(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022091235
(43)【公開日】2022-06-21
(54)【発明の名称】アユ類の性識別マーカー
(51)【国際特許分類】
C12N 15/12 20060101AFI20220614BHJP
A01K 67/02 20060101ALI20220614BHJP
C12N 15/01 20060101ALI20220614BHJP
C12Q 1/6813 20180101ALI20220614BHJP
C12Q 1/6841 20180101ALI20220614BHJP
C12Q 1/6844 20180101ALI20220614BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20220614BHJP
C12Q 1/6888 20180101ALI20220614BHJP
【FI】
C12N15/12
A01K67/02 ZNA
C12N15/01 Z
C12Q1/6813 Z
C12Q1/6841 Z
C12Q1/6844 Z
C12Q1/686 Z
C12Q1/6888 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020203939
(22)【出願日】2020-12-09
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、国際科学技術共同研究推進事業(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)「世界戦略魚の作出を目指したタイ原産魚介類の家魚化と養魚法の構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100188651
【弁理士】
【氏名又は名称】遠藤 広介
(72)【発明者】
【氏名】坂本 崇
(72)【発明者】
【氏名】中本 正俊
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA17
4B063QA18
4B063QA20
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QQ53
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR56
4B063QR62
4B063QS24
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】アユ類の遺伝的な性を正確に識別し得る方法の提供。
【解決手段】アユ類のamhr2bY遺伝子または該遺伝子の発現産物を指標としてアユ類の性別を簡易迅速に判別できる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる、遺伝子:
(a)配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(b)配列番号3で表されるアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が置換、欠失または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(c)配列番号3で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(d)配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号2で表される塩基配列と同一性が90%以上である塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(f)配列番号2で表される塩基配列において、1または数個の塩基が置換、欠失または付加されている塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(g)配列番号2で表される塩基配列の相補配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド、
(h)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(i)配列番号1で表される塩基配列と同一性が90%以上である塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(j)配列番号1で表される塩基配列において、1または数個の塩基が置換、欠失または付加されている塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(k)配列番号1で表される塩基配列の相補配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
【請求項2】
請求項1に記載の遺伝子、該遺伝子の発現産物、もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらの断片を含んでなる、アユ類の性識別マーカー。
【請求項3】
前記遺伝子が配列番号1で表されるゲノム塩基配列を含むポリヌクレオチドまたはそのヌクレオチド断片である、請求項2に記載のアユ類の性識別マーカー。
【請求項4】
前記遺伝子の発現産物が、該遺伝子のmRNA、または該遺伝子がコードするタンパク質である、請求項2に記載の性識別マーカー。
【請求項5】
被検体アユ類から得られた試料において、請求項2~4のいずれか一項に記載の性識別マーカーを検出する工程を含んでなる、アユ類の遺伝的な性を識別する方法。
【請求項6】
前記性識別マーカーが存在する場合、アユ類の遺伝的な性を雄と判定する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記検出工程が、ポリヌクレオチドである、請求項2~4のいずれか一項に記載の性識別マーカーを核酸増幅法により増幅することを含んでなる、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
前記試料が、鰭、血液、粘液、うろこ、腎臓、肝臓、消化管、卵、精子、生殖腺、生殖細胞、筋肉、眼、糞、尿、飼育水からなる群から選択される少なくとも一つのものである、請求項5~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
請求項1に記載の遺伝子、または該遺伝子のmRNAもしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらに相補的なポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズしうる、核酸分子。
【請求項10】
請求項5~8のいずれか一項に記載の方法に用いるための核酸分子であって、
請求項1に記載の遺伝子、または該遺伝子のmRNAもしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらに相補的なポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズしうる、核酸分子。
【請求項11】
請求項5~8のいずれか一項に記載の方法に用いるためのプライマーペアであって、
請求項1に記載の遺伝子、または該遺伝子のmRNAもしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらの相補的なポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズしうる、プライマーペア。
【請求項12】
前記プライマーペアを用いて増幅された性識別マーカー由来の増幅物と、当該プライマーペアを用いて増幅されたamhr2a遺伝子のゲノム塩基配列またはamhr2a遺伝子の遺伝子産物に由来する増幅物とが区別されるように設計された、
請求項11に記載のプライマーペア。
【請求項13】
請求項10に記載の核酸分子および/または請求項11もしくは12に記載のプライマーペアを含んでなる、アユ類の遺伝的な性の識別用キット。
【請求項14】
以下の工程を含んでなる、XX染色体を有する遺伝的な雌のみのアユ類の集団を得る方法:
遺伝的な雌を含むアユ類の集団に、ホルモン処理して遺伝的な雌を雄化し、機能的雄(偽雄)を作出する工程、
被検体アユ類において、請求項2~4のいずれか一項に記載の性識別マーカーを検出する工程を含んでなる、アユ類の遺伝的な性を識別する工程、
偽雄のみを選別する工程、および
得られた偽雄と遺伝的な雌を交配する工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アユ類の性識別マーカー、およびアユ類の遺伝的な性を識別する方法に関する。より詳細には、性決定遺伝子に基づくアユ類の性識別マーカー、性決定遺伝子を指標にしたアユ類の遺伝的な性を検査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アユは日本の水産における重要な養殖品種であり、特にメス個体は「子持ちアユ」として、高値で取引され、需要も大きい。そのため、アユの養殖においては、付加価値の高い子持ちアユを効率的に生産できる全雌生産技術が用いられている(非特許文献1、非特許文献2)。全雌生産技術とは、例えば、ホルモン処理をして性転換を起こし雄化した遺伝的な雌(偽雄)と、通常の雌を交配し、XX染色体を有する雌を作出する技術である。
【0003】
全雌生産技術において、通常の雄(すなわち、遺伝的な雄)と偽雄(性転換させた雌)とは外見上識別ができないため、飼育中に遺伝的な雄が混入した場合には、全雌生産にならず、大きな問題となる。特に、偽雄化した雌の精子を利用して全雌を作出する際に、見かけ上雄であるアユが偽雄であるか遺伝的な性を判別する必要が生じる。そのため、簡易かつ迅速にアユの遺伝的な性を識別できる手法の確立が望まれている。
【0004】
アユの性を識別する方法としては、性に関連したDNAマーカーとして、D7-141という141塩基のDNA断片を指標にして雌雄を判別する方法が報告されている。しかし、かかる方法では一部の雌が雄として判定されている結果も報告されている(非特許文献3)。
