(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022087076
(43)【公開日】2022-06-09
(54)【発明の名称】マイクロ流路デバイスを用いた結晶製造方法及び装置
(51)【国際特許分類】
C30B 29/58 20060101AFI20220602BHJP
C30B 7/00 20060101ALI20220602BHJP
G01N 37/00 20060101ALI20220602BHJP
C07K 1/14 20060101ALI20220602BHJP
B01D 9/02 20060101ALI20220602BHJP
【FI】
C30B29/58
C30B7/00
G01N37/00 101
C07K1/14
B01D9/02 601L
B01D9/02 602E
B01D9/02 603Z
B01D9/02 604
B01D9/02 605
B01D9/02 608A
B01D9/02 608B
B01D9/02 609Z
B01D9/02 620
B01D9/02 625F
B01D9/02 625C
B01D9/02 625E
B01D9/02 618Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021193746
(22)【出願日】2021-11-30
(31)【優先権主張番号】P 2020198815
(32)【優先日】2020-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.研究集会名:2020年度量子ビームサイエンスフェスタ 開催日:令和3年(2021年)3月10日~11日(2021年3月9日~11日 オンライン開催) ウェブサイトの掲載日:令和3年(2021年)2月24日以降3月3日までの間のいずれかの日 掲載アドレス:http://qbs-festa.kek.jp/2020/index.html http://qbs-festa.kek.jp/2020/Posterprogram.html http://qbs-esta.kek.jp/2020/poster_abst/L.pdf 2.研究集会名:先端ものづくり技術 新技術説明会 開催日:令和3年(2021年)9月14日(オンライン開催) ウェブサイトの掲載日:令和3年(2021年)8月2日 掲載アドレス:https://shingi.jst.go.jp/list.html https://shingi.jst.go.jp/list/list_2021/2021_gunma-u.html https://shingi.jst.go.jp/kobetsu/4u/2021_gunma-u.html
(71)【出願人】
【識別番号】504203572
【氏名又は名称】国立大学法人茨城大学
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(71)【出願人】
【識別番号】000140627
【氏名又は名称】株式会社化研
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 伊知朗
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 智紀
(72)【発明者】
【氏名】新村 信雄
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 洋也
(72)【発明者】
【氏名】山田 貢
(72)【発明者】
【氏名】石田 卓也
(72)【発明者】
【氏名】吉崎 泉
(72)【発明者】
【氏名】皆川 由貴
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 剛士
(72)【発明者】
【氏名】真栄城 正寿
【テーマコード(参考)】
4G077
4H045
【Fターム(参考)】
4G077AA01
4G077BF05
4G077CB02
4G077CB08
4G077EC01
4G077EC07
4G077EJ09
4G077HA20
4H045AA20
4H045GA06
4H045GA40
(57)【要約】
【課題】タンパク質の結晶核の生成を制御することを可能にする結晶製造方法及び結晶製造装置の提供。
【解決手段】結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、10,000μm
2以下の断面積を有するマイクロ流路に導入し、それを静置することにより生体高分子の結晶核を生成させること、及び場合により、その後、生成した結晶核を含む前記溶液を、前記生体高分子を含む準安定領域の溶液に添加して結晶を成長させることを含む、生体高分子結晶を製造する方法、及びその方法に利用可能な生体高分子結晶製造装置。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路に導入し、それを静置することにより生体高分子の結晶核を生成させることを含む、生体高分子結晶を製造する方法。
【請求項2】
マイクロ流路が10μm~100μmの深さ及び10μm~100μmの幅を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
マイクロ流路が10mm以上の長さを有する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記の生成した結晶核を、前記生体高分子を含む準安定領域の溶液に添加して結晶を成長させることを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液を、1~30個の結晶核を含む容量で、前記の準安定領域の溶液に添加する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液を、1~10個の結晶核を含む容量で、前記の準安定領域の溶液に添加する、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記の生成した結晶核を含む溶液の添加容量を、前記過飽和溶液の初期濃度条件を用いた回帰分析による結晶核生成数の予測に従って決定する、請求項4~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
生体高分子がタンパク質である、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
結晶化剤が塩化ナトリウム又は硫酸アンモニウムである、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記静置を1時間~26時間行う、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記静置を12時間~2週間行う、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
生体高分子の結晶核を生成させるための10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路と、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液をマイクロ流路に導入するための流体導入口と、マイクロ流路からの流体出口とを有するマイクロ流路デバイスを備えた、生体高分子結晶の製造装置。
【請求項13】
マイクロ流路が10μm~100μmの深さ及び10μm~100μmの幅を有する、請求項12に記載の装置。
【請求項14】
マイクロ流路が10mm以上の長さを有する、請求項12又は13に記載の装置。
【請求項15】
前記流体導入口が、前記過飽和溶液を注入するための流体注入手段に連結されている、請求項12~14のいずれか1項に記載の装置。
【請求項16】
前記流体注入手段が、マイクロ流路に導入された前記過飽和溶液をマイクロ流路の流体出口から押し出すことができるように構成されている、請求項15に記載の装置。
【請求項17】
結晶成長用リザーバーをさらに備えた、請求項12~16のいずれか1項に記載の装置。
【請求項18】
生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液が、制御された個数の結晶核を含む容量で、結晶成長用リザーバーに導入されるように構成されている、請求項17に記載の装置。
【請求項19】
(i)結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件を記憶する記憶部、(ii)マイクロ流路での結晶核生成数を、前記過飽和溶液の初期濃度条件を用いて回帰分析により予測する演算部、(iii)生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液を制御された個数の結晶核を含む容量でマイクロ流路から結晶成長用リザーバーに導入する制御部をさらに備えた、請求項12~18のいずれか1項に記載の装置。
【請求項20】
請求項12~19のいずれか1項に記載の装置を用いて実施する、請求項1~11のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ流路デバイスを用いた結晶製造方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
低温電子顕微鏡(cryoEM)やX線自由電子レーザー(XFEL)も含めた量子ビームによるタンパク質等の生体高分子の構造生物学は、近年、非常に有力な分析手法として発展してきた。ここまで発展してきた最大の理由は、タンパク質の分子構造がX線や電子線によって原子レベルで決められ、その機能が解明されてきたからである。しかしながら、タンパク質等の生体高分子の構造解析の際に行われる結晶化は、現在でも、非常に労力を要し、また良質な結晶を取得するのは困難である。
【0003】
X線や電子線を用いた生体高分子の結晶構造解析では、タンパク質の機能に大きく関係する水素原子や電子を観測困難であり、また電離放射線作用で電子をはぎ取ってしまうことにより試料を損傷してしまうことが知られている。一方、中性子回折法では水素(特に水分子の水素やプロトン化状態)の観測が容易でかつ試料損傷がないという特長を有しているが、入射強度が弱いため、試料として良質でより大型の結晶が必要となる。生体高分子の結晶化には様々な手法が知られているが、いずれも結晶化条件の決定の際の試行錯誤への依存度が少なくなく、研究推進の上で非常に大きなボトルネックとなっていることから、生体高分子の改良された結晶製造方法の開発がなおも求められている。特に、結晶核の生成を制御できる技術はあまり報告されていない。
【0004】
特許文献1は、マイクロ流動体チャネル中にタンパク質溶液と溶媒溶液を薄層状に並行に流して拡散させ濃度勾配を形成することにより結晶化を促進する、タンパク質の結晶成長を促進する装置を開示している。しかしこの方法は、結晶核の生成制御ではなく、単純な結晶化の促進に向けられており、マイクロ流路の構造からみて結晶の大きな成長も見込めない。
