(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023111681
(43)【公開日】2023-08-10
(54)【発明の名称】多成分系混合物のハンセン溶解度パラメーターの推算方法
(51)【国際特許分類】
G01N 24/00 20060101AFI20230803BHJP
G01N 24/08 20060101ALI20230803BHJP
G01N 21/27 20060101ALI20230803BHJP
【FI】
G01N24/00 530K
G01N24/08 510P
G01N21/27 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022013652
(22)【出願日】2022-01-31
(71)【出願人】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100132230
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 一也
(74)【代理人】
【識別番号】100088203
【弁理士】
【氏名又は名称】佐野 英一
(74)【代理人】
【識別番号】100100192
【弁理士】
【氏名又は名称】原 克己
(74)【代理人】
【識別番号】100198269
【弁理士】
【氏名又は名称】久本 秀治
(72)【発明者】
【氏名】相原 洋一
(72)【発明者】
【氏名】美澄 幸弘
(72)【発明者】
【氏名】白石 智也
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA05
2G059BB06
2G059EE01
2G059EE02
2G059EE12
2G059MM01
(57)【要約】
【課題】従来のように多成分系のモデル化合物を特定したり、複雑で数多くのピークが得られる質量分析のピークを解析することなく、多成分系混合物のHSPを的確に推算することができる方法を提供する。
【解決手段】元素分析により多成分系混合物の各構成元素の割合を求めると共に、多成分系混合物の平均分子量を求めて、多成分系混合物の平均組成式を決定し、得られた平均組成式を構成する各構成元素が帰属する化学的基団又は官能基の種類を同定すると共に、同定された化学的基団又は官能基ごとに各構成元素の数を求めて、各構成元素が帰属する化学的基団又は官能基の種類と、それら化学的基団又は官能基における各構成元素の数とをグループ寄与法に基づくハンセン溶解度パラメーターの推算式に代入することを特徴とする多成分系混合物のハンセン溶解度パラメーターの推算方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種以上の成分が混合して含まれる多成分系混合物のハンセン溶解度パラメーターを推算する方法であって、
(1)元素分析により多成分系混合物の各構成元素の割合を求めると共に、多成分系混合物の平均分子量を求めて、多成分系混合物の平均組成式を決定し、
(2)(1)で得られた平均組成式を構成する各構成元素が帰属する化学的基団又は官能基の種類を同定すると共に、同定された化学的基団又は官能基ごとに各構成元素の数を求めて、
(3)(2)で得られた各構成元素が帰属する化学的基団又は官能基の種類と、それら化学的基団又は官能基における各構成元素の数とを、グループ寄与法に基づくハンセン溶解度パラメーターの推算式に代入する、
ことを特徴とする多成分系混合物のハンセン溶解度パラメーターの推算方法。
【請求項2】
前記多成分系混合物が、芳香族化合物、複素環式芳香族化合物、非環式脂肪族化合物、及び環式脂肪族化合物からなる群から選ばれる2種以上の成分からなることを特徴とする請求項1に記載の推算方法。
【請求項3】
前記(1)で求める多成分系混合物の平均分子量が、サイズ排除クロマトグラフィーから得られる重量平均分子量Mwであることを特徴とする請求項1又は2に記載の推算方法。
【請求項4】
前記多成分系混合物の構成元素が、炭素とヘテロ原子であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の推算方法。
【請求項5】
前記(1)で求められる多成分系混合物の平均組成式がCnHmNxSyOzで表されて、n、m、x、y、及びzはそれぞれの構成元素の平均値であることを特徴とする請求項4に記載の推算方法。
【請求項6】
前記(2)で求める化学的基団又は官能基の種類とそれらにおける各構成元素の数を求めるにあたり、構成元素の炭素については13C NMRスペクトル及び1H NMRスペクトルの化学シフト値を用いるか、或いは、これらスペクトルの積分値とDEPT法とを用いて求めて、また、構成元素のヘテロ原子については13C NMRスペクトル及び1H NMRスペクトルの化学シフト値とこれらスペクトルの積分値とを用いるか、或いは、IRスペクトルから得られるピークとその強度とを用いて求めることを特徴とする請求項4又は5に記載の推算方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2種以上の成分が混合して含まれる多成分系混合物のハンセン溶解度パラメーター(Hansen Solubility Parameter:以下、HSPと略する場合がある)を推算する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、2種以上の成分が混合して含まれる多成分系混合物のHSPをグループ寄与法に基づいて推算することは容易ではない。多成分系混合物を構成する成分とその割合が判明している場合は推算することが可能であるが、例えば、多成分系の成分が50種類以上で構成されている混合物の場合、すべての成分とその割合を算出し、HSPを推算することは非常に困難である。また混合物中に未知の化合物が含有する場合や、混合物中の含有成分が非常に多く、1wt%以下の濃度の化合物で構成されているような混合物では、構成成分の定性も困難であり、HSPを推算することは極めて難しい。
【0003】
非特許文献1には、純溶剤や単一化合物のHSPが多く掲載されているが、混合溶剤や多成分系混合物のHSPを必要とする場合、純溶剤及び単一の化合物のHSPと体積分率とを用いて下記の式(i)により計算できることが記載されている。
【数1】
ここで、Φは混合溶媒中の体積分率を表し、下付き添え字mix及び1と2は、混合溶媒であること、それが成分1と成分2を有することをそれぞれ表している。また、下付き添え字iはd、p、hとなる。この式(i)を2成分以上の混合物に拡張し適用することは周知である。ここで、上記のdはHSPにおける分散項を表し、pは分極項(極性項)、hは水素結合項となる。
