(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022097368
(43)【公開日】2022-06-30
(54)【発明の名称】回収用キットおよび核酸含有溶液の調製方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220623BHJP
C12M 1/28 20060101ALI20220623BHJP
C12N 15/10 20060101ALI20220623BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12M1/28
C12N15/10 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021136498
(22)【出願日】2021-08-24
(31)【優先権主張番号】P 2020210546
(32)【優先日】2020-12-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100177149
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 浩義
(74)【代理人】
【識別番号】100197701
【弁理士】
【氏名又は名称】長野 正
(74)【代理人】
【識別番号】100222922
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 朋子
(72)【発明者】
【氏名】久野 敦
(72)【発明者】
【氏名】日尾野 隆大
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 隆
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA09
4B029BB01
4B029BB13
4B029BB20
4B029CC01
4B029GB05
4B029HA05
(57)【要約】
【課題】磁気ビーズを使用せず、B/F分離のために遠心操作を行うことなく効率よく核酸含有溶液を調製することができる回収用キットおよび核酸含有溶液の調製方法を提供する。
【解決手段】核酸が核酸被包物質に内包された核酸含有物質から核酸を回収するための回収用キットは、溶液透過性の袋状物にパックされた、核酸に対する非吸着性を有し、かつ核酸被包物質に対する吸着性を有する粒子状担体と、袋状物を収納する管状容器と、を備え、袋状物の容積が100μl~5mlである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸が核酸被包物質に内包された核酸含有物質から前記核酸を回収するための回収用キットであって、
溶液透過性の袋状物にパックされた、前記核酸に対する非吸着性を有し、かつ前記核酸被包物質に対する吸着性を有する粒子状担体と、
前記袋状物を収納する管状容器と、
を備え、
前記袋状物の容積が、
100μl~5mlである、
回収用キット。
【請求項2】
前記粒子状担体は、
タンパク質、糖鎖および脂質からなる群から選択される1種以上に対する吸着性を有する、
請求項1に記載の回収用キット。
【請求項3】
前記粒子状担体が、
粘土担体、アガロース担体、デキストラン担体、ハイドロキシアパタイト担体、シリカゲル担体、ポリスチロール樹脂担体、ポリフェノール樹脂担体、ポリアクリル樹脂担体、ポリアルキル樹脂担体、ポリビニル樹脂担体、これら担体の誘導体、ならびに表面に抗核酸被包物質抗体および表面糖鎖認識分子の少なくとも一方が固定された担体からなる群から選択される1種以上である、
請求項1または2に記載の回収用キット。
【請求項4】
前記粒子状担体の平均粒子径が、
0.5μm~2mmである、
請求項1から3のいずれか一項に記載の回収用キット。
【請求項5】
前記管状容器に、前記粒子状担体と共に溶媒が収納される、
請求項1から4のいずれか一項に記載の回収用キット。
【請求項6】
核酸抽出用溶液をさらに備える、
請求項1から5のいずれか一項に記載の回収用キット。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の回収用キットの前記管状容器に核酸含有物質を含有する液状試料を添加し、
