薬物動態学的な解析は詳細に行われていない。さらに、当該分化誘導法は極めて高価な増殖因子やサイトカイン類を大量に用いて分化を誘導しており、実用化に適さない。本発明者らも、ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化について研究を進めており、作製した腸管上皮細胞様細胞はさまざまな薬物動態学的機能を有することを報告している(特許文献3、非特許文献7、8)。また、ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化促進および機能獲得に有用な低分子化合物や条件を見出している(特許文献3、4、非特許文献8)。
【0008】
以上のように、多くの研究者によって精力的な研究が行われ、一定の成果が得られているものの、薬物動態アッセイや毒性試験などに利用可能な機能的な腸管上皮細胞をインビトロで調製することに対するニーズは依然として高い。特に、機能面の向上と調製効率の向上が望まれる。そこで本発明は、生体の腸管上皮細胞により近い機能を示す細胞(腸管上皮細胞様細胞)を簡便且つ効率的に調製可能な新たな手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題の下、本発明者らは、さらに効率的な分化誘導法の開発を目指し、詳細な検討を行った。その結果、iPS細胞から得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する際、cAMP活性化物質の存在下で細胞を培養して細胞内のcAMPレベルを積極的に上昇させることが、効率的な分化誘導及び成熟化(機能の獲得)に極めて有効であることが判明した。また、分化誘導に使用する低分子化合物の組み合わせや添加時期などについての有益な情報ももたらされた。
【0010】
検討の末に見出された培養条件で作製された腸管上皮細胞様細胞は、腸管上皮特異的な酵素(薬物代謝酵素)を高発現し、機能的に優れたものであった。以下の発明は、主として、以上の成果及び考察に基づく。
[1]以下の工程(1)及び(2)を含む、多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法:
(1)多能性幹細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程;
(2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質を併用し、工程(1)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程。
[2]工程(1)が以下の工程(1-1)及び(1-2)からなる、[1]に記載の方法:
(1-1)多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程;
(1-2)工程(1-1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程。
[3]工程(2)における培養期間が7日間~40日間である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]工程(2)が、以下のA~Dのいずれかの培養工程を含む、[1]~[3]のいずれか一に記載の方法、
培養工程A:(a-1)EGF及びcAMP活性化物質の存在下での培養と、該培養の後に行われる、(a-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含む、
培養工程B:(b-1)EGFの存在下での培養と、該培養の後に行われる、(b-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質の存在下での培養を含む、
培養工程C:(c-1)EGF及びcAMP活性化物質の存在下での培養と、該培養の後に行われる、(c-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質の存在下での培養を含む、
培養工程D:(d-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質の存在下での培養を含む。
[5](a-1)の培養の期間は2日間~10日間であり、(a-2)の培養の期間は9日間~29日間であり、
(b-1)の培養の期間は2日間~10日間であり、(b-2)の培養の期間は9日間~19日間であり、
(c-1)の培養の期間は2日間~10日間であり、(c-2)の培養の期間は9日間~19日間であり、
(d-1)の培養の期間は15日間~25日間である、[4]に記載の方法。
[6]cAMP活性化物質がフォルスコリンである、[1]~[5]のいずれか一に記載の方法。
[7]工程(2)が、cAMPが細胞へ供給される条件及び/又はcAMP分解酵素阻害剤が存在する条件で行われる、[1]~[6]のいずれか一に記載の方法。
[8]cAMPが細胞へ供給される条件が、培地中に8-Br-cAMPが存在することである、[7]に記載の方法。
[9]cAMP分解酵素阻害剤がIBMXである、[7]又は[8]に記載の方法。
[10]培養工程Bが、(b-2)の培養の後に行われる、(b-3)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含み、
培養工程Cが、(c-2)の培養の後に行われる、(c-3)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含み、
培養工程Dが、(d-1)の培養の後に行われる、(d-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を含む、[4]~[9]のいずれか一に記載の方法。
[11](b-3)の培養、(c-3)の培養、及び(d-2)の培養の期間は1日間~10日間である、[10]に記載の方法。
[12]MEK1阻害剤がPD98059であり、DNAメチル化阻害剤が5-アザ-2’-デオキシシチジンであり、TGFβ受容体阻害剤がA-83-01である、[1]~[11]のいずれか一に記載の方法。
[13]工程(1-1)における分化誘導因子としてアクチビンAを用いる、[2]~[12]のいずれか一に記載の方法。
[14]工程(1-2)における分化誘導因子としてFGF2又はGSK-3β阻害剤を用いる、[2]~[13]のいずれか一に記載の方法。
[15]多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、[1]~[14]のいずれか一に記載の方法。
[16]人工多能性幹細胞がヒト人工多能性幹細胞である、[15]に記載の方法。
[17][1]~[16]のいずれか一に記載の方法で得られた腸管上皮細胞様細胞。
[18][17]に記載の腸管上皮細胞様細胞を用いた、被検物質の体内動態又は毒性を評価する方法。
[19]前記体内動態が、代謝、吸収、排泄、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、又は薬物トランスポーターの誘導である、[18]に記載の方法。
[20]以下の工程(i)~(iii)を含む、[18]又は[19]に記載の方法:
(i)[17]に記載の腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を用意する工程;
(ii)前記細胞層に被検物質を接触させる工程;
(iii)前記細胞層を透過した被検物質を定量し、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を評価する工程。
[21]以下の工程(I)及び(II)を含む、[18]又は[19]に記載の方法:
(I)[17]に記載の腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程;
(II)被検物質の代謝若しくは吸収、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を測定・評価する工程。
[22][17]に記載の腸管上皮細胞様細胞を含む、細胞製剤。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ヒトiPS細胞(Windy)を用いた実験1のプロトコール。アクチビン(Activin A)存在下での3日間(0日目~3日目)の培養及びFGF2存在下での4日間(3日目~7日目)の培養によって腸管幹細胞へ分化誘導した後、18日間(8日目~26日目)の培養によって腸管上皮細胞へ分化誘導した。腸管上皮細胞への分化誘導の際の培地添加成分が異なる以下の試験群1~6を設定し、分化への影響を比較した。 前半(8日目~13日目)に8-ブロモ-3’,5’-サイクリックアデノシン一リン酸(8-Br-cAMP)を培地に追加した試験群1 後半(13日目~26日目)に8-Br-cAMPを培地に追加した試験群2 前半(8日目~13日目)に3-イソブチル-1-メチルキサンチン(IBMX)を培地に追加した試験群3 後半(13日目~26日目)にIBMXを培地に追加した試験群4 前半(8日目~13日目)にフォルスコリン(Forskolin)を培地に追加した試験群5 後半(13日目~26日目)にForskolinを培地に追加した試験群6
図2】ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞様細胞への分化に対するcAMP活性化剤(フォルスコリン)の効果(実験1の結果)。各種マーカー遺伝子の発現量を比較した。平均値±S.D. (n = 3)で表した。*P < 0.05 対 コントロール群、**P < 0.01 対 コントロール群。コントロールは追加成分(8-Br-cAMP、IBMX、Forskolin)非添加群。
図3図2の続き。
図4】ヒトiPS細胞(Windy)を用いた実験2のプロトコール。Activin A存在下での3日間(0日目~3日目)の培養及びFGF2存在下での4日間(3日目~7日目)の培養によって腸管幹細胞へ分化誘導した後、18日間(8日目~26日目)の培養によって腸管上皮細胞へ分化誘導した。腸管上皮細胞への分化誘導の際の培地添加成分が異なる以下の試験群1、2を設定し、分化への影響を比較した。 8日目~14日目は8-Br-cAMPを培地に追加し、14日目~26日目はIBMXを培地に追加した試験群1 8日目~26日目にForskolinを培地に追加した試験群2
図5】ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化誘導に対するcAMP活性化剤(フォルスコリン)の効果(実験2の結果)。各種マーカー遺伝子の発現量を比較した。平均値±S.D. (n = 3)で表した。*P < 0.05 対 8-Br-cAMP及びIBMX添加群。
