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特開2022-91014動物細胞培養用培地、動物細胞の培養方法、培養動物細胞の細胞死抑制剤及び培養動物細胞の細胞死抑制剤としての使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022091014
(43)【公開日】2022-06-20
(54)【発明の名称】動物細胞培養用培地、動物細胞の培養方法、培養動物細胞の細胞死抑制剤及び培養動物細胞の細胞死抑制剤としての使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/07 20100101AFI20220613BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20220613BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220613BHJP
   A61K 31/352 20060101ALI20220613BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220613BHJP
【FI】
C12N5/07
C12N5/0793
C12N5/10
A61K31/352
A61P43/00 105
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020203676
(22)【出願日】2020-12-08
(71)【出願人】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100150360
【弁理士】
【氏名又は名称】寺嶋 勇太
(74)【代理人】
【識別番号】100119079
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 佐保子
(72)【発明者】
【氏名】船山 静香
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 浩
【テーマコード(参考)】
4B065
4C086
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BB04
4B065CA02
4B065CA44
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA08
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB21
(57)【要約】
【課題】本発明は、培養中の動物細胞の細胞死を抑制することができる培地を提供することを目的とする。
【解決手段】アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物を含有する、動物細胞培養用培地。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物を含有する、動物細胞培養用培地。
【請求項2】
前記アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物が、マルビジン、マルビジン-3,5-ジグルコシド及びマルビジン-3-グルコシドから選ばれる1種以上の化合物である、請求項1記載の動物細胞培養用培地。
【請求項3】
前記アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物をブドウ抽出物として含有する、請求項1又は2記載の動物細胞培養用培地。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の動物細胞培養用培地を用いて動物細胞を培養する、動物細胞の培養方法。
【請求項5】
前記動物細胞が神経細胞である、請求項4記載の動物細胞の培養方法。
【請求項6】
前記神経細胞がiPS細胞を分化誘導して得られた細胞である、請求項5記載の動物細胞の培養方法。
【請求項7】
アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物を有効成分とする、培養動物細胞の細胞死抑制剤。
【請求項8】
前記アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物が、マルビジン及びマルビジン配糖体から選ばれる1種以上の化合物である、請求項7記載の培養動物細胞の細胞死抑制剤。
【請求項9】
培養動物細胞の細胞死抑制剤としてのアントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物細胞培養用培地、動物細胞の培養方法、培養動物細胞の細胞死抑制剤及び培養動物細胞の細胞死抑制剤としての使用に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アントシアニンの生理活性に着目した研究が盛んにおこなわれている。例えば、特許文献1には、ゼニアオイ、シークワシャー、ケール又はその抽出物には、皮膚に塗布することで、シワの改善、紫外線照射による紅斑の発生が抑制されるといった効果があり、これらの植物や抽出物、さらには抽出物中のマルビジン-3,5-ジグルコシドが、紫外線による細胞死を抑制する作用を有することが報告されている。