前記液状試料をピペッティングして前記粒子状担体に核酸含有物質を構成する前記核酸被包物質を吸着させ、
上清を廃棄し、
前記管状容器に核酸抽出用溶液を添加して前記核酸被包物質を破壊して内包された核酸を遊離させ、
前記核酸を含む上清を回収する、
核酸含有溶液の調製方法。
【請求項8】
前記液状試料が、
前記核酸含有物質としてウイルスを含有する溶液である、
請求項7に記載の核酸含有溶液の調製方法。
【請求項9】
前記液状試料が、
前記核酸含有物質として細胞外小胞を含有する溶液である、
請求項7に記載の核酸含有溶液の調製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸を回収するための回収用キット、および当該回収用キットを使用して核酸含有物質から核酸含有溶液を調製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エクソソームは、脂質およびタンパク質を含む生体膜の内部に核酸を含む細胞外小胞の一種である。起源となった細胞由来の分子から形成され、一部固有の分子を含むため、特に増幅が可能なエクソソーム内の核酸は細胞識別バイオマーカーとして利用されている。エクソソームから核酸を抽出する方法として、例えば、超遠心分離法で生物試料から微小胞を単離し、単離された微小胞をDNアーゼなどで処理し遠心分離してペレット化し、このペレット化された微小胞から核酸を抽出する方法がある(特許文献1)。特許文献1の実施例では、血清を遠心して核酸含有粒子のペレットを得た後に細胞溶解液で懸濁し、DNA除去カラムを特色とするQiagen RNeasy Plusキットで処理し、核酸含有粒子由来のRNAを得ている。
【0003】
また、タンパク質などを含む試料から核酸を分離する方法として、高磁化磁気ビーズを用いる方法がある(特許文献2)。特許文献2では、血液試料に溶解結合液を加えて生体試料を溶解し、タンパク質可溶化剤を添加して核膜と核タンパク質を破壊し、高磁化磁気ビーズを加えて核酸を吸着させ、ついで洗浄液、エタノール、溶出液を加える度に吸着した物質と吸着していない物質を分離し(B/F分離)、磁気ビーズに吸着された核酸を抽出している。
【0004】
また、磁気ビーズに吸着した物質を効率的に撹拌および回収するための、磁気ビーズを収納した試験管もある(特許文献3)。当該試験管は、容器の長手方向に往復移動可能な中空の軸体と、前記軸体の中空内に配置された磁力発生手段とを含み、軸体を往復運動させることで磁気ビーズを流動体内に撹拌させる一方、磁力発生手段によって磁気ビーズを流動体内から回収することができる、磁気ビーズ回収撹拌具である。
【0005】
エクソソームの核酸を包み込む袋状の生体膜を「核酸被包物質」と称すれば、エクソソームは、核酸が核酸被包物質に内包された核酸含有物質といえる。このような核酸被包物質の内部に核酸を有するものとして、エクソソームなどの細胞外小胞の他にウイルスがある。ウイルスは、カプシドタンパク質または生体膜由来のエンベロープ内にウイルスゲノムを有している。エンベロープを有するウイルスとして、例えば、単純ヘルペスウイルス、B型肝炎ウイルスなどのDNAウイルス;C型肝炎ウイルス、SARSコロナウイルス、SARS-CoV-2、MERSコロナウイルス、インフルエンザウイルス、エボラウイルス、ヒト免疫不全ウイルスなどのRNAウイルスがある。ウイルス性疾患の罹患者から血液、唾液、または咽頭拭い液、その他の試料を採取し、この試料からウイルスゲノムを抽出して配列等を決定すれば、疾患の原因ウイルスを特定することができる。
【0006】
例えば、レジオネラ菌を検出するために、容器に収納された被処理液中に袋を浸漬する方法がある(特許文献4)。袋は、レジオネラ菌に対して親和性の高いリン酸カルシウム系化合物で構成された担体を収納しており、担体の平均粒径より小さい目開きを有する。被処理液が袋の開口を通過して袋内に浸入して、担体と接触し、担体の表面にレジオネラ菌が付着する。続いて、レジオネラ菌が付着した担体に緩衝液を接触させることで、担体に付着したレジオネラ菌を緩衝液中に遊離させて回収することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2013-545463号公報
