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特開2023-114792重金属類吸収抑制剤、土壌及び農作物の栽培方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023114792
(43)【公開日】2023-08-18
(54)【発明の名称】重金属類吸収抑制剤、土壌及び農作物の栽培方法
(51)【国際特許分類】
   B09C 1/08 20060101AFI20230810BHJP
   C09K 17/06 20060101ALI20230810BHJP
   C09K 17/02 20060101ALI20230810BHJP
   C09K 3/00 20060101ALI20230810BHJP
   A01G 7/00 20060101ALI20230810BHJP
【FI】
B09C1/08
C09K17/06 H
C09K17/02 H
C09K3/00 S
A01G7/00 602Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022017306
(22)【出願日】2022-02-07
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(74)【代理人】
【識別番号】100159581
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 勝誠
(74)【代理人】
【識別番号】100106264
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 耕治
(72)【発明者】
【氏名】飯島 勝之
(72)【発明者】
【氏名】加藤 剛
(72)【発明者】
【氏名】牧野 知之
(72)【発明者】
【氏名】山口 紀子
(72)【発明者】
【氏名】須田 碧海
【テーマコード(参考)】
4D004
4H026
【Fターム(参考)】
4D004AA41
4D004AB03
4D004CA34
4D004CC06
4D004DA10
4H026AA01
4H026AA04
4H026AA05
4H026AB03
4H026AB04
(57)【要約】
【課題】本発明は、農作物への重金属類の吸収抑制効果を長期にわたって維持できる重金属類吸収抑制剤の提供を目的とする。
【解決手段】本発明の一態様に係る重金属類吸収抑制剤は、土壌に混合されることでその土壌における農作物への重金属類の吸収を抑制する重金属類吸収抑制剤であって、複数の粒状体を含み、上記粒状体の0価のFe元素の平均含有率が、80質量%以上であり、上記粒状体に含まれるCa元素から換算したCaCO及びSi元素から換算したSiOの合計平均含有率が、30質量%以下であり、S元素及びP元素の合計平均含有率が、1質量%以下であり、少なくとも一部の粒状体が、その表面の少なくとも一部に、CaCO、SiO又はその両方により構成される被覆層を有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
土壌に混合されることでその土壌における農作物への重金属類の吸収を抑制する重金属類吸収抑制剤であって、
複数の粒状体を含み、上記粒状体の
0価のFe元素の平均含有率が、80質量%以上であり、
上記粒状体に含まれるCa元素から換算したCaCO及びSi元素から換算したSiOの合計平均含有率が、30質量%以下であり、
S元素及びP元素の合計平均含有率が、1質量%以下であり、
少なくとも一部の粒状体が、その表面の少なくとも一部に、CaCO、SiO又はその両方により構成される被覆層を有する重金属類吸収抑制剤。
【請求項2】
上記粒状体が、製鋼ダストである請求項1に記載の重金属類吸収抑制剤。
【請求項3】
上記重金属類が、ヒ素である請求項1又は請求項2に記載の重金属類吸収抑制剤。
【請求項4】
請求項1、請求項2又は請求項3に記載の重金属類吸収抑制剤が混合されている土壌。
【請求項5】
