(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023114950
(43)【公開日】2023-08-18
(54)【発明の名称】水素製造方法、水素製造装置、燃料電池及び発電システム
(51)【国際特許分類】
C01B 3/06 20060101AFI20230810BHJP
H01M 8/0606 20160101ALI20230810BHJP
【FI】
C01B3/06
H01M8/0606
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022017569
(22)【出願日】2022-02-07
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2020年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業/水素利用等高度化先端技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】594158150
【氏名又は名称】学校法人君が淵学園
(71)【出願人】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100116263
【弁理士】
【氏名又は名称】立石 琢也
(72)【発明者】
【氏名】井野川 人姿
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 大喜
(72)【発明者】
【氏名】中川 鉄水
【テーマコード(参考)】
5H127
【Fターム(参考)】
5H127AC05
5H127BA01
5H127BA16
5H127BA17
(57)【要約】
【課題】
アンモニアを低減する水素製造方法などを提供する。
【解決手段】
本発明の第1の側面は、アンモニアボランの加水分解反応によって水素を製造する水素製造方法であって、アンモニアボランの加水分解反応によって発生するアンモニアを、pH緩衝作用のある物質によってアンモニウムイオンとしてトラップする水素製造方法にある。本発明の第2の側面は、アンモニアボラン溶液中にアンモニアをアンモニウムイオンとしてトラップする請求項1記載の水素製造方法にある。本発明の第3の側面は、前記pH緩衝作用のある物質は、リン酸緩衝剤、酢酸緩衝剤、クエン酸緩衝剤からなる群から選択される請求項1記載の水素製造方法にある。
【選択図】
図6(c)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニアボランの加水分解反応によって水素を製造する水素製造方法であって、
アンモニアボランの加水分解反応によって発生するアンモニアを、pH緩衝作用のある物質によってアンモニウムイオンとしてトラップする水素製造方法。
【請求項2】
アンモニアボラン溶液中にアンモニアをアンモニウムイオンとしてトラップする請求項1記載の水素製造方法。
【請求項3】
前記pH緩衝作用のある物質は、リン酸緩衝剤、酢酸緩衝剤、クエン酸緩衝剤からなる群から選択される請求項1記載の水素製造方法。
【請求項4】
前記pH緩衝作用のある物質は、リン酸緩衝剤である請求項1記載の水素製造方法。
【請求項5】
前記リン酸緩衝剤は、リン酸二水素ナトリウムとリン酸水素二カリウムとの混合物である請求項4記載の水素製造方法。
【請求項6】
前記リン酸緩衝剤は、アンモニアボランに対して1.05当量以上1.10当量以下である請求項4記載の水素製造方法。
【請求項7】
前記リン酸緩衝剤は、アンモニアボランに対して1.00当量より多いリン酸二水素カリウムを含有する請求項4記載の水素製造方法。
【請求項8】
アンモニアボラン水溶液を固体のリン酸緩衝剤に接触させることによってアンモニアの放出を抑制する請求項1記載の水素製造方法。
【請求項9】
アンモニアボランに対して1.00当量以下のリン酸緩衝剤及びアンモニア除去フィルターによってアンモニアの放出を抑制する請求項1記載の水素製造方法。
【請求項10】
アンモニアボラン水溶液に対してpH緩衝作用のある物質を溶解させた後に、粉末状のpH緩衝作用のある物質を前記アンモニアボラン水溶液に添加し、アンモニアボランの加水分解反応を開始する請求項1記載の水素製造方法。
【請求項11】
前記アンモニアボラン水溶液は、アンモニアボラン飽和溶液である請求項10記載の水素製造方法。
【請求項12】
アンモニアボランとリン酸緩衝剤とを溶解させた水溶液に、アンモニアボランの加水分解反応を促進する触媒を接触させる請求項4記載の水素製造方法。
【請求項13】
アンモニアボラン水溶液に、アンモニアボランの加水分解反応を促進する触媒及びリン酸緩衝剤の混合固体を接触させる請求項4記載の水素製造方法。
【請求項14】
アンモニアボラン飽和溶液にリン酸緩衝剤を一部溶解させることによって、アンモニアボランの加水分解反応によって発生するアンモニアをアンモニウムイオンとしてトラップする水素製造方法。
【請求項15】
アンモニアボランの加水分解反応によって水素を製造する水素製造装置であって、
アンモニアボランの加水分解反応によって発生するアンモニアを、pH緩衝作用のある物質によってアンモニウムイオンとしてトラップする水素製造装置。
【請求項16】
前記水素製造装置を備える請求項15記載の燃料電池。
【請求項17】