したがって、アユの雌雄の正確な識別を可能とする手法が依然として求められているといえる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kuwada et al., 岐淡水研報 (2001), No.46, pp.9-15
【非特許文献2】Kuwada et al., 岐河環研研報・情報および資料 (2010), No.55, pp.39-44
【非特許文献3】Watanabe et al., Fisheries Science (2004), Vol. 70, pp.47-52
【発明の概要】
【0006】
本発明者らは、アユの遺伝的性決定がXX(雌)/XY(雄)型であることを利用し、アユの雄および雌個体のゲノム配列を比較し、遺伝的な性と関連するゲノム領域(scaffold)を見いだし、Y染色体にのみ存在する遺伝子であり、アユの性決定に重要と考えられるamhr2bY遺伝子を同定した。さらに、かかる遺伝子または該遺伝子のゲノム配列情報に基づいて、アユの遺伝的な性を正確に識別できることを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0007】
従って、本発明は、アユ類の遺伝的な性を正確に識別し得るマーカー、およびアユ類の遺伝的な性を正確に識別し得る方法を提供することを目的とする。
【0008】
本発明は、以下の発明を包含する。
[1] 以下の(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる、遺伝子:
(a)配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(b)配列番号3で表されるアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が置換、欠失または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(c)配列番号3で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(d)配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号2で表される塩基配列と同一性が90%以上である塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(f)配列番号2で表される塩基配列において、1または数個の塩基が置換、欠失または付加されている塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(g)配列番号2で表される塩基配列の相補配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド、
(h)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(i)配列番号1で表される塩基配列と同一性が90%以上である塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(j)配列番号1で表される塩基配列において、1または数個の塩基が置換、欠失または付加されている塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(k)配列番号1で表される塩基配列の相補配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
[2] [1]に記載の遺伝子、該遺伝子の発現産物、もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらの断片を含んでなる、アユ類の性識別マーカー。
[3] 前記遺伝子が配列番号1で表されるゲノム塩基配列を含むポリヌクレオチドまたはそのヌクレオチド断片である、[2]に記載のアユ類の性識別マーカー。
[4] 前記遺伝子の発現産物が、該遺伝子のmRNA、または該遺伝子がコードするタンパク質である、[2]に記載の性識別マーカー。
[5] 被検体アユ類から得られた試料において、[2]~[4]のいずれか一つに記載の性識別マーカーを検出する工程を含んでなる、アユ類の遺伝的な性を識別する方法。
[6] 前記性識別マーカーが存在する場合、アユ類の遺伝的な性を雄と判定する、[5]に記載の方法。
[7] 前記検出工程が、ポリヌクレオチドである、[2]~[4]のいずれか一つに記載の性識別マーカーを核酸増幅法により増幅することを含んでなる、[5]または[6]に記載の方法。
[8] 前記試料が、鰭、血液、粘液、うろこ、腎臓、肝臓、消化管、卵、精子、生殖腺、生殖細胞、筋肉、眼、糞、尿、飼育水からなる群から選択される少なくとも一つのものである、[5]~[7]のいずれか一つに記載の方法。
[9] [1]に記載の遺伝子、または該遺伝子のmRNAもしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらに相補的なポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズしうる、核酸分子。
[10] [5]~[8]のいずれか一つに記載の方法に用いるための核酸分子であって、
[1]に記載の遺伝子、または該遺伝子のmRNAもしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらに相補的なポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズしうる、核酸分子。
[11] [5]~[8]のいずれか一つに記載の方法に用いるためのプライマーペアであって、
[1]に記載の遺伝子、または該遺伝子のmRNAもしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらの相補的なポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズしうる、プライマーペア。
[12] 前記プライマーペアを用いて増幅された性識別マーカー由来の増幅物と、当該プライマーペアを用いて増幅されたamhr2a遺伝子のゲノム塩基配列またはamhr2a遺伝子の遺伝子産物に由来する増幅物とが区別されるように設計された、
[11]に記載のプライマーペア。
[13] [10]に記載の核酸分子および/または[11]もしくは[12]に記載のプライマーペアを含んでなる、アユ類の遺伝的な性の識別用キット。
[14] 以下の工程を含んでなる、XX染色体を有する遺伝的な雌のみのアユ類の集団を得る方法:
遺伝的な雌を含むアユ類の集団に、ホルモン処理して遺伝的な雌を雄化し、機能的雄(偽雄)を作出する工程、
被検体アユ類において、[2]~[4]のいずれか一つに記載の性識別マーカーを検出する工程を含んでなる、アユ類の遺伝的な性を識別する工程、
偽雄のみを選別する工程、
得られた偽雄と遺伝的な雌を交配する工程。
【0009】
本発明によれば、アユ類の遺伝的な性を正確に識別することができる。さらに、本発明によれば、野生個体集団における被検体アユ類の遺伝的な性を識別できる。さらに、本発明によれば、amhr2bY遺伝子または該遺伝子のゲノム配列を指標としてアユ類の性別を簡易迅速に判別できる。かかる本発明は、雌雄を簡易迅速に確定しうることから、全雌生産において、ホルモン処理を受けた見かけ上雄であるアユ類が実際に偽雄であるか遺伝的な性を判別する上で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】アユamhr2bYと常染色体上のアユamhr2aのcDNA配列のclustalWによるペアワイズアライメントを行った結果を示した図である。一番上の列のボックスは開始コドンを示し、次のボックスは停止コドンを示す。アスタリスクは同一のヌクレオチドを示す。Amhr2bYにおける白抜き文字の箇所は試験例4-1、4-2で用いたamhr2bYの3’UTRのRNAプローブの領域を示す。Amhr2aにおける白抜き文字の箇所は試験例4-1、4-2で用いたamhr2aの3’UTRのRNAプローブの領域を示す。
【
図2】RT-PCRによるamhr2bYおよびamhr2a mRNAの精巣または卵巣での発現解析の結果を示した図である。
【
図3】PCRによる遺伝子型決定方法の結果を示した図である。遺伝的雄では、amhr2bYに由来するバンド(矢じり)および常染色体のamhr2aに由来するバンド(矢印)の2種類のバンドが確認された。一方、遺伝的雌では、常染色体のamhr2に由来するバンド(矢印)1種類が確認された。
【
図4】
図4Aおよび
図4Bは、amhr2bYの3’UTRに対するプローブを用いたin situ ハイブリダイゼーションの結果を示す。
図4Aは受精後2か月齢XYの結果、
図4Bは受精後2か月齢 XXの結果である。
図4Cおよび
図4Dは、常染色体amhr2aの3’UTRに対するプローブを用いたin situ ハイブリダイゼーションの結果を示す。
図4Cは受精後2か月齢XYの結果、
図4Dは受精後2か月齢XXの結果である。各図において、矢じりはポジティブなシグナルを示し、点は生殖腺の輪郭を示す。スケールバーは10μmを示す。
図4EはドットブロットハイブリダイゼーションによるRNAプローブの特異性を示す。
【発明の具体的説明】
【0011】
本発明のアユ類とは、アユ属の魚類であり、和名では、アユ(学名:Plecoglossus altivelis)、リュウキュウアユ(学名:Plecoglossus altivelis ryukyuensis)と称される魚を含む。本発明の好ましい実施態様によれば、アユ類は、アユ(学名:Plecoglossus altivelis)である。
【0012】
本発明の一つの実施態様によれば、アユ類の性識別方法は、アユ類の遺伝的な性の違いに伴って生じるポリヌクレオチドの配列の差異に基づいて性の識別を行う方法である。より具体的には、性識別マーカーの存在の有無を指標として、被検体アユ類の遺伝的な性を識別する方法である。ここで、「性識別マーカー」とは、アユ被検体の遺伝的な性の識別に使用することができるマーカーであって、例えば、遺伝的な雄に特異的に見出される塩基配列を有するポリヌクレオチド、または遺伝的な雄に特異的に見出されるアミノ酸配列を有するポリペプチド、あるいは前記ポリヌクレオチドに相補的なポリヌクレオチドが挙げられる。