上記重金属類吸収抑制剤の含有率が、0.1質量%以上である請求項4に記載の土壌。
【請求項6】
請求項1、請求項2又は請求項3に記載の重金属類吸収抑制剤を土壌に混合する混合工程と、
上記混合工程後の土壌に農作物を作付する作付工程と
を備え、
上記作付工程を複数年にわたって繰り返す農作物の栽培方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重金属類吸収抑制剤、土壌及び農作物の栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
農作物が作付される土壌には、農作物自体や人体に悪影響を及ぼすヒ素、カドミウム等の重金属類が多量に存在する場合がある。土壌中にこれらの重金属類が存在すると、この土壌に作付された農作物は、成長過程において成長に必要な物質とともにこれらの重金属類を吸収してしまう。このため、農作物の栽培においては、農作物がこれらの重金属類を吸収しないように安全対策を行うことが重要である。
【0003】
例えば上記重金属類の1つであるヒ素は、鉄により不溶化されることが知られており、鉄を含む吸収抑制剤が公知である(例えば国際公開第2019/117222号)。これらの吸収抑制剤は、例えば土壌に混合して用いられ、土壌中のヒ素を効率的に吸収し、除外することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2019/117222号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の吸収抑制剤は、リンやイオウを含む鉄粉を利用した吸収抑制剤であり、Feイオンの溶出性を向上させ、重金属類の固定化を図ることができる。一方、リンやイオウが含まれると通常の鉄粉よりも錆び易くなる。特に農作物の栽培時に土壌は化学肥料の投入等により酸性化し易い傾向にある。酸性となった土壌では、溶出した鉄がさらに酸化され易くなる。このため、上記吸収抑制剤では、例えば1年を超えるような長期にわたって安定して重金属類の固定化効果を維持できないおそれがある。
【0006】
本発明は、上述のような事情に基づいてなされたものであり、農作物への重金属類の吸収抑制効果を長期にわたって維持できる重金属類吸収抑制剤及び土壌、並びに本発明の重金属類吸収抑制剤を用いた農作物の栽培方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る重金属類吸収抑制剤は、土壌に混合されることでその土壌における農作物への重金属類の吸収を抑制する重金属類吸収抑制剤であって、複数の粒状体を含み、上記粒状体の0価のFe元素の平均含有率が、80質量%以上であり、上記粒状体に含まれるCa元素から換算したCaCO及びSi元素から換算したSiOの合計平均含有率が、30質量%以下であり、S元素及びP元素の合計平均含有率が、1質量%以下であり、少なくとも一部の粒状体が、その表面の少なくとも一部に、CaCO、SiO又はその両方により構成される被覆層を有する。
【0008】
当該重金属類吸収抑制剤は、上記粒状体の0価のFe元素の含有率を上記下限以上とする。当該重金属類吸収抑制剤では、粒状体が土壌中の水分と接触すると、この0価のFe元素が適度に2価のFeイオンとして水分中に溶出する。溶出したFeイオンにより上記粒状体の表面に重金属類元素を不溶物として析出させ上記粒状体に吸着させることができる。また、当該重金属類吸収抑制剤は、上記粒状体に含まれるCa元素から換算したCaCO及びSi元素から換算したSiOの合計平均含有率を上記上限以下とし、少なくとも一部の粒状体が、その表面の少なくとも一部に、CaCO、SiO又はその両方により構成される被覆層を有する。このため、粒状体が土壌中の水分と接触した際に、Fe元素の溶出を適度に遅延させ、当該重金属類吸収抑制の効果が長期にわたって維持される。また、表面を覆っているCaCO及びSiOは上記水分に溶け出し、弱アルカリ性を示すため、Fe元素が酸化することを抑制できる。さらに、S元素及びP元素はFe元素の溶解を早めるため、当該重金属類吸収抑制剤では、上記粒状体のS元素及びP元素の合計平均含有率を上記上限以下とする。これにより当該重金属類吸収抑制剤の効果の持続期間を延ばすことができる。従って、当該重金属類吸収抑制剤は、農作物への重金属類の吸収抑制効果を長期にわたって維持できる。
