(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022091993
(43)【公開日】2022-06-21
(54)【発明の名称】iPS細胞とBLASTOCYST COMPLEMENTATIONを利用した臓器再生法
(51)【国際特許分類】
A01K 67/027 20060101AFI20220614BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20220614BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20220614BHJP
【FI】
A01K67/027 ZNA
C12N15/09 Z
C12N5/10
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022064184
(22)【出願日】2022-04-08
(62)【分割の表示】P 2020112480の分割
【原出願日】2009-08-21
(31)【優先権主張番号】P 2008214711
(32)【優先日】2008-08-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2009040045
(32)【優先日】2009-02-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの)」「国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度、独立行政法人科学技術振興機構(現国立研究開発法人科学技術振興機構)、戦略的創造研究推進事業、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの)」
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】中内 啓光
(72)【発明者】
【氏名】小林 俊寛
(72)【発明者】
【氏名】山口 智之
(72)【発明者】
【氏名】濱仲 早苗
(57)【要約】 (修正有)
【課題】iPS細胞を用いて生体内で所望の細胞由来の臓器を作製する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、胚盤胞補完方法において、発生した胚盤胞に誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を注入することで、膵臓などの臓器の欠損が補われることを利用して、臓器再生を行うことができることを明らかにし、上記課題を解決するに至った。これにより、発生段階において目的臓器の発生が生じない異常を有する非ヒト哺乳動物の生体内において、該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来の該目的臓器をiPS細胞を用いて製造する方法が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
発生段階において目的臓器または身体部分の発生が生じない異常を有する非ヒト哺乳動物の生体内において、該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来の該目的臓器または身体部分を製造する方法であって、
a)該異個体哺乳動物由来の誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を調製する工程;
b)該非ヒト哺乳動物の胚盤胞期の受精卵中に、該細胞を移植する工程;
c)該受精卵を非ヒト仮親哺乳動物の母胎中で発生させて、産仔を得る工程;および
d)該産仔個体から、該目的臓器または身体部分を取得する工程
を含み、
前記iPS細胞と前記非ヒト哺乳動物とが異種の関係のものである、
目的臓器または身体部分を製造する方法。
【請求項2】
前記iPS細胞が、ヒト、ラットまたはマウス由来である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記iPS細胞がラットまたはマウス由来である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記製造すべき臓器または身体部分が膵臓、腎臓、胸腺および毛から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記非ヒト哺乳動物がマウスである、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記マウスがSall1ノックアウトマウス、Pdx1-Hes1トランスジェニックマウス、Pdx-1ノックアウトマウスまたはヌードマウスである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記目的臓器が、完全に前記異個体哺乳動物由来のものである、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記iPS細胞を、体細胞に初期化因子を接触させることによって得る工程をさらに包含する、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記iPS細胞がラット由来であり、前記非ヒト哺乳動物がマウスである、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
発生段階において目的臓器の発生が生じない異常を有し、かつ、異なる個体の異個体哺乳動物由来の該目的臓器または身体部分を有する非ヒト哺乳動物であって、
a)該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来のiPS細胞を調製する工程{ここで、前記iPS細胞と前記非ヒト哺乳動物とが異種の関係のものである};
b)発生段階において目的臓器の発生が生じない異常を有する該非ヒト哺乳動物の胚盤胞期の受精卵中に、該iPS細胞を移植する工程;および
c)該受精卵を非ヒト仮親哺乳動物の母胎中で発生させて、産仔を得る工程
を含む方法によって生産された哺乳動物。
【請求項11】
発生段階において目的臓器の発生が生じない異常を有する非ヒト哺乳動物の、iPS細胞を用いた該目的臓器の製造のための使用であって、前記iPS細胞と前記非ヒト哺乳動物とが異種の関係のものである、使用。
【請求項12】
目的臓器を製造するためのセットであって、該セットは、
A)発生段階において該目的臓器の発生が生じない異常を有する非ヒト哺乳動物と、
B)該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来のiPS細胞、または初期化因子および必要に応じて該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来の体細胞を備え、
前記iPS細胞および体細胞と前記非ヒト哺乳動物とが異種の関係のものである、
セット。
【請求項13】
目的の臓器または身体部分を生産する方法であって、
A)機能すると生存し得ないまたは生存困難となる臓器または身体部分の欠損原因をコードする欠損原因遺伝子を含み、かつ、該臓器または身体部分が、胚盤胞補完(blastocyst complementation)により補完される、非ヒト哺乳動物を
提供する工程であって、前記欠損原因遺伝子は、該目的の臓器または身体部分の欠損原因をコードするものである、工程;
B)該動物から卵子を得、胚盤胞に成長させる工程;
C)該胚盤胞中に、該欠損原因遺伝子による欠損を補完する能力を有する所望のゲノムを有する目的iPS細胞を導入して、キメラ胚盤胞を生産する工程{ここで、前記iPS細胞と前記非ヒト哺乳動物とが異種の関係のものである};および
D)該キメラ胚盤胞から個体を生産し、該個体から該目的の臓器または身体部分を取得する工程
を包含する方法。
【請求項14】
前記iPS細胞を、体細胞に初期化因子を接触させることによって得る工程をさらに包含する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記D)工程は、前記キメラ胚盤胞を非ヒト仮親哺乳動物の母胎中で発生させて、産仔を得、該産仔個体から、該目的臓器を取得することを包含する、請求項13に記載の方法。
【請求項16】
前記目的iPS細胞がラットまたはマウス由来である、請求項13に記載の方法。
【請求項17】
前記目的の臓器または身体部分が膵臓、腎臓、胸腺および毛から選択される、請求項13に記載の方法。
【請求項18】
前記動物がマウスである、請求項13に記載の方法。
【請求項19】
前記マウスがSall1ノックアウトマウス、Pdx-1ノックアウトマウス、Pdx1-Hes1トランスジェニックマウスまたはヌードマウスである、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記目的の臓器または身体部分が、完全に前記目的iPS細胞由来のものである、請求項13に記載の方法。
【請求項21】
前記iPS細胞がラット由来であり、前記非ヒト哺乳動物がマウスである、請求項13に記載の方法。
【請求項22】
目的の臓器または身体部分を製造するためのセットであって、該セットは、
A)機能すると生存し得ないまたは生存困難となる臓器または身体部分の欠損原因をコードする遺伝子を含み、かつ、該臓器または身体部分が、補完(complement)により補完される、非ヒト哺乳動物と、
B)該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来のiPS細胞、または初期化因子および必要に応じて該非ヒト動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来の体細胞と
の組み合わせとを備え、
前記iPS細胞および体細胞と前記非ヒト哺乳動物とが異種の関係にある、
セット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、iPS細胞を用いて生体内で所望の細胞由来の臓器を作製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞移植あるいは臓器移植といった形での再生医療を論じる上で、多分化能を有する幹細胞への期待は大きい。胚盤胞期受精卵の内部細胞塊より樹立されたES細胞は、多分化能を持ち、種々の細胞分化の研究に用いられ、in vitroでそれを特定の細胞系譜に分化誘導する分化制御法の開発は再生医学研究のトピックである。
【0003】
ES細胞を用いたin vitro分化研究では胚発生初期に分化してくる血球、血管、心筋、神経系などの中胚葉、外胚葉系へは分化しやすい。しかしながら、胚発生中期以降に細胞間相互作用を通じて複雑な組織形成へと向かう器官への分化は難しいという一般的な傾向が知られている。
【0004】
たとえば、哺乳類の成体腎臓である後腎は胚発生中期に中間部中胚葉より発生する。具体的には後腎間葉細胞と尿管芽上皮という2つのコンポーネントの相互作用により腎臓発生は始まり、最終的に数十種類という他臓器には見られない程の多種類の機能細胞への分化とそれらによる糸球体・尿細管を中心とした複雑なネフロン構造の構成により、成体腎臓が完成する。腎臓の発生時期とその過程の複雑さから、in vitroでES細胞から腎臓を誘導することが非常に手間のかかる難仕事であることは容易に推察でき、事実上不可能であると考えられている。また、腎臓などの臓器では体性幹細胞の同定はいまだ確定的なものではなく、一時盛んに研究された骨髄細胞の障害腎臓修復過程への寄与もさほど大きいものではないということが判明しつつある。
【0005】
多分化能を有するES細胞を胚盤胞期受精卵の内腔へ注入すれば産生個体はキメラマウスを形成する。T細胞、B細胞系譜を欠損するRag-2ノックアウトマウスに対して、この技術を応用した胚盤胞補完作用(blastocyst complementation)によるT細胞、B細胞系譜のレスキュー実験が過去に報告されている(非特許文献1)。このキメラマウス・アッセイは、in vitroアッセイ系の存在しないT細胞系譜の分化を確認するin vivoアッセイ系として用いられている。
【0006】
しかし、いったんある臓器でこのような技術が使用可能であることがわかっても、実際に他の臓器で成功するかどうかは、臓器の生体内における役割、例えば、臓器を欠失させたときの致死性などが異なることから、予測は困難であり、種々の要因が影響を与える。そして、今回選択した臓器欠損モデルの欠損遺伝子も重要な要因であり、欠損する遺伝子の発生過程における機能、特に臓器形成過程における各臓器の幹/前駆細胞などの分化・維持に必須な転写因子を選択することが必要であるからだと思われる。
【0007】
これが液性因子や分泌因子の欠損が原因で臓器欠損を示すモデルを利用していたとすると、その放出される因子だけがES細胞由来の細胞から放出されることにより補充され、臓器レベルではキメラ状態になってしまうことが予想される。
【0008】
このことから、本発明において臓器において適切なモデル動物の選択が鍵となる要因であり、他臓器への応用を考えたとき、他の臓器において本発明と同様の表現型を示すモデルを用いるのは困難であると思われる。
【0009】
本発明者らは、臓器再生方法として、PCT/JP2008/51129を出願した。
【0010】
また、最近誘導型多能性幹(iPS)細胞が注目を浴びている(たとえば、非特許文献2)。iPS細胞は、ES細胞と同等の機能を有するとされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Chen J.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,Vol.90,pp.4528-4532,1993
【非特許文献2】Okita K et al.,Generation of germline-competent induced pluripotent stem cells.Nature 448(7151)313-7、2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、簡便に作製可能な誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて産業用に適する臓器再生の技術を提供することを課題とする。すなわち、個人の特性に応じて皮膚などの体細胞から、「自分自身の臓器」を再生する技術を提供することを課題とする。また、目的のゲノムを有する細胞に基づいて誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を生産して本発明を実施することにより、種々のゲノム由来の臓器を用いた研究開発を行うことも課題とする。さらに、ES細胞において問題となっていた倫理に関する問題を回避することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、胚盤胞補完方法において、発生した胚盤胞に誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を注入することで、膵臓などの臓器の欠損を補うと、次世代が誕生することを見出し、膵臓が補われたトランスジェニック動物はファウンダーとして次世代に表現型を伝えることが可能であることをも見出したことによって、このようなファウンダーを用いて、臓器再生を行うことができることを明らかにし、上記課題を解決するに至った。
【0014】
本発明においては、たとえば、膵臓などの臓器の欠損を特徴とするノックアウトマウスおよびトランスジェニック動物(たとえば、マウス)中に、多能性細胞として誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を移植して、膵臓を補いファウンダーとして効率的に産仔を得ることができることを見出した。
【0015】
本発明においては、誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を用いてもGenotypingの結果より膵臓が補われたノックアウトマウスは正常に成体へと育つことがわかった。
