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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022079240
(43)【公開日】2022-05-26
(54)【発明の名称】魚類の冷水病菌の増殖抑制微生物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20220519BHJP
   A01K 61/13 20170101ALI20220519BHJP
【FI】
C12N1/20 A
A01K61/13
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020190314
(22)【出願日】2020-11-16
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(71)【出願人】
【識別番号】507157045
【氏名又は名称】公立大学法人福井県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】竹内 美緒
(72)【発明者】
【氏名】永田 恵里奈
(72)【発明者】
【氏名】末武 弘章
【テーマコード(参考)】
2B104
4B065
【Fターム(参考)】
2B104AA27
2B104BA13
4B065AA01X
4B065AA27X
4B065AC14
4B065CA43
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】ヒトや魚類に対して安全性の高い冷水病菌の増殖抑制剤、および冷水病の予防剤を提供する。
【解決手段】独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受託番号NITE -03290を付与されたBosea sp. OX14株、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受託番号NITE -03289を付与されたFlavobacterium sp. GL7株、または上記菌株の近縁細菌であって冷水病菌に対する増殖抑制作用を有する細菌、これらの細菌の培養上清、ならびにこれらの細菌または培養上清を含む冷水病菌の増殖抑制剤および冷水病の予防剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷水病菌(Flavobacterium psychrophilum)に対する増殖抑制作用を有するBosea属またはFlavobacterium属の細菌。
【請求項2】
冷水病菌に対する増殖抑制作用を有する細菌であって、その16S rRNAの塩基配列が、
(a)独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03290を付与されたBosea sp. OX14株の16S rRNAの塩基配列、または
(b)独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03289を付与されたFlavobacterium sp. GL7株の16S rRNAの塩基配列
に対して98%以上の同一性を有する、細菌。
【請求項3】
独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03290を付与されたBosea sp. OX14株。
【請求項4】
独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03289を付与されたFlavobacterium sp. GL7株。
【請求項5】
冷水病菌に対して抗菌活性を有する請求項1~4のいずれか1項記載の細菌の培養上清。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項記載の細菌または請求項5記載の培養上清を冷水病菌に適用することを含む、冷水病菌の増殖抑制方法。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか1項記載の細菌または請求項5記載の培養上清を含む、冷水病菌の増殖抑制剤。
【請求項8】
請求項1~4のいずれか1項記載の細菌または請求項5記載の培養上清を魚類に適用することを含む、冷水病の予防方法。
【請求項9】
請求項1~4のいずれか1項記載の細菌または請求項5記載の培養上清を有効成分として含む、冷水病の予防剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚類の冷水病の抑制に関する。詳細には、冷水病菌の増殖を抑制する細菌およびその培養上清、ならびにそれらの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
