(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023103534
(43)【公開日】2023-07-27
(54)【発明の名称】黒鉛被覆を有する金属材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 28/04 20060101AFI20230720BHJP
C23C 8/66 20060101ALI20230720BHJP
【FI】
C23C28/04
C23C8/66
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022004088
(22)【出願日】2022-01-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2021年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/超長寿命グラフェン被覆鋼材および塗料の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】598163064
【氏名又は名称】学校法人千葉工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【弁理士】
【氏名又は名称】相田 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100127513
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100140198
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 保子
(74)【代理人】
【識別番号】100158665
【弁理士】
【氏名又は名称】奥井 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100199691
【弁理士】
【氏名又は名称】吉水 純子
(72)【発明者】
【氏名】久保 利隆
(72)【発明者】
【氏名】平栃 健太
(72)【発明者】
【氏名】岡田 光博
(72)【発明者】
【氏名】阪東 恭子
(72)【発明者】
【氏名】山田 貴壽
(72)【発明者】
【氏名】清水 哲夫
(72)【発明者】
【氏名】菅 洋志
(72)【発明者】
【氏名】寺田 大将
【テーマコード(参考)】
4K044
【Fターム(参考)】
4K044AA02
4K044BA18
4K044BB03
4K044BC02
4K044CA12
4K044CA14
(57)【要約】 (修正有)
【課題】腐食抑制効果が長期間持続する金属材料およびその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の一側面に係る黒鉛被覆を有する金属材料は、金属製の基体10、及び前記基体10上に形成され、前記基体10の表面に沿って配置される平坦部211と、該平坦部211の周縁から基体10の内部へと伸びるアンカー部212とを有する黒鉛結晶21で構成された被覆20を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製の基体、及び
前記基体上に形成され、前記基体の表面に沿って配置される平坦部と、該平坦部の周縁から基体の内部へと伸びるアンカー部とを有する黒鉛結晶で構成された被覆
を備える、黒鉛被覆を有する金属材料。
【請求項2】
前記被覆が、表面について測定したラマンスペクトルにおける、Gバンドのピーク強度IGに対するDバンドのピーク強度IDの比ID/IGが0.1以下を満たす、請求項1に記載の黒鉛被覆を有する金属材料。
【請求項3】
前記基体が鉄を50質量%以上含む、請求項1又は2に記載の黒鉛被覆を有する金属材料。
【請求項4】
前記基体が鉄を93質量%以上含む、請求項1から3のいずれか1項に記載の黒鉛被覆を有する金属材料。
【請求項5】
金属製の基体を準備すること、
前記基体を加熱装置に収容し、不活性雰囲気中で、前記基体を構成する金属に対する炭素の固溶量が室温より多くなる温度である成膜温度に昇温すること、
前記基体の温度を前記成膜温度に保持しつつ、加熱装置中に炭素含有ガスを10分以上流通させ、前記基体の表面に化学気相成長法にて炭素膜を形成すること、及び
前記基体を不活性雰囲気中で750℃まで徐冷すること
を含む、請求項1から4のいずれか1項に記載の黒鉛被覆を有する金属材料の製造方法。
【請求項6】
