(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022082229
(43)【公開日】2022-06-01
(54)【発明の名称】チタンの製造方法
(51)【国際特許分類】
C25C 3/28 20060101AFI20220525BHJP
C22B 34/12 20060101ALI20220525BHJP
C22B 4/04 20060101ALI20220525BHJP
【FI】
C25C3/28
C22B34/12 102
C22B4/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020193670
(22)【出願日】2020-11-20
(71)【出願人】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 亮輔
(72)【発明者】
【氏名】野口 宏海
(72)【発明者】
【氏名】菊地 竜也
(72)【発明者】
【氏名】堀川 松秀
(72)【発明者】
【氏名】金子 拓実
【テーマコード(参考)】
4K001
4K058
【Fターム(参考)】
4K001AA27
4K001BA02
4K001BA05
4K001DA14
4K058AA14
4K058BA10
4K058BB05
4K058CB03
(57)【要約】 (修正有)
【課題】比較的少ない電力でチタンの酸素含有量を低減することができるチタンの製造方法を提供する。
【解決手段】酸化チタンを含む原料からチタンを製造する方法であって、塩化カルシウム及び酸化カルシウムを含む溶融塩浴SB中に前記原料を浸漬させ、炭素製陽極3と陰極4との間への1.4V以上かつ3.2V未満の電圧の印加により、前記酸化カルシウムの電離で生じるカルシウムイオンから金属カルシウムが生成し、前記原料中の酸化チタンを還元する電解工程を含み、前記溶融塩浴に、塩化カリウムが0.01モル%~50モル%の濃度で含まれるというものである。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化チタンを含む原料からチタンを製造する方法であって、
塩化カルシウム及び酸化カルシウムを含む溶融塩浴中に前記原料を浸漬させ、炭素製陽極と陰極との間への1.4V以上かつ3.2V未満の電圧の印加により、前記酸化カルシウムの電離で生じるカルシウムイオンから金属カルシウムが生成し、前記原料中の酸化チタンを還元する電解工程を含み、
前記溶融塩浴に、塩化カリウムが0.01モル%~50モル%の濃度で含まれる、チタンの製造方法。
【請求項2】
前記溶融塩浴に、前記酸化カルシウムが0.01モル%~20モル%の濃度で含まれる、請求項1に記載のチタンの製造方法。
【請求項3】
前記電解工程で、前記溶融塩浴にTi製又はTi合金製のゲッター材を浸漬させる、請求項1又は2に記載のチタンの製造方法。
【請求項4】
銀-塩化銀電極を参照電極としたとき、前記銀―塩化銀電極と前記炭素製陽極との間の電圧が0.6V~0.9Vに維持されるように、前記電解工程を行う、請求項1~3のいずれか一項に記載のチタンの製造方法。
【請求項5】
前記電解工程で得られるチタンの酸素含有量が10質量%以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載のチタンの製造方法。
【請求項6】
前記溶融塩浴と接触する前記陰極の表面が、Ti又はTi合金からなる、請求項1~5のいずれか一項に記載のチタンの製造方法。
【請求項7】
前記電解工程で発生するガス中の、一酸化炭素のモル濃度が二酸化炭素のモル濃度よりも高い、請求項1~6のいずれか一項に記載のチタンの製造方法。
【請求項8】
前記電解工程で前記溶融塩浴中に浸漬させる前記原料を粉末状とする、請求項1~7のいずれか一項に記載のチタンの製造方法。
【請求項9】
前記原料をチタン鉱石とする、請求項1~8のいずれか一項に記載のチタンの製造方法。
【請求項10】
前記チタンとしてチタン合金を製造するに当り、前記電解工程で前記溶融塩浴中に浸漬させる前記原料がさらに、前記チタン合金の合金元素の酸化物を含む、請求項1~9のいずれか一項に記載のチタンの製造方法。
【請求項11】
