(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023109096
(43)【公開日】2023-08-07
(54)【発明の名称】神経芽腫の検出方法および神経芽腫のバイオマーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20230731BHJP
G01N 33/493 20060101ALI20230731BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20230731BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/493 A
G01N27/62 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022010494
(22)【出願日】2022-01-26
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、次世代がん医療創生研究事業「進行リスクを判別する神経芽腫腫瘍マーカーの開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【弁理士】
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 未知子
(74)【代理人】
【識別番号】100207907
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 桃子
(74)【代理人】
【識別番号】100217294
【弁理士】
【氏名又は名称】内山 尚和
(72)【発明者】
【氏名】大澤 毅
(72)【発明者】
【氏名】西田 美由紀
(72)【発明者】
【氏名】菅谷 麻希
(72)【発明者】
【氏名】加藤 美樹
(72)【発明者】
【氏名】檜 顕成
(72)【発明者】
【氏名】内田 広夫
(72)【発明者】
【氏名】天野 日出
【テーマコード(参考)】
2G041
2G045
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA05
2G041FA10
2G041GA06
2G041GA20
2G041HA02
2G041LA08
2G045AA26
2G045CB03
2G045DA80
(57)【要約】
【課題】神経芽腫を検出する新規な方法の提供。
【解決手段】本発明によれば、被験対象の生体試料中における代謝物の量または濃度を測定する工程を含んでなる、神経芽腫の検出方法であって、前記代謝物が
(1)3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール硫酸、
(2)1-(4’-ヒドロキシフェニル)エタノールまたは4-ヒドロキシフェニルエタノールおよび
(3)Se-プロペニルセレノシステイン Se-オキシド
からなる群から選択される1種または2種以上の物質である、検出方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験対象の生体試料中における代謝物の量または濃度を測定する工程を含んでなる、神経芽腫の検出方法であって、前記代謝物が、
(1)3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール硫酸、
(2)1-(4’-ヒドロキシフェニル)エタノールまたは4-ヒドロキシフェニルエタノールおよび
(3)Se-プロペニルセレノシステイン Se-オキシド
からなる群から選択される1種または2種以上の物質(代謝物(a))である、検出方法。
【請求項2】
被験対象の生体試料中における代謝物(a)以外の物質の量または濃度を測定する工程をさらに含む、請求項1に記載の検出方法。
【請求項3】
代謝物(a)以外の物質が、バニリルマンデル酸、ホモバニリン酸および血清神経特異エノラーゼからなる群から選択される1種または2種以上の物質である、請求項2に記載の検出方法。
【請求項4】
代謝物(a)以外の物質が、
(4)チオプリン、
(5)N-メチル-2-ピリドン-5-カルボキサミド(ヌジフロラミド)、
(6)L-2-(ヒドロキシメチル)-1,2,3,4-ブタンテトロール、
(7)尿酸、
(8)3,3’-チオビスプロパン酸、
(9)ニコチン酸、
(10)キヌレン酸、
(11)オキサロコハク酸、
(12)シスタチオニンケチミンおよび
(13)Ala-Asn-Ser-His(配列番号1)
からなる群から選択される1種または2種以上の物質(代謝物(b))である、請求項2または3に記載の検出方法。