【0016】
補われたノックアウト(本明細書以下「KO」ともいう。)マウスはファウンダーとして次世代にその表現型を伝えられるKOとヘテロマウスの交配のため理論上メンデル遺伝の法則に従い1/2の確率でKOもしくはヘテロ個体になるはずであるところ、実際にそのようになったことを見出した。膵臓を補ったKO同士の交配であれば100%次世代でKO個体を得ることが可能となり、KO個体を使った解析が顕著に行いやすくなると思われる。
【0017】
また、臓器欠損を誘発する導入遺伝子を卵細胞に入れ、この後、移植するのが従来のトランスジェニック(Tg)動物作製法においても、発生した胚盤胞にES細胞を注入することで、膵臓の欠損を補うと、次世代が誕生する比較的新しい方法においても、誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を使用しうることが判明した。しかも、誘導型多能性幹細胞(
iPS細胞)でも、膵臓が補われたトランスジェニック動物はファウンダーとして次世代に表現型を伝えることが可能であることも確認された。したがって、このようなファウンダーを用いて、誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を用いても臓器再生を行うことができることが明らかになった。
【0018】
いったんある臓器について、本発明の方法が適用することができることがわかると、その臓器については、成功した事例に基づいて適宜変更を加えて応用することができることが理解される。その理由は以下のとおりである。適切な欠損動物が存在すれば、本明細書に示されるように蛍光標識されたiPS細胞(たとえば、皮膚または尻尾より採取した繊維芽細胞由来)等を用い、同様の解析方法を適用すれば構築された臓器が宿主由来かiPS細胞等由来かは明らかとなり、臓器構築の可否を判定でき、同様の理論で、次世代の動物を再生産させることができることが理解されるからである。
【0019】
したがって、本発明は、以下を提供する。
【0020】
1つの局面において、本発明は、発生段階において目的臓器の発生が生じない異常を有する非ヒト哺乳動物の生体内において、該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来の該目的臓器を製造する方法であって、
a)該異個体哺乳動物由来の誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を調製する工程;
b)該非ヒト哺乳動物の胚盤胞期の受精卵中に、該細胞を移植する工程;
c)該受精卵を非ヒト仮親哺乳動物の母胎中で発生させて、産仔を得る工程;および
d)該産仔個体から、該目的臓器を取得する工程
を含む、目的臓器を製造する方法を提供する。
【0021】
1つの実施形態において、前記iPS細胞は、ヒト、ラットまたはマウス由来である。
【0022】
1つの実施形態において、前記iPS細胞はラットまたはマウス由来である。
【0023】
1つの実施形態において、前記製造すべき臓器が膵臓、腎臓、胸腺および毛から選択される。
【0024】
1つの実施形態において、前記非ヒト哺乳動物はマウスである。
【0025】
1つの実施形態において、前記マウスはSall1ノックアウトマウス、Pdx1-Hes1トランスジェニックマウス、Pdx-1ノックアウトマウスまたはヌードマウスである。
【0026】
1つの実施形態において、前記目的臓器は、完全に前記異個体哺乳動物由来のものである。
【0027】
1つの実施形態において、本発明の方法は、前記iPS細胞を、体細胞に初期化因子を接触させることによって得る工程をさらに包含する。
【0028】
1つの実施形態において、本発明の方法では、前記iPS細胞と、前記非ヒト哺乳動物とが、異種の関係のものである。
【0029】
1つの実施形態において、本発明の方法では、前記iPS細胞がラット由来であり、前記非ヒト哺乳動物がマウスである。
【0030】
別の局面において、本発明は、発生段階において目的臓器の発生が生じない異常を有す
る非ヒト哺乳動物であって、
a)該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来のiPS細胞を調製する工程;
b)該非ヒト哺乳動物の胚盤胞期の受精卵中に、該iPS細胞を移植する工程;および
c)該受精卵を非ヒト仮親哺乳動物の母胎中で発生させて、産仔を得る工程
を含む方法によって生産された哺乳動物を提供する。
【0031】
他の局面において、本発明は、発生段階において目的臓器の発生が生じない異常を有する非ヒト哺乳動物の、iPS細胞を用いた該目的臓器の製造のための使用に関する。
【0032】
別の局面において、本発明は、目的臓器を製造するためのセットであって、該セットは、
A)発生段階において該目的臓器の発生が生じない異常を有する非ヒト哺乳動物と、
B)該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来のiPS細胞または初期化因子および必要に応じて体細胞とを備える、セットを提供する。
【0033】
別の局面において、本発明は、目的の臓器または身体部分を生産する方法であって、
A)機能すると生存し得ないまたは生存困難となる臓器または身体部分の欠損原因をコードする欠損原因遺伝子を含み、かつ、該臓器または身体部分が、胚盤胞補完により補完される、動物を提供する工程であって、前記欠損原因遺伝子は、該目的の臓器または身体部分の欠損原因をコードするものである、工程;
B)該動物から卵子を得、胚盤胞に成長させる工程;
C)該胚盤胞中に、該欠損原因遺伝子による欠損を補完する能力を有する所望のゲノムを有する目的iPS細胞を導入して、キメラ胚盤胞を生産する工程;および
D)該キメラ胚盤胞から個体を生産し、該個体から該目的の臓器または身体部分を取得する工程
を包含する方法を提供する。
【0034】
1つの実施形態において、本発明の方法は、前記iPS細胞を、体細胞に初期化因子を接触させることによって得る工程をさらに包含する。
【0035】
1つの実施形態において、前記D)工程は、前記キメラ胚盤胞を非ヒト仮親哺乳動物の母胎中で発生させて、産仔を得、該産仔個体から、該目的臓器を取得することを包含する。
【0036】
別の実施形態において、前記目的iPS細胞はラットまたはマウス由来である。
【0037】
他の実施形態では、前記目的の臓器または身体部分は膵臓、腎臓、胸腺および毛から選択される。
【0038】
さらに別の実施形態では、前記動物はマウスである。
【0039】
別の実施形態では、前記マウスはSall1ノックアウトマウス、Pdx-1ノックアウトマウス、Pdx1-Hes1トランスジェニックマウスまたはヌードマウスである。
【0040】
さらに別の実施形態では、前記目的の臓器または身体部分は、完全に前記目的多能性細胞由来のものである。
【0041】
さらに別の実施形態では、前記iPS細胞と、前記非ヒト哺乳動物とが、異種の関係のものである。
【0042】
さらに別の実施形態では、前記iPS細胞がラット由来であり、前記非ヒト哺乳動物がマウスである。
【0043】
別の局面において、本発明は、目的の臓器または身体部分を製造するためのセットであって、該セットは、
A)機能すると生存し得ないまたは生存困難となる臓器または身体部分の欠損原因をコードする遺伝子を含み、かつ、該臓器または身体部分が、補完(complement)により補完される、非ヒト動物と、
B)該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来のiPS細胞または初期化因子と必要に応じて体細胞との組み合わせとを備える、セットを提供する。
【0044】
1つの実施形態において、前記非ヒト動物と前記iPS細胞とは異種の関係にある。
【0045】
本発明においては、製造すべき臓器の動物種に合わせて移植される細胞を調製する。たとえば、ヒトの臓器を製造したい場合には、ヒト由来の細胞を、ヒト以外の哺乳動物の臓器を製造したい場合には、その哺乳動物由来の細胞を、それぞれ調製する。本発明において、移植される細胞は、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)を使用することができる。
【0046】
本発明の方法において製造すべき臓器としては、腎臓、心臓、膵臓、小脳、肺臓、甲状腺、毛および胸腺などの一定の形状を有する固形臓器であればいずれのものでもよいが、好ましくは、腎臓、すい臓、毛および胸腺が挙げられる。このような固形臓器は、全能性細胞あるいは多能性細胞を、レシピエントとなる胚の中で発生させることにより、産仔の体内において製造する。全能性細胞あるいは多能性細胞は、胚の中で発生させることにより、すべての臓器を形成することができることから、使用する全能性細胞あるいは多能性細胞の種類に依存して製造することができる固形臓器が制約を受けることはない。
【0047】
一方、本発明は、レシピエントとなる非ヒト胚由来の産仔個体の体内において、移植される細胞にのみ由来する臓器を形成することを特徴としており、レシピエントとなる非ヒト胚由来の細胞と移植される細胞とのキメラの細胞構成を有することは望ましくない。そのため、レシピエントとなる非ヒト胚としては、発生段階において製造すべき臓器の発生が生じず、出生児において当該臓器を欠損する異常を有する動物由来の胚を使用することが望ましい。このような臓器欠損を発生させる動物であれば、特定の遺伝子が欠損することにより臓器が欠損するノックアウト動物であっても、あるいは特定の遺伝子を組み込むことにより臓器が欠損するトランスジェニック動物であってもよい。あるいは、本明細書において説明される「ファウンダー」動物でもよい。
【0048】
たとえば、臓器として腎臓を製造する場合、レシピエントとなる非ヒト胚として、発生段階において腎臓の発生が生じない異常を有するSall1ノックアウト動物(Nishinakamura,R.et al.,Development,Vol.128,p.3105-3115,2001)の胚等を使用することができる。また、臓器として膵臓を製造する場合、レシピエントとなる非ヒト胚として、発生段階において膵臓の発生が生じない異常を有するPdx-1ノックアウト動物(Offield,M.F.,et al.,Development,Vol.122,p.983-995,1996)の胚、臓器として小脳を製造する場合、レシピエントとなる非ヒト胚として、発生段階において小脳の発生が生じない異常を有するWnt-1(int-1)ノックアウト動物(McMahon,A.P.and Bradley,A.,Cell,Vol.62,p.1073-1085,1990)の胚、臓器として肺臓、甲状腺を製造する場合、レシピエントとなる非ヒト胚として、発生段階において肺臓と甲状腺の発生が生じない異常を有するT/ebpノックアウト動物(Kimura,S.,et al.,Genes a
nd Development,Vol.10,p.60-69,1996)の胚等を、それぞれ使用することができる。また、腎臓,肺など複数臓器の欠損を引き起こす、線維芽細胞増殖因子(FGF)レセプター(FGFR)の細胞内ドメインの欠損型を過剰発現させるドミナントネガティブ型のトランスジェニック変異体動物モデル(Celli,G.,et al.,EMBO J.,Vol.17 pp.1642-655,1998)の胚を使用することもできる。あるいは、ヌードマウスを用いて、毛または胸腺の生産に使用することができる。
【0049】
本発明においてレシピエントとなる胚の由来としての非ヒト動物という場合、ブタ、ラット、マウス、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、イヌ、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、サル、マーモセット、ボノボ等の、ヒト以外の動物であれば、どのような動物であってもよい。製造すべき臓器の動物種と成体のサイズが似ている非ヒト動物から胚を採取することが好ましい。
【0050】
一方、製造すべき臓器を形成するためにレシピエントとなる胚盤胞期の受精卵中に移植される細胞の由来となる哺乳動物は、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物、たとえばブタ、ラット、マウス、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、イヌ、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、サル、マーモセット、ボノボ等の、いずれであってもよい。
【0051】
レシピエントとなる胚と移植される細胞との関係は、同種の関係であっても異種の関係であってもよい。
【0052】
以上のようにして調製した移植される細胞を、レシピエントとなる胚盤胞期の受精卵の腔内に移植し、胚盤胞期受精卵の内腔において、胚盤胞由来の内部細胞と移植される細胞とによるキメラの細胞混合物を形成させることができる。
【0053】
このようにして細胞を移植した胚盤胞期受精卵を、仮親となる胚盤胞期受精卵の由来の種の偽妊娠または妊娠メス動物の子宮内に移植する。この胚盤胞期受精卵を、仮親子宮内で発生させて、産仔を得る。そして、この産仔から目的とする臓器を、哺乳動物細胞由来の目的とする臓器として取得することができる。
【0054】
従って、本発明のこれらおよび他の利点は、以下の詳細な説明を読めば、明白である。
【発明の効果】
【0055】
本発明により、産業用に適する臓器再生の技術が提供された。そして、個人の特性に応じて皮膚などの体細胞から、「自分自身の臓器」を再生する技術が提供されたことになる。
【0056】
また、目的のゲノムを有する細胞に基づいて誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を生産して本発明を実施することにより、種々のゲノム由来の臓器を用いた研究開発を行うことも可能となった。これは、従来技術ではまったく不可能であった技術であるといえる。
【0057】
また、ES細胞において問題となっていた倫理に関する問題も、iPS細胞を用いることによって一部回避することができ、かつ、同様の効果を奏することができるという利点も有する。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【
図1】胚盤胞補完によるiPS細胞由来の膵臓構築を用いた治療モデルを示す。
【
図2】a.はGFPマウス由来iPS細胞樹立のストラテジーを示す。GFPマウス尻尾由来繊維芽細胞(Tail tip fibroblast:TTF)の樹立を行った後、3因子(初期化因子)を導入し、25~30日間ES細胞用培地にて培養し、iPSコロニーのピックアップおよびiPS細胞株を樹立した。b.は、樹立されたiPS細胞の形態をその形態をカメラ付き顕微鏡にて撮影したものを示す。左は、GFP-iPS細胞#2のものを、右には#3を示す。c.は、アルカリフォスファターゼ活性の測定を示す。iPS細胞を蛍光顕微鏡下で撮影し、およびアルカリフォスファターゼ染色キット(Vector社 Cat.No.SK-5200)により染色を施した。左から明視野像、GFP蛍光像およびアルカリフォスファターゼ染色を示す。d.は、ゲノムDNAを用いたPCRによる導入された3因子(初期化因子)の特定を示す。iPS細胞よりゲノムDNAを抽出し、PCRを行った結果である。上からKlf4,Sox2,Oct3/4、c-MycおよびMyogの遺伝子の発現を示す。左から、GFP-iPS細胞#2、#3、Nanog-iPS(4因子のもの)、コントロールとしてES細胞(NC)のものを示す。一番右には蒸留水での結果を示す。本発明において用いたiPS細胞における3因子の挿入が確認された。e.は、RT-PCRによる本発明で用いた細胞におけるES細胞に特徴的な遺伝子発現パターンの解析と導入遺伝子の発現確認を示す。上からKlf4,Sox2,Oct3/4、c-Mycである。Nanog、Rex1、Gapdhの遺伝子の発現を示す。一番下には、ネガティブコントロール(RT(-))を示す。Klf4,Sox2,Oct3/4については、Total RNAとトランスジェニック(Tg)とを分けて発現を確認した。左から、GFP-iPS細胞#2、#3、コントロールとしてES細胞(NC)およびさらにコントロールとしてのTTF(ネガティブコントロール)の発現の様子を示す。一番右には蒸留水での結果を示す。f.は、iPS細胞を用いたキメラマウス作製を示す。樹立されたiPS細胞をC57BL6とBDF1系統のマウスの交配により得られた胚盤胞に注入し、キメラマウスを作製した結果を示す。上には、胎生13.5日目の明視野像(左)GFP蛍光像(右)を示す。下には、新生児期のものを示す。NCと記載しているのはネガティブコントロールである。
