(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023110174
(43)【公開日】2023-08-09
(54)【発明の名称】高温ガス浸炭下での浸炭性に優れる機械構造用鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230802BHJP
C22C 38/18 20060101ALI20230802BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20230802BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20230802BHJP
C23C 8/22 20060101ALI20230802BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/18
C22C38/54
C21D1/06 A
C23C8/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022011446
(22)【出願日】2022-01-28
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】大西 真也
(72)【発明者】
【氏名】常陰 典正
【テーマコード(参考)】
4K028
【Fターム(参考)】
4K028AA01
4K028AB01
4K028AC08
(57)【要約】
【課題】 Crを多く含む鋼を高温ガス浸炭する場合において、浸炭阻害の発生を抑制することができる、浸炭性に優れる高Crの機械構造用鋼の提供。
【解決手段】 950℃以上で高温ガス浸炭された状態であって、鋼の母材表面のOが5質量%以上含まれるスケール領域内における成分特性が(Cr+3Mn)/Fe<2.2を満足し、かつスケール領域をスケールの断面方向に観察したときにスピネル型の結晶構造の面積率が20%以下であり、母材として少なくともCrが1.60~5.00質量%とMnとが含有されている、浸炭性に優れた機械構造用鋼。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
950℃以上で高温ガス浸炭された状態であって、鋼の母材表面のOが5質量%以上含まれるスケール領域内における成分特性が(Cr+3Mn)/Fe<2.2を満足し、かつスケール領域をスケールの断面方向に観察したときにスピネル型の結晶構造の面積率が20%以下であり、母材として少なくともCrが1.60~5.00質量%とMnとが含有されている、浸炭性に優れた機械構造用鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.10~0.60%、Si:0.20~0.80%、Mn:0.20~0.60%、P:≦0.030%、S:≦0.030%、Cr:1.60~5.00%、Al:0.003~0.050%、N:0.005~0.020%、残部がFeおよび不可避不純物からなり、浸炭されたときに部品の表面硬さが700Hv以上で表面から500μm深さまでの炭素量が0.50~1.00%という優れた浸炭性が得られること、を特徴とする機械構造用鋼。
【請求項3】
請求項2に記載の化学成分にさらに選択的付加成分として、質量%で、Nb:0.02~0.10%、Ni:5.00%以下、Mo:1.00%以下、Ti:0.20%以下、B:0.010~0.050%のうち、少なくとも1種類を含有しており、残部がFeおよび不可避不純物からなり、浸炭されたときに部品の表面硬さが700Hv以上で表面から500μm深さまでの炭素量が0.50~1.00%という優れた浸炭性が得られること、を特徴とする機械構造用鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械構造用鋼に関し、特に部品製造時のCO2排出量削減の観点から、従来よりも熱処理時間を短縮するために高温でガス浸炭したとしても、安定な浸炭層が得られる高Crの機械構造用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、CO2排出量削減への要求が益々強くなっており、自動車等最終製品から排出されるCO2だけでなく、部品製造中に排出されるCO2の削減も望まれている。
