(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022090912
(43)【公開日】2022-06-20
(54)【発明の名称】磁気ディスク基板および磁気ディスク
(51)【国際特許分類】
G11B 5/73 20060101AFI20220613BHJP
G11B 5/82 20060101ALI20220613BHJP
G11B 5/84 20060101ALI20220613BHJP
【FI】
G11B5/73
G11B5/82
G11B5/84 A
G11B5/84 C
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020203496
(22)【出願日】2020-12-08
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(71)【出願人】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(74)【代理人】
【識別番号】100143959
【弁理士】
【氏名又は名称】住吉 秀一
(72)【発明者】
【氏名】村田 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】畠山 英之
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 航
(72)【発明者】
【氏名】坂本 遼
【テーマコード(参考)】
5D006
5D112
【Fターム(参考)】
5D006CB01
5D006CB04
5D006DA03
5D112AA02
5D112AA24
5D112BA03
5D112BA06
5D112JJ03
5D112JJ06
(57)【要約】 (修正有)
【課題】耐衝撃性に優れ、且つ表面の欠陥が少ない磁気ディスク基板及び磁気ディスクを提供する。
【解決手段】磁気ディスク基板は、非磁性層を有するアルミニウム合金製磁気ディスク基板またはガラス製磁気ディスク基板で、表面の硬度が荷重1000gfのビッカース硬さで80Hv以上であり、且つヤング率が75GPa以上である磁気ディスク基板。酸性溶液に浸漬した後の磁気ディスク基板の表面において、直径2μm以下の凹み部が10個/cm2以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の硬度が荷重1000gfのビッカース硬さで80Hv以上であり、且つヤング率が75GPa以上であることを特徴とする磁気ディスク基板。
【請求項2】
酸性溶液に浸漬した後の磁気ディスク基板の表面において、直径2μm以下の凹み部が10個/cm2以下である請求項1に記載の磁気ディスク基板。
【請求項3】
表面に非磁性層を有するアルミニウム合金製磁気ディスク基板である、請求項1または2に記載の磁気ディスク基板。
【請求項4】
前記非磁性層がNi-Pめっき皮膜であり、且つ前記Ni-Pめっき皮膜の厚さが8μm以上である、請求項3に記載の磁気ディスク基板。
【請求項5】
前記アルミニウム合金製磁気ディスク基板が、Al-Mg系合金、Al-Fe系合金またはAl-Fe-Ni系合金からなる、請求項3または4に記載の磁気ディスク基板。
【請求項6】
ガラス製磁気ディスク基板である、請求項1または2に記載の磁気ディスク基板。
【請求項7】
前記ガラス製磁気ディスク基板がアルミノシリケートガラスからなる、請求項6に記載の磁気ディスク基板。
【請求項8】
請求項1~7までのいずれか1項に記載の磁気ディスク基板と、前記磁気ディスク基板上に設けられた磁性体層とを備える磁気ディスク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気ディスク基板および磁気ディスクに関し、詳細には、耐衝撃性に優れ、且つ表面の欠陥が少ない薄型磁気ディスク基板および薄型磁気ディスクに関する。
【背景技術】
【0002】
コンピュータやデータセンターの記憶装置に用いられるハードディスクドライブ(以下「HDD」ともいう)には、アルミニウム合金製の基材にNi-Pめっきを施した磁気ディスク基板、またはガラス製の磁気ディスク基板が用いられている。アルミニウム合金製の基材にNi-Pめっきを施した磁気ディスク基板が用いられているHDDは3.5インチが主流であり、ガラス製の磁気ディスク基板が用いられているHDDは2.5インチが主流であり、現在も多くのHDDが製造されている。