【0005】
特許文献2は、流路内の膜を通して透析を行うことにより生体分子溶液の濃度を変化させて結晶化を促進する方法及びそのための微小流体チップを開示している。この方法は流路内で透析による濃度等の溶液条件の変化を引き起こす点でより複雑なシステムとなっており、結晶核の生成制御は困難と思われる。またこの方法では結晶を大きく成長させることは難しい。
【0006】
特許文献3は、マイクロ流体デバイスの流路に導入したタンパク質の過飽和溶液に電圧を印加することにより、結晶化成功率の向上や結晶成長時間の短縮等をもたらすタンパク質結晶化方法を開示している。しかし特許文献3では結晶核の生成制御は示されておらず、また電圧印加による試料への影響も懸念される。
【0007】
特許文献4は、マイクロ流路をフッ素系オイル等の媒体で満たし、その中にタンパク質溶液の微小液滴を制御されたサイズ等で形成し、その個々の微小液滴内で1個~3個程度の小結晶を生成する方法を開示している。しかしこの方法では、微小液滴のサイズが制約となり、結晶を大きく成長させることは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2004-500241号公報
【特許文献2】特表2005-538163号公報
【特許文献3】特開2007-061672号公報
【特許文献4】特開2013-112545号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、タンパク質の結晶核の生成を制御することを可能にする結晶製造方法及び結晶製造装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路を用いることにより、そのマイクロ流路を満たすタンパク質のような生体高分子の過飽和溶液において生体高分子の結晶核を離散的に生成させることができ、その結晶核の生成数及び生成密度を制御できること、それにより制御された数の結晶核を取得して結晶成長のために使用できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路に導入し、それを静置することにより生体高分子の結晶核を生成させることを含む、生体高分子結晶を製造する方法。
[2] マイクロ流路が10μm~100μmの深さ及び10μm~100μmの幅を有する、上記[1]に記載の方法。
[3] マイクロ流路が10mm以上の長さを有する、上記[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 前記の生成した結晶核を、前記生体高分子を含む準安定領域の溶液に添加して結晶を成長させることを含む、上記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液を、1~30個の結晶核を含む容量で、前記の準安定領域の溶液に添加する、上記[4]に記載の方法。
[6] 生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液を、1~10個の結晶核を含む容量で、前記の準安定領域の溶液に添加する、上記[4]に記載の方法。
[7] 前記の生成した結晶核を含む溶液の添加容量を、前記過飽和溶液の初期濃度条件を用いた回帰分析による結晶核生成数の予測に従って決定する、上記[4]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8] 生体高分子がタンパク質である、上記[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9] 結晶化剤が塩化ナトリウム又は硫酸アンモニウムである、上記[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10] 前記静置を1時間~26時間行う、上記[1]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11] 前記静置を12時間~2週間行う、上記[1]~[9]のいずれかに記載の方法。
[12] 生体高分子の結晶核を生成させるための10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路と、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液をマイクロ流路に導入するための流体導入口と、マイクロ流路からの流体出口とを有するマイクロ流路デバイスを備えた、生体高分子結晶の製造装置。
[13] マイクロ流路が10μm~100μmの深さ及び10μm~100μmの幅を有する、上記[12]に記載の装置。
[14] マイクロ流路が10mm以上の長さを有する、上記[12]又は[13]に記載の装置。
[15] 前記流体導入口が、前記過飽和溶液を注入するための流体注入手段に連結されている、上記[12]~[14]のいずれかに記載の装置。
[16] 前記流体注入手段が、マイクロ流路に導入された前記過飽和溶液をマイクロ流路の流体出口から押し出すことができるように構成されている、上記[15]に記載の装置。
[17] 結晶成長用リザーバーをさらに備えた、上記[12]~[16]のいずれかに記載の装置。
[18] 生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液が、制御された個数の結晶核を含む容量で、結晶成長用リザーバーに導入されるように構成されている、上記[17]に記載の装置。
[19] (i)結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件を記憶する記憶部、(ii)マイクロ流路での結晶核生成数を、前記過飽和溶液の初期濃度条件を用いて回帰分析により予測する演算部、(iii)生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液を制御された個数の結晶核を含む容量でマイクロ流路から結晶成長用リザーバーに導入する制御部をさらに備えた、上記[12]~[18]のいずれかに記載の装置。
[20] 上記[12]~[19]のいずれかに記載の装置を用いて実施する、上記[1]~[11]のいずれかに記載の方法。
【0012】
なお本発明は、「令和元年度 茨城県、茨城県生命物質構造解析装置の特性を活かした中性子構造解析の先導研究 委託業務」の成果に部分的に基づいている。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、タンパク質のような生体高分子の結晶核を離散的に生成させ、生体高分子結晶の製造を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1はマイクロ流路デバイスを用いた結晶製造装置の一例の概略図である。
【
図2】
図2はニワトリ卵白リゾチーム(HEWL)と結晶化剤(NaCl)を用いて作成したHEWLの結晶化相図である。点線は過飽和領域と準安定領域の境界線を示す。
【
図3】
図3はマイクロ流路内のリゾチーム結晶の形成状態を示す写真である。A:深さ67μm x 幅63μmのマイクロ流路(リゾチーム40mg/ml)、B:深さ67μm x 幅100μmのマイクロ流路(リゾチーム20mg/ml)、C:深さ67μm x 幅100μmのマイクロ流路(リゾチーム15mg/ml)、D:深さ30μm x 幅38μmのマイクロ流路(リゾチーム40mg/ml)、E:深さ95μm x 幅94μmのマイクロ流路(リゾチーム40mg/ml)。
【
図4】
図4はマイクロ流路で結晶化試験を行った場合の結晶間距離度数分布の例を示す。A:流路深さ95μm x 流路幅94μmのマイクロ流路、B:流路深さ49μm x 流路幅60μmのマイクロ流路。横軸は隣接する結晶との結晶間距離の区分(0.1mm単位)、縦軸は結晶間距離で分類された生成結晶数(観察頻度)を示す。
【
図5】
図5はマイクロ流路全体の溶液量(流路容量)とマイクロ流路全体で生成したリゾチーム結晶数との関係を表すグラフである。直線と式は、最小二乗法によるフィッティングで示された回帰分析リゾチーム濃度毎の近似直線と近似式を表す。黒丸:40mg/mlリゾチーム溶液+0.8M NaCl溶液、黒四角:20mg/mlリゾチーム溶液+0.8M NaCl溶液、黒三角:15mg/mlリゾチーム溶液+0.8M NaCl溶液。
【
図6】
図6は生成結晶1個当たりの流路容量とリゾチーム濃度との関係を表すグラフである。近似線は対数近似曲線である。
【
図7】
図7はマイクロ流路デバイス内で形成させたリゾチーム結晶の観察画像(A、B)及びそのX線回折像(C)を示す写真である。
【
図8】
図8はマイクロ流路デバイス内で生成したリゾチーム結晶核のリザーバー中での経時的な結晶成長状態を示す写真である。A:対照(リゾチーム結晶核を無添加のリザーバーの静置6日後)、B:リゾチーム結晶核を添加したリザーバーの静置5日後、C:リゾチーム結晶核を添加したリザーバーの静置6日後、D:リゾチーム結晶核を添加したリザーバーの静置8日後、E:リゾチーム結晶核を添加したリザーバーの静置12日後。
【
図9】
図9はマイクロ流路デバイス内で生成したリゾチーム結晶核のリザーバー中での結晶育成の結果を示す写真である。A:リゾチーム結晶核を添加したリザーバー中の静置7日後の様子(総計約15個の結晶を確認できた)、B:対照(リゾチーム結晶核を無添加)のリザーバー中の静置7日後の様子(結晶なし)。
図9Aにおいて結晶の存在を白の破線で示した。
【
図10】
図10はグルコースイソメラーゼと結晶化剤(硫酸アンモニウム)を用いて作成したグルコースイソメラーゼの結晶化相図である。点線は過飽和領域と準安定領域の境界線を示す。
【
図11】
図11はマイクロ流路デバイス内で形成させたグルコースイソメラーゼ結晶の観察画像(A~C)を示す写真である。A:流路深さ30μm x 流路幅38μmのマイクロ流路、B:流路深さ30μm x 流路幅63μmのマイクロ流路、C:流路深さ30μm x 流路幅100μmのマイクロ流路。
【
図12】
図12はマイクロ流路デバイス内で形成させたグルコースイソメラーゼ結晶の観察画像(A、B)を示す写真である。A:流路深さ49μm x 流路幅63μmのマイクロ流路、B:流路深さ49μm x 流路幅100μmのマイクロ流路。矢印は結晶を示す。
【
図13】
図13はマイクロ流路全体の溶液量(流路容量(流路体積))とマイクロ流路全体で生成したグルコースイソメラーゼ結晶数との関係を表すグラフである。GI20はグルコースイソメラーゼ20mg/ml、GI30はグルコースイソメラーゼ30mg/mlの試料溶液を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0016】