【請求項5】
被験対象の生体試料中における代謝物の量または濃度を測定する工程を含んでなる、神経芽腫の検出方法であって、前記代謝物が請求項4に記載の代謝物(b)である、検出方法。
【請求項6】
被験対象の生体試料中における代謝物(b)以外の代謝物の量または濃度を測定する工程をさらに含む、請求項5に記載の検出方法。
【請求項7】
代謝物(b)以外の代謝物が、バニリルマンデル酸および/またはホモバニリン酸である、請求項6に記載の検出方法。
【請求項8】
被験対象が小児である、請求項1~7のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項9】
生体試料が尿試料である、請求項1~8のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項10】
代謝物の量または濃度を質量分析装置で測定する、請求項1~9のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項11】
神経芽腫の診断を補助する方法である、請求項1~10のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項12】
請求項1に記載の代謝物(a)または請求項4に記載の代謝物(b)を含んでなる、神経芽腫の検出用マーカー。
【請求項13】
神経芽腫の検出用マーカーとしての、請求項1に記載の代謝物(a)または請求項4に記載の代謝物(b)の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は神経芽腫の検出方法に関する。本発明はまた、神経芽腫のバイオマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
神経芽腫は小児がんの一つであり、体幹の交感神経節や副腎髄質等から発生することが知られている。神経芽腫は、小児がんの中では白血病、脳腫瘍、リンパ腫に次いで多い腫瘍であり、小児がん全体の10%弱を占めている。神経芽腫はまた、脳腫瘍を除いた小児期発症の固形腫瘍の中で最も頻度が高いがんである。高リスク神経芽腫の5年無増悪生存率は30~40%と予後不良であり、小児がんによる死亡原因の第2位を占めている。
【0003】
神経芽腫の患者は国際神経芽腫リスク分類(INRG)に従ってリスクグループに分類され、それぞれのグループに適した治療方法が選択されている。一般的に、1歳半未満の乳児期に神経芽腫を発症した場合には患者は治療が奏功することが多いが、1歳半以上で発症した場合には予後不良となることがあり、強力な治療が必要となる。
【0004】
これまでに神経芽腫の腫瘍マーカーとしては、バニリルマンデル酸(VMA)およびホモバニリン酸(HVA)が知られている(非特許文献1)。しかしながら、一部の神経芽腫症例ではこれらの腫瘍マーカーの量が増加しないことがあり、偽陰性が問題となっていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Sawada, T., Pediatr. Hematol. Oncol. 14: 291-293 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は神経芽腫を検出する新規な方法を提供することを目的とする。本発明はまた、神経芽腫の新規なバイオマーカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは今般、神経芽腫患者から得られた尿検体について質量分析装置により分析を実施し、検体に含まれる13種類の代謝物の量を指標にすることにより神経芽腫を検出できることを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0008】
すなわち本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]被験対象の生体試料中における代謝物の量または濃度を測定する工程を含んでなる、神経芽腫の検出方法であって、前記代謝物が、
(1)3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール硫酸、
(2)1-(4’-ヒドロキシフェニル)エタノールまたは4-ヒドロキシフェニルエタノールおよび
(3)Se-プロペニルセレノシステイン Se-オキシド
からなる群から選択される1種または2種以上の物質(代謝物(a))である、検出方法。
[2]被験対象の生体試料中における代謝物(a)以外の物質の量または濃度を測定する工程をさらに含む、上記[1]に記載の検出方法。