前記水素製造装置を備える請求項15記載の発電システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素製造方法、水素製造装置、燃料電池及び発電システムに関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、エネルギーなどの様々な分野で使用されている。例えば、石油精製や石油製品の製造、半導体、食品、及び金属加工などの工業用途に加え、燃料電池や車の燃料や電池における使用など、様々な分野で応用が増えている。特に、水素エネルギー社会のさらなる実現のためには、水素の製造、貯蔵・輸送、利用技術の確立が必要とされている。
【0003】
水素は気体であるために、水素の製造場所から、遠く離れた、水素の様々な使用場所に移動させる場合、一度に大量に運ぶことが困難である。また、水素を貯蔵する際に、大量の気体を貯蔵するためには、高圧タンクが必要である。液体で貯蔵する場合には、超低温に冷却する必要があり大きなエネルギーが必要である。また、パイプラインで輸送する方法も使用されているが、大規模なインフラの製造が必要である。
【0004】
水素そのものを保存や移動するのではなく、気体である水素から、水素をキャリアする液体や固体の化合物を製造し、これを保存や移動する方法も検討されている。気体や固体へと形体を変えることにより、体積を小さくし、移動や、貯蔵を容易にすることができる。水素をキャリアした化合物は、移動先に到着すると、貯蔵用容器に貯蔵をされる、あるいは、適当な時期に水素が取り出され使用される。前記水素をキャリアする化合物から水素を分離する際は、触媒を使用する等の様々な方法が選択される。移動手段としては、車や電車や船等の移動手段やパイプラインなど、必要に応じて様々な設備が使用される。
【0005】
上述の分野以外にも、化合物の水素化は、様々な分野で応用可能である。水素をキャリアする化合物は上記用途以外にも、薬品分野や繊維分野や食品分野や電気や機械分野等の様々な分野で使用でき、非常に有用である。そのため、様々な方法がこれまで提案されてきている。しかしながら、十分開発されつくしたとは言えない。
【0006】
水素をキャリアでき、かつ水素の取り出しが容易な化合物としては、アンモニアボラン(NH3BH3)、アンモニア(NH3)、メチルシクロヘキサン(C6H11CH3)などの有機ハイドライド、及びギ酸(HCOOH)などが知られている。
【0007】
特に、アンモニアボランの加水分解反応は、安定的に保存されている水素貯蔵材料から熱源不要で水素を取り出すことができるため、ポータブル燃料電池や非常用電源などの水素源として実用化が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、アンモニアボランの加水分解反応によって水素と共に生じるアンモニアは、燃料電池の燃料極を被毒し、不可逆的なダメージ(劣化)を引き起こすため、「燃料電池用水素に含まれるアンモニアは0.1 ppm以下」であることが求められている(ISO/TS14687-2)。
【0010】
本発明は、上述の背景技術に鑑みてなされたものであり、アンモニアを低減する水素製造方法などを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明によれば、上述の目的を達成するために、特許請求の範囲に記載のとおりの構成を採用している。以下、この発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明の第1の側面は、
アンモニアボランの加水分解反応によって水素を製造する水素製造方法であって、
アンモニアボランの加水分解反応によって発生するアンモニアを、pH緩衝作用のある物質によってアンモニウムイオンとしてトラップする水素製造方法。
にある。
【0013】
本発明の第2の側面は、
アンモニアボラン溶液中にアンモニアをアンモニウムイオンとしてトラップする請求項1記載の水素製造方法。
にある。
【0014】
本発明の第3の側面は、
前記pH緩衝作用のある物質は、リン酸緩衝剤、酢酸緩衝剤、クエン酸緩衝剤からなる群から選択される請求項1記載の水素製造方法。
にある。
【0015】
本発明の第4の側面は、
前記pH緩衝作用のある物質は、リン酸緩衝剤である請求項1記載の水素製造方法。
にある。
【0016】
本発明の第5の側面は、
前記リン酸緩衝剤は、リン酸二水素ナトリウムとリン酸水素二カリウムとの混合物である請求項4記載の水素製造方法。
にある。
【0017】
本発明の第6の側面は、
前記リン酸緩衝剤は、アンモニアボランに対して1.05当量以上1.10当量以下である請求項4記載の水素製造方法。
にある。
【0018】
本発明の第7の側面は、
前記リン酸緩衝剤は、アンモニアボランに対して1.00当量より多いリン酸二水素カリウムを含有する請求項4記載の水素製造方法。
にある。
【0019】
本発明の第8の側面は、
アンモニアボラン水溶液を固体のリン酸緩衝剤に接触させることによってアンモニアの放出を抑制する請求項1記載の水素製造方法。
にある。
【0020】
本発明の第9の側面は、
アンモニアボランに対して1.00当量以下のリン酸緩衝剤及びアンモニア除去フィルターによってアンモニアの放出を抑制する請求項1記載の水素製造方法。
にある。
【0021】
本発明の第10の側面は、
アンモニアボラン水溶液に対してpH緩衝作用のある物質を溶解させた後に、粉末状のpH緩衝作用のある物質を前記アンモニアボラン水溶液に添加し、アンモニアボランの加水分解反応を開始する請求項1記載の水素製造方法。
にある。