前記徐冷を、平均降温速度が200℃/min以下となる条件にて行う、請求項5に記載の黒鉛被覆を有する金属材料の製造方法。
【請求項7】
前記成膜温度への昇温を、還元性ガスを含む不活性ガス雰囲気中で行った後、雰囲気を変更して前記炭素膜の形成を行う、請求項5又は6に記載の黒鉛被覆を有する金属材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒鉛被覆を有する金属材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料のほとんどは、その使用環境下で酸素と反応し、表面に酸化物の膜を生成する。この膜の存在により、金属の酸化は抑制される。しかし、実際の使用環境下では、酸性雨、紫外線、及び空気中に存在する塩素等の劣化因子の影響で、酸化物の膜が破壊され、金属材料の腐食が進行することが多い。
【0003】
こうした腐食を防止するため、金属材料のめっき処理や防食性塗料による塗装等の処理が古くから慣用されている。
【0004】
また、近年では、グラフェンないし黒鉛が有するガスバリア性、化学的、熱的及び機械的な安定性、並びに強度に着目し、これを金属材料の表面にコーティングすることも行われている。
【0005】
例えば、特許文献1には、直径が1~40μm、厚さが30nm以下(0nmを除く)、表面積が40~1500m2/gであるグラフェンの端にグラフェンの重量に対して0~5%(0%を除く)の作用基が置換されている酸化グラフェンを、鋼板にコーティングすることが開示されている。
【0006】
こうした金属材料の防食を目的とした処理の他、金属材料の表面に炭素材料の層ないし膜を形成する技術としては、種々のものが報告されている。例えば、特許文献2には、鋼材の鋼組織の少なくとも一部の表面に炭素材を接触させ、該接触させた状態を維持しつつ前記鋼材を炉内に配置して、鋳鉄の共晶点の温度以上の温度条件で前記鋼材を加熱することにより、前記鋼組織に前記炭素材の炭素を固溶拡散させて、鋼組織層と、鋳鉄組織層と、前記鋼組織層と前記鋳鉄組織層との間の鋼組織を浸炭した浸炭組織層と、を少なくとも備える鉄系複合材料とすることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2016-504262号公報
【特許文献2】特許第4420015号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、金属材料の表面に炭素材料を被覆する防食方法では、金属材料と炭素材料との付着強度が十分でないことに起因して、腐食抑制効果が短期間しか持続しないことが問題であった。
【0009】
そこで本発明は、腐食抑制効果が長期間持続する金属材料の防食構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、前述の目的を達成するために種々の検討を行ったところ、金属製の基体上に黒鉛被覆を形成する際の条件を制御することで、得られる黒鉛被覆が、前記基体の表面に沿って配置された平坦部と、該平坦部の周縁から基体の内部へと伸びるアンカー部とを有する黒鉛結晶で構成されたものとなり、腐食抑制効果が長期間持続することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、前記課題を解決するための本発明の一側面は、金属製の基体、及び前記基体上に形成され、前記基体の表面に沿って配置される平坦部と、該平坦部の周縁から基体の内部へと伸びるアンカー部とを有する黒鉛結晶で構成された被覆を備える、黒鉛被覆を有する金属材料である。
【0012】
また、本発明の他の一側面は、金属製の基体を準備すること、前記基体を加熱装置に収容し、不活性雰囲気中で、前記基体を構成する金属に対する炭素の固溶量が室温より多くなる温度である成膜温度に昇温すること、前記基体の温度を前記成膜温度に保持しつつ、加熱装置中に炭素含有ガスを10分以上流通させ、前記基体の表面に化学気相成長法にて炭素膜を形成すること、及び前記基体を不活性雰囲気中で750℃まで徐冷することを含む、前述の黒鉛被覆を有する金属材料の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、腐食抑制効果が長期間持続する金属材料の防食構造を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一側面に係る黒鉛被覆を有する金属材料の構造を示す断面図
【
図3】本発明の一側面に係る黒鉛被覆を有する金属材料における、基体-被覆界面近傍の電子顕微鏡写真
【
