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特開2023-100186乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後予測方法
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  • 特開-乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後予測方法 図1
  • 特開-乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後予測方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023100186
(43)【公開日】2023-07-18
(54)【発明の名称】乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後予測方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20230710BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20230710BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20230710BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20230710BHJP
【FI】
C12Q1/68 ZNA
C12Q1/686 Z
G01N33/50 P
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022000691
(22)【出願日】2022-01-05
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載日:令和3年1月19日、掲載アドレス:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvms/advpub/0/advpub_20-0483/_article/-char/en、刊行物名及び該当頁:J.Vet.Med.Sci.83(3):370-377,2021(doi:10.1292/jvms.20-0483)
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【弁理士】
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 未知子
(74)【代理人】
【識別番号】100207907
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 桃子
(74)【代理人】
【識別番号】100217294
【弁理士】
【氏名又は名称】内山 尚和
(72)【発明者】
【氏名】前田 真吾
(72)【発明者】
【氏名】酒居 幸生
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045CB02
2G045DA13
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ43
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS36
(57)【要約】
【課題】乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後予測方法および治療方法の選択方法の提供。
【解決手段】本発明によれば、被験動物から得られた乳腺組織におけるHER2遺伝子のコピー数を測定する工程を含む、乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後予測方法が提供される。本発明によればまた、前記予後予測方法を実施する工程と、予測された被験動物の予後に基づいて適切な治療方法を選択する工程を含む、乳腺癌に罹患したイヌ科動物の治療方法の選択方法が提供される。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後予測方法であって、被験動物から得られた乳腺組織におけるHER2遺伝子のコピー数を測定する工程を含んでなる、前記方法。
【請求項2】
HER2遺伝子のコピー数の測定をPCR法により実施する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被験動物のHER2遺伝子のコピー数の増加を該被験動物の予後の不良の指標とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
被験動物において対照遺伝子のコピー数をさらに測定する工程を含んでなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