【
図3】
図3は、胚盤胞補完により構築された膵臓の形態(出生後5日目)を示す。Homoのマウスでは膵臓の辺縁がきれいにGFP陽性細胞で構成されているが、heteroマウス膵臓ではドット状のキメラになっている。
【
図4】
図4は、iPS細胞由来膵臓の組織学的な解析(出生後5日目)を示す。ここでは、iPS細胞由来の膵臓の凍結切片標本を作製し、核染色としてDAPIおよび抗GFP抗体、抗インスリン抗体による染色を施し、正立蛍光顕微鏡および共焦点レーザー顕微鏡により観察、撮影した。左から明視野像、GFP+DAPIの像、および右側には抗インスリン抗体による染色を示す。上パネルは、本発明のPdx1LacZ/LacZにGFP-iPS細胞を導入したものを示し、下パネルにはコントロールであるPdx1wt/LacZにGFP-iPS細胞を導入したものを示す。
【
図5】サイレンシングによってGFP陰性になった細胞が存在することの確認実験を示す。
図3で示した同マウスから骨髄細胞を採取し、フローサイトメーターによりGFP-の造血幹/前駆細胞(c-Kit+,Sca-1+,Linage marker-:KSL細胞)を分取し、1細胞ずつ96ウェルプレートに落とした。これをサイトカイン添加条件下で12日間培養しコロニーを形成させ、それらからゲノムDNAを抽出し、遺伝子型判定に用いた。これにより遺伝子サイレンシングによりGFPの発現が消失した細胞がGFP-側に含まれていたとしても1個の細胞由来のクローナルな遺伝子判定が可能であり、宿主の細胞、遺伝子サイレンシングを起こした細胞を簡便に区別することができる。a.は骨髄細胞から純化したKSL細胞を用いたコロニー形成法のストラテジーを示し、b.は培養12日目血球コロニーの形態を示し、c.は各コロニーから抽出したDNAを用いたキメラ個体の遺伝子型判定をそれぞれ示す。aにおけるパネルは、左から骨髄中の造血幹・前駆細胞のc-Kit+、Sca-1+、Linage-(KSL)のFACSパターンを示す。bにおける写真は、それぞれ、左から培養12日目のコロニー、中央には明視野像、左にはGFP蛍光像を示す。cには、前述したQiagen社のキットを用いた方法にて単一細胞由来のコロニーからDNAを抽出し、PCR法によりその遺伝子型判定を行った結果を示す。PCR法はPdx1産仔判定時と同様のプライマーおよび条件にて行った。
【
図5A】STZ誘発糖尿病マウスへのiPS由来の膵島の移植を示す。aおよびbは、膵島の単離を示す。iPS由来の膵臓を総胆管(a.矢印)からコラゲナーゼ灌流を行い、密度勾配遠沈後に、EGFPを発現するiPS由来の膵島を濃縮した(b)。cは、膵島移植から2ヶ月後の腎臓被膜を示す。EGFPを発現するスポット(矢印)が、移植された膵島である。dは、腎臓切片のHE染色(左パネル)およびDAPIによるGFP染色(右パネル)を示す。eは、STZ誘発糖尿病マウスへのiPS由来の150の膵島の移植を示す。矢印は、抗体カクテル(抗INF-γ、抗TNF-α、抗IL-1β)を投与した時点を示す。移植から2ヶ月後まで、1週間おきに、腹腔内の血糖値を測定した。iPS膵島を移植したSTZ誘発糖尿病マウスは、▲(黒三角)(n=6)で表し、iPS膵島を移植していないSTZ誘発糖尿病マウスは、■(黒四角)で表す。fは、膵島の移植から2ヶ月後のグルコース耐性試験(GTT)を示す。
【
図6】Sall1ノックアウトマウスのBlastocyst Complementationによる腎臓再生を示す。Sall1対立遺伝子の遺伝子型判定結果を上に示す。#3のマウスがSall1ホモKOマウスであったことが分かる。下には、#3マウスを宿主としてiPS細胞による胚盤胞補完を行い再生された腎臓の形態(生後1日目)を示す。ホモのKOマウスでは、腎臓全体がきれいにGFP陽性細胞で構成されていることが分かる。Sall1ノックアウトマウスを用いてiPS細胞由来の腎臓を作ることが可能であることが明らかになった。
【
図7】B6由来iPS細胞を用いて胚盤胞補完を行い、生まれてきたキメラマウスに毛が生えていることを確認した写真を示す。#1はC57BL/6(B6)野生型(コントロール)マウスで、黒色の毛が見られる。#3はKSNヌードマウス(コントロール)で毛がない。#2、4および5は得られた3匹のキメラマウスを示し、これらの個体には毛が生えてきている。
【
図8】キメラマウスおよびコントロールマウスの胸腺の発生を確認した図である。C57BL/6(B6)野生型マウス(コントロール)には胸腺が認められる。ヌードマウスには胸腺が存在しない。一方キメラマウスには胸腺が認めれる。
【
図9】C57BL/6(B6)野生型(コントロール)マウスと、
図7のキメラマウス(#2、4および5)の各々からの末梢血をCD4,CD8陽性細胞(T細胞)に分画し、GFP陽性細胞を分析した結果を示す。GFP陰性細胞およびGFP陽性細胞の分布からキメラ度が示される。
【
図10】雄性Pdx1(-/-)マウス(ファウンダー:マウスiPS細胞により膵臓が補われたPdx1(-/-)マウス)と雌性Pdx1(+/-)マウスを交配して受精卵を採取し、これをin vitroで胚盤胞期まで発生させ、得られた胚盤胞にEGFPでマーキングしたラットiPS細胞を10個、顕微鏡下でマイクロインジェクションした。これを疑似妊娠仮親に移植し、妊娠満期で開腹し、得られた新生児を解析した結果を示す。蛍光実体顕微鏡下でEGFP蛍光を観察したところ、体表でのEGFP発現から、個体番号#1、#2、#3はキメラであることがわかった。開腹すると#1、#2ではEGFPを一様に発現する膵臓が見られた。一方、#3の膵臓は部分的にEGFPの発現を呈するが、モザイク状であった。また#4は#1~3と同腹仔であるが、体表でのEGFP蛍光が見られず、開腹すると膵臓を欠損していることから非キメラのPdx1(-/-)マウスである。また、これら新生児より脾臓を摘出し、そこから調整した血球細胞をマウスあるいはラットに対するCD45のモノクローナル抗体で染色を施し、フローサイトメーターにより解析した。その結果、個体番号#1~3ではマウスCD45陽性細胞とともに、ラットCD45陽性細胞が認められることから、それらは宿主マウスとラットiPS細胞由来の細胞が混在したマウス-ラット異種間キメラ個体であることが確認された。さらに、ラットCD45陽性細胞分画中の細胞はほぼすべてがEGFP蛍光を呈することから、ラットCD45陽性細胞はEGFPでマーキングしたラットiPS細胞由来の細胞である。
【
図10A】個体番号#1~#3の宿主マウスのPCRによるPdx1遺伝子型の確認を示す。宿主マウスの遺伝子型を確認するため、
図10と同じ脾臓サンプルから、
図10の点線四角枠で囲ったマウスCD45陽性細胞を回収してゲノムDNAを抽出し、Pdx1の変異型アレルあるいは野生型アレルを識別できるプライマーを用いPCRを行った。その結果、#1および#2においては変異型のバンドのみが認められ、個体番号#3においては変異型、および野生型両者のバンドが検出された。このことから、宿主の遺伝子型は#1および#2においてはPdx1(-/-)、個体番号#3においてはPdx1(+/-)であることがわかる。この結果から、本来膵臓が形成されるはずのないPdx1(-/-)マウスである#1、#2において、ラットiPS細胞をドナーとした異種間胚盤胞補完技術を適用することで、マウス個体内にラットの膵臓を構築することに成功した。
【発明を実施するための形態】
【0059】
以下、本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用されるすべての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0060】
本発明の実施の形態を具体的に説明することを目的として、以下に例示的な実施形態を記載する。以下に例示として、哺乳動物細胞由来の腎臓をマウスの生体内にて製造する方法を説明する。膵臓、毛、胸腺もこのような方法によって作製することができることが理解される。
【0061】
(非ヒト動物)
マウスなどの動物の生体内にてヒト以外の哺乳動物細胞由来の腎臓を製造するために、発生段階において腎臓の発生が生じない異常を有するマウスなどの動物を用意する。本発明の1つの実施形態においては、発生段階において腎臓の発生が生じない異常を有するマウスとして、Sall1ノックアウトマウス(Nishinakamura,R.et al.,Development,Vol.128,p.3105-3115,2001)を使用することができる。この動物は、Sall1(-/-)のホモ接合体ノックアウト遺伝子型の場合に、腎臓のみの発生が行われず、産仔個体に腎臓が存在しないという特徴を有する。あるいは本明細書において説明するファウンダー動物も使用することができる。
【0062】
このマウスは、Sall1遺伝子の欠損がホモの状態(Sall1(-/-))では、腎臓が形成されず、生存することができないため、Sall1遺伝子の欠損がヘテロの状態(Sall1(+/-))で維持されている。このようなヘテロ状態のマウスどうしを交配し(Sall1(+/-)×Sall1(+/-))、受精卵を子宮内から採取する。受精卵は、確率的にSall1(+/+):Sall1(+/-):Sall1(-/-)が1:2:1の確率で生じる。本発明においては、25%の確率で生じるSall1(-/-)の胚を使用する。しかしながら、初期胚の段階で遺伝子型を決定することは困難であり、出産された後に産仔の遺伝子型を決定し、目的とするSall1(-/-)の遺伝子型を有する個体のみをその後の工程で使用することが現実的である。
【0063】
このノックアウトマウスは、作成段階でSall1遺伝子をノックアウトすると共に、Sall1遺伝子領域に発現可能な状態で検出用の蛍光タンパク質、緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子をノックインしていてもよい(Takasato,M.et al.
,Mechanisms of Development,Vol.121,p.547-557,2004)。このような蛍光タンパク質をノックインすることにより、この遺伝子の調節領域が活性化されると、Sall1の代わりにGFPの発現が生じ、Sall1遺伝子の欠損状態を蛍光検出により決定することができる。
【0064】
また、本発明においてはレシピエントとなる胚と移植される細胞との関係は、同種の関係であっても異種の関係であってもよい。このような異種間でのキメラ動物作成は、従来より当該技術分野において多数の報告がなされており、例えばラット-マウス間のキメラ作出(Mulnard,J.G.,C.R.Acad.Sci.Paris.276,379-381(1973);Stern,M.S.,Nature.243,472-473(1973);Tachi,S.&Tachi,C.Dev.Biol.80,18-27(1980);Zeilmarker,G.,Nature,242,115-116(1973))、ヒツジ-ヤギ間のキメラ作出(Fehilly,C.B.,et al.,Nature,307,634-636(1984))など、近縁の動物種間での胚胞キメラ動物が実際に報告されている。したがって、本発明において、例えばヒト以外の哺乳動物細胞由来の腎臓をマウスの生体内で作成する場合には、これらの従来から知られているキメラ作出方法(例えば、移植する細胞を、レシピエントとなる胚盤胞中に挿入する方法(Fehilly,C.B.,et al.,Nature,307,634-636(1984)))に基づいて、異種のある臓器をレシピエントとなる胚中で作成することができる。
【0065】
本明細書において「非ヒト哺乳動物」とは、移植される細胞を用いてキメラ動物またはキメラ胚等を作製する相手方の哺乳動物をいう。
【0066】
本明細書において「異個体哺乳動物」とは、上記非ヒト哺乳動物とは異なる個体の任意の哺乳動物をいい、同種異個体であっても、異種であってもよい。
【0067】
本明細書において「非ヒト仮親哺乳動物」とは、非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来の細胞を移植することによって生成される受精卵が、その母胎中で発生される(仮親となる)哺乳動物をいう。
【0068】
なお、「非ヒト哺乳動物」および「非ヒト仮親哺乳動物」は、ときに、「非ヒト宿主哺乳動物」または「宿主」と称することがあるが、「非ヒト哺乳動物」および「非ヒト仮親哺乳動物」は互いに異なる動物であり、本発明の文脈において、いずれを指し示すかは当業者に明らかであることが理解されるべきである。
【0069】
臓器として膵臓を製造する場合、レシピエントとなる非ヒト胚として、発生段階において膵臓の発生が生じない異常を有するPdx-1ノックアウト動物(Offield,M.F.,et al.,Development,Vol.122,p.983-995,1996)あるいは本明細書において説明するファウンダー動物の胚を用いることができる。
【0070】
臓器として毛を製造する場合、レシピエントとなる非ヒト胚として、毛が生えないヌードマウスの胚を用いることができる。
【0071】
臓器として胸腺を製造する場合、レシピエントとなる非ヒト胚として、ヌードマウスの胚を用いることができる。
【0072】
(移植される細胞)
次に、腎臓を例に移植される細胞を説明すると、哺乳動物細胞由来の腎臓を製造するた
めの、移植される細胞としてiPS細胞(非特許文献2などを参照)などを用意する。この細胞は、Sall1遺伝子に関して野生型の遺伝子型(Sall1(+/+))を有し、腎臓の全ての細胞に発生する能力を有している。
【0073】
この細胞は、移植する前に、特異的に検出するための蛍光タンパク質を発現可能な状態で組み込んでもよい。たとえば、そのような検出用の蛍光タンパク質として、DsRedの遺伝子変異体、DsRed.T4(Bevis B.J.and Glick B.S.,Nature Biotechnology Vol.20,p.83-87,2002)を、CAGプロモーター(サイトメガロウイルスエンハンサーとニワトリアクチン遺伝子プロモーター)の制御によりほぼ全身臓器に発現するように配列設計し、エレクトロポレーション法(電気穿孔法)によりiPS細胞に組み込むことができる。このような蛍光タンパク質としては、緑色蛍光タンパク質(GFP)など当該分野において公知のものを使用してもよい。このような移植用の細胞に対する蛍光による標識を行うことにより、製造された臓器が移植された細胞のみから構成されているか否かを容易に検出することができる。
【0074】
このマウスiPS細胞等を、前述したSall1(-/-)の遺伝子型を有する胚盤胞期受精卵の内腔に移植してキメラの内部細胞塊を有する胚盤胞期受精卵を作成し、仮親の子宮内でキメラの内部細胞塊を有するこの胚盤胞期受精卵を発生させ、産仔を得る。マーキングがなされていないiPS細胞を用いる場合は、キメラ作製に用いた場合宿主の胚側と区別する術がなく、臓器の補充がなされたか識別できない。したがって、これを解決するために、iPS細胞株に蛍光色素の導入をすることにより、実施例等に記載される常法を用いて実験をすることができる。
【0075】
(繁殖用のファウンダー動物の生産方法)
本発明において用いられる繁殖用のファウンダー動物は以下のような特徴を有する:機能すると生存し得ないまたは生存困難となる臓器または身体部分の欠損原因をコードする遺伝子を含み、かつ、該臓器または身体部分が、胚盤胞補完により補完される。この動物(本明細書において「ファウンダー動物」ともいう。)を用いて、次世代動物を生産することによって、目的の臓器を欠損させて、その臓器について、所望のゲノム型を有する臓器を生産することができる。しかも、この方法で生産すると、次世代においても臓器生産をすることができることが判明しており、iPS細胞でも使用可能であることがわかったことから、本発明の産業用の応用への道が大きく開けることになった。