【0003】
ところで、近年ではソリッドステートドライブ(以下「SSD」ともいう)の普及に伴い、HDDを取り巻く環境は劇的に変化している。SSDは、ノート型PCの2.5インチのHDDに需要があり、更にタブレットやスマートフォン等のポータブル端末の普及にも貢献している。そのため、デスクトップPCの需要は年々減少し、同時に3.5インチのHDDの需要も減少しつつある。
【0004】
一方、ポータブル端末が普及するとともにクラウドサービスが発展し、それに伴いデータセンターの新設および拡張が盛んに行われている。データセンターでは、記憶装置としてHDDが主流であり、HDDの需要はクラウドサービスの発展に追従している。しかしながら、新設されるデータセンターでは、高コストであるにもかかわらずSSDを採用する場合も散見されるのが現状である。HDDがSSDに対抗するためには、SSDよりも低コストを維持したまま、大容量化と高密度化、更には高速化を満足することが不可欠となってきている。HDDを大容量化するには,記憶装置に搭載する磁気ディスクの枚数を増加させることが最も効果的であるものの、HDDのサイズが規格化されているため、これまでと同じスペースにより多くの磁気ディスクを搭載しなければならない。そのためには磁気ディスク基板の薄肉化の達成が必要不可欠である。
【0005】
しかしながら、磁気ディスクを単純に薄肉化すると、磁気ディスクの振動(フラッタリング)の発生や、衝撃が加わった際の磁気ディスクの変形が大きくなることが懸念される。また、磁気ディスクの搭載枚数が増えると磁気ディスク間の距離が狭くなるため、HDDに衝撃が加わった際に磁気ディスク同士が衝突しやすくなる。そのため,磁気ディスクを薄肉化し、搭載枚数の増加に対応するには、磁気ディスク基板の物性を詳細に検討する必要がある。
【0006】
このような実情から、近年では薄肉化した、とりわけ厚さ0.5mm以下の薄型磁気ディスク基板の開発が求められている。特に、衝撃が加わった際に磁気ディスク同士が衝突し、データの読み書きが不能にならないよう、衝撃が加わった際の磁気ディスクの変形を抑制することが注視されている。
【0007】
例えば、特許文献1には、磁気ディスク基板表面に付与される金属膜に関する技術が開示されている。また、特許文献2には、アルミニウム合金製の基材にNi-Pめっきを施した磁気ディスク基板に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2019-53813号公報
【特許文献2】国際公開第2018/124262号
【0009】
しかしながら、特許文献1には、磁気ディスク基板表面の皮膜の硬さについて開示されているものの、磁気ディスク同士の衝突に鑑みると、皮膜の硬さだけでは不十分であり、磁気ディスク基板と皮膜を合わせた硬さを十分に検討する必要がある。また、特許文献1および2には、磁気ディスク基板における物性の向上について言及されているものの、磁気ディスク基板表面に発生する微小な欠陥については言及されていない。そのため、耐衝撃性が向上し、信頼性が担保された磁気ディスク基板の開発が望まれる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、耐衝撃性に優れ、且つ表面の欠陥が少ない磁気ディスク基板および磁気ディスクを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、厚さ0.5mm以下の薄型磁気ディスク基板における耐衝撃性に関して鋭意研究を重ねた。その結果、磁気ディスク基板の硬度およびヤング率を高めることにより、表面の欠陥が少なく、高い耐衝撃性を確保できることを見出した。
【0012】
本発明の実施態様は、表面の硬度が荷重1000gfのビッカース硬さで80Hv以上であり、且つヤング率が75GPa以上である磁気ディスク基板である。
【0013】
本発明の一実施態様に係る磁気ディスク基板によると、酸性溶液に浸漬した後の磁気ディスク基板の表面において、直径2μm以下の凹み部が10個/cm2以下である。
【0014】
