(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023114349
(43)【公開日】2023-08-17
(54)【発明の名称】磁気抵抗素子を備える磁気記憶装置
(51)【国際特許分類】
H10B 61/00 20230101AFI20230809BHJP
H10N 50/10 20230101ALI20230809BHJP
G11C 11/16 20060101ALI20230809BHJP
【FI】
H01L27/105 447
H01L43/08 Z
G11C11/16 240
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022016669
(22)【出願日】2022-02-04
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2020年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/次世代コンピューティング技術の開発/電圧駆動不揮発性メモリを用いた超省電力ブレインモルフィックシステムの研究開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】松本 利映
(72)【発明者】
【氏名】湯浅 新治
(72)【発明者】
【氏名】今村 裕志
【テーマコード(参考)】
4M119
5F092
【Fターム(参考)】
4M119AA01
4M119AA05
4M119AA11
4M119BB01
4M119CC01
4M119CC05
4M119DD17
4M119DD25
4M119DD32
4M119DD45
4M119JJ03
4M119JJ04
5F092AA03
5F092AA04
5F092AB08
5F092AC12
5F092AD03
5F092AD05
5F092AD23
5F092AD25
5F092AD28
5F092BB23
5F092BB34
5F092BB35
5F092BB36
5F092BB38
5F092BB43
5F092BC04
5F092BC07
5F092CA02
5F092CA03
(57)【要約】
【課題】高速で低消費電力の書込みが可能で、かつ書込みエラー率の低減が可能な磁気記憶装置を提供する。
【解決手段】第1の磁性層を含む記録層13と、トンネル障壁層14と、第2の磁性層を含む参照層15との積層構造を有する磁気抵抗素子11と、制御部12と、を備え、上記記録層13の面内形状は、該面内形状に外接し面積が最小となる長方形が互いに異なる長さの短辺および長辺を有する形状であり、上記記録層13に書込み時に、有効磁界を上記記録層13の面内の上記短辺方向に印加しながら、上記制御部12が上記磁気抵抗素子11に電圧パルスを印加する、磁気記憶装置10が提供される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の磁性層を含む記録層と、トンネル障壁層と、第2の磁性層を含む参照層との積層構造を有する磁気抵抗素子と、
制御部と、を備え、
前記記録層の面内形状は、該面内形状に外接し面積が最小となる長方形が互いに異なる長さの短辺および長辺を有する形状であり、
前記記録層に書込み時に、有効磁界を前記記録層の面内の前記短辺方向に印加しながら、前記制御部が前記磁気抵抗素子に電圧パルスを印加する、磁気記憶装置。
【請求項2】
前記記録層に書込み時の前記電圧パルスが単極性のパルス電圧であり、該単極性の電圧パルスの印加により前記記録層に双方向の磁化反転を生じさせる、請求項1記載の磁気記憶装置。
【請求項3】
前記記録層がHf、Ta、W、Os、Ir、PtおよびAuのうちいずれか一つ以上を含む、請求項1または2記載の磁気記憶装置。
【請求項4】
前記有効磁界が前記記録層の膜面に対して垂直な成分をさらに有する、請求項1~3のうちいずれか一項記載の磁気記憶装置。
【請求項5】
前記記録層が垂直磁気異方性を有する、請求項1~4のうちいずれか一項記載の磁気記憶装置。
【請求項6】
前記記録層がCo-Fe-Bを含む、請求項1~5のうちいずれか一項記載の磁気記憶装置。
【請求項7】
前記トンネル障壁層がMgを含む酸化物である、請求項1~6のうちいずれか一項記載の磁気記憶装置。
【請求項8】
前記トンネル障壁層がMgとAlを含む酸化物である、請求項1~7のうちいずれか一項記載の磁気記憶装置。
【請求項9】
前記トンネル障壁層の厚さが1.2nm以上である、請求項1~8のうちいずれか一項記載の磁気記憶装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性薄膜を含む薄膜積層体の磁気抵抗素子を備えた磁気記憶装置に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気抵抗素子は、磁化固定層、中間層および磁化自由層の積層体からなる素子である。磁気抵抗素子は、磁化固定層と磁化自由層の磁化の相対的な角度で抵抗値が変化するという特徴を持つ。磁化の異方性をもたせることにより、磁気抵抗素子は、磁化自由層において、磁化の角度に対してエネルギーの極大・極小値をもたせることができる。例えば磁化固定層と磁化自由層の磁化が1軸で正の異方性を有する場合、磁化の相対的な角度が平行または反平行のときに磁化のエネルギーが極小になり、二つの安定状態を取ることができる。磁気抵抗素子の抵抗値は磁化の向きが平行のときに最も低くなり、反平行のとき最も高くなる。磁気抵抗素子をメモリとして応用する場合、磁化自由層を記録層に用いる。
【0003】
電圧書込み方式では、磁気抵抗素子に電圧パルスを印加することによって、記録層内の磁化自由層の磁化の向きを反転させることができる。これが電圧磁化反転と呼ばれる現象である。この反転をデータの書込み法として用いた不揮発メモリが電圧制御型・磁気抵抗メモリー(VC-MRAM)である。電圧磁化反転は、数十kBTのエネルギー障壁で隔てられた2つの磁化状態間を、サブナノ秒~数ナノ秒の時間幅の電圧パルスの印加によってエネルギー障壁を低くすることで移動し易くし、高速で消費電力の極めて低いスイッチングである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許出願公開第2018/0158525号明細書
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Y. Shiota, et al., Appl. Phys. Lett. 111, 022408 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