【0004】
非特許文献2には、複雑な混合物から構成されるアスファルテンと合成したモデル化合物のHSPが報告されている。アスファルテンと合成したモデル化合物のHSPを算出するために、ハンセン溶解球法と呼ばれる方法を採用している。この方法はHSPを算出したい対象物を、HSPが既知の溶剤に溶解し、対象物が溶解し沈殿物が生じなければ溶解と判定し、対象物が溶解せず沈殿物が生じたら不溶解と判定する。この時、沈殿物は溶剤に溶解しなかった不溶解物と考えられる。溶解した既知の溶剤のHSPと不溶解の既知の溶剤のHSPを、3次元のグラフ上にそれぞれプロットし、対象物が溶解した既知の溶剤が球の内側、対象物が不溶解の既知の溶剤が球の外側になるように、ハンセン球と呼ばれる球を作成し、その球の中心が対象物のHSPとなるという考え方である。ハンセン球の作成には、HSPiP(Hansen Solubility Parameters in Practice)と呼ばれるHSPのデータベースも含む計算ソフトが使用されるのが一般的である。また、ハンセン溶解球法の対象となるものは、アスファルテンのような複雑な混合物、HSPが未知の化合物などに適用することができる。
【0005】
非特許文献3には、グループ寄与法を用いたアスファルテンのハンセン溶解度パラメーターの推算方法に関する報告がなされている。アスファルテンは縮合環構造を有する化合物が多く存在する複雑な混合物であり、グループ寄与法によって算出することは困難である。そのため仮定を設定することにより、元素分析、分子量分布、水素形態分布、炭素形態分布から平均分子構造解析で、アスファルテンの平均モデル構造を決定し、新たに開発したKreveren & Hoftyzerの推算方法(K&H法)のパラメーターFd,Fp,EhとFedor法のモル体積のパラメーターVとを用いて、アスファルテンのハンセン溶解度パラメーターを算出している。
【0006】
一方で、特許文献1には、多成分混合物を構成する各成分の分子構造及びその存在割合を特定し、そこから得られる構造情報及び物性値データベースを用いた多成分凝集モデルに基づいて、多成分混合物中の各成分の性状を推定する方法が記載されている。すなわち、複雑な混合物に対して質量分析を行い、得られたピークのそれぞれについて、帰属する分子の分子式とその存在割合を特定し、分子式が特定された各分子に対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖及び架橋を決定して割り付けを行う。そして、特定された多成分混合物の各成分の分子構造から、各成分の融点及びハンセン溶解度指数値を取得している。ここで記載されているコアとは、芳香環又はナフテン環そのもの、芳香環とナフテン環が架橋ではなく直接結合しているもの、芳香環又はナフテン環にヘテロ環が架橋ではなく直接結合しているものである。したがって、コアとは、架橋又は側鎖を一切有しないものを意味しており、モデル化した構造の1種と考えることができる。
【0007】
特許文献2には、固体のハンセン溶解度パラメータ(HSP)を精度良く計算する技術が記載されている。この方法は、物性値と考えられる表面自由エネルギーを適用するハンセン溶解球法の1種と考えられる。一般的に利用される非特許文献2記載のハンセン溶解球法とは異なり、検討対象となる固体とプローブ液との界面自由エネルギーが大きいほど、固液接触面を形成している状態が不安定であることに着目し、界面自由エネルギーの値を用いて検討対象となる固体とプローブ液との親和性を判定して、固体のHSPを計算する技術である。親和性の高いプローブ液はハンセン球の内側に、親和性の低いプローブ液はハンセン球の外側になると考えられる。
【0008】
このように、対象物のHSPを求める方法には、主に3つの手法があることが知られている。1つ目は非特許文献2に記載されているようなハンセン球を利用するハンセン溶解球法、2つ目は屈折率、双極子モーメント、誘電率などの物性値を計測し、各物性値とHSPに関する公知の関係式からHSPを算出する方法、3つ目は非特許文献3や本明細書に記載のグループ寄与法に基づいて推算する手法である。
1つ目の手法は、対象物のHSPを求めるために、HSPが既知の溶剤を使用する特徴がある。またハンセン球の作成にはHSPiP(Hansen Solubility Parameters in Practice)と呼ばれるHSPのデータベースも含む計算ソフトの使用が必須である。
2つ目の手法は、物性の測定装置が必須である。各物性値と関係式で相関関係にある3つのハンセン溶解度パラメーター(分散項δd、極性項δp、水素結合項δh)は、1つもしくは2つであり、3つのハンセン溶解度パラメーターが1つの物性値の測定で、すべて算出できない特徴がある。
3つ目の手法であるグループ寄与法に基づくHSPを求める方法は、物性値の測定は必要なく、HSPを求める対象物の構造が分かれば、その構造を化学的基団(グループ)もしくは官能基に分割し、その数(一般的に整数)を公知の推算式に代入し、HSPを算出する方法である。この手法では3つのハンセン溶解度パラメーター(分散項δd、極性項δp、水素結合項δh)を、一括で算出できる特徴がある。多成分系の場合は、適用が困難なため、仮定に基づくモデル化合物を考慮する必要がある。
【0009】
なお、HSPを求める新たな方法を開発した場合、その方法で算出したHSP値の妥当性や評価は、既知の方法で対象物のHSPを算出し、新たに開発した方法で得られたHSP値と比較し、検証することが必要である。例えば、グループ寄与法に基づくHSPを求める方法を新たに開発した場合は、ハンセン溶解球を利用する方法で対象物のHSPを算出し、検証することが必要である。
また、対象物のHSPを求める上記の1~3つの手法は、それぞれハンセン溶解度パラメーターの算出の方法が異なるため、参考とする先行文献も異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2019-132740号公報
【特許文献2】特開2017-173056号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】C. M. Hansen, Solubility Parameters: A User‘s Handbook Second edition; CRC Press: Boca Raton, FL, (2007).