被験動物における対照遺伝子のコピー数に対するHER2遺伝子のコピー数の比率(コピー数比率)が、健常イヌ科動物のコピー数比率(カットオフ値)を上回る場合に、被験動物の予後が不良であることが示される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
癌再発の予測方法である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
乳腺癌に罹患したイヌ科動物の治療方法の選択方法であって、請求項1~6のいずれか一項に記載に記載の予後予測方法を実施する工程と、前記予後予測方法により予測された被験動物の予後に基づいて適切な治療方法を選択する工程を含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳腺癌はイヌに発生する腫瘍で最も頻度が高い悪性腫瘍である。早期に外科的に完全切除できれば予後は良好であることが多いが、術後しばしば再発することもある。
【0003】
イヌ科動物ではこれまでに尿試料を用いた癌を検出する方法が知られているが(特許文献1)、乳腺癌に罹患したイヌ科動物の術後の再発や予後を予測するバイオマーカーは確立されていない。また初診時に既に転移している場合もあり、そのような状況では薬剤による内科療法など、適切な治療方法の選択が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-126295号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後予測方法の提供を目的とする。本発明はまた、乳腺癌に罹患したイヌ科動物の治療方法の選択方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは今般、乳癌に罹患したイヌにおいて、乳腺組織サンプルにおけるHER2遺伝子のコピー数増加(以下、単に「HER2コピー数増加」ということがある)とHER2のタンパク質過剰発現との間には有意な相関が認められないことを見出した。本発明者らはまた、乳癌に罹患したイヌにおいて、HER2コピー数増加が認められた群はHER2コピー数増加が認められない群と比較して生存期間が有意に短く、予後が不良である一方、HER2タンパク質過剰発現が認められた群とHER2タンパク質過剰発現が認められない群との間には生存期間に有意な差が認められないことを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0007】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後予測方法であって、被験動物から得られた乳腺組織におけるHER2遺伝子のコピー数を測定する工程を含んでなる、前記方法。
[2]HER2遺伝子のコピー数の測定をPCR法により実施する、上記[1]に記載の方法。
[3]被験動物のHER2遺伝子のコピー数の増加を該被験動物の予後の不良の指標とする、上記[1]または[2]に記載の方法。
[4]被験動物において対照遺伝子のコピー数をさらに測定する工程を含んでなる、上記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]被験動物における対照遺伝子のコピー数に対するHER2遺伝子のコピー数の比率(コピー数比率)が、健常イヌ科動物のコピー数比率(カットオフ値)を上回る場合に、被験動物の予後が不良であることが示される、上記[4]に記載の方法。
[6]癌再発の予測方法である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]乳腺癌に罹患したイヌ科動物の治療方法の選択方法であって、上記[1]~[6]のいずれかに記載に記載の予後予測方法を実施する工程と、前記予後予測方法により予測された被験動物の予後に基づいて適切な治療方法を選択する工程を含む、前記方法。
【0008】
本発明によれば、乳癌に罹患したイヌ科動物の予後を予測することができるため、予測結果に基づいて被験動物にとって適切な治療方法を選択できる点で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、イヌ乳腺組織におけるHER2:CFA8比を正常組織サンプル(n=11)、乳腺腫組織サンプル(n=14)および乳癌組織サンプル(n=34)についてそれぞれプロットした図である。点線はHER2コピー数増加を検出する普遍的閾値(>1.12)である。N.S.は有意差なしを示す。
図2図2は、乳癌に罹患したイヌにおけるHER2コピー数増加(A)およびHER2タンパク質過剰発現(B)の生存率への影響をカプラン-マイヤー曲線で示した図である。
【発明の具体的説明】
【0010】
本発明の方法はイヌ科動物に対して実施することができる。イヌ科動物に属する動物としては、例えば、イエイヌが挙げられる。なお、本明細書において、「イエイヌ」と「イヌ」および「犬」は同義である。