前記合金元素の酸化物が、酸化ニッケル、酸化クロム、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化バナジウム及び、酸化アルミニウムからなる群から選択される少なくとも一種を含む、請求項10に記載のチタンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、塩化カルシウム及び酸化カルシウムを含む溶融塩浴を用いた溶融塩電解により、酸化チタンを還元してチタンを製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属チタンやチタン合金は、軽量かつ高強度であり、耐疲労性、耐食性等の優れた特性を有することから、航空機材料をはじめとした様々な用途で広く使用されている。
【0003】
このようなチタンは、酸化チタンを含むチタン鉱石の製錬により製造することができる。但し、酸化チタンは難還元性であり、チタンを工業的に製造するには一般に、まずチタン鉱石中の酸化チタンから四塩化チタンを合成し、その後、たとえばクロール法にて四塩化チタンを金属マグネシウム等で還元して、スポンジチタンを生成させることが行われている。さらにその後、スポンジチタンを真空アーク再溶解炉、プラズマアーク溶解炉、電子ビーム溶解炉等にて、必要に応じて合金元素とともに溶解し、金属チタン又はチタン合金を製造する。
【0004】
上述した方法は、多数の工程が行われるので生産効率が良好であるとは言い難く、また、多大なエネルギーを要することもあって製造コストが嵩む。それ故に、他の新規な製造方法が希求されている。
【0005】
かかる状況の下、難還元性の酸化チタンであっても該酸化チタンから直接的に金属チタンを得ることができる溶融塩電解を用いた手法がいくつか提案されており、その研究開発が進められている。そのなかの一つに、いわゆるOS法(CaO電解・Ca熱還元法)がある。
【0006】
OS法では、塩化カルシウム及び酸化カルシウムを含む溶融塩浴で、酸化チタンを浸漬させ、炭素製陽極と陰極との間に、酸化カルシウムの分解電圧以上で塩化カルシウムの分解電圧未満の電圧を印加する。なお、前記電圧は定電圧とすることがある。ここで、溶融塩浴には酸化カルシウムが含まれ、これが電離して陰極上で金属カルシウムが生成し、当該金属カルシウムが酸化チタンを還元する。それにより、金属チタンと酸化カルシウムが生成される。酸化カルシウムは再び電離し、そのカルシウムイオンが金属カルシウムとなりこれが酸化チタンの還元に用いられるというサイクルが繰り返される。一方、酸化カルシウムの電離により生じる酸化物イオンは、炭素製陽極と反応し、一酸化炭素ないし二酸化炭素のガスとして排出される。
【0007】
なお、上述したような酸化カルシウム由来の金属カルシウムを酸化チタンに作用させるOS法に関するものではないが、特許文献1には、「還元領域と陽極側領域との境界が陰極を形成する網で構成された電解槽内に塩化カルシウムを含む溶融塩を入れ、酸化チタン含有金属酸化物粉末を前記還元領域内の溶融塩中に投入し、還元領域内の酸化チタン含有金属酸化物粉末を攪拌しながら、陽極側領域の溶融塩に浸漬した陽極との間で通電して酸化チタン含有金属酸化物粉末を還元することを特徴とするチタンおよびチタン合金の製造方法」が記載されている。
また、特許文献2は、これもOS法とは異なる手法であり、「陽極および陰極を備えた電解槽に金属塩化物を含む溶融塩を満たして行う金属の 製造方法であって、上記溶融塩に対する上記金属の溶解度を低下させるような溶融塩を用いることを特徴とする溶融塩電解による金属の製造方法」を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006-9054号公報
【特許文献2】国際公開第2006/040979号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまでは、OS法により酸化チタンを金属チタンに還元するに当り、理論上その還元に必要とされる電気量(理論電解電気量)の通電では、それにより得られる金属チタンの酸素含有量を十分に低減することができなかった。酸素含有量がある程度多くなると、金属チタンは通電することができず、電解精錬を効果的に行うことが困難になる。
【0010】
一方、定電圧で通電時間を長くし、理論電解電気量よりも多くの電気量を与えた場合は、金属チタンの酸素含有量は低下するも、電力コストの増大及び電解期間の長期化を招く。
【0011】
このような観点から、OS法は実用化できる段階に達しているとはいえず、更なる開発の余地がある。
【0012】