電圧書込み方式では、書込みエラーを引き起こす原因の一つとして、書込み前の始状態と書込み後の終状態とにおいて記録層の磁化が受ける熱揺らぎがあり、磁化が絶対零度での平衡状態での方向からずれてその向きがばらつく。磁化の向きのばらつきを抑制するためには記録層の垂直磁気異方性を大きくすることが考えられ、リバースバイアス法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。リバースバイアス法は、記録層の磁化の反転のための書込み電圧を印加する前および後に、書込み電圧と逆の極性のバイアス電圧を磁気抵抗素子に印加する。バイアス電圧を印加すると垂直磁気異方性エネルギーが増加して膜面に対して垂直方向に作用して、熱エネルギーが相対的に小さくなり、磁化の向きのばらつきが抑制される。しかしながら、リバースバイアス法では、書込み前から書込み後まで磁気抵抗素子に電圧を印加するので、消費電力が増加するという好ましくない現象が発生する。
【0007】
書込みエラーを引き起こす他の原因として、書込み中に歳差反転する記録層の磁化が受ける熱擾乱があり、磁化の向きが反転しない終状態となる場合がある。熱擾乱の影響を抑制するために、記録層の膜面に対して平行方向に印加する外部磁場を大きくすることで、書込みエラー率が低減できることが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。しかしながら、この手法では、外部磁場が大きいほど電圧パルス幅が短くて済む分高速かつ低消費電力の書込みが行えるが、垂直磁気異方性エネルギーに比して過度に外部磁界が大きい場合書込みエラー率が十分低減できないという好ましくない現象が発生する。
【0008】
本発明の目的は、高速で低消費電力の書込みが可能で、かつ書込みエラー率の低減が可能な磁気記憶装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様によれば、第1の磁性層を含む記録層と、トンネル障壁層と、第2の磁性層を含む参照層との積層構造を有する磁気抵抗素子と、制御部と、を備え、上記記録層の面内形状は、該面内形状に外接し面積が最小となる長方形が互いに異なる長さの短辺および長辺を有する形状であり、上記記録層に書込み時に、有効磁界を上記記録層の面内の上記短辺方向に印加しながら、上記制御部が上記磁気抵抗素子に電圧パルスを印加する、磁気記憶装置が提供される。
【0010】
上記態様によれば、磁気抵抗素子の記録層は、その面内形状に外接し面積が最小となる長方形が互いに異なる長さの短辺および長辺を有する形状とし、有効磁界を上記記録層の面内の上記短辺方向に印加しながら、制御部が磁気抵抗素子に電圧パルスを印加することで、高速で低消費電力の書込みが可能で、かつ、記録層の形状磁気異方性により、書込み前および後で記録層の磁化の熱揺らぎを抑制するとともに、書込み中の熱擾乱の影響を抑制することで、書込みエラー率の低減が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1の実施形態に係る磁気記憶装置の要部の概略構成図である。
【
図2】磁気抵抗素子の記録層の平面図であり、面内形状を説明するための図である。
【
図3】磁気抵抗素子の記録層の磁化の挙動の説明図である。
【
図4】電圧パルス印加の書込みモデルのシーケンスの説明図である。
【
図5】磁気抵抗素子の記録層の磁化の始状態の分布の計算例を示す図である。
【
図6】磁気抵抗素子の記録層の磁化の始状態のエネルギー密度を示す図である。
【
図7】第1の実施形態に係る磁気記憶装置の書込みエラー率の計算例を示す図(その1)である。
【
図8】第1の実施形態の書込み電圧パルスの時間幅と書込みエラー率との関係を示す図である。
【
図9】第1の実施形態に係る磁気記憶装置の書込みエラー率の計算例を示す図(その2)である。
【
図10】第2の実施形態の書込み電圧パルスの時間幅と書込みエラー率との関係を示す図である。
【
図11】本発明の一実施形態に係る磁気記憶装置の概略構成図である。
【
図12】本発明の一実施形態に係る磁気記憶装置の動作例の説明図(その1)である。
【
図13】本発明の一実施形態に係る磁気記憶装置の動作例の説明図(その2)である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態を説明する。なお、複数の図面間において共通する要素については同じ符号を付し、その要素の詳細な説明の繰り返しを省略する。
【0013】
[第1の実施形態]
図1は、第1の実施形態に係る磁気記憶装置の要部の概略構成図である。
図2は、磁気抵抗素子の記録層の平面図であり、面内形状を説明するための図である。
図1および
図2のXY平面は、記録層の面内と平行な面である。X軸は記録層の楕円形の面内形状の長軸方向であり、Y軸は記録層の楕円形の面内形状の短軸方向であり、Z軸は記録層に対する垂直方向である。
【0014】
図1および
図2を参照するに、磁気記憶装置10は、2つの安定な磁化状態を利用して情報を記憶する磁気抵抗素子11と、磁気抵抗素子11に電圧パルスを印加して情報の書込みを行うとともに読出しを制御する制御部12とを有する。磁気抵抗素子11は、記録層13と、参照層15と、記録層13と参照層15とに挟まれるトンネル障壁層14とを有する。
【0015】
本実施形態の磁気記憶装置10は、従来の、磁界による書込方式いわゆるトグル磁気抵抗メモリ(トグルMRAM)および電流による書込み方式いわゆるスピントルク書込型磁気メモリ(STT-RAM)とは異なり、電圧パルスを磁気抵抗素子11に印加して記録層13の磁化の方向を反転させる電圧制御型磁気メモリ(VC-MRAM)である。磁気記憶装置10は、サブナノ秒~ナノ秒のオーダの短い電圧パルスによって記録層13の2つの安定な磁化状態間に存在するエネルギー障壁の高さを制御してジュール損失が少ない磁化反転を行うので、高速で低消費電力の書込みが可能になる。
【0016】
磁気記憶装置10は、電圧磁化反転のため、例えば書込み時に記録層13の面内の所定の方向に有効磁界を印加する。なお、書込み時だけでなく書込み時以外にも有効磁界を印加したままでもよい。有効磁界の所定の方向は、面内形状の短辺方向(Y軸方向)である。短辺方向について以下説明する。
図2に示す記録層13の面内形状は、その面内形状(輪郭)に外接する長方形で面積が最小となる長方形RTGが一意的に決まる。記録層13の面内形状は、長方形RTGの互いに異なる長さの短辺SSおよび長辺LSを有する形状であり、短辺SSと長辺LSとが同じ長さになる場合、すなわち、長方形RTGが正方形の場合を含まない。このように、有効磁界は、記録層13の面内形状について上記のようにして特定した長方形RTGの短辺方向(SS方向)に印加する。
