(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023110370
(43)【公開日】2023-08-09
(54)【発明の名称】有機EL素子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H05B 33/26 20060101AFI20230802BHJP
H05B 33/10 20060101ALI20230802BHJP
H10K 50/10 20230101ALI20230802BHJP
H05B 33/22 20060101ALI20230802BHJP
C23C 14/14 20060101ALI20230802BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20230802BHJP
【FI】
H05B33/26 Z
H05B33/10
H05B33/14 A
H05B33/22 C
C23C14/14 D
C23C14/34 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022011771
(22)【出願日】2022-01-28
(71)【出願人】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】弁理士法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】松崎 淳介
(72)【発明者】
【氏名】磯部 辰徳
【テーマコード(参考)】
3K107
4K029
【Fターム(参考)】
3K107AA01
3K107BB01
3K107BB02
3K107CC21
3K107CC45
3K107DD28
3K107DD29
3K107DD44Y
3K107DD72
3K107DD78
3K107FF15
3K107FF19
3K107GG05
3K107GG28
4K029BA04
4K029BA31
4K029CA05
4K029DC03
4K029DC04
4K029DC16
4K029DC39
(57)【要約】
【課題】素子特性の劣化を招き難く、製造コストの低減を図ることができる有機EL素子ODを提供する。
【解決手段】
基板Gsの一方の面に陽極An、正孔注入層Hi、正孔輸送層Ht及び有機発光層Emを有し、有機発光層上に順次積層される陰極Ca及び電子注入層Eiを更に含み、電子注入層が無機材料で構成される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の一方の面に陽極、正孔注入層、正孔輸送層及び有機発光層を有し、有機発光層上に順次積層される陰極及び電子注入層を更に含み、電子注入層が無機材料で構成されることを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】
前記陰極はAgまたはAg合金で構成され、
前記電子注入層は、仕事関数が3.7eV以下の無機材料で構成されて、陰極と電子注入層との界面から陰極内に所定深さで浸潤していることを特徴とする請求項1記載の有機EL素子。
【請求項3】
有機EL素子の製造方法であって、
基板の一方の面に陽極を形成する第1工程と、
前記陽極上に正孔注入層及び正孔輸送層を形成する第2工程と、
前記正孔輸送層上に有機発光層を形成する第3工程と、
金属製のターゲットのスパッタリング法により、前記有機発光層上に陰極を形成する第4工程と、
無機材料製のターゲットのスパッタリング法により、前記陰極上に電子注入層を形成する第5工程とを含むことを特徴とする有機EL素子の製造方法。
【請求項4】
前記金属製のターゲットはAgまたはAg合金であり、前記陰極が5~30nmの膜厚で形成されることを特徴とする請求項3記載の有機EL素子の製造方法。
【請求項5】
前記無機材料製のターゲットは、仕事関数が3.7eV以下の無機材料であり、
前記電子注入層を、前記陰極と電子注入層との界面から陰極内に所定深さで浸潤させることを特徴とする請求項3または4記載の有機EL素子の製造方法。
