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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022089102
(43)【公開日】2022-06-15
(54)【発明の名称】試料の空隙を可視化する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/046 20180101AFI20220608BHJP
【FI】
G01N23/046
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020201369
(22)【出願日】2020-12-03
(71)【出願人】
【識別番号】504194878
【氏名又は名称】国立研究開発法人海洋研究開発機構
(71)【出願人】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】諸野 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】浦本 豪一郎
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001AA09
2G001BA11
2G001CA01
2G001HA14
2G001KA04
2G001LA03
2G001NA01
2G001NA04
2G001NA19
2G001RA10
2G001RA20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】共にX線吸収率が低い水と有機物を見分けることができ、空隙を可視化するための方法を提供する。
【解決手段】X線CTを用いて試料の空隙を可視化する方法であって、試料の空隙を高X線吸収性の成分を含むイオン液体で満たした標体を作製し、作製された標体にX線を照射し、標体を透過したX線を検出して、空隙部位とそれ以外の部位とのコントラストが強調された標体の像を得る工程を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線CTを用いて試料の空隙を可視化する方法であって、
試料の空隙を高X線吸収性の成分を含むイオン液体で満たした標体を作製し、
作製された標体にX線を照射し、標体を透過したX線を検出して、空隙部位とそれ以外の部位とのコントラストが強調された標体の像を得る
工程を含む、方法。
【請求項2】
高X線吸収性の成分が、ヨウ素、臭素、及び塩素からなる群より選択されるいずれかを含む成分である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
X線CTが、マイクロフォーカスX線CT、又はシンクロトロン光源X線マイクロCTである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
試料の空隙を高X線吸収性の成分を含むイオン液体で満たした標体を作製する工程が、下記の工程を含む処理により実施される、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法:
試料を水性ゲルで包埋し、試料の空隙を水性ゲルで満たし、
水性ゲルで包埋した試料をイオン液体に浸漬し、水とイオン液体を置換することにより試料の空隙をイオン液体で満たす工程。
【請求項5】
X線CT用の標体の作製方法であって、
空隙を有する試料を水性ゲルで包埋し、試料の空隙を水性ゲルで満たし、
水性ゲルで包埋した試料をイオン液体に浸漬し、水とイオン液体を置換することにより試料の空隙をイオン液体で満たす
工程を含む、作製方法。
【請求項6】
X線CTを用いて試料の空隙を可視化する方法であって、
空隙を有する試料を水性ゲルで包埋し、試料の空隙を水性ゲルで満たし、
水性ゲルで包埋した試料をイオン液体に浸漬し、水とイオン液体を置換することにより試料の空隙をイオン液体で満たした標体を作製し、
作製された標体にX線を照射し、標体を透過したX線を検出して、空隙部位とそれ以外の部位とのコントラストが強調された標体の像を得る
工程を含む、方法。
【請求項7】
X線CT用の標体を作製するための、下記を含む、組成物:
A.ヨウ素を含むイオン液体、及び
B.Aと混合可能であり、X線吸収性がAよりも低いイオン液体。
【請求項8】
Aの含有質量比(A/(A+B))が、20~40%である、請求項7に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の空隙を可視化する方法、及びそのために試料を処理する方法、そのために用いる組成物に関する。本発明は、地層などの試料の微細構造解析をはじめ、様々な分野で有用である。
【背景技術】
【0002】
鉱物や有機物が複雑に織りなす地層環境を詳しく観察することは重要である。そのため地層試料の微細な構造について情報を得るための方法が検討されている。例えば特許文献1は岩石の内部構造を三次元的に正確に把握するためのものとして、ラドンを用いた空隙率測定装置及び測定方法について記載している。この空隙率測定装置は、ラドンガスが媒質の空隙に充填されることによりラドンガスの濃度が変わり、そのような変化に基づいて媒質の空隙率を測定するものである。
【0003】
また、生体試料の顕微鏡観察分野において常用されている樹脂包埋法を、柔らかく水分に富む地層試料の処理に適用し、樹脂で包埋した地層試料をミクロトームで平滑に切断して走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することや、樹脂包摂試料からマイクロフォーカスX線CTにより断面画像を得る手法が実施されている(非特許文献1)。
【0004】