本発明の一実施態様に係る磁気ディスク基板によると、前記磁気ディスク基板が、表面に非磁性層を有するアルミニウム合金製磁気ディスク基板である。
【0015】
本発明の一実施態様に係る磁気ディスク基板によると、前記非磁性層がNi-Pめっき皮膜であり、且つ前記Ni-Pめっき皮膜の厚さが8μm以上である。
【0016】
本発明の一実施態様に係る磁気ディスク基板によると、前記アルミニウム合金製磁気ディスク基板が、Al-Mg系合金、Al-Fe系合金またはAl-Fe-Ni系合金からなる。
【0017】
本発明の一実施態様に係る磁気ディスク基板によると、前記磁気ディスク基板がガラス製磁気ディスク基板である。
【0018】
本発明の一実施態様に係る磁気ディスク基板によると、前記ガラス製磁気ディスク基板がアルミノシリケートガラスからなる。
【0019】
本発明の他の実施態様は、前記磁気ディスク基板と、前記磁気ディスク基板上に設けられた磁性体層とを備える磁気ディスクである。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る磁気ディスク基板は、硬度が高く且つヤング率も高い。これにより、耐衝撃性が向上し、磁気ディスクの薄肉化により磁気ディスクの搭載枚数が増加しても、HDDの落下衝撃時に磁気ディスクが別の磁気ディスク等に衝突して磁気ディスクの表面に疵がつくことを抑制できる。また、磁気ディスクの変形を抑制し、磁気ディスク同士の衝突自体を回避することができる。更に、磁気ディスク基板表面の欠陥が少ないため、信頼性が向上し、記憶容量の増加にも寄与することができる。また、次世代の技術である、熱アシスト磁気記録方式やマイクロ波アシスト記録方式等のエネルギーアシスト方式用の磁気ディスクとしての適用にも有用である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本実施形態に係る磁気ディスク基板および磁気ディスクについて詳細に説明する。
【0022】
1.磁気ディスク基板
本実施形態に係る磁気ディスク基板は、特に、板厚が0.5mm以下である場合、すなわち、薄型磁気ディスク基板である場合において、高い耐衝撃性および信頼性を発揮する。板厚が0.5mmを超える場合においても高い耐衝撃性および信頼性を発揮し得るが、板厚が厚い場合には衝撃が加わった際の変形は小さく、必ずしも本実施形態に係る磁気ディスク基板の物性を全て満足する必要はない。また、磁気ディスク基板の薄肉化の観点からも、磁気ディスク基板は、板厚が0.5mm以下であることが好ましい。
【0023】
磁気ディスク基板は、アルミニウム合金材に無電解Ni-Pめっきを施したアルミニウム合金製磁気ディスク基板、ガラス製磁気ディスク基板、またはその他の金属製の磁気ディスク基板あってもよい。これらのうち、アルミニウム合金製磁気ディスク基板またはガラス製磁気ディスク基板が好ましい。以下、アルミニウム合金製磁気ディスク基板およびガラス製磁気ディスク基板について説明する。
【0024】
(アルミニウム合金製磁気ディスク基板)
アルミニウム合金製磁気ディスク基板はアルミニウム合金材を用いて製造される。アルミニウム合金材の材料として使用されるアルミニウム合金は、強度が高いJIS5086系合金等のAl-Mg系合金、剛性が高いJIS8000系合金等のAl-Fe系合金が好ましい。
【0025】
Al-Mg系合金は、必須元素であるMgを3.0質量%以上8.0質量%以下含有し、更に、任意に、Cuを0.003質量%以上0.200質量%以下、Znを0.05質量%以上0.60質量%以下、Beを0.00001質量%以上0.00200質量%以下含有し、Crを0.300質量%以下、Siを0.30質量%以下、Feを0.30質量%以下、Mnを0.3質量%以下に規制し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金からなる。
【0026】
Al-Fe系合金は、必須元素であるFeを0.4質量%以上3.0質量%以下含有し、更に、任意に、Cuを0.005質量%以上1.000質量%以下、Znを0.005質量%以上1.000質量%以下、Mnを0.1質量%以上3.0質量%以下、Siを0.4質量%以下、Niを3.0質量%以下、Mgを6.0質量%以下、Crを1.00質量%以下、Zrを1.00質量%以下含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金からなる。Al-Fe系合金としては、更にNiを必須成分とするAl-Fe-Ni系合金を使用してもよい。
