(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022086046
(43)【公開日】2022-06-09
(54)【発明の名称】強化白金合金及び強化白金合金の製造方法、並びにガラス製造装置
(51)【国際特許分類】
C22C 5/04 20060101AFI20220602BHJP
C22F 1/14 20060101ALI20220602BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20220602BHJP
B22F 1/14 20220101ALI20220602BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220602BHJP
【FI】
C22C5/04
C22F1/14
B22F1/00 K
B22F1/02 F
C22F1/00 603
C22F1/00 612
C22F1/00 623
C22F1/00 630K
C22F1/00 650A
C22F1/00 672
C22F1/00 621
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691Z
C22F1/00 631B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020197842
(22)【出願日】2020-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】宮下 敬史
(72)【発明者】
【氏名】丸山 和雄
(72)【発明者】
【氏名】柳舘 達也
(72)【発明者】
【氏名】辛嶋 大勇
(72)【発明者】
【氏名】小林 優輔
(72)【発明者】
【氏名】沼崎 健志
(72)【発明者】
【氏名】水野 雄史
(72)【発明者】
【氏名】青野 雅広
(72)【発明者】
【氏名】八木 章平
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA02
4K018BA01
4K018BB04
4K018BC18
4K018CA02
4K018EA01
4K018FA01
4K018FA08
4K018KA07
(57)【要約】 (修正有)
【課題】酸化物分散強化型の強化白金合金について、ガラス製造装置等に適用した際に発生し得る割れ等の損傷を有効に回避可能なものを提供する。
【解決手段】本発明は、Pt又はPtRh合金からなるマトリックス中に添加元素の酸化物からなる分散粒子が分散してなる強化白金合金に関する。この強化白金合金は、添加元素として必須的に0.04質量%以上0.25質量%以下のZrを含み、残部が前記マトリックスの構成金属と酸素及び不可避不純物とからなる。そして、本発明の強化白金合金は、1400℃で応力10MPaの高温クリープ試験によるクリープ破断時間が100時間以上であり、且つ、常温引張試験における破断伸びが35%以上であることを特徴とする。本発明は、強度と柔軟性という本来は相反する特性を好適なバランスで有する白金系材料である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pt又はPtRh合金からなるマトリックス中に添加元素の酸化物からなる分散粒子が分散してなる強化白金合金において、
前記強化白金合金は、前記添加元素として必須的に0.04質量%以上0.25質量%以下のZrを含み、残部が前記マトリックスの構成金属と酸素及び不可避不純物とからなり、
1400℃で応力10MPaの高温クリープ試験によるクリープ破断時間が100時間以上であり、
且つ、常温引張試験における破断伸びが35%以上であることを特徴とする強化白金合金。
【請求項2】
添加元素として0.04質量%以上0.12質量%以下のZrを含み、
1400℃で応力20MPaの高温クリープ試験によるクリープ歪速度が3×10-5%/sec以上3×10-4%/sec以下である請求項1記載の強化白金合金。
【請求項3】
添加元素として0.12質量%超0.25質量%以下のZrを含み、
1400℃で応力20MPaの高温クリープ試験によるクリープ破断時間が20時間以上である請求項1記載の強化白金合金。
【請求項4】
添加元素として、更に、Y、Ce、Sc、Hfの少なくともいずれかを含み、添加元素の合計含有量が0.04質量%以上0.25質量%以下である請求項1~請求項3のいずれかに記載の強化白金合金。
【請求項5】
強化白金合金の酸素含有量は、前記添加元素の酸化物に起因する理論酸素含有量に対して1.0倍以上2.0倍以下である請求項1~請求項4のいずれかに記載の強化白金合金。
【請求項6】
請求項1~請求項5のいずれかに記載の強化白金合金の製造方法であって、
添加元素として必須的に0.04質量%以上0.25質量%以下のZrを含み、残部がPt又はPt及びRhと不可避不純物とからなる白金合金粉末を製造する工程と、
前記白金合金粉末を800℃以上1400℃以下で加熱して酸化処理する工程と、
前記酸化処理後の白金合金粉末を成型する工程と、
成型後の白金合金インゴットをアニールする工程と、を含み、
前記酸化処理は、前記白金合金粉末を自然載置した状態で、酸素含有量が50%以上100%以下の処理雰囲気中で加熱する工程である強化白金合金の製造方法。
【請求項7】
請求項1~請求項5のいずれかに記載の強化白金合金からなるガラス製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種ガラス材料の製造装置の構成材料として好適な強化白金合金に関する。特に、Zrを必須の添加元素とし、添加元素の酸化物粒子が微細に分散した粒子分散型の強化白金合金に関する。
【背景技術】
【0002】
光学ガラス、ガラス繊維等の各種ガラス材料の製造装置の構成材料として、従来から酸化物粒子分散型の強化白金合金が使用されている。ガラス材料の製造では、1000℃以上の高温で溶解した溶融ガラスを清澄・攪拌した後に成形・紡糸等されて製造される。こうした高温の素材を取り扱う塔槽類(熔解槽等)、攪拌媒体(スターラー)、紡糸用ブッシング等においては、高温下での変形や割れ等の損傷を回避可能な良好な高温強度、耐高温クリープ性が要求される。強化白金合金は、白金又は白金合金(PtRh合金等)からなるマトリックスに、Zr、Y、Ce等の添加元素の酸化物を微細に分散させた合金材料である。マトリックスである白金及びその合金は、高融点金属であると共に化学的安定性にも優れる。そして、白金等に対して、酸化物粒子による粒子分散強化による強度アップが図られた強化白金合金は、より高い高温強度、耐高温クリープ性を備える。そのため、ガラス製造装置の稼動中における変形、損傷が抑制されると共に、溶融ガラスを汚染するおそれも低い。
【0003】
強化白金合金の製造方法としては、酸化処理され、酸化物粒子が分散した白金合金粉末を前駆体とした粉末冶金法が知られている。粉末冶金法では、まず、熔解鋳造により白金と添加元素とからなる白金合金を製造し、これをアトマイズして白金合金粉末(アトマイズ粉末)を製造する。そして、白金合金粉末を酸化処理して添加元素を酸化物粒子とした後、白金合金粉末を圧縮成形し、適宜に鍛造加工や圧延加工することで強化白金合金が製造される。本願出願人は、強化白金合金について、添加元素の種類や組成範囲等の材料構成面と製造プロセスの双方でこれまで多くの検討を行っている(特許文献1~特許文献6)。そして、それらから得られた知見から、ガラス製造装置用の有効な強化白金合金の製品化することにも成功している(本願出願人による強化白金合金製品として、例えば、nanoplat(登録商標)シリーズがある)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平06-336631号公報
【特許文献2】特開平08-134511号公報
【特許文献3】特開2000-160268号公報
【特許文献4】特開2006-057164号公報
【特許文献5】WO2002/083961号国際公開パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記した従来技術においては、いずれも、強化白金合金の高温強度の上昇、耐高温クリープ性の改善を目的としつつ、材料組成の調整や製造プロセスの改善を行うものである。これらにより完成された従来の強化白金合金が、上述の各種のガラス製造装置に適用されている。