一方、イオン液体は第三の液体とも呼ばれ、そのユニークな特性から、イオン液体を溶媒として分離・精製プロセス、合成・触媒反応、高分子の重合・解重合に応用され、また新たな電解液としてリチウム系二次電池や無加湿燃料電池等の電気化学デバイスにも適用されている。さらに、イオン液体は蒸気圧が極めて低いことから真空中で扱うことのできる溶媒として、電子顕微鏡観察に応用されている(特許文献2、非特許文献2)。
【0005】
イオン液体を、X線マイクロCTによる吸水した種子内部の構造を調べるために用いたことに関する報告がある。ここでは、四酸化オスミニウムによる固定化の後に高濃度のイオン液体で処理することで、水の存在による画質の低下を防ぎ、撮像中の乾燥による種子の収縮を抑え、良好に観察できたことが報告されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-52580号公報
【特許文献2】国際公開WO2007/083756(特許第4581100号)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】浦本豪一郎ほか: 海底堆積物の微細構造と微生物細胞の観察, 顕微鏡, vol. 51, No. 2: 108-113 (2016)
【非特許文献2】桑原進: イオン液体の液状導電付与剤としての電子顕微鏡観察への応用, 顕微鏡, vol. 48, No. 2: 100-106 (2013)
【非特許文献3】Yamauchi D, et. al. Use of ionic liquid for X-ray micro-CT specimen preparation of imbibed seeds. Microscopy, Vol. 68, No. 1: 92-97 (2019)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
マイクロフォーカスX線CTによる三次元構造解析では、試料を構成する物質のX線吸収係数の違いにより空隙と物質部分が見分けられる。具体的には、X線吸収係数の違いにより可視化された試料の三次元構造中で、X線吸収係数が低いために暗く表示される部分が空隙として認識される。しかし、X線吸収係数が低い鉱物等を含む地層試料の場合には、炭素、窒素、酸素、及び水素等から成る有機物は空隙に存在する水と同様にX線吸収率が低いため、X線吸収率が高い鉱物等を含む地層試料の場合には空隙と有機物を見分けられるほどコントラストが得られることは期待できず、真の空隙を可視化する方法は存在しないといえる。共にX線吸収率が低い水と有機物を見分けることができ、空隙を可視化するための方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、地層試料等の微細構造解析に関わる試料処理技術の開発・改良について鋭意検討してきた。そして今般、ヨウ素を含むイオン液体を地層試料に浸透させた上で、X線CTにより観察を行うことで、地層試料の空隙の可視化を行うことを考案し、本発明を完成した。本発明は、以下を提供する。
【0010】
[1] X線CTを用いて試料の空隙を可視化する方法であって、
試料の空隙を高X線吸収性の成分を含むイオン液体で満たした標体を作製し、
作製された標体にX線を照射し、標体を透過したX線を検出して、空隙部位とそれ以外の部位とのコントラストが強調された標体の像を得る
工程を含む、方法。
[2] 高X線吸収性の成分が、ヨウ素を含む成分である、1に記載の方法。
[3] X線CTが、マイクロフォーカスX線CT、又はシンクロトロン光源X線マイクロCTである、1又は2に記載の方法。
[4] 試料の空隙を高X線吸収性の成分を含むイオン液体で満たした標体を作製する工程が、下記の工程を含む処理により実施される、1~3のいずれか1項に記載の方法:
試料を水性ゲルで包埋し、試料の空隙を水性ゲルで満たし、
水性ゲルで包埋した試料をイオン液体に浸漬し、水とイオン液体を置換することにより試料の空隙をイオン液体で満たす工程。
[5] X線CT用の標体の作製方法であって、
空隙を有する試料を水性ゲルで包埋し、試料の空隙を水性ゲルで満たし、
水性ゲルで包埋した試料をイオン液体に浸漬し、水とイオン液体を置換することにより試料の空隙をイオン液体で満たす
工程を含む、作製方法。
[6] X線CTを用いて試料の空隙を可視化する方法であって、
空隙を有する試料を水性ゲルで包埋し、試料の空隙を水性ゲルで満たし、
水性ゲルで包埋した試料をイオン液体に浸漬し、水とイオン液体を置換することにより試料の空隙をイオン液体で満たした標体を作製し、
作製された標体にX線を照射し、標体を透過したX線を検出して、空隙部位とそれ以外の部位とのコントラストが強調された標体の像を得る
工程を含む、方法。
[7] X線CT用の標体を作製するための、下記を含む、組成物:
A.ヨウ素を含むイオン液体、及び
B.Aと混合可能であり、X線吸収性がAよりも低いイオン液体。
[8] Aの含有質量比(A/(A+B))が、20~40%である、7に記載の組成物。
【発明の効果】
【0011】
高X線吸収性の成分を含むイオン液体を用いる本発明の方法により、試料中の空隙をCT画像中で明るく表示することができる。(コントラストが増強される。)
【0012】
高X線吸収性の成分を含むイオン液体とともに高X線吸収性の成分を含まない希釈用のイオン液体を用いることで、試料の空隙のX線吸収効率をコントロールすることができる。
【0013】