【0003】
ところで、自動車等に使用されるパワートレイン部品(ギヤ、シャフト)には高い疲労強度・耐摩耗性が必要とされるため、日本産業規格(JIS)に規定される機械構造用鋼として代表的なSCM420やSCR420等が用いられてきた。もっとも、機械構造用部品としてこれらの鋼の特性を発揮させるためには、長時間をかけて浸炭焼入れと呼ばれる表面硬化処理を施すことが必要となることから、浸炭時にCO2が大量に排出される。そこで、浸炭時間を短縮する手段として、これまでに以下のような方策が提案されている。
【0004】
その1つとして、C:0.1~0.3質量%、Si:0.05~1.0質量%、Mn:0.3~2.0質量%、P:0.03質量%以下、S:0.03質量%以下、Cr:0.3~1.5質量%、Al:0.02~0.05質量%、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、フェライト面積率が40%以上であり、フェライトで区切られたパーライト単位を個別パーライトと定義したとき、下記式(I)を満たす個別パーライトの面積を合計して求めた面積率が30%以上であり、かつ、個別パーライトの円相当径が250μm未満である、高温ガス浸炭用鋼が提案されている。
なお、式(I):S1≧(3×108)/V1
2。ここでS1は各個別パーライトの面積(μm2)。V1は3×(Al含有率(ppm)×N含有率(ppm)-3000)1/2とする。
この提案は、1000℃もしくは1050℃で浸炭することを前提とする結晶粒粗大化に対する方策である(特許文献1参照)。
【0005】
次に、質量%で、C:0.10~0.30%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.30~2.00%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.30~1.50%、Mo:0.50%以下、Al:0.016~0.060%、N:0.0085~0.030%、を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、フェライト及びパーライト組織であり、質量%でN含有量をXN、Al含有量をXAlとした場合に下記式(1)を満たし、かつ前記パーライト1個当たりの面積をSpμm2/個、1000℃におけるAlNの平衡析出量をWp質量%とした場合に下記式(2)を満たすことを特徴とする結晶粒粗大化防止特性に優れた高温ガス浸炭部品用素材が提案されている。なお、式(1)は(XN-8.5×10-3)(XXAl-1.6×10-2)≧5.2×10-5で、式(2)はSp×Wp≧4である。
この提案は、段落[0024]にあるように、1000℃で浸炭することを前提とする結晶粒粗大化に対する方策である。(特許文献2参照)。
【0006】
また、質量%で、C:0.10~0.30%、Nb:0.030~0.060%、Ti:0.0010~0.0030%、V:0.005~0.015%、Al:0.060%以下及びN:0.0185~0.0300%を含有し、浸炭処理前の鋼材中における炭窒化物及び窒化物について、Ti及びVのうちの1種以上とNbの複合炭窒化物の析出量の合計が質量%で0.010~0.040%、且つAlNの析出量が質量%で0.015%以下を満たすとともに、直径20nmを超えて80nm以下のTi及びVのうちの1種以上とNbの複合炭窒化物の個数が合計で、500個/1000μm2以上であり、且つマトリックスの組織が、フェライト・パーライト組織又はベイナイトの割合が15%以下のフェライト・パーライト・ベイナイト組織であることを特徴とする高温ガス浸炭用鋼材が提案されている。
この提案は、段落[0137]にあるように、960~1100℃で浸炭することを前提とする結晶粒粗大化抑止と被削性に対する方策である(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2018-090883号公報