【0006】
従来の強化白金合金の適用に関して上述したガラス製造装置は、ほとんどの場合において変形や割れ等の破損がなく安定的に稼働している。しかし、一部のガラス製造装置においては、予期せぬタイミングで割れが生じることがあることが確認されている。この特定のトラブルは、溶融ガラスの熔解槽の底部において発現する傾向があることも確認されている。熔解槽における割れ発生に対しては、補修対応での継続使用も可能であるが、一時的なものであって装置の交換が必要となり、その短寿命化が懸念されている。
【0007】
このような一部のガラス製造装置でみられる強化白金合金の割れの要因は、必ずしも明らかではない。割れが発生した材料には、割れが発生しない他のガラス製造装置で使用される材料と構成上明確な相違が見られないからである。また、使用条件についても、ガラス製造装置の各種部材には使用温度や雰囲気等に大差はない。そして、各部材の形状や厚さ等の寸法は、各用途に対応した設計がなされていることからも使用条件が要因となるとは考え難い。
【0008】
本発明は、以上のような背景のもとになされたものであり、酸化物分散強化型の強化白金合金について、ガラス製造装置に適用した際に発生し得る割れ等の損傷の要因を明らかにすると共に、これを有効に回避可能なものを提供することを目的とする。また、この強化白金合金を使用するガラス製造装置を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決すべく本発明者等は、まず、一部のガラス製造装置で見られる破損の要因について検討した。その結果、従来の強化白金合金は、適用されるガラス製造装置によっては強度が高過ぎるために割れが生じ易い状態にあると考察した。本発明者等によれば、強化白金合金の割れの問題は、熔解槽の底部、特に底部外周に集中して発生することが確認されている。強化白金合金からなる熔解槽は、板材の絞り加工によって製造されることが多い。そして、熔解槽の底部外周は断面がR状になっており、この部分において特に加工度が高くなる。強化白金合金は、酸化物の分散効果によって、分散粒子のない熔解材よりも高い強度を獲得している。しかし、高強度である分、加工抵抗が大きく加工度の増大によって歪や転位等の格子欠陥が蓄積し易い状態にあるといえる。そのため、熔解槽の底部外周は割れの起点となり易い傾向があるといえる。
【0010】
そして、ガラス製造プラントの操業時の温度変化に起因する負荷によって割れの発生及び進展が生じる。ガラス製造プラントの熔解槽は、ガラス原材料を熔解して溶融ガラスを製造し、次工程に送るための装置であり、熔解中の溶融ガラスに原材料が追加投入されることがある。原材料の投入の際には溶融ガラスの温度低下が生じる。また、ガラス製造プラントで製造されるガラス種は、常に同じとは限らず需要に応じて変更される。そのため、熔解槽が熔解するガラス種は変化するが、こうしたガラス種の変更も温度変化の要因となる。更に、装置の稼働と停止のサイクルも温度変化の要因となる。以上のような各種の要因によるガラス製造装置での温度変化は、熱応力を引き起こすこととなる。こうした熱応力の発生は、熔解槽に限定されることではない。しかし、上述のように割れの起点を含む熔解槽の底部外周においては、熱応力の影響を受けやすく、割れが生じ易いと考えられる。
【0011】
以上のように、本発明者等はガラス製造装置(熔解槽)において発生する割れの要因として、その構成材料である強化白金合金の強度が過度に高い点にあると考察した。この点、従来の強化白金合金の開発における主題事項は、高温クリープ特性の向上に偏りがちな傾向にあったといえる。しかし、以上のような考察によれば、単純に高温強度を上昇させることが有効とは言い難い。割れ発生の抑制の手段としては、むしろ柔軟性の付与を優先すべきであり、過度の高温強度や耐高温クリープ性は抑制されるべきであると考察される。
【0012】
強化白金合金の高温強度及び耐高温クリープ性を抑える方法としては、添加元素の含有量を減らして分散粒子の量を減少させることが挙げられる。もっとも、如何に高温強度や耐高温クリープ性の抑制が柔軟性付与のために必要であるからといって、それらを過度に低下させることが好ましいとは言い難い。特に、耐高温クリープ性が低過ぎる白金合金では、高温下における変形モードが単純な高温変形となり、荷重のみで装置の変形・破損を生じさせるおそれがある。上記した溶融ガラスの熔解槽の例においては、底部以外の部分での変形等を生じさせかねない。
【0013】
そこで、本発明者等は、添加元素の含有量を最小限とすることで、必要十分といえる耐高温クリープ性を確保しつつ、上記した加工による歪等が蓄積し難い柔軟性を有する強化白金合金を開発すべく、その製造プロセスの再検討からアプローチした。そして、鋭意検討の結果、添加元素含有量の上限を制限すると共に、高温及び常温における所定の特性を有する強化白金合金において、上記課題を解決することができることを見出し本発明に想到した。
【0014】
上記課題を解決する本願発明は、Pt又はPtRh合金からなるマトリックス中に添加元素の酸化物からなる分散粒子が分散してなる強化白金合金において、前記強化白金合金は、前記添加元素として必須的に0.04質量%以上0.25質量%以下のZrを含み、残部が前記マトリックスの構成金属と酸素及び不可避不純物とからなり、1400℃で応力10MPaの高温クリープ試験によるクリープ破断時間が100時間以上であり、且つ、常温引張試験における破断伸びが35%以上であることを特徴とする強化白金合金である。
【0015】
上記の通り、本発明に係る強化白金合金は、Zrを必須添加元素としてその含有量の上限を0.25質量%に制限しながら、比較的高い高温強度(耐高温クリープ性)を具備する。その一方で、本発明の強化白金合金は、常温における引張伸び(破断歪)が大きく柔軟性を有する白金材料となっている。以下、本発明に係る強化白金合金の構成及び特徴について説明する。
【0016】
(I)本発明に係る強化白金合金の構成
(I-1)本発明に係る強化白金合金の構成元素・組成
本発明に係る強化白金合金の構成元素は、Zrを必須添加元素とする添加元素と、マトリックスの構成元素であるPt又はPt及びRhと、酸素及び不可避不純物である。
(1)添加元素
添加元素は、強化白金合金中で酸化物の形態で存在し、分散粒子として合金の強化に寄与する。Zrを必須の添加元素とするのは、Zr酸化物(ZrO2)は、熱膨張係数が比較的Ptに近いことによる。また、Zr酸化物は、溶融ガラスに対して着色等の悪影響を及ぼし難いからである。更に、ZrはPtよりも酸化物生成自由エネルギーが低いことから、分散粒子の形成が容易である。後述の通り、本発明においては、合金中に微量に含まれる添加元素を高度に酸化して超微細の酸化物を形成することが求められる。以上の特性及び要求に応じるため、Zrは必須の添加元素となる。
【0017】
Zrは、白金合金を強化するための元素であるが、柔軟性に関連する常温における引張伸び(破断歪)を確保する観点から見ても有用な添加元素である。本発明では、高温クリープ特性と常温引張伸びの双方を一定以上とするが、このようなバランスに優れた白金合金を得る上でZrは必須の添加元素である。この点、従来から強化白金の添加元素として知られるY等にはZrのような作用はない。Zrに替えてY等のみを添加しても高温クリープ特性の向上は見られても、常温引張伸びについての改善効果は乏しい。後述の通り、本発明では、Y等の添加は、Zrと共に補助的に添加されることのみが許容される。
【0018】
必須添加元素であるZrの含有量は、強化白金合金全体の質量を基準として0.04質量%以上0.25質量%以下とする。添加元素の含有量が0.04質量%未満の場合、添加元素及びその酸化物による強化作用に乏しく、高温強度が低くなる。必要十分な高温強度の確保という本発明の課題を考慮すれば、Zr含有量は0.04質量%以上必要となる。
【0019】
そして、Zr含有量の増大に伴い、強化白金合金の高温強度は上昇するものの、一定以上のZrの添加により高温強度は低下することとなる。また、Zrや後述する他の添加元素の含有量が大きくなると、溶接性の悪化が懸念される。溶接性の悪化とは、溶接時の溶接金属(ビード)での酸化物によるスラグ(ノロ)の発生や、酸化物による溶湯の安定性低下や、酸化物の凝集発生等である。これまで述べたとおり、本発明では必要十分な高温強度の確保を課題とすることから、高温強度の低下傾向や溶接性の悪化等が生じるまでZrを添加する必要はないといえる。そこで、本発明ではZrの含有量の上限を0.25質量%とする。