【特許文献2】特開2009-33995号公報
【特許文献3】特開2001-170513公報
【特許文献4】特開2006-296417公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ウイルス性疾患の流行時には迅速な検査体制の確立および効率的な検体処理システムが求められる。しかしながら、ウイルスの病原性に応じてバイオセーフティレベルの高い施設でウイルスの不活化処理を行い、ウイルス核酸が含まれる遺伝子分画を抽出する必要がある。ウイルス粒子を吸着させ遊離核酸を分画するにはクロマトグラフィが有効であるが、クロマト担体の一端から検体を投入し他端から分離液を回収する流路クロマト分離法では、病原性試料が、インジェクター、担体流路内および検出装置を移動するため汚染範囲が広範となる。一方、容器内に担体と液体試料とを混合して分離するバッチクロマト分離法では、担体をピペッティングなどで液体試料と混合した後に担体と液体とを分離するために遠心操作が必須で、病原性ウイルスを含むエアゾルが発生しやすい。この点、磁気ビーズを使用する方法は遠心操作が不要であるが、取得ウイルス粒子単位当たりの利用ビーズ単価が高く、液体試料中のすべてのウイルス吸着への利用には現実的ではない。
【0009】
バッチクロマト分離法では、液体試料が十分に流動して核酸被包物質が担体に暴露されることが必要である。上記特許文献4に開示された方法では、袋に接続した紐を介して袋または被処理液に振動を与えることでレジオネラ菌の担体への付着の効率化が図られているものの、被処理液の体積単位が500mLと比較的大きく被処理液を十分に流動させるには時間を要する。このため、レジオネラ菌の担体への付着における効率性に改善の余地がある。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、磁気ビーズを使用せず、B/F分離のために遠心操作を行うことなく効率よく核酸含有溶液を調製することができる回収用キットおよび核酸含有溶液の調製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、粒子状担体を溶液透過性の袋状物でパックすると、ウイルスなどを含む液状試料と粒子状担体との混和後に、遠心分離することなく上清を回収できることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち本発明の第1の観点に係る回収用キットは、
核酸が核酸被包物質に内包された核酸含有物質から前記核酸を回収するための回収用キットであって、
溶液透過性の袋状物にパックされた、前記核酸に対する非吸着性を有し、かつ前記核酸被包物質に対する吸着性を有する粒子状担体と、
前記袋状物を収納する管状容器と、
を備え、
前記袋状物の容積が、
100μl~5mlである。
【0013】
前記粒子状担体は、
タンパク質、糖鎖および脂質からなる群から選択される1種以上に対する吸着性を有する、
こととしてもよい。
【0014】
前記粒子状担体が、
粘土担体、アガロース担体、デキストラン担体、ハイドロキシアパタイト担体、シリカゲル担体、ポリスチロール樹脂担体、ポリフェノール樹脂担体、ポリアクリル樹脂担体、ポリアルキル樹脂担体、ポリビニル樹脂担体、これら担体の誘導体、ならびに表面に抗核酸被包物質抗体および表面糖鎖認識分子の少なくとも一方が固定された担体からなる群から選択される1種以上である、
こととしてもよい。
【0015】
前記粒子状担体の平均粒子径が、
0.5μm~2mmである、
こととしてもよい。
【0016】
前記管状容器に、前記粒子状担体と共に溶媒が収納される、
こととしてもよい。
【0017】
上記本発明の第1の観点に係る回収用キットは、
核酸抽出用溶液をさらに備える、
こととしてもよい。
【0018】
本発明の第2の観点に係る核酸含有溶液の調製方法は、
上記本発明の第1の観点に係る回収用キットの前記管状容器に核酸含有物質を含有する液状試料を添加し、
前記液状試料をピペッティングして前記粒子状担体に核酸含有物質を構成する前記核酸被包物質を吸着させ、
上清を廃棄し、
