IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人東京薬科大学の特許一覧 ▶ 国立大学法人東京農工大学の特許一覧

<>
  • 特開-生体分子の回収方法 図1
  • 特開-生体分子の回収方法 図2
  • 特開-生体分子の回収方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022082045
(43)【公開日】2022-06-01
(54)【発明の名称】生体分子の回収方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/14 20060101AFI20220525BHJP
   C12N 15/10 20060101ALN20220525BHJP
【FI】
C07K1/14
C12N15/10 100Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020193364
(22)【出願日】2020-11-20
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 第10回イオン液体討論会実行委員会発行の第10回イオン液体討論会 要旨集、令和1年11月21日発行 イオン液体研究会開催の第10回イオン液体討論会、令和1年11月21日~22日開催
(71)【出願人】
【識別番号】592068200
【氏名又は名称】学校法人東京薬科大学
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】八田国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】藤田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】大野 弘幸
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA50
4H045EA61
4H045GA15
4H045GA45
(57)【要約】
【課題】簡便な処理によって、かつ生体分子の活性の低下を抑制できる、生体分子を回収する手段を提供する。
【解決手段】生体分子を含む水和イオン液体と水または低濃度の塩の水溶液と、を混合することを有する、生体分子の回収方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体分子を含む水和イオン液体と水または低濃度の塩の水溶液と、を混合することを有する、生体分子の回収方法。
【請求項2】
前記生体分子がタンパク質および核酸からなる群から選択される、請求項1に記載の回収方法。
【請求項3】
前記水溶液の塩の濃度が0.4M以下である、請求項1または2に記載の回収方法。
【請求項4】
前記水和イオン液体が下記一般式(1)または下記一般式(2):
【化1】

式中、
Xは、窒素原子またはリン原子を表し、
nは、7~11の整数を表し、
pおよびqは、それぞれ独立して2~14の整数を表し、かつ|p-q|≧6を満足し、
X-は、リン酸イオン、リン酸水素イオン、リン酸二水素イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオンおよびカルボン酸イオンからなる群から選択される対アニオンを表し、xは、前記対アニオンの価数を表す、
で表されるイオン液体の水和物であり、
この際、前記水和物における前記イオン液体と水和水とのモル比が1:1~1:20である、請求項1~3のいずれか1項に記載の回収方法。
【請求項5】
疎水性のイオン液体をさらに混合することを有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体分子の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質、核酸などの生体分子は、生体外での安定性が低いことが知られている。そのため、例えばタンパク質は、短期間の保管の場合、4℃以下、緩衝液中で保管される。長期間の保管の場合、凍結乾燥したタンパク質を-20~-80℃で保管することは汎用法の一つである。しかし、これらの方法では、凍結乾燥の過程で変性が生じタンパク質の安定性を十分に確保できないことがある。