[3]代謝物(a)以外の物質が、バニリルマンデル酸および/またはホモバニリン酸である、上記[2]に記載の検出方法。
[4]代謝物(a)以外の物質が、
(4)チオプリン、
(5)N-メチル-2-ピリドン-5-カルボキサミド(ヌジフロラミド)、
(6)L-2-(ヒドロキシメチル)-1,2,3,4-ブタンテトロール、
(7)尿酸、
(8)3,3’-チオビスプロパン酸、
(9)ニコチン酸、
(10)キヌレン酸、
(11)オキサロコハク酸、
(12)シスタチオニンケチミンおよび
(13)Ala-Asn-Ser-His(配列番号1)
からなる群から選択される1種または2種以上の物質(代謝物(b))である、上記[2]または[3]に記載の検出方法。
[5]被験対象の生体試料中における代謝物の量または濃度を測定する工程を含んでなる、神経芽腫の検出方法であって、前記代謝物が上記[4]に記載の代謝物(b)である、検出方法。
[6]被験対象の生体試料中における代謝物(b)以外の代謝物の量または濃度を測定する工程をさらに含む、上記[5]に記載の検出方法。
[7]代謝物(b)以外の代謝物が、バニリルマンデル酸、ホモバニリン酸および血清神経特異エノラーゼからなる群から選択される1種または2種以上の物質である、上記[6]に記載の検出方法。
[8]被験対象が小児である、上記[1]~[7]のいずれかに記載の検出方法。
[9]生体試料が尿試料である、上記[1]~[8]のいずれかに記載の検出方法。
[10]代謝物の量または濃度を質量分析装置で測定する、上記[1]~[9]のいずれかに記載の検出方法。
[11]神経芽腫の診断を補助する方法である、上記[1]~[10]のいずれかに記載の検出方法。
[12]上記[1]に記載の代謝物(a)または上記[4]に記載の代謝物(b)を含んでなる、神経芽腫の検出用マーカー。
[13]神経芽腫の検出用マーカーとしての、上記[1]に記載の代謝物(a)または上記[4]に記載の代謝物(b)の使用。
【0009】
本発明によれば、神経芽腫を診断する新規なバイオマーカーが提供されることから、本発明は神経芽腫の診断精度の向上と患者の予後改善に資する点で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、健常者および神経芽腫患者の尿検体中の代謝物をCE-TOF-MSで測定し、ターゲット解析によりバニリルマンデル酸を検出した結果を示した図である。縦軸はクレアチニン濃度(g/L)で補正後のバニリルマンデル酸の濃度(μM)を表す。エラーバーは標準誤差を示す。
【
図2】
図2は、健常者および神経芽腫患者の尿検体中の代謝物をCE-TOF-MSで測定し、ノンターゲット解析を行った結果をボルケノプロットにより示した図である。横軸は健常者に対する患者尿検体中の代謝物量の増減比(表5に記載された「コントロールに対する増減比」の値)のlog2値であり、縦軸はp値(-log10)である。
【発明の具体的説明】
【0011】
<<定義>>
本発明において「神経芽腫」は、胎生期の神経堤細胞を起源とする細胞が癌化したものを意味し、体幹の交感神経節、副腎髄質に多く発生する。神経芽腫の約65%が腹部から発生し、その半数が副腎髄質から発生し、それ以外には頸部、胸部、骨盤部などから発生する。神経芽腫は、悪性度の高いものや、自然退縮を生じるものなど様々な腫瘍動態を示すことが知られている。
【0012】
本発明において「生体試料」は、生体から分離された試料を意味し、例えば、尿、血液等の体液であり、好ましくは尿試料である。生体試料の採取方法は侵襲的であっても非侵襲的であってもよく、生体試料が尿試料の場合、非侵襲的に採取できる点で有利である。
【0013】
本発明における「対象」は、ヒトを含む哺乳動物が挙げられ、好ましくはヒトである。ヒト以外の対象としてはモデル動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ等のモデル哺乳動物)が挙げられる。
【0014】
本発明において「小児」とは15歳未満の者をいい、新生児(出生後4週未満)、乳児(生後4週以上、1歳未満)および幼児(1歳以上、7歳未満)を含む。
【0015】
<<検出方法>>
本発明によれば、神経芽腫の検出方法が提供される。本発明の検出方法によれば、被験対象の生体試料中の代謝物の量または濃度を指標にして神経芽腫を検出することができる。すなわち、本発明の検出方法は、生体試料中の代謝物の量または濃度を被験対象における神経芽腫の罹患可能性と関連づけることを特徴とする。
【0016】
本発明において神経芽腫の指標となる代謝物は、
(1)3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール硫酸、