【0011】
本発明の方法により予後を予測できる、あるいは癌再発を予測できる対象動物は乳腺癌に罹患したイヌ科動物である。乳腺癌に罹患しているかは組織病理学的評価などに基づいて獣医師により行われる。なお、本明細書において、「乳腺癌」は「乳癌」および「乳腺悪性腫瘍」と同義である。
【0012】
本発明の方法は、被験動物から得られた乳腺組織におけるHER2遺伝子のコピー数を測定することにより実施することができる。本発明の方法では、後述のように、対照遺伝子のコピー数に対するHER2遺伝子のコピー数の比率を算出するため、被験動物の乳腺組織における対照遺伝子のコピー数の測定も合わせて実施することができる。
【0013】
HER2遺伝子および対照遺伝子のコピー数の測定は、PCR法、次世代配列決定法、比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH)法、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)法などの公知の方法により行うことができるが、高感度検出の観点からPCR法が好ましく、さらに迅速かつ簡便な検出の観点からデジタルPCRおよびリアルタイムPCRがより好ましい。特に、デジタルPCRおよびリアルタイムPCRは、被験動物から採取した試料について、HER2遺伝子および対照遺伝子のコピー数を同時に測定することができ、容易に比率を算出することができる点で有利である。デジタルPCRおよびリアルタイムPCRは、いずれも市販の装置、試薬およびキットなどを使用して実施することができる。HER2遺伝子および対照遺伝子のコピー数の測定に当たって必要となるプローブやプライマーは、後述の公知の配列情報を元に設計することができる。
【0014】
本発明の方法において、予後予測および癌再発の予測の指標となるHER2遺伝子は、検査対象となるイヌ科動物のHER2遺伝子とすることができる。HER2遺伝子の塩基配列は本技術分野において周知であり、例えば、イエイヌのHER2遺伝子の塩基配列は、NCBIにGene ID:403883 (ERBB2 erb-b2 receptor tyrosine kinase 2 [Canis lupus familiaris (dog)])として登録されており、これを利用することができる。
【0015】
対照遺伝子は、癌(特に、乳腺癌)の存在によってもコピー数が変動しない遺伝子または染色体もしくはその一領域を選択することができ、例えば、CFA8(イエイヌの染色体8)の一領域(例えば、Shapiro SG et al., Chromosome Res. 2015 Jun;23(2):311-331参照)が挙げられる。対照遺伝子の塩基配列は、NCBIなどの公知のデータベースに登録された塩基配列を利用することができる。
【0016】
本発明の方法は、HER2遺伝子および対照遺伝子のコピー数の測定に先立って、被験動物の乳腺組織を採取する工程を含んでいてもよい。乳腺組織の採取は被験動物に対して外科的切除により実施できる。なお、本発明の方法は乳腺癌の診断が確定していない被験動物から乳腺組織を採取してもよい。この場合、HER2遺伝子および対照遺伝子のコピー数の測定を行うとともに、採取した乳腺組織を使用し、組織病理学的評価に基づいて乳腺癌の診断を行ってもよい。すなわち、組織病理学的評価により乳腺癌と診断された被験動物について本発明による予後予測や癌再発の予測を行うことができる。
【0017】
後記実施例に示される通り、乳腺癌に罹患したイヌ科動物においては、被験動物のHER2遺伝子のコピー数の増加が該被験動物の予後の不良と相関し、被験動物のHER2遺伝子のコピー数の減少が該被験動物の予後の良好と相関する。従って本発明の方法では、被験動物のHER2遺伝子のコピー数の増加を該被験動物の予後の不良の指標とすることで乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後を予測することができる。本発明の方法ではまた、被験動物のHER2遺伝子のコピー数の増加を該被験動物の癌再発の可能性の指標とすることで乳腺癌に罹患したイヌ科動物の癌再発の可能性を予測することができる。
【0018】
本発明の方法の一態様においては、被験動物のHER2遺伝子のコピー数の対照遺伝子のコピー数に対する比率(以下、単に「コピー数比率」ということがある)が、健常イヌ科動物のコピー数比率(以下、単に「カットオフ値」ということがある)を上回る場合に、被験動物の予後が不良であること、あるいは被験動物において癌が再発する可能性が高いことが示される。従って、本発明の方法は、被験動物のHER2遺伝子および対照遺伝子のコピー数の測定の後に、コピー数比率を算出する工程と、該比率がカットオフ値を上回る場合に被験動物の予後が不良であると、あるいは被験動物において癌が再発する可能性が高いと判定する工程を含んでいてもよい。この判定工程は獣医師によらず行うことができるが、最終的な診断は獣医師により行われることはいうまでもない。
