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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023101563
(43)【公開日】2023-07-21
(54)【発明の名称】分析装置および分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20230713BHJP
   G01N 27/447 20060101ALI20230713BHJP
【FI】
G01N21/64 F
G01N21/64 B
G01N27/447 331K
【審査請求】有
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023081433
(22)【出願日】2023-05-17
(62)【分割の表示】P 2021520664の分割
【原出願日】2020-04-21
(31)【優先権主張番号】P 2019096011
(32)【優先日】2019-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】穴沢 隆
(72)【発明者】
【氏名】伊名波 良仁
(72)【発明者】
【氏名】山本 周平
(72)【発明者】
【氏名】中澤 太朗
(72)【発明者】
【氏名】藤岡 満
(72)【発明者】
【氏名】山崎 基博
(57)【要約】
【課題】複数の発光点からの発光をそれぞれ検出する任意の光学系において発生する,複数の発光点間の空間クロストークを計算処理によって低減することによって,複数の発光点からの発光を識別し,それぞれを独立に検出する方法を提案する。
【解決手段】複数の発光点からの,複数種類の蛍光体の発光を識別するため,各発光点からの蛍光をそれぞれ複数の波長帯で検出する分析方法および分析装置において,複数の発光点および複数の波長帯の信号強度の間に空間クロストークおよびスペクトルクロストークが存在し,上記識別の性能が低下する。予め定められた演算式に,複数の発光点それぞれの,複数の波長帯での検出信号のすべてを入力することによって,空間クロストークおよびスペクトルクロストークを解消し,各発光点における各発光体の濃度を導出する。
【選択図】図30
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のサンプルと,
前記複数のサンプルの生信号を並列に計測する分析装置と,
前記複数のサンプルの生信号を一括処理する計算機と,
前記複数のサンプルの生信号の一括処理に用いる共通情報を,前記計測の前に予め格納するデータベースと,
前記一括処理により得られる,前記複数のサンプルの処理信号を表示する表示装置と,を含む分析システムにおいて,
前記共通情報が,前記複数のサンプルの生信号の間の相互のクロストークに関連し,
前記複数のサンプルの処理信号の間に存在するクロストークが,前記複数のサンプルの生信号の間に存在するクロストークと比較して,前記一括処理により低減されていることを特徴とする分析システム。
【請求項2】
請求項1に記載の分析システムにおいて,
前記複数のサンプルの生信号が時間変化し,
前記計算機が前記一括処理を前記共通情報を用いて各時刻で実施し,
前記表示装置が前記複数のサンプルの処理信号の時間変化を表示し,
前記複数のサンプルの各時刻の処理信号の間に存在するクロストークが,前記複数のサンプルの各時刻の生信号の間に存在するクロストークと比較して,前記一括処理により低減されていることを特徴とする分析システム。
【請求項3】
請求項1または2に記載の分析システムにおいて,
前記複数のサンプルがそれぞれ,蛍光体で標識された成分を含み,
前記複数のサンプルの前記生信号がそれぞれが,前記成分に標識されている蛍光体の蛍光強度であり,
前記複数のサンプルの前記処理信号がそれぞれ,前記成分に標識されている蛍光体の蛍光体濃度であることを特徴とする分析システム。
【請求項4】
請求項1または2に記載の分析システムにおいて,
前記複数のサンプルがそれぞれ,複数種類の蛍光体で標識された成分を含み,
前記複数のサンプルの前記生信号がそれぞれ,前記成分に標識されている複数種類の蛍光体の複数の波長帯の蛍光強度であり,
前記複数のサンプルの前記処理信号がそれぞれ,前記成分に標識されている前記複数種類の蛍光体の蛍光体濃度であることを特徴とする分析システム。
【請求項5】
請求項4に記載の分析システムにおいて,
前記複数のサンプルそれぞれの前記複数種類の蛍光体の蛍光体濃度の間に存在するクロストークが,前記複数のサンプルそれぞれの前記複数種類の蛍光体の複数の波長帯の蛍光強度の間に存在するクロストークと比較して,前記一括処理により低減されていることを特徴とする分析システム。
【請求項6】
請求項1または2に記載の分析システムにおいて,
複数の異なる組み合わせの前記複数のサンプルの,異なるタイミングで実施される複数の前記計測により得られる,前記複数の異なる組み合わせの前記複数のサンプルの生信号のそれぞれの前記一括処理に,同一の前記共通情報を用いることを特徴とする分析システム。
【請求項7】
複数のサンプルと,
前記複数のサンプルの生信号を並列に計測する分析装置と,
計算機と,
データベースと,を含む分析システムにおいて,
前記複数のサンプルの生信号のそれぞれが,異なる時刻に計測される工程を有することを特徴とする分析システム。
【請求項8】
請求項7に記載の分析システムにおいて,
前記工程により得られる前記複数のサンプルの生信号が前記計算機により共通情報に変換され,
前記共通情報が前記データベースに格納されることを特徴とする分析システム。
【請求項9】
請求項8に記載の分析システムにおいて,
前記計算機が前記複数のサンプルの生信号を前記共通情報を用いて一括処理し,
前記一括処理により得られる,前記複数のサンプルの処理信号を表示する表示装置を前記分析システムが含み,
前記複数のサンプルの処理信号の間に存在するクロストークが,前記複数のサンプルの生信号の間に存在するクロストークと比較して,前記一括処理により低減されていることを特徴とする分析システム。
【請求項10】
Aを2以上の整数として,A個のサンプルと,
前記A個のサンプルの生信号を並列に計測する分析装置と,
前記A個のサンプルの生信号を一括処理する計算機と,
前記A個のサンプルの生信号の一括処理に用いる共通情報を,前記計測の前に予め格納するデータベースと,
前記一括処理により得られる,前記A個のサンプルの処理信号を表示する表示装置と,を含む分析システムにおいて,
前記共通情報が,前記A個のサンプルの生信号の間の相互のクロストークに関連し,
前記A個のサンプルの処理信号の間に存在するクロストークが,前記A個のサンプルの生信号の間に存在するクロストークと比較して,前記一括処理により低減されていることを特徴とする分析システム。
【請求項11】
請求項10に記載の分析システムにおいて,
前記A個のサンプルの生信号が時間変化し,
前記計算機が前記一括処理を前記共通情報を用いて各時刻で実施し,
前記表示装置が前記A個のサンプルの処理信号の時間変化を表示し,
前記A個のサンプルの各時刻の処理信号の間に存在するクロストークが,前記A個のサンプルの各時刻の生信号の間に存在するクロストークと比較して,前記一括処理により低減されていることを特徴とする分析システム。
【請求項12】
請求項10または11に記載の分析システムにおいて,
前記A個のサンプルがそれぞれ,Cを1以上の整数として,C種類の蛍光体で標識された成分を含み,
前記A個のサンプルの前記生信号がそれぞれ,前記成分に標識されているC種類の蛍光体の,Bを1以上の整数として,B個の波長帯の蛍光強度であり,
前記蛍光強度は,各時刻において,A×B個存在し,
前記A個のサンプルの前記処理信号がそれぞれ,前記成分に標識されている前記C種類の蛍光体の蛍光体濃度であり,
前記蛍光体濃度は,各時刻において,A×C個存在することを特徴とする分析システム。
【請求項13】
請求項12に記載の分析システムにおいて,
前記A個のサンプルそれぞれの前記C種類の蛍光体の蛍光体濃度の間に存在するクロストークが,前記A個のサンプルそれぞれの前記C種類の蛍光体のB個の波長帯の蛍光強度の間に存在するクロストークと比較して,前記一括処理により低減されていることを特徴とする分析システム。
【請求項14】
請求項12に記載の分析システムにおいて,
前記共通情報が,(A×B)行(A×C)列の行列の一般逆行列に相当する情報であることを特徴とする分析システム。
【請求項15】
請求項13に記載の分析システムにおいて,
前記共通情報が,(A×B)行(A×C)列の行列の一般逆行列に相当する情報であることを特徴とする分析システム。
【請求項16】
請求項10または11に記載の分析システムにおいて,
Dを2以上の整数として,D個の異なる組み合わせの前記A個のサンプルの,異なるタイミングで実施されるD個の前記計測により得られる,前記D個の異なる組み合わせの前記A個のサンプルの生信号のそれぞれの前記一括処理に,同一の前記共通情報を用いることを特徴とする分析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は,複数の発光点において,複数種類の蛍光体から発光される蛍光を,それぞれ識別しながら検出する分析方法および分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,複数のキャピラリに,電解質溶液,あるいは高分子ゲルやポリマを含む電解質溶液等の電気泳動分離媒体を充填し,並列に電気泳動分析を行うマルチキャピラリ電気泳動装置が広く用いられている。分析対象は,低分子から,タンパク質,核酸等の高分子まで,幅広い。また,計測モードには,ランプ光を各キャピラリの吸光点に照射し,分析対象が吸光点を通過する際に生じるランプ光の吸収を検出するモード,あるいは,レーザ光を各キャピラリの発光点に照射し,分析対象が発光点を通過する際に生じる蛍光あるいは散乱光を検出するモード等,多数ある。
【0003】
例えば,特許文献1では,A本(Aは2以上の整数)のキャピラリ上のA個の発光点の周辺の全キャピラリを同一平面上に配列し,配列平面の側方よりレーザビームを導入して全キャピラリの発光点を一括照射し,配列平面に垂直方向より各発光点で発生する蛍光を波長分散させて一括検出している。検出装置では,A個の発光点から発光される蛍光を1個の集光レンズで一括してコリメートし,1個の透過型の回折格子を透過させ,各蛍光の1次回折光を1個の結像レンズで1個の2次元センサ上に一括して結像させている。ここで,A個の発光点の配列方向と,回折格子による波長分散方向が互いに垂直になるようにすることにより,2次元センサ上で各キャピラリからの発光蛍光の波長分散像が互いに重なり合わないようにしている。各キャピラリの波長分散像について,B個(Bは1以上の整数)の任意の波長帯の検出領域を設定することでB色検出が可能になる。B=1の場合を単色検出,B≧2の場合を多色検出と呼ぶ。特許文献1のマルチキャピラリ電気泳動装置では,例えば,各キャピラリで異なるDNAサンプルのサンガー法によるDNAシーケンスを行うことができる。サンガー法では,DNAサンプルに含まれるDNA断片に,末端塩基種A,C,G,およびTに応じて,4種類の蛍光体を標識し,それぞれの発光蛍光を多色検出によって識別している。
【0004】
特許文献2では,A本(Aは2以上の整数)のキャピラリ上のA個の発光点の周辺の全キャピラリを同一平面上に配列し,配列平面の側方よりレーザビームを導入して全キャピラリの発光点を一括照射し,配列平面に垂直方向より各発光点で発生する蛍光を波長成分に応じて分割させて一括検出している。検出装置では,A個の発光点からの発光蛍光をそれぞれA個の集光レンズで個別にコリメートしてA本の光束とし,B個(Bは1以上の整数)のダイクロイックミラーを配列した1組のダイクロイックミラーアレイに各光束を並列に入射してそれぞれをB本の異なる波長帯の光束に分割し,生成された合計A×B本の光束を1個の2次元センサに並列に入射し,A×B個の分割像を画像上に生成する。ここで,A個の発光点の配列方向と,ダイクロイックミラーアレイによる各光束のB個の分割方向が互いに垂直になるようにすることにより,A×B個の分割像が画像上で互いに重なり合わないようになり,A×B個の検出領域を設定できるようになる。これにより,各キャピラリのB色検出が可能になる。したがって,特許文献2のマルチキャピラリ電気泳動装置では,例えば,特許文献1の場合と同様に,各キャピラリで異なるDNAサンプルのサンガー法によるDNAシーケンスを行うことができる。
【0005】
しかしながら,一般に,多色検出を行っただけでは,複数種類の蛍光体の発光蛍光を識別することができない。何故ならば,各蛍光体の蛍光スペクトルは互いに重なり合っているため,任意のひとつの波長帯に,複数種類の蛍光体の蛍光が入り混じる(本開示では,スペクトルクロストークと呼ぶ)からである。また,異なる濃度の,複数種類の蛍光体が同時に蛍光を発光する場合があるからである。そこで,次の工程(本開示では,色変換と呼ぶ)によって,スペクトルクロストークを解消し,上記識別を可能にしている。
【0006】
A個(Aは2以上の整数)の発光点のそれぞれについて,C種類(Cは1以上の整数)の蛍光体の発光蛍光を,B種類(Bは1以上の整数)の波長帯の検出領域でB色検出を各時刻で行う。ただし,B≧Cとする。各発光点について,かつ各時刻について,B色検出結果に対して色変換を施し,C種類の蛍光体の濃度を取得する。発光点P(a)(a=1,2,…,A)それぞれについて,異なる波長帯の検出領域W(b)(b=1,2,…,B)で,蛍光体D(c)(c=1,2,…,C)の発光蛍光を検出する。任意の時刻において,発光点P(a)における蛍光体D(c)の濃度をZ(c),発光点P(a)についての検出領域W(b)の信号強度をX(b)とする。ここで,Xが信号強度X(b)を要素とするB行1列の行列,Zが濃度Z(c)を要素とするC行1列の行列,YがY(b)(c)を要素とするB行C列の行列として,次式が成り立つ。(数1)~(数4)は,bおよびcの関係式であるが,aの関係式ではなく,各発光点P(a)で独立に成立する。B=1の単色検出の場合は,B≧Cにより,C=1となり,X,Y,Zはいずれも行列ではなくなる。
