(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022083980
(43)【公開日】2022-06-06
(54)【発明の名称】無アルカリガラス基板、および無アルカリフロートガラス基板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C03B 18/20 20060101AFI20220530BHJP
C03C 21/00 20060101ALI20220530BHJP
【FI】
C03B18/20
C03C21/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021180815
(22)【出願日】2021-11-05
(31)【優先権主張番号】P 2020194934
(32)【優先日】2020-11-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100168985
【弁理士】
【氏名又は名称】蜂谷 浩久
(74)【代理人】
【識別番号】100148080
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 史生
(74)【代理人】
【識別番号】100149401
【弁理士】
【氏名又は名称】上西 浩史
(72)【発明者】
【氏名】谷井 史朗
(72)【発明者】
【氏名】小林 大介
【テーマコード(参考)】
4G059
【Fターム(参考)】
4G059AA01
4G059AB05
4G059AC16
4G059HB01
(57)【要約】
【課題】板厚が薄く、かつ、強度に優れた無アルカリガラス基板、および無アルカリフロートガラス基板の製造方法の提供。
【解決手段】板厚が0.75mm以下で、ガラス基板の一方の表面側からCs+を一次イオンとした二次イオン質量分析から求まる内部規格化水素カウントの深さ方向プロファイルが所定の条件を満たすことを特徴とする無アルカリガラス基板。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚が0.75mm以下で、ガラス基板の一方の表面側からCs+を一次イオンとした二次イオン質量分析(D-SIMS)を実施し、横軸を前記一方の表面からの深さX(nm)とし、縦軸をH-/Si-二次イオン強度比とした深さ方向プロファイル(プロット間隔:10nm以下)を作成し、前記深さ方向プロファイルから下記(a)~(d)を特定した場合に、下記(c)で求まるc値が-0.0110以下、かつ、下記(d)で求まるs値が1.5以上3.5以下を満たすことを特徴とする無アルカリガラス基板。
(a)前記深さ方向プロファイルにおいて、前記深さXが450nm以上500nm以下の内部領域におけるH-/Si-二次イオン強度比の平均値を算出し、その値を内部水素カウントとする。
(b)前記内部水素カウントを1として規格化したH-/Si-二次イオン強度比を内部規格化水素カウントYとし、横軸を前記深さX(nm)とし、縦軸を前記内部規格化水素カウントYとした深さ方向プロファイルを新たに作成する。
(c)前記(b)の深さ方向プロファイルにおいて、前記深さXが50nm以上150nm以下の最表層領域のプロットから指数近似曲線の式(1)を求め、前記式(1)におけるcをc値とする。
logY=cX+logb (1)
(d)前記(b)の深さ方向プロファイルにおいて、前記深さXが50nm以上450nm以下の表層領域における内部規格化水素カウントYの平均値をs値とする。
【請求項2】
前記(c)で求まるc値が-0.0150以上-0.0110以下を満たす、請求項1に記載の無アルカリガラス基板。
【請求項3】
前記式(1)をおけるbをb値とし、前記(c)で求まるb値が10.0以上25.0以下を満たす、請求項1または2に記載の無アルカリガラス基板。
【請求項4】
ボールオンリング試験で測定した前記一方の表面側の面強度F(N)が、ガラス基板の板厚t(mm)との間で、式(2)を満たす、請求項1~3のいずれか1項に記載の無アルカリガラス基板。
F≧1100×(t/0.7)2 (2)
【請求項5】
成形時に溶融金属と接するボトム面と、前記ボトム面に対向するトップ面とを有するフロートガラス基板であって、
前記トップ面が、前記(c)で求まるc値が-0.0110以下、かつ、前記(d)で求まるs値が1.5以上3.5以下を満たす、請求項1に記載の無アルカリガラス基板。
【請求項6】
浴槽に収容された溶融金属の浴面上に溶融ガラスを連続的に供給してガラスリボンを形成する成形工程を有する無アルカリフロートガラス基板の製造方法であって、