図4】本発明の実施例に係る金属材料の断面を撮影した電子顕微鏡写真((a)及び(b):TEM像、(c):SEM像)
【
図5】本発明の実施例に係る金属材料おける、黒鉛被覆の表面及び裏面の電子顕微鏡写真、並びに該各面について測定したラマンスペクトル
【
図6】本発明の実施例及び比較例に係る金属材料における、表面からの深さとエッチング速度との関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の各側面を、一実施形態に基づいて詳細に説明するが、本発明は該実施形態に限定されるものではない。
【0016】
[黒鉛被覆を有する金属材料]
本発明の一側面に係る黒鉛被覆を有する金属材料(以下、単に「第1側面に係る金属材料」又は「金属材料1」と記載することがある。)は、その断面を
図1に示すように、金属製の基体10、及び前記基体10上に形成された被覆20を備える。被覆20は、
図2に示すように、基体10の表面に沿って配置される平坦部211と、平坦部211の周縁から基体10の内部へと伸びるアンカー部212とを有する黒鉛結晶21で構成される。また、基体10中には、
図2に示すように、被覆20との界面近傍に、炭素の含有量が多い界面近傍層11が存在することがある。界面近傍層11は、第1側面に係る金属材料の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察した際に、
図3に示すように、濃淡(明暗)が斑模様に見られることにより、その存在が確認される。
【0017】
基体10は、金属で構成される。その形状及び材質は、用途に応じて適宜選択することができる。基体10の材質としては、高温での炭素の固溶量が室温に比べて大きい点で、鉄又はニッケルを主成分とするものが好ましい。中でも、炭素含有相の生成による脆化が起こりにくい点で、鉄を主成分とするものがより好ましい。鉄を主成分とする材料としては、純鉄、軟鋼、硬鋼及び鋳鉄等の、金属成分として実質的に鉄のみを含むもの、並びに鉄を50質量%以上含む合金が例示される。基体10が、金属成分として実質的に鉄のみを含むものである場合、その鉄の含有量は、93質量%以上であることが好ましく、98質量%以上であることがより好ましく、鉄及び不可避不純物からなるものであることがさらに好ましい。
【0018】
被覆20は、基体10上に、これを覆って形成され、基体10が、酸性雨、紫外線、及び空気中に存在する塩素等の劣化因子と直接接触することを防止するように機能する。このような被覆20の機能に鑑みれば、被覆20は必ずしも基体10の表面全体に形成される必要はなく、少なくとも劣化因子と接触し得る箇所に形成されていればよい。
【0019】
被覆20は、黒鉛粒子21で構成される。この黒鉛粒子21は、基体10の表面に沿って配置される平坦部211と、平坦部211の周縁から基体10の内部へと伸びるアンカー部212とを有する。黒鉛粒子21が、平坦部211に加えてアンカー部212を有することで、基体10に対する被覆20の付着強度が向上し、金属材料1を供用している最中の被覆20の剥離、及びこれに起因する腐食抑制効果の消失が抑制される。なお、黒鉛粒子21は、平坦部211の周縁以外の箇所から基体10の内部へと伸びるアンカー部212を有していてもよい。
【0020】
ここで、被覆20が、平坦部211及びアンカー部212を有する黒鉛粒子21で構成されることは、以下の方法で確認する。
【0021】
まず、金属材料1を、被覆20が形成された面に垂直に切断し、薄片を得る。切断には、収束イオンビーム(FIB)装置を使用することができる。
【0022】
次いで、得られた薄片の切断面を、透過型電子顕微鏡(TEM)、または走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察し、基体10と被覆20との界面近傍の像を取得する。
【0023】
次いで、取得した電子顕微鏡像において、被覆20に着目し、0.3nm程度の厚みを有する層が複数積層された部分として認識される黒鉛粒子21を特定する。この黒鉛粒子21が、
図2に示すような、基体10の表面に沿う、層状構造を有する部分(平坦部211)を有するか否か、及び同図に示すような、層状構造を有する部分の端部から基体10の内部へと伸びる部分(アンカー部212)を有するか否かをそれぞれ確認する。
【0024】