【0076】
本明細書において、「機能すると生存し得ないまたは生存困難となる臓器または身体部分」とは、ある因子について言及するとき、その因子により、臓器または身体部分が欠損または機能不全(たとえば、正常でない)となると、生存することができないか、生存が困難となるものをいう。たとえば、外来遺伝子の場合、その遺伝子が生物に導入され、その遺伝子が正常に発現すると、ある臓器または身体部分に欠損が生じ、その結果生存し得ないまたは生存困難となることをいう。生存困難とは、次世代に子孫を残せないことおよびヒトであれば社会的な生活において支障を伴うことを含む。臓器または身体部分としては、たとえば、膵臓、肝臓、毛、胸腺などを挙げることができるがそれらに限定されない。
【0077】
そのような事象に関連する遺伝子としては、たとえば、Pdx-1(これに対する膵臓)などを挙げることができる。
【0078】
なお、臓器生産用とするには、臓器を補完し、かつ、それ以外の要因(母親マウスから
ミルクが摂取できない等)により出生後死んだりするようなことのない遺伝子を選択すべ
きである。そのような遺伝子としては、Pdx-1を挙げることができる。このような性
質を有する遺伝子を用いて、本願発明を実施することができる。そして、たとえば、表現型が膵臓の欠損と同様であっても意味合いは大きく異なり、具体的にはノックアウトでは生産効率の向上、トランスジェニックではそれに加えて、致死表現型のクローナルな解析を可能にするという特徴がある。
【0079】
本明細書において「機能すると生存し得ないまたは生存困難となる」とは、ある要因について、その要因が機能すると、宿主である動物がまったく生存できずに死ぬか、あるいは、生きることはできるが、成長困難であるとか生殖困難であるなどの理由で、その後の生存が実質的に不可能になることをいい、当該分野において通常の知識を用いて理解することができる。
【0080】
本明細書において「臓器」とは、当該分野において通常の意味で用いられ、動物の身体を構成する器官一般を指す。
【0081】
本明細書において「身体部分」とは、身体のいずれかの部分を指し、一般に臓器と称されないものをも含む。たとえば、腎臓を例に取ると、正常な遺伝子を有するときには完全な腎臓が生成されるが、ある遺伝子が欠損または異常を有すると、腎臓のような器官はできるものの、その一部に異常ないし欠損が生じるようなことがあり、そのような異常ないし欠損が生じる部分がこの「身体部分」の例であるといえる。遺伝子の欠損ないし異常が必ずしも臓器ごとに対応しておらず、その一部に影響があることが頻繁にあることから、遺伝子との対応関係を考える場合は、身体部分での対応を考慮したほうがよいこともあり、本明細書においてもそのような対応関係をも考慮することとする。
【0082】
本明細書において「胚盤胞補完(作用)」(英語ではblastocyst complementationという。)とは、多分化能を有するES細胞、iPS細胞などの多能性細胞を胚盤胞期受精卵の内腔へ注入すると産生個体はキメラマウスを形成する現象を利用して、欠損している臓器または身体部分を補完させる技術をいう。本発明者らは、困難と考えられていた胚盤胞補完について、腎臓、膵臓、毛および胸腺などの複数種の細胞からなる複雑な細胞構成を有する哺乳動物の臓器を、動物、特に非ヒト動物の生体中で作製することができることを見出し、これが、iPS細胞を用いても実施可能であることを確認した。したがって、この技術は、本発明においてiPS細胞を用いて全面的に利用することができる。
【0083】
本明細書において「標識」とは、補完された臓器を識別するために使用される限りどのような因子でもよい。たとえば、補完されるべき臓器にのみ特定の遺伝子(たとえば、蛍光タンパク質を発現する遺伝子など)を発現するようにすることにより、その特定の遺伝子に起因する性質(たとえば、蛍光)によって補完されるべき臓器を、補完の宿主から識別することができる。このようにして、外部の細胞由来の細胞が補完によって完全な動物となったのか、内部の細胞由来の細胞が補完されて完全な動物になったのかを区別することができ、これにより、より簡単に本発明で用いるファウンダー動物を選択することができる。この細胞は、移植する前に、特異的に検出するための蛍光タンパク質を発現可能な状態で組み込んでもよい。たとえば、そのような検出用の蛍光タンパク質として、DsRedの遺伝子変異体、DsRed.T4(Bevis B.J.and Glick B.S.,Nature Biotechnology Vol.20,p.83-87,2002)を、CAGプロモーター(サイトメガロウイルスエンハンサーとニワトリアクチン遺伝子プロモーター)の制御によりほぼ全身臓器に発現するように配列設計し、エレクトロポレーション法(電気穿孔法)によりES細胞に組み込むことができる。このような移植用の細胞に対する蛍光による標識を行うことにより、製造された臓器が移植された細胞のみから構成されているか否かを容易に検出することができる。
【0084】
そのような標識の例としては、たとえば、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子、赤色蛍光タンパク質(RFP),青色蛍光タンパク質(CFP),その他蛍光タンパク質およびLacZなどを挙げることができる。
【0085】
本発明において用いられるファウンダー動物を生産する方法は、以下の工程を包含する:
A)前記遺伝子を有する第一多能性細胞を提供する工程;B)該第一多能性細胞を胚盤胞に成長させる工程;C)該胚盤胞中に、該遺伝子による欠損を補完する能力を有する第二多能性細胞を導入して、キメラ胚盤胞を生産する工程;D)該キメラ胚盤胞から個体を生産し、該第二多能性細胞により、前記臓器またはその一部が補完されたものを選択する工程。
【0086】
本明細書において「機能すると生存し得ないまたは生存困難となる臓器または身体部分の欠損原因をコードする(欠損原因)遺伝子」または「欠損原因遺伝子」とは、交換可能に用いられ、ある遺伝子について言及するとき、その因子が機能すること(たとえば、外来遺伝子の場合、導入され発現されるか、あるいは内因性の場合そのような遺伝子が機能する条件にさらされることなど)により、臓器または身体部分が欠損または機能不全(たとえば、正常でない)となると、生存することができないか、生存が困難となる遺伝子をいう。
【0087】
本明細書において「多能性細胞」とは、卵細胞、胚性幹細胞(ES細胞)または誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)、多能性生殖幹細胞(mGS細胞)などを挙げることができる。
【0088】
本明細書において「第一多能性細胞」とは、ファウンダー動物等の宿主(本明細書中ホストともいう。)となるべき起源として使用される多能性細胞またはそれに由来する細胞塊をいい、好ましくは、受精卵・胚が使用される。
【0089】
本明細書において「第二多能性細胞」というときは、生産すべき臓器を目的として使用される多能性細胞をいい、iPS細胞が使用される。
【0090】
本明細書において「欠損を補完する能力を有する」とは、因子または遺伝子等について言及するとき、臓器または身体部分を補うことができる能力をいう。
【0091】
本明細書において「キメラ胚盤胞」とは、第一多能性細胞由来の細胞と、第二多能性細胞由来の細胞とがキメラ状態となって形成される胚盤胞をいう。そのようなキメラ胚盤胞は、注入法のほか、「凝集法」といった胚+胚、もしくは胚+細胞をシャーレ内で密着さ
せキメラ胚盤胞を作製する方法などを利用することによって生産することができる。また、本発明においてはレシピエントとなる胚と移植される細胞との関係は、同種の関係であっても異種の関係であってもよい。このような異種間でのキメラ動物作成は、従来より当該技術分野において多数の報告がなされており、例えばラット-マウス間のキメラ作出(Mulnard,J.G.,C.R.Acad.Sci.Paris.276,379-381(1973);Stern,M.S.,Nature.243,472-473(1973);Tachi,S.&Tachi,C.Dev.Biol.80,18-27(1980);Zeilmarker,G.,Nature,242,115-116(1973))、ヒツジ-ヤギ間のキメラ作出(Fehilly,C.B.,et al.,Nature,307,634-636(1984))など、近縁の動物種間での胚胞キメラ動物が実際に報告されている。したがって、本発明において、例えばヒト以外の哺乳動物細胞由来の腎臓をマウスの生体内で作成する場合には、これらの従来から知られているキメラ作出方法(例えば、移植する細胞を、レシピエントとなる胚盤胞中に挿入する
方法(Fehilly,C.B.,et al.,Nature,307,634-636(1984)))に基づいて、異種のある臓器をレシピエントとなる胚中で作成することができる。
【0092】
本発明において用いられるファウンダー動物の生産方法において、機能すると生存し得ないまたは生存困難となる臓器または身体部分の欠損原因をコードする遺伝子(本明細書において「欠損原因遺伝子」ともいう。)を有する第一多能性細胞を提供する工程は、たとえば、その遺伝子を持っている多能性細胞を調達するか、あるいは、多能性細胞中に、その遺伝子を導入してその遺伝子を有する多能性細胞を生産することによって実施することができる。このような遺伝子の導入方法は、当該分野において周知であり、当業者は、適宜選択してこのような遺伝子導入を実施することができる。好ましくは、エレクトロポレーションを用いるとよい。それは、細胞懸濁液に電気パルスをかけることで細胞膜に微小な穴を空け、DNAを細胞内部に送り込むことで、形質転換すなわち目的遺伝子の導入を起こすことから、その後のダメージが少ないなどということが理由として挙げられるが、それに限定されない。
【0093】
本発明において用いられるファウンダー動物の生産方法において、第一多能性細胞(たとえば、受精卵、胚など)を胚盤胞に成長させる工程は、多能性細胞を胚盤胞にするための任意の公知の成長方法により実施することができる。そのような条件は当該分野において周知であり、Manipulating the Mouse Embryo A LABORATORY MANUAL 3rd Edition 2002(Cold Spring Harbar Labolatory Press,Cold Spring Harbor,New York)(本明細書において参考として援用される。)に記載される。
【0094】
本発明において用いられるファウンダー動物の生産方法において、胚盤胞中に、該遺伝子による欠損を補完する能力を有する第二多能性細胞である誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を導入して、キメラ胚盤胞を生産する工程は、第二多能性細胞である誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を胚盤胞に導入することができる限り、当該分野において公知のどのような方法を用いてもよい。そのような手法としては、たとえば、注入法もしくは凝集が挙げられるがこれらに限定されない。
【0095】
本発明において用いられるファウンダー動物の生産方法において、キメラ胚盤胞から個体を生産する方法は、当該分野において公知の手法を用いることができる。通常は、仮親に前記キメラ胚盤胞を戻し、仮妊娠させて仮親の胎内で成長させるがこの手法に限定されない。
【0096】
本発明において用いられるファウンダー動物の生産方法において、臓器またはその身体部分が補完されたものを選択することは、その臓器または身体部分の補完を確認しうる任意の手法を用いて実施することができる。
【0097】
そのような例としては、第二多能性細胞である誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)に由来する識別子を識別することを挙げることができる。本明細書において「識別子」とは、ある個体または種などを特定し、由来を同定することができる任意の因子をいい、略称として「ID」とも称される。そのような識別子は、たとえば、第二多能性細胞である誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)に特有のゲノムの配列、発現型等であり得る。あるいは、このような選択は、第二多能性細胞として、標識されたものまたは標識されうるもの(遺伝子発現によって標識となるものも含む)を用い、本発明のファウンダーマウスの生産方法における選択を、該標識を同定することによって実施することができる。このほかにも、適宜当業者は、この手法を改善して実施することができることが理解される。
【0098】
(ファウンダー動物を用いた臓器再生方法)
別の局面において、本発明は、ファウンダー動物を用いて、誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を利用して目的の臓器または身体部分を生産する方法を提供する。この方法は、ファウンダー動物を提供する工程であって、ファウンダー動物における欠損原因遺伝子は、該目的の臓器または身体部分の欠損原因をコードするものである、工程;B)該動物から卵子を得、胚盤胞に成長させる工程;C)該胚盤胞中に、該遺伝子による欠損を補完する能力を有する所望のゲノムを有する目的多能性細胞である誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を導入して、キメラ胚盤胞を生産する工程;およびD)該キメラ胚盤胞から個体を生産し、該個体から該目的の臓器または身体部分を取得する工程を包含する。
【0099】
ここで、このD)工程は、前記キメラ胚盤胞を非ヒト仮親哺乳動物の母胎中で発生させて、産仔を得、該産仔個体から、該目的臓器を取得することによって実施することができる。
【0100】
(膵臓の形成)
膵臓の形成については、肉眼的所見、染色後の顕微鏡観察、あるいは蛍光を利用した観察などの方法を用いた、マクロまたはミクロの形態学的解析、遺伝子発現解析などを行うことにより調べることができる。
【0101】
たとえば、肉眼的所見を行うことにより、実際に臓器が存在するか否か、臓器の外観などの特徴を調べることができる。このようなマクロの形態学的解析とあわせて、ヘマトキシリン-エオジン染色などの一般的組織染色後の組織を顕微鏡によりミクロ的に観察することもできる。このようなミクロ的な観察により、具体的なすい臓内部の様々な細胞の構成まで含めて調べることができる。
【0102】
さらに、条件に応じて蛍光を発する様に蛍光を使用した遺伝子発現解析を行うことも可能である。たとえば、上述したPdx1-Lac-Zノックインによるノックアウトマウスの場合、野生型(+/+)あるいはヘテロ(+/-)の個体では蛍光標識されたES細胞を使用した場合その寄与が見られたとしてもまだらのキメラ状態の蛍光を示すが、ホモ(-/-)個体では膵臓が完全にES細胞由来の細胞により構築されるため、まんべんなく一様の蛍光を呈するという特徴を有する。このような特質を利用して、目的とする臓器または臓器を構成する細胞が、Pdx1遺伝子に関してどのような遺伝子型であるかを簡便に調べることができる。マーキングがなされていないiPS細胞を用いる場合は、キメラ作製に用いた場合宿主の胚側と区別する術がなく、臓器の補充がなされたか識別できない。したがって、これを解決するために、iPS細胞株に蛍光色素の導入をすることにより、上記同様のプロトコールで実験をすることができる。そして、以上のような細胞を用いれば、iPS細胞を用いた場合と同様のプロトコールで臓器を作り、その由来を明らかにすることが可能となる。
【0103】
(腎臓の形成)
腎臓の形成については、肉眼的所見、染色後の顕微鏡観察、あるいは蛍光を利用した観察などの方法を用いた、マクロまたはミクロの形態学的解析、遺伝子発現解析などを行うことにより調べることができる。
【0104】
たとえば、肉眼的所見を行うことにより、実際に臓器が存在するか否か、臓器の外観などの特徴を調べることができる。このようなマクロの形態学的解析とあわせて、ヘマトキシリン-エオジン染色などの一般的組織染色後の組織を顕微鏡によりミクロ的に観察することもできる。このようなミクロ的な観察により、具体的な腎臓内部の様々な細胞の構成まで含めて調べることができる。
