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特開2022-94503インプラント材、及びインプラント材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022094503
(43)【公開日】2022-06-27
(54)【発明の名称】インプラント材、及びインプラント材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/28 20060101AFI20220620BHJP
   C11C 3/00 20060101ALI20220620BHJP
   A61L 27/06 20060101ALI20220620BHJP
   A61L 27/18 20060101ALI20220620BHJP
   A61L 27/24 20060101ALI20220620BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20220620BHJP
   A61L 27/34 20060101ALI20220620BHJP
   A61L 27/22 20060101ALI20220620BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20220620BHJP
   A61P 19/08 20060101ALI20220620BHJP
   A61P 21/00 20060101ALI20220620BHJP
   A61L 27/54 20060101ALN20220620BHJP
【FI】
A61L27/28
C11C3/00
A61L27/06
A61L27/18
A61L27/24
A61L27/40
A61L27/34
A61L27/22
A61P29/00
A61P19/08
A61P21/00
A61L27/54
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020207430
(22)【出願日】2020-12-15
(71)【出願人】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000497
【氏名又は名称】弁理士法人グランダム特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】笠原 真二郎
(72)【発明者】
【氏名】廣部 由紀
(72)【発明者】
【氏名】戸井田 力
【テーマコード(参考)】
4C081
4H059
【Fターム(参考)】
4C081AB04
4C081AB18
4C081BA12
4C081CA181
4C081CD112
4C081CD121
4C081CE02
4C081CE05
4C081CG02
4C081DA02
4C081DC03
4C081DC04
4C081EA02
4C081EA06
4H059BA83
4H059BC43
(57)【要約】
【課題】十分な量のリン脂質が担持されたインプラント材を提供する。
【解決手段】インプラント材1は、基材3と、基材3の表面を被覆する被覆層5と、を備える。被覆層5は、水に分散させたときの等電点が7より小さい少なくとも一種のリン脂質と、水に分散させたときの等電点が7より大きいタンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物と、を含有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面を被覆する被覆層と、を備えたインプラント材であって、
前記被覆層は、
水に分散させたときの等電点が7より小さい少なくとも一種のリン脂質と、
水に分散させたときの等電点が7より大きいタンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物と、
を含有する、インプラント材。
【請求項2】
前記リン脂質は、グリセロリン脂質である、請求項1に記載のインプラント材。
【請求項3】
前記被覆層は、前記タンパク質としてのプロタミンを含有する、請求項1又は請求項2に記載のインプラント材。
【請求項4】
前記基材は、金属、高分子又はそれらの複合体からなる、請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のインプラント材。
【請求項5】
タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種であって、水に分散させたときの等電点が7より大きい化合物を含む第1液と、