【0022】
本発明の第11の側面は、
前記アンモニアボラン水溶液は、アンモニアボラン飽和溶液である請求項10記載の水素製造方法。
にある。
【0023】
本発明の第12の側面は、
アンモニアボランとリン酸緩衝剤とを溶解させた水溶液に、アンモニアボランの加水分解反応を促進する触媒を接触させる請求項4記載の水素製造方法。
にある。
【0024】
本発明の第13の側面は、
アンモニアボラン水溶液に、アンモニアボランの加水分解反応を促進する触媒及びリン酸緩衝剤の混合固体を接触させる請求項4記載の水素製造方法。
にある。
【0025】
本発明の第14の側面は、
アンモニアボラン飽和溶液にリン酸緩衝剤を一部溶解させることによって、アンモニアボランの加水分解反応によって発生するアンモニアをアンモニウムイオンとしてトラップする水素製造方法。
にある。
【0026】
本発明の第15の側面は、
アンモニアボランの加水分解反応によって水素を製造する水素製造装置であって、
アンモニアボランの加水分解反応によって発生するアンモニアを、pH緩衝作用のある物質によってアンモニウムイオンとしてトラップする水素製造装置。
にある。
【0027】
本発明の第16の側面は、
前記水素製造装置を備える請求項15記載の燃料電池。
にある。
【0028】
本発明の第17の側面は、
前記水素製造装置を備える請求項15記載の発電システム。
にある。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、アンモニアを低減する水素製造方法などが得られる。
【0030】
本発明のさらに他の目的、特徴又は利点は、後述する本発明の実施の形態や添付する図面に基づく詳細な説明によって明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1(a)】アンモニアボランの加水分解反応試験の手順を示す図である。
【
図2】各緩衝剤を添加した(あるいは無添加の)アンモニアボラン水溶液からの水素生成挙動を示す図である。
【
図3(a)】緩衝剤無添加の場合においてアンモニアボラン加水分解反応から生成したガスの質量分析スペクトルを示す図である。
【
図3(b)】リン酸緩衝剤を添加した場合においてアンモニアボラン加水分解反応から生成したガスの質量分析スペクトルを示す図である。
【
図4】希塩酸トラップの pH 変動を利用したアンモニア濃度評価システムの模式図である。
【
図5】各 pH のリン酸緩衝液(またはイオン交換水)にアンモニアボランを溶解させた後の静置期間ごとの水素生成特性を示す図である。
【
図6(a)】二又試験管内でのアンモニアボラン水溶液および触媒のセッティング模式図である。
【
図6(b)】二又試験管内でのアンモニアボラン水溶液および触媒、緩衝剤のセッティング模式図である。
【
図6(c)】二又試験管内でのアンモニアボラン水溶液および触媒、緩衝剤のセッティング模式図である。
【
図7(a)】アンモニアボラン濃度2.6mol/L での加水分解反応の生成ガスの質量分析スペクトルを示す図である。
【
図7(b)】アンモニアボラン濃度2.6mol/L での加水分解反応の生成ガスの質量分析スペクトルを示す図である。
【
図7(c)】アンモニアボラン濃度2.6mol/L での加水分解反応の生成ガスの質量分析スペクトルを示す図である。
【
図8(a)】アンモニアボラン濃度10mol/L での加水分解反応の生成ガスの質量分析スペクトルを示す図である。
【
図8(b)】アンモニアボラン濃度10mol/L での加水分解反応の生成ガスの質量分析スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
(本実施形態を着想するに至る経緯)
アンモニアは腐食性・毒性を有するため、気体中からアンモニアを除去するための材料が研究されており、その例としては、リン酸ジルコニウム塩(特開2020-131088)、炭素を混合した硫酸水素アンモニウム(特開2016-135722)、クエン酸(特開2011-245398)がある。アンモニアボランの加水分解反応で生成した気体を、これらのアンモニア吸着材が入ったトラップに供給することで、気体中のアンモニアを除去し、純度の高い水素を得るシステムが考えられる。
【0033】
しかしながら、アンモニアボランの加水分解反応では、分解されるアンモニアボランと等モル量(発生する水素に対して3分の1モル量)のアンモニアが理論的に生成することから、トラップに供給されるガス中のアンモニア濃度が高いため、アンモニア吸着材の高頻度な交換やトラップの大容量化が必要になる。燃料電池と実際に組み合わせて運用する場合、トラップがアンモニアの吸着限界を迎えた時に、アンモニア濃度の高いガスが燃料電池に供給され、燃料電池の急激な劣化を招く可能性がある。
【0034】
アンモニアボランの反応溶液から放出されるアンモニア濃度を低減する技術が求められるが、アンモニアボランの加水分解反応に関する研究では、水素の生成速度を高める触媒の開発や、反応後のホウ素残留物をアンモニアボランに再生する手法開発が主流であり、アンモニアボラン水溶液から放出されるアンモニア濃度を低減させる研究自体は殆どなされていなかった。
【0035】
アンモニアボランの水溶液に触媒を添加することで水素を発生させるが、その発生水素には 1000 ppm 以上の濃度でアンモニアが含まれていた。燃料電池に供給する水素のアンモニア含有濃度は 0.1 ppm 以下であることが国際規格(2012年、ISO14687-2)により定められているため、アンモニア濃度を低減する必要がある。