世界の養殖産業は増加の一途をたどっている。淡水養殖においては、ニジマスやギンザケなどのサケ科魚類、アユなどが主要であるが、冷水病菌などによる魚病被害による経済損失が大きい。
【0003】
冷水病は、冷水病菌(Flavobacterium psychrophilum)によって引き起こされ、鰓蓋下部の出血や体表の潰瘍等穴あき症状を特徴とする。もともとは北米の病気であったが、日本でも昭和60年代からサケ、ニジマス、アユでの感染が確認されている(非特許文献1)。
【0004】
発生する冷水病菌に対しては、主に抗生物質が用いられているが、近年世界的に抗生物質耐性菌の拡大が懸念され、抗生物質を用いない方法が求められている。
【0005】
様々な魚病に対して、ワクチンが有効である。冷水病菌に対しても盛んにワクチン開発が行われているものの(特許文献1、2、3、4、5)、冷水病菌に対しては、商業的に利用されているワクチンは未だ存在しないのが現状である(非特許文献2)。
【0006】
抗生物質の利用が制限されるようになってきたこと、利用できるワクチンがないことなどから、代替法として冷水病菌に抗菌活性を持つ微生物の利用が期待され、多くの抗菌微生物が探索されてきた。例えば、Carnobacterium sp. (非特許文献3)、Pseudomonas sp.(非特許文献4、5、6、7)、Enterobacter sp. (非特許文献8)、Luteimonas sp., Rhodococcus sp., Microbacterium sp., Sphingopyxis sp., Dietzia sp. (非特許文献9)などが知られている。
【0007】
上記の抗菌活性を持つ微生物のうち、Pseudomonas sp., Enterobacter sp.は餌として投与した際、冷水病菌による致死率が低下することが実験レベルで示されている(非特許文献4、8)。しかし、いずれも商業的利用には至っていない。
【0008】
餌として投与する方法では、投与した微生物がなかなか腸内に定着しないことが課題である(非特許文献10)。
【0009】
近年、魚類の腸内細菌と上皮細胞は、ほ乳類と異なりキチン質膜で隔てられていることが明らかになり(非特許文献11)、従来行われてきた腸内細菌を対象にしたプロバイオティクスの餌としての利用は、ほ乳類ほど効果がない可能性も生じてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2017-088532
【特許文献2】特開2008-220262
【特許文献3】特開2008-137933
【特許文献4】特開2004-352690
【特許文献5】特開2004-210769
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Wakabayashi et al., 1994. Fish Pathology 29: 101-104
【非特許文献2】Gomez et al., 2014. Microbial Biotechnology 7: 414-423.
【非特許文献3】Robertson et al., 2000. Aquaculture 185: 235-243.
【非特許文献4】Korkea-aho et al., 2011. Journal of Applied Microbiology 111: 266-277.
【非特許文献5】Strom-Bestor and Wiklund, 2011. Journal of Fish Diseases 34: 255-264.
【非特許文献6】De la Fuente et al., 2013. SpringerPlus 2: 176.
【非特許文献7】非特許文献7 De la Fuente et al., 2015. J Aquat Anim Health 27: 112-122.
【非特許文献8】Schubiger et al., 2015. Applied and Environmental Microbiology 81: 658-665.
【非特許文献9】Boutin et al., 2012. Veterinary Microbiology 155: 355-361.
【非特許文献10】Aubin et al., 2005. Aquaculture Research 36: 758-767.
【非特許文献11】Nakashima et al., 2018. Nature Communications 9: 3402.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
冷水病発生時には、治療薬としてスルフィソゾールが使用されているが、治療効果も十分ではなく、また上記のように、現在までに冷水病菌に有効な予防剤は開発されていない。
【0013】