リン脂質を含んで形成されたリポソームを含む第2液と、を用い、
基材を、前記第1液と前記第2液に交互に浸漬する工程を少なくとも有する、インプラント材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示はインプラント材、及びインプラント材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
手術直後の患者の管理で大事なことの一つは、血栓ができないことや、炎症が起きないことである。また、手術後から退院までの間で大事なことの一つは、術部周辺の組織の修復である。
手術等で、患部を切開した際に生じる傷や、縫合部位、埋入したインプラント周辺の組織修復が遅いと、リハビリ開始時期が遅くなったり、入院期間が長くなるなど、患者にとって、デメリットが大きい。特に、顎周辺は組織再生が遅い。また、加齢によっても、修復機能は低下する。
そこで、手術等で、患部を切開した際に生じる傷や、縫合部位、埋入した部材周辺の組織修復を促進するインプラント材が検討されている。例えば、特許文献1では、リン脂質被覆インプラントが検討されている。この特許文献1では、リン脂質たるホスファチジルセリンが、非血栓性、抗炎症性であることが示され、ホスファチジルセリンを被覆した抗血栓インプラント材等が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2003-508129号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、この特許文献1のインプラント材は、リン脂質の担持量が必ずしも十分でなかった。すなわち、リン脂質は水には溶けないため、有機溶媒でリン脂質を溶かして、ディップ法にて基材に被覆するが、この方法では、担持できるリン脂質の量には限界があった。
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、十分な量のリン脂質が担持されたインプラント材を提供することを目的とする。本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
〔1〕基材と、前記基材の表面を被覆する被覆層と、を備えたインプラント材であって、
前記被覆層は、
水に分散させたときの等電点が7より小さい少なくとも一種のリン脂質と、
水に分散させたときの等電点が7より大きいタンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物と、
を含有する、インプラント材。
【0006】
〔2〕前記リン脂質は、グリセロリン脂質である、〔1〕に記載のインプラント材。
【0007】
〔3〕前記被覆層は、前記タンパク質としてのプロタミンを含有する、〔1〕又は〔2〕のに記載のインプラント材。
【0008】
〔4〕前記基材は、金属、高分子又はそれらの複合体からなる、〔1〕から〔3〕のいずれか一項に記載のインプラント材。
【0009】
〔5〕タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種であって、水に分散させたときの等電点が7より大きい化合物を含む第1液と、
リン脂質を含んで形成されたリポソームを含む第2液と、を用い、
基材を、前記第1液と前記第2液に交互に浸漬する工程を少なくとも有する、インプラント材の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本開示のインプラント材は、被覆層にリン脂質のみならず、タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物を含み、リン脂質の担持量が増加する。すなわち、リン脂質と、タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物と、の静電吸着作用を利用して被覆層を厚くできるため、リン脂質の担持量を増加できる。
タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物の等電点が7より大きいので、静電吸着作用を利用しやすく、リン脂質を十分に担持できる。
リン脂質がグリセロリン脂質である場合には、組織再生を促す効果が高い。
被覆層が、タンパク質としてのプロタミンを含有する場合には、リン脂質を十分に担持できる。
基材が、金属、高分子又はそれらの複合体からなる場合には、生体埋入に有用なインプラント材となる。
