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特開2023-102604アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質製造法
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  • 特開-アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質製造法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023102604
(43)【公開日】2023-07-25
(54)【発明の名称】アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質製造法
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/02 20060101AFI20230718BHJP
   C07K 16/10 20060101ALI20230718BHJP
   C07K 14/705 20060101ALI20230718BHJP
   C12N 1/21 20060101ALN20230718BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20230718BHJP
【FI】
C12P21/02 C ZNA
C07K16/10
C07K14/705
C12N1/21
C12N15/09
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022003193
(22)【出願日】2022-01-12
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】湯本 達弥
(72)【発明者】
【氏名】大江 正剛
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064AG27
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA13
4B065AA26X
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA25
4B065CA44
4H045AA10
4H045AA11
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045DA50
4H045DA76
4H045EA20
4H045EA50
4H045FA72
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】 遺伝子工学的手法により得られた、アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質を発現可能な大腸菌を用いて、前記タンパク質を効率的に製造する方法を提供すること。
【解決手段】 誘導性のプロモーターおよびAAV結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入した発現ベクターを含む遺伝子組換え大腸菌を培養する工程と、前記大腸菌の菌体濃度が600nmの吸光度で70以上120以下に達した時点で終濃度で0.04mM以上4mM以下となるようイソプロピル-β-チオガラクトピラノシドを添加し、前記大腸菌からAAV結合性タンパク質を発現させる工程と、前記発現したAAV結合性タンパク質を回収する工程とを含む、AAV結合性タンパク質製造法により、前記課題を解決する。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導性のプロモーターおよびアデノ随伴ウイルス結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入した発現ベクターを含む遺伝子組換え大腸菌を培養する工程と、
前記大腸菌の菌体濃度が一定濃度に達した時点で誘導剤を添加し、前記大腸菌からアデノ随伴ウイルス結合性タンパク質を発現させる工程と、
前記発現したアデノ随伴ウイルス結合性タンパク質を回収する工程とを含む、
アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質製造法であって、
前記一定濃度が600nmの吸光度で70以上120以下であり、前記誘導剤が終濃度で0.04mM以上4mM以下のイソプロピル-β-チオガラクトピラノシドである、前記製造法。
【請求項2】
遺伝子組換え大腸菌を培養する工程を、炭素源および窒素源を含む流加液を培養途中に流加する、流加培養で実施し、かつ培養開始時の培地ならびに前記流加液に含まれる炭素源および窒素源が、それぞれ以下に示す態様である、請求項1に記載の製造法;
