(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023102914
(43)【公開日】2023-07-26
(54)【発明の名称】種子消毒剤
(51)【国際特許分類】
A01N 37/46 20060101AFI20230719BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20230719BHJP
A01C 1/08 20060101ALI20230719BHJP
【FI】
A01N37/46
A01P1/00
A01C1/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022003665
(22)【出願日】2022-01-13
(71)【出願人】
【識別番号】311002067
【氏名又は名称】JNC株式会社
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 淳一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 敬史
【テーマコード(参考)】
2B051
4H011
【Fターム(参考)】
2B051AA01
2B051AB01
2B051BA09
4H011AA01
4H011AB04
4H011BB06
4H011BB19
4H011CB10
4H011DA13
4H011DD03
4H011DH11
(57)【要約】
【課題】
化学農薬を使用しない農業において、作物種子の病害菌を防除できるポリリジンを主成分とする種子消毒剤およびその使用方法を提供する。
【解決手段】
本発明に係る種子消毒剤はポリリジンを主成分とし、浸種処理時/温湯処理時のどちらかまたは両方に使用することを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリリジン及び/又はその塩を含有する、種子の消毒剤。
【請求項2】
種子が、水稲種もみである、請求項1に記載の種子の消毒剤。
【請求項3】
ポリリジン及び/又はその塩の含有量が、0.1~100重量%である、請求項1または2に記載の種子の消毒剤。
【請求項4】
ポリリジン及び/又はその塩を0.001~0.1重量%含有する水溶液に種子を接触させることを含む、種子の消毒方法。
【請求項5】
種子が水稲種もみであって、種もみの育苗工程において行われることを特徴とする、請求項4に記載の種子の消毒方法。
【請求項6】
育苗工程中の種子消毒において行われる、請求項5に記載の種子の消毒方法。
【請求項7】
育苗工程中の浸種処理において行われる、請求項5に記載の種子の消毒方法。
【請求項8】
育苗工程中の種子消毒及び浸種処理において行われる、請求項5に記載の種子の消毒方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物種子の消毒剤および種子の消毒方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化学農薬を使わない農業が注目されており、その中で収量を確保するためには、よい苗を作ることが重要であり、そのためには、種子を消毒して病害を防ぐことが不可欠な作業である。
【0003】
稲作においても、安定した収量を確保するために、よい苗を作ることが不可欠である。よい苗の生産は、よい種もみの準備から始まり、そのために種子消毒は必要不可欠な作業である。
【0004】
水稲種もみの場合、化学農薬を使用した消毒がよく使用されており、例えば、種もみの浸種処理前に、化学農薬を含有した水溶液に浸漬したり、吹き付けたりするなどして、水稲で問題となる微生物由来の病害である、いもち病、ばか苗病、もみ枯細菌病、褐条病、苗立ち枯れ病等から防除する処理が施されている。しかしながら、化学農薬による消毒は、処理後の廃液及び使用器具類の洗浄による環境負荷が懸念されている。
【0005】
そのような中、化学農薬を使わない温湯消毒法が普及している。温湯消毒は、種もみを60℃で10分程度浸漬する消毒法である。廃液処理が不要で、人にも環境にも優しい方法であるが、化学農薬に比べ防除効果が低いため、温湯消毒に加えて、食酢や重曹、炭酸ナトリウムなどを併用する方法が提案されたり(非特許文献1~3)、糸状菌タラロマイセス フラバスを有効成分とした微生物農薬(製品名:タフブロック、出光アグリ株式会社製)や糸状菌トリコデルマ アトロビリデを有効成分とした微生物農薬(製品名:エコホープDJ、クミアイ化学製)を浸種前~催芽処理時に併用する方法等が使用されたりしている。