そして、これらの存在が確認されたことをもって、被覆20が、平坦部211及びアンカー部212を有する黒鉛粒子21で構成されたものと判断する。なお、被覆20が似通った形状の黒鉛粒子21で構成されるとの事実に鑑みれば、このような形状を有する黒鉛粒子21が1個でも確認されれば、被覆20は同様の形状の黒鉛粒子21を多数含むものと推定されるため、基体10に対して十分な付着強度を有するといえる。しかし、前記形状の黒鉛粒子21が偶発的に生成した可能性もあるため、基体10に対する十分な付着強度を保証するためには、10個以上の黒鉛粒子について観察を行った際に、その半数以上が平坦部211及びアンカー部212を有する黒鉛粒子21であることが好ましい。
【0025】
被覆20の表面は、ラマンスペクトルにおけるGバンドのピーク強度に対するDバンドのピーク強度の比ID/IGが0.1以下であることが好ましい。ラマンスペクトルにおいて、Gバンドのピークは、グラフェンないし黒鉛を構成する正常六員環に起因するものであり、Dバンドのピークは、欠陥に起因するものである。このため、前記強度比ID/IGの値が小さいことは、被覆20が、欠陥の量が少ない、高品質の膜となっていることを意味する。被覆20の破壊は、欠陥を起点として起こるため、欠陥の量が少ない被覆20は、耐久性の高いものとなる。より耐久性の高い被覆20を得る点からは、前記強度比ID/IGの値は、0.05以下であることがより好ましく、0.01以下であることがさらに好ましい。
【0026】
被覆20の裏面は、基体10に接触する部分であり、アンカー効果が要求される。被覆20の裏面を構成するグラフェンないし黒鉛に欠陥が存在することで、基体10とのより強固な結合が可能となる。被覆20における欠陥の存在は、前述したとおり、ラマンスペクトルにおけるDバンドのピークにより確認できる。このとき、Gバンドのピーク強度に対するDバンドのピーク強度の比ID/IGは、0.1以上であることが好ましい。
【0027】
ラマンスペクトルの測定方法は特に限定されず、公知の装置・方法が利用できる。ただし、得られるスペクトルにおける各バンドのピーク位置は、グラフェンの層数や励起に用いるレーザー波長に依存するため、ピークを同定する際には、測定装置に付属の解析ソフトウェアを利用することが好ましい。なお、単層グラフェンを励起波長532nmで測定した場合のGバンド及びDバンドのピークは、それぞれ1582cm-1、1350cm-1付近に現れるため、これと同程度の励起波長で測定されたラマンスペクトルが、前記各波数付近に単一のピークを有する場合には、解析ソフトウェアの利用が困難な場合でも、該各ピーク強度をGバンド及びDバンドのピーク強度とすることができる。
【0028】
被覆20の裏面についてのラマンスペクトルは、第1側面に係る金属材料1を、基体10を溶解可能な酸又はアルカリの溶液に浸漬して基体10を除去した後、残存した被覆20について、前述した方法にて測定を行うことで得られる。
【0029】
被覆20は、前述したラマンスペクトルの強度比を有すると共に、これを構成する黒鉛粒子21の層間距離が、理想的なバルク材に等しい0.3nmであることがさらに好ましい。このことにより、被覆20の耐久性がさらに向上する。
【0030】
以上説明した第1側面に係る金属材料1は、基体10の表面に形成された被覆20が、平坦部211と共にアンカー部212を有する黒鉛粒子21で構成されているため、アンカー部212の作用により被覆20が基体10から剥離しにくくなる。このため、長期間に亘って被覆構造が維持され、耐食性が顕著に向上する。
【0031】
[黒鉛被覆を有する金属材料の製造方法]
本発明の他の側面に係る黒鉛被覆を有する金属材料の製造方法(以下、単に「第2側面に係る製造方法」と記載することがある。)は、金属製の基体を準備すること、前記基体を加熱装置に収容し、不活性雰囲気中で、前記基体を構成する金属に対する炭素の固溶量が室温より多くなる温度である成膜温度に昇温すること、前記基体の温度を前記成膜温度に保持しつつ、加熱装置中に炭素含有ガスを10分以上流通させ、前記基体の表面に化学気相成長(CVD)法にて炭素膜を形成すること、及び前記基体を不活性雰囲気中で750℃まで徐冷することを含む。これらの処理操作について、以下に詳述する。
【0032】
まず、金属製の基体を準備し、これを加熱装置に収容し、装置内部を不活性雰囲気とした後、該基体を加熱する。使用する加熱装置としては、ガスの導入及び排出経路を備え、基体を選択的に加熱することができるものであれば限定されない。
【0033】
不活性雰囲気としては、アルゴン等の希ガス雰囲気又は窒素雰囲気を採用する。ただし、基体を構成する金属が、加熱中に窒素と反応するものである場合には、希ガス雰囲気を採用する。
【0034】