[培養開始時の培地]炭素源:20g/L以下のグルコース、窒素源:80g/L以下の酵母エキス
[流加液]炭素源:300g/L以上900g/L以下のグルコース、窒素源:100g/L以上500g/L以下の酵母エキス。
【請求項3】
アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質が、以下の(i)から(iii)のいずれかから選択されるポリペプチドである、請求項1または2に記載の製造法;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつアデノ随伴ウイルス結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつアデノ随伴ウイルス結合活性を有するポリペプチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子工学的手法により得られた、アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質を発現可能な大腸菌を用いて、前記タンパク質を効率的に製造する方法に関する。特に本発明は、高密度に培養した前記大腸菌から、AAV結合性タンパク質を発現させることで、前記タンパク質を効率的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アデノ随伴ウイルス(Adeno Associated Virus、以下、AAV)はパルボウイルス科(Parvoviridae)ディペンドウイルス属(Dependovirus)の非エンベロープ型一本鎖DNAウイルスである。野生型のAAVは、正二十面体構造の直径20nmから30nm程の粒子であり、3種類のカプシドタンパク(VP1、VP2、およびVP3)約60分子が、VP1:VP2:VP3=1:1:10の比率で混在し集合することで構成されている。自立した増殖能は無く、増殖にはアデノウイルスやヘルペスウイルス等のヘルパーウイルスを必要とする。ウイルス粒子の中には約5kbの一本鎖ゲノムDNAが格納されている。ゲノムDNAの構成としては、両末端にITR(Inverted terminal repeat)と言われる、複製やウイルス粒子中へのゲノムDNAのパッケージングに関与するT字型のヘアピン構造を有し、2つのITRに挟まれる形で、複製や転写を調節するRepタンパク(Rep78、Rep68、Rep52、Rep40)、ウイルス粒子を形成するカプシドタンパク(VP1、VP2、VP3)、およびウイルス粒子の形成を促進するAAP(Assembly Activating Protein)をコードしたポリヌクレオチドを有している。
【0003】
AAVは近年、遺伝子治療用ベクターとしての開発が急速に押し進められている。一例として、2012年に遺伝子治療薬として初めてEMD(European Medicines Agency)に承認されたリポ蛋白リパーゼ欠損症の治療薬であるGlybera(uniQure社製)や、2017年に遺伝子治療薬として初めてFDA(Food and Drug Administration)に承認された希少疾患遺伝性網膜ジストロフィーの治療薬であるLuxturna(Spark Therapeutics社製)があり、新たな治療法として注目されている。
【0004】
遺伝子治療用ベクターとしてのAAVの特長は、非分裂細胞(神経細胞、筋細胞、肝細胞等)へ効率良く遺伝子導入が可能なこと、標的細胞で遺伝子発現が長期間持続すること、AAVが非病原性ウイルスであり他のウイルスベクターと比較し高い安全性が期待できること、等が挙げられる。一方で、遺伝子発現効率が高くないため、治療効果を発揮するためには膨大な量のベクターを必要とするといった欠点がある。
【0005】
遺伝子組換えAAVベクター(以下、単にAAVベクターとも表記)の製造は、通常、AAV粒子形成に必須な要素をコードするポリヌクレオチドを細胞に導入することで、AAVを産生する能力を有する細胞(以下、AAV産生細胞とも表記)を作製し、当該細胞を培養してAAV粒子形成に必須な要素を発現させることで行なう。製造したAAVベクターはAAV産生細胞から回収精製し、治療用AAVベクター製剤を得る。
【0006】
AAVベクターの精製にあたっては、不溶性担体と、当該担体に固定化したAAV結合性タンパク質とを含むAAV吸着剤を用いたアフィニティクロマトグラフィーによる方法が知られている(特許文献1)。しかしながら前記吸着剤で使用する、AAV結合性タンパク質の製造を、遺伝子工学的手法により得られた、前記タンパク質を発現可能な大腸菌を用いて行なう場合、培地当たりの前記タンパク質の発現量が低いという課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】WO2021/106882号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、遺伝子工学的手法により得られた、アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質を発現可能な大腸菌を用いて、前記タンパク質を効率的に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは前記課題に対し、アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質を発現可能な大腸菌の培養条件、および当該タンパク質の発現条件を鋭意検討した結果、本発明の完成に至った。