(2)1-(4’-ヒドロキシフェニル)エタノールまたは4-ヒドロキシフェニルエタノールおよび
(3)Se-プロペニルセレノシステイン Se-オキシド
からなる群から選択される1種または2種以上の物質を少なくとも含むものとすることができる。本明細書において上記(1)~(3)からなる群から選択される1種または2種以上の物質を「本発明の代謝物(a)」または「代謝物(a)」ということがある。
【0017】
本発明において神経芽腫の指標となる代謝物はまた、
(4)チオプリン、
(5)N-メチル-2-ピリドン-5-カルボキサミド(ヌジフロラミド)、
(6)L-2-(ヒドロキシメチル)-1,2,3,4-ブタンテトロール、
(7)尿酸、
(8)3,3’-チオビスプロパン酸、
(9)ニコチン酸、
(10)キヌレン酸、
(11)オキサロコハク酸、
(12)シスタチオニンケチミンおよび
(13)Ala-Asn-Ser-His(配列番号1)
からなる群から選択される1種または2種以上の物質を少なくとも含むものとすることができる。本明細書において上記(4)~(13)からなる群から選択される1種または2種以上の物質を「本発明の代謝物(b)」または「代謝物(b)」ということがある。
【0018】
本発明においては、本発明の代謝物(a)に加えて、本発明の代謝物(a)以外の物質を神経芽腫の指標として用いることができる。本発明においてはまた、本発明の代謝物(b)に加えて、本発明の代謝物(b)以外の物質を神経芽腫の指標として用いることができる。本発明の代謝物(a)以外の物質および本発明の代謝物(b)以外の物質としては、神経芽腫の指標として公知のバイオマーカーが挙げられる。このような公知のバイオマーカーとしては、バニリルマンデル酸、ホモバニリン酸のような尿中代謝物;血清神経特異エノラーゼ(NSE)のような血中腫瘍マーカーが挙げられる。
【0019】
本発明の検出方法においては、まず、(A)被験対象の生体試料中における本発明の代謝物(a)または本発明の代謝物(b)(以下、「本発明の代謝物」ということがある)の量または濃度を測定する工程を実施する。本発明の代謝物に加えて他の物質を指標として用いる場合には、(X)被験対象の生体試料中における当該他の物質の量または濃度を測定する工程を実施する。本発明の代謝物および他の物質の量および濃度の測定は、生体試料および物質の特性に応じて公知の方法を選択して実施することができる。本発明の代謝物を測定する場合には、質量分析装置を接続した分析システムにより測定を実施することができる。質量分析装置を接続した分析システムの例としては、液体クロマトグラフィー-マススペクトロメトリー法(LC-MS)、液体クロマトグラフィー-タンデムマススペクトロメトリー法(LC-MSMS)、高速液体クロマトグラフィー-マススペクトロメトリー法(HPLC-MS)、高速液体クロマトグラフィー-タンデムマススペクトロメトリー法(HPLC-MSMS)、キャピラリー電気泳動-マススペクトロメトリー法(CE-MS)、キャピラリー電気泳動-タンデムマススペクトロメトリー法(CE-MSMS)、ガスクロマトグラフィー-マススペクトロメトリー法(GC-MS)、ガスクロマトグラフィー-タンデムマススペクトロメトリー法(GC-MSMS)が挙げられるがこれらに限定されるものではない。また、質量分析装置としては、後記実施例で使用した飛行時間型の他、イオントラップ型、四重極型、磁場型等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0020】
本発明の検出方法においては、被験対象の生体試料中における代謝物の測定結果に基づいて神経芽腫が評価される。すなわち、本発明の検出方法においては、(B)工程(A)で測定された本発明の代謝物の量または濃度を指標にして、生体試料を採取した被験対象について神経芽腫の罹患可能性を判定する工程をさらに含むことができる。
【0021】
本発明の代謝物が代謝物(a)の場合、工程(B)は、(B-a-1)被験対象の生体試料中の本発明の代謝物(a)の量または濃度とあらかじめ定めたカットオフ値とを比較する工程と、(B-a-2)被験対象の生体試料中における本発明の代謝物(a)の量または濃度がカットオフ値以上であるか、またはカットオフ値よりも高い場合に被験対象が神経芽腫に罹患している(あるいは罹患している可能性がある)と判定する工程とにより実施することができる。
【0022】
工程(B-a-2)では、被験対象の生体試料中における本発明の代謝物(a)の量または濃度がカットオフ値以下であるか、またはカットオフ値よりも低い場合に被験対象が神経芽腫に罹患していない(あるいは罹患している可能性が低い)と判定することもできる。
【0023】