【0019】
ここで、健常イヌ科動物は、癌や癌以外の疾患を有していないイヌ科動物を意味する。また、健常イヌ科動物は、被験動物と同じ種とすることが望ましく、例えば、イエイヌを被験動物とする場合には、健常イヌ科動物としてはイエイヌを選択することができる。
【0020】
本発明の方法の実施に当たっては、あらかじめ健常イヌ科動物から得られた乳腺組織におけるHER2遺伝子のコピー数と対照遺伝子のコピー数とを測定しておき、カットオフ値を準備した上で上記判定工程を実施することができる。すなわち、本発明の方法は、健常イヌ科動物から得られた乳腺組織におけるHER2遺伝子のコピー数と対照遺伝子のコピー数とを測定し、健常イヌ科動物のコピー数比率を算出する工程をさらに含んでいてもよい。
【0021】
本発明の方法においては、上記カットオフ値は、健常イヌ科動物から得られたコピー数比率の平均値とすることができる。本発明の方法においてはまた、上記カットオフ値は、下記式:
カットオフ値=(健常イヌ科動物のコピー数比率の平均値)+k×(健常イヌ科動物のコピー数比率の標準偏差)
(上記式中、kは0~4の定数であり、好ましくはk=1~4または2~4であり、特にk=約3とすることができる。)
により算出される値とすることができる。上記のいずれの場合も、複数の健常イヌ科動物から得られたコピー数比率を算出に用いることができる。また、標準偏差は公知の方法に従って算出することができる。被験動物がイエイヌであり、対照遺伝子がCFA8(イエイヌの染色体8)の一領域である場合には、上記式により算出されるカットオフ値は約1.1とすることができる。
【0022】
本発明の方法は、乳腺癌に罹患したイヌ科動物の予後を予測することができるとともに、癌再発を予測することができる。従って、本発明の方法は、乳腺癌の治療に補助的に用いることができる。例えば、本発明の方法により被験動物の予後が不良である(あるいは被験動物について癌再発の可能性が高い)と評価された場合には、抗癌剤治療を含む内科治療を検討する;診察回数、検査回数および/または検査項目(例えばレントゲン検査、CT検査)を増やして転移または再発の有無を確認するなどの適切な処置を選択することができる。また本発明の方法により被験動物の予後が良好である(あるいは被験動物について癌再発の可能性が低い)と評価された場合には、経過観察を行うなどの適切な処置を選択することができる。すなわち、乳腺癌に罹患したイヌ科動物については、予後が不良である場合と、予後が良好である場合があるが、本発明の方法の方法により予後が不良であること、あるいは癌再発の可能性が高いことが事前に予測できた場合には、診察および/または検査の機会を増やすことにより転移や再発を早期発見することができ、より適切な治療を実施できる点で有利である。
【0023】
すなわち、本発明の別の面によれば、本発明の予後予測方法を実施する工程と、前記予後予測方法により予測された被験動物の予後に基づいて適切な治療方法を選択する工程を含む、乳腺癌に罹患したイヌ科動物の治療方法の選択方法が提供される。治療方法の選択は、場合によっては他の検査所見(例えば、X線検査、超音波検査、血液検査)と組み合わせて、最終的には獣医師が行うことができる。
【実施例0024】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。なお、本実施例の被験動物はいずれもイエイヌである。また、被験動物から得た臨床データおよびサンプルの使用については飼い主からインフォームドコンセントを得た。
【0025】
例1:乳癌組織におけるHER2タンパク質過剰発現およびHER2遺伝子コピー数増加と、乳癌患犬の予後との関係
(1)乳腺組織サンプルの調製
本研究は、東京大学獣医医療センターにおいて病理組織学的検査により乳癌と診断された乳癌患犬(n=34)、乳腺腫と診断された乳腺腫患犬(n=14)および正常と診断された健常犬(n=11)について行った。乳癌患犬から外科手術により採取した乳腺組織を乳癌組織サンプルとした。同様に乳腺腫患犬および健常犬から外科手術により採取した乳腺組織をそれぞれ、乳腺腫組織サンプル、正常組織サンプルとした。得られた各乳腺組織をホルマリンで固定し、パラフィン包埋後、常温で保存した。診断は組織病理学的評価に基づいて行った。具体的には、乳腺組織のヘマトキシリンおよびエオシン染色標本を、日本獣医病理学専門家協会の認定を受けた2名の病理学者によって評価した。各標本はGoldschmidtらにより提案された方法(Goldschmidt, M. et al., Vet. Pathol. 2011; 48: 117-131.参照)に従って分類および等級付けされた。
【0026】
(2)HER2の免疫組織化学