【0020】
尚、本発明におけるZrの含有量は上記範囲の通りとするが、この範囲内におけるZrの含有量によって、本発明の強化白金合金は更に特徴付けられる。この点については、後述するクリープ歪速度に関する説明において詳述する。
【0021】
また、本発明では、Zr以外の添加元素としては、Y、Ce、Sc、Hfの少なくともいずれかを添加することができる。本願出願人によるこれまでの知見から、これらの元素の酸化物粒子も強化白金合金の強化因子として高温クリープ特性の向上には作用し得るからである。これらの他の添加元素の添加量は、Zrとの合計含有量として0.04質量%以上0.25質量%以下とする。但し、これらの他の添加元素の添加は必須ではない。本発明においては、添加元素としてZrのみを添加した強化白金合金であっても良い。
【0022】
(2)マトリックス構成元素(Pt、Rh)
本発明に係る強化白金合金は、Pt又はPtRh合金をマトリックスとした分散強化型合金である。よって、Pt又はPt及びRhは、本発明において主要な構成元素である。マトリックスとしてPtに加えPtRh合金が適用されるのは、マトリックスの強度向上のためである。マトリックスをPtRh合金とする場合、Rhの含有量は、5質量%以上40質量%以下であるものが好ましく、5質量%以上20質量%以下がより好ましい。
【0023】
(3)酸素
酸素は、強化白金合金中でZr等の添加元素と共に酸化物の形態で存在する。よって、酸素は必須的に含まれる元素といえる。強化白金合金の酸素の含有量は、添加元素の含有量、合金製造工程における酸化処理の条件、酸化処理前の白金合金中の不可避不純物の含有量等によって変化する。そして、本発明に係る強化白金合金の酸素含有量は、Zr等の添加元素の酸化物に起因する理論酸素含有量に対して1.0倍以上2.0倍以下であることが好ましい。理論酸素含有量とは、強化白金合金中の添加元素が全て酸化物を生成したと仮定したときの合金中の酸素原子濃度である。理論酸素含有量の算出は、各添加元素の酸化物が化学量論組成の酸化物(ZrO2、Y2O3、CeO2等)であるとして、各添加元素の含有量に基づき計算される。
【0024】
本発明においては、添加元素の含有量を制限して、必要にして十分な高温強度を確保し、強化白金合金の強度が過剰に高くなることを回避している。もっとも、強度が低くなり過ぎることも好ましいことではない。このため、制限量の添加元素をできるだけ酸化物とすることで適正な強度が確保する必要がある。本発明において、強化白金合金の酸素含有量が理論酸素含有量に対して1.0倍未満の場合は、未酸化の添加元素が存在する蓋然性が高くなる。一方、上記の理論酸素含有量の定義から、強化白金合金が含み得る酸素には限界がある。また、不可避不純物が酸化することによる酸素の存在も考慮すべきである。このことから、理論酸素含有量に対する比率の上限は2.0倍とする。
【0025】
尚、不可避不純物の影響により、強化白金合金の酸素含有量と理論酸素含有量との差(乖離)は、Zr等の添加元素含有量が低くなればなる程、大きくなる傾向がある。原料や製法が同じであれば、不可避不純物の種類・含有量は、添加元素の量に左右されないと考えるべきだからである。例えば、Zr含有量が0.04質量%(400ppm)であり400ppmの不可避不純物を含む強化白金合金があったとする。この強化白金合金でZr及び不可避不純物の全てが酸化していたと仮定すると、その酸素含有量は理論酸素含有量の2.0倍となり得る。この強化白金合金と同じ原料・製造工程で、Zr含有量が0.08質量%(800ppm)の強化白金合金を製造したとき、不可避不純物の含有量は同じとなり、前記と同様にZr及び不可避不純物の全てが酸化したと仮定すると、酸素含有量は理論酸素含有量の1.5倍となり得る。この例示のように、強化白金合金の合計酸素含有量は、添加元素量が低い場合に不可避不純物の影響を受けることとなる。但し、上記の例示で示した理論酸素含有量に対する比率は、あくまでも一例である。実際には、不可避不純物の種類やZr以外の添加元素の有無や種類によって、理論酸素含有量に対する比率は、1.0倍以上2.0倍以下の範囲内で多様な値を示し得る。
【0026】
強化白金合金の酸素含有量については、現在においては比較的正確な分析手段として酸素・窒素分析法が知られており、本発明でも適用可能である。尚、本発明に係る強化白金合金の酸素含有量は、合金の強度にある程度の影響を及ぼしているが、酸素含有量のみが本発明の特徴を説明するものではない。この点については、後に詳述する。
【0027】
(4)不可避不純物
本発明に係る強化白金合金の不可避不純物としては、Al、Fe、Co、Ni、Si、W等が挙げられる。また、Pd、Au、Ag、Ir、Ru等の貴金属も不可避不純物となり得る。更に、マトリックスをPt(純Pt)とする場合には、上記に加えてRhも不可避不純物となり得る。これらの不可避不純物は、母合金を製造する際の各原料金属(Pt、Rh)に含まれる不純物に由来する他、圧縮成形や鍛造加工等の加工装置から混入することもある。もっとも、後述の通り、本発明に係る強化白金合金は、白金合金粉末の湿式粉砕処理や脱ガス処理を必須としない比較的シンプルな工程で製造可能であることから、製造過程での不純物混入は低減されている。これらの意図されずに含まれる不可避不純物の含有量は、合計で500ppm以下とすることが好ましい。
【0028】
(I-2)本発明に係る強化白金合金の材料組織
強化白金合金は、白金又は白金合金をマトリックス(母相)とし、ここに酸化物粒子が分散する材料組織を示す。本発明に係る強化白金合金も同様であり、Pt又はPtRh合金からなるマトリックス中にZrを必須とする添加元素の酸化物粒子が分散している。
【0029】
本発明において、通常の観察方法で測定可能な酸化物粒子の平均粒径は、1μm以下であることが好ましい。酸化物粒子による分散強化は、微細な粒子を高度に分散することで作用する。また、酸化物粒子の平均粒径の下限値については、通常の観察方法で測定可能な酸化物粒子を対象とするのであれば、0.01μm以上とするのが好ましい。尚、通常の観察方法とは、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)等の電子顕微鏡による観察方法である。粒径の測定法としては2軸平均や円相当径によることができる。強化白金合金における酸化物粒子は、球形に近い形状をしていることが多いため、粒径の測定方法は限定する必要はない。
【0030】
但し、本発明者等の推定によれば、本発明に係る強化白金合金においては、上記通常の観察方法では検知が困難な酸化物粒子が存在していると考えられる。本発明では、極微量の添加元素含有量が設定されており、酸化前の母合金中の添加元素は、原子レベルで微細な状態で固溶していると考えられる。このような添加元素も、適切な酸化処理により酸化物粒子を生成することができるが、これを明確に観察することは困難であり、その粒径の測定はし難い。そのような超微細の酸化物粒子が、通常の方法で観察可能な酸化物粒子に対して、どの程度存在しているかは不明である。但し、本発明者等は、この超微細の酸化物粒子が、強化白金合金の材料組織の改善や常温域における材料の柔軟性獲得に作用していると考察している。強化白金合金が高温強度に優れる理由としては、酸化物粒子による分散強化に加えて、マトリックスの材料組織にもある。強化白金合金のマトリックスは、アスペクト比の大きい木の葉形状の結晶粒が交互に積層した材料組織を呈する。本発明では、上記の超微細の酸化物粒子がマトリックスを、かかる好適な材料組織に効率的に改善していると推定する。このような超微細な酸化物粒子の効果は、通常の酸化物粒子の効果(分散強化)と同時に発揮されているか、又はそれとは別に発揮されていると考察する。そして、この超微細な酸化物粒子は、観察困難であることから、その構成を特定することはできない。
【0031】
(II)本発明に係る強化白金合金の物性
上記のとおり、本発明に係る強化白金合金は、高温クリープ試験によるクリープ特性(クリープ破断時間)と、常温引張試験における引張特性(破断伸び)の双方を規定することで特定される。