しかしながら、いずれの方法においても種もみの保菌程度が高かったり、処理から育苗初期までが想定より低温/高温になる等の気候不順等によって期待した防除効果が得られず、効果の高い化学農薬を後から追加使用したり、手作業で弱った苗を除去したりする手間がかかるという問題があり、これらの育苗工程において各処理液中で腐敗を生じさせないさらなる有効な防除方法が望まれていた。
【0006】
ところで、ε-ポリ-L-リジン(以降、EPLとも記す)はL-リジンのε位のアミノ基とα位のカルボキシル基とがペプチド結合により直鎖状に連なったカチオン性ポリペプチドである。ε-ポリ-L-リジンは多くの種類の細菌に対して抗菌作用を示すことが知られており、保存料として食品添加物や化粧品原料等に実用化されている(特許文献1~4、非特許文献4~5)。ポリリジンは放線菌ストレプトマイセス アルブラスによる発酵により生産されている天然由来の保存料である。口に入れても安全・安心な天然由来の抗菌物質として、食品のみならず化粧品や雑貨類用途にも使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭62-221616号公報
【特許文献2】特開2004-67587号公報
【特許文献3】特開2007-153791号公報
【特許文献4】特開2007-169192号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】梅沢順子、向畠博行、守川俊幸、日植防報、Vol.71、No.3、p280、2005
【非特許文献2】関原順子、向畠博行、北陸病害虫研究会報、Vol.55、p46、2006
【非特許文献3】武田和男、山下亨、新井利直、日植防報、Vol.72、No.4、p266、2006
【非特許文献4】Hiraki、J.Antibact.Antifung.Agents、Vol.23、No.6、pp.349-354、1995
【非特許文献5】武藤正道、ジャパンフードサイエンス、Vol.42、11月号、別冊、pp.65-72、2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
化学農薬を使用しない農業において、作物種子の病害菌を防除できる消毒剤およびその使用方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記問題を解決すべく、ポリリジンを種子の消毒剤として使用することを検討した。特に水稲種もみの育苗工程である温湯消毒と浸種処理の工程で使用したところ、微生物による腐敗を抑制することで病害菌に対する防除効果を高める種子の消毒剤として有効であることを見出した。
【0011】
すなわち本発明は以下の通りである。
[1]ポリリジン及び/又はその塩を含有する、種子の消毒剤。
[2]種子が、水稲種もみである、[1]に記載の種子の消毒剤。
[3]ポリリジン及び/又はその塩の含有量が、0.1~100重量%である、[1]または[2]に記載の種子の消毒剤。
[4]ポリリジン及び/又はその塩を0.001~0.1重量%含有する水溶液に種子を接触させることを含む、種子の消毒方法。
[5]種子が水稲種もみであって、種もみの育苗工程において行われることを特徴とする、[4]に記載の種子の消毒方法。
[6]育苗工程中の種子消毒において行われる、[5]に記載の種子の消毒方法。
[7]育苗工程中の浸種処理において行われる、[5]に記載の種子の消毒方法。
[8]育苗工程中の種子消毒及び浸種処理において行われる、[5]に記載の種子の消毒方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、化学農薬を使用しない安心な消毒剤が提供され、環境への負荷を軽減することができる。さらに水稲種もみの育苗工程おいて、化学農薬を使用しない温湯消毒を実施する育苗方法で、より効果的に育苗工程中の腐敗を抑制し、病害菌を防除でき発芽率を低下させない消毒剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】水稲種もみの浸種処理工程時にポリリジンを添加した時としなかった時の浸種処理液の濁度の経時変化を示すグラフ