本発明の代謝物が代謝物(b)の場合、工程(B)は、(B-b-1)被験対象の生体試料中の本発明の代謝物(b)の量または濃度とあらかじめ定めたカットオフ値とを比較する工程と、(B-b-2)被験対象の生体試料中における本発明の代謝物(b)の量または濃度がカットオフ値以下であるか、またはカットオフ値よりも低い場合に被験対象が神経芽腫に罹患している(あるいは罹患している可能性がある)と判定する工程とにより実施することができる。
【0024】
工程(B-b-2)では、被験対象の生体試料中における本発明の代謝物(b)の量または濃度がカットオフ値以上であるか、またはカットオフ値よりも高い場合に被験対象が神経芽腫に罹患していない(あるいは罹患している可能性が低い)と判定することもできる。
【0025】
本発明の検出方法において2種以上の本発明の代謝物を組み合わせて検出を行うと、単独で検出を行った場合と比較して、より正確に神経芽腫の罹患可能性を検出することができる。この場合、本発明の代謝物(a)の2種以上を組み合わせても、本発明の代謝物(b)の2種以上を組み合わせてもよく、さらには、本発明の代謝物(a)と本発明の代謝物(b)を組み合わせてもよい。本発明の検出方法では、本発明の代謝物(a)のうちいずれか1種を検出対象とし、残りの2種を場合により組み合わせて使用できる検出対象とすることができる。本発明の検出方法ではまた、本発明の代謝物(b)のうちいずれか1種を検出対象とし、残りの9種を場合により組み合わせて使用できる検出対象とすることができる。
【0026】
本発明の検出方法において2種以上の本発明の代謝物を組み合わせて検出を行う場合には、工程(A)および工程(B)をそれぞれの代謝物について実施することができる。この場合、それぞれの代謝物に基づいて示された罹患可能性を組み合わせて罹患可能性を判定することができる。例えば、2種類の本発明の代謝物の両方について罹患可能性が示された場合には、それぞれの代謝物単独での結果よりも罹患可能性が強く示唆され、2種類の本発明の代謝物の両方について罹患可能性が否定された場合(あるいは罹患可能性が低いことが示された場合)には、それぞれの代謝物単独での結果よりも罹患可能性が強く否定される。
【0027】
本発明の検出方法においてはまた、(P)工程(X)で測定された他の物質の量または濃度を指標にして、生体試料を採取した被験対象について神経芽腫の罹患可能性を判定する工程をさらに含むことができる。
【0028】
例えば、他の物質が、バニリルマンデル酸およびホモバニリン酸のような公知のバイオマーカーである場合、工程(P)は、(P-1)被験対象の生体試料中の公知のバイオマーカーの量または濃度とあらかじめ定めたカットオフ値とを比較する工程と、(P-2)被験対象の生体試料中における該バイオマーカーの量または濃度がカットオフ値以上であるか、またはカットオフ値よりも高い場合に被験対象が神経芽腫に罹患している(あるいは罹患している可能性がある)と判定する工程とにより実施することができる。
【0029】
工程(P-2)では、被験対象の生体試料中におけるバイオマーカーの量または濃度がカットオフ値以下であるか、またはカットオフ値よりも低い場合に被験対象が神経芽腫に罹患していない(あるいは罹患している可能性が低い)と判定することもできる。
【0030】
本発明の検出方法において本発明の代謝物に加えて他の物質(例えば、公知のバイオマーカー)を組み合わせて検出を行うと、本発明の代謝物のみで検出を行った場合と比較して、より正確に神経芽腫の罹患可能性を判定することができる。このため、工程(P)で示された罹患可能性は、工程(B)で示された罹患可能性を補完するために用いることができる。例えば、工程(B)と工程(P)で罹患可能性が示された場合には、工程(B)単独での結果よりも罹患可能性が強く示唆され、工程(B)と工程(P)で罹患可能性が否定された場合(あるいは罹患可能性が低いことが示された場合)には、工程(B)単独での結果よりも罹患可能性が強く否定される。
【0031】
本発明においてカットオフ値は、神経芽腫に罹患していない対象(正常対象)の試料における本発明の代謝物の量または濃度の測定値から算出し、決定することができる。このような対象は、治療中の疾患がない健常者が好ましいが、神経芽腫以外の疾患を有する対象であってもよい。本発明においてカットオフ値はまた、神経芽腫に罹患した対象(罹患対象)の試料における本発明の代謝物の量または濃度の測定値から算出し、決定することができる。上記のカットオフ値の決定方法においては、正常対象群または罹患対象群の測定値の平均値、中央値、パーセンタイル値、最大値または最小値を使用することができる。パーセンタイル値は任意の値を選択することができ、例えば、5、10、15、20、25、30、40、50、60、70、75、80、85、90または95とすることができる。カットオフ値を算出する際の正常対象および罹患対象の例数は複数例が好ましく、例えば、2例以上、5例以上、10例以上、20例以上、50例以上または100例以上とすることができる。