【0007】
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
【0008】
ここで,B行C列の行列Yの要素Y(b)(c)は,スペクトルクロストークによって,蛍光体D(c)の発光蛍光が,異なる波長帯の検出領域W(b)で検出される信号強度比率を表す。いずれか1種類の蛍光体D(c0)を単独に蛍光発光させることにより,行列Yの1列Y(b)(c0)(b=1,2,…,B)を決定することができる。ここで,蛍光体D(c0)の濃度を制御することは一般に困難であるため,1列Y(b)(c0)を規格化すると便利である。例えば,B個の要素の内,最大の要素を1として,他の要素を最大値に対する比率で示すのが良い。あるいは,B個の要素の合計が1になるように,各要素の比率を決めるのが良い。つまり,
【数5】
とする。そして,上記工程をC種類の蛍光体D(c)すべてについて順番に行うことによって行列Yの全列を決定することができる。行列Yは,蛍光体D(c)および異なる波長帯の検出領域W(b)の特性のみで決まり,電気泳動分析の最中に変化しない。また,光学系,蛍光体D(c),検出領域W(b),等の条件を固定している限り,異なる電気泳動分析についても行列Yは一定に保たれる。したがって,各発光点について,各時刻における蛍光体D(c)の濃度Z(c)は,各時刻における検出領域W(b)の信号強度X(b)から,次式によって求められる。
【0009】
【数6】
ここで,YはC行B列の,Yの一般逆行列であり,Y=(YT×Y)-1×YT)によって求められる。行列YがB=Cの正方行列の場合は,Yは逆行列Y-1と等しい。
【0010】
(数1)は,未知であるC種類の蛍光体の濃度と,既知であるB色蛍光強度の関係を示す連立方程式であり,(数6)はその解を求めることに相当する。したがって一般には,上述の通り,B≧Cの条件が必要である。仮に,B<Cであると,解を一意に求めることができないため(つまり,複数の解が存在し得るため),(数6)のように色変換を実行できない。
【0011】
例として,サンガー法のC=4,4色検出のB=4の場合について詳細に説明する。サンガー反応により,鋳型DNAに対する様々な長さのDNA断片のコピーを作製する際に,末端の塩基種A,C,G,およびTに応じて4種類の蛍光体D(1),D(2),D(3),およびD(4)で標識し,これらを電気泳動によって長さ分離しながら順番に,レーザビームを照射して蛍光発光させる。蛍光体D(1),D(2),D(3),およびD(4)のそれぞれの極大発光波長に合わせた4種類の波長帯の検出領域W(1),W(2),W(3),およびW(4)で発光蛍光を4色検出し,それらの信号強度X(1),X(2),X(3),およびX(4)の時系列データ(本開示では,生データと呼ぶ。ただし,B=4,C=4の場合に限らない)を取得する。各時刻における蛍光体D(1),D(2),D(3),およびD(4)の濃度をZ(1),Z(2),Z(3),およびZ(4)とすると,(数1)は次式となる。
【0012】
【数7】
【0013】
ここで,4行4列の行列Yの要素Y(b)(c)は,スペクトルクロストークによって,蛍光体D(c)(cは1,2,3,または4)の発光蛍光が波長帯W(b)(bは1,2,3,または4)で検出される強度比率を表す。各キャピラリで,蛍光体D(c)(cは1,2,3,または4)がそれぞれ単独に蛍光発光するサンプルを電気泳動分析することにより,行列Yの要素Y(b)(c)を決定することができる。例えば,蛍光体D(1)が単独で蛍光発光している時の4色蛍光強度X(1),X(2),X(3),およびX(4)はそれぞれ,要素Y(1)(1),Y(2)(1),Y(3)(1),およびY(4)(1)を与える。また,蛍光体D(2)が単独で蛍光発光している時の4色蛍光強度X(1),X(2),X(3),およびX(4)はそれぞれ,要素Y(1)(2),Y(2)(2),Y(3)(2),およびY(4)(2)を与える。蛍光体D(3),D(4)についても同様である。Y(b)(c)は,蛍光体D(c)および波長帯W(b)の特性のみで決まる固定値であり,電気泳動中に変化しない。したがって,各キャピラリについて,各時刻における蛍光体D(1),D(2),D(3),およびD(4)の濃度は,各時刻における4色蛍光強度X(1),X(2),X(3),およびX(4)から,(数6)を具体化した次式によって求められる。
【0014】
【数8】
【0015】
このように,逆行列Y-1を,4色蛍光強度に乗じることによってスペクトルクロストークを解消し,4種類の蛍光体の濃度,すなわち末端が4種類の塩基のDNA断片の濃度の時系列データ(本開示では,色変換データと呼ぶ。ただし,B=4,C=4の場合に限らない)を取得する。
【0016】
以上の色変換の工程は,既に述べている通り,A本のキャピラリそれぞれについて独立に行う。これは,キャピラリ間のクロストーク(本開示では,空間クロストークと呼ぶ)が十分に小さいという前提の上で成り立つ。つまり,任意のひとつのキャピラリから発光される蛍光を検出して得られる信号強度に,他のキャピラリから発光される蛍光に由来する信号強度が混在する比率が十分に小さいことを意味している。したがって,上述した,1種類の蛍光体D(c0)を単独に蛍光発光させる工程をC種類の蛍光体D(c)について順番に行うことによって行列Yを決定する工程は,A本のキャピラリについて実質的に同時に行い,A本のキャピラリそれぞれの行列Yを並列に求めている。これは,行列Yの導出を短時間に,かつ手間をかけずに実行するために必然的な工程である。
【0017】
空間クロストークは,光学系の工夫によって低減することが基本であるが,計算処理によって低減する試みもある。特許文献3では,複数のキャピラリではなく,平面上にランダムに配列した複数の発光点からの発光蛍光を1個の集光レンズによって1個の2次元センサ上に一括して結像させている。各発光点からの発光蛍光は,2次元センサ上のそれぞれの結像位置に設けられた検出領域の信号強度として得られる。任意のひとつの発光点からの発光蛍光の信号強度が,他の発光点からの発光蛍光の信号強度に与える空間クロストークの比率は,それら2つの発光点間の距離,あるいは対応する2つの検出領域の距離の関数として表すことができ,上記距離とともに減少することを見出している。上記関数を予め求めておき,平面上にランダムに配列した複数の発光点の蛍光画像において,任意の2つの検出領域の距離と上記関数から相互の空間クロストークを求め,元の蛍光画像から,求めた空間クロストークを差引くことで,空間クロストークの低減を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特許第3897277号公報
【特許文献2】特許第6456983号公報
【特許文献3】特表2018-529947号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
特許文献1,および特許文献2のいずれの場合も,A本のキャピラリ上のA個の発光点から発光した蛍光は,2次元センサ上で互いに分離して結像されるため,空間クロストークは本質的に低く抑えられている。空間クロストークの要因には,(1)レンズの収差,(2)マルチキャピラリ,レンズ,フィルタ,ダイクロイックミラー,および2次元センサ等の要素から構成される光学系の内部で生じる,蛍光の要素間の多重反射,(3)2次元センサの画素間のブルーミング,等が考えられる。空間クロストークを低減するには,上記の要因(1)~(3)の影響が最小になるように光学系を構築する必要がある。例えば,要因(2)の影響を抑えるため,レンズに施す減反射コートとして,より反射率の小さいものを選択する等が考えられる。しかしながら,空間クロストークを完全にゼロにすることはできない。空間クロストークは,任意のひとつのキャピラリから発光される蛍光の検出において,実効的に,検出下限を上昇させるため,検出感度を低下させると同時に,検出ダイナミックレンジを狭める可能性がある。したがって,空間クロストークを少しでも低減することは,上記の課題を緩和,または解決する上で極めて重要である。
【0020】
本発明者らは、特許文献1,または特許文献2の光学系について,特許文献3の方法によって,空間クロストークを低減させることを試みたが,良好に機能しなかった。まず,B=1の単色検出の場合について説明する。A個の発光点の任意の1個の発光点である発光点αについての検出領域βの信号強度X(α)(β)が,上記以外の任意の1個の発光点α'(α≠α')についての検出領域βの信号強度X(α')(β)に与える空間クロストークが,上記2個の検出領域の間の距離とともに減少する傾向が認められたものの,ひとつの上記距離の関数で表すことが出来ないことが明らかになった。例えば,上記2個の検出領域の間の距離が一定であっても,上記2個の検出領域が,光学系の中心軸の近くに位置する場合と,光学系の中心軸から遠くに位置する場合で,空間クロストークの比率が異なった。また,上記2個の検出領域の一方から他方への空間クロストークの比率と,他方から一方への空間クロストークの比率が異なった。B≧2の多色検出の場合は,特許文献3の方法が一層機能しなくなった。A個の発光点の任意の1個の発光点である発光点αについての,B個の検出領域の任意の1個の検出領域である検出領域βの信号強度X(α)(β)が,上記以外の任意の1個の発光点α'(α≠α')についての,B個の検出領域の任意の1個の検出領域β'(β=β'またはβ≠β'であり,β=β'は同じ波長帯の検出領域,β≠β'は異なる波長帯の検出領域を意味する)の信号強度X(α')(β')に与える空間クロストークが,上記2個の検出領域の間の距離の関数で表すことが出来なかった。特に,β≠β'の場合,空間クロストークとスペクトルクロストークが混在するため,上記2個の検出領域の間のクロストークは,本質的に,両者の距離の関数で表すことが不可能であった。本課題については,[発明を実施するための形態]で詳細に説明する。
【0021】
そこで,本開示では,複数の発光点からの発光をそれぞれ検出する任意の光学系において発生する,複数の発光点間の空間クロストークを計算処理によって低減することによって,複数の発光点からの発光を識別し,それぞれを独立に検出する方法を提案する。また,複数の発光点から発光される,複数種類の蛍光体の蛍光を,それぞれ検出する任意の光学系において発生する,複数の発光点間の空間クロストーク,および各発光点についての複数種類の蛍光体間のスペクトルクロストークを計算処理によって低減することによって,複数の発光点からの,複数種類の蛍光体の蛍光発光を識別し,それぞれを独立に検出する方法を提案する。あるいは,複数の吸光点における吸光をそれぞれ検出する任意の光学系において発生する,複数の吸光点間の空間クロストークを計算処理によって低減することによって,複数の吸光点における吸光を識別し,それぞれを独立に検出する方法を提案する。また,複数の吸光点における,複数種類の吸光体の吸光を,それぞれ検出する任意の光学系において発生する,複数の吸光点間の空間クロストーク,および各吸光点についての複数種類の吸光体間のスペクトルクロストークを計算処理によって低減することによって,複数の吸光点における,複数種類の吸光体の吸光を識別し,それぞれを独立に検出する方法を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0022】
特許文献1または特許文献2等の光学系において,A個(Aは2以上の整数)の発光点それぞれについて,B個(Bは1以上の整数)の波長帯の検出領域で,C種類(Cは1以上の整数)の蛍光体の発光蛍光を検出する場合について説明する。ここで,異なる波長帯の検出領域はそれぞれ,蛍光の異なる波長成分を検出するものとする。また,異なる種類の蛍光体はそれぞれ,異なる蛍光スペクトルを有する蛍光を発光するものとする。発光点P(a)(a=1,2,…,A)それぞれについて,異なる波長帯の検出領域W(a,b)(b=1,2,…,B)において,発光点P(a)に存在する蛍光体D(a,c)(c=1,2,…,C)の発光蛍光を検出する。任意の時刻における,発光点P(a)における蛍光体D(a,c)の濃度をZ(a,c),発光点P(a')についての検出領域W(a',b)の信号強度をX(a',b)とする。ここで,XがX(a',b)を要素とするA×B行1列の行列,ZがZ(a,c)を要素とするA×C行1列の行列,YがY(a',b)(a,c)を要素とする(A×B)行(A×C)列の行列として,次式が成り立つことを本発明者らは初めて見出した。
【0023】
【数9】
【数10】
【数11】
【数12】
【0024】
(数9)は(数1)と同じ式であるが,(数1)~(数4)と(数9)~(数12)を比較すると,両者が全く異なることが分かる。(数9)~(数12)は,bおよびcの関係式であるだけでなく,aの関係式であり,異なる発光点P(a)が相互に関連している。すなわち,(数9)~(数12)は,同一発光点P(a)についてのスペクトルクロストークに加えて,異なる発光点P(a)間の空間クロストークおよびスペクトルクロストークを一括して考慮できるようにしたものであり,(数1)~(数4)と本質的に異なる。
【0025】
ここで,(A×B)行(A×C)列の行列Yの要素Y(a',b)(a,c)は,(1)a'=a,すなわち同じ発光点についてのスペクトルクロストークによって,P(a')における蛍光体D(a',c)の発光蛍光が,任意の検出領域W(a',b)で検出される信号強度比率を表すことに加えて,(2)a'≠a,すなわち異なる発光点についての空間クロストークおよびスペクトルクロストークによって,発光点P(a)における蛍光体D(a,c)の発光蛍光が,P(a')の任意の検出領域W(a',b)で検出される信号強度比率を表す。いずれか1個の発光点P(a0)において,いずれか1種類の蛍光体D(a0,c0)を単独に蛍光発光させることにより,行列Yの1列Y(a,b)(a0,c0)(a=1,2,…,A,および,b=1,2,…,B)を決定することができる。ここで,蛍光体D(a0,c0)の濃度を制御することは一般に困難であるため,1列Y(a,b)(a0,c0)を規格化することが便利である。例えば,A×B個の要素の内,最大の要素を1として,他の要素を最大値に対する比率で示すのが良い。あるいは,A×B個の要素の合計が1になるように,各要素の比率を決めるのが良い。つまり,