【0010】
すなわち本発明の第一の態様は、
誘導性のプロモーターおよびAAV結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入した発現ベクターを含む遺伝子組換え大腸菌を培養する工程と、
前記大腸菌の菌体濃度が一定濃度に達した時点で誘導剤を添加し、前記大腸菌からAAV結合性タンパク質を発現させる工程と、
前記発現したAAV結合性タンパク質を回収する工程とを含む、
AAV結合性タンパク質製造法であって、
前記一定濃度が600nmの吸光度で70以上120以下であり、前記誘導剤が終濃度で0.04mM以上4mM以下のイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)である、前記製造法である。
【0011】
また本発明の第二の態様は、
遺伝子組換え大腸菌を培養する工程を、炭素源および窒素源を含む流加液を培養途中に流加する、流加培養で実施し、かつ培養開始時の培地ならびに前記流加液に含まれる炭素源および窒素源が、それぞれ以下に示す態様である、前記第一の態様に記載の製造法である;
[培養開始時の培地]炭素源:20g/L以下のグルコース、窒素源:80g/L以下の酵母エキス
[流加液]炭素源:300g/L以上900g/L以下のグルコース、窒素源:100g/L以上500g/L以下の酵母エキス。
【0012】
また本発明の第三の態様は、
AAV結合性タンパク質が、以下の(i)から(iii)のいずれかから選択されるポリペプチドである、前記第一または第二の態様に記載の製造法である;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明において、大腸菌(Escherichia coli)株の限定は特になく、大腸菌JM109株、大腸菌W3110株、および大腸菌BL21(DE3)株が例示できる。
【0015】
本発明において、大腸菌の遺伝子組換えに用いる、誘導性のプロモーターおよびAAV結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入する発現ベクターは、大腸菌で異種タンパク質を発現可能なベクターであれば良く、一例としてpUCプラスミドベクター、pCDFプラスミドベクター、pTrcプラスミドベクター、およびpETプラスミドベクターが挙げられる。
【0016】
本発明の製造法で製造するAAV結合性タンパク質は、AAVと結合可能なポリペプチドであれば特に制限はなく、インテグリンなどのラミニン受容体、抗AAV抗体やAAV受容体(AAVR)が例示できる。
【0017】
AAV結合性タンパク質がAAVRである場合の好ましい態様として、以下の(i)から(iii)のいずれかに示すポリペプチドが挙げられる。
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【0018】
なお配列番号1に記載のアミノ酸配列は、AAVRの一態様であるKIAA0319L(公式データベース:UniProt、アクセッションナンバー:Q8IZA0)のアミノ酸配列であり、配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリン(Ser)から500番目のアスパラギン酸(Asp)までのアミノ酸残基は、KIAA0319Lの細胞外領域ドメイン1(PKD1)およびドメイン2(PKD2)に相当する領域である。
【0019】
前記(i)から(iii)のいずれかに示すポリペプチドは、前述したKIAA0319LのPKD1およびPKD2に相当する領域を少なくとも含んでいればよく、例えば、
PKD2のC末端側にある他の細胞外領域ドメイン(ドメイン3(PKD3)、ドメイン4(PKD4)およびドメイン5(PKD5))に相当する領域の全てまたは一部を含んでもよいし、PKD1のN末端側にあるMANSC(Motif At N terminus with Seven Cysteines)ドメインなどのシグナル配列に相当する領域やシステインリッチな領域の全てまたは一部を含んでもよいし、細胞外領域のN末端側および/またはC末端側にある膜貫通領域ならびに細胞内領域の全てまたは一部を含んでもよい。
【0020】