【0032】
本発明においてカットオフ値はまた、神経芽腫に罹患していない対象(正常対象)の試料における本発明の代謝物の量または濃度の測定値と、神経芽腫に罹患した対象(罹患対象)の試料における本発明の代謝物の量または濃度の測定値に基づいて算出することもできる。例えば、罹患対象群と、正常対象群について、生体試料における本発明の代謝物の量または濃度を測定し、得られた測定値を用いてROC(受信者動作特性曲線(Receiver Operating Characteristic curve))解析等の統計解析を行うことによりカットオフ値を設定することができる。ROC曲線の作成とROC曲線に基づくカットオフ値の設定は周知であり、感度や特異度の観点から当業者がカットオフ値を設定することができる。
【0033】
本発明の検出方法において、本発明の代謝物に加えて他の物質(例えば、公知のバイオマーカー)を指標として用いる場合には、本発明の代謝物のカットオフ値についての記載に従って、当該他の物質のカットオフ値を算出し、決定することができる。
【0034】
本発明の検出方法の工程(B)においては、例えば、被験対象の生体試料中における本発明の代謝物(a)の濃度が正常対象群の当該代謝物の量または濃度の平均値よりも高いか、あるいは該平均値と比較して約1.1倍以上、約1.2倍以上、約1.3倍以上、約1.4倍以上、約1.5倍以上、約1.6倍以上、約1.7倍以上、約1.8倍以上、約1.9倍以上、約2.0倍以上、約2.1倍以上、約2.2倍以上、約2.3倍以上、約2.4倍以上、約2.5倍以上または約3倍以上である場合に、被験対象が神経芽腫に罹患している(あるいは罹患している可能性がある)と判定することができる。
【0035】
本発明の検出方法の工程(B)においてはまた、例えば、被験対象の生体試料中における本発明の代謝物(b)の濃度が正常対象群の当該代謝物の量または濃度の平均値よりも低いか、あるいは該平均値と比較して約0.9倍以下、約0.85倍以下、約0.8倍以下、約0.75倍以下、約0.7倍以下、約0.65倍以下、約0.6倍以下、約0.55倍以下、約0.5倍以下、約0.45倍以下、約0.4倍以下または約0.35倍以下である場合に、被験対象が神経芽腫に罹患している(あるいは罹患している可能性がある)と判定することができる。
【0036】
本発明においては、本発明の代謝物のうち複数種を組み合わせて使用することにより検出精度を向上させることができる。本発明においてはまた、本発明の代謝物を他の物質(例えば、公知のバイオマーカー)と組み合わせて使用することによりさらに検出精度を向上させることができる。ここで検出精度が向上するとは、ROC解析を利用した場合には、ROC曲線の曲線下面積(AUC)が向上することを意味する。
【0037】
本発明において本発明の代謝物を複数種組み合わせて指標とする場合や、本発明の代謝物を他の物質(例えば、公知のバイオマーカー)と組み合わせて指標とする場合には、指標となる複数種の複数種の代謝物および/または物質の量または濃度の測定値に対して一つのカットオフ値を設定することもできる。例えば、一種の代謝物の量または濃度の測定値に代えて、複数種の代謝物および/または物質の量または濃度の測定値の合計値、平均値、比率等を用いてカットオフ値を算出することができ、あるいは、複数種の複数種の代謝物および/または物質の量または濃度の測定値に重み付けをした上で合計値、平均値、比率等を算出し、該算出値を用いてカットオフ値を算出することができる。このようにして算出されたカットオフ値を本発明に用いる場合には、カットオフ値の算出方法と同じ方法で被験対象の生体試料中の複数種の代謝物および/または物質の量または濃度の測定値を処理し、得られた数値をあらかじめ定めたカットオフ値とを比較することで判定を行うことができる。
【0038】
本発明の検出方法によれば、被験対象について神経芽腫を検出することができる。従って、本発明の検出方法は、神経芽腫の診断に補助的に用いることができ、被験対象が神経芽腫に罹患しているか否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。例えば、本発明の検出方法により神経芽腫に罹患している(あるいは罹患している可能性がある)と判定された被験対象については、医師が他の所見を参照しつつ被験対象が神経芽腫に罹患しているか(あるいは罹患している可能性があるか)を判断することができる。すなわち、本発明の検出方法は神経芽腫の診断を補助する方法あるいは神経芽腫の診断を支援する方法と言い換えることができる。