【
図2】水稲種もみの浸種処理工程時にポリリジンを添加した時としなかった時の浸種処理液の一般生菌数の経時変化を示すグラフ
【
図3】水稲種もみの温湯消毒工程時にポリリジンを添加した時としなかった時の浸種処理液の濁度の経時変化を示すグラフ
【
図4】水稲種もみの温湯消毒工程時にポリリジンを添加した時としなかった時の浸種処理液の一般生菌数の経時変化を示すグラフ
【
図5】水稲種もみの温湯消毒工程及び浸種処理工程時にポリリジンを添加した時としなかった時の浸種処理液の濁度の経時変化を示すグラフ
【
図6】水稲種もみの温湯消毒工程及び浸種処理工程時にポリリジンを添加した時としなかった時の浸種処理液の一般生菌数の経時変化を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の種子の消毒剤は、ポリリジン及び/又はその塩を有効成分として含有する。
【0015】
本発明におけるポリリジンはα-ポリリジン、ε-ポリリジンのいずれでもよく、特に限定されるものではないが、毒性の低さ、入手の容易さからε-ポリリジンが好ましい。また、通常はL-リジンのポリマーであり、ε-ポリ-L-リジン(EPL)が好ましい。なお、EPLはすでに食品添加物として広く利用され、経口摂取しても健康に影響がなく高い安全性を有することが確立されている。また、ポリリジンは、通常はリジンのホモポリマーであるが、本発明の効果を損なわない限りにおいて、他のアミノ酸をモノマーとして含んでもよい。
【0016】
また、ポリリジンの分子量は特に限定されないが、重量平均分子量が好ましくは3000以上、より好ましくは4000以上であり、好ましくは10000以下、より好ましくは8000以下、さらに好ましくは6000以下であり、3000~6000の範囲が特に好ましい。なお、ここで重量平均分子量は、GPC-LALLS法により測定された値である。
【0017】
EPLは、例えば特許第1245361号に記載の方法で製造することができる。具体的には、上記特許に開示されるストレプトマイセス アルブラス サブスピーシーズ リジノポリメラスを、その組成が、グルコース5重量%、酵母エキス0.5重量%、硫酸アンモニウム1重量%、リン酸水素二カリウム0.08重量%、リン酸二水素カリウム0.136重量%、硫酸マグネシウム・7水和物0.05重量%、硫酸亜鉛・7水和物0.004重量%、及び硫酸鉄・7水和物0.03重量%であり、pHが6.8に調整された液体培地にて培養し、得られた培養物からEPLを分離・回収する。他にも、化学的手法によりポリリジンを製造してもよい。
【0018】
本発明におけるポリリジンは遊離の形であってもよいし、塩酸、硫酸、リン酸及び臭化水素酸から選ばれた少なくとも1種の無機酸、または酢酸、プロピオン酸、フマル酸、リンゴ酸及びクエン酸から選ばれた少なくとも1種の有機酸の塩の形であってもよい。ポリリジン塩は常法により製造される。例えば含水メタノール溶液に前記ポリリジンを溶解させ、これに前記酸を加え、溶液が中和点を過ぎたところで、冷アセトンを加えて沈澱した塩を乾燥させることによって得られる。
【0019】
本発明における消毒剤はポリリジン及び/又はその塩を通常は0.1~100重量%含有する。また、本発明の消毒剤の使用時の濃度、すなわち本発明の消毒方法における濃度は、ポリリジン及び/又はその塩の濃度として、種子に作用させる処理液全体の0.001~0.1重量%であることが好ましく、0.005~0.1重量%であることがより好ましい。なお、種子に作用させる処理液は、通常は水溶液である。
本発明における消毒剤は種子に作用させる処理液のpH4.0~8.5の範囲が効果的に消毒効果を発揮でき好ましい。処理液のpHを調整するために、本発明の消毒剤に、通常よく使用されるpH調整成分を任意に配合することができる。例えば、クエン酸、クエン酸三ナトリウム、クエン酸カルシウム、酢酸、酢酸ナトリウム、氷酢酸、乳酸、乳酸ナトリウム、グルコン酸、グルコン酸カリウム、グルコン酸ナトリウム、グルコノデルタラクトン、アジピン酸、DL-リンゴ酸、DL-リンゴ酸ナトリウム、フマル酸、フマル酸一ナトリウム、コハク酸、コハク酸一ナトリウム、コハク酸二ナトリウム、DL-酒石酸、L-酒石酸、DL-酒石酸水素カリウム、L-酒石酸水素カリウム、炭酸水素ナトリウム、ピロリン酸二水素ナトリウム、リン酸、リン酸ナトリウム、フィチン酸などが挙げられる。