【非特許文献2】M. Morimoto, N. Fukatsu, R. Tanaka, T. Takanohashi, H. Kumagai,T. Morita, R. R. Tykwinski, D. E. Scott, J. M. Stryker, M. R. Gray, T. Sato and H. Yamamoto, Energy Fuels, 2018, 32,11296-11303.
【非特許文献3】佐藤 隆志,関西大学審査学位論文 ハンセン溶解度パラメータを用いた物質相互の溶解性評価法の開発および化学工学的な応用に関する研究,2015年3月31日, pp37-43.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のように、多成分系混合物のHSPを求めるには、これまでにモデル化合物を利用する方法や、非常に複雑で多くのピークが得られる質量分析のピークを解析する方法などが使用されている。多成分系のアスファルテンのようなモデル化合物を描写する場合、仮定を用いれば、モデル化合物を描写し、グループ寄与法を適用することができるが、そのモデル化合物には多くの異性体が存在し、さらに化学的基団(グループ)もしくは官能基の置換位置やヘテロ原子(N、S、Oなど)の結合位置などを正確に決めることが困難であり、仮定が異なる場合は、何通りものモデル化合物が描写されてしまうことになる。特に、対象とする多成分系混合物の組成が異なれば、仮定の考え方の再考が必要となるが、前提となる仮定やモデル化合物の考え方によっては、算出させるHSPの値も変わる可能性もある。更には、仮定が適用できない場合や組成が異なる多成分系では、再度モデル化合物を設定し直す必要が生じ、仮定の考え方の再考も行う必要があると考えられる。
【0013】
また質量分析を多成分系に適用する場合は、他のガスクロマトグラフィー(GC)や液体クロマトグラフィー(HPLC)などの手法と組み合わせない限り、多成分系混合物が含有する化合物のイオン化した割合がわからず、含有成分がイオン化しにくい場合、多成分系混合物に存在する化合物がどの程度質量分析で網羅できているか不明である。さらにモデル化合物の取扱いについては、それを合成する場合や、論理性に矛盾が生じないように、多くのモデル化合物を、HSPの推算精度を向上させるために取り扱わなければならず、いずれも操作が煩雑で考え方も難解である。
【0014】
また、多成分系混合物のHSPを求めるにはハンセン溶解球を利用する方法や、表面自由エネルギーを適用するハンセン溶解球を算出する方法があるが、ハンセン球の作成にはHSPiP(Hansen Solubility Parameters in Practice)と呼ばれるHSPのデータベースも含む計算ソフトの使用が必須であり、3つのハンセン溶解度パラメーターの内、分極項δp及び水素結合項δhが0~0.5MPa1/2になると、ハンセン溶解球が描きにくい問題がある。そのため多成分系混合物のHSPを的確に推算し、検証する手法の開発が望まれている。
【0015】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、対象とする多成分系混合物から得られる複数の分析値を適用することにより、従来のように多成分系のモデル化合物を特定したり、非常に複雑で多くのピークが得られる質量分析のピークを解析することなく、多成分系混合物のHSPを的確に推算する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者等は、上記の課題を解決するための手段について鋭意検討した結果、対象とする多成分系混合物の分析値を利用することにより、詳しくは、元素分析、サイズ排除クロマトグラフィー(以下SECと略する場合がある)、1H NMR、13C NMR、IRから得られる数値を組み合わせて、化学的基団(グループ)もしくは官能基を決定し、さらに、その数を算出して、グループ寄与法によるHSPの推算方法を適用することにより、多成分系混合物のHSPを的確に、かつ簡便に推算することができるようになることから、本発明を完成した。
【0017】
すなわち、本発明は、2種以上の成分が混合して含まれる多成分系混合物のハンセン溶解度パラメーターを推算する方法であって、
(1)元素分析により多成分系混合物の各構成元素の割合を求めると共に、多成分系混合物の平均分子量を求めて、多成分系混合物の平均組成式を決定し、
(2)(1)で得られた平均組成式を構成する各構成元素が帰属する化学的基団(グループ)又は官能基(原子団)の種類を同定すると共に、同定された化学的基団又は官能基ごとに各構成元素の数を求めて、
(3)(2)で得られた各構成元素が帰属する化学的基団又は官能基の種類と、それら化学的基団又は官能基における各構成元素の数とを、グループ寄与法に基づくハンセン溶解度パラメーターの推算式に代入する、
ことを特徴とする多成分系混合物のハンセン溶解度パラメーターの推算方法である。
【0018】
また、本発明においては、前記多成分系混合物が、芳香族化合物、複素環式芳香族化合物、非環式脂肪族化合物、及び環式脂肪族化合物からなる群から選ばれる2種以上の成分からなるのが好ましい。
【0019】
また、本発明において、前記(1)で求められる多成分系混合物の平均分子量が、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)から得られる重量平均分子量Mwであるのが好ましい。
【0020】
また、本発明において、前記多成分系混合物の構成元素が、炭素とヘテロ原子であるのが好ましい。さらに、前記(1)で求められる多成分系混合物の平均組成式がCnHmNxSyOzで表されて、n、m、x、y、及びzはそれぞれの構成元素の平均値であるのが好ましい。
【0021】