【0105】
さらに、条件に応じて蛍光を発する様に蛍光を使用した遺伝子発現解析を行うことも可能である。たとえば、上述したSall1遺伝子ノックアウトマウスの場合、Sall1遺伝子の欠損がホモの状態(Sall1(-/-))の場合、GFPの蛍光が両アリルから発生するため、片方のアリルのみから蛍光が発生するSall1遺伝子の欠損がヘテロの状態(Sall1(+/-))の蛍光よりも、蛍光量が少なくなるという特徴を有する。このような特質を利用して、目的とする臓器または臓器を構成する細胞が、Sall1遺伝子に関してどのような遺伝子型であるかを簡便に調べることができる。マーキングがなされていないiPS細胞を用いる場合は、キメラ作製に用いた場合宿主の胚側と区別する術がなく、臓器の補充がなされたか識別できない。したがって、これを解決するために、iPS細胞株に蛍光色素の導入をすることにより、その由来を明らかにすることが可能となる。
【0106】
(毛の形成)
毛の形成については、肉眼的所見、あるいは蛍光を利用した観察などの方法を用いた、マクロまたはミクロの形態学的解析、遺伝子発現解析などを行うことにより調べることができる。
【0107】
たとえば、肉眼的所見を行うことにより、実際に毛が存在するか否か、毛の外観などの特徴を調べることができる。このようなマクロの形態学的解析とあわせて、ヘマトキシリン-エオジン染色などの一般的組織染色後の組織を顕微鏡によりミクロ的に観察することもできる。このようなミクロ的な観察により、具体的な毛内部の様々な細胞の構成まで含めて調べることができる。
【0108】
さらに、条件に応じて蛍光を発する様に蛍光を使用した遺伝子発現解析を行うことも可能である。たとえば、上述したヌードマウスの場合、毛の場合自家蛍光が強いため生じた毛がヌードマウス由来かiPS細胞由来かを蛍光顕微鏡下での肉眼的に判断するのが非常に困難であるが、蛍光を適切に観察する手段によって観察することも可能である。このような特質を利用して、目的とする臓器または臓器を構成する細胞が、どのような遺伝子型であるかを簡便に調べることができる。マーキングがなされていないiPS細胞を用いる場合は、キメラ作製に用いた場合宿主の胚側と区別する術がなく、臓器の補充がなされたか識別できない。したがって、これを解決するために、iPS細胞株に蛍光色素の導入をすることにより、上記同様のプロトコールで実験をすることができる。そして、以上のような細胞を用いれば、iPS細胞を用いた場合と同様のプロトコールで臓器を作り、その由来を明らかにすることが可能となる。
【0109】
(胸腺の形成)
胸腺の形成については、肉眼的所見、顕微鏡写真、FACSあるいは蛍光を利用した観察などの方法を用いた、マクロまたはミクロの形態学的解析、遺伝子発現解析などを行うことにより調べることができる。
【0110】
たとえば、肉眼的所見を行うことにより、実際に臓器が存在するか否か、臓器の外観などの特徴を調べることができる。このようなマクロの形態学的解析とあわせて、ヘマトキシリン-エオジン染色などの一般的組織染色後の組織を顕微鏡によりミクロ的に観察することもできる。このようなミクロ的な観察により、具体的な胸腺内部の様々な細胞の構成まで含めて調べることができる。
【0111】
さらに、条件に応じて蛍光を発する様に蛍光を使用した遺伝子発現解析を行うことも可能である。たとえば、上述したヌードマウスの場合従来胸腺を持たないが、生存には影響しないため欠損した状態で自然に生まれ生存する。これに胚盤胞補完により蛍光標識され
たiPS細胞を注入するとiPS細胞の寄与が認められる個体の多くが蛍光を呈する胸腺を持つという特徴を有する。このような特質を利用して、目的とする臓器または臓器を構成する細胞が、どのような遺伝子型であるかを簡便に調べることができる。
【0112】
(iPS細胞)
iPS細胞は他の方法によっても作製することができる。すなわち、iPS細胞は、体細胞に初期化因子(単数または複数の因子の組み合わせでありうる)を接触させることによって初期化を誘導させて生産することができる。そのような初期化および初期化因子の例としては以下のようなものを挙げることができる。たとえば、本発明の実施例では、iPS細胞は3因子(Klf4、Sox2、Oct3/4;これらは本発明において使用される代表的な「初期化因子」である。)でGFPトランスジェニックマウスの尻尾より採取した繊維芽細胞を使って本発明者らが独自に作製したが、このほかの組み合わせ、たとえば、Yamanaka因子とも呼ばれるOct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycの4因子を用いることもでき、その改良法を用いることもできる。c-Mycの代わりにn-Mycを用い、レトロウイルスベクターの一種であるレンチウイルスベクターを用いてもiPS細胞の樹立は可能である(Blelloch R et al.,(2007).Cell Stem Cell 1:245-247)。また、Oct3/4、Sox2、Nanog、Lin28の4遺伝子を胎児肺由来の線維芽細胞や新生児包皮由来の線維芽細胞へ導入することで、ヒトiPS細胞の樹立に成功している(Yu J,et al.,(2007).Science 318:1917-1920)。
【0113】
マウスiPS細胞樹立で使用されたマウス遺伝子のヒト相同遺伝子であるOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycを用いて線維芽様滑膜細胞、および新生児包皮由来の線維芽細胞からヒトiPS細胞を生産することもできる(Takahashi K,et
al.,(2007).Cell 131: 861-872.)。Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの4遺伝子にhTERT・SV40 large Tを加えた6遺伝子を用いてヒトiPS細胞の樹立することもできる(Park IH,et al.,(2007).Nature 451:141-146.)。また、c-Mycの遺伝子導入をせずにOct-4、Sox2およびKlf4の3因子だけでも、低効率ながらマウスおよびヒトにおいてiPS細胞の樹立が可能であることが示されており、iPS細胞が癌細胞に変化するのを抑えるのに成功していることから、本発明においてこれを利用することもできる(Nakagawa M,et al.,(2008).Nat Biotechnol 26:101-106.;Wering M,et al.,(2008).Cell Stem Cell 2:10-12)。
【0114】
本発明で得られる目的臓器は、完全に前記異個体哺乳動物由来のものであることが特徴である。従来の方法では、キメラのものが再生されていた。理論に束縛されることは望まないが、欠損する遺伝子の発生過程における機能、特に臓器形成過程における各臓器の幹/前駆細胞の分化・維持に必須な転写因子であったことが原因であると考えられる。iPS細胞を使用することができる。iPS細胞の作製は上記したとおりである。なお、Nanog-iPSと呼ばれるiPS細胞株の場合は、マーキングがなされていないため、キメラ作製に用いた場合宿主の胚側と区別する術がなく、臓器の補充がなされたか識別できない。したがって、これを解決するために、このNanog-iPS細胞株に蛍光色素の導入をすることにより、上記ES細胞の場合と同様のプロトコールで実験をすることができる。そして、以上のような細胞を用いれば、ES細胞を用いた場合と同様のプロトコールで臓器を作り、その由来を明らかにすることが可能となる。
【0115】
本発明はまた、本発明の方法によって生産された哺乳動物を提供する。このような目的臓器を有する動物は、従来生産することができなかったことから、動物自体にも発明としての価値があると考えられる。理論に束縛されることは望まないが、このような動物がこ
れまで作製することができなかったのは、遺伝子欠損により示される欠損臓器が生存に必須であり、それらを救済する方法が存在しなかったことが原因であると考えられる。
【0116】
本発明はさらに、発生段階において目的臓器の発生が生じない異常を有する非ヒト哺乳動物の、目的臓器の製造のための使用も提供する。このような用途で宿主細胞を使用することは従来十分に想定されていなかった。したがって、このような動物自体にも発明としての価値があると考えられる。理論に束縛されることは望まないが、このような動物がこれまで作製することができなかったのは、遺伝子欠損により示される欠損臓器が生存に必須であり、性成熟に達する週齢まで目的個体の維持が不可能であったことが原因であると考えられる。
【0117】
(種々の動物を使用する場合の留意点)
マウス以外の動物を使用する場合は、以下の点に留意することで、本明細書の実施例に記載した手法を応用して実施することができる。たとえば、他種の動物におけるキメラ作製に関して、マウス以外の種ではキメラ形成能をもつような多能性幹細胞樹立の報告よりは、胚もしくは胚の中でもES細胞の起源となる内部細胞塊を注入したキメラの報告(ラット:(Mayer,J.R.Jr.&Fretz,H.I.The culture of preimplantation rat embryos and the production of allophenic rats.J.Reprod.Fertil.39,1-10(1974));ウシ:(Brem,G.et al.Production of cattle chimerae through embryo microsurgery.Theriogenology.23,182(1985));ブタ:(Kashiwazaki N et al.,Production of chimeric pigs by the blastocyst injection method,Vet.Rec.130,186-187(1992)))が多いが、内部細胞塊を注入したキメラを用いても、本明細書に記載した方法を応用することができる。これらのように内部細胞塊を用いることで欠損動物の失われた臓器を補うことは事実上可能である。すなわち、たとえば、上記細胞をいずれも胚盤胞までin vitroで培養し、得られた胚盤胞から内部細胞塊を物理的に一部剥離し、それを胚盤胞へインジェクションすることができる。途中の8細胞期あるいは桑実胚同士を凝集させキメラ胚を作製することができる。
【0118】
(一般技術)
本明細書において用いられる分子生物学的手法、生化学的手法、微生物学的手法は、当該分野において周知であり慣用されるものであり、例えば、Sambrook J.et
al.(1989).Molecular Cloning:A Laboratory Manual,Cold Spring Harborおよびその3rd Ed.(2001);Ausubel,F.M.(1987).Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates and Wiley-Interscience;Ausubel,F.M.(1989).Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates and Wiley-Interscience;Innis,M.A.(1990).PCR Protocols:A Guide to Methods and Applications,Academic Press;Ausubel,F.M.(1992).Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates;Ausubel,F.M.(1
995).Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates;Innis,M.A.et al.(1995).PCR Strategies,Academic Press;Ausubel,F.M.(1999).Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Wiley,and annual updates;Sninsky,J.J.et al.(1999).PCR Applications:Protocols for Functional
Genomics,Academic Press、別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社、1997などに記載されており、これらは本明細書において関連する部分(全部であり得る)が参考として援用される。
【0119】
人工的に合成した遺伝子を作製するためのDNA合成技術および核酸化学については、例えば、Gait,M.J.(1985).Oligonucleotide Synthesis:A Practical Approach,IRLPress;Gait,M.J.(1990).Oligonucleotide Synthesis:A Practical Approach,IRL Press;Eckstein,F.(1991).Oligonucleotides and Analogues:A Practical Approac,IRL Press;Adams,R.L.et
al.(1992).The Biochemistry of the Nucleic Acids,Chapman&Hall;Shabarova,Z.et al.(1994).Advanced Organic Chemistry of Nucleic Acids,Weinheim;Blackburn,G.M.et al.(1996).Nucleic Acids in Chemistry and Biology,Oxford University Press;Hermanson,G.T.(I996).Bioconjugate Techniques,Academic Pressなどに記載されており、これらは本明細書において関連する部分が参考として援用される。
【0120】
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
【0121】
以上、本発明を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本発明を限定する目的で提供したのではない。従って、本発明の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例0122】
本実施例では、動物愛護の精神にのっとり、東京大学において規定される動物の取り扱いに関する規準に基づいて、以下の実験を行った。
【0123】
(iPS細胞の調製例)
本発明者らは、誘導型多能性幹(iPS)細胞は3因子(Klf4、Sox2、Oct3/4)でGFPトランスジェニックマウスの尻尾より採取した繊維芽細胞を使って生産した。そのプロトコールは以下のとおりである。そのスキームは
図1および詳細には
図2aに示した。
【0124】
(GFPマウス尻尾由来繊維芽細胞(Tail tip fibroblast:TTF)の樹立)
GFPトランスジェニックマウスより尻尾を約1cm採取し、皮を剥ぎ2~3片に刻んだ。それをMF-start medium(TOYOBO,日本)中に置き、5日間培養した。そこで出現してきた繊維芽細胞を新たな培養皿に撒きなおし数継代し、これを尻尾由来繊維芽細胞(TTF)とした。
【0125】
(+3因子(初期化因子)の導入)
目的遺伝子およびウイルスエンベロープタンパク質を導入し作製したウイルス産生細胞株(293gpもしくは293GPG細胞株)より上清を回収し、遠心濃縮後凍結保存しておいたウイルス液を前日に1×105細胞/6ウェルプレートになるよう継代したTTF細胞の培養液中に加え、これを3因子(初期化因子)の導入とした。
【0126】
(25~30日間のES細胞用培地での培養)
3因子(初期化因子)導入後、翌日ES培養用の培養液に置換し25~30日間培養した。この際、毎日培養液の置換を行った。
【0127】
(iPSコロニーのピックアップおよびiPS細胞株の樹立)