本開示の製造方法では、負の電荷を有するリポソームと、正の電荷を有するタンパク質等と、の静電吸着を利用して、十分な量のリン脂質を担持できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】インプラント材の推定構造を示す模式図である。
図2】サイクル数とPSL担持量の関係を示すグラフである。
図3】サイクル数と炎症性サイトカインIL-6の量の関係を示すグラフである。
図4】種々の基材における、サイクル数とPSL担持量の関係を示すグラフである。
図5】等電点が異なるタンパク質等を用いた場合のPSL担持量を示すグラフである。
図6】PSL担持量が、新生骨形成量に与える影響を示すグラフである。
図7】PSL担持量が、再生筋肉量に与える影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳しく説明する。なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0013】
1.インプラント材1
インプラント材1は、基材3と、基材3の表面を被覆する被覆層5と、を備える。
被覆層5は、リン脂質と、タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物と、を含有する。図1にインプラント材1を模式的に示す。符号7はリン脂質を含んで形成されたリポソームを示し、符号9はタンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物を示す。
【0014】
基材3は、金属、高分子、セラミックス又はそれらの複合体からなる。金属は、特に限定されない。金属としては、例えば、チタン、チタン合金、マグネシウム合金、ステンレス鋼が好適に用いられる。高分子は、特に限定されない。高分子としては、例えば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリ乳酸(PLA)、ポリ乳酸・グリコール酸共重合体(PLGA)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、コラーゲン、アテロコラーゲンが好適に用いられる。セラミックスとしては、例えば、ジルコニア、アルミナ、水酸アパタイト、リン酸カルシウム系材料(リン酸三カルシウムなど)が好適に用いられる。
【0015】
被覆層5の厚みは、特に限定されない。被覆層5の厚みは、例えば1μm~100μmとすることができる。
【0016】
リン脂質は、水に分散させたときの等電点が7より小さいものであれば、特に限定されない。リン脂質としては、グリセロリン脂質が好適に例示される。グリセロリン脂質は、ホスファチジルセリン、ホスファチジン酸、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルコリン、及びホスファチジルエタノールアミンからなる群より選ばれた少なくとも1種であることが好ましい。
なお、ホスファチジルセリン、ホスファチジン酸、ホスファチジルイノシトール、及びホスファチジルグリセロールは等電点が7より小さく、単体で被覆層を形成できる。
【0017】
タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物は、静電吸着を利用して被覆層5を十分に形成する観点から、水に分散させたときの等電点が7より大きい。なお、等電点の上限値は14である。タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種は、具体的には、例えば、プロタミン(Pro)、リゾチーム(Lys)、リボヌクレアーゼA(Rib)、ナイシン(Nis)、骨形成タンパク質(BMP)、塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)、トランスフォーミング増殖因子-β(TGF-β)等が好適に採用される。
タンパク質、ペプチドの等電点は、試薬購入時の値(試薬メーカーの公表値)を参照することも可能だが、二次元電気泳動でも測定できる。
なお、タンパク質、ペプチドの同定は、二次元電気泳動でタンパク質、ペプチドを分離・抽出し、MALDI-TOF MSで正確な分子量を決定できた場合は、データベースMascotを検索し同定できる。MALDI-TOF MSで正確な分子量を決定できない場合は、タンパク質またはペプチドをトリプシン分解して断片化後、MALDI-TOF MS、LC MS/MSで断片の分子量を決定し、データベースMascotを検索し同定する。
【0018】
2.インプラント材1の製造方法
(1)製造方法