前記成形工程は、前記溶融金属の上方にルーフレンガが設けられており、
前記ガラスリボンの幅方向中央の粘度η(dPa・s)がlogη=7.65未満の上流域では、前記溶融金属と前記ルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%超12.0体積%以下とし、
前記ガラスリボンの幅方向中央の粘度η(dPa・s)がlogη=7.65以上の下流域では、前記溶融金属と前記ルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%以下とする、無アルカリフロートガラス基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無アルカリガラス基板、および無アルカリフロートガラス基板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ等のフラットパネルディスプレイは、更なる薄型化、大型化が要請されている。これに伴い、フラットパネルディスプレイ(FPD)用ガラス基板も更なる薄型化、大型化が要請されている。FPD用ガラス基板には、無アルカリガラスが用いられている。
ガラス基板は、板厚が薄くなると、破損しやすくなるため、更なる強度の向上が求められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ガラス基板の強度を高める方法として、ガラス中のアルカリイオンをイオン交換することにより、ガラス基板の表面に圧縮応力層を形成する方法、すなわち化学強化処理が知られているが、無アルカリガラスは、アルカリ金属酸化物を含まないため、化学強化処理に適さない。
また、ガラス基板の強度を高める方法として、高温のガラス基板に低温の空気を吹き付けてガラス基板の表面に圧縮応力層を形成する方法、すなわち物理強化処理が知られているが、FPD用ガラス基板のように板厚が薄いと、圧縮応力層が形成されにくいため、物理強化処理も適さない。
【0004】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、板厚が薄く、かつ、強度に優れた無アルカリガラス基板、および無アルカリフロートガラス基板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る無アルカリガラス基板は、板厚が0.75mm以下で、ガラス基板の一方の表面側からCs+を一次イオンとした二次イオン質量分析(D-SIMS)を実施し、横軸を上記一方の表面からの深さX(nm)とし、縦軸をH-/Si-二次イオン強度比とした深さ方向プロファイル(プロット間隔:10nm以下)を作成し、上記深さ方向プロファイルから下記(a)~(d)を特定した場合に、下記(c)で求まるc値が-0.0110以下、かつ、下記(d)で求まるs値が1.5以上3.5以下を満たすことを特徴とする。
(a)上記深さ方向プロファイルにおいて、上記深さXが450nm以上500nm以下の内部領域におけるH-/Si-二次イオン強度比の平均値を算出し、その値を内部水素カウントとする。
(b)上記内部水素カウントを1として規格化したH-/Si-二次イオン強度比を内部規格化水素カウントYとし、横軸を上記深さX(nm)とし、縦軸を上記内部規格化水素カウントYとした深さ方向プロファイルを新たに作成する。
(c)上記(b)の深さ方向プロファイルにおいて、上記深さXが50nm以上150nm以下の最表層領域のプロットから指数近似曲線の式(1)を求め、上記式(1)におけるcをc値とする。
logY=cX+logb (1)
(d)上記(b)の深さ方向プロファイルにおいて、上記深さXが50nm以上450nm以下の表層領域における内部規格化水素カウントYの平均値をs値とする。
本発明に係る無アルカリフロートガラス基板の製造方法は、浴槽に収容された溶融金属の浴面上に溶融ガラスを連続的に供給してガラスリボンを形成する成形工程を有する無アルカリフロートガラス基板の製造方法であって、
上記成形工程は、上記溶融金属の上方にルーフレンガが設けられており、
上記ガラスリボンの幅方向中央の粘度η(dPa・s)がlogη=7.65未満の上流域では、上記溶融金属と上記ルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%超12.0体積%以下とし、