図6】ヒトiPS細胞(FF-1)を用いた実験3のプロトコール。Activin A存在下での5日間(0日目~5日目)の培養及びFGF2存在下での4日間(5日目~9日目)の培養によって腸管幹細胞へ分化誘導した後、18日間(10日目~28日目)の培養によって腸管上皮細胞へ分化誘導した。腸管上皮細胞への分化誘導の際の培地添加成分が異なる以下の試験群1、2を設定し、分化への影響を比較した。 10日目~16日目は8-Br-cAMPを培地に追加し、16日目~28日目はIBMXを培地に追加した試験群1 10日目~16日目は8-Br-cAMPを培地に追加し、16日目~28日目はForskolinを培地に追加した試験群2
図7】ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化誘導に対するcAMP活性化剤(フォルスコリン)の効果(実験3の結果)。各種マーカー遺伝子の発現量を比較した。平均値±S.D. (n = 3)で表した。*P < 0.05 対 8-Br-cAMP及びIBMX添加群、**P < 0.01 対 8-Br-cAMP及びIBMX添加群。
図8】ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞様細胞の薬物代謝酵素活性に対するcAMP活性化剤(フォルスコリン)の効果(実験3の結果)。平均値±S.D. (n = 4)で表した。**P < 0.01 対 8-Br-cAMP及びIBMX添加群。
図9】ヒトiPS細胞(FF-1)を用いた実験4のプロトコール。Activin A存在下での培養及びBMP4、VEGF、FGF2及びEGF存在下での培養、合計で7日間(0日目~7日目)の培養及びCHIR99021存在下での4日間(7日目~11日目)の培養によって腸管幹細胞へ分化誘導した後、18日間(12日目~30日目)の培養によって腸管上皮細胞へ分化誘導した。腸管上皮細胞への分化誘導の際の培地添加成分が異なる以下の試験群1~3を設定し、分化への影響を比較した。 12日目~18日目は8-Br-cAMPを培地に追加し、18日目~30日目はIBMXを培地に追加した試験群1 12日目~18日目は8-Br-cAMPを培地に追加し、18日目~30日目はForskolinを培地に追加した試験群2 12日目~30日目にForskolinを培地に追加した試験群3
図10】ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞様細胞の薬物代謝酵素活性に対するcAMP活性化剤(フォルスコリン)の効果(実験4の結果)。平均値±S.D. (n = 4)で表した。**P < 0.01 対 コントロール群。コントロールは追加成分(8-Br-cAMP、IBMX、Forskolin)非添加群。
図11】ヒトiPS細胞(FF-1)を用いた実験5のプロトコール。Activin A存在下での培養及びBMP4、VEGF、FGF2及びEGF存在下での培養、合計で7日間(0日目~7日目)の培養及びFGF2存在下での4日間(7日目~11日目)の培養によって腸管幹細胞へ分化誘導した後、18日間(12日目~30日目)の培養によって腸管上皮細胞へ分化誘導した。腸管上皮細胞への分化誘導の際の培地添加成分が異なる以下の試験群1~2を設定し、分化への影響を比較した。12日目~18日目は8-Br-cAMPを培地に追加し、18日目~30日目はIBMXを培地に追加した試験群1。12日目~18日目は8-Br-cAMPを培地に追加し、18日目~30日目はForskolinを培地に追加した試験群2。
図12】ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞様細胞の薬物代謝酵素活性に対するcAMP活性化剤(フォルスコリン)の効果(実験5の結果)。平均値±S.D. (n = 3)で表した。ヒト初代小腸細胞対試験群1は**** P ≦ 0.0001、ヒト初代小腸細胞対試験群2はns P > 0.05、試験群1対試験群2は*** P ≦ 0.001。ヒト初代小腸細胞はIVAL社製ヒト初代小腸細胞 Lot No.HE3007を使用。
図13】実験1~5に使用した培地の組成。
図14】16種の薬物のF値及びPappの関係。分化した腸細胞(A)及びCaco-2細胞(B)を16種の薬物を含むトランスポート緩衝液で37℃で60分間インキュベートした。相関曲線を以下の式を用いてフィッティングした。 Fa = 1-e-P(1)×Papp. 分化した腸細胞(A)及びCaco-2細胞(B)のP(1) 値はそれぞれ、0.531 ± 0.083及び3.243 ± 0.992であった。全データは平均±標準偏差で示す(n = 3)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は多能性幹細胞を腸管上皮細胞系譜へ分化誘導する方法(以下、「本発明の分化誘導方法」とも呼ぶ。)に関する。本発明によれば、生体の腸管組織を構成する腸管上皮細胞と類似の特性を示す細胞、即ち腸管上皮細胞様細胞が得られる。
【0013】
「多能性幹細胞」とは、生体を構成するすべての細胞に分化しうる能力(分化多能性)と、細胞分裂を経て自己と同一の分化能を有する娘細胞を生み出す能力(自己複製能)とを併せ持つ細胞をいう。分化多能性は、評価対象の細胞を、ヌードマウスに移植し、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)のそれぞれの細胞を含むテラトーマ形成の有無を試験することにより、評価することができる。
【0014】
多能性幹細胞として、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等を挙げることができるが、分化多能性及び自己複製能を併せ持つ細胞である限り、これに限定されない。好ましくはES細胞又はiPS細胞を用いる。更に好ましくはiPS細胞を用いる。多能性幹細胞は、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の細胞、特に好ましくはヒトの細胞である。従って、本発明の最も好ましい態様では、多能性幹細胞として、ヒトiPS細胞が用いられる。
【0015】
ES細胞は、例えば、着床以前の初期胚、当該初期胚を構成する内部細胞塊、単一割球等を培養することによって樹立することができる(Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994) ;Thomson,J. A. et al.,Science,282, 1145-1147(1998))。初期胚として、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を用いてもよい(Wilmut et al.(Nature, 385, 810(1997))、Cibelli et al. (Science, 280, 1256(1998))、入谷明ら(蛋白質核酸酵素, 44, 892 (1999))、Baguisi et al. (Nature Biotechnology, 17, 456 (1999))、Wakayama et al. (Nature, 394, 369 (1998); Nature Genetics, 22, 127 (1999); Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999))、Rideout III et al. (Nature Genetics, 24, 109 (2000)、Tachibana et al. (Human Embryonic Stem Cells Derived by Somatic Cell Nuclear Transfer, Cell (2013) in press)。初期座として、単為発生胚を用いてもよい(Kim et al. (Science, 315, 482-486 (2007))、Nakajima et al. (Stem Cells, 25, 983-985 (2007))、Kim et al. (Cell Stem Cell, 1, 346-352 (2007))、Revazova et al. (Cloning Stem Cells, 9, 432-449 (2007))、Revazova et al.(Cloning Stem Cells, 10, 11-24 (2008))。上掲の論文の他、ES細胞の作製についてはStrelchenko N., et al. Reprod Biomed Online. 9: 623-629, 2004;Klimanskaya I., et al. Nature 444: 481-485, 2006;Chung Y., et al. Cell Stem Cell 2: 113-117, 2008;Zhang X., et al Stem Cells 24: 2669-2676, 2006;Wassarman, P.M. et al. Methods in Enzymology, Vol.365, 2003等が参考になる。尚、ES細胞と体細胞の細胞融合によって得られる融合ES細胞も、本発明の方法に用いられる胚性幹細胞に含まれる。
【0016】
ES細胞の中には、保存機関から入手可能なもの、或いは市販されているものもある。例えば、ヒトES細胞については京都大学再生医科学研究所(例えばKhES-1、KhES-2及びKhES-3)、WiCell Research Institute、ESI BIOなどから入手可能である。
【0017】
EG細胞は、始原生殖細胞を、LIF、bFGF、SCFの存在下で培養すること等により樹立することができる(Matsui et al., Cell, 70, 841-847 (1992)、Shamblott et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95 (23), 13726-13731 (1998)、Turnpenny et al., Stem Cells, 21(5), 598-609, (2003))。
【0018】
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞をリプログラミングすることによって作製される、多能性(多分化能)と増殖能を有する細胞である。人工多能性幹細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞の作製に使用する体細胞は特に限定されず、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。また、その由来も特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジーなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の体細胞、特に好ましくはヒトの体細胞を用いる。iPS細胞は、これまでに報告された各種方法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。
