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特開2023-113531AgAuS系多元化合物からなる半導体ナノ粒子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023113531
(43)【公開日】2023-08-16
(54)【発明の名称】AgAuS系多元化合物からなる半導体ナノ粒子
(51)【国際特許分類】
   C01G 5/00 20060101AFI20230808BHJP
   C09K 11/62 20060101ALI20230808BHJP
   C09K 11/58 20060101ALI20230808BHJP
   C09K 11/64 20060101ALI20230808BHJP
   C09K 11/89 20060101ALI20230808BHJP
   C09K 11/08 20060101ALI20230808BHJP
   B82Y 20/00 20110101ALI20230808BHJP
   B82Y 30/00 20110101ALI20230808BHJP
   C01G 7/00 20060101ALI20230808BHJP
【FI】
C01G5/00 Z
C09K11/62 ZNM
C09K11/58
C09K11/64
C09K11/89
C09K11/08 G
B82Y20/00
B82Y30/00
C01G7/00
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022015989
(22)【出願日】2022-02-03
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-05-09
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】鳥本 司
(72)【発明者】
【氏名】亀山 達矢
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 万里子
(72)【発明者】
【氏名】宮前 千恵
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 弘規
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 優輔
(72)【発明者】
【氏名】菊池 翔二郎
【テーマコード(参考)】
4H001
【Fターム(参考)】
4H001CA02
4H001CC09
4H001CC13
4H001XA13
4H001XA16
4H001XA29
4H001XA30
4H001XA32
4H001XA47
4H001XA48
4H001XA49
4H001XA79
4H001XA80
4H001XA81
(57)【要約】
【課題】化合物半導体からなる半導体ナノ粒子であって、適切な発光・吸光特性を有すると共に生体親和性も有する新規な組成の半導体ナノ粒子を提供する。
【解決手段】本発明は、必須の構成元素としてAg、Au、S、及び金属Mを含む化合物からなる半導体ナノ粒子であって、前記金属Mは、Al、Ga、In、Tl、Zn、Cd、Hg、Cuの少なくともいずれかであり、前記化合物は、Ag、Au、S、及び金属Mの合計含有量が95質量%以上である半導体ナノ粒子に関する。AgAuS系多元化合物中のAgの原子数xとAuの原子数yとの合計に対するAgの原子数の比(x/(x+y))は0.50以上0.88以下の物が好ましい。
【選択図】図7


【特許請求の範囲】
【請求項1】
必須の構成元素としてAg、Au、S、及び金属Mを含む化合物からなる半導体ナノ粒子であって、
前記金属Mは、Al、Ga、In、Tl、Zn、Cd、Hg、Cuの少なくともいずれかであり、
前記化合物は、Ag、Au、S、及び金属Mの合計含有量が95質量%以上である半導体ナノ粒子。
【請求項2】
前記化合物中の金属Mの含有量が1原子%以上40原子%以下である請求項1記載の半導体ナノ粒子。
【請求項3】
前記化合物中のAgの原子数xとAuの原子数yとの合計に対するAgの原子数の比(x/(x+y))が0.50以上0.88以下である請求項1又は請求項2記載の半導体ナノ粒子。
【請求項4】
前記化合物中のSの含有量が30原子%以上60原子%以下である請求項1~請求項3のいずれかに記載の半導体ナノ粒子。
【請求項5】
前記化合物は、Ag、Au、Sを含む化合物に金属Mがドープされてなる請求項1~請求項4のいずれかに記載の半導体ナノ粒子。
【請求項6】
前記化合物は、
Ag、Au、Sを含むコア化合物と、
前記コア化合物の表面の少なくとも一部を被覆する、金属M及び/又は金属Mを必須的に含みAg、Au、Sの少なくともいずれかを含むシェル化合物と、からなる請求項1~請求項4のいずれかに記載の半導体ナノ粒子。
【請求項7】
平均粒径が、2nm以上20nm以下である請求項1~請求項6のいずれかに記載の半導体ナノ粒子。
【請求項8】
保護剤として、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルキルアミン、アルケニル鎖炭素数が4以上20以下のアルケニルアミン、アルキル鎖炭素数が3以上20以下のアルキルカルボン酸、アルケニル鎖炭素数が3以上20以下のアルケニルカルボン酸、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルカンチオール、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィン、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィンオキシド、トリフェニルホスフィン、トリフェニルホスフィンオキシドの少なくともいずれかが、表面に結合された請求項1~請求項7のいずれかに記載の半導体ナノ粒子。
【請求項9】
吸収スペクトルの長波長側吸収端波長が、600nm以上である請求項1~請求項8のいずれかに記載の半導体ナノ粒子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AgAuS系多元化合物からなる半導体ナノ粒子に関する。詳しくは、Ag、Au、S及び金属Mで構成されるAgAuS系多元化合物であって、新規な構成を有する化合物からなる半導体ナノ粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体は、ナノスケールの微小粒子とすることで量子閉じ込め効果を発現し、粒径に応じたバンドギャップを示す。そのため、半導体ナノ粒子の組成と粒径を制御してバンドギャップを調節することで、発光波長や吸収波長を任意に設定することができるようになる。この特性を利用した半導体ナノ粒子は、量子ドット(QD:Quantum Dot)とも称されており、様々な技術分野での活用が期待されている。
