(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022096671
(43)【公開日】2022-06-30
(54)【発明の名称】ワイヤの製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20220623BHJP
【FI】
G01N21/65
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020209764
(22)【出願日】2020-12-18
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安孫子 勝寿
(72)【発明者】
【氏名】加藤 雄一
(72)【発明者】
【氏名】須藤 栄一
(72)【発明者】
【氏名】柴山 義浩
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA03
2G043CA05
2G043DA05
2G043EA03
2G043KA02
2G043KA09
2G043LA03
2G043NA01
(57)【要約】
【課題】品質の向上または安定化を図れるワイヤの製造方法を提供する。
【解決手段】本発明は、金属からなるワイヤの製造方法であって、ワイヤが連続的または断続的に移動する生産ライン上で、前工程までの製造過程でワイヤ表面に生じ得る変色物質の有無をラマン分光法により検出する検査工程を備える。ワイヤの一例として、コバルト基合金からなるアモルファスワイヤがある。このときの変色物質は、例えば、コバルト酸化物である。ラマン分光法として、変色物質の光吸収帯に共鳴する波長の励起光が用いられる共鳴ラマン分光法を用いると、ワイヤにダメージを与えることなく、高感度で迅速な変色物質の検出ができる。このような検査工程は、顕微レーザラマン分光装置を用いて行える。検査工程では、変色物質の検出位置情報が記録されるとよい。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属からなるワイヤの製造方法であって、
該ワイヤが連続的または断続的に移動する生産ライン上で、前工程までの製造過程で該ワイヤ表面に生じ得る変色物質の有無をラマン分光法により検出する検査工程を備えるワイヤの製造方法。
【請求項2】
前記ラマン分光法は、前記変色物質の光吸収帯に重なる波長の励起光が用いられる共鳴ラマン分光法である請求項1に記載のワイヤの製造方法。
【請求項3】
前記検査工程は、前記変色物質の検出位置情報を記録する請求項1または2に記載のワイヤの製造方法。
【請求項4】
前記検査工程前に、前記ワイヤの洗浄および/またはエッチングを行う工程が含まれる請求項1~3のいずれかに記載のワイヤの製造方法。
【請求項5】
前記変色物質は、金属酸化物である請求項1~4のいずれかに記載のワイヤの製造方法。
【請求項6】
前記金属は、コバルト基合金であり、
前記金属酸化物は、コバルト酸化物である請求項5に記載のワイヤの製造方法
【請求項7】
前記ワイヤは、非晶質相を有するアモルファスワイヤである請求項1~6のいずれかに記載のワイヤの製造方法。
【請求項8】
前記ワイヤは、線径が1mm以下である請求項1~7のいずれかに記載のワイヤの製造方法。
【請求項9】
前記検査工程は、顕微レーザラマン分光装置を用いてなされる請求項1~8のいずれかに記載のワイヤの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属製ワイヤの製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
振動分光法は、未知試料の同定、物質の構造解析、特性分析等に利用される。振動分光法には、特定波長の赤外線の吸収による双極子モーメントの変化を反映した赤外吸収スペクトルを評価する赤外分光法と、励起光と波長の異なるラマン散乱光(非弾性散乱光)による分極率の変化を反映したラマンスペクトルを評価するラマン分光法とがある。
【0003】
試料や目的に応じた分光法が選択されるが、ラマン分光法によれば、赤外分光法で測定できない試料(双極子モーメントの変化を伴わない試料、微小な試料等)の測定も可能であり、赤外分光法よりも得られる情報量が多い。そこでラマン分光法は、分析室等に留まらず、製造現場でも利用されるようになってきており、それに関連した記載が、例えば下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8-285776
【特許文献2】特開2001-33389
【特許文献3】特開2004-933000
【特許文献4】特開2012-181199
【特許文献5】特開2013-205239
【特許文献6】特開2017-52693
【特許文献7】特開2018-154879
【特許文献8】特開2019-25610
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