【0019】
iPS細胞作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4), 663-676, 2006; Takahashi, K, et al: Cell 131 (5), 861-72, 2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28及びNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M, et al: Nat. Biotechnol. 26 (1), 101-106, 2008)、Oct3/4及びKlf4の2因子(Kim J B, et al: Nature 454 (7204), 646-650, 2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B, et al: Cell 136 (3), 411-419, 2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S, Joo JY, et al: Cell Stem Cell 4, 381-384, 2009; Kim D, Kim CH, Moon JI, et al: Cell Stem Cell 4, 472-476, 2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (7), 795-797, 2008; Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (11), 1269-1275, 2008; Silva J, et al: PLoS. Biol. 6 (10), e 253, 2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al: Science 322 (5903), 945-949, 2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science 322 (5903), 949-953, 2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP, Mohseni P, et al: Nature 458, 766-770, 2009; Kaji K, Norrby K, Pac a A, et al: Nature 458, 771-775, 2009; Yusa K, Rad R, Takeda J, et al: Nat Methods 6, 363-369, 2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J, Hu K, Smuga-Otto K, Tian S, et al: Science 324, 797-801, 2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。
【0020】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1及びCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。選択された細胞をiPS細胞として回収する。
【0021】
iPS細胞は、例えば、国立大学法人京都大学又は独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターから提供を受けることもできる。
【0022】
本明細書において「分化誘導する」とは、特定の細胞系譜に沿って分化するように働きかけることをいう。本発明ではiPS細胞を腸管上皮細胞へと分化誘導する。本発明の分化誘導方法は大別して2段階の誘導工程、即ち、iPS細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程(工程(1))と、得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程(工程(2))を含む。以下、各工程の詳細を説明する。
【0023】
<工程(1) 腸管幹細胞様細胞への分化>
この工程では多能性幹細胞を培養し、腸管幹細胞様細胞へと分化させる。換言すれば、腸管幹細胞様細胞への分化を誘導する条件下で多能性幹細胞を培養する。多能性幹細胞が腸管幹細胞様細胞へ分化する限り、培養条件は特に限定されない。典型的には、多能性幹細胞が内胚葉様細胞を介して腸管幹細胞様細胞へと分化するように、以下で説明する2段階の分化誘導、即ち、多能性幹細胞の内胚葉様細胞への分化(工程(1-1))と、内胚葉様細胞の腸管幹細胞様細胞への分化(工程(1-2))を行う。
【0024】
工程(1-1) 内胚葉様細胞への分化
この工程では多能性幹細胞を培養し、内胚葉様細胞へと分化させる。換言すれば、内胚葉への分化を誘導する条件下で多能性幹細胞を培養する。多能性幹細胞が内胚葉様細胞に分化する限り、培養条件は特に限定されない。例えば、常法に従い、アクチビンAを添加した培地で培養する。この場合、培地中のアクチビンAの濃度を例えば10 ng/mL~200 ng/mL、好ましくは20 ng/mL~150 ng/mLとする。細胞の増殖率や維持等の観点から、培地に血清又は血清代替物(KnockOutTM Serum Replacement(KSR)など)を添加することが好ましい。血清はウシ胎仔血清に限られるものではなく、ヒト血清や羊血清等を用いることもできる。血清又は血清代替物の添加量は例えば0.1%(v/v)~10%(v/v)である。
【0025】
Wnt/β-カテニンシグナル経路の阻害剤(例えば、ヘキサクロロフェン、クエルセチン、WntリガンドであるWnt3a)を培地に添加し、内胚葉様細胞への分化の促進を図ってもよい。
BMP4、VEGF、およびFGF2の一以上を培地に添加し、内胚葉様細胞への分化の促進を図ってもよい。この場合、培地中のBMP4の濃度は例えば0.1 ng/mL~10 ng/mL、好ましくは1 ng/mL~5 ng/mLであり、培地中のVEGF の濃度は例えば0.5 ng/mL~100 ng/mL、好ましくは1 ng/mL~20 ng/mLであり、培地中のFGF2の濃度は例えば0.2 ng/mL~50 ng/mL、好ましくは0.5 ng/mL~10 ng/mLである。
【0026】
この工程は、国際公開第2014/165663号パンフレットに記載の方法またはそれに準じた方法で行うこともできる。
【0027】
好ましい一態様では、工程(1-1)として2段階の培養を行う。1段階目の培養では比較的低濃度の血清(例えば、0.1%(v/v)~1%(v/v))を添加した培地で行い、続く2段階目の培養では一段階目の培養よりも血清濃度を高めた培地(血清濃度を例えば1%(v/v)~10%(v/v))で行う。このように2段階の培養を採用することは、1段階目の培養により未分化細胞の増殖を抑制し、続く2段階目により分化した細胞を増殖させる点で好ましい。
【0028】
工程(1-1)の期間(培養期間)は例えば1日間~10日間、好ましくは2日間~7日間である。工程(1-1)として2段階の培養を採用する場合には1段階目の培養期間を例えば1日間~7日間、好ましくは2日間~5日間とし、2段階目の培養期間を例えば1日間~6日間、好ましくは1日間~4日間とする。
【0029】
工程(1-2) 腸管幹細胞様細胞への分化
この工程では、工程(1-1)で得られた内胚葉様細胞を培養し、腸管幹細胞様細胞へと分化させる。換言すれば、腸管幹細胞への分化を誘導する条件下で内胚葉様細胞を培養する。内胚葉様細胞が腸管幹細胞様細胞へと分化する限り、培養条件は特に限定されない。好ましくは、FGF2(線維芽細胞増殖因子2)の存在下、又はGSK-3β阻害剤の存在下で培養を行う。FGF2としては好ましくはヒトFGF2(例えばヒト組換えFGF2)を用いる。
【0030】
典型的には、工程(1-1)を経て得られた細胞集団又はその一部を、選別することなく工程(1-2)に供する。一方で、工程(1-1)を経て得られた細胞集団の中から内胚葉様細胞を選別した上で工程(1-2)を実施することにしてもよい。内胚葉様細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。
【0031】
「FGF2の存在下」とは、FGF2が培地中に添加された条件と同義である。従って、FGF2の存在下での培養を行うためには、FGF2が添加された培地を用いればよい。FGF2の添加濃度の例を示すと100ng/mL~500ng/mLである。
【0032】
同様に、「GSK-3β阻害剤の存在下」とは、GSK-3β阻害剤が培地中に添加された条件と同義である。従って、GSK-3β阻害剤の存在下での培養を行うためには、FGF2が添加された培地を用いればよい。GSK-3β阻害剤としてCHIR 99021、SB216763、CHIR 98014、TWS119、Tideglusib、SB415286、BIO、AZD2858、AZD1080、AR-A014418、TDZD-8、LY2090314、IM-12、Indirubin、Bikinin、1-Azakenpaulloneを例示することができる。GSK-3β阻害剤の添加濃度の例(CHIR 99021の場合)を示すと1μM~100μM、好ましくは3μM~30μMである。
【0033】
工程(1-2)の期間(培養期間)は例えば2日間~10日間、好ましくは3日間~7日間である。当該培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管幹細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、当該培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。
【0034】
腸管幹細胞様細胞へ分化したことは、例えば、腸管幹細胞マーカーの発現を指標にして判定ないし評価することができる。腸管幹細胞マーカーの例を挙げると、ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役受容体5(LGR5)、エフリンB2受容体(EphB2)である。
【0035】
<工程(2) 腸管上皮細胞様細胞への分化>