【0036】
そこで、本発明者らは、本実施形態によりアンモニア濃度を低減することを着想するに至った。本実施形態により、溶液から放出されるアンモニアが低減されるため、アンモニアを除去するためのフィルターの長寿命化やコンパクト化、あるいはフィルターが不要な水素供給システムが可能になる。
【0037】
(本実施形態のコンセプト)
本実施形態では、pH緩衝剤をアンモニアボラン水溶液に添加することで、水溶液から放出されるアンモニアを低減する。pH緩衝剤に含まれる弱酸がプロトンを供与することで、アンモニア(NH3)をアンモニウムイオン(NH4
+)として水溶液内に捕集する。
【0038】
本実施形態では、アンモニアボランの加水分解反応(式1)で生じるアンモニアは、pH 緩衝剤を添加することで反応溶液中にアンモニウムイオンとしてトラップされる。
NH3BH3 + 3H2O → 3H2 + NH 3 + B(OH) 3 (1)
【0039】
ここで、pH緩衝剤は、例えば、「弱酸とその塩」または「弱塩基とその塩」を溶解させたものであり、それぞれがプロトン供給とプロトン受容を担う。pH緩衝剤は、例えば、他の酸や塩基が溶液にある程度まで加えられても溶液のpHを特定の値に保持されるようにするために、その溶液に加えられる化合物である。pH緩衝剤はpHの急激な変化を抑制する。pH緩衝剤は、例えば、ある種の弱酸または弱塩基である。
【0040】
加水分解反応によって生成したアンモニアが、水溶液中に添加された緩衝剤のプロトン供与体からプロトンを受け取ることでアンモニウムイオンになる。あるいは、アンモニアの水中での平衡反応(式2)により生じる水酸化物イオンが、緩衝剤から供与されるプロトンによって消費されることにより、平衡が右方向にずれてアンモニアがアンモニウムイオンとして水溶液中に捕集される。
NH3 + H2O ⇔ NH4
+ + OH- (2)
【0041】
気相中のアンモニアを除去するためのフィルターを、水素発生器と燃料電池の間に設置することが考えられるが、アンモニアボランの加水分解反応では1000 ppmを超える高濃度のアンモニアが放出されるため、フィルターの大容量化あるいは頻繁なフィルター交換が求められる。また、フィルターが劣化した状態で、生成ガスが燃料電池に供給された場合、未捕集の高濃度アンモニアが燃料極に接触することで、燃料電池の不可逆的な劣化を引き起こす恐れがある。
【0042】
本実施形態は、アンモニアボラン水溶液から放出される水素中のアンモニア濃度を常時10 ppm程度に低減させることができるものである。さらに、本実施形態は、フィルターとの併用により「アンモニア濃度常時0.1 ppm以下」を容易に達成でき、フィルターの高寿命化、フィルター劣化時の燃料電池故障リスクの低減を実現できるものである。
【0043】
(各実施例の概要)
各実施例の概要は次のとおりである。
実施例1. 酸とその塩(同一アニオン)組み合わせでの種々の緩衝剤比較
実施例2. 有機弱酸と無機塩を組み合わせた緩衝剤比較
実施例3. アンモニア放出濃度の経時変化から見るリン酸緩衝剤の添加効果
実施例4. リン酸緩衝剤におけるpHの効果
実施例5. リン酸緩衝剤の有効添加量に関する検討
実施例6. アンモニアボラン濃度を高めた場合でのリン酸緩衝剤によるアンモニア抑制効果
実施例7. リン酸緩衝剤を溶解させない場合でのアンモニア放出抑制効果
実施例8. アンモニアボラン飽和溶液にリン酸緩衝剤を一部溶解させた場合でのアンモニア放出抑制効果
実施例9. アンモニア除去フィルターとして用いられる材料によるアンモニア放出抑制効果の検討
【0044】
実施例1では、アンモニアボラン水溶液にpH緩衝剤を共存させることで、放出される水素中のアンモニア濃度を劇的に低減できることを、複数のpH緩衝剤(リン酸緩衝剤、酢酸緩衝剤及びクエン酸緩衝剤)を用いて実証する。
【0045】
一般的に、緩衝剤は「弱酸とその塩、または弱塩基とその塩の混合物」であるが、実施例2では、酢酸とリン酸塩の混合物の様な「有機弱酸と無機塩の混合物」でも、実施例1と同様のアンモニア抑制効果が得られることを実証した。実施例1および実施例2は、「アンモニアボランの加水分解反応においてアンモニア放出抑制効果を発揮する添加物」として「pH緩衝作用のある物質全般」が使用できることを示している。また、好ましい緩衝剤はリン酸緩衝剤(特に、リン酸二水素ナトリウムとリン酸水素二カリウムとの混合物)であることが分かった。
【0046】
なお、緩衝剤としては、例として、酢酸緩衝剤(例:酢酸 + 酢酸ナトリウム)、リン酸緩衝剤(例:リン酸 + リン酸ナトリウム)、クエン酸緩衝剤(例:クエン酸 + クエン酸ナトリウム)、クエン酸リン酸緩衝剤(例:クエン酸 + リン酸ナトリウム)、ホウ酸緩衝剤、酒石酸緩衝剤、トリス緩衝剤、リン酸緩衝生理食塩水、マッキルベイン緩衝剤を挙げることができる。さらに、詳細には、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、トロメタモール、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、メグルミン、アルギニン、マレイン酸、ギ酸、リンゴ酸、コハク酸、ピバル酸(トリメチル酢酸)、ピリジン、ピコリン酸、アミン類(例:トリエタノールアミン)、グリシン、ピペラジン等を使用する緩衝剤の例が挙げられる。
【0047】