インプラント材1の製造方法は、特に限定されない。インプラント材1の製造方法の好適な一例を以下に示す。
この製造方法では、タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種であって、水に分散させたときの等電点が7より大きい化合物を含む第1液、及びリン脂質を含んで形成されたリポソームを含む第2液を用いる。
そして、基材3を、第1液と第2液に交互に浸漬する。
【0019】
(2)製造方法の具体例
(2.1)リン脂質を含んで形成されたリポソームの合成
以下に例示する方法で合成されたリポソームを含む液が第2液となる。ここでは、リポソームの合成方法の一例として、ホスファチジルセリンリポソーム(PSL)の合成方法を記す。
【0020】
(2.1.1)試薬
以下の例えば試薬を用いる。
・PS(L-α-ホスファチジル-L-セリン:Sigma-Aldrich)
・PC(L-α-ホスファチジルコリン:Sigma-Aldrich)
・DSPE-MAL(ジステアロイル N-(3-マレイミド-1-オキソプロピル)-L-α-ホスファチジルエタノールアミン、N-(3-Maleimide-1-oxopropyl)-L-α-phosphatidylethanolamine,Distearoyl:日油)
・F-DHPE(1,2‐ジヘキサデカノイル‐sn‐グリセロ‐3‐フォスフォエタノールアミン、N-(Fluorescein-5-Thiocarbamoyl)-1,2-Dihexadecanoyl-sn-Glycero-3-Phosphoethanolamine,Triethylammonium Salt:Invitrogen)
【0021】
(2.1.2)ストック溶液の準備
各試薬は、クロロホルム/メタノール混合溶媒(例えばv/v=9/1)に、例えば10mg/mLになるようにそれぞれ溶解し、ストック溶液とする。各ストック溶液は低温(例えば、-30℃)で保存する。
【0022】
(2.1.3)PSL(ホスファチジルセリンリポソーム)の合成
PSLは、非架橋型と架橋型とを準備する。それぞれの合成方法の一例を記す。
【0023】
(2.1.3.1)非架橋ホスファチジルセリンリポソーム(非架橋PSL)の作製法
非架橋ホスファチジルセリンリポソーム(非架橋PSL)の作製法を以下に示す。モル比でPS/PC=30/70となるように各溶液をガラス瓶に添加し、室温で一晩静置し有機溶媒を揮発させてフィルム化する。リポソーム濃度が所定濃度(例えば10mg/mL)となるようにBis-Tris緩衝溶液(100mM,pH7.1)を添加し、超音波処理によりリポソーム化する。空孔サイズ0.8μm、0.4μm及び0.2μmを有するポリカーボネート膜を用いて、リポソームをフィルター処理する。
なお、PS:PCは、表面電荷およびリポソーム形成のしやすさの観点から、モル比で10:90~70:30の範囲が好ましい。
【0024】
(2.1.3.2)架橋ホスファチジルセリンリポソーム(架橋PSL)の作製法
架橋ホスファチジルセリンリポソーム(架橋PSL)の作製法を以下に示す。モル比でPS/PC/DSPE-MAL=30/20/50となるように各溶液をガラス瓶に添加し、室温で一晩静置し有機溶媒を揮発させてフィルム化する。非架橋リポソームと同様に、超音波処理によるリポソーム化、フィルター処理する。リポソーム(10mg/mL)420μL、塩化カルシウム(8mM)420μL、ジチオスレイトール(DTT、73.5mM)16.8μLを混合し、室温で30分間静置し、架橋リポソームとする。
なお、PS:PCは、表面電荷およびリポソーム形成のしやすさの観点から、モル比で40:60~90:10が好ましい。また、PSとPCの合計(PS+PCの合計):DSPE-MALは、架橋度の観点から、モル比で30:70~70:30が好ましい。
なお、マレイミド基を有するDSPE-MALの代わりに、マレイミド基を有するジアルキル化合物であって、アルキル基(不飽和を含む)の炭素数10以上22以下の化合物を用いることができる。以下、マレイミド基を有するこれらのジアルキル化合物を「特定化合物」ともいう。リポソーム中に存在する特定化合物が、ジチオスレイトール(DTT)によって架橋されることで、架橋ホスファチジルセリンリポソームが形成される。
例えば、次の特定化合物の少なくとも1種を用いることができる。
・DSPE-MAL:ジステアロイル N-(3-マレイミド-1-オキソプロピル)-L-α-ホスファチジルエタノールアミン
・DMPE-MAL:ジミリストイルN-(3-マレイミド-1-オキソプロピル)-L-α-ホスファチジルエタノールアミン