【0003】
非特許文献1および2には、タンパク質を水和イオン液体中で保管することにより、経時安定性、熱安定性などを向上させる技術が開示されている。
【0004】
また、タンパク質は、容易に変性し、凝集体を形成する。このような凝集タンパク質から活性を有するタンパク質へと再生する方法として、特許文献1には、水和イオン液体として所定の化学構造を有するイオン液体の水和物を使用することにより、強力な変性剤を使用しなくとも凝集タンパク質を可溶化することができ、かつ、その他の添加剤を使用しなくともネイティブ類似の構造へと巻き戻し(リフォールディング)することが一貫して実施可能な技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2019/103106号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Biomacromolecules (2007), 8, 2080-2086
【非特許文献2】Chemical Communications (2015), 51, 10883-10886
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、水和イオン液体は、生体分子の保管だけではなく、様々な用途で使用することができる。しかし、水和イオン液体中で反応、保管後の生体分子を水溶液中で利用する場合、イオン液体中の生体分子を水溶液(例えば、緩衝液)中へと移行させる必要がある。そのためには、希釈、脱塩、透析などの煩雑な操作を行う必要がある。また、操作途中での生体分子の活性低下、収率低下などの問題がある。
【0008】
そこで本発明は、簡便な処理によって、かつ生体分子の活性の低下を抑制できる、生体分子を回収する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、生体分子を含む水和イオン液体と水または低濃度の塩の水溶液とを混合することを有する、生体分子の回収方法によって上記課題を解決することを見出し、本発明の完成に至った。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、簡便な処理によって生体分子を水溶液中に移行でき、かつ生体分子の活性の低下を抑制できる、生体分子を回収する手段が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】二相系形成後の水相に含まれるConA濃度と添加したリン酸緩衝液の塩濃度との関係を示すグラフである。
図2】二相系形成後のイオン液体相の含水率と添加したリン酸緩衝液の塩濃度との関係を示すグラフである。
図3】二相系形成後の水相に含まれるConAについて、結合活性の評価を行った結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一形態に係る実施の形態を説明する。本発明は、以下の実施の形態のみには限定されない。
【0013】
本明細書において、範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味する。また、特記しない限り、操作および物性等の測定は室温(20~25℃)/相対湿度40~50%RHの条件で測定する。
【0014】
本発明の一形態は、生体分子を含む水和イオン液体と水または低濃度の塩の水溶液と、を混合することを有する、生体分子の回収方法に関する。本形態の生体分子の回収方法によれば、簡便な処理によって、かつ生体分子の活性を低下させることなく、生体分子を回収することができる。
【0015】
<生体分子を含む水和イオン液体>
本形態において、水和イオン液体に含まれる生体分子は、特に制限されず、タンパク質、核酸、アミノ酸、糖、脂質、ビタミン、補酵素、ホルモン、これらの複合体または代謝産物などが挙げられる。
【0016】
一実施形態では、生体分子は、タンパク質および核酸からなる群から選択される。
【0017】