また空隙に水が存在する地層試料においては本発明の方法では水がイオン液体で置換されるため、X線のエネルギーによる水の気体化やそれによる試料の変形を防ぐことができる。SPring-8等のシンクロトロン光源を用いたX線マイクロCTスキャンも可能となり、マルチスケールでの試料の構造解析が可能となる。また、シンクロトロン光源の計測ではX線吸収係数が急峻に変化するヨウ素のK吸収端エネルギー(33.169キロ電子ボルト)前後でスキャンしたトモグラフィー像の差分を取ることで、ヨウ素特異的なコントラスト増強が可能で、より選択性の高い空隙可視化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】地層試料のマイクロフォーカスX線CT画像。(A)地層試料をそのまま撮影した場合。(B)ヨウ素を含むイオン液体を浸透して撮影した場合。(A)では濃灰色部分が空隙である。イオン液体を用いない場合は、空隙部分ではX線がほとんど吸収されないためCT画像では暗くなる。(B)ではイオン液体が空隙に浸透したことで、空隙のX線吸収が大きくなり、CT画像では空隙は明るく表示される(コントラストが増強する)。
図2】模擬地層試料のマイクロフォーカスX線CT画像。イオン液体を用いずに撮影した場合。
図3】模擬地層試料のマイクロフォーカスX線CT画像。ヨウ素を含まないイオン液体を浸透して撮影した場合。
図4】模擬地層試料のマイクロフォーカスX線CT画像。ヨウ素を含むイオン液体を浸透して撮影した場合。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、X線CTを用いて試料の空隙を可視化する方法に関する。
【0016】
〔イオン液体〕
本発明は、X線CTで観察する試料の処理にイオン液体を用いる。イオン液体は、室温付近に融点を有する塩であり、イオンのみからなる液体である。イオン液体は、カチオンとアニオンの一方又は両方が構造変化に多様性のある有機イオンからなり、イオン液体の種類は、カチオンの種類×アニオンの種類となるため膨大である。
【0017】
本発明に用いられるイオン液体は、試料を処理する条件において液体であることが重要である。試料を処理する際に液体であり、試料の空隙を満たすことができれば、X線CTでスキャンする際には固体であっても問題ない。本発明においては、複数のイオン液体を混合して用いることができる。
【0018】
〈高X線吸収性の成分を含むイオン液体〉
また本発明に用いられるイオン液体は、少なくとも一種類の高X線吸収性の成分(アニオン成分、又はカチオン成分)を含むことができる。本発明に関し、イオン液体又はその成分について高X線吸収性というときは、特に記載した場合を除き、少なくとも水よりも高X線吸収性であり、好ましくは対象とする試料に比較的多く含まれる成分よりも高X線吸収性であり、そのため試料の空隙に充填されてX線CTスキャンされた際には、画像において空隙を他の部分と区別できる程度に明るく表示することができる性質をいう。
【0019】
高X線吸収性である成分の例は、ヨウ素、臭素、及び塩素からなる群より選択されるいずれかを含む成分である。好ましくはヨウ素である。ヨウ素は原子番号が大きく、X線吸収率が高い。ヨウ素を含む試薬は汎用CT撮影では造影剤として活用され、試料に浸透させることで、ヨウ素の浸透部位とそれ以外の画像コントラストを強調させることができる。なお成分を含むというときは、その成分をイオンや原子として含む場合を包含する。
【0020】
本発明に用いられる高X線吸収性の成分を含むイオン液体の例は、ヨウ素系イオン液体である。なお、本明細書では、高X線吸収性の成分を含むイオン液体がヨウ素系イオン液体である場合を例に説明することがあるが、その説明は、高X線吸収性の成分を含む他のイオン液体を用いる場合にも当てはまる。
【0021】
本発明に用いられるヨウ素系イオン液体のカチオン成分は、特に限定されない。カチオン成分の例としては、アンモニウム系、イミダゾリウム系、ホスホニウム系、ピリジニウム系、ピリジニウム系、ピロリジニウム系等が挙げられる。
【0022】
より具体的には、アンモニウム系カチオンの例として、トリブチルメチルアンモニウム、エチルジメチルプロピルアンモニウム、2-ヒドロキシエチル-トリメチルアンモニウム、メチルトリオクチルアンモニウム、トリブチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラへプチルアンモニウム、トリエチルメチルアンモニウム、トリス(2-ヒドロキシエチル)メチルアンモニウムが挙げられる。
イミダゾリウム系カチオンの例として、1-メチル-3-メチルイミダゾリウム、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム、1-エチル-3-プロピルイミダゾリウム、1-プロピル-3-メチルイミダゾリウム、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウム、1-オクチル-3-メチルイミダゾリウム、1-メチル-2,3-ジメチルイミダゾリウム、1-ブチル-2,3-ジメチルイミダゾリウム、1-ヘキシル-2,3-ジメチルイミダゾリウム、1-オクチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムが挙げられる。
ホスホニウム系カチオンの例として、トリブチルメチルホスホニウム、エチルジメチルプロピルホスホニウム、2-ヒドロキシエチル-トリメチルホスホニウム、メチルトリオクチルホスホニウム、トリブチルホスホニウム、テトラエチルホスホニウム、テトラへプチルホスホニウム、トリエチルメチルホスホニウム、トリス(2-ヒドロキシエチル)メチルホスホニウムが挙げられる。
ピリジニウム系カチオンの例として、1-ブチル-3-メチルピリジニウム、1-ブチル-4-メチルピリジニウム、1-エチル-1-メチルピロリジニウム、1-オクチル-4-メチルピリジニウム、1-メチルピリジニウム、1-ブチルピリジニウム、1-ヘキシルピリジニウムが挙げられる。
ピロリジニウム系カチオンの例として、1-ブチル-1-メチルピロリジニウム、1-ブチル-1-メチルピロリジニウム、1-エチル-1-メチルピロリジニウムが挙げられる。