【0032】
(II-1)高温クリープ特性
本発明に係る強化白金合金は、1400℃で応力10MPaの高温クリープ試験によるクリープ破断時間が100時間以上であることを要する。本発明に係る強化白金合金は、従来の強化白金合金で問題が生じていた要因として、高すぎる高温強度を見出したことからなされた発明である。但し、高温強度を過度に低下させることは好ましくない。本発明では、必要且つ最適な高温強度として、上記したクリープ試験によるクリープ破断時間を規定する。このクリープ試験の条件として、温度1400℃とし、応力10MPaとしたのは、熔解槽等の使用温度や負荷応力を想定しつつ、それよりも大きな負荷を課すためである。
【0033】
上記した本発明に係る強化白金合金の高温クリープ特性は、従来の強化白金合金の高温クリープ特性を明瞭に超えることはないが、ほぼこれに匹敵する値を示し、その差はわずかとなっている。本発明では、必要十分な高温強度を確保は目的の一つであることから、従来技術に対して明確に高い高温クリープ特性を示すことを要しない。
【0034】
尚、上記のクリープ特性の測定・評価に関しては、一般的な高温クリープ試験が適用できる。高温クリープ試験は、例えば、日本工業規格JIS Z 2271「金属材料のクリープ及びクリープ破断試験方法」で規定される試験方法が適用できる。そして、高温クリープ試験により得られるクリープ曲線(応力-破断時間)から、所定応力における破断時間を測定することができる。上記した応力10MPaにおける破断時間も、作成されたクリープ曲線に基づき得ることができる。尚、応力10MPaにおける破断時間を特定する際には、当該応力における実測値を適用しても良いが、上記クリープ曲線に基づいて当該応力における破断時間を外挿又は内挿して求めても良い。
【0035】
(II-2)常温引張特性
本発明に係る強化白金合金は、上記高温クリープ特性に加えて、常温引張試験における破断伸びが35%以上であることを要する。この破断伸び特性は、常温における材料の柔軟性・柔らかさを示唆する特性である。本発明に係る強化白金合金は、常温での柔軟性を獲得することで、加工によって導入される歪や格子欠陥の蓄積を抑制することができる。熔解槽等のガラス製造装置は、通常、常温での加工で製造される。上記の通り、熔解槽は絞り加工で製造されることが多く、底面外周部の加工度が高くなる。本発明によれば、加工によるダメージの蓄積が少ない熔解槽等の製造が可能となり、それらの稼働中の割れ破損を抑制できる。
【0036】
上記従来の酸化物粒子が分散した強化白金合金において、高温強度を高めつつ、常温引張試験における破断伸びを35%以上とすることは困難である。この破断伸びは、分散粒子のないPt(純Pt)の熔解材と同等以上の値である。本発明において、常温引張試験による破断伸びは、40%以上がより好ましい。尚、如何に柔軟性を有するとしても、破断伸びには限界があるといえるので、破断伸びの上限としては60%以下が想定される。
【0037】
尚、高温クリープ特性と同様に、常温引張特性の測定・評価についても一般的な方法が適用される。例えば、日本工業規格ではJIS Z 2241「金属材料引張試験方法」が規定されている。そして、破断歪は、常温引張試験により得られる応力-歪曲線から測定可能である。
【0038】
(II-3)高温クリープ特性と常温引張特性とを両立させることの技術的意義
上述の通り、本発明に係る強化白金合金は、高温域では従来の分散粒子による強化白金合金としてのクリープ強度を有する一方、常温域では柔軟性を有する白金合金である。一般的には、強度と柔軟性とは相反する性質であり、本発明はそれら双方に関する物性値をバランス良く有する白金系材料である。
【0039】
このような特徴は、上記した極微細の酸化物の分散とこれによるアスペクト比の良化、後述する好適な酸化処理によって生成するアトマイズ粉末の状態等、複数の因子が有機的に関与して発現すると考察される。これらの因子には、特定が困難なものも含まれる可能性がある。本発明は、このような考察に基づき、本発明に係る強化白金合金の最適な特定方法として、高温クリープ特性及び常温引張特性の双方を適用する。
【0040】
(II-4)Zr含有量に基づく物性変化
これまで述べた通り、本発明に係る強化白金合金は、Zr含有量を0.04質量%以上0.25質量%以下とする。本発明に係る強化白金合金は、この範囲内におけるZr含有量の調整により、上記した高温クリープ特性と常温引張伸びを維持しつつ、他の物性又は高温クリープ特性の更なる向上のいずれかの物性を獲得できる。
【0041】
Zr含有量を0.04質量%以上0.12質量%以下とする強化白金合金は、常温域での柔軟性に加えて高温域での柔軟性を得ることができる。高温域での柔軟性とは、具体的にはクリープ歪速度の上昇が挙げられる。クリープ歪速度は、材料がクリープ変形するときの時間に対する変形(歪)の速さ(dε/dt)である。クリープ歪速度は、熱応力を吸収して変形に変換する能力に関連し、応力緩和速度ともいうべき指標である。クリープ歪速度が大きい、応力緩和しやすい材料とすることで、熱応力による割れ・破断を抑制することができる。
【0042】
本発明に係る強化白金合金においては、Zr含有量を0.04質量%以上0.12質量%以下とした場合、1400℃で応力20MPaの高温クリープ試験によるクリープ歪速度が1×10-5%/sec以上とすることが好ましい。より好ましくは、3×10-5%/sec以上とする。このように、クリープ歪速度を大きくすることで、高温域における熱応力に対して、割れ・破断がさらに抑制された強化白金合金とすることができる。特に、このクリープ歪速度の規定は、繰り返しの熱応力を受ける場合において有用であり、熱疲労に対する耐性の向上が期待できる。尚、このクリープ歪速度の上限については、1×10-3%/sec以下に設定するのが好ましい。クリープ歪速度が高すぎると、熱応力の吸収を超えて、通常のクリープ変形ではなく高温変形が生じるおそれがあるからである。
【0043】
一方、本発明において、Zr含有量を0.12質量%超0.25質量%以下とする強化白金合金は、より高い高温クリープ強度とすることができる。本発明では、1400℃で応力10MPaの高温クリープ試験によるクリープ破断時間が100時間以上であることを前提とするが、Zr含有量を0.12質量%超と高めることで、この前提条件よりもクリープ破断時間が増大する。具体的には、10MPaの荷重では500時間以上の破断時間を得ることができる。
【0044】
但し、Zr含有量を0.12質量%超0.25質量%以下とする本発明の強化白金合金に関しては、高温クリープ特性(クリープ破断時間)の判定基準となる荷重(応力)を20MPaとすることが好ましい。高温クリープ特性が高い強化白金合金の破断時間をクリープ曲線に基づき算出するとき、応力を10MPaとすると、値が大きくなり過ぎて正確に判定できない場合があるからである。そして、Zr含有量を0.12質量%超0.25質量%以下とする本発明の強化白金合金の高温クリープ特性は、1400℃で応力20MPaの高温クリープ試験によるクリープ破断時間は20時間以上であることが好ましい。このように、本発明においてZr含有量を高めた強化白金合金は、柔軟性を有する上に、高温クリープ特性が特に優れる。この強化白金合金は、ガラス製造装置において加工による歪蓄積をさほど考慮しない装置・部材や高温クリープ強度が優先される装置・部材において有用といえる。
【0045】
上記のように、本発明に係る強化白金合金ではZr含有量の区分による物性の差異はあるが、いずれにおいても前提となる高温クリープ特性と柔軟性は保持される。即ち、いずれの強化白金合金も1400℃で応力10MPaの高温クリープ試験によるクリープ破断時間が100時間以上であり、且つ、常温引張試験における破断伸びが35%以上の条件を具備する。それぞれのZr含有量の領域におけるクリープ破断時間のより好適な値は、Zr含有量が0.04質量%以上0.12質量%以下の強化白金合金は、応力10MPaで200時間以上が好ましく、その上限としては2000時間以下が好ましい。また、Zr含有量を0.12質量%超0.25質量%以下の強化白金合金のクリープ破断時間は、応力20MPaで30時間以上が好ましく、その上限としては200時間以下が好ましい。
【0046】
(III)本発明に係る強化白金合金の製造方法