前記管状容器に核酸抽出用溶液を添加して前記核酸被包物質を破壊して内包された核酸を遊離させ、
前記核酸を含む上清を回収する。
【0019】
前記液状試料が、
前記核酸含有物質としてウイルスを含有する溶液である、
こととしてもよい。
【0020】
前記液状試料が、
前記核酸含有物質として細胞外小胞を含有する溶液である、
こととしてもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、磁気ビーズを使用せず、B/F分離のために遠心操作を行うことなく効率よく核酸含有溶液を調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】実施例2において、回収用キットに検体液を添加した後の外観を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本実施の形態に係る回収キットは、核酸が核酸被包物質に内包された核酸含有物質から核酸を回収するための回収用キットである。回収用キットは、溶液透過性の袋状物にパックされた粒子状担体と、袋状物を収納する管状容器と、を備える。
【0024】
核酸とは、DNA、RNA、microRNA、mRNA、およびノンコーディングRNAなどを意味する。「核酸被包物質」とは、それ自体が核酸を含まない袋状の物質である。また、「核酸含有物質」とは、核酸被包物質の内部に核酸が収納された物質を意味する。「核酸含有物質」としては、天然由来のものとしてエクソソーム、微小小胞体(Microvesicles)、およびアポトーシス小胞(Apoptotic Bodies)などの細胞外小胞(Extracellular Vesicles)、ならびにウイルスなどがある。また、「核酸含有物質」としては、非天然由来のものとして核酸医薬を含有するDDS製剤がある。核酸含有物質として、例えば、アンチセンス核酸、およびsiRNAなどの核酸医薬をリポソーム等の人工脂質膜で被包したDDS製剤を例示することができる。
【0025】
粒子状担体は核酸に対する非吸着性を有し、かつ核酸被包物質に対する吸着性を有する。粒子状担体は、ある溶液条件で核酸に対する非吸着性を有し、かつ当該溶液条件で核酸被包物質に対する吸着性を有するものである。核酸被包物質はタンパク質、脂質、糖脂質、および糖タンパク質などで構成される。このため、たとえ開始溶液条件でタンパク質、脂質、糖脂質、糖タンパク質に加え核酸に対する吸着性を有したとしても、その後に核酸が非吸着性を示す溶液条件に担体を置換し、核酸のみを遊離させることができる担体が使用されてもよい。例えばハイドロキシアパタイトはタンパク質と核酸の両方に吸着性を示すが、100mM EDTAの存在下ではタンパク質のみに吸着性を示し、核酸には非吸着性を示すため、核酸のみを遊離させることができる。なお、等電点5のタンパク質をpH7の緩衝液に溶解すると負の電荷を有し、このタンパク質は、ジエチルアミノエタノールなどの正に帯電した担体に結合する。一方、等電点7のタンパク質はpH5の緩衝液中で正に帯電するため、カチオン交換カラムのような負に帯電した担体に結合する。したがって「吸着性」とは、対象物質に対する特定の吸着条件で吸着しうる特性を意味する。
【0026】
同様に、「非吸着性」とは、核酸に対する特定の条件で非吸着性であることを意味する。このような特定条件で核酸に対する非吸着性を有し、かつ核酸被包物質を構成するタンパク質、糖鎖および脂質からなる群から選択される1種以上に対する吸着性を有する粒子状担体として、従来から核酸抽出のためにバッチクロマト法で使用する各種担体を好適に使用することができる。粒子状担体として、例えば、粘土担体、アガロース担体、デキストラン担体、ハイドロキシアパタイト担体、シリカゲル担体、ポリスチロール樹脂担体、ポリフェノール樹脂担体、ポリアクリル樹脂担体、ポリアルキル樹脂担体、ポリビニル樹脂担体、およびこれら担体の誘導体がある。例えば、アガロース担体の誘導体としては、アガロースを化学的に架橋したゲルであるセファロースがある。また、デキストランの誘導体としてデキストランを化学的に架橋したセファデックスがある。また、ハイドロキシアパタイトの誘導体として、炭酸ハイドロキシアパタイト等がある。