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特開2023-109448ディップコーティングに好適な金ペースト及び該金ペーストを用いるディップコーティング方法
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  • 特開-ディップコーティングに好適な金ペースト及び該金ペーストを用いるディップコーティング方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023109448
(43)【公開日】2023-08-08
(54)【発明の名称】ディップコーティングに好適な金ペースト及び該金ペーストを用いるディップコーティング方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/10 20220101AFI20230801BHJP
   H01B 1/22 20060101ALI20230801BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20230801BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20230801BHJP
   B22F 9/00 20060101ALI20230801BHJP
   B22F 9/24 20060101ALI20230801BHJP
【FI】
B22F1/10
H01B1/22 A
H01B13/00 503Z
B22F1/00 K
B22F9/00 B
B22F9/24 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022010967
(22)【出願日】2022-01-27
(71)【出願人】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】井上 謙一
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 史彦
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 裕矢
(72)【発明者】
【氏名】横川 さおり
(72)【発明者】
【氏名】相澤 雄介
【テーマコード(参考)】
4K017
4K018
5G301
5G323
【Fターム(参考)】
4K017AA08
4K017BA02
4K017CA07
4K017DA01
4K017DA07
4K018AA02
4K018BA01
4K018BB04
4K018BD04
4K018KA33
5G301DA05
5G301DA42
5G301DD01
5G323AA03
(57)【要約】
【課題】ディップコーティングにおける塗布特性が良好であり、引き上げ時の被コーティング部材の角立ち・膜厚不均一やディップ槽の金属ペーストの表面荒れを抑制することが可能な金ペーストを提供する。
【解決手段】本発明は、純度99.9質量%以上で平均粒径0.1μm以上0.5μm以下の金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストに関する。本発明に係る金ペーストでは、有機溶剤として、金粉末に対するハンセン溶解度パラメータの距離Raが7.0MPa1/2以上であると共に、回転粘度計により温度25℃でシェアレート4/sで測定される固有粘度値が、1.5mPa・s以上6.5mPa・s以下である有機溶剤を適用することを特徴としている。本発明に係る金ペーストは、適宜の被コーティング部材に金膜をディップコートする際に有用であり、塗膜の角立ち等が生じ難く塗布特性が良好である。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストにおいて、
前記金粉末は、純度99.9質量%以上の金からなり、平均粒径0.1μm以上0.5μm以下であり、
前記有機溶剤は、前記金粉末に対するハンセン溶解度パラメータの距離Raが7.0MPa1/2以上であると共に、
回転粘度計により温度25℃でシェアレート4/sで測定される固有粘度値が、1.5mPa・s以上6.5mPa・s以下であることを特徴とする金ペースト。
【請求項2】
有機溶剤は、沸点が140℃以上360℃以下の有機溶剤である請求項1記載の金ペースト。
【請求項3】
金粉末の含有率が金ペーストの全体質量基準で85質量%以上97質量%以下である請求項1又は請求項2記載の金ペースト。
【請求項4】
ディップ槽に貯留された金ペーストに、被コーティング部材の少なくとも一部を浸漬した後に引き上げて、前記被コーティング部材に前記金ペーストを塗布する金ペーストのディップコーティング方法において、
前記金ペーストは、請求項1~請求項3のいずれかに記載の金ペーストであることを特徴とする金ペーストのディップコーティング方法。
【請求項5】
被コーティング部材の引き上げ速度を1mm/s以上とする請求項4記載の金ペーストのディップコーティング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体デバイス、半導体素子等のエレクトロニクス分野における電極・配線形成、接合、封止等の用途に好適な金ペーストに関する。特に、ディップコーティングによる塗布に対して好適な金ペーストであり、塗布後の塗膜の形状安定性を良好とすることができるものに関する。また、本発明は、この金ペーストを適用したディップコーティング法による金ペーストの塗布方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気・電子部品、半導体デバイス、半導体素子、パワーデバイス、MEMS等の各種用途の電極(バンプ)や配線の形成、接合、封止においては、かつてはろう材・半田が広く用いられてきたが、近年から金属ペースト(金属スラリー)の利用が拡大している。本願出願人も、これまで、高純度(99.9質量%以上)の金(Au)等からなりサブミクロンオーダー(1μm以下)の金属粉末を有機溶剤に混合した金ペースト(金スラリー)が前記用途に有用であることを提案している。(例えば、特許文献1、2)。