【数13】
とする。そして,上記工程をA個の発光点P(a)におけるC種類の蛍光体D(a,c)のすべての組み合わせについて順番に行うことによって行列Yの全列を決定することができる。行列Yは,発光点P(a),蛍光体D(a,c),および検出領域W(a,b)の特性のみで決まり,電気泳動分析の最中に変化しない。また,光学系,発光点P(a),蛍光体D(a,c),検出領域W(a,b),等の条件を固定している限り,異なる電気泳動分析についても行列Yは一定に保たれる。したがって,各発光点について,各時刻における蛍光体D(a,c)の濃度Z(a,c)は,各時刻における検出領域W(a,b)の信号強度X(a,b)から,次式によって求められる。
【0026】
【数14】
【0027】
(数14)は(数6)と同じ式であるが,(数2)~(数4)および(数6)と,(数10)~(数12)および(数14)を比較すると,両者が全く異なることが分かる。(数14)によって,各時刻について,予め求めた行列Yの一般逆行列Yと,A×B個の信号強度X(a,b)を掛け合わせることによって,スペクトルクロストークと空間クロストークの両方を解消して,A×C個の蛍光体の濃度Z(a,c)を求めることができる。Yは(A×C)行(A×B)列の行列である。本開示では,スペクトルクロストークを解消させることを色変換と呼ぶことに対応させて,空間クロストークを解消させることを空間補正と呼ぶ。つまり,Yの(A×C)×(A×B)個の要素の中には,色変換を実行する部分と,空間補正を実行する部分の両方が含まれている。そして,各時刻について(数14)を実行して得られるZ(a,c)の時系列データを,本開示では,色変換+空間補正データと呼ぶ。
【0028】
行列Xの各要素は,予め背景光を差引いた値としても良いし,適当なノイズ低減処理を施した値としても良い。また,行列Yの各要素についても,同様に,予め背景光を差引いた値としても良いし,適当な変化を加えても構わない。
【0029】
B=1,およびC=1の単色検出の場合,上記は次のように簡略化される。発光点P(a)(a=1,2,…,A)それぞれについて,1種類の蛍光体の発光蛍光を1個の検出領域で検出する。任意の時刻における,発光点P(a)における蛍光体の濃度をZ(a),発光点P(a')についての信号強度をX(a')とする。ここで,XがX(a')を要素とするA行1列の行列,ZがZ(a)を要素とするA行1列の行列,YがY(a')(a)を要素とするA行A列の行列とすると,(数10)~(数12)は次式のように簡略化される。(数9)および(数14)はそのまま成立する。
【0030】
【数15】
【数16】
【数17】
【0031】
(数9)および(数14)~(数17)は,特許文献3で用いられている一般式,例えば,特許文献3の[数7]~[数9]と形式的には同じであるが,内容は大きく異なる(以降,特許文献3で用いられている数式を[ ]で記す)。[数7]の行列Aの要素αijは,発光点φ(meas)iとφ(meas)jそれぞれの検出領域の間の距離dijの関数であり,具体的には[数10]に示されている通り,dijの指数関数の和で表され,dijの増大に伴ってαijが減衰する。特許文献3では,異なるサンプルに対して異なる蛍光画像が得られ,各蛍光画像において複数の発光点の検出領域の位置がランダムに変化する。そこで特許文献3では,予め上記関数を求めておき,各蛍光画像について,複数の発光点の内の任意の2個の発光点の検出領域の間の距離をすべての2個の発光点の組み合わせについて求め,上記関数に代入してαijを導出している。つまり,サンプル毎,あるいは蛍光画像毎にαij,すなわち行列Aが変化する。これに対して本開示では,上述した通り,あるいは[発明を実施するための形態]で後述する通り,(数16)の行列Yの要素Y(a')(a)は,発光点P(a)とP(a')それぞれの検出領域の間の距離の関数で表せないことを見出している。また,光学系の構成等から,要素Y(a')(a)を計算で求めることも不可能であることを見出している。そこで本開示では,異なるサンプルに対しても,複数の発光点の検出領域の位置が変化しない条件として,その条件下で要素Y(a')(a)を実測で求めている。具体的には,既に述べている通り,いずれか1個の発光点P(a0)においてのみ,単独に蛍光発光させることにより,行列Yの1列Y(a')(a0)(a'=1,2,…,A)を決定する。そして,上記工程をA個の発光点P(a)のすべてについて順番に行うことによって行列Yの全列を決定する。行列Yは,発光点P(a)の特性のみで決まり,分析の最中に変化しない。また,光学系,発光点P(a)とその検出領域,等の条件を固定している限り,異なるサンプルの分析についても行列Yは一定に保たれる。以上の工程を,特許文献3の光学系,あるいは装置構成で実施することは不可能である。何故ならば,複数の発光点の検出領域の位置を固定することができないし,仮に固定できたとしても,各発光点を単独で,かつ順番に発光させることができないからである。したがって,特許文献3から,本開示の方法を想到することはできない。
【0032】
以上は次のように読み替えることができる。すなわち,A個(Aは2以上の整数)の発光点それぞれについて,B個(Bは1以上の整数)の任意の波長帯の検出領域で,C種類(Cは1以上の整数)の発光体の発光を検出する。発光点P(a)(a=1,2,…,A)それぞれについて,異なる波長帯の検出領域W(a,b)(b=1,2,…,B)において,発光点P(a)に存在する発光体D(a,c)(c=1,2,…,C)の発光を検出する。任意の時刻における,発光点P(a)における発光体D(a,c)の濃度をZ(a,c),P(a')についてのW(a',b)の発光強度をX(a',b)とする。この場合も,(数9)~(数17)が成立し,同様に,スペクトルクロストークと空間クロストークの両方を解消して,A×C個の発光体の濃度Z(a,c)を求めることができる。ここで,発光とは,蛍光,燐光,散乱光などが当てはまる。
【0033】
また,以上は次のように読み替えても良い。すなわち,A個(Aは2以上の整数)の吸光点それぞれについて,B個(Bは1以上の整数)の任意の波長帯の検出領域で,C種類(Cは1以上の整数)の吸光体の吸光を検出する。吸光点P(a)(a=1,2,…,A)それぞれについて,異なる波長帯の検出領域W(a,b)(b=1,2,…,B)において,吸光点P(a)に存在する吸光体D(a,c)(c=1,2,…,C)の吸光を検出する。任意の時刻における,吸光点P(a)における吸光体D(a,c)の濃度をZ(a,c),吸光点P(a')についてのW(a',b)の吸光度をX(a',b)とする。この場合も,(数9)~(数17)が成立し,同様に,スペクトルクロストークと空間クロストークの両方を解消して,A×C個の吸光体の濃度Z(a,c)を求めることができる。
【0034】
あるいは,以上を光計測以外の多点検出に読み替えることもできる。すなわち,A個(Aは2以上の整数)の信号発生点それぞれについて,B個(Bは1以上の整数)の任意の周波数帯の検出領域で,C種類(Cは1以上の整数)の信号発生体の信号を検出する。信号発生点P(a)(a=1,2,…,A)それぞれについて,異なる周波数帯の検出領域W(a,b)(b=1,2,…,B)において,信号発生点P(a)に存在する信号発生体D(a,c)(c=1,2,…,C)の信号を検出する。任意の時刻における,信号発生点P(a)における信号発生体D(a,c)の濃度をZ(a,c),信号発生点P(a')についてのW(a',b)の信号強度をX(a',b)とする。この場合も,(数9)~(数17)が成立し,同様に,スペクトルクロストークと空間クロストークの両方を解消して,A×C個の信号発生体の濃度Z(a,c)を求めることができる。
【0035】
以上では,主として数式を用いた説明を行ったが,これは本開示の内容の理解を容易にするためのものである。本開示の技術を実施する際には,本開示の内容を踏まえた方法を用いれば良く,必ずしも数式の通りに行う必要はなく,数式を変形しても構わないし,数式を用いなくても構わない。また,本開示において,「発光体の濃度」との記載は「発光体の発光強度」と読み替えることができ,「蛍光体の濃度」との記載は「蛍光体の蛍光強度」と読み替えることができ,「吸光体の濃度」との記載は「吸光体の吸光度」と読み替えることができる。
【0036】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される請求の範囲の様態により達成され実現される。
本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の請求の範囲又は適用例を如何なる意味に於いても限定するものではない。
【0037】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される請求の範囲の様態により達成され実現される。
本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の請求の範囲又は適用例を如何なる意味に於いても限定するものではない。
【発明の効果】
【0038】
本開示によれば,複数の発光点からの発光をそれぞれ検出する任意の光学系において発生する,複数の発光点間の空間クロストークを計算処理によって解消または低減することによって,複数の発光点からの発光を識別し,それぞれを独立に検出することが可能となる。また,複数の発光点から発光される,複数種類の蛍光体の蛍光を,それぞれ検出する任意の光学系において発生する,複数の発光点間の空間クロストーク,および各発光点についての複数種類の蛍光体間のスペクトルクロストークを計算処理によって解消または低減することによって,複数の発光点からの,複数種類の蛍光体の蛍光発光を識別し,それぞれを独立に検出することが可能となる。
【0039】
さらに,空間クロストークおよびスペクトルクロストークを解消または低減することによって,空間クロストークおよびスペクトルクロストークに伴って発生する検出感度の低下,あるいは検出ダイナミックレンジの低下を回避することが可能となる。
上記した以外の,課題,構成及び効果は,以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
図1】単純な光学系の模式図
図2】単純な光学系で2次元センサで取得した発光画像
図3】発光画像における発光像の信号強度分布
図4】発光像の中心の絶対信号強度と,発光像の中心から左側に離れた位置の絶対信号強度の関係
図5】発光像の中心の絶対信号強度と,発光像の中心から右側に離れた位置の絶対信号強度の関係
図6】発光像の中心の絶対信号強度と,発光像の中心から左側に離れた位置の絶対信号強度の関係
図7】発光像の中心の絶対信号強度と,発光像の中心から右側に離れた位置の絶対信号強度の関係
図8】モデル実験系の模式図
図9】モデル実験系における,スペクトルクロストークと空間クロストークの模式図
図10】モデル実験系の模式図
図11】既知サンプルの電気泳動分析で得られた生データ
図12図11の生データに対して色変換を実施した色変換データ
図13図11の生データに対して色変換+空間補正を実施した色変換+空間補正データ
図14】未知サンプルの電気泳動分析で得られた生データ
図15図14の生データに対して色変換を実施した色変換データ
図16図14の生データに対して色変換+空間補正を実施した色変換+空間補正データ
図17】未知の蛍光体を含むサンプルの電気泳動分析で得られた生データ
図18図17の生データに対して色変換+空間補正を実施した色変換+空間補正データ
図19】既知の蛍光体の濃度を段階的に上昇させたサンプルの電気泳動分析で得られた生データ
図20図19の生データに対して色変換を実施した色変換データ
図21図19の生データに対して色変換+空間補正を実施した色変換+空間補正データ
図22】複数のキャピラリにタイミングをずらしてサンプル注入する方法の模式図
図23】複数のキャピラリでタイミングをずらして蛍光発光を得る方法の模式図
図24】マルチキャピラリ電気泳動装置の模式図
図25】特許文献1の光学系による,4本のキャピラリのラマン散乱光の波長分散像
図26図25における,各キャピラリの20個の波長帯の検出領域の設定を示す図
図27】特許文献2の光学系による,4本のキャピラリからの発光蛍光を個別に4個の波長帯に分割して結像する模式図
図28】平面上に配列する5個の発光点からの発光蛍光を一括して4個の波長帯に分割して結像する光学系と模式図
図29】従来法のフローチャート
図30】本法のフローチャート
図31】本法の色変換+空間補正を行う行列を決定するためのフローチャート
図32】分析のセッションを複数回繰り返す場合のフローチャート
図33】計算機の構成図
【発明を実施するための形態】
【0041】
[実施例1]
空間クロストークの特性を詳細に調べるため,図1に示す単純な光学系を構築した。図1の光学系は,ピンホール板1-1,発光点側開口板1-2,集光レンズ1-3,センサ側開口板1-4,色ガラスフィルタ1-5,2次元センサ1-6,ハロゲンランプ光1-7を照射するハロゲンランプ(光源)を備える。具体的には、以下のように図1の光学系を構成した。φ0.05 mmのピンホールを有するピンホール板1-1に,下方向からハロゲンランプ光1-7を照射することによって,φ0.05 mmの発光点1-8を形成した。また,φ0.2 mmの開口を有する発光点側開口板1-2を発光点1-8の上方向に0.2 mm離れた位置に配置し,焦点距離がf=1.4 mmの集光レンズ1-3を発光点1-8の上方向に1.54 mm離れた位置に配置し,φ0.7 mmの開口を有するセンサ側開口板1-4を集光レンズ1-3の直上に配置した。さらに,2次元センサ1-6を集光レンズ1-3の上方向に15 mm離れた位置に配置し,色ガラスフィルタ1-5を2次元センサ1-6の直下に配置した。以上で,ピンホール板1-1,発光点側開口板1-2,センサ側開口板1-4,色ガラスフィルタ1-5,2次元センサ1-6は互いに平行に配置した。発光点1-8から発光した光1-9は,φ0.2 mmの開口を透過し,集光レンズ1-3で集光され,φ0.7 mmの開口を透過し,色ガラスフィルタ1-5を透過し,2次元センサ1-6上に,φ0.5 mmの発光像1-10を形成した。ここで,発光点1-8は,2次元センサ1-6上にピントが合った状態で,像倍率10倍で結像された。