この発明の目的は、比較的少ない電力で、チタンの酸素含有量を低減することができるチタンの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
発明者は鋭意検討の結果、酸化チタンを還元する金属カルシウムをもたらす酸化カルシウムと、その酸化カルシウムを溶解させる塩化カルシウムとを含む溶融塩浴に、さらに塩化カリウムを含ませることにより、比較的少ない電力消費にも関わらず金属チタンの酸素含有量が良好に低下するとの新たな知見を得た。
【0014】
この発明のチタンの製造方法は、酸化チタンを含む原料からチタンを製造する方法であって、塩化カルシウム及び酸化カルシウムを含む溶融塩浴中に前記原料を浸漬させ、炭素製陽極と陰極との間への1.4V以上かつ3.2V未満の電圧の印加により、前記酸化カルシウムの電離で生じるカルシウムイオンから金属カルシウムが生成し、前記原料中の酸化チタンを還元する電解工程を含み、前記溶融塩浴に、塩化カリウムが0.01モル%~50モル%の濃度で含まれるというものである。
【0015】
前記溶融塩浴には、前記酸化カルシウムが0.01モル%~20モル%の濃度で含まれることがある。
【0016】
前記電解工程では、前記溶融塩浴にTi製又はTi合金製のゲッター材を浸漬させることが好ましい。
【0017】
銀-塩化銀電極を参照電極としたとき、前記銀-塩化銀電極と前記炭素製陽極との間の電圧が0.6V~0.9Vに維持されるように、前記電解工程を行うことが好ましい。
【0018】
前記電解工程で得られるチタンの酸素含有量は10質量%以下であることが好適である。
【0019】
前記溶融塩浴と接触する前記陰極の表面は、Ti又はTi合金からなるものとすることができる。
【0020】
前記電解工程で発生するガス中の、一酸化炭素のモル濃度は二酸化炭素のモル濃度よりも高いことが好ましい。
【0021】
前記電解工程で前記溶融塩浴中に浸漬させる前記原料は粉末状とすることができる。
また、前記原料はチタン鉱石とすることができる。
【0022】
前記チタンとしてチタン合金を製造するに当っては、前記電解工程で前記溶融塩浴中に浸漬させる前記原料がさらに、前記チタン合金の合金元素の酸化物を含むものとすることができる。
【0023】
この場合、前記合金元素の酸化物は、酸化ニッケル、酸化クロム、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化バナジウム及び、酸化アルミニウムからなる群から選択される少なくとも一種を含むことがある。
【発明の効果】
【0024】
この発明のチタンの製造方法によれば、比較的少ない電力で、チタンの酸素含有量を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】この発明の実施形態に係るチタンの製造方法を実施することができる電解装置の一例を模式的に示す断面図である。
【
図2】
図1の電解装置を用いた溶融塩電解の反応を概念的に示す拡大図である。
【
図3】サイクリックボルタンメトリー法による参照電極と炭素製陽極との間の電圧に対する電流密度の変化の結果を示すグラフである。
【
図4】塩化カリウムを26モル%の濃度で含む溶融塩浴を用いた溶融塩電解における電解時間の経過に伴う電圧の変化を示すグラフである。
【
図5】
図4のグラフから得られ、各電圧範囲(階級)における電気量の分布を表すグラフである。
【
図6】最頻度電気量電圧と、溶融塩電解で得られた金属チタンの酸素含有量との関係を表すグラフである。
【
図7】溶融塩浴に含ませる塩化カリウムのモル比と金属チタンの酸素含有量との関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
一の実施形態に係るチタンの製造方法は、塩化カルシウム及び酸化カルシウムを含む溶融塩浴中に酸化チタンを含む原料を浸漬させ、炭素製陽極と陰極との間への1.4V以上かつ3.2V未満の電圧の印加により、前記酸化カルシウムの電離で生じるカルシウムイオンが金属カルシウムとして生成し、前記原料中の酸化チタンを還元する電解工程を含む。そして、溶融塩浴は、塩化カリウムを0.01モル%~50モル%の濃度で含むものとする。これにより、ある程度少ない電力で、酸素含有量の少ないチタン(金属チタン又はチタン合金)を得ることができる。
【0027】
この実施形態は、たとえば、
図1に示すような電解装置1を用いて行うことができる。