他のカチオンの例として、1-ブチル-1-メチルピペリジニウム、コリン、トリエチルスルホニウムが挙げられる。
【0023】
本発明に用いられる、高X線吸収性の成分を含むイオン液体の特に好ましい例は、テトラエチルアンモニウムヨージド、テトラプロピルアンモニウムヨージド、テトラブチルアンモニウムヨージド等のアンモニウム塩、ジメチルプロピルイミダゾリウムヨージド、1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムヨージド、1-エチル-3-ブチルイミダゾリウムヨージド等のイミダゾリウム塩、メチルトリフェニルホスホニウムヨージド、イソプロピルトリフェニルホスホニウムヨージドを含むイオン液体である。なおこれらのヨウ素を含む物質のあるものは、常温で固体であるが、他のイオン液体と混合するなどして試料を処理する際に液体の状態であることができる限り、イオン液体の成分として本発明に用いることができる。
【0024】
〈他のイオン液体〉
本発明に用いられる他のイオン液体に含まれる、ヨウ素以外のアニオン成分の例としては、ビスフルオロスルホニルイミド系アニオン、フッ素化スルホン酸系アニオン、フッ素化カルボン酸系アニオン、チオシアネート系アニオン、ジシアナミド系アニオン、テトラシアノボレート系アニオン等が挙げられる。
【0025】
より具体的には、ビスフルオロスルホニルイミド系アニオンの例として、ビスフルオロスルホニルイミド、ビストリフルオロメチルスルホニルイミド、ビストリフルオロブタンスルホニルイミドが挙げられる。
フッ素化スルホン酸系アニオンの例として、テトラフルオロボレート、ヘキサフルオロボレート、トリフルオロメチルスルホネートが挙げられる。
フッ素化カルボン酸系アニオンの例として、トリフルオロ酢酸が挙げられる。なお本発明に用いられる、このようなアニオン成分を有するイオン液体のカチオン成分は、特に限定されず、ヨウ素系イオン液体に関して列記したアニオン成分のいずれであってもよい。
【0026】
本発明の好ましい態様においては、ヨウ素系イオン液体等の高X線吸収性であるイオン液体と他のイオン液体が混合して用いられる。本発明者の検討によると、ヨウ素系のイオン液体のみを用いて試料を処理し、X線CTを行うと、空隙のX線吸収が増加しすぎて試料全体のX線透過率が顕著に減少してしまう場合がある。そのため、低X線吸収性であるイオン液体を希釈のためのイオン液体として用いることで、空隙のX線吸収をコントロールすることができる。
【0027】
このような観点から、本発明の好ましい態様において、高X線吸収性であるイオン液体とともに用いられるイオン液体の例として、アルキル-、ヒドロキシアルキル-及び/又はアリール-置換イミダゾリウムカチオンと、テトラフルオロボレートアニオンとの塩が挙げられ、具体的には、1,3-ジメチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-ベンジル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-メチル-3-オクチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-メチル-3-テトラデシルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-メチル-3-フェニルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1,2,3-トリメチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1,2-メチル-3-オクチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-ブチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-ヘキシル-2,3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、及び1-(2-ヒドロキシエチル)-2,3-ジメチルイミダゾリウムテトラフルオロボレートが挙げられる。
【0028】
他の好ましい態様におけるイオン液体の例として、アルキル-、ヒドロキシアルキル-及び/又はアリール-置換イミダゾリウムカチオンとビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドアニオンとの塩が挙げられ、具体的には、1,3-ジメチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-ベンジル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-エチル-3-プロピルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-メチル-3-オクチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-メチル-3-テトラデシルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-メチル-3-フェニルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1,2,3-トリメチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1,2-メチル-3-オクチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-ブチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-ヘキシル-2,3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、及び1-(2-ヒドロキシエチル)-2,3-ジメチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドが挙げられる。