【0003】
金属ペーストによる電極・配線の形成や接合は、金属ペーストを基板等の被コーティング部材に塗布した後に乾燥して金属粉末以外の成分を揮発させる必要がある。本願出願人による前述の金ペーストは、基本的に金粉末と有機溶剤のみで構成されていることから、比較的容易に有機溶剤等を揮発除去できる。また、この金ペーストの金粉末は、高純度且つ微細な金粒子であり、低温(300℃以下)で焼結して緻密な焼結体を形成することができる。低温プロセスが推奨される半導体素子、デバイス製造においては、このような低温焼結性は有利である。
【0004】
金ペーストを基板や素子等の被コーティング部材に塗布する方法としては、これまで、スピンコート法、スクリーン印刷法、インクジェット法、滴下法等のように、被コーティング部材の表面に適量の金ペーストを供給する塗布方法が広く用いられてきた。上述した、本出願人による金ペーストでは、これらの塗布方法において塗布された金ペーストの成形性を好適化するための基準として、チクソトロピー指数値(TI値)に着目し、その適正化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5613253号明細書
【特許文献2】特開平9-20903号公報
【特許文献3】特許第6254015号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
金属ペーストの塗布方法に関しては、上記した各方法の他、ディップコーティングが知られている。ディップコーティングは、金属ペーストを貯留した槽(ディップ槽)に被コーティング部材を浸漬(ディッピング)し引き上げて金属ペーストを塗布する方法である。ディップコーティングは、被コーティング部材に金属ペーストを均一に効率よく塗布できる方法であり、面積効率にも優れ異物の混入も少ない塗布方法である。金属ペーストのディップコーティングは、例えば、センサ素子等の半導体素子におけるワイヤ状・チップ状の被コーティング部材の部分塗布に用いられる。
【0007】
ディップコーティングによる金属ペーストの塗布において要求される事項として、被コーティング部材に塗布された塗膜の厚さの均一性が挙げられる。ディップコーティングにおいては、被コーティング部材の引き上げの際に金属ペーストが滴状に引き伸ばされるので、被コーティング部材の下部の中央付近の膜厚が厚くなる傾向がある。そして、被コーティング部材の下部に角立ちが生じることがある。こうした角立ちは外観上も好ましいものではないが、加えて部材の寸法精度を低下させて電気・電子部品としての歩留まりに影響を及ぼす。そのため、ディップコーティングに適した金属ペーストには、引き上げ時の塗膜厚さの寸法安定性が要求される。
【0008】
また、コーティング部材の引き上げの際には、ディップ槽内の金属ペースト表面にも角立ちや凹み等の荒れが生じることがある。金属ペースト表面に荒れが発生する場合、ディッピング毎に表面をスキージングして平坦化する必要がある。このとき、スキージに金属ペーストが付着することで歩留まりが低下することとなる。
【0009】
ディップコーティングにおいて上記のような被コーティング部材の下部の角立ちや、ディップ槽内の金属ペーストの表面荒れは、被コーティング部材をディッピングした後の引き上げ速度の影響を受け、引き上げ速度が速すぎるとこれらの現象は生じ易くなる。よって、引き上げ速度を低下させれば角立ち等は抑制できるが、それでは素子等の製造効率は低下する。そのため、金属ペースト側からの塗布性の改善が要求されている。
【0010】
ディップコーティングにおける塗膜の角立ち等を考慮した金属ペーストにおける改善例としては、例えば、特許文献3における金属ペースト(導電性ペースト)がある。この金属ペーストは、フレーク状銀粉、銀ナノ粒子、更に熱硬化性樹脂を含有する金属ペーストであって、TI値を1.5~4.5としたものである。この金属ペーストでは、2μm以上20μm以下のフレーク状銀粉を適用し、更に、接着剤用途として使用される熱硬化性樹脂を混合することで、金属ペーストのチクソ性を高めると共にディップコーティングにおける角立ち等の外観不良を抑制している。
【0011】
ここで、本願出願人によれば、上記した本願出願人により金ペースト(特許文献1、2)においても、ディップコーティングに際しては、上記した塗膜の形状安定性やディップ槽内の金属ペーストの表面荒れについて改善すべき点があることを確認している。この点、特許文献2の金属ペーストと対比すれば、金属種が違うものの、同様の構成を採ることでディップコーティングに好適な金属ペーストを製造できる可能性はある。しかしながら、特許文献2のようなミクロンオーダーのフレーク状粉末の適用や熱硬化性樹脂の添加による対応は、本願出願人による金ペーストの特性を考慮すると好ましくはない。
【0012】
即ち、金ペーストを構成する金粉末の粒径をミクロンオーダーとすることは、本願出願人による金ペーストの低温焼結性に影響を及ぼす。金属ペーストの低温焼結性は半導体デバイス等製造プロセスにおいて、極めて重要な特性であってディップコーティングの塗布特性と引き換えできるものではない。
【0013】