実施例3では、加水分解反応中に放出されるアンモニア濃度の経時変化を分析した。緩衝剤がない場合では時間の経過と共に水素中のアンモニア濃度が上昇するのに対して、緩衝剤を添加することでアンモニア濃度が常に低く一定に保たれることを明らかにした。燃料電池に長時間水素を供給することを考慮すると、本発見は燃料電池やアンモニアフィルター(併用する場合)の寿命を著しく伸ばすことに貢献すると期待される。
【0048】
実施例4および5では、本実施形態を実用化する上で好ましい条件を決定するための知見を示している。
【0049】
実施例4では、緩衝剤を溶かした状態でのpHが低い程、加水分解反応時の水素生成速度が速くなるが、pH6.5程度の弱い酸性条件、あるいはpH7.0の中性に近い条件であっても、溶解されたアンモニアボランが時間の経過と共に自己分解(プロトンとの反応)し、水溶液状態での保存期間が長くなる程、触媒添加時に得られる水素収率が低下することを示した。
【0050】
実施例5では、アンモニアボランに対して、物質量換算で0.54倍以上1.2倍以下の緩衝剤を添加し、リン酸緩衝剤/アンモニアボラン比がアンモニアの放出抑制効果に及ぼす影響を明らかにした。本実施例5により、リン酸緩衝剤の好ましい添加量はアンモニアボランに対して物質量換算で1.05倍以上1.10倍以下であることを示した。
【0051】
実施例6では、アンモニアボラン水溶液を高濃度化した際に、アンモニアの放出抑制効果がどの程度変化するかを調査した。その結果、高濃度化した場合においてもリン酸緩衝剤によってアンモニア放出濃度を10 ppm程度に低減できることを明らかにした。しかしながら、3 mol/L以上の高濃度なアンモニアボラン水溶液に対しては、1.05以上1.10以下当量に相当するリン酸緩衝剤が溶解しないことが分かった。
【0052】
そこで、実施例7では、高濃度のアンモニアボラン水溶液をリン酸緩衝剤(粉末)に接触させるだけで、すなわち緩衝剤が溶解していない状態での加水分解反応においても、アンモニアの放出が抑制されることを実証した。なお、粉末とは、例えば、固体物質を非常に細かく砕いた状態のものである。
【0053】
実施例8では、アンモニアボラン飽和溶液にリン酸緩衝剤を一部溶解させた場合でのアンモニア放出抑制効果について説明する。
【0054】
実施例9では、アンモニア除去フィルターとして用いられる材料によるアンモニア放出抑制効果の検討について説明する。
【0055】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0056】
(実施例1)
酸とその塩(同一アニオン)組み合わせでの種々の緩衝剤比較
【0057】
図1(a)は、アンモニアボランの加水分解反応試験の手順を示す図である。
図1(b)は、試験装置の模式図である。
【0058】
表1に示す各緩衝剤(添加剤Aおよび添加剤B)をイオン交換水50 mlに溶解させ、その後アンモニアボラン100 mgを溶解させた。このとき、プロトンを供給する役割を担う添加剤Aが、アンモニアボランに対して物質量比で1:1となるように添加量を統一した。また、緩衝液のpHが6.5程度になるように添加剤Bの量を決定した。触媒として1 wt%の白金を担持した活性炭を50 mg加え、加水分解反応を開始した。反応で生じたガスの全量をテドラーバッグで捕集し、反応終了後にアンモニア検知管を用いて捕集ガス中のアンモニア濃度を分析した。また、水の入ったフラスコ内にテドラーバッグを設置し、発生ガスによるバッグの膨張でフラスコから押し出された水の量を量ることで、ガス(主に水素)の生成挙動を調べた。
【0059】
【0060】
図2は、各緩衝剤を添加した(あるいは無添加の)アンモニアボラン水溶液からの水素生成挙動を示す図である。
【0061】
緩衝剤を用いない場合(アンモニアボランのみを水に溶解させ、触媒を添加した場合)では発生ガス中のアンモニア濃度が100 ppmであったのに対し、緩衝剤を添加した場合ではすべて10 ppm未満になったことから、緩衝剤によるアンモニア放出抑制効果が確認された。水素の生成挙動を比較した結果、リン酸緩衝剤を添加した場合は緩衝剤を用いない場合とほぼ同程度の水素生成速度であるのに対し、酢酸緩衝剤およびクエン酸緩衝剤を添加すると水素生成速度が低下することが分かった(
図2)。また、緩衝剤として添加する総量に着目すると、リン酸緩衝剤と比較してクエン酸緩衝剤および酢酸緩衝剤は添加量が著しく多く、系全体の重量の増大により重量当たりの水素エネルギー密度が低下する問題が生じることから、リン酸緩衝剤が比較的好ましいことが分かった。
【0062】
(実施例2)
有機弱酸と無機塩を組み合わせた緩衝剤比較
【0063】
ギ酸、酢酸などの分子量の低い有機弱酸は、添加される緩衝剤の重量を下げる効果が期待されるが、その有機弱酸の塩(例:ギ酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、クエン酸三カリウムなど)を添加剤Bとして用いると、pHを7付近に調整するために大量に溶解させる必要があり、重量当たりの水素エネルギー密度が著しく低下することが分かった。そこで、軽量かつアンモニア放出抑制効果のある緩衝剤を見出すため、有機弱酸(ギ酸、酢酸、クエン酸)と無機塩(リン酸塩、炭酸塩)を組み合わせた緩衝剤を添加し、アンモニアボランの加水分解反応を行った。
【0064】
表2に各実験条件の詳細と、水素生成量および水素中のアンモニア濃度を示す。
【0065】
【0066】