次に、本発明に係る強化白金合金の製造方法について説明する。本発明の強化白金合金の製造方法は、基本的に、従来技術である粉末冶金法に従う。粉末冶金法では、まず、母合金となる白金合金から白金合金粉末を製造する。そして、白金合金粉末を酸化処理して酸化物が分散した合金粉末を製造した後、成型及び適宜の加工工程を経た後にアニールすることで所望の形状と物性(高温クリープ特性、常温引張特性)の強化白金合金が製造される。従来の製造工程では、白金合金粉末の酸化処理前に、湿式粉砕(ボールミル粉砕)やその後の脱ガス処理等を付加する等の改良が加えられている(特許文献4、5)。
【0047】
上述の通り、本発明は、従来の強化白金合金は高温クリープ強度の向上が最優先課題であることに鑑み、強度向上よりも柔軟性付与を課題として検討されたものである。本発明は、この観点から強化白金合金の製造方法を見直し、酸化処理において改良がなされている。即ち、本発明に係る強化白金合金の製造方法は、添加元素として必須的に0.04質量%以上0.25質量%以下のZrを含み、残部がPt又はPt及びRhと不可避不純物とからなる白金合金の白金合金粉末を製造する工程と、前記白金合金粉末を800℃以上1400℃以下で加熱して酸化処理する工程と、前記酸化処理後の白金合金粉末を成型する工程と、成型後の白金合金インゴットをアニールする工程とを含み、前記酸化処理は、前記白金合金粉末を自然載置した状態で、酸素含有量が50%以上100%以下の処理雰囲気中で加熱する工程である強化白金合金の製造方法としている。
【0048】
(III-1)白金合金粉末の製造
本発明では、まず、母合金となる白金合金を得る。母合金は、添加元素として必須的に0.04質量%以上0.25質量%以下のZrを含み、残部がPt又はPt及びRhと不可避不純物とからなる白金合金である。強化白金合金がZr以外の他の添加元素(Y、Ce等)を含む場合は、これらの他の添加元素を含む母合金とする。この白金合金の製造については、一般的な貴金属の熔解鋳造法による。
【0049】
母合金から白金合金粉末を製造する方法としては、アトマイズ法や回転電極法等の公知の金属粉末製造プロセスが適用できる。また、アトマイズ法による白金合金粉末の製造方法に関しても、特に制限はなく、ガスアトマイズ、水アトマイズ等の公知のアトマイズ法が適用される。そして、ここで製造する白金合金粉末の平均粒径は、20μm以上300μm以下が好ましい。後述の酸化処理において、合金中の添加元素の酸化を促進するためである。
【0050】
(III-2)白金合金粉末の酸化処理
酸化処理は、白金合金からなる白金合金粉末中の添加元素(Zr等)を酸化して酸化物粒子を生成するための工程であり、必須の工程である。本発明においては、この酸化処理工程に関し、以下の点において留意する必要がある。
【0051】
(1)白金合金粉末の処理状態
本発明では、酸化処理において、白金合金粉末を自然載置した状態で加熱酸化することを要する。本発明において自然載置状態とは、個々に独立した状態の白金合金粉末を無負荷で酸化処理雰囲気内に載置した状態である。例えば、上記従来技術で行われる酸化処理前の脱ガス処理(特許文献5)においては、白金合金粉末を型に充填して加熱焼成する処理がなされる。この脱ガス処理においては、白金合金粉末に吸着したガス成分が脱離するが、これと同時に白金合金粉末は緩やかに焼結して固まった状態となる。この焼結による白金合金粉末の粉末塊は、緻密度は低いものの、焼結による内部応力が残留した状態にある。また、白金合金粉末同士が結合した状態にある。
【0052】
本発明者等の検討では、本発明のように添加元素含有量が制限された白金合金粉末を酸化処理する際に、前記のような白金合金粉末塊を酸化処理しても好適な酸化状態が得られず、所定特性の物性値の強化白金合金を製造することができない。これは、白金合金粉末塊においては、個々の粉末に処理ガス(酸素)が行き渡り難いことが原因といえるが、これに加えて白金合金粉末における内部応力等による負荷も関係していると考察している。
【0053】
そこで、本発明では、白金合金粉末を自然載置した状態で酸化処理することとしている。尚、白金合金粉末の自然載置状態を阻害する操作としては、上記のような焼結を伴う焼成することの他、酸化処理の際に白金合金粉末を型に加圧しつつ充填することも挙げられる。但し、白金合金粉末の自重は、ここでいう負荷には該当しない。本発明における自然載置した状態での処理の具体的な方法としては、白金合金粉末を加圧することなく、トレイや容器にローディングして、そのまま加熱炉内に設置して熱処理を行うこととなる。
【0054】
自然載置した状態での酸化処理により、熱処理装置内のガス(酸素含有ガス)が白金合金粉末に均等に行き渡り、添加元素の酸化を促進することができる。これにより、白金合金の微量の添加元素も酸化され、上述した本発明の特異な物性を有する強化白金合金の前駆体となる合金粉末が生成する。また、無負荷の自然載置状態での熱処理により、白金合金粉末に包含された歪や格子欠陥の緩和も生じていると推定される。本発明者等は、この点も好適な強化白金合金を製造する上で機能していると考察している。
【0055】
(2)酸化処理雰囲気の調整
本発明に係る強化白金合金の製造では、酸化処理における雰囲気として酸素含有量(酸素分圧)が50%以上とすることを必須条件とする。従来の強化白金合金の製造では、熱処理雰囲気を大気雰囲気とする場合が多い。本発明においては、含有量が制限された添加元素を効果的に酸化する必要があることから酸化処理の雰囲気の酸素含有量を厳密に制御することとした。本発明者等の検討によれば、本発明の製造方法で酸化処理雰囲気を大気雰囲気とすると、酸化物粒子の粗大化が生じる傾向にある。酸化処理雰囲気の酸素含有量については、好ましくは80%以上であり、より好ましくは99%以上とする。
【0056】
こうした酸化処理雰囲気の制御は、処理後の白金合金粉末における添加元素の酸化状態、ひいては強化白金合金の特性の安定化にも繋がる。特に、本発明に係る強化白金合金では、高温及び常温における物性値の双方において所定の値を要求している。物性値のバラつきを抑制し、安定して使用可能な強化白金合金を製造する上で、酸化処理雰囲気の制御が有効となる。
【0057】
本発明では、以上の2つの特徴のもとで酸化処理を行う。酸化処理の温度については、800℃以上1400℃以下とする。800℃未満では、Zr等の酸化が進行し難い。また、処理温度を高温にすることで添加元素の酸化は促進されるが、1400℃を超える熱処理をしても酸化が促進されることはなく、酸化物やマトリックスである白金合金の結晶粒の粗大化が懸念されることから1400℃を上限とする。処理時間は、白金合金粉末の量にもよるが1時間以上24時間以下とすることが好ましい。
【0058】
(3)従来の強化白金合金の製造方法との関係
ところで、上記した従来の強化白金合金の製造方法では、高温クリープ特性の上昇のため、白金合金粉末の酸化処理の前後において、いくつかの改善点が提案されている。例えば、白金合金粉末(酸化処理前後の白金合金粉末)を溶媒(水又は有機溶媒若しくは水と有機溶媒との混合溶媒)中でボールミル等によって湿式粉砕する工程(特許文献2、4)や、湿式粉砕後の白金合金粉末を真空中で加熱する脱ガス処理工程(特許文献5)といった付加的なプロセスが知られている。これらの付加的プロセスは、添加元素の酸化物の状態や使用過程における材料の膨れ・変形抑制に有効であるとされている。
【0059】
本発明に係る強化白金合金の製造方法においては、これらの湿式粉砕工程や脱ガス工程を含めても良いが、必須ではない。また、場合によっては、これらの付加的プロセスを行わないほうが好ましい。つまり、母合金から白金合金粉末を製造し、これをそのまま自然載置状態で酸化処理した後、直ちに成型加工することが好ましい。このような簡略化された製造方法であっても、適切な酸化処理を行うことで、本発明に係る強化白金合金を製造可能である。工程数の削減は、工数削減によるコストダウンに寄与する他、製品の特性の安定化に繋がる。
【0060】
(III-3)酸化処理後の成型工程