基体を加熱する際の雰囲気は、不活性雰囲気に代えて、還元性ガスを含む不活性ガス雰囲気としてもよい。加熱時の雰囲気を、還元性ガスを含むものとすることで、基体の表面に存在する酸化物が還元除去されて清浄な表面が現れ、後述する化学気相成長法により生成する炭素膜が、該表面に直接付着する。このことにより、基体と黒鉛被覆との密着性がさらに向上する。使用可能な還元性ガスとしては、水素等が例示される。
【0035】
基体の加熱は、これを構成する金属に対する炭素の固溶量が室温より多くなる温度である成膜温度に達するまで行う。成膜温度の例としては、鉄を主成分とする基体については700℃以上1150℃以下が、ニッケルを主成分とする基体については800℃以上1320℃以下が挙げられる。加熱時の昇温速度は特に限定されず、例えば、5℃/min以上500℃/min以下とすることが挙げられる。
【0036】
次いで、基体の温度を成膜温度に保持しつつ、加熱装置中に炭素含有ガスを10分以上流通させ、化学気相成長法により、基体の表面に炭素を露出させる。このとき、気相から基体中に炭素原子の拡散が生じ、基体を構成する金属中に炭素原子が固溶するが、基体が成膜温度にあるため、固溶可能な炭素原子の量は、室温におけるものよりも多くなる。また、成膜温度での保持時間が10分以上と長く、かつその間に炭素膜の原料となる炭素含有ガスが継続的に供給されて炭素膜が生成し続けることで、基体中に十分な量の炭素原子の供給が可能となる。これらの点が相俟って、基体中の炭素膜との界面近傍に位置する金属には、室温における固溶限を超える量の炭素が固溶することとなる。この炭素が、後述する徐冷により、平坦部とアンカー部を形成することとなる。
【0037】
熱処理装置中に流通する炭素含有ガスとしては、基体の表面に炭素膜を形成可能なものであれば特に限定されない。一例として、メタン、アセチレンをはじめとする炭化水素が挙げられる。また、ポリスチレン、フルオレンをはじめとする固体有機物を加熱昇華して発生させたガスを用いてもよい。
【0038】
炭素含有ガスを流通させる時間は、10分以上とする。このことにより、基体中に十分な量の炭素が拡散し、後述する徐冷時にアンカー部の形成が可能となる。炭素含有ガスを流通させる時間は、20分以上とすることがより好ましく、50分以上とすることがさらに好ましい。
【0039】
次いで、熱処理装置中の雰囲気を不活性雰囲気に変更し、この雰囲気中で基体を750℃まで徐冷する。成膜温度からの徐冷により、基体中の金属中に固溶している炭素量が平衡状態に近いレベルまで低下し、固溶しきれなくなった炭素が異相として析出する。このとき、熱処理装置中の雰囲気が不活性雰囲気であることで、基体表面に形成された炭素膜が消失することなく被覆として残存し、異相として析出した炭素と連結することで、平坦部及びアンカー部が形成されると推定される。徐冷を行う温度範囲は、十分な量の炭素を析出させる点からは、好ましくは成膜温度から730℃までであり、より好ましくは成膜温度から700℃までである。
【0040】
ここで、本明細書における「徐冷」とは、対象となる物体を、冷媒を吹き付けることなく室温環境に放置した場合の冷却速度よりも遅い速度での冷却を意味する。
【0041】
徐冷は、成膜温度から750℃までの平均冷却速度が200℃/min以下となる条件で行うことが好ましい。このことにより、十分な量のアンカー部が形成され、基体と被覆との付着強度が向上する。ここで、平均冷却速度とは、成膜温度と750℃との差ΔTを、成膜速度から750℃に到達するまでの時間t(min)で割った値ΔT/tを意味する。平均冷却速度は、100℃/min以下であることがより好ましく、20℃min以下であることがさらに好ましく、10℃/min以下であることが特に好ましい。
【0042】
上述した処理操作を含む第2側面に係る製造方法によれば、第1側面に係る金属材料、すなわち金属製の基体、及び前記基体上に形成された被覆を備え、該被覆が、基体の表面に沿って配置される平坦部と、該平坦部の周縁から前記基体の内部へと伸びるアンカー部とを有する黒鉛結晶で構成される金属材料、を効率的に得ることができる。
【実施例0043】
以下、実施例に基づいて本発明の各実施形態をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【0044】
[実施例]