本形態に係るタンパク質には、天然または人造(化学合成法、発酵法、遺伝子組み換え法)などの由来や製造方法の別にかかわらず、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、およびこれらの複合体(例えば、(ポリ)ペプチドまたはタンパク質と化合物との複合体、(ポリ)ペプチドまたはタンパク質と糖類との複合体、(ポリ)ペプチドまたはタンパク質と金属との複合体、(ポリ)ペプチドまたはタンパク質と補酵素との複合体など)が含まれる。なお、タンパク質の種類は問わず、例えば細胞内タンパク質、細胞外タンパク質、膜タンパク質、および核内タンパク質がいずれも含まれる。
【0018】
後述のとおり、水和イオン液体として、下記一般式(1)または下記一般式(2)で表されるイオン液体の水和物(水和イオン液体)を使用すると、凝集タンパク質を再生することができる。そのため、本形態に係るタンパク質は、大腸菌などの原核生物や酵母などの真核生物や無細胞抽出系などの異種発現系を用いて遺伝子工学的に生産された組み換え体であってもよい。このような組み換え体は、しばしば不溶性で不活性の凝集体(いわゆる封入体)として得られることが多い。本形態に係る水和イオン液体で凝集タンパク質を処理することにより、凝集タンパク質を溶解およびリフォールディングすることで凝集タンパク質を再生することができ、再生した(正常な)タンパク質を含む水和イオン液体を得ることができる。
【0019】
本形態に係るタンパク質の分子量の上限は、特に制限はないが、通常約10,000,000以下である。また、タンパク質の分子量の下限は、特に制限はないが、通常1,000程度である。もちろん、分子量1,000未満のタンパク質であってもよい。タンパク質の分子量は、一般的なゲル電気泳動法などで測定することができる。
【0020】
本形態に係る核酸には、RNA、DNA、RNA/DNA(キメラ)などが含まれる。核酸は、生物試料由来のものであっても、合成したものであってもよい。DNAには、cDNA、マイクロDNA、セルフリ-DNA、ゲノムDNA、合成DNAなどが含まれる。RNAには、total RNA、mRNA、rRNA、miRNA、siRNA、snoRNA、snRNA、non-coding RNA、それらの前駆体または合成RNAなどが含まれる。生物試料からの核酸の回収は、従来公知の知見を参照し、または組み合わせることによって行うことができる。合成DNAおよび合成RNAは、所定の塩基配列(天然型配列または非天然型配列のいずれでもよい)に基づいて、例えば自動核酸合成機を用いて、人工的に作製できる。
【0021】
水和イオン液体中の生体分子の含有量は、生体分子が溶解する限り、特に制限されない。
【0022】
本形態に係る水和イオン液体は、疎水性のイオン液体の水和物であり、後述の水または低濃度の塩の水溶液と混合することによりイオン液体/水二相系を形成できるものであれば、特に制限されない。本形態に係るイオン液体は、100℃以下、好ましくは80℃以下に融点を有し、室温で液体状態を呈するものである。
【0023】
一実施形態では、水和イオン液体は、下記一般式(1)または下記一般式(2)で表されるイオン液体の水和物である。
【0024】
下記一般式(1)または下記一般式(2)で表されるイオン液体は、水和物を調製するとほぼ全て液体状態となる。
【0025】
また、下記一般式(1)または下記一般式(2)で表されるイオン液体は、後述の水または低濃度の塩の水溶液と混合してイオン液体/水二相系を形成した場合、他のイオン液体と比べて、イオン液体相の含水率を低くすることができる。よって、生体分子の回収率を高くすることができる。
【0026】
【化1】
【0027】
一般式(1)および(2)において、Xは、窒素原子またはリン原子を表す。すなわち、水和イオン液体を構成するイオン液体のカチオンは、アンモニウムカチオンまたはホスホニウムカチオンである。
【0028】
一般式(1)で表されるイオン液体のカチオンは、中心元素(窒素原子またはリン原子)に対して4本の同一のアルキル鎖(-C2n+1)が共有結合した構造を有している。ここで、nは、7~11の整数を表す。一般式(1)においてnが7以上であると、カチオンの疎水性が高くなるにより、二相系形成後のイオン液体相の含水率が低くなる。低含水率のイオン液体では、タンパク質の溶解度が低下するため、イオン液体相から水相へタンパク質を移行させることができる。また、カチオンの疎水性が高くなるにより、溶解した凝集タンパク質を溶解させることができる。一般式(1)においてnが11以下であると、水和物の形態とした場合に、タンパク質(特に凝集タンパク質)を十分に可溶化(溶解)させることができる。なお、一般式(1)で表されるイオン液体において、nは、好ましくは8~10の整数を表し、より好ましくは8である。また、一般式(1)で表されるイオン液体において、Xは、好ましくは窒素原子である(後述する実施例を参照)。