【請求項6】
前記第4工程と前記第5工程とを交互に繰り返す第6工程を含むことを特徴とする請求項3~5の何れか1項記載の有機EL素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機EL素子及びその製造方法に関し、より詳しくは、所謂トップエミッション方式の有機EL素子に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の有機EL素子は例えば特許文献1で知られている。このものは、TFT基板(以下、「基板」という)の一方の面に積層された陽極と、この陽極と対向する陰極との間に、有機発光材料で構成される有機発光層(Emission Layer)を介在させた構造を有する。有機発光層と陽極や陰極との間には、素子特性(例えば発光効率や長寿命化等)を向上させるため、正孔注入層(Hole Injection Layer)、正孔輸送層(Hole Transport Layer)や電子注入層(Electron Injection Layer)、電子輸送層(Electron Transport Layer)が形成される。
【0003】
電子注入層は、有機発光層への電子の注入特性を改善させるために設けられる。電子注入層としては、通常、仕事関数の小さいアルカリ金属またはアルカリ土類金属を含む材料(例えばハロゲン化物等)が用いられ、例えばNa,Ca,Cs,Mg,Yb,Ba,Li,LiF,CsF等が利用される。このような電子注入層は、真空蒸着法により単層で堆積させることが容易ではないことから、電子注入層を構成する材料と、電子輸送層を構成する材料とを共蒸着させる場合がある(例えば、特許文献1参照)。電子輸送層を構成する材料としては、利用可能な無機材料が限られることから、有機材料が広く使用されているが、このような有機材料は非常に高価である。このため、有機EL素子を製造する上で低コスト化を図ることが難しいという問題がある。他方で、電子輸送層を構成する無機材料と、電子注入層を構成するアルカリ金属等を所謂共スパッタリング法で成膜する手法も知られているが、その組成比の制御が難しいばかりか、アルカリ金属等の高い反応性(加速エネルギーが大きい)により有機発光層まで浸潤する虞があり、これでは、素子特性の劣化を招来してしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、以上の点に鑑み、素子特性の劣化を招き難く、製造コストの低減を図ることができる有機EL素子及びその製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明の有機EL素子は、基板の一方の面に陽極、正孔注入層、正孔輸送層及び有機発光層を有し、有機発光層上に順次積層される陰極及び電子注入層を更に含み、電子注入層が無機材料で構成されることを特徴とする。この場合、前記陰極はAgまたはAg合金で構成され、前記電子注入層は、仕事関数が3.7eV以下の無機材料で構成されて、陰極と電子注入層との界面から陰極内に所定深さで浸潤していることが好ましい。
【0007】
また、上記課題を解決するために、本発明の有機EL素子の製造方法は、基板の一方の面に陽極を形成する第1工程と、前記陽極上に正孔注入層及び正孔輸送層を形成する第2工程と、前記正孔輸送層上に有機発光層を形成する第3工程と、金属製のターゲットのスパッタリング法により、前記有機発光層上に陰極を形成する第4工程と、無機材料製のターゲットのスパッタリング法により、前記陰極上に電子注入層を形成する第5工程とを含むことを特徴とする。この場合、前記金属製のターゲットはAgまたはAg合金であり、前記陰極が5~30nmの膜厚で形成されることが好ましい。また、前記無機材料製のターゲットは、仕事関数が3.7eV以下の無機材料であり、前記電子注入層を、前記陰極と電子注入層との界面から陰極内に所定深さで浸潤させることが好ましい。
【0008】