いずれの特許文献にも、金属製ワイヤの付着物をその製造現場で検出することについて記載がされていない。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、品質の向上または安定化を図れるワイヤの製造方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、金属製ワイヤの表面に付着した変色物質をラマン分光法により検出することを着想および具現化した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0008】
《ワイヤの製造方法》
(1)本発明は、金属からなるワイヤの製造方法であって、該ワイヤが連続的または断続的に移動する生産ライン上で、前工程までの製造過程で該ワイヤ表面に生じ得る変色物質の有無をラマン分光法により検出する検査工程を備えるワイヤの製造方法である。
【0009】
(2)ラマン分光法によれば、ワイヤの変色を目視で確認(顕微鏡観察)する場合と異なり、ワイヤに生じ得る微小な変色または薄い変色でも、適確にまたは迅速に検出できる。また生産ライン上(単に「オンライン」ともいう。)でワイヤの変色を検出するため、ワイヤの全長に亘る検査(いわゆる全数検査)でも、効率的に行うことが可能となる。こうして本発明によれば、所望品質のワイヤを安定的に出荷できる。
【0010】
なお、ラマン分光法によれば、単なる変色の有無のみならず、その変色物質自体を特定したり、特定の物質に起因した変色だけを選択的に検出することも可能となる。このような本発明は、出荷前のワイヤの検品に留まらず、安定した品質のワイヤを歩留りよく製造するために必要な工程管理(工程の見直し、再編等)にも有効である。
【0011】
《その他》
(1)本発明は、ワイヤの製造方法に限らず、ワイヤの製造装置、ワイヤの検査方法または検査装置等として把握してもよい。
【0012】
(2)本明細書でいう「x~y」は、特に断らない限り、下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。本明細書でいう「x~ynm」は、特に断らない限り、xnm~ynmを意味する。他の単位系(mW、cm-1等)についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】ワイヤの検出装置の概要を例示した模式図である。
【
図3】変色物質の有無とラマンスペクトルとの関係を示す説明図である。
【
図4】変色物質に由来するカーボンおよび酸化コバルトのラマン強度を示す散布図である。
【
図5】ラマン分光の露光時間が異なるラマンスペクトルである。
【
図6】ワイヤ表面に変色物質が生じる想定メカニズムを示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、製造方法や検査方法のみならず、製造装置、検査装置、ワイヤ(結果物)等にも適宜該当し得る。方法的な構成要素であっても物に関する構成要素となり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0015】
《ワイヤ》
ワイヤを構成する金属(基材)の種類や組成、ワイヤの製造過程、ワイヤの形態(断面形状、線径、組織等)、ワイヤの用途等は様々である。
【0016】
ワイヤとなる線材は、溶製材や焼結材からなる原材(線材、棒材等を含む。)を引き延ばしたものでもよいし、溶融紡糸法(回転液中紡糸法、(改良)テイラー(Taylor)法等)により溶湯から得られる繊維状の線材等でもよい(製線工程)。
【0017】
ワイヤは、通常、原材を所定の線径に引き延ばす伸線工程、所望の金属組織や強度にする熱処理工程、表面に付着した汚染物(錆、有機物、スケール、酸化皮膜等)を酸洗い等により除去する洗線工程(洗浄工程および/またはエッチング工程を含む。)等がなされる。各工程の先後や回数はワイヤ毎に調整される。
【0018】
ワイヤの製造過程に起因して、その表面に変色物質が生じ得る。検査工程前にワイヤの洗浄やエッチング(洗線工程)がなされるときでも、僅かな残存物(炭化物、酸化物等)により、本明細書でいう変色物質が生じ得る。なお、本明細書でいう「変色」は、本来予定されたワイヤの外観色(地色)と異なる色であることを意味する。ワイヤは、表面処理(表面改質、めっき、塗装等を含む。)されたものでもよいため、その外観色は必ずしも、基材金属自体の色でなくてもよい。
【0019】
ワイヤの一例として、磁気インピーダンス素子(MI素子:Magneto-Impedance element)等に用いられる感磁ワイヤがある。感磁ワイヤは、例えば、コバルト基合金からなる。コバルト基合金ワイヤの表面に生じる変色物質として、例えば、コバルト酸化物(CoO、Co2O3、Co3O4等には限らない。)がある。
【0020】
また感磁ワイヤは、例えば、非晶質相を有するアモルファスワイヤである。アモルファスワイヤは、全体が非晶質相でもよいし、非晶質相(マトリックス)中に微小な結晶質粒子が析出(晶出)したものでもよい。感磁ワイヤの線径(直径)は、例えば、1~100μmさらには3~50μm程度である。