【0003】
例えば、半導体ナノ粒子は、ディスプレイ装置や生体関連物質検出用マーカー物質等に利用される発光素子、蛍光物質への応答が検討されている。上記の通り、半導体ナノ粒子は、粒径制御によって発光波長を自在に制御できることに加えて、半導体ナノ粒子の発光ピーク幅は有機色素に比べて十分に狭く、励起光照射下において有機色素よりも安定である。このことから発光素子等への応用が期待できる。
【0004】
また、半導体ナノ粒子は、太陽電池や光センサ等に搭載される光電変換素子や受光素子への利用も期待されている。粒子径による吸収波長が制御できることに加え、高い量子効率を有し吸光係数が高いという特性も有する。この特性により、半導体ナノ粒子は、半導体デバイスの小型化・薄型化に寄与し得る。
【0005】
そして、半導体ナノ粒子の具体的な構成としては、CdS、CdSe、CdTe、PbS、PbSe、AgS等の第11族-第16族化合物半導体といった二元化合物半導体や、AgInTe等の第11族-第13族-第16化合物半導体のような三元化合物半導体で構成された半導体ナノ粒子が知られている(特許文献1~4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-243507号公報
【特許文献2】特開2004-352594号公報
【特許文献3】特開2017-014476号公報
【特許文献4】国際公開WO2020/054764号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記した各種用途に適用されつつある半導体ナノ粒子は、いまだ研究段階にあり、その製造方法を含め最適なものが見出されているわけではない。そうした中で量子閉じ込め効果による特異な性質を有し、且つ生体親和性(低毒性組成)等の実用面を考慮した特性を有する新規な化合物半導体を適用したナノ粒子の開発の要請は多い。
【0008】
本発明は、以上のような背景のもとになされたものであり、光半導体としての発光・吸光特性を有すると共に生体親和性等を具備し、これまでの報告例にはない新規な組成の化合物からなる半導体ナノ粒子を開示する。そして、この新規な半導体ナノ粒子を基礎に、より改良された光半導体特性を発揮し得る半導体ナノ粒子を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する過程において、本発明者等は、基礎となる新たな化合物半導体としてAg、Au、Sからなる三元系の化合物であるAgAuS三元化合物からなる半導体ナノ粒子の有用性について着目した。
【0010】
半導体ナノ粒子に関するこれまでの研究例において、AgとAuは、それぞれ別々に半導体ナノ粒子の構成元素となることは知られているが、Ag及びAuの双方を含む三元化合物半導体をナノ粒子としたときの特性に関する具体的な検討例はなかった。この点、Ag及びAuは、いずれも化学的に比較的安定な金属であり、生体親和性を有する金属として古くから知られている。そして、Sは生体の必須元素であり生体親和性を有する元素である。よって、AgAuS三元化合物からなる半導体ナノ粒子は、マーカー等の生体用蛍光物質等への適用が期待できる。そして、AgAuS系化合物半導体が従来技術と同等以上の光半導体特性を発揮するのであれば、この化合物を検討することの意義は大きい。
【0011】
そこで、本発明者等は、本発明の予備的検討として、AgAuS系化合物からなる半導体ナノ粒子の製造可否及びその光半導体特性について検討した。その結果、化合物ナノ粒子の製造方法として公知の湿式還元法により、AgAuS三元化合物からなる半導体ナノ粒子が製造可能であることを見出している。そして、本発明者等の検討では、上記AgAuS三元化合物のナノ粒子は、従来の半導体ナノ粒子、例えばAgSナノ粒子と同様の光半導体特性を示すことを確認している。これらの検討から、本発明者等は、AgAuS三元化合物からなる半導体ナノ粒子には、新たな半導体ナノ粒子としての有用性があることを見出している。
【0012】
もっとも、上記予備的検討においては、AgAuS三元化合物のナノ粒子にも改善の余地があることが示唆されている。本発明者等によれば、AgAuS三元化合物は、AgSナノ粒子と同等の量子効率等の光半導体特性を示すが、AgSナノ粒子はさほど高い性能を発揮するものではない。また、上記のとおり、半導体ナノ粒子の利用が期待される分野として、光センサの受光素子等へがある。近年、センサ用受光素子には近赤外領域における光応答特性が重視されている。AgSは、近赤外領域における性能低下がみられ、AgAuS三元化合物も同様の特性を示す傾向を示すことが懸念される。つまり、AgAuS三元化合物においては、量子効率の向上や長波長領域における性能向上等といった点に改善の必要があるといえる。
【0013】
そこで、本発明者等は、AgAuS三元化合物の光半導体特性の向上について更なる検討を行った結果、AgAuS三元化合物の半導体ナノ粒子に対し所定の金属元素(M)を添加した多元化合物からなるナノ粒子とすることで、基礎となるAgAuS三元化合物に対して特性改善がみられることを見出し本発明に想到した。
【0014】
上記課題を解決する本発明は、必須の構成元素としてAg、Au、S、及び金属Mを含む化合物からなる半導体ナノ粒子であって、前記金属Mは、Al、Ga、In、Tl、Zn、Cd、Hg、Cuの少なくともいずれかであり、前記化合物は、Ag、Au、S、及び金属Mの合計含有量が95質量%以上である半導体ナノ粒子である。
【0015】
以下、本発明に係るAgAuS多元系化合物半導体からなる半導体ナノ粒子の構成とその製造方法について説明する。尚、本願明細書においては、便宜のため、Ag、Au、Sで構成される本発明の基礎となる化合物を「AgAuS三元化合物」と称する。そして、本発明の対象となる、AgAuS三元化合物に少なくとも1種の金属Mを添加した四元系以上の化合物を「AgAuS系多元化合物」と称することとする。
【0016】
A.本発明に係る半導体ナノ粒子の構成
A-1.半導体ナノ粒子の化学組成
上記の通り、本発明に係る半導体ナノ粒子は、AgAuS三元化合物に金属Mが添加されてなるAgAuS系多元化合物からなるナノ粒子である。AgAuS三元化合物の特性改善のために添加される金属Mは、第11族元素~第13族元素に属する元素である、Al、Ga、In、Tl、Zn、Cd、Hg、Cuの少なくともいずれかである。これらの金属元素がAgAuS三元化合物の発光量子効率の向上作用や吸収波長のシフトといった特性変化を生じさせる。より好ましい金属Mとしては、In、Cu、Zn、Gaが挙げられる。