図1に例示する電解装置1は主に、溶融塩浴SBを貯留する容器状の電解槽2と、炭素製陽極3と、炭素製陽極3と対をなす陰極4と、炭素製陽極3及び陰極4のそれぞれに電気的に接続されて、それらの間に所定の電圧を印加するための電源5とを備えるものである。
【0028】
ここで、電解槽2は、その底壁及び側壁がセラミック製、より詳細にはアルミナ(Al2O3)製又はマグネシア(MgO)製等のものとすることができる。あるいは、電解槽2の底壁及び側壁は、Ti、Nb、Ta、Mo又はW、あるいはこれらの金属の少なくとも二つを含む合金製のものとしてもよい。電解槽2の内部は、少なくとも、塩化カルシウム(CaCl2)及び酸化カルシウム(CaO)を含む溶融塩を貯留させ、これを溶融塩浴SBとする。なお、この発明の実施形態では、後述するように、溶融塩浴SBがさらに塩化カリウム(KCl)を含むものとする。
【0029】
またここで、陰極4は、少なくとも、溶融塩浴SBと接触する表面の材質は、Ti、Mo、Ta、Nb、Ni、W、Au、Pt、AgもしくはCu又はその合金とすることができる。この合金とは、Ti、Mo、Ta、Nb、Ni、W、Au、Pt、AgおよびCuから選ばれる一種以上を含む合金を意味する。陰極4の当該表面は、上記の材質でコーティングされたものとしてもよい。また、陰極4は単層構造または複層構造とすることが可能であり、前記複層構造を採用する場合は陰極4の溶融塩浴SBと接触する表面が上記材質であってよい。なかでも、陰極4の上記の材質は、Ti又はTi合金とすることが好ましい。陰極4の少なくとも当該表面がTi製である場合、その純度は、たとえばJIS H4600 4種(ASTM Gr4)に相当する純度とすることができ、98.5質量%以上である場合がある。図示の電解装置1では、陰極4の、溶融塩浴SBに浸漬させる先端部を、溶融塩浴SBの溶融塩が通過できる籠状容器4aとしている。この籠状容器4aに、図示しない酸化チタンを含む原料が収容される。但し、後述するように、溶融塩電解の間に原料中の酸化チタンが金属カルシウムと接触して還元されることができれば、陰極4の構成や溶融塩浴SB中での原料の配置態様はこれに限らない。
【0030】
炭素製陽極3の炭素純度は、99.9質量%以上とすることができる。好ましくは、炭素製陽極3は緻密質強粘結性炭素製のものとする。炭素製陽極3の形状は特に問わないが、図示の例では棒状のものとしている。
【0031】
上述したような電解装置1を用いたOS法による溶融塩電解では、溶融塩浴SBの温度を、溶融塩浴SBを構成する溶融塩の溶融状態が維持される温度とし、電源5を用いて、炭素製陽極3と陰極4との間に、酸化カルシウムの分解電圧(1.4V)以上で塩化カルシウムの分解電圧(3.2V)未満の電圧を印加する。
【0032】
OS法では、以下の反応が進行していると考えられる。溶融塩浴SBでは、
図2に示すように、酸化カルシウム(CaO)が塩化カルシウム(CaCl
2)中に溶解し、その酸化カルシウム(CaO)の電離によりカルシウムイオン(Ca
2+)が発生している(下記式(1)参照)。カルシウムイオン(Ca
2+)は陰極4にて電子を受け取り、下記式(2)で表されるように、陰極4上で金属カルシウム(Ca)が生成する。そして、金属カルシウム(Ca)はその強い還元力により、籠状容器4a内の原料中の酸化チタン(TiO
2)を還元する。これにより、下記式(3)の反応の下、金属チタン(Ti)と酸化カルシウム(CaO)が生成される。
CaO→Ca
2++O
2- (1)
Ca
2++2e
-→Ca (2)
TiO
2+2Ca→Ti+2CaO (3)
【0033】
一方、炭素製陽極3側では、上記式(1)により生成された酸化物イオン(O2-)が、炭素製陽極3の炭素(C)と反応し、一酸化炭素(CO)及び/又は二酸化炭素(CO2)が発生し得る(下記式(4)及び(5)参照)。一酸化炭素及び/又は二酸化炭素は、ガスとして系外へ排出される。
O2-+C→CO+2e- (4)
2O2-+C→CO2+4e- (5)
【0034】
ここにおいて、上記のようにして発生し得る二酸化炭素(CO2)は、下記式(6)~(8)等の副反応を引き起こし、このことが、電子消費による電力効率の低下及び、金属カルシウムの消費による還元効率の低下を招くと考えられる。下記式(7)の反応は、金属カルシウムの生成に使用される電子数の減少、それによる実質的なエネルギーロス(電子ロス)を招く。また、下記式(7)~(8)の反応により生成した炭素は微粉として、溶融塩浴の浴面に滞留する。当該炭素微粉は導電性を有するので、これが浴面にある程度多く存在すると、炭素製陽極3と陰極4との通電により短絡を生じさせる。また、炭素粉は陰極4に生成した金属チタンと反応して生成物に炭素汚染をもたらすことがある。