【0020】
本発明における消毒剤はさらに安定した防除効果を発揮させるために、微生物の生育抑制効果を有する成分を任意に配合することができる。例えば、ソルビン酸、ソルビン酸カルシウム、ソルビン酸カリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、安息香酸、安息香酸ナトリウム、プロピオン酸、プロピオン酸ナトリウム、プロピオン酸カルシウム、パラオキシ安息香酸イソブチル、パラオキシ安息香酸イソプロピル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸ブチル、パラオキシ安息香酸プロピルエステル、しらこタンパク抽出物、ツヤプリシン、カワラヨモギ抽出物、ナイシン、ナタマイシン、グリシン、エチレンジアミン四酢酸ナトリウム、モノグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、からし抽出物、ワサビ抽出物、ローズマリー抽出物、グレープフルーツ種子抽出物、ブドウ種子抽出物、ホップ抽出物、ユッカ抽出物、ペクチン分解物などが挙げられる。
【0021】
さらに本発明の消毒剤は、種子への消毒剤の接触を高めるために、界面活性剤を任意に配合することができる。界面活性剤の添加量は特に限定されないが、例えば、0.01~10%の範囲で配合することができる。
界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、脂肪族モノカルボン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルカルボン酸塩、N-アシルサルコシン塩、N-アシルグルタミン酸塩などのカルボン酸型。ジアルキルスルホコハク酸塩、アルカンスルホン酸塩、アルファオレフィンスルホン酸塩、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキル(分岐鎖)ベンゼンスルホン酸塩、ナフタレンスルホン酸塩-ホルムアルデヒド縮合物、アルキルナフタレンスルホン酸塩、N-メチル-N-アシルタウリン塩などのスルホン酸型。アルキル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、油脂硫酸エステル塩などの硫酸エステル型。アルキルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルリン酸塩などのリン酸エステル型などを含むアニオン界面活性剤。グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルなどのエステル型。ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコールなどのエーテル型。脂肪酸ポリエチレングリコール、脂肪酸ポリオキシエチレンソルビタンなどのエステルエーテル型。脂肪酸アルカノールアミドなどのアルカノールアミド型などを含むノニオン界面活性剤。モノアルキルアミン塩、ジアルキルアミン塩、トリアルキルアミン塩などのアルキルアミン塩型。塩化アルキルトリメチルアンモニウム。塩化ジアルキルジメチルアンモニウム、塩化アルキルベンザルコニウムなどの第4級アンモニウム塩型などを含むカチオン界面活性剤。アルキルベタイン、脂肪酸アミドプロピルベタインなどのカルボキシベタイン型。2-アルキル-N-カルボキシメチル-N-ヒドロキシエチルイミダゾリニウムベタイン等の2-アルキルイミダゾリンの誘導体。アルキルジエチレントリアミノ酢酸などのグリシン型。アルキルアミンオキシドなどのアミンオキシド型などを含む両性界面活性剤などが挙げられるが、ポリリジンによる消毒効果に影響を与えない、ノニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤が好ましく、さらに好ましくは、ノニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤が好適に用いることができる。