・DPPE-MAL:ジパルミトイルN-(3-マレイミド-1-オキソプロピル)-L-α-ホスファチジルエタノールアミン
・POPE-MAL:1-パラミトイル-2-オレオイルN-(3-マレイミド-1-オキソプロピル)-L-α-ホスファチジルエタノールアミン
・DOPE-MAL:ジオレオイル N-(3-マレイミド-1-オキソプロピル)-L-α-ホスファチジルエタノールアミン
これらの特定化合物を用いた場合には、PSとPCの合計(PS+PCの合計):特定化合物は、架橋度の観点から、モル比で30:70~70:30が好ましい。
【0025】
(2.1.4)被覆層5の形成方法(インプラント材1の製造方法)
被覆層5の形成には、基材3を、第1液と第2液に交互に浸漬する方法が好適に採用される。
第1液として、好適にはタンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種であって、水に分散させたときの等電点が7より大きい化合物を含む水溶液が用いられる。
静電相互作用を利用するため、アニオン性のPSLを含んだ水溶液たる第2液と、カチオン性の高分子を含んだ水溶液たる第1液を用いて、交互浸漬し、基材3上にPSL及び高分子が含まれた混合層たる被覆層5を形成することが好ましい。なお、ここで「カチオン性の高分子」とは、タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種であって、水に分散させたときの等電点が7より大きい化合物を意味する。
この方法では、PSLは水溶液中で負の電荷を帯びており、タンパク質またはペプチドは水溶液中で正の電荷を帯びているため、両者が静電吸着して結合する。2種の液に交互浸漬することで、負電荷のPSL、正電荷のタンパク質またはペプチドが交互に積み重なるようにして(積層するようにして)被覆層5が形成される。
このようにPSLと、タンパク質またはペプチドとの静電吸着を利用するために、タンパク質またはペプチドの等電点は、純水中で7より大きく14未満が好ましいのである。7より大きくないと、交互浸漬によって静電吸着が生じず、基材3上に混合層が形成されにくい。なお、タンパク質またはペプチドの等電点が14以上であると、正電荷のタンパク質またはペプチドの上に、負電荷のPSLが積み重なっても、PSLの表面が、PSLよりも下に存在するタンパク質またはペプチドの正電荷の影響を受けて、正に帯電してしまう。すると、正に帯電したPSLの表面と、正電荷のタンパク質またはペプチドとの間には、反発力が生じ、これ以上積み重ねることができずに、十分な被覆層5が形成されないおそれがある。従って、タンパク質またはペプチドの等電点は14未満が好ましい。
【0026】
(2.1.5)被覆層5の形成方法の具体例
被覆層5の形成方法のより具体的な一例を示す。この例では、表面が負に帯電した基材3を用いる。
タンパク質あるいはペプチドの水溶液(第1溶液、濃度:0.5mg/mL~2mg/mL)を調製する。
非架橋PSL又は架橋PSLの水分散液(第2溶液、濃度:0.5mg/mL~2mg/mL)を調製する。
そして、以下に示す〔工程A1〕〔工程B1〕〔工程C1〕を順に行い、その後、必要に応じて〔工程B1〕〔工程C1〕を交互に繰り返す。すなわち、〔工程A1〕→〔工程B1〕→〔工程C1〕(→〔工程B1〕→〔工程C1〕・・・・・・)の順で各工程を行う。なお、最終工程の後に、乾燥工程を備えていてもよい。

〔工程A1〕基材3を所定温度(例えば、1~40℃)の第1溶液に所定時間(例えば1時間~2日間)静置してタンパク質あるいはペプチドを吸着させる。その後、基材3を水(例えば、超純水)に所定時間(例えば30秒間~30分間)浸漬して未吸着のタンパク質あるいはペプチドを除く。
〔工程B1〕基材3を所定温度(例えば、1~40℃)の第2溶液に所定時間(例えば30秒間~30分間)静置してPSLを吸着させる。その後、基材3を水(例えば、超純水)に所定時間(例えば30秒間~30分間)浸漬して未吸着のPSLを除く。
〔工程C1〕基材3を所定温度(例えば、1~40℃)の第1溶液に所定時間(例えば30秒間~30分間)静置してタンパク質あるいはペプチドを吸着させる。その後、基材3を水(例えば、超純水)に所定時間(例えば30秒間~30分間)浸漬して未吸着のタンパク質あるいはペプチドを除く。
【0027】
被覆層5の形成方法の具体的な他例を示す。この他例では、表面が正に帯電した基材3を用いる。
タンパク質あるいはペプチドの水溶液(第1溶液、濃度:0.5mg/mL~2mg/mL)を調製する。
非架橋PSL又は架橋PSLの水分散液(第2溶液、濃度:0.5mg/mL~2mg/mL)を調製する。