HER2の免疫組織化学染色は公知の方法(Tsuboi, M. et al., Vet. Pathol. 2019; 56: 369-376.参照)に従って行った。すなわち、上記(1)で得られたホルマリン固定パラフィン包埋標本の4μmの薄切スライド切片を脱パラフィン化し、再水和し、3%過酸化水素-メタノールで室温で5分間処理した後、ターゲット回収溶液(pH9.0、Dako社)で98℃のウォーターバスで40分間加熱した。1時間冷却した後、切片をトリス緩衝生理食塩水(TBS)で洗浄し、8%スキムミルク-TBSで37℃で40分間インキュベートした。切片をウサギポリクローナル抗ヒトc-erbB-2腫瘍タンパク質(HER2/neu)抗体(希釈率1:100、Dako社)と37℃で40分間インキュベートした後、Envision西洋ワサビペルオキシダーゼ標識抗ウサギIgGポリマー(Dako社)と37℃で1時間インキュベートした。反応生成物は、3,3’-ジアミノベンジジン(同仁堂社)およびTBS中の0.03%Hを使用して可視化された。対比染色はメイヤーのヘマトキシリンで実施した。ポジティブコントロールはHER2を過剰発現することが知られているイヌの尿路上皮癌組織(特許文献1参照)で調製した。ネガティブコントロールは一次抗体を省略して調製した。
【0027】
免疫組織化学法の判定基準(定量化)は以下の通りである。
スコア0:反応性がまったくない
スコア1+:任意の割合の細胞で弱く不完全な膜免疫反応性を示す
スコア2+:30%以下の細胞で強く完全な膜免疫反応性を示すか、あるいは少なくとも10%の細胞で弱くまたはわずかな不均一で完全な膜免疫性を示す。
スコア3+:30%を超える細胞で強く、完全で均一な膜免疫反応性(チキンワイヤーパターン)を表す
【0028】
スコアが0、1+および2+のサンプルは、HER2過剰発現ネガティブとして分類され、スコアが3+のサンプルは、HER2過剰発現ポジティブとして分類された。一部の腫瘍細胞および正常な乳腺上皮細胞で細胞質免疫反応性が検出されたが、これらは考慮されなかった。
【0029】
(3)HER2遺伝子コピー数の定量
DNAは、QIAmp DNA FFPE Tissue Kit(QIAGEN社)を使用して、製造元の指示に従って上記(1)で得られた各乳腺組織サンプルから抽出した。既に確立された技術であるdPCRアッセイをHER2コピー数の評価に使用した。HER2のプライマーおよびTaqManMGBプローブ並びに参照遺伝子は、Primer Express Software(Thermo Fisher Scientific社)を使用して設計した。参照遺伝子は、イヌの第8染色体(CFA8)の領域内で設計した。ゲノム異常に関する以前の研究(Beck, J. et al., PLoS One 2013; 8: e75485.)によると、この領域はイヌの乳癌では比較的安定していた。具体的には以下のプライマーおよびプローブを使用した。
【0030】
HER2遺伝子
フォワードプライマー:GTGGTGAGGCTGGTTTTCAGA(配列番号1)
リバースプライマー:CCTGTCCTCCCACCTCTTCAT(配列番号2)
プローブ(FAM標識):TAACCGCTAAGCAGTATGT(配列番号3)
【0031】
CFA8遺伝子
フォワードプライマー:TGCAGAGTTTGATTTGTTGTTTGAA(配列番号4)
リバースプライマー:TGGAAGAAGGTGCATTTTTCTGA(配列番号5)
プローブ(VIC標識):AATGCCTTTGACCAGTGGGTAGCC(配列番号6)
【0032】
HER2およびCFA8プローブは、それぞれ6-カルボキシフルオレセイン(FAM)および4,7,2’-トリクロロ-7’-フェニル-6-カルボキシフルオレセイン(VIC)で標識した。PCRは、QuantStudioTM 3DデジタルPCRシステム(Thermo Fisher Scientific社)を使用して行った。すなわち、各15μlの反応混合物には、2X QuantStudioTM 3DデジタルPCRマスターミックスv2(Thermo Fisher Scientific社)、900nMの各プライマー、200nMの各プローブおよびホルマリン固定パラフィン包埋標本のイヌ乳腺組織の20ngのゲノムDNAが含まれるよう準備した。次いで、PCR反応混合物をQuantStudioTM 3DデジタルPCRチップローダー(Thermo Fisher Scientific社)を使用してQuantStudioTM 3DデジタルPCR 20Kチップv2(Thermo Fisher Scientific社)にロードした。20Kチップには20,000個のウェルが含まれ、その中にDNAをランダムかつ均一に分布させた。増幅は、ProFlexTM 2x Flat PCR System(Thermo Fisher Scientific社)を使用して、以下の条件下で実施した。
・96℃で10分間の変性。
・60℃で2分間、98℃で30秒間、60℃で2分間を39サイクル。
・その後温度を10℃に維持。
【0033】