本発明によれば、上記従来例のものとは異なり、有機発光層表面にAgまたはAg合金といった金属で構成される陰極を形成し、この成膜された金属製の陰極表面に、Mg,Yb,Ba,Tb,Liといった無機材料の電子注入層を形成することで、有機発光層より上側に位置する各層を例えばスパッタリング法により順次成膜することができ、しかも、成膜時に組成比を調整するといったことも不要にすることができる。結果として、電子輸送層として有機材料を用いる従来例のものと比較して安価で有機EL素子を製造することが可能になり、電子輸送層を形成せずとも素子性能の劣化を招くことなく、安定させることができる。ここで、有機発光層を構成する有機発光材料は、一般に、水蒸気(水分)や酸素と反応しやすく、これらが有機発光層に浸透すると、有機EL素子の特性が劣化する原因となる。それに対して、本発明のものは、有機発光層がスパッタリング法により成膜された無機材料で覆われているため、水蒸気や酸素に対するバリア性能が向上し、電子輸送層を形成せずとも従来例のものに比べて高い素子性能(高い発光効率や長寿命化等)を維持できる。また、前記電子注入層を、前記陰極と電子注入層との界面から陰極内に所定深さで浸潤させることで、電子注入特性を保持するとともに、電子注入層が酸化や変質することを抑制することができる。
【0009】
また、本発明の有機EL素子の製造方法においては、前記第4工程と前記第5工程とを交互に繰り返す第6工程を含むことが好ましい。これによれば、陰極と電子注入層とを交互に積層することで、陰極から有機発光層への電子移動度を向上させることができ、正孔移動律速型の有機EL素子を得ることができる。その結果、従来例のものと同程度の応答速度を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の有機EL素子の積層構造を模式的に示す図。
【
図2】有機EL素子を製造するための真空処理装置の平面図。
【
図3】有機EL素子を製造するための真空処理装置を模式的に示す断面図。
【
図4】真空処理装置のカソードユニットの一部拡大断面図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、基板を公知の方法で作成されたTFT基板(以下、「基板Gs」という)とした場合を例に本発明の実施形態に係る有機EL素子及びその製造方法を説明する。
【0012】
図1(a)を参照して、第1実施形態の有機EL素子OD
1は、基板Gsの一方の面に、陽極An、正孔注入層Hi、正孔輸送層Ht、有機発光層Em、陰極Ca、電子注入層Ei、キャッピング層(Capping Layer)Cpが順次積層される構造を有する。
【0013】
陽極Anは、例えばAgやAgを含む合金、AlやAlを含む合金で形成されている。なお、陽極Anの上下方向少なくとも一方の面に、密着層や仕事関数を調整する層としてのITO膜やIZO膜等の酸化物膜を形成することもできる。正孔注入層Hiは、例えばAg,Mo,Cr,V,W,Ni,Ir等の酸化物膜で形成されている。正孔輸送層Htは、例えば、ポリフルオレンやその誘導体、またはポリアリールアミンやその誘導体等の高分子化合物膜で形成される。
【0014】
有機発光層Emは、公知の有機発光材料により形成される。有機発光層Emを構成する有機発光材料としては、例えば、オキシノイド化合物、ペリレン化合物、クマリン化合物、アザクマリン化合物、オキサゾール化合物、オキサジアゾール化合物、ペリノン化合物、ピロロピロール化合物、ナフタレン化合物、アントラセン化合物、フルオレン化合物、フルオランテン化合物、テトラセン化合物、ピレン化合物、コロネン化合物、キノロン化合物及びアザキノロン化合物、ピラゾリン誘導体及びピラゾロン誘導体、ローダミン化合物、クリセン化合物、フェナントレン化合物、シクロペンタジエン化合物、スチルベン化合物、ジフェニルキノン化合物、スチリル化合物、ブタジエン化合物、ジシアノメチレンピラン化合物、ジシアノメチレンチオピラン化合物、フルオレセイン化合物、ピリリウム化合物、チアピリリウム化合物、セレナピリリウム化合物、テルロピリリウム化合物、芳香族アルダジエン化合物、オリゴフェニレン化合物、チオキサンテン化合物、シアニン化合物、アクリジン化合物、8-ヒドロキシキノリン化合物の金属錯体、2-ビピリジン化合物の金属錯体、シッフ塩とIII族金属との錯体、オキシン金属錯体、希土類錯体等を含むものを用いることができる。なお、以上に説明した基板Gsの一方の面に夫々成膜される陽極An、正孔注入層Hi、正孔輸送層Ht及び有機発光層Emとしては、公知のものが利用できるため、その形成方法等を含め、これ以上の詳細な説明は省略する。