そして、以下に示す〔工程A2〕、〔工程B2〕、〔工程C2〕を行い、その後、必要に応じて〔工程B2〕、〔工程C2〕を交互に繰り返す。すなわち、〔工程A2〕→〔工程B2〕→〔工程C2〕(→〔工程B2〕→〔工程C2〕・・・・・・)の順で各工程を行う。なお、最終工程の後に、乾燥工程を備えていてもよい。

〔工程A2〕基材3を所定温度(例えば、1~40℃)の第2溶液に所定時間(例えば1時間~2日間)静置してPSLを吸着させる。その後、基材3を水(例えば、超純水)に所定時間(例えば30秒間~30分間)浸漬して未吸着のPSLを除く。
〔工程B2〕基材3を所定温度(例えば、1~40℃)の第1溶液に所定時間(例えば30秒間~30分間)静置してタンパク質あるいはペプチドを吸着させる。その後、基材3を水(例えば、超純水)に所定時間(例えば30秒間~30分間)浸漬して未吸着のタンパク質あるいはペプチドを除く。
〔工程C2〕基材3を所定温度(例えば、1~40℃)の第2溶液に所定時間(例えば30秒間~30分間)静置してPSLを吸着させる。その後、基材3を水(例えば、超純水)に所定時間(例えば30秒間~30分間)浸漬して未吸着のPSLを除く。
【0028】
なお、基材3の表面が帯電していない場合は、交互浸漬の前に、予め、表面に正または負に帯電させる工程を備えていてもよい。
【実施例0029】
本開示を更に具体的に説明する。
1.実験1(チタン材への被覆)
(1)蛍光脂質F-DHPEを含む非架橋ホスファチジルセリンリポソーム(非架橋PSL)の作製法
モル比でPS/PC/F-DHPE=29/68/3となるように各溶液をガラス瓶に添加し、室温で一晩静置し有機溶媒を揮発させてフィルム化した。リポソーム濃度が所定濃度(10mg/mL)となるようにBis-Tris緩衝溶液(100mM,pH7.1)を添加し、超音波処理によりリポソーム化した。空孔サイズ0.8μm、0.4μm及び0.2μmを有するポリカーボネート膜を用いて、リポソームをフィルター処理した。
【0030】
(2)蛍光脂質F-DHPEを含む架橋ホスファチジルセリンリポソーム(架橋PSL)の作製法
架橋ホスファチジルセリンリポソーム(架橋PSL)の作製法を以下に示す。モル比でPS/PC/DSPE-MAL/F-DHPE=29/20/49/3となるように各溶液をガラス瓶に添加し、室温で一晩静置し有機溶媒を揮発させてフィルム化した。非架橋リポソームと同様に、超音波処理によるリポソーム化、フィルター処理した。リポソーム(10mg/mL)420μL、塩化カルシウム(8mM)420μL、ジチオスレイトール(DTT、73.5mM)16.8μLを混合し、室温で30分間静置し、架橋リポソームとした。
【0031】
(3)基材(基板)
基材として、純チタン(株式会社ニラコ製)の板(チタン材)を用いた。チタン材に対して表面プラズマ処理装置を用いて30分間、表面プラズマ処理した。表面プラズマ処理の条件は周波数50kHz、電力100W、真空度005T、空気流量10sscmとした。
【0032】
(4)被覆層の形成
プロタミンの水溶液(第1溶液、濃度:1mg/mL)を調製した。プロタミンとして、Sigma-Aldrich社のサケ由来のプロタミン硫酸塩(等電点:10~12)を用いた。
非架橋PSL又は架橋PSLの水分散液(第2溶液、濃度:1mg/mL)を調製した。そして、次の〔工程A1〕〔工程B1〕〔工程C1〕を順に行った。

〔工程A1〕基材を所定温度(4℃)の第1溶液に所定時間(一晩)静置してプロタミンを吸着させる。その後、基材を水(超純水)に所定時間(1分間)浸漬して未吸着のプロタミンを除く。
〔工程B1〕基材を室温(22~25℃)の第2溶液に所定時間(1分間)静置してPSLを吸着させる。基材を水(超純水)に所定時間(1分間)浸漬して未吸着のPSLを除く。
〔工程C1〕基材を室温(22~25℃)の第1溶液に所定時間(1分間)静置してプロタミンを吸着させる。その後、基材を水(超純水)に所定時間(1分間)浸漬して未吸着のプロタミンを除く。

この一連の操作を1サイクル目とした。2サイクル目以降は、〔工程B1〕〔工程C1〕を1サイクルとして繰り返した。すなわち、下記のようにして、〔工程A1〕〔工程B1〕〔工程C1〕の1サイクル目の後に、〔工程B1〕〔工程C1〕のセットを(規定サイクル数-1)回、繰り返し行った。なお、最終サイクルの後に〔工程A1〕を3回繰り返し、真空乾燥により基材を乾燥させた。

1サイクル目:〔工程A1〕〔工程B1〕〔工程C1〕
2サイクル目:〔工程B1〕〔工程C1〕
3サイクル目:〔工程B1〕〔工程C1〕
4サイクル目:〔工程B1〕〔工程C1〕
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