イオン交換水10 mlにアンモニアボラン0.1 gを溶解した場合は、約1000 ppmのアンモニアが水素と共に放出された。ギ酸および酢酸を、炭酸塩やリン酸塩と共に溶解させると、全ての組み合わせにおいてアンモニアの放出が抑制されることが分かった。しかしながら、ギ酸を用いた場合では水素生成量の低下がみられたことから、ギ酸よりも好ましい緩衝剤があることが推測された。プロトンを供給する役を担う添加剤Aとアンモニアボランの物質量比(添加剤A/アンモニアボラン比)を当量とすると、1当量の酢酸とリン酸水素二カリウムを溶解させた条件において、水素収率を落とすことなく、アンモニア濃度を70 ppmに低減できることが分かった。酢酸とリン酸水素二カリウムの添加量を2当量、3当量に増やした結果、アンモニア放出量をそれぞれ18 ppm, 5 ppmに低減できることが分かった。しかしながら、実験1で実施されたリン酸緩衝剤(ここでは、リン酸二水素カリウムとリン酸水素二ナトリウム)が1当量0.89 gであるのに対して、有機弱酸‐無機塩混合系緩衝剤の方が、総重量が重くなることから、リン酸緩衝剤が比較的好ましい添加剤であると判断された。
【0067】
(実施例3)
アンモニア放出濃度の経時変化から見るリン酸緩衝剤の添加効果
【0068】
アンモニアボランの加水分解反応が進行することにより、水溶液pHの上昇、発熱反応による水温の上昇、水溶液中のアンモニア濃度の上昇が起こると考えられ、これら3つの要因すべてがアンモニアの気相放出を促進する要因となり得る。そこで、加水分解反応時に放出されるガスを四重極型質量分析計で分析し、アンモニア放出挙動の経時変化を調査した。
【0069】
二又試験管にアンモニアボラン水溶液(水10mlとアンモニアボラン100 mg)と触媒(1wt%白金担持活性炭 50 mg)を入れ、試験管内をアルゴン気流で置換した後、アンモニアボラン水溶液と触媒を接触させ、加水分解反応を開始し、生成ガスを質量分析計にて分析した。また、アンモニアボラン水溶液に1.1当量のリン酸緩衝剤(ここでは、リン酸二水素ナトリウム0.4300 g, リン酸水素二カリウム0.5233 g)を溶解させた水溶液でも同様の実験を行い、アンモニアの放出挙動を比較した。
【0070】
図3に緩衝剤無添加およびリン酸緩衝剤添加での質量分析(MS)スペクトルを示す。
図3(a)は、緩衝剤無添加の場合においてアンモニアボラン加水分解反応から生成したガスの質量分析スペクトルを示す図である。
図3(b)は、リン酸緩衝剤を添加した場合においてアンモニアボラン加水分解反応から生成したガスの質量分析スペクトルを示す図である。
【0071】
図3において、m/zのmは質量数を、zは質量分析計内でイオン化された時の価数を示し、m/zは分子または分子のイオン化で生じたフラグメントの質量数と概ね等しい。例えば、水素(H
2)はm/z=2で検出される。アンモニア(NH
3)の質量数は17であるが、質量分析計内でイオン化される際に水素原子が脱離し、NH
2(m/z=16), NH (m/z=15), N (m/z=14)のスペクトル(フラグメント)が連動して動く。水(H
2O, 質量数18)が検出される際も同様に、HO (m/z=17), O (m/z=16)のフラグメントがあり、水溶液から気化する水分の影響を受けるため、アンモニアの発生を質量分析計でモニタリングする際には、m/z=17, 16ではなく、m/z=15に着目するのが適切である。
【0072】
緩衝剤を添加していない、すなわちアンモニアボランと水のみの場合(
図3(a))では、反応開始から水素(m/z=2), 水(m/z=18, 17, 16)、アンモニア(m/z=17, 16, 15, 14)のスペクトル上昇がみられた。特にm/z=15に注目すると、反応開始から徐々に上昇し続けていることから、放出されるガス中のアンモニア濃度が時間の経過と共に高まることが明らかになった。水に由来するm/z=18がほぼ一定であるのに対して、m/z=16でも15と同様の上昇傾向がみられた。このm/z=15と連動するm/z=16の上昇は、アンモニア濃度の上昇によるものと考えられる。一方で、リン酸緩衝剤を1.1当量添加した場合(
図3(b))では、反応開始時のm/z=15の上昇幅が無添加の場合よりも抑制され、かつスペクトルが上昇することなく一定に保たれていた。以上より、リン酸緩衝剤の添加によってアンモニアの放出量が常に低く抑えられたことが明らかになった。
【0073】
燃料電池に水素を長時間供給する場合を考慮すると、緩衝剤によってアンモニアの濃度が常に低く抑えられることは大きな利点であると考えられる。アンモニアを除去するフィルターのみで燃料電池に水素を供給する場合、フィルターが劣化しアンモニア除去能力が低下した時に、高濃度のアンモニアが燃料電池に供給され、不可逆的なダメージが生じるリスクがあるが、本実施形態の緩衝剤を併用することで、例えフィルターが劣化した場合でも、アンモニアの濃度が低く抑えられるため、燃料電池のダメージを小さく抑えることが可能となる。
【0074】
(実施例4)
リン酸緩衝剤におけるpHの効果
【0075】
図 4は、希塩酸トラップの pH 変動を利用したアンモニア濃度評価システムの模式図である。
【0076】
リン酸二水素カリウムとリン酸水素二ナトリウムをイオン交換水250 mlに溶解させ、pH 6.5, 7.0, 7.5の緩衝液を調製した後、それぞれの緩衝液にアンモニアボラン100 mgを溶解させた。緩衝液に溶解した状態でのアンモニアボランの安定性を評価するために、緩衝液に溶解させたまま25 °Cで所定期間静置した。各静置条件のアンモニアボラン溶解緩衝液に、触媒として1 wt%白金担持活性炭を添加し、加水分解反応を開始した。