上記ガラスリボンの幅方向中央の粘度η(dPa・s)がlogη=7.65以上の下流域では、上記溶融金属と上記ルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%以下とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、板厚が薄く、かつ、強度に優れた無アルカリガラス基板、および無アルカリフロートガラス基板の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】横軸を深さとし、縦軸を内部規格化水素カウントとした例1~6の深さ方向プロファイル(2)を示した図である。
【
図2】横軸を深さとし、縦軸を内部規格化水素カウントとした例1の深さ方向プロファイル(2)を示した図である。
【
図3】例1の深さ方向プロファイル(2)における深さが50nm以上150nm以下の最表層領域のプロットから求めた指数近似曲線を示した図である。
【
図4】例1~6のc値と、BoR平均破壊荷重との関係を示した図である。
【
図5】実施例で使用したフロートガラス製造装置を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[無アルカリガラス基板]
以下、本発明の一実施態様における無アルカリガラス基板について説明する。無アルカリガラスとは、Na2O、K2O等のアルカリ金属酸化物を実質的に含有しないガラスをいう。ここで、アルカリ金属酸化物を実質的に含有しないとは、アルカリ金属酸化物の含有量の合量が0.1質量%以下を意味する。
【0009】
本発明に係る無アルカリガラス基板は、板厚が0.75mm以下であり、FPD用ガラス基板に好適である。板厚が0.55mm以下であってもよい。本発明に係る無アルカリガラス基板は、強度を確保するため、板厚が0.05mm以上が好ましい。
【0010】
本願発明者らは、二次イオン質量分析(D-SIMS)により求める、無アルカリガラス基板の表面付近における水素イオンの深さ方向のプロファイルが、無アルカリガラス基板の強度に影響を及ぼすことを見出した。
【0011】
本願明細書において、D-SIMSによる水素イオンの深さ方向プロファイル(2)は、以下の1)~3)の手順で求める。なお、D-SIMSを実施する前段階の処理として、無アルカリガラス基板表面の有機物汚染を除去するために、必要に応じて、アセトンを用いた洗浄、UVオゾン洗浄、酸素プラズマによる低温灰化処理等を行ってもよい。
【0012】
1)無アルカリガラス基板の一方の表面側からCs+を一次イオンとした二次イオン質量分析(D-SIMS)を実施し、横軸を一方の表面からの深さX(nm)とし、縦軸をH-/Si-二次イオン強度比とした、プロット間隔が10nm以下の深さ方向プロファイル(1)を作成する。
なお、横軸をスパッタ時間から深さXへ変換するためには、一次イオンのスパッタレートを求める必要がある。このスパッタレートは、D-SIMS実施後に形成される分析クレーターの深さを計測することで、求めることができる。
【0013】
2)深さ方向プロファイル(1)において、深さXが450nm以上500nm以下の内部領域におけるH-/Si-二次イオン強度比の平均値を算出して、その値を内部水素カウントとする。
なお、無アルカリガラス基板の表面付近のH-/Si-二次イオン強度比は、深さXに応じて減少するが、深さXが450nm以上500nm以下の内部領域ではほぼ一定になる。
【0014】
3)内部水素カウントを1として規格化したH-/Si-二次イオン強度比を内部規格化水素カウントYとし、横軸を深さX(nm)とし、縦軸を内部規格化水素カウントYとした深さ方向プロファイル(2)を新たに作成する。
【0015】
4)深さ方向プロファイル(2)において、深さXが50nm以上150nm以下の最表層領域のプロットから指数近似曲線の式(1)を求め、式(1)におけるcをc値とする。
logY=cX+logb (1)
式(1)におけるlogYおよびlogbは自然対数である。なお、最表層領域の開始点を深さX=50nmとするのは、深さXが50nm未満の領域は、基板表面の汚染などの影響で、D-SIMSによる検出にばらつきが生じるためである。
【0016】
5)深さ方向プロファイル(2)において、深さXが50nm以上450nm以下の表層領域における内部規格化水素カウントYの平均値をs値とする。
【0017】
本願発明者らが鋭意検討したところ、5)で求まるs値が1.5以上3.5以下の範囲では、4)で求まるc値と、無アルカリガラス基板の強度との間に相関があることが確認された。
本発明に係る無アルカリガラス基板は、4)で求まるc値が-0.0110以下を満たし、5)で求まるs値が1.5以上3.5以下を満たす。c値およびs値が上記を満たしていれば、無アルカリガラス基板が強度に優れる。