培養後出現してきたiPS細胞様コロニーをイエローチップ(たとえば、Watsonから入手可能)にてピックアップし、0.25%トリプシン/EDTA(Invitrogen社)で単一細胞にまでバラバラにし、新たに用意したマウス胎児繊維芽細胞(MEF)上に撒いた。
【0128】
(結果)
上記方法により樹立されたiPS細胞株は
図2b-fに示したようなiPS細胞としての特徴すなわち未分化性と全能性とを有していることが証明された。
【0129】
図2に上記実験の結果を示す。
図2bに示すように、樹立されたiPS細胞株2株について、その形態をカメラ付き顕微鏡にて撮影した。その条件は以下のとおりである。
【0130】
ピックアップ後のiPS細胞を継代後、ディッシュ上でセミコンフルエントになった段階で観察および撮影を行った。
【0131】
形態的にES細胞様の未分化コロニーを形成することがわかった。
【0132】
図2cに示すように、iPS細胞を蛍光顕微鏡下で撮影し、およびアルカリフォスファターゼ染色キット(Vector 社 Cat.No.SK-5200)により染色を施した。その条件は以下のとおりである。
【0133】
明視野像、GFP蛍光像をカメラを付属した顕微鏡にて観察・撮影後、培養液を除きリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄したiPS細胞の培養ディッシュに10%ホルマリン・90%メタノールからなる固定液を、添加し、1~2分固定処理を施した。これを洗浄液(0.1M Tris-HCl(pH9.5))で一度洗浄した後、上記キットの染色液を添加し、暗所にて15分間静置した。その後、再び洗浄液で洗浄後、観察・撮影した。
【0134】
図2cに示されるように、本実施例で作製したiPS細胞は、GFPマウス由来であるため、GFPを恒常的に発現し、未分化細胞に特徴的である高いアルカリフォスファターゼ活性を示すことがわかった。
【0135】
図2dに示すように、iPS細胞樹立の際にゲノムDNA上に挿入された3因子の同定のため、iPS細胞よりゲノムDNAを抽出し、PCRを行った。その条件は以下のとおりである。
【0136】
ゲノムDNAはDNA mini Kit(Qiagen社)を用い製造業者のプロトコールに従い、1x106個の細胞からDNAを抽出した。そのDNAを鋳型とし、以下のプライマーを用いPCRを行った。
Oct3/4
Fw(mOct3/4-S1120): CCC TGG GGA TGC TGT GAG CCA AGG(配列番号1)
Rv(pMX/L3205): CCC TTT TTC TGG AGA CTA AAT AAA(配列番号2)
Klf4
Fw(Klf4-S1236): GCG AAC TCA CAC AGG CGA GAA ACC(配列番号3)
Rv(pMXs-AS3200): TTA TCG TCG ACC ACT GTG
CTG CTG(配列番号4)
Sox2
Fw(Sox2-S768): GGT TAC CTC TTC CTC CCA CTC CAG(配列番号5)
Rv(pMX-AS3200): 上記と同じ(配列番号4)
c-Myc
FW(c-Myc-S1093): CAG AGG AGG AAC GAG CTG
AAG CGC(配列番号6)
Rv(pMX-AS3200): 上記と同じ(配列番号4)
その結果
図2dに示されるように、3因子の挿入が確認された。
【0137】
図2eに示すように、ES細胞に特徴的な遺伝子発現パターンおよび導入された遺伝子の発現を逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)法により確認した。その条件は以下のとおりである。
【0138】
1x105個のGFP陽性細胞をフローサイトメーターを用いTrizol-LS Reagent(invitrogen社)に分取し、そこから抽出したmRNAよりThermoScript RT-PCR Systemキット(invitrogen社)を用い付属のプロトコールに従いcDNA合成をおこなった。合成されたcDNAを鋳型としPCR反応を行った。用いたプライマーはトランスジーンの発現(図中Tgと表記)は上記
図2dと同様のプライマー、それ以外の遺伝子発現についてはTakahashi
K & Yamanaka Sの報告(Cell 2006 Aug 25;126(4):652-5.)等に基づきプライマーを合成したものを用いた。
【0139】
図2eに示すように、いずれの株もES細胞とほぼ同様の発現パターンを示し、また導入された遺伝子(Tg)はiPS細胞の高い遺伝子サイレンシング活性によりその発現が抑えられていることがわかった。
【0140】
図2fに示すように、樹立されたiPS細胞を胚盤胞に注入し、キメラマウスを作製した。その条件は以下のとおりである。
【0141】
PMSGおよびhCGホルモンの投与により過排卵誘起処理を施したBDF1系統のマウス(♀,8週齢)より採取した卵子とC57BL/6由来の精子を用いインビトロ受精(IVF;in vitro fertilizaiton)を行い、受精卵を得た。それを8細胞期/桑実胚まで培養した後、凍結保存し、胚盤胞注入を行う前日に起こした。iPS細胞はセミコンフルエントになったものを0.25% Trypsin/EDTAにより剥がし、注入用にES細胞培養液に縣濁した。胚盤胞注入は胚盤胞補完での手法同様に顕微鏡下でマイクロマニピュレーターを用いて行い、注入後の培養を経て、ICR系統の仮親子宮に子宮移植を施した。解析では、胎生13日目および出生後1日目に蛍光実体顕微鏡下で観察および撮影した。
【0142】
図2fに示されるように、胎児期および新生児期でiPS細胞由来の細胞(GFP陽性)が確認でき、樹立されたiPS細胞株が高い多分化能を有していることが示唆される。
【0143】
(実施例1)
本実施例では、ファウンダー動物としてマウスを選び、欠損させるべき臓器として膵臓を選択した。さらに、膵臓欠損を特徴とするノックアウトマウスを作製するためにPdx1遺伝子を用いた。
【0144】
(使用したマウス)
膵臓欠損を特徴とするノックアウトマウスとして、Pdx1wt/LacZおよびPdx1LacZ/LacZ(ファウンダー)を使用した。Pdx1遺伝子ローカスにLacZ遺伝子をノックイン(ノックアウトでもある)したマウス(Pdx1-LacZノックインマウス)由来胚盤胞を使用した。
【0145】
(Pdx1-LacZノックインマウス)
コンストラクト作製に関しては詳しくは既報の論文(Development 122,983-995(1996))に基づいて作製することができる。簡単には、以下のとおりである。相同領域のアームはPdx1領域を含むλクローンよりクローニングしたものを使用することができる。本実施例では、京都大学大学院医学研究科腫瘍外科学研究室川口義弥先生より供与されたものを使用した。
【0146】
(トランスジェニック・ノックインの手法:Pdx1-LacZノックインマウス)
上記のコンストラクトを上記のように調製したiPS細胞にエレクトロポレーションで導入しポジティブ/ネガティブ選択後、サザンブロティングによりスクリーニングし、得られたクローンを胚盤胞注入しキメラマウスを作製した。その後生殖系列にのったラインを確立し、遺伝的な背景をC57BL/6系統にバッククロスさせて作製することができる。
【0147】
(ファウンダーマウス)
(使用したマウス)
膵臓欠損を特徴とするトランスジェニックマウスとして、Pdx1プロモーター領域下にHes1遺伝子を繋げたコンストラクトをマウス前核期卵に注入し作製したマウス(Pdx1-Hes1マウス)を用いる。コンストラクト作製に関して既報の論文(Diabetologia 43,332-339(2000))で使用されたPdx1プロモーター領域を含むコンストラクトのPax6遺伝子部にHes1遺伝子(NCBIアクセッションNo.NM_008235のmRNA)を挿入し作製することができる。
【0148】
(トランスジェニックの手法)
上記のコンストラクトをC57BL6マウスおよびBDF1マウス(日本SLC株式会社より購入)を交配して得られた前核期卵にマイクロインジェクターを用いて注入し、仮
親へ移植してトランスジェニックマウスを作製する。
【0149】
Pdx1(特に胎生期の膵臓で発現)のプロモーター下で発現するHes1の発現量に依存して膵臓の形成度合が異なる。発現が高い(=コピー数が多い)と膵臓の欠損を示す。Pdx1-Hes1トランスジェニックの胚盤胞補完による膵臓再生を示す。同マウスを用いてiPS細胞由来の膵臓を作ることが可能である。
【0150】
このことからPdx1ノックアウトマウス同様にこのようにして作製されたトランスジェニックマウスも膵臓を補うことが可能であることが実証される。
【0151】
(ファウンダートランスジェニックマウスの作製)
上記トランスジェニックマウスは出生後に死んでしまうことが知られているため、このようなマウスのファウンダーを作製する。
【0152】
簡単に説明すると、Pdx1-Hes1トランスジーンを注入した胚を胚盤胞まで培養しそこに、マイクロマニピュレーターを用いて顕微鏡下でiPS細胞等を注入することで、膵臓の欠損を補う。この際のiPS細胞にはノックアウトの項と同様にGFP等でマーキングしたものを使用する。これと同等のマーキングされたiPS細胞等を用いてもよい。注入後の胚は仮親の子宮へ移植し、産仔を得ることができる。このようにトランスジーンを導入した胚にiPS細胞を注入するという2重の胚操作を適用することで、1世代目のトランスジェニックから膵臓を補うことが可能となり、それらが次世代へ膵臓欠損という表現型を伝搬できるファウンダー動物となり得る。
【0153】
(交配)
次に、本実施例では、こうして樹立されたマウスのヘテロマウス同士を交配し、使用した。上記ノックインマウスに関してはホモでの維持ができない(出生後1週間程度で死んでしまう)ため、Pdx1wt/LacZおよびPdx1LacZ/LacZ(ファウンダー)同士を交配し胚を回収することとした。
【0154】
(マウスの維持手順および確認)
胚盤胞に上記iPS細胞をマイクロマニピュレーターを用いて顕微鏡下で注入した(
図1 iPS細胞の胚盤胞注入)。従来の方法では、GFPでのマーキングすることが必要であったが、今回はあらかじめGFPマウスの体細胞からiPS細胞を樹立したのであとからマーキングする必要はなく、そのまま使用した。もちろん、これと同等のマーキングされた他のiPS細胞等を用いてもよい。注入後の胚は仮親の子宮へ移植し、産仔を得た。
【0155】
産仔はノックインマウスであればホモになる確率が1/4となるため目的の“膵臓欠損+iPS細胞由来の膵臓”というマウスがどれかを判定することが必要となる。そのため、両者とも血液および組織の細胞を採取し、フローサイトメーターによりGFP陰性を示す細胞(iPS細胞由来ではなく、注入された胚由来の細胞)を分取し、ゲノムDNAを抽出、PCR法により遺伝子型を検出することで当たりのマウスを判定した。用いたプライマーは以下の通りである。
フォワード(Fw):ATT GAG ATG AGA ACC GGC ATG(配列番号7)
リバース1(Rv1):TTC AAC ATC ACT GCC AGC TCC(配列番号8)
リバース(Rv2):TGT GAG CGA GTA ACA ACC(配列番号9)。
【0156】
この方法で作製した場合、ヘテロ同士の交配であるためその仔はメンデル遺伝の法則に従い、野生型:ヘテロ:KO=1:2:1であると予想される。したがって、そのうちのKO個体を特定するため、このように末梢血中の宿主由来の細胞を用いた遺伝子型の解析を行いその遺伝子型を特定する。
【0157】
補われた臓器が正常に機能しているかどうかを確認する最初のステップとして膵臓の形態観察が容易な新生児期において機能マーカーの発現解析を行う。
【0158】
新生児期で解剖したマウス膵臓より作製した凍結切片に免疫染色を施した像を示す。抗体として内分泌組織の指標として抗インスリン抗体(株式会社ニチレイバイオサイエンスより購入cat.#422421)を用いて染めたものを示す。このほかに、外分泌組織の指標として抗α-アミラーゼ抗体(SIGMA社より購入cat.#A8273)、抗グルカゴン抗体(株式会社ニチレイバイオサイエンスより購入cat.#422271)、抗ソマトスタチン抗体(株式会社ニチレイバイオサイエンスより購入cat.#422651)、膵管の指標としてDBA-Lectin(Vector社より購入cat.#RL-1032)をそれぞれ染め分けることもできる。インスリンが陽性であることから、他の抗体での染色をしなくても補われた膵臓は正常に機能していることが理解される。
【0159】
この結果からほぼすべての機能マーカーの発現が認められ、生存に事足りる正常な機能を持っていると考えられる。
【0160】
次に、補われた臓器が正常に機能しているかどうかを確認する次のステップとして成体マウスにて血糖値の測定を行う。
【0161】
血糖値を指標とした膵臓補完マウスにおける膵機能評価の結果を参酌することができる。定常状態における血糖値で、成熟した膵臓補完マウスの血糖値をメディセーフミニGR-102(TERUMO社より購入)により測定した値の平均および標準偏差を参酌することができる。コントロールとしてPdx1アレルをヘテロにもつキメラマウスおよび、膵臓機能の低下したSTZ-DMモデルの値を使用しうる。また糖負荷後の血糖値の変遷を同メディセーフミニにより測定した結果を参酌することができる。これらの結果は血糖調節能の正常性を示し、作製された膵臓補完マウスがファウンダーとして用いる際にも長期に生存可能であることを示唆している。
【0162】
すなわち、糖負荷後、一度上昇した血糖値もコントロールとして用いたヘテロ(+/-)キメラと同様に正常値に戻ることから、作製されたKOキメラ(ファウンダー)は糖尿病などの症状を示さず、長期生存の可能性が示すことができる。
【0163】
次に、ファウンダーマウスとして次世代にその表現型を伝搬することが可能かどうかを、ヘテロ個体との交配により得られた産仔より明らかにしようと試みた。得られた産仔の尻尾よりゲノムDNAを抽出し、(マウスの維持手順および確認)の項で用いたプライマーを使ったPCRを行った。その結果ヘテロもしくはノックアウト個体しか得られないことが明らかとなり、このことはファウンダーがノックアウト個体で、次世代にその表現型を伝えることができるということを強く示唆している。
【0164】
すなわち、ノックアウト(KO)とヘテロマウスの交配のため理論上メンデル遺伝の法則に従い1/2の確率でKOもしくはヘテロ個体になるはずであり、そのとおりの結果が示された。
【0165】
このことから例えば膵臓を補ったKO同士の交配であれば100%次世代でKO個体を
得ることが可能となり、KO個体を使った解析がとても行いやすくなると考えられる。
【0166】
(キメラの確認)
キメラは毛の色で判断することができる。ドナーのiPS細胞はGFPトランスジェニックマウス由来、宿主の胚は野生型であるC57BL6xBDF1(黒)由来であるので、GFPの蛍光により判断することができる。トランスジェニックの判定は、尻尾から抽出したゲノムDNAのPCRによりトランスジーンを検出することによって行う。
【0167】
産仔はトランスジェニックであればトランスジーンが次世代に伝わる確率は1/2となるため目的の“膵臓欠損+iPS細胞由来の膵臓”というマウスがどれかを判定することが必要となる。そのため野生型マウスと交配させ、トランスジーンの伝搬を産仔の尻尾から抽出したゲノムDNAを用い、PCR法により遺伝子型を検出することで確認するとともに、それら産仔の膵臓の形態を観察した。PCRには以下のプライマーセットを用いる。
フォワード(Fw):TGA CTT TCT GTG CTC AGA GG(配列番号10)
リバース(Rv):CAA TGA TGG CTC CAG GGT AA(配列番号11)。
【0168】
使用したフォワードプライマーはPdx1プロモーター領域に対応するヌクレオチド配列に対してはハイブリダイズするように作製されており、リバースプライマーはHes1
cDNA(アクセッションNo.がNM_008235のmRNA)ヌクレオチド配列に対してハイブリダイズするように作製されている。このようなPdx1プロモーターとHes1 cDNAが近傍に存在することは野生型マウスでは起こり得ないため、これらのプライマー用いたPCRにより、トランスジーンを効率的に検出することが可能である。