また、熱硬化性樹脂のような高沸点の樹脂を金属ペーストに添加する点も好ましい方策ではない。金属ペーストに高沸点の樹脂が含まれると、塗布後の乾燥・焼結のために加熱を行っても樹脂が完全に分解せず、加熱後の電極・接合部に残る可能性がある。こうした樹脂由来の有機化合物の残留は、半導体デバイス内部或いはその製造雰囲気における汚染原因となって半導体性能等に影響するおそれがある。
【0014】
本発明は、以上のような背景のもとになされたものであり、上記本願出願人による金ペーストを基本としつつ、その本来の特性・メリットを害することなく、ディップコーティングにおける塗布特性が良好であり、引き上げ時の被コーティング部材の角立ち・膜厚不均一やディップ槽の金属ペーストの表面荒れを抑制できる金ペーストを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決する本発明は、金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストにおいて、前記金粉末は、純度99.9質量%以上の金からなり、平均粒径0.1μm以上0.5μm以下であり、前記有機溶剤は、前記金粉末に対するハンセン溶解度パラメータの距離Raが7.0MPa1/2以上であると共に、回転粘度計により温度25℃でシェアレート4/sで測定される固有粘度値が、1.5mPa・s以上6.5mPa・s以下であることを特徴とする金ペーストである。
【0016】
本願出願人による金ペースト(特許文献1、2)の低温焼結性等の特性を維持しつつ、上述した課題解決するためには、金粉末は同様のものとする必要がある。また、熱硬化性樹脂等の樹脂の添加も回避しなければならない。これらの前提を考慮すると、有機溶剤の最適化とそれによる金ペーストの特性を調整することが好適な対応といえる。本発明者等はこの方針のもとに鋭意検討した結果、上記のとおり、金粉末に対するハンセン溶解度パラメータの距離Raが所定範囲内にある有機溶剤を適用することとした。
【0017】
ハンセン溶解度パラメータ(以下、HSPと略するときがある)は、溶剤(溶媒)の溶解パラメータを規定する方法の一つである。HSPは、いわゆるヒルデブランド(Hildebrand)の溶解度パラメータ(SP値)を、分散項(δd)、極性項(δp)、水素結合項(δh)の3成分に分割して3次元空間に表した幾何学的位置(ベクトル)である。HSPは、従来、溶剤と溶質との親和性を推定するための指標として用いられており、ある溶剤がある溶質をどの程度溶解できるかを推測するために使用されてきたパラメータである。本発明の対象である金ペーストにおいては、金粒子が溶剤に溶解することなく分散している状態にあるので、これまでは旧来のHSPの概念の適用例は少なかった。しかし、近年になって、固体分散質に対しても、溶剤との親和性を推定する上でHSPが有用であるとの認識が形成されつつある。そして、固体分散質についても、そのHSP(δd,δp,δh)の測定技術が公知となってきている。本発明者等は、これらの点を踏まえつつ、金ペーストの塗布特性等の評価において、有機溶剤と金粉末のHSPによる検討が有用であることを見出し、本発明の構成として適用することとした。
【0018】
更に、本発明者等は、適用する有機溶剤に関しては、上記の金粉末に対するHSPの距離Raに加えて、固有粘度の値も塗膜の角立ち等に影響を及ぼすとしてその好適範囲を設定すべきとした。本発明は、これらの特徴により、ディッピングによって被コーティング部材に塗布された金ペーストの形状を制御して角立ち等を抑制しつつ、ディップ槽における金ペーストの状態を好適化している。以下、本発明に係る金ペースト及びこれによるディップコーティング方法にについて詳細に説明する。
【0019】
(A)本発明に係る金ペースト
本発明に係る金ペーストは、金粉末と有機溶剤とで構成される。以下の説明ではそれぞれの構成について説明する。
【0020】
(1)金粉末
本発明に係る金ペーストの金粉末は、純度(金濃度)99.9質量%以上の金からなり、平均粒径0.1μm以上0.5μm以下の金粉末である。従来技術と同様、本発明の金ペーストも電極や接合材として利用される際に塗布後は焼結体を形成する。そして、金属粉末焼結体を接合材等として利用する際には、更に加圧圧縮され緻密化することが必要となる。金属ペーストの金粉末の純度と平均粒径を限定するのは、これらの金属粉末焼結体の形成・利用を考慮したときに好適な条件を明確にするためである。金粉末の純度を99.9質量%以上とするのは、純度が低い金は硬度が高くなり、焼結体を加圧して緻密化する際の塑性変形が進行し難くなるからである。また、金粉末の平均粒径を0.1μm以上0.5μm以下としたのは、0.5μmを超える粒径の金粉末では、焼結温度が高くなり、低温焼結性という本願金ペーストが前提とする特性が発揮されなくなるからである。また、0.1μmを下限とするのはこの粒径未満の粒径では、ペーストとしたときに凝集しやすくなるからである。
【0021】
尚、金ペースト中の金粉末の純度、平均粒径の測定に関しては、金ペーストを採取して有機溶剤を揮発させて測定可能である。金粉末の純度は、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)による分析の他、エネルギー分散型X線分光分析(EDX)、蛍光X線分析(XRF)等で測定できる。金粉末の平均粒径は、顕微鏡(光学顕微鏡、電子顕微鏡(SEM、TEM)等)により金粉末を観察及び撮影し、その写真・画像中の複数の金粉末をについて粒径を測定し、それらの平均値を平均粒径とすることができる。粒径の測定では、個々の粒子の長径及び短径を測定し、二軸法にて粒径を算出するのが好ましい。また、適宜に画像解析ソフトウェア等の計算機ソフトウェアを使用しても良い。
【0022】