【0013】
本発明の一つの実施態様によれば、性識別マーカーは、本明細書の実施例に記載したように、当業者に公知のゲノムワイド関連解析(genome-wide association study)、GBS(genotyping-by-sequencing)、および全ゲノムリシークエンシング(whole-genome resequencing)といった手法を用いて、アユ類の雄と雌とのゲノム配列を比較し、Y染色体のみに存在するポリヌクレオチドを同定することにより得ることができる。
【0014】
上記比較・同定の結果、実施例に示すように、アユamhr2bYmRNAまたはアユamhr2bYのゲノム塩基配列が雄のみに存在することが見いだされた。
【0015】
したがって、上記のアユamhr2bY遺伝子の発現産物もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、アユamhr2bYのゲノム塩基配列、またはこれらの断片はアユ類の性識別マーカーとして有用である。
【0016】
「Amhr2」は、抗ミュラー管ホルモンII型受容体(anti-Muellerian hormone type-II receptor)を意味する。抗ミュラー管ホルモン(AMH)は、マウスでは、胚のオス分化においてミュラー管を退化させる働きを持ち、生体では卵巣の濾胞成長や精巣のライディッヒ細胞増殖を調節する。AMHはヘテロ二量体構造の受容体を介してSmadシグナル系を活性化するが、その組織特異的な作用を保証するのは、生殖腺特異的に発現するII型受容体(Amhr2)である。アユ類には、常染色体上にamhr2a遺伝子が存在することが知られている。
【0017】
「amhr2bY」遺伝子は、今般見いだされた、amhr2aのパラログであって、Y染色体上のみに存在し、この雄特異的なamh/amhr2経路は、アユにおける精巣の分化に非常に重要であると考えられる。かかる遺伝子は、雄アユより単離することができる。
【0018】
アユ類Amhr2bYタンパク質の具体例として、配列番号3で示される494残基のアミノ酸配列からなるアユ由来のタンパク質が挙げられる。
【0019】
本発明の一実施態様によれば、アユ類の性識別マーカーとして、原則としてアユ被検体が遺伝的な雄である場合に、被検体の内在遺伝子であるamhr2bY遺伝子、たとえば、該遺伝子のゲノム塩基配列からなるポリヌクレオチド、その発現産物、該遺伝子のmRNAに対するcDNA(単に、該遺伝子のcDNAともいう)、またはこれらの断片を用いることができる。
【0020】
より具体的には、上記遺伝子としてはそれぞれ以下のポリヌクレオチドを含むことが出来る:
(a)配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(b)(a)のアミノ酸配列において1個または数個のアミノ酸が置換、欠失および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、または
(c)(a)のアミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
ここで、上記(b)および(c)のタンパク質のアミノ酸配列は、アユ類の性識別機能を有するか、生殖細胞の雄分化活性を示すか、または、配列番号3のアミノ酸配列とタンパク質としての同一の機能、活性、または性質を示すことが好ましい。(b)および(c)のアミノ酸配列における「アユ類の性識別機能」の有無は、(b)および(c)のアミノ酸配列が配列番号3の配列に特異的なアミノ酸配列を有しているか否かにより決定することができる。上述の特異的なアミノ酸配列とは、例えば、他のタンパク質に存在せず、(a)、(b)または(c)のタンパク質のみに存在するアミノ酸配列である。ここで、「他のタンパク質に存在しない」とは、上記タンパク質に特異的なアミノ酸配列が、遺伝的な性を識別する方法において用いられる試料中の他のタンパク質に存在しなければよい。例えば、識別対象がアユ類である場合、上記タンパク質に特異的なアミノ酸配列が、被検体アユ類から得られた試料中の他のタンパク質に存在しなければよい。特に、上記タンパク質に特異的なアミノ酸配列が、被検体アユ類の全てのタンパク質中で特異的であることが好ましい。本発明の別の実施態様によれば、「アユ類の性識別機能」の有無は、(b)および(c)のアミノ酸配列が、配列番号3のアミノ酸に特異的に結合する抗体により性特異的に識別されるか否かにより決定することができる。
上記(b)、(c)で表されるポリヌクレオチドを、配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドの多型物ともいう。
【0021】
本発明の一実施態様によれば、「数個」とは、例えば、2~20個が挙げられ、好ましくは2~15個、より好ましくは2~10個、さらに好ましくは2~7個、さらに好ましくは2~5個、さらに好ましくは2~4個、また、さらに好ましくは2~3個をいう。また、アミノ酸の置換は、保存的アミノ酸置換が望ましい。「保存的アミノ酸置換」とは、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似するアミノ酸間の置換をいう。性質の類似するアミノ酸は、例えば、塩基性アミノ酸(アルギニン、リジン、ヒスチジン)、酸性アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)、無電荷極性アミノ酸(グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン)、無極性アミノ酸(ロイシン、イソロイシン、アラニン、バリン、プロリン、フェニルアラニン、トリプトファン、メチオニン)、分枝鎖アミノ酸(ロイシン、バリン、イソロイシン)、芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジン)等に分類することができる。
【0022】
本明細書において、アミノ酸配列の「同一性」とは、二つのアミノ酸配列を整列(アラインメント)し、必要に応じてギャップを導入して、両者のアミノ酸一致度が最も高くなるようにしたときに、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるAmhr2bYの全アミノ酸残基に対する二つのアミノ酸配列間で同一アミノ酸残基の割合(%)をいう。アミノ酸同一性は、BLASTやFASTAによるタンパク質の検索システムを用いて算出することができる。
【0023】
本発明の一実施態様によれば、amhr2bY遺伝子としては、上記Amhr2bYタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。Amhr2bY遺伝子の具体例としては、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるアユAmhr2bYをコードするアユamhr2bY遺伝子のコード配列が挙げられる。具体的には、配列番号2で示される塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。
【0024】
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明の遺伝子として、それぞれ以下のポリヌクレオチドを含むことが出来る:
(d)配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号2で表される塩基配列と同一性が90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上である塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(f)配列番号2で表される塩基配列において、1または数個の塩基が置換、欠失または付加されている塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(g)配列番号2で表される塩基配列の相補配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
ここで、上記(e)~(g)のポリヌクレオチドは、アユ類の性識別機能を有するか、生殖細胞の雄分化活性を示すか、または、配列番号3のアミノ酸配列とタンパク質としての同一の機能、活性、または性質を示すアミノ酸配列をコードすることが好ましい。(e)~(g)のポリヌクレオチドにおける「アユ類の性識別機能」の有無は、(e)~(g)のポリヌクレオチドが配列番号2の配列に特異的な塩基配列を有しているか否かにより決定することができる。上述の特異的な塩基配列とは、例えば、他の遺伝子に存在せず、(e)~(g)のポリヌクレオチドのみに存在する塩基配列である。ここで、「他の遺伝子に存在しない」とは、上記ポリヌクレオチドに特異的な塩基配列が、遺伝的な性を識別する方法において用いられる試料中の他の遺伝子に存在しなければよい。例えば、識別対象がアユ類である場合、上記ポリヌクレオチドに特異的な塩基配列が、被検体アユ類から得られた試料中の他の遺伝子に存在しなければよい。特に、上記ポリヌクレオチドに特異的な塩基配列が、被検体アユ類の全ての遺伝子中で特異的であることが好ましい。本発明の別の実施態様によれば、「アユ類の性識別機能」の有無は、試験例2または3の手順に従いPCRを行い、性特異的にポリヌクレオチドまたはそのヌクレオチド断片のバンドが検出されるか否かにより決定することができる。
また、上記(e)~(g)で表されるポリヌクレオチドを、配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドの多型物ともいう。
【0025】