本発明は、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を用いて、所定のサイズ(細さ)のマイクロ流路内で生体高分子の結晶化を実施することにより、生体高分子の結晶核を離散的に生成させることができるという知見に基づく、生体高分子結晶を製造する方法に関する。本発明は、10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路に充填された、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、生体高分子の結晶化に適した条件下に置く(例えば、静置する)ことにより、生体高分子の結晶核を離散的に生成させることを含む、生体高分子結晶を製造する方法を提供する。本発明の方法は、そのようにしてマイクロ流路で生成した結晶核を、使用した過飽和溶液中の生体高分子と同じ生体高分子の準安定領域の溶液に添加し、生体高分子の結晶を成長させることをさらに含んでもよい。
【0017】
本発明では、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路に導入し、生体高分子の結晶核形成を引き起こすことにより、生体高分子の結晶核をマイクロ流路内で離散的に生成させることができる。
【0018】
好ましい実施形態では、マイクロ流路内での生体高分子の結晶核形成は、バッチ法を用いて引き起こすことができる。「バッチ法」とは、結晶化剤を含む結晶性物質(生体高分子等)の過飽和溶液を、蒸発を防ぐ密閉条件で静置することにより、結晶性物質(生体高分子等)の結晶化を引き起こす手法である。あるいは、マイクロ流路内での生体高分子の結晶核形成は、透析法のような他の結晶化法を用いて引き起こすこともできる。
【0019】
より具体的には、本発明は、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路に導入し、それを静置することにより生体高分子の結晶核を離散的に生成させた後、生成した結晶核を、当該生体高分子を含む準安定領域の溶液に添加して結晶を成長させることを含む、生体高分子結晶を製造する方法を提供する。一実施形態では、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路に導入して当該過飽和溶液でマイクロ流路を満たす(充填する)ことが好ましい。
【0020】
本発明において「マイクロ流路」とは、深さ及び幅(いずれも内法)がそれぞれ1μm以上かつ1mm未満の範囲内にある流路を意味する。本発明におけるマイクロ流路は、その流れ方向の全長又はほぼ全長にわたって、一定又はほぼ一定の深さ及び幅を有することが好ましい。ここで「ほぼ」とは、±1%の誤差を許容することを意味する。
【0021】
本発明においては、10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路を用いることにより、生体高分子の結晶核を離散的に生成させることができる。ここで、マイクロ流路の「断面積」とは、マイクロ流路の底面及び中心軸(流れ方向)に垂直な流路断面の面積を指す。一実施形態では、本発明で用いるマイクロ流路は、10μm2~10,000μm2の断面積を有し、より好ましい実施形態では、100μm2~10,000μm2の断面積を有し、例えば、400μm2~10,000μm2、500μm2~10,000μm2、1000μm2~10,000μm2、2500μm2~10,000μm2、4000μm2~10,000μm2、500μm2~9,000μm2、1000μm2~9,000μm2、2500μm2~9,000μm2、4000μm2~9,000μm2、1000μm2~7,000μm2、2500μm2~7,000μm2、又は4000μm2~7,000μm2の断面積を有していてもよい。
【0022】
本発明で用いるマイクロ流路は、以下に限定するものではないが、200μm以下の深さ及び幅を有するものであってよい。好ましい実施形態では、本発明で用いるマイクロ流路は、10μm~100μmの深さ及び幅を有する。本発明で用いるマイクロ流路は、例えば、10μm~100μm、14μm~100μm、20μm~100μm、30μm~100μm、40μm~100μm、60μm~100μm、80μm~100μm、10μm~80μm、20μm~80μm、30μm~80μm、40μm~80μm、60μm~80μm、10μm~70μm、20μm~70μm、30μm~70μm、40μm~70μm、60μm~70μm、10μm~50μm、20μm~50μm、30μm~50μm、又は40μm~50μmの深さ及び幅を独立に有するものであってよい。一実施形態では、本発明で用いるマイクロ流路は、例えば、10μm~100μm(例えば、30μm~100μm)の深さ、及び10μm~100μm、30μm~100μm、30μm~70μm、又は60μm~100μmの幅を有していてもよい。
【0023】
一実施形態では、本発明で用いるマイクロ流路は、深さ:幅=1:4~4:1、好ましくは1:2~2:1の比率であってよく、例えば、深さ:幅=1:1.8~1.8:1、1:1.5~1.5:1、1:1.3~1.3:1、又は1:1.1~1.1:1の比率であってよい。
【0024】
本発明で用いるマイクロ流路は、任意の長さを有するものであってよいが、典型的には1mm以上の長さを有する。好ましい実施形態では、マイクロ流路は、10mm以上の長さを有するものであってよく、例えば、10mm~100mm、10mm~80mm、10mm~70mm、20mm~100mm、20mm~80mm、20mm~70mm、30mm~100mm、30mm~80mm、30mm~70mm、40mm~100mm、40mm~80mm、40mm~70mm、50mm~100mm、50mm~80mm、又は50mm~70mmの長さを有するものであってよい。
【0025】
本発明で用いるマイクロ流路は、マイクロ流路デバイス(マイクロ流体デバイスとも称される)中に形成されたものであってよい。本発明で用いるマイクロ流路は、任意の形状を有し得る。本発明で用いるマイクロ流路は、水平面(重力方向に直交する面)での設置状態で上面方向から見て、直線状であってもよいし、曲線状であってもよいし、屈曲又は蛇行していてもよい。より好ましい実施形態では、本発明で用いるマイクロ流路は、水平面での設置状態で上面から見て、直線状である。本発明で用いるマイクロ流路内は、マイクロ流路への流体導入口とマイクロ流路からの流体出口を除いて、閉鎖された空間となっていることが好ましい。本発明で用いるマイクロ流路デバイスは生体高分子結晶の製造用であり、その用途に適するように構成されていることが好ましい。
【0026】
本発明で用いるマイクロ流路は、1つのマイクロ流路内で濃度勾配や濃度差、二つ以上の流体層などの流体不均一性を積極的に生じさせる手段(例えば、透析手段や、濃度勾配を形成するための副流路など)を有しなくてもよい。
【0027】
本発明で用いるマイクロ流路及びマイクロ流路デバイスは、マイクロ流路及び結晶製造に適した任意の材料で構成されるものであってよく、例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)などのシリコーン樹脂、シクロオレフィンポリマー(COP)などの環状オレフィン系樹脂、ポリメチルメタクリレート(PMMA)などのアクリル系樹脂をはじめとする樹脂、ガラス、石英等から選択される1つ又は2つ以上の材料で構成されるものであってよい。
【0028】
本発明の方法で用いる生体高分子は、例えば、タンパク質やオリゴペプチドなどのポリペプチド、DNA又はRNAなどの核酸、糖鎖等の結晶形成性の高分子(ポリマー)であり得る。本発明の方法で用いる生体高分子は、天然で存在するものであってもよいし、天然では存在せず人為的に(例えば、遺伝子工学技術、又は化学合成若しくは化学修飾技術により)創出されたものであってもよい。本発明の方法で用いる生体高分子は、生体内から単離されたものであってもよいし、合成されたものであってもよい。
【0029】
好ましい実施形態では、本発明の方法で用いる生体高分子は、タンパク質であり得る。タンパク質は、天然タンパク質であってもよいし、合成タンパク質であってもよい。タンパク質は、糖鎖、脂質等の付加により修飾されたものであってもよいし、放射性同位元素、蛍光色素をはじめとする色素などで標識されたものであってもよいし、核酸、ペプチド等の低分子化合物などの任意の化合物と複合体化されたものであってもよい。タンパク質は、単量体であっても多量体であってもよい。タンパク質はまた、二種以上のタンパク質の複合体であってもよい。タンパク質の一例はリゾチーム、グルコースイソメラーゼ等の酵素である。
【0030】
本発明の好ましい実施形態では、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、マイクロ流路に導入する。結晶化剤(沈殿剤)は、塩、アミノ酸及びアミノ酸誘導体、有機溶媒、水溶性高分子等の、結晶化の促進のために用いられる任意の添加剤であってよい。結晶化剤としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウムなどの塩化物、硫酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、硫酸マグネシウム、硫酸リチウム、硫酸カドミウムなどの硫酸塩、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、無水リン酸アンモニウム、無水リン酸カリウムなどのリン酸塩、リン酸2水素ナトリウム、リン酸2水素カリウムなどのリン酸水素塩、硝酸ナトリウムなどの硝酸塩、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、酢酸カルシウム、酢酸アンモニウム、酢酸亜鉛などの酢酸塩、クエン酸ナトリウムなどのクエン酸塩、ギ酸ナトリウム、ギ酸カリウムなどのギ酸塩、酒石酸カリウムナトリウム、マロン酸ナトリウムなどの有機酸塩、並びにそれらの溶媒和物、アルギニン、グリシン、リジン、アスパラギン酸、グルタミン酸、プロリンなどのアミノ酸及びその塩、グリシンエチルエステル、グリシンアミド、プロリンアミド等のアミノ酸誘導体及びその塩、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、エタノール、メタノール、イソプロパノール、n-プロパノール、tert-ブタノール、ジオキサンなどの有機溶剤、分子量およそ400~20,000のポリエチレングリコール及びその誘導体、ポリエチレングリコールモノアルキルエーテル、ポリエチレンイミン、グリセロールなどの水溶性高分子等が挙げられるが、これらに限定されない。結晶化剤は、結晶化させる生体高分子の種類に応じて選択することも好ましい。
【0031】