尚、上記のとおり、金粉末は高純度の金からなるが、不可避不純物の含有は許容される。不可避不純物元素は、Na、Al、Fe、Cu、Se、Sn、Ta、Pt、Bi、Pd、S、Ag、Br、Siが挙げられる。不可避不純物元素の合計量は、500ppm以下が好ましく、300ppm以下が更に好ましい。尚、これらの不可避不純物は、金粉末表面に吸着・付着した状態で存在する場合の他、金粉末と反応・合金化した状態で存在し得る。
【0023】
また、上記特許文献2で明らかにされているように、金ペースト中の金粉末は、塩化物イオンの含有量が低減されていることが好ましい。塩化物イオンは、金ペーストの乾燥、焼結を経ても完全にガス化せずに残留するおそれがあり、水分存在下で酸性液体となって電極や接合部を腐食させるおそれがあるからである。金粉末中の塩化物イオンの含有量は、100ppm以下とするのが好ましい。また、特許文献2では、金粉末中の塩化物イオンの低減による弊害として、ペースト化したときの金粉末の凝集が挙げられている。そして、凝集性改善の手法として、金粉末をシアン化物溶液で処理する点が挙げられている。本発明に係る金ペーストの金粉末でもこうした処理は有効である。そのため、金粉末に所定量のシアン化物イオンが含まれている場合がある。この場合のシアン化物イオンの含有量は、10ppm以上1000ppm以下が好ましい。
【0024】
但し、本発明において、金粉末中の塩化物イオンやシアン化物イオンの含有量は、上記範囲外であっても問題はない。本発明のディップコーティングによる金ペーストの塗布特性(塗膜の角立ちや金ペースト表面の荒れ等)は、塩化物イオンやシアン化物イオンの影響を受けることはないからである。塩化物イオン等に限らず金粉末の成分は、金粉末の表面状態に影響を及ぼし得るので、金粉末のHSPに影響を及ぼす可能性がある。その場合でも、金粉末と有機溶剤とのHSPの距離Raを上記範囲にすることで、本発明の目的は達成される。尚、金粉末のHSPの測定に関しては、後述する。
【0025】
金粉末の製造方法については、特に限定されない。好ましくは、従来技術と同様に湿式還元法で製造される。湿式還元法による金粉末の製造では、金の化合物溶液に還元剤を添加することで金を析出させる工程を基礎とする。湿式還元法による金粉末の製造は、金の還元・析出を1回又は複数回行い所定粒径の金粉末を製造できる。好ましくは、金の超微粒子を核粒子として分散させた溶液に、金化合物溶液及び還元剤を供給して核粒子の表面上に金を析出さる工程を1回以上行って粒径を調整する方法が好ましい。尚、湿式還元法で使用される金化合物溶液としては、安価で安定に供給されている塩化金酸溶液が好ましい。また、湿式還元法によって製造された金粉末は、適宜の溶媒で洗浄することが好ましい。
【0026】
(2)有機溶剤
本発明に係る金ペーストは、その塗布特性(塗膜の角立ちや金ペースト表面の荒れ等)の改善のため、(a)金粉末に対するHSPの距離Raが7.0MPa1/2以上であること、(b)回転粘度計により温度25℃でシェアレート4/sで測定される固有粘度値が、1.5mPa・s以上6.5mPa・s以下であること、の2つの要件を具備する有機溶剤を適用することを特徴とする。
【0027】
(a)有機溶剤の金粉末に対するHSPの距離Ra
金粉末に対するハンセン溶解度パラメータの距離Raとは、金粉末のHSPと有機溶剤とのHSPとの間の座標間距離である。HSPが互いに近い、即ち、距離Raの値が小さいということは、相互作用距離が小さくなり金粉末と有機溶剤との親和性が高くなって分散性や濡れ性に影響することとなる。かかるHSPの距離Raは、金粉末のHSP(δdG,δpG,δhG)と、有機溶剤のHSP(δd,δp,δh)とに基づき下記式1から算出できる。
【0028】
【数1】
【0029】
HSPに関する計算のための分散項δd、極性項δp、水素結合項δhの各成分の数値や計算方法に関しては、例えば、「INDUSTRIAL SOLVENTSHANDBOOK」(pp.35-68、Marcel Dekker, Inc.、1996年発行)や、「HANSEN SOLUBILITY PARAMETERS:A USER‘S HANDBOOK」(pp.1-41、CRC Press、1999年発行)「DIRECTORYOF SOLVENTS」(pp.22-29、Blackie Academic & Professional、1996年発行)等に記載されている。また、HSPの各成分の算出方法としては、VKH法やS&P法等の原子団寄与による計算によることもできる。そして、一般的に簡易な検討方法としては、ソフトウェアにて計算されデータベース化された値を用いることが多い。そのようなソフトウェアとして、計算ソフト「Hansen
Solubility
Parameters
in Practice(HSPiP) Version4.1.03」(Steven Abbott,Charles M. Hansen,Hiroshi Yamamoto著)に含まれるデータベースの値を用いることができる。
【0030】
一方、金粉末のような固体粒子は、上記したデータベース等にHSPの参照値がないことが多い。金粒子等の固体粒子のHSPについては、Hansen法に基づく目視観察法・界面沈降速度法・動的光散乱法の他、インバースガスクロマトグラフィー法(IGC法)等による測定方法が知られている。Hansen法に基づく測定方法では、HSP値が既知の溶剤を複数使用し、それらに対する固体粒子の挙動を参照しつつHSPを求める。例えば、目視観察法では、HSP値が既知の複数の溶剤に対象となる固体粒子を分散させたときの分散性・親和性を目視に基づきスコア(点数)付けし、一定のスコア以上の溶剤のHSP値に基づき固体粒子のHSP値を推定する。動的光散乱法は、複数の溶剤に粒子を分散させ、粒子径を測定する。このとき、溶剤と粒子との親和性の大小によって溶剤中の粒子の分散・凝集の程度が異なり、各溶剤中での粒子径の測定値は異なる。この粒子径の大小で溶剤と粒子との親和性を評価する。そして、これらのHansen法による測定方法では、対象となる固体粒子と親和性が高いと評価された溶剤のHSP(δd、δp、δh)を座標空間にプロットして、前記のスコアや親和性が基準値(閾値)を具備する溶剤のHSPを包含し得る最小球(ハンセン球)を求める。そして、その最小球(ハンセン球)の中心座標を当該粒子のHSP(δd、δp、δh)とする。また、IGC法は、カラムに固体粒子を充填し、HSP値が既知のプローブ分子をカラムに流して固体粒子への吸着性を評価する方法である。具体的手法としては、プローブ分子としてジグロロメタン、トルエン、クロロホルムなどを用いて、各プローブ分子に対する保持容量を測定し固体粒子のHSP値を算出する。