【0017】
図1に示す磁気抵抗素子11の一例として楕円柱の立体形状とすると、
図2に示すように、記録層13の面内形状は楕円形となり、楕円形の短軸が長方形RTGの短辺SSに対応し、楕円形の長軸が長辺LSに対応する。記録層13が製造工程中の影響等を受けて面内形状が変形している場合も、有効磁界は上記の通りに特定された長方形の短辺方向に印加される。
【0018】
短辺SSの長さは、長いほど、記録層13の体積が大きくなり記憶の安定性が増す点で好ましいが、素子面積が増すので1つの基板に配置できる素子数が減り単位面積当たりのメモリ容量が少なくなる点で好ましくない。このため、短辺SSの長さは5nm以上500nm以下が好ましく、10nm以上300nm以下であることがより好ましい。
【0019】
有効磁界は、記録層13の磁化mrecに作用する磁界の一部であり、磁気抵抗素子11の外部から印加される外部磁界、記録層13の誘導磁気異方性による磁界、層間交換結合による磁界、交換バイアス磁界、記録層13以外の磁性層からの漏洩磁界等の合成磁界である。
【0020】
磁気抵抗素子11の外部から印加される外部磁界としては、磁気抵抗素子11の近傍に永久磁石を配置して永久磁石の静磁界を用いてもよい。また、磁気抵抗素子11の近傍に配線を配置して直流電流を流して発生した磁界を用いてもよい。
【0021】
記録層13の誘導磁気異方性は、記録層13を磁界中成膜した場合や磁界中熱処理した場合に形成される磁気異方性である。記録層13は、Fe、Co、Ni、およびこれらの元素からなる合金に、B、C、N、Si、PおよびCrの群からなる少なくとも1つの元素を添加した材料からなる場合、磁界中成膜または磁界中熱処理を行うことで、誘導磁気異方性が生じる。記録層13には誘導磁気異方性による内部磁界が生じる。
【0022】
層間交換結合は、記録層13の参照層15とは反対側に非磁性層を介して磁化固定層を設けることで、磁化固定層の磁化と記録層13の磁化との間に磁界が生じ、互いに反平行または平行になろうとする現象である。層間交換結合による磁界はこの作用により記録層13に生じる磁界である。
【0023】
交換バイアス磁界は、記録層13の参照層15とは反対側に接してバイアス層を設けることで、バイアス層から記録層13が受ける磁界である。バイアス層は、Cr、Mn、Fe、CoおよびNiの群から選択された少なくとも一つの元素と、Ru、Rh、Pd、Ag、Os、Ir、PtおよびAuの群から選択された少なくとも一つの元素と、を含む合金からなる。この合金は反強磁性を有することが好ましい。バイアス層を構成する合金の例としては、Pt-Mn合金、Ir-Mn合金、Fe-Mn合金が挙げられる。
【0024】
記録層13以外の磁性層からの漏洩磁界とは、記録層13以外の磁性層から漏洩する磁界である。磁気抵抗素子11の積層体の一部として漏洩磁界を生じさせるための磁性層を設けてもよい。
【0025】
記録層13の磁化mrecには、有効磁界の他に、垂直の異方性磁界や形状磁気異方性による磁界も作用する。形状磁気異方性による磁界は、記録層13の面内形状に起因する磁界、つまり反磁界である。記録層13は、面内形状が、その面内形状に外接する長方形で面積が最小となる長方形RTGが互いに異なる長さの短辺SSおよび長辺LSを有する形状である。このような形状の場合、記録層13が磁化している場合、その磁化と反対方向に内部磁界である反磁界が生じる。
【0026】
磁気抵抗素子11の記録層13および参照層15は磁性層である。磁性層は、例えば、Fe、Co、Ni、Cr、Mn、Gd、Nd、SmおよびTbからなる群から選択された少なくとも1つの元素を含む。磁性層の厚さは、例えば、0.5nm以上10nm以下の範囲で設定されることが好ましい。
【0027】
記録層13は、参照層15の磁化mrefと比較して磁化mrecの方向が変化し易い磁性層(磁化自由層と称する。)を含む。参照層15は、磁化方向が変化し難い磁化固定層を含む。
【0028】
記録層13は、垂直磁気異方性を有することが好ましい。記録層13の磁化は、電圧パルスが印加されていない状態では、垂直磁気異方性と有効磁界の競合により膜面から垂直方向に傾いた方向を向く。
【0029】
記録層13は、Coを含む磁性層、例えば、Co-Fe-Bであることが、磁気抵抗効果が他の磁性材料よりも比較的大きい点で好ましい。
【0030】
記録層13は、Coを含む磁性層とPtおよびPdの少なくとも1つを含む磁性層とが積層された積層体を用いることができる。記録層13は、Coを含む磁性層とPtおよびPdの少なくとも1つを含む磁性層とが交互に積層された積層体を用いることができる。
【0031】
参照層15は、積層フェリ(SAF)構造の強磁性層/中間層/強磁性層を有してもよい。SAF構造は2つの強磁性層が反強磁性的に結合し、各々の磁化が反平行に向いている構造である。中間層は薄膜の導電層である。参照層15の磁化の向きはほぼ時間変化することなく同じ方向で固定されている。磁化の向きが積層方向に一致する場合を垂直磁化膜と呼び、磁化の向きが積層方向と直交する場合を面内磁化膜と呼ぶ。参照層15は、例えば、トンネル障壁層14から近い順に、Co-Fe-Bを含む垂直磁化の積層膜/Ru層/CoPtを含む積層膜である。
【0032】
トンネル障壁層14は、記録層13と参照層15との間に配置される。トンネル障壁層14は、トンネル障壁層として知られる非磁性材料の絶縁体、半導体、誘電体のいずれかを用いることができる。トンネル障壁層は、例えば、Mg、Si、Al、Ti、Zr、Hf、Ta、Zn、Sr、BiおよびBaからなる群から選択された少なくとも1つの元素を含む酸化物、窒化物またはフッ化物を含む。具体的には、例えば、Al2O3、SiO2、MgO、AlN、Ta-O、Al-Zr-O、Bi2O3、MgF2、CaF2、SrTiO3、AlLaO3、Al-N-O、Si-N-O等である。トンネル障壁層14は、例えば、非磁性半導体(ZnOx、InMn、GaN、GaAs、TiOx、Zn、Teまたはこれらに遷移金属がドープされたもの)等を用いることもできる。
【0033】
トンネル障壁層14は、Mgを含む酸化物であることが磁気抵抗効果が他の磁性材料よりも比較的大きい点で好ましい。トンネル障壁層14は、MgとAlを含む酸化物であることが磁気抵抗効果がさらに大きい点で好ましい。
【0034】