次いで、PCRチップをQuantStudioTM 3DデジタルPCR装置(Thermo Fisher Scientific社)にロードした。ポジティブおよびネガティブのプロットをカウントし、QuantStudioTM 3D AnalysisSuiteTMバージョン3.1.2(Thermo Fisher Scientific社)でポアソン分布を使用してHER2:CFA8比を計算した。
【0034】
(4)結果
ア 乳腺組織におけるHER2コピー数
正常組織サンプル、乳腺腫組織サンプルおよび乳癌組織サンプルにおけるHER2:CFA8比の中央値(範囲)は、それぞれ0.88(0.69~0.98)、1.00(0.61~1.18)および1.10(0.61~2.35)であった(図1)。乳癌組織サンプルにおけるHER2:CFA8の比率は、正常組織サンプルよりも有意に高かったが(P=0.0068)、乳腺腫症例よりもやや高かった(図1)。正常組織サンプルと乳腺腫組織サンプルの比率には有意差はなかった。
【0035】
乳腺組織におけるHER2コピー数増加の普遍的な閾値を決定するために、正常組織サンプルにおけるHER2:CFA8比の平均+3×標準偏差が計算され、1.12であることが判明した。従って、HER2:CFA8比>1.12が普遍的閾値として定義された。この閾値に基づいて、HER2コピー数増加は14/34(41%)の乳癌組織サンプルと2/14(14%)の乳腺腫組織サンプルで検出された(表1)。正常組織サンプルではHER2コピー数増加は検出されなかった。
【0036】
【表1】
【0037】
イ 乳腺組織におけるHER2タンパク質の発現
各サンプルのHER2免疫反応性は以下の通りであった。
正常組織サンプル:7/8(88%)がスコア0、1/8(13%)がスコア1+。
乳腺腫組織サンプル:2/14(14%)がスコア0、10/14(71%)がスコア1+、2/14(14%)がスコア2+。
乳癌組織サンプル:13/34(38%)がスコア0、12/34(35%)がスコア1+、6/34(18%)がスコア2+、3/34(9%)がスコア3+。
【0038】
すべての正常組織サンプルおよび乳腺腫組織サンプルは、HER2過剰発現ネガティブとして分類されたが、乳癌組織サンプルにおいては、HER2過剰発現ポジティブが、3/34(9%)で観察された(表1)。
【0039】
また、HER2コピー数増加は、HER2タンパク質過剰発現を伴う2/3(67%)の乳癌組織サンプルで検出されたが、HER2過剰発現は、HER2コピー数増加を伴う2/14(14%)の乳癌組織サンプルで観察された(表2)。HER2コピー数増加とHER2のタンパク質過剰発現との間に有意な相関は認められなかった。
【0040】
【表2】
【0041】
ウ HER2コピー数増加およびタンパク質過剰発現の生存率への影響
乳癌組織サンプルの症例はすべて生存分析に使用された。HER2コピー数増加およびタンパク質過剰発現のそれぞれの生存率への影響をカプラン-マイヤー曲線で図2に示した。
【0042】
乳癌組織サンプルの症例には、HER2コピー数増加を伴う14例と、HER2コピー数増加を伴わない20例が含まれていた。2つのグループ間で年齢と避妊去勢手術の状態に有意差は見られなかった。本研究中に、21/34の乳癌症例が死亡した。死亡したイヌには、HER2コピー数増加を伴う10例と、HER2コピー数増加を伴わない11例が含まれていた。HER2コピー数増加を伴う場合と伴わない場合の生存期間の中央値は、それぞれ243日(範囲:79~711日)および515日(範囲:11~2008日)であった。HER2コピー数増加を伴う症例の生存期間は、HER2コピー数増加を伴わない症例よりも大幅に短かった(P=0.0276;図2A)。
【0043】
乳癌組織サンプルの症例にはまた、HER2タンパク質の過剰発現を伴う3例と、HER2タンパク質の過剰発現を伴わない31例が含まれていた。2つのグループ間で年齢と避妊去勢手術の状態に有意差は見られなかった。本研究中に、HER2タンパク質の過剰発現を伴う2例と、HER2タンパク質の過剰発現を伴わない19例が死亡した。HER2タンパク質の過剰発現を伴う場合と伴わない場合の生存期間の中央値は、それぞれ711日(範囲:99~2008日)と313日(範囲:11~1615日)であった。2つのグループ間で生存期間に有意差は見られなかった(P=0.3466;図2B)。
【0044】
エ 考察
乳癌に罹患したイヌにおいて、HER2コピー数増加を伴う群はHER2コピー数増加を伴わない群と比較して生存期間が有意に短く、予後が不良であった。一方、乳癌に罹患したイヌにおいて、HER2タンパク質過剰発現を伴う群とHER2タンパク質過剰発現を伴わない群との間には生存期間に有意差が認められなかった。ここで、乳癌に罹患したイヌにおいて、乳腺組織サンプルにおけるHER2コピー数増加とHER2のタンパク質過剰発現との間には有意な相関は認められなかった。従って、乳癌に罹患したイヌ科動物から得られた乳腺組織におけるHER2遺伝子のコピー数は、被験動物の予後の指標となるが、HER2タンパク質過剰発現は被験動物の予後の指標とはならないことが示された。
図1
図2
【配列表】
2023100186000001.app