【0042】
図2は,図1の単純な光学系において2次元センサ1-6で得られた像1-10を含む発光画像である。2次元センサ1-6のセンササイズは13×13 mmであり,各画素の信号範囲は0~65536である。図2(a)と図2(b)は同じ発光画像であるが,図2(a)の信号表示スケール(階調)を0~50000とし,図2(b)の信号表示スケールを0~500としている。発光像の最大信号値は約50000であり,図2(a)では全画素の信号がほぼ飽和せずに表示されているのに対して,図2(b)では発光像が飽和して表示されている。図2(a)によれば,期待通りにφ0.5 mmの発光像が得られており,φ0.5 mmの発光像の外側は信号ゼロに見える。しかしながら,図2(b)によれば,φ0.5 mmの発光像の外側に低い強度の裾が広がっていることが確認できる。
【0043】
図3(a)~(c)のα(点線)は,図2の発光画像において,発光像の中心を通る,水平方向の信号強度分布を示している。図3(a),図3(b),および図3(c)は同じデータを用いているが,縦軸を変更している。横軸は共通であり,発光像の中心からの距離を示している。横軸のプラスおよびマイナスは,発光画像において,発光像の右側と左側をそれぞれ示している。図3(a)と(b)の縦軸は絶対信号強度を示し,図3(a)は縦軸スケールを0~60000とし,図3(b)は縦軸スケールを0~100としている。一方,図3(c)は,縦軸をログスケールとして,かつ最大信号強度を100%とする相対信号強度として,縦軸スケールを0.001%~100%としている。図3(a)~(c)のβ(実線),γ(破線)は,図2の発光画像の取得条件下で,ハロゲンランプ光1-7の出力強度を段階的に下げた場合について,αと同様に信号強度分布を示したものである。図3(a)から分かるように,α,β,γの発光像の最大信号強度はそれぞれ約50000,約25000,約10000である。一方,図3(b)を見ると,発光像の中心から離れるに従って信号強度が減少する傾向があるが,図3(a)で見られる発光像の大きさ(幅0.5 mm程度)と比較して,ずっと大きな裾が広がっていることが分かる。また,最大信号強度が減少すると,裾の強度も減少していることも分かる。そこで,図3(c)を見ると,α,β,γがひとつに重なることが分かる。これは新たな発見であり,いくつかの重要な知見をもたらす。例えば,発光像の中心から±1 mm離れた位置,つまり,図2(a)で見られる発光像の外側の位置において,最大信号強度の約0.1%の信号強度が観察されている。仮に,±1 mm離れた位置に隣接する発光像の検出領域が存在した場合,これは約0.1%の空間クロストークが存在することを意味する。図1に示すように,極めて単純化された光学系を用いて,発光点をジャストフォーカスしているにも関わらず,このように無視できない大きさの空間クロストークが存在することは驚きである。さらに驚くべきは,α,β,γがひとつに重なったことから,光学系および発光点の位置が固定されている限り,発光点の発光強度,あるいは結像点の信号強度によらずに,結像点の相対信号強度分布が一定であると判明したことである。
【0044】
図4(a)および図5(a)は,図3から導いた結果である。図4(a)は結像点の中心から-1,-2,-3,-4,-5,-6 mm離れた位置,図5(a)は結像点の中心から+1,+2,+3,+4,+5,+6 mm離れた位置における絶対信号強度を縦軸,いずれの場合も発光像の中心の絶対信号強度を横軸とするグラフである。上記の絶対信号強度は,図3における,各位置を中心とする±0.1 mm幅の絶対信号強度の平均値とした。その結果,各位置における3個のプロット(図3のα,β,γに対応)はいずれも,原点を通る近似直線に乗ることが判明した。各近似直線の傾きは,対応する位置における空間クロストーク比率を示す。つまり,結像点の中心から離れるに従い,近似直線の傾きが小さくなり,空間クロストーク比率が低下することが分かる。比較のため,空間クロストークが0.1%および0.01%の直線を点線で重ね表示してある。例えば,結像点の中心から-1 mm離れた位置の空間クロストーク比率は0.1%強であるのに対して,-3 mm離れた位置の空間クロストーク比率は0.01%程度であることが読み取れる。以上の結果は,結像点の中心から離れた任意の位置における空間クロストークの絶対信号強度は,結像点の中心の絶対信号強度に対して直線性があり,空間クロストーク比率が一定になることを示している。すなわち,結像点の中心から離れた任意の位置における絶対信号強度から,結像点の中心の絶対信号強度に空間クロストーク比率を乗じた値を差引くことによって,任意の位置における空間クロストークを解消または減少させることが可能であることが新たに見出された。これは,図4(a)および図5(a)における各プロットの絶対信号強度から,同じ位置における対応する近似直線の値を差引くことに相当する。
【0045】
図4(b)および図5(b)はそれぞれ,図4(a)および図5(a)の結果に対して,上記の差引演算を行った結果である。各位置を示すプロットの種類,および横軸は,図4(a)と図4(b),図5(a)と図5(b)で共通である。図4(b)および図5(b)の縦軸は,上記の差引演算を行った後の絶対信号強度を示し,図4(a)および図5(a)と比較してスケールを拡大してある。比較のため,空間クロストークが±0.01%の直線を点線で重ね表示してある。その結果,各位置における差引演算後の絶対信号強度が,像中心の絶対信号強度によらずに,ほぼゼロになり,各位置における空間クロストークが±0.01%よりも小さくなることが判明した。結像点の中心から-1 mm離れた位置で比較すると,本法によって,空間クロストークを少なくとも1桁以上低減させることができた。各位置における差引演算後の絶対信号強度が完全にゼロにならないのは,図4(a)および図5(a)における各プロットと対応する近似直線のずれ,誤差が存在するためである。各位置における,原点を通る近似直線の決定係数(R2)が高いほど(1に近いほど),つまり,結像点の中心の絶対信号強度に対する,各位置の絶対信号強度の直線性が高いほど,上記の誤差は小さくなり,差引演算後の絶対信号強度はゼロに近くなる。当然ながら,差引演算後の絶対信号強度は負になることもある。しかしながら,上記の直線性が存在する限り,各位置の絶対信号強度の大きさは差引演算によって少なくとも小さくなる。また,近似直線の傾きが小さいほど,つまり,差引演算前の空間クロストークが小さいほど,各位置の絶対信号強度と近似直線の差分の絶対値も小さくなるため,上記の誤差も小さくなる。
【0046】
図6および図7は,図4および図5と同様の実験結果である。図1の光学系において,ピンホール板1-1を一旦取り外し,再度取り付けた後,図2図3と同様の結果を取得し,同様の手法により図6および図7の結果を導出した。ピンホール板1-1の取り付け位置は,ほぼ元の位置と同じであるが,厳密に全く同じ位置ではない。図6および図7の結果は,図4および図5の結果と同等であり,差引演算処理によって,任意の位置における空間クロストークを解消または減少させる手法の再現性が高いことが示された。
【0047】
一方で,図4図7の比較から,次に示すように,もうひとつ重要な知見が得られた。図4(a)の-1 mm,図5(a)の+1 mm,図6(a)の-1 mm,および図7(a)の+1 mmの近似直線を比較する。これら4個の近似直線の傾きは,いずれも結像点の中心から1 mm離れた位置における空間クロストーク比率を示すが,相互に異なっていることが判明した。したがって,例えば,図4(a)の-1 mmの近似直線を用いて,図5(a)の+1 mm,図6(a)の-1 mm,または図7(a)の+1 mmの各プロットの差引演算処理を行うと,上記の誤差が大きくなり,空間クロストークの低減が不十分になることが明らかになった。この現象は,他の位置についても同様に生じており,場合によっては,差引演算処理が逆効果,つまり,空間クロストークを増大させてしまうこともあることが分かった。このような現象が発生する要因は,(1)図1のような単純な光学系においてすら,結像が及ぼす空間クロストークの点対称性が必ずしも高くないこと(例えば図2で,結像点の左方向と右方向で空間クロストーク比率が異なる),(2)発光点の位置がわずかにずれる等,光学系の微妙な変化に伴って,結像が及ぼす空間クロストークが有意に変化すること,等が考えられる。したがって,結像点の中心と任意の位置の間に発生する空間クロストーク比率を,両者の間の距離の関数で表すことは不可能であることが判明した。これは,特許文献3に示される手法が有効に機能しないことを意味している。本開示では,光学系,および複数の結像点,すなわち複数の検出領域の条件を固定し,相互の距離とは無関係に,相互の空間クロストーク比率を,図4図7のそれぞれで示すように,実験で導出する点で特許文献3と異なる。条件に変更が加われば,その都度,空間クロストーク比率を取得し直す必要がある。
【0048】
以上の実験で得られた知見,すなわち,結像点の中心から離れた任意の位置における空間クロストークの絶対信号強度は,結像点の中心の絶対信号強度に対して直線性があり,空間クロストーク比率が一定になる事実を拡張し,一般化すると(数9)~(数17)が導出される。
【0049】
[実施例2]
複数の発光点から発光される,複数種類の蛍光体の蛍光を,それぞれ複数の波長帯の検出領域で検出する光学系の最もシンプルな場合についてモデル実験を行った。本実施例,および同じモデル実験系を用いる他の実施例においては,例として,(数9)~(数12)において,A=2個の発光点それぞれについて,B=2個の波長帯の検出領域で,C=2種類の蛍光体の発光蛍光を検出する場合を選んだが,A,B,Cのそれぞれが他の数値である場合についても同様の方法によって同様の効果が得られることは言うまでもない。
【0050】
図8はモデル実験系を示す。図8のモデル実験系は,2本のキャピラリCap(1)およびCap(2)と、2本のキャピラリCap(1)およびCap(2)の配列方向にレーザビームLBを照射する光源(不図示)とを備える。2本のキャピラリCap(1)およびCap(2)上に,レーザビームLBが照射される位置に,発光点P(1)およびP(2)がそれぞれ設けられている。キャピラリCap(1)で2種類の蛍光体D(1,1)およびD(1,2)で標識された物質が電気泳動され,キャピラリCap(2)で2種類の蛍光体D(2,1)およびD(2,2)で標識された物質が電気泳動されている。ここで,D(1,1)とD(2,1)は同じ種類の蛍光体であり,D(1,2)とD(2,2)は同じ種類の蛍光体である。同じ種類の蛍光体とは,発光される蛍光の蛍光スペクトルが等しいことを意味する。蛍光体D(1,1)およびD(1,2)は,発光点P(1)において,レーザビームLBの照射によって蛍光を発光し,センサSに設けられた検出領域W(1,1)およびW(1,2)で検出される。検出領域W(1,1)は蛍光体D(1,1)の発光蛍光を,検出領域W(1,2)は蛍光体D(1,2)の発光蛍光を主として検出するように,それぞれの検出波長帯が設計されているが,相互のスペクトルクロストークが有意に存在している。同様に,蛍光体D(2,1)およびD(2,2)は,発光点P(2)において,レーザビームLBの照射によって蛍光を発光し,センサSに設けられた検出領域W(2,1)およびW(2,2)で検出される。検出領域W(2,1)は蛍光体D(2,1)の発光蛍光を,検出領域W(2,2)は蛍光体D(2,2)の発光蛍光を主として検出するように,それぞれの検出波長帯が設計されているが,相互のスペクトルクロストークが有意に存在している。また,発光点P(1)における蛍光体D(1,1)およびD(1,2)の蛍光発光は検出領域W(2,1)およびW(2,2)においても検出され,同様に,発光点P(2)における蛍光体D(2,1)およびD(2,2)の蛍光発光は検出領域W(1,1)およびW(1,2)においても検出され,空間クロストークが有意に存在している。検出領域W(1,1),W(1,2),W(2,1),およびW(2,2)における信号強度(蛍光強度)をX(1,1),X(1,2),X(2,1),およびX(2,2)とすると,図8下側に示されているように,発光点P(1),発光点P(2)のそれぞれについて,電気泳動に伴い,信号強度X(1,1)およびX(1,2),X(2,1)およびX(2,2)の時系列データが得られる。
【0051】
尚,図8では,検出領域W(1,1),W(1,2),W(2,1),およびW(2,2)が1個のセンサS上に設けられているように描かれているが,必ずしもその必要はない。検出領域W(1,1)とW(1,2)がひとつのセンサ上に,検出領域W(2,1)とW(2,2)がもうひとつのセンサ上に設けられていても良いし,検出領域W(1,1),W(1,2),W(2,1),およびW(2,2)が異なる4個のセンサ上にそれぞれ設けられていても良い。また,発光点P(1)およびP(2)と,センサSの間に,何らかの結像手段および分光手段が必要であるが,本実施例ではどのような結像手段および分光手段であるかを問わないため,図8では結像手段および分光手段を省略している。
【0052】
図9は,図8におけるスペクトルクロストークおよび空間クロストークの関係を示す模式図である。図9(a)では,発光点P(1)における蛍光体D(1,1)の蛍光発光が,(i)検出領域W(1,1)で主として検出され,(ii)検出領域W(1,2)で副として検出されている。また,上記発光蛍光は,(iii)検出領域W(2,1)でも(i)および(ii)と比較してずっと小さい強度で検出され,さらに,(iv)検出領域W(2,2)でも(iii)よりさらに小さい強度で検出される。(i)と(ii)はスペクトルクロストークを示しており,(iii)と(iv)は空間クロストークおよびスペクトルクロストークを示している。つまり,従来法では(i)と(ii)だけを考慮していたが,本開示では(i)~(iv)のすべてを考慮する。図9では,以上の検出強度の強弱の関係,およびクロストークの関係を,矢印の太さ,実線または点線,(i)~(iv)の番号で共通的に示している。図9(a)と同様に,図9(b)は発光点P(1)における蛍光体D(1,2)の蛍光発光,図9(c)は発光点P(2)における蛍光体D(2,1)の蛍光発光,図9(d)は発光点P(2)における蛍光体D(2,2)の蛍光発光の場合についてそれぞれ描いている。実際の分析においては,図9(a)~(d)が同時刻に一斉に発生し,しかもそれぞれの蛍光強度が異なっている。