この工程では、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質を併用し、工程(1)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる。本発明では、この分化誘導の際、cAMP活性化物質を使用することで、細胞内のcAMPレベルを積極的に上昇させる。「MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質を併用する」とは、工程(2)を構成する1又は2以上の培養を行うため、これら全ての化合物が必要とされることいい、これら全ての化合物が同時に使用されること、即ち、これら全ての化合物が添加された培地を用いた培養が行われることを必須の条件として要求するものではない。
【0036】
典型的には、工程(1)を経て得られた細胞集団又はその一部を、選別することなく工程(2)に供する。一方で、工程(1)を経て得られた細胞集団の中から腸管幹細胞様細胞を選別した上で工程(2)を実施することにしてもよい。腸管幹細胞様細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。
【0037】
工程(2)は1又は2以上の培養によって構成される(詳細は後述する)。工程(2)を構成する各培養では、例えば、EGF及びcAMP活性化物質が必須の成分として添加された培地、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFが必須の成分として添加された培地、EGFが必須の成分として添加された培地、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及びcAMP活性化物質が必須の成分として添加された培地等が用いられる。
【0038】
MEK1阻害剤として、PD98059、PD184352、PD184161、PD0325901、U0126、MEK inhibitor I、MEK inhibitor II、MEK1/2 inhibitor II、SL327を挙げることができる。同様に、DNAメチル化阻害剤として5-アザ-2’-デオキシシチジン、5-アザシチジン、RG108、ゼブラリンを挙げることができる。TGFβ受容体阻害剤については、後述の実施例に使用したA-83-01がTGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7に阻害活性を示すことを考慮すれば、好ましくは、TGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7の一以上に対して阻害活性を示すものを用いるとよい。例えば、A-83-01、SB431542、SB-505124、SB525334、D4476、ALK5 inhibitor、LY2157299、LY364947、GW788388、RepSoxが当該条件を満たす。cAMP活性化物質としては、フォルスコリン、インドメタシン、NKH477(コルホルシンダロパート)、細胞由来毒素タンパク質(百日咳毒素、コレラ毒素)、PACAP-27、PACAP-38、SKF83822等を用いることができる。フォルスコリンはアデニル酸シクラーゼ活性化作用を示し、細胞内cAMPの合成を促進する。
【0039】
MEK1阻害剤の添加濃度の例(PD98059の場合)を示すと4μM~100μM、好ましくは10~40μMである。同様にDNAメチル化阻害剤の添加濃度の例(5-アザ-2’-デオキシシチジンの場合)を示すと、1μM~25μM、好ましくは2.5μM~10μMであり、TGFβ受容体阻害剤の添加濃度の例(A-83-01の場合)を示すと0.1μM~2.5μM、好ましくは0.2μM~1μMである。EGFの添加濃度の例は、5ng/mL~100ng/mL、好ましくは10ng/mL~50ng/mLである。また、cAMP活性化物質の添加濃度の例(フォルスコリンの場合)を示すと、1μM~200μM、好ましくは5μM~100μMである。尚、例示した化合物、即ち、PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン、A-83-01及びフォルスコリンとは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物(PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン、A-83-01、フォルスコリン)の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、後述の実施例に準じた予備実験によって確認することができる。
【0040】
工程(2)を上記の条件に加え、cAMPが細胞へ供給される条件(「追加条件1」と呼ぶ)及びcAMP分解酵素阻害剤が存在する条件(「追加条件2」と呼ぶ)、或いはこれらのいずれかの条件の下で行うことにしてもよい。追加条件1(cAMPが細胞へ供給される条件)とは、細胞内へ取り込み可能な化合物であって、細胞内に取り込まれるとcAMPとして作用する化合物が存在する条件と同義である。従って、追加条件1を満たすためには、例えば、細胞内へと取り込み可能なcAMP誘導体が添加された培地を用いればよい。追加条件1を採用すると、細胞内cAMP濃度の低下が抑えられ、腸管上皮への分化誘導、特に腸管上皮細胞としての機能の獲得が促されることを期待できる。即ち、当該条件は、より機能的な腸管上皮細胞様細胞の調製を可能にし得る。cAMP誘導体としてPKA活性剤(例えば、8-Br-cAMP(8-Bromoadenosine-3′,5′-cyclic monophosphate sodium salt, CAS Number : 76939-46-3)、6-Bnz-cAMP(N6-Benzoyladenosine-3',5'-cyclic monophosphate sodium salt salt, CAS Number : 1135306-29-4)、cAMPS-Rp((R)-Adenosine, cyclic 3',5'-(hydrogenphosphorothioate) triethylammonium salt, CAS Number : 151837-09-1)、cAMPS-Sp((S)-Adenosine, cyclic 3',5'-(hydrogenphosphorothioate) triethylammonium salt, CAS Number : 93602-66-5)、Dibutyryl-cAMP(N6,O2'-Dibutyryl adenosine 3',5'-cyclic monophosphate sodium salt salt, CAS Number : 16980-89-5)、8-Cl-cAMP(8-Chloroadenosine- 3', 5'- cyclic monophosphate salt, CAS Number : 124705-03-9))、Epac活性剤(Rp-8-Br-cAMPS(8-Bromoadenosine 3',5'-cyclic Monophosphothioate, Rp-Isomer . sodium salt, CAS Number : 129735-00-8)、8-CPT-cAMP(8-(4-Chlorophenylthio)adenosine 3',5'-cyclic monophosphate, CAS Number : 93882-12-3)、8-pCPT-2'-O-Me-cAMP(8-(4-Chlorophenylthio)-2'-O-methyladenosine 3',5'-cyclic monophosphate monosodium, CAS Number : 634207-53-7)等)を採用することができる。cAMP誘導体の添加濃度の例(8-Br-cAMPの場合)を示すと、0.1mM~10mM、好ましくは0.2mM~5mM、更に好ましくは0.5mM~2mMである。尚、例示した化合物、即ち、8-Br-cAMPとは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物(8-Br-cAMP)の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、後述の実施例に準じた予備実験によって確認することができる。
【0041】
追加条件2(cAMP分解酵素阻害剤が存在する条件)は、cAMP分解酵素阻害剤が培地中に添加された条件と同義である。追加条件2を採用すると、cAMPの分解阻害によって細胞内cAMP濃度の低下が抑えられ、腸管上皮への分化誘導、特に腸管上皮細胞としての機能の獲得が促されることを期待できる。即ち、当該条件は、より機能的な腸管上皮細胞様細胞の調製を可能にし得る。尚、追加条件1と追加条件2を併用すれば、cAMPを細胞へ供給しつつ、細胞内cAMP濃度の低下を抑えることができる。従って、細胞内cAMPを高レベルに維持するために有効な条件となり、腸管上皮細胞への効率的な分化誘導が促されることを期待できる。
【0042】
cAMP分解酵素阻害剤として、IBMX (3-isobutyl-1-methylxanthine) (MIX)、Theophylline、Papaverine、Pentoxifylline (Trental)、KS-505、8-Methoxymethyl-IBMX、Vinpocetine (TCV-3B)、EHNA、Trequinsin (HL-725)、Lixazinone (RS-82856)、(LY-186126)、Cilostamide (OPC3689)、Bemoradan (RWJ-22867)、Anergrelide (BL4162A)、Indolidan (LY195115)、Cilostazol (OPC-13013)、Milrinone (WIN47203)、Siguazodan (SKF-94836)、5-Methyl-imazodan (CI 930)、SKF-95654、Pirilobendan (UD-CG 115 BS)、Enoximone (MDL 17043)、Imazodan (CL 914)、SKF-94120、Vesnarinone (OPC 8212)、Rolipram (Ro-20-1724)、(ZK-62711)、Denbufyll'ine、Zaprinast (M&B-22, 948)、Dipyridamole、Zaprinast (M&B-22, 948)、Dipyridamole、Zardaverine、AH-21-132、Sulmazol (AR-L 115 BS)を例示することができる。cAMP分解酵素阻害剤の添加濃度の例(IBMXの場合)を示すと、0.05mM~5mM、好ましくは0.1mM~3mM、更に好ましくは0.2mM~1mMである。尚、例示した化合物、即ち、IBMXとは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物(IBMX)の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、後述の実施例に準じた予備実験によって確認することができる。