【0021】
ちなみに、アモルファスワイヤが熱処理(例えばテンションアニール)される場合、非晶質相を維持するために、加熱温度と加熱時間は厳格に管理される。アモルファスワイヤの検査工程では、ワイヤへ照射する励起光(通常レーザ光)のエネルギー密度(パワー)を小さくしたり、照射時間を短縮するとよい。もっとも、通常、ラマン分光法に用いられる励起光は低パワーであり、ワイヤも移動しているため、ワイヤへの入熱量は少ない。つまり、検査工程によるワイヤの金属組織への影響は小さい。
【0022】
なお、ワイヤは、感磁ワイヤの他、ボンディングワイヤ、静電気除去ブラシ用ワイヤ、ワイヤソー、ピンニングワイヤ、補強材ワイヤ、ピアノ線等でもよい。
【0023】
《検査工程》
(1)検査工程はラマン分光装置(光度計)を用いて行える。ラマン分光装置の光源(励起光)には、通常、可視光域か近赤外光域にある単波長のレーザ光が用いられる。光源は、イオンレーザ光(Arレーザ、Krレーザ、He-Cdレーザ等)でもよいが、半導体レーザ光を用いればよい。それらの波長は、変色物質に応じて選択されるとよい。代表的な励起波長は、例えば、785nm、670nm、633nm、532nm、514nm等である。
【0024】
検出すべき変色物質の特性(例えば光吸収帯の波数)が既知なとき、その変色物質の光吸収帯に共鳴する波長の励起光を選択して、共鳴ラマン分光法により検査工程を行うとよい。共鳴ラマン散乱効果を利用すれば、レーザの出力抑制(または減光)をしつつ、微量または微小な変色物質でも、高感度または高速な検出が可能である。これにより、線径や熱容量が小さいワイヤ(例えば磁気センサ用アモルファスワイヤ)でも、ダメージ(組織変化、特性劣化、損傷等)を低減・回避しつつ、検査工程を行える。
【0025】
共鳴ラマン分光法により検査工程を行う場合、例えば、照射光の出力を10~1000mW、30~500mWさらには50~150mW程度にするとよい。
【0026】
ラマン分光装置は、通常、光源の他に分光器や検出器も備える。分光器には、例えば、回折格子(グレーティング)やプリズム等を備えたモノクロメータが、レイリー散乱光除去フィルターと組み合わせて用いられる。検出器には、例えば、CCD(Charge-Coupled Device/電荷結合素子)が用いられる。
【0027】
特定バンド(例えば、変色物質の光吸収帯の波数域)のラマンスペクトルを観察する場合なら、マルチチャネル検出器の1種であるCCD検出器に替えて、PMT(photomultiplier tube/光電子増倍管)を検出器に用いてもよい。PMT検出器を用いる場合、バンドパスフィルタを導入して回折格子を無くしてもよい。このような構成でも、変色物質を高感度に検出できる。
【0028】
検査工程は、顕微鏡、集光レンズ(対物レンズ)、プローブ等を備える顕微レーザラマン分光装置を用いてなされてもよい。この場合、細いワイヤ(例えば、線径が1mm以下、0.5mm以下さらには0.1mm以下)へも励起光を精度よく照射でき、その表面にある微小な変色物質も適確に検出できる。CCD検出器を備えた顕微レーザラマン分光装置なら、例えば、1sec~10msecさらには300~30msecの高時間分解能で、微小な変色物質を検出することも可能である。
【0029】
(2)検査工程は、変色物質の検出位置情報を記録してなされてもよい。検出位置情報は、変色物質の検出と、その検出があったワイヤ位置(検出位置)とを対応付ける情報(データ)である。検出位置情報により、変色物質があるワイヤ位置を特定でき、ワイヤの改修や工程管理等が容易になる。ワイヤの位置情報は、例えば、励起光の照射位置を通過した時刻、ワイヤが移動した累積の距離(例えば、移動速度×移動時間)、ワイヤを巻き取るドラムの累積回転角度等である。
【実施例0030】
一例として、磁気センサ等に用いられるコバルト基合金からなるアモルファスワイヤ(感磁ワイヤ)の表面に、その製造工程で生じた変色物質を共鳴ラマン分光法により検出する場合を示しつつ、本発明より具体的に説明する。
【0031】
《ワイヤの製造》
アモルファスワイヤ(適宜「ワイヤ」という。)の製造工程の概要を
図1に示した。各工程の内容は次の通りである。なお、本実施例では、製線工程から検査工程まで、一本に連なったワイヤが連続的に流動して処理される場合を想定した。但し、ワイヤは工程毎の処理(いわゆるバッチ処理)を経て製造されてもよい。
【0032】
先ず、原料を真空溶解炉で溶解して、コバルト基合金(CoFeSiB系合金)のインゴットを調製した(合金化工程)。
【0033】
そのインゴットを用いて、溶融紡糸法(回転液中紡糸法)により原線材(線径φ125~130μm)を得た(製線工程)。
【0034】
線材をダイスで引き延ばして細線化(線径φ15μm)した細線材を得る(伸線工程)。伸線工程は、線材とダイスの摺動面間に潤滑剤(鉱物油系)を供給して行った。
【0035】