さらに、ポリスチロール樹脂、ポリフェノール樹脂、ポリアクリル樹脂、ポリアルキル樹脂、およびポリビニル樹脂は、特定条件で核酸に対する非吸着性を有し、かつ核酸被包物質に対する吸着性を有することを条件に、それらの誘導体を含むものとする。さらに、粒子状担体は、樹脂ビーズ粒子、ケイ藻土、アルミナその他の無機粒子、および活性炭などからなる有機粒子の表面に、抗核酸被包物質抗体、核酸被包物質の表面にある標的タンパク質に対する抗体、またはレクチンなどの表面糖鎖認識分子が、エポキシその他の化学修飾基を介して固定されたものであってもよい。本発明で使用する粒子状担体は、核酸被包物質や核酸の特性に応じて適宜選択することができる。
【0027】
粒子状担体の平均粒子径は0.5μm~2mm、好ましくは1μm~1.5mm、より好ましくは1μm~1mmである。この範囲で、粒子状担体と液体とを容易に分離することができる。なお、平均粒子径の測定方法は、光散乱法で測定したものとする。
【0028】
粒子状担体は、溶液透過性の袋状物にパックされることを特徴とする。溶液とは、管状容器に添加する液状試料を含み、洗浄液、緩衝液、核酸抽出用溶液、タンパク質変性乃至分解液を含む各種溶液を意味する。溶液透過性であれば、例えば検体液などの液状試料に含まれる成分と粒子状担体との接触を確保することができる。なお、核酸含有物質であるウイルスやエクソソームなどの細胞外小胞の大きさは100nm程度である。したがって、袋状物は、ウイルスおよび細胞外小胞などの核酸含有物質が通過できる孔を有することが必要であり、かつ当該孔は、粒子状担体が漏れ出ないことも重要である。このため、袋状物は、溶液透過性であり、核酸含有物質を通過できかつ粒子状担体を通過しない孔を有する。粒子状担体が袋状物でパックされることで、液状試料に含まれる核酸含有物質と粒子状担体との接触を可能とする一方、粒子状担体の液体中での分散を袋状物内に抑制し、液体と粒子状担体との分離を容易にすることができる。なお、粒子状担体の平均粒子径は0.5μm~2mmであるから、袋状物の孔径は、使用する粒子状担体の平均粒子径に対応して、100nm~2mmの範囲で適宜選択することができる。
【0029】
袋状物の素材は、核酸、核酸被包物質、および核酸含有物質を吸着しないものであり、例えば、ガラス繊維、アラミド繊維、セルロース繊維、ナイロン繊維、ビニロン繊維、ポリエステル繊維、ポリエチレン繊維、ポリオレフィン繊維、レーヨン繊維、およびポリテトラフルオロエチレンなどのハロゲン含有繊維、これらの混合物や積層物であってもよい。これらからなる不織布の場合は、周知の技術、例えば、乾式法、湿式法、スパンボンド法、サーマルボンド法、ケミカルボンド法、ステッチボンド法、ニードルパンチ法、メルトブロー法、スパンレース法、およびスチームジェット法などで調製することができる。また、素材に応じて好適な方法で袋状物に成形することができる。例えばポリプロピレンなどの熱溶融性物質を使用する場合は、各辺を熱溶融により接着させて袋状物に成形してもよく、ニードルパンチ法その他で成形してもよい。また、袋状物は、上記材料の網目、不織布の密度、その他を調整することで、ウイルスまたは細胞外小胞などの核酸含有物質を通り抜け、かつ粒子状担体が通過できない特性を確保することができる。
【0030】
袋状物のサイズや形状は、特に限定されない。例えば、袋状物の形状は、2枚の不織布を平面的に接着したもの、立体的な成型、例えば中空の三角錐状、六面体状、八面体状、十二面体状、二十面体状、その他の多面体状、円錐状、円柱状、球状を例示することができる。このような形状は、袋状物に収納された粒子状担体を収納する管状容器の底部の形状に応じて適宜選択することが好ましい。また、溶液中で、粒子状担体と核酸被包物質とが効率的に吸着できるサイズであることが好ましい。したがって、粒子状担体の収容量は、袋状物の容積に対し、粒子状担体の容積が0.01~0.9倍、好ましくは0.05~0.7倍、より好ましくは0.1~0.5倍となるように袋状物に収納する。
【0031】