【0015】
有機発光層Emの表面に形成される陰極Caは、Agや、AgMg等のAg合金で構成される。陰極Caの形成には、例えばAgまたはAg合金製のターゲットを用いたスパッタリング装置を利用することができ、5nm~30nmの範囲の膜厚で成膜される。膜厚が5nmより薄いと、連続膜性に乏しく不連続膜になり電気性能が劣化する虞がある一方で、膜厚が30nmを超えると、光が金属反射してしまい光の取り出し効率が劣化する虞がある。
【0016】
陰極Ca表面に形成される電子注入層Eiは、例えば仕事関数が3.7eV以下の無機材料、例えば、Mg,Yb,Ba,Tb,Liやアルカリ金属またはアルカリ土類金属を含む材料で構成される。電子注入層Eiの形成には、上記各無機材料製のターゲットを用いたスパッタリング装置を利用することができ、0.2nm~10nmの膜厚を有する。膜厚が0.2nmより薄いと、電子注入特性を改善させるために不十分である一方で、膜厚が10nmを超えると、電気性能や光吸収によって光の取り出し効率が劣化する虞がある。このようにスパッタリング装置を利用して電子注入層Eiを成膜すると、電子注入層Eiを構成する無機材料を、陰極Caと電子注入層Eiとの界面から陰極Ca内に0.4nm~10nmの深さで浸潤させることができる。これにより、電子注入特性を保持するとともに、電子注入層Eiが酸化や変質することを抑制することができる。一方で、真空蒸着法による従来例のものでは、電子注入層Ei構成する材料が、陰極Caと電子注入層Eiとの界面から陰極Ca内に0.2nm以下の深さでしか浸潤せず、電子注入特性の改善は見られない。また、電子注入層Eiを構成する無機材料をより多く陰極Ca内に浸潤させるため、電子注入層Eiをスパッタリングにより成膜する時の放電電圧を100V以上、より好ましくは200V以上とすることが有効であり、電子注入層Eiをスパッタリングにより成膜する時の放電圧力を1Pa以下、より好ましくは0.5Pa以下とすることが有効である。なお、上記第1実施形態の有機EL素子OD
1では、単層の陰極Caの表面に、単層の電子注入層Eiを形成するものを例に説明するが、
図1(b)に示す第2実施形態の有機EL素子OD
2のように、陰極Caと電子注入層Eiとを交互に複数層設けることもできる。
【0017】
電子注入層Eiの表面に形成されるキャッピング層Cpは、ITO,IZO,IGO等の酸化インジウムを含む酸化物、AZO,GZO,ZSO等の酸化亜鉛を含む酸化物、ATO,FTO等の酸化錫を含む酸化物、Ti,Al,Nb,Mo,Ta,W等を含む金属酸化物で形成されている。キャッピング層Cpとしては、公知のものが利用できるため、その形成方法等を含め、これ以上の詳細な説明は省略する。
【0018】
次に、
図2を参照して、基板Gsの一方の面に陽極An、正孔注入層Hi、正孔輸送層Ht及び有機発光層Emが順次積層されたもの(即ち、第1工程乃至第3工程が実施されたもの)を成膜対象物Sbとし、陰極Ca、電子注入層Ei及びキャッピング層Cpを真空雰囲気中で一貫して順次積層するクラスターツール式の真空処理装置によって有機EL素子OD
1を製造する場合を例に本実施形態の有機EL素子の製造方法を説明する。以下において、上、下といった方向は、
図3に示すスパッタリング装置の設置姿勢を基準とする。
【0019】