さらに、前記(2)で求める化学的基団又は官能基の種類とそれらにおける各構成元素の数を求めるにあたり、炭素Cの化学的基団(グループ)もしくは官能基(原子団数)を決定し、その数をそれぞれ求める方法が、13C NMR及び1H NMRスペクトルの化学シフト値を用いるか、もしくはこれらスペクトルの積分値とDEPT(Distorsionless Enhancement by Polarization Transfer)法とを用いて求めることが好ましい。
【0022】
また、前記(2)で求める化学的基団又は官能基の種類とそれらにおける各構成元素の数を求めるにあたり、ヘテロ原子の化学的基団(グループ)もしくは官能基(原子団数)を決定し、その数をそれぞれ求める方法が、13C NMR及び1H NMRスペクトルの化学シフト値とその積分値を用いるか、もしくはIRスペクトルから得られるピークとその強度を用いて求めることが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、多成分系混合物の分析値を利用することにより、詳しくは、元素分析、SEC、1H NMR、13C NMR、IRから得られる複数の数値を組み合わせて、ハンセン溶解度パラメーターを推算している。したがって、多成分系混合物の化学的基団(グループ)もしくは官能基とその数を、的確に決定することができ、推算精度が高い。また、本発明を利用すれば、一般的に推算が困難な多成分系混合物のハンセン溶解度パラメーターの推算が可能であり、モデル化合物を取り扱う必要もなく、さまざまな多成分系混合物に対して適用できて、汎用性も高い。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は、実施例でHSPの推算の対象とした石炭系重質油のハンセン溶解球である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の実施の形態について、以下に説明する。
【0026】
本発明の実施の形態に関わる推算方法は、2種以上の成分が混合して含まれる多成分系混合物のハンセン溶解度パラメーターを推算する方法であって、
(1)元素分析により多成分系混合物の各構成元素の割合を求めると共に、多成分系混合物の平均分子量を求めて、多成分系混合物の平均組成式を決定し、
(2)(1)で得られた平均組成式を構成する各構成元素が帰属する化学的基団又は官能基の種類を同定すると共に、同定された化学的基団又は官能基ごとに各構成元素の数を求めて、
(3)(2)で得られた各構成元素が帰属する化学的基団又は官能基の種類と、それら化学的基団又は官能基における各構成元素の数とを、グループ寄与法に基づくハンセン溶解度パラメーターの推算式に代入する、
ことを特徴とする。
【0027】
上記(1)において、対象とする多成分系混合物の元素分析については、例えばJIS M8819「石炭類及びコークス類-機器分析装置による元素分析方法」の方法もしくはこれに準ずる方法で測定することができる。C(炭素)、H(水素)、N(窒素)、S(硫黄)については燃焼法で、各酸化物の構成量から、C(炭素)、H(水素)、N(窒素)を算出できる。S(硫黄)については、燃焼後にイオンクロマト法により、SO4
2-を定量する事により求められる。O(酸素)については元素分析法でも求めることが出来るが、C(炭素)、H(水素)、N(窒素)、S(硫黄)の構成比率の合計を算出し、100からこれらの構成比率を減じることで算出できる。一般的にこのようにして算出されたO(酸素)はO diffで表記される。diffはdifference(差)を意味している。
また、上記手法に限らず、必要に応じて、ICP発行分光分析法やICP質量分析法などを使用して、対象とする多成分系混合物の元素分析を実施してもよい。
【0028】
また、対象とする多成分系混合物の平均分子量を得る方法については、例えばSEC法(Size Exclusion Chromatography:サイズ排除クロマトグラフィー)で求めることができる。別の呼称でGPC法(Gel Permeation Chromatography:ゲル浸透クロマトグラフィー)という場合もある。SEC法で測定可能な分子量は約100~1,000,000以上であり、カラム構成を変更すれば測定可能な分子量領域が非常に広範囲となる特徴がある。
また、上記手法に限らず、必要に応じて、質量分析計(MS)、ガスクロマトグラフィー(GC)、液体クロマトグラフィー(HPLC)、熱重量測定(TG)を単独もしくは併用することにより、多成分系の混合物の平均分子量を算出してもよい。
【0029】
そして、上記(1)では、多成分系混合物の平均組成式を決定する。多成分系混合物の平均組成式は、多成分系混合物の元素分析値と平均分子量が分かれば、周知の方法で容易に決定することができる。例えば、多成分系混合物が平均組成式CnHmNxSyOzのように表される場合、ナフタレンC10H8などの単分子の組成式とは異なり(単分子の組成式は必ず整数になる)、n、m、x、y、zは、多成分系混合物を構成する各構成元素の平均値であることが特徴となる。なお、この平均組成式は例示であり、CnHmNxSyOzに限定させるものではない。
【0030】
次いで、上記(2)では、(1)で得られた平均組成式を構成する各構成元素が帰属する化学的基団又は官能基の種類を同定すると共に、同定された化学的基団又は官能基ごとに各構成元素の数を求めるようにする。ここで、例えば構成元素が炭素Cである場合、炭素Cの化学的基団(グループ)又は官能基と、それらの数を決定するにあたっては、13C NMR及び1H NMRスペクトルの化学シフト値を用いるか、或いはDEPT法とスペクトルの積分値を利用することで決定することができる。その際、炭素Cの化学的基団(グループ)もしくは官能基で、芳香族炭素と脂肪族炭素の割合を算出するにあたっては、一般的に13C NMRスペクトルの積分値から得られる下記式(ii)で定義される芳香族炭素指数faから算出することができる。
芳香族炭素指数fa
= 芳香族炭素の積分値 / 芳香族炭素と脂肪族炭素の積分値の合計 式(ii)
【0031】