CO2+O2-→CO3
2- (6)
CO3
2-+4e-→C+3O2- (7)
CO2+2Ca→C+2CaO (8)
【0035】
図3に、サイクリックボルタンメトリー法(CV法)を用いて、参照電極の銀-塩化銀電極に対する炭素製陽極3の電圧(すなわち電位差)の増加に伴って発生する反応を確認した結果を示す。
図3より、銀-塩化銀電極に対する炭素製陽極3の電圧が0.6V付近になるとピークAが確認され上記式(4)の反応より一酸化炭素が発生し、1.0V付近でピークBが確認され上記式(5)の反応より二酸化炭素が発生し、1.4V付近でピークCが確認され炭酸イオンの酸化が生じ、1.6V付近でピークDが確認され塩素の生成が起こることが解かる。このことから、銀-塩化銀電極に対する炭素製陽極3の電圧が0.9V以下に維持されるように溶融塩電解を行うことが、溶融塩浴への二酸化炭素の溶解に基づく副反応を抑制する観点から望ましいといえる。
【0036】
発明者は鋭意検討した結果、溶融塩浴に塩化カリウム(KCl)を含ませることが有効であることを見出した。つまり、塩化カリウムを添加することにより、省電力であってもOS法で得られるチタンの酸素含有量を低減できることが解かった。このとき、上述したような炭素製陽極3側の電圧が低く抑えられるとの知見も得られた。このことを詳説すると、次のとおりである。
【0037】
図4に、塩化カリウムを26モル%で含む溶融塩浴を用いた溶融塩電解における電解時間の経過に伴う電圧の変化を示す。ここでは、炭素製の参照電極を用いた。陰極4と炭素製陽極3との間の電圧を3.0Vで一定とした。
図4中の「Ref.→アノード間電圧」は参照電極に対する炭素製陽極3の電圧を、「カソード→Ref.間電圧」は陰極4に対する参照電極の電圧をそれぞれ示す。
図4では、炭素製陽極3側の電圧は経時的に安定せずに変動していることから、その電圧を把握することは困難である。なお、炭素製陽極3と陰極4の間の電圧が3.0Vと一定であるため、陰極4側の電圧も同様に安定していないことが解かる。
【0038】
そこで、
図4の炭素製陽極3側の電圧についてのグラフから、所定の電圧範囲ごとに仕分けをし、各電圧範囲における電流値から電気量を算出し、電圧範囲ごとの電気量の分布を表す
図5のグラフを得た。
図5では、電気量は、理論電解電気量Q
0に対する比率(Q/Q
0)として表している。ここで、理論電解電気量Q
0は次のようにして算出される。XgのTiO
2を原料としたとき、そのTiO
2を上記の式(3)の係数に従ってチタンへと還元するために必要な金属カルシウムの質量をYgとする。Ygの金属カルシウムを析出させるために必要な電気量をZCとおく。この電気量が理論電解電気量Q
0に相当する。なお、実際に溶融塩電解で与えた電気量をQとしている。また、測定した電圧をある間隔で区切って、その電圧の範囲で流れた電気量を度数分布に変換して示したとき、もっとも頻度の高い電気量を示した電圧を最頻度電気量電圧V
Qmodeと定義する。この場合、
図5から、この溶融塩電解における炭素製陽極3側の電圧の最頻度電気量電圧V
Qmodeは、1.31Vであると理解することができる。
【0039】
この手法を用いて、塩化カリウム濃度が0モル%(添加なし)の溶融塩浴、0.3モル%の溶融塩浴、3.0モル%の溶融塩浴及び、26モル%の溶融塩浴のそれぞれについても同様の溶融塩電解を行って最頻度電気量電圧V
Qmodeをそれぞれ求めたところ、
図6に示す結果が得られた。ここでは、炭素製の参照電極を用いており、
図6に示す結果の横軸の最頻度電気量電圧V
Qmodeから、炭素参照電極と
図3で参照電極とした銀-塩化銀電極との差である約0.5Vを差し引くと、塩化カリウムの添加により炭素製陽極3側の電圧はおよそ0.9Vから0.8Vに低下したことが解かる。また
図6より、最頻度電気量電圧V
Qmodeの低下に伴い、溶融塩電解で得られる金属チタンの酸素含有量が少なくなる傾向があることが解かる。
【0040】
図7に、溶融塩浴に含ませる塩化カリウムのモル比と金属チタンの酸素含有量との関係を示す。
図7から明らかなように、溶融塩浴の塩化カリウム濃度が増加するに従って、金属チタンの酸素含有量が急激に低下することが解かる。
【0041】