プロバイオティクス菌の餌としての投与も実験レベルで行われてきたものの、実用化されておらず、上記のように腸内細菌相の改善によるプロバイオティクス菌の効果は、魚類ではほ乳類ほど期待できない可能性も明らかになってきた。
【0014】
以上のように、抗生物質やワクチンに頼らない新規な感染予防手段が強く求められている。本発明は、腸内ではなく感染門戸となる皮膚からの作用に着目し、冷水病菌の増殖抑制効果を持つ皮膚細菌およびその培養上清、ならびに該細菌が生産する抗冷水病菌物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記のような課題を解決するため、本発明者らは冷水病を予防するための有用細菌の探索を行った。探索にあたり、魚類の皮膚常在菌であること、ヒトに対する病原菌でないこと、冷水病菌の増殖抑制作用を示すこと、を条件とした。
【0016】
以上の観点から本発明者らは、本発明者らが所有するニジマスの皮膚粘液から174株の皮膚常在菌を得た。これらの培養上清を用いた冷水病菌の増殖抑制効果を調べたところ、Bosea sp. OX14株(以下、「OX14株」ということがある)ならびにFlavobacterium sp. GL7株(以下、「GL7株」ということがある)に増殖抑制作用があることを見出し、本発明を完成した。なお、Bosea属細菌は、日本細菌学会による病原細菌のBSLレベルリストに含まれておらず、これまでにヒトに対する病原性も確認されていないことから病原菌ではないと考えられる。Flavobacterium属については、F. branchiophilum、F. columnare、F. devorans、F. johnsoniae、F. mizutaii、F. psychrophilumなどが日和見病原体とされているが、GL7株はこれらの種とは16S rRNA遺伝子の同一性が98%未満であり、別種と考えられることからヒトに対する病原菌でない可能性が高い。加えて、GL7株は36℃では増殖できないことからヒトに対する病原性はないと判断される。
【0017】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1)冷水病菌に対する増殖抑制作用を有するBosea属またはFlavobacterium属の細菌。
(2)冷水病菌に対する増殖抑制作用を有する細菌であって、その16S rRNAの塩基配列が、
(a)OX14株の16S rRNAの塩基配列、または
(b)GL7株の16S rRNAの塩基配列
に対して98%以上の同一性を有する、細菌。
(3)OX14株。
(4)GL7株。
(5)冷水病菌に対して抗菌活性を有する(1)~(4)のいずれか記載の細菌の培養上清。
(6)(1)~(4)のいずれか記載の細菌または(5)記載の培養上清を冷水病菌に適用することを含む、冷水病菌の増殖抑制方法。
(7)(1)~(4)のいずれか記載の細菌または(5)記載の培養上清を含む、冷水病菌の増殖抑制剤。
(8)(1)~(4)のいずれか記載の細菌または(5)記載の培養上清を魚類に適用することを含む、冷水病の予防方法。
(9)(1)~(4)のいずれか記載の細菌または(5)記載の培養上清を有効成分として含む、冷水病の予防剤。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、世界各国でサケ科魚類、アユの養殖において問題となっている冷水病菌に対する増殖抑制作用を有する新規なOX14株およびGL7株、ならびにそれらの近縁種、それらの培養上清、それらが生成する増殖抑制物質等を提供するものである。これらを用いることにより、従来の抗生物質、ワクチンなどを用いることなく冷水病菌の予防に用いることができる。しかも、本発明によるOX14株ならびにGL7株は少なくとも魚類の皮膚常在菌であることから、魚類にとっても、それを食するヒトにとっても安全性が高いという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、予め寒天培地に増殖させたOX14株に対して、垂直に冷水病菌KU190628-78株を接種し、5日間培養したものを示す。コントロールは、OX14株を増殖させていない寒天培地に同様に冷水病菌KU190628-78株を接種し、5日間培養したものを示す。
図2図2は、OX14株の対数増殖期中期、後期、ならびに定常期の培養上清による冷水病菌KU190628-78株に対する増殖抑制効果を示すグラフである。コントロールは同量の培地を添加した場合の増殖である。この際の濁度測定値を100%とした。*は統計的に有意な減少を示す(p<0.05)。
図3図3は、OX14株の培養上清の、熱処理、3kDa以下、3kDa以上の画分、陰イオン交換カラムの通過画分、高塩濃度バッファーによって溶出するタンパク質画分、および1%のギ酸を含むメタノールによって溶出する低分子画分による冷水病菌KU190628-78株に対する増殖抑制効果を示すグラフである。コントロールは同量の培地を添加した場合の増殖である。この際の濁度測定値を100%とした。*は統計的に有意な減少を示す(p<0.05)。