図4に評価装置の模式図を示す。加水分解反応でアンモニアボラン水溶液から発生したガスを、pH5.3の希塩酸トラップ内でバブリングさせることで、ガス中のアンモニアを捕集した。反応前後での希塩酸トラップのpH変動幅から、捕集されたアンモニア量を算出し、「捕集したアンモニア量÷(生成した水素量+捕集したアンモニア量)」の式を用いて生成ガス中のアンモニア濃度を見積もった。
【0077】
各緩衝剤pHおよび静置条件での、希塩酸トラップのpH変動とアンモニア濃度を表3に示す。アンモニア放出量にpH依存性はなく、全てのpH条件においてアンモニア濃度を10 ppm以下に抑制できることが分かった。
【0078】
図 5は、アンモニアボランを各pHのリン酸緩衝液(またはイオン交換水)に溶解させてからの静置期間ごとの水素生成特性を示す図である。
【0079】
リン酸緩衝液のpHが水素生成特性に及ぼす影響に着目すると、静置期間を設けずにアンモニアボラン溶解直後に加水分解反応を開始した場合(
図5左)において、pH 6.5, 7.0, 7.5の順に水素生成が速いことから、緩衝液のpHが低いほど水素生成速度が高くなることが分かった。溶液のpHが低い程、溶液中のプロトン濃度が高いことを意味することから、溶液中のプロトンがアンモニアボランのB-Hとの反応を促進するためであると考えられる。静置期間が長くなると、pH6.5および7.0では水素生成量(水素収率)が低下したことから、静置期間中にアンモニアボランが溶液中のプロトンまたは水分子と反応し、自己分解することが分かった(
図5中右)。特にpH6.5において静置期間中の劣化が顕著であったことから、プロトンの存在がアンモニアボランの自己分解を引き起こす主要因であると考えられる。一方で、pH7.5の場合には4日間静置した後も顕著な水素収率の低下がみられないことから、アンモニアボラン水溶液に添加する緩衝剤のpHは7.5程度が好ましいと考えられる(
図5右)。
【0080】
表 3に、 リン酸緩衝液の pH とアンモニアボラン溶解後の静置期間をパラメータとした加水分解反応における希塩酸トラップの pH 変動とアンモニア放出濃度を示す。
【0081】
【0082】
(実施例5)
リン酸緩衝剤の有効添加量に関する検討
【0083】
アンモニアボランに対する緩衝剤の有効添加量を明らかにするために、アンモニアボランに対して物質量比で0.54倍~1.20倍のリン酸二水素カリウム(プロトン供与添加剤)を加え、pHを7.5程度に調整するためにリン酸水素二ナトリウムと共に水10 mlに溶解させた。アンモニアボラン100 mgを溶解させた後、1 wt%白金担持活性炭を50 mg添加し、
図1と同様の手順および装置で加水分解反応を実施し、生成ガス中のアンモニア濃度を分析した。
【0084】
表4および表5に、各リン酸緩衝剤添加量での加水分解反応の条件とアンモニア放出量を示す。表4は、リン酸緩衝剤 0~1.00 当量における加水分解反応の条件とアンモニア放出濃度を示す。表5は、リン酸緩衝剤 1.05~1.20 当量における加水分解反応の条件とアンモニア放出濃度を示す。
【0085】
【0086】
【0087】
緩衝剤無添加(0当量)では1000 ppmのアンモニアが放出されたのに対し、0.5当量程度のリン酸緩衝剤を加えた場合では、アンモニアの放出濃度が約10分の1まで低減されることが分かった。1.00当量では、30 ppmまでのアンモニア検知管の目盛りを僅かにオーバーしたことから、実際の濃度は30~35ppm程度であると考えられる。アンモニアボランと物質量換算で同量のリン酸二水素カリウムを添加した状況では、30 ppm程度までアンモニアを低減できることが分かった。10 ppm以下の濃度までアンモニアを低減するためには、1.00当量よりも僅かに過剰なリン酸二水素カリウムがあることが好ましいことが分かった。緩衝剤の添加量が増す程、系全体としての水素の重量密度が低下することや、緩衝剤の添加により水素生成速度が低下する傾向にある(
図5)ことより、緩衝剤の添加量は必要最低限な量に設定されるのが好ましいと考えられる。以上を踏まえ、アンモニアの放出量を100分の1以下に低減するための緩衝剤の有効添加量は、アンモニアボランに対して物質量換算で約1.05以上約1.10倍以下が好ましいと考えられる。
【0088】
(実施例6)
アンモニアボラン濃度を高めた場合でのリン酸緩衝剤によるアンモニア抑制効果
【0089】
アンモニアボランの利点である高重量水素密度を活かすため、アンモニアボランの水溶液はできる限り飽和溶液濃度(10 mol/L)で運用されることが望ましい。一方で、高濃度になるほど溶媒(水)が減るため、アンモニアの捕集能力が低下し、気相中のアンモニア濃度が上昇することが懸念される。そこで、アンモニアボラン濃度の異なる条件で、リン酸緩衝剤の添加がアンモニアの放出濃度に及ぼす影響を調査した。
【0090】
表6に、各アンモニアボラン濃度における加水分解反応の条件と放出されたアンモニア濃度(リン酸緩衝剤添加・無添加でのアンモニア放出濃度)を示す。
【0091】
【0092】