そして、酸化処理がなされ酸化物粒子が分散した白金合金からなる白金合金粉末について成型加工を行い、緻密度の高い白金合金のインゴットを製造する。また、成型加工は、その後に圧延工程を行う場合、加工に適した形状とする。成型工程における具体的加工方法としては、熱間鍛造加工が適用できる。白金合金粉末は、上述の酸化処理による加熱による焼結によって粉末塊となることが多い。熱間加工においては、この白金合金粉末塊を、1000℃以上1400℃以下に加熱して加工するのが好ましい。熱間鍛造は、加熱と鍛造加工とを1セットとして複数回行うことが好ましい。
【0061】
また、成型加工工程の具体的加工法としては、圧縮加工と焼結とを同時に進行させるホットプレス法も適用できる。ホットプレスの場合の条件は、1000℃以上1400℃以下、加圧力10MPa以上とするのが好ましい。
【0062】
尚、成型加工工程前の白金合金粉末については、酸化処理後に予備的に加熱して仮焼結しても良い。但し、酸化処理によっても白金合金粉末が焼結することができるので、仮焼結は必須ではない。
【0063】
(III-4)後加工工程(圧延工程等)
成型加工後の強化白金合金については、必要に応じて圧延加工等の後加工工程を行って強化白金合金の板材等を製造することができる。また、用途(適用されるガラス製造装置)に応じた形状に成形加工するため、圧延加工、押出加工、引き抜き加工等の加工工程を更に付加することもできる。これらの後加工工程は、同じ加工プロセスを複数繰り返し行っても良いし、異なる加工プロセスを組み合わせて行っても良い。また、複数回の加工を行う場合、加工硬化を考慮した中間熱処理を行なっても良い。
【0064】
(III-5)アニール工程
以上の成型加工工程の後及び適宜の後加工工程の後には、強化白金合金を熱処理(アニール処理)する。アニールによって再結晶組織を発現させて好適な材料組織を得るためである。アニール処理の条件は、加熱温度を1000℃以上1500℃以下とし、処理時間を0.5時間以上3時間以下とすることが好ましい。アニール処理は、大気中で行うことができるが、非酸化性雰囲気で行っても良い。
【0065】
(IV)本発明に係る強化白金合金の用途
本発明に係る強化白金合金は、高温環境下で使用される各種装置の構成材料として好適である。特に、本発明は、各種のガラス材料を製造するガラス製造装置の構成部材として有用である。本発明に係るガラス製造装置としては、溶融ガラスを貯留可能な塔槽類として、溶解槽、清澄槽、撹拌槽等が挙げられる。また、撹拌槽で溶融ガラスを撹拌して均質化処理を行うスターラー(撹拌棒)も対象となる。更に、溶融ガラス成形するための装置や紡糸のためのブッシング(ノズル及びベースプレート)も対象となる。特に好ましくは、製造時に部分的に強加工を受け得る熔解槽等の塔槽類である。但し、製造時の加工の有無や加工の強弱によらず、本発明は、広く各種のガラス製造装置の構成材料とすることができる。よって、本発明は、溶融ガラスを流通させる樋形状の流路、スロート、接続パイプ等にも適用可能である。
また、ガラス製造装置以外の用途として、本発明に係る強化白金合金は、単結晶育成等で使用される坩堝の構成材料としても有用である。
【発明の効果】
【0066】
以上説明した本発明に係る強化白金合金は、高温域における高温クリープ特性と、常温域における常温引張特性の双方において良好な値を示す。そのため、適切な高温強度と柔軟性を有する。本発明によれば、従来の強化白金合金を適用したときに見られた割れの発生・進展を抑制することができる。そのため、本発明は、ガラス製造装置、特に溶融ガラスの熔解槽の安定した稼働に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【
図1】第1実施形態及び比較例の酸化処理後の白金合金粉末表面のSEM写真。
【
図2】第1実施形態及び比較例の強化白金合金の断面組織の観察結果。
【
図3】第1実施形態(0.07%Zr)及び比較例(0.3%Zr)の強化白金合金の1400℃におけるクリープ破断曲線を示す図。
【
図4】第1実施形態(0.07%Zr)及び比較例(0.3%Zr)の強化白金合金の1400℃におけるクリープ歪速度を示す図。
【
図5】1400℃でアニー後の第1実施形態(0.07%Zr)及び比較例(0.3%Zr)の強化白金合金の常温引張試験における応力-歪曲線を示す図。
【
図6】第1実施形態における熱疲労試験後の本実施形態の強化白金合金と比較例の強化白金合金の断面写真。
【
図7】第2実施形態の各種強化白金合金(Zr含有量0.01~0.3質量%)のクリープ曲線。
【
図8】第2実施形態の強化白金合金(Zr含有量0.01%~0.3%)の酸素含有量の測定結果と理論酸素含有量を示す図。
【
図9】第3実施形態の強化白金合金(Pt-Zr-Y及びPt-Y)のクリープ曲線
【発明を実施するための形態】
【0068】
第1実施形態:以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本実施形態では、添加元素としてZrを0.07質量%含有する強化白金合金を製造し、その高温クリープ特性及び常温引張特性を評価した。また、比較のため、従来の強化白金合金(Zr含有量0.3質量%)を製造して同様の評価を行った。
【0069】
[白金合金粉末(アトマイズ粉末)の製造]
まず、真空アーク溶解により、ボタン状のPt-12質量%Zr合金50.0gを母合金として作製した。この母合金と純Ptとを真空溶解で鋳造してPt-0.07質量%Zrの白金合金の棒材(寸法:φ44mm×260mm)を製造した。そして、この棒材を電極とした電極誘導溶解ガスアトマイズ装置により、白金合金(Pt-0.07質量%Zr合金)のアトマイズ粉末を製造した。このとき製造された白金合金のアトマイズ粉末は粒径300μm以下であり、製造したアトマイズ粉末の全てを回収して、その後の工程に供した。
【0070】
[酸化処理]
製造したアトマイズ粉末を、特段の圧力を付与することなく、そのまま、アトマイズ装置の回収容器から熱処理用容器に投入した。そして、この自然載置状態のままで酸化処理のための熱処理に供した。酸化処理は、純酸素雰囲気中、1300℃で6時間加熱し、Zr酸化物粒子が分散したPt合金からなるアトマイズ粉末とした。尚、この酸化処理による加熱によって白金合金粉末は焼結し粉末塊となった。
【0071】
[成型加工工程と圧延工程]
上記の酸化処理で得られた白金合金粉末塊を熱処理用容器から取り出して熱間鍛造による成型加工を行った。熱間鍛造加工では、白金合金粉末塊を1300℃に加熱して鍛造加工した。鍛造加工は6セット行った。そして、成型加工工程の後、冷間圧延加工して1mm厚の白金合金板材を製造した。冷間圧延工程中には、中間熱処理(大気中で1250℃、30分間の焼鈍処理)を行い複数回の圧延をして前記板材とした。圧延加工後、白金合金板材を1400℃で1時間アニールして強化白金合金の板材を製造した。
【0072】
比較例:真空アーク溶解により、ボタン状のPt-15質量%Zr合金165gを母合金として作製した。この母合金と純Ptを用いて真空溶解によりPt-0.3質量%Zrの白金合金の棒材(寸法:φ44mm×260mm)に加工した。その後、第1実施形態と同様にしてPt-Zr合金のアトマイズ粉末を製造した。
【0073】
[湿式粉砕処理と脱ガス処理]
この比較例では、アトマイズ粉末を湿式粉砕及び脱ガス処理した後に酸化処理を行った。アトマイズ粉末と球径5mmのPt-ZrO2合金製ボールを、湿式粉碎機であるアトライタポット(Pt-ZrO2合金製)に投入した。ポット内を密閉した後、有機溶媒(ヘプタン)を導入した。その後、 回転速度215rpmで粉碎用羽根を回転し、 約5時間の湿式微粉砕処理を行った。粉砕後の白金合金微粉末は、120℃で7時間乾燥処理をして有機溶媒を除去した。
【0074】
湿式粉砕後の白金合金粉末を蓋のないカーボン製容器(120mm×120mm、深さ150mm)に充填し、ガス雰囲気炉に入れ大気圧のアルゴン雰囲気下、1300℃で3時間加熱保持して脱ガス処理を行った。脱ガス処理の結果、白金合金粉末は粉末塊となっており、容易に崩れない状態であった。
【0075】
[酸化処理及び成型・圧延加工]
脱ガス処理によってカーボン製容器内で固化した白金合金粉末塊を酸化処理した。この酸化処理では、白金合金粉末塊を大気雰囲気中1300℃で1時間加熱した。その後、第1実施形態と同様に熱間鍛造及び圧延加工し、更に、アニール処理を行って強化白金合金の板材を製造した。
【0076】
対比観察・対比試験
[酸化処理後の白金合金粉末及び強化白金合金のミクロ組織]