トンネル障壁層14の厚さは、1.2nm以上であることがジュール損失を抑制する点で好ましく、1.3nm以上であることがより好ましく、1.4nm以上であることがよりいっそう好ましく、1.5nm以上であることがさらに好ましく、1.6nm以上であることが特に好ましい。トンネル障壁層14の厚さは、4nm以下であることが高速読み出しの点で好ましい。
【0035】
本実施形態の磁気記憶装置10についてシミュレーションを行った。シミュレーションは、
図1に示した記録層13の磁化の方向(単位ベクトルm=(m
x,m
y,m
z)=(sinθ cosφ,sinθsinφ,cosθ))の時間発展を表す下記式(1)のランジュバン方程式を用いた。
【数1】
ここで、αはギルバートダンピング定数、γ
0は磁気回転比、H
recは記録層13に作用する全ての磁界を合成した合成磁界(ベクトル)、hは熱擾乱磁界(ベクトル)である。熱擾乱磁界hは下記式(2)の関係を満たす。
【数2】
ここで、下添え字ι,κ=x,y,zであり、k
Bはボルツマン定数、Tは絶対温度、μ
0は透磁率、M
sは飽和磁化、V
Fは記録層13の体積、δ
ικはクロネッカーのデルタ、δ(t―t’)はディラックのデルタ関数であり、< >は時間平均を表す。tおよびt’は時刻である。式(2)の後半は、ある時刻tのランダム磁界は他の時刻t’のランダム磁界によらず、ランダム磁界の成分ι,κが異なる場合には、それらの間の相関はないことを意味している。
【0036】
合成磁界H
recは、下記式(3)で定義される。
【数3】
ここで、∇(ナブラ)はx、yおよびz軸方向の勾配を求めるベクトル演算子である。Eはエネルギー密度であり、下記式(4)で表される。
【数4】
ここで、右辺の第1項は反磁界エネルギー、第2項は異方性エネルギー、第3項はゼーマンエネルギーであり、(N
x,N
y,N
z)は反磁界係数、K
uは垂直磁気異方性定数、H
effは有効磁界を表す。上記式(3)および(4)によれば、記録層13の磁化には合成磁界H
recが作用し、記録層13の磁化は、平衡状態では、エネルギー密度が最低となる方向m
(0)=(m
x
(0),m
y
(0),m
z
(0))を向く。
【0037】
図3は、磁気抵抗素子の記録層の磁化の挙動の説明図である。x方向は、記録層13の長軸(長辺)方向であり、y方向は記録層13の短軸(短辺)方向である。磁化mは磁化の方向を示す単位ベクトルである。
図3を
図1と合わせて参照するに、有効磁界H
effがy軸方向に印加され、記録層の磁化mは書込みの始状態ではz成分が正(m
z>0)であるとする。
図3に示すように、記録層13の磁化の方向を球面座標系で表すと、z軸方向から角度θを有して緯度方向に倒れている。電圧パルス印加中に作用するトルクが、磁化mの矢印の先を始点とした矢印で示されている。磁化mにはダンピングトルクが合成磁界H
recへ向かう方向に生じ、歳差トルクが合成磁界H
recを軸として磁化を回転させる方向に生じる。
【0038】
磁気抵抗素子11への電圧パルス印加の書込みモデルのシーケンスを以下のように設定した。この書込みモデルの書込みエラー率を上記(1)式のランジュバン方程式を用いてシミュレーションにより計算した。
【0039】
図4は、電圧パルス印加の書込みモデルのシーケンスの説明図である。(a)および(b)の横軸は時間を表す。(a)の縦軸は磁気抵抗素子11に印加される電圧を表す。(b)の縦軸は記録層13に作用する実効的な垂直磁気異方性定数K
effを表し、K
eff=K
u-(1/2)μ
0M
s
2(N
z-N
x)とした。
【0040】
最初に、温度が0K(ケルビン)において、磁気抵抗素子11に印加する電圧をゼロ、m
z>0と仮定して平衡状態における磁化mの方向をシミュレーションにより求める。次いで、
図4を参照するに、(a)に示すように、室温(300K)において、磁気抵抗素子11への印加電圧ゼロの状態1で10ナノ秒(ns)間緩和させた後、磁気抵抗素子11に電圧パルス(時間幅t
p、印加電圧V
1)を印加(状態2)し、その後印加電圧ゼロの状態3で10ナノ秒(ns)緩和させる。(b)に示すように、状態1および状態3における実効的な垂直磁気異方性定数K
effはK
eff
(0)、状態2における実効的な垂直磁気異方性定数K
effはK
eff
(+V
1
)として磁化mを求める。状態3の10nsの緩和終了時点の磁化mがm
z<0の場合は磁化反転が生じたと判定する。m
z>0の場合は最終的に磁化反転が生じていないため書込みエラーと判定する。書込みエラー率は、(エラーの頻度)/試行回数で定義する。本計算例では、試行回数は10
5~10
6回とした。
【0041】
第1の実施形態に係る磁気記憶装置のシミュレーションにおいて、磁気抵抗素子11および書込み条件について以下の各種パラメータを適用した。
-記録層の膜厚:1.1nm
-磁気抵抗素子の接合面積:289πnm2(=172πnm2)
-記録層の面内形状、アスペクト比(Aspect Ratio(AR)=長軸/短軸):
例1:円形、AR=1(比較例として)、例2:楕円形、AR=2、
例3:楕円形、AR=3、例4:楕円形、AR=4、例5:楕円形、AR=5
-反磁界係数(Nx,Ny,Nz):
例1(0.04447,0.04447,0.91106)、
例2(0.02608,0.06836,0.90556)、
例3(0.01817,0.08445,0.89738)、
例4(0.013778,0.096766,0.889456)、
例5(0.0110,0.1069,0.8821)
-記録層の飽和磁化Ms:0.955×106A/m
-磁気摩擦定数(ギルバートダンピング定数)α=0.1
-有効磁界Heff(記録層面内短軸方向):200Oe~1600Oe
-実効的な垂直磁気異方性定数Keff:
印加電圧がゼロの時、Keff
(0)=110kJ/m3、
電圧パルス(印加電圧V1)印加時、Keff
(+V
1
) =-200~50kJ/m3
-電圧パルスの時間幅tp:0.01ns~1.00ns
【0042】
図5は、磁気抵抗素子の記録層の磁化の始状態の分布の計算例を示す図である。
図5は、
図4に示した状態1経過後の記録層13の磁化の分布を示す。磁化方向の分布は、状態1での緩和までのシミュレーションを10万回試行し、各回の状態1経過後の磁化方向を計算で求めたものである。K
eff
(0)=110kJ/m
3、H
eff=800Oeとした。
図5の(a)は面内形状が例1の場合において有効磁界H
effを面内方向に印加したとき、(b)は面内形状が例3の場合において有効磁界H
effを面内の長軸方向に印加したとき、(c)は面内形状が例3の場合において有効磁界H