【0053】
図10は,図8と同様なモデル実験系を示す。ただし,図10のモデル実験系では,2本のキャピラリCap(1)およびCap(2)に対し,その配列方向と垂直に光源からランプ光LLが照射される。したがって,レーザビームLBの照射に伴う発光蛍光が検出されるのではなく,ランプ光LLの透過に伴う吸光,あるいは吸光度が検出される。2本のキャピラリCap(1)およびCap(2)上に,ランプ光LLが照射される位置に,吸光点P(1)およびP(2)がそれぞれ設けられている。キャピラリCap(1)で2種類の吸光体D(1,1)およびD(1,2)が電気泳動され,キャピラリCap(2)で2種類の吸光体D(2,1)およびD(2,2)が電気泳動されている。ここで,D(1,1)とD(2,1)は同じ種類の吸光体であり,D(1,2)とD(2,2)は同じ種類の吸光体である。同じ種類の吸光体とは,光の吸光スペクトルが等しいことを意味する。吸光体D(1,1)およびD(1,2)は,吸光点P(1)において,ランプ光LLの照射によって光を吸収し,吸収されなかった光がセンサSに設けられた検出領域W(1,1)およびW(1,2)で検出される。検出領域W(1,1)は吸光体D(1,1)の吸光を,検出領域W(1,2)は吸光体D(1,2)の吸光を主として検出するように,それぞれの検出波長帯が設計されているが,相互のスペクトルクロストークが有意に存在している。同様に,吸光体D(2,1)およびD(2,2)は,吸光点P(2)において,ランプ光LLの照射によって光を吸収し,吸収されなかった光がセンサSに設けられた検出領域W(2,1)およびW(2,2)で検出される。検出領域W(2,1)は吸光体D(2,1)の吸光を,検出領域W(2,2)は吸光体D(2,2)の吸光を主として検出するように,それぞれの検出波長帯が設計されているが,相互のスペクトルクロストークが有意に存在している。また,吸光点P(1)における吸光体D(1,1)およびD(1,2)の吸光は検出領域W(2,1)およびW(2,2)においても検出され,同様に,吸光点P(2)における吸光体D(2,1)およびD(2,2)の吸光は検出領域W(1,1)およびW(1,2)においても検出され,空間クロストークが有意に存在している。これは,吸光点P(1)を透過するランプ光LLの透過光の一部が検出領域W(2,1)およびW(2,2)においても検出され,吸光点P(2)を透過するランプ光LLの透過光の一部が検出領域W(1,1)およびW(1,2)においても検出されるためである。検出領域W(1,1),W(1,2),W(2,1),およびW(2,2)における吸光度をX(1,1),X(1,2),X(2,1),およびX(2,2)とすると,図8下側に示されているように,吸光点P(1),吸光点P(2)のそれぞれについて,電気泳動に伴い,吸光度X(1,1)およびX(1,2),X(2,1)およびX(2,2)の時系列データが得られる。以降では,図8を用いた場合についての説明を行うが,図10を用いた場合にも同様の効果が得られることは言うまでもない。
【0054】
図11は,図8のモデル実験系を用いて,既知のサンプルをキャピラリCap(1)およびCap(2)に注入して電気泳動分析で得られた生データである。いずれも,横軸を電気泳動時間(任意単位),縦軸を蛍光強度(任意単位)としている。図11(a)と図11(b)は発光点P(1)で得られた同一の生データであり,(b)は(a)の縦軸スケールを拡大したものである。同様に,図11(c)と図11(d)は発光点P(2)で得られた同一の生データであり,図11(d)は図11(c)の縦軸スケールを拡大したものである。図11(a)~(d)の横軸スケールは時刻0~500を示し,図11(a)(c)の縦軸スケールは蛍光強度0~250,図11(b)(d)の縦軸スケールは蛍光強度-0.2~0.8としている。X(1,1)およびX(2,1)は実線,X(1,2)およびX(2,2)は点線で表されている。図11に示されている通り,時刻100において発光点P(1)で蛍光体D(1,1)(図9(a)の状態),時刻200において発光点P(2)で蛍光体D(2,1)(図9(c)の状態),時刻300において発光点P(1)で蛍光体D(1,2)(図9(b)の状態),時刻400において発光点P(2)で蛍光体D(2,2)(図9(d)の状態)がそれぞれ単独で蛍光発光するようにサンプルが調製されている。そして,これら以外の蛍光は発光されないようにサンプルが調製されている。図11(a)と図11(c)を見る限り,上記の蛍光発光に対応する4個の大きなピークだけが観察されているが(図9の(i)(ii)に対応),図11(b)と図11(d)を見ると,矢印で示す4個の小さなピーク,すなわち,時刻100において発光点P(2)で蛍光体D(2,1),時刻200において発光点P(1)で蛍光体D(1,1),時刻300において発光点P(2)で蛍光体D(2,2),時刻400において発光点P(1)で蛍光体D(1,2)が観察された(図9の(iii)(iv)に対応)。したがって,これら4個の小さなピークは,空間クロストークおよびスペクトルクロストークによるものであると判断できる。例えば,時刻100の発光点P(2)における蛍光体D(2,1)の小さなピークは,時刻100の発光点P(1)における蛍光体D(1,1)の蛍光発光の一部が空間クロストークおよびスペクトルクロストークによってX(2,1)とX(2,2)として検出された結果である(図9(a)の(iii)(iv)に対応)。
【0055】
空間クロストークを考慮しない場合,つまり,図11(c)および図11(d)の4個の小さなピークを無視する場合(図9で(i)(ii)のみを考慮する場合),図11(a)および図11(c)の4個の大きなピークのスペクトルクロストークの解消,すなわち従来法による色変換を実行すれば良い。このとき,(数6)は次式で表される。
【0056】
【数18】
【数19】
【0057】
ここで,Z(1,1),Z(1,2),Z(2,1),およびZ(2,2)は,各時刻における蛍光体D(1,1),D(1,2),D(2,1),およびD(2,2)の濃度を示す。(数18)および(数19)に示す通り,本実施例では,2行2列の行列Yおよび逆行列Y-1は,発光点P(1)と発光点P(2)で同じであった。ただし,一般には,発光点P(1)と発光点P(2)で行列Yおよび逆行列Y-1が異なっていることがある。発光点P(1)についての行列Yの各要素は,時刻100の蛍光体D(1,1)による蛍光強度X(1,1)とX(1,2)の強度比,時刻300の蛍光体D(1,2)による蛍光強度X(1,1)とX(1,2)の強度比により決定した。発光点P(2)についての行列Yの各要素は,時刻200の蛍光体D(2,1)による蛍光強度X(2,1)とX(2,2)の強度比,時刻400の蛍光体D(2,2)による蛍光強度X(2,1)とX(2,2)の強度比により決定した。
【0058】
図12は,図11の生データに対して,各時刻で(数18)および(数19)の色変換を実行して得られた色変換データである。表記方法は図11と同等である。期待通りに,図11(a)および図11(c)の4個の大きなピークのスペクトルクロストークが,図12(a)および図12(c)の4個の大きなピークで解消されていることが分かる。一方で,図11(b)および図11(d)の4個の小さなピークのスペクトルクロストークも,図12(c)および図12(d)の4個の小さなピーク(同様に矢印で示す)で解消されているが,これらのピークそのものは依然として残っており,空間クロストークは解消されていないことが分かる。これが従来法の課題である。
【0059】
そこで次に,図11について,スペクトルクロストークと空間クロストークの両方を考慮し(図9で(i)~(iv)をすべて考慮し),色変換と空間補正の両方を実行する。このとき,(数14)は次式で表される。
【0060】
【数20】
【0061】
行列Yおよび逆行列Y-1は,(数18)と(数19)の2行2列から,4行4列に拡張されている。また,(数18)と(数19)では発光点P(1)と発光点P(2)でそれぞれ独立に色変換を行っていたのに対して,(数20)では発光点P(1)と発光点P(2)を混在させて一括で色変換+空間補正を行っている。(数20)の行列Yの各要素は,図11における,時刻100の蛍光体D(1,1)による蛍光強度X(1,1),X(1,2),X(2,1),およびX(2,2)の強度比,時刻200の蛍光体D(2,1)による蛍光強度X(1,1),X(1,2),X(2,1),およびX(2,2)の強度比,時刻300の蛍光体D(1,2)による蛍光強度X(1,1),X(1,2),X(2,1),およびX(2,2)の強度比,および時刻400の蛍光体D(2,2)による蛍光強度X(1,1),X(1,2),X(2,1),およびX(2,2)の強度比により決定した。(数20)の行列Yの左上の2行2列,および右下の2行2列は,(数18)および(数19)の行列Yと対応しており,各要素の値が互いにほぼ等しい。同様に,(数20)の行列Y-1の左上の2行2列,および右下の2行2列は,(数18)および(数19)の行列Y-1と対応しており,各要素の値が互いにほぼ等しい。つまり,これらの要素は,同一発光点についてのスペクトルクロストークを解消する色変換を担っている。ここで,これらの要素の値が(数20)と(数18)および(数19)で完全に一致しない理由は,次に述べる空間クロストークの考慮の有無の違いである。これに対して,(数20)の行列Yおよび行列Y-1の右上の2行2列,および左下の2行2列は,(数18)および(数19)には存在しない,異なる発光点間の空間クロストークおよびスペクトルクロストークを解消する空間補正および色変換を担っている。(数20)を次式のように変形すると,上記がより分かり易くなる。
【0062】
【数21】
【数22】
【0063】
(数21)右辺第1項,および(数22)右辺第2項は従来法の色変換を担っており,それぞれ(数18)および(数19)と対応している。これに対して,(数21)右辺第2項,および(数22)右辺第1項は,従来法では取り扱っていない,空間補正および色変換を担っている。このように,色変換と,空間補正および色変換を切り離して個別に実行しても良いし,どちらか一方のみを行っても良い。あるいは,例えば,発光点P(1)には空間補正および色変換を施し,発光点P(2)には色変換のみを施す,等,発光点によって処理を変化させることも可能である。
【0064】
図13は,図11の生データに対して,各時刻で(数20)の色変換+空間補正を実行して得られた色変換+空間補正データである。表記方法は図11と同等である。まず,図12と同様に,図11(a)および図11(c)の4個の大きなピークのスペクトルクロストークが,図13(a)および図13(c)の4個の大きなピークで解消されていることが分かる。さらに,期待通りに,図11(b)および図11(d)の4個の小さなピークの空間クロストークおよびスペクトルクロストークも,図13(c)および図13(d)で解消されて,ピークが消失していること(矢印で示す)が分かる。
【0065】
以上により,本開示によって,複数の発光点から発光される,複数種類の蛍光体の蛍光を,それぞれ検出する任意の光学系において発生する,同一発光点についてのスペクトルクロストーク,および複数の発光点間の空間クロストーク,およびスペクトルクロストークを計算処理によって解消または低減することが可能であることが示された。
【0066】
[実施例3]
次に,[実施例2]の実験結果を踏まえて,今度は未知のサンプルの分析を行った。図14は,図8のモデル実験系を用いて,未知のサンプルをキャピラリCap(1)およびCap(2)に注入して電気泳動分析を行った結果得られた生データである。[実施例2]と同一のモデル実験系を用いているため,(数18)~(数22)をそのまま用いることができる。表記方法は図11と同等である。ただし,図11(b)(d)の縦軸スケールを蛍光強度-0.5~2.0に縮小している。時刻100,200,300,および400それぞれにおいて,発光点P(1)で大きなピークが観察される一方で,発光点P(2)で小さなピーク(矢印で示す)が観察された。
【0067】
図15は,図14の生データに対して,各時刻で(数18)および(数19)の色変換を実行して得られた色変換データである。表記方法は図14と同等である。図15(a)に示すように,発光点P(1)において,時刻100および300で蛍光体D(1,1)の発光蛍光が単独で検出され,時刻200および400で蛍光体D(1,2)の発光蛍光が単独で検出された。一方で,図15(d)に示すように,発光点P(2)において,時刻100,200,300,および400で検出された4個の小さなピーク(矢印で示す)の正体は不明であった。すなわち,それらの由来が,(1)発光点P(2)における蛍光体D(2,1)とD(2,2)の混合物の蛍光発光なのか,(2)発光点P(2)における蛍光体D(2,1)とD(2,2)以外の不純物の蛍光発光なのか,あるいは(3)発光点P(1)における蛍光体D(1,1)およびD(1,2)の蛍光発光の空間クロストークなのか,が不明であった。
【0068】
図16は,図14の生データに対して,各時刻で(数20)の色変換+空間補正を実行して得られた色変換+空間補正データである。表記方法は図14と同等である。図16(a)に示すように,図15(a)と同様に,発光点P(1)において,時刻100および300で蛍光体D(1,1)の発光蛍光が単独で検出され,時刻200および400で蛍光体D(1,2)の発光蛍光が単独で検出された。それに加えて,図16(d)に示すように,発光点P(1)における蛍光体D(1,1)およびD(1,2)の蛍光発光の検出領域W(2,1)およびW(2,2)に対する空間クロストークおよびスペクトルクロストークが解消された結果,発光点P(2)において,時刻100および300で蛍光体D(2,2)の微弱な発光蛍光が単独で検出され,時刻200および400で蛍光体D(2,1)の微弱な発光蛍光が単独で検出されていることが判明した。これらの微弱な発光蛍光のピーク強度は,発光点P(1)で観察された発光蛍光のピーク強度の1%弱であった。一方,図12の結果から分かるように,図8のモデル実験系で発生する空間クロストーク比率も1%弱である。そのため,図15では,真の微弱な発光蛍光と,空間クロストークによる偽の微弱な発光蛍光とが混在し,両者の区別がつかなくなったのであった。