【0017】
本発明に係る半導体ナノ粒子を構成するAgAuS系多元化合物は、金属Mの種類や含有量に応じ、その構造や特性を変化させる。化合物中の金属Mの含有量は、1原子%以上40原子%以下とするのが好ましい。1原子%未満では、AgAuS三元化合物と実質的に変わりはない。また、40原子%を超えると、量子効率等における特性改善の効果が大きく低減する。金属Mが第13族元素に属する元素である場合、金属Mの含有量は、1原子%以上21原子%以下とするのが好ましい。
【0018】
また、本発明で起用されるAgAuS多元系化合物の基本となるAgAuS三元化合物は、化合物中のAgとAuとの存在比率によって特性が異なる。本発明のAgAuS系多元化合物からなるナノ粒子も、化合物中のAgとAuとの存在比率によって特性が変化する。本発明においては、化合物中のAgの原子数(x)とAuの原子数(y)との合計に対するAgの原子数の比(x/(x+y))が0.50以上0.88以下であるものが好ましい。Agの原子数の比の下限値はより好ましくは、0.63以上とし、更に好ましくは0.71以上とする。Agの原子数の比の上限は、0.87とするのが好ましい。これらの組成範囲において、発光量子効率等の増大効果は明瞭となる。
【0019】
また、AgAuS系多元化合物にはSも必須の構成元素となる。Sは、基礎となるAgAuS三元化合物の構成元素であり、金属Mの添加の際の電荷補償によってもAgAuS系多元化合物に含有される。そのため、Sの含有量は、金属Mの種類(価数)や含有量によって変化する。AgAuS系多元化合物中のSの含有量は、30原子%以上60原子%以下であるものが好ましい。Sの含有量は、より好ましくは35原子%以上45原子%以下である。
【0020】
本発明に係る半導体ナノ粒子は、Ag、Au、S、金属Mを必須の構成元素としたAgAuS系多元化合物で構成される。このAgAuS系多元化合物は、Ag、Au、S、金属Mの合計含有量が95質量%以上である。必須構成元素であるAg、Au、S、金属M以外に含まれる可能性のある元素としては、Ge、Si、Sn、Pb、O、Se、Te等が考えられ、これらの元素は5質量%未満であれば許容される。但し、化合物は、Ag、Au、S、金属Mの合計含有量が99質量%以上であることが好ましく、99.9質量%以上がより好ましい。尚、ここでの化合物の組成値は、半導体ナノ粒子を構成するAgAuS系多元化合物の値であり、後述する保護剤の成分は含まれない。
【0021】
A-2.半導体ナノ粒子の構造
本発明の半導体ナノ粒子を構成するAgAuS系多元化合物の構造に関し、必須の構成元素であるAg、Au、S、金属Mの各原子の分布状態について特に限定されない。半導体ナノ粒子を構成する化合物の構造としては、Ag、Au、Sを含むAgAuS三元化合物に金属Mがドープされた状態の化合物が挙げられる。この場合のドープとは、金属M原子がAgAuS三元化合物からなる半導体結晶の結晶格子に対し、置換及び/又は格子間侵入する。
【0022】
また、本発明の半導体ナノ粒子を構成する化合物は、いわゆるコアシェル構造をとることもある。この場合、Ag、Au、Sを含むAgAuS三元化合物がコアとなる化合物(コア化合物)とし、金属M又は金属Mを必須的に含みAg、Au、Sの少なくともいずれかを含む化合物がシェル(シェル化合物)となり、コア化合物の表面の少なくとも一部を被覆する構造を有する。コアシェル構造の半導体ナノ粒子に関しては、コアとなるAgAuS三元化合物の表面欠陥をシェル中の金属Mが修飾することで、AgAuS三元化合物の特性向上に繋がると考えられる。この場合、シェル化合物は、金属Mのみで構成されている場合でも良いし、金属MとAg、Au、Sの少なくともいずれかとの化合物(例えば、AgMS等)で構成されていても良いし、それらの混合であっても良い。
【0023】
上記の構造のいずれにおいても、AgAuS系多元化合物中の元素分布は規則的であっても良いし不規則であっても良い。例えば、上記したコアシェル構造をとる場合、コアとなるAgAuS三元化合物は、単一相で構成されているとは限らず、混合相で構成されていても良い。尚、本発明の半導体ナノ粒子中に存在するAgAuS三元化合物は、AgAu、AgAu、AgAu、AgAuS、AgAu、AgAuS、AgAuSといった化学量論組成の化合物に加えて、前記の化学両論組成にない組成の化合物が挙げられる。これら化学量論組成であっても良いし、化学量論組成にないものでも良いし、それらの混合相であっても良い。
【0024】
また、本発明に係る半導体ナノ粒子の構造解析については、走査透過型電子顕微鏡(Scanning TEM)が好適に使用できる。特に、高角度散乱環状暗視野走査透過顕微鏡(High Angle Annular Dark Field Scanning TEM:HAADF-STEM)によれば、ナノ粒子の組成情報を反映した散乱像を得ることができ、エネルギー分散型X線分光装置(EDX)等との組み合わせにより、Ag、Au、S、金属Mの分布状態やナノ粒子全体の組成を把握することができる。
【0025】
本発明に係る半導体ナノ粒子は、平均粒径が2nm以上20nm以下であるものが好ましい。半導体ナノ粒子の粒径は、量子閉じ込め効果によるバンドギャップの調整作用と関連する。バンドギャップの調整による好適な発光・光吸収特性を発揮する上では、前記の平均粒径とするのが好ましい。尚、半導体ナノ粒子の平均粒径は、複数(100個以上が好ましい)の粒子をTEM等の電子顕微鏡により観察し、各粒子の粒径を測定して粒子数平均を算出することで得ることができる。
【0026】
A-3.半導体ナノ粒子の保護剤