effを面内の短軸方向に印加したときである。(a)~(c)の上段の球面図は磁化mの先端の位置を球面上に表したものである。(a)および(b)では、奥行方向がmのx成分(m
x)、横軸はmのy成分(m
y)、縦軸はmのz成分(m
z)を表す。(c)では、奥行方向がmのy成分(m
y)、横軸はmのx成分(m
x)、縦軸はmのz成分(m
z)を表す。(a)~(c)の下段の図はm
zのヒストグラムであり、横軸がmのz成分(m
z)を表し、縦軸が計数値を表す。
【0043】
図5(a)を参照するに、記録層13の面内形状が円(例1)の場合、球面図とヒストグラムではm
zがマイナスの状態も存在して電圧パルスを印加前の緩和時間内に反転してしまう試行が存在することが分かる。磁化mのz成分m
zの標準偏差は0.0800である。
図5(b)を参照するに、記録層がAR=3(例3)の面内形状であっても有効磁界H
effが長軸方向に印加されている場合は、球面図とヒストグラムではm
zがマイナスの状態も存在して電圧パルスを印加前の緩和時間内に反転してしまう試行があることが分かる。磁化mのz成分m
zの標準偏差は0.0777である。これらに対して、
図5(c)を参照するに、記録層がAR=3(例3の面内形状であり有効磁界H
effが短軸方向に印加されている場合は、球面図とヒストグラムではm
zがマイナスの状態が存在しない。磁化mのz成分m
zの標準偏差は0.0389となり、例1の場合よりも極めてばらつきが小さくなっていることが分かる。さらに、例3の面内長軸方向に有効磁界を印加した場合よりも極めてばらつきが小さくなっていることが分かる。これにより、記録層13の面内形状が楕円形で有効磁界H
effを面内の短軸方向に印加することで、記録層13の磁化の始状態の分布の広がりを抑制できることが分かった。
【0044】
図6は、磁気抵抗素子の記録層の磁化の始状態のエネルギー密度を示す図である。(a)は記録層の面内形状が例1の場合において有効磁界H
effを面内方向に800Oe印加したときを示す。(b)は記録層の面内形状が例3の場合において有効磁界H
effを面内の短軸方向に800Oe印加したときを示す。横軸は記録層の磁化のz成分m
zを示し、縦軸は記録層13のエネルギー密度を示す。(a)においては有効磁界H
effはx方向で、始状態で磁化mはy方向に向きにくいため、m
y=0として(4)式のエネルギー密度Eをm
z依存性としてプロットしたものである。(b)においては有効磁界H
effはy方向で、始状態で磁化mはx方向に向きにくいため、m
x=0として(4)式のエネルギー密度Eをm
z依存性としてプロットしたものである。
【0045】
図6(a)を参照するに、m
zが-0.9および0.9付近でエネルギー密度が極小値をとり、m
zが0付近でエネルギー密度が最大値をとっている。最大値と極小値との差は、47kJ/m
3である。
図6(b)を参照するに、m
zが-0.95および0.95付近でエネルギー密度が極小値をとり、m
zが0付近でエネルギー密度が最大値をとっている。最大値と極小値との差は、81kJ/m
3である。これらのことから、記録層13の面内形状が楕円形で有効磁界H
effを面内の短軸方向に印加した場合は、記録層13の面内形状が円形で面内方向に印加した場合よりも、形状磁気異方性によって、m
zが0付近で最大となるエネルギー障壁が高いので、記録層13の磁化の始状態の分布の広がりを抑制できる。
【0046】
図7は、本発明の一実施形態に係る磁気記憶装置の書込みエラー率の計算例を示す図(その1)である。横軸は有効磁界H
effであり、縦軸は書込みエラー率の最小値(WER)
minである。例1~例5のそれぞれの面内形状と有効磁界の組み合わせにおいて、書込みエラー率(WER)の電圧パルス時間幅t
p依存性をK
eff
(+V
1
)=-200~50kJ/m
3の範囲で計算して書込みエラー率の最小値(WER)
minを得た。例2~例5について、記録層13の面内の反磁界の大きさを示す指標(M
s(N
y-N
x))は、それぞれ、510、800、1000、1150Oeである。垂直磁気異方性による実効的な垂直磁界をH
k
eff (=2K
eff/(μ
0M
s))とすると、0.2×H
k
effは460Oeになる。
図7は、例2~例5について、0.2×H
k
eff<M
s(N
y-N
x)の場合である。
【0047】
図7を参照するに、書込みエラー率の最小値は、例1よりも例2~例5の最小値の方が小さい。すなわち、記録層13の面内形状が楕円形である場合に面内の短軸方向に有効磁界H
effを印加することで、円形の場合よりも書込みエラー率を低減することができる。さらに、書込みエラー率の最小値は、例1から例5へとアスペクト比が増加するに従って減少していることが分かる。このため、アスペクト比は大きい方が好ましい。一方で、アスペクト比が大きすぎると記録層が多磁区状態となりやすく記録の安定性が損なわれる。したがって、アスペクト比、すなわち
図2におけるL2/L1は、1よりも大きく5以下の範囲が好ましく、1.5以上4以下の範囲がより好ましく、2以上3.5以下の範囲がさらに好ましい。また、
図7に示す例2~例5の計算結果から、有効磁界H
effは、0.2×H
k
eff<|H
eff|<M
s(N
y-N
x)の関係を満たすことが好ましい。
【0048】
図8は、書込み電圧パルスの時間幅と書込みエラー率との関係を示す図である。
図8(a)は例1のK
eff
(+V
1
)が0kJ/m
3の場合を示し、
図8(b)は例3のK
eff
(+V
1
)が-60kJ/m
3の場合を示す。横軸は電圧パルスの時間幅を表し、縦軸は書込みエラー率を表す。
【0049】
図8(a)を参照するに、例1の円形の記録層の場合、書込み電圧パルスの時間幅が0.43nsで書込みエラー率が最小(2.6×10
-4)となっている。これに対して、
図8(b)を参照するに、例3の楕円形の記録層13の場合で面内の短軸方向に外部磁界を印加した場合は、書込み電圧パルスの時間幅が約0.20nsで書込みエラー率が最小(3.2×10
-5)となっている。例3は例1よりも書込みエラー率が1桁低下していることが分かる。また、書込みエラー率が最小になる書込み電圧パルスの時間幅が例3は例1に対して50%程度になっており、高速書込みが可能であることが分かる。
【0050】
図9は、本発明の一実施形態に係る磁気記憶装置の書込みエラー率の計算例を示す図(その2)である。横軸は有効磁界H
effであり、縦軸は書込みエラー率の最小値(WER)
minである。
図9は、記録層13の面内の反磁界の大きさを示す指標(M
s(N
y-N
x))が垂直磁気異方性による実効的な垂直磁界H