【0009】
上記粒状体が、製鋼ダストであるとよい。製鋼ダストは、製鋼の過程で発生する。この製鋼ダストを利用すると上記粒状体を容易に取得することができる。従って、粒状体を製鋼ダストとすることで、コスト及び環境負荷を低減することができる。
【0010】
上記重金属類が、ヒ素であるとよい。当該重金属類吸収抑制剤は、特にヒ素の農作物への吸収を効果的に抑制できる。
【0011】
本発明の別の一態様に係る土壌は、本発明の重金属類吸収抑制剤が混合されている。
【0012】
当該土壌は、本発明の重金属類吸収抑制剤により、長期にわたって農作物への重金属類の吸収を抑制することができる。
【0013】
上記重金属類吸収抑制剤の含有率としては、0.1質量%以上が好ましい。上記重金属類吸収抑制剤の含有率を上記下限以上とすることで、効果的に農作物への重金属類の吸収を抑制することができる。
【0014】
本発明のさらに別の一態様に係る農作物の栽培方法は、本発明の重金属類吸収抑制剤を土壌に混合する混合工程と、上記混合工程後の土壌に農作物を作付する作付工程とを備え、上記作付工程を複数年にわたって繰り返す。
【0015】
当該農作物の栽培方法は、土壌に本発明の重金属類吸収抑制剤を混合するので、複数年にわたって重金属類の吸収抑制効果が持続する。このため、重金属類吸収抑制剤を新たに混合することなく、複数年にわたって作付を行っても重金属類の吸収が低減された農作物を収穫することができる。
【0016】
ここで、「0価のFe元素の平均含有率」は、当該重金属類吸収抑制剤を構成する複数の粒状体に含まれる0価のFe元素の総含有量を複数の粒状体の総質量で除した値を指す。CaCO、SiO等の他の物質の平均含有率についても同様に算出される。また、「0価のFe元素の含有量」は、JIS-M-8213:1995「鉄鉱石-酸化溶性鉄(II)定量方法」に記載の金属鉄定量方法によって測定される。「粒状体に含まれるCa元素から換算したCaCO」とは、粒状体に含まれるCa元素が全てCaCOの形態であるとみなすことを意味する。「Si元素から換算したSiO」についても同様である。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したように、本発明の重金属類吸収抑制剤及び本発明の土壌、並びに本発明の重金属類吸収抑制剤を用いた農作物の栽培方法は、農作物への重金属類の吸収抑制効果を長期にわたって維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る重金属類吸収抑制剤を示す模式的断面図である。
図2図2は、本発明の一実施形態に係る農作物の栽培方法の手順を示すフロー図である。
図3図3は、実施例における作付1年目に収穫した玄米の総ヒ素濃度を示すグラフである。
図4図4は、実施例における作付2年目に収穫した玄米の総ヒ素濃度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の一実施形態に係る重金属類吸収抑制剤、土壌及び農作物の栽培方法について説明する。なお、本明細書では、任意の事項について記載された複数の上限値のうちの1つと複数の下限値のうちの1つとを適宜組み合わせることができる。このように組み合わせることで、組み合わされた上限値と下限値との間の数値範囲が上記任意の事項の好適な数値範囲として本明細書中に記載されているものとする。
【0020】
〔重金属類吸収抑制剤〕
図1に示す重金属類吸収抑制剤1は、土壌に混合されることでその土壌における農作物への重金属類の吸収を抑制する重金属類吸収抑制剤である。
【0021】
上記重金属類には、セレン、水銀、ヒ素、鉛、カドミウム、クロム等が含まれるが、上記重金属類が、ヒ素であるとよい。当該重金属類吸収抑制剤1は、特にヒ素の吸収を効果的に抑制できる。