【0022】
本発明の消毒剤が適用できる種子は特に限定されないが、例えば、トマト、キュウリ、キウイ、ダイコン、スイカ、カボチャ、ハクサイ、キャベツ、カブ、ニンジン、セロリ、ブロッコリー、カリフラワー、ユウガオ、ネギ、メロン、ショウガ、種芋、ホウレンソウ、小松菜、ピーマン、ナス等の野菜類、麦類、トウモロコシ、水稲種もみ等の穀類、柑橘類、モモ、ブドウ、リンゴ、ナシ等の果実類、インゲン豆、エンドウ豆、大豆、グリーンピース、小豆、ソラマメ等の豆類などが挙げられる。特に、温湯消毒の実績のあるトマト、キュウリ、スイカ、カボチャ、ユウガオ、ダイコン、ハクサイ、キャベツ、カリフラワー、ニンジン、セロリ、トウモロコシ、水稲種もみ、麦類は水溶性の高いポリリジンの効能を発揮しやすいため好ましく、さらに浸種処理や催芽処理といった、水中に浸漬する工程の多い水稲種もみは、ポリリジンとの接触機会を増やすことができ、より効果的に用いることができる。
【0023】
本発明の消毒剤の対象となる病原菌としては、例えば、Botrytis cinerea (トマト、キュウリ、柑橘類、キウイ等灰色カビ病)、Fusarium oxysporum(トマト萎凋病)、Clavibactaer michiganensis(トマトかいよう病)、Verticillium dahliae(トマト半身萎凋病)、Pseudomonas syringae(キウイかいよう病、キュウリ斑点細菌病、ダイコン黒斑細菌病)、Colletotrichum orbiculare(キュウリ、スイカ炭疽病)、Fusarium solani(カボチャ立枯れ病)、Verticillium dahliae(ハクサイ黄化病)、Xanthomonas campestris(アブラナ科作物黒腐病)、Phoma lingam(キャベツ根朽病)、Alternaria brassicae(キャベツ、カブ黒斑病)、Peronospora parasitica(キャベツべと病)、Xanthomonas hortorum(ニンジン斑点細菌病)、Septoria apiicola(セロリ葉枯れ病)、Cercospora apii(セロリ斑点病)、Erwinia chrysanthemi、Pseudomonas marginalis(トウモロコシ倒伏細菌病)、Xamthomonas citri(柑橘類かいよう病)、Erwinia cartovora(ブロッコリー花蕾腐敗病)、Ralstonia pseudosolanacearum(ショウガ青枯れ病)、Burkholderia glumae(水稲、もみ枯れ細菌病)、Burkholderia plantarii(水稲、苗立枯細菌病)、Acidovorax avenae(水稲、褐条病)、Penicillium italicum(柑橘、緑カビ病)、Pyricuria oryzae(水稲、いもち病)、Fusarium graminearum(麦類、赤カビ病)、Pythium aphanidermatum(ピシウム病)、Monilinia fructicola(モモ灰星病)などが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0024】
本発明の消毒剤を用いた消毒は、通常行われている種子の消毒と同じ時期に行っても良いし、その他の時期でもよい。
【0025】
本発明における消毒剤の形態は、液状、ペースト状、固体、粉末、顆粒などの形態を問わない。本発明の消毒剤に含まれるポリリジン及びその他の有効成分は、所望の濃度の10~1000倍に高い濃度で含まれる形態で生産し、使用時に水等の溶媒へ所望の濃度になるように希釈して用いるのが、均一に種子へ接触させることができる為好ましい。
本発明における消毒剤の種子への接触方法は特に限定されないが、例えば、水に本発明の消毒剤を溶解した水溶液に、種子を一定時間浸漬させる方法や、水に本発明の消毒液を溶解した水溶液を種子に噴霧して塗布する方法などが挙げられる。
【0026】
農作物を作る工程において、セル苗育苗などの集約的な育苗方法の普及により、種子伝染性病害のリスクが高まっており、種子の消毒は重要な工程の一つである。種子の消毒方法としては、例えば、種子組織と病原体との耐熱性の違いを利用した温湯消毒法や乾熱消毒法及び殺菌剤による消毒法などが挙げられる。