この式(ii)を用いれば、芳香族炭素と脂肪族炭素の割合を算出することが可能である。一般に芳香族炭素の13C NMRのピークの化学シフトは約110~160ppm、脂肪族炭素の13C NMRのピークの化学シフトは約10~60ppmであることが知られており、芳香族炭素指数faを算出する式(ii)には、これらの化学シフトの積分値が適用される。また、13C NMRの第4級炭素は、他の1~3級の炭素と比べ、緩和時間が長いことが知られているため、例えばメチル基の炭素と水素が結合していない第4級炭素のピークは全く強度が異なることが知られている。このため通常13C NMRで定量を実施する場合は、第4級炭素の積分値を低く見積もってしまう。したがって13C NMRを測定する条件は、十分な待ち時間で、常磁性緩和試薬を用いて、NOEなしで測定することが好ましい。なお13C NMRの化学シフト値は、基準とする溶剤により異なることが知られているが、一般的に良く使用される重クロロホルム(CDCl3)の13Cの3重線の中心ピークの77ppmのピークを基準とすることが好ましい。
【0032】
また、DEPT法を用いれば、13C NMRスペクトルのすべての炭素級数(第1~4級炭素)を決定することができる。すなわち、測定するパルスを45度(第4級炭素のピークが消失)、90度(第3級炭素のピークのみ検出)、135度(第4級炭素のピークが消失、第3級炭素と第1級炭素は上向きのピークとして検出、第2級炭素のみ下向きのピークとして検出)で測定すれば、13C NMRのピークが、第1級炭素(メチル基CH3の炭素)、第2級炭素(メチレン基CH2の炭素)、第3級炭素(メチン基>CH-の炭素)、第4級炭素(>C<)を確定させることができ、化学シフトからその炭素級数が、それぞれ芳香族炭素もしくは脂肪族炭素であることも決定することができる。確定した炭素級数のピークに対して、積分値をとれば、それぞれの炭素級数の割合を算出することができる。
【0033】
さらに多成分系混合物の場合、芳香族炭素の13C NMRの化学シフトで約110~160ppmのピークは、非常に複雑なピークとなることが多く、DEPT法では第3級の芳香族炭素と第4級の芳香族炭素の割合を区別し算出することが困難な場合があるため、好ましくは、1H NMRスペクトルの積分値から得られる下記式(iii)で定義される芳香族水素分率Haと、下記式(iv)で定義される環縮合度Hau/Caとを用いるのがよい。これにより、例えば平均組成式CnHmNxSyOz中のようなCとHのnとmを考慮すれば、第3級の芳香族炭素と第4級の芳香族炭素の割合を算出することができる。
芳香族水素分率Ha
= 芳香族水素の積分値 / 芳香族水素と脂肪族水素の積分値の合計 式(iii)
環縮合度Hau/Ca
= 未置換芳香族環の水素数 / 芳香族環の炭素数
= 芳香族環の置換可能な外周炭素数 / 芳香族環の炭素数
= CnHmNxSyOzのHのm×Ha/(CnHmNxSyOzのCのn×fa) 式(iv)
【0034】
上記式(iii)を用いれば、芳香族水素の割合を算出することが可能である。一般に芳香族水素の1H NMRのピークの化学シフトは約6~10ppm、脂肪族炭素の1H NMRのピークの化学シフトは約0~4.5ppmであることが知られており、芳香族水素分率Ha を算出する式(iii)には、これらの化学シフトの積分値が適用される。なお第4級の炭素には水素が結合していないため、1H NMRでは検出できない特徴がある。したがって、式(iv)で定義される環縮合度Hau/Ca中の、未置換芳香族環の水素数とは、芳香族環の置換可能な外周炭素数であり、水素が結合した第3級の芳香族炭素数を意味している。多成分系混合物のCの数とHの数は先の(1)においてすでに判明しているので、例えば平均組成式をCnHmNxSyOzとして表した場合、その中のHの『m×芳香族水素分率Ha』は、水素が結合した第3級の炭素数を表し、また、平均組成式CnHmNxSyOz中のCの『n×芳香族炭素指数fa』は、芳香族環の炭素数を表している。したがって、環縮合度Hau/Caは、芳香族炭素中に含まれる水素が結合した第3級の芳香族炭素の割合となる。炭素構造環境の割合を算出した後、必要に応じてヘテロ原子に結合したCの数を考慮する必要はあるが、例えば平均組成式CnHmNxSyOz中のCのnに、その割合をかければ、平均組成式CnHmNxSyOz中のCの炭素の構造環境の数を決定することができる。なお1H NMRの化学シフト値は、一般的に良く使用される基準物質であるテトラメチルシラン(TMS)のメチル基のピークを0.0ppmとしている。
また必要に応じて、C-H Cosy、H-H Cosy、HMQCなどの2次元NMRを組み合わせれば、炭素Cの化学的基団(グループ)もしくは官能基と、その数を決定する工程の精度を向上させることができる。またNMRは固体NMRであってもよい。
【0035】
一方で、N、S、Oなどのようなヘテロ原子の化学的基団(グループ)又は官能基を決定し、その数をそれぞれ求めるにあたっては、好ましくは、13C NMR及び1H NMRスペクトルの化学シフト値とこれらスペクトルの積分値を用いるか、或いはIRスペクトルから得られるピークとその強度を用いて求めることができる。
【0036】
13C NMR及び1H NMRスペクトルの化学シフト値は、隣接するヘテロ原子の電子の密度の大小によって変化することが知られている。電子の密度を変化させる代表的な要因としては、電気陰性度の違いによる分極が挙げられる。例えば13C NMR及び1H NMRスペクトルの場合、メタノールのメチル基は電気陰性度の高い酸素原子に隣接しているため、酸素原子との分極により、炭素と水素原子の電子密度は低くなるので低磁場側(13C NMR 約50ppm及び1H NMR約3.4ppm)にピークが現れることが知られている。一方、酸素原子が結合していないノルマルヘキサンの末端メチル基は電気陰性度の高い酸素原子に隣接していないため、高磁場側(13C NMR 約14ppm及び1H NMR約0.9ppm)にピークが現れる。さらに環電流効果などでも炭素原子や水素原子のピークが低磁場シフトすることが知られている。ヘテロ原子が結合した炭素と水素原子の化学シフト値は、周知の有機化合物のNMRデータベースが多数あり、そのデータベースを活用し、ヘテロ原子が結合した炭素や水素の化学シフト値を適用することも可能である。