前記(ii)の一例として、配列番号2に記載のアミノ酸配列を少なくとも含むポリペプチドや、WO2021/106882号で開示のAAV結合性タンパク質、が挙げられる。また前記(ii)に記載の置換、欠失、挿入、または付加の例として、WO2021/106882号で開示しているアミノ酸残基の置換が挙げられる。
【0021】
前記(ii)における、「1もしくは数個」とは、AAVRの立体構造におけるアミノ酸置換の位置やアミノ酸残基の種類によっても異なるが、一例として、1個以上50個以下、1個以上30個以下、1個以上20個以下、1個以上10個以下、1個以上9個以下、1個以上8個以下、1個以上7個以下、1個以上6個以下、1個以上5個以下、1個以上4個以下、1個以上3個以下、1個以上2個以下、1個のいずれかを意味する。「1もしくは数個」のアミノ酸残基の置換は、例えば、AAV結合活性を有する限り、WO2021/106882号で開示のアミノ酸残基の置換以外の位置に生じてよい。
【0022】
なお前記(ii)における「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換」には、前述した特定位置におけるアミノ酸置換の他に、物理的性質および/または化学的性質が類似したアミノ酸間で置換が生じる保守的置換が生じてもよい。保守的置換は、一般に、置換が生じているものと置換が生じていないものとの間でタンパク質の機能が維持されることが当業者において知られている。保守的置換の一例としては、グリシンとアラニン間、セリンとプロリン間、またはグルタミン酸とアラニン間での置換が挙げられる(タンパク質の構造と機能、メディカル・サイエンス・インターナショナル社、9、2005)。また前記(ii)における「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加」には、AAVRの由来の違いや、種の違いなどに基づく、天然にも存在する変異(mutantまたはvariant)も含まれる。
【0023】
前記(iii)におけるアミノ酸配列の相同性は70%以上あればよく、それ以上の相同性(例えば、80%以上、85%以上、90%以上または95%以上)を有してもよい。なお本明細書において「相同性」とは、類似性(similarity)または同一性(identity)を意味してよく、特に同一性を意味してもよい。「アミノ酸配列の相同性」とは、アミノ酸配列全体に対する相同性を意味する。アミノ酸配列間の「同一性」とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率を意味する(実験医学、31(3)、羊土社)。アミノ酸配列間の「類似性」とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率と側鎖の性質が類似したアミノ酸残基の比率の合計を意味する(実験医学、31(3)、羊土社)。アミノ酸配列の相同性は、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)やFASTA等のアラインメントプログラム(alignment program)を利用して決定できる。
【0024】
本発明の製造法で製造するAAV結合性タンパク質は、そのN末端側またはC末端側に、夾雑物質が存在する溶液からの分析・精製の迅速化やタンパク質の安定化等に有用なオリゴペプチドをさらに付加してもよい。前記オリゴペプチドとしては、ポリヒスチジン、ポリリジン、ポリアルギニン、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸、C-mycタグ等が挙げられる。
【0025】
さらに本発明の製造法で製造するAAV結合性タンパク質のN末端側には、宿主での効率的な発現を促すためのシグナルペプチドを付加してもよく、PelB、OmpA,DsbA、DsbC、MalE、TorTなどといったペリプラズムにタンパク質を分泌させるシグナルペプチドを例示できる(特開2011-097898号公報)。
【0026】
本発明において、発現ベクターに挿入するAAV結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドは例えば、
(I)AAV結合性タンパク質のアミノ酸配列からヌクレオチド配列に変換し、当該ヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドを人工的に合成する方法や、
(II)AAV結合性タンパク質の全体または部分配列を含むポリヌクレオチドを直接人工的に、またはAAV結合性タンパク質のcDNA等からPCR法といったDNA増幅法を用いて調製し、調製した当該ポリヌクレオチドを適当な方法で連結する方法、
で作製できる。
【0027】
前記(I)の方法において、アミノ酸配列からヌクレオチド配列に変換する際、形質転換させる大腸菌におけるコドンの使用頻度を考慮して変換するのが好ましい。具体的には、アルギニン(Arg)ではAGA/AGG/CGG/CGAが、イソロイシン(Ile)ではATAが、ロイシン(Leu)ではCTAが、グリシン(Gly)ではGGAが、プロリン(Pro)ではCCCが、それぞれ使用頻度が少ないため(いわゆるレアコドンであるため)、それらのコドンを避けるように変換すればよい。