【0018】
無アルカリガラス基板が強度に優れる理由について以下のように推測する。
【0019】
D-SIMSにより検出される水素イオンは、ガラスのSi-O-Siネットワークが切断されて形成されたSi-OHに由来する。ガラスのSi-O-Siネットワークが切断された部位を伝わって深さ方向にクラックが進展すると推測する。
【0020】
c値が-0.0110以下を満たしていれば、無アルカリガラス基板の最表層領域において、深さ方向に向けて、H-/Si-二次イオン強度比が急激に低くなる。これは、無アルカリガラス基板の最表層領域において、ガラスのSi-O-Siネットワークが切断された部位が、深さ方向に向けて急激に少なくなることを示している。これにより、深さ方向のクラックの進展が発生しにくくなり、無アルカリガラス基板の強度が向上すると推測する。
【0021】
本発明に係る無アルカリガラス基板は、4)で求まるc値が-0.0150以上-0.0110以下を満たすことが好ましい。
s値が1.5以上3.5以下の範囲において、4)で求まるc値が小さくなるほど、無アルカリガラス基板の強度が向上する傾向がある。その一方で、c値が小さくなりすぎると、無アルカリガラス基板の最表層領域において、ガラスのSi-O-Siネットワークが切断されて形成されたSi-OHが、濃縮している状態となる。この状態では、無アルカリガラス基板の最表層領域において、屈折率が異なる部位が生じるおそれや、扱いキズが生じやすくなるおそれがある。4)で求まるc値が-0.0150以上だと、これらの問題が生じるおそれが低減される。
本発明に係る無アルカリガラス基板は、4)で求まるc値が-0.0150以上-0.0115以下を満たすことがより好ましく、-0.0150以上-0.0120以下を満たすことがさらに好ましい。
【0022】
本発明に係る無アルカリガラス基板は、5)で求まるs値が1.5以上3.0以下を満たすことが好ましく、1.5以上2.6以下を満たすことがより好ましい。
【0023】
本発明に係る無アルカリガラス基板は、式(1)におけるbをb値とし、b値が10.0以上25.0以下を満たすことが好ましい。s値が1.5以上3.5以下の範囲において、b値が小さい場合、c値が大きくなる傾向にあるので、最終的に無アルカリガラス基板の強度が低下するおそれがある。一方、b値が大きい場合、無アルカリガラス基板の最表層領域におけるH-/Si-二次イオン強度比が高くなるので、無アルカリガラス基板の最表層領域と、最表層領域以外の表層領域とで屈折率が異なる部位が生じるおそれや、扱いキズが生じやすくなるおそれがある。b値が10.0以上25.0以下だと、これらの問題が生じるおそれが低減される。
【0024】
本発明の無アルカリガラス基板としては、後述する手順で製造される無アルカリフロートガラス基板が好ましい。無アルカリフロートガラス基板は、成形時に溶融金属と接するボトム面と、該ボトム面に対向するトップ面とが存在する。本発明の無アルカリガラス基板が、無アルカリフロートガラス基板の場合、トップ面が、4)で求まるc値が-0.0110以下、かつ、5)で求まるs値が1.5以上3.5以下を満たすことが好ましい。
【0025】
本願明細書では、無アルカリガラス基板の強度の指標として、ボールオンリング試験で測定した面強度を用いる。
本発明に係る無アルカリガラス基板は、ボールオンリング試験で測定した面強度F(N)が、ガラス基板の板厚t(mm)との間で、式(2)を満たすことが好ましい。
F≧1100×(t/0.7)2 (2)
【0026】
本発明に係る無アルカリガラス基板は、アルカリ金属酸化物を実質的に含有しない限り、幅広い組成から適宜選択できる。なお、アルカリ金属酸化物(R2O)は、ガラス中のSi-O-Siネットワークを切断し、Si-ORとして存在する場合がある。このため、アルカリ金属酸化物を含有するガラス基板は、最表層領域におけるSi-OHだけでなくSi-ORも強度変化に寄与すると予測される。一方、アルカリ金属酸化物を実質的に含有しないガラスは、Si-ORの寄与を考慮する必要がないため、幅広い組成から適宜選択できる。
本発明に係る無アルカリガラス基板の組成の具体例を以下に示す。
【0027】
本発明に係る無アルカリガラス基板の1具体例は、酸化物基準の質量%表示で、SiO2:54~66%、Al2O3:10~23%、B2O3:6~12%、MgO+CaO+SrO+BaO:8~26%を含有する。
以下、本願明細書において、酸化物基準の質量%を単に「%」と記載する。
【0028】
次に、各成分の組成範囲について説明する。