【0027】
アルミニウム合金製磁気ディスク基板の表面には非磁性層が設けられており、好ましくは、非磁性層はNi-Pめっき皮膜である。このようなめっき皮膜は、アルミニウム合金材に無電解Ni-Pめっきを施すことにより形成される。めっき皮膜の厚さは、8μm以上であることが好ましい。また、めっき皮膜の厚さの上限は、磁気ディスク基板の薄肉化に影響を及ぼさない範囲で30μm以下であることが好ましく、20μm以下であることが好ましい。
【0028】
(アルミニウム合金製磁気ディスク基板の製造方法)
以下、アルミニウム合金材に無電解Ni-Pめっきを施したアルミニウム合金製磁気ディスク基板の製造方法について説明する。
【0029】
まず、所定の合金組成となるように調整したアルミニウム合金素材の溶湯を、常法に従って加熱・溶融することによって調製する。次に、調製されたアルミニウム合金素材の溶湯を、半連続鋳造(DC鋳造)法、連続鋳造(CC鋳造)法等により鋳造して、アルミニウム合金素材を鋳造する。DC鋳造されたアルミニウム合金鋳塊については、必要に応じて均質化処理を実施する。次に、任意に均質化処理を施したアルミニウム合金鋳塊(DC鋳造)を熱間圧延し板材とする。更に、熱間圧延した圧延板またはCC鋳造法で鋳造した鋳造板を冷間圧延してアルミニウム合金板とする。冷間圧延の前又は冷間圧延の途中において、冷間圧延加工性を確保するために焼鈍処理を施してもよい。
【0030】
作製したアルミニウム合金板をプレス機で円環状に打抜き加工し、所望の内径寸法および外径寸法のディスク(以下「ブランク」ともいう)を作製する。その後、ブランクの平坦度を小さくするために,ブランク同士を積層し荷重をかけ、加熱処理を行う。
【0031】
加熱処理したブランクの内径部と外径部を旋盤加工機で切削加工し、所望の内径寸法および外径寸法とし、所望の長さの面取り部を有するディスク(以下「Tサブ」ともいう)を作製する。必要に応じて、ブランク両面の表面を更に切削加工し、所望の厚さの板厚を有するTサブを作製してもよい。更に、必要に応じて、切削加工により材料内部に発生した加工歪を取り除くために、Tサブに加熱処理を施してもよい。
【0032】
次いで、Tサブ両面の表面を研削加工機で研削し、所望の厚さのディスク(以下「Gサブ」ともいう)を作製する。必要に応じて、研削加工により材料内部に発生した加工歪を取り除くために、Gサブに加熱処理を施してもよい。
【0033】
更に、作製したGサブの表面、側面、面取り面を含む全ての面に所望の厚さのめっきを成膜したディスク(以下「Mサブ」ともいう)を作製する。まず、Gサブにアルカリ脱脂処理工程、酸エッチング処理工程、デスマット処理工程およびジンケート処理工程を含むめっき前処理を施す。次いで、めっき前処理を施したアルミニウム合金基材の表面に、下地めっき処理として無電解でのNi(ニッケル)-P(リン)めっき処理を施してMサブを作製する。必要に応じて、無電解Ni-Pめっきの内部応力を取り除くために、Mサブに加熱処理を施してもよい。最後に、下地めっき処理した磁気ディスク基板の表面を研磨により平滑化し、アルミニウム合金製磁気ディスク基板を製造する。
【0034】
ここで、無電解Ni-PめっきにおけるP濃度について説明する。無電解Ni-PめっきはP濃度により特性が変化する。P濃度が12質量%以下のNi-Pめっき皮膜は結晶性のめっき皮膜であり、硬度は高いものの、磁性を有するため、磁気ディスク基板として使用することは不可能である。一方、P濃度が12質量%を超えると、Ni-Pめっき皮膜はアモルファスの皮膜となり磁性を有さないものの、硬度も低くなってしまう。そのため、硬度を補うためにNi-Pめっき皮膜に熱処理を施すことも可能である。一方、熱処理における加熱温度が300℃を超えると結晶化が進行し、磁性が付与されてしまう。そのため、加熱温度は300℃未満としなければならない。これらの観点から、非磁性のまま硬度を高くするためには、P濃度を12質量%超且つ14質量%未満に調整し、且つ280~295℃で15~60分の熱処理を施すことが好ましい。
【0035】
(ガラス製磁気ディスク基板)