図2を参照して、Cmはクラスターツール式の真空処理装置であり、真空処理装置Cmは、内部に真空搬送ロボットTrを備える平面視多角形状の搬送チャンバTcを備える。真空雰囲気の形成が可能な搬送チャンバTcの周囲には、特に図示して説明しないが、真空ポンプからの排気管とベントガスを導入するベントガスラインとが夫々接続されて大気雰囲気と真空雰囲気の切換えが可能なロードロックチャンバLcと、陰極Caをスパッタリング法により成膜するための第1の成膜チャンバPc1と、電子注入層Eiをスパッタリング法により成膜するための第2の成膜チャンバPc2と、キャッピング層Cpをスパッタリング法により成膜するための第3の成膜チャンバPc3とが設けられている。なお、本実施形態では、クラスターツール式の真空処理装置Cmを用いたものを例に説明するが、本発明の有機EL素子の製造方法は、成膜対象物Sbを搬送しながら成膜する、所謂インライン式の真空処理装置にも適用することができる。
【0020】
第1乃至第3の各成膜チャンバPc1~Pc3は、夫々がマグネトロンスパッタリング装置Smの構成要素であり、各ターゲット種以外は、基本的に同一の構成を有する。以下では、第1の成膜チャンバPc1に設置されるターゲットをAg、第2の成膜チャンバPc2に設置されるターゲットをMg、第3の成膜チャンバPc3に設置されるターゲットをIZOとして説明するが、例えば、電子注入層Eiやキャッピング層Cpとして酸化物が用いられるような場合には、反応ガスの導入手段や高周波電源が適宜使用され、これらは公知のものであるため、これ以上の説明は省略する。
【0021】
図3も参照して、第1の成膜チャンバPc1を例に説明すると、第1の成膜チャンバPc1には、排気管11を介して真空ポンプ12が接続され、所定圧力(真空度)に真空排気することができる。真空チャンバ1にはまた、ガス導入管13の一端が接続されている。ガス導入管13には、マスフローコントローラ等で構成される流量調整弁14を介してガス源(図示せず)に連通し、流量制御されたスパッタガスとしてのアルゴンガス(希ガス)を真空チャンバ1内、具体的には、成膜対象物Sbと後述のターゲットTg1~Tg6との間の空間に導入することができる。真空チャンバ1の下部には、絶縁部材21を介してステージ2が配置され、真空搬送ロボットTrにより基板ステージ21に成膜対象物Sbを受け渡したり、または成膜対象物Sbを受け取ったりすることができる。そして、ステージ2に設置された成膜対象物Sbに対向させて、真空チャンバ1内の上部空間にはカソードユニットScが配置されている。以下においては、成膜対象物Sbの上面で互いに直交する方向をX軸方向及びY軸方向とする。
【0022】
図4も参照して、カソードユニットScは、成膜対象物Sbに平行なXY平面内にてX軸方向に等間隔で平行に並設される6枚の平板状のターゲットTg1~Tg6を備える。各ターゲットTg1~Tg6は、同一の形態を有するAg製のものであり、成膜対象物Sbの幅と同等以上のY軸方向長さを持つように定寸されている。並設されるターゲットの枚数は、例えば、各ターゲットTg1~Tg6のX軸方向長さ、膜厚分布等を考慮した各ターゲットTg1~Tg6相互のX軸方向の間隔や、各ターゲットTg1~Tg6を並設した領域の面積(成膜対象物Sbより一回り以上大きくなる面積)に応じて適宜設定される。各ターゲットTg1~Tg6は、バッキングプレート31にインジウムやスズ等のボンディング材(図示せず)を介して接合され、各バッキングプレート31は単一の支持板33で互いに電気的に絶縁した状態で夫々支持されている。また、支持板33には、各ターゲットTg1~Tg6の周囲を夫々囲うようにして各シールド板34が設けられている。
【0023】
上記スパッタリング装置Smでは、互いに隣接する2枚のターゲットTg1,Tg2と、Tg3,Tg4と、Tg5,Tg6と夫々が対をなし、各対のターゲットTg1,Tg2(Tg3~Tg6)には、スパッタ電源としての交流電源Psが夫々接続され、各対のターゲットTg1,Tg2(Tg3~Tg6)間に所定の交流電力が投入される。なお、ターゲットTg1~Tg6毎に、直流電力やパルス状直流電力を投入するようにしてもよい。以下では、
図3中、左側に位置する2枚のターゲットTg1,Tg2を例に説明する。
【0024】