【0029】
他の好ましい態様におけるイオン液体の例として、アルキル-、ヒドロキシアルキル-及び/又はアリール-置換イミダゾリウムカチオンとシアネートアニオンとの塩が挙げられ、具体的には、1,3-ジメチルイミダゾリウムジシアネート、1-ベンジル-3-メチルイミダゾリウムチオシアネート、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムトリシアノメタン、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムジシアネート、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムチオシアネート、1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムトリシアノメタン、1-メチル-3-オクチルイミダゾリウムジシアネート、1-メチル-3-テトラデシルイミダゾリウムチオシアネート、1-メチル-3-フェニルイミダゾリウムジシアネート、1,2,3-トリメチルイミダゾリウムチオシアネート、1,2-メチル-3-オクチルイミダゾリウムトリシアノメタン、1-ブチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムジシアネート、1-ヘキシル-2,3-メチルイミダゾリウムチオシアネート、及び1-(2-ヒドロキシエチル)-2,3-ジメチルイミダゾリウムトリシアノメタンが挙げられる。
【0030】
他の好ましい態様におけるイオン液体の例として、アルキル-、ヒドロキシアルキル-及び/又はアリール-置換イミダゾリウムカチオンとテトラシアノボレートアニオンとの塩が挙げられ、具体的には、1,3-ジメチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1,3-ジメチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-ベンジル-3-メチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-メチル-3-オクチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-メチル-3-テトラデシルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-メチル-3-フェニルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1,2,3-トリメチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1,2-メチル-3-オクチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-ブチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-ヘキシル-2,3-メチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、及び1-(2-ヒドロキシエチル)-2,3-ジメチルイミダゾリウムテトラシアノボレートが挙げられる。
【0031】
他の好ましい態様におけるイオン液体の例として、アルキル-、ヒドロキシアルキル-及び/又はアリール-置換イミダゾリウムカチオンとテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレートアニオンとの塩が挙げられ、具体的には、1,3-ジメチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1-ベンジル-3-メチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1-メチル-3-オクチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1-メチル-3-テトラデシルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1-メチル-3-フェニルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1,2,3-トリメチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1,2-メチル-3-オクチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1-ブチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、1-ヘキシル-2,3-メチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレート、及び1-(2-ヒドロキシエチル)-2,3-ジメチルイミダゾリウムテトラキス-(p-(ジメチル(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シリル)フェニル)ボレートが挙げられる。
【0032】