以上より、OS法では、溶融塩浴SBに塩化カリウムを含ませることにより、溶融塩電解にて比較的短時間の通電で理論電解電気量に対して電気量をそれほど増大させなくても、酸素含有量の少ないチタンを製造できるようになるといえる。
【0042】
これを実現するため、この実施形態は、塩化カルシウム及び酸化カルシウムのみならず塩化カリウムをも含む溶融塩浴SBで、炭素製陽極3と陰極4との間に電圧を印加することにより、原料中の酸化チタンを還元する電解工程を行う。
【0043】
溶融塩浴SBの塩化カリウム濃度は、0.01モル%~50モル%とする。塩化カリウム濃度が0.01モル%を下回ると、塩化カリウム添加によるチタンの酸素含有量の低減効果が十分に得られない。また、塩化カリウム濃度が50モル%を超える場合は、他の成分の濃度が低くなり、酸化カルシウムに由来する金属カルシウムによる酸化チタンの還元が円滑に行われなくなることが懸念される。この点を考慮すると、塩化カリウム濃度は30モル%以下とすることが好適である。上記のような観点から、溶融塩浴SBの塩化カリウム濃度は、好ましくは0.1モル%~26モル%、5モル%~26モル%、10モル%~26モル%、さらには15モル%~26モル%である。
【0044】
溶融塩浴SBの酸化カルシウム濃度は、0.01モル%~20モル%が好ましく、0.05モル%~5.0モル%が好ましく、さらに典型的には0.05モル%~1.0モル%とすることが好適である。酸化カルシウム濃度をある程度高くすることにより、溶融塩浴SB中に、酸化チタンを還元する金属カルシウムをもたらす酸化カルシウムが十分に確保され、酸化チタンの還元が良好に進行する。また、酸化カルシウム濃度を高くしすぎないことにより、還元で生じた酸化カルシウムが速やかに溶融塩浴に溶解する。
【0045】
溶融塩浴SBの塩化カルシウム濃度は、好ましくは50モル%~99.9モル%、より好ましくは73モル%~99.8モル%である。塩化カルシウム濃度をこのような範囲内とすることにより、十分な酸化カルシウム溶解度を保つことができる。
【0046】
溶融塩浴SBは塩化カルシウム、酸化カルシウム及び、塩化カリウムからなるものであってもよいが、その他の浴成分を含むこともできる。その他の浴成分として、溶融塩浴SBは、塩化リチウム(LiCl)、塩化マグネシウム(MgCl2)、塩化ナトリウム(NaCl)、フッ化カルシウム(CaF)からなる群から選択される少なくとも一種を含むことがある。溶融塩浴SBの塩化カルシウム、酸化カルシウム及び塩化カリウム以外の溶融塩の濃度は合計で、たとえば10.0モル%以下とする場合がある。
【0047】
電解工程では、電解装置1の電解槽2内の上述した溶融塩浴SBで、炭素製陽極3と陰極4との間に電圧を印加し、電気分解を行う。炭素製陽極3と陰極4との間に印加する電圧は、酸化カルシウムの分解電圧以上かつ塩化カルシウムの分解電圧以下であり、具体的には1.4V以上かつ3.2V未満とする。金属カルシウムの生成及び、それによる還元反応を促進させるため、好ましくは、電圧を2.6V~3.1Vとする。
【0048】
電解工程の間、溶融塩浴SBの温度は、溶融塩の溶融状態が維持される温度~1100℃とするのが好ましく、さらに850℃~900℃とすることがより一層好ましい。溶融塩浴SBの温度をある程度高くすることにより、溶融塩浴の導電率の向上が見込まれる。溶融塩浴SBの温度を高くしすぎないことにより、溶融塩浴の蒸発によるロスを低減することできる。なお、溶融塩浴SBの溶融状態が維持される温度は、熱力学計算、平衡状態図に基づいて求めることができる。
【0049】
この実施形態では、溶融塩浴SBに塩化カリウムを添加することにより、最頻度電気量電圧の値が低下すると思われる。そして、これによって、先に述べた
図3から解かるように、電解工程で一酸化炭素の発生が主となり、二酸化炭素の発生量は少なくなる。より詳細には、電解工程で発生するガス中の、一酸化炭素のモル濃度は二酸化炭素のモル濃度よりも高いことが好ましい。二酸化炭素の発生量が少なくなると、先述した式(6)~(8)等の副反応が抑制され、電力効率が向上するとともに、不要な炭素の生成を抑えることが可能になる。電解工程で発生するガスの組成は、電解工程で電解装置1から発生したガスを回収し、このガスに対して所定の成分分析を行うことにより確認することができる。
【0050】
電解工程は、銀-塩化銀電極を参照電極とした場合に銀-塩化銀電極と炭素製陽極3との間の電圧が0.6V~0.9Vに維持されるように行うことが好ましい。これは、