ガラス製磁気ディスク基板は、ガラス基板を用いて製造される。磁気ディスク基板に用いられるガラス基板として、硬度が強いアルミノシリケートガラスが好ましい。このようなアルミノシリケートガラスは、例えば、主成分として55質量%以上75質量%以下のSiO2を含み、更に、Al2O3を0.7質量%以上25質量%以下、Li2Oを0.01質量%以上6質量%以下、Na2Oを0.7質量%以上12質量%以下、K2Oを0質量%以上8質量%以下、MgOを0質量%以上7質量%以下、CaOを0質量%以上10質量%以下、ZrO2を0質量%以上10質量%以下及びTiO2を0質量%以上1質量%以下含んでいる。
【0036】
アルミノシリケートガラスには、粘性を下げ、溶解性と清澄性を高めるB2O3、高温粘性を低下させ、溶解性及び清澄性、成形性を向上すると共に、ヤング率の向上効果を示すSrO、BaO、イオン交換性能を向上させると共に低温粘性を低下させずに高温粘性を低下させるZnO、清澄性とイオン交換性能を向上させるSnO2、着色剤であるFe2O3等の他、清澄剤としてAs2O3、Sb2O3が更に含まれていてもよい。また、微量元素として、La、P、Ce、Sb、Hf、Rb、Y等の酸化物を含んでいてもよい。
【0037】
(ガラス製磁気ディスク基板の製造方法)
以下、ガラス製磁気ディスク基板の製造方法について説明する。
【0038】
まず、所定の化学成分に調製したガラス素材を溶解し、ダイレクトプレス法でその溶融塊を両面からプレス成形して、所望の厚さを有するガラス元板を作製する。ガラス元板の作製はダイレクトプレス法に限定されず、フロート法、フュージョン法、リドロー法等であってもよい。次いで、このガラス元板を円環状にコアリングし、更に内径部と外径部を研磨加工し、所望の内径寸法、外径寸法および面取り長さを有する円環状ガラス板を作製する。作製した円環状ガラス板両面の表面を研削加工機で研削し、所望の板厚、平坦度を有する円環状ガラス基板を作製する。更に、この円環状ガラス板両面の表面を研磨加工機で研磨し、所望の厚さのディスク、すなわちガラス基板を作製する。研磨加工の途中に、硝酸ナトリウム溶液や硝酸カリウム溶液等による化学強化処理を行ってもよい。こうして、表面研磨により、ガラス製磁気ディスク基板が製造される。
【0039】
2.磁気ディスク基板の物性
(ビッカース硬さ)
本実施形態に係る磁気ディスク基板において、表面の硬度は荷重1000gfのビッカース硬さで80Hv以上であり、100Hv以上であることが好ましい。ビッカース硬さが高いほど磁気ディスク基板が硬いことを示す。すなわち、ビッカース硬さが高いことは、外力が加わった際の磁気ディスク基板への疵がつきにくいことを意味する。ビッカース硬さは圧痕を押し込んで測定するため、複数の層を有する材料では、荷重が小さいと最表面の層のみの硬度しか測定できず、材料全体の硬度として適切な測定値を得られない場合がある。HDDに衝撃が加わり、磁気ディスクが変動し、磁気ディスク同士または磁気ディスクと他部材とが衝突する際、その衝突は短時間の撃力であるため、疵が付与されるか否かは材料全体の硬度から考える必要がある。つまり、小さい荷重での硬度では、HDDに衝撃が加わった際の磁気ディスクへの疵の付与を正しく評価することができない。よって、荷重は1000gfとし、その際のビッカース硬さが80Hv以上であれば、磁気ディスク基板同士の衝突時においても表面の疵を回避することができる。尚、ビッカース硬さは、JIS Z 2244:2009に準拠して測定することができる。
【0040】
(ヤング率)
本実施形態に係る磁気ディスク基板において、ヤング率は75GPa以上であり、80GPa以上であることが好ましい。磁気ディスク基板のヤング率が高いほど剛性が高く、外力が加わった際の磁気ディスク基板の変形が抑制される。つまり、ヤング率が高ければHDDに衝撃が加わった際の磁気ディスクの変形量が小さくなる。ヤング率は高ければ高いほどよいが、磁気ディスク基板として75GPa以上であれば十分である。
【0041】
このように、上述のビッカース硬さとヤング率との両方が高い、すなわち、荷重1000gfにおける80Hv以上のビッカース硬さと75GPa以上のヤング率の両方を満たすことにより、磁気ディスク基板に所望の高い耐衝撃性を付与することができる。また、このような磁気ディスク基板は、高硬度および高剛性を示すため、磁気ディスク基板表面に微小な欠陥がつきにくくなり、信頼性を向上させることができる。