【0022】
<粒状体>
当該重金属類吸収抑制剤1は、複数の粒状体10を含む。
【0023】
粒状体10の平均粒径の下限としては、1μmが好ましく、5μmがより好ましく、10μmがさらに好ましく、50μmが特に好ましい。一方、粒状体10の平均粒径の上限としては、1000μmが好ましく、500μmがより好ましく、100μmがさらに好ましい。粒状体10の平均粒径が上記下限未満であると、製造歩留まりが低下するおそれや、取扱性が低下するおそれがある。逆に、粒状体10の平均粒径が上記上限を超えると、比表面積が小さくなり過ぎ、後述する重金属類の吸着速度が低下するおそれがある。なお、「平均粒径」とは、JIS-Z―8801:2006に規定される乾式篩分け試験によって粒子径分布を求め、この粒子径分布において累計質量が50%となる粒径を言う。
【0024】
(Fe元素)
粒状体10は、Fe(鉄)元素を含む。具体的には、粒状体10は0価のFe元素を含む。0価のFe元素は、いわゆる金属鉄の形態で粒状体10中に存在している。なお、粒状体10は、2価のFe元素を含んでいてもよい。
【0025】
土壌が水分を含有している場合には、土壌中の重金属類、例えばヒ素は、ヒ酸イオンや亜ヒ酸イオンの形態で水分中に溶出している。一方、土壌が水分を含有していない場合には、土壌が水分と接触すると、ヒ酸イオンや亜ヒ酸イオンの形態で接触した水分中に溶出する。このようにヒ酸イオンや亜ヒ酸イオンが溶出した水分と粒状体10とを接触させたとき、すなわち、水分の存在下でヒ酸イオンや亜ヒ酸イオンと粒状体10とを接触させると、Fe元素によりヒ酸イオンや亜ヒ酸イオンが不溶化する。そのメカニズムについて、ヒ酸イオンを例にとり説明する。なお、亜ヒ酸イオンあるいは他の重金属類でも同様である。
【0026】
ヒ酸イオンが溶出した水分と粒状体10とを接触させると、粒状体10に含まれる0価のFe元素が酸化されて電子を放出するアノード反応(酸化反応)が生じる(Fe→Fe2++2e)。この酸化反応によって0価のFe元素から2価のFeイオンが水中に溶出する。このとき、水分中のヒ酸イオンは還元され、0価のヒ素に変化する。
【0027】
また、上記酸化反応で溶出した2価のFeイオンとヒ酸イオンとが反応することで、不溶性の塩が形成される。
【0028】
このように、上述の還元反応及び塩形成によってヒ酸イオンが不溶化される。なお、鉄がヒ素を不溶化する原理としては、Scorodite生成によるヒ素の共沈やGoethiteによる吸着等の作用が知られている。また、鉄は土壌に含まれているカドミウム、鉛、クロム、セレン、水銀、フッ素、シアン化合物等の物質を不溶化する機能も有しているので、これらの有害物質についても同時に不溶化できる。
【0029】
この不溶化は、粒状体10の表面で生じるので、析出物である0価のヒ素及び塩は粒状体10に吸着させることができる。従って、この不溶化と吸着とにより重金属類であるヒ素を、土壌中から農作物が吸収する成分より除外することができる。従って、この土壌で生育される農作物によるヒ素の吸収を抑制可能となる。なお、当該重金属類吸収抑制剤1は、ヒ素を農作物が吸収することを抑制するものであって、ヒ素化合物が土壌から無くなるというわけではない。
【0030】
粒状体10の0価のFe元素の平均含有率の下限としては、80質量%であり、85質量%がより好ましい。上記0価のFe元素の平均含有率が上記下限未満であると、粒状体10からの2価のFeイオンの溶出量が小さくなり過ぎ、重金属類の吸収抑制効果が不足するおそれや、効果が十分に持続しないおそれがある。一方、CaCO、SiO以外が全て0価のFe元素であってもよく、あるいはCaCO、SiO以外が全て0価及び2価のFe元素であってもよい。
【0031】
(CaCO及びSiO
粒状体10は、その一部又は全部がCa(カルシウム)元素、Si(シリコン)元素及びO(酸素)元素を含む。これらの元素は、その一部又は全部がCaCO及びSiOの形態で含まれ得る。当該重金属類吸収抑制剤1では、このCaCO、SiO又はその両方を含む。