図3を用いて先述したように、炭素製陽極3側の電圧を低くすることにより、副反応を引き起こす二酸化炭素の発生を抑制できるからである。なお、炭素製陽極3側の電圧を低くし過ぎないことにより、酸化カルシウムの金属カルシウムへの分解が良好に行われる。炭素製陽極3側の電圧を高くし過ぎると、チタン中の酸素濃度が高くなるおそれがあるので望ましくない。
【0051】
ところで、チタンとして金属チタンを製造する場合は、陰極4の籠状容器4a等に収容されて溶融塩浴SBに浸漬させる原料が、酸化チタンを含むものであればよい。たとえば、原料は、酸化チタンを含むチタン鉱石とすることができる。このチタン鉱石としては、天然ルチルの他、イルメナイトに対して酸化焙焼や還元焙焼ならびに酸浸出を行ってアップグレードした合成ルチル等を挙げることができる。
【0052】
一方、チタンとしてチタン合金を製造する場合、原料は、酸化チタンの他さらに、その製造しようとするチタン合金を構成する合金元素の酸化物を含むものとすることができる。そのような合金元素の酸化物は、塩化カルシウム及び酸化カルシウムとの反応性が低い酸化物で、かつ、当該酸化物中の金属元素が金属カルシウムより電気化学的に貴であるものであればよい。具体的には、酸化ニッケル、酸化クロム、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化バナジウム及び、酸化アルミニウムからなる群から選択される少なくとも一種を含むこととしてよい。また、それらの具体例から選択される少なくとも一種を、前記チタン合金を構成する合金元素の酸化物とすることができる。原料中の合金元素の酸化物の割合は、製造しようとするチタン合金の組成に応じて決定することができる。たとえば、Ti-6Al-4Vのチタン合金を製造する場合、Ti:Al:V=90:6:4の割合とするように各金属酸化物の含有量を調整することができる。
【0053】
原料に含ませた合金元素の酸化物は電解工程で、酸化チタンと同様に、酸化カルシウムの電離で生じた金属カルシウムにより還元され、その後、酸化チタンから生成した金属チタンと合金化すると考えられる。すなわち、原料に合金元素の酸化物を含ませて電解工程を実施することで、チタン合金を製造することができる。
【0054】
上述したように、一の実施形態によれば、金属チタンやチタン合金の製造において溶融塩浴中にチタンの低級塩化物を必要としない。特にこの実施形態でチタン合金を製造する場合、一旦生成した金属カルシウムが酸化チタンや合金元素の酸化物を還元して金属チタンと金属である合金元素を生成し、さらにこれらが結びついてチタン合金が生成しうる。よって、原料組成の制御により、製造するチタン合金の組成を制御しやすいという利点を上述の実施形態は有する。
【0055】
原料は粉末状のものとして、溶融塩浴SBに浸漬させ、電解工程を行うことが好ましい。この場合、原料と溶融塩浴SBとの接触が多くなり、原料の還元が円滑に行われる。原料の粒径は、0.3μm~250μmとすることが好適である。
【0056】
なお、溶融塩浴SBには、上記の原料の他、ゲッター材6を、たとえば電解槽2の底部上に浸漬させることができる。これにより溶融塩浴SB中にわずかに残存した酸素、窒素、水等の大気成分を取り除くことができる。ゲッター材6は、塊状、粒状又は粉末状等とすることができる。ゲッター材6は、Ti製又はTi合金製のものとすることが、脱酸・脱窒能力の点で好ましい。
【0057】
以上に述べた実施形態によれば、電解工程にて、比較的少ない電力で、酸素含有量の少ないチタン(金属チタン又はチタン合金)を製造することができる。
電解工程で得られるチタンの酸素含有量は、好ましくは10質量%以下、より好ましくは1質量%~5質量%、さらに好ましくは1質量%~3質量%である。なお、電解工程で得られたチタンに対して水洗や高温溶解を行うことにより、当該チタン中の溶融塩浴SBの構成成分であるカルシウム、カリウム、塩素等はそれぞれ、100質量ppm以下に低減することが可能である。
【0058】
また、以上に述べた実施形態によれば、そのような酸素含有量が少ないチタンを得るために、電解装置1に、それほど多くの電気量を与えること、つまり定電圧の電気分解を長時間にわたって行うことを要しない。理論電解電気量Q0に対し、実際の溶融塩電解で電解装置1に与える電気量Qとの比率(Q/Q0)を百分率で50%~90%としても、酸素含有量の十分に少ないチタンが得られる場合がある。ここで、理論電解電気量Q0とは、先の述べたように、先述の式(3)に基づいて、所定の質量の酸化チタンを、金属チタンに還元するのに必要な質量の金属カルシウムの生成に要すると算出される電気量を意味する。