【0037】
また、13C NMR及び1H NMRスペクトルの化学シフト値とその積分値で、ヘテロ原子N、S、Oなどに結合した炭素や水素の割合を決定することもできるが、多成分系混合物の場合、そのスペクトルが複雑になる場合があるため、IRスペクトルから得られるピークとその強度から求めることも可能である。IRスペクトルとは赤外分光法から得られる赤外吸収スペクトルである。赤外分光法は、物質に赤外光を照射し、透過または反射した光を測定することで、試料の構造解析や定量を行う分析手法である。特に構造解析では、試料中の化学的基団(グループ)もしくは官能基の情報を得ることが可能である。
【0038】
ここで、平均組成式をCnHmNxSyOzとしたときの窒素(N)については、例えば、窒素(N)の結合様式をアミンとした場合、第1級アミン(-NH2)、第2級アミン(-NH-)、第3級アミン(-N<)の結合形態をとることが可能である。第1級アミン(-NH2)は3500cm-1付近と3400cm-1付近に2個のN-H伸縮振動の吸収帯、第2級アミン(-NH-)は3350~3310cm-1に1個のN-H伸縮振動の吸収帯を示し、IRスペクトルのN-H伸縮振動の吸収帯が異なることから、判別が可能である。第1級アミン(-NH2)と第2級アミン(-NH-)の定量については、例えば対象とする多成分系混合物に芳香族化合物が多いと推定される場合は、カルバゾール、インドール、ピロール、アニリンなどで、検量線を作成した上で、第1級アミン(-NH2)と第2級アミン(-NH-)の定量を実施することができる。第3級アミン(-N<)の定量については、平均組成式CnHmNxSyOz中の窒素(N)から定量した第1級アミン(-NH2)もしくは第2級アミン(-NH-)を減ずることで算出することができる。ニトロ基(-NO2)やニトリル基(-CN)などのアミン以外の窒素を含有する官能基についても、特定の波長領域に吸収(特性吸収帯と呼ぶ)を示すので、必要に応じて、NMRやGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析計及びLC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析計)などと組み合わせれば、同様に定量することが可能と考えられる。
【0039】
また、平均組成式をCnHmNxSyOzとしたときの硫黄(S)については、例えば、硫黄(S)の結合様式は、チオール(-SH)もしくは水素結合をもたないチオエーテル(-S-)の結合形態をとることが可能である。IRスペクトルのS-H伸縮振動の吸収帯は、2600~2550cm-1に吸収帯が得られることから、判別が可能である。チオール(-SH)の定量については、例えば対象とする多成分系に芳香族化合物が多いと推定される場合は、ベンゼンチオールなどで、検量線を作成した上で、チオール(-SH)の定量を実施することができる。チオエーテル(-S-)の定量については、平均組成式CnHmNxSyOz中の硫黄(S)から定量した第1級チオール(-SH)を減ずることで算出することができる。チオール(-SH)もしくは水素結合をもたないチオエーテル(-S-)以外の硫黄(S)を含有するスルホキシド基(>SO)などについても、必要に応じて、NMRやGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析計)及びLC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析計)などと組み合わせれば、同様に定量することが可能と考えられる。
【0040】
一方、平均組成式をCnHmNxSyOzとしたときの酸素(O)についても、硫黄(S)と同様に、例えば、その結合様式は水酸基(-OH)もしくは水素結合をもたないエーテル(-O-)の結合形態をとることが可能である。IRスペクトルのO-H伸縮振動の吸収帯は、水素結合していない非会合性の水酸基(-OH)が3650~3584cm-1で、水素結合している会合性の水酸基(-OH)が3550~3200cm-1で、エーテル(-O-)のC-O伸縮振動である1260~1000cm-1と異なることから、判別が可能である。水酸基(-OH)の定量については、例えば対象とする多成分系混合物に芳香族化合物が多いと推定される場合は、フェノールやナフトールなどで、検量線を作成した上で、水酸基(-OH)の定量を実施することができる。エーテル(-O-)の定量については、検量線を作成する方法や平均組成式CnHmNxSyOz中の酸素(O)から定量した水酸基(-OH)を減ずることで算出することもできる。さらに、水酸基(-OH)もしくは水素結合をもたないエーテル(-O-)以外の酸素(O)を含有するカルボニル基(>C=O)であるケトン、エステル、アルデヒドなどについても、特定の波長領域に吸収(特性吸収帯と呼ぶ)を示すので、必要に応じて、NMRやGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析計)及びLC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析計)などと組み合わせれば、同様に定量することが可能と考えられる。またIRスペクトルについても、周知の有機化合物のIRスペクトルのデータベースが多数あり、そのデータベースを必要に応じて活用し、試料(多成分系混合物)中の化学的基団(グループ)もしくは官能基の情報を得ることが可能である。
【0041】