【0029】
また、一般式(2)で表されるイオン液体のカチオンは、中心元素(窒素原子またはリン原子)に対して4本のアルキル鎖が結合しているが、4本のうち1本のアルキル鎖(-C2q+1)の炭素数(q)は他の3本のアルキル鎖(-C2p+1)の炭素数(p)とは異なっている。さらに、これらの炭素数の差は6以上異なっている必要がある(つまり、|p-q|≧6を満足する)。非対称構造を有する一般式(2)で表されるイオン液体の場合には、このような構造を有することにより、界面活性剤に類似した性質を示すようになり、タンパク質が凝集体である場合、凝集タンパク質の再生剤として優れた性能を発揮することが可能となる。また、上記一般式(1)と同様にある程度の疎水性を示すという観点から、一般式(2)におけるpおよびqは、それぞれ独立して2~14の整数を表すことが好ましい。他の好ましい実施形態では、一般式(2)で表されるイオン液体において、p<qをさらに満足する(つまり、1本のみ異なるアルキル鎖が他の3本のアルキル鎖よりも長い)。さらに他の好ましい実施形態では、一般式(2)で表されるイオン液体において、Xがリン原子であり、pが3~5の整数であり、qが9~13の整数である。より好ましい実施形態では、一般式(2)で表されるイオン液体において、Xがリン原子であり、pが4であり、qが12である。
【0030】
一般式(1)および(2)において、Ax-は、対アニオンを表す(xは当該対アニオンの価数を表す)。そして、本形態において、当該対アニオンは、3価のアニオン(x=3)であるリン酸イオン、2価のアニオン(x=2)であるリン酸水素イオンおよび硫酸イオン、並びに1価のアニオン(x=1)であるリン酸二水素イオンおよび硫酸水素イオンからなる群から選択される。つまり、xは1~3の整数である。なお、カルボン酸イオンとしては、ギ酸イオン、酢酸イオン、プロピオン酸イオン、酪酸イオン、シュウ酸イオン、クエン酸イオン、酒石酸イオンなどが挙げられる。また、対アニオンとしては、生体分子の構造保持、活性をより向上できるとの観点から、好ましくはリン酸二水素イオンである。
【0031】
上記一般式(1)または上記一般式(2)で表されるイオン液体の具体的な構造について特に制限はなく、上述した各構造の組み合わせによって得られる任意のイオン液体が用いられうる。イオン液体の一例としては、下記一般式(3)または下記一般式(4)で表されるものが挙げられる。
【0032】
【化2】
【0033】
好ましい実施形態では、イオン液体は、生体分子の回収率をより向上できるとの観点から、一般式(3)で表される。
【0034】
本形態の水和イオン液体は、上記イオン液体が水に水和したものであり、水和水を含む。
【0035】
水和イオン液体におけるイオン液体と水和水とのモル比は、水和に関与しない水(自由水)が生じない範囲で、適宜調整することができる。当該モル比(イオン液体:水)は、例えば1:1~1:20であり、自由水の発生を防止するという観点から、好ましくは1:2~1:17であり、より好ましくは1:3~1:15であり、さらに好ましくは1:3~1:7であり、特に好ましくは1:3~1:5であり、最も好ましくは1:3~1:4である。
【0036】
本形態において、水和イオン液体は、1種のみが単独で用いられてもよいし、イオン液体のカチオンおよびアニオンの構造の組み合わせや水和水の含有量の異なる2種以上のものが併用されてもよい。好ましい実施形態では、イオン液体は、二相系形成後の水相に含まれる塩の種類を減らすとの観点から、1種のみが単独で用いられる。
【0037】
本形態に係る水和イオン液体は、市販品が存在する場合には当該市販品を購入して用いてもよい。また、市販品が存在しない場合であっても、従来公知の手法により製造可能である(後述する実施例を参照)。
【0038】
イオン液体を水和イオン液体とする手法についてもそれ自体は公知であり、イオン液体に所定量の水を添加した後、必要に応じて混合、撹拌等の処理を施すことで、水和イオン液体を得ることができる。