k
effについての0.2×H
k
effよりも小さい場合、すなわちM
s(N
y-N
x)<0.2×H
k
effの場合のシミュレーションを行った。記録層の膜厚を0.5nm、磁気抵抗素子の接合面積を900πnm
2、記録層の面内形状は例2と相似形のアスペクト比2の楕円形とした。この場合は、M
s(N
y-N
x)は180Oeであり、0.2×H
k
effは460Oeである。
【0051】
図9を参照するに、書込みエラー率は、有効磁界H
effが約450Oe~約520Oe付近で最小値をとることが分かる。このことから、M
s(N
y-N
x)<0.2×H
k
effの場合は、有効磁界H
effは、0.2×H
k
effとほぼ等しいこと、すなわち、M
s(N
y-N
x)<|H
eff|≒0.2×H
k
effの関係を満たすことが好ましいことが分かる。
【0052】
[第2の実施形態]
第2の実施形態に係る磁気記憶装置は、書込み電圧パルスの時間幅の精度について第1の実施形態よりも低い場合でも低い書込みエラー率が得られる磁気抵抗素子を備える。第2の実施形態に係る磁気記憶装置の要部の概略構成および磁気抵抗素子の記録層の平面図は、各々、第1の実施形態の
図1、
図2と同様であるので構成要素について同じ符号を用いて、図示およびその説明を省略する。
【0053】
第2の実施形態に係る磁気記憶装置の磁気抵抗素子11は、記録層13の磁気摩擦定数(ギルバートダンピング定数)αが比較的大きな場合である。ギルバートダンピング定数αが大きな記録層13を含む磁気抵抗素子11では、始状態の熱揺らぎを抑制することで書込みエラー率を低減できる。また、書込みエラー率が書込み電圧パルスの時間幅の長い範囲に亘って低いので、書込み電圧パルスに対して高精度な時間幅を必要としないという効果がある。
【0054】
第2の実施形態に係る磁気記憶装置のシミュレーションにおいて、磁気抵抗素子11および書込み条件について以下の各種パラメータを適用した。
-記録層の膜厚:2nm
-磁気抵抗素子の接合面積:19600πnm2(=1402πnm2)
-記録層の面内形状、アスペクト比(Aspect Ratio(AR)=長軸/短軸):
例6:円形、AR=1(比較例として)、例7:楕円形、AR=3(第2の実施形態)
-反磁界係数(Nx,Ny,Nz):
例6(0.01325,0.01325,0.97350)、
例7(0.00535,0.02574,0.96891)
-記録層の飽和磁化Ms:1.400×106A/m
-磁気摩擦定数(ギルバートダンピング定数)α:
例6:α=0.17、例7:α=0.20
-有効磁界Heff(記録層面内短軸方向):400Oe
-実効的な垂直磁気異方性定数Keff:
印加電圧がゼロの時、Keff
(0)=70kJ/m3、
電圧パルス(印加電圧V1)印加時、Keff
(+V
1
):
例6:Keff
(+V
1
) =33kJ/m3、例7:Keff
(+V
1
) =10kJ/m3
-電圧パルスの時間幅tp:0.5ns~10.0ns
【0055】
図10は、第2の実施形態の書込み電圧パルスの時間幅と書込みエラー率との関係を示す図である。
図10を参照するに、例6および例7の両方で書込み電圧パルスの時間幅t
pが1.0ns~10.0nsの長い範囲に亘って書込みエラー率が低い。これは、
図8に示した例1および例3の場合と異なり、時間幅t
pの高精度な制御を必要としない。このような書込み手法を制動書込みと呼ぶ。制動書き込みにおいては、磁気ダンピング(磁化運動の摩擦)を利用して書込み後の状態へ短時間で緩和させるため、αは0.05以上0.5以下であることが好ましい。この比較的大きなαを得るため、記録層13は、5d遷移金属であるHf、Ta、W、Os、Ir、PtおよびAuのうちいずれか一つ以上を含むことが好ましい。
【0056】
例6と例7とを比較すると、例6の記録層の面内形状が円形で有効磁界Heffが記録層の面内方向に印加した場合よりも、例7の記録層13の面内形状が楕円形であり有効磁界Heffが記録層の面内短軸方向に印加した場合の方が、書込みエラー率が2桁程低い。例7では、第1の実施形態と同様の効果を用いて例6よりも書込みエラー率が低減される。したがって、制動書込みにおいても0.2×Hk
eff<Ms(Ny-Nx)の場合、有効磁界Heffは、0.2×Hk
eff<|Heff|<Ms(Ny-Nx)の関係を満たすことが好ましい。Ms(Ny-Nx)<0.2×Hk
effの場合は、有効磁界Heffは、0.2×Hk
effとほぼ等しいこと、すなわち、Ms(Ny-Nx)<|Heff|≒0.2×Hk
effの関係を満たすことが好ましい。
【0057】
例7では、Keff
(0)=70kJ/m3、Keff
(+V
1
) =33kJ/m3の例を示したが、記録層13の面内形状が楕円形である場合、以下の関係を満たすKeff
(0)、Keff
(+V
1
)が制動書込みを起こすために好ましい。
【0058】
(1)h
eff≦N
y-N
xの場合、
【数5】
(2)N
y-N
x<h
eff≦2κ
eff
(0)+N
y-N
xの場合、
【数6】
なお、磁気エネルギーのスケールに依存しないため、ここでは次の無次元化パラメータを用いた。
【数7】
【0059】
[第3の実施形態]
第3の実施形態に係る磁気記憶装置は、磁気抵抗素子11の記録層13に印加する有効磁界が記録層13の面内の短辺方向(記録層13が楕円形の場合の短軸方向)に加えて、膜面に垂直成分、つまり面直成分を有する。第3の実施形態に係る磁気記憶装置の要部の概略構成および磁気抵抗素子の記録層の平面図は、各々、第1の実施形態の
図1、
図2と同様であるので構成要素について同じ符号を用いて、図示およびその説明を省略する。
【0060】
第3の実施形態に係る磁気記憶装置のシミュレーションにおいて、磁気抵抗素子11および書込み条件について以下の各種パラメータを適用した。
-記録層の膜厚:1.1nm
-磁気抵抗素子の接合面積:289πnm2(=172πnm2)
-記録層の面内形状、アスペクト比(Aspect Ratio(AR)=長軸/短軸):
例8:円形、AR=1(比較例として)、
例9:楕円形、AR=3
-反磁界係数(Nx,Ny,Nz):
例8(0.04447,0.04447,0.91106)、
例9(0.01817,0.08445,0.89738)
-記録層の飽和磁化Ms:0.955×106A/m
-磁気摩擦定数(ギルバートダンピング定数)α=0.1
-有効磁界Heff:
記録層面直(-z)方向の成分:100Oe、
記録層面内短軸方向の成分:
例8:400Oe、例9:800Oe
-実効的な垂直磁気異方性定数Keff:
印加電圧がゼロの時、Keff
(0)=110kJ/m3、
電圧パルス(印加電圧V1)印加時、Keff
(+V
1
) :
例8、+z方向から-z方向への磁化反転:Keff
(+V
1
)=38kJ/m3
例9、+z方向から-z方向への磁化反転:Keff
(+V
1
)=26kJ/m3
例8、-z方向から+z方向への磁化反転:Keff
(+V
1
)=-10kJ/m3
例9、-z方向から+z方向への磁化反転:Keff
(+V
1
)=-80kJ/m3
-電圧パルスの時間幅tp:
例8と例9、+z方向から-z方向への磁化反転:tp=10ns
例8、-z方向から+z方向への磁化反転:tp=0.37ns
例9、-z方向から+z方向への磁化反転:tp=0.18ns
以下、+z方向から-z方向への磁化反転方向を第1磁化反転方向、-z方向から+z方向への磁化反転方向を第2磁化反転方向と称する。本実施形態では、有効磁界Heffの面直成分を-z方向に設定した形態について説明する。
【0061】
第1磁化反転方向が生じる書込みでは、有効磁界Heffの-z方向の成分により終状態の磁化方向が安定化され、制動書き込みが起こり、例8ではWERは0.0378、例9ではWERは0.0542であり、WERは同程度である。
【0062】
一方、第2磁化反転方向が生じる書込みでは、有効磁界Heffの-z方向の成分により終状態の磁化方向が不安定化される。例8では、Keff
(+V
1
)=-10kJ/m3、tp=0.37nsにおいて(WER)min=0.00633が得られる。有効磁界Heffが-z方向の成分を含まない例1での(WER)min=0.00026と比較すると、約24倍も(WER)minが増加している。それに対し、例9では、Keff
(+V
1
) =-80kJ/m3、tp =0.18nsにおいて(WER)min=0.00014が得られる。有効磁界Heffが-z方向の成分を含まない例3での(WER)min=0.000032と比較すると、(WER)minは増加するものの増加は約4.3倍だけにとどまる。
【0063】
なお、本実施形態では、有効磁界Heffの面直成分を+z方向に設定してもよく、その場合は、-z方向から+z方向への磁化反転方向が第1磁化反転方向、+z方向から-z方向への磁化反転方向が第2磁化反転方向となり、上述した本実施形態の作用および効果が奏される。
【0064】
図11は、本発明の一実施形態に係る磁気記憶装置の概略構成図である。
図11を
図1と合わせて参照するに、磁気記憶装置100は、
図1に示した磁気抵抗素子11の構成を有する複数の磁気抵抗素子110と、各々の磁気抵抗素子110とを絶縁分離する絶縁部120と、制御部12と、第1配線121と、第2配線122と、スイッチ123とを含む。制御部12は、第1配線121、第2配線122およびスイッチ123を介して各々の磁気抵抗素子110に書込み用の電圧パルスを印加して書込みを行い、また、読出し用の電圧パルスを印加して読出しを行う。制御部12は、書込み用の電圧パルスは単極性のパルスであることが好ましく、これによって磁気抵抗素子110の双方向の書込みが可能である。
【0065】
磁気抵抗素子110は、記録層を含む多層膜111と、参照層112と、多層膜111と参照層112とに挟まれるトンネル障壁層113と、多層膜111の上側に接する第1電極114と、参照層112の下側に接する第2電極115とを含む。第1電極114には第1配線121が電気的に接続される。第2電極115には、スイッチ123の一方の端子123aが電気的に接続される。スイッチ123の他方の端子123bは第2配線122に電気的に接続される。
【0066】
多層膜111は、例えば、磁化自由層/非磁性層/磁化固定層の積層構造(不図示)を有してもよいし、磁化自由層の単層であっても構わない。磁気抵抗素子110は、キャップ層、保護膜、シード層、バッファ層等(不図示)を適宜設けることができる。
【0067】
磁気記憶装置100は、基板上に、スパッタ法、真空蒸着法、化学気相成長(CVD)法等により、第1電極114または第2電極115、シード層、バッファ層等を積層し、その上に多層膜111、トンネル障壁層113、参照層112等を積層して形成してもよい。また、
図11では、記録層を含む多層膜111は参照層112よりも上側にあるが、参照層112の下側に多層膜111を積層してもよい。
【0068】
磁気記憶装置100は、基板上に磁気抵抗素子110を形成し、次いで他の基板に形成された第1配線121、第2配線122、スイッチ123等を含む回路に、磁気抵抗素子11側を回路に圧着して接合し、最後に磁気抵抗素子110から基板を除去するプロセス技術、いわゆる3次元積層プロセス技術を用いて形成してもよい。
【0069】
第1電極114および第2電極115は、非磁性の導電材料からなり、例えば、Ta、Ru、W、Ir、Au、Ag、Cu、Al、Cr、PtおよびPdからなる群から選択された少なくとも1つ元素を含む。第1電極114および第2電極115の厚さは、1nm以上200nmであることが好ましい。第1電極114および第2電極115の厚さ(th
el)は、
図2に示した記録層13の面内形状における短辺SSの長さL1または長辺LSの長さL2よりも大きくかつ200nm以下、すなわち、L1またはL2<th
el≦200nmであることがさらに好ましい。これにより、第1電極114および第2電極115は、良好な平坦性と十分低い抵抗値とが得られる。
【0070】
絶縁部120は、非磁性の絶縁性化合物を含む。絶縁性化合物は、例えば、Si、Al、Ti、MgおよびTaからなる群より選択された少なくとも一つの元素の、酸化物、窒化物またはフッ化物である。
【0071】
図12は、本発明の一実施形態に係る磁気記憶装置の動作例の説明図(その1)である。以下、
図11を合わせて参照して説明する。
図12(a)および(b)の横軸は時間を表し、縦軸は第1配線121と第2配線122との間に印加される信号の電圧Vを表す。信号は、磁気抵抗素子110の記録層を含む多層膜111と参照層112との間に印加される信号に実質的に対応する。
【0072】
[書込みおよび読出し動作例]
図12(a)を参照するに、情報の書込み動作の一例として、磁気記憶装置100の制御部12は、スイッチをオン(ON)にして第1配線121と第2配線122との間に第1パルスP1(パルス高さH1、パルス幅T1)を印加する第1動作OP1を行う。第1動作OP1において記録層を含む多層膜111と参照層112との間に第1パルスP1が供給される。記録層13には
図1および