本明細書において塩基配列の「同一性」とは、二つの塩基配列を整列(アラインメント)し、必要に応じてギャップを導入して、両者の塩基一致度が最も高くなるようにしたときに、配列番号2で示される塩基配列からなるamhr2bY遺伝子のコード配列の全塩基に対する二つの塩基配列間で同一塩基の割合(%)をいう。塩基配列の同一性は、ClustalWやBLASTにといった公知のソフトウェアを使用して決定することができる。
【0026】
本明細書において「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズ(する)」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件でハイブリダイズすることをいい、例えば、低塩濃度および/または高温の条件下でハイブリダイゼーションと洗浄を行うことが挙げられる。例えば、「ストリンジェントな条件」とは、「5×SSPE、5×Denhardt’s液、0.5%ドデシル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate、SDS)、50%ホルムアミド、200μg/mL鮭精子DNA、42℃オーバーナイト」であってもよく、洗浄のための条件として、「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」の条件が挙げられる。「ストリンジェントな条件」の別の実施態様によれば、例えば、「60℃、24時間」の条件が挙げられる。また、「よりストリンジェントな条件」とは、ハイブリダイゼーションのための条件として、「5×SSPE、5×Denhardt’s液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、200μg/mL鮭精子DNA、42℃オーバーナイト」、洗浄のための条件として、「0.2×SSC、0.1%SDS、65℃」の条件が挙げられる。ストリンジェントなハイブリダイゼーションの条件については、Green, M.R. and Sambrook, J., 2012, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkに記載されているので参考にすることができる。
【0027】
本発明の一実施態様によれば、性識別マーカーとして使用できる、(a)~(g)および後述の(h)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子の発現産物として、例えば、該遺伝子のmRNA、もしくは、そのヌクレオチド断片、または、該遺伝子がコードするタンパク質もしくはそのペプチド断片を挙げることが出来、好ましくは、該遺伝子のmRNAまたは、そのヌクレオチド断片である。
【0028】
本発明の一実施態様によれば、(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、該遺伝子のmRNA、または該遺伝子のmRNAに対するcDNAの「ヌクレオチド断片」は、それぞれ、(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、該遺伝子のmRNA、または該遺伝子のmRNAに対するcDNAを構成する塩基配列の一部からなる。かかる断片の一例としては、上記遺伝子に特異的な断片が挙げられる。上記遺伝子に特異的な断片とは、例えば、他の遺伝子に存在せず、上記遺伝子のみに存在する塩基配列を有する断片である。ここで、「他の遺伝子に存在しない」とは、上記遺伝子に特異的な断片が、遺伝的な性を識別する方法において用いられる試料中の他の遺伝子に存在しなければよい。例えば、識別対象がアユ類である場合、上記遺伝子に特異的な断片が、被検体アユ類から得られた試料中の他の遺伝子に存在しなければよい。特に、上記遺伝子に特異的な断片が、被検体アユ類の全てのタンパク質中で特異的であることが好ましい。
【0029】
本発明の一実施態様によれば、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、該遺伝子のmRNA、もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNAの「ヌクレオチド断片」は、上述の通り、アユ類の性識別マーカーとして好適に使用することができる。したがって、本発明の好ましい実施態様によれば、上記ヌクレオチド断片は、アユ類の性識別機能を有するものである。ここで、「アユ類の性識別機能」の有無は、(a)~(k)のヌクレオチド断片が、配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列に特異的な塩基配列を有しているか否か、配列番号2の配列に特異的な塩基配列を有しているか否か、または、配列番号1の配列に特異的な塩基配列を有しているか否かにより決定することができる。上述の特異的な塩基配列は、上記の(e)~(g)のポリヌクレオチドの特異的な塩基配列と同様である。
【0030】
本発明の一実施態様によれば、上記(a)~(g)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、該遺伝子のmRNA、もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらのヌクレオチド断片としては、例えば、20ヌクレオチド以上、好ましくは50ヌクレオチド以上、最も好ましくは100ヌクレオチド以上の鎖長からなる連続したヌクレオチド鎖をいう。かかるポリヌクレオチドまたはそのヌクレオチド断片の鎖長の上限は特に限定されないが、好ましくは1500ヌクレオチド以下、より好ましくは1480ヌクレオチド以下、さらに好ましくは1450ヌクレオチド以下である。
【0031】
本発明の一実施態様によれば、(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子がコードするタンパク質の「ペプチド断片」は、それぞれ、(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子がコードするタンパク質を構成するアミノ酸配列の一部からなる。かかる断片の一例としては、上記タンパク質に特異的な断片が挙げられる。上記タンパク質に特異的なアミノ酸配列とは、例えば、他のタンパク質に存在せず、(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子がコードするタンパク質のみに存在するアミノ酸配列である。ここで、「他のタンパク質に存在しない」とは、上記(b)および(c)のアミノ酸配列と同様である。
【0032】
本発明の一実施態様によれば、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子がコードするタンパク質またはそのペプチド断片は、アユ類の性識別機能を有するものである。ここで、「アユ類の性識別機能」は、上述の(b)および(c)のアミノ酸配列における性識別機能と同様である。
【0033】
本発明の一実施態様によれば、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子がコードするタンパク質またはそのペプチド断片の鎖長は、例えば、20残基以上、好ましくは50残基以上、最も好ましくは100残基以上のポリペプチドからなる連続したポリペプチド鎖をいう。かかるポリペプチドまたはそのペプチド断片の鎖長の上限は特に限定されないが、好ましくは500残基以下、より好ましくは480残基以下、さらに好ましくは470残基以下である。
【0034】
本発明の好ましい実施態様によれば、性識別マーカーとして(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子のmRNAに対するcDNAまたはそのヌクレオチド断片も使用でき、その具体例として、配列番号4で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられる。
【0035】
本発明の一実施態様によれば、性識別マーカーとしてamhr2bY遺伝子のゲノム塩基配列からなるポリヌクレオチドまたはそのヌクレオチド断片を用いることができる。
【0036】
本発明の好ましい実施態様によれば、上記の遺伝子として、それぞれ以下のポリヌクレオチドを含むことが出来る:
(h)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(i)配列番号1で表される塩基配列と同一性が90%以上である塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(j)配列番号1で表される塩基配列において、1または数個の塩基が置換、欠失または付加されている塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(k)配列番号1で表される塩基配列の相補配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
ここで、上記(h)~(k)のポリヌクレオチドは、アユ類の性識別機能を有するか、生殖細胞の雄分化活性を示すか、または、配列番号3のアミノ酸配列とタンパク質としての同一の機能、活性、または性質を示すアミノ酸配列をコードすることが好ましい。(h)~(k)のポリヌクレオチドにおける「アユ類の性識別機能」の有無は、(h)~(k)のポリヌクレオチドが配列番号1の配列に特異的な塩基配列を有しているか否かにより決定することができる。上述の特異的な塩基配列とは、例えば、他の遺伝子に存在せず、(h)~(k)のポリヌクレオチドのみに存在する塩基配列である。ここで、「他の遺伝子に存在しない」とは、上記ポリヌクレオチドに特異的な塩基配列が、遺伝的な性を識別する方法において用いられる試料中の他の遺伝子に存在しなければよい。例えば、識別対象がアユ類である場合、上記ポリヌクレオチドに特異的な塩基配列が、被検体アユ類から得られた試料中の他の遺伝子に存在しなければよい。特に、上記ポリヌクレオチドに特異的な塩基配列が、被検体アユ類の全てのタンパク質中で特異的であることが好ましい。本発明の別の実施態様によれば、「アユ類の性識別機能」の有無は、試験例2または3の手順に従いPCRを行い、性特異的にポリヌクレオチドまたはそのヌクレオチド断片のバンドが検出されるか否かにより決定することができる。