【0039】
生体分子を含む水和イオン液体の調製方法についてもそれ自体は公知であり、生体分子と水和イオン液体とを混合する方法、生体分子を含む水溶液とイオン液体とを混合する方法などが挙げられる。混合時間、混合する際の温度条件などは、特に制限されず、生体分子が水和イオン液体に溶解するように適宜調整できる。
【0040】
生体分子として凝集タンパク質を使用する場合、凝集タンパク質をリフォールディングさせるためにタンパク質を含む水和イオン液体を一定時間静置してもよい。静置時間は例えば1~50時間でありうる。また、静置する際の温度条件としては、0~100℃の範囲で、対象とするタンパク質の熱耐性に応じて適宜選択することができるが、通常は4~30℃の範囲である。
【0041】
<水または低濃度の塩の水溶液>
本形態に係る水としては、特に制限されず、純水、蒸留水、脱イオン水、RO水、ミリQ水などを適宜使用することができる。なお、ミリQ水は、メルク社製の超純水装置ミリQ(Milli-Q)(商品名)により精製された超純水である。
【0042】
本形態に係る低濃度の塩の水溶液としては、緩衝作用のある従来公知の水溶液を使用することができる。本形態に係る低濃度の塩の水溶液としては、例えばリン酸、硫酸、炭酸などの無機酸の塩、および酢酸、クエン酸、コハク酸、酒石酸、リンゴ酸等の有機酸の塩を含む水溶液が挙げられる。具体例としては、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液などが挙げられる。低濃度の塩の水溶液は、従来公知の方法により調製してもよく、市販品を使用してもよい。
【0043】
水溶液に含まれる塩の濃度としては、生体分子の回収率をより高めるとの観点から、好ましくは0.4M以下であり、より好ましくは0.2M以下であり、さらに好ましくは0.1M以下であり、特に好ましくは0.05M以下である。塩の濃度の下限は、特に制限されず、0M超であればよい。
【0044】
低濃度の塩の水溶液のpHは、特に制限されず、回収する生体分子の種類に応じて適宜選択することができる。低濃度の塩の水溶液のpHは、例えば7前後であればよい。
【0045】
<混合工程>
本形態に係る生体分子の回収方法は、上記生体分子を含む水和イオン液体と上記水または低濃度の塩の水溶液とを混合することを有する。
【0046】
生体分子を含む水和イオン液体と水または低濃度の塩の水溶液との混合方法は、生体分子を含む水和イオン液体に対して水または低濃度の塩の水溶液を添加して混合してもよく、水または低濃度の塩の水溶液に対して生体分子を含む水和イオン液体を添加して混合してもよい。混合後、必要に応じて、撹拌を行ってもよい。
【0047】
また、混合において、生体分子を含む水和イオン液体および水または低濃度の塩の水溶液とは別に、疎水性のイオン液体をさらに混合してもよい。これにより、水相への生体分子の回収率をさらに高めることができる。疎水性のイオン液体としては、特に制限されず、例えば上記一般式(1)または上記一般式(2)で表されるイオン液体であって、生体分子を含む水和イオン液体を構成するイオン液体とは異なるものを使用できる。
【0048】
生体分子を含む水和イオン液体と水または低濃度の塩の水溶液と混合比(体積比)(生体分子を含む水和イオン液体:水または低濃度の塩の水溶液)は、特に制限されず、例えば1:0.5~3である。
【0049】
疎水性のイオン液体をさらに混合する場合、生体分子を含む水和イオン液体と水または低濃度の塩の水溶液と疎水性のイオン液体との混合比(体積比)(生体分子を含む水和イオン液体:水または低濃度の塩の水溶液:疎水性のイオン液体)は、特に制限されず、例えば1:0.1~1である。また、混合のタイミングにも特に制限はなく、各成分の混合順序は任意である。混合のタイミングは、疎水性を上げるとの観点から、好ましくは生体分子を含む水和イオン液体および水または低濃度の塩の水溶液を混合した後である。
【0050】
混合する際の温度は、特に制限されず、通常4~30℃の範囲である。また、混合時間も特に制限されない。
【0051】
生体分子を含む水和イオン液体と水または低濃度の塩の水溶液と(必要に応じて疎水性イオン液体と)を混合した後、静置することにより、イオン液体/水二相系を形成することができる。二相系を形成することで、生体分子をイオン液体相から水相へと移行させる、すなわち生体分子を水相に回収することができる。