図1は、本実施形態及び比較例の強化白金合金の製造工程において、酸化処理後の白金合金粉末(白金合金粉末塊)の表面を観察したときのSEM写真(倍率10000倍)である。比較例の白金合金粉末では、丸みを帯びた酸化物粒子(ZrO
2)が連結しているのがわかる。本実施形態の白金合金粉末では、微細な酸化物粒子が孤立した状態で分散している。この酸化物粒子の粒径・分布状態の相違は、比較例のZr含有量(0.30質量%)が、本実施形態のZr含有量(0.07質量%)よりも多いことによるものと考えられる。但し、これらの白金合金粉末においては、白金マトリックスの表面形態において相違する。本実施形態の酸化処理後の白金合金粉末においては、すべり面の露出と推定される表面起伏による段差が見られる。一方、比較例の酸化処理後の白金合金粉末のマトリックスには、そのような形態変化がない。本発明者等は、比較例の製造工程における脱ガス処理や湿式粉砕の際に導入された歪や残留応力の影響によるものと推定している。このマトリックスの形態の相違が、成型・アニール後の強化白金合金の特性にどのような機構で影響を及ぼすかは明らかではない。しかし、後述する強化白金合金の断面組織や、高温クリープ特性・常温引張特性の結果を考慮すると、酸化処理後の白金合金粉末における上記相違点が何らかの作用を及ぼしていると考察される。
【0077】
図2は、本実施形態及び比較例の強化白金合金の断面組織を観察した結果である。いずれの強化白金合金においても、アスペクト比の大きい木の葉状の結晶粒が交互に積層した材料組織を呈している。断面組織においては、本実施形態及び比較例の強化白金合金に明瞭な相違はないと考えられる。本発明者等は、本実施形態の強化白金合金のこの断面組織が高温強度の確保に寄与していると考えている。
【0078】
[高温クリープ試験・常温引張試験]
上記で製造した第1実施形態、比較例の強化白金合金について、高温クリープ試験を行った。上記で製造した強化白金合金の板材から、クリープ試験及び常温引張試験用の試験片(JIS 13B引張試験片)を加工採取した。試験温度は1400℃とし、一定荷重での 応力破壊 (クリープ) 試験を行った。本実施形態では、複数の荷重(応力)を設定し、各設定荷重における高温クリープ試験をした。本実施形態の強化白金合金については、8、10、12、15、20、25MPaの各荷重における破断時間を測定した(n=2)。また、比較例の強化白金合金では、15、20、25MPaとしてクリープ試験を行って破断時間を測定した(n=2)。尚、比較例の強化白金合金のZr含有量が比較的大きいことを考慮し、比較例の荷重は高めとしている。そして、各荷重における破断時間をプロットし、表計算ソフトウエア(Microsoft社 Excel 2010)による累乗近似によりクリープ曲線を作成した。
【0079】
また、第1実施形態、比較例の強化白金合金について、常温引張試験(n=2)を行った。常温引張試験では、応力-歪曲線を作成して破断伸びを測定した。
【0080】
図3は、第1実施形態、比較例の強化白金合金の1400℃におけるクリープ破断曲線(応力-破断時間)を示す。応力10MPaにおけるクリープ破断時間は、第1実施形態で275時間(実測値の平均値)、比較例で250時間(実測値の平均値)であった。第1実施形態の強化白金合金は、高温クリープ特性(10MPa)については、比較例に対して少しではあるが破断時間が長いことから、必要十分な高温強度を有することが確認された。尚、応力20MPaで比較すると、比較例の方が高温クリープ強度は高い。
【0081】
また、
図4は、第1実施形態、比較例の強化白金合金の1400℃におけるクリープ歪速度を示す図である。
図4から、応力20MPaにおける第1実施形態の強化白金合金のクリープ歪速度は、6.83×10
-5%/sec(平均値)であるのに対し、比較例の強化白金合金のクリープ歪速度は、5.94×10
-6%/sec(平均値)であった。第1実施形態の強化白金合金は、比較例に対して明確にクリープ歪速度が大きいことがわかる。
【0082】
そして、
図5は、第1実施形態、比較例の強化白金合金の常温引張試験の結果(応力-歪曲線)である。
図5には、参考例として熔解鋳造による純白金(99.9%Pt)の同条件による常温引張特性(n=2)を記載している。
図5から、材料破断したときの破断伸びは、本実施形態の強化白金合金は37.2%(平均値)である一方、比較例の強化白金合金は29.4%(平均値)であり、純白金(99.9%Pt)の熔解材では37.8%(平均値)であった。本実施形態の強化白金合金は、参考例の熔解材と同等の破断伸びを示す。よって、本発明に係る強化白金合金は、合金(酸化物分散型合金)でありながら、純白金の熔解材と同等の柔軟性を有することが確認された。
【0083】
以上の高温クリープ試験と常温引張試験の結果から、本実施形態の強化白金合金は、従来の強化白金合金(比較例)に匹敵する必要十分な高温クリープ強度を有すると共に、常温における伸び(柔軟性)にも優れることが確認された。そして、本実施形態の強化白金(Zr含有量0.07質量%)は、1400℃における応力20MPaのクリープ歪速度が高いことも確認された。
【0084】
[熱疲労試験]
本実施形態及び比較例の強化白金合金について、ガラス製造装置である熔解槽の使用状態を模擬した熱疲労試験を行った。上記で製造した板材から、300mm(L)×100mm(W)の板材を切り出して試験材とした。熱疲労試験では、まず、試験材の両端に通電加熱用電極を取付けて所定の試験温度に加熱する。この加熱状態の試験材の中央部分に一定時間エアーを吹付けて局所的に冷却する。これにより加熱で膨張した試験材の中央部分のみが収縮して熱応力が発生する。そして、エアー吹付け後、所定時間経過後に再度エアー吹付けを行なう。この加熱-冷却サイクルを繰り返し、割れの有無を確認することで熱疲労に対する耐性を評価できる。本実施形態の熱疲労試験では、詳細には、下記の条件にて実施した。
・試験温度:1400℃
・通電条件:5V/1350A
・エアー吹付け条件:6L/3秒間
・サイクル条件:20秒間/1サイクル
【0085】
熱疲労試験では、上記条件でサイクル数2000回又は5000回の段階で、試験材の表面(エアー吹付け面)について浸透探傷試験(PT試験)を行い、表裏両面を観察して貫通割れの有無を確認した。
【0086】
上記熱疲労試験の結果、比較例の強化白金合金では、サイクル数2000回の段階で貫通割れが発生していた。一方、本実施形態の強化白金では、サイクル数5000回でも貫通割れは発生していなかった。本実施形態の試験材について試験を延長し、8000回のサイクル数としても割れは発生しなかった。
図6は、熱疲労試験後の本実施形態の強化白金合金(2000サイクル後)と比較例の強化白金合金(2000サイクル後)の断面の写真である。
【0087】
この熱疲労試験の結果から、本実施形態の強化白金合金は、比較例に対して、サイクル数で4倍以上熱疲労に対する耐性があることが確認された。このような評価結果は、常温引張特性で確認された柔軟性によるものと考えられる。
【0088】
第2実施形態:本実施形態では、Zr含有量を、0.01質量%、0.04質量%、0.10質量%、0.14質量%、0.21質量%、0.30質量%に調整した強化白金合金を製造した。本実施形態における強化白金合金の製造工程は、第1実施形態と同様である。即ち、所定量の添加元素を含む白金合金の棒材を製造してアトマイズ粉末を製造した後、そのまま自然載置状態のもと純酸素雰囲気中で酸化処理した。その後、熱間鍛造・圧延加工・アニール処理して強化白金合金の板材を製造した。
【0089】
そして、各強化白金合金について高温クリープ試験及び常温引張試験を行い、それぞれにおける物性確認を行った。高温クリープでは、第1実施形態と同様、荷重(応力)を複数設定した。ここでも強化白金合金のZr含有量を考慮して荷重を設定した。Zr含有量が0.01質量%の強化白金合金については、7、10、15MPaで試験を行い、
Zr含有量が0.04質量%の強化白金合金については、10、12、15MPaで試験を行った。また、Zr含有量が0.1質量%以上の強化白金合金については、15、20、25MPaで試験を行った。そして、常温引張試験の方法も第1実施形態と同様とした。更に、本実施形態でも第1実施形態と同様の熱疲労試験(サイクル数5000回)を行った。
【0090】