また、上記(h)~(k)で表されるポリヌクレオチドを、配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドの多型物ともいう。
【0037】
本発明の一実施態様によれば、上述の通り、上記(h)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子の「ヌクレオチド断片」は、アユ類の性識別マーカーとして好適に使用することができる。ここで、(h)~(k)に記載のポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子のヌクレオチド断片は、例えば、20ヌクレオチド以上、好ましくは50ヌクレオチド以上、より好ましくは100ヌクレオチド以上の鎖長からなる連続したヌクレオチド鎖をいう。かかるポリヌクレオチドのヌクレオチド断片の鎖長の上限は特に限定されないが、好ましくは1200ヌクレオチド以下、より好ましくは1000ヌクレオチド以下、さらに好ましくは900ヌクレオチド以下である。
【0038】
アユ類の性を識別する方法
検出工程
本発明の一実施態様によれば、アユ類の遺伝的な性を識別する方法は、本発明の性識別マーカーの有無を検出することにより、当該アユの遺伝的な性を識別することができる。上述のように、amhr2bY遺伝子は雄のみに存在することから、かかる遺伝子、該遺伝子の発現産物、もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらの断片の有無は、アユ類の正確な雌雄判別の指標となると考えられる。
【0039】
本発明では、例えば、被験体であるアユ類の個体の一部、例えば鰭(例えば、尾鰭、背鰭、胸鰭、腹鰭、尻鰭、脂鰭)、血液、うろこ、粘液、腎臓、筋肉、受精卵、肝臓、消化管、卵、精子、生殖腺、生殖細胞、眼等の核が存在する組織、糞、尿、またはアユ類の個体の飼育水を試料として採取し、得られた試料からゲノムDNAやmRNA等の核酸試料を抽出し、必要であればmRNAから逆転写酵素によりcDNAを作製して得られた核酸試料を用いることができる。また、得られた核酸試料を鋳型として、例えば、後述するプライマーペアを用いて核酸増幅法を実施し、得られた核酸試料を用いることができる。
【0040】
本発明の方法の好ましい一つの実施態様によれば、ポリヌクレオチドである、上述の性識別マーカーの一部または全部の領域を核酸増幅法により増幅することを含んでなる方法が提供される。かかる実施態様においては、当業者に広く知られた技術常識に従い、核酸増幅法に用いるプライマーおよび核酸増幅の反応条件を適宜選択することができる。核酸増幅法としては、例えば、ゲノムDNAまたはcDNAを鋳型とする場合には通常のPCR法等を用いることができ、mRNAを鋳型とする場合には、RT-PCR法、NASBA法等を用いることができる。ここで、該性識別マーカーとしてのポリヌクレオチドは、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、該遺伝子の発現産物であるポリヌクレオチド(例えば、mRNA)、もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらのヌクレオチド断片が挙げられる。該性識別マーカーとしてのポリヌクレオチドは、好ましくは、以下のいずれかの塩基配列またはその部分塩基配列を含んでなるものである:
(i)配列番号1で表される塩基配列;
(ii)配列番号2または4で表される塩基配列。
【0041】
本発明の方法の好ましい一つの実施態様によれば、核酸増幅法は、本発明のポリヌクレオチドである性識別マーカーの一部または全部の領域を増幅対象とする性識別マーカー増幅用プライマーのペアを用いて実施することができる。このようなプライマーペアを構成する2本のプライマーは、増幅の対象となる領域の塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。例えば、プライマーペアの一方のプライマーを、増幅対象領域の塩基配列中における5’末端部分の塩基配列を有するものとし、他方のプライマーを、増幅対象領域の相補鎖の塩基配列中における5’末端部分の塩基配列を有するものとすることができる。本発明の方法の好ましい一つの実施態様によれば、核酸増幅方法に用いるためのプライマーペアとしては、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、または該遺伝子のmRNAもしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらの相補的なポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズしうる、プライマーペアが用いられる。ここで、「特異的にハイブリダイズしうる」とは、上記ポリヌクレオチドに「特異的な」プライマーが、例えば、ストリンジェントな条件下でそのポリヌクレオチドに結合し、好ましくは遺伝的な雄雌を区別できるという意味を含む。プライマーの合成は、オリゴヌクレオチドの合成方法として知られる公知の方法を用いることができるが、より簡便には、DNAシンセサイザー(例えばApplied Biosystem社製)を用いて行うことができる。
【0042】
本発明の方法において、核酸増幅法を用いる場合、プライマーの鎖長は、例えば15~100ヌクレオチド、好ましくは少なくとも17ヌクレオチド、より好ましくは少なくとも18ヌクレオチド、さらに好ましくは18~50ヌクレオチド、さらに好ましくは18~40ヌクレオチドとされる。このような鎖長を有するプライマーは、特に夾雑物を含む核酸試料を用いて核酸増幅法を実施する上で好ましいものである。
【0043】
より詳細には、核酸増幅法による性識別マーカーの検出には、性識別マーカーの一部または全部の領域を増幅し得るようなフォワードプライマー(5’側プライマー)とリバースプライマー(3’側プライマー)とからなる性識別マーカー増幅用プライマーのペアを用いることが好ましい。
上記の核酸増幅法により上記検出工程を実施する場合には、例えば、以下の配列を有するプライマー:
フォワード:5'-ATGTGTGCCTTCTTTGACCATCA-3'(配列番号8);
リバース:5'-TCAGGTCTGGAGAATGAGGAGC-3'(配列番号9)、
が挙げられるが、当業者であれば配列番号1、2または4の塩基配列に基づいて、他の適切な配列を容易に設計・合成することができ、これらのプライマーに限定されない。増幅される性識別マーカーとしては、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、または該遺伝子のmRNA、もしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらの相補的なポリヌクレオチドが挙げられ、好ましくは、mRNA、またはcDNAである。
【0044】
アユ類には、amhr2bY遺伝子のパラログとして、常染色体上にamhr2a遺伝子が存在する。したがって、本発明の方法の一つの実施態様によれば、amhr2bY遺伝子またはその遺伝子発現産物の検出に際し、amhr2a遺伝子またはその遺伝子発現産物と区別できることが好ましい。具体的には、上記の核酸増幅法により上記検出工程を実施する場合には、性識別マーカー由来の増幅物と、amhr2a遺伝子のゲノム塩基配列またはamhr2a遺伝子の遺伝子産物に由来する増幅物とが区別されることが挙げられる。そのような区別ができるように、上記増幅法において、amhr2bY遺伝子のフォワードプライマーとリバースプライマーとを設計することが好ましい。かかる設計としては、以下の実施態様が挙げられる:
(i) フォワードプライマーおよびリバースプライマーの少なくとも一方がamhr2bY遺伝子特異的な配列(例えば、amhr2a遺伝子の対応する塩基配列との同一性が、例えば、75%以下、好ましくは、50%以下)に結合するか、および/または、
(ii) フォワードプライマーおよびリバースプライマーの両者がamhr2a遺伝子と同一性の高いamhr2bY遺伝子の配列(例えば、amhr2a遺伝子の対応する塩基配列との同一性が、例えば、90%以上、好ましくは、95%以上)に結合する。
【0045】
上記(i)の実施態様によれば、例えば、上述の配列番号8のプライマーと配列番号9のプライマーの組み合わせが挙げられる。
【0046】
一方、(ii)の実施態様によれば、特定のプライマーペアを用いて増幅された性識別マーカー由来の増幅物と、当該プライマーペアを用いて増幅された、amhr2a遺伝子のゲノム塩基配列またはamhr2a遺伝子の遺伝子産物に由来する増幅物とが区別されるように設計されたプライマーペアを用いることが好ましい。例えば、amhr2a遺伝子のゲノム塩基配列およびamhr2bY遺伝子のゲノム塩基配列では、それぞれエクソンおよびイントロンの長さや場所が異なる。したがって、これら差異を用いて、性識別マーカー由来の増幅物と、amhr2a遺伝子のゲノム塩基配列に由来する増幅物とが、その長さや数により区別できる。例えば、イントロンを挟み込むようにプライマーセットを設計することにより、性識別マーカー由来の増幅物と、amhr2a遺伝子のゲノム塩基配列に由来する増幅物とが区別できる。このようなプライマーの設計は、当業者であれば、アユamhr2bYゲノム塩基配列(配列番号1)、アユamhr2bY遺伝子の全長cDNAの塩基配列(配列番号4)、アユamhr2aゲノム塩基配列(配列番号5)、アユamhr2a遺伝子の全長cDNAの塩基配列(配列番号7)に基づいて適宜設計することができる。
【0047】
一方、(ii)の好ましい実施態様によれば、好ましいプライマーセットとしては、例えば、以下の配列を有するプライマー:
フォワード:5'-AACCATGCAACTATCTACTGGAA-3'(配列番号14);
リバース:5'-AGTTGGTCTCCCTGAAGCC-3'(配列番号15)、
を用いることができる。上記プライマーセットを用いることにより、遺伝的な雄では、Y染色体のamhr2bYに由来する872bpの増幅物および常染色体のamhr2aに由来する1162bpの増幅物という2種類の増幅物を確認することができ、遺伝的な雌では、常染色体のamhr2aに由来する1162bpの1種類の増幅物を確認できる。したがって、遺伝的な雌においても増幅物が確認されるため、PCR反応が行われたことが確認できる点で有利である。