図4図4は、予め寒天培地に増殖させたGL7株に対して、垂直に冷水病菌NCIMB 1947株を接種し、2日間培養したものを示す。コントロールは、GL7株を増殖させていない寒天培地に同様に冷水病菌NCIMB 1947株を接種し、2日間培養したものを示す。
図5図5は、GL7株の対数増殖期中期、後期、ならびに定常期の培養上清による冷水病菌NCIMB 1947株に対する増殖抑制効果を示すグラフである。コントロールは同量の培地を添加した場合の増殖である。この際の濁度測定値を100%とした。*は統計的に有意な減少を示す(p<0.05)。
図6図6は、GL7株の培養上清の、3kDa以下、3kDa以上の画分、陰イオン交換カラムの通過画分、高塩濃度バッファーによって溶出するタンパク質画分、および1%のギ酸を含むメタノールによって溶出する低分子画分による冷水病菌NCIMB 1947株に対する増殖抑制効果を示すグラフである。コントロールは同量の培地を添加した場合の増殖である。この際の濁度測定値を100%とした。*は統計的に有意な減少を示す(p<0.05)。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、1の態様において、冷水病菌に対する増殖抑制作用を有するBosea属の細菌またはFlavobacterium属の細菌を提供する。
【0021】
本発明はさらなる態様において、冷水病菌に対する増殖抑制作用を有する細菌であって、その16S rRNAの塩基配列が、
(a)OX14株の16S rRNAの塩基配列、または
(b)GL7株の16S rRNAの塩基配列
に対して98%以上の同一性を有する、細菌を提供する。
【0022】
すなわち、上記態様において、OX14株の近縁種およびGL7株の近縁種が提供される。上述のごとく、本発明者らは冷水病を予防するための有用細菌の探索を行い、冷水病菌の増殖抑制作用を有するOX14株およびGL7株を得た。これらの細菌は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、それぞれ、受領番号NITE AP-03290およびNITE AP-03289を付与された。これらの細菌の近縁種も同様に冷水病菌の増殖抑制作用を有すると考えられる。近縁種であるかどうかについては、16S rRNAの塩基配列の同一性によって判断するのが一般的である。本発明の上記態様の細菌の16S rRNAは、OX14株の16S rRNAの塩基配列、またはGL7株の16S rRNAの塩基配列に対して98%以上、好ましくは99%以上の同一性を有する。16S rRNAの塩基配列の同一性は、DNA抽出、バクテリア用に汎用されているプライマーを用いたPCR (Polymerase Chain Reaction)、PCRによって増幅された16S rRNA遺伝子のシーケンス解析、国立遺伝学研究所の提供する相同性検索サービス、BLASTを用いた塩基配列の相同性検索などの公知の手段を用いて調べることができる。
【0023】
実施例に記載するように、OX14株およびGL7株の16S rRNA遺伝子の塩基配列は、それぞれ、Bosea lupini、Flavobacterium tructaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列に対して99.6%、98.9%の同一性を示した。したがって、OX14株およびGL7株の近縁種の例としては、それぞれ、Bosea属の細菌およびFlavobacterium属の細菌が挙げられ、好ましくは、Bosea lupini種の細菌およびFlavobacterium tructae種の細菌が挙げられる。
【0024】
本発明は、特別な態様において、OX14株を提供する。本発明は、もう1つの特別な態様において、GL7株を提供する。
【0025】
本発明の冷水病菌の増殖抑制作用を有する細菌は公知の方法にて培養することができる。
【0026】
本発明の細菌は、通常は、約10℃~約30℃の温度範囲にて培養することができる。例えば、OX14株は約10℃~約30℃で増殖し、至適温度は約25℃である。GL7株は約10℃~約25℃で増殖し、至適温度は約25℃である。当業者は、培養すべき細菌に応じて適切な培養温度を選択することができる。
【0027】
本発明の細菌の培養に用いる培地は公知のものであってよい。例えば、OX14株およびGL7株を、FLP培地(Cepeda et al., 2004. Aquaculture 238: 75-82)にて培養してもよい。FLP培地の組成は以下の通りである。1000mlの脱イオン水中、トリプトン 4.0g、グルコース 0.5g、イーストエキス 0.4g、CaCl・2HO 0.2g、MgSO・7HO 0.5g、pH7.2。Luria-Bertani培地またはOXOID CM3培地をこれらの菌株の培養に用いてもよい。当業者は、培養すべき細菌に応じて適宜培地を選択することができ、培地組成を変更することができる。