次いで、上記(3)では、(2)で得られた各構成元素が帰属する化学的基団又は官能基の種類と、それら化学的基団又は官能基における各構成元素の数とを、グループ寄与法に基づくハンセン溶解度パラメーターの推算式に代入する。すなわち、本発明において、多成分系混合物のハンセン溶解度パラメーターを算出するにあたり、グループ寄与法に基づくハンセン溶解度パラメーターの推算式を利用して算出する。グループ寄与法に基づく推算式は、すでに様々な推算式が提案されており、例えば、Kreveren & Hoftyzerの推算方法(K&H法)、Fedorsの推算方法、Hoyの推算方法、Stefanis & Panayiotouの推算方法(S&P法)、Kreveren & Hoftyzerの推算方法(K&H法)を改良したmodified Kreveren & Hoftyzerの推算方法(modified K&H法)などが周知である。これらの推算式の推算精度については、対象とする化学的基団(グループ)もしくは官能基をより細分化した推算式であれば、推算精度がより高い傾向にあり、Stefanis & Panayiotouの推算方法(S&P法)が比較的推算精度が高いことが知られている。また例えばKreveren & Hoftyzerの推算方法(K&H法)のように、推算式によっては、化学的基団(グループ)もしくは官能基に加えて、モル体積(cm3/mol)も推算時に必要になることが知られており、必要に応じて算出する必要がある。モル体積(cm3/mol)は、分子量(g/mol)を密度(g/cm3)で割れば、算出可能であるため、分子量(g/mol)もしくは密度(g/cm3)を算出もしくは計測すれば良い。分子量は平均分子量とすることも可能である。
【0042】
ここで、グループ寄与法に基づく推算式を従来行われている方法で使用すると、例えば、ナフタレンのハンセン溶解度パラメーターを算出する場合、ナフタレンは第3級の芳香族炭素が8個、第4級の芳香族炭素が2個であるので、それに相当する推算式上の化学的基団(グループ)もしくは官能基のパラメーターに、その数を入れ、計算するのが一般的である。このとき、Kreveren & Hoftyzerの推算方法(K&H法)では、対象とする化学的基団(グループ)もしくは官能基の細分化が、Stefanis & Panayiotouの推算方法(S&P法)のようになされておらず、ナフタレンのハンセン溶解度パラメーターの推算はできない。これに対して本発明では、多成分系の化学的基団(グループ)もしくは官能基とその数を、上述したように元素分析、SEC、1H NMR、13C NMR、IR等から得られる複数の数値を組み合わせて算出しているので、それらの数を、周知のハンセン溶解度パラメーターの推算式に代入すれば、多成分系のハンセン溶解度パラメーターを算出することが可能である。用いる推算式については、それぞれの推算式で細分化された化学的基団(グループ)もしくは官能基とその数を決定できれば良いため、特に限定しないが、好ましくは対象とする化学的基団(グループ)もしくは官能基をより細分化した推算式が、推算精度が高い傾向にあるため、上述したようにStefanis & Panayiotouの推算方法(S&P法)が好ましい。その際には、上述したように、平均組成式を構成する各構成元素が帰属する化学的基団又は官能基の種類を同定すると共に、同定された化学的基団又は官能基ごとに各構成元素の数を求めることから、化学的基団(グループ)もしくは官能基の数は、単分子を取り扱う場合と異なり、各構成元素での平均値となることが本発明の特徴である。各構成元素での平均値は、単分子を取り扱う場合と異なり、整数もしくは小数となることが本発明の特徴となる。
【0043】
多成分系混合物が含有する化合物としては、例えば、芳香族化合物、複素環式芳香族化合物、非環式脂肪族化合物、環式脂肪族化合物等を挙げることができる。このうちいずれかの2種以上の成分を含む多成分系混合物が好適であるが、多成分系混合物が含有する化合物は、これらに限定されるものではない。これらの化合物を、必ずしもすべて含有している必要はなく、これらの化合物の含有割合も特に限定されない。したがって、本発明では、多成分系中に含有される成分やその割合に関係なく、多成分系混合物の元素分析、SEC、1H NMR、13C NMR、IRが測定できれば、ハンセン溶解度パラメーターを推算することが可能である。また高分子化合物についても適用可能である。
【0044】
本発明における多成分系混合物について、特に好適には、例えば、石炭系重質油、コールタール、コールタール軟ピッチ、石油系及び石炭系混合溶剤、アスファルテン、ガソリン、灯油、軽油、重油などである。本発明では、これらの元素分析、SEC、1H NMR、13C NMR、IRが測定できれば、ハンセン溶解度パラメーターを推算することが可能である。
【0045】
本発明により推算されたハンセン溶解度パラメーターを使用すれば、対象とする多成分系混合物に対して、良溶媒となる溶媒を選定することが可能となる。良溶媒は単一の溶剤もしくは混合溶剤でもよい。すなわち推算により得られたハンセン溶解度パラメーターに類似した溶剤もしくは混合溶剤を選定することができる。混合溶剤を選定する場合は、下記の式(i)を利用する周知の方法で選定することができる。
【数2】
ここで、Φは混合溶媒中の体積分率を表し、下付き添え字mix及び1と2は、混合溶媒であること、それが成分1と成分2を有することをそれぞれ表している。また、下付き添え字iはd、p、hとなる。このうち、dはHSPにおける分散項を表し、pは分極項(極性項)を表し、hは水素結合項を表す。
【0046】