細線材をエタノールを含ませたコットンで拭き取り、表面に付着した潤滑剤等を除去した(洗浄工程)。
【0036】
テンションを印加した洗浄後の細線材を、加熱炉内を通過させてアニールする(熱処理工程)。熱処理条件は、例えば、加熱温度:400~550℃、加熱時間(通過時間):1~10秒、引張応力:50~1500MPaの範囲内で調整される。
【0037】
熱処理後の細線材を硝酸でエッチングして最表層を除去する(エッチング工程)。なお、その除去される最表層には、熱処理で生成した酸化膜等も含まれる。こうして所定の線径(φ13μm)のアモルファスワイヤが得られる。なお、そのワイヤ全体が非晶質相からなることはX線回折分析(XRD)により確認している。
【0038】
ワイヤの出荷前に、ワイヤ全表面について変色物質の有無を検査する(検査工程)。検査工程は、次のように行った。
【0039】
《ワイヤの検査》
(1)検査装置
図2に概要を示す検査装置(検出システム)を用いて、アモルファスワイヤの表面に生じた変色物質の検出を行った。検査装置は、市販の顕微レーザラマン分光装置(日本分光株式会社製NRS-3300)と、パーソナルコンピュータからなる制御装置と、ワイヤ表面への励起光の照射とワイヤ表面からの散乱光の集光とを行う対物レンズと、ラマン分光装置とを備える。
【0040】
対物レンズにより、最大長1μm程度の変色物質も検出可能となっている。またラマン分光装置は複数のフィルタを備えており、レイリー散乱光を除去したラマン散乱光が集光される。
【0041】
制御装置は、ラマンスペクトルに基づいて変色物質の有無を判断すると共に、変色物質が検出された検出位置(検出位置情報)を記憶する。検出位置は、例えば、ワイヤ端からの長さで示される。その長さは、例えば、ワイヤの移動速度と移動時間(検査開始からの経過時間)とから算出してもよいし、ワイヤの巻取ドラムの回転角等から算出してもよい。
【0042】
(2)検査工程
先ず、アモルファスワイヤは金属色であるが、その表面に付着していた変色物質は茶褐色であった。その変色物質を事前にラマン分光分析したところ、
図3の中段に示すラマンスペクトルが得られた。なお、
図3の中段には変色物質が無いときのラマンスペクトルも併せて示した。
【0043】
図3から明らかなように、ラマンシフト686cm
-1付近の鋭いラマンスペクトルと、ラマンシフト1583付近の緩やかなラマンスペクトルとが観られた。これらから、変色物質は、酸化コバルトおよび/またはカーボン(炭化物)であることが判明した。なお、このとき用いたレーザの波長532nmであった。
【0044】
同様の分析を他所の変色物質についても繰り返し行い、各変色物質のラマンスペクトルから得られた酸化コバルトのラマン強度とカーボンのラマン強度とを、
図4にまとめてプロットした。
図4から明らかなように、カーボンが検出されるときは酸化コバルトも検出されるが、カーボンが殆ど検出されなくても酸化コバルトは検出された。これらのことから結局、酸化コバルトに着目すれば、変色物質の検出が可能であることがわかった。
【0045】
次に、ラマン分光の露光時間が異なる変色物質のラマンスペクトルを
図5に対比して示した。
図5から明らかなように、露光時間が1秒でもS/N(信号雑音比)は約5程度あり、十分に酸化コバルト由来のピークを検出できることがわかった。励起光の強度(エネルギー密度)や分光器のスリット幅等をさらに調整すれば、ミリ秒オーダで酸化コバルトのピークを検出できることもわかった。ここでいう露光時間は、ラマンスペクトルを測定する際にワイヤにレーザを照射した時間を意味し、ソフトウェア上で設定値を変更することにより調整した。またS/Nはラマンスペクトルから酸化コバルト由来のピーク強度を2000cm
-1位置のノイズ幅で除して求めた。
【0046】
上述したことから、酸化コバルト(Co
3O
4)の光吸収帯(350~550nm)に近接した励起波長を有するグリーンレーザ(波長:532nm)を光源として、変色したワイヤに対して、線状にマッピング測定を行い共鳴ラマン分光法による検査工程を行うことにした。測定は、ワイヤの移動間隔:5μmステップ、ラマン分光の露光時間:30秒として行った。その結果、1μm程度の大きさの変色物質が不規則にある場合でも、安定して検出可能であることが確認された(
図3の下段)。
【0047】
《考察》
ワイヤ表面に変色物質が生じる想定メカニズムを
図6に示した。上述した製造工程の場合、熱処理工程の前工程(伸線工程)でワイヤ表面に潤滑剤が付着する。その潤滑剤が除去されずに残存したまま熱処理がなされると、ワイヤ表面に炭化物(主にアモルファスカーボン)が形成される。この炭化物が次工程のエッチングを阻害する。その結果、その炭化物の存在領域に対応して、酸化膜(主に酸化コバルト)がエッチングされずに残留する。変色物質は、その残留した酸化膜に主に由来していると考えられる。
【0048】
その結果、酸化膜の主成分である酸化コバルトをラマン分光法で検出することで、結局、ワイヤの変色を目視に依らずに、適確に検出できるようになったと考えられる。