管状容器に添加される核酸含有物質を含有する液状試料は、好ましくはピペッティングによって撹拌される。この場合、管状容器に添加される液状試料の体積は1~100ml程度である。袋状物の容積は、液状試料の体積に応じて適宜調整される。袋状物の容積は、例えば、10μl~10ml、40μl~8ml、60μl~6mlまたは80μl~5ml、好ましくは100μl~5ml、100μl~3ml、100μl~2ml、100μl~1ml、200μl~3ml、200μl~2ml、200μl~1mlまたは500μl~3mlである。
【0032】
管状容器は、従来のバッチクロマト分離法で使用する容器を広く使用することができる。したがって、管状容器の底部の形状は、平底であっても、U字型であっても、V字型であってもよい。また、底部近傍の直径が狭く、開口部近傍の直径が広がる形状であってもよい。管状容器の管長や容量には制限はない。ピペッティングに好適な長さや容量を選択することができる。管状容器は蓋部を有するものであってもよい。したがって、名称にかかわらず、試験管、遠沈管、スピッツ管、マイクロチューブ、PCRチューブ、マイクロプレート、ELISAプレート、および培養用プレートなどを好適に使用することができる。管状容器の材質も、ポリプロピレンなどプラスチック製、硬質ガラス、パイレックス(登録商標)ガラス、石英ガラス、および金属など、いずれであってもよい。
【0033】
管状容器には、粒子状担体と共に溶媒を収納してもよい。溶媒としては、生理食塩水、および緩衝液などがある。予め粒子状担体と共に溶媒を収納すると液状試料を溶媒でピペッティングすることができ、有利である。また、管状容器に溶媒が含まれていると、例えば、核酸被包物質と、液状試料に含まれる遊離核酸が粒子状担体に吸着した場合に、ピペットまたはデカンタにより遊離核酸を簡便に除去することができる。
【0034】
本実施の形態に係る回収用キットは、1種以上の核酸抽出用溶液をさらに備えてもよい。核酸抽出用溶液としては、例えば、グアニジンチオシアン酸塩、グアニジン塩酸塩およびフェノールなどのタンパク質変性剤、SDSなどの界面活性剤、ジエチルピロカーボネート(DEPC)およびリボヌクレアーゼインヒビターなどの核酸分解酵素不活化剤、2-メルカプトエタノールおよびDTTなどの還元剤、を例示することができる。これらを組み合わせて核酸抽出用溶液として使用することができる。
【0035】
別の実施の形態では、上記回収用キットを使用して前記核酸含有物質を含有する検体から核酸含有溶液を調製する方法が提供される。例えば、平均粒子径40μmのハイドロキシアパタイト50μlを、ポリプロピレン不織布で容量100μlに調製した袋状物でパックした担体を調製し、これを容量2mlの管状容器に収納して回収用キットを調製し、この回収用キットで核酸含有物質としてウイルスを含有する溶液(検体液)からRNA含有溶液を調製する場合で説明する。
【0036】
定法に従い、被験者から採取したSARS-CoV-2などの核酸含有物質を含む検体液1mlを管状容器に添加する。ハイドロキシアパタイトはタンパク質吸着性を有するため、管状容器内で検体液をピペッティングすると、検体液に含まれるSARS-CoV-2ウイルス粒子がハイドロキシアパタイトに吸着される。その後、1時間、温度2~10℃に静置した後、上清を廃棄する。上清には、ハイドロキシアパタイトに吸着されなかった成分が含まれ、これを除去する。次いで、洗浄液、例えば100mM EDTAを含有し、水酸化ナトリウムでpH8に調整された溶液1mlを管状容器に添加し、ピペッティングしてハイドロキシアパタイトを洗浄し、次いでピペットによる吸引またはデカンティングにより上清を回収し、廃棄する。この洗浄工程により、ハイドロキシアパタイトに吸着されなかった成分および、一旦吸着するがEDTAによってハイドロキシアパタイトとの結合が阻害される遊離核酸などの物質を除去することができる。ハイドロキシアパタイトが袋状物にパックされているため、遠心操作を行うことなくピペットによる吸引またはデカンティングによりB/F分離を行うことができる。
【0037】
上清を除去した後に、管状容器にDEPCなどのRNA分解酵素不活化剤およびフェノール溶液などのタンパク質変性剤、SDSなどの界面活性剤などの核酸抽出用溶液をそれぞれ適量添加し、ボルテックスミキサーなどでエンベロープ(核酸被包物質)を破壊する。これにより、核酸被包物質からRNAが遊離し、溶液中に移行する。管状容器内の上清には、遊離したRNAが含まれ、ピペットによる吸引やデカンティングによりRNA含有溶液を回収することができる。このRNA含有溶液は、例えばPCR検査等に使用することができる。