【0003】
また、特許文献2には、マルビジン又はその誘導体を含む、シャンプーやローション等の毛髪手入れ組成物が、ヒトの毛髪繊維径の拡大、毛髪成長の刺激、毛髪の維持又は抜け毛の抑制、成長期若しくは休止期の毛包成長の刺激、毛髪繊維密度の増加及び脱毛症の予防若しくは治療等について効果を有することが記載され、実施例において、線維芽細胞に、塩化マルジピンを添加した培地を毎日添加すると、カリウムチャンネルを開放し細胞数が増加することが示されている。
【0004】
さらに、特許文献3には、アントシアニン含有食品が生体内の間葉系幹細胞の増殖を促進することも記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004-359603号公報
【特許文献2】特表2013-529670号公報
【特許文献3】特開2019-137681号公報
【0006】
しかしながら、いずれの文献にも、培養中の動物細胞に対して、アントシアニンやアントシアニジンがどのように作用するかについては、開示されておらず、示唆もされていない。
【0007】
ここで、動物細胞の細胞培養においては、細胞は培地から生存に必要な栄養分を取り込み、代謝産物を培地中に放出する。培地中に栄養分が不足すると細胞は死滅してしまうため、培地交換を行って細胞を生存させる必要がある。細胞によって培地の交換頻度は異なるものの、培地交換は作業者の負担となる。
また、近年、iPS細胞から分化される細胞を再生医療等に利用する場合において、培養細胞を生きたまま移送する必要が生じている。移送中の栄養分の枯渇は細胞死につながるが、移送中の培地交換は容易ではない。そのため、iPS細胞に関しては、専用の培地(例えば、関東化学社製「ciKIC(登録商標)iPSmedium」等)が使用されることが多い。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
培養中の動物細胞の細胞死を抑制することができる培地があれば、培地交換の負担を減ずることができ、また、培養細胞の移送が容易になる。本発明は、培養中の動物細胞の細胞死を抑制することができる培地を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、アントシアニンやアントシアニジンが、培養中の動物細胞の細胞死の抑制に有効であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
本発明は、アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物を含有する、動物細胞培養用培地に関する。アントシアニン及びアントシアニジンの少なくとも1種が存在する動物細胞培養用培地を用いると、培養中の動物細胞の栄養飢餓のストレスに対する耐性が向上し、これを通じて、細胞死の抑制が図られるものと推測される。このような栄養飢餓のストレスに対するアントシアニン又はアントシアニジンの作用は、上記特許文献のいずれにも開示されておらず、示唆もされていない。
【0011】
ここで、アントシアニジンは、フラビリウムを基本骨格としたポリフェノール化合物の総称であり、アントシアニンはアントシアニジンをアグリコンとした配糖体をいう。
アントシアニジン及びアントシアニンは、いずれもカウンターアニオンを有した形態であってもよい。
アントシアニンにおいて、アグリコンであるアントシアニジンに結合する糖は、グルコースに限定されず、ガラクトース、アラビノース、2糖類であるルチノース、ソフォロース等であってもよく、糖はクマノイル基等の二価の有機基を介してアグリコンであるアントシアニジンに結合していてもよい。
【0012】
ここで、動物細胞は、動物由来の細胞であり、生体から直接採取した細胞、生体から直接採取した後株化された細胞、動物由来のiPS細胞(人工分化多能性細胞)、動物由来のiPS細胞を分化誘導して得られた細胞を包含する。
【0013】
アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物としては、細胞死の抑制作用に優れる点から、マルビジン及びマルビジン配糖体が好ましく、マルビジン配糖体としてはマルビジン-3,5-ジグルコシド、マルビジン-3-グルコシドが挙げられる。
アントシアニジン及びアントシアニンはブドウ抽出物の形態で、動物細胞培養用培地に供給してもよく、本発明の動物細胞培養用培地は、アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物をブドウ抽出物として含有する培地であることができる。