【0032】
重金属類吸収抑制剤1は、図1に示すように、少なくとも一部の粒状体10が、その表面の少なくとも一部に、CaCO、SiO又はその両方により構成される被覆層11を有する。具体的には、CaCO、SiO又はその両方の成分が粒状体10の表面を層状の結晶として、あるいは非晶性の被膜として被覆している。このことは粒状体10表面をX線回折装置(XRD)で分析した結果(表1)からも分かる。そして、この層は粒状体10の表面からFe元素の溶出を遅延させる効果を持つ。
【0033】
【表1】
【0034】
なお、表1は、株式会社リガク製のX線回析装置であるSmartLabを用いてWPF法による半定量解析を行った結果である。結果は、RIR欄に参照強度比による簡易的定量値として示されており、数値が大きいほど質量割合が高いことを示す。その際、ターゲット:Cu、ターゲット出力:45kV-200mA、モノクロメータ受光スリット:0.8mm、検出器:シンチレーションカウンタ、走査速度:2°/min、サンプリング幅:0.02°、測定範囲(2θ):5~90°とした。
【0035】
図1に示すように、重金属類吸収抑制剤1の中には、被覆層11で完全に覆われた粒状体10があってもよく(右下)、被覆層11を有さない粒状体10があってもよい(左上)。また、被覆層11が過半を覆っていてもよいが(左下)、ごく一部が覆われているのみであってもよく(中央)、断続的に複数個所が覆われていてもよい(右上)。
【0036】
複数の粒状体10の全表面積に対する被覆層11の総被覆面積の割合の下限としては、0.1%が好ましく、1%がより好ましく、5%がさらに好ましい。一方、被覆層11の総被覆面積の割合の上限としては、特に限定されないが、少なくとも被覆されていない露出部分があることが好ましく、例えば99%とできる。
【0037】
粒状体10のうち被覆層11を有する粒状体10の割合(粒状体10の総質量に対する被覆層11を有する粒状体10の合計質量の割合)は、0質量%超であるが、上記割合の下限としては、1質量%が好ましく、5質量%がより好ましく、10質量%がさらに好ましく、30質量%が特に好ましい。上記割合が上記下限未満であると、重金属類の吸収抑制効果が十分に持続できないおそれがある。一方、上記割合の上限は、特に限定されず、100質量%であってもよい。なお、粒状体10が被覆層11を有するか否かは、例えば複数の粒状体10を電子顕微鏡で目視観察することで分類可能である。また、各粒状体10の質量は、例えば上述の電子顕微鏡で目視観察において観察される個々の粒状体10の面積からの換算により算出することができる。
【0038】
CaCO及びSiOは、土壌中の水分と粒状体10とが接触すると、上記水分中に溶出する。CaCO及びSiOは、アルカリ成分であるため、Fe元素表面に水酸化鉄の被膜を形成させ、Fe元素の過剰な溶解を抑制できる。また、Fe元素が酸化することを抑制できる。従って、当該重金属類吸収抑制剤1の農作物への重金属類の吸収抑制効果を長期にわたって維持できる。
【0039】
Fe元素の過剰な溶解の抑制について、さらに詳細に説明すると、上記アルカリ成分によって粒状体10の表面にはGoethite(FeOOH)及びLepidocrocite(FeOOH)の層状被膜が生成する。この層状被膜により、粒状体10は2価のFeイオンの過剰な溶出を抑制され、より長期間に渡り2価のFeイオンの溶出を維持し続ける。このような長期間の2価のFeイオンの溶出によって、当該重金属類吸収抑制剤1はより長期間の重金属類吸収抑制効果を発揮する。
【0040】
上記粒状体に含まれるCa元素から換算したCaCO及びSi元素から換算したSiOの合計平均含有率の上限としては、30質量%であり、10質量%がより好ましく、5質量%がさらに好ましい。一方、上記合計平均含有率の下限としては、0.1質量%が好ましく、1質量%がより好ましい。上記合計平均含有率が上記上限を超えると、Fe元素の溶出が遅くなり過ぎ、重金属類の吸収抑制効果が十分に得られないおそれがある。逆に、上記合計平均含有率が上記下限未満であると、Fe元素の溶出あるいは酸化が早まり、重金属類の吸収抑制効果が十分に持続できないおそれがある。