【0059】
なお、溶融塩浴SBに塩化カリウムを含めていなかった従来のOS法では、酸素含有量が10質量%である金属チタンを得るには、約200%程度の比率(Q/Q0)の電気量Qを与える必要があり、さらに酸素含有量が2.5質量%である金属チタンを得るには、300%以上の比率(Q/Q0)の電気量Qを与えることが必要であった。OS法は定電圧で実施することが多いため、電気量Qの増大は、使用する電気量のみならず電解時間も増大することを意味する。
したがって、このことからも、この発明の実施形態によれば、少ない電力で、酸素含有量の少ないチタンが得られるといえる。
【実施例0060】
次に、この発明のチタンの製造方法を試験的に実施し、その効果を確認したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0061】
図1に示すような電解装置1を用いて電解工程を行い、原料の酸化チタンから金属チタンを得た。なお、溶融塩浴SB上はアルゴンガスを流通させることとした。酸化チタンとして粉末状のチタン鉱石を使用した。陰極4の先端はチタン製の籠状容器(チタン純度99.9質量%以上)とし、その内部に原料であるチタン鉱石を格納した。電解工程では、900℃に維持した600gの溶融塩浴SBにて、陰極4と炭素製陽極3(炭素純度は99.9質量%以上)との間に3.0Vの定電圧を印加し、理論電解電気量Q
0に対する電気量Qとの比率(Q/Q
0)が100%になるまで、溶融塩電解を行った。
【0062】
実施例1では、溶融塩浴SBの組成として、酸化カルシウム濃度を0.1モル%、塩化カリウム濃度を26モル%とし、残部を塩化カルシウムとした。その結果を
図4~7に示す。ここでは、先述したところと重複する説明については省略する。
【0063】
実施例2は、溶融塩浴SBの塩化カリウム濃度を0.3モル%としたことを除いて、実施例1と同様にして電解工程を行った。その結果を
図6及び7に示す。
実施例3は、溶融塩浴SBの塩化カリウム濃度を3モル%としたことを除いて、実施例1と同様にして電解工程を行った。その結果を
図6及び7に示す。
【0064】
比較例1は、溶融塩浴SBの塩化カリウム濃度を0モル%としたこと、つまり溶融塩浴SBに塩化カリウムを添加しなかったことを除いて、実施例1と同様にして電解工程を行った。その結果を
図6及び7に示す。
【0065】
図6より、実施例1~3では、溶融塩浴に塩化カリウムを添加したことにより、比較例1に比して、最頻度電気量電圧V
Qmodeが低下していることが解かる。このことは、実施例1~3のように溶融塩浴への塩化カリウムの添加量を増加させると顕著になる。なお、それにより、二酸化炭素の生成、ひいては二酸化炭素による副反応の発生が抑制されたと推認される(
図3参照)。その結果として、理論電解電気量Q
0に対する電気量Qとの比率(Q/Q
0)が100%という省電力で短時間のうちに、
図6に示すように酸素含有量の少ない金属チタンが得られたと考えられる。実施例1は酸素含有量が2.5質量%、実施例2は酸素含有量が7.0質量%、実施例3は酸素含有量が4.4質量%のチタンがそれぞれ得られた。
【0066】
また
図7に示すように、溶融塩浴への塩化カリウムの添加量の増加に伴い、電解工程で得られる金属チタンの酸素含有量は急激に低下するという結果が得られた。
【0067】
さらに比較のため、比較例2及び3として、溶融塩浴に塩化カリウムを添加せずに、塩化カリウム以外の塩化物を添加して、実施例3と同様にして電解工程をそれぞれ行った。より詳細には、比較例2では、溶融塩浴SBに塩化カリウムに代えて3モル%の塩化リチウムを添加した。比較例3では、溶融塩浴SBに塩化カリウムに代えて3モル%の塩化ナトリウムを添加した。
【0068】
その結果、チタンの酸素含有量は、比較例2で6.8質量%であり、比較例3で7.5質量%であった。一方、比較例2、3の塩化リチウムもしくは塩化ナトリウムと同じ添加量(3モル%)の塩化カリウムを添加した実施例3では、
図7に示すように、チタンの酸素含有量が4.4質量%と十分に少なかった。このことから、溶融塩浴SBには塩化カリウムを添加することが、チタンの酸素含有量を低減する上で有効であることが解かる。
【0069】
上述したところから、この発明によれば、比較的少ない電力で、チタンの酸素含有量を低減できることが解かった。