【0031】
そして、本発明で適用する有機溶剤は、上記のHSPの距離Raが7.0MPa1/2以上の有機溶剤である。Raが7.0MPa1/2未満の有機溶剤は、金粒子との親和性が高過ぎて金ぺーストが弾性体に近似された挙動を示す。そのため、塗布された金ペーストの形状制御が困難となる上、ディップ漕中の金ペースト表面も荒れる傾向を示す。
【0032】
本発明で適用する有機溶剤のHSPの距離Raの上限については、特に制限することはないが20MPa1/2以下とすることが好ましい。HSPの距離Raが過度に大きい有機溶剤は、金粉末との親和性が乏しくなり、保管や使用過程での分離のおそれがある。また、本発明者等による検討過程からHSPの距離Raが20MPa1/2を超える有機溶剤は、構成元素にハロゲン(フッ素等)を含むものや、沸点が低過ぎるものがあり、本発明の用途との関係から好ましくないものが多くなる。本発明者等による検討の範囲においては、HSPの距離Raの上限としては18.3MPa1/2以下がより好ましく、この範囲内であれば金ペーストの分離も生じ難く、好適な塗布特性を発揮し得る。
【0033】
(b)有機溶剤の固有粘度値
本発明で適用される有機溶剤は、回転粘度計により温度25℃でシェアレート4/sで測定される固有粘度値が所定範囲内にあることも要求される。特に、固有粘度値が過度に高い有機溶剤を適用すると、金ペースト塗布の際の角立ち等の塗布特性に影響を及ぼし得る。一方、固有粘度値が小さすぎる有機溶剤では、金粉末と有機溶剤との分離が生じるおそれがある。本発明者等の検討では、固有粘度値1.5mPa・s以上6.5mPa・s以下の有機溶剤では、金ペーストの分離を生じさせることなく好適な塗布特性を得ることができることを確認しており、この点から固有粘度値の範囲を設定した。
【0034】
本発明における有機溶剤の固有粘度値の好適範囲は、当該有機溶剤についての実測値に基づく。有機溶剤の固有粘度値は、回転粘度計により温度25℃でシェアレート4/sで測定される。このとき、複数回(3回以上が好ましい)の測定を行い、その平均値を当該有機溶剤の固有粘度とすることが好ましい。
【0035】
(c)有機溶剤のその他の構成と具体例
また、本発明で適用する有機溶剤は、その沸点が140℃以上360℃以下の有機溶剤が好ましい。沸点が140℃未満の有機溶剤は、蒸発速度が速く、常温でのディップコーティングでの取り扱い性が好適ではない。また、ディップコーティング後の金ペーストの乾燥工程を考慮すると、有機溶剤の沸点は140℃以上とすることが好ましい。一方、沸点が360℃を超える有機溶剤は、塗布後の金ペーストを乾燥及び焼成した後でも形成された電極・接合部に残留するおそれがある。
【0036】
更に、有機溶剤の化学構造的な側面で好適範囲を検討すると、本発明で適用される有機溶剤は、構造式の末端に水酸基を含まない有機溶剤が好ましい。構造中に水酸基を含む有機溶剤(1級アルコール)は、金粉末との触媒反応により構造変化が生じることがある。安定したペーストの塗布を考慮すると、水酸基のない有機溶剤が好ましい。また、上述した沸点の好適範囲を考慮すると、有機溶剤の炭素数が5以上20以下の有機溶剤が好ましい。
【0037】
本発明で適用される有機溶剤についての上記説明に基づき、好ましい有機溶剤の具体的な例としては、ビス(2-ブトキシエチル)エーテル(DGDE)、ドデシルベンゼン、酢酸2-エチルヘキシル、ペンタデカン等が挙げられる。
【0038】
尚、本発明で適用される有機溶剤は、1種類の有機溶剤で構成される単一溶剤が好ましいが、複数の有機溶剤を混合した混合溶剤でも良い。混合溶剤であっても、上記HSPの条件を具備すればよく、固有粘度値等もそれらの好適条件を具備していることが好ましい。尚、混合溶剤のHSPについては、混合する有機溶剤のHSPをその体積比により算出することができる。例えば、2種の有機溶剤(溶剤Aと溶剤B)を混合した混合溶剤のHSP(δd,δp,δh)は、溶剤AのHSP(δd,δp,δh)及び溶剤BのHSP(δd,δp,δh)と、溶剤A及び溶剤Bの混合比(体積比:a、b(a+b=1))により下記式2から算出できる。
【0039】
【数2】
【0040】
また、本発明に係る金ペーストに関して使用されている有機溶剤の特定(分析)については、カラムクロマトグラフィー(GC)、カラムクロマトグラフィー-質量分析(GC-MS)、フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)、示差熱天秤-質量分析(TG-DTA)、核磁気共鳴分析(NMR)等の公知の分析方法のいずれか、或いはそれらの組み合わせにより有機溶剤の種類・構造を把握できる。そして、特定された有機溶剤について、上記した方法でHSPの算出や固有粘度値の測定が可能となる。
【0041】
(3)本発明に係る金ペーストの製造方法とその他の構成