【0041】
(S元素及びP元素)
粒状体10のS元素及びP元素の合計平均含有率の上限としては、1質量%であり、0.5質量%がより好ましい。S元素やP元素はFe元素の溶解を早め、Feイオンを供給することで重金属類の不溶化性能を高めるが、逆に早期にイオン化が進むと効果持続時間が短くなる。この場合、圃場に撒く頻度が高まってしまい、肥料コストが増大する懸念がある。そのためには鉄の溶解速度を落とす、いわゆる徐放性が重要となる。徐放性効果がうまく発現する構造が、粒状体10の表面に存在するCaCO及びSiOであり、かつ粒状体10中に含まれるS元素及びP元素の含有率である。S元素及びP元素の合計平均含有率の下限は、特に限定されず、不可避的に混入するものを除き0質量%であってもよい。
【0042】
(重金属類元素)
粒状体10自体が、重金属類元素を不可避的に含む場合がある。このような重金属類元素としては、例えばHg(水銀)、Pb(鉛)、As(ヒ素)、Cr6+(6価クロム)等を挙げることができる。粒状体10中の重金属類の含有率が大きいと、粒状体10から本来除外すべき重金属類元素イオンが溶出するおそれがある。このため、重金属類元素の含有率は小さいほど好ましい。特に粒状体10のHg元素、Pb元素、As元素及びCr元素の合計平均含有率が0.1質量%未満であることが好ましい。なお、これらの重金属類の合計平均含有率は、独立行政法人「農林水産消費安全技術センター(FAMIC)」が規定する「肥料等試験方法(2020)」に基づいて算出することができる。具体的には、例えばHgは肥料等試験方法(2020)の5.1.a、Pbは5.6.d、Asは5.2.a、Crは5.5.fに従って算出できる。
【0043】
(その他の元素)
他に粒状体10に含まれ得る元素としては、例えばAl(アルミニウム)、Mg(マグネシウム)、K(カリウム)、Na(ナトリウム)、C(炭素)等を挙げることができる。このうちAl、Mg、K、Naは酸化物又は化合物の形態で、Cは金属鉄に固溶する形態又は化合物の形態で、粒状体10に含まれ得る。これらの元素についても含有率は小さいほど好ましい。具体的には、Fe、CaCO、SiO及び重金属類を除く、粒状体10の他の元素の平均含有率の上限としては、5質量%が好ましく、2質量%がより好ましく、1質量%がさらに好ましい。
【0044】
粒状体10は、製鋼ダストであるとよい。製鋼ダストは、製鋼の過程で発生する。この製鋼ダストを利用すると粒状体10を容易に取得することができる。従って、粒状体10を製鋼ダストとすることで、コスト及び環境負荷を低減することができる。なお、上記製鋼ダストとしては、0価のFe元素の平均含有率が80質量%以上であり、上記製鋼ダストに含まれるCa元素から換算したCaCO及びSi元素から換算したSiOの合計平均含有率が30質量%以下であり、S元素及びP元素の合計平均含有率が1質量%以下であり、少なくとも一部の製鋼ダストが、その表面の少なくとも一部に、CaCO、SiO又はその両方により構成される被覆層を有するものが選ばれる。
【0045】
<利点>
当該重金属類吸収抑制剤1は、粒状体10の0価のFe元素の含有率を80質量%以上とする。当該重金属類吸収抑制剤1では、粒状体10が土壌中の水分と接触すると、この0価のFe元素が適度に2価のFeイオンとして水分中に溶出する。溶出したFeイオンにより粒状体10の表面に重金属類元素を不溶物として析出させ粒状体10に吸着させることができる。また、当該重金属類吸収抑制剤1は、粒状体10に含まれるCa元素から換算したCaCO及びSi元素から換算したSiOの合計平均含有率を10質量%以下とし、少なくとも一部の粒状体10が、その表面の少なくとも一部に、CaCO、SiO又はその両方により構成される被覆層11を有する。このため、粒状体10が土壌中の水分と接触した際に、Fe元素の溶出を適度に遅延させ、当該重金属類吸収抑制の効果が長期にわたって維持される。また、表面を覆っているCaCO及びSiOは上記水分に溶け出し、弱アルカリ性を示すため、Fe元素が酸化することを抑制できる。さらに、S元素及びP元素はFe元素の溶解を早めるため、当該重金属類吸収抑制剤1では、粒状体10のS元素及びP元素の合計平均含有率を1質量%以下とする。これにより当該重金属類吸収抑制剤1の効果の持続期間を延ばすことができる。従って、当該重金属類吸収抑制剤1は、農作物への重金属類の吸収抑制効果を長期にわたって維持できる。