【特許文献2】特開2016-199784号公報
【特許文献3】特開2008-189989号公報
【特許文献4】特開2016-194156号公報
【特許文献5】特開2003-231943号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
通常は900℃から930℃で浸炭されるところ、上記の提案では、通常よりも高温での浸炭を可能とすることで、炭素の鋼材内部への拡散を促進して、浸炭時間を短縮することを志向している
【0009】
これら提案は高温浸炭による結晶粒粗大化の抑止に対応しようとするものであるが、鋼の浸炭性についての言及はない。しかし、高温浸炭に伴う浸炭阻害を考慮しなければ実用性が得られないことがある。すなわち、機械構造用鋼に高温ガス浸炭を適用しようにも、一般的な機械構造用鋼では、通常得られるべき硬さが得られなくなる現象が生じることがある。高温での浸炭はCr酸化物の成長を促進してしまうことから、鋼の表面をCr酸化物が緻密に覆うこととなる。するとCr酸化物に覆われることによって浸炭ガスと母材との接触が阻害されることとなって、鋼内部への炭素の侵入が進まなくなることから、一見すると高温にすれば浸炭時間が短縮できそうであっても、高温での浸炭ではかえって浸炭阻害が生じやすいこととなる。
【0010】
浸炭阻害に対応するために鋼のCr量を低減してしまえば、Cr酸化物の生成量を低減させることとなるであろうから、浸炭阻害を回避できると思われる。
【0011】
もっとも、機械構造用鋼を用いた部品の使用環境は過酷化しているので、Cr量を低減するのではなく、むしろJIS鋼以上にCrの含有量を高めた鋼の需要も高まりつつある。例えば、特許文献4、5では、摩擦熱などで部品が焼戻されて軟らかくなってしまうことへの対策として、焼き戻し軟化抵抗性を高めるべく、JIS鋼よりも多くのCrが加えられている。
【0012】
すると、高Crを含有する機械構造用鋼を用いた部品製造時のCO2排出量を削減するためには、高温ガス浸炭を適用することで浸炭時間を短縮しつつも、同時に母材と浸炭ガスの接触を阻害する酸化物の形成を抑制しなければならない。
【0013】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、JIS鋼に比してCrを多く含む鋼を高温ガス浸炭する場合において、浸炭阻害の発生を抑制することができる、浸炭性に優れる高Crの機械構造用鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討の結果、Cr酸化物の形成以外にも、Mnの酸化物形成も同様に浸炭特性に悪影響を与えること、Mn酸化物による浸炭阻害の作用はCr酸化物のそれよりも高いこと、浸炭性に悪影響を与えるMn酸化物のスケールの結晶構造はスピネル型であること、他方でFe酸化物は鋼の浸炭性に影響を与えないことを新たに突き止めた。
【0015】
そこで、本発明は、高Cr鋼を高温ガス浸炭した際に形成するスケールの化学成分としてCr、Mn、Feの割合ならびにその結晶構造を規定することで、Cr酸化物がある程度生じたとしても浸炭阻害を回避可能とする技術である。本発明の技術を用いることによって、浸炭時間の短縮化ひいてはCO2排出量の削減を実現する場合にも、浸炭後の表面硬さに優れ、表面炭素量が均質な浸炭性に優れる、高Crの機械構造用鋼を提供することができる。
【0016】
そこで、本発明の課題を解決するための第1の手段は、950℃以上で高温ガス浸炭された状態であって、鋼の母材表面のOが5質量%以上含まれるスケール領域内における成分特性が(Cr+3Mn)/Fe<2.2を満足し、かつスケール領域をスケールの断面方向に観察したときに(すなわち、表面から深さ方向にカットした断面を観察したとき。)スピネル型の結晶構造の面積率が20%以下であり、母材として少なくともCrが1.60~5.00質量%とMnとが含有されている、浸炭性に優れた機械構造用鋼である。
【0017】
上記手段のMnは、母材中にMn:0.20~0.60%含有されていることが好ましい。
【0018】
