(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023113166
(43)【公開日】2023-08-16
(54)【発明の名称】可視光照射によって異性化する水溶性アゾベンゼン化合物
(51)【国際特許分類】
C07C 245/08 20060101AFI20230808BHJP
C09K 3/00 20060101ALI20230808BHJP
C09K 9/02 20060101ALI20230808BHJP
【FI】
C07C245/08 CSP
C09K3/00 104Z
C09K9/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022015314
(22)【出願日】2022-02-03
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 滉一郎
(72)【発明者】
【氏名】則包 恭央
(72)【発明者】
【氏名】キーガン マギー
【テーマコード(参考)】
4H006
【Fターム(参考)】
4H006AA01
4H006AA03
4H006AB91
(57)【要約】 (修正有)
【課題】緑色の可視光照射によって異性化する水溶性アゾベンゼン化合物を提供する。
【解決手段】水溶性アゾベンゼン化合物は下式で表される。MはNaまたはKであり、Xはフッ素、塩素、または臭素であり、Yは炭素数1以上8以下のアルキレン基である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される水溶性アゾベンゼン化合物。
【化1】
MはNaまたはKであり、Xはフッ素、塩素、または臭素であり、Yは炭素数1以上8以下のアルキレン基である。
【請求項2】
請求項1において、
前記Xがフッ素であり、前記Yがメチレン基である水溶性アゾベンゼン化合物。
【請求項3】
分散質であるナノ粒子と、前記ナノ粒子を保護するカチオン性の界面活性剤と、水溶性の分散媒を含有する分散液中に添加し、緑色または青色の可視光を前記分散液に照射することによって、前記分散液中の前記ナノ粒子の分散性を制御する分散制御剤であって、
請求項1または2の水溶性アゾベンゼン化合物を有効成分として含有する分散制御剤。
【請求項4】
水溶性の分散媒と、請求項1または2の水溶性アゾベンゼン化合物と、ナノ粒子と、前記ナノ粒子を保護するカチオン性の界面活性剤とを含有する分散液。
【請求項5】
請求項4の分散液に緑色または青色の可視光を照射して、前記ナノ粒子の分散性を制御する分散制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、可視光照射によって異性化する水溶性アゾベンゼン化合物と、この水溶性アゾベンゼン化合物を有効成分として含有し、微粒子の分散性を可視光照射によって可逆的に制御できる分散制御剤に関する。
【背景技術】
【0002】
光異性化機能を有するアゾベンゼンは疎水性である。このため、アゾベンゼンを水中で利用するためには、アゾベンゼンを化学修飾して水溶性にする必要がある。アゾベンゼンを化学修飾した水溶性アゾベンゼン化合物は、光照射によって薬剤を放出するリポソーム(非特許文献1)、および光照射による微粒子分散制御(非特許文献2)への応用が報告されており、高度なドラッグデリバリー技術および分離技術に適用できる物質として注目を集めている。
【0003】
水溶性アゾベンゼン化合物の光異性化は、アゾベンゼンの光異性化と同様に、通常、紫外光照射によって起こる。しかし、紫外光は、有機分子および細胞組織に吸収されやすいため、それらに損傷を与えるおそれがある。ドラッグデリバリー技術および分離技術に水溶性アゾベンゼン化合物の光異性化機能を実用的に適用するために、低エネルギーである可視光照射による異性化の実現が求められている。特許文献1では、アゾベンゼンにペプチドまたはカルボン酸を化学修飾することで、可視光照射によってトランス体からシス体に異性化する水溶性アゾベンゼン化合物を提案している。
【0004】
しなしながら、特許文献1の水溶性アゾベンゼン化合物をトランス体からシス体に光異性化するための可視光の波長は410nmであり、紫外光と可視光の境界である400nmに近い。水溶性アゾベンゼン化合物を広く応用展開していくためには、紫外光に近い波長の可視光(波長410nm)よりも、さらに低エネルギーの緑色の可視光(波長500~540nm付近)の照射によってトランス体からシス体へと安定に異性化する水溶性アゾベンゼンが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Z. Cui, T. Phoeung, P. Rousseau, G. Rydzek, Q. Zhang, C. G. Bazuin and M. Lafleur, Langmuir, 2014, 30, 10818-10825.