【0042】
(磁気ディスク基板表面の欠陥)
本実施形態に係る磁気ディスク基板では、酸性溶液に浸漬した後の磁気ディスク基板の表面において、直径2μm以下の凹み部が10個/cm2以下であることが好ましく、5個/cm2以下であることがより好ましい。磁気ディスク基板の表面に微小な欠陥が存在すると、その周辺を回避して磁気ディスクとして使用しなければならないため、欠陥数と磁気ディスクの記憶容量とには相関性がある。そのため、磁気ディスク基板の表面の微小な欠陥は可能な限り少ないことが好ましい。尚、直径2μm以下の凹み部が少ないほど、磁気ディスク基板の表面に微小な欠陥が少ないことを示し、信頼性が高いことを意味する。
【0043】
例えば、アルミニウム合金製磁気ディスク基板では、無電解Ni-P時にコンタミネーションや、めっき溶液組成の異常により欠陥が発生する可能性がある。この場合、1バッチ全てで欠陥が多発する可能性が高いものの、1バッチから抜き取りで欠陥の発生を評価することでバッチ全体の異常を察知することができる。評価の対象となる欠陥は、磁気ディスク基板の表面を観察するだけでは発見が困難な微小な欠陥である。よって、酸性溶液により磁気ディスク基板の表面とともに欠陥を溶解させ大きくすることで微小な欠陥を観察可能とする手法が有効である。具体的には、40~50℃の20~50vol%硝酸に磁気ディスク基板を5~10分間浸漬し、純水で洗浄および完全に乾燥させた後の磁気ディスク基板の表面を観察することで微小な欠陥を検出することが可能となる。この観察により、直径2μm以下の凹み部が10個/cm2以下であれば微小な欠陥が少なく、正常な無電解Ni-Pめっきが施されたと考えてよい。一方、それ以上の数の凹み部が検出された場合には、磁気ディスク基板が不良品となる可能性が極めて高い。
【0044】
また、ガラス製磁気ディスク基板においては、無電解Ni-Pめっき等の皮膜を付与する工程がないものの、磁気ディスク基板製造時に金属粉などの混入が発生する可能性がある。これにより、後工程に悪影響を及ぼす可能性があるため検査を実施することが望ましい。アルミニウム合金製磁気ディスク基板の場合と同様の条件の硝酸にガラス製磁気ディスク基板を浸漬すると、ガラス製磁気ディスク基板は溶解せず、混入した金属のみ溶解させることができる。このとき、混入した金属の溶解痕として形成する直径2μm以下の凹み部が10個/cm2以下であれば、微小な欠陥が少なく、正常であると考えることできる。
【0045】
3.磁気ディスク
磁気ディスクは、上述の磁気ディスク基板と、磁気ディスク基板上に設けられた磁性体層を備えている。磁性体層は、磁気ディスク基板の表面に磁性媒体をスパッタリングにより付着させることで形成することができる。また、ダイヤモンドライクカーボン等の炭素系材料からなる保護層が、CVDにより磁性体層上に更に形成されていてもよい。更に、潤滑油である潤滑層が保護層上に塗布されていてもよい。このような磁気ディスクは、例えば、熱アシスト磁気記録方式、マイクロ波アシスト記録方式などのエネルギーアシスト方式のHDDに用いる磁気ディスクとして使用することができる。
【0046】
以上、本実施形態に係る磁気ディスク基板および磁気ディスクについて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術思想に基づき、各種の変形及び変更が可能である。
【実施例0047】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0048】
<アルミニウム合金製磁気ディスク基板の作製>
(実施例1~5および比較例)
JIS5086合金(Al-Mg合金)、Al-1.5Fe合金およびAl-0.7Fe-1.9Ni合金となるように成分組成を調整したアルミニウム合金溶湯をDC鋳造法により鋳造し、鋳塊を作製した。得られた鋳塊の両面15mmを面削し、520℃で1時間の均質化処理を施した。次いで、熱間圧延開始温度460℃、熱間圧延終了温度280℃で熱間圧延を行ない、板厚3.0mmの熱間圧延板を作製した。更に、中間焼鈍を行なわずに熱間圧延板を冷間圧延により板厚0.52mmまで圧延して最終圧延板を作製した。このようにして得られたアルミニウム合金板を外径66mm、内径19mmの円環状に打抜き、円環状アルミニウム合金板を作製した。