また、本発明に係る半導体ナノ粒子は、保護剤として、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルキルアミン、アルケニル鎖炭素数が4以上20以下のアルケニルアミン、アルキル鎖炭素数が3以上20以下のアルキルカルボン酸、アルケニル鎖炭素数が3以上20以下のアルケニルカルボン酸、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルカンチオール、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィン、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィンオキシド、トリフェニルホスフィン、トリフェニルホスフィンオキシドの少なくともいずれかが、粒子表面に結合されたものが好ましい。半導体ナノ粒子の取り扱いにあたっては、半導体ナノ粒子を適宜の分散媒に分散させた溶液(スラリー又はインクと称されることもある)とすることが多い。前記の保護剤は、溶液中で半導体ナノ粒子の凝集を抑制して均一な溶液等とするため有用である。また、保護剤は、AgAuS化合物の合成工程で原料と共に反応系に添加されることで、好適な平均粒径のナノ粒子を形成する上でも作用する。尚、保護剤は、前記のアルキルアミン、アルケニルアミン、アルキルカルボン酸、アルケニルカルボン酸、アルカンチオール、トリアルキルホスフィン、トリアルキルホスフィンオキシド、トリフェニルホスフィン、トリフェニルホスフィンオキシドを単独又は複数組み合わせて適用することができる。
【0027】
A-5.半導体ナノ粒子の光半導体特性
これまで述べたとおり、半導体ナノ粒子は、粒径に応じて量子閉じ込め効果によってバンドギャップが調整され、光吸収特性が変化する。本発明に係る半導体ナノ粒子においては、吸収スペクトルの長波長側の吸収端波長が600nm以上となるものが好ましい。これにより、半導体ナノ粒子は、可視光領域から近赤外領域の光に対する吸収性・応答性を有する。本発明は、より好ましい態様として、吸収スペクトルの長波長側の吸収端波長が780nm以上の半導体ナノ粒子とすることができる。
【0028】
A-6.半導体ナノ粒子の使用態様
本発明に係る半導体ナノ粒子を適宜の基材・担体に塗布・担持することで、発光素子等の上述した各種用途に応用することができる。この基材や担体の構成や形状・寸法には特に制限はない。板状又は箔・フィルム上の基材として、例えば、ガラス、石英、シリコン、セラミックスもしくは金属等が例示される。また、粒状・粉末状の担体として、ZnO、TiO、WO、SnO、In、Al等の無機酸化物が例示される。また、半導体ナノ粒子を前記無機酸化物担体に担持し、更に、基材に固定しても良い。
【0029】
また、半導体ナノ粒子を基材・担体に塗布・担持する際には、上述したように、半導体ナノ粒子を適宜の分散媒に分散させた溶液・スラリー・インクが使用されることが多い。この溶液等の分散媒としては、クロロホルム、トルエン、シクロヘキサン、ヘキサン等が適用できる。そして、半導体ナノ粒子の溶液等の塗布方法としては、ディッピング、スピンコート法、また担持の方法としては、滴下法、含浸法、吸着法等の各種方法が適用できる。
【0030】
B.本発明に係る半導体ナノ粒子の製造方法
次に、本発明に係る半導体ナノ粒子の製造方法について説明する。本発明の半導体ナノ粒子は、AgAuS三元化合物に金属Mを添加した化合物で構成されることから、その製造方法として第1に挙げられるのは、AgAuS三元化合物からなるナノ粒子を製造する工程と、AgAuS三元化合物に金属Mを添加する工程とを含む製造方法である。以下、AgAuS三元化合物の製造方法と金属Mを添加する工程について説明する。
【0031】
B-1.AgAuS三元化合物ナノ粒子の製造工程
AgAuS三元化合物からなるナノ粒子は、Ag前駆体とAu前駆体と、必要に応じて硫黄源であるS前駆体とを反応溶媒に混合し、これらからなる反応系を100℃以上200℃以下の温度で加熱することで製造可能である。
【0032】
AgAuS三元化合物の原料となるAg前駆体及びAu前駆体としては、それぞれ、Ag塩又はAg錯体と、Au塩又はAu錯体が適用される。Ag前駆体及びAu前駆体は、1価のAg、1価のAuを含む塩又は錯体が好ましい。但し、Au前駆体については、3価のAuを含む前駆体用いることができる。半導体ナノ粒子の合成過程で、溶媒や共存する硫黄化合物等により3価Auが還元されて1価のAuとなるからである。また、Ag前駆体及びAu前駆体は、少なくともいずれかが硫黄(S)原子を含む配位子を有する錯体を適用することが好ましい。その場合、Ag錯体及び/又はAu錯体の配位子に含まれる硫黄原子をAgAuS三元化合物の硫黄供給源とし、化合物を合成することができる。
【0033】
好適なAg前駆体としては、酢酸銀(Ag(OAc))、硝酸銀、炭酸銀、酸化銀、シュウ酸銀、塩化銀、ヨウ化銀、シアン化銀(I)塩等が挙げられる。また、好適なAu前駆体としては、Auレジネート(C1018Au:CAS68990-27-2)、クロロ(ジメチルスルフィド)金(I)((CHSAuCl)、ヨウ化金(I)、亜硫酸金(I)塩、塩化金酸(III)、酢酸金(III)、シアン化金(I)塩、シアン化金(III)塩、1,10-フェナントロリン金(III)等が挙げられる。また、S前駆体となる硫黄化合物としては、硫黄単体の他、チオ尿素、アルキルチオ尿素、チオアセトアミド、アルカンチオールといった化合物や、β-ジチオン類、ジチオール類、キサントゲン酸塩、ジエチルジチオカルバミド酸塩等の化合物が適用できる。尚、Ag錯体、Au錯体がS原子を含む配位子を有する錯体であっても、S化合物を添加しても良い。
【0034】
合成されるAgAuS三元化合物の組成は、Ag前駆体及びAu前駆体の混合比(仕込み原子比)により調整可能である。好適なAgAuS三元化合物を得るため、Ag前駆体の仕込み量とAu前駆体の仕込み量について、それらに含まれる金属原子の原子比率(Ag:Au)をa:bとすると、a:bを0.78:0.22~0.14:0.86の間で設定することが好ましい。また、反応系中のSの量については、反応系におけるAg及びAuの総原子数に対して原子比で0.25以上0.60以下とするのが好ましい。但し、硫黄源については、余剰のSが反応系にあったとしてもAgAuS三元化合物の組成への影響は少ない。
【0035】
半導体ナノ粒子の合成における反応系は、無溶媒で生成することも可能であり、溶媒を使用しても良い。溶媒を使用する場合は、オクタデセン、テトラデカン、オレイン酸、オレイルアミン、ドデカンチオール、あるいはこれらの混合物等が適用できる。
【0036】
尚、上記したように、本発明の半導体ナノ粒子は、AgAuS系多元化合物に保護剤が結合したものが好ましい。そのため、上記した反応系には、Ag前駆体、Au前駆体等と共に保護剤を添加することが好ましい。保護剤として、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルキルアミン、アルケニル鎖炭素数が4以上20以下のアルケニルアミン、アルキル鎖炭素数が3以上20以下のアルキルカルボン酸、アルケニル鎖炭素数が3以上20以下のアルケニルカルボン酸、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のアルカンチオール、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィン、アルキル鎖炭素数が4以上20以下のトリアルキルホスフィンオキシド、トリフェニルホスフィン、トリフェニルホスフィンオキシドの少なくともいずれかを添加することが好ましい。