結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液は、結晶化剤及び生体高分子を含む緩衝液であることが好ましい。緩衝液は、結晶化試料に用いられる任意の緩衝液であってよいが、例えば、酢酸-酢酸ナトリウム緩衝液(例えば、50mM酢酸ナトリウム緩衝液;pH3.7~5.6)、クエン酸-クエン酸ナトリウム緩衝液(pH3.0~6.2)、コハク酸ナトリウム-NaOH緩衝液(pH3.8~6.0)、カジコル酸ナトリウム-HCl緩衝液(pH5.0~7.4)、MES-NaOH緩衝液(pH5.4~6.8)、PIPES-NaOH緩衝液(pH6.2~7.3)、MOPS-NaOH緩衝液(pH6.4~7.8)、HEPES-NaOH緩衝液(pH7.2~8.2)、Tris-HCl緩衝液(pH7.1~8.9)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0032】
結晶化剤を含む生体高分子の溶液は、その溶液条件に応じて、一般的に、(i)生体高分子結晶の核生成(核形成)も成長も起こらない未飽和領域(未飽和相)、(ii)生体高分子結晶の結晶成長だけが起こる準安定領域(準安定相)、(iii)生体高分子結晶の核生成(結晶核形成)と結晶生成が起こる過飽和領域(過飽和相)に分類される。例えば、溶液の生体高分子濃度を縦軸に、結晶化剤濃度を横軸に取り、未飽和領域、準安定領域、及び過飽和領域を示した結晶化相図(結晶相図)は、当業者であれば容易に作成することができる。生体高分子の過飽和領域の溶液を、生体高分子の過飽和溶液と称する。一例として、結晶化剤としての塩化ナトリウム0.8Mを含む50mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)中のリゾチーム濃度15mg/mL~40mg/mLの溶液は、リゾチームの過飽和溶液である。また、結晶化剤としての硫酸アンモニウム10~45%(w/v)を含む10mM HEPES緩衝液(pH7.7)中のグルコースイソメラーゼ濃度20mg/mL~40mg/mLの溶液は、グルコースイソメラーゼの過飽和溶液である。生体高分子の溶液が過飽和領域の溶液(過飽和溶液)であるか、準安定領域の溶液であるか、又は未飽和領域の溶液であるかは、結晶化相図、例えば生体高分子濃度を縦軸に、結晶化剤濃度を横軸に取った結晶化相図に基づいて、当業者は容易に判断することができる。
【0033】
本発明の一実施形態では、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、上記マイクロ流路に導入し、その過飽和溶液でマイクロ流路を満たすことが好ましい。結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液は、マイクロ流路内で微小液滴を形成していない。結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液は、マイクロ流路に導入される際、均一に混合された溶液であってよい。
【0034】
結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、マイクロ流路を満たした状態で静置することにより、生体高分子の結晶核を生成させることができる。本発明において「結晶核」は、成長初期段階の結晶核である微結晶を包含するものとする。本発明の一実施形態では、マイクロ流路内で、長さ50μm以下、500μm以下、5mm以下、又は5mmを超える長さの、生体高分子の結晶(核)を生成させてもよい。後述のとおりリザーバーに投入する場合、マイクロ流路内で生成させる結晶(核)は、長さのより短い結晶核(例えば、長さ50μm以下のもの)であってよいが、それに限定されない。マイクロ流路内での静置時間は、生体高分子の結晶核生成が可能な時間であればよく、以下に限定されないが、典型的には、1~26時間、例えば、1~24時間、1~12時間、1~5時間、又は1~3時間であってよい。あるいは、マイクロ流路内での静置時間は、より長い時間であってもよく、12時間以上、24時間以上、26時間以上、又は48時間以上であってもよく、例えば、1時間~1週間、1時間~10日、1時間~2週間、1時間~1ヶ月、1時間~2ヶ月、12時間~1週間、12時間~10日、12時間~2週間、12時間~1ヶ月、又は12時間~2ヶ月、24時間~1週間、24時間~10日、24時間~2週間、24時間~1ヶ月、又は24時間~2ヶ月であってもよいが、この範囲に限定されない。本発明における、結晶核生成のためのマイクロ流路内での静置時間は、結晶核がより大きな結晶に成長するのに必要な時間よりも短いものであってよいが、それに限定されない。
【0035】
結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液のマイクロ流路での静置は、結晶化に適した温度条件下で行えばよい。そのような温度条件は、結晶化剤や生体高分子の種類に合わせて選択することができるが、通常は4~25℃又は4~39℃、例えば、4~25℃、5~30℃、15~25℃、又は18~22℃であってよい。
【0036】
結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液が導入され好ましくは当該溶液で満たされたマイクロ流路には、封止材(例えば、シール、グリース)等で流体導入口や流体出口又はそれにつながるチューブ等の連結手段の開口部を封止したり、材料表面を覆ったりすることによって、静置の際の溶液の蒸発を防ぐ処置が施されることが好ましい。
【0037】
上記のようにして、マイクロ流路内では、生体高分子の結晶化が引き起こされる。本発明のマイクロ流路を用いることにより、生体高分子の結晶核又は結晶核が成長した単結晶を離散的に生成させることができる。本発明に関して「離散的」とは、それぞれの結晶核又は単結晶が、特定の位置に集中又は凝集することなく、マイクロ流路内で分散した位置に生成する全体的傾向を示すことを意味する。本発明では、上記のマイクロ流路を用いることにより、生体高分子の結晶核又は単結晶を、ランダムな間隔というよりはむしろ、一定範囲内の間隔を空けて生成させることができる。このことは、用いるマイクロ流路のサイズに応じて生成する結晶核や単結晶の数を制御できることを意味する。したがって本発明では、そのようにして離散的に生成された生体高分子の結晶核や単結晶を含む溶液をマイクロ流路から押し出すことにより、制御された数の結晶核又は単結晶を取得することができる。本発明は、生体高分子の結晶核又は単結晶を離散的に生成させる方法も提供する。
【0038】
本発明では、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件と、使用するマイクロ流路の容量と、マイクロ流路全体で生成する生体高分子結晶の数の間に相関関係が存在する。例えば、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期生体高分子濃度(典型的には、マイクロ流路への導入時の濃度)毎に、マイクロ流路全体で生成する生体高分子結晶の数は、マイクロ流路の容量と、正の相関を示す(例えば、
図5を参照されたい)。好ましい実施形態では、その相関関係は、最小二乗法による原点を通る直線の回帰式で表すことができる。結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期生体高分子濃度(典型的には、マイクロ流路への導入時の濃度)は、マイクロ流路の単位容量当たりの生体高分子結晶の生成数と正の相関を示し、言い換えると、生成する生体高分子結晶1個当たりのマイクロ流路容量(結晶1個当たりが占めるマイクロ流路容量)とは負の相関を示す(例えば、
図6を参照されたい)。このような相関関係に基づけば、上記過飽和溶液についての初期生体高分子濃度等の初期濃度条件を用いて、使用するマイクロ流路の容量に対し、結晶核又は単結晶の生成数(絶対個数又は生成密度等)を、予測することができる。さらに、結晶核又は単結晶の生成数の予測値に基づき、生成する結晶核又は単結晶の制御された個数、好ましくは目的の個数(以下に限定するものではないが、例えば、1~30個、1~20個、1~15個、1~10個、又は1~5個)を含む溶液(静置後の過飽和溶液、又はその希釈液などの、結晶核又は単結晶を含む生体高分子の過飽和溶液)の容量(体積又は重量)を、予測することができる。本発明において結晶又は結晶核についての「制御された個数」とは、意図した一定の範囲の個数を意味する。
【0039】
そのような結晶核若しくは単結晶の生成数、又は生成する結晶核若しくは単結晶の目的の個数を含む溶液の容量は、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件(初期生体高分子濃度、初期結晶化剤濃度、初期緩衝液濃度、及び/又は初期水素イオン濃度(pH)等)と、マイクロ流路の単位容量当たりの生体高分子結晶の生成数又は生成する生体高分子結晶1個当たりのマイクロ流路容量との相関関係に基づく回帰分析により、予測することができる。回帰分析は、例えば、最小二乗法により行うことができるが、それに限定されない。回帰分析は単回帰分析であっても、重回帰分析であってもよい。回帰分析では、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件、例えば、初期生体高分子濃度及び場合により初期結晶化剤濃度を用いて、回帰式から、結晶核若しくは単結晶の生成数、又は制御された個数、好ましくは目的の個数(例えば、1~30個、1~20個、1~15個、1~10個、又は1~5個)の結晶核若しくは単結晶を含む溶液の容量を予測することができる。
【0040】
そのような予測値に従い、予測された生成数、又は制御された個数、好ましくは目的の個数(例えば、1~30個、1~20個、1~15個、1~10個、又は1~5個)の結晶核又は単結晶を含むであろう溶液を、静置後のマイクロ流路から取り出すことができる。マイクロ流路からの結晶核又は単結晶を含む溶液の取り出し方法は、特に限定されないが、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液又は他の液体媒体を、流体導入口からマイクロ流路へと追加注入することにより、マイクロ流路内の過飽和溶液、及びそれに含まれる生成した結晶核又は単結晶をマイクロ流路の流体出口から押し出してもよい。
【0041】
結晶核の成長を促進するため、マイクロ流路から取り出された生成した結晶核又は単結晶、特に結晶核を含む溶液(例えば、生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液)を、生体高分子を含む準安定領域の溶液に添加することができる。生体高分子を含む準安定領域の溶液は、結晶成長用リザーバーに収容されたものであってよい。その準安定領域の溶液は、通常は、使用した過飽和溶液中の生体高分子と同じ生体高分子を含む。生体高分子を含む準安定領域の溶液は、結晶化剤を含むものであってよい。その準安定領域の溶液は、添加した過飽和溶液中の結晶化剤と同じ結晶化剤を含むことが好ましいが、それに限定されない。その準安定領域の溶液は、マイクロ流路での結晶核生成に使用した過飽和溶液中の初期結晶化剤濃度と同じ又は同程度(±20%)の濃度で結晶化剤を含み得るが、それに限定されない。