SiO2が54%以上だと、無アルカリガラス基板の歪点が向上し、耐薬品性が良好となる。55%以上が好ましく、57%以上がより好ましく、58%以上がさらに好ましい。
SiO2が66%以下だと、ガラス溶解時の溶解性が良好となる。64%以下が好ましく、62%以下がより好ましく、61%以下がさらに好ましい。
【0029】
Al2O3が10%以上だと、分相が抑えられ、無アルカリガラス基板の歪点が向上する。12%以上が好ましく、14%以上がより好ましく、16%以上がさらに好ましい。
Al2O3が23%以下だと、ガラス溶解時の溶解性が良好となる。22%以下が好ましく、21%以下がより好ましく、20%以下がさらに好ましい。
【0030】
B2O3が6%以上だと、ガラス溶解時の溶解性が良好となり、また、無アルカリガラス基板の耐薬品性が向上する。6.5%以上が好ましく、7%以上がより好ましく、7.4%以上がさらに好ましい。
B2O3が12%以下だと、無アルカリガラス基板の歪点が向上する。11%以下が好ましく、10%以下がより好ましく、9%以下がさらに好ましい。
【0031】
MgO、CaO、SrO、BaOは合量(すなわち、MgO+CaO+SrO+BaO)で8%以上だと、ガラス溶解時の溶解性が良好となる。9%以上が好ましく、10%以上がより好ましく、12%以上がさらに好ましい。
MgO+CaO+SrO+BaOが26%以下だと、無アルカリガラス基板の歪点が向上する。24%以下が好ましく、22%以下がより好ましく、20%以下がさらに好ましい。
【0032】
MgOは、ガラス溶解時の溶解性を向上させるため含有できる。含有量は好ましくは0.1%以上、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは2%以上であり、特に好ましくは3%以上である。
12%以下だと、分相が抑えられるため好ましい。10%以下がより好ましく、8%以下がさらに好ましく、6%以下が特に好ましい。
【0033】
CaOは、ガラス溶解時の溶解性を向上させるため含有できる。含有量は好ましくは0.1%以上、より好ましくは1.5%以上、さらに好ましくは3%以上であり、特に好ましくは3.5%以上である。
12%以下だと、CaO原料である石灰石(CaCO3)中の不純物であるリンの混入が少ないため好ましい。10%以下がより好ましく、8%以下がさらに好ましく、6%以下が特に好ましい。
【0034】
SrOは、ガラス溶解時の溶解性を向上させるため含有できる。含有量は好ましくは0.1%以上、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは3%以上であり、特に好ましくは5%以上である。
16%以下だと、耐酸性が良好であるため好ましい。14%以下がより好ましく、12%以下がさらに好ましく、10%以下が特に好ましい。
【0035】
BaOは溶解性向上のために含有できる。含有量は好ましくは0.1%以上である。
16%以下だと、原料溶解時のセグリゲーションが生じにくくなるため好ましい。13%以下がより好ましく、10%以下がさらに好ましく、7%以下が特に好ましい。
【0036】
本発明に係る無アルカリガラス基板の別の1具体例は、SiO2:54~73%、Al2O3:10.5~24%、B2O3 :0.1~12%、MgO:0~8%、CaO:0~14.5%、SrO:0~24%、BaO:0~13.5%、ZrO2:0~5%、MgO+CaO+SrO+BaO:8~29.5%を含有する。
【0037】
本発明に係る無アルカリガラス基板の別の1具体例において、高い歪点と高い溶解性とを両立する場合、好ましくは、酸化物基準の質量%表示で、SiO2:58~66%、Al2O3:15~22%、B2O3:5~12%、MgO:0~8%、CaO:0~9%、SrO:0~12.5%、BaO:0~2%を含有し、MgO+CaO+SrO+BaO:9~18%である。
【0038】
本発明に係る無アルカリガラス基板の別の1具体例において、特に高い歪点を得たい場合、好ましくは、酸化物基準の質量%表示で、SiO2:54~73%、Al2O3:10.5~22.5%、B2O3:0.1~5.5%、MgO:0~8%、CaO:0~9%、SrO:0~16%、BaO:0~9%、MgO+CaO+SrO+BaO:8~26%である。
【0039】
[無アルカリフロートガラス基板の製造方法]
以下、本発明の一実施態様における無アルカリフロートガラス基板の製造方法について説明する。
本発明に係る無アルカリフロートガラス基板の製造方法は、浴槽に収容された溶融金属の浴面上に溶融ガラスを連続的に供給してガラスリボンを形成する成形工程を有する。溶融金属の浴面上には、溶解炉でガラス原料を溶解させて得た溶融ガラスが供給される。形成されたガラスリボンは、溶融金属の浴面上から引き出されて、徐冷炉で徐冷される。