ここで、ブドウ抽出物として含有する培地において、ブドウ抽出物は、培地への供給時点でブドウ抽出物の形態であればよい。他の植物の抽出物についても同様であり、植物抽出物として含有する培地において、植物抽出物は、培地への供給時点で植物の抽出物の形態であればよい。
ブドウの抽出に用いられるブドウの部位や状態は限定されず、根、茎、葉又は果実(果皮、果肉、種子)であることができるが、果皮が好ましい。
【0014】
本発明の動物細胞培養用培地は、神経細胞である動物細胞の培養中の細胞死の抑制に有効である。また、神経細胞がiPS細胞を分化誘導して得られた細胞の培養中の細胞死の抑制において有効である。
【0015】
本発明はまた、本発明の動物細胞培養用培地を用いて動物細胞を培養する、動物細胞の培養方法に関し、動物細胞が神経細胞である動物細胞の培養方法、神経細胞がiPS細胞を分化誘導して得られた細胞である動物細胞の培養方法に関する。
【0016】
本発明はまた、アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物を有効成分とする、培養動物細胞の細胞死抑制剤に関する。細胞死の抑制作用に優れる点から、有効成分はマルビジン及びマルビジン配糖体から選ばれる1種以上の化合物であることが好ましい。マルビジン配糖体には、マルビジン-3-グルコシド、マルビジン-3,
5-ジグルコシドが包含される。
ここで、培養動物細胞とは、培地で培養中の動物細胞である。
【0017】
本発明はまた、培養動物細胞の細胞死抑制剤としてのアントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物の使用に関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明の動物細胞培養用培地によれば、培養中の動物細胞の細胞死を抑制することができるため、培地交換の頻度を低減させ、また、培養動物細胞の移送を容易にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】実施例1の実験結果を示す図である。本発明の動物細胞培養用培地の生細胞の計測値を、対照となる培地を用いた場合の生細胞の計測値に対する相対値として示したグラフである。この実験では、動物細胞に栄養飢餓のストレスを与えて、生細胞を計測して、本発明の動物細胞培養用培地を用いた場合の細胞に対する保護効果を調べた。
図2】実施例2の実験結果を示す図である。本発明の動物細胞培養用培地の生細胞の計測値を、対照となる培地を用いた場合の生細胞の計測値に対する相対値として示したグラフである。この実験では、実施例1で使用したアントシアニジン等の化合物とは異なる化合物を使用した動物細胞培養用培地について、細胞に対する保護効果を調べた。
図3】実施例3の実験結果を示す図である。本発明の動物細胞培養用培地の生細胞の計測値を、対照となる培地を用いた場合の生細胞の計測値に対する相対値として示したグラフである。この実験では、実施例1で使用した培養容器とは異なる培養容器を使用した場合について、細胞に対する保護効果を調べた。
図4】実施例4の実験結果を示す図である。本発明の動物細胞培養用培地の生細胞の計測値を、対照となる培地を用いた場合の生細胞の計測値に対する相対値として示したグラフである。この実験では、マルビジン-3,5-ジグルコシドをブドウ果皮抽出物の形態で添加した培地について、生細胞を計測して、保護効果を調べた。培養容器として、汎用のポリスチレン製培養容器及び脂環構造含有重合体で構成される培養容器を用いた。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の動物細胞培養用培地は、アントシアニジン及びアントシアニンから選ばれる1種以上の化合物(以下、「アントシアニジン等の化合物」ともいう)を含有する。
【0021】
アントシアニジン等の化合物を含有させる動物細胞培養用培地は、特に制限されず、適用する動物細胞の種類に適合した培地を選択することができる。
動物細胞には、生体から直接採取した細胞、生体から直接採取した後株化された細胞、動物由来のiPS細胞、動物由来のiPS細胞を分化誘導して得られた細胞が包含され、細胞の種類は特に制限されず、神経細胞、心筋細胞、肝臓細胞、膵臓細胞、血管内皮細胞、皮膚細胞、網膜色素細胞、白血球系細胞、間葉系幹細胞等が挙げられる。中でも、著効が得られることから神経細胞が好ましく、特にiPS細胞由来の神経細胞が好ましい。
【0022】
本発明の動物細胞培養用培地は、アントシアニジン及びアントシアニンの一方のみを含有していても、アントシアニジンとアントシアニジンの両方を含有していてもよい。アントシアニジン及びアントシアニンは、それぞれ単独であっても複数種類であってもよい。
【0023】
アントシアニジンとしては、オーランチニジン、シアニジン、デルフィニジン、ヨーロピニジン、ルテオリニジン、ペラルゴニジン、マルビジン、ペオニジン、ペチュニジン、ロシニジン等が挙げられ、アントシアニンとしては、これらのアントシアニジンをアグリコンとして、これに糖や糖鎖が結合したアントシアニン(アントシアニジンの配糖体)が