図2で述べた有効磁界を印加する。有効磁界は第1動作OP1の動作時間に関わらず印加したままの状態でもよく、第1動作OP1を行うよりも前から印加し始めてもよく、第1パルスP1と同時に印加してもよい。第1パルスP1により、多層膜111に含まれる記録層の磁化が反転して多層膜111と参照層112との間の電気抵抗値が変化し、磁気抵抗素子110に記憶された情報が書き換えられる。なお、多層膜111と参照層112との間の電気抵抗値の変化は、第1電極114と第2電極115との間の電気抵抗値の変化(つまり磁気抵抗素子110の電気抵抗値の変化)に対応し、さらに第1配線121と第2配線122との間の電気抵抗値の変化に対応するに対応する。
【0073】
第1パルスP1を供給前の電気抵抗値Rを第1電気抵抗値R1、供給後の電気抵抗値Rを第2電気抵抗値R2とすると、第2電気抵抗値R2は第1電気抵抗値R1とは異なる。これらの電気抵抗値R1,R2は、多層膜111に含まれる記録層の磁化と参照層112の磁化との相対的な方向に基づく。例えば、磁化の相対的な方向が平行である場合よりも反平行の場合の方が電気抵抗値Rが高い。電気抵抗値Rが互いに異なる複数の状態は、各々記憶される情報に対応する。第1動作OP1によって、磁化の相対的な方向が変化して多層膜111と参照層112との間の電気抵抗値Rが変化する。
【0074】
図12(b)を参照するに、制御部12は、第1動作OP1を行う前に、記憶された情報の読出し動作として、スイッチ123をオンにして第1配線121と第2配線122との間に第2パルスP2(パルス高さH2)を印加する第2動作OP2を行ってもよい。第2パルスP2の極性は、第1パルスP1の極性と同じ極性でもよく逆極性でもよい。第2パルスP2の極性が第1パルスP1の極性と逆極性の場合は誤書き込み防止の観点から好ましい。なお、第2パルスP2の極性が第1パルスP1の極性と同極性の場合はパルス高さH2を|H2|<|H1|の関係となるように設定する。第2動作OP2の後の多層膜111と参照層112との間の電気抵抗値(第3電気抵抗値R3)は、第1動作OP1の後の第2電気抵抗値R2とは異なる。第3電気抵抗値R3は、例えば第1電気抵抗値R1と同じである。
【0075】
このように逆極性を有する第2パルスP2を用いる場合、第2パルスP2の高さの絶対値(|H2|)は、第1パルスP1(書込みパルス)の高さの絶対値(|H1|)よりも小さくてもよく、大きくてもよく、同じでもよい。これにより、本実施形態では記録層の磁気異方性を電圧により制御しているので、第1パルスP1に対して逆極性の第2パルスを用いることで、読出し時に記録層の磁化方向が変化することを抑制できる。
【0076】
例えば、第2パルスP2の高さの絶対値を第1パルスの高さの絶対値と同じにした場合でも、第2動作OP2の第2パルスP2の印加前後の電気抵抗値Rの差の絶対値(つまり、第1電気抵抗値R1と第3電気抵抗値R3との差の絶対値)は、第1動作OP1の第1パルスの印加前後の電気抵抗値の差の絶対値(つまり、第1電気抵抗値R1と第2電気抵抗値R2との差の絶対値)よりも小さい。すなわち、第1パルスP1とは逆極性の第2パルスP2を第1パルスP1と同じ高さの電圧パルスを印加しても情報の書き換えが生じない。
【0077】
なお、制御部12は、情報を書き換えない場合は、第2動作OP2を行い、その後は第1動作OP1を行わないという動作を行ってもよい。
【0078】
制御部12は、パルス高さH1、時間幅T1の第1パルスP1を磁気抵抗素子110に印加することで、磁気抵抗素子110の情報の書き換えが可能となり、磁気抵抗素子110は、高抵抗状態から低抵抗状態、または低抵抗状態から高抵抗状態に変化する。適切なパルス高さH1は複数回またはより多くの回数の第1動作OP1を行ってその前後の電気抵抗値R1,R2を測定して所望の変化が得られた確率を求めることで決定できる。パルス高さH1は、低いほど消費電力が小さくなる。制御部12が出力可能なパルス高さH1の最高値は1.8V以下が好ましく、1.5V以下がより好ましく、1.2V以下がよりいっそう好ましく、0.9V以下がさらに好ましく、0.7V以下が特に好ましい。
【0079】
第1の実施形態の書込みと第3の実施形態の第2磁化反転方向の磁化反転が生じる書込みにおいては、適切な時間幅T1の2倍、つまり2×T1の時間幅の第1パルスP1を印加すると、印加前後で電気抵抗値の変化が生じる確率が低下するので適切ではない。一方、第2の実施形態の書込みと第3の実施形態の第1磁化反転方向の磁化反転が生じる書込みにおいては、第1パルスP1の時間幅は適切な時間幅T1よりも長くても構わない。しかし時間幅が長くなるほど消費電力が大きくなるので不必要にパルス時間幅を長くすることは好ましくない。また、第1~第3の実施形態において、適切な時間幅T1よりも短い時間幅、例えばT1の30%以下の時間幅は好ましくない。
【0080】
図13は、本発明の一実施形態に係る磁気記憶装置の動作例の説明図(その2)である。以下、
図11を合わせて参照して説明する。
図13の横軸および縦軸は
図12と同様である。
【0081】
図13を参照するに、第1動作OP1の書込みパルスは、時間幅T1のパルスであるが、所定の高さH1に達する立ち上がりにかかる時間τ
Rと、電圧0への立ち下がりにかかる時間τ
Fを有する。例えば、第1の実施形態と第2の実施形態と第3の実施形態の第2磁化反転方向2においては、時間τ
Rは、時間τ
Fと同じかそれよりも小さいことが好ましい。時間τ
Rは、書込み安定化の観点から短いほど好ましく、ゼロに近いことが好ましい。第1~第3の実施形態において、時間τ
Fは、長い方が好ましいが消費電力の観点からは過度に長くならないことが好ましく、実質的に0ns以上で10ns以下であることが好ましい。なお、図示を省略するが、
図12(b)で示した第2動作OP2の第2パルスP2の立ち上がりにかかる時間および立ち下がりにかかる時間も第1パルスP1の立ち下がりにかかる時間と同様である。
【0082】
以上、本発明の好ましい実施形態について詳述したが、本発明は係る特定の実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲に記載された本発明の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。例えば、上記複数の実施形態を互いに組み合わせてもよい。なお、上記のマクロスピン・シミュレーションは、C言語で作成したシミュレーションプログラムを用いて実施した。
【符号の説明】
【0083】
10,100 磁気記憶装置
11,110 磁気抵抗素子
12 制御部
13 記録層
14,113 トンネル障壁層
15,112 参照層
111 多層膜