他の好ましい態様におけるイオン液体の例として、アルキル-、ヒドロキシアルキル-及び/又はアリール-置換イミダゾリウムカチオンとヘキサフルオロホスフェートアニオンとの塩が挙げられ、具体的には、1,3-ジメチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1-ベンジル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1-メチル-3-オクチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1-メチル-3-テトラデシルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1-メチル-3-フェニルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1,2,3-トリメチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1,2-メチル-3-オクチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1-ブチル-2,3-ジメチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、1-ヘキシル-2,3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェート、及び1-(2-ヒドロキシエチル)-2,3-ジメチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスフェートが挙げられる。
【0033】
他の好ましい態様におけるイオン液体の例として、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラクロロアルミネート、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムテトラクロロアルミネート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテート、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムアセテート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムエチルスルフェート、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムメチルスルフェート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムチオシアネート、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムチオシアネート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラシアノボレート、1-ブチル-1-メチル-ピロリジニウムジシアナミド、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボレート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムトリフルオロアセテート、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムビス(フルオロメチルスルホニル)イミドが挙げられる。
【0034】
〈X線CT用の標体を作製するための組成物〉
本発明の好ましい態様の一つにおいては、ヨウ素系イオン液体等の高X線吸収性であるイオン液体と他のイオン液体を混合して用いられる。これにより、試料の空隙のX線吸収効率をコントロールすることができる。すなわち、本発明は、下記を含む、X線CTによりスキャンする試料を処理するための組成物も提供する。
A.ヨウ素系イオン液体等の高X線吸収性であるイオン液体、及び
B.Aと混合可能であり、X線吸収性がAよりも低いイオン液体。
【0035】
高X線吸収性であるイオン液体と他のイオン液体の混合比は、試料に応じ、適宜とすることができる。例えば、ヨウ素系イオン液体(A)と、それ以外の低X線吸収性のイオン液体(B)とを混合する場合、Aの含有質量比(A/(A+B))は、1~90%としてもよく、5~80%としてもよく、10~60%としてもよく、20~40%としてもよい。汎用のマイクロフォーカスX線CTスキャナで測定する場合、イオン液体の部分を試料構成物よりできるだけ高コントラストとするとの観点からは、高X線吸収性であるイオン液体を高濃度で使用することが好ましい。一方、シンクロトロン放射X線を用いたマイクロCTで測定する場合のヨウ素K吸収端前後のエネルギーで測定に際しては、K吸収端前では試料構成物より低コントラストとなり、K吸収端後では試料構成物より高トンラストとなるようにイオン液体を混合するのがよい。このような観点からの含有質量比(A/(A+B))は、20~40%が推奨される。
【0036】
なお、水を含む地層のような試料を測定する際は、ヨウ素系イオン液体(A)及びそれ以外の低X線吸収性のイオン液体(B)は、水とも混合可能であることが好ましい。
【0037】
〔試料の処理、標体の作製〕
本発明では、試料の空隙をX線吸収係数が大きいイオン液体で満たした標体を作製する。なお作製は、製造又は生産(特許法第2条第3項第3号)と言い換えることができる。
【0038】
本発明における標体の作製は、試料の空隙がイオン液体で満たされ、また試料に含まれる水がイオン液体で置換されるように様々な手段で行い得るが、好ましくは、試料を水性ゲルで包埋し、試料の空隙を水性ゲルで満たした後、水性ゲルで包埋した試料をイオン液体に浸漬することにより行う。イオン液体への浸漬により、試料に含まれる水とイオン液体が置換され、試料の空隙がイオン液体で満たされる。
【0039】