【0069】
上記の結果は,空間クロストークが各発光点からの発光の検出における検出下限を押し上げ得ることを示している。上記の例のように,空間クロストーク比率が1%だとすると,仮に発光点が1個の場合の検出下限が0.1%であったとしても,1%以下の信号は,それが真の信号なのか,あるいは空間クロストークによる偽の信号なのかを区別できないため,実効的な検出下限は1%に上昇してしまう。つまり,1個の発光点の発光検出と比較して,複数の発光点の発光検出では,検出感度とダイナミックレンジがいずれも1桁低くなってしまう。本開示は,そのような課題を解決し,複数の発光点の発光検出における検出感度とダイナミックレンジの低下を回避することができる。
【0070】
[実施例4]
続いて,[実施例2]の実験結果を踏まえて,発光点P(1)で,蛍光体D(1,1)と蛍光体D(1,2)と一緒に,未知の蛍光体D(1,3)で標識された物質を電気泳動分析した。図17は,図8のモデル実験系を用いて,キャピラリCap(1)にのみサンプルを注入し,キャピラリCap(2)にはサンプルを注入せずに,キャピラリCap(1)とCap(2)の両方について電気泳動分析して得られた生データである。表記方法は図14と同等である。時刻100において発光点P(1)で蛍光体D(1,1),時刻200において発光点P(1)で蛍光体D(1,2),時刻300において発光点P(1)で蛍光体D(1,1),時刻400において発光点P(1)で蛍光体D(1,3)がそれぞれ単独で蛍光発光するようにサンプルが調製されている。そして,これら以外の蛍光は発光されないようにサンプルが調製されている。図17(a)に示されている通り,上記の蛍光発光に対応する4個の大きなピークだけが観察された。蛍光体D(1,3)のスペクトルクロストーク比率は,蛍光体D(1,2)のスペクトルクロストーク比率と似ているが,若干異なっていることが分かった。一方で,図17(d)に示される,矢印で示す4個の小さなピークはそれぞれ,図17(a)の4個の大きなピークの元となる発光蛍光の空間クロストークおよびスペクトルクロストークの結果であると判断できる。
【0071】
図18は,図17の生データに対して,各時刻で(数20)の色変換+空間補正を実行して得られた色変換+空間補正データである。表記方法は図14と同等である。図18(a)に示すように,発光点P(1)において,時刻100および300で蛍光体D(1,1)の発光蛍光が単独で検出され,時刻200で蛍光体D(1,2)の発光蛍光が単独で検出された。しかしながら,矢印で示す通り,時刻400で蛍光体D(1,3)の発光蛍光が単独で検出されたが,スペクトルクロストーク比率が蛍光体D(1,1)と蛍光体D(1,2)のいずれとも異なるため,スペクトルクロストークの解消はなされなかった。一方で,図18(d)に示すように,時刻100,200,および300における,発光点P(1)での蛍光体D(1,1)およびD(1,2)の蛍光発光による空間クロストークおよびスペクトルクロストークが解消されているにも関わらず,矢印で示す通り,時刻400における,発光点P(1)での蛍光体D(1,3)の蛍光発光による空間クロストークおよびスペクトルクロストークは解消されずに,ピークが残っていることが判明した。これは,[実施例2]で,発光点P(1)での蛍光体D(1,1),D(1,2),および発光点P(2)での蛍光体D(2,1),D(2,2)の発光蛍光について(数20)の導出を行ったためであり,発光点P(1)でのD(1,3)の発光蛍光は,空間クロストークおよびスペクトルクロストークの特性が(数20)と異なるためである。したがって,発光点P(1)での蛍光体D(1,3)の発光蛍光について,(数20)を取得し直せば,上記の問題は解決される。以上の現象は本開示の一側面を表している。
【0072】
[実施例5]
今度は,[実施例2]の実験結果を踏まえて,発光点P(1)で,蛍光体D(1,1)で標識された物質の濃度を段階的に引き上げて蛍光発光させる実験を行った。図19は,図8のモデル実験系を用いて,キャピラリCap(1)にのみサンプルを注入し,キャピラリCap(2)にはサンプルを注入せずに,キャピラリCap(1)とCap(2)の両方について電気泳動分析して得られた生データである。表記方法は図14と同等である。ただし,図19(a)(c)の縦軸スケールを蛍光強度0~400に縮小している。時刻100,200,300,400のそれぞれにおいて発光点P(1)で蛍光体D(1,1)がそれぞれ単独で蛍光発光し,蛍光体D(1,1)の濃度および蛍光強度が段階的に上昇するようにサンプルが調製されている。そして,これら以外の蛍光は発光されないようにサンプルが調製されている。図19(a)に示されている通り,上記の蛍光発光に対応する4個の大きなピークが観察されたが,図8のモデル実験系で用いているセンサSは蛍光強度200で飽和するため,時刻200,300,400の3個のピークが飽和して検出された。これに対して,図19(d)に示される,発光点P(1)における蛍光体D(1,1)の発光蛍光の空間クロストークおよびスペクトルクロストークによって生じている4個の小さなピークは,蛍光強度が低いため,いずれも飽和せずに観察された。
【0073】
図20は,図19の生データに対して,各時刻で(数18)および(数19)の色変換を実行して得られた色変換データである。表記方法は図19と同等である。図20(a)に示すように,発光点P(1)における,時刻100の蛍光体D(1,1)の発光蛍光は,スペクトルクロストークが解消され,単独で検出された。しかしながら,時刻200,300,400の蛍光体D(1,1)の発光蛍光は飽和しているため,スペクトルクロストークが解消されなかった。これは,図19(a)で明らかなように,蛍光強度が飽和すると,X(1,1)とX(1,2)の強度比から導出されるスペクトルクロストーク比率が変化し,(数18)および(数19)で定義されているスペクトルクロストーク比率から乖離したためである。これに対して,図20(d)に示されるように,蛍光体D(2,1)の蛍光強度が飽和していないため,矢印で示す4個の小さなピークそれぞれについてスペクトルクロストークが解消された。図20(d)に示される4個のピークの強度比が,時刻100,200,300,400における発光点P(1)での蛍光体D(1,1)の発光蛍光の強度比を表している。
【0074】
図21は,図19の生データに対して,各時刻で(数20)の色変換+空間補正を実行して得られた色変換+空間補正データである。表記方法は図19と同等である。図21(a)では,図20(a)と同様な理由によって同等な結果が得られている。これに対して,図21(d)に示すように,時刻100における蛍光体D(2,1)の発光蛍光については,空間クロストークとスペクトルクロストークの両方が解消された。しかしながら,時刻200,300,400における蛍光体D(2,1)の発光蛍光については,空間クロストークとスペクトルクロストークが解消されなかった。これは,時刻200,300,400において,図19(a)に示されているX(1,1)またはX(1,2)の蛍光強度が飽和した結果,それらのX(1,1)およびX(1,2)の蛍光強度に対する,図19(d)に示されているX(2,1)およびX(2,2)の蛍光強度の比率が,(数20)で定義されている空間クロストーク比率から乖離したためである。また,その乖離の度合いは,飽和の度合いに応じて増大するため,図21(d)において,時刻200よりも時刻300,時刻300よりも時刻400の蛍光体D(2,1)の蛍光強度が増大した。
【0075】
[実施例6]
ここでは,[実施例2]と異なる手法により,(数20)の行列Yを決定する手法を説明する。[実施例2]では,図11(a)のように,蛍光体D(1,1),D(2,1),D(1,2),およびD(2,2)の順番で,それぞれを単独で蛍光発光させることによって,つまり,発光点P(1)と発光点P(2)で交互に蛍光発光させることによって,行列Yを決定した。しかしながら,キャピラリCap(1)とCap(2)のどちらかの電気泳動速度が想定からずれると,発光点P(1)と発光点P(2)で同時に蛍光発光する可能性があり,その場合は行列Yを決定できなくなる。
【0076】
図22は,上記の問題を回避するための,より現実的な方法を示している。最初に,図22(a)のように,キャピラリCap(1)にのみサンプルを注入し,キャピラリCap(1)とCap(2)で電気泳動分析を行い,蛍光体D(1,1)とD(1,2)をそれぞれ単独で蛍光発光させて,検出領域W(1,1),W(1,2),W(2,1),W(2,2)で蛍光検出を行う。次に,図22(b)のように,キャピラリCap(2)にのみサンプルを注入し,キャピラリCap(1)とCap(2)で電気泳動分析を行い,蛍光体D(2,1)とD(2,2)をそれぞれ単独で蛍光発光させて,検出領域W(1,1),W(1,2),W(2,1),W(2,2)で蛍光検出を行う。このような方法によって,[実施例2]と同様に,行列Yを決定することができる。また,この方法によれば,[実施例2]よりも簡便かつ確実に行列Yを決定することができる。図22では,分かり易くするために,キャピラリCap(1)における蛍光体D(1,1)とD(1,2),およびキャピラリCap(2)における蛍光体D(2,1)とD(2,2)をそれぞれ複数回,蛍光発光させるように描いているが,それぞれ1回ずつ蛍光発光させれば十分である。また,上記では,最初の電気泳動分析が終わってから,次の電気泳動分析を行っているが,そこまで電気泳動分析の間隔を広げなくても良い。キャピラリCap(1)のサンプル注入とキャピラリCap(2)のサンプル注入のタイミングを適当にずらすことによって,図22と同等の効果を得ることができる。例えば,キャピラリCap(1)にサンプル注入した後に短い時間だけ電気泳動し,次いでキャピラリCap(2)にサンプル注入してから電気泳動を再開すれば良い。これによって,行列Yを決定するのに要する時間を削減することができる。また,この方法によれば,キャピラリCap(1)に注入するサンプルと,キャピラリCap(2)に注入するサンプルを同じ組成,あるいは同一にすることができる。これによって,準備するサンプルを単純化でき,そのためのコストを削減することができる。
【0077】
図23は,行列Yの決定をさらに簡便にする方法を示している。ここでは,キャピラリCap(1)のサンプル注入とキャピラリCap(2)のサンプル注入を同じタイミングで行ったにも関わらず,図22と同様に,キャピラリCap(1)における蛍光体D(1,1)とD(1,2),およびキャピラリCap(2)における蛍光体D(2,1)とD(2,2)がそれぞれ異なる時刻に蛍光発光するようにサンプルが調製されている。つまり,キャピラリCap(1)に注入するサンプルと,キャピラリCap(2)に注入するサンプルの組成を変え,各蛍光体が標識された物質の電気泳動速度に違いが出るようにすれば良い。例えば,キャピラリCap(1)に注入するサンプルには,蛍光体D(1,1)が標識された50塩基長のDNA断片,および蛍光体D(1,2)が標識された60塩基長のDNA断片が含まれ,キャピラリCap(2)に注入するサンプルには,蛍光体D(2,1)が標識された70塩基長のDNA断片,および蛍光体D(2,2)が標識された80塩基長のDNA断片が含まれるように調製すれば良い。
【0078】
あるいは,図23は,キャピラリCap(1)とCap(2)に同一組成のサンプルを同じタイミングで注入したとしても,キャピラリCap(1)とCap(2)で異なる電気泳動条件を設定することによっても実現できる。例えば,電気泳動の最中で,Capi(2)の印加電圧を一時的に低下させる,電気泳動時のCapi(2)の温度を低下させる,等である。
【0079】
以上では,行列Yを決定するための専用サンプルを予め準備することを想定していたが,必ずしもその必要はない。分析対象となる実サンプルの電気泳動分析の生データにおいて,各キャピラリにおける各蛍光体の蛍光発光が単独で発生する状態が存在し,それを特定することができれば,その時刻の生データを用いて行列Yを決定することができる。
【0080】
[実施例7]
図24は,分析装置の一例であるマルチキャピラリ電気泳動装置の構成図である。マルチキャピラリ電気泳動装置は,DNAシーケンスやDNAフラグメント解析を行う分析装置として広く用いられている。図24に示すように,マルチキャピラリ電気泳動装置は,キャピラリ24-1,陰極24-4,陽極24-5,陰極側緩衝液24-6,陽極側緩衝液24-7,ポンプブロック24-9,シリンジ24-11,レーザ光源24-12を備える。本実施例では,4本のキャピラリ24-1を用い,各キャピラリ24-1で異なるサンプルのDNAシーケンスを実施した。DNAシーケンスのサンプルは,4種類の蛍光体で標識されたDNA断片から構成される。以下の(1)~(6)の工程によって,1回の分析セッションを実行した。(1)まず,4本のキャピラリ24-1の試料注入端24-2を陰極側緩衝液24-6に浸し,試料溶出端24-3をポリマブロック24-9を介して陽極側緩衝液24-7に浸した。(2)次に,ポンプブロック24-9のバルブ24-10を閉じ,ポンプブロック24-9に接続されたシリンジ24-11のピストンを押し下げることにより内部のポリマ溶液に加圧し,ポリマ溶液を各キャピラリ24-1の内部に,サンプル溶出端24-3からサンプル注入端24-2に向かって充填した。(3)続いて,バルブ24-10を開け,各キャピラリ24-1にサンプル注入端24-2から異なるサンプルを電界注入した後,陰極24-4と陽極24-5の間に電源24-8により高電圧を印加することにより,キャピラリ電気泳動を開始した。4種類の蛍光体で標識されたDNA断片は,サンプル注入端24-2からサンプル溶出端24-3に向かって電気泳動された。(4)並行して,各キャピラリ24-1の,サンプル注入端24-2から一定距離電気泳動された位置を発光点24-14とし,レーザ光源24-12から発振された,波長505 nmのレーザビーム24-13を各発光点24-14に一括照射した。ここで,発光点24-14近傍の各キャピラリ24-1の被覆を予め除去し,発光点24-14近傍の各キャピラリ24-1を同一平面上に配列し,レーザビーム24-13を,集光してから,上記の配列平面の側方より,配列平面に沿って導入した。(5)そして,4種類の蛍光体で標識されたDNA断片が,各キャピラリ24-1の内部を電気泳動し,発光点24-14を通過する際にレーザビーム24-13の照射によって励起され,蛍光を発光した。つまり,4個の発光点から4種類の蛍光体が蛍光発光し,電気泳動に伴い,それぞれの蛍光強度が時々刻々と変化した。(6)最後に,各発光点から発光される蛍光をセンサ(不図示)により多色検出し,計算機(不図示)により得られた時系列データを解析することによって,各キャピラリに注入されたサンプルのDNAシーケンスを行った。以上の(1)~(6)の工程からなる分析セッションは複数回,繰り返すことができる。例えば,1回目の分析セッションではサンプル(1)~(4)を分析し,2回目の分析セッションではサンプル(5)~(8)を分析し,…,とすることによって,多数の異なるサンプルを分析することができる。