まず、基体として、10mm×10mm×0.2mmの冷間圧延鋼板(SPCC:Steel Plate Cold Commercial)を準備した。この鋼板を、CVD装置中に配置し、アルゴン水素混合ガス(水素含有量2%)を10sccmの流量で流通させて、装置中の雰囲気を、還元性ガスを含む不活性ガス雰囲気とした。次いで、ガスの種類及び流量を保ったまま基体を1050℃まで加熱して30分間保持し、基体表面のクリーニングを行った。次いで、装置中に流通させるガスを、100sccmのメタンアルゴン混合ガス(メタン含有量2%)に変更した後、気体の温度を1100℃まで昇温して120分間保持することで、CVD法による炭素膜の形成を行った。次いで、装置中に流通させるガスを、50sccmのアルゴンガスに変更した後、基体を727℃まで20分かけて冷却した。このときの平均冷却速度は、20℃/minであった。次いで、アルゴンガスの流量を保ったまま100℃以下まで炉冷し、実施例に係る金属材料を得た。
【0045】
[比較例]
実施例で準備した冷間圧延鋼板を、そのまま比較例に係る金属材料とした。
【0046】
<評価>
(黒鉛被覆の形状確認)
実施例に係る金属材料について、上述した方法で、黒鉛被覆及びこれを構成する黒鉛粒子の形状を確認した。その結果、黒鉛被覆が、平坦部及びアンカー部を有する黒鉛粒子で構成されることが確認された。実施例に係る金属材料の断面の電子顕微鏡写真を
図4に示す。図中の(a)及び(b)はそれぞれTEM像であり、(c)はSEM像である。また黒鉛粒子の表面の電子顕微鏡写真を
図5に(a)として、金属材料を塩酸に溶かして取り除いた後の黒鉛粒子の裏面の電子顕微鏡写真を
図5に(c)として、それぞれ示す。
【0047】
(黒鉛被覆のラマンスペクトル測定)
実施例に係る金属材料について、黒鉛被覆表面のラマンスペクトルを測定した。その結果、
図5に(b)として示すように、1580cm
-1付近に、Gバンドに由来する鋭いピークが観察された一方、Dバンドに由来するピークは確認されなかった。このため、両ピーク強度比I
D/I
Gの値は、測定限界以下で0となった。
一方で、黒鉛被覆裏面のラマンスペクトルも測定した。その結果、
図5に(d)として示すように、1350cm
-1付近および1580cm
-1付近に、DバンドおよびGバンドに由来する鋭いピークが観察された。
【0048】
(耐食性試験)
実施例及び比較例に係る金属材料について、以下の方法で耐食性試験を行った。まず、各金属材料の厚みをマイクロメータで測定し、初期厚みを得た。次いで、10%塩酸水溶液を準備し、これに各金属材料全体を浸漬した。次いで、浸漬開始から一定時間経過後に、各金属材料を塩酸水溶液から取り出して洗浄し、それぞれの厚みを、精密電子天秤での質量測定結果から算出すること、及び厚みを算出後の各金属材料を再度塩酸水溶液に浸漬することを複数回繰り返した。次いで、n回目の塩酸浸漬後(ただし、nは自然数)に測定した厚みと(n-1)回目の塩酸浸漬後に測定した厚みとの差(μm)を、n回目の浸漬時間(h)で割って、各回におけるエッチング速度(μm/h)を算出した。このとき、0回目の塩酸浸漬後に測定した厚みは、前述の初期厚みとした。次いで、n回目の塩酸浸漬後に測定した厚みと初期厚みとの差を算出し、これを各回における表面からの深さ(μm)とした。次いで、エッチング速度を縦軸、表面からの深さを横軸としたグラフ中に、各回について算出された結果をプロットし、エッチング深さとエッチング速度との関係を確認した。結果を
図6に示す。
【0049】
図6から分かるように、アンカー部を有する黒鉛粒子で構成された黒鉛被覆を表面に有する実施例に係る金属材料では、表面からの深さが100μm程度までのエッチング速度が、該被覆を有さない比較例に比べて小さくなった。特に、表面からの深さが20μm以下の領域でのエッチング速度の低下が顕著であった。これは、黒鉛被覆の基体に対する付着強度が、アンカー部の作用により増大し、黒鉛被覆が基体から剥がれにくくなったことによるものと推定される。なお、
図4からは、黒鉛被覆の表面からアンカー部の先端までの距離は10μm程度と見積もられることから、実施例に係る金属材料では、黒鉛被覆の厚みを超える深さまでエッチング速度が抑制されていることが分かる。これは、炭素膜形成時に、炭素の拡散により基体中に形成された、炭素の含有量が多い界面近傍層が、腐食の抑制に寄与したためと推定される。
本発明によれば、腐食抑制効果が長期間持続する金属材料の防食構造を提供することができる。このため、本発明は、金属材料で構成されるインフラ用途の構造物や機械、部品、乗り物等の腐食を長期にわたり抑制することで、材料の信頼性を確保することができ、かつ修理や更新にかかる費用を大幅に抑えることができる点で有用である。
また、本発明は、黒鉛被覆の作用により、金属基体中への水素の拡散を抑制する効果も奏する。このため、ステンレス鋼を用いた水素貯蔵タンクを構成した場合の水素脆化を抑制できる点でも、本発明は有用である。