温湯消毒法は種子を45~60℃に設定した温湯に10~30分間の比較的短時間浸漬して処理する。温湯消毒法では処理温度と処理時間は発芽率の低下や奇形の発生などの発芽障害の出現率と消毒効果に大きく影響するので、種子の種類と病原体との組み合わせにおいて厳密に設定する必要がある。
乾熱消毒法は種子を40~80℃で1~数日間処理する方法である。本法では種皮表面だけでなく、胚や胚乳などの種皮内部に存在する病原体をも不活化することができる。処理に先立って40℃程度で1~数日間予備乾燥を行い、乾熱処理による発芽障害を軽減する措置も併用される。
殺菌剤による消毒法は、薬剤液への浸漬処理、粉衣処理、ペレット処理、皮膜処理などの処理法が知られている。
本発明の消毒剤は、これらいずれの消毒方法においても使用することができる。温湯消毒法においては、温湯に種子を浸漬する際、あらかじめ温湯に本発明の消毒剤を所望の濃度になるように添加、溶解して、通常行われている条件にて処理することによって用いることができる。乾熱消毒法においては、あらかじめ本発明の消毒剤を所望の濃度になるように溶解した水溶液に種子を浸漬、あるいは該水溶液を噴霧等で種子に塗布した後、通常行われている条件にて処理することによって、乾熱消毒処理を行うことができる。また、本発明の消毒剤を所望の濃度に調製した水溶液に種子を浸漬もしくは該水溶液を噴霧で塗布することで、通常行われている他の殺菌剤等による消毒法と同じ方法で消毒処理できる。また、他の殺菌剤等と混合した薬剤液を調製して処理してもよい。
【0027】
水稲の場合、水田に直接種もみをまく直播栽培と苗を水田に植え付ける移植栽培に分けられるが、春先の気象条件の変動が大きい時期にビニールハウス等環境を制御できる条件で抵抗力の弱い苗を生育できる点や、代かき後に発生する雑草よりも生育が進んだ苗を植え付けるため雑草を制御しやすい点、生育が早まるので出穂の遅れを回避できる点などから、移植栽培が主流となっている。移植までに行われる育苗工程中の種子の処理は、以下の手順が含まれる。
(1)塩水選
水稲苗を育てるためにより充実した元気な籾種を選別する作業で、状態の良いもみだけを選んで育てることで、発芽が揃い丈夫な苗ができる。一定の濃度に設定した塩水に種もみを入れ、浮いた種もみは、実の入りが悪かったり病気などに感染したりしている危険性があるのですくい取って除き、沈んだ状態の種もみと分ける工程。
(2)消毒
種子の消毒工程は、前述の通り、主に温湯消毒法、乾熱消毒法と殺菌剤等の農薬による消毒法が採用されている。特に箱育苗は、高温・密植になるため、病気の発生や伝染が著しいため、本消毒工程は重要である。
(3)浸種
種子消毒に続いて、一斉に発芽させるために種もみを水に一定期間浸漬して十分吸水させる工程である。具体的には種もみ重量に対して2倍以上の水量で浸漬し、酸素の供給と炭酸ガスや有害物質除去のために1~2日置きに水を換える。水温と浸漬日数より算出される積算温度が100℃になるまで浸漬を継続させて、十分種もみに吸水させる。例えば、水温10℃の時は10日間、15℃の時は7日間浸漬するのがよい。
(4)催芽
浸種処理の後、発芽に最適な温度を与えて発芽をそろえる工程であり、具体的には、30℃程度に保温した水に浸種した種もみを入れ、種もみより芽や根が少し出た状態(ハトムネ状態)になるまで、一昼夜程度浸漬する。
(5)播種
育苗箱に床土を敷き、底まで水がしみわたるまで潅水する。ハトムネ状態になった種もみを催芽処理液から取り出し、よく脱水した後、均一にむらなく播種して、種もみが隠れる程度に土を覆土する。
【0028】
これらの種子の処理において、本発明の消毒剤は前述した消毒工程で使用する他にも、いずれの工程でも使用することができる。例えば、塩水選の時に使用する場合は、作成した塩水にあらかじめ本発明の消毒剤を所望の濃度になるように添加して、通常行われている塩水選と同じ条件にて処理をすればよい。浸種処理において使用する場合は、浸漬する水にあらかじめ本発明の消毒剤を所望の濃度になるように溶解し、通常行われている浸種処理と同じ条件にて処理すればよい。途中で水を換える場合は、新しい水に本発明の消毒剤を同様に溶解して浸種してもよい。催芽処理に用いる場合は、30℃程度に保温した水に本発明の消毒剤をあらかじめ溶解し、通常行われている催芽処理と同じ条件にて処理することができる。