【0039】
本発明の検出方法によれば、被験対象から採取された生体試料を分析し、定量的に神経芽腫の検出または評価を行うことができる。すなわち、本発明の検出方法は、患者への負担を軽減しつつ、簡便かつ的確に神経芽腫を検出または評価できる点で有利である。このため本発明の検出方法は、神経芽腫を検出または評価するための生体試料分析方法(好ましくは尿試料分析方法)と言い換えることができる。
【0040】
<<バイオマーカー>>
本発明の別の側面によれば、本発明の代謝物を含んでなる、神経芽腫の検出または診断に用いるためのバイオマーカーと、神経芽腫の検出または診断用バイオマーカーとしての、本発明の代謝物の使用が提供される。本発明によればまた、神経芽腫の検出方法または診断方法においてバイオマーカーとして用いるための、本発明の代謝物の使用が提供される。本発明の代謝物は1種であっても、2種以上を組み合わせたものであってもよい。本発明の代謝物はまた、他の物質(例えば、公知のバイオマーカー)と組み合わせて用いてもよい。
【0041】
本発明において「バイオマーカー」は、その存在および量が疾患の発症の有無の指標となる生体由来の物質をいい、疾患を検出、識別、評価等するためのマーカーとして用いることができる。すなわち、本発明によれば、本発明の代謝物を神経芽腫の疾患識別マーカーとして使用することができる。
【実施例0042】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0043】
例1:神経芽腫のバイオマーカーの同定
(1)尿検体の前処理方法
名古屋大学医学部附属病院等において神経芽腫と診断された0歳~15歳の患者の尿検体と、0歳~15歳の健常者の尿検体を神経芽腫の診断マーカーの探索に使用した。本研究は名古屋大学生命倫理審査委員会の承認のもとで実施した。
【0044】
得られた尿検体はCE-TOF-MSシステムでの分析に供する前に前処理を行った。すなわち、カチオン性代謝物測定の内部標準としてメチオニンスルホン(Methionine Sulfone)を、アニオン性代謝物測定の内部標準としてカンファースルホン酸および2-モノフォリノエタンスルホン酸を、それぞれ25mMになるように超純水で希釈し、内部標準溶液を作成した。尿検体80μLに対し、内部標準溶液20μLを加え、限外濾過ユニットのフィルターカップに検体を注入した。蓋を閉めた後、4℃、9100g、5分で遠心した。フィルターカップをはずし、ろ過された検体を10μLサンプルカップに注入し、CE-TOF-MSシステムに供した。
【0045】
(2)CE-TOF-MSによる分析
標準物質、内部標準物質、試薬および機器・器具を用いてCE-TOF-MSシステムを準備し、分析前に30分間泳動バッファーでフラッシングをしてフューズドシリカキャピラリーカラム内壁の平衡化を行った後、電圧を徐々に印加して電流が流れることを確認してから分析を進めた。
【0046】
標準物質および内部標準物質は、全て特級か、純度の高いものを使用した。ポリアミン代謝、メチオニン代謝および尿素回路関連の陽イオン性化合物と内部標準物質を200μMになるように合わせて適宜溶解させた後、1.5mLチューブに小分けして、-80℃で保管した。凍結融解の繰り返しにより化合物が不安定化する可能性があるため、測定の際に小分け分を融解して使い切りとした。
【0047】
CE-TOF-MSシステムは、送液用ポンプ(1260 Infinity II、アジレントテクノロジー社)を接続したキャピラリー電気泳動(7100 Capillary Electrophoresis、アジレントテクノロジー社)を前段に設置した飛行時間型質量分析装置(6546 Q-TOF、アジレントテクノロジー社)を使用した。フューズドシリカキャピラリーカラム(スパイラルラップ、Molex社、製品No. 106815-0017)、は、専用のダイヤモンドカッターで100cmにカットし、外側を覆うポリビニルフィルムを5mmほどライターで焼いた後、焦げカスをメタノールで拭き取り、内側のガラス部分が両端ともに見えるようにした。片方をキャピラリー電気泳動専用カセットに納め、もう片方を質量分析装置のネブライザーに差し込んだ。キャピラリーカラムの先端は、質量分析装置側へ入る切り口が、ネブライザーから出ているインナーニードルの長さの約1/3程度の長さでインナーニードルから露出するようにし、専用の拡大鏡を用いてシース液が霧状に放出されているかを確認して、イオン化室に設置されるスプレイヤーにセットした。
【0048】