【0038】
上記は、ウイルスを含有する検体液からRNA含有溶液を調製する方法で説明したが、洗浄液その他の溶媒や核酸抽出用溶液の種類を適宜選択することで他の核酸含有溶液を調製することができる。
【0039】
ウイルス由来の核酸含有物質を含む試料としては、例えば、被験者から採取した血液、血清、血漿、鼻咽頭拭い液、唾液、鼻腔洗浄液、気管支肺胞洗浄液、喀痰・鼻汁・糞便の懸濁液、気相中のまたは物質表面のウイルスを捕集後再溶出した溶液などを例示することができる。また、ウイルス由来の核酸含有物質を含む試料としては、室内外の大気、河川、その他の環境から採取し、溶液中に保持したウイルスを含有する試料がある。
【0040】
ウイルス由来の核酸含有物質を含む試料は、バイオ系実験室で使用する、ウイルス含有細胞培養液などであってもよい。ウイルスは、遺伝子であるDNAまたはRNAが種類によってカプシドタンパク質の殻またはエンベロープによって覆われている。このため、粒子状担体とウイルスを含有する溶液とを混合すると粒子状担体にエンベロープタンパク質またはカプシドタンパク質が結合する。ウイルスによっては病原性を有するため、バイオセーフティレベルの高い施設で処理する必要があり工程数を少なくできることが望まれる。また、処理工程で病原性ウイルスを含むエアゾルの発生を回避することも重要である。本実施の形態に係る回収用キットを構成する管状容器は、ウイルス含有試験溶液などの検体収納容器、およびバッチクロマト用容器として使用することができる。
【0041】
従来の粒子状担体を充填した回収用キットを使用する場合は、B/F分離のために遠心操作が必要であり、遠心装置またはその周辺でエアゾルが発生した。しかしながら本実施の形態に係る回収キットによれば、遠心操作を行うことなくB/F分離を行うことができるため、ウイルスを含む溶液のエアゾル発生を抑制することができる。また、粒子状担体が袋状物にパックされているため洗浄液をピペットによる吸引またはデカンティングにより廃棄することができるため操作が簡便である。なお、核酸抽出用溶液を添加してタンパク質が変性され、エンベロープおよびカプシドなどの核酸被包物質から遊離したウイルスは感染力が消失している。本実施の形態に係る回収キットによれば、核酸含有溶液の調製、およびウイルス不活化までの工程を、ウイルス含有エアゾルを発生させることなく、全て管状容器内で行うことができる。しかも粒子状担体が袋状物にパックされているため、遊離核酸を含む上清の回収率も高い。この核酸含有溶液を用いて、従来と同様にDNAおよびRNAなどの配列や含有量を分析することができる。
【0042】
また、核酸含有物質を含有する液状試料としては、エクソソームを含有する血液や尿、髄液、胆汁、膵液、羊水および腹水などの体液ならびに細胞培養液などの細胞外小胞含有溶液であってもよい。エクソソームは、真核細胞に含まれる膜結合性の細胞外小胞であり、タンパク質、DNAおよびRNAなど、起源細胞に由来するさまざまな分子的構成要素を含んでいる。本実施の形態に係る回収キットによれば、管状容器を細胞外小胞溶液の保存容器およびバッチクロマト用容器として使用することができる。ウイルスを含有する溶液と同様にして、袋状物にパックされた粒子状担体を収納した管状容器に細胞外小胞の溶液を加え、含まれるタンパク質を粒子状担体に結合させると、細胞外小胞の核酸はタンパク質と結合しているため、核酸も粒子状担体側に存在する。次いで、粒子状担体に結合しない成分を、遠心操作を行うことなくピペットによる吸引またはデカンテーションで廃棄し、洗浄液を添加して洗浄した後、ウイルス由来の核酸を抽出する場合と同様に核酸抽出用溶液を添加し、タンパク質と核酸との結合を破壊し、次いで、核酸抽出用溶液に溶出された核酸を含む上清を核酸含有溶液として回収する。この溶液を用いて、DNA、RNA、mRNAおよびmiRNAなどの配列や含有量を分析することができる。
【0043】
本実施の形態に係る回収用キットでは、袋状物の容積を100μl~5mlとすることで、ピペッティング等の簡便な操作によって担体を液状試料に短時間で十分に暴露することができる。これにより、液状試料中の核酸被包物質を担体に効率よく吸着させることができる。