【0042】
マイクロ流路から取り出された生成した結晶核を含む溶液は、制御された個数の結晶核、好ましくは比較的少数の結晶核、好ましくは1~100個、より好ましくは1~30個又は1~20個、さらに好ましくは1~15個又は1~10個、特に好ましくは1~5個、最も好ましくは1個の結晶核を含む容量で、上記の準安定領域の溶液に添加してもよい。そのような容量は、上記のように、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件、例えば、初期生体高分子濃度及び場合により初期結晶化剤濃度を用いた回帰分析による結晶核生成数の予測に従って決定することができる。比較的少数の結晶核を準安定領域の溶液に添加することにより、結晶核の成長をより促進し、より大型の結晶へと成長させることを可能にすることができる。
【0043】
マイクロ流路から取り出された生成した結晶核を含む溶液(結晶核)を、準安定領域の溶液に添加した後、常法により、例えばバッチ法により、結晶核を成長させることができる。例えば、結晶核を添加した準安定領域の溶液を、好ましくは密閉状態で、静置することにより、結晶成長を促進することができる。そのようにして、生体高分子結晶の構造解析に適したサイズの良質な結晶を製造することが可能になる。
【0044】
好ましい実施形態では、本発明の生体高分子結晶の製造方法は、上記のマイクロ流路デバイス又は当該方法に適した生体高分子結晶の製造装置を用いて、好適に実施することができる。本発明は、好ましくは本発明の方法に使用するための、そのような生体高分子結晶の製造装置も提供する。
【0045】
本発明の生体高分子結晶の製造方法に使用可能な、生体高分子結晶の製造装置は、生体高分子の結晶核を生成させるための10,000μm2以下の断面積を有するマイクロ流路と、マイクロ流路への流体導入口と、マイクロ流路からの流体出口とを有するマイクロ流路デバイスを備えたものであってよい。マイクロ流路の断面積、深さ、幅、長さ、形状等の構造や材料については、上述のとおりである。本発明におけるマイクロ流路は、分岐流路を有しないものであってもよく、一次元のものであってよい。本発明におけるマイクロ流路は、生体高分子の結晶核を離散的に生成させることができる。流体導入口は、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液をマイクロ流路に導入するためのものであるが、他の流体をマイクロ流路に導入するために用いることもできる。本発明におけるマイクロ流路デバイスは、結晶化剤を生体高分子とは別個にマイクロ流路に導入するための導入口及び/又は流路をさらに有する必要はない。本発明におけるマイクロ流路デバイスは、1個又は複数のマイクロ流路を有していてもよい。
【0046】
本発明に係る生体高分子結晶の製造装置はまた、結晶成長用リザーバーをさらに備えたものであってよい。結晶成長用リザーバーは、マイクロ流路デバイスの流体出口に連結されていてもよい。結晶成長用リザーバーは、準安定領域の生体高分子溶液を収容し、マイクロ流路から取り出された結晶核を含む溶液をそこに添加して結晶を成長させるための容器である。マイクロ流路デバイスの流体出口と結晶成長用リザーバーは、結晶核を含む溶液を結晶成長用リザーバーに導入できるように、任意の連結手段(チューブ、流路、及び/又は連結具等)によって連結されていてもよい。
【0047】
一実施形態では、流体導入口は、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を注入するための流体注入手段に連結されている。そのような流体注入手段は、例えば、シリンジ、シリンジポンプ、分注器等であり得る。流体導入口は、例えばチューブ等の任意の連結手段を介して、流体注入手段に連結されていてもよい。流体注入手段は、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液以外の流体を、流体導入口に注入するために用いることもできる。
【0048】
マイクロ流路デバイス(マイクロ流体デバイスとも称される)は、例えば、マイクロ流路チップであってよい。
【0049】
流体注入手段は、マイクロ流路に導入された溶液、典型的には、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液を、マイクロ流路の流体出口から押し出すことができるように構成されていてもよい。具体的には、流体注入手段は、マイクロ流路に導入された溶液を流体出口から押し出しながら、流体導入口からマイクロ流路へと追加の溶液を注入できるように、圧力をかけて送液するように構成されていることが好ましい。
【0050】
本発明のマイクロ流路デバイスはまた、マイクロ流路で生成した結晶核を含む溶液(典型的には、生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液)が、制御された個数、好ましくは目的の個数、例えば、1~30個、1~20個、1~15個、1~10個、又は1~5個の結晶核を含む容量で、結晶成長用リザーバーに導入されるように構成されていてもよい。そのような容量は、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件、例えば、初期生体高分子濃度及び場合により初期結晶化剤濃度を用いた回帰分析による結晶核生成数の予測に従って決定することができる。
【0051】
図1に、生体高分子結晶の製造装置の構造を例示して説明する。
図1に示すとおり、マイクロ流路1を有するマイクロ流路デバイス6は、基板5とスライドガラス4によって構成されており、マイクロ流路1は基板5上に形成された溝とそれに蓋をするように基板5に接着されたスライドガラス4によって形成されている。マイクロ流路1の一方の端部には、マイクロ流路デバイスの外部からマイクロ流路への流体の導入を可能にするように基板5に設けられた流体導入口2がある。マイクロ流路1のもう一方の端部には、マイクロ流路からマイクロ流路デバイスの外部への流体の排出を可能にするように基板5に設けられた流体出口3がある。流体導入口2は、流体注入手段7に連結されており、流体注入手段7により、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液(結晶化剤-生体高分子過飽和溶液)は流体導入口2へと注入され、次いでマイクロ流路へと導入される。マイクロ流路デバイスのマイクロ流路からの流体出口3には、好ましくはチューブ等を介して、結晶成長用リザーバー8が連結されている。マイクロ流路に導入された溶液は、静置時間後、流体出口3から例えば押し出されるか又は採取されることによりマイクロ流路から取り出されて、結晶成長用リザーバー8へと導入される。流体出口3と結晶成長用リザーバー8は、マイクロ流路から取り出された溶液が、結晶成長用リザーバー8内の準安定領域の溶液に添加されるように、連結されていることが好ましい。マイクロ流路デバイス6、及びその構成部材、例えば基板5は、マイクロ流路及び結晶製造に適した任意の材料で構成されるものであってよく、例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)などのシリコーン樹脂、シクロオレフィンポリマー(COP)などの環状オレフィン系樹脂、ポリメチルメタクリレート(PMMA)などのアクリル系樹脂をはじめとする樹脂、ガラス、石英等から選択される1つ又は2つ以上の材料で構成されるものであってよい。
【0052】
一実施形態では、本発明に係る生体高分子結晶の製造装置は、さらに、記憶部、演算部、及び/又は制御部を備えていてもよい。本発明に係る生体高分子結晶の製造装置は、(i)結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件を記憶する記憶部、(ii)マイクロ流路で生成する結晶核生成数を、その過飽和溶液の初期濃度条件(初期生体高分子濃度等、例えば初期生体高分子濃度及び初期結晶化剤濃度)を用いて回帰分析により予測する演算部、及び(iii)生成した結晶核を含む溶液(典型的には、生成した結晶核を含む前記生体高分子の過飽和溶液)を、制御された個数、好ましくは目的の個数、例えば1~30個、1~20個、1~15個、1~10個、又は1~5個の結晶核を含む容量でマイクロ流路から結晶成長用リザーバーに導入する制御部をさらに備えるものであってよい。
【0053】
記憶部は、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件(初期生体高分子濃度、初期結晶化剤濃度、初期緩衝液濃度、及び/又は初期水素イオン濃度(pH)等)のデータを記憶するものであってよい。記憶部はまた、生体高分子の種類、結晶化剤の種類、緩衝液の種類、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件(初期生体高分子濃度、初期結晶化剤濃度、初期緩衝液濃度、及び/又は初期水素イオン濃度(pH)等)、結晶化相図データ(例えば、
図2又は10のようなデータ等)、マイクロ流路条件(例えば、流路容量、又は流路深さ及び流路幅のデータ)、マイクロ流路の流路容量と関連付けた生体高分子結晶の生成数のデータ、マイクロ流路の単位容量当たりの生体高分子結晶の生成数を示すデータ(例えば、
図5又は13のようなデータ等)、及び/若しくは生成する生体高分子結晶1個当たりのマイクロ流路容量のデータ(例えば、
図6のようなデータ等)などの実験データ若しくはその解析データ、それらの相関分析及び/若しくは回帰分析の結果のデータ、又はそれらのデータを含むデータベース若しくはデータセットを記憶又は格納するものであってよい。記憶部はまた、そのような相関分析及び/若しくは回帰分析、又はそれに基づく予測等の解析を実施するためのプログラム等を記憶又は格納するものであってよい。記憶部に記憶される上記の過飽和溶液の初期濃度条件等のデータは、後述の入力部によって入力されたデータ(入力データ)であってもよい。
【0054】
演算部は、使用したマイクロ流路での結晶核の生成数を、使用した過飽和溶液の初期濃度条件、例えば初期生体高分子濃度及び場合により初期結晶化剤濃度を用いて、回帰分析により予測するための演算処理を行うものであってよい。この回帰分析は、使用した過飽和溶液の初期濃度条件、例えば初期生体高分子濃度及び場合により初期結晶化剤濃度を用い、結晶化相図データ(例えば、
図2又は10のようなデータ等)、マイクロ流路条件(例えば、流路容量、又は流路深さ及び流路幅のデータ)、マイクロ流路の流路容量と関連付けた生体高分子結晶の生成数のデータ、マイクロ流路の単位容量当たりの生体高分子結晶の生成数を示すデータ(例えば、
図5又は13のようなデータ等)、及び/若しくは生成する生体高分子結晶1個当たりのマイクロ流路容量のデータ(例えば、