そして、少なくともCrが1.60~5.00質量%とMnとが含有されている機械構造用鋼が950℃以上の高温でガス浸炭された状態であって、浸炭後の母材表面のOが5質量%以上含まれるスケール領域内における成分特性が(Cr+3Mn)/Fe<2.2を満足しており、かつスケール領域をスケールの断面方向(深さ方向)に観察したときにスピネル型の結晶構造の面積率が20%以下であることを特徴とする、浸炭性に優れた機械構造用部品である。
【0019】
すなわち、本発明に用いる鋼は、950℃以上で高温ガス浸炭をしたときに、浸炭後の母材表面のOが5質量%以上含まれるスケール領域内における成分特性が(Cr+3Mn)/Fe<2.2を満足し、かつスケール領域をスケールの断面方向(深さ方向)に観察したときにスピネル型の結晶構造の面積率が20%以下となる、少なくともCrが1.60~5.00質量%とMnとが含有されている高温ガス浸炭下での浸炭性に優れる機械構造用鋼である。
【0020】
本発明はあくまでも機械構造用鋼に形成するスケールの形態を規定することに主眼を置くものであって、CrとMn以外の鋼の化学成分を規定することは必ずしも本意ではないが、具体的には、たとえば、本発明に用いる機械的構造用鋼は、質量%で、質量%で、C:0.10~0.60%、Si:0.20~0.80%、Mn:0.20~0.60%、P:≦0.030%、S:≦0.030%、Cr:1.60~5.00%、Al:0.003~0.050%、N:0.005~0.020%、残部がFeおよび不可避不純物からなり、950℃以上で高温ガス浸炭をしたときに、浸炭後の母材表面のOが5質量%以上含まれるスケール領域内における成分特性が(Cr+3Mn)/Fe<2.2を満足し、かつスケール領域をスケールの断面方向(深さ方向)に観察したときにスピネル型の結晶構造の面積率が20%以下となる、高温ガス浸炭下での浸炭性に優れる機械構造用鋼である。
【0021】
また、質量%で、C:0.10~0.60%、Si:0.20~0.80%、Mn:0.20~0.60%、P:≦0.030%、S:≦0.030%、Cr:1.60~5.00%、Al:0.003~0.050%、N:0.005~0.020%に加えて、さらに選択的付加成分として、Nb:0.02~0.10%、Ni:5.00%以下、Mo:1.00%以下、Ti:0.20%以下、B:0.010~0.050%のうち少なくとも1種類を含有しており、残部がFeおよび不可避不純物からなり、950℃以上で高温ガス浸炭をしたときに、浸炭後の母材表面のOが5質量%以上含まれるスケール領域内における成分特性が(Cr+3Mn)/Fe<2.2を満足し、かつスケール領域をスケールの断面方向(深さ方向)に観察したときにスピネル型の結晶構造の面積率が20%以下となる、高温ガス浸炭下での浸炭性に優れる機械構造用鋼である。
【0022】
その第2の手段は、質量%で、C:0.10~0.60%、Si:0.20~0.80%、Mn:0.20~0.60%、P:≦0.030%、S:≦0.030%、Cr:1.60~5.00%、Al:0.003~0.050%、N:0.005~0.020%、残部がFeおよび不可避不純物からなり、浸炭されたときに部品の表面硬さが700Hv以上で表面から500μm深さまでの炭素量が0.50~1.00%という優れた浸炭性が得られること、を特徴とする機械構造用鋼である。
【0023】
その第3の手段は、
第2の手段に記載の化学成分にさらに選択的付加成分として、質量%で、Nb:0.02~0.10%、Ni:5.00%以下、Mo:1.00%以下、Ti:0.20%以下、B:0.010~0.050%のうち、少なくとも1種類を含有しており、残部がFeおよび不可避不純物からなり、浸炭されたときに部品の表面硬さが700Hv以上で表面から500μm深さまでの炭素量が0.50~1.00%という優れた浸炭性が得られること、を特徴とする機械構造用鋼である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によると、高Crの機械構造用鋼でありながら、スケール成分の割合と結晶構造を規定することで、高温ガス浸炭による浸炭によっても、安定な浸炭層が得られた浸炭部品を得ることができることから、浸炭時間を短縮することでCO2排出量の削減に寄与することができる。また、本発明の鋼が浸炭された部品は、スケール成分が抑制されることで、浸炭後に700Hv以上の優れた表面硬さであって、表面から500μm深さまでの炭素量が0.50~1.00%という適正な炭素濃度分布である部品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】浸炭性の評価に用いる試験片の説明図で、(a)は正面図、(b)は側面図である。