【0028】
冷水病菌に対する所望の増殖抑制作用が見られるまで本発明の細菌を培養することができる。冷水病菌の増殖抑制作用は、例えば以下のようにして調べることができる。冷水病菌を含む液に本発明の細菌の培養上清を添加して、適当温度にて適当時間培養した後(経時的に培養液をサンプリングしてもよい)、目視により、あるいは600nmにおける濁度を測定することにより冷水病菌の増殖を判定することができる。
【0029】
本発明は、もう1つの態様において、OX14株、OX14株の近縁種、GL7株、またはGL7株の近縁種の培養上清であって、冷水病菌に対して抗菌活性を有する培養上清を提供する。
【0030】
培養上清が冷水病菌に対して抗菌活性を有するかどうかは、例えば上で説明したようにして冷水病菌の増殖を調べることにより判定することができる。増殖抑制作用が強いほど、抗菌活性が高いと判断することができる。
【0031】
本発明の細菌を使用するに際し、本発明の細菌を含む培養液を使用してもよく、遠心分離や膜濾過等の手段により分離した本発明の細菌を用いてもよい。本発明の細菌を含む培養液を遠心分離や膜濾過等の手段に供することにより、培養上清を得ることができる。培養上清をそのまま使用してもよく、培養上清を限外濾過、エバポレーション、クロマトグラフィー、有機溶媒による沈殿等の手段により分画および/または濃縮して使用してもよい。あるいは凍結乾燥等の処理をした培養上清を使用してもよい。
【0032】
本発明は、さらなる態様において、本発明の細菌またはその培養上清を冷水病菌に適用することを含む、冷水病菌の増殖抑制方法を提供する。
【0033】
本発明の細菌またはその培養上清を冷水病菌に適用する方法の具体例としては、例えば、魚類の養殖槽に本発明の細菌またはその培養上清を投入することが挙げられる。また例えば、本発明の細菌またはその培養上清を投入したプールにて魚類を一定時間飼育することが挙げられる。このようなプールでの飼育を複数回繰り返してもよい。本発明の細菌が魚類の皮膚に定着するまで飼育することが好ましい。本発明の細菌またはその上清を冷水病菌に適用する方法のさらなる具体例としては、養殖槽からの排水処理が挙げられる。例えば、排水をプールに貯留し、本発明の細菌またはその培養上清を添加して処理した後、河川や海に流してもよい。また例えば、本発明の細菌を固定化した担体を含む層に排水を通過させ、連続的に処理してもよい。このような処理により、河川や海が冷水病菌に汚染されるのを防止することができる。
【0034】
本発明の細菌またはその上清の使用量は、望まれる冷水病菌増殖抑制効果の程度、魚類の種類、魚類の数、養殖槽のサイズ、適用時間または排水の量などに応じて、当業者が適宜決定することができる。
【0035】
本発明は、さらにもう1つの態様において、本発明の細菌またはその培養上清を含む、冷水病菌の増殖抑制剤を提供する。
【0036】
本発明の剤は公知の方法にて製造できる。例えば、本発明の細菌またはその培養上清を適当な担体と混合し、所望により濃縮、乾燥、打錠、粉砕等の工程を経て所望の剤形に成形することができる。本発明の剤の剤形は特に限定されず、例えば液剤、ペースト、粉末、顆粒、ペレット、ブロック等であってもよい。
【0037】
例えば、本発明の剤を養殖槽に投入してもよい。また例えば、本発明の剤を投入したプールにて魚類を一定時間飼育してもよい。また例えば、プールに貯留された養殖槽からの排水に本発明の剤を投入してもよい。また例えば、本発明の剤が顆粒、ペレット、ブロック等の場合は、上述のごとく連続的に処理してもよい。
【0038】
本発明の剤の使用量は、望まれる冷水病菌増殖抑制効果の程度、魚類の種類、魚類の数、養殖槽のサイズ、適用時間または排水の量などに応じて、当業者が適宜決定することができる。
【0039】
本発明は、さらなる態様において、本発明の細菌またはその培養上清を魚類に適用することを含む、冷水病の予防方法を提供する。
【0040】
本発明の細菌またはその培養上清の魚類への適用方法は上述した方法と同様であってよい。
【0041】
対象となる魚類は、冷水病菌に感染する可能性のある魚類、ならびに冷水病菌に感染した魚類である。かかる魚類の種類は特に限定されず、例えば、サケ、マスなどのサケ科魚類、アユ、コイ科魚類、ウナギ等が挙げられる。対象となる魚類の典型例としては、サケ、ギンザケ、ベニザケ、マスノスケ、ブラウントラウト、カワマス、サクラマス、ニジマス、アユ等が挙げられる。
【0042】
本発明は、さらにもう1つの態様において、本発明の細菌またはその培養上清を有効成分として含む、冷水病の予防剤を提供する。
【0043】