以上説明した本発明に係る金ペーストは、上述した金粉末を有機溶剤に分散させることで構成される。本発明に係る金ペーストの製造方法については、上述した金粉末と有機溶剤とを混合することで製造可能である。金粉末と有機溶剤との混合は、室温下で行うことができる。また、下記の添加剤を添加する場合には、金粉末と有機溶剤と同時又は金粉末と有機溶剤とを混合した後に添加すれば良い。
【0042】
金ペースト中における金粉末の含有率(含有量)は、金ペーストの全体質量基準で85質量%以上97質量%以下とするのが好ましい。85質量%を下回ると、金粉末が沈降して溶剤と分離し易くなる傾向がある。また、金含有率が低い金ペーストによると、被コーティング部材への金粉末の塗布量も少なくなるので、複数回のディッピングと乾燥工程が必要となり生産性が低下する。一方、含有率が97質量%を超えると金粉末の凝集が生じるおそれがあり、ディップ時に被コーティング部材に均一な金粉末を塗布することが困難となる。また、金粉末の含有率が97質量%を超えると、HSP及び固有粘度値が適正な有機溶剤を使用しても金ペーストの塗布面の荒れ等が生じる傾向がある。金ペーストの金粉末の含有率としては95質量%以上96質量%がより好ましい。
【0043】
また、本発明に係る金ペーストは、基本的構成として金粉末と有機溶剤の2つの構成要素からなるが、適宜に添加剤を含んでいても良い。添加剤としては、アクリル系樹脂、セルロース系樹脂、アルキッド樹脂から選択される一種以上を含有することがある。これらの樹脂等を更に加えるとペースト中の金粉末の凝集・分離が防止されてより均質な塗膜が形成できる。尚、アクリル系樹脂としては、メタクリル酸メチル重合体を、セルロース系樹脂としては、エチルセルロースを、アルキッド樹脂としては、無水フタル酸樹脂を、それぞれ挙げることができる。そして、これらの中でも特にエチルセルロースが好ましい。
【0044】
尚、本発明に係る金ペースト全体の粘度については特に制限はない。金ペーストの粘度は、上記した有機溶剤の固有粘度だけでなく金ペースト中の金粉末の含有率によって調整される。金ペーストの粘度は、本発明の課題である塗布特性・塗膜の形態安定性に対して直接的に影響を及ぼすことはない。金ペーストの粘度が低くても、有機溶剤の固有粘度が上記範囲を超える場合には、角立ち等が発生することがある。また、有機溶剤の固有粘度が適切であれば、比較的粘度の高い金ペーストであっても良好な塗布特性を得ることができる。尚、上記有機溶剤を適用しつつ金粉末を好適な含有率で分散させたとき、金ペーストの粘度は、回転粘度計により温度25℃でシェアレート0.4/sで測定したときの粘度値が3000Pa・s以下となる傾向があり、この範囲が好ましい。
【0045】
(B)本発明に係るディップコーティング方法
次に、本発明に係る金ペーストを用いたディップコーティング法による金ペーストの塗布方法について説明する。本発明に係る金ペーストの塗布においては、基本的に従来のディップコーティング法に従うことができる。即ち、ディップ槽に貯留された金ペーストに、被コーティング部材の少なくとも一部を浸漬した後に引き上げて、前記被コーティング部材に前記金ペーストを塗布する。よって、ディップ槽に供給・貯留させる金ペーストが本発明に係る金ペーストである点を除けば、従来法と同様である。ディップコーティングによる金ペースト等のペースト塗布には、各種のディップコーティング装置が市販されており、それらを制限なく使用できる。
【0046】
本発明において、金ペーストを塗布する被コーティング部材の材質・形状・寸法に制限はない。被コーティング部材の材質としては、電気・電子機器・半導体デバイス・素子等に用いられる金属材料、半導体材料、セラミック材料の他、樹脂・プラスチック等の有機材料にも本発明は適用される。また、前記用途におけるワイヤ状・チップ状の部材や基板等の板状の部材等の形状・寸法も問わない。更に、1回の塗布操作(ディッピング、引き上げ)で操作する被コーティング部材の数にも制限はない。ディップコーティングは、複数の被コーティング部材に均一な塗膜を形成できる効率性がメリットの一つである。
【0047】
ディップコーティング法による金ペースト塗布において、塗布された塗膜の角立ちやディップ槽中の金ペーストの表面荒れの発生頻度は、ディッピング後の引き上げ速度に依存する傾向がある。引き上げ速度が過度に高いと角立ち等が生じ易くなるが、引き上げ速度を低くすると作業時間の増大や被コーティング部材への金ペーストの付着量の低下による生産性が低下する。本発明においては、引き上げ速度は1mm/s以上50mm/s以下とすることが好ましい。
【0048】
被コーティング部材の引き上げにより、適量の金ペーストが被コーティング部材に付着しディップコーティングは完了する。その後は必要に応じて乾燥処理を行うことができる。乾燥処理は、塗布された金ペーストから有機溶剤を揮発・除去するために行う。
【0049】
本発明に係る金ペーストは、バンプ・電極・配線の素材として用途の他、電子・半導体の素子・部材の接合材としての用途にも供することができる。金ペーストをこれらの用途に供する際には、上記した塗布状態又は乾燥処理後の乾燥状態でも良いが、金属粉末を焼結して緻密な金属粉末焼結体とすることもできる。金ペーストから得られる金属粉末焼結体は、金の薄膜・バルク材料に近い緻密性を有する。また、本発明に係る金ペーストは、高純度の金粉末からなり、ペースト中に汚染の要因となる樹脂等の不純物を含まないので、その焼結体は電極等の導電材料として有用である。また、金の粉末焼結体は、接合材としても作用し、加熱・加圧することで更なる緻密化を示し、その過程で被接合材料と密着性良く結合する。
【0050】