【0028】
本発明において、遺伝子組換え大腸菌の培養に用いる培地は前記大腸菌が増殖し、かつAAV結合性タンパク質が発現し得るものであればよい。炭素源の一例として、グルコース、フルクトース、マルトース、ショ糖、粗糖、糖蜜が挙げられ、中でもグルコースが好ましい。窒素源は酵母エキスが好ましいが、ポリペプトン、カゼインおよびその代謝物、コーンスティープリカー、大豆タンパク質、肉エキス、魚肉エキス等を窒素源として用いても良い。無機塩の一例としては、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム等のリン酸塩、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸鉄(II)、硫酸鉄(III)、塩化鉄(II)、塩化鉄(III)、クエン酸鉄、硫酸アンモニウム鉄、塩化カルシウム、硫酸カルシウム、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸銅(II)、塩化銅(II)、硫酸マンガン(II)、塩化マンガン(II)が挙げられる。ビタミン類の一例としては、ビオチン、ニコチン酸、チアミン、リボフラビン、イノシトール、ピリドキシンが挙げられる。
【0029】
本発明において、遺伝子組換え大腸菌の培養方法に特に限定はなく、回分培養、半回分培養(流加培養ともいう)、および潅流培養のいずれかで培養してもよく、それらを組み合せて培養してもよい。ただし培養開始時に炭素源や窒素源といった栄養源を一度に培地に投入すると、大腸菌の増殖および前記大腸菌によるAAV結合性タンパク質の発現が阻害され、かつ有機酸などの副生成物も生産されるため、前記タンパク質の発現効率および得られた前記タンパク質の品質に悪影響を与える可能性がある。そのため、培養開始時に投入する栄養源は最小限とし、培養中に栄養源を適宜供給(流加)しながら培養する流加培養で遺伝子組換え大腸菌を培養すると好ましい。
【0030】
本発明において、遺伝子組換え大腸菌の培養を流加培養で行なう際、培養開始時に投入する炭素源および窒素源の濃度は、炭素源がグルコースの場合は20g/L以下に、窒素源が酵母エキスの場合は80g/L以下に、それぞれすると好ましい。流加する炭素源と窒素源は高濃度の溶液とすると培養液の液量増加を抑えられるため好ましい。具体的には、
炭素源がグルコースの場合は300g/L以上900g/L以下に、窒素源が酵母エキスの場合は100g/L以上500g/L以下に、それぞれすると好ましい。なお前述した無機塩をさらに加えても良い。
【0031】
流加培養で遺伝子組換え大腸菌を培養する際、炭素源および窒素源の流加は、培地中における当該炭素源および窒素源の濃度を所定の低濃度を維持しながら行なう必要がある。なお本明細書において「所定の低濃度」とは、炭素源が枯渇せず有機酸等の副生成物が生産しない濃度のことをいう。具体例として、グルコースを炭素源とした場合、炭素源濃度が5g/Lを超えた状態で培養を行なうと、副生成物である有機酸の蓄積により大腸菌の増殖やAAV結合性タンパク質の発現を抑制する可能性があることから、少なくとも5g/L以下、好ましくは1g/L以下、さらに好ましくは0.5g/L以下、最も好ましくは0.1g/L以下である。炭素源の枯渇をモニターする方法に特に限定はなく、一例として呼吸活性の低下によりモニターできる。呼吸活性の低下は、例えば培養液の溶存酸素濃度(Dissolved oxygen、以下、DO)の上昇、排ガス中の酸素濃度の上昇、炭酸ガス濃度の低下、pHの上昇として現れる。特に、DOは炭素源が枯渇すると微生物の呼吸活性が低下し急激に上昇することから、応答が速い点で、炭素源の枯渇をモニターするのに好ましい指標である。
【0032】
本発明における、遺伝子組換え大腸菌の培養条件は、大腸菌が増殖し、かつAAV結合性タンパク質を発現し得るものであれば特に限定は無いが、培養温度は15℃以上50℃以下が好ましく、特に好ましい温度は20℃以上33℃以下である。pHは6以上8以下が好ましい。培養時間は任意に設定できるが、通常は数時間以上100時間以下に設定される。
【0033】
本発明の製造方法は、誘導性のプロモーターおよびAAV結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入した発現ベクターを含む遺伝子組換え大腸菌を培養することで、AAV結合性タンパク質を製造する際、培養液中に含まれる前記大腸菌の濃度が一定の高濃度(高密度)に達した時点で、誘導剤であるIPTGを終濃度で0.04mM以上4mMとなるよう添加することで、AAV結合性タンパク質を発現させることを特徴としている。なお本明細書において「一定の高濃度(高密度)」とは、菌体濃度が600nmの吸光度(OD600)で70以上120以下のことを指し、好ましくはOD600で90以上120以下である。またIPTGの添加量を、終濃度で0.08mM以上0.4mM以下にするとAAV結合性タンパク質の発現量が特に向上するため、好ましい。