【非特許文献2】Z. Li, Y. Shi, A. Zhu, Y. Zhao, H. Wang, B. P. Binks and J. Wang, Angew. Chem., Int. Ed., 2021, 60, 3928-3933.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本願は、このような事情に鑑みてなされたものであり、緑色の可視光照射によってトランス体からシス体に異性化する水溶性アゾベンゼン化合物と、緑色または青色の可視光照射によって分散液中の分散質である微粒子の分散制御ができる分散制御剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願の水溶性アゾベンゼン化合物は、下記一般式(1)で表される。MはNaまたはKであり、Xはフッ素、塩素、または臭素であり、Yは炭素数1以上8以下のアルキレン基である。
【0009】
【0010】
本願の分散制御剤は、分散質であるナノ粒子と、ナノ粒子を保護するカチオン性の界面活性剤と、水溶性の分散媒を含有する分散液中に添加し、緑色または青色の可視光を分散液に照射することによって、分散液中のナノ粒子の分散性を制御する分散制御剤であって、本願の水溶性アゾベンゼン化合物を有効成分として含有する。本願の分散液は、水溶性の分散媒と、本願の水溶性アゾベンゼン化合物と、ナノ粒子と、ナノ粒子を保護するカチオン性の界面活性剤を含有する。本願の分散制御方法は、本願の分散液に緑色または青色の可視光を照射して、ナノ粒子の分散性を制御する。
【発明の効果】
【0011】
本願の水溶性アゾベンゼン化合物は、緑色の可視光でトランス体からシス体に異性化するため、有機分子または細胞組織に損傷を与えるおそれがある紫外光を用いずに光異性化できる。また、本願の水溶性アゾベンゼン化合物は、アニオン性のため、カチオン性の界面活性剤で一部以上が覆われた分散質である微粒子の分散液中での分散を、緑色または青色の可視光照射という簡易な方法で制御できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】4-((2,6-ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノールの
1H-NMRスペクトル(実施例1のアゾカップリング反応工程)。
【
図2】エチル-2-(4-((2,6-ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノキシ)アセテートの
1H-NMRスペクトル(実施例1のエステル付加反応工程)。
【
図3】2-(4-(2,6―ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノキシ酢酸ナトリウムの
1H-NMRスペクトル(実施例1の加水分解反応工程)。
【
図4】2-(4-(2,6―ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノキシ酢酸ナトリウムのMassスペクトル(実施例1の加水分解反応工程)。
【
図5】2-(4-(2,6―ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノキシ酢酸ナトリウム水溶液の吸光度スペクトル(実施例2)。
【
図6】CTACで保護されたケージ型金ナノ粒子を含有する分散液に2-(4-(2,6―ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノキシ酢酸ナトリウムの水溶液を混合した溶液の吸光度スペクトル(実施例3)。
【
図7】CTACで保護されたケージ型金ナノ粒子を含有する分散液の色変化を示す画像(実施例3)。
【
図8】CTACで保護されたケージ型金ナノ粒子を含有する分散液で、緑色光照射前後のケージ型金ナノ粒子の走査型電子顕微鏡像(実施例3)。
【
図9】CTACで保護されたケージ型金ナノ粒子を含有する分散液に対して、緑色光照射と青色光照射をそれぞれ3回繰り返したときの波長650nmにおける溶液の吸光度変化を示すグラフ(実施例3)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本願の実施形態の水溶性アゾベンゼン化合物は下記一般式(1)で表される。ただし、一般式(1)で、MはNaまたはKであり、Xはフッ素、塩素、または臭素であり、Yは炭素数1以上8以下のアルキレン基である。