【0081】
本実施例では,上記(6)の多色検出を,特許文献1の光学系を用いて行った。すなわち,A=4個の発光点P(1)~P(4)から発光される蛍光を1個の集光レンズでコリメートし,1個の透過型の回折格子を透過させ,各蛍光の1次回折光を1個の結像レンズで1個の2次元センサ上に結像させた。図25は,4本のキャピラリCap(1)~Cap(4)に標準溶液を充填した場合の,レーザビーム照射による,4個の発光点P(1)~P(4)から発光されるラマン散乱光の波長分散像を含む2次元センサ画像の取得結果である。横軸方向は4本のキャピラリの配列方向,縦軸方向は波長方向である。矢印で示す,縦方向に伸びた4本の筋状の像がそれぞれキャピラリCap(1)~Cap(4)のラマン散乱光の波長分散像である。この結果に基づいて,各発光点について,2次元センサ画像上における波長分散像の波長校正を行い,画素位置と波長の関係を求めた。そして,その結果に基づいて,図26に示すように,2次元センサ画像上における,発光点P(1)~P(4)のそれぞれについて,B=20個の異なる波長帯の検出領域を設定した。20個の検出領域はそれぞれ,500~700 nmの発光を,10 nm間隔で等分割した波長帯で検出するように設定した。例えば,発光点P(1)について設定された検出領域W(1,1),W(1,2),…,W(1,20)はそれぞれ,500~510 nm,510~520 nm,…,690~700 nmの波長帯の発光を検出するように設定し,それぞれの信号強度をX(1,1),X(1,2),…,X(1,20)とした。発光点P(2)~P(4)についても同様である。ここで,各発光点P(1)~P(4)の位置および光学系が固定されている限り,2次元センサ画像における,各キャピラリについての画素位置と波長の関係は維持されるため,図26で設定された検出領域は,複数の異なる発光検出,あるいは複数の異なる分析セッションについても有効である。
【0082】
本実施例では,C=4種類の蛍光体として,dR110,dR6G,dTAMRA,およびdROXを用い,それぞれをサンガー反応によって調製される末端塩基種がT,C,A,およびGのDNA断片に標識した。dR110,dR6G,dTAMRA,およびdROXの極大蛍光発光波長はそれぞれ,541 nm,568 nm,595 nm,および618 nmであるため,それぞれの発光蛍光は,540~550 nm,560~570 nm,590~600 nm,および610~620 nmの波長帯の検出領域で最も強い強度で検出される。例えば,発光点P(1)におけるdR110,dR6G,dTAMRA,およびdROXの発光蛍光はそれぞれ,検出領域W(1,5),W(1,7),W(1,10),およびW(1,12)で,主として検出される。ただし,各発光蛍光は,スペクトルクロストークによって発光点P(1)のその他の検出領域においても検出され,空間クロストークおよびスペクトルクロストークによって発光点P(2)~P(3)の検出領域においても弱い強度で検出される。以降,発光点P(1)におけるdR110,dR6G,dTAMRA,およびdROXをそれぞれ,D(1,1),D(1,2),D(1,3),およびD(1,4),また,それらの濃度をZ(1,1),Z(1,2),Z(1,3),およびZ(1,4)とした。発光点P(2)~P(4)についても同様である。
【0083】
このとき,(数9)における(数10)~(数12)は次式となる。
【数23】
【数24】
【数25】
【0084】
ここで,Xは80行1列,Yは80行16列,Zは16行1列の行列である。(数23)~(数25)を(数14)に代入して得られる空間補正と色変換を実施し,空間クロストークとスペクトルクロストークの両方を解消し,各キャピラリにおける4種類の蛍光体の濃度の時系列データを取得することができた。その結果,各キャピラリに注入された異なるサンプルのDNAシーケンスを実施することができた。尚,本実施例に対応する従来法は,各キャピラリ毎に(数8)の色変換を実施することである。従来法では空間クロストークを解消できない。
【0085】
(数23)~(数25),およびこれらから導出される(数14)は,各発光点の位置,光学系,および用いる蛍光体が固定されている限り,複数の異なる発光検出,あるいは複数の異なる分析セッションについても有効である。
【0086】
行列Yの決定方法は既に述べた通りである。ただし,80×16個の要素をすべて設定することは必ずしも必要ない。例えば,他の要素と比較して十分に絶対値が小さい要素をゼロに置き換え,関連する計算を簡略化しても構わない。また,空間クロストークが及ぶ範囲が限定的である場合は,限定された範囲で(数9)~(数12)を定義しても構わない。この場合,必要に応じて,限定された範囲を順次スライドさせ,より広範囲の分析を行うこともできる。例えば,空間クロストークが及ぶ範囲が両隣のキャピラリに限定できる場合は,2本以上離れたキャピラリについての空間クロストークおよびスペクトルクロストークは無視して,関連する計算を省いても構わない。この場合さらに,行列Yを決定するために各発光点で単独に発光させる工程を,互いに空間クロストークの影響を及ぼし合わない複数の発光点について同時に発光させる工程に簡略化することも可能である。
【0087】
[実施例8]
本実施例では,[実施例7]と同様に,図24のマルチキャピラリ電気泳動装置を用いたDNAシーケンスを行った。ただし,4個の発光点から発光される,4種類の蛍光体の蛍光発光を,各時刻において,特許文献2の光学系によって多色検出した。図27は,本光学系の構成と,本光学系により取得した4個の発光点の4分割像を示す。図27の光学系は,集光レンズアレイ27-1,ロングパスフィルタ27-3,ダイクロイックミラー27-4,27-5,27-6,および27-7,並びに2次元センサ27-8を備える。図27(a)および図27(b)に示すように,まず,A=4個の発光点P(1)~P(4)から発光される蛍光をそれぞれ,集光レンズアレイ27-1を構成する4個の集光レンズ27-2で個別にコリメートして4本の光束27-9とし,1個のロングパスフィルタ27-3を一括して透過させることで,レーザビーム光をカットした。次に,4個のダイクロイックミラー27-4,27-5,27-6,および27-7で構成される1組のダイクロイックミラーアレイに各光束27-9を一括して入射することで,各光束27-9を,B=4個の分割光束27-10,27-11,27-12,および27-13にそれぞれ分割し,ダイクロイックミラーアレイから出射させた。ここで,各ダイクロイックミラーの分光特性を調整することによって,分割光束27-10,27-11,27-12,および27-13がそれぞれ,520~550 nm,550~580 nm,580~610 nm,および610~640 nmの波長帯の光を有するようにした。最後に,生成されたA×B=4×4=16個の分割光束を2次元センサ27-8に入射させ,図27(c)に示すように,16個の分割像W(1,1)~W(4,4)を得た。ここで,4本のキャピラリCap(1)~Cap(4)の配列方向,すなわち,発光点P(1)~P(4)の配列方向と,ダイクロイックミラーアレイによる分割方向,すなわち波長方向は互いに垂直であるため,図27(c)に示すように,2次元センサ画像27-14の中に,分割像W(1,1)~W(4,4)が互いに重なることなく,整列した状態で検出された。例えば,発光点P(1)から発光される蛍光は,W(1,1),W(1,2),W(1,3),およびW(1,4)の分割像として検出され,それぞれ520~550 nm,550~580 nm,580~610 nm,および610~640 nmの波長帯の光成分を有した。発光点P(2)~P(4)についても同様である。そこで,2次元センサ画像27-14の中の分割像W(1,1)~W(4,4)をそれぞれ検出領域に設定した。また,各検出領域で検出した信号強度をそれぞれX(1,1)~X(4,4)とした。ここで,各発光点P(1)~P(4)の位置および光学系が固定されている限り,2次元センサ画像27-14における,各キャピラリについての画素位置と波長の関係は維持されるため,図27(c)で設定された検出領域は,複数の異なる発光検出,あるいは複数の異なる分析セッションについても有効である。
【0088】
本実施例では,[実施例7]と同様に,C=4種類の蛍光体として,dR110,dR6G,dTAMRA,およびdROXを用い,それぞれをサンガー反応によって調製される末端塩基種がT,C,A,およびGのDNA断片に標識した。dR110,dR6G,dTAMRA,およびdROXの極大蛍光発光波長はそれぞれ,541 nm,568 nm,595 nm,および618 nmであるため,それぞれの発光蛍光は,520~550 nm,550~580 nm,580~610 nm,および610~640 nmの波長帯の光成分を有する分割像の検出領域で最も強い強度で検出される。例えば,発光点P(1)におけるdR110,dR6G,dTAMRA,およびdROXの発光蛍光はそれぞれ,検出領域W(1,1),W(1,2),W(1,3),およびW(1,4)で,主として検出される。ただし,各発光蛍光は,スペクトルクロストークによって発光点P(1)のその他の検出領域においても検出され,空間クロストークおよびスペクトルクロストークによって発光点P(2)~P(3)の検出領域においても検出される。以降,発光点P(1)におけるdR110,dR6G,dTAMRA,およびdROXをそれぞれ,蛍光体D(1,1),D(1,2),D(1,3),およびD(1,4),また,それらの濃度をZ(1,1),Z(1,2),Z(1,3),およびZ(1,4)とした。発光点P(2)~P(4)についても同様である。
【0089】
このとき,(数9)における(数10)~(数12)は次式となる。
【数26】
【数27】
【数28】
【0090】
ここで,Xは16行1列,Yは16行16列,Zは16行1列の行列である。(数26)~(数28)を(数14)に代入することによって,空間クロストークとスペクトルクロストークの両方を解消し,各キャピラリにおける4種類の蛍光体の濃度の時系列データを取得することができた。その結果,各キャピラリに注入された異なるサンプルのDNAシーケンスを実施することができた。尚,本実施例に対応する従来法は,各キャピラリ毎に(数8)の色変換を実施することである。従来法では空間クロストークを解消できない。
【0091】
(数26)~(数28),およびこれらから導出される(数14)は,各発光点の位置,光学系,および用いる蛍光体が固定されている限り,複数の異なる発光検出,あるいは複数の異なる分析セッションについても有効である。
【0092】
[実施例9]
図28は,複数の反応槽を平面上に配列させたマルチチャンネルの,各チャンネルで異なるDNA断片を鋳型とする相補鎖伸長反応を1塩基単位で行い,伸長反応で相補鎖に取り込まれる4種類の塩基に標識されたC=4種類の蛍光体の発光蛍光を多色検出することによって,各DNA断片のDNAシーケンスを行うマルチチャンネル伸長反応装置の構成図,および複数の2次元センサで得られる2次元センサ画像の模式図を示す。マルチチャンネル伸長反応装置は,レーザ光源28-1,ダイクロイックミラー28-3,レンズ28-4,ダイクロイックミラー28-8,28-9および28-10,レンズ28-11,第1の2次元センサ28-12,レンズ28-13,第2の2次元センサ28-14,レンズ28-15,第3の2次元センサ28-16,レンズ28-17並びに第4の2次元センサ28-18を備える。塩基種T,C,A,およびGに標識された蛍光体の極大蛍光発光波長はそれぞれ,535 nm,565 nm,595 nm,および625 nmとした。まず,レーザ光源28-1から発振されたレーザビーム28-2を,ダイクロイックミラー28-3を透過させた後,レンズ28-4で集光させてマルチチャンネルのサンプル28-5に照射した。次に,各チャンネルで,レーザビーム照射で励起された各蛍光体の蛍光発光28-6を,レンズ28-4で一括してコリメートした後,得られた光束28-7をダイクロイックミラー28-3で反射させた。ダイクロイックミラー28-3は,レーザビーム光を透過させ,発光蛍光を反射させる分光特性を有する。続いて,3種類のダイクロイックミラー28-8,28-9,および28-10によって,光束28-7を4個の異なる波長成分を有する4個の光束に分割した。そして,第1の分割光束をレンズ28-11によって第1の2次元センサ28-12上に結像させ,第2の分割光束をレンズ28-13によって第2の2次元センサ28-14上に結像させ,第3の分割光束をレンズ28-15によって第3の2次元センサ28-16上に結像させ,第4の分割光束をレンズ28-17によって第4の2次元センサ28-18上に結像させた。
【0093】