本発明に用いられる水性ゲルの好ましい例は、多糖類ゲル、又はタンパク質ゲルである。これらであれば、低X線吸収性であり、試料の観察に際して影響が少ないからである。多糖類ゲルを構成する素材の例として、寒天(アガロース)、カラギナン、ペクチン、ジェランガム、アルギン酸又はその塩、が挙げられる。タンパク質ゲルを構成する素材の例として、ゼラチン、コラーゲン、エラスチン、フィブロネクチン、ラミニン、エンタクチン、ヘパリン又はその塩が挙げられる。
【0040】
好ましい態様においては、水性ゲル素材として寒天、より好ましくは融点の低い寒天が用いられる。一定の温度以上では粘度の低い液体であるため試料の微細な空隙を満たすことが容易であり、かつ温度を下げることにより容易にゲル化し固体状となり、かつ比較的機械的強度が高いため、切削具等で加工し、形状を整えることが容易だからである。寒天の融点に関し、低いとは、一般的な寒天の融点が85~93℃であるところ、それより低いことをいい、具体的には80℃以下であることをいい、好ましくは75℃以下であることをいい、より好ましくは70℃以下であることをいう。なお、以下では、試料を処理し、標体を作製する工程を、水性ゲルとして寒天ゲルを用いる場合を例に説明することがあるが、その説明は、他の水性ゲルを用いた場合にも当てはまる。
【0041】
低融点寒天ゲルを用いる場合、寒天の濃度は包埋する試料に応じて適宜とすることができる。例えば、地層試料を包埋する場合は、低融点寒天の濃度は0.5~3%とすることができ、好ましくは1~2%とすることができる。
【0042】
水性ゲルで包埋され、水がイオン液体により置換された標体は、X線CTによるスキャンの前に、必要に応じ、成形する。成形は、用いる装置の設定や測定で得られるCT再構成画像の画素サイズ等を考慮して実施する。多くの汎用マイクロフォーカスX線CTスキャナや放射光X線マイクロCTで得られるCT再構成画像は、縦横のピクセル数が1024ピクセルとなる。そのため、例えば、画素サイズ5ミクロンの場合は試料の縦横の大きさを10mm以下、好ましくは7.5mm以下、例えば5mm以下とし、画素サイズ1ミクロンの場合は、5mm以下、好ましくは2mm以下、例えば1mm以下とすると、画像内に試料の収まった測定が可能となる。
【0043】
〔X線CTによるスキャン〕
標体は試料台にマウントし、X線CTスキャンを行うことができる。本発明に用いられるX線CT装置は、X線の線源、スキャン方法等に特に限定はなく、種々のものを用いることができる。例えば、マイクロフォーカスX線CT装置、又はシンクロトロン光源X線マイクロCT装置を用いることができる。
【0044】
本発明により処理され、作製された標体は、空隙部分が、高X線吸収性である成分を含むイオン液体で満たされてる。このように構成された標体はX線による観察において、空隙部分が明るく表示され、可視化される。
【0045】
本発明においては、水を含む試料であっても、作製された標体においては水が不揮発性のイオン液体と置換されている。したがって、観察中の気体化による変形を防ぐことができ、自然の状態に近い空隙を観察できる。
【0046】
本発明により、地層試料について、SPring-8等のシンクロトロン光源を用いたX線マイクロCTスキャンも可能となり、マルチスケールでの試料の構造解析が可能となる。また、シンクロトロン光源の計測ではX線吸収係数が急峻に変化するヨウ素のK吸収端エネルギー(33.169キロ電子ボルト)前後でスキャンしたトモグラフィー像の差分を取ることで、ヨウ素特異的なコントラスト増強が可能で、より選択性の高い空隙可視化が可能となる。
【0047】
〔試料〕
本発明により、様々な試料の空隙を可視化することができる。外部とつながっており、イオン液体を導入することができる空隙であれば、さまざまな空隙を明確に観察することが可能となる。そのような空隙を有する試料としては、地層、岩石、貝殻、堆積物、凝固物、発泡物、乾燥物、病理組織、骨、植物組織、微生物叢、発酵物、食品、成形品、鋳造品、固化物、各種素材・材料、器具等が挙げられる。
【0048】
本発明に係る実施例を以下に示す。本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例0049】
〔イオン液体含侵処理プロトコル〕
[使用機器]
・電子天秤
・インキュベーター(恒温槽)
・ローテーター
・ホットスターラー
【0050】
[使用器具]
・スパチュラ
・ストロー、又は先端を切ったシリンジ
・ピペット
・プラスチック棒
・プラスチックチューブ
・ビーカー
・メス
【0051】
[使用試薬]
・純水
・低融点アガロース
・ヨウ素を含むイオン液体
・希釈用イオン液体(ヨウ素を含まないイオン液体)
【0052】
[測定装置]
・マイクロフォーカスX線CT
・シンクロトロン光源X線マイクロCT
【0053】
[処理手順]
サンプリングの前に、1~2重量%のアガロースを純水に溶かした水溶液を作製し、プラスチックチューブに分注する。チューブは、アガロースのゲル化温度以上に温度設定した恒温槽(インキュベーター)内に置く。
【0054】
そして、ストロー又は先端を切ったシリンジをコア試料に突き刺し、サブサンプリングする。
【0055】
【表1】
【0056】
次に、サブサンプリングしたストロー又はシリンジの筒内の両端にスペースを作る。ストロー内のスペースはストローの内径に合わせた太さのプラスチック棒、シリンジ内のスペースはプランジャーで調整して作る(下図)。
【0057】
【表2】
【0058】
できたスペースの片方にアガロースを滴下し、固化させる。
【表3】
【0059】
その後、ストロー又はシリンジを、溶けたアガロースの入ったプラスチックチューブに入れ、半日以上置く。シリンジについては、試料をチューブに入れる際、プランジャーを引き抜く。この間、アガロース溶液の浸透を促進するため、インキュベーター内でチューブを振とうさせても良い。半日以上経過したのち、チューブの温度を下げてアガロースを固化させる。
【0060】
【表4】
【0061】