【0037】
Ag前駆体、Au前駆体、S前駆体及び保護剤で構成される反応系の加熱温度(反応温度)は、50℃以上200℃以下とする。50℃未満ではAgAuS三元化合物の合成が進行し難い。一方、200℃を超えると、Auが単独でナノ粒子を形成し所望の組成の化合物が生成されないおそれがある等の問題がある。半導体ナノ粒子の平均粒径は、反応温度の上昇と共に増大するが、前記温度範囲内であれば好適な平均粒径を超えることは少ない。より好適な反応温度は、100℃以上165℃以下である。また、加熱時間(反応時間)は、原料の仕込み量によって調整可能であるが、1分以上60分以下とするのが好ましい。尚、半導体ナノ粒子の合成反応中は、反応系を攪拌することが好ましい。
【0038】
半導体ナノ粒子の合成反応終了後は、必要に応じて反応系を冷却し、半導体ナノ粒子を回収する。このとき、非溶媒となるアルコール(エタノール、メタノール等)を添加してナノ粒子を沈殿させる、あるいは、遠心分離等により半導体ナノ粒子を沈殿させて回収し、更にアルコール(エタノール、メタノール等)等で一旦粒子を洗浄したのち、クロロホルムなどの良溶媒中に均一に分散させても良い。
【0039】
B-2.AgAuS三元化合物への金属Mの添加
AgAuS三元化合物への金属Mの添加は、無溶媒で行うことも可能であるが、溶媒中で行うことが好ましい。溶媒としては、上記したAgAuS三元化合物の反応系と同じものを使用することができる。上記で製造したAgAuS三元化合物のナノ粒子を含む反応系をそのまま利用しても良いし、公知の分離手段でナノ粒子を回収した後に溶媒に再分散させて反応系を形成して良い。
【0040】
AgAuS三元化合物ナノ粒子への金属Mの添加工程は、金属Mの化合物を金属M前駆体として反応系へ添加・混合し加熱する。金属M前駆体としては、金属Mの塩化物、硫化物、硝酸塩、酢酸塩、硫酸塩、スルファミン酸塩、ステアリン酸塩等が挙げられる。例えば、塩化インジウム、酢酸インジウム、ジエチルジチオカルバミド酸インジウム、塩化銅、酢酸銅、ステアリン酸亜鉛、酢酸亜鉛等である。本発明のAgAuS系多元化合物中の金属Mの含入量は、反応系における金属Mの前駆体の量で調整される。
【0041】
また、金属Mを添加するときの反応系には、硫黄源を添加することが好ましい。硫黄源として、硫黄単体の他、チオ尿素、アルキルチオ尿素、チオアセトアミド、アルカンチオールといった化合物や、β-ジチオン類、ジチオール類、キサントゲン酸塩、ジエチルジチオカルバミド酸塩等の化合物が好ましい。尚、金属Mの前駆体となる化合物中にSが含まれていても良いが、この場合でも硫黄源となるS化合物を添加しても良い。また、硫黄源は金属MとSを含む化合物(例えば、トリス(ジエチルジチオカルバミド酸塩)インジウム等)でも良い。
【0042】
金属Mの添加のための加熱温度は、80℃以上200℃以下とするのが好ましい。80℃未満では金属Mのドーピングが進行し難い。一方、200℃を超えると、AgAuS三元化合物の分解が生じるおそれがある。より好適な反応温度は、100℃以上150℃以下である。また、加熱時間(反応時間)は、反応系中の各成分の仕込み量によって調整可能であり、5分以上60分以下とするのが好ましい。尚、反応系は攪拌することが好ましい。上記反応工程により、AgAuS三元化合物に金属Mが添加されたAgAuS系多元化合物からなる半導体ナノ粒子を製造することができる。
【0043】
また、以上の説明による製造方法に加えて、AgAuS系多元化合物粒子の第2の製造方法として、金属MとAg又はAuとSとの三元化合物(AgMS、AuMS)のナノ粒子にAu又はAgを添加する方法によっても、本発明のAgAuS系多元化合物のナノ粒子を製造することができる。この場合、金属MとAg又はAuとSとの三元化合物(AgMS、AuMS)のナノ粒子は、上記したAg、Au、金属M、Sの各元素を含む前駆体を使用して合成できる。そして、金属MとAg又はAuとSとの三元化合物にAu又はAgを添加する工程は、上記の金属Mの添加工程と同様の方法が適用でき、これにより本発明のAgAuS系多元化合物のナノ粒子を製造できる。
【発明の効果】
【0044】
以上説明したように、本発明は、AgAuS三元化合物に金属Mが添加されたAgAuS系多元化合物からなる半導体ナノ粒子である。AgAuS三元化合物は、半導体ナノ粒子の構成成分として新規な組成であるが、ナノ粒子とすることで光半導体特性を発揮する。そして、AgAuS三元化合物にIn等の金属Mを添加することで、より好適な特性を発揮する。
【0045】
本発明に係る半導体ナノ粒子は、その主要な構成元素が生体親和性を有する低毒性な元素であることから、発光素子等の一般的な半導体デバイスに加えて、生体利用されるマーカー等への応用も期待できる。
【0046】
また、本発明に係る半導体ナノ粒子は、近赤外領域における発光・光吸収特性の向上が図られている。近年、近赤外領域での応答性が重視される光電変換素子として、LIDAR(Light Detection and Ranging)や近赤外線(SWIR)イメージセンサに適用される受光素子がある。本発明に係る半導体ナノ粒子は、こうした近赤外領域で作動する光電変換素子への利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0047】
図1】AgAuS三元化合物のナノ粒子の製造工程の概略を示す図
図2】予備的検討で製造したAgAuS三元化合物の半導体ナノ粒子のTEM像。
図3】予備的検討で製造したナノ粒子の吸収スペクトルの測定結果。
図4】予備的検討で製造したナノ粒子の発光スペクトル及び発光量子収率の測定結果
図5】第1実施形態で製造したIn添加AgAuS系多元化合物粒子のTEM像。
図6】第1実施形態で製造したIn添加AgAuS系多元化合物粒子の吸収スペクトルの測定結果。
図7】第1実施形態で製造したIn添加AgAuS系多元化合物粒子の発光スペクトル及び発光量子収率の測定結果。
図8】第2実施形態で製造したIn添加AgAuS系多元化合物粒子のTEM像。
図9】第2実施形態で製造したIn添加AgAuS系多元化合物粒子のXRD回折プロファイル。
図10】第2実施形態で製造したIn添加AgAuS系多元化合物粒子のTEM像及びHAADF像。
図11】In添加のないAgAuS三元化合物粒子の中心付近と表層付近のEDX分析の結果の一例。