【0052】
生体分子のイオン液体相から水相へ移行するメカニズムは、以下のように推定される。
【0053】
二相系形成後のイオン液体相の含水率を評価すると、後述の実施例に示すように、本形態に係るイオン液体相の含水率が低くなる。低含水率の疎水性のイオン液体は、生体分子(例えば、天然状態のタンパク質)の溶解度が低下することが知られている。そのため、生体分子をイオン液体相から水相へと移行させることができる、すなわち生体分子を水相に回収することができると考えられる。
【0054】
水相に回収した生体分子は、様々な用途で使用することができる。例えば、生体分子の精製、評価などに用いることができる。
【実施例0055】
以下、実施例を用いて本発明の好ましい実施形態についてより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲が下記の実施例によって限定されるわけではない。
【0056】
[製造例1]テトラ-n-オクチルアンモニウムリン酸二水素([N8888][dhp])の調製
テトラ-n-オクチルアンモニウムブロミド(N8888・Br)を水に溶解し、陰イオン交換カラム樹脂(Amberlite IRN 78)に通液してアニオンをOHに交換した。次いで、等モル量のリン酸を加え、中和反応後、エバポレーターで脱水することで、テトラ-n-オクチルアンモニウムリン酸二水素([N8888][dhp])を調製した。
【0057】
[製造例2]テトラ-n-オクチルホスホニウムリン酸二水素([P8888][dhp]の調製
テトラ-n-オクチルアンモニウムブロミド(N8888・Br)の代わりにテトラ-n-オクチルホスホニウムブロミド(P8888・Br)を使用したこと以外は、製造例1と同様の操作を行い、テトラ-n-オクチルホスホニウムリン酸二水素([P8888][dhp])を調製した。
【0058】
[製造例3]テトラブチルホスホニウムテトラメチルベンゼンスルホン酸([P4444][TMBS])(比較例)の調製
氷浴下で、40質量%のテトラブチルホスホニウムホドリキシド水溶液に対して小過剰モル量となるように35質量%の塩酸水溶液を滴下した。得られた溶液を濃縮し、ジクロロメタンに溶解させた。この溶液に僅かに純水を添加し分液操作を行った。上層のpHが中性となるまでこの操作を繰り返した。得られた溶液の溶媒を除去し、真空乾燥することでテトラブチルホスホニウムクロリド(P4444・Cl)を得た。
【0059】
P4444・Clおよびトリメチルベンゼンスルホン酸ナトリウムをそれぞれ任意の割合で水に溶解させた。トリメチルベンゼンスルホン酸ナトリウム水溶液に対して、1.1倍モル量となるようにP4444・Cl水溶液を氷浴下、撹拌しながら滴下した。得られた溶液を濃縮しジクロロメタンに溶解させた。ジクロロメタンに対して等体積の純水を添加し、激しく混合し静置、下層を回収した。下層にハロゲンの存在が確認できなくなるまでこの作業を繰り返した。下層のハロゲンは、硝酸/硝酸銀混合溶液に下層とメタノールを添加し、AgClの沈澱による白濁の有無から存在を確認した。得られた下層から溶媒除去し、常温で12時間および45℃で12時間真空乾燥し、白色固体として[P4444][TMBS]を得た。得られた生成物は1H-NMRにより構造を確認した。
【0060】
[水和イオン液体の調製]
さらに、上記で調製した[N8888][dhp]、[P8888][dhp]および[P4444][TMBS]について、水を添加することにより水和物の形態とした。具体的には、イオン液体の1イオンペアに対して水分子の数が3分子の割合となるように水を添加して、水和イオン液体を得た。
【0061】
[タンパク質の調製]
タンパク質として、糖鎖認識タンパク質であるコンカナバリンA(ConA)の凝集体を調製した。具体的には、ConAを10mg/mLの濃度となるようにミリQ水と混合し、70℃にて10分間インキュベートすることにより、ConAの凝集体を得た。
【0062】
[タンパク質を含む水和イオン液体の調製]