【0049】
上記のようにして得られた円環状アルミニウム合金板に、1.5MPaの圧力下において300℃で3時間の加圧平坦化焼鈍を施し、ブランクを作製した。このブランクの端面に切削加工を施して、外径65mm、内径20mmのTサブを作製した。次いで、Tサブの表面を片面20μm研削する研削加工を行い、更に350℃で10分間の歪取り加熱処理を行ない、Gサブを作製した。その後、無電解Ni-Pめっき処理(P濃度13質量%)を施し、Ni-Pめっき皮膜が所望の厚さになるようにMサブを作製した。最後に、Mサブを羽布により仕上げ研磨(片面研磨量1μm)を行い、Ni-Pめっき層を含めた厚さが0.5mmのアルミニウム合金製磁気ディスク基板の評価用サンプルを作製した。
【0050】
<ガラス製磁気ディスク基板の作製>
(実施例6)
リドロー法により、幅90mm、長さ10m以上のアルミノシリケートガラスからなるガラス板を製造した。次いで、所望の厚さに近い厚さのガラス板を選別し、これをコアリングおよび内外周の端面研磨を行い、外径65mm、内径20mmの円環状のガラス基板を成形した。次いで、成形したガラス基板を両面同時研磨機にセットし、粗研磨工程および精密研磨工程を行った。尚、粗研磨工程においては、硬度が87のウレタン研磨パッドと、酸化セリウム研磨砥粒(粒径:0.1~0.4μm、平均粒径:0.19μm)に純水を加えて遊離砥粒とした研磨液とを用いた。精密研磨工程においては、硬度が76の発泡ウレタン研磨パッドと、コロイダルシリカ(粒径:10~100nm、平均粒径:80nm)に純水を加えて遊離砥粒とした研磨液とを用いた。これらの工程を経て、厚さ0.5mmのガラス製磁気ディスク基板の評価用サンプルを作製した。
【0051】
<評価方法>
評価1:ビッカース硬さ
作製した各評価用サンプルについて、明石製作所社製のマイクロビッカース硬度計(MVK-G2)を用いて、1000gfで任意の磁気ディスク基板表面に圧子を10s押込み、JIS Z 2244:2009に準拠してビッカース硬さを測定した。ビッカース硬さの測定は10回実施し、その最大値と最小値を除いた平均値をビッカース硬さとした。
【0052】
評価2:ヤング率測定
作製した評価用サンプルから、60mm×8mmのサンプルを採取し、ヤング率を測定した。ヤング率の測定は、日本テクノプラス社製のJE-RT型の装置を用いて室温で行った。
【0053】
評価3:表面観察
作製した評価用サンプルを、50℃の30vol%硝酸に3分浸漬した。浸漬後にサンプルを水洗乾燥し、その後、キーエンス社製マイクロスコープ(VHX-6000)を用いて磁気ディスク基板の任意の表面を観察した。その際、微小な欠陥として1cm2の観察視野における直径2μm以下の凹み部の数を算出した。
【0054】
実施例1~6および比較例で作製した各評価用サンプルの評価結果を表1に示す。
【0055】
【0056】
表1に示すように、実施例1~6のサンプルでは、磁気ディスク基板の表面の硬度が荷重1000gfのビッカース硬さで80Hv以上であり、また、ヤング率が75GPa以上であった。更に、磁気ディスク基板の表面に観察される微小な欠陥の数も10個/cm2以下であった。そのため、実施例1~6で作製した磁気ディスク基板は、耐衝撃性に優れており、また、表面の欠陥が少なく信頼性が担保されていると評価できる。
【0057】
一方、比較例1のサンプルでは、磁気ディスク基板の表面に観察される微小な欠陥の数は10個/cm2以下であり、信頼性は担保されていたものの、Ni-Pめっき皮膜の厚さが十分ではなく、磁気ディスク基板の表面の硬度が荷重1000gfのビッカース硬さで80Hv未満であり、また、ヤング率も75GPa未満であった。そのため、比較例で作製した磁気ディスク基板では、耐衝撃性が不十分であった。
本発明の磁気ディスク基板は、高硬度および高剛性を示すため、耐衝撃性に優れており、また、磁気ディスク基板表面における微小な欠陥が少ないため、信頼性が担保され、記憶容量の増加にも寄与できる。このような磁気ディスク基板の提供により、磁気ディスクの薄肉化による搭載枚数の増加を可能とし、HDDの高容量化に寄与する薄型磁気ディスクを提供できる。