【0046】
〔土壌〕
本発明の別の一態様に係る土壌は、本発明の重金属類吸収抑制剤1が混合されている。当該土壌は、稲等の農作物の作付及び栽培に好適に用いられる。
【0047】
上述のように当該重金属類吸収抑制剤1は、粒状体10から土壌中の水分にFeイオンが溶出する。この溶出のし易さは土壌中の水分のpHに影響される。土壌中の水分のpHは、当該土壌のpHによって決まる。当該土壌のpHの下限としては、3が好ましく、4がより好ましい。一方、当該土壌のpHの上限としては、9.5が好ましく、9がより好ましい。なお、上記pHは、肥料添加等で一時的に高くなったり、空気中のCOと反応して一時的に低下したりする場合もあるが、ここでいうpHはこのような一時的状態を除く定常的なpHをいう。
【0048】
当該土壌における当該重金属類吸収抑制剤1の含有率の下限としては、0.1質量%が好ましく、0.3質量%がより好ましく、0.5質量%がさらに好ましい。一方、当該重金属類吸収抑制剤1の含有率の上限としては、10質量%が好ましく、5質量%がより好ましく、1質量%がさらに好ましい。当該重金属類吸収抑制剤1の含有率が上記下限未満であると、2価のFeイオンの溶出量が小さくなり過ぎ、重金属類の吸収抑制効果が不足するおそれがある。逆に、当該重金属類吸収抑制剤1の含有率が上記上限を超えると、得られる効果に対し、農作物の栽培コストが不必要に増大するおそれがある。
【0049】
<利点>
当該土壌は、本発明の重金属類吸収抑制剤1により、長期にわたって農作物への重金属類の吸収を抑制することができる。
【0050】
〔農作物の栽培方法〕
図2に示す農作物の栽培方法は、混合工程S1と作付工程S2とを備える。
【0051】
<混合工程>
混合工程S1では、本発明の重金属類吸収抑制剤1を土壌に混合する。
【0052】
当該重金属類吸収抑制剤1を混合する元となる土壌は、特に限定されず農作物を育成可能なものであればよく、例えば水田の土壌が用いられる。
【0053】
当該重金属類吸収抑制剤1の混合は、公知の撹拌機を用いるとよい。混合方法としては、特に限定されず、敷設された土壌上に当該重金属類吸収抑制剤1を散布した後に上記撹拌機を用いて混合してもよいし、敷設前の土壌と当該重金属類吸収抑制剤1とを予め上記撹拌機を用いて混合した土壌を敷設してもよい。また、当該重金属類吸収抑制剤1とともに肥料等を併せて混合してもよい。
【0054】
混合する当該重金属類吸収抑制剤1の量としては、上述したように混合後の土壌に対して0.1質量%以上10質量%以下となる量とすることが好ましい。
【0055】
<作付工程>
作付工程S2では、混合工程S1後の土壌に農作物を作付する。具体的には、当該重金属類吸収抑制剤1が混合されかつ敷設された状態の土壌に対して農作物が作付される。
【0056】
農作物の作付は、田植え機等の公知の農業機械を用いて行われてもよいし、人の手により行われてもよい。
【0057】
当該農作物の栽培方法では、この作付工程S2を複数年にわたって繰り返す。当該重金属類吸収抑制剤1は、少なくとも作付2年目まで重金属類吸収抑制効果が持続するので、新たに混合工程S1を行わなくとも、複数年にわたってその土壌を用いることができる。
【0058】
<利点>
当該農作物の栽培方法は、土壌に本発明の重金属類吸収抑制剤1を混合するので、複数年にわたって重金属類の吸収抑制効果が持続する。このため、重金属類吸収抑制剤1を新たに混合することなく、複数年にわたって作付を行っても重金属類の吸収が低減された農作物を収穫することができる。
【0059】
[その他の実施形態]