本発明の予防剤の製造、剤形、魚類への投与については、冷水病菌の増殖抑制剤に関する上記説明をあてはめることができる。本発明の予防剤の投与量については、冷水病罹病率が低下し、好ましくはゼロになること、河川や海に放出される排水からの冷水病菌の消失、あるいは本発明の細菌の魚類の皮膚への定着等を目安に決定することができる。
【0044】
本明細書中の用語は、特に断らないかぎり、水産学、生物学、生化学、化学、薬学、獣医学等の分野において通常に理解されている意味に解される。
【0045】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例0046】
実施例1:ニジマス皮膚粘液からの冷水病菌増殖抑制効果を有する細菌の分離および同定
本発明者らは、魚類の皮膚常在菌であること、ヒトに対する病原菌でないこと、冷水病菌の増殖抑制作用を示すことを条件として、ニジマスの皮膚粘液から有用細菌の探索を行った。本発明者らが所有するニジマスの皮膚粘液から174株の皮膚常在菌を得た。これらの培養上清を用いた冷水病菌の増殖抑制効果を調べたところ、OX14株ならびにGL7株に増殖抑制作用があることを見出した。
【0047】
OX14株およびGL7株は次のような菌学的性質を有していた。
OX14株およびGL7株について16S rRNA遺伝子の塩基配列を解析したところ、それぞれBosea lupini、Flavobacterium tructaeの16S rRNA遺伝子の塩基配列に対して99.6%、98.9%の同一性を示したことから、それぞれBosea sp. OX14、Flavobacterium sp. GL7と同定した。
【0048】
OX14株およびGL7株はFLP培地、Luria-Bertani培地、およびOXOID CM3培地にてよく増殖した。OX14株は約10~約30℃で増殖し、至適温度は約25℃であった。GL7株は約10~約25℃で増殖し、至適温度は約25℃であった。
【0049】
ニジマスの皮膚粘液、鰓、腸からDNAを抽出し、16S rRNA 遺伝子のV3-V4領域をPCR増幅、Miseqシーケンサーを用いて解析し、それぞれの微生物相を明らかにした。微生物相の情報を基にOX14株ならびにGL7株についてその存在量を調べた。その結果、OX14株は、皮膚粘液、鰓、腸で1.6,61.4,0.0%を占めており、GL7株は皮膚粘液、鰓、腸で0.2,0.0,0.0%であり、共に皮膚(OX14株においては鰓においても)常在菌の主要構成員であった。
【0050】
また、アメリカのニジマスの皮膚粘液の微生物相データ(Lowrey et al., 2015. Applied and Environmental Microbiology 81: 6915-6925.)を用いて解析したところ、OX14株ならびにGL7株について0.03,0.05%で存在していることから、両株はニジマス皮膚細菌のコア微生物であることが示唆された。
【0051】
OX14株は、千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室にある独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03290を付与された。GL7株は、千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室にある独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03289を付与された。
【実施例0052】
実施例2:OX14株による冷水病菌増殖抑制効果
OX14株をFLP寒天培地上に直線状に接種し、7日間培養した。FLP培地で培養した冷水病菌を増殖したOX14株に対して垂直方向かつ直線状に接種し、5日間培養した。
【0053】
その結果、OX14株はアユで問題となっているKU190628-78株の増殖を抑制することが示された。KU190628-78株は、近畿大学でアユの腎臓より分離された菌株である。試験結果を図1に示す。
【実施例0054】
実施例3:OX14株の培養上清による冷水病菌増殖抑制効果
OX14株をFLP培地で培養し、対数増殖期の中期、後期、および定常期に培養液を取得し、孔径0.2μmのフィルターで濾過し、培養上清を得た。96ウェルプレートに培養上清50μl、FLP培地190μl、冷水病菌20μlを加え、16℃で3日間培養した。
【0055】
その結果、OX14株はアユで問題となっているKU190628-78株の増殖を抑制することが示された。定常期の培養上清が最も効果が高く、同量の培地を添加したコントロールと比較して35%まで増殖を抑制した。試験結果を図2に示す。
【実施例0056】
実施例4:OX14株の培養上清の分画