図6のようなデータ等)などの実験データ若しくはその解析データ、又はそれらのデータを含むデータベース若しくはデータセットを参照して行うものであってよい。例えば、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期生体高分子濃度は、マイクロ流路の単位容量当たりの生体高分子結晶の生成数と正の相関を示し、生成する生体高分子結晶1個当たりのマイクロ流路容量と負の相関を示すことから、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期生体高分子濃度及び場合により初期結晶化剤濃度から、回帰分析により、マイクロ流路全体の結晶核の生成数の予測値を得ることができる。
【0055】
演算部はまた、マイクロ流路で生成する結晶核を制御された個数、好ましくは目的の個数、例えば1~30個、1~20個、1~15個、1~10個又は1~5個含む溶液(典型的には、結晶化剤を含み得る、生成した結晶核を含む生体高分子の過飽和溶液)の容量を、その過飽和溶液の初期生体高分子濃度及び場合により結晶化剤濃度を用いて、回帰分析により予測するための演算処理を行うものであってもよい。例えば、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期生体高分子濃度は、マイクロ流路の単位容量当たりの生体高分子結晶の生成数と正の相関を示し、生成する生体高分子結晶1個当たりのマイクロ流路容量と負の相関を示すことから、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期生体高分子濃度及び場合により初期結晶化剤濃度から、回帰分析により、マイクロ流路全体での結晶核の生成数の予測値を得ることができ、その予測値に基づいて、生成した結晶核を制御された個数、好ましくは目的の個数、例えば1~30個、1~20個、1~15個、1~10個又は1~5個含む溶液(典型的には、結晶化剤を含み得る、生成した結晶核を含む生体高分子の過飽和溶液)の容量の予測値を算出(決定)することができる。
【0056】
より具体的には、例えば、記憶部に記憶されている結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件を参照し、記憶部等に格納されている相関分析及び/若しくは回帰分析等のデータ解析を実施するためのプログラム、及びデータベース又はデータセットを読み出して実行することにより、生成する結晶核を制御された個数、好ましくは目的の個数、例えば1~30個、1~20個、1~15個、1~10個又は1~5個含む、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の容量の予測値を算出することができる。演算部はまた、記憶部に記憶された結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件を参照し、記憶部に格納されている相関分析及び/若しくは回帰分析等のデータ解析を実施するためのプログラム及びデータセット又はデータベースを読み出して実行することにより、マイクロ流路全体で生成する結晶核の数(例えば、絶対数、又は生成密度)の予測値、準安定領域の生体高分子溶液に添加すべき生成した結晶核の数又はその結晶核を含む溶液の添加容量の予測値等を算出するための演算処理をさらに行うものであってもよい。
【0057】
制御部は、マイクロ流路内で生成した結晶核を含む溶液を、制御された個数、好ましくは目的の個数、例えば1~30個、1~20個、1~15個、1~10個又は1~5個の結晶核を含む容量でマイクロ流路から結晶成長用リザーバーに導入するようにマイクロ流路デバイス(例えば、その流体注入手段、流体出口、又は結晶成長用リザーバー、流体出口と結晶成長用リザーバーの連結手段等)を制御するものであってよい。
【0058】
本発明に係る生体高分子結晶の製造装置は、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件などのデータを入力する入力部をさらに備えてもよい。本発明に係る生体高分子結晶の製造装置は、マイクロ流路における結晶核の生成数の予測値を出力する出力部、及びそれらを表示する表示部等をさらに備えてもよい。本発明に係る生体高分子結晶の製造装置はまた、準安定領域の生体高分子溶液に添加すべき、生成した結晶核を制御された個数、好ましくは目的の個数、例えば1~30個、1~20個、1~10個又は1~5個含む溶液の容量の予測値等を出力する出力部、及び/又はそれらを表示する表示部等をさらに備えてもよい。
【0059】
本発明に係る生体高分子結晶の製造装置は、通信ネットワークと接続可能に構成されていてもよい。通信ネットワークとしては、以下に限定するものではないが、例えば、インターネット、イントラネット、LAN、VAN、CATV通信網、仮想通信網、衛星通信網等が挙げられる。本発明に係る生体高分子結晶の製造装置は、通信ネットワークと接続される場合、通信ネットワーク上で、結晶化剤を含む生体高分子の過飽和溶液の初期濃度条件を用いて、マイクロ流路での結晶核の生成数、及び/又は生成した結晶核を制御された個数、好ましくは目的の個数、例えば1~30個、1~20個、1~15個、1~10個又は1~5個含む溶液の容量を回帰分析により予測する演算処理を行い、それにより予測された容量の溶液を、マイクロ流路から結晶成長用リザーバーに導入する制御部を有していてもよい。
【0060】
以上のような本発明に係る生体高分子結晶の製造方法及び装置では、生体高分子の結晶核の生成数又は生成密度を制御し、それにより制御された数の結晶核を成長させることができる。このような本発明に係る生体高分子結晶の製造方法及び装置は、タンパク質等の生体高分子のより大型でより良質な結晶の育成にも有利に使用できると考えられる。例えば、X線回折法よりも大きなサイズの結晶が必要な中性子回折法による結晶構造解析を行う上で、良質な大型結晶を容易に製造できれば非常に有用である。
【実施例0061】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0062】
[実施例1]結晶化相図の作成
本実施例では、タンパク質であるニワトリ卵白リゾチーム(HEWL;Sigma-Aldrich)の結晶化相図を作成した。
【0063】
まず、100mM酢酸溶液と100mM酢酸ナトリウム溶液を混合し、pH4.5に調整した後、同体積の蒸留水を加えることにより、50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)を調製した。
【0064】
調製した上記緩衝液に、結晶を形成していないリゾチーム(HEWL)又は結晶化剤としての塩化ナトリウム(NaCl)を目的の濃度(HEWL:5、10、15、20、25、30、35、又は40mg/ml、NaCl:0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、又は1.0M)の2倍の濃度になるように加えて溶解することにより、リゾチーム溶液及びNaCl溶液を調製した。リゾチーム(HEWL)濃度(C[mg/mL](wt/v))は、分光光度計(Ultrospec 2100 pro;Amersham Bioscience)を用いて波長280nmでの吸光度Aを測定することにより決定した。濃度の算出には以下のリゾチームの吸光光度係数(ε)及び式を用いた。Lは光路長を表す。
【0065】
吸光度A=リゾチーム吸光光度係数(ε)2.69×C[mg/mL]×L[cm]
【0066】
調製したリゾチーム溶液とNaCl溶液を3μlずつ取り、マイクロバッチキット(Greiner Bio-One)のプレートのウェル内に加えて混合して試料を調製し、その上に蒸発を防ぐための流動パラフィン5μlを載せて覆った。このプレートを20℃に設定した恒温槽(インキュベーター)に4日静置し、結晶化させた。各試料は4プレートで四重に試験した。結晶化条件は以下のとおりである。
【0067】
【0068】
静置4日後、実体顕微鏡を用いて、プレートのウェル内の液滴を観察し、結晶の有無を判定した。各試料のリゾチーム濃度及びNaCl濃度と結晶形成の有無に基づき、結晶化相図を作成した(
図2)。
図2中、星は結晶析出なし(0/4)、×は4プレート中の1プレートで結晶析出(1/4)、三角は4プレート中の2プレートで結晶析出(2/4=1/2)、四角は4プレート中の3プレートで結晶析出(3/4)、丸は4プレート中の4プレートで結晶析出(4/4)を示し、また、星、×、三角、四角、丸の各マーカーについて、白抜きはリゾチーム濃度35~40mg/ml及びNaCl濃度0.3~1.0M、網掛け(ハッチング)はリゾチーム濃度20~30mg/ml及びNaCl濃度0.3~1.0M、黒塗りはリゾチーム濃度5~30mg/ml及びNaCl濃度0.1~0.2M、又はリゾチーム濃度5~15mg/ml及びNaCl濃度0.3~1.0Mの試料を表す。
【0069】
リゾチーム濃度及びNaCl濃度に対して、過飽和領域と準安定領域の境界線(
図2中の点線;結晶核形成境界線)が示された。
図2中、過飽和領域は点線の上側に、準安定領域は点線に沿って点線の下側に存在する。
【0070】
[実施例2]マイクロ流路デバイスを用いた結晶の形成
本実施例では、マイクロ流路においてタンパク質結晶が離散的に形成する条件を調べるために、異なる濃度のタンパク質溶液(いずれも過飽和領域内)、及び異なる幅と深さ(いずれも内法)を有するマイクロ流路を有するマイクロ流路デバイス(マイクロ流体デバイスとも呼ばれる)を用いて結晶化試験を行った。
【0071】
試験した条件は以下のとおりである。
【0072】
【0073】
マイクロ流路デバイスとしては、マイクロ流路を構成する溝とマイクロ流路への流体導入口とマイクロ流路からの流体出口とを有するポリジメチルシロキサン(PDMS)製の基板に、その溝に蓋をするようにスライドガラスを接着させてマイクロ流路(長さ60mm、流路の深さ及び幅は表2に記載のとおり)を形成したマイクロチップを用いた。
【0074】
100mM酢酸溶液と100mM酢酸ナトリウム溶液を混合し、pH4.5に調整した後、同体積の蒸留水を加えることにより、50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)を調製した。
【0075】
調製した上記緩衝液に、結晶を形成していないリゾチーム(HEWL)又は結晶化剤としてのNaClを目的の濃度(HEWL:15、20、又は40mg/ml、NaCl:0.8M)の2倍の濃度になるように加えて溶解することにより、リゾチーム溶液及びNaCl溶液をそれぞれ調製した。リゾチームの濃度は分光光度計(Ultrospec 2100 pro;Amersham Bioscience)を用いて上記と同様に測定した。
【0076】
調製したリゾチーム溶液とNaCl溶液を1:1の割合(体積比)で混合して試料溶液を調製した。調製した試料溶液を、マイクロ流路デバイスの流体導入口からマイクロ流路に導入し、マイクロ流路を試料溶液で満たした。試料溶液の導入後、流体導入口を真空グリースで塞ぎ、さらにマイクロ流路デバイスの表面にクリアシールを貼って試料溶液の蒸発を防止した。次いで、そのようにして試料溶液をマイクロ流路に導入し充填したマイクロ流路デバイスを、293K(20℃)で表2に記載の時間にわたって静置することにより、マイクロ流路内で結晶(結晶核)を形成させた。静置時間経過後、実体顕微鏡を用いてマイクロ流路内を観察し、生成した結晶の個数及び個々の結晶の間隔を計測した。