【0014】
【0015】
本実施形態のアゾベンゼン化合物は、アゾベンゼンの2つのベンゼンのオルト位に、フッ素、塩素、または臭素であるXを導入したので、アゾ基の電子密度が低下し、光吸収波長のレッドシフトが起こり、緑色の可視光照射によって光異性化が可能となる。ここで、Xの電子吸引性が大きいほど、低エネルギーの可視光照射によるアゾベンゼン化合物の異性化が可能である。したがって、Xはフッ素であることが好ましい。
【0016】
また、本実施形態のアゾベンゼン化合物は、アゾベンゼンの一方のベンゼンのパラ位にエーテル結合を介したカルボン酸塩を導入したので、大きな極性をもち水溶性となる。なお、Yの炭素数が8以下であれば、アゾベンゼン化合物の水溶性を維持できる。アゾベンゼン化合物の極性が大きいほど水に溶けやすいので、Yはメチレン基であることが好ましい。ここで、水溶性とは、固体の場合、20℃で水100gに0.1g以上溶けて、水溶液となる性質をいい、液体の場合、20℃で水100gに0.1g以上均一に混ざり合って、流動が収まった後でも均一な外観となる性質をいう。なお、本願では、水溶性の分散媒には水自体も含まれる。
【0017】
本実施形態のアゾベンゼン化合物は、ジアゾ化反応工程、アゾカップリング反応工程、エステル付加反応工程、および加水分解反応工程を経て製造される。ジアゾ化反応工程では、下記一般式(2)で表され、ベンゼン環の2位と6位がフッ素、塩素、または臭素で置換されたアニリン化合物をジアゾ化する。より具体的には、下記一般式(2)で表されるアニリン化合物の塩酸塩水溶液を亜硝酸ナトリウムで処理して、下記一般式(3)で表されるジアゾニウム塩を得る。下記一般式(2)および下記一般式(3)のXは、上記一般式(1)のXと同じである。なお、下記一般式(2)で表されるアニリン化合物は、市販の試薬を使用できる。
【0018】
【0019】
【0020】
アゾカップリング反応工程では、ジアゾ化反応工程で得たジアゾニウム塩と、ベンゼン環の3位と5位がフッ素、塩素、または臭素で置換されたフェノール化合物をカップリング反応させる。より具体的には、下記一般式(4)で表されるフェノール化合物と水酸化ナトリウム水溶液を混合し、上記一般式(3)で表されるジアゾニウム塩をさらに混合して、下記一般式(5)で表されるアゾベンゼン化合物を得る。下記一般式(4)および下記一般式(5)のXは、上記一般式(1)のXと同じである。なお、下記一般式(4)で表されるフェノール化合物は、市販の試薬を使用できる。
【0021】
【0022】
【0023】
エステル付加反応工程では、アゾカップリング反応工程で得たアゾベンゼン化合物に対して、末端が臭素化された炭素数1以上8以下の直鎖飽和カルボン酸エチルエステルが求核置換反応する。より具体的には、下記一般式(6)で表されるブロモエステル化合物を、水酸化ナトリウムと、上記一般式(5)で表されるアゾベンゼン化合物と混合し、エタノール溶媒中で加熱還流し、下記一般式(7)で表されるアゾベンゼン化合物を得る。下記一般式(6)および下記一般式(7)のYは、上記一般式(1)のYと同じである。また、下記一般式(7)のXは、上記一般式(1)のXと同じである。なお、下記一般式(6)で表される炭素数1以上8以下の直鎖飽和カルボン酸エチルエステルは、市販の試薬を使用できる。
【0024】
【0025】
【0026】
加水分解反応工程では、エステル付加反応工程で得たアゾベンゼン化合物を加水分解する。より具体的には、メタノールと水の混合液中で、水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムと上記一般式(7)で表されるアゾベンゼン化合物を混合し、加水分解して、上記一般式(1)で表される水溶性アゾベンゼン化合物を得る。
【0027】
本願の実施形態の分散制御剤は、本願の水溶性アゾベンゼン化合物を有効成分として含有する。本実施形態の分散制御剤は、分散質であるナノ粒子と、ナノ粒子を保護するカチオン性の界面活性剤と、水溶性の分散媒を含有する分散液中に添加し、緑色または青色の可視光を分散液に照射することによって、分散液中のナノ粒子の分散性を制御する。ナノ粒子とは、平均粒径1nm以上100nm以下の粒子をいう。ここで、平均粒径とは動的光散乱法を用いたキュムラント解析に基づく流体力学的径をいう。
【0028】