nサイクル目:〔工程B1〕〔工程C1〕
【0033】
以上の手順によって、非架橋PSL、架橋PSLのそれぞれの場合について、5、10、30サイクルにて被覆層を作製した。
【0034】
(5)基材に担持されたPSL量の測定方法、及び測定結果
(5.1)PSL量の測定方法
被覆層を備えた基材を、2mLの第3溶液(2% トリトンX-100、2M 塩化ナトリウム、100mMTris-HCl、pH7.5)に浸漬後、遮光下200rpmで一晩振盪し、蛍光含有リポソームを基材から脱離した。溶液の蛍光強度をプレートリーダーで測定した(励起波長485nm、蛍光波長530nm)。既知濃度のPSL溶液の検量線から、溶液中のPSL濃度を決定し、基材に吸着したPSL量を算出した。
【0035】
(5.2)基材に担持されたPSL量の測定結果
結果を図2のグラフに示す。30サイクル行った場合には、非架橋PSLの担持量は16μg/cmであり、架橋PSLの担持量は136μg/cmであった。非架橋PSL、架橋PSLのどちらもサイクル数の増加に伴い、PSL担持量は増加することが確認された。担持量はサイクル数に比例しているため、担持量を本実験よりも更に増やすことが可能なことが分かる。
【0036】
(6)抗炎症性の試験
架橋PSLを用いた被覆層を有する基材の抗炎症性を試験した。サイクル数と炎症性サイトカインIL-6量の関係を調べた。サイクル数0回の場合、すなわち、純チタン製の基材の炎症性サイトカインIL-6量を100%として評価した。炎症性サイトカインIL-6量が少ないほど抗炎症性が優れることになる。結果を図3のグラフに示す。
5サイクル行った場合には、被覆層には22μg/cmのPSLが担持されていた。10サイクル行った場合には、被覆層には50μg/cmのPSLが担持されていた。 PSLの担持量は抗炎症性の観点から、20μg/cm以上であることが好ましく、50μg/cm以上であることがより好ましく、130μg/cm以上であることが更に好ましい。
【0037】
2.実験2(PEEK材への被覆、コラーゲンシート材への被覆)
(1)蛍光脂質F-DHPEを含む架橋ホスファチジルセリンリポソーム(架橋PSL)の作製法
架橋PSLは、実験1と同様にして作製した。
(2)基材
基材として、PEEK材、コラーゲンシート材を用いた。
(3)被覆層の形成
(3.1)PEEK材の場合
板状のPEEK材に対して、表面プラズマ処理装置にて表面プラズマ処理をした。
処理時間を1分とした以外は、実験1のチタン材と同様の処理を行った。
被覆層の形成、及びPSL量の測定も実験1と同様に行った。なお、この実験では、架橋PSLを用いた。
(3.2)コラーゲンシート材の場合
コラーゲンシート材に対して被覆層を形成した。
被覆層の形成、及びPSL量の測定は実験1と同様に行った。なお、この実験では、架橋PSLを用いた。
(4)結果
図4に、種々の基材における、サイクル数と担持されたPSL量の関係を示す。この図4では、実験1のチタン材の場合も参考のために示している。
図4の結果から、いずれの基材であっても、サイクル数の増加に伴い、PSL担持量は増加した。すなわち、基材の種類によらずに、サイクル数によって担持量をコントロールできた。
【0038】
3.実験3(等電点が異なるタンパク質またはペプチドを用いた被覆層の形成)
タンパク質またはペプチドとして、以下のものを使用した。
・Sigma-Aldrich社のサケ由来のプロタミン硫酸塩(等電点:10~12)
・富士フィルム和光社の卵白由来のリゾチーム(等電点:10.7)
・Serva Electrophoresis GmbH社のウシ膵臓由来のリボヌクレアーゼA(等電点:8.6)
・Sigma-Aldrich社のラクチス乳酸菌由来のナイシン(等電点:8.3)
・Serva Electrophoresis GmbH社の馬由来のミオグロビン(等電点:7.0)
【0039】
ここで示す等電点は、試薬購入時にメーカーが提示した値を参照している。実験2と同様にしてPEEK材に対して被覆層を形成した。PSLは架橋型を用い、浸漬サイクルは30サイクルとした。
【0040】
実験結果を表1に示す。タンパク質またはペプチドの等電点が7より大きい場合には、被覆層が形成されやすいことが分かった。
【0041】
【表1】
【0042】
4.実験4(実験3におけるPSLの担持量の測定)
実験3で基材に担持されたPSL量を実験1と同様に測定した。結果を図5に示す。ナイシンは19μg/cm、リボヌクリアーゼAは23μg/cm、リゾチームは40μg/cm、プロタミンは89μg/cmであった。これらのタンパク質またはペプチドは、基材に十分に担持されていた。