【0048】
本発明の一つの実施態様によれば、核酸増幅法は以下の方法で行われる。上記で得られたゲノムDNAやcDNAを鋳型とし、上記の性識別マーカー増幅用のプライマーペアを加えてPCRを行い、目的のDNA断片を増幅させる。PCRの温度条件は、当業者であれば適切に決定することができ、特に限定はされないが、好ましくは92~96℃で0.25~1分間(二本鎖DNAの解離)、52~57℃で0.25~1分間(プライマーのアニーリング)、70~74℃で1~3分間(相補鎖の合成)で順次反応させ、好ましくはこれを30~40サイクル行う。上述の反応の温度設定にはヒートブロック式のプログラム温度制御装置を用いることができる。
【0049】
次に、上記のようにして得られる反応混合物から、増幅された核酸を検出する。検出の方法としては、当技術分野で通常用いられる方法を用いることができるが、好ましくはアガロースゲル電気泳動およびそれに続くエチジウムブロミドによるゲル染色を行う方法を用いることができる。したがって、雌においてPCR増幅物が得られない試験系(上記の(i)の実施態様)においては、PCR増幅物が検出されれば、被検体アユには本発明の性識別マーカーが存在し、当該被検体アユは遺伝的な雄と評価することができる。一方、雌においてもPCR増幅物が得られる試験系(上記の(ii)の実施態様)においては、得られるPCR増幅物の数により雄雌を区別できる。例えば、目的の数(例えば、二種類)のPCR増幅物が検出されれば、被検体アユ中には本発明の性識別マーカーが存在し、当該被検体アユは遺伝的な雄と評価することができる。
【0050】
さらに、得られたPCR増幅物の塩基配列をシークエンシング法等により決定してもよい。塩基配列の決定は当技術分野において周知であり、例えば、市販のキットを用いて実施できる。
【0051】
また、本発明の方法の別の好ましい実施態様によれば、プローブを用いたハイブリダイゼーション法等により、上記検出工程を実施することができる。本発明によるプローブとしては、ポリヌクレオチドである性識別マーカーの一部または全部の領域にハイブリダイズできるものが挙げられる。上記プローブとしては、例えば、(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、または該遺伝子のmRNA、もしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらの相補的なポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズしうる、プローブが挙げられる。ここで、「特異的にハイブリダイズしうる」とは、上記ポリヌクレオチドに「特異的な」プローブが、例えば、ストリンジェントな条件下でそのポリヌクレオチドに結合し、好ましくは遺伝的な雄雌を区別できるという意味を含む。従って、本発明によれば、当該プローブと被検体であるアユ類の個体由来の核酸試料とのハイブリダイゼーションを行ない、次いでハイブリダイゼーション複合体の存在を検出する工程を含んでなる、アユ類の遺伝的な性を識別する方法が提供される。ハイブリダイゼーション複合体の存在は、アユ類の性決定遺伝子である(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子の存在を示す。このハイブリダイゼーション法を用いる方法は、上述の核酸増幅法を用いる方法により得られる増幅産物である核酸試料に対して適用することもできる。
【0052】
本発明の一つの実施態様によれば、プローブの鎖長は少なくとも10ヌクレオチドであり、好ましくは20~1000ヌクレオチド、より好ましくは50~700ヌクレオチド、さらに好ましくは100~500ヌクレオチドとされる。本発明によるプローブの鎖長は、そのプローブの用途により適宜調整することができる。このような鎖長を有するプローブは、特に夾雑物を含む核酸試料を用いてハイブリダイゼーション法を実施する上で好ましいものである。
【0053】
ハイブリダイゼーション法によるアユ類の遺伝的な性の識別に当たっては、ストリンジェントな条件下において、核酸試料と上述のプローブとのハイブリダイゼーション複合体の有無を検出し、存在する場合、被検体アユは遺伝的な雄と識別することができる。本発明のハイブリダイゼーション法における「ストリンジェントな条件」とは、上記に記載の条件が挙げられる。
【0054】
本発明の一つの実施態様によれば、プローブは、ノーザンブロット法、サザンブロット法、in situハイブリダイゼーション等の公知の方法において、常法に従ってプローブとして使用することができる。
【0055】
本発明の一つの実施態様によれば、本発明によるプローブは、本明細書に開示した塩基配列に基づき、製造できる。例えば、性識別マーカー検出用プローブは、クローン化された(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチド(好ましくは、DNA)を含むプラスミドから、適当な制限酵素で所望のDNA断片を切り出したり、該プラスミドまたは遺伝的な雄アユから調製したDNAを鋳型とするPCRによって調製することができる。
【0056】
本発明の一つの好ましい実施態様によれば、性識別マーカー検出用プローブとしては、mRNAのUTR配列に特異的にハイブリダイズしうるプローブが挙げられ、好ましくは、配列番号4で表される配列の5’-UTRまたは3’-UTR配列に特異的にハイブリダイズしうるプローブであり、より好ましくは配列番号4で表される配列の3’-UTR配列のうち1,748番目から1,864番目までの配列(Amhr2bYとamhr2aで特に異なっている領域)に特異的にハイブリダイズしうるプローブである。かかるプローブとしては、例えば、配列番号4で表される配列の1,562番目から1,932番目までの配列を含む核酸分子が挙げられる。
【0057】
本発明の別の実施態様によれば、本発明の性識別マーカーを用いた、雄の生殖腺の体細胞であるセルトリ細胞およびその前駆細胞に特異的に結合する抗体が提供される。抗体の調製方法は、周知であり、常法に従って実施できる。例えば、このような抗体として、本発明の性識別マーカーであるタンパク質の一部に結合する性識別抗体が挙げられる。このような抗体は、性識別マーカーであるタンパク質の部分ペプチドを合成し、そのペプチドを動物に免疫して抗血清として得ることができる。
【0058】
判定工程
本発明においては、後述する実施例にも示されるように、本発明の性識別マーカーを指標にして、アユ類の遺伝的な性を判定することができる。
【0059】
本発明の一つの実施態様によれば、本発明の性識別マーカーが存在する場合、アユ類の遺伝的な性を雄と判定することができる。
【0060】
核酸分子
本発明の別の態様によれば、核酸分子が提供され、かかる核酸分子は本発明の方法に用いるための核酸分子であってもよい。
【0061】
本発明において「核酸分子」は、DNA、RNA、およびPNA(peptide nucleic acid)を含む意味で用いられる。本発明の好ましい実施態様によれば、核酸分子はDNAである。
【0062】
本発明の一つの実施態様によれば、本発明の好ましい核酸分子は、例えば、(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、または該遺伝子のmRNA、もしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらの相補的なポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズしうる、ヌクレオチド断片を含んでなるものである。本発明の好ましい実施態様によれば、本発明による核酸分子の鎖長は、本発明の遺伝子に特異的な塩基配列を有していれば特に限定されない。上述の特異的な塩基配列とは、例えば、他の遺伝子に存在せず、本発明の遺伝子のみに存在する塩基配列である。ここで、「他の遺伝子に存在しない」とは、上記遺伝子に特異的な塩基配列が、遺伝的な性を識別する方法において用いられる試料中の他の遺伝子に存在しなければよい。例えば、識別対象がアユ類である場合、上記遺伝子に特異的な塩基配列が、被検体アユ類から得られた試料中の他の遺伝子に存在しなければよい。特に、上記遺伝子に特異的な塩基配列が、被検体アユ類の全ての遺伝子中で特異的であることが好ましい。上記核酸分子の鎖長としては、例えば、10ヌクレオチド以上、好ましくは15ヌクレオチド以上、より好ましくは17ヌクレオチド以上、さらに好ましくは18ヌクレオチド以上、さらに好ましくは20ヌクレオチド以上、さらに好ましくは50ヌクレオチド以上が挙げられる。かかる核酸分子の鎖長の上限は特に限定されないが、例えば1000ヌクレオチド以下、好ましくは700ヌクレオチド以下、より好ましくは500ヌクレオチド以下が挙げられる。
【0063】
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明の核酸分子はハイブリダイゼーション法におけるプローブとして使用することができる。このようなプローブとして用いられる核酸分子は、(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、または該遺伝子のmRNA、もしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらの相補的なポリヌクレオチドの塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。ハイブリダイゼーション法におけるプローブとして用いられる場合の、核酸分子の鎖長は少なくとも10ヌクレオチドであり、好ましくは20~1000ヌクレオチド、より好ましくは50~700ヌクレオチド、さらに好ましくは100~500ヌクレオチドとされる。本発明によるプローブの鎖長は、そのプローブの用途により適宜調整することができる。このような鎖長を有するプローブは、特に夾雑物を含む核酸試料を用いてハイブリダイゼーション法を実施する上で好ましいものである。
【0064】