【0043】
工程(2)の期間(培養期間)は例えば7日間~40日間、好ましくは10日間~30日間である。当該培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管上皮細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、当該培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。
【0044】
腸管上皮細胞様細胞へ分化したことは、例えば、腸管上皮細胞マーカーの発現やペプチドの取り込み、或いはビタミンD受容体を介した薬物代謝酵素の発現誘導を指標にして判定ないし評価することができる。腸管上皮細胞マーカーの例を挙げると、ATP結合カセットトランスポーターB1/多剤耐性タンパク1(ABCB1/MDR1)、ATP結合カセットトランスポーターG2/乳ガン耐性タンパク(ABCG2/BCRP)、シトクロムP450 3A4(CYP3A4)、脂肪酸結合タンパク2(FABP)、プレグナンX受容体(PXR)、SLC(solute carrier)ファミリーメンバー5A1/ナトリウム共役型グルコーストランスポーター1(SLC5A1/SGLT1)、SLC(solute carrier)ファミリーメンバー15A1/ペプチドトランスポーター1(SLC15A1/PEPT1)、SLC(solute carrier)有機アニオントランスポーター2B1(SLCO2B1/OATP2B1)、スクラーゼ-イソマルターゼ、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素1A1(UGT1A1)、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素1A4(UGT1A4)、ビリン 1(Villin 1)、カルボキシルエステラーゼ2A1(CES2A1)である。この中でも、腸管上皮に特異性の高いスクラーゼ-イソマルターゼ、及びビリン1、小腸での主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4、小腸でのペプチドの吸収に関与するSLC15A1/PEPT1、小腸の頂側膜側に発現しているグルコーストランスポーターであるSLC5A1/SGLT1、小腸での有機アニオンの吸収に関与するSLCO2B1/OATP2B1、小腸での発現が高い加水分解酵素であるCES2A1は特に有効なマーカーである。
【0045】
目的の細胞(腸管上皮細胞様細胞)のみからなる細胞集団又は目的の細胞が高比率(高純度)で含まれた細胞集団を得ようと思えば、目的の細胞に特徴的な細胞表面マーカーを指標にして培養後の細胞集団を選別・分取すればよい。
【0046】
好ましくは、工程(2)として、以下のA~Dのいずれかの培養工程を行う。
<培養工程A>
培養工程Aでは、(a-1)EGF及び細胞内cAMP合成促進剤の存在下での培養と、当該培養の後に行われる、(a-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養を行う。このように2段階の培養を行えば、腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果が期待できる。(a-1)の培養の期間は例えば2日間~10日間、好ましくは4日間~8日間であり、(a-2)の培養の期間は例えば9日間~29日間、好ましくは7日間~27日間である。尚、特に説明しない事項(各培養に使用可能な化合物、各化合物の添加濃度等)については、上記の対応する説明が援用される。
【0047】
(a-1)の培養をcAMPが細胞へ供給される条件(「追加条件1」と呼ぶ)及びcAMP分解酵素阻害剤が存在する条件(「追加条件2」と呼ぶ)、或いはこれらのいずれかの条件で行うことにしてもよい。(a-2)の培養も同様である。追加条件1及び追加条件2の詳細は上記の通りである。
【0048】
<培養工程B>
培養工程Bでは、(b-1)EGFの存在下での培養と、当該培養の後に行われる、(b-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及び細胞内cAMP合成促進剤の存在下での培養を行う。このように2段階の培養を行えば、腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果が期待できる。(b-1)の培養の期間は例えば2日間~10日間、好ましくは4日間~8日間であり、(b-2)の培養の期間は例えば9日間~19日間、好ましくは7日間~17日間である。尚、特に説明しない事項(各培養に使用可能な化合物、各化合物の添加濃度等)については、上記の対応する説明が援用される。
【0049】
(b-1)の培養をcAMPが細胞へ供給される条件(追加条件1)及びcAMP分解酵素阻害剤が存在する条件(追加条件2)、或いはこれらのいずれかの条件で行うことにしてもよい。(b-2)の培養も同様である。追加条件1及び追加条件2の詳細は上記の通りである。
【0050】
(b-2)の培養の後に、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養((b-3)の培養)を行うことにしてもよい。この培養の期間は例えば1日間~10日間とする。この培養を行うと腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果を期待できる。
【0051】
<培養工程C>
培養工程Cでは、(c-1)EGF及び細胞内cAMP合成促進剤の存在下での培養と、当該培養の後に行われる、(c-2)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及び細胞内cAMP合成促進剤の存在下での培養を行う。このように2段階の培養を行えば、腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果が期待できる。(c-1)の培養の期間は例えば2日間~10日間、好ましくは4日間~8日間であり、(c-2)の培養の期間は例えば9日間~19日間、好ましくは7日間~17日間である。尚、特に説明しない事項(各培養に使用可能な化合物、各化合物の添加濃度等)については、上記の対応する説明が援用される。
【0052】
(c-1)の培養をcAMPが細胞へ供給される条件(追加条件1)及びcAMP分解酵素阻害剤が存在する条件(追加条件2)、或いはこれらのいずれかの条件で行うことにしてもよい。(c-2)の培養も同様である。追加条件1及び追加条件2の詳細は上記の通りである。
【0053】
(c-2)の培養の後に、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養((c-3)の培養)を行うことにしてもよい。この培養の期間は例えば1日間~10日間とする。この培養を行うと腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果を期待できる。
【0054】
<培養工程D>
培養工程Dでは、(d-1)MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤、EGF及び細胞内cAMP合成促進剤の存在下での培養を行う。この培養工程は、培養操作が簡便であること、腸管上皮細胞への分化に対してより効果的であること、化合物であるため安定した効果が期待できること等の点で特に有利である。(d-1)の培養の期間は例えば15日間~25日間、好ましくは17日間~23日間である。尚、特に説明しない事項(各培養に使用可能な化合物、各化合物の添加濃度等)については、上記の対応する説明が援用される。
【0055】
(d-1)の培養をcAMPが細胞へ供給される条件(追加条件1)及びcAMP分解酵素阻害剤が存在する条件(追加条件2)、或いはこれらのいずれかの条件で行うことにしてもよい。追加条件1及び追加条件2の詳細は上記の通りである。
【0056】
(d-1)の培養の後に、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びEGFの存在下での培養((d-2)の培養)を行うことにしてもよい。この培養の期間は例えば1日間~10日間とする。この培養を行うと腸管上皮細胞への分化促進、成熟化、機能獲得の効果を期待できる。
【0057】
本発明を構成し得る各工程((1)、(1-1)、(1-2)、(2)、(a-1)、(a-2)、(b-1)、(b-2)、(b-3)、(c-1)、(c-2)、(c-3)、(d-1)、(d-2))において、途中で継代培養を行ってもよい。例えばコンフルエント又はサブコンフルエントになった際に細胞の一部を採取して別の培養容器に移し、培養を継続する。分化を促進するために細胞密度を低く設定することが好ましい。例えば1×104個/cm2~1×106個/cm2程度の細胞密度で細胞を播種するとよい。
【0058】
培地交換や継代培養などに伴う、細胞の回収の際には、細胞死を抑制するためにY-27632等のROCK阻害剤(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)で予め細胞を処理しておくとよい。
【0059】
本発明を構成する各工程における、その他の培養条件(培養温度など)は、動物細胞の培養において一般に採用されている条件とすればよい。即ち、例えば37℃、5%CO2の環境下で培養すればよい。また、基本培地として、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)(GIBCO社等)、ハムF12培地(HamF12)(SIGMA社、Gibco社等)、ダルベッコ変法イーグル培地(D-MEM)(ナカライテスク株式会社、シグマ社、Gibco社等)、グラスゴー基本培地(Gibco社等)、RPMI1640培地等を用いることができる。二種以上の基本培地を併用することにしてもよい。工程(1-2)、工程(2)、工程(2)を構成する培養工程A、培養工程B、培養工程C、培養工程Dにおいては、上皮細胞の培養に適した基本培地(例えばD-MEMとハムF12培地の混合培地、D-MEM)を用いることが好ましい。培地に添加可能な成分の例としてウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、2-メルカプトエタノール、PVA、非必須アミノ酸(NEAA)、インスリン、トランスフェリン、セレニウムを挙げることができる。典型的には培養皿などを用いて二次元的に細胞を培養する。本発明の方法によれば、二次元培養によって多能性幹細胞から腸管上皮細胞様細胞を得ることが可能となる。但し、ゲル状の培養基材あるいは3次元培養プレートなどを用いた3次元培養を実施することにしてもよい。