ナノ粒子の形態としては、例えば、ケージ型、球状、キューブ状、およびロッド状が挙げられる。ナノ粒子の直径、辺長、および長軸長さは、それぞれ10nm以上50nm以下であることが好ましい。本実施形態で使用できるナノ粒子としては、例えば、金ナノ粒子、銀ナノ粒子、銅ナノ粒子、白金ナノ粒子、およびパラジウムナノ粒子が挙げられる。金ナノ粒子としては、ケージ型金ナノ粒子が好ましい。ケージ型金ナノ粒子は多孔質なので、高い触媒活性を有する上、ケージ内に薬剤を保持することで、光照射による薬剤の徐放が可能である。
【0029】
また、本実施形態で使用できるカチオン性の界面活性剤としては、例えば、CTAC(セチルトリメチルアンモニウムクロリド:Cetyltrimethylammonium chloride)、CTAB(セチルトリメチルアンモニウムブロミド:Cetyltrimethylammonium bromide)、DTAC(ドデシルトリメチルアンモニウムクロリド:Dodecyltrimethylammonium chloride)、およびDTAB(ドデシルトリメチルアンモニウムブロミド:Dodecyltrimethylammonium bromide)が挙げられる。界面活性剤がナノ粒子を保護するとは、ナノ粒子の表面の少なくとも一部を界面活性剤が覆っていることをいう。緑色の可視光とは、波長500nm以上570nm以下の光をいう。青色の可視光とは、波長400nm以上500nm以下の光をいう。
【0030】
本願の実施形態の分散液は、水溶性の分散媒と、本願の水溶性アゾベンゼン化合物と、ナノ粒子と、ナノ粒子を保護するカチオン性の界面活性剤を含有する。分散液の水溶性アゾベンゼン化合物の濃度は、水溶性アゾベンゼン化合物が水溶性の分散媒に溶解する0.5mM以上2mM以下であることが好ましい。また、ナノ粒子の分散性向上の観点と、水溶性アゾベンゼンより含有量を少なくする観点から、界面活性剤の濃度は、0.1mM以上1mM以下であることが好ましい。
【0031】
本願の実施形態の分散制御方法は、本願の分散液に緑色または青色の可視光を照射して、ナノ粒子の分散性を制御する。より具体的には、カチオン性の界面活性剤で保護された分散液中のナノ粒子に、本願のアニオン性の水溶性アゾベンゼン化合物が吸着して表面電荷が中和され凝集している分散液に、緑色の可視光を照射することによって、水溶性アゾベンゼン化合物がトランス体からシス体に異性化する。ここで、表面電荷はゼータ電位を指す。シス体の水溶性アゾベンゼン化合物がカチオン性の界面活性剤から脱離し、表面電荷が正電荷となることで、カチオン性の界面活性剤で保護されているとともに、凝集していたナノ粒子を、正電荷の静電反発力の増加により分散させる。
【0032】
一方、カチオン性の界面活性剤で保護されたナノ粒子が分散している分散液に、青色の可視光を照射することによって、水溶性アゾベンゼン化合物がシス体からトランス体に異性化する。トランス体の水溶性アゾベンゼン化合物が再びカチオン性の界面活性剤に吸着し、表面電荷が中和されることで、カチオン性の界面活性剤で保護されているとともに、分散していたナノ粒子を、静電反発力の低下により凝集させる。
【実施例0033】
実施例1:水溶性アゾベンゼン化合物の合成
下記の4つの工程を経て、下記化学式(8)で表されるアゾベンゼン化合物である2-(4-(2,6―ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノキシ酢酸ナトリウム(sodium -2- (4-((2,6-difluorophenyl) diazenyl) -3,5-difluorophenoxy) acetate)を合成した。
【0034】
【0035】
【0036】
2.4Nの塩酸に2,6-ジフルオロアニリン0.645g(5mmol)を溶解させて6.00mLとした塩酸塩水溶液を-4℃に冷却した。亜硝酸ナトリウム0.414g(6mmol)を水に溶解させて1.00mLとした水溶液を、この塩酸塩水溶液にゆっくりと滴下した。15分間撹拌して、上記化学反応式の右側の化学式で表されるジアゾニウム塩の水溶液を得た。
【0037】
【0038】
20質量%の水酸化ナトリウム水溶液に3,5-ジフルオロフェノール0.650g(5mmol)を溶解させて2mLとしたフェノール水溶液を-4℃に冷却した。溶液温度が0℃を超えないように、このフェノール水溶液に、ジアゾ化反応工程で得たジアゾニウム塩の水溶液をゆっくりと滴下して、アゾカップリング反応を進行させた。ジアゾニウム塩の滴下完了後、約3分間静置し、さらに室温に戻してから約1時間撹拌した。
【0039】