図12】In添加AgAuS系多元化合物粒子の中心付近と表層付近のEDX分析の結果の一例。
図13】第2実施形態で製造したIn添加AgAuS系多元化合物粒子の吸収スペクトルの測定結果。
図14】第2実施形態で製造したIn添加AgAuS系多元化合物粒子の発光スペクトル及び発光量子収率の測定結果。
図15】第3実施形態で製造したCu添加AgAuS系多元化合物ナノ粒子のTEM像。
図16】第3実施形態で製造したCu添加AgAuS系多元化合物の吸収スペクトルと発光スペクトルの測定結果。
図17】第4実施形態で製造したZn添加AgAuS系多元化合物ナノ粒子のTEM像。
図18】第4実施形態で製造したZn添加AgAuS系多元化合物の吸収スペクトルと発光スペクトルの測定結果。
【発明を実施するための形態】
【0048】
以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、最初に予備的検討として、Ag前駆体とAu前駆体の混合比を調整して各種組成のAgAuS三元化合物からなる半導体ナノ粒子を製造した。そして、製造した半導体ナノ粒子について、TEM観察及び組成分析を行った後、
【0049】
[AgAuS三元化合物ナノ粒子の製造]
図1は、AgAuS三元化合物のナノ粒子の製造工程の概略を示す図である。原料となるAg前駆体として酢酸銀(Ag(OAc))と、Au前駆体としてクロロ(ジメチルスルフィド)金(I)と、S前駆体としてチオ尿素を秤量して試験管に入れ、更に、保護剤として1-ドデカンチオール(DDT)0.1cmと溶媒としてオレイルアミン(OLA)2.9cmを加えた。
【0050】
この予備的検討では、前駆体中に含まれる金属原子のAgとAuとの合計量を0.4mmolとしつつ、AgとAuの金属原子仕込み原子比(Ag:Au=a:b、但し、a+b=1.0)を調整した。チオ尿素の量は0.2mmolで共通とした。ここでは、Agの仕込み比aを1.0、0.88、0.75、0.63、0.5、0.25、0として7通りの仕込み原子比でAgAuS三元化合物を合成した。
【0051】
試験管に、各前駆体、保護剤、溶媒、および撹拌子を入れて3回窒素置換した後、ホットスターラーにより反応温度を150℃として10分間加熱しながら撹拌した。反応終了後、30分間放冷した後に小試験管に移し替えて、5分間4000rpmで遠心分離を行い上澄み液と沈殿とを分離した。
【0052】
その後、上澄み液に非溶媒としてメタノールを4cm加えて沈殿を生じさせ、5分間4000rpmで遠心分離を行い、沈殿を回収した。この沈殿に更にエタノールを4cm加えて分散させた後、同条件で遠心分離を行い、副生成物や溶媒を除去して精製した。
【0053】
以上の操作で得られた沈殿をクロロホルム3cmに分散させてAgAuS三元化合物のナノ粒子の分散液を得た。この分散液をサンプル瓶に移し替えて窒素置換を行った後、遮光して冷蔵保管した。
【0054】
[TEM観察及び平均粒径の測定]
製造したAgAuS三元化合物のナノ粒子(Ag仕込み比a=1.0、0.88、0.75、0.63、0.5、0.25、0)について、TEM観察を行った。図2に、製造したAgAuS三元化合物のナノ粒子のTEM像を示す(倍率は、各写真のスケールバーを参照)。各TEM像から、略球形のナノ粒子が合成されたことが確認された。そして、TEM像に基づいて、各組成のナノ粒子の平均粒径を測定算出した。粒径測定においては、TEM像に含まれている計測可能なナノ粒子を全てについて粒径を求め、平均粒径を算出した。
【0055】
〔ナノ粒子の組成分析]
上記のTEM観察と共にEDX分析を行い、ナノ粒子の組成分析を行った。Agの仕込み原子比aを1.0、0.88、0.75、0.63、0.5、0.25、0とした7種のナノ粒子におけるAg、Au、Sの各元素の含有量を表1に示す。組成分析の結果は、この予備的検討及び後述する各実施形態において、ナノ粒子全体に対する原子%で表示する。そして、組成分析結果に基づき算出されるAg原子数(x)とAu原子数(y)との合計に対するAg原子数の比(x/(x+y))を表1に併せて示す。
【0056】
【表1】
【0057】
表1から、本実施形態の予備的検討で製造したナノ粒子(AgAuS)におけるAgの原子数の割合(x/(x+y))は、金属前駆体のAg仕込み比(a)と完全一致はしていないが、Ag仕込み比の増大と共に近似する傾向にあることがわかる。
【0058】
[吸収スペクトル及び発光スペクトルの測定]
次に、各AgAuS三元化合物のナノ粒子について吸収スペクトルを測定した。吸収スペクトルは、紫外可視分光光度計(アジレント・テクノロジー株式会社製、Agilent 8453製)を用いて、波長範囲を400nm~1100nm
として測定した。
【0059】
そして、各ナノ粒子について発光スペクトル及び発光量子効率を測定した。発光スペクトルは浜松ホトニクス株式会社製ダイオードアレイ分光光度計(PMA-12、C10027-02)を用いた。サンプルをクロロホルム溶液(n=1.4429)で365nmでの吸光度が0.1となるように調整して測定を行った。
【0060】
また、発光量子収率の測定には、絶対PL量子収率測定装置(浜松ホトニクス株式会社製、C9920-03)を用いた。発光が1000nm以上の長波長に観測された場合には、マルチチャンネル分光測光装置(浜松ホトニクス株式会社製、PMA-12(型番:C10027-02(波長範囲350~1100nm)及び10028-01(波長範囲900~1650nm))を用いて発光スペクトルを測定した。このとき、サンプルをクロロホルム溶液(n=1.4429)で700nmでの吸光度が0.1となるように調整して測定を行った。励起光波長を700nmとして測定した。発光量子収率の算出は、蛍光分光光度計で計測された発光スペクトルについて、標準試料として近赤外発光有機蛍光色素であるインドシアニングリーン(ICG:Φ=13.2%)のエタノール溶液(n=1.3618)の発光スペクトルを測定し、下記式により相対法によって各サンプルの発光量子収率を計算した。
【0061】
【数1】
【0062】
予備的検討で製造したAgAuS三元化合物ナノ粒子の吸収スペクトルの測定結果を図3に示す。また、発光スペクトル及び発光量子収率の測定結果を図4に示す。そして、各ナノ粒子の組成と発光波長及び発光量子収率との関係について纏めたものを表2に示す。
【0063】
【表2】
【0064】