【0060】
本発明の第2の局面は本発明の分化誘導方法で調製した腸管上皮細胞様細胞の用途に関する。第1の用途として各種アッセイが提供される。本発明の腸管上皮細胞様細胞は腸管、特に小腸のモデル系に利用可能であり、腸管、特に小腸での薬物動態(吸収、代謝など)の評価や毒性の評価に有用である。換言すれば、本発明の腸管上皮細胞様細胞は、化合物の体内動態の評価や毒性の評価にその利用が図られる。
【0061】
具体的には、本発明の腸管上皮細胞様細胞を用いて被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、毒性等を試験することができる。即ち、本発明は、腸管上皮細胞様細胞の用途の一つとして、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、毒性等を評価する方法(第1の態様)を提供する。当該方法では、(i)本発明の分化誘導方法で得られた腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を用意する工程と、(ii)前記細胞層に被検物質を接触させる工程と、(iii)前記細胞層を透過した被検物質を定量し、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を評価する工程を行う。尚、被検物質の吸収性については、後述の方法(第2の態様)でも評価することができる。
【0062】
工程(i)では、典型的には、半透過性膜(多孔性膜)の上で腸管上皮細胞様細胞を培養し、細胞層を形成させる。具体的には、例えば、カルチャーインサートを備えた培養容器(例えば、コーニング社が提供するトランスウェル(登録商標))を使用し、カルチャーインサート内に細胞を播種して培養することにより、腸管上皮細胞様細胞で構成された細胞層を得る。
【0063】
工程(ii)での「接触」は、典型的には、培地に被検物質を添加することによって行われる。被検物質の添加のタイミングは特に限定されない。従って、被検物質を含まない培地で培養を開始した後、ある時点で被検物質を添加することにしても、予め被検物質を含む培地で培養を開始することにしてもよい。
【0064】
被検物質には様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)を例示できる。医薬品、栄養食品、食品添加物、農薬、香粧品(化粧品)等の既存成分或いは候補成分も好ましい被検物質の一つである。植物抽出液、細胞抽出液、培養上清などを被検物質として用いてもよい。2種類以上の被検物質を同時に添加することにより、被検物質間の相互作用、相乗作用などを調べることにしてもよい。被検物質は天然物由来であっても、或いは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的なアッセイ系を構築することができる。
【0065】
被検物質を接触させる期間は任意に設定可能である。接触期間は例えば10分間~3日間、好ましくは1時間~1日間である。接触を複数回に分けて行うことにしてもよい。
【0066】
工程(iii)では、細胞層を透過した被検物質を定量する。例えば、トランスウェル(登録商標)のようなカルチャーインサートを備えた培養容器を使用した場合には、カルチャーインサートを透過した被検物質、即ち、細胞層を介して上部もしくは下部容器内に移動した被検物質を、被検物質に応じて、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等の測定方法で定量する。定量結果(細胞層を透過した被検物質の量)と被検物質の使用量(典型的には培地への添加量)に基づき、被検物質の吸収性ないし膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を判定・評価する。
【0067】
本発明は別の態様(第2の態様)として、被検物質の代謝又は吸収を評価する方法も提供する。当該方法では、(I)本発明の分化誘導方法で得られた腸管上皮細胞様細胞に被検物質を接触させる工程と、(II)被検物質の代謝若しくは吸収、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を測定・評価する工程を行う。
【0068】
工程(I)、即ち腸管上皮細胞様細胞と被検物質の接触は、上記工程(ii)と同様に実施することができる。但し、予め細胞層を形成させることは必須ではない。
【0069】
工程(I)の後、被検物質の代謝若しくは吸収、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、又は毒性を測定・評価する(工程(II))。工程(I)の直後、即ち、被検物質の接触の後、実質的な時間間隔を置かずに代謝等を測定・評価しても、或いは、一定の時間(例えば10分~5時間)を経過した後に代謝等を測定・評価することにしてもよい。代謝の測定は、例えば、代謝産物の検出によって行うことができる。この場合には、通常、工程(I)後の培養液をサンプルとして、予想される代謝産物を定性的又は定量的に測定する。測定方法は代謝産物に応じて適切なものを選択すればよいが、例えば、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等を採用可能である。
【0070】
典型的には、被検物質の代謝産物が検出されたとき、「被検物質が代謝された」と判定ないし評価する。また、代謝産物の量に応じて被検物質の代謝量を評価することができる。代謝産物の検出結果と、被検物質の使用量(典型的には培地への添加量)に基づき、被検物質の代謝効率を算出することにしてもよい。
【0071】
腸管上皮細胞様細胞における薬物代謝酵素(シトクロムP450(特にCYP3A4)、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素(特にUGT1A8、UGT1A10)、硫酸転移酵素(特にSULT1A3など))の発現を指標として被検物質の代謝を測定することも可能である。薬物代謝酵素の発現はmRNAレベル又はタンパク質レベルで評価することができる。例えば、薬物代謝酵素のmRNAレベルに上昇を認めたとき、「被検物質が代謝された」と判定することができる。同様に、薬物代謝酵素の活性に上昇を認めたとき、「被検物質が代謝された」と判定することができる。代謝産物を指標として判定する場合と同様に、薬物代謝酵素の発現量に基づいて定量的な判定・評価を行うことにしてもよい。
【0072】
被検物質の吸収を評価するためには、例えば、培養液中の被検物質の残存量を測定する。通常、工程(I)後の培養液をサンプルとして被検物質を定量する。測定方法は被検物質に応じて適切なものを選択すればよい。例えば、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等を採用可能である。典型的には、培養液中の被検物質の含有量の低下を認めたとき、「被検物質が吸収された」と判定・評価する。また、低下の程度に応じて被検物質の吸収量ないし吸収効率を判定・評価することができる。尚、細胞内に取り込まれた被検物質の量を測定することによっても、吸収の評価は可能である。
【0073】
尚、代謝の測定・評価と吸収の測定・評価を同時に又は並行して行うことにしてもよい。
【0074】
本発明の分化誘導方法で調製した腸管上皮細胞様細胞の第2の用途として腸管上皮細胞様細胞を含有する細胞製剤が提供される。本発明の細胞製剤は各種腸疾患の治療に適用可能である。特に、障害された(機能不全を含む)腸管上皮組織の再生・再建用の材料としての利用が想定される。即ち、再生医療への貢献を期待できる。本発明の細胞製剤は、例えば、本発明の方法によって得られた腸管上皮細胞様細胞を生理食塩水や緩衝液(例えばリン酸系緩衝液)等に懸濁すること、或いは当該細胞を用いて三次元組織体(オルガノイドやスフェロイド)を作製することによって調製することができる。治療上有効量の細胞を投与できるように、一回投与分の量として例えば1×105個~1×1010個の細胞を含有させるとよい。細胞の含有量は、使用目的、対象疾患、適用対象(レシピエント)の性別、年齢、体重、患部の状態、細胞の状態などを考慮して適宜調整することができる。
【0075】
細胞の保護を目的としてジメチルスルホキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入を阻止することを目的として抗生物質等を、細胞の活性化、増殖又は分化誘導などを目的として各種の成分(ビタミン類、サイトカイン、成長因子、ステロイド等)を本発明の細胞製剤に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を本発明の細胞製剤に含有させてもよい。
【実施例0076】
ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化促進/機能獲得に有用な低分子化合物の探索
生体の腸管上皮細胞により近い機能を示す細胞(腸管上皮細胞様細胞)を簡便且つ効率的に調製する方法の確立を目指し、以下の検討を行った。
【0077】
<実施例1>
1.方法
(1)細胞
ヒトiPS細胞はWindy(iPS-51)及びFF-1株を用いた。Windyは、ヒト胎児肺線維芽細胞MRC-5にoctamer binding protein 3/4(OCT3/4)、sex determining region Y-box 2(SOX2)、kruppel-like factor 4(KLF4)、v-myc myelocytomatosis viral oncogene homolog(avian)(c-MYC)を、パントロピックレトロウイルスベクターを用いて導入後、ヒトES細胞様コロニーをクローン化したものであり、国立成育医療研究センター梅澤明弘博士よりご供与いただいた。フィーダー細胞はマウス胎仔線維芽細胞(MEF)を使用した。FF-1株は富士フイルム株式会社より供与された。
【0078】
(2)培地
MEFの培養には10%ウシ胎仔血清(FBS)、2 mmol/L L-グルタミン(L-Glu)、1%非必須アミノ酸(NEAA)、100 ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)を用いた。MEFの剥離液には0.05%トリプシン-エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を、MEFの保存液にはセルバンカー1を用いた。Windyの維持培養には20%ノックアウト血清代替物(KSR)、0.8% NEAA、2 mmol/L L-Glu、0.1 mmol/L 2-メルカプトエタノール(2-MeE)、5 ng/mL線維芽細胞増殖因子(FGF)2を含むDMEM Ham’s F-12(DMEM/F12)を用いた。剥離液には1 mg/mLコラゲナーゼIV、0.25%トリプシン、20% KSR、1 mmol/L塩化カルシウムを含むダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を、保存液には霊長類ES/iPS細胞用凍結保存液を用いた。FF-1株の維持培養にはmTesR1を用いた。