【0040】
浴槽に収容された溶融金属の上方にはルーフレンガが設けられている。浴槽およびルーフレンガを有するフロートバスについては、例えば、特開2006-16291号公報、特開2016-98160号公報、特開2019-94222号公報に記載されている。
【0041】
溶解炉の側を上流側とし、徐冷炉の側を下流側とするとき、ガラスリボンは、溶融金属の浴面上を上流側から下流側に移動する。この過程で、ガラスリボンの温度が下がり、粘度が上昇する。
【0042】
溶融金属とルーフレンガとの間の空間は、溶融金属の酸化を抑制するため、水素を導入して還元性雰囲気に保持されている。一方、下流側の徐冷炉内は、還元性雰囲気には保持されておらず、雰囲気中には酸素が存在する。
【0043】
フロートバスの構造上、外気や徐冷炉内の酸素が、バス内における溶融金属とルーフレンガとの間の空間に侵入することを完全に防止するのは困難である。溶融金属とルーフレンガとの間の空間に侵入した酸素は、還元性雰囲気中の水素と反応して水を生じる。生じた水がガラスリボンのトップ面と接触すると、ガラスのSi-O-Siネットワークが切断されてSi-OHが形成される。
水とガラスリボンのトップ面との接触時間が長いほど、水がトップ面からより深く侵入して、Si-O-Siネットワークが切断された部位がより深くまで形成される。
【0044】
したがって、水とガラスリボンのトップ面との接触時間を短くすると、水がトップ面から侵入しにくくなる。それにより、Si-O-Siネットワークが切断された部位がより深くまで形成されにくくなる。
水とガラスリボンのトップ面との接触時間を短くするには、溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度を低くすればよい。
【0045】
しかしながら、ガラスリボンの粘度が低い上流域では、溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度と、Si-O-Siネットワークの切断とは関連性が認められない。その理由について、本願発明者らは、以下のように推測する。
【0046】
ガラスリボンの粘度が低い上流域は、ガラスリボンが軟化しており、上流側から下流側に向けてガラスリボンが溶融金属の浴面上を広がっていく。このように、ガラスリボンが軟化している状態では、組成流動が起こるため、ガラスリボンの表面は、Si-O-Siネットワークが切断されても常に新しい状態となる。
【0047】
一方、ガラスリボンの粘度が高い下流域は、ガラスリボンが硬化してきており、組成流動が起こらないため、ガラスリボンの表面は、Si-O-Siネットワークが切断されても新しい状態とならない。そのため、溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度と、Si-O-Siネットワークの切断とは関連性が認められる。したがって、溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度を低くすることで、Si-O-Siネットワークが切断された部位がより深くまで形成されにくくなり、強度に優れた無アルカリフロートガラス基板を得られる。
【0048】
本発明に係る無アルカリフロートガラス基板の製造方法は、ガラスリボンの幅方向中央の粘度η(dPa・s)がlogη=7.65未満の上流域では、溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%超12.0体積%以下とし、ガラスリボンの幅方向中央の粘度η(dPa・s)がlogη=7.65以上の下流域では、溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%以下とする。ここで、logη=7.65をガラスリボンの粘度の指標とするのは、無アルカリガラスの軟化点となる粘度だからである。
【0049】
上流域における溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%超12.0体積%以下とすることにより、溶融金属の酸化を抑制できる。これにより、溶融金属の酸化物に由来するドロス(dross)欠陥を低減できる。
下流域における溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%以下とすることにより、Si-O-Siネットワークが切断された部位がより深くまで形成されにくくなり、強度に優れた無アルカリフロートガラス基板を得られる。下流域における溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度の下限値は、特に限定されないが、0.1体積%以上が好ましい。