OX14株をFLP培地で培養し、増殖の定常期に培養液を取得し、孔径0.2μmのフィルターで濾過し、培養上清を得た。培養上清をセントリプレップYM-3カラム(メルク)を通して3kDa以下、3kDa以上の物質に分画した。さらに、陰イオン交換カラムOasis MAX(ウォーターズ)を通して通過画分、高塩濃度バッファー(HEPES 50mM,NaCl 0.5M,pH7.2)によって溶出するタンパク質画分、および1%のギ酸を含むメタノールによって溶出する低分子画分を得た。96ウェルプレートに培養上清50μl、FLP培地190μl、冷水病菌20μlを加え、16℃で3日間培養した。
【0057】
その結果、OX14株の培養上清のうち、3kDa以下の画分ならびに陰イオン交換カラムの通過画分がKU190628-78株の増殖を抑制することが示された。試験結果を図3に示す。
【実施例0058】
実施例5:GL7株による冷水病菌増殖抑制効果
GL7株をFLP寒天培地上に接種し、7日間培養した。GL7株のコロニーは拡大する性質を持つことから、この一部を切り取り、新しいFLP寒天培地に埋め込んだ。FLP培地で培養したGL7株を埋め込んだ部分に対して冷水病菌を垂直方向かつ直線状に接種し、2日間培養した。
【0059】
その結果、GL7株はサケで問題となっているNCIMB 1947株の増殖を抑制することが示された。NCIMB 1947株は、NCIMB(英国のThe National Collections of Industrial, Food and Marine Bacteria, Ltd.)に保存されている菌株である。試験結果を図4に示す。
【実施例0060】
実施例6:GL7株の培養上清による冷水病菌増殖抑制効果
GL7株をFLP培地で培養し、対数増殖期の中期、後期、定常期に培養液を取得し、孔径0.2μmのフィルターで濾過し、培養上清を得た。96ウェルプレートに培養上清50μl、FLP培地190μl、冷水病菌20μlを加え、16℃で3日間培養した。
【0061】
その結果、GL7株はサケで問題となっているNCIMB 1947株の増殖を抑制することが示された。対数増殖期中期では効果がなく、対数増殖期後期ならびに定常期の培養上清で抑制効果が見られ、定常期の培養上清が最も効果が高く、同量の培地を添加したコントロールと比較して31%まで増殖を抑制した。試験結果を図5に示す。
【実施例0062】
実施例5:GL7株の培養上清の分画
GL7株をFLP培地で培養し、対数増殖期の定常期に培養液を取得し、孔径0.2μmのフィルターで濾過し、培養上清を得た。培養上清をセントリプレップYM-3カラム(メルク)を通して3kDa以下、3kDa以上の物質に分画した。さらに、陰イオン交換カラムOasis MAX(ウォーターズ)を通して通過画分、ならびに高塩濃度バッファー(HEPES 50mM,NaCl 0.5M,pH7.2)で溶出したタンパク質画分、および1%のギ酸を含むメタノールによって溶出する低分子画分を得た。96ウェルプレートに培養上清50μl、FLP培地190μl、冷水病菌20μlを加え、16度で3日間培養した。
【0063】
その結果、GL7株の培養上清のうち、3kDa以下の画分ならびに陰イオン交換カラムの通過画分がNCIMB 1947株の増殖を抑制することが示された。試験結果を図6に示す。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、ヒトや魚類に対して安全性の高い冷水病の予防剤を提供するものであるから、漁業、特に養殖業、食品業などにおいて有用である。
【受託番号】
【0065】
Bosea sp. OX14株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03290を付与された。
Flavobacterium sp. GL7株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03289を付与された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【手続補正書】
【提出日】2020-11-25
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0022
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0022】