各ターゲットTg1,Tg2(Tg3~Tg6)のバッキングプレート31上方には、これと平行に支持される磁石ユニットMu1,Mu2(Mu3~Mu6)が夫々組み付けられている。磁石ユニットMu1,Mu2(Mu3~Mu6)の各々は、磁性材料製の平板状のヨーク41を備える。各ヨーク41は、各ターゲットTg1,Tg2(Tg3~Tg6)の略全長に亘る長さであり、各ヨーク41の下面41aには中央磁石51a,51bが夫々配置されると共に、各中央磁石51a,51bの周囲を囲うように、各ヨーク41の下面41a外周に沿って環状に配置した周辺磁石52a,52bが、ターゲットTg1,Tg2(Tg3~Tg6)側の極性を変えて夫々配置されている。また、各磁石ユニットMu1,Mu2(Mu3~Mu6)には、モータやエアーシリンダ等の駆動手段61の駆動軸62が夫々一体に連結され、スパッタリングによる成膜中、各磁石ユニットMu1,Mu2(Mu3~Mu6)をX軸方向に所定のストロークで往復動できるように構成されている。
【0025】
第1の成膜チャンバPc1内で陰極Caを成膜する場合、例えば、ロードロックチャンバLc内に存する成膜対象物Sbが真空搬送ロボットTrにより搬送チャンバTcを経由して第1の成膜チャンバPc1内に搬送され、ステージ2に設置される。そして、第1の成膜チャンバPc1内を搬送チャンバTcから隔絶した後に真空チャンバ1内が所定圧力に達すると、流量調整弁14で流量調整されたアルゴンガスを導入する。加えて、各磁石ユニットMu1~Mu6をX軸方向に所定のストローク値で往復動させながら、スパッタ電源Psにより対をなすターゲットTg1~Tg6間に所定の周波数(例えば、10~50KHzの範囲)で交流電力を投入する。すると、真空チャンバ1内で各ターゲットTg1~Tg6と基板Swとの間の空間にプラズマが形成される。これにより、プラズマ中の希ガスのイオンにより各ターゲットTg1~Tg6がスパッタリングされ、各ターゲットTg1~Tg6から所定の余弦則に従って飛散したスパッタ粒子が静止対向する成膜対象物Sb表面に付着、堆積して陰極Caが成膜される(第4工程)。このとき、陰極Caの膜厚が5nm~30nmの範囲の膜厚となるように、投入電力やスパッタ時間等のスパッタ条件が適宜設定される。なお、本実施形態では、スパッタリングによる成膜中、各磁石ユニットMu1~Mu6をX軸方向に往復動させるものを例に説明するが、各ターゲットTg1~Tg6や成膜対象物SbをX軸方向に所定のストローク値で往復動できるように構成し、これらを往復動させるようにしてもよい。
【0026】
第1の成膜チャンバPc1内で陰極Caを成膜されると、成膜対象物Sbが真空搬送ロボットTrにより搬送チャンバTcを経由して第2の成膜チャンバPc2内に搬送され、ステージ2に設置される。この場合、第2の成膜チャンバPc2に設置される各ターゲットTg1~Tg6は、Mg製である。そして、上記と同様にして成膜対象物Sbの陰極Ca表面に、電子注入層EiとしてのMg膜が成膜される(第5工程)。このとき、電子注入層Eiの膜厚が0.2nm~10nmの範囲の膜厚となるように、投入電力やスパッタ時間等のスパッタ条件が適宜設定される。同様に、第2の成膜チャンバPc2内で電子注入層Eiを成膜されると、成膜対象物Sbが真空搬送ロボットTrにより搬送チャンバTcを経由して第3の成膜チャンバPc3内に搬送され、ステージ2に設置される。この場合、第3の成膜チャンバPc3に設置される各ターゲットTg1~Tg6は、IZO製である。そして、上記と同様にして成膜対象物Sbの電子注入層Ei表面に、キャッピング層CpとしてのIZO膜が成膜される。このとき、キャッピング層Cpの膜厚が10nm~200nmの範囲の膜厚となるように、投入電力やスパッタ時間等のスパッタ条件が適宜設定される。キャッピング層CpとしてのIZO膜の成膜が終了すると、真空搬送ロボットTrにより搬送チャンバTcを経由してロードロックチャンバLcに搬送され、処理済みの成膜対象物Sbが回収される。本実施形態では、陰極Ca及び電子注入層Eiを、第1及び第2の成膜チャンバPc1,Pc2内で夫々成膜するものを例に説明するが、同じ成膜チャンバ(例えば第1の成膜チャンバPc1)内で陰極Ca及び電子注入層Eiを成膜してもよい。この場合、陰極Ca及び電子注入層Eiを1つの成膜チャンバ内で成膜することで、設置される成膜チャンバの数を減らし、真空処理装置の小型化やコストダウン化を図ることができる。また、成膜対象物Sbの対向側をカソードユニットが通過しながら成膜する、所謂ムービング式の成膜方式を適用することができる。これにより、膜厚分布がより均一な膜を成膜することができるだけでなく、電子注入層Eiを構成する無機材料を陰極Ca内に均一な深さで浸潤させることができるため有利である。