これに塩酸を加えてアゾカップリング反応を停止させた。反応生成物をクロロホルムで抽出し、食塩水と硫酸マグネシウムによって乾燥させた。シリカゲルカラムクロマトグラフィーによって得られた粗生成物を精製し、上記化学反応式の右側の化学式で表される目的生成物を収率57%で得た。この目的生成物について、
1H-NMRにより分析を行い、4-((2,6-ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノールであると同定した。
1H-NMRのスペクトルを
図1に示す。
【0040】
【0041】
4-((2,6-ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノール0.540g(2mmol)、ブロモ酢酸エチル0.418g(2.5mmol)、および水酸化ナトリウム0.080g(2mmol)をエタノールに溶解させて10mLとした溶液を、撹拌しながら加熱還流してエステル付加反応を進行させた。薄層クロマトグラフィー(TLC)によって4-((2,6-ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノールの消費をモニタリングすることで、反応の進行度を把握した。
【0042】
反応終了後に加熱を停止し、体積が約3倍となるように反応生成物の溶液に水を加え、さらに塩酸を加えてわずかに酸性の溶液とした。反応生成物をクロロホルムによって抽出し、食塩水と硫酸マグネシウムによって乾燥させた。シリカゲルカラムクロマトグラフィーによって得られた粗生成物を精製し、上記化学反応式の右側の化学式で表される目的生成物を収率68%で得た。この目的生成物について、
1H-NMRにより分析を行い、エチル-2-(4-((2,6-ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノキシ)アセテートであると同定した。
1H-NMRのスペクトルを
図2に示す。
【0043】
【0044】
90質量%のメタノール水溶液に、エチル-2-(4-((2,6-ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノキシ)アセテート0.356g(1mmol)と水酸化ナトリウム0.040g(1mmol)を溶解させて5mLとした溶液を、約1時間加熱還流した。TLCによってエチル-2-(4-((2,6-ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノキシ)アセテートの消費をモニタリングすることで、反応の進行度を把握した。
【0045】
反応終了後、ろ過し、0.01Mの水酸化ナトリウム水溶液で再結晶することで反応生成物を得た。さらに、この反応生成物をヘキサンで洗浄後、冷水で洗浄して目的生成物を収率97%で得た。この目的生成物について、
1H-NMRおよびMassにより分析を行い、上記化学式(8)で表される2-(4-(2,6―ジフルオロフェニル)ジアゼニル)-3,5-ジフルオロフェノキシ酢酸ナトリウムであると同定した。
1H-NMRのスペクトルおよびMassスペクトルを
図3および
図4にそれぞれ示す。
【0046】
実施例2:水溶性アゾベンゼン化合物の光異性化評価
上記化学式(8)で表される水溶性アゾベンゼン化合物の水溶液の光異性化を、緑色発光のLEDを用いた緑色可視光照射における吸光度変化によって評価した。この緑色発光のLEDの発光スペクトルのピーク波長は530nmで、半値幅は約26nmであった。なお、この水溶液の濃度は50μmol/Lであった。この水溶液の吸光度スペクトルを
図5に示す。
図5中の「Before green light」は緑色可視光照射前の吸光度を、「After green light 5 min」は、緑色可視光を5分間照射した後の吸光度をそれぞれ示している。緑色可視光照射によって、波長300nm~390nmおよび波長450nm~500nmにおける吸光度が減少した。
【0047】
さらに、この緑色可視光を5分間照射した後の水溶液に青色可視光を照射した。この青色可視光は、キセノンランプにバンドパスフィルターを取り付けた光を用いた。この青色光の発光スペクトルのピーク波長は405nmで、半値幅は約10nmであった。この青色可視光照射によって、この水溶液の吸光度スペクトルは、緑色可視光照射前のこの水溶液の吸光度スペクトルに戻った。以上の結果から、上記化学式(8)で表される水溶性アゾベンゼン化合物は、緑色可視光照射によってトランス体からシス体に異性化し、青色可視光照射によってシス体からトランス体に異性化することがわかった。