【
図2】浸炭処理条件の一例を示す。縦軸が温度-横軸が時間の工程図であり、上から順に、実施例に用いた浸炭条件1~3の手順が示されている。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の実施の形態に先立って、本発明に用いる機械構造用鋼の成分を規定する理由、スケール内の成分や結晶構造を規定する理由などについて説明する。なお、成分組成の%は質量%である。
【0027】
Cr:1.60~5.00%
Crは、焼き戻しの軟化抵抗性と焼入れ性を向上させる成分であり、1.60%未満では、焼き戻し軟化抵抗性が低下したり焼入れ性が不足してしまう。そこで、本発明は1.60%以上の高Crとしている。他方、5.00%を超えると、浸炭阻害を発生させるスケールを形成しやすくなるので、5.00%以下となる。そこで、本発明の浸炭前の機械構造用鋼のCrは、1.60~5.00%とする。
【0028】
Mn:0.20~0.60%
Mnは焼入れ性に寄与する成分であり、焼入れ性の不足を避けるためには、0.2%以上であることが好ましい。Mnは0.60%を超えると、加工性が低下し、浸炭阻害が発生するスケールが形成されやすくなる。そこで、好ましくはMnは0.20~0.60%とする。
【0029】
酸素(O)が5%以上含まれているスケールの領域内では、スケールの成分が(Cr+3Mn)/Fe<2.2であって、かつ、結晶構造がスピネル型の結晶構造である面積割合がスケール全体の20%以下であること
母材表面のスケールにおける成分と結晶構造を規定するものである。
浸炭阻害を回避するための指標としての意味合いであるから、母材表面のスケールのうち、スケール内の酸素(O)が5%未満の領域ではなく、Oが5%以上のスケールの領域の厚みを対象として規定することとしている。
本発明の機械構造用鋼は、少なくともCrを1.60~5.00%と、Mnと、を含み、残部はFe及び不可避的不純物からなる鋼であるから、浸炭されたとき、スケールの成分としてCr酸化物やMn酸化物が形成される。すなわち、高温での浸炭はCr酸化物の成長を促進することから、高温ガス浸炭をすると、鋼の表面がCr酸化物が緻密に覆われて、浸炭ガスが母材との接触を阻害され、所望の浸炭が進まない浸炭阻害を生じやすくなる。さらに、鋼表面にMn酸化物が形成されると、Cr酸化物よりもさらに浸炭阻害を引き起こしやすい。そして、スケールにおいて浸炭性に悪影響をもたらすMn酸化物の結晶構造はスピネル型である。他方、Fe酸化物は浸炭性に対しての影響がない。
そこで、Oが5%以上含まれているスケールの厚みの領域において、スケールの成分が、(Cr+3Mn)/Fe<2.2であって、スピネル型結晶構造物の面積割合がスケール中で20%以下であれば、CrやMnによる浸炭阻害を回避しうる。他方、スケール内の成分の(Cr+3Mn)/Feの比率が2.2以上であって、スピネル構造物が20%を超えるときは、浸炭阻害が発生する。
【0030】
本発明は、高CrとMnを含有する鋼であって、スケールの形態に寄与しない他の成分については特に限定することを本意とするものではないが、CrとMnのスケールによる浸炭阻害の抑制に鑑みて、さらに次のように成分を規定することができる。
【0031】
C:0.10~0.60%
Cは素材硬さを上昇させる成分である。0.10%を下回ると、浸炭後の芯部硬さが低下することで強度が不足することがある。また、0.60%を超えると、素材硬さの上昇によって、芯部の靭性が低下しやすくなる。そこで、好ましくは、Cは0.10~0.60%とする。
【0032】
Si:0.20~0.80%
Siは、素材硬さを上昇させる成分である。Siが0.20%を下回ると、脱酸材が不足し、焼入れ性が不足する。他方、Siが0.80%を超えると、素材硬さが上昇した結果加工性が低下することとなる。そこで、好ましくは、Si:0.20~0.80%である。