すなわち、上記態様において、OX14株の近縁種およびGL7株の近縁種が提供される。上述のごとく、本発明者らは冷水病を予防するための有用細菌の探索を行い、冷水病菌の増殖抑制作用を有するOX14株およびGL7株を得た。これらの細菌は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、それぞれ、受託番号NITE -03290およびNITE -03289を付与された。これらの細菌の近縁種も同様に冷水病菌の増殖抑制作用を有すると考えられる。近縁種であるかどうかについては、16S rRNAの塩基配列の同一性によって判断するのが一般的である。本発明の上記態様の細菌の16S rRNAは、OX14株の16S rRNAの塩基配列、またはGL7株の16S rRNAの塩基配列に対して98%以上、好ましくは99%以上の同一性を有する。16S rRNAの塩基配列の同一性は、DNA抽出、バクテリア用に汎用されているプライマーを用いたPCR (Polymerase Chain Reaction)、PCRによって増幅された16S rRNA遺伝子のシーケンス解析、国立遺伝学研究所の提供する相同性検索サービス、BLASTを用いた塩基配列の相同性検索などの公知の手段を用いて調べることができる。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0051
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0051】
OX14株は、千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室にある独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受託番号NITE -03290を付与された。GL7株は、千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室にある独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受託番号NITE -03289を付与された。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0065
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0065】
Bosea sp. OX14株は、千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室にある独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され(受領日:2020年9月24日)受託番号NITE -03290を付与された。
Flavobacterium sp. GL7株は、千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室にある独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され(受領日:2020年9月24日)受託番号NITE -03289を付与された。
【手続補正4】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷水病菌(Flavobacterium psychrophilum)に対する増殖抑制作用を有するBosea属またはFlavobacterium属の細菌。
【請求項2】
冷水病菌に対する増殖抑制作用を有する細菌であって、その16S rRNAの塩基配列が、
(a)独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受託番号NITE -03290を付与されたBosea sp. OX14株の16S rRNAの塩基配列、または
(b)独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受託番号NITE -03289を付与されたFlavobacterium sp. GL7株の16S rRNAの塩基配列
に対して98%以上の同一性を有する、細菌。
【請求項3】
独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受託番号NITE -03290を付与されたBosea sp. OX14株。
【請求項4】
独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受託番号NITE -03289を付与されたFlavobacterium sp. GL7株。
【請求項5】
冷水病菌に対して抗菌活性を有する請求項1~4のいずれか1項記載の細菌の培養上清。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項記載の細菌または請求項5記載の培養上清を冷水病菌に適用することを含む、冷水病菌の増殖抑制方法。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか1項記載の細菌または請求項5記載の培養上清を含む、冷水病菌の増殖抑制剤。
【請求項8】
請求項1~4のいずれか1項記載の細菌または請求項5記載の培養上清を魚類に適用することを含む、冷水病の予防方法。
【請求項9】
請求項1~4のいずれか1項記載の細菌または請求項5記載の培養上清を有効成分として含む、冷水病の予防剤。