これらの種子処理に、それぞれ単独で本発明の消毒剤を用いてもよいし、複数の処理工程で併用して用いてもよい。例えば、消毒工程及び浸種工程において、本発明の消毒剤を用いることが好ましい。
【0029】
特に水稲種もみの育苗工程において該消毒剤を用いる場合、例えば既知量の水道水に対してあらかじめ濃縮した有効成分を含む、上記の様々な形態の消毒剤を規定量添加、溶解することで、効果を発揮する濃度の有効成分が溶け込んだ水溶液を作成して用いることができる。水稲種もみの育苗工程において、本発明の消毒剤を添加する工程は特に限定されないが、本発明の消毒剤を含有する水溶液への浸漬または噴霧を用いることができる。温湯消毒、浸種処理工程の他、催芽処理工程の催芽液に添加して使用してもよいし、温湯消毒の代わりに本発明の消毒剤を用いて消毒処理を行ってもよい。
【0030】
従来、切り花の保存性向上のために切り花を生ける水にポリリジンを添加した場合、切り花の日持ちを低下させる現象が見られることがあったが、本発明の消毒剤にポリリジンを用いて種子を消毒しても発芽や植物の生育に全く影響せず、発芽率を低下させないことを見出した。
【実施例0031】
以下、具体的な実験例をあげて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の態様にのみ限定されない。なお、以下の実施例における濃度の「%」は特に断りのない場合は重量基準である。
【0032】
水稲の種もみ準備のうちには次の3つの工程がある。初めに状態の良い胚乳の充実した種もみを選ぶために「塩水選」を行う。次に病原菌を減少させるために「温湯消毒」を行うことがある。その後、発芽させるために必要な水分を吸収させる「浸種処理」が行われる。以下、それぞれの工程について今回行った方法を述べる。
[塩水選]
令和2年産のコシヒカリ種もみ(山形県産、のうけんより購入)を130g量り取り、食塩250gの入った1Lの水道水に入れ、よくかき混ぜた。浮遊した種もみを取り除き、沈んだ種もみをよく水洗し、試験用種もみ75gを得た。これを3回繰り返し、以降の試験に使用した試験用種もみ220gを得た。
[温湯消毒]
60℃に加温した300mLの水道水または温湯処理液に、上記塩水選にて得た種もみ70gまたは10gを入れ、10分間浸漬した。10分後、すぐに水道水でよく冷却し、キムタオルを敷いたバットにあけて水気を切った。
[浸種処理]
20mLの水道水または浸漬処理液に、温湯消毒処理を施した種もみを10g入れ、15℃にて6日間静置した。
【0033】
[実施例1]種もみ浸種処理時のポリリジンの効果検証
<1%ポリリジン水溶液の調製>
ポリリジン25%水溶液(JNC製、Lot.2191102)を1mL取り、15mLの水道水を加えて攪拌しながら、1N HClでpH8に調整し、水道水で25mLにメスアップして、1%ポリリジン水溶液を調製した。
<浸種処理液の調製>
調製した1%ポリリジンを2mL取り、水道水18mLに加えて10倍希釈し、0.1%ポリリジン水溶液を調製した。
<浸種処理>
調製した浸種処理液に、水道水で温湯消毒処理を施した種もみをそれぞれ10gずつ入れ、15℃にて6日間静置した。
<菌数測定>
定期的に0.5mL浸種処理液を取り、4.5mLのSCDLP培地に入れて10倍希釈した。さらにそれを1mL取り、9mLの生理食塩水に入れて100倍希釈した。この操作を繰り返した希釈系列を1mL取り、シート培地MC-Media Pad ACplus(JNC製)に播き、30℃にて2日間培養後、発色したコロニーを計数し、一般生菌数を測定した。なお、複数種類の菌のコロニーが認められ、それらの総数を測定した。
<濁度測定>
定期的に1mL浸種処理液を取り、プラスチックキュベット(三商製)に入れ、分光光度計(日本分光製、V-660)にて660nmの吸光度を測定し、菌の増殖を確認した。
[比較例1]
浸種処理を水道水(ポリリジン無添加)で実施した以外は、実施例1と同様の工程にて処理を行い、同様に菌数と濁度を測定した。
実施例1及び比較例1の結果を
図1及び2に示す。
【0034】
[実施例2]温湯処理時のポリリジン添加の効果検証
温湯処理において、温湯処理液にポリリジンを添加して実施し、水道水で浸種処理を行い、実施例1と同様に定期的に一般生菌数と濁度を測定した。
<10%ポリリジンの調製>