図3を参照すると、AgAuS三元化合物ナノ粒子の吸収端波長は、いずれも600nm以上となることが確認される。そして、図4と表2を参照すると、AgAuS三元化合物ナノ粒子は、いずれも発光を呈することが分かる。そして、Agの仕込み比が0.5(x/(x+y)=0.6)より大きいナノ粒子で比較的高い発光量子効率を示す。また、Ag仕込み比が増大してAg原子数の割合(x/(x+y))が大きくなるに従って、発光ピークが長波長方向にシフトする傾向にあることが分かる(a=0.25のときを除く)。
【0065】
第1実施形態:以上の予備的検討の結果から、AgAuS三元化合物からなるナノ粒子は、光半導体材料としての光吸収・発光特性を発揮し得ることが確認された。この予備的検討の結果を踏まえて、上記で製造したAgAuS三元化合物ナノ粒子に、金属MとしてInを添加して半導体ナノ粒子を製造した。
【0066】
本実施形態では、予備的検討で発光量子効率が比較的高かった、Ag仕込み比が0.5以上のAgAuS三元化合物ナノ粒子(表1のNo.3~No.6)と、参照用である仕込み比1.0(No.7)のAgS化合物ナノ粒子に対してInを添加することとした。また、In添加されるAgAuS三元化合物を構成するAgの原子数(x)とAuの原子数(y)との合計原子数(x+y)に等しい原子数のInを反応系に添加した(このAg及びAuの原子数と等量の添加量を1倍量と称する)。
【0067】
[金属M(In)の添加(1倍量)]
上記で製造したAgAuS三元化合物ナノ粒子を、AgとAuとの合計金属量が1.23×10-5molとなるように分取し、塩化インジウム(InCl)を1.23×10-5molと、チオアセトアミド1.84×10-5mol(塩化インジウムの1.5倍量)と共に試験官に入れ、更に、溶媒として脱水オレイルアミン3.0cmを入れた。そして、ホットスターラーにより反応温度を110℃として15分間加熱しながら撹拌した。反応終了後、20分間放冷し、遠心分離を行い上澄み液と沈殿とを分離した。そして、上澄み液を分離回収後、予備的検討と同様に単離・精製操作を行って本実施形態のIn添加AgAuS多元化合物からなる半導体ナノ粒子を得た。
【0068】
〔In添加AgAuS多元化合物ナノ粒子の各種検討]
上記で製造したIn添加AgAuS多元化合物からなる半導体ナノ粒子について、予備的検討と同様にして、TEM観察、組成分析を行った。図5にIn添加された各AgAuS系多元化合物粒子のTEM像を示すと共に、組成分析の結果を表3に示す。
【0069】
【表3】
【0070】
そして、各半導体ナノ粒子について吸収スペクトルと発光スペクトル及び発光量子効率を測定した。これらの測定方法は、上記予備的検討と同様とした。本実施形態で製造した半導体ナノ粒子(Ag仕込み比:0.5、0.63、0.75、0.88、1.0)についての吸収スペクトルの測定結果を図6に、発光スペクトルの測定結果を図7に示す。これらをまとめたものを表4に示す。
【0071】
【表4】
【0072】
表4から、AgAuS三元化合物への金属M(In)の添加により、発光量子効率の明確な上昇が確認された。また、Inの添加により、AgAuS三元化合物に対して発光スペクトルが長波長方向にシフトすることが確認された。Ag仕込み比0.5の実施例1については、発光量子効率の上昇はないものの、発光スペクトルの長波長シフトはみられる。
【0073】
第2実施形態:本実施形態では、AgAuS系多元化合物ナノ粒子のInの添加量と光半導体特性との関係について検討した。ここでは、Ag仕込み比が0.75であるAgAuS三元化合物にInを添加した。Inの添加の方法及び反応条件は、第1実施形態と同様とした。Inの添加は、第1実施形態において、ナノ粒子中のAg原子数とAu原子数の合計に等しい原子数のInを含む塩化インジウム(1.23×10-5mol)を基準(1倍量)とし、その0.25倍量(3.08×10-6mol:実施例5)、0.5倍量(6.15×10-6mol:実施例6)、2倍量(2.46×10-5mol:実施例7)、4倍量(4.92×10-5mol:実施例8)の塩化インジウムを添加した。また、塩化インジウムと共にチオアセトアミドを0.25倍量(4.60×10-6mol:実施例5)、0.5倍量(9.20×10-6mol:実施例6)、2倍量(3.68×10-5mol:実施例7)、4倍量(7.36×10-5mol:実施例8)を添加した。これらとAgAuS三元化合物ナノ粒子(AgとAuの合計金属量が1.23×10-5mol)と反応させてAgAuS系多元化合物ナノ粒子を製造した。
【0074】
そして、各添加量でInを添加した各半導体ナノ粒子について、第1実施形態と同様にTEM観察と組成分析(SEM-EDS)を行った。各半導体ナノ粒子のTEM像を図8に示す。また、各半導体ナノ粒子(In添加量:0.25倍量、0.5倍量、1倍量、2倍量、4倍量)の組成分析の結果を表5に示す。
【0075】
【表5】
【0076】
表5から、In添加量の増大に従って、半導体ナノ粒子のIn含有量が増加することがわかる。
【0077】
次に、半導体ナノ粒子の構成の詳細を検討するため、In添加量が0倍量、1倍量、2倍量、4倍量のナノ粒子(参考例と実施例3、7、8)について、XRD分析とHAADF-STEMによる観察を行った。XRD分析装置は、株式会社リガク製Ultima IVで、特性X線をCuKα線とし、分析条件として1°/min.とした。HAADF-STEM装置は、FEI製Tecnai Osirisであり、分析条件として加速電圧200kVで観察を行った。HAADF-STEM観察では、ナノ粒子の中心付近と表層付近について、装置付属のEDX装置による点分析も行った。これらの分析結果として、各半導体ナノ粒子のXRD分析の結果を図9に示し、HAADF像とマッピング像を図10に示す。
【0078】
図9のXRD分析の結果を参照すると、Inの添加量が2倍、4倍となることで27°付近のAgInSの回折ピークが増大している。また、HAADF-STEMで観察し半導体ナノ粒子についてEDX点分析を行い、中心付近と表層付近の各元素の構成比を行った結果の一例を図11、12に示す。これらのEDX点分析の結果を参照するとIn添加のないAgAuS三元化合物粒子(0倍:参考例)は、表層はAgが主成分となり、中心はAgAuS三元化合物からなるコアシェル構造を有すると考えられる。このIn添加のないAgAuS三元化合物と、In添加量が1倍量のAgAuS系多元化合物(実施例3)とは、表層部の構成が類似しておりAuが含まれていない。そして、In添加量が2倍量から増加するに従って表層部のAuが増加していることが確認される。
【0079】
そこで、各半導体ナノ粒子の組成(元素比)と構造をより厳密に推定するためにICP分析を行った。ICP分析は、測定装置はアジレント・テクノロジー株式会社製Agilent