【0169】
以上の実験より、次世代で膵臓欠損を起こすことが可能であるファウンダーマウスであることが示唆される結果が得られる。
【0170】
このような方法をマウスに限らずその他大型動物等に適用することで、致死性の表現型を持つトランスジェニック動物およびノックアウト動物をより効率的に生産可能となるはずである。
【0171】
作製したトランスジェニックかつキメラであった個体を野生型と交配する。産仔の膵臓の形態解析、あるいはゲノムDNAのPCRにより、膵欠損という表現型が次世代に伝わるかを明らかにする。もしトランスジェニック-キメラがファウンダーになりうるなら次世代で膵臓を欠損したマウスが産まれてくることになる。次世代で膵臓を欠損させることに成功したものを選択することができる。このようなマウスは作製段階で膵臓を補われたため出生後の正常性を示したことが示される。このようにトランスジェニックを用いても臓器欠損マウスのような胎生期および出生直後に死んでしまうようなマウスを効率的に生産できるファウンダーを用いてiPS細胞とともに臓器再生を実現することができる。
【0172】
以上から、iPS細胞を用いてHES-1の強制発現により膵臓ができなくなるようにした物を含むマウスであっても、Pdx-1ノックアウトマウスであっても、臓器不全動物の死を胚盤法補完によりレスキューしてファウンダーとして使用することができることが示されたことになる。
【0173】
(膵臓の再生)
図3には、膵臓の再生を示す。ここでは、出生後5日目の新生児を顕微鏡下で解剖し、
膵臓を露出した。それを蛍光顕微鏡下で観察および撮影した。その結果の写真が
図3に示されている。
【0174】
(iPS細胞由来膵臓の形態)
図4には、iPS細胞由来膵臓の形態を示す。ここでは、iPS細胞由来の膵臓の凍結切片標本を作製し、核染色としてDAPIおよび抗GFP抗体、抗インスリン抗体による染色を施し、正立蛍光顕微鏡および共焦点レーザー顕微鏡により観察、撮影した。
【0175】
図3および
図4より形態的には胚盤胞補完が成立していると考えられる。
【0176】
図5に宿主マウスの遺伝子型判定の方法を示す。
図3で示した同マウスから骨髄細胞を採取し、フローサイトメーターによりGFP陰性の造血幹/前駆細胞(c-Kit+,Sca-1+,Linage marker-:KSL細胞)を分取し、1細胞ずつ96ウェルプレートに落とした。これをサイトカイン添加条件下で12日間培養しコロニーを形成させ、それらからゲノムDNAを抽出し、遺伝子型判定に用いた。これにより遺伝子サイレンシングによりGFPの発現が消失した細胞がGFP-側に含まれていたとしても1個の細胞由来のクローナルな遺伝子判定が可能であり、宿主の細胞、遺伝子サイレンシングを起こした細胞を簡便に区別することができる。なお、
図5での実験は、胚盤胞補完の確立の裏付け(臓器の空き(=ノックアウト(KO))であったためこれが起こったか)を確認する実験として、遺伝子型解析によりKOであることを念のため確認するために、遺伝子サイレンシングの影響を考慮した上で、単一細胞からの遺伝子型判定を行った(
図5)。a.はそのストラテジー、b.は培養後形成されたコロニー像、c.は判定結果をそれぞれ示す。
【0177】
(考察)
以上のように、iPS細胞は3因子(Klf4、Sox2、Oct3/4)でGFPトランスジェニックマウスの尻尾より採取した繊維芽細胞を使って独自に作製したものでの臓器再生が実証された。Pdx1ノックアウトマウスはhomoとheteroを掛け合わせたので50%の確立でhomoの膵臓欠損マウスが生まれてくるはずであり、これが実証されたことになる。そして、
図4に示すiPS細胞由来膵臓の形態、および
図5に示すようにGFP陽性細胞、GFP陰性細胞を分離回収してPCRを行った結果から、50%の確立でhomoの膵臓欠損マウスが生まれてくるはずであり、これが実証されたといえる。
【0178】
(STZ誘発糖尿病マウスへのiPS由来の膵島の移植)
(使用したマウス)
使用したC57BL/6マウス、BDF1マウス、DBA2マウスおよびICRマウスは、日本SLC株式会社より購入した。Pdx1ヘテロ接合性(Pdx1(+/-))マウス(京都大学大学院医学研究科川口義弥先生およびVanderbilt UniversityのDr.Wrightより供与)を、DBA2マウスまたはBDF1マウスと交配させた。C57BL/6マウスは、ストレプトゾトシン(STZ)誘発糖尿病モデルのドナーに使用した。16~20時間の絶食の後にSTZ(200mg/kg)を静脈内投与し、そして、このSTZ注射から1週間後に、血中グルコースレベルが400mg/dLを超えたマウスを高血糖糖尿病マウスとみなした。
【0179】
(mES/miPS細胞の培養)
未分化のマウス胚性幹(mES)細胞(G4.2)を、ゼラチンコートディッシュにおいて、10%胎仔ウシ血清(FBS;ニチレイバイオサイエンス製)、0.1mM 2-メルカプトエタノール(Invitrogen,San Diego,CA)、0.1mM 非必須アミノ酸(Invitrogen)、1mM ピルビン酸ナトリウム(Inv
itrogen)、1% L-グルタミン ペニシリン ストレプトマイシン(Sigma)および1000U/mlの白血病抑制因子(LIF;Millipore,Bedford,MA)を補充したGlasgow改変イーグル培地(GMEM;Sigma,St.Louis,MO)中で、フィーダー細胞なしで維持した。このG4.2細胞(RIKEN CDBの丹羽仁史先生より供与)は、EB3 ES細胞に由来し、そして、CAG発現ユニットの制御下で改良型緑色蛍光タンパク質(EGFP)遺伝子を持つ。EB3
ES細胞は、E14tg2a ES細胞(Hooper M.et al.,1987)に由来する下位系統の細胞であり、Oct-3/4プロモーター制御下で薬剤耐性遺伝子であるブラストサイジンを発現するように構築したOct-3/4-IRES-BSD-pAベクターの組み込みを、Oct-3/4対立遺伝子に標的化することによって樹立されたものである(Niwa H.et al.,2000)。
【0180】
未分化のマウス人工多能性幹(miPS)細胞(GT3.2)を、15%ノックアウト血清代替添加物(KSR;Invitrogen)、0.1mM 2-メルカプトエタノール(Invitrogen)、0.1mM 非必須アミノ酸(Invitrogen)、1mM HEPES緩衝溶液(Invitrogen)、1% L-グルタミン ペニシリン ストレプトマイシン(Sigma)および1000U/mlの白血病抑制因子(LIF;Millipore)を補充したDulbecco改変イーグル培地(DMEM;Invitrogen)中で、マイトマイシン-C処理したマウス胎児繊維芽細胞(MEF)上に維持した。GT3.2細胞は、Klf4、Sox2、Oct3/4の3つの初期化因子をレトロウイルスベクターで導入した、オスのGFPトランスジェニックマウス(大阪大学の岡部勝先生より供与)の尾から採取した繊維芽細胞から樹立した。GT3.2細胞は、CAG発現ユニットの制御下で、EGFPをユビキタスに発現する。
【0181】
(胚の培養および操作)
Pdx1ヘテロ接合性(Pdx1(+/-))の異種交配胚の調製は、既報のプロトコール(Nagy A.et al.,2003)に従って行った。簡単に述べると、マウスの8細胞/桑実胚期の胚を、Pdx1異種接合性マウスの交配後2.5日の卵管および子宮から、M2培地(Millipore)中に採卵した。これらの胚をKSOM-AA培地(Millipore)滴中に移し、そして、胚盤胞期まで24時間培養した。
【0182】
胚操作のために、胚盤胞をM2培地を含む微小液滴中に移し、そして、mES/miPS細胞をトリプシン処理し、そして、その培養培地の微小液滴中に懸濁した。8細胞/桑実胚期で、胚をHEPES緩衝mES/miPS培養培地を含む微小滴内に移した。ピエゾ駆動のマイクロマニピュレーター(プライムテック製)を用いて、顕微鏡下で注意深く透明帯および栄養外胚葉に穴を開けた後、胚盤胞腔内の内部細胞塊(ICM)付近に、10~15個のmES/miPS細胞をインジェクションした。インジェクション後、胚を1~2時間KSOM-AA培地中で培養し、その後、2.5dpcの偽妊娠交配させた仮親メスICRマウスの子宮に胚移植した。
【0183】
(膵島の単離と移植)
コラゲナーゼ消化によって、iPS由来の膵臓を持つマウスから膵島を単離し、そして、フィコール勾配にて遠心分離を行ってこれらを分離した。簡単に述べると、10~12週齢の成体マウスを屠殺し、27Gのバタフライ針を用いて、胆管から、ハンクス平衡塩溶液(HBSS:Invitrogen)中2mg/mlのコラゲナーゼ(ヤクルト社製)による膵臓の灌流を行った。灌流した膵臓を切開し、37℃にて20分間インキュベートした。消化した画分をHBSSで2回洗浄し、そして、ストレーナーを用いて消化されなかった組織を除いた。HBSS中のFicoll PM400(GE-Healthcare,Stockholm,Sweden)を用いた密度勾配遠沈によって画分を分離し、そして、膵島が濃縮された画分を、10%FCSを含むRPMI培地(Invitr
ogen)中に回収した。直径がほぼ150μmを超える膵島を、ガラス製のマイクロピペットを用いて、顕微鏡下でチューブ内に回収した。
【0184】
150個の単離した膵島を、ガラス製のマイクロピペットを用いて、STZ誘発糖尿病マウスの腎臓被膜下に移植した。膵島の移植物が即座に失われることを防ぐために、移植後0日目、2日目および4日目に、報告された抗炎症促進性モノクローナル抗体のカクテル[抗マウスIFN-γモノクローナル抗体(mAb)(R4-6A2;ラットIgGκ:e-Bioscience)、抗マウスTNF-α mAb(MP6-XT3;ラットIgG1κ:e-Bioscience)、および抗マウスIL-1β mAb(B122;アメリカンハムスターIgG:e-Bioscience)を含有]を3回腹腔内投与した。
【0185】
(免疫組織化学)
膵島移植から2ヶ月後に、GFPの発現(移植された膵島を示す)を観察した。腎臓切片のHE染色およびDAPIによるGFP染色を行い、移植された膵島の存在を確認した。
【0186】
(血糖値のモニタリング)
絶食を行わなかったマウスの血糖値を、mAbを投与した時点、そして、膵島の移植から2ヶ月後まで、1週間おきに血液サンプルを採取して、血糖値をモニタリングした。血糖値は、メディセーフミニGP-102(TERUMO社より購入)を用いて測定した。また、膵島の移植から2ヶ月後にグルコース耐性試験(GTT)を行った。
【0187】
データを、
図5Aに示す。
図5Aでは、STZ誘発糖尿病マウスへのiPS由来の膵島の移植が示される。aおよびbは、膵島の単離を示す。iPS由来の膵臓を総胆管(a.矢印)からコラゲナーゼ灌流を行い、密度勾配遠沈後に、EGFPを発現するiPS由来の膵島を濃縮した(b)。cは、膵島移植から2ヶ月後の腎臓被膜を示す。EGFPを発現するスポット(矢印)が、移植された膵島である。dは、腎臓切片のHE染色(左パネル)およびDAPIによるGFP染色(右パネル)を示す。eは、STZ誘発糖尿病マウスへのiPS由来の150の膵島の移植を示す。矢印は、抗体カクテル(抗INF-γ、抗TNF-α、抗IL-1β)を投与した時点を示す。移植から2ヶ月後まで、1週間おきに、腹腔内の血糖値を測定した。iPS膵島を移植したSTZ誘発糖尿病マウスは、▲(黒三角)(n=6)で表し、iPS膵島を移植していないSTZ誘発糖尿病マウスは、■(黒四角)で表す。fは、膵島の移植から2ヶ月後のグルコース耐性試験(GTT)を示す。
【0188】
このように、
図5Aの結果から、iPS由来の膵島を移植することによって、糖尿病の症状が改善していることが示された。したがって、iPSを用いた臓器再生技術による治療効果が示されたことになる。
【0189】
(実施例2:腎臓の場合の例)
実施例1に準じて、腎臓の臓器再生を行った。
【0190】
本実施例においては、腎臓欠損を特徴とするノックアウトマウス中に、多能性細胞として上述のように作製したマウスiPS細胞を移植して、腎臓発生が生じるか否かを検討した。
【0191】
腎臓欠損を特徴とするノックアウトマウスとして、Sall1ノックアウトマウス(熊本大学発生医学研究センター、西中村隆一先生より供与)を使用した。Sall1遺伝子は、ショウジョウバエ(Drosophila)の前後方部位特異的ホメオティック遺伝
子spalt(sal)のマウスホモローグであり、アフリカツメガエルの前腎管誘導実験から、腎発生に重要であることが示唆された、1323アミノ酸残基のタンパク質をコードする3969bpの遺伝子である(Nishinakamura,R.et al.,Development,Vol.128,p.3105-3115,2001、東大浅島研究室)。このSall1遺伝子は、マウスにおいて、腎臓のほか、中枢神経、耳胞、心臓、肢芽、肛門において発現局在していることが報告された(Nishinakamura,R.et al.,Development,Vol.128,p.3105-3115,2001)。
【0192】
このSall1遺伝子のノックアウトマウス(C57BL/6系統にバッククロス(戻し交配)し解析)は、Sall1遺伝子のエキソン2以降を欠損することにより、分子内に存在していた10個全てのzinc-フィンガードメインを欠損しており、その欠損の結果、後腎間葉への尿管芽の陥入が起こらず、腎臓形成初期の異常が生じていると考えられている(正常個体、Sall1ノックアウトマウス)。
【0193】
実験で使用するSall1ノックアウトマウスの遺伝子型判定は、
図5に示す宿主マウスの遺伝子型判定の方法と同様にして行った。マウス骨髄細胞を採取し、フローサイトメーターによりGFP陰性の造血幹/前駆細胞(c-Kit+,Sca-1+,Linage marker-:KSL細胞)を分取し、1細胞ずつ96ウェルプレートに落とした。これをサイトカイン添加条件下で12日間培養しコロニーを形成させ、それらからゲノムDNAを抽出し、遺伝子型判定に用いた。なお、胚盤胞補完の確立の裏付け(臓器の空き(=ノックアウト(KO))であったためこれが起こったか)を確認する実験として、遺伝子型解析によりKOであることを念のため確認するために、単一細胞からの遺伝子型判定を行った。
【0194】
遺伝子型判定に用いたプライマーは以下の通りである。
注入された胚由来(すなわち宿主)同定用のフォワードプライマー:
mutant検出用:AAG GGA CTG GCT GCT ATT GG(配列番号12)
wild type検出用:GTA CAC GTT TCT CCT CAG GAC(配列番号13)
注入された胚由来(すなわち宿主)同定用のリバースプライマー:
mutant検出用:ATA TCA CGG GAT GCC AAC GC(配列番号14)
wild type検出用:TCT CCA GTG TGA GTT CTC TCG(配列番号15)。
【0195】
この方法で作製した場合、ヘテロ同士の交配であるため、その仔はメンデル遺伝の法則に従い、野生型:ヘテロ:KO=1:2:1であると予想される。したがって、そのうちのKO個体を特定するため、このように骨髄細胞を用いた遺伝子型の解析を行い、その遺伝子型を特定した(
図6)。#3のマウスがSall1ホモKOマウスであったことが分かる。
【0196】
このような遺伝子型決定を行うことにより、キメラ個体での遺伝子型決定が可能であることを確認することができる。
【0197】
上記遺伝子型決定にてホモ接合体(Sall1(-/-))またはヘテロ接合体(Sall1(+/-))と決定された出生後1日のマウス産仔個体の腎臓形成について調べると、ヘテロ接合体(Sall1(+/-))においては腎臓が形成されており、ホモ接合体(Sall1(-/-))においては、腎臓が全く形成されていないことを示すことが
できる。
【0198】
Sall1遺伝子ノックアウトマウスのヘテロ接合体個体(Sall1(+/-))のオスとメスとを交配し、胚盤胞期受精卵を子宮還流法により採取した。このようにして得られた胚盤胞期受精卵の遺伝子型は、ホモ接合体(Sall1(-/-)):ヘテロ接合体(Sall1(+/-)):野生型(Sall1(+/+))=1:2:1の比率で出現することが予想される。
【0199】