ポリリジン25%水溶液(JNC製、Lot.2191102)を10mL取り、5mLの水道水を加えて攪拌しながら、3N HClでpH8に調整し、水道水で25mLにメスアップして、10%ポリリジン水溶液を調製した。
<温湯処理液の調製>
調製した10%ポリリジンを3mL取り、水道水300mLに加えて100倍希釈し、0.1%ポリリジン水溶液を調製した。
<温湯処理>
調製した温湯処理液を60℃に加温し、塩水選処理を施した種もみ10gを入れ10分間浸漬した。10分後に水道水でよく冷却し、キムタオルを敷いたバットにあけて水気を切った。その後、水道水で浸種処理を行い、以降は実施例1と同様に定期的に一般生菌数と濁度を測定した。
【0035】
[比較例2]
実施例2と同様の工程で、温湯消毒時にポリリジンを添加せずに処理し、浸種処理以降は実施例2と同様に一般生菌数と濁度を測定した。
実施例2及び比較例2の結果を
図3及び4に示す。
【0036】
[実施例3]温湯消毒と浸種処理時のポリリジン添加の効果検証
温湯消毒と浸種処理時に0.1%ポリリジンを添加して実施した以外は、実施例1と同様の工程にて処理を行い、同様に一般生菌数と濁度を測定した。
<10%ポリリジンの調製>
ポリリジン25%水溶液(JNC製、Lot.2191102)を10mL取り、5mLの水道水を加えて攪拌しながら、3N HClでpH8に調整し、水道水で25mLにメスアップして、10%ポリリジン水溶液を調製した。
<温湯処理液の調製>
調製した10%ポリリジンを3mL取り、水道水300mLに加えて100倍希釈し、0.1%ポリリジン水溶液を調製した。
<温湯処理>
調製した温湯処理液を60℃まで加温し塩水選処理を施した種もみを10g入れ、10分間浸漬した。10分後すぐに水道水でよく冷却し、キムタオルを敷いたバットにあけて水気を切った。
<1%ポリリジン水溶液の調製>
ポリリジン25%水溶液(JNC製、Lot.2191102)を1mL取り、15mLの水道水を加えて攪拌しながら、1N HClでpH8に調整し、水道水で25mLにメスアップして、1%ポリリジン水溶液を調製した。
<浸種処理液の調製>
調製した1%ポリリジンを2mL取り、水道水18mLに加えて10倍希釈し、0.1%ポリリジン水溶液を調製した。
<浸種処理>
調製した浸種処理液に、ポリリジン水溶液で温湯消毒処理を施した種もみを10g入れ、15℃にて6日間静置した。
<菌数測定>
定期的に0.5mL浸種処理液を取り、4.5mLのSCDLP培地に入れて10倍希釈した。さらにそれを1mL取り、9mLの生理食塩水に入れて100倍希釈した。この操作を繰り返した希釈系列を1mL取り、シート培地MC-Media Pad ACplus(JNC製)に播き、30℃にて2日間培養後、発色したコロニーを計数し、一般生菌数を測定した。
<濁度測定>
定期的に1mL浸種処理液を取り、プラスチックキュベット(三商製)に入れ、分光光度計(日本分光製、V-660)にて660nmの吸光度を測定し、菌の増殖を確認した。
【0037】
[比較例3]
実施例3と同様の工程で、温湯消毒と浸種処理時にポリリジンを添加せずに処理し、同様に一般生菌数と濁度を測定した。
実施例3及び比較例3の結果を
図5及び6に示す。
【0038】
[実施例4]
<催芽時の発芽の様子>
浸種処理において、ポリリジンを添加した種もみを催芽処理した時の発芽の様子を、ポリリジン無添加と比較した。
<催芽処理>
実施例1と比較例1で浸種処理した種もみをよく水洗し、水をよく切った後、50mL容器に入れた。水道水を種もみの2倍量入れて、30℃にて静置し、発芽の様子を目視にて確認した。催芽処理を施した種もみのうち、ハトムネ状態になった種もみの割合を発芽率として表1に示した。
催芽処理による発芽率
【表1】
ポリリジンを添加して浸種処理を実施した種もみでも発芽率に有意差はなかった。
本発明により、化学農薬に頼らない作物種子の消毒剤が提供される。本発明は、水稲種もみの育苗工程において、これまで病害菌を含めた微生物による腐敗を十分防除できなかった温湯消毒処理による消毒工程に、本発明の消毒剤を温湯消毒処理及び/又は浸種処理時に添加、作用させることにより、十分な防除効果が提供される。さらに、化学農薬を使用しない、環境への負荷を軽減する農業を提供できるため、本発明は産業上の利用可能性が高い。