金ペーストを被コーティング部材に塗布した後に金属粉末焼結体とするときの焼結工程における加熱温度は、200℃以上400℃以下とするのが好ましい。200℃未満では金属粒子同士の点接触・結合が弱くなるからであり、400℃を超える温度とすると、金属粒子同士の結合が過度に進行し金粉末間のネッキングが生じて強固に結合し、硬すぎる状態となるからである。また、400℃を超える加熱は、熱影響による半導体素子等の性能低下のおそれがある。焼結工程における加熱時間は、10分間以上120分間以下とするのが好ましい。尚、焼結工程における雰囲気は、大気中でも良いが、真空雰囲気や不活性ガス雰囲気でも良い。また、この焼結工程は、無加圧で行う。
【発明の効果】
【0051】
以上説明したように、本発明に係る金ペーストは、ディップコーティング法による塗布に好適化されており、被コーティング部材を引き上げ後の塗膜の角立ち等の形状不良の抑制やディップ槽中の金ペーストの荒れの低減を図ることができる。また、この金ペーストは、ディップ槽中で金粉末を分離させることなく安定性も良好となっている。これらの効果は、好適な金粉末を基準としたHSP距離Ra及び固有粘度値が好適範囲にある有機溶剤の選定により発揮される。そして、本発明に係る金ペーストは、低温での焼結性が良好であり、電極、接合、封止の各種用途に有用な金属粉末焼結体を形成することできる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
図1】本実施形態における金ペーストの角立ちの評価方法を説明するための図。
図2】本実施形態における金ペーストの表面荒れの評価方法を説明するための図。
図3】本実施形態のディップコーティングにおける塗布特性の評価試験の結果の例を示す塗布後のサンプル(実施例1、比較例4、比較例2)の写真。
【発明を実施するための形態】
【0053】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。本実施形態では、湿式還元法で製造された金粉末と、各種の有機溶剤とを混合して金ペーストを製造した。そして、ディップコーティング法による金ペーストの塗布を行い、塗膜形状(角立ちの有無)を評価し、更に接合材としての有用性の確認を行った。
【0054】
[金粉末の準備]
上述した本願出願人による従来技術(特許文献2)の製造方法に従って金粉末を作製した。金化合物の溶液として塩化金酸溶液を用意し、ここに還元剤として塩化ヒドロキシルアンモニウムを添加して攪拌した。更に、塩化金酸溶液を加えて溶液を80℃で1時間攪拌して紫色透明の金コロイド溶液を得た。そして、この金コロイド溶液に塩化金酸溶液及び塩化ヒドロキシルアンモニウムを加え、80℃で0.5時間攪拌して粒径を調整した。反応後、金粉末を濾別し、イソプロピルアルコールとシアン化物溶液で洗浄して金粉末を得た。この金粉末は、純度99.99質量%であり、平均粒径0.3μmであった。
【0055】
上記で作製した金粉末についてHansen法に基づく目視観察法により以下の手順でHSPを測定した。
・凍結乾燥した金粉末を容器に分取し、HSP値が既知の数十種類の溶剤(アセトン、エタノール等)を各容器に1種ずつ添加する。
・超音波水槽内にて60秒間処理した後、手振とうにより金粉と溶剤とを混和する。
・容器を静置後10分間及び16時間経過させた後、溶剤中の金粉末の分散の程度を目視観察しスコア(1(分散性:良)~5(分散性:悪)の5段階評価)を付ける。
・スコアが3以上を溶剤が分散良好なものとし、それらの溶剤のHSP値を参照してハンセン球を作成し、金粉末のHSP値を求める。
【0056】
以上の測定方法により、本実施形態の金粉末のHSP(δd、δp、δh)は、δd=16.5MPa1/2、δp=12.7MPa1/2、δh=13.1MPa1/2と測定された。
【0057】
[金ペーストの製造]
本実施形態では、下記表1の7種の有機溶剤を用いて金ペーストを製造した。これらの有機溶剤については、表計算ソフト「Hansen Solubility Parameters in Practice(HSPiP) Version4.1.03」のデータベースからHSP(δd、δp、δh)を参照し、上記した金粉末のHSP(δd、δp、δh)に基づき距離Raを計算している。また、各有機溶剤については、回転粘度計(TA
Instuments社製、DHR-2、ジオメトリー: ステンレス製φ20mmパラレルプレート、ギャップ0.5mm)を用い、測定温度25℃、シェアレート0.4/s(60秒間保持)の条件で固有粘度値を測定した。
【0058】
【表1】
【0059】
金ペーストは、上記金粉末と、表1の有機溶剤とを混合して製造した。このとき、金ペースト中の金粉末の含有率を90質量%~97質量%の間で設定した。有機溶媒S-1、S-2については、金粉末の含有率の異なる複数種の金ペーストを製造した。そして、製造した金ペーストについては、回転粘度計によりシェアレート0.4/s、ギャップ0.05mmとした点を除き、上記と同じ条件で粘度値を測定した。
【0060】
製造した金ペーストについて、ディップコーティングによる塗布特性を評価するための試験を行った。ディップコーティング装置としてナノディップコーター(SDI社製 ND-0407-S5)を用い、被コーティング部材として、予め先端付近にAuのディップコーティング膜を形成した線径0.2~0.3mmのジュメット線を用いた。評価試験では、ディップコーティング装置のディップ槽に金スラリーを貯留し(φ5mm×高さ2.5mm:0.05mL)、この金ペーストに被コーティング部材を2.5mm挿入し、直ぐに設定された引き上げ速度で引き上げた。引き上げ速度は、0.1~50mm/sの間で設定した。金ペーストの塗布後、電気炉中で160℃×20分間加熱して乾燥した後、400℃×20分間焼成して焼結処理した。
【0061】