【0027】
以上の実施形態によれば、有機発光層Em表面にAgまたはAg合金といった金属で構成される陰極Caを形成し、この成膜されたAgまたはAg合金製の陰極Ca表面に、Mg,Yb,Ba,Tb,Li等の無機材料の電子注入層Eiを形成する構成を採用したため、有機発光層Emより上側に位置する陰極Caや電子注入層Eiをスパッタリング法により順次成膜することができ、しかも、成膜時に組成比を調整するといったことも不要にすることができる。結果として、電子輸送層として有機材料を用いる従来例のものと比較して安価で有機EL素子ODを製造することが可能になり、電子輸送層を形成せずとも、素子性能も劣化を招くことなく、安定させることができる。ここで、有機発光層Emを構成する有機発光材料は、一般に、水蒸気(水分)や酸素と反応しやすく、これらが有機発光層Emに浸透すると、有機EL素子ODの特性が劣化する原因となる。それに対して、本実施形態では、有機発光層Emがスパッタリング法により成膜された無機材料(陰極Ca及び電子注入層Ei)で覆われているため、水蒸気や酸素に対するバリア性能が向上し、電子輸送層を形成せずとも、従来例のものに比べて高い素子性能(高い発光効率や長寿命化等)を維持できる。
【0028】
また、上記スパッタリング装置Smを利用して電子注入層Eiを成膜することで、電子注入層Eiを構成する無機材料を、陰極Caと電子注入層Eiとの界面から陰極Ca内に0.4nm~10nmの深さで浸潤させることができる。これにより、電子注入特性を保持するとともに、電子注入層Eiが酸化や変質することを抑制することができる。一方で、真空蒸着法による従来例のものでは、電子注入層Ei構成する材料が、陰極Caと電子注入層Eiとの界面から陰極Ca内に0.2nm以下の深さでしか浸潤せず、電子注入特性の改善は見られない。この場合、電子注入層Eiを構成ずる無機材料をより多く陰極Ca内に浸潤させるため、電子注入層Eiをスパッタリングにより成膜する時の放電電圧を100V以上、より好ましくは200V以上とし、電子注入層Eiをスパッタリングにより成膜する時の放電圧力を1Pa以下、より好ましくは0.5Pa以下とする。
【0029】
また、上記真空処理装置Cm内で成膜対象物Sbを適宜搬送して、キャッピング層Cpを形成する前に、上記第4工程と上記第5工程とを交互に複数回繰り返し、陰極Caと電子注入層Eiとを交互に積層することができる(第6工程)。これにより、陰極Caから有機発光層Emへの電子移動度を向上させることができ、正孔移動律速型の有機EL素子OD2を得ることができる。その結果、従来例のものと同程度の応答速度を得ることができる。
【0030】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の技術思想の範囲を逸脱しない限り、種々の変形が可能である。上記第1及び第2実施形態の有機EL素子OD1,OD2では、単層の正孔注入層Hiの表面に、単層の正孔輸送層Htを設けたものを例に説明したが、これに限定されず、例えば正孔注入層Hiと正孔輸送層Htとを交互に積層させて設けることもできる。また、上記第1及び第2実施形態の有機EL素子OD1,OD2では、正孔輸送層Hi、正孔輸送層Ht及びキャッピング層Cpを有するものを例に説明したが、これに限定されず、これらの層を省略することもできる。
【符号の説明】
【0031】
OD1,OD2…有機EL素子、Gs…TFT基板(基板)、An…陽極、Hi…正孔注入層、Ht…正孔輸送層、Em…有機発光層、Ca…陰極、Ei…電子注入層。