【0048】
実施例3:水溶性アゾベンゼン化合物を用いた金ナノ粒子の分散制御
化学式(8)で表される水溶性アゾベンゼン化合物を用いて、カチオン性の界面活性剤CTACで保護された金ナノ粒子の分散性の制御を行った。CTACで保護されたケージ型金ナノ粒子は、公知の合成方法(K. Liu et al, Chem. Mater. 2015, 27, 5261-5270)によって得た。1mmol/LでCTACを含有するとともに、ケージ型金ナノ粒子がおよそ1nmol/Lで分散した分散液0.8mLに、この水溶性アゾベンゼンの1.67mmol/L水溶液を1.2mL加え、CTACとこの水溶性アゾベンゼンの濃度をそれぞれ0.4mmol/Lと1.0mmol/Lにした。得られたこの分散液では、ケージ型金ナノ粒子がCTACで保護されていた。
【0049】
この分散液(始状態)に、緑色光照射および青色光照射をそれぞれ5分間行って、この水溶性アゾベンゼン化合物の光異性化を行った。そのときの吸光度スペクトルを
図6に示す。この緑色光は、キセノンランプにバンドパスフィルターを取り付けた光を用いた。この緑色光の発光スペクトルのピーク波長は520nmで、半値幅は約10nmであった。また、この青色光は、キセノンランプにバンドパスフィルターを取り付けた光を用いた。この青色光の発光スペクトルのピーク波長は420nmで、半値幅は約10nmであった。
【0050】
図6より、緑色可視光照射によって、波長650nm付近をピークとした吸光度が増加することがわかった。これは始状態で凝集していたケージ型金ナノ粒子が、緑色可視光照射によって分散したことを示している。さらに、
図6より、青色可視光照射によって、波長650nm付近のピークが再び減少することがわかった。これは分散していたケージ型金ナノ粒子が、青色可視光照射によって再凝集したことを示している。
【0051】
このときの色変化を
図7の画像に示す。ケージ型金ナノ粒子が凝集した始状態では、分散液は黄色であった。緑色可視光照射によってケージ型金ナノ粒子が分散し、波長650nm付近の吸光度が増加すると、分散液は緑色になった。その後の青色可視光照射によってケージ型金ナノ粒子が再び凝集すると、分散液は黄色に戻った。これは、可視光照射によって、目視で判別できるほど、ケージ型金ナノ粒子の分散状態が大きく変化することを示している。緑色可視光照射前後のケージ型金ナノ粒子の分散状態を、走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察した画像を
図8に示す。緑色可視光照射前はケージ型金ナノ粒子が凝集しているが、緑色可視光照射後は分散していることがわかった。
【0052】
5分間ずつの緑色可視光照射と青色可視光照射を3回繰り返したときの波長650nmにおけるこの分散液の吸光度変化を
図9に示す。この緑色光の発光スペクトルのピーク波長は500nmまたは520nmで、半値幅は約10nmであった。また、この青色光は、キセノンランプにバンドパスフィルターを取り付けた光を用いた。この青色光の発光スペクトルのピーク波長は420nmで、半値幅は約10nmであった。
【0053】
図9中の「500nm」、「520nm」、および「420nm」は、照射光波長を表している。
図9より、実施例1の水溶性アゾベンゼン化合物は、ケージ型金ナノ粒子の分散状態を可視光のみによって可逆的に繰り返し制御できることがわかった。すなわち、実施例1の水溶性アゾベンゼン化合物は、可視光のみの照射によってトランス体とシス体の可逆的変化が可能であることがわかった。
本願の水溶性アゾベンゼン化合物は、緑色可視光照射によってトランス体からシス体に、青色可視光照射によってシス体からトランス体に光異性化する。したがって、紫外光を用いずに本願の水溶性アゾベンゼン化合物は光異性化できる。このため、本願の水溶性アゾベンゼン化合物は、可視光照射によって薬剤を放出するリポソーム、および可視光照射による微粒子分散制御などに利用できる。
また、本願の水溶性アゾベンゼン化合物を用いると、可視光照射によって、カチオン性の界面活性剤CTACで保護されたケージ型金ナノ粒子の分散状態を制御できる。ケージ型金ナノ粒子は多孔質であり、表面積が大きい。このため、本願の水溶性アゾベンゼン化合物は、触媒活性の制御、および薬剤の徐放制御によるドラッグデリバリーなどに利用できる。