サンプル28-19は,サンプル28-5を正面から観察した模式図である。A=5個のチャンネルがそれぞれ発光点P(1)~P(5)を形成した。実際には,より多数のチャンネルがサンプル上に存在し,各チャンネルからの発光蛍光を上記の光学系によって一括検出したが,ここでは,注目する発光点P(3)と,発光点P(3)に直接的に空間クロストークの影響を与える,発光点P(3)の周囲に存在する発光点P(1),P(2),P(4),P(5)のみを解析対象とするため,サンプル28-19には簡略的に発光点P(1)~P(5)のみを描いた。発光点P(3)以外の発光点に注目する場合は,その発光点と,その周辺の発光点を対象として同様に解析すれば良い。いずれの発光点に注目する場合も,蛍光検出の後で,同じ蛍光検出データに対して個別に解析することができる。第1の2次元センサ画像28-20は,第1の2次元センサ28-12によって取得したサンプル28-19の分割像であり,発光点P(1)~P(5)のそれぞれの結像点に検出領域W(1,1)~W(5,1)を設定し,それぞれの信号強度をX(1,1)~X(5,1)とした。第1の2次元センサ画像28-20では,波長帯520~550 nmの蛍光成分を検出した。第2の2次元センサ画像28-21は,第2の2次元センサ28-14によって取得したサンプル28-19の分割像であり,発光点P(1)~P(5)のそれぞれの結像点に検出領域W(1,2)~W(5,2)を設定した。第2の2次元センサ画像28-21では,波長帯550~580 nmの蛍光成分を検出した。第3の2次元センサ画像28-22は,第3の2次元センサ28-16によって取得したサンプル28-19の分割像であり,発光点P(1)~P(5)のそれぞれの結像点に検出領域W(1,3)~W(5,3)を設定した。第3の2次元センサ画像28-22では,波長帯580~610 nmの蛍光成分を検出した。第4の2次元センサ画像28-23は,第4の2次元センサ28-18によって取得したサンプル28-19の分割像であり,発光点P(1)~P(5)のそれぞれの結像点に検出領域W(1,4)~W(5,4)を設定した。第1の2次元センサ画像28-23では,波長帯610~640 nmの蛍光成分を検出した。すなわち,各発光点からの発光蛍光を4個の2次元センサを用いてB=4色検出した。例えば,発光点P(3)における4種類の蛍光体の発光蛍光は波長順にそれぞれ,検出領域W(3,1),W(3,2),W(3,3),およびW(3,4)で,主として検出される。ただし,各発光蛍光は,スペクトルクロストークによって発光点P(3)のその他の検出領域においても検出され,空間クロストークおよびスペクトルクロストークによって発光点P(1),P(2),P(4),P(5)の検出領域においても検出される。以降,発光点P(3)における4種類の蛍光体を波長順にそれぞれ,D(3,1),D(3,2),D(3,3),およびD(3,4),また,それらの濃度をZ(3,1),Z(3,2),Z(3,3),およびZ(3,4)とした。発光点P(1),P(2),P(4),P(5)についても同様である。
【0094】
このとき,(数9)における(数10)~(数12)は次式となる。
【数29】
【数30】
【数31】
【0095】
ここで,Xは20行1列,Yは20行20列,Zは20行1列の行列である。(数29)~(数31)を(数14)に代入することによって,空間クロストークとスペクトルクロストークの両方を解消し,各チャンネルにおける4種類の蛍光体の濃度の時系列データを取得することができた。ただし,本実施例では,発光点P(3)のみに注目しているため,行列Zの内,Z(3,1),Z(3,2),Z(3,3),およびZ(3,4)の要素のみを抜き出した。その結果,発光点P(3)のチャンネルにおいてDNAシーケンスを実施することができた。他の発光点に注目して,対応するチャンネルでDNAシーケンスを行う場合も,同様な方法を用いることができる。
【0096】
[実施例10]
本実施例では,従来の方法と,本開示の方法をフローチャートで纏める。図29は,従来法の1回の分析セッションを示すフローチャートである。図29に示すように,従来法の分析セッションは,サンプル29-1を分析する分析装置,計算機,表示装置及びデータベースを有する分析システムにより実行される。分析装置は、サンプル29-1からの光が入射するセンサ(不図示)を有する。まず,C種類(Cは1以上の整数)の蛍光体で標識されたA種類(Aは2以上の整数)のサンプル29-1を分析装置に入力する。次に,分析装置において,工程29-2により,各サンプルを並列に分析し,それぞれの分析について,かつ各時刻において,B種類(Bは1以上の整数)の波長帯で発光蛍光を検出し,A×B個の蛍光強度X(a,b)の時系列生データを取得し,これらの時系列生データが計算機に送られる。ここで,a=1,2,…,およびA,b=1,2,…,およびBである。続いて,計算機において,工程29-3により,分析(a0)について,データベースに格納されているC行B列の行列Y-(a0)を用いた色変換(a0)によってスペクトルクロストークを解消し,各時刻において,蛍光強度X(a0,b)からC種類の蛍光体の濃度Z(a0,c)を求める。ここで,a0=1,2,…,またはA,c=1,2,…,およびCである。最後に,表示装置において,工程29-4により,Z(a0,c)の時系列色変換データを出力する。工程29-3および工程29-4は,すべてのa0について実施される。図29に示されている通り,従来法は,A個の分析および解析が,それぞれ独立に行われていることが特徴である。尚,(数1)~(数4)では,蛍光強度X(a,b)はX(b),濃度Z(a0,c)はZ(c)と表記している。
【0097】
図30は,本法の1回の分析セッションを示すフローチャートである。図29と同様に,図30に示す本実施例の分析セッションは,サンプル29-1を分析する分析装置,計算機,表示装置及びデータベースを有する分析システムにより実行される。分析装置は、サンプル29-1からの光が入射するセンサ(不図示)を有する。まず,C種類(Cは1以上の整数)の蛍光体で標識されたA種類(Aは2以上の整数)のサンプル30-1を分析装置に入力する。次に,分析装置において,工程30-2により,各サンプルを並列に分析し,それぞれの分析について,かつ各時刻において,B種類(Bは1以上の整数)の波長帯で発光蛍光を検出し,A×B個の蛍光強度X(a,b)の時系列生データを取得し,これらの時系列生データが計算機に送られる。ここで,a=1,2,…,およびA,b=1,2,…,およびBである。ただし,図29と異なり,工程30-2に点線矢印で示すように,異なる分析の間で発光蛍光の空間クロストークが有意に存在している。続いて,計算機において,工程30-3により,すべての分析(a)について,データベースに格納されている(A×C)行(A×B)列の行列Y-を用いた色変換+空間補正によってスペクトルクロストークおよび空間クロストークを解消し,各時刻において,蛍光強度X(a,b)から,A種類のサンプルまたは分析についての,C種類の蛍光体の濃度Z(a,c)を一括で求める。ここで,a=1,2,…,およびA,c=1,2,…,およびCである。最後に,表示装置において,工程30-4により,分析(a)それぞれについて,Z(a,c)の時系列色変換+空間補正データを出力する。図30に示されている通り,本法は,工程30-3における色変換+空間補正を,すべての分析について一括で行うことが特徴である。さらに,色変換+空間補正をすべての分析に共通の行列Y-を用いる点も特徴である。
【0098】
図31は,図30より前に行う,データベースに格納する行列Y-の求め方を示すフローチャートである。まず,C種類(Cは1以上の整数)の蛍光体で標識されたA種類(Aは2以上の整数)の行列Y決定用サンプル31-1を分析装置に入力する。このサンプルは,分析(a)における蛍光体(c)の蛍光発光が単独で発生するように調製されている。つまり,a=1,2,…,およびA,c=1,2,…,およびCであるが,これらのA×C個のすべての組み合わせについて蛍光発光させるが,2つ以上の組み合わせの蛍光発光が同時に発生しないようなされている。ここでは,行列Y決定用サンプル31-1によって上記を実現するが,分析装置の設定によって,上記を実現しても構わない。次に,分析装置において,工程31-2により,上記のA×C個の単独の蛍光発光をB種類(Bは1以上の整数)の波長帯で検出し,A×B個の蛍光強度X(a,b)の時系列生データを取得し,これらの時系列生データが計算機に送られる。続いて,計算機において,工程31-3により,得られた(A×B)個×(A×C)個のデータから,(A×B)行(A×C)列の行列を導出し,さらに,Yの一般逆行列である,(A×C)行(A×B)列の行列Y-を求める。そして,求めた行列Y-をデータベースに格納し,図30等の以降の分析において行列Y-を活用する。
【0099】
図32は,図31で求めた行列Y-を活用しながら,図30に示すA種類のサンプル30-1についての工程30-2~30-4の分析セッションを,複数回繰り返す場合のフローチャートである。ここで,各分析セッションにおける分析対象のA種類のサンプル30-1は相互に異なっている。図32に示されている通り,複数の異なる分析セッションに対して,データベースに格納された同じ行列Y-を活用している点が本法の特徴である。
【0100】
図33は,計算機の構成例を示す。計算機は分析装置と接続されている。計算機は,データ解析だけでなく,分析装置の制御も行う。図29図31ではデータベースおよび表示装置が計算機の外部に描かれているが,図33ではそれらを計算機の内部に描いている。入力部であるキーボードを通じて,データ解析の条件設定や分析装置制御の条件設定を行う。分析装置から出力される蛍光強度X(a,b)の時系列生データが順次メモリに格納される。また,HDDの内部にあるデータベースに格納されている(A×C)行(A×B)列の行列Y-がメモリに格納される。CPUは,メモリに格納された蛍光強度X(a,b)とY-の積を計算し,蛍光体濃度Z(a,c)の時系列色変換+空間補正データを導出し,順次メモリに格納すると同時に,表示部であるモニタに表示する。また,解析結果をネットワークインターフェースNIFを通じてネットワーク上の情報と照合することができる。
【0101】
[変形例]
本開示は、上述した実施形態に限定されるものでなく、様々な変形例を含んでいる。例えば、上述した実施形態は、本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備える必要はない。また、ある実施形態の一部を他の実施形態の構成に置き換えることができる。また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることもできる。また、各実施形態の構成の一部について、他の実施形態の構成の一部を追加、削除又は置換することもできる。
【符号の説明】
【0102】
1-1 ピンホール板
1-2 発光点側開口板
1-3 集光レンズ
1-4 センサ側開口板
1-5 色ガラスフィルタ
1-6 2次元センサ
1-7 ハロゲンランプ光
1-8 発光点
1-9 光
1-10 発光像
Cap(1) キャピラリ1
Cap(2) キャピラリ2
P(1) Cap(1)上の発光点
P(2) Cap(2)上の発光点
D(1,1) P(1)上の蛍光体1または吸光体1
D(1,2) P(1)上の蛍光体2または吸光体2
D(2,1) P(2)上の蛍光体1または吸光体1
D(2,2) P(2)上の蛍光体2または吸光体2
D(1,3) P(1)上の蛍光体3または吸光体3
W(1,1) D(1,1)を主として検出する検出領域
W(1,2) D(1,2)を主として検出する検出領域
W(2,1) D(2,1)を主として検出する検出領域
W(2,2) D(2,2)を主として検出する検出領域
X(1,1) W(1,1)の信号強度
X(1,2) W(1,2)の信号強度
X(2,1) W(2,1)の信号強度
X(2,2) W(2,2)の信号強度
Z(1,1) D(1,1)の濃度
Z(1,2) D(1,2)の濃度
Z(2,1) D(2,1)の濃度
Z(2,2) D(2,2)の濃度
S センサ
LB レーザビーム
LL ランプ光
24-1 キャピラリ
24-2 試料注入端
24-3 試料溶出端
24-4 陰極
24-5 陽極
24-6 陰極側緩衝液
24-7 陽極側緩衝液
24-8 電源
24-9 ポリマブロック
24-10 バルブ
24-11 シリンジ
24-12 レーザ光源
24-13 レーザビーム
24-14 発光点
Cap(a) キャピラリa(a=1,2,3,および4)
P(a) キャピラリa上の発光点(a=1,2,3,および4)
W(a,b) P(a)からの発光の波長帯bの検出領域(a=1,2,…,および4)(b=1,2,…,および20)
27-1 集光レンズアレイ
27-2 集光レンズ
27-3 ロングパスフィルタ
27-4,27-5,27-6,および27-7 ダイクロイックミラー
27-8 2次元センサ
27-9 光束
27-10,27-11,27-12,および27-13 分割光束
27-14 2次元センサ画像
P(a) 発光点a(a=1,2,3,4,および5)
W(a,b) P(a)からの発光の波長帯bの検出領域(a=1,2,3,4,および5)(b=1,2,3,および4)
28-1 レーザ光源
28-2 レーザビーム
28-3,28-8,28-9,および28-10 ダイクロイックミラー
28-4,28-11,28-13,28-15,および28-17 レンズ
28-5,および28-19 サンプル
28-6 蛍光発光
28-7 光束
28-12,28-14,28-16,および28-18 2次元センサ
28-20,28-21,28-22,および28-23 2次元センサ画像
29-1 サンプル
29-2 分析装置における工程
29-3 計算機における工程
29-4 表示装置における工程
30-1 サンプル
30-2 分析装置における工程
30-3 計算機における工程
30-4 表示装置における工程
31-1 サンプル
31-2 分析装置における工程
31-3 計算機における工程
図1
図2
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図33