本発明の別の好ましい実施態様によれば、本発明の方法に用いるためのプライマーペアが提供される。本発明の好ましいプライマーペアは、本発明のポリヌクレオチドまたはそのヌクレオチド断片である性識別マーカーの一部または全部の領域を核酸増幅法において増幅しうるものである。かかるプライマーペアとして、例えば、(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、または該遺伝子のmRNA、もしくはcDNAを含むポリヌクレオチド、あるいはそれらの相補的なポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズしうるプライマーペアであるヌクレオチド断片を含んでなるものが挙げられる。このような核酸増幅法に用いるためのプライマーペアは、上記領域の塩基配列に基づいて当業者が適宜設計することができる。核酸増幅法を用いる場合の、プライマーの鎖長は、例えば15~100ヌクレオチド、好ましくは少なくとも17ヌクレオチド、より好ましくは少なくとも18ヌクレオチド、さらに好ましくは18~50ヌクレオチド、さらに特に好ましくは18~40ヌクレオチドとされる。このような鎖長を有するプライマーは、特に夾雑物を含む核酸試料を用いて核酸増幅法を実施する上で好ましいものである。
【0065】
試薬/キット
本発明において、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子または該遺伝子の発現産物もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらの断片を含んでなるアユ類の性識別マーカーを指標としたアユ類の遺伝的な性の識別法を実施するために必要な試薬をまとめてキットとすることができる。したがって、一つの実施態様によれば、本発明のキットは、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、該遺伝子の発現産物もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらの断片を含んでなるアユ類の性識別マーカーを検出しうる試薬を含んでなるものである。
【0066】
本発明のキットは、上述の本発明による核酸分子および/または本発明によるプライマーペアを試薬として含んでなるものであってもよい。
【0067】
また、本発明の別の実施態様によれば、キットは、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドまたはそのヌクレオチド断片を含んでなる遺伝子が発現するタンパク質を識別し得る抗体を試薬として包含していてもよく、本発明にはかかる態様も包含される。
【0068】
アユ類の性識別マーカーとしての使用
また、本発明の一実施態様によれば、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、該遺伝子の発現産物もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらの断片をアユ類の性識別マーカーとして使用することができる。したがって、本発明の別の実施態様によれば、アユ類の性の識別用マーカーとしての、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子または該遺伝子の発現産物もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらの断片の使用が提供される。
【0069】
遺伝的な雌のみの集団を製造する方法
また、本発明の一実施態様によれば、以下の工程を含んでなる、XX染色体を有する遺伝的な雌のみのアユ類の集団を得る方法(製造する方法と称してもよい)が提供される:
(i) 遺伝的な雌を含む集団(例えば、遺伝的な雄および遺伝的な雌からなる集団や遺伝的な雌のみからなる集団)に、ホルモン処理して遺伝的な雌を雄化し、機能的雄(偽雄)を作出(製造と称してもよい)する工程、
(ii) 被検体アユ類において、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、該遺伝子の発現産物もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらの断片を含む性識別マーカーを検出する工程を含んでなる、アユ類の遺伝的な性を識別する工程、
(iii) 性が識別された被検体アユ類から偽雄のみを選別する工程、
(iv) 選別された偽雄と遺伝的な雌を交配する工程。
【0070】
本発明の一実施態様によれば、上記遺伝的な雌のみの集団の製造方法の工程 (i) のホルモン処理において用いられるホルモンとしては、テストステロン、17α-メチルテストステロン、11-ケトテストステロン、5α-ジヒドロテストステロン等が挙げられ、好ましくは、17α-メチルテストステロンである。また、上記偽雄とは、機能的には雄であるが遺伝的には雌である個体をいう。上記工程 (ii) は、具体的に、上記(a)~(k)のいずれか一つのポリヌクレオチドを含んでなる遺伝子、該遺伝子の発現産物もしくは該遺伝子のmRNAに対するcDNA、またはこれらの断片を含む性識別マーカーを検出する工程により、かかる性識別マーカーが存在しないアユ被検体を遺伝的な雌と判定する工程が挙げられる。上記工程 (iv) における遺伝的な雌とは、普通の雌、すなわち、機能的および遺伝的な雌をいう。
【0071】
上記核酸分子、プライマーペア、キット、アユ類の性識別マーカーとしての使用、および、XX染色体を有する遺伝的な雌のみの集団を製造する方法については、本発明の性識別マーカー、アユ類の識別方法に準じて、当業者は好適に実施することができる。
【0072】
以下に本発明において配列番号で示される塩基配列またはアミノ酸配列について記述する。
配列番号1:アユamhr2bY遺伝子のゲノム塩基配列を示す。
配列番号2:アユamhr2bY遺伝子のコード配列の塩基配列を示す。
配列番号3:アユAmhr2bYタンパク質のアミノ酸配列を示す。
配列番号4:アユamhr2bY遺伝子の全長cDNAの塩基配列を示す。
配列番号5:アユamhr2a遺伝子のゲノム塩基配列を示す。
配列番号6:アユAmhr2aタンパク質のアミノ酸配列を示す。
配列番号7:アユamhr2a遺伝子の全長cDNAの塩基配列を示す。
配列番号8:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(amhr2bY-1F)
配列番号9:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(amhr2bY-2R)
配列番号10:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(amhr2a-1F)
配列番号11:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(amhr2a-2R)
配列番号12:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(bact-F)
配列番号13:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(bact-R)
配列番号14:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(Ayu-sex-1F)
配列番号15:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(Ayu-sex-2R)
配列番号16:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(amhr2bY-9F)
配列番号17:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(amhr2bY-10R)
配列番号18:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(amhr2a-7F)
配列番号19:実施例で使用されるプライマーの塩基配列(amhr2a-8R)
【実施例0073】
以下の試験例に基づいて本発明を説明するが、本発明はこれらの試験例に限定されるものではない。
【0074】
試験例1:アユ性決定遺伝子(amhr2bY)の同定
ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study)、GBS(genotyping-by-sequencing)、および全ゲノムリシークエンシング(whole-genome resequencing)を用いて、アユの性関連遺伝子座を同定した。ゲノムワイド関連解析では、東京海洋大学で飼育されたF1一対交配全きょうだい家系(90のきょうだいおよび親)のアユを用いた。GBSでは江戸川を遡上する群馬系の野生個体集団のうち24尾の雄アユおよび24尾の雌アユを用いた。全ゲノムリシークエンシングは多摩川に生息していたアユの野生集団のうちの10尾の雄アユおよび9尾の雌アユを用いた。アユの野生個体集団を用いたゲノムワイド関連マッピングにより、3つの遺伝的な性と関連するゲノム領域(sex-linked scaffolds)が明らかになった(全長、2.03Mb)。雄と雌との間のゲノムリシークエンシングマッピングの比較により、この遺伝的な性と関連するゲノム領域においてY染色体に特異的な領域(雄特異的領域)が同定された。これら雄特異的領域に、抗ミュラー管ホルモンII型(anti-Muellerian hormone type-II receptor)(amhr2a)遺伝子のパラログ(重複遺伝子)が位置していた。RACE(5’ and 3’ rapid amplification of cDNA ends)により、遺伝的な性と関連するゲノム領域におけるamhr2(amhr2bY)をクローニングした結果、494アミノ酸をコードし11のエクソンからなる2017-bpの全長cDNAが得られた。また、遺伝的な性と関連するゲノム領域におけるamhr2bY遺伝子のcDNA配列と、遺伝的な性と関連するゲノム領域のDNA配列の比較により、amhr2bY遺伝子のゲノムDNA配列を決定した。amhr2bY遺伝子のゲノムDNA配列を配列番号1に示す。