なお、上流域および下流域における溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%以下とすると、強度に優れた無アルカリフロートガラス基板を得られるものの、溶融金属の酸化を抑制できず、ドロス(dross)欠陥を低減できない。
【0050】
特開2016-98160号公報に記載のフロートバスでは、ルーフレンガ上の空間に、ガス導入口から還元性ガスとして水素および窒素の混合ガスを導入しており、該空間における部位ごとに導入する混合ガス中の水素の割合を変えている。本発明に係る無アルカリフロートガラス基板の製造方法においても、
図5に示すように、上流域に位置するガス導入口43と、下流域に位置するガス導入口43と、で導入する混合ガス中の水素の割合を変えることにより、溶融金属Mとルーフレンガ30との間の空間の水素濃度を上記範囲に制御できる。例えば、本発明に係る無アルカリフロートガラス基板の製造方法においても、上流域に位置するガス導入口と、下流域に位置するガス導入口からは窒素のみを導入してもよい。
【0051】
本発明の無アルカリフロートガラス基板の製造方法は、成形工程において、ガラスリボンの幅方向中央の粘度(dPa・s)がlogη=7.65未満の上流域では、溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%超12.0体積%以下とし、ガラスリボンの幅方向中央の粘度(dPa・s)がlogη=7.65以上の下流域では、溶融金属とルーフレンガとの間の空間の水素濃度を6.0体積%以下とする以外は常法にしたがって実施すればよい。すなわち、目的とする無アルカリフロートガラス基板の組成となるように調合したガラス原料を溶解炉で溶解して溶融ガラスにした後、成形工程を実施してガラスリボンを形成した後、溶融金属の浴面上から引き出したガラスリボンを徐冷炉で徐冷した後、所望の寸法に切断すればよい。
【0052】
無アルカリフロートガラス基板の用途がFPD用ガラス基板である場合、さらに無アルカリフロートガラス基板の両表面の少なくとも一方を研磨し、無アルカリフロートガラス基板の表面に存在する微小な凹凸やうねりを除去する。この場合、無アルカリフロートガラス基板の両表面のうち、ボトム面のみを研磨することが多い。
【実施例0053】
以下、例を挙げて本発明を詳細に説明する。例1~3は実施例、例4~6は比較例である。ただし、本発明はこれらの例に限定されない。
【0054】
本実施例では、溶解炉、フロートバスおよび徐冷炉を有するフロートガラス製造装置を使用した。
図5は、実施例で使用したフロートガラス製造装置を示す断面図である。ただし、溶解炉および徐冷炉は省略されている。
図5に示すフロートガラス製造装置10は、浴槽20、スパウトリップ22、ツイール23、ルーフレンガ30、ルーフケーシング40、パーティション42、トップロール50、およびヒータ60などを有する。
【0055】
浴槽20は、ガラスリボンGが浮かぶ溶融金属Mを収容する。スパウトリップ22は、ツイール23との間隔に応じた流量の溶融ガラスを、浴槽20に収容された溶融金属Mの浴面上連続的に供給してガラスリボンGを形成する。ルーフレンガ30は、浴槽20の上方に配設され、浴槽20の上方空間21を覆う。浴槽20の上方空間21には、溶融金属Mの酸化を防止するため、ルーフレンガ30の貫通孔31から水素および窒素の混合ガスが供給される。ルーフケーシング40は、ルーフレンガ30との間にルーフケーシング40の内部空間41を形成する。ルーフケーシング40の上部に設けられたガス導入口43から供給された水素および窒素の混合ガスは、ルーフケーシング40の内部空間41に供給された後、ルーフレンガ30の貫通孔31を介して、浴槽20の上方空間21に供給される。パーティション42は、ルーフケーシング40の内部空間41を、ガラスリボンGの流れ方向で上流から順に10セクションに区画しており、セクションごとに水素および窒素の混合ガスの供給量や配合割合を変更できる。トップロール50は、ガラスリボンGの側縁部を支持することにより、ガラスリボンGに対して幅方向に張力を加える。ガラスリボンGの幅方向の収縮が制限でき、薄いガラスリボンGが形成できる。ヒータ60は、ルーフレンガ30の貫通孔31に挿通され、ルーフレンガ30から下方に突出し、ガラスリボンGなどを加熱する。