【0034】
前述した方法で発現したAAV結合性タンパク質を回収するには、遺伝子組換え大腸菌における前記タンパク質の発現形態に適した方法で、当該培養物から分離/精製して前記タンパク質を回収すればよい。例えば、培養上清に発現する場合は菌体を遠心分離操作によって分離し、得られる培養上清からAAV結合性タンパク質を精製すればよい。また、細胞内(ペリプラズムを含む)に発現する場合には、遠心分離操作により菌体を集めた後、酵素処理剤や界面活性剤等を添加することで菌体を破砕し、AAV結合性タンパク質を抽出後、精製すればよい。
【0035】
回収したAAV結合性タンパク質を精製するには、当該技術分野において公知の方法を用いればよく、一例として液体クロマトグラフィーを用いた分離/精製が挙げられる。液体クロマトグラフィーには、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等があり、これらのクロマトグラフィーを組み合わせて精製操作を行なうことにより、前記タンパク質を高純度に調製できる。
【0036】
得られたAAV結合性タンパク質のAAVに対する結合活性を測定する方法としては、例えば一般的なSDS-PAGE(Sodium Dodecyl Sulfate-PolyAcrylamide Gel Electrophoresis)を用いてAAV結合性タンパク質を分離後、色素や免疫学的方法で染色し比色定量する方法が挙げられる。また別の例として、AAVに対する結合活性をEnzyme-Linked ImmunoSorbent Assay法(以下、ELISA法と表記)や表面プラズモン共鳴法などを用いて測定すればよい。ELISA法による活性定量で求めてもよいが、後者の方法が簡便で好ましい。ELISA法におけるAAV結合性タンパク質と反応させる抗体の組み合わせは前記タンパク質が定量できる方法であれば特に限定されない。ELISAの検出法についても特に限定はなく、例えば、市販されている、標識に用いた酵素の特異的発色試薬、蛍光試薬または化学発光試薬を用いて検出すればよい。具体的には、標識に用いた酵素として西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)を用いた場合は、TMB(3,3’,5,5’-TetraMethylBenzidine)などの発色基質をHRPおよび過酸化水素で酸化反応後、比色定量する方法がある。なお結合活性の測定に使用するAAVは、AAVベクターでもVLP(ウイルス様粒子)でもよい。また、AAV結合性タンパク質に対し結合活性を示せば、どのセロタイプ(血清型)のAAVベクターおよびVLPを使用してもよい。
【発明の効果】
【0037】
本発明は、誘導性のプロモーターおよびアデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入した発現ベクターを含む遺伝子組換え大腸菌を一定の菌体濃度になるまで培養し、誘導剤を添加することでAAV結合性タンパク質を発現させた後、当該発現したタンパク質を回収することで、AAV結合性タンパク質を製造する方法において、前記一定の菌体濃度が600nmの吸光度で70以上120以下の高密度であり、添加する誘導剤が終濃度0.04mM以上4mM以下のイソプロピル-β-チオガラクトピラノシドであることを特徴としている。本発明により、AAV結合性タンパク質を大量かつ効率良く製造できる。なお本発明の製造方法で得られたAAV結合性タンパク質は医薬品、臨床検査薬、バイオセンサーやAAV分離剤のリガンドとして利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1】誘導時に添加するIPTGの量と、アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質の培養液当たりの生産量との関係をまとめた結果を表した図である。
【実施例0039】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0040】
実施例1 誘導剤濃度検討