その間、イオン液体を分注したプラスチックチューブを用意する。アガロースが固化したら、チューブからストロー又はシリンジを取り出す。そして、イオン液体を分注したチューブにサンプルを押し出し、サンプルをイオン液体に浸漬させる。押し出す際は、ストロー又はシリンジの内径に合わせた太さのプラスチック棒を用いるか、シリンジについてはプランジャーを用いる。サンプルを浸漬させたチューブは振とう器(ローテ―ター)にセットし、半日以上置く。
【0062】
【表5】
【0063】
イオン液体の浸透した試料は、成形した上でX線CTによるスキャンを行う。試料成形は、装置の設定や測定で得られるCT再構成画像の画素サイズ等を考慮して実施する。多くの汎用マイクロフォーカスX線CTスキャナや放射光X線マイクロCTで得られるCT再構成画像は、縦横のピクセル数が1024ピクセルとなる。そのため、例えば、画素サイズ5ミクロンの場合は試料の縦横の大きさを約5mm以下、画素サイズ1ミクロンの場合は約1mm以下とすると、画像内に試料の収まった測定が可能となる。成形した試料は試料台にマウントし、CTスキャンを行う。
【0064】
〔実験例1:地層試料からの標体の作製及び可視化〕
上記の手順で、地層試料(石英砂、富士フィルム和光純薬株式会社)について試料径5mmの標体を作製し、画素サイズ5um/pixelで、マイクロフォーカスX線CTによる観察を行った。
【0065】
[材料、装置等]
・低融点アガロース:Sea Plaque GTG Agarose(ロンザジャパン株式会社)、融点は1.5%で約65℃
・イオン液体:ヨウ化1-プロピル-3-メチルイミダゾリウム(関東化学株式会社)
・装置:Xradia Versa 410マイクロフォーカスX線CTスキャナ(Carl Zeiss X-ray Microscopy)
【0066】
図1に、得られた地層試料のマイクロフォーカスX線CT画像を示す。(A)地層試料をそのまま撮影した場合。(B)ヨウ素含有イオン液体を浸透して撮影した場合。(A)では濃灰色部分が空隙である。イオン液体を用いない場合は、空隙部分ではX線がほとんど吸収されないためCT画像では暗くなる。(B)ではイオン液体が空隙に浸透したことで、空隙のX線吸収が大きくなり、CT画像では空隙は明るく表示される(コントラストが増強する)。
【0067】
〔実験例2:模擬地層試料の可視化〕
液体の浸透しない空隙を持つガラスビーズを鉱物や有機物と混合し、模擬地層試料を作製した。模擬地層試料に水と、ヨウ素を含む/含まないイオン液体を浸透させ、CTスキャンにより画像構成要素の輝度を確認した。
【0068】
[材料]
〈模擬の地層構成粒子〉
・ガラスビーズ(硼珪酸ナトリウムガラス製の内部が空洞のビーズ):Q-CEL 7014(登録商標)、ポッターズ・バロティーニ株式会社
・鉱物:石英砂(富士フィルム和光純薬株式会社)
・有機物(ポリスチレン(比重1.04-1.09)製ビーズ):ソロバンビーズ 約4mm、株式会社大創産業
【0069】
〈溶媒〉
・超純水(Milli-Q水)
・ヨウ素を含まないイオン液体:1-メチル-3-プロピルイミダゾリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(東京化成工業株式会社)
・ヨウ素を含むイオン液体:ヨウ化1-プロピル-3-メチルイミダゾリウム(関東化学株式会社)
【0070】
[方法]
石英砂とプラスチックビーズは、乳鉢で粉砕して250umと100umのふるいにかけ、100umのふるい上に残ったものを使用した。各溶媒に、Q-CEL、石英砂、及びプラスチックビーズ混合したものを実験例1と同じ装置を用いてCTスキャンし、得られた画像を比較した。
【0071】
[結果]
〈超純水を用いた試料〉
超純水に混合した試料のCT画像(図2)では、要素ごとの画像の輝度は、石英砂(明灰色)>超純水(灰色)≒プラスチックビーズ(灰色)>ガラスビーズ内部の空隙(暗灰色)であった。なお、測定条件を以下に示す。
【0072】
・100kV, 10W
・露光時間3秒
・投影枚数3201枚
・画素サイズ4.71um/pixel
【0073】
この場合、超純水とプラスチックビーズを区別できていないため、大きな空隙に見える部分が存在した。したがって、この方法では、地層中の軽元素から成る物質は空隙と区別できない。
【0074】
〈ヨウ素を含まないイオン液体を用いた試料〉
ヨウ素を含まないイオン液体を用いた試料のCT画像(図3)では、要素ごとの画像の輝度は、石英砂(明灰色)>ヨウ素を含まないイオン液体(灰色)>プラスチックビーズ(暗灰色)>ガラスビーズ内部の空隙(黒)であった。なお、測定条件を以下に示す。
【0075】
・40kV, 10W
・露光時間5秒,
・投影枚数3201枚
・画素サイズ4.984um/pixel
【0076】
この場合、ヨウ素を含まないイオン液体の密度が高いため、プラスチックとイオン液体を区別できた。
【0077】
〈ヨウ素を含むイオン液体を用いた試料〉
ヨウ素を含むイオン液体を用いた試料のCT画像(図4)では、要素ごとの画像の輝度は、ヨウ素を含むイオン液体(明灰色)>石英砂(灰色)>プラスチックビーズ=ガラスビーズ内部の空隙(暗灰色)であった。なお、測定条件を以下に示す。
【0078】
・90kV, 10W
・露光時間3秒
・投影枚数3201枚
・画素サイズ4.984um/pixel
【0079】
この場合、ガラスビーズ内部の空隙にはイオン液体が浸透しないため暗いままだが、ガラスビーズの空隙以外の、イオン液体が浸透した空隙は、石英砂などと画像の輝度が反転した。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明により、地層試料の微細な空隙について解析できる。また地層以外に、イオン液体を導入可能な空隙を有する様々な試料の解析が可能である。
図1
図2
図3
図4