【0077】
観察の結果、試験したマイクロ流路の範囲では、いずれのマイクロ流路内でもリゾチーム(HEWL)の結晶が離散的に(分散して)形成されたことが示された。生成した結晶は単結晶であった。マイクロ流路内のリゾチーム結晶の離散的な形成を示す写真の例を
図3に示す。このような一次元のマイクロ流路で離散的な結晶形成が認められたのは初めてのことである。
【0078】
さらに、流路深さ x 流路幅(いずれも内法)=14μm x 31μm(HEWL 30mg/ml、NaCl 0.8M)、14μm x 50μm(HEWL 30mg/ml、NaCl 0.8M)、30μm x 19μm(HEWL 40mg/ml、NaCl 0.8M)、30μm x 38μm(HEWL 17.5mg/ml、NaCl 0.4M)、30μm x 63μm(HEWL 40mg/ml、NaCl 0.8M)、30μm x 100μm(HEWL 40mg/ml、NaCl 0.8M)、49μm x 60μm(HEWL 17.5mg/ml、NaCl 0.4M)、49μm x 63μm(HEWL 40mg/ml、NaCl 0.8M)、67μm x 63μm(HEWL 17.5mg/ml、NaCl 0.4M)、及び95μm x 94μm(HEWL 17.5mg/ml、NaCl 0.4M)であるマイクロ流路(括弧内はリゾチーム濃度及びNaCl濃度条件)を用いたこと以外は上記と同様にして行った実験でも、それぞれのマイクロ流路内でリゾチーム結晶の離散的な形成を観察できた。流路深さ x 流路幅=14μm x 31μm(HEWL 30mg/ml、NaCl 0.8M)、30μm x 38μm(HEWL 17.5mg/ml、NaCl 0.4M)、49μm x 60μm(HEWL 17.5mg/ml、NaCl 0.4M)、67μm x 63μm(HEWL 17.5mg/ml、NaCl 0.4M)、及び95μm x 94μm(HEWL 17.5mg/ml、NaCl 0.4M)であるマイクロ流路を用いた実験では、それぞれ、13個、9個、3個、7個、4個の結晶の生成が観察された。
【0079】
結晶間隔の計測結果から、マイクロ流路内では多くの結晶が一定範囲の間隔を空けて生成することが示された。
図4には40mg/mlのリゾチーム溶液(NaCl 0.8M)を用いて、流路深さ95μm x 流路幅94μmのマイクロ流路で結晶化試験を行った場合(A)、及び40mg/mlのリゾチーム溶液(NaCl 0.8M)を用いて、流路深さ49μm x 流路幅60μmのマイクロ流路で結晶化試験を行った場合(B)の結晶間距離度数分布を示した。
【0080】
図5に、流路容量と流路全体の生成結晶数との関係を示す。いずれのリゾチーム濃度でも、流路容量と流路全体の生成結晶数には正の相関関係があることが認められた。さらに、
図5に示された最小二乗法による回帰分析で示されたリゾチーム濃度毎の近似直線の係数(傾き)を生成結晶1個当たりの流路容量とし、リゾチーム濃度との関係を
図6に示した。
図6に示されるように、一定の結晶化剤濃度下で、リゾチーム濃度と、生成結晶1個当たりの流路容量には、負の相関関係があることが認められた。したがって、例えば、
図5のグラフや
図6に示されたような近似線に基づき、使用するリゾチーム濃度とマイクロ流路の容量から、生成するタンパク質結晶(結晶核)の数を予測することができるといえる。
【0081】
図4~
図6に示された結果から、マイクロ流路に導入する過飽和溶液のタンパク質濃度とマイクロ流路の容量を調節することにより、高い再現性をもってタンパク質結晶核及び単結晶の生成数及びそのマイクロ流路内の分布を制御できることが示された。すなわち、マイクロ流路内で1個~少数個のタンパク質結晶核を離散的に形成させることが可能な、タンパク質濃度とマイクロ流路の容量(サイズ)を算出することができる。
【0082】
[実施例3]結晶のX線回折測定
本実施例ではマイクロ流路デバイス内で形成されたリゾチーム結晶についてX線回折測定を行った。
【0083】
深さ30μm、幅63μm、長さ60mmのマイクロ流路を有する上記マイクロ流路デバイスの流体導入口から、上記と同様に調製したリゾチーム(HEWL)40mg/ml及びNaCl 0.8Mを含む試料溶液を導入した後、20℃のインキュベーター内にマイクロ流路デバイスを配置して1週間にわたり静置し、結晶を形成させた。結晶形成のための静置時間中、PDMSを通した溶液の蒸発を防ぐため、NaCl 0.8Mを添加し溶解させた50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)約1mLと共に、マイクロ流路デバイスを、容積1L程度の密閉容器中に配置した。マイクロ流路内で生成した結晶の観察画像を
図7A及びBに示す。
図7Bは
図7Aの結晶の拡大画像である。
【0084】
マイクロ流路内で生成した長さ約300μmの結晶のX線回折測定は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)のフォトンファクトリー(PF)のビームラインBL-5Aを使用して行った。マイクロ流路内の結晶を含む溶液の前処理は行わずに、上流側がPDMS基板、下流側がスライドガラスとなるようにマイクロ流路デバイスをX線回折装置にマウントした。回折データの収集は、波長1Å、振動角は1.0°で90.0°から95.0°までの5枚、露光時間20.0秒、カメラ距離382.81mm、測定温度は室温で実施した。X線回折測定で得られた回折像の例を
図7Cに示す。
【0085】
回折データ解析結果を表3に示す。
【0086】
【0087】
表3に示すこの結晶の格子定数は、リゾチームによくみられる正方晶系(P43212)であることを表している。このX線回折の結果から、マイクロ流路内でリゾチーム単結晶が形成されたことが裏付けられた。
【0088】
[実施例4]タンパク質結晶核の形成及びリザーバー中の準安定相での結晶成長(1)
100mM酢酸溶液と100mM酢酸ナトリウム溶液を混合し、pH4.5に調整した後、同体積の蒸留水を加えることにより、50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)を調製した。
【0089】
調製した上記緩衝液に、結晶を形成していないリゾチーム(HEWL)又は結晶化剤としてのNaClを目的の濃度(HEWL 20mg/ml、NaCl 0.8M)の2倍の濃度になるように加えて溶解することにより、リゾチーム溶液及びNaCl溶液を調製した。リゾチーム濃度(C[mg/mL](wt/v))は分光光度計(Ultrospec 2100 pro;Amersham Bioscience)を用いて上記と同様に決定した。
【0090】
調製したリゾチーム溶液とNaCl溶液を1:1の割合(体積)で混合して試料溶液を調製した。調製した試料溶液(リゾチーム 20mg/ml、NaCl 0.8Mの過飽和溶液)を、マイクロ流路デバイス(
図1)の流体導入口から、流体導入口に連結したPEEKチューブ及びマイクロシリンジを用いて、深さ95μm、幅63μm、長さ60mmのマイクロ流路に導入し、マイクロ流路を試料溶液で満たした。次いで、そのようにして試料溶液を導入し充填したマイクロ流路デバイスを、293K(20℃)で1時間にわたって静置した。静置時間終了後、マイクロ流路デバイスの流体導入口に連結したPEEKチューブ及びマイクロシリンジ中の試料溶液(リゾチーム溶液とNaCl溶液の1:1混合液)をさらに5μL注入することにより、マイクロ流路内の試料溶液を流体出口から押し出して結晶核を確実に排出させた。流体出口から押し出すことでマイクロ流路から取り出された排出液5μlのうち0.5μlを、速やかに、リザーバーとしてのシッティングドロッププレート中の準安定領域リゾチーム溶液40μlに加えた。準安定領域リゾチーム溶液としては、上記の50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)を用いて調製した、リゾチーム(HEWL)5mg/ml、NaCl 0.8Mを含むリゾチーム溶液を用いた。
【0091】
試料溶液を添加したシッティングドロッププレートにOPP(Oriented PolyPropylene)テープで蓋をして密閉し、それを20℃のインキュベーターに入れて静置した。これにより、いわゆるバッチ法による結晶育成を行った。対照実験として、マイクロ流路から取り出した試料溶液を添加しない、リザーバー中の準安定領域リゾチーム溶液40μlを用意し、同様に20℃のインキュベーター中で静置した。それらのリザーバー中の溶液を12日後まで経時的に観察した。
【0092】
マイクロ流路から取り出した試料溶液(リゾチーム結晶核)を添加していない、対照の準安定条件のリザーバーでは、目視で観察可能な成長した結晶は全く見られなかった(静置6日後の様子を
図8Aに例示)。
【0093】
一方、マイクロ流路から取り出した試料溶液(リゾチーム結晶核)を添加したリザーバーでは、添加直後の目視観察では結晶は見られなかったが、静置5日後の目視観察において成長した多数の結晶が見られ(
図8B)、その結晶は日毎に大型に成長していき、約0.4mmの長さの複数の結晶の形成が観察された(
図8C~E)。過飽和状態で育成された少量の結晶核を含む溶液を、準安定条件の大量のリザーバー溶液に投入しても、結晶核が壊れずに結晶が成長したことが示された。
【0094】
これらの結果は、マイクロ流路で生成したタンパク質結晶核を、準安定領域タンパク質溶液に投入することにより、結晶成長を促進できることを示している。マイクロ流路内で形成させたタンパク質結晶核の1個~少数個をリザーバー中の準安定領域リゾチーム溶液に投入すれば、結晶成長をより効果的に促進することができる。
【0095】
[実施例5]タンパク質結晶核の形成及びリザーバー中の準安定相での結晶成長(2)
100mM酢酸溶液と100mM酢酸ナトリウム溶液を混合し、pH4.5に調整した後、同体積の純水を加えることにより、50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)を調製した。
【0096】
調製した上記緩衝液に、結晶を形成していない未精製リゾチーム(HEWL)又は結晶化剤としてのNaClを目的の濃度(HEWL 15mg/ml、NaCl 0.8M)の2倍の濃度になるように加えて溶解することにより、リゾチーム溶液及びNaCl溶液を調製した。リゾチーム濃度(C[mg/mL](wt/v))は分光光度計(Ultrospec 2100 pro;Amersham Bioscience)を用いて上記と同様に決定した。
【0097】