挙げられる。
【0024】
中でも、O-メチル化体であるアントシアニジン及びその配糖体であるアントシアニンが好ましく、ヨーロピニジン、マルビジン、ペオニジン、ペチュニジン、ロシニジン及びそれらの配糖体がより好ましく、細胞死の抑制において著効を示し、入手が容易なマルビジン及びその配糖体が特に好ましく、マルビジン配糖体としては、マルビジン-3-グルコシド、マルビジン-3,5-ジグルコシドが挙げられる。これらはカウンターアニオン(例えば、クロリド)有した形態であってもよい。
【0025】
マルビジン、マルビジン-3-グルコシド、マルビジン-3,5-ジグルコシドは、それぞれ下記式(1)、(2)、(3)で示される化合物である。これらはカウンターアニオン(例えば、クロリド)を有した形態であってもよい。
【0026】
【化1】
【0027】
アントシアニジン等の化合物は、植物中に存在することが知られており、植物由来のアントシアニジン等の化合物を利用することができる。植物からアントシアニジン等の化合物を得る方法は、特に制限されず、例えば植物から直接抽出する、植物を発酵処理してから抽出する、植物の抽出物を酵素処理する等の公知の方法を用いることができる。抽出物は、さらに精製処理することが好ましい。植物の抽出物の添加は、植物中に含まれ得る種々のアントシアニジン等の化合物を一緒に培地に供給できる点で好ましい。
【0028】
植物は、所望のアントシアニジン等の化合物に応じて選択することができる。マルビジン及びマルビジン配糖体が含まれる植物としては、ブドウ、ブルーベリー、ラズベリー等が挙げられ、これらの抽出物を利用することができる。中でもブドウ果皮抽出物が好ましい。ブドウとしては、果皮に含まれるマルビジン-3,5-ジグルコシドの量が高い点から、ヤマブドウ(Vitis Coignetiae)、サンカクヅル(Vitis flexuosa)、ヤマブドウ(Vitis Coignetiae)とサンカクヅル(Vitis flexuosa)の交配種、ヤマブドウ(Vitis Coignetiae)とヨーロッパブドウ(Vitis Vinifera)の交配種、サンカクヅル(Vitis flexuosa)とヨーロッパブドウ(Vitis Vinifera)の交配種が好ましい。
【0029】
本発明の動物細胞培養用培地の調製方法は、特に制限されず、適用する動物細胞の種類に適合した、アントシアニジン等の化合物を含まない培地(以下、「原料培地」ともいう。)に、アントシアニジン等の化合物を添加して調製する方法が挙げられる。アントシアニジン等の化合物の添加の際、原料培地は動物細胞を含有していても、含有してなくてもよい。例えば、原料培地にアントシアニン等の化合物を添加してから、適用する動物細胞を加えて培養してもよく、原料培地で動物細胞培養中の培養容器に、アントシアニジン等の化合物を添加してもよい。培養中に、培地を交換する際に、原料培地にアントシアニジン等の化合物を添加した培地を使用してもよい。
【0030】
アントシアニジン等の化合物を単独の化合物として添加してもよく、複数種類を用いる場合は混合物として添加してもよい。また、本発明の効果を損なわない限り、アントシアニジン等の化合物を、他の成分との混合物として添加してもよい。また、アントシアニジン等の化合物を含む植物からの抽出物を添加することもできる。例えば、マルビジン及びその配糖体については、ブドウ抽出物(例えば、ブドウ果皮抽出物)の形態で添加してもよい。
【0031】
原料培地に添加することでアントシアニジン等の化合物は、培養する動物細胞に対して、細胞死抑制剤として機能する。アントシアニジン等の化合物の量は、培養する動物細胞の種類等に応じて選択することができるが、細胞死抑制剤として十分に機能させる点から、原料培地に対して、アントシアニジン等の化合物の濃度は0.03μM以上であることができ、好ましくは0.50μM以上である。アントシアニジン等の化合物の濃度は100μM以下とすることができ、50μM以下であることが好ましく、10μM以下がより好ましい。例えば、6μM以下に使用量を制限した場合であっても良好な効果が得られる。
【0032】
本発明の動物細胞の培養方法は、培地として、本発明の動物細胞培養用培地を用いる限り、特に制限されない。培養中、培地として、本発明の動物細胞培養用培地のみを用いても、培養の一部において、本発明の動物細胞培養用培地を用いてもよい。例えば、培養中に、培地を交換する際に、本発明の動物細胞培養用培地から他の培地に交換してもよく、他の培地から本発明の動物細胞培養用培地に交換してもよい。
【0033】
培養温度、培養時間、CO濃度等の培養条件は、培養する動物細胞の種類によって、
適宜設定することができる。
【0034】