【0079】
(3)ヒトiPS細胞の培養
WindyはマイトマイシンC処理を施したMEF(6×105 cells/100 mmディッシュ)上に播種し、5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃にて培養した。FF-1株はマトリゲルコートしたディッシュ上で培養を行った。ヒトiPS細胞の継代は、3~5日培養後、1:2~1:3のスプリット比で行った。ヒトiPS細胞は解凍48時間後に培地を交換し、それ以降は毎日交換した。
【0080】
(4)ヒトiPS細胞の腸管上皮細胞への分化誘導
ヒトiPS細胞の腸管上皮細胞への分化誘導は、ヒトiPS細胞が培養ディッシュに対し、未分化コロニーの占める割合が約70%になった状態で開始した。Windyは0.5% FBS、100 ng/mLアクチビンA、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むロズウェルパーク記念研究所(RPMI)+Glutamax培地で2日間、2% FBS、100 ng/mLアクチビンA、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むRPMI+Glutamax培地で1日間培養することで内胚葉に分化誘導した。その後、2% FBS、1% Glutamax、250 ng/mL FGF2を含むDMEM/F12で4日間培養することで腸管幹細胞へ分化誘導した。この処理後、Y-27632(Rho結合キナーゼ阻害剤)を10 μmol/Lとなるように添加し、5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃にて60分間処理した細胞をアクターゼにて剥離し、あらかじめヒトiPS細胞用培地にて30倍に希釈した、成長因子を除去したマトリゲルにてコートした細胞培養用24ウェルプレートに播種した。その後、2% FBS、1% Glutamax、1% NEAA、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、20 ng/mL上皮細胞増殖因子(EGF)、10 μmol/L Y-27632を含むDMEM/F12で1日間、2% FBS、1% Glutamax、1% NEAA、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100ユニット/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、20 ng/mL上皮細胞増殖因子(EGF)を含むDMEM/F12で18日間培養することで腸管上皮細胞へ分化誘導した。また、分化誘導の際に以前本発明者らが見出した低分子化合物であるPD98059(20 μmol/L)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5 μmol/L)、A-83-01(0.5 μmol/L)に加え、1 mmol/L 8-ブロモ-3’,5’-サイクリックアデノシン一リン酸(8-Br-cAMP)、0.1もしくは0.5 mmol/L 3-イソブチル-1-メチルキサンチン(IBMX)、10もしくは30 μmol/Lフォルスコリンを添加し、腸管幹細胞および腸管上皮細胞への分化誘導に及ぼす影響について検討した。
【0081】
Windyを用いた実験1(図1)及び実験2(図4)とFF-1株を用いた実験3(図6)、実験4(図9)及び実験5(図11)を設定した。尚、FF-1株については、実験3では内胚葉への分化誘導に5日間(0日目~5日目)の培養、腸管幹細胞への分化誘導に4日間(5日目~9日目)の培養、腸管上皮細胞への分化誘導に18日間(10日目~28日目)の培養を行い、実験4では内胚葉への分化誘導に7日間(0日目~7日目)の培養、腸管幹細胞への分化誘導に4日間(7日目~11日目)の培養、腸管上皮細胞への分化誘導に18日間(12日目~30日目)、実験5では内胚葉への分化誘導に7日間(0日目~7日目)の培養、腸管幹細胞への分化誘導に4日間(7日目~11日目)の培養、腸管上皮細胞への分化誘導に18日間(12日目~30日目)の培養を行った。尚、実験4及び実験5における内胚葉への分化誘導は、国際公開第2014/165663号パンフレットに記載された方法(具体的には、実施例1および5)に準じて行った。
【0082】
(5)総リボ核酸(RNA)抽出
総RNAはヒトiPS細胞の分化誘導終了後、RNeasy(登録商標) Mini Kit(Qiagen)の添付マニュアルに従い抽出した。
【0083】
(6)逆転写反応
相補的DNA(cDNA)の合成は、ReverTra Ace(登録商標) qPCR RT Kit(東洋紡株式会社)を使用した。操作は添付マニュアルに従った。
【0084】
(7)リアルタイム逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(Real-Time RT-PCR)
KAPA SYBR Fast qPCR Kit(日本ジェネティクス株式会社)を用い、cDNAを鋳型にしてReal-Time RT-PCRを行った。操作は添付マニュアルに従った。内在性コントロールとしてヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)を用い、測定結果を補正した。
【0085】
(8)薬物代謝実験
分化誘導終了後、5 μmol/Lミダゾラムおよび10 μmol/L 7-ヒドロキシクマリンを含む培地(1% Glutamax、1% NEAA、1% N2 supplement、100 ユニット/mLペニシリンG、100 μg/mLストレプトマイシン、20 ng/mL EGFを含むDMEM/F12)で37℃にてインキュベーションし、24時間(実験3及び4)または2時間(実験5)経過後、培地をサンプリングした。代謝活性は、液体クロマトグラフィー-マススペクトロメーター(LC-MS/MS)を用いて測定した培地中の1-水酸化ミダゾラムもしくは7-ヒドロキシクマリングルクロニドの量より算出した。代謝実験終了後、タンパク定量を行い、代謝活性をタンパク量で補正した。
【0086】
本検討で使用したマーカー遺伝子の特徴を以下に示す。
ABCB1/MDR1(ATP結合カセットトランスポーターB1/多剤耐性タンパク1):P糖タンパク質であり、排出トランスポーターとして機能する。
CYP3A4(シトクロムP450 3A4):小腸において主要な薬物代謝酵素である。
FABP(脂肪酸結合タンパク2):さまざまなサブタイプがあり、FABP2は腸型。
PXR(プレグナンX受容体):CYP3A4の発現や誘導に関与する。
SLC5A1/SGLT1(SLC(solute carrier)ファミリーメンバー5A1/ナトリウム共役型グルコーストランスポーター1):小腸の頂側膜側に発現しているグルコーストランスポーター。
SLC15A1/PEPT1(SLC(solute carrier)ファミリーメンバー15A1/ペプチドトランスポーター1):小腸の頂側膜側に発現している。
Villin 1(ビリン 1):微絨毛の主要な構成成分である。
CES2A1:カルボキシルエステラーゼ2A1。加水分解酵素であるCESには1Aと2A1のアイソフォームがあり、肝臓ではCES1Aの発現が、小腸ではCES2A1の発現が高い。
【0087】
2.結果
(1)腸管上皮細胞への分化誘導に対する効果の検討
分化開始後8日目以降にフォルスコリンを添加することで、各種腸管マーカーの遺伝子発現レベルの有意な上昇が認められた(図2、3)。フォルスコリンの腸管マーカー発現に対する効果は、これまでに発明者らが見出した8-Br-cAMPと類似した傾向を示したが、主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4や、排出トランスポーターとして重要なABCB1/MDR1の発現に対するフォルスコリンの効果は8-Br-cAMPの効果を遙かに凌駕した。また、これまでに発明者らが開発した8-Br-cAMPとIBMXを併用した分化誘導法と比較して、フォルスコリン単独で分化することで、腸管上皮細胞マーカーとして特に重要であるCYP3A4およびSGLT1の発現レベルが有意に上昇した(図5)。したがって、フォルスコリンはヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化促進に極めて有効であることが示唆された。
【0088】
(2)iPS細胞由来腸管上皮細胞様細胞における薬物代謝酵素活性に対する効果
8-Br-cAMPおよびIBMXを用いて分化させた場合と比較して、8-Br-cAMPおよびフォルスコリンを用いて分化させることで、各種腸管マーカーの遺伝子発現レベルが有意に上昇するとともに(図7)、CYP3A4およびUGT活性が有意に上昇した(図8)。また、8-Br-cAMPに代え、フォルスコリンを分化誘導開始後12日目から長期間用いることで、さらに有意なCYP3A4活性の上昇が認められた(図10)。UGT活性においては、8-Br-cAMPおよびフォルスコリンを用いて分化させた群で最も高い代謝活性を示した(図10)。さらに、FGF2を用いて腸管幹細胞様細胞へ分化させ、8-Br-cAMPおよびフォルスコリンを用いて腸管上皮様細胞に分化させた群で、ヒト初代小腸細胞と同程度のCYP3A4活性が観察された(図11図12)。このことから、フォルスコリンは腸管マーカーの遺伝子発現だけでなく、薬物代謝酵素活性などの薬物動態学的機能の向上にも寄与している可能性が考えられた。
【0089】
ヒトiPS細胞から腸管上皮細胞への分化誘導時にフォルスコリンを用いることで、特に重要な腸管上皮細胞マーカーの発現レベルの上昇に加え、小腸に発現する薬物代謝酵素の中で特に重要なCYP3A4による代謝活性を大幅に上昇させた。また、今回の方法はこれまでに発明者らが見出した方法よりも代謝酵素活性に対する効果は高い。この細胞を創薬研究に応用するにあたり、機能の面においてこのような効果が得られる分化誘導法は、極めて有用な方法であると考えられる。
【0090】
3.まとめ