5110を用い、マイクロウェーブ酸分解法にて前処理を行った後に、RFパワー:1.2kW、プラズマガス流量:12L/min、補助ガス流量:1.0L/minで測定を行った。このICPによる各半導体ナノ粒子の組成分析の結果を表6に示す。
【0080】
【表6】
【0081】
表6では、各ナノ粒子についてAgの原子数と1.0とした比率で組成を標記している。表6から、AgAuS三元化合物粒子にInを添加したとき、In添加量が0倍(In添加なし)と1倍(第1実施形態の実施例3)のAgAuS系多元化合物粒子のS含有率はほぼ同じである。つまり、1倍量までの添加ではInのみがAgAuS三元化合物粒子に添加されたしたと考察される。そして、In添加量が2倍量から増加するに従って、S含有率が増大すると考えられる。上記の図11、12の結果を併せて考察すると、AgAuS三元化合物ナノ粒子に金属Mを添加したAgAuS系多元化合物ナノ粒子は、金属Mの添加量等による構造変化を生じさせることがあると考えられる。但し、後述の光半導体特性の評価の結果を考慮すると、AgAuS系多元化合物ナノ粒子について、好適な構造を限定的に解釈する必要はないといえる。
【0082】
[AgAuS系多元化合物の光半導体特性の測定]
以上の分析を行った後、第1実施形態と同様、各半導体ナノ粒子について吸収スペクトルと発光スペクトル及び発光量子効率を測定した。この結果を図13及び図14と表7に示す。
【0083】
【表7】
【0084】
図13から、In添加したAgAuS系多元化合物ナノ粒子の吸収スペクトルは、In添加量によるは大きな差はみられない。図14を参照すると、発光量子効率はIn添加量が1倍の粒子(第1実施形態)において最大値を示す。発光量子効率は、In添加量の増加と共に低下するが、それでもIn添加のないAgAuS三元化合物粒子と同等である。また、発光スペクトルをみると、In添加量が1倍の粒子では、In添加なしAgAuS三元化合物粒子に対し長波長方向にピークシフトしていたが、2倍量、4倍量とすることで短波長方向へピークシフトしている。これらのIn添加量が1倍を超えたAgAuS系多元化合物ナノ粒子の発光量子効率の低下や発光スペクトルの低波長側へのピークシフトは、上述したAgInSの生成の進行に起因すると考えられる。
【0085】
第3実施形態:本実施形態では、AgAuS三元化合物粒子にCuを添加したAgAuS系多元化合物ナノ粒子を製造した。第1実施形態でAg仕込み比が0.75であるAgAuS三元化合物にCuを添加した。
【0086】
Cuの添加は、Cu源としてCuCl(塩化銅)を用い、基本的に第1実施形態と同様に、溶媒中のAgAuS三元化合物粒子に、塩化銅とチオアセトアミドを添加した。AgAuS三元化合物ナノ粒子(AgとAuの合計金属量が1.23×10-5mol)に対して、Cuの添加量は、ナノ粒子中のAg原子数とAu原子数の合計に等しい原子数のCuを含む塩化銅(1.23×10-5mol)を基準(1倍)とし、その2倍量(2.46×10-5mol)、3倍量(3.69×10-5mol)の塩化銅と反応させた。また、この反応では、塩化銅と共にチオアセトアミドを1倍量(6.15×10-6mol)、2倍量(12.3×10-6mol)、3倍量(18.45×10-6mol)を添加している。反応条件は、第1実施形態と同様とした。
【0087】
そして、製造したCu添加AgAuS系多元化合物ナノ粒子についてTEM観察と組成分析を行った後、吸収スペクトルと発光スペクトルを測定した。本実施形態のCu添加AgAuS系多元化合物ナノ粒子のTEM観察結果を図15に、組成分析の結果を表8に示す。また、吸収スペクトルと発光スペクトルの測定結果を図16に示す。
【0088】
【表8】
【0089】
Cu添加したAgAuS系多元化合物ナノ粒子についても、添加量の増大に応じたCu濃度の増加がみられる。また、吸収スペクトルの測定結果をみると、吸収端波長にはあまり変化がないものの、Cu添加によるスペクトル形状に変化がみられることから、Cu添加による特性調整の可能性が確認される。但し、本実施形態のCu添加AgAuS系多元化合物ナノ粒子では、発光は確認されなかった。
【0090】
第4実施形態:本実施形態では、AgAuS三元化合物粒子にZnを添加したAgAuS系多元化合物ナノ粒子を製造した。第1実施形態でAg仕込み比aが0.75であるAgAuS三元化合物にZnを添加した。
【0091】
Znの添加は、Zn源としてZn(C1835(ステアリン酸亜鉛)を用い、基本的に第1実施形態と同様に、溶媒中のAgAuS三元化合物粒子に、ステアリン酸亜鉛とチオアセトアミドを添加した。Znの添加量は、AgAuS三元化合物粒子の表面に厚さ1nmのシェルが形成されるように、0.5×10-7mol(粒子)のAgAuS三元化合物ナノ粒子とステアリン酸亜鉛0.035mmolとチオアセトアミド0.035mmolとを反応させた。反応条件は、温度100℃1時間加熱した。
【0092】
本実施形態で製造したAgAuS系多元化合物ナノ粒子については、TEM観察と組成分析を行った後、吸収スペクトルと発光スペクトルを測定した。本実施形態のAgAuS系多元化合物ナノ粒子のTEM観察結果を図17に、組成分析の結果を表9に示す。また、吸収スペクトルと発光スペクトルの測定結果を図18に示す。
【0093】
【表9】
【0094】
本実施形態のZn添加AgAuS系多元化合物ナノ粒子においては、発光が確認されたが、発行量子効率については添加前のAgAuS三元化合物粒子とほぼ同じであった。但し、Zn添加AgAuS系多元化合物ナノ粒子では、発光スペクトルの長波長方向へのピークシフトが確認されており、発光特性の調整の可能性が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0095】
以上説明したように、本発明に係る新規なAgAuS系多元化合物からなる半導体ナノ粒子は、良好な光半導体特性を発揮し得る。また、このAgAuS系多元化合物は、生体親和性を有する低毒性な化合物である。これらにより、本発明に係る半導体ナノ粒子は、ディスプレイ装置や生体関連物質検出用マーカー物質等に利用される発光素子、蛍光物質や、太陽電池や光センサ等に搭載される光電変換素子や受光素子への応用が期待される。
【0096】
また、本発明に係る半導体ナノ粒子は、近赤外領域における発光・光吸収特性の向上が図られている。このことから、本発明は、上記した光素子の中でも近赤外領域での応答性が重視されるLIDAR、SWIRイメージセンサに適用される受光素子にも有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18