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。
【実施例0060】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0061】
[1年目]
<No.1>
重金属類吸収抑制剤として、本発明の重金属類吸収抑制剤に相当する製鋼ダスト(神戸製鋼所、加古川製鉄所発生の製鋼ダスト)を用意した。上記重金属類吸収抑制剤20gを、乾土相当で2kgの土にポットにて混合した。この製鋼ダストの0価のFe元素の平均含有率は、86.28質量%、Ca元素から換算したCaCO及びSi元素から換算したSiOの合計平均含有率は、2.20質量%、S元素及びP元素の合計平均含有率は、0.037質量%であった。
【0062】
次に、この土壌に対し、元肥として窒素(N)、リン酸(P2O5換算)、カリ(K2O換算)をそれぞれ0.2gずつ含む混合液肥を施用した後、ハンドドリルで攪拌した。懸濁土壌が沈底した後、ひとめぼれの幼苗3本を移植した。
【0063】
移植後およそ2ヶ月後、3ヶ月後にそれぞれ窒素0.08gを含む硫酸アンモニア水を上記ポットに追肥として施用した。約4ヶ月後、成熟期の水稲を収穫して脱穀、籾摺りにより玄米を得た。上記玄米を濃硝酸及び過酸化水素で加熱分解後、分解液中のヒ素濃度を誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)にて測定し、玄米中の総ヒ素濃度とした。結果を図3に示す。
【0064】
<No.2>
重金属類吸収抑制剤として、1質量%のS(硫黄)元素を含む鉄粉を用いた以外はNo.1と同様にして玄米を収穫し、玄米中の総ヒ素濃度を測定した。結果を図3に示す。
【0065】
<No.3>
重金属類吸収抑制剤を用いずに、つまり土壌を土のみとした以外はNo.1と同様にして玄米を収穫し、玄米中の総ヒ素濃度を測定した。結果を図3に示す。
【0066】
[2年目]
上述のNo.1~No.3で1年目に玄米を収穫した土壌に対し、重金属類吸収抑制剤を新たに混合することなく、2年目においてひとめぼれの幼苗3本を移植した。1年目と同様の手順で玄米を収穫し、玄米中の総ヒ素濃度を測定した。結果を図4に示す。
【0067】
[結果]
1年目の結果である図3から、重金属類吸収抑制剤を使用していないNo.3の土壌では玄米中の総ヒ素濃度が高かったのに対し、重金属類吸収抑制剤を添加したNo.1及びNo.2の場合には玄米中のヒ素濃度が低下していることが分かる。
【0068】
また、2年目の結果である図4から、本発明の重金属類吸収抑制剤を使用したNo.1の玄米中の総ヒ素量は、重金属類吸収抑制剤を使用していないNo.3に対して低く、総ヒ素濃度を低減させる効果が継続していることがわかる。一方で1質量%のS(硫黄)元素を含む鉄粉を使用したNo.2では、総ヒ素濃度の低減量が小さく、ヒ素の吸収抑制効果が小さい。
【0069】
さらに詳細にみると、図3に示す1年目の結果では、No.2の方がNo.1よりヒ素の吸収抑制効果が高いのに対し、2年目では逆転している。本発明の重金属類吸収抑制剤を使用したNo.1では、Fe元素の溶出を適度に遅延させているため、1年目の効果が抑制されている分、長期にわたって効果が維持されている。これに対し、No.2ではFe元素の溶出を遅延させていないため、1年目に高い吸収抑制効果を示す分、2年目ではその効果が大きく減退し、長期にわたって効果を維持することができないことが分かる。
【0070】
以上から、本発明の重金属類吸収抑制剤は、農作物への重金属類の吸収抑制効果を長期にわたって維持できると言える。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の重金属類吸収抑制剤及び本発明の土壌、並びに本発明の重金属類吸収抑制剤を用いた農作物の栽培方法は、農作物への重金属類の吸収抑制効果を長期にわたって維持できる。
【符号の説明】
【0072】
1 重金属類吸収抑制剤
10 粒状体
11 被覆層
図1
図2
図3
図4