そして、被コーティング部材であるジュメット線材の金ペーストの塗布領域及び下端部をデジタルマイクロスコープ(キーエンス社製、VHX-950F)で、倍率100倍で観察した。また、上記塗布工程での引き上げ直後のディップ槽の金ペースト表面もデジタルマイクロスコープを観察している。これらの観察結果に基づき、角立ちの有無、付着量と、ペースト表面の荒れを評価した。各評価項目の評価方法及び評価基準は下記の様にした。
【0062】
・角立ち評価
図1のようにして、得られた観察像を用いて、ペーストが付着した状態の線材先端を点Cとする。点Cから、線材と平行し且つ引き上げ方向に100μm移動した点を通過する線材を基準とした垂基線を引く。この垂基線とペーストが付着した外周部の交点を点A、点Bとして、各点を結んだ三角形に対して角度θを計測する。θが90°以上を優良「◎」、90°未満80°以上を良「〇」、80°未満を不良「×」と判定した。
・付着量の評価
得られた観察像を用いて、線材にペーストが付着した面積率を目視により算出した。90%以上を優良「◎」、90%未満80%以上を良「〇」、80%未満を不良「×」と判定した。
・ペースト表面の荒れ評価
デジタルマイクロスコープの深度合成機能を用いて、ディップ槽の金ペースト表面の凹凸の形状データを取得する(図2(a))。そして、凹凸の中心(ディップされた部分)を通過するようにプロファイル線を引いた(図2(b))。このプロファイル線について、ディップされた部分以外を基準点にし、基準点に対して凹部なる部分について最低部までの長さを測定し、基準点に対して凸部となる部分について最高部までの長さを計測した(このとき、凹部は負の値、凸部は正の値として計測される)。測定された長さの絶対値の最大値を記録し、この最大長さが100μm未満を優良「◎」、100μm以上500μm未満を良「〇」、500μm以上を不良「×」と判定した。
【0063】
本実施形態で行ったディップコーティングによる塗布特性の評価結果を表2に示す。また、この評価試験の結果の例を図3に示す。図3では、角立ち等のない良好な結果を示した実施例1、角立ちが生じた比較例4、付着量において不良となった比較例2の結果を示す。
【0064】
【表2】
【0065】
本実施形態の評価試験の結果から、適用する有機溶剤について、金粉末とのHSP距離Raと固有粘度の双方を好適化することで、金ペーストの塗布特性・形態安定性を確保することができることが分かる。この要件を具備する実施例1~実施例9の金ペーストは、ディッピングの際の角立ち・付着量・ディップ槽内のペースト表面荒れの判定について、いずれも「良」(〇)以上の評価であった。各実施例に対し、比較例1、2は、有機溶剤のHSP距離Raが7.0未満であり、付着量やペースト表面荒れにおいて好ましくない結果となった。また、比較例3、4は、有機溶剤の固有粘度値が高過ぎて角立ちが生じ易い傾向にあった。
【0066】
尚、有機溶剤が同じ実施例1~3、実施例4~6を参照すると、金ペーストの粘度は金粉末の含有率の影響も大きく受ける傾向がある。また、有機溶剤の固有粘度値と金ペーストの粘度とは比例関係にはない。そして、本実施形態の結果から、金ペースト全体の粘度が塗布特性に及ぼす影響は少ないと考えられる。各実施例と比較例2とを対比すると、金ペーストの粘度はある程度は低い方が好ましい傾向に見受けられるが、比較例2~4を参照すると必ずしもそうは言い難いからである。上記のとおり、金ペーストへのディッピング時の塗布特性は、有機溶剤のHSPと固有粘度の好適化を優先すべきである。
【0067】
次に、実施例1~3、4、5、7の金ペーストについての接合強度試験を行った。この接合試験では、予め300nmの金膜が成膜されたSiチップ(面積9mm)の表面中央付近に金ペーストを塗布し(塗布面積約1mm)、更にその上に、前記と同じ金膜が成膜されたSiチップ(面積1mm)を載置してサンプルを作製した(Siチップ/金ペースト/Siチップの積層構造となる)。尚、金ペーストは塗布後、直ぐにSiチップに載置し、この段階での乾燥・焼結はしていない。その後、作製したサンプルを加熱して金ペーストを焼結・接合させて接合体とした。この加熱処理は、加熱工具からの伝熱により230℃となるようにし、加熱時間は30分間とした。
【0068】
そして、作製した接合体についてのせん断試験を行った。せん断試験は、接合体の横方向から一定速度でブレードを上側のチップ(面積1mm)に当接し進行させて、破断(チップの剥離)が生じたときの破断応力(N)を測定した。この応力値と破断後の接合部面積(1mm)とから、単位面積あたりの接合強度(MPa)算出した。この試験はサンプル数5として複数回行い、それらの破断応力、接合強度の平均値を算出した。この結果を表3に示す。尚、このせん断試験では、電子部品の接合における接合強度を想定し、合格基準として15MPa以上を設定している。
【0069】
【表3】
【0070】
表3から、各実施例の金ペーストにより形成された接合部は、電子部品の接合部として好適な接合強度を有する。従って、本発明に係る金ペーストは、ディップコーティングの際には好適な形状の塗膜を形成することができ、塗布後は接合材として好適な機能を有するといえる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明に係る金ペーストは、金粉末に対して適正なHSP距離Raを有し、更に好適な固有粘度値の有機溶剤を選定することで、ディップコーティング法による塗布に好適化されている。本発明によれば、ディップコーティング法による金ペースト塗布における塗膜の形状不良(角立ち等)やディップ槽内の金ペーストの荒れを低減しながらのペースト塗布作業が可能となる。本発明に係る金ペーストは、低温プロセスにも対応可能であり、電子部品、半導体デバイス、パワーデバイス、MEMS等の各種用途における接合、電極・配線形成、封止等の用途に有効である。
図1
図2
図3