【0044】
なお、本実施の形態に係る回収用キットにおいて、粒子状担体は袋状物にパックされた状態で提供されてもよいし、袋状物とは独立した状態で提供されてもよい。粒子状担体が袋状物とは独立した状態で提供される場合、使用時に、リン酸緩衝生理食塩水等に懸濁して調製した粒子状担体を封入した袋状物が管状容器に収納されるようにしてもよい。
【実施例0045】
以下、実施例により本開示をさらに具体的に説明する。但し、本開示はこれらに限定されるものではない。
【0046】
実施例1
ポリプロピレン製不織布を熱溶融による接着で内径0.5cmの円筒状に成形した。この円筒の一端側を熱溶融による接着で閉じ、他端側が開口した袋状物を成型した。光散乱法で測定した、平均粒子径40μmのハイドロキシアパタイト担体(バイオラッド社製)をリン酸緩衝生理食塩水に懸濁し、湿潤状態での粒子状担体が占める体積が全体の50%になるスラリーを調製した。このスラリー100μlを上記袋状物に収納した後に、先に熱溶融した一端側から1cm上端を、下端と直行するように熱溶融により接着して他端側の開口部を閉じて四面体に成形した。これを、容量2mlのポリプロピレン製の蓋付きマイクロチューブ(Eppendorf社製Protein LoBind Tubes)に収納して回収用キットを調製した。なお、調製した袋状物の容量は103μlであった。
【0047】
実施例2
A型インフルエンザウイルス(A/Puerto Rico/8/1934(H1N1)株)の培養液をMDCK細胞に接種し、5μg/mlのアセチル化トリプシン(ウシ膵臓由来、Merck社製)を含むイーグル最小必須培地(ニッスイ社製)で3日間培養した。次いで、ウイルス感染細胞の培養上清を回収し、これを3000×gで5分間遠心して不溶成分を取り除いたものを検体液とした。
【0048】
実施例1で調製した回収用キットに検体液1mlを添加し、容量1mlに設定したマイクロピペット(ニチリョー社製Nichipet Premium 100~1000)を用いてピペッティングした後、温度4℃で1時間静置した。この状態を
図1に示す。ピペッティングにより上清を除去し、次いで100mMのEDTAを含有する水酸化ナトリウムでpHを8.0に調整した洗浄液を1ml添加してピペッティングし、上清を除去した。
【0049】
次いで、RNA抽出試薬として6mol/Lグアニジンチオシアン酸塩を100μl加えてピペッティングし、ウイルスから核酸を遊離させた。ついで、ピペットにて上清を回収し、核酸含有溶液とした。この核酸含有溶液を、分子生物学用滅菌水(ナカライテスク社製)で2倍に希釈した後に自動核酸抽出装置(プレシジョン・システム・サイエンス社製 magLEAD 12gC)に供し、核酸抽出試薬(プレシジョン・システム・サイエンス社製 MagDEA Dx SV)を用いてウイルスRNAを含む核酸成分を抽出した。
【0050】
Nakauchiら(Journal of Virological Methods, 2011, One-step real-time reverse transcription-PCR assays for detecting and subtyping pandemic influenza A/H1N1 2009, seasonal influenza A/H1N1, and seasonal influenza A/H3N2 viruses)が示すA型インフルエンザウイルスのM遺伝子検出用プライマーおよびプローブ(MP-39-67For、MP-183-153RevおよびMP-96-75ProbeAs)と市販の定量PCRキット(東洋紡社製 THUNDERBIRD Probe One-step qRT-PCR Kit)を用い、定量PCR装置(アプライドバイオシステムズ社製 7500 Fast Real-Time PCR System)に供し、上記抽出した核酸成分に含まれるA型インフルエンザウイルス遺伝子を定量することができた。
【0051】
上述した実施の形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、本発明の範囲内とみなされる。