本発明で推算したハンセン溶解度パラメーターの推算精度の検証は、ハンセン溶解球法と呼ばれる方法を採用することができる。この方法は前述したように、推算対象の多成分系混合物に、HSPが既知の溶剤を溶解し、対象物が溶解し沈殿物が生じなければ溶解と判定し、対象物が溶解せず沈殿物が生じたら不溶解と判定する。この時、沈殿物は溶剤に溶解しなかった不溶解物と考えられる。溶解した既知の溶剤のHSPと不溶解の既知の溶剤のHSPを、3次元のグラフ上にそれぞれプロットし、対象物が溶解した既知の溶剤が球の内側、対象物が不溶解の既知の溶剤が球の外側になるように、ハンセン球と呼ばれる球を作成し、その球の中心が推算対象となる多成分系のHSPとなる。ハンセン溶解球法で算出したHSPと本発明で推算したHSPは、下記式(v)と式(vi)で示されるHSP距離Raあるいは3次元プロット上の距離Δδと比較すれば、推算精度の検証が可能である。すなわちHSP距離Raあるいは3次元プロット上の距離Δδが小さいほど推算精度が高いと考えられる。
【数3】
【0047】
式(v)及び式(vi)において下付き添え字1と2は、成分1と成分2をそれぞれ表している。本発明では、実施例にて示すとおり、ハンセン溶解球法で算出したHSPと本発明で推算したHSPとは互いに近い値を示す。
【実施例0048】
実施例を挙げて、本発明をさらに説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施例に限定されるものではない。
【0049】
(比較例1)
HSPの推算の対象としたのは、芳香族化合物及び複素環式芳香族化合物、非環式脂肪族化合物、並びに環式脂肪族化合物を含有する石炭系重質油である。推算方法の妥当性の比較のために、石炭系重質油のハンセン溶解球を求めることによって、当該石炭系重質油のHSPを求めた。
石炭系重質油のHSPは、表1に示したようにHSPが既知の溶剤に溶解し、石炭系重質油が溶解し沈殿物が生じなければ溶解と判定し(表1中のScore列に「1」と記載)、同じく表1に示したHSPが既知の溶剤に石炭系重質油が溶解せず沈殿物が生じたら不溶解と判定した(表1中のScore列に「0(ゼロ)」と記載)。この時、沈殿物は溶剤に溶解しなかった石炭系重質油の不溶解物と考えられる。
【0050】
続いて
図1に示すように3次元のグラフ上に、溶解した既知の溶剤のHSP(
図1中に丸で記載)と不溶解の既知の溶剤のHSP(
図1中に四角で記載)を、それぞれプロットし、石炭系重質油が溶解した既知の溶剤が球の内側、対象物が不溶解の既知の溶剤が球の外側になるように、ハンセン球と呼ばれる球を作成し、ハンセン球の中心を石炭系重質油のHSPとした(
図1中に記載)。ハンセン球の作成には、HSPiP(Hansen Solubility Parameters in Practice Version 5.2.06)と呼ばれるHSPのデータベースも含む計算ソフトを使用した。
使用した溶剤及びHSPiPソフトより算出した石炭系重質油のハンセン溶解球を表1と
図1にそれぞれ示す。また得られたHSP値を表4に示す。つまり、この比較例1でハンセン溶解球法により求めた石炭系重質油のHSPであるδ
d、δ
p、δ
hの3つの項は、表4に記載のハンセン溶解球法になる。表4に示したδ
tは以下の式で示されるヒルデブランドの溶解度パラメーターであり、このヒルデブランドの溶解度パラメーターδ
tを3つに分割したパラメーターがHSPである。
【数4】
【0051】
(実施例1)
HSPの推算の対象としたのは、比較例1と同じ石炭系重質油である。表2には元素分析の結果、平均分子量Mwの結果、平均組成式CnHmNxSyOzの結果をそれぞれ示す。
元素分析についてはJIS M8819「石炭類及びコークス類-機器分析装置による元素分析方法」に準ずる方法で測定した。C(炭素)、H(水素)、N(窒素)、S(硫黄)については燃焼法で、各酸化物の構成量から、C(炭素)、H(水素)、N(窒素)を算出した。S(硫黄)については、燃焼後にイオンクロマト法により、SO4
2―を定量することにより求めた。O(酸素)については元素分析法でも求めることが出来るが、C(炭素)、H(水素)、N(窒素)、S(硫黄)の構成比率の合計を算出し、100からこれらの構成比率を減じることで算出した。このようにして算出したO(酸素)はO diffで表記した。
【0052】
SEC法による平均分子量の決定は、一般的に数平均分子量と重量平均分子量が求められるが、重量平均分子量を平均分子量Mwとして採用した。
また石炭系重質油の平均組成式CnHmNxSyOzは、表2に示した元素分析の結果と平均分子量Mwの結果より算出した。
さらに石炭系重質油の炭素(C)を含む化学的基団(グループ)もしくは官能基の決定とその個数は、13C NMR、1H NMRのそれぞれの化学シフト値とDEPT法により決定した。また13C NMRの測定は、常磁性緩和試薬にCr(acac)3を用いて、NOEなしで、定量性のある測定手法で測定した。さらに石炭系重質油のN(窒素)、S(硫黄)、O(酸素)を含む化学的基団(グループ)もしくは官能基の決定とその数は、IRスペクトルから得られるピークとその強度から検量線を用いて決定した。その結果を表3に示す。
【0053】
表3の結果を考慮して、Stefanis&Panayiotou (S&P) の推算法とHoyの推算法を用いて、石炭系重質油の推算法でのHSP値を算出した。その結果を表4に示す(参考文献1:E. Stefanis, C. Panayiotou, Int. J. Thermophys.,2008,29,568-585.参考文献2:溶解度パラメーター(SP値・HSP値)の基礎、応用とHansen溶解球の利用技術最前線2日間連続コースセミナー(京都)、サイエンス&テクノロジー(株)主催、2019年8月20日~21日、第1日目セミナー資料、pp.60~62)。
【0054】
ハンセン溶解球法により求めた石炭系重質油のHSP値と本発明により推算した石炭系重質油HSP値を比較すると、推算式によりHSP値に違いはあるものの、推算精度の高いと言われているStefanis&Panayiotou(S&P) の推算法が、ハンセン溶解球法から求めたHSP値と、Ra及びΔδがともに小さく、良い一致を示すことが判明した。この結果から本発明を利用すれば、HSP値を精度よく推算できると考えられる。
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】