【0033】
Al:0.003~0.050%
Alは脱酸材となる成分であるから、好ましくは0.003%以上とする。他方、Alは多すぎると、粗大な窒化物を形成することとなるので、疲労特性や加工性の低下を招くこととなる。そこで、Alは好ましくは、0.003~0.050%とする。
【0034】
N:0.005~0.020%
Nは微細な窒化物を形成させる成分であるから、好ましくは、0.005%以上とする。他方、Nが過多であると、粗大な炭窒化物が形成されて、疲労特性や加工性の低下を招くこととなる。そこで、Nは好ましくは0.005~0.020%とする。
【0035】
P:≦0.030%
Pは不可避的不純物である。多すぎると、粒界偏析によって靭性が低下するので、好ましくは、Pは0.030%以下とする。
【0036】
S:≦0.030%
Sは不可避的不純物である。多すぎると、MnSを形成することによって靭性が低下したり、疲労強度が低下するので、好ましくはSは0.030%以下とする。
【0037】
残部はFe及び不可避的不純物である。なお、本発明では、さらに、選択的付加成分として、Nb:0.02~0.10%、Ni:5.00%以下、Mo:1.00%以下、Ti:0.20%以下、B:0.010~0.050%のいずれか1種以上を含有していてもよい。これらの選択的付加的成分について規定する理由は次のとおりである。
【0038】
Nb:0.02~0.10%
Nbは微細な炭窒化物を形成し、結晶粒の粗大化を抑制する成分であるところ、0.02%未満であれば、その効果が小さく、靭性や疲労強度を伴わない。他方で、Nbが過剰であると、炭窒化物の量が過剰となるので、加工性が低下することとなる。そこで、Nbは、好ましくは0.02~0.10%とする。
【0039】
Ni:5.00%以下
Niは焼入れ性を高める成分である。もっとも、過多であると、高価であるからコストが上昇する。そこで、Niを添加する場合は、5.00%以下とすることが好ましい。
【0040】
Mo:1.00%以下
Moは、焼入れ性を向上させるが、過多になると、加工性が低下するほか、高価であるからコストが上昇する。そこで、Moを添加する場合は、1.00%以下とすることが好ましい。
【0041】
Ti:0.20%以下
Tiは、安定な炭窒化物を析出させるが、過多となると、炭窒化物の量が過剰となり加工性が低下する。そこで、Tiを添加する場合は、0.20%以下とすることが好ましい。
【0042】
B:0.010~0.050%
Bは、焼入れ性を向上させる成分であることから、0.010%以上含有させることが好ましい。他方、0.050%を超えても効果が飽和してしまうので、Bは好ましくは0.010~0.050%である。
【0043】
浸炭後の表面硬さ:700HV以上
700HVを下回ると、所定の強度特性が得られ難く、部品の寿命が短くなりやすいので、本発明の機械構造用鋼を浸炭した後の浸炭後の部品の表面硬さは、700HV以上とする。
【0044】
浸炭後の部品の表面から500μm深さまでの炭素量が0.50~1.00%であること
本発明の鋼を用いた機械構造用部品が浸炭されたときに、500μm深さまでの炭素量が0.50%を下回っている場合には、浸炭が正常に行えておらず、疲労強度が低くなってしまう。また、炭素量が1.00%を超えるようだと、炭化物が析出しすぎてしまうので、効果が飽和してしまう。そこで、浸炭後の部品の表面から500μm深さまでの炭素量は、0.50~1.00%とする。
【0045】
<実施例>
表1に示された化学成分と残部(Fe及び不可避的不純物)からなる発明鋼A~L、比較鋼M~Tについて、100kg鋼塊を、それぞれ真空溶解炉にて溶製した。その後、これらA~Pの各鋼を1250℃で12時間以上ソーキング処理を行った後、熱間鍛造して直径32mmの棒鋼に製造し、さらに900℃で4時間保持した後、空冷して焼きならし処理を行うことで、供試材を得た。
【0046】
【0047】
これらの供試材を、
図1に示す寸法(直径27mm×長さ12mm)に加工し、
図2に示す浸炭条件1~3の3条件でそれぞれガス浸炭することで試験片を得た。