上記で調製した水和イオン液体にConAの凝集体を1mg/mLとなるように溶解した後、一晩撹拌を行い、タンパク質を含む水和イオン液体(Hy[P4444][TMBS]、Hy[N8888][dhp]およびHy[P8888][dhp])を調製した。
【0063】
[タンパク質の回収および評価]
上記で調製したタンパク質を含む水和イオン液体に等体積のリン酸緩衝液(塩濃度:50mM、0.1M、0.2M、0.5Mまたは1M)を添加し、撹拌混合して、イオン液体/水二相系を形成した。遠心分離(10,000g、10min、25℃)後、各相を分取して、以下の評価を行った。
【0064】
(水相に含まれるConA濃度の測定)
水相に含まれるConAの濃度をBCA法(ビシンコシン酸法)により定量した。結果を図1に示す。
【0065】
図1に示すように、ConAが水相へ移行しており、ConAを回収できていることが分かる。また、[N8888][dhp]/水二相系および[P8888][dhp]/水二相系では、塩濃度の低いリン酸緩衝液(0.2M以下の塩濃度)を使用することで、[P4444][TMBS]/水二相系よりも多くのConAが水相へ移行したことが分かる。また、[P4444][TMBS]/水二相系とは異なり、[N8888][dhp]/水二相系および[P8888][dhp]/水二相系では、リン酸緩衝液の塩濃度が低いほど、ConAの回収量が多くなることが分かる。
【0066】
(イオン液体相の含水率の測定)
イオン液体相の含水率をカールフィッシャー法で測定した。結果を図2に示す。
【0067】
図2に示すように、[N8888][dhp]/水二相系および[P8888][dhp]/水二相系では、リン酸緩衝液の塩濃度が高くなると、イオン液体相の含水率が高くなることが分かる。一方、[P4444][TMBS]/水二相系では、リン酸緩衝液の塩濃度が高くなると、イオン液体相の含水率が低くなることが分かる。図1および2から、イオン液体相の含水率が低くなると、ConAの水相への移行が促進されることが分かる。
【0068】
(ConAのフォールディング状態の評価)
調製したタンパク質を含む水和イオン液体について、蛍光スペクトル測定を行い、極大蛍光波長からConAのフォールディング状態を評価した。蛍光測定では、タンパク質中のトリプトファン残基を測定対象とする励起波長280nmで励起を行った。結果を表1に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
表1に示す結果について考察する。まず、ネイティブのConAはバッファー中に溶解すると336nmに極大蛍光波長が観測される。Hy[P4444][TMBS]では、307nmに極大蛍光波長を示し、大幅な短波長側へのシフトから、ConAが凝集していることが示唆される。一方、Hy[N8888][dhp]およびHy[P8888][dhp]に溶解したConAの極大蛍光波長は、それぞれ339nmおよび340nmである。わずかに長波長側にシフトしているものの、ConAがネイティブに比較的類似した構造を形成していることが示唆される。図1の結果を考慮すると、ConAのイオン液体相から水相への移行は、水和イオン液体中のConAのフォールディング状態に影響を受けることが分かる。
【0071】
(水相に含まれるConAの活性の確認)
水相に含まれるConAについて、バイオレイヤー干渉法を用いて糖鎖結合能の確認を行った。異なる濃度のネイティブのConAの結合速度から作成した検量線を用いて、水相に移行した活性をもつConAの濃度を算出し、BCA法で得られた濃度と比較することで、相対活性を算出した。結果を図3に示す。
【0072】
図3に示すように、[N8888][dhp]/水二相系および[P8888][dhp]/水二相系において、水相に移行したConAは、十分な糖鎖結合活性を示すことが分かる。したがって、水相への移行の過程で、結合活性の低下を抑制できることが分かる。
【0073】
以上の結果および考察に基づき、タンパク質を含む水和イオン液体と低濃度の塩の水溶液とを混合することで、イオン液体/水二相系を形成し、イオン液体相に含まれるタンパク質を水相へと移行できることが分かる。操作としては、2つの液を混合するだけであり、簡便かつ短時間でタンパク質を回収することが可能である。また、従来の希釈、脱塩などの操作とは異なり、操作途中でのタンパク質の活性低下を抑制することも可能である。
図1
図2
図3