【0043】
5.実験5(PSL担持量と組織再生効果の関係)
(1)チタン材を用いた骨再生
ラット(12週齢)を腹腔内麻酔し、皮膚切開、及び筋肉切開を加え、大腿膝関節を明示し、約1.5mm径の規格化した全層の骨欠損を作製した。そこに、実験1で作製した架橋PSLを含む被覆層(30サイクル)で被覆されたΦ1.4mm×長さ23mmのチタン材を埋入した。対照として未処理のチタン材を埋入したラットを用意した。試料埋入後、筋肉および皮膚縫合を行い手術を終了した。術後の観察期間は1週及び2週とし、各期間n=4とした。
【0044】
術後1週、及び2週後に過量麻酔にて屠殺し、試料および周囲組織を採取し、0.1Mリン酸緩衝4%パラホルムアルデヒド(pH 7.4)に浸漬固定した。摘出標本は10% EDTAで脱灰し、チタン材を抜去し、パラフィン標本作成後、6μm厚の組織切片を作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色で組織学的に検索を行った。さらに各標本の欠損中央相当部(複数個)の組織切片を用いて、作成された欠損内における新生骨の量(newbone/mm)を組織定量学的に検討した。標本は正立顕微鏡(BX43、オリンパス社製)により撮影し、新生骨の量は顕微鏡写真を画像処理ソフトウェア(cellsens、オリンパス社製)により画像処理して算出した。各群の新生骨量の平均値、標準偏差を用いて分散分析等を行い、有意差検定を行った。有意水準は5%に設定した。
【0045】
結果を図6に示す。図6には、架橋PSLを含む被覆層で被覆していないチタン材(Ti-0)、30サイクルの交互浸漬により架橋PSLを含む被覆層で被覆したチタン材(Ti-30)の埋植1週間後、2週間後の新生骨の面積が示されている。架橋PSLを含む被覆層で被覆したチタン材(Ti-30)は、2週間後には、被覆していないチタン材(Ti-0)のおよそ2倍の新生骨が確認された。架橋PSLを含む被覆層で被覆したチタン材(Ti-30)は、骨再生能力が高いことが示された。
【0046】
(2)PEEK材を用いた筋組織再生
ラット(12週齢)を腹腔内麻酔し、大腿に皮膚切開を加え、大腿筋を明示し、そこに、実験2で作製した架橋PSLを含む被覆層(30サイクル、75サイクル)で被覆されたΦ1mm×長さ10mmの円柱状PEEK材を筋肉内に埋植した。対照として未処理のPEEK材も埋入した。試料埋入後、皮膚縫合を行い手術を終了した。術後の観察期間は2週、4週及び8週とし、各期間n=6とした。
術後2週、4週及び8週後に過量麻酔にて屠殺し、試料および周囲組織を採取し、0.1Mリン酸緩衝4%パラホルムアルデヒド(pH 7.4)に浸漬固定した。摘出標本はPEEK材を抜去し、パラフィン標本作成後、6μm厚の組織切片を作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色で組織学的に検索を行った。さらに各標本の欠損中央相当部(複数個)の組織切片を用いて、埋植PEEK材周囲における再生筋肉の量(Regenerated muscle area/μm)を組織定量学的に検討した。標本は正立顕微鏡(BX43、オリンパス社製)により撮影し、再生筋肉の量は顕微鏡写真を画像処理ソフトウェア(cellsens、オリンパス社製)により画像処理して算出した。各群の再生筋肉量の平均値、標準偏差を用いて分散分析等を行い、有意差検定を行った。有意水準は5%に設定した。
【0047】
被覆層で被覆していないPEEK材(PEEK-0)、30、75サイクルの交互浸漬により被覆層で被覆したPEEK材(PEEK-30、PEEK-75)について、埋植2週間後、4週間後、8週間後の再生筋組織の面積は図7のグラフの通りである。30サイクル以上の交互浸漬により架橋PSLを含む被覆層で被覆したPEEK材(PEEK-30、PEEK-75)は、被覆層で被覆していないPEEK材(PEEK-0)よりも、骨再生能力が高いことが確認された。
【0048】
6.実施例の効果
本実施例のインプラント材では、十分な量のリン脂質が担持されている。よって、インプラント材は、骨再生能力や筋組織再生能力が高い。
【0049】
<他の実施形態(変形例)>
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能である。
【符号の説明】
【0050】
1…インプラント材
3…基材
5…被覆層
7…リポソーム
9…タンパク質及びペプチドからなる群より選ばれた少なくとも1種の化合物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7