【0075】
アユの遺伝的性はXX/XY型の性決定様式であり、雄はY染色体を有する。上記関連解析で用いたアユ個体とは異なるアユ個体を用いてPCRにて検証した結果、amhr2bYはY染色体特異的であることが確認された。
【0076】
アユamhr2bYと常染色体上のアユamhr2aのcDNA配列のclustalWによるペアワイズアライメントを行った結果を
図1に示す。一番上の列のボックスは開始コドンを示し、次のボックスは停止コドンを示す。アスタリスクは同一のヌクレオチドを示す。アユamhr2bYと常染色体上のアユamhr2aのcDNA配列は高い配列同一性を示した。ここで、アユamhr2bY遺伝子の全長cDNAの塩基配列を配列番号4に、アユamhr2bY遺伝子がコードするポリペプチドのアミノ酸配列を配列番号3に示す。また、アユamhr2a遺伝子の全長cDNAの塩基配列を配列番号7に、アユamhr2a遺伝子がコードするポリペプチドのアミノ酸配列を配列番号6に示す。
【0077】
試験例2:アユamhr2bYおよびアユamhr2aの発現解析(RT-PCR)
アユamhr2bYおよびアユamhr2aのmRNAの発現の解析のために、未成熟な個体の精巣および卵巣(それぞれの性でn=4)を解剖により取得し、RNAlater溶液(Qiagen社製)で固定した。トータルRNAをRNeasy Mini kit(Qiagen社製)を用いて抽出した。1st strand DNAをOminiscript RT Kit(Qiagen社製)を用いて合成し、Takara Ex TaqDNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製)を用いたPCRに供した。PCRプライマーとしては、塩基配列ATGTGTGCCTTCTTTGACCATCA(amhr2bY-1F)(配列番号8)とTCAGGTCTGGAGAATGAGGAGC(amhr2bY-2R)(配列番号9)のポリヌクレオチドのセット、および、塩基配列GCAACTGTCTTCTGGAATACTCG(amhr2a-1F)(配列番号10)とGACAACCCCTTGAGATGTCAGTC(amhr2a-2R)(配列番号11)のポリヌクレオチドのセットを用いた。PCR反応は、95℃1分、(95℃30秒、55℃30秒、72℃2分)×35サイクル、72℃5分の条件で行った。内部標準として、β-アクチンの増幅を行った。PCRプライマーとしては、塩基配列GACGAGGCCCAGAGTAAGAG(bact-F)(配列番号12)とATCACCAGAGTCCATCACGATAC(bact-R)(配列番号13)のポリヌクレオチドのセットを用いた。PCR反応は、28サイクルとする以外は上記と同様の条件で行った。その後、1%(w/v)アガロースS(ニッポン・ジーン社製)を用いてアガロースゲル電気泳動を行い、DNA断片を分離した。
【0078】
結果を
図2に示す。RT-PCRによりamhr2bY mRNAの発現は精巣で検出されたが、卵巣では検出されなかった。amhr2bY mRNAに由来する増幅バンドは、1413bpであり、amhr2a mRNAに由来する増幅バンドは、1501bpであった。常染色体のamhr2a mRNAの発現は精巣と卵巣で検出された。
【0079】
試験例3:核酸増幅法によるアユの遺伝的な性の識別
多摩川に生息していたアユの野生個体集団(雄12尾、雌12尾)の尾鰭からゲノムDNAを抽出した。ゲノムDNAの抽出はDNeasy Blood and Tissue kit(Qiagen社製)を用いて行った。得られたゲノムDNAを、Takara Ex TaqDNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製)を用いたPCRに供した。PCRプライマーとしては、塩基配列AACCATGCAACTATCTACTGGAA(Ayu-sex-1F)(配列番号14)とAGTTGGTCTCCCTGAAGCC(Ayu-sex-2R)(配列番号15)のポリヌクレオチドを用いた。PCR反応は、95℃1分、(95℃30秒、55℃30秒、72℃1分)×35サイクル、72℃5分の条件で行った。その後、1%(w/v)アガロースS(ニッポン・ジーン社製)を用いてアガロースゲル電気泳動を行い、DNA断片を分離した。
【0080】
結果を
図3に示す。遺伝的雄では、それぞれamhr2bYおよび常染色体のamhr2aに由来する872bpおよび1162bpの2種類の増幅バンドが確認され、一方、遺伝的雌では、常染色体のamhr2aに由来する1162bpの1種類の増幅バンドが確認された。したがって、野生個体集団でも、amhr2bY遺伝子の発現に基づき、雄雌の判別が可能であることが示された。
【0081】
試験例4-1:アユ幼生のamhr2bYおよびアユamhr2aの発現解析(in situ ハイブリダイゼーション)
アユの幼魚を4%パラホルムアルデヒド/1×PBS(和光純薬工業社製)にて4℃で固定した。上記幼魚の遺伝的な性は、試験例3のようにPCRプライマーとしてAyu-sex-1FおよびAyu-sex-2Rを用いて判別した。組織は脱水した後にParaplast Plus tissue embedding medium (McCormick Scientific社製)に包埋し、5μmの連続切片を作製した。センスおよびアンチセンス ジゴキシゲニン(DIG)-cDNAプローブをDIG RNA labeling kit(Roche Diagnostics社製)を用いてin vitroで生成した。ここで、amhr2bYの3’UTRを含むテンプレートDNAの増幅のために用いたPCRプライマーセットは、塩基配列CATTTGTACTCTGGGCCCTAAAAT(amhr2bY-9F)(配列番号16)および塩基配列ACACAGTGAAGTACAGATAAAGGA(amhr2bY-10R)(配列番号17)であった。また、常染色体amhr2aの3’UTRを含むテンプレートDNAの増幅のために用いたPCRプライマーセットは、塩基配列TGTCACTTCAGGAGATCGTAACA(amhr2a-7F)(配列番号18)および塩基配列CGCCGCTTTAAAATGTTACACTT(amhr2a-8R)(配列番号19)であった。上記組織切片は脱パラフィン化、水和した後に、4μg/mLのプロテナーゼK(Roche Diagnostics社製)により37℃、5分間処理し、センスまたはアンチセンスRNAプローブで60℃、24時間ハイブリダイズした。ハイブリダイゼーションのシグナルはアルカリホスファターゼがコンジュゲートした抗DIG抗体(Roche Diagnostics社製)およびNBT/BCIP(Roche Diagnostics社製)を色素原として用いて検出した。染色後に、切片を水で洗浄しGlycergel mounting medium (Dako 社製)でマウントした。
【0082】
図4A、および
図4Bに、amhr2bYの3’UTRに対するプローブを用いたin situ ハイブリダイゼーションの結果を示す。
図4Aは受精後2か月齢 XY、
図4Bは受精後2か月齢XXの結果である。脊椎動物では精巣および卵巣は共通の性的に未分化な生殖腺から分化し形成される。アユでは受精後2か月齢の生殖腺は性的に未分化であった。
図4C、および
図4Dに、常染色体amhr2aの3’UTRに対するプローブを用いたin situ ハイブリダイゼーションの結果を示す。
図4Cは受精後2か月齢 XY、
図4Dは受精後2か月齢 XXの結果である。amhr2bY mRNAは遺伝的雄の体細胞(将来のセルトリ細胞)において特異的な発現が認められた。常染色体のamhr2a mRNAはXYとXXの両方の未分化な生殖腺での発現が確認された。矢じりはポジティブなシグナルを示し、点は生殖腺の輪郭を示す。スケールバーは10μmを示す。
【0083】
試験例4-2:amhr2のドットハイブリダイゼーション
プライマーセットとして、amhr2bY-7F/amhr2bY-8Rおよびamhr2a-5F/amhr2a-6Rを用いて、RT-PCRにより、amhr2bYおよび常染色体のamhr2aのcDNAを得た。得られたcDNAをpGEM-T easy vector (Promega社製)にクローニングした。ScriptMAX Thermo T7 Transcription kit (TOYOBO 社製)を用いてamhr2bYおよび常染色体amhr2aのセンスRNAをin vitroで転写により生成した。上記RNA(0.1、1、10、100ng)をHybond-N+ nylon メンブレン(GE Healthcare Bio-Sciences社製)上にブロットし、2時間80℃で固定した。amhr2bYの3′UTRまたは常染色体amhr2aの3′UTRに対するセンスおよびアンチセンス ジゴキシゲニン(DIG)cRNAプローブをDIG RNA labeling kit (Roche Diagnostics社製)を用いてin vitro転写により生成した。amhr2bYの3’UTRのテンプレートDNAおよび常染色体のamhr2aの3’UTRのテンプレートDNAは、それぞれamhr2bY-9F/amhr2bY-10Rおよびamhr2a-7F/amhr2a-8Rのプライマーセットを用いてRT-PCRにより得た。その後、上記メンブレンにセンスまたはアンチセンスcRNAプローブが60℃24時間ハイブリダイズされた。ハイブリダイゼーションのシグナルはアルカリホスファターゼがコンジュゲートした抗DIG抗体(Roche Diagnostics社製、1/3000希釈)およびNBT/BCIP chromogenic substrates(Roche Diagnostics社製)を用いて検出した。
【0084】
図4Eに、ドットブロットハイブリダイゼーションの結果を示す。
図4EではドットブロットハイブリダイゼーションによるRNAプローブの特異性が示された。amhr2bYの3’UTRからのプローブはamhr2bY RNAのみを検出して常染色体のamhr2a RNAを検出しなかった。同様に、常染色体のamhr2a RNAの3’UTRからのプローブは常染色体のamhr2a RNAのみを検出した。