本実施例では、1~6セクションが上流側、7~10セクションが下流側となるように、浴槽20を通過する溶融ガラスおよびガラスリボンGの温度を設定した。遮蔽板32は、6セクションと7セクションの境目の位置に、ルーフレンガ30から下方に突出するように設置されており、上流と下流の雰囲気を部分的に遮断できる。
例1~6は、それぞれ、上流側のセクション1~6から導入する混合ガス中の水素濃度、および下流側のセクション7~10から導入する混合ガス中の水素濃度を異なる濃度とした。導入された混合ガスはバス内気流により上下流に一部混合されるため、混合後の代表的な雰囲気濃度(上流、下流)として、ガラスリボンの流れ方向に、ガラスリボンの幅方向中央の粘度(dPa・s)がlogη=7.65となる軟化点(約930℃)の前後、それぞれ100℃差の位置(上流側1030℃、下流側830℃)に測定管を設置した。測定管の先端はフロートバスの側端から1m入った位置にあり、熱伝導度式ガス分析計(日本エアーガシス社製CALOMAT)を用いて、吸引した雰囲気の水素濃度を測定した。結果を下記表1に示す。
【0056】
無アルカリガラス組成のガラス原料を溶解炉で溶解させて得た溶融ガラスを、フロートバスでガラスリボンに成形し、徐冷炉でガラスリボンを徐冷した後、切断して板厚0.7mmの無アルカリガラス基板を得た。無アルカリガラス基板は、酸化物基準の質量%表示で、SiO2:60%、Al2O3:17%、B2O3:8%、MgO:3%、CaO:4%、SrO:8%を含有する。
【0057】
得られた無アルカリガラス基板のトップ面に対し、D-SIMSを実施し、上記1)~3)の手順にしたがって深さ方向プロファイル(2)を求めた。
図1は、横軸を深さとし、縦軸を内部規格化水素カウントとした例1~例6の深さ方向プロファイル(2)を示した図である。
さらに、上記4)の手順にしたがって、深さ方向プロファイル(2)において、深さが50nm以上150nm以下の最表層領域のプロットから指数近似曲線の式(1)を求めた。
図2は、例1の深さ方向プロファイル(2)を示した図であり、
図3は、例1の深さ方向プロファイル(2)における深さが50nm以上150nm以下の最表層領域のプロットから求めた指数近似曲線を示した図である。式(1)から求まるc値は-0.0117、b値は16.0であった。
さらに、上記5)の手順にしたがって、深さ方向プロファイル(2)において、深さ50nm以上450nm以下の表層領域における内部規格化水素カウントの平均値であるs値を求めたところ、2.3であった。
なお、D-SIMSの測定条件は以下の通りとした。
装置:アルバック・ファイ社製 ADEPT1010
一次イオン種:Cs
+
一次イオンの加速電圧:5kV
一次イオンの電流値:100nA
一次イオンの入射角:試料面の法線に対して60°
一次イオンのラスターサイズ:300×300μm
2
モニターした二次イオン:
1H
-、
30Si
-
二次イオンの検出領域:90×90μm
2(一次イオンのラスターサイズの9%)
中和銃の使用:有
横軸をスパッタ時間から深さXへ変換する方法:分析クレーターの深さを触針式表面形状測定器(Veeco社製Dektak150)によって測定し、一次イオンのスパッタレートを求めた。このスパッタレートを用いて、横軸をスパッタ時間から深さXへ変換した。
プロット間隔:5nm以下
1H
-検出時のField Axis Potential:バックグラウンドが十分にカットされるように値を設定した。
測定チャンバーの真空度:5.0×10
-9Torr以下
例2~6についても同様の手順でc値、b値、およびs値を求めた。結果を下記表1に示す。
装置は、AMETEK CAMECA社製のIMS 7fでもよい。
【0058】
例1~6で得られた無アルカリガラス基板を用いて、直径30mm、R=2.5mmのSUS製リングと直径10mmのSUS製ボールとを用いたボールオンリング(BoR)法にて破壊荷重の測定を5回実施し、それらの測定結果からBoR平均破壊荷重を求めた。結果を下記表1に示す。また、例1~6のc値と、BoR平均破壊荷重との関係を
図4に示した。
【0059】
【0060】
上流域水素濃度が6.0体積%超12.0体積%以下、下流域水素濃度が6.0体積%以下を満たす例1~3の無アルカリガラス基板は、いずれもc値が-0.0110以下、s値が1.5以上3.5以下を満たしていた。例1~3の無アルカリガラス基板は、BoR平均破壊荷重が1100N以上であり、面強度に優れている。
下流域水素濃度を6.0体積%超の例4~6の無アルカリガラス基板は、いずれもc値が-0.0110超であり、BoR平均破壊荷重が1100N未満であり、面強度に劣っている。