なお、浸炭条件1は930℃で6時間保持、浸炭条件2は950℃で5時間保持、浸炭条件3は970℃で4時間保持したものである。なお、ガス浸炭炉が傷みやすくなるものの、1000℃以上で浸炭することもできる。
【0048】
<評価項目>
浸炭後の試験片の特性について、以下のような手法で測定した結果について評価した。(1)浸炭後の試験片の表面から深さ方向にO量が5%以上含まれる範囲までを「スケール厚み」を対象領域としたときの、対象領域であるスケール厚みにおける化学成分の割合を、グロー放電発光分光分析装置を用いて測定した。(2)スケールの結晶構造については、SEMを用いた、後方散乱電子回折(EBSD)の解析により確認した。(3)浸炭後の表面硬さについて、Hv硬さ試験機を用いて測定した。(4)浸炭後の表面炭素濃度について、浸炭後に試験片を切り出し、電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて測定した。測定方法について以下に詳述する。結果を表2に示す。
【0049】
(1)グロー放電発光分光分析装置とは、高電圧に印加したArイオンを試料表面に衝突(スパッタ)させ、はじき出した原子をプラズマ状態に励起させることで生じる光の波長と強度を検出することで、試料深さ方向の元素の定量・定性分析が実施可能な装置である。今回の実施例では、浸炭ままの試験片をグロー放電発光分光分析装置にセットし、スパッタ条件に関して、φ4mmの銅電極、Arガス圧を600Pa、高周波印加電圧を25Wで実施した。
Oが5%以上含有されているスケール厚みの領域について、得られた成分のうち、Cr,Mn,Fの結果に基づいて、(Cr+3Mn)/Feに質量%で代入し、その値を求めた。
【0050】
(2)浸炭後の円盤状の試験片を半割し、断面方向からスケール部分に対するEBSDの解析を実施することで、その結晶構造をスピネル型もしくはそれ以外のスケールの結晶構造であるかを判別した。スピネル型の面積率は、スピネル型の面積/スケール全体の面積とすることで算出した。
【0051】
(3)上記の試験片に対して、Hv硬さ試験機を用いて、浸炭面の任意の箇所を5回、荷重300kgfで測定し、その測定結果の平均値を当該試験片の浸炭後の表面硬さ(ビッカース硬さ)とした。
【0052】
(4)浸炭後の試験片を半割し、切断面が表面に現れるように導電性樹脂に埋め込み、研磨をした。その後、EPMAを用いて、浸炭面から深さ方向に500μm深さまでの炭素量を10μm間隔で測定し、その平均値を表面から500μm深さまでの表面炭素濃度とした。
【0053】
鋼種A~Tの化学成分の鋼からなる試験片に対して浸炭条件1~3において浸炭した各浸炭後の試験片に対して、上記(1)~(4)の各項目の評価をそれぞれ行った。各試験片の評価結果を表2に示す。
【0054】
【0055】
発明鋼A~Lは、高温の浸炭条件で浸炭した場合も含むいずれの浸炭条件であっても、(Cr+3Mn)/Fe<2.2を満足しており、及びスピネル型の面積率が20%未満であって、これらの2つの指標を満足しているところ、浸炭後の表面硬さが700HV以上、表面から500μm深さまでの表面炭素濃度が0.50~1.00%となっており、十分な浸炭性が確保されていることが確認された。すなわち、高温で浸炭しても、浸炭阻害が生じていないことが確認された。
【0056】
比較鋼M~Sは、Crが過剰もしくは過少、Mnが過剰なものである。950℃以上の浸炭では、いずれの比較例も(Cr+3Mn)/Feが2.2を上回っており、本発明の規定する要件を外れてしまっている。また、スピネル型結晶構造の面積率については、いずれの浸炭条件でも20%を超えて過剰となっている。そこで、表面硬さが低く、表面炭素濃度も低いなど、浸炭性が劣っているものとなっていることから、浸炭阻害が生じていることが確認された。
なお、比較例Tは、必須成分のCrの含有量が本発明よりも低いことから、浸炭阻害は認められていないが、他方で、Crが過少であることによって、焼き戻しの軟化抵抗性と焼入れ性が十分ではないものとなってしまっている。そこで、Cr不足による欠点が解消されておらず、機械構造用部品としては不十分なものとなっている。
【符号の説明】
【0057】
1 試験片