図7は、本実施形態で製造した強化白金合金(Zr含有量:0.01質量%、0.04質量%、0.10質量%、0.14質量%、0.21質量%、0.30質量%のクリープ曲線である。このクリープ曲線に基づき応力10MPa及び20MPaにおけるクリープ破断時間を求めた。その結果と、常温破断伸び、クリープ歪速度(応力20MPa)と、熱疲労試験における結果(貫通割れの有無)を表1に示す。表1において、各強化白金合金のクリープ破断時間(10MPa、20MPa)は、実測値(平均値)を優先して記載し、実測値がない場合にはクリープ曲線(
図7)から算出した。
【0091】
【0092】
表1を参照すると、Zr含有量を0.04質量%以上とした強化白金合金は、高温クリープ試験(1400℃)における破断時間(10MPa)は、100時間を超えている。これらの強化白金合金の高温強度は、従来の強化白金合金(No.8:比較例)よりは低いものの、十分な高温強度を示すといえる。但し、Zr含有量が0.01質量%の強化白金合金(No.1)においては、クリープ破断時間が20時間と短く高温強度に劣っていた。また、このNo.1の強化白金合金は、高温変形の挙動を示し、クリープ歪速度としての変形速度を算出することはできなかった。よって、Zr量を制限するとしても、0.04質量%以下にすることは好ましくないことが確認された。
【0093】
一方、常温引張試験における破断伸びをみると、Zr含有量が0.01質量%の強化白金合金が最も破断伸びが大きいが、Zr含有量が0.04質量%以上の強化白金合金でも全て35%以上を示していた。常温の破断伸びに関しては、Zr含有量による差は少ない。そして、これらの強化白金合金は、比較例よりも常温での破断伸びよりも明確に大きくなっている。
【0094】
そして、クリープ破断時間(10MPa)は、Zr含有量の増大と共に大きくなる。但し、Zr含有量が0.3質量%(No.7)では、この傾向に対してクリープ破断時間が大幅に低下することとなる。このときのクリープ破断時間も100時間を超え、高温強度が劣るとは言えないが、このような強度低下の傾向が見られたことに加え、上述した添加元素量を高くしたときの溶接性悪化のおそれを考慮すると、Zr含有量の上限としては0.25質量%を想定するのが適切と言える。
【0095】
また、Zr含有量0.04質量%~0.21質量%の強化白金合金(No.2~No.6)のクリープ破断時間と高温クリープ歪速度の双方を参照すると、低Zr含有量側(0.04質量%~0.1質量%)の強化白金合金(No.2~No.4)では、高温クリープ歪速度が特に高くなっている。一方、高Zr含有量側(0.14質量%~0.21質量%)では、高温クリープ強度の更なる向上が見られ、応力20MPにおけるクリープ破断時間が20時間以上となっている。この高Zr含有量の強化白金合金は、高温クリープ歪速度については、さほど高くはないといえる(但し、比較例よりは高い)。これらの結果から、本発明の強化白金合金はZr含有量により物性に変化があることによる。尚、本実施形態における破断時間(10MPa)及びクリープ歪速度の双方の傾向から推察するに、本発明の強化白金合金を前記物性の相違のより区分するときには0.12質量%を境界とすべきである。
【0096】
もっとも、いずれの強化白金合金も必要十分な高温クリープ強度と常温引張伸び(柔軟性)を有する。これにより本発明で規定される強化白金合金は、熱疲労試験において割れを発生させることはなかった。従って、Zr含有量に関しては、用途等による必要特性を考慮して設定することができる。
【0097】
[酸素含有量の測定]
ここで、第2実施形態で製造した強化白金合金について、添加元素としてZrのみを含む強化白金合金(Zr濃度;0.01質量%、0.04質量%、0.07質量%、0.10質量%、0.14質量%、0.21質量%、0.30質量%)について酸素含有量を測定した。酸素含油量の測定は、酸素・窒素分析装置(EMGA-920 株式会社堀場製作所製)を使用した。そして、実際の酸素含有量の測定と共に、各合金の理論酸素含有量を算出した。理論酸素含有量の算出には、合金中のZrが全てZrO2を生成したと仮定した。
【0098】
図8は、各強化白金合金の酸素含有量の測定結果と理論酸素含有量を示す図である。
図8から、いずれの強化白金合金においても理論酸素含有量を超えた酸素含有量であることが分かる。各強化白金合金の実際の酸素含有量は、理論酸素含有量に対して1.0倍~1.5倍になっている。この理論酸素含有量より多い酸素含有量には、不可避不純物の酸化による増加分もあると考えられるが、それを考慮しても本実施形態で製造した強化白金合金は、添加元素(Zr)が高度に酸化した状態にあるといえる。
【0099】
ここで、第1実施形態の比較例(Zr濃度:0.3質量%)について、同様に酸素含有量の測定を行ったところ、1090~1140ppmであった。この比較例の強化白金合金も、理論酸素含有量以上の1.03~1.08倍の酸素を含有している。酸素含有量の比率は、本実施形態の強化白金合金の方が高いといえるが、歴然とした差というほどではない。にもかかわらず、本実施形態において、常温引張における物性値(破断伸び)や熱疲労試験の結果のような明瞭な差異が生じている。これは、本実施形態の強化白金合金では、従来の酸化物の量や粒径に関する考察とは相違する要因による特性改善がなされたと考察される。本発明においては、その特定のため、高温クリープ特性と常温引張特性との双方を適用している。
【0100】
第3実施形態:本実施形態では、Zr以外の添加元素の添加による影響を検討した。具体的には、また、Zrと共にYを添加元素とした強化白金合金(添加元素の合計含有量0.07質量%)と、Zrに替えてYのみを添加元素とした強化白金合金(Y含有量0.07質量%)の2種の強化白金合金を製造した。これらの強化白金合金の製造も第1、第2実施形態と同様とした。
【0101】
そして、各強化白金合金について高温クリープ試験及び常温引張試験を行い、それぞれにおける物性確認を行った。高温クリープ試験、常温引張試験の方法も第1実施形態と同様とした。
【0102】
図9は、本実施形態で製造した0.06質量%Zr+0.01質量%Y添加の強化白金合金(No.9)と0.07質量%Y添加の強化白金合金(No.10)のクリープ曲線である。このクリープ曲線に基づき応力10MPaにおけるクリープ破断時間を求めた。その結果と、常温破断伸び、クリープ歪速度(応力20MPa)を表2に示す。
【0103】
【0104】
表2から、Zrを含まずYのみを添加元素とする強化白金合金(No.10)は、クリープ破断時間は100時間を超えるので高温強度は満足できるものであったが、常温破断伸びは第1実施形態(No.3)に対して15%低下していた。この合金では、常温加工時の歪蓄積が懸念されるところである。一方、Yを添加する場合でも、Zrと共に添加した強化白金合金(No.9)は、高温クリープ特性も第1実施形態(No.3)と同等となる上、常温伸びは35%以上と十分高い値となる。この結果から、高温強度と柔軟性の双方を確保する上で、Zrは必須添加元素というべきであり、Y等の単独添加は好ましくないと考えられる。
【0105】
そこで、上記の試験で高温強度及び常温伸びが本発明の基準をクリアした、Zr及びYを添加元素とするNo.9の強化白金合金について、第1実施形態と同様の熱疲労試験を行ったところ、この強化白金でも、サイクル数5000回で貫通割れは発生していなかった。この結果から、本発明の強化白金合金では、Zrの添加と共に他の元素も添加可能であることが確認された。
【0106】
尚、Zrを含まずYのみを添加元素とする強化白金合金(No.10)は、1200℃におけるクリープ歪速度が比較例よりも高かった。これは、本実施形態における製造プロセスにより、添加元素の酸化状態が好適となったためであると推察される。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明は、高温域における高温クリープ特性を確保しつつ、常温域での引張特性・柔軟性を有する強化白金合金である。本発明によれば、強加工を受けて製造される溶融ガラス熔解槽等のガラス装置で生じていた底部の貫通割れを有効に抑制して、装置の稼働寿命の長期化を図ることができる。本発明によれば、光学ガラス、ガラス繊維等の各種ガラス材料の製造に際し、安定的なガラス材料の製造・供給を達成することができる。