以上の結果より、これまで以上に、より成熟した腸管上皮細胞様細胞をヒトiPS細胞から作製する方法を確立した。また、この細胞はCYP3A4などによる薬物代謝活性を十分に有しており、ヒト初代小腸細胞と同程度のCYP3A4活性を有しているものも見出された。薬物の消化管吸収試験系として現在汎用されているCaco-2細胞は薬物代謝活性の低さが問題となっていることから、本発明によって、よりヒト小腸に近い機能を有する細胞の作製が可能になるものと考えられる。
【0091】
<実施例2>
1.方法
(1)ヒトiPS細胞から小腸上皮細胞への分化
ヒトiPS細胞(FF-1)に100 ng/mL アクチビンAを含む無血清培地を24時間処理し分化を開始した。その後、100 ng/mL アクチビンA、2.5 ng/mL BMP4、10 ng/mL VEGFおよび5 ng/mL FGF2を含む無血清培地中で144時間処理し内胚葉に分化させた。その後2% FBS、1% GlutaMax、100 units/mL ペニシリンG、100 μg/mL ストレプトマイシン硫酸塩、250 ng/mL FGF2を含むAdvanced DMEM/F-12で96時間培養することで小腸幹細胞に分化させた。アクチビン AおよびFGF2処理後の小腸幹細胞様細胞をAccutaseにて剥離し、あらかじめヒトiPS培地で30倍に希釈したGFR Matrigel上に播種した。播種後は2% FBS、0.1 mM NEAA、2 mM L-Glu、100 units/mL ペニシリン G、100 μg/mL ストレプトマイシン硫酸塩、2% B27 supplement、1% N2 supplement、1% HepExtend supplement、20 ng/mL EGFおよび30 μM フォルスコリンを含むAdvanced DMEM/F-12で19-23日間培養した。分化終了12-16日前からPD98059を20 μM、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5-aza-2'-dC)を5 μM、A-83-01を0.5 μMになるように添加して小腸上皮細胞に分化させた。
【0092】
(2)膜透過試験
Cell culture insert上に播種したヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞およびCaco-2細胞のapical側のチャンバーにHBSS(pH 6.5)を、basal側のチャンバーにHBSS(pH 7.4)を添加し、37℃にて60分間プレインキュベートした。その後、パラセルラーで透過する化合物であるacebutolol、metformin、hydrochlorothiazide、sulpirideおよびlucifer yellow、トランスポーターで透過する化合物であるcephalexin、lisinopril、ribavirinおよびenalapril、トランスセルラーで透過する化合物であるantipyrineおよびcaffeine、CYP3A4の基質であるerythromycin、indinavir、midazolam、tacrolimusおよびverapamilを含むHBSS(pH 6.5)をapical側のチャンバーに添加し、37℃で60分間インキュベートした。各化合物の終濃度はlisinopril およびcaffeineは50 μM、lucifer yellowは50 μg/mL、その他の化合物は10 μMになるように添加した。またbasal側のチャンバーにはHBSS(pH 7.4)を添加した。15分毎にサンプルをレシーバーチャンバー側から回収した。未変化体を、UPLC-MS/MSを用いて測定した。ヒトにおけるFa・Fgは既存の報告から参照した(下記文献1~6)。
【0093】
文献1:Takenaka T, Harada N, Kuze J, Chiba M, Iwao T, Matsunaga T. Human small intestinal epithelial cells differentiated from adult intestinal stem cells as a novel system for predicting oral drug absorption in humans. Drug Metab Dispos. 42: 1947-54 (2014).
文献2:Takenaka T, Harada N, Kuze J, Chiba M, Iwao T, Matsunaga T. Application of a Human Intestinal Epithelial Cell Monolayer to the Prediction of Oral Drug Absorption in Humans as a Superior Alternative to the Caco-2 Cell Monolayer. J Pharm Sci. 105: 915-924 (2016).
文献3:Tachibana T, Kato M, Sugiyama Y. Prediction of nonlinear intestinal absorption of CYP3A4 and P-glycoprotein substrates from their in vitro Km values. Pharm Res. 29: 651-68 (2012).
文献4:Chong S, Dando SA, Soucek KM, Morrison RA. In vitro permeability through caco-2 cells is not quantitatively predictive of in vivo absorption for peptide-like drugs absorbed via the dipeptide transporter system. Pharm Res. 13: 120-3 (1996).
文献5:Zhu C, Jiang L, Chen TM, Hwang KK. A comparative study of artificial membrane permeability assay for high throughput profiling of drug absorption potential. Eur J Med Chem. 37: 399-407 (2002).
文献6:Cheng KC, Li C, Uss AS. Prediction of oral drug absorption in humans--from cultured cell lines and experimental animals. Expert Opin Drug Metab Toxicol. 4: 581-90 (2008).
【0094】
CYP3A4の基質を除いた11化合物のPappおよびヒトFa・Fgとの相関性を、以下の式を用いて非線形最小二乗法にて解析した。解析方法は既存の報告を参考にした(上記文献2)。
【0095】
【数1】
【0096】
ここで、P(1)はスケーリングファクターとした。非線形回帰分析にはWinNonlin(Certara、米国)を用いた。ヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞およびCaco-2細胞におけるPappと、ヒトFa・Fgとの相関を評価するため相関係数(R値)を算出した。
【0097】
2.結果
(1)ヒトiPS細胞株由来小腸上皮細胞の膜透過特性
ヒトにおけるFa・FgがヒトiPS細胞株由来小腸上皮細胞の膜透過試験結果のPappから予測可能かどうか検証するため、16個の化合物のPappとFa・Fgを比較した(表1)。ヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞およびCaco-2細胞におけるCYP3A4の基質を除いた11化合物のPappとFa・Fgとの相関を非線形最小二乗法にて解析した結果、図14に示す回帰曲線が得られた。ヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞およびCaco-2細胞におけるスケーリングファクターは、それぞれ0.531 ± 0.083、3.243 ± 0.992となった。細胞間隙経路を通る化合物やトランスポーターで輸送される化合物のPappは、ヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞ではFa・Fgの値が大きくなるにつれ、徐々に大きな値になった。しかしながら、Caco-2細胞では異なるFa・Fgを持つ化合物でもPappはほぼ同じ値を示した(図14)。CYP3A4の基質を除いた11化合物でのPappとFa・Fgの相関係数はヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞が0.9、Caco-2細胞が0.56と、ヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞のほうがヒトのFa・Fgと高い相関を有していた。
【0098】
【表1】
【0099】
3.考察
膜透過試験の結果からCaco-2細胞では細胞間隙経路やトランスポーターで輸送されるFa・Fgが異なる様々な化合物が同程度の速度で透過されているが、ヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞は化合物のFa・Fgの大きさに伴って異なる速度で透過していた(図14)。そのため、Caco-2細胞よりもヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞でのPappがFa・Fgと高い相関を示した。この理由として、Caco-2細胞は強固なタイトジャンクションを有するため、細胞間隙経路を通る薬物の透過性が低いことや、トランスポーターの発現が低いことが原因であると考えられる。これらの結果から、ヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞は、Caco-2細胞よりも細胞間隙経路を通過する基質およびトランスポーターに輸送される基質の膜透過の予測が優れていることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本願発明によれば、多能性幹細胞から、より機能的な腸管上皮細胞様細胞を簡便且つより効率的に調製できる。腸管上皮細胞様細胞は小腸のモデル系として有用であり、吸収・代謝・膜透過性、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、毒性の評価等に利用できる。また、各種腸疾患治療用の細胞製剤の有効成分として、或いは再生医療の材料としての利用も期待される。
【0101】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
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