本発明の動物細胞培養用培地を用いて動物細胞を培養する際に使用する培養容器は、特に制限されず、培養の目的等に応じて選択することができ、ポリスチレン製の培養容器、脂環構造含有重合体で構成される培養容器が挙げられる。脂環構造含有重合体で構成される培養容器は、アントシアニジン等の化合物による細胞死抑制効果をより高める点から、少なくとも容器内表面又は容器底面表面が、脂環構造含有重合体で構成される培養容器であることが好ましい。容器の内表面が脂環構造含有重合体で構成されている容器は、脂環構造含有重合体を用いて射出成形等で容器そのものを成形しても、脂環構造含有重合体以外の材料で成形された容器の表面に脂環構造含有重合体溶液等を塗布又は蒸着などしてコートしてもよい。
【0035】
脂環構造含有重合体としては、ノルボルネン系重合体、単環の環状オレフィン系重合体、環状共役ジエン系重合体、ビニル脂環式炭化水素系重合体及びそれらの水素化物が挙げられる。中でも、ノルボルネン系重合体及びその水素化物が好ましい。ノルボルネン系重合体には、ノルボルネン系開環重合体、ノルボルネン系付加重合体が包含される。ノルボルネン系開環重合体としては、ノルボルネン系単量体の開環重合体及びノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体(例えば、シクロオレフィン系単量体等)との開環重合体が挙げられ、ノルボルネン系付加重合体としては、ノルボルネン系単量体の付加重合体及びノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体(例えば、α-オレフィン系単量体、シクロオレフィン系単量体、非共役ジエン系単量体等)との付加重合体等が挙げられる。これらの水素化物も好ましい。
【0036】
本発明は、アントシアニジン等の化合物を有効成分とする培養動物細胞の細胞死抑制剤に関し、培養動物細胞の細胞死抑制剤としてのアントシアニジン等の化合物の使用に関する。アントシアニジン等の化合物としては、上記で例示した化合物が挙げられ、マルビジン又はマルビジン配糖体(マルビジン-3-グルコシド、マルビジン-3,5-ジグルコシド)が好ましい。
【実施例0037】
以下、本発明を、実施例によりさらに詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【0038】
実施例で使用した動物細胞等は以下のとおりである。
動物細胞及び原料培地
・iPS細胞から分化誘導して作製されたドーパミン作動性神経細胞であるCellular Dynamics社製iCell DopaNeuronsを用い、同製品について指定される培地を原料培地として、指定される量で用いた。
【0039】
培養容器
・汎用のポリスチレン製培養容器として、コーニング社製96ウェル平底ポリスチレン細胞培養用FALCON:品番353072を用いた。
・脂環構造含有重合体で構成される培養容器として、日本ゼオン社製シクロポリオレフィン樹脂ゼオノア(登録商標)1060Rを用いて成型した96ウェル平底の培養容器を用いた。
【0040】
アントシアニジン
・マルビジン:マルビジンクロリド(Santa Cruz)
アントシアニン(アントシアニンの配糖体)
・マルビジン-3-グルコシド:Oenin(Cayman Chemical Company)
・マルビジン-3,5-ジグルコシド:マルビンクロリド(Cayman Chemical Company)
【0041】
ブドウ果皮抽出物
ブドウ(品種名:富士の夢(行者の水(サンカクヅル)とメルロー(ヨーロッパブドウ)の交配種))の果実を圧搾して果汁を除いた後の果皮を、ステンレス製の網かごの上に互いが触れ合わないように置いて、乾燥機を用いて70℃の温風をあててブドウ果皮乾燥物を得た。得られたブドウ果皮乾燥物6gに、2%ギ酸メタノール水(メタノール:超純水:ギ酸=70:28:2(v/v/v))40mLを加え、12時間、室温遮光条件下で撹拌(360rpm)した。抽出溶液を、濾紙(ADVANTEC社製 定量濾紙No.5A、110mm)を用いて濾過し、濾過した抽出溶液を濃縮及び凍結乾燥してブドウ果皮抽出物の粉末3gを得た。
得られたブドウ果皮抽出物の粉末をメタノールに溶解し、高速液体クロマトグラフィー-質量分析(HPLC/MS)を行い、抽出物粉末1gに対して、マルビジン-3,5-ジグルコシド86.8mg、デルフィニジン-3-グルコシド49.2mg、マルビジン-3-グルコシド2.6mg、マルビシン-3-クマロイルグルコシド12.6mg、マルビシン-3-クマロイルグルコシド-5-グルコシド51.5mgが含まれていることを確認した。成分の同定及び定量は、LC-MS分析のライブラリーで確認するとともに、標準品の測定値との対比により行った。
【0042】
<実施例1>
本実施例では、アントシアニジン又はアントシアニンを含有する培地について、培養中の動物細胞の細胞死を抑制する効果を評価した。
上記培養容器をSigma社製Poly-L-ornithineを室温(25℃)にて1時間、Gibco社製Geltrex(商標)を37℃にて1時間コーティングし、コーティング後の培養容器に原料培地を入れ、上記ドーパミン作動性神経細胞を細胞密度4×10セル/ウェルで播種し、培養3日経過後に、原料培地を以下の培地に交換し、37℃、5%二酸化炭素で加湿環境のCOインキュベーター内で7日間保持し、培養を行った。