調製したリゾチーム溶液とNaCl溶液を1:1の割合で混合して試料溶液を調製した。調製直後の試料溶液(リゾチーム 15mg/ml、NaCl 0.8Mの過飽和溶液)294nlを、マイクロ流路デバイスのマイクロ流路(深さ49μm、幅100μm、長さ60mm)に導入した。具体的には、マイクロ流路デバイスのマイクロ流路の流体導入口に連結されたPEEKチューブに、試料溶液を充填したマイクロシリンジ(Hamilton、容量10μl)を接続し、マイクロシリンジから試料溶液を注入してマイクロ流路を満たした。シリンジを取り外し、マイクロ流路に通じるPEEKチューブの端をグリースで封止した。これにより、マイクロ流路は試料溶液で満たされ、一方、隣接するPEEKチューブには試料溶液が存在せず、マイクロ流路内の試料溶液がPEEKチューブ内の空気相で挟み込まれる状態となった。さらに、マイクロ流路デバイスにクリアシール(FastGeneTM qPCR圧着クリアシール、日本ジェネティクス)を貼ることにより、試料溶液の蒸発を抑制した。当該マイクロ流路デバイスは、NaCl濃度0.8Mの溶液で満たした秤量皿とともにタッパー型保存容器に入れて、蒸気圧を一定にした。
【0098】
そのマイクロ流路デバイスを、結晶化のため、293K(20℃)で6時間にわたって静置した。静置時間終了後、マイクロ流路デバイスの流体導入口に連結されたPEEKチューブに空のシリンジを接続し、マイクロ流路内の試料溶液294nlを流体出口から押し出し、リザーバーにそれを加えた。リザーバーとしては、シッティングドロッププレートの各ウェルに、準安定領域リゾチーム溶液(上記の50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)中、リゾチーム(HEWL)5mg/ml、NaCl 0.8M)30μlを入れたものを用いた。
【0099】
マイクロ流路から取り出した試料溶液を添加したリザーバー(シッティングドロッププレート)にOPPテープで蓋をして密閉し、それを20℃のインキュベーターに入れて静置した。これにより、いわゆるバッチ法による結晶育成を行った。対照実験として、マイクロ流路から取り出した試料溶液を添加しない、リザーバー中の準安定領域リゾチーム溶液(上記の50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)中、HEWL 5mg/ml、NaCl 0.8M)30μlを用意し、同様に20℃のインキュベーター中で静置した。それらのリザーバー中の溶液を7日後まで経時的に観察した。
【0100】
その結果、マイクロ流路から取り出した試料溶液を添加したリザーバーでは、リザーバーに添加直後の目視観察で結晶は見られなかったが、その7日後には約15個のリゾチーム結晶(結晶の一辺の平均長約0.1mm、最大長約0.3mm)が確認された。一方、マイクロ流路内から取り出した試料溶液を添加しなかったリザーバーでは、結晶の存在は確認されなかった。
図9にこれらの結果の例を示す。
【0101】
本実施例で使用した試料溶液のリゾチーム濃度及びNaCl濃度並びにマイクロ流路に充填したその液量(294nl)を、
図5のグラフに当てはめると、マイクロ流路内で生成する結晶核の個数は10個前後と予測される。その試料溶液からリザーバーで育成された結晶数は15個であり、結晶化相図から予測される結晶核の個数にかなり近い値であった。このことから、本発明の方法及びマイクロ流路デバイスを用いて、タンパク質の結晶(核)の生成を制御できることが示された。
【0102】
[実施例6]グルコースイソメラーゼ結晶化相図の作成
以下の実施例では、本発明の方法を用いてグルコースイソメラーゼの結晶を製造した。本実施例では、マイクロ流路デバイスを用いたグルコースイソメラーゼの結晶育成のため、まず、グルコースイソメラーゼの結晶化相図を作成した。
【0103】
結晶化相図の作成に用いるため、ストレプトマイセス・ルビギノーサス(Streptomyces rubiginosus)由来のグルコースイソメラーゼタンパク質溶液(SPEZYME GIpf、ナガセケムテックス株式会社)について予め溶媒交換を行った。溶媒交換は、交換溶液として10mM ヒドロキシエチルピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)緩衝液(pH7.7)を使用し、遠心式フィルターデバイスAmicon(R) Ultra(MWCO(分子量カットオフ):10,000)を用いた限外ろ過(8500rpm、277K)により行った。なお、このHEPES緩衝液は、0.2384gのHEPES(238.31g/mol)に純水を加えて溶解し、NaOH水溶液をpH7.7にpH調整した後、純水で100mlにメスアップすることにより調製した。
【0104】
溶媒交換後、グルコースイソメラーゼ濃度を決定し、10mM HEPES緩衝液(pH7.7)で使用する濃度に希釈した。なおグルコースイソメラーゼの濃度(C’[mg/mL](wt/v))は、波長280nmで測定したグルコースイソメラーゼ溶液の吸光度A’、及び280nmでのグルコースイソメラーゼの吸光光度係数(モル吸光係数)ε’(=1.06)を用いて以下の式で算出した:吸光度A’=ε’×C’[mg/mL]×d[cm]。dは光路長を表す。このようにして調製したグルコースイソメラーゼ溶液を用いて、表4に示す条件で結晶化試験を行った。
【0105】
【0106】
結晶化試験では、調製したグルコースイソメラーゼ溶液と結晶化剤溶液を3μlずつ取り、マイクロバッチキット(Greiner Bio-One)のプレートのウェル内に加えて混合して試料を調製し、その上に蒸発を防ぐための流動パラフィン5μlを載せて覆った。このプレートに蓋をして6℃に設定したインキュベーターに2週間静置し、グルコースイソメラーゼを結晶化させた。
【0107】
静置2週間後、蓋を取り、実体顕微鏡を用いてプレートのウェル内の液滴を観察し、結晶の有無を判定した。各試料のグルコースイソメラーゼ濃度及び結晶化剤(硫酸アンモニウム)濃度に対して結晶形成の有無をプロットし、結晶化相図を作成した(
図10)。
図10中、×は結晶析出なし、黒塗りの丸は結晶析出ありを示す。
【0108】
この試験条件では、グルコースイソメラーゼ濃度10mg/mLと15mg/mLの間に、過飽和領域と準安定領域の境界線(結晶核形成境界線;
図10中、点線)が示された。
図10中、過飽和領域は点線の上側に、準安定領域は点線に沿って下側に存在する。
【0109】
得られた結果に基づく検討により、マイクロ流路デバイスを用いた後述の結晶形成試験では、(i)グルコースイソメラーゼ濃度30mg/ml及び結晶化剤濃度10%(w/v)、又は(ii)グルコースイソメラーゼ濃度20mg/ml及び結晶化剤濃度10%(w/v)の各2種類の溶液を、マイクロ流路に導入することとした。
【0110】
[実施例7]マイクロ流路デバイスの作製
ポリジメチルシロキサン(PDMS)とその重合剤を10:1の割合で混合し、デジケーターに入れ減圧作業を行って気泡を取り除いた後、マイクロ流路の鋳型を収めたシャーレにそれを気泡が入らないように加えた。シャーレごとオーブンに入れて70℃で1時間加熱した。PDMSが固まったら切り出し、アセトン、2-プロパノールで洗浄・リンスした。鋳型から取り出した固化PDMSに0.5mmの生研パンチで穴を開けて、試料溶液をマイクロ流路に導入するための流体導入口を作った。その固化PDMSとスライドガラスの片面に対してプラズマクリーナーを用いて表面加工を行った後、気泡が入らないように張り合わせた。その生研パンチで空けた穴にPEEKチューブを差し込み接着剤で固定した。このようにして製造したマイクロ流路デバイスは、流路深さ30μm又は49μm、流路幅38、63、又は100μm(いずれも内法)の直線状のマイクロ流路を有するものであった。
【0111】
[実施例8]マイクロ流路デバイスを用いた結晶の形成
実施例7で作製したマイクロ流路デバイスを用いて、グルコースイソメラーゼの結晶育成試験を行った。試験条件は以下のとおりである。
【0112】
【0113】
具体的には、まず、10mM HEPES緩衝液(pH7.7)に、結晶を形成していないグルコースイソメラーゼ又は結晶化剤としての硫酸アンモニウムを目的の濃度(表5)の2倍の濃度になるように加えて溶解することによりグルコースイソメラーゼ溶液及び結晶化剤溶液を調製し、そのグルコースイソメラーゼ溶液及び結晶化剤溶液を1:1の割合(体積比)で混合して試料溶液を調製した。
【0114】
調製した試料溶液を、PEEKチューブを通じてマイクロ流路デバイスの流体導入口からマイクロ流路に導入し、マイクロ流路を試料溶液で満たした。試料溶液の導入後、流体導入口に連結されたPEEKチューブの端をグリースで封止し、さらにマイクロ流路デバイスの表面にクリアシールを貼って試料溶液の蒸発を防止した。次いで、そのようにして試料溶液をマイクロ流路に導入し充填したマイクロ流路デバイスを、密閉容器内に、結晶化剤溶液を浸したキムワイプ(R)(紙ワイパー)と共に収容し、インキュベーター内に279K(6℃)で1週間にわたって静置した。静置時間経過後、実体顕微鏡を用いてマイクロ流路内を観察し、生成した結晶の個数を数えた。
【0115】
結果を表6、並びに
図11及び12に示す。マイクロ流路内でグルコースイソメラーゼの結晶が離散的に形成されたことが示された。
【0116】
【0117】
図13に、流路容量と流路全体の生成結晶数との関係を示す。いずれのグルコースイソメラーゼ濃度でも、流路容量と流路全体の生成結晶数には正の相関関係があることが認められた。使用するグルコースイソメラーゼ濃度とマイクロ流路の容量から、生成するタンパク質結晶(結晶核)の数を予測することができるといえる。なお、本実施例で用いたマイクロ流路は同一の流路長さを有し、またマイクロ流路毎に全体として均一の断面積を有することから、流路容量はマイクロ流路の断面積(μm
2)に比例している。
【0118】
[実施例9]結晶のX線回折測定
実施例8においてマイクロ流路内で形成されたグルコースイソメラーゼ結晶についてX線回折測定を行った。
【0119】
深さ49μm、幅63μm、長さ60mmのマイクロ流路を有するマイクロ流路デバイスを用いて上記のとおり作製したグルコースイソメラーゼ結晶(約1.5mm長、
図12A)について、高エネルギー加速器研究機構(KEK)のフォトンファクトリー(PF)のビームラインBL-5Aを使用してX線回折測定を行った。マイクロ流路内の結晶を含む溶液の前処理は行わずに、下流側がPDMS基板、上流側がスライドガラスとなるようにマイクロ流路デバイスをX線回折装置にマウントした。回折データの収集は、波長1Å、振動角は1.0°で0.0°から5.0°までの5枚、露光時間30.0秒、カメラ距離382.81mm、測定温度は室温で実施した。
【0120】
回折データ解析結果を表7に示す。
【0121】
【0122】
表7に示すこの結晶の格子定数は、結晶がグルコースイソメラーゼによくみられる直方晶(I222)であることを示している。このX線回折の結果から、マイクロ流路内でグルコースイソメラーゼの単結晶が形成されたことが裏付けられた。