分析に使用した試薬類は、すべて質量分析用のものを用いた。具体的には、LC-MS用メタノール(富士フイルム和光純薬社、製品No. 138-14521)を試薬調整および分析時のシース液に用い、LC-MS用1mol/Lギ酸(富士フイルム和光純薬社、製品No.067-04531)をカチオンモード分析用泳動バッファーに用いた。カチオン性代謝物測定用の内部標準物質としてメチオニンスルホンを用いた。
【0049】
カチオン性標準物質は表1に記載のものを用いた。
【表1】
【0050】
カチオン性代謝物測定条件は表2の通りであった。
【表2】
【0051】
ギ酸アンモニウム(富士フイルム和光純薬社、製品No. 011-21031)、1%アンモニア水(ナカライテスク社、製品No.7432-65)をアニオンモード分析用泳動バッファーに用いた。バッファーは40mMギ酸アンモニウムを超純水で調整し、これに1Mアンモニア水を滴下してpH10に調整したものを使用した。アニオン性代謝物測定用の内部標準物質としてカンファースルホン酸および2-モノフォリノエタンスルホン酸を用いた。
【0052】
アニオン性標準物質は表3に記載のものを用いた。
【表3】
【0053】
アニオン性代謝物測定条件は表4の通りであった。
【表4】
【0054】
カチオン性代謝物測定、アニオン性代謝物測定で測定モードを変更する際は、必ずカラムとネブライザーの交換システムチューニングを実施し、質量分析装置の補正を行った。また、測定が一時中断した場合はキャリブレーションを実施し、軸ズレが1ppmを超える場合は、チューニングを行った。その際、イオンソースやネブライザー、プランジャー、電極の洗浄を実施した。
【0055】
代謝物濃度をクレアチニン濃度で補正するため、尿検体のクレアチニン濃度を下記方法(Jaffe法)にて行った。すなわち、尿をミリQ水にて100倍に希釈し、その150μLに1g/100mLピクリン酸を60μL加えた。さらに0.75N NaOH(60μL)を加えた後、25℃で15分インキュベートした。このうち、200μLを96ウェルプレートに注入し、吸光度490nmで測定した。別に、クレアチニンを0、0.25、0.5、0.75、1mg/100mLの濃度になるように溶解し、これらを用いて検量線を作成した。
【0056】
(3)ノンターゲット解析
CE-TOF-MSで得られた移動時間、強度およびm/zのデータのうち移動時間をProfinder(アジレントテクノロジー社、ver.10.0.2)を用いて、スタンダードのピークを参照にして補正した。補正されたピークをMass Profile Professional(アジレントテクノロジー社、ver.15.1)を用いてFilter on Volcano plotで検定を行なった。データベースはMETLIN(ver. 8.00)を用いた。
【0057】
(4)結果
神経芽腫患者の尿検体中においてバニリルマンデル酸が上昇していることが報告されている(非特許文献1)。そこで、神経芽腫患者の尿検体についてターゲット解析を行った。すなわち、コントロール群(n=18)と神経芽腫患者(n=18)の尿検体についてCE-TOF-MS(アニオン性代謝物モード)による分析を実施したところ、神経芽腫患者の尿検体中にバニリルマンデル酸が有意に増加していることを確認した(
図1)。
【0058】
次に、コントロール群(n=18)と神経芽腫患者(n=18)の尿検体についてノンターゲット解析を行った。解析条件は、患者群での出現率を66%以上とし、コントロールに対する増減比1.5以上、かつ、p値0.05未満の条件とし、moderated T検定を行なったところ、バニリルマンデル酸を含む複数の代謝物が神経芽腫患者に特異的なバイオマーカーとして検出された(
図2)。ターゲット解析により有意な増加が確認されたバニリルマンデル酸がノンターゲット解析により増加代謝物として検出されたことから、ノンターゲット解析が有効な解析であることが確認できた。
【0059】
図2において上記条件を満たす物質と、コントロールに対する変化および増減比並びにp値は表5に記載の通りであった。表中の「コントロールに対する増減比」は神経芽腫患者尿検体中の代謝物のピーク面積を健常者尿検体中の該代謝物のピーク面積で割った値を表記した。ただし、神経芽腫患者尿検体中の各代謝物のピーク面積が健常者尿検体中の該代謝物のピーク面積よりも小さい場合(すなわち、健常者尿検体に対して患者尿検体中の代謝物の量が少ない場合)には、健常者尿検体中の代謝物のピーク面積を、神経芽腫患者尿検体中の該代謝物のピーク面積で割った値にマイナスを付けて表記した。
【0060】
【0061】
以上の通り、生体試料中の表5の代謝物が神経芽腫の診断マーカーとして有用であることが確認された。