【0043】
培地a-1:原料培地に、マルビジンを終濃度6.8μMで添加した培地
培地a-2:原料培地に、マルビジンを終濃度1.7μMで添加した培地
培地a-3:原料培地に、マルビジンを終濃度0.43μMで添加した培地
培地b-1:原料培地に、マルビジン-3,5-グルコシドを終濃度6.8μMで添加した培地
培地b-2:原料培地に、マルビジン-3,5-グルコシドを終濃度1.7μMで添加した培地
培地b-3:原料培地に、マルビジン-3,5-グルコシドを終濃度0.43μMで添加した培地
培地R-1:原料培地(アントシアニン及びアントシアニジンのいずれも添加していない培地)
【0044】
培養後の生細胞数の計測を、ナカライテスク社製カルセインAMを培地に添加して、30分間COインキュベーター内でインキュベーションし、蛍光顕微鏡(キーエンス社製BZ-X810)で青色励起による緑色蛍光で細胞を観察することにより行った。マルビジン及びマルビジン配糖体のいずれも添加していない培地R-1の計測値を1として、各培地の計測値を換算した結果を図1に示す。
【0045】
培養3日目に所定の培地に交換した後、7日間のあいだ新たに培地交換していないため、細胞は栄養飢餓のストレス状態となっており、生細胞数は減少していたが、図1より、アントシアニジン及びアントシアニンのいずれも添加していない培地R-1と比較して、
アントシアニジンとしてマルビジン又はアントシアニンとしてマルビジン配糖体であるマルビジン-3,5-ジグルコシドのいずれかを添加した培地a-1~a-3、b-1~b-3を使用した場合、生細胞数が多く、細胞死が抑制されていることがわかる。中でも、アントシアニジン及びアントシアニンの終濃度が1.7μMの場合、優れた抑制効果が確認された。
【0046】
<実施例2>
本実施例では、アントシアニンとして、マルビジン配糖体であるマルビジン-3-グルコシドを含有する培地について、培養中の動物細胞の細胞死を抑制する効果を評価した。
培養3日経過後に、原料培地を以下の培地に交換したこと以外は、実施例1と同様にして培養を行い、生細胞数の計測を行った。
【0047】
培地c-2:原料培地に、マルビジン-3-グルコシドを終濃度1.7μMで添加した培地。
【0048】
培地a―2、培地b-2、培地R-1を使用した例は、実施例1に記載のとおりである。結果を図2に示す。マルビジン-3-グルコシドを使用した場合にも、細胞死が抑制されていることがわかる。
【0049】
<実施例3>
本実施例では、脂環構造含有重合体で構成される容器中でのアントシアニジン又はアントシアニンを含有する培地について、培養中の動物細胞の細胞死を抑制する効果を評価した。
脂環構造含有重合体で構成される培養容器として用いて、培養3日目経過後に、原料培地を以下の培地に交換したこと以外は、実施例1と同様にして培養を行い、生細胞数の計測を行った。結果を図3に示す。
【0050】
培地a-2:原料培地に、マルビジンを終濃度1.7μMで添加した培地
培地b-2:原料培地に、マルビジン-3,5-グルコシドを終濃度1.7μMで添加した培地
培地c-2:原料培地に、マルビジン-3-グルコシドを終濃度1.7μMで添加した培地
培地R-1:原料培地(アントシアニン及びアントシアニジンのいずれも添加していない培地)
【0051】
脂環構造含有重合体で構成される培養容器を使用した場合にも、細胞死が抑制されていることがわかる。
【0052】
<実施例4>
本実施例では、アントシアニンとしてマルビジン配糖体であるマルビジン-3,5-ジグルコシドをブドウ果皮抽出物の形態で添加した培地について、培養中の動物細胞の細胞死を抑制する効果を評価した。
【0053】
培養3日経過後に、原料培地を以下の培地に交換したこと以外は、実施例1と同様にして培養を行い、生細胞数の計測を行った。
【0054】
培地d-1:原料培地に、ブドウ果皮抽出物を、抽出物中のマルビジン-3,5-ジグルコシドが終濃度1.7μMとなる量で添加した培地
培地d-2:原料培地に、ブドウ果皮抽出物を、抽出物中のマルビジン-3,5-ジグルコシドが終濃度0.86μMとなる量で添加した培地
培地R-1:原料培地(アントシアニン及びアントシアニジンのいずれも添加していない培地)
【0055】
さらに、培養容器として、脂環構造含有重合体で構成される培養容器を使用したこと以外は、上記と同様にして、培養を行い、生細胞数の計測を行った。
【0056】
アントシアニンとしてマルビジン配糖体であるマルビジン-3,5-ジグルコシドをブドウ果皮抽出物の形態で添加した場合にも、培養中の動物細胞の細胞死が抑制されていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の動物細胞培養用培地によれば、培養中の動物細胞の細胞死を抑制することができるため、培地交換の頻度を低減させ、また、培養動物細胞の移送を容易にすることができ、有用性が高い。
図1
図2
図3
図4