採取した胚盤胞期受精卵に、上述のGFPマーキングされたiPS細胞を、1胚盤胞あたり15細胞、マイクロインジェクションにより注入し、仮親(ICRマウス、日本エスエルシー株式会社より購入)の子宮に戻した。
【0200】
上記遺伝子型決定にてホモ接合体(Sall1(-/-))であることが確認できた新生仔のキメラ個体には、腎臓が後腹膜領域に存在することを確認することができた。これらの形成された腎臓は、蛍光実体顕微鏡下で観察すると、GFPの陽性所見を確認することができた(
図6)。これは、ホモ接合体(Sall1(-/-))では、腎臓が胚盤胞期受精卵の内腔に移植したマウスiPS細胞のみに由来していることを示す。一方、ヘテロ接合体(Sall1(+/-))の個体では、腎臓がヘテロ接合体(Sall1(+/-))の個体由来の細胞と移植したiPS細胞由来の細胞のキメラにより構成されているため、GFPの蛍光並びに抗GFP抗体を用いた免疫組織化学由来の蛍光の両方ともに陽性の細胞像を得ることによって確認することができた。
【0201】
ホモ接合体(Sall1(-/-))胚盤胞期受精卵にiPS細胞を移植した結果得られた腎臓の組織学的解析では、係蹄腔内に赤血球を含む成熟機能糸球体、成熟尿細管構造が観察でき、抗GFP抗体を用いた免疫組織化学解析でそれら成熟細胞のほとんどがGFP陽性であることを確認することができる。
【0202】
以上により、上述した方法により作出されたキメラSall1ノックアウトマウス(Sall1(-/-))において、産仔個体中で形成された腎臓が、Sall1ノックアウトマウス(Sall1(-/-))胚盤胞期受精卵の内腔に移植されたiPS細胞から形成されたものであることを確認することができる。
【0203】
(実施例3:毛欠損マウス系統における毛発生)
毛に関してはヌードマウス由来の胚盤胞を使用して、多能性幹細胞として上記で生産したマウスiPS細胞を移植して、毛発生が生じるか否かを検討した。
【0204】
(使用したマウス)
使用したマウスは、ヌードマウスであり、日本SLC株式会社より入手した。使用したヌードマウスは近交系DDD/1系統マウスにBALB/cヌードのnu遺伝子を導入した際に作られた繁殖効率良かつ丈夫なヌードマウスである。
【0205】
胚盤胞にマウスiPS細胞をマイクロマニピュレーターを用いて顕微鏡下で注入した。このマウスiPS細胞はGFPを導入されたものを使用した。これと同等のマーキングされたマウスiPS細胞等を用いてもよい。注入後の胚は仮親の子宮へ移植し、産仔を得た。
【0206】
ヌードマウスは自然発症モデルであり、胸腺、毛の欠損が見られるものの生存・繁殖には何ら支障をきたさないことから、ヌードマウスどうしでの交配が可能となる。したがって、産仔もすべてヌードマウスとなるため遺伝子型の判定の必要はない。よって上記実施例のようなPCRでの検出による確認も不要である。
【0207】
毛が発生したかどうかを肉眼で確認した。これは、本発明の方法によってヌードマウスに毛が生えてくる実例である。この結果から、生えてきたものは、GFP陽性の毛であり、マウスiPS細胞を用いても毛が再生することができることを検証した。
【0208】
(まとめ)
以上から、本発明の方法を用いて、マウスiPS細胞でも毛を再生することができることが示された。
【0209】
(実施例4:胸腺欠損マウス系統における胸腺発生)
胸腺に関してはヌードマウス由来の胚盤胞を使用して、多能性細胞として上記で生産したマウスiPS細胞を移植して、胸腺発生が生じるか否かを検討した。
【0210】
(使用したマウス)
使用したマウスは、ヌードマウスであり、日本SLC株式会社より入手した。使用したヌードマウスは近交系DDD/1系統マウスにBALB/cヌードマウスのnu遺伝子を導入した際に作られた繁殖効率良かつ丈夫なヌードマウスである。
【0211】
(マウスの維持手順および確認)
胚盤胞にマウスiPS細胞をマイクロマニピュレーターを用いて顕微鏡下で注入した。このマウスiPS細胞はGFPを導入されている。これと同等のマーキングされたマウスiPS細胞等を用いてもよい。注入後の胚は仮親の子宮へ移植し、産仔を得た。本実施例では、実施例3において記載したように、ヌードマウスを使用したので、PCRによる確認は不要である。
【0212】
胸腺が発生したかどうかを示すために、CD4陽性、CD8陽性T細胞の染色を行った。これは、胸腺が存在すると成熟T細胞が分化誘導され、一方再生されない場合は、成熟T細胞が分化誘導されないので、存在しない。しかしヌードマウスの胚盤胞にGFPマーキングした正常iPS細胞を移入する(BC,胚盤胞補完)とGFP陰性T細胞(宿主のヌードマウス造血幹細胞由来)ならびにGFP陽性T細胞(iPS細胞由来)の両方が分化誘導されることから、胸腺がマウスiPS細胞によって構築されていることが機能的にも確認することができた。
【0213】
さらに、ヌードマウス、野生型マウス、およびキメラの本発明のマウスにおける胸腺の発達示すために、野生型マウスの胸腺の通常の写真および蛍光を当てたときの写真、ヌードマウスの胸腺の通常の写真および蛍光を当てたときの写真、上記のように胚盤胞補完して生産したキメラのマウスの胸腺の通常の写真および蛍光を当てたときの写真、このキメラマウスから取り出した胸腺に蛍光を当てた写真を撮影することによって確認した。胸腺が蛍光を示すことを確認することによって、マウスiPS細胞に由来する組織であることが証明された。
【0214】
(まとめ)
以上から、本発明の方法を用いて、マウスiPS細胞でも胸腺を再生することができることが示された。
【0215】
(実施例5)
本実施例では、ホスト動物として膵臓欠損を特徴とするPdx1ノックアウトマウスを、ドナー細胞として、上記調製例に準じて作製したラットのiPS細胞(EGFP+)を用い、異種間の胚盤胞補完を検討した。
【0216】
A.使用した動物
膵臓欠損を特徴とするノックアウトマウスとして、実施例1と同様に、Pdx1遺伝子ノックアウトマウスのヘテロ接合個体(Pdx1(+/-))、およびマウスiPS細胞により膵臓が補われたホモ接合個体(Pdx1(-/-):ファウンダー)を使用した。
【0217】
B.ラットiPS細胞の調製
1)ラットiPS細胞作製のためのベクターの構築
レンチウイルスベクターCS-CDF-CG-PREのマルチクローニングサイトにpTRE-Tight(clontech)由来のTRE、ユビキチンCプロモーター、pTet-on advanced(clontech)由来のtTA、pIRES2EGFP(clontech)由来のIRES2EGFPを5’側から順に組み込んだ。マウスOct4、Klf4およびSox2はそれぞれウイルス由来のF2A、T2Aで連結し、上記レンチウイルスベクターのTREとユビキチンCプロモーターの間に挿入し作製した(LV-TRE-mOKS-Ubc-tTA-I2G)。
【0218】
2)ラットiPS細胞の樹立
継代数5以内のウイスターラット胎児繊維芽細胞(E14.5)細胞を0.1%ゼラチンコーテイングしたディッシュに撒き、DMEM、15% FCS、1%ペニシリン/ストレプトマイシン/L-グルタミン(SIGMA)にて培養した。播種翌日、LV-TRE-mOKS-Ubc-tTA-I2G ベクターを使用し作成したレンチウイルスを培養液に加え、細胞へのウイルス感染を行った。24時間後に培地交換し、マイトマイシンC処理をしたMEFに撒き直し、1μg/ml ドキシサイクリン、1000U/ml ラットLIF(Millipore)添加DMEM、15% FCS、1% ペニシリン/ストレプトマイシン/L-グルタミンで培養した。翌日培地を交換し、無血清培地N2B27メディウム(GIBCO)に1μg/ml ドキシサイクリン、1000U/ml ラットLIF(Millipore)添加とした培地を1日おきに交換し、7日目からインヒビター(2i;3mM CHIR99021(Axon)、1mM PD0325901(Stemgent)、3i;2i+2mM SU5402(CalbioChem))を添加した。10日目以降に出現したコロニーをピックアップし、MEFフィーダー上に撒きなおした。このようにして樹立したriPS細胞は、3~4日に一度トリプシン-EDTAを用いて継代維持を行い、非ヒト哺乳動物の胚盤胞に移入した。
【0219】
C.異種間の胚盤胞補完
雄性のPdx1(-/-)マウスと雌性のPdx1(+/-)マウスとを交配させ、受精卵を子宮還流法により採取した。採取した受精卵をin vitroで胚盤胞期まで発生させ、得られた胚盤胞に、上述のEGFPマーキングされたラットiPS細胞を、1胚盤胞あたり10細胞、顕微鏡下でマイクロインジェクションにより注入した。これを擬似妊娠仮親(ICRマウス、日本エスエルシー株式会社より購入)の子宮に移植し、妊娠満期で開腹し、得られた新生児を解析した。
【0220】
蛍光実体顕微鏡下でEGFP蛍光を観察したところ、体表でのEGFP発現から、新生児個体番号#1、#2、#3はキメラであることがわかった。これらを開腹すると#1、#2ではEGFPを一様に発現する膵臓が見られた。一方、#3の膵臓は部分的にEGFPの発現を呈するが、モザイク状であった。また#4は#1~3と同腹仔であるが、体表でのEGFP蛍光が見られず、開腹すると膵臓を欠損していることから非キメラのPdx1(-/-)マウスであることが分かった(
図10)。
【0221】
また、これら新生児より脾臓を摘出し、そこから調整した血球細胞をマウスあるいはラットに対するCD45のモノクローナル抗体で染色し、フローサイトメーターにより解析した。その結果、個体番号#1~3ではマウスCD45陽性細胞とともに、ラットCD4
5陽性細胞が認められることから、それらは宿主マウスとラットiPS細胞由来の細胞が混在したマウス-ラット異種間キメラ個体であることが確認された。さらに、ラットCD45陽性細胞分画中の細胞はほぼすべてがEGFP蛍光を呈することから、ラットCD45陽性細胞はEGFPでマーキングしたラットiPS細胞由来の細胞である(
図10)。
【0222】
さらに、胚盤胞補完の確立の裏付け(臓器の空き(=ノックアウト(KO))であったためこれが起こったか)を確認する実験として、単一細胞からの遺伝子型解析により個体番号#1~#3の宿主マウスの遺伝子型がKOであることを念のため確認するために、上記のフローサイトメーターで解析した脾臓サンプルから、マウスCD45陽性細胞を回収してゲノムDNAを抽出し、遺伝子型判定に用いた。
【0223】
遺伝子型判定に用いたプライマーは以下の通りである:
注入された胚由来の細胞同定用フォワードプライマー:
mutant、wild type共通:ATT GAG ATG AGA ACC GGC ATG(配列番号16)
注入された胚由来の細胞同定用リバースプライマー:
mutant検出用:TTC AAC ATC ACT GCC AGC TCC(配列番号17)
wild type検出用:TGT GAG CGA GTA ACA ACC(配列番号18)。
【0224】
その結果、#1および#2においては変異型(mutant)のバンドのみが認められ、個体番号#3においては変異型、および野生型(wild type)両者のバンドが検出された。このことから、宿主マウスの遺伝子型は、#1および#2においてはPdx1(-/-)、個体番号#3においてはPdx1(+/-)であることがわかった(
図10A)。この結果から、本来膵臓が形成されるはずのないPdx1(-/-)マウスである#1、#2において、ラットiPS細胞をドナーとした異種間胚盤胞補完技術を適用することで、マウス個体内にラットの膵臓を構築することに成功した。
【0225】
(実施例6:マウス以外の動物を使用する例)
本実施例では、マウス以外の動物を使用する場合でも、臓器を製造することができることを実証する。マウス以外の種ではキメラ形成能をもつような多能性幹細胞樹立は、同様に、上記調製例に基づいてiPS細胞を生産し、キメラを生産することによって実施例1に準じて実施することができる。
【0226】
ここで、マウスの代わりに、たとえば、ラット、ブタ、ウシおよびヒトについても、実施例1に準じて、iPS細胞を生産することができる。
【0227】
たとえば、本実施例では、マウス以外の例として遺伝子改変動物の作製が可能とされる動物種(ラット(トランスジェニック)、ブタ(トランスジェニック、ノックアウト)、ウシ(トランスジェニック、ノックアウト)、でも実施例1を参酌して、同様の実験を行うことができると想定される。
【0228】
これにより、致死性遺伝子改変ファウンダーラット、ブタ、ウシ等の製造をすることができる。
【0229】
このように、ラット、ブタ、ウシを用いた場合でも、実施例1に準じて同様の実験を行うことができる。
【0230】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は
、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
配列番号1:Oct3/4用フォワードプライマー、Fw(mOct3/4-S1120):CCC TGG GGA TGC TGT GAG CCA AGG
配列番号2:Oct3/4用リバースプライマー、Rv(pMX/L3205):CCC
TTT TTC TGG AGA CTA AAT AAA
配列番号3:Klf4用フォワードプライマー、Fw(Klf4-S1236):GCG
AAC TCA CAC AGG CGA GAA ACC
配列番号4:Klf4、Sox2、c-Myc用リバースプライマー、Rv(pMXs-AS3200):TTA TCG TCG ACC ACT GTG CTG CTG
配列番号5:Sox2用フォワードプライマー、Fw(Sox2-S768):GGT TAC CTC TTC CTC CCA CTC CAG
配列番号6:c-Myc用フォワードプライマー、FW(c-Myc-S1093):CAG AGG AGG AAC GAG CTG AAG CGC
配列番号7 注入された胚由来の細胞同定用のフォワード(Fw)プライマー:ATT GAG ATG AGA ACC GGC ATG
配列番号8 注入された胚由来の細胞同定用のリバース1(Rv1)プライマー:TTC
AAC ATC ACT GCC AGC TCC
配列番号9 注入された胚由来の細胞同定用のリバース(Rv2)プライマー:TGT GAG CGA GTA ACA ACC
配列番号10 トランスジーン検出用フォワード(Fw)プライマー:TGA CTT TCT GTG CTC AGA GG
配列番号11 トランスジーン検出用リバース(Rv)プライマー:CAA TGA TGG CTC CAG GGT AA
配列番号12 注入された胚由来の細胞(mutant)検出用フォワードプライマー:AAG GGA CTG GCT GCT ATT GG
配列番号13 注入された胚由来の細胞(wild type)検出用フォワードプライマー:GTA CAC GTT TCT CCT CAG GAC
配列番号14 注入された胚由来の細胞(mutant)リバースプライマー:ATA TCA CGG GAT GCC AAC GC
配列番号15 注入された胚由来の細胞(wild type)検出用リバースプライマー:TCT CCA GTG TGA GTT CTC TCG
配列番号16 注入された胚由来の細胞検出用フォワードプライマー(mutant wild type共通):ATT GAG ATG AGA ACC GGC ATG
配列番号17 注入された胚由来の細胞(mutant)検出用リバースプライマー:TTC AAC ATC ACT GCC AGC TCC
配列番号18 注入された胚由来の細胞(wild type)検出用リバースプライマー:TGT GAG CGA GTA ACA ACC
発生段階において目的臓器または身体部分の発生が生じない異常を有する非ヒト哺乳動物の生体内において、該非ヒト哺乳動物とは異なる個体の異個体哺乳動物由来の該目的臓器または身体部分を製造する方法であって、
a)該異個体哺乳動物由来の誘導型多能性幹細胞(iPS細胞)を調製する工程;
b)該非ヒト哺乳動物の胚盤胞期の受精卵中に、該細胞を移植する工程;
c)該受精卵を非ヒト仮親哺乳動物の母胎中で発生させて、産仔を得る工程;および
d)該産仔個体から、該目的臓器または身体部分を取得する工程
を含み、
前記iPS細胞と前記非ヒト哺乳動物とが異種の関係のものである、
目的臓器または身体部分を製造する方法。