(1)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるアデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質AVR10sをコードするポリヌクレオチド(配列番号3)および誘導性のプロモーターを挿入した発現ベクターで大腸菌W3110株を形質転換し得られた、AAV結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌を、2×YT培地(トリプトン:16g/L、酵母エキス:10g/L、NaCl:5g/L、カナマイシン硫酸塩:50mg/L)に植菌し、30℃で16時間、前培養を行なった。なおAVR10s(配列番号2)は、KIAA0319L(UniProtアクセッション番号:Q8IZA0、配列番号1)の細胞外ドメイン1および2(PKD1およびPKD2)に相当する、312番目のセリン(Ser)から500番目のアスパラギン酸(Asp)までのアミノ酸残基において、以下の(i)から(x)に示すアミノ酸置換が生じたポリペプチドである。
(i)配列番号1の317番目(配列番号2では6番目)のバリンがアスパラギン酸に置換
(ii)配列番号1の342番目(配列番号2では31番目)のチロシンがセリンに置換
(iii)配列番号1の362番目(配列番号2では51番目)のリジンがグルタミン酸に置換
(iv)配列番号1の371番目(配列番号2では60番目)のリジンがアスパラギンに置換
(v)配列番号1の381番目(配列番号2では70番目)のバリンがアラニンに置換
(vi)配列番号1の382番目(配列番号2では71番目)のイソロイシンがバリンに置換
(vii)配列番号1の390番目(配列番号2では79番目)のグリシンがセリンに置換
(viii)配列番号1の399番目(配列番号2では88番目)のリジンがグルタミン酸に置換
(ix)配列番号1の476番目(配列番号2では165番目)のセリンがアルギニンに置換
(x)配列番号1の487番目(配列番号2では176番目)のアスパラギンがアスパラギン酸に置換
【0041】
(2)表1に示す組成からなる培地1.2Lに(1)の前培養液36mLを添加して、本培養を行なった。培養装置はエイブル社製BMS-03PIを使用し、撹拌速度400から700rpm、空気の通気量1.5L/分、培養温度30℃、pH6.8から7.2とした。なお培養中におけるpHの変動は、14%(w/v)アンモニア水または50%(w/v)リン酸の添加により前記範囲に制御した。
【0042】
【表1】
【0043】
(3)BMS-03PIに付属のDO(溶存酸素濃度)電極により測定したDOが40%飽和を超えた時点で流加ポンプを起動し、DOが再び40%飽和以下となるまで表2に示す組成からなる流加培地を供給する操作を、培養終了まで継続した。
【0044】
【表2】
【0045】
(4)培養開始19時間後から21時間後の時点で、培養温度を25℃、撹拌速度を600rpmに変更し、IPTGを添加することで、AAV結合性タンパク質の発現誘導をかけた。なお培養開始19時間後から21時間後の時点で、培養液の600nmの吸光度(OD600)は70から120の範囲内にあり、添加したIPTGは終濃度で0.0044mM、0.023mM、0.051mM、0.11mM、0.25mM、0.55mM、2.7mMのいずれかである。
【0046】
(5)培養開始から48時間後、培養を終了し、培養液の遠心分離により、培養菌体を回収した。
【0047】
(6)得られた菌体を、市販の抽出試薬(BugBuster、メルク社製)を用いて、試薬に添付の標準プロトコルに従い抽出し、遠心分離操作により上清(無細胞抽出液)を得た。
【0048】
(7)得られた無細胞抽出液を、濃度既知のAAV結合性タンパク質標準品と並べて、SDS-PAGEに供した。
【0049】
(8)画像解析ソフト(ImageQuant TL 10.0、Cytiva社製)を用いてAAV結合性タンパク質に相当するバンドの濃度を定量し、前記標準品における前記バンド濃度との比較から、無細胞抽出液中に含まれるAAV結合性タンパク質を定量し、培養液当たりの生産量を算出した。
【0050】
比較例1 誘導剤非添加での培養
実施例1(4)においてIPTGを添加しなかったこと、および実施例1(5)の培養終了時間を培養開始43時間後としたこと以外は、実施例1と同様の操作を行なった。
【0051】
実施例1および比較例1での培養条件および培養結果を表3に示す。また実施例1および比較例1の培養で生産したAAV結合性タンパク質の、培養液当たりの生産量をまとめた結果を図1に示す。OD600で70から120となる高密度条件で培養した、誘導性のプロモーターおよびAAV結合性タンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入した発現ベクターを含む遺伝子組換え大腸菌から、前記タンパク質を発現させる際、誘導剤として終濃度0.055mM以上のIPTGを添加すると、IPTGの添加量が終濃度0.023mM以下およびIPTG未添加のときと比較し、培養液当たりのAAV結合性タンパク質生産量が向上した。図1より、IPTGの添加量が終濃度で0.11mMおよび0.25mMのとき、培養液当たりのAAV結合性タンパク質生産量が顕著に向上していた。
【0052】
【表3】
図1
【配列表】
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