緩衝剤を添加しない場合(アンモニアボランのみをイオン交換水に溶解させた場合)では、0.06 mol/Lにおいて100 ppm程度のアンモニアが放出されたが、0.3 mol/Lでは1000 ppmのアンモニアが放出された。さらに高濃度の2.6 mol/Lおよび10 mol/Lでは、上限1000 ppmまでの検知管の目盛りを数秒または瞬時にオーバーし、計測不能な状況になった。一方で、0.06, 0.3, 2.6 mol/Lの濃度において、溶解させたアンモニアボランに対して物質量換算で1.0~1.1倍のリン酸塩を溶解させた場合では、どの濃度域でもアンモニア放出量が10 ppm以下に抑制されたことから、リン酸緩衝剤を用いたアンモニアの放出抑制効果は高濃度でも有効であることが明らかになった。なお、添加剤BとしてpH調整のために添加されるリン酸水素二ナトリウムは溶解度が低いため、高濃度化実験ではより溶解度の高いリン酸水素二カリウムを用いた。同様の理由で、プロトン供与役である添加剤Aとして、リン酸二水素カリウムよりも溶解度が高いリン酸二水素ナトリウムを用いた。
【0093】
2.6 mol/Lよりも高濃度のリン酸緩衝液を調製するために、10 mol/L, 3.0 mol/Lでの調製を検討したが、どちらの濃度においてもリン酸塩が溶解しないという結果に至った。したがって、アンモニアボラン飽和溶液(10 mol/L)の加水分解反応において、本実施形態の緩衝剤添加によるアンモニア放出抑制を実施するには、アンモニアボランと同程度の溶解性を有する別の緩衝剤を用いるか、リン酸緩衝剤の添加量を減らした条件(1当量以下)でアンモニア除去フィルターと併用する方式が好ましいと考えられる。
【0094】
しかしながら、後述の実施例7で述べる通り、緩衝剤がアンモニアボランと共に水に溶解した状態でなくても、アンモニアの放出が抑制される効果があるため、アンモニアボラン飽和溶液に対して少量の緩衝剤を溶解させ、反応開始の直前に粉末状の緩衝剤を別途溶液に添加し、加水分解反応を開始する方法で、本実施形態をアンモニアボランの飽和溶液に適用できるのではないかと期待される。
【0095】
(実施例7)
リン酸緩衝剤を溶解させない場合でのアンモニア放出抑制効果
【0096】
図6は、二又試験管内でのアンモニアボラン水溶液および触媒、緩衝剤のセッティング模式図である。
図6(a)は、アンモニアボラン水溶液と触媒粉末の場合、
図6(b)は、アンモニアボランとリン酸緩衝剤を溶解させた水溶液と触媒粉末の場合、
図6(c)は、アンモニアボラン水溶液と触媒-リン酸緩衝剤混合粉末の場合である。
【0097】
二又試験管の片方にアンモニアボラン水溶液を入れ、もう片方に触媒のみ、あるいは触媒とリン酸緩衝剤の混合粉末を設置した状態で、試験管内をアルゴン気流で満たし、定常状態になってから二又試験管を傾けてアンモニアボラン水溶液を触媒(あるいは触媒と緩衝剤の混合粉末)と接触させ、加水分解反応を開始した(
図6)。実施例3と同様に生成ガスを四重極型質量分析計にて分析し、アンモニアの放出挙動を調査した。また、参照実験として、2.6 mol/Lの濃度において、リン酸緩衝剤とアンモニアボランを溶解させた水溶液を調製し、二又試験管の片側に入れ、もう片方に触媒のみを設置し、同様の実験を行った(
図6(b))。
【0098】
図 7は、アンモニアボラン濃度 2.6 mol/L での加水分解反応の生成ガスの質量分析スペクトル(※▼は反応開始点)を示す図である。
図7(a)は、アンモニアボラン水溶液と触媒粉末の場合、
図7 (b)は、アンモニアボランとリン酸緩衝剤を溶解させた水溶液と触媒粉末の場合、
図7 (c)は、アンモニアボラン水溶液と触媒-リン酸緩衝剤混合粉末の場合である。
【0099】
アンモニアボラン水溶液のみを触媒と接触させた場合(
図7(a))では、反応の開始直後にm/z = 2 (H
2), 17 (OH, NH
3), 16 (O, NH
2), 15(NH)のスペクトルが上昇した。水に由来するm/z=18 (H
2O)のスペクトルがほぼ一定であり、m/z = 17, 16と連動していないことから、m/z = 17, 16, 15の連動した挙動はアンモニアの放出に由来するものと考えられる。アンモニアに由来するスペクトルが反応開始から時間の経過と共に上昇し続けるという、緩衝剤が無い条件での特徴がみられた。リン酸緩衝剤をあらかじめアンモニアボランと一緒に水に溶解させた場合(
図7(b))では、反応開始直後に僅かにm/z=15 (NH)の上昇がみられたが、緩衝剤が無い状態程の大きな変化は見られなかった。また、反応中におけるm/z=15の上昇がみられなかったことから、アンモニアの放出が効果的に抑制されていることが分かった。この結果は、実施例6において同条件でのアンモニア放出濃度が2 ppmであったことと合致する。緩衝剤の粉末を触媒と混合し、アンモニアボラン水溶液と接触させた場合(
図7(c))では、反応開始直後に一時的なm/z=15(NH), 16 (NH
2, O), 17 (NH
3, OH)の上昇がみられたが、すぐにスペクトルが低下し、
図7bと同様の挙動を示した。アンモニアに由来するスペクトルが反応開始からの時間経過に伴って上昇するような挙動が見られず、低下する傾向であったことから、リン酸緩衝剤はアンモニアボラン水溶液に溶解した状態でなくともアンモニアの放出を抑制する効果を発揮することが明らかになった。
【0100】
アンモニアボランの飽和濃度である10 mol/Lでも同様の実験を行った。イオン交換水1.26 mlにアンモニアボラン0.402 gを溶解させ、10 mol/Lのアンモニアボラン水溶液を調製した。
図6aと同様に、二又試験管の片側に10 mol/Lのアンモニアボラン水溶液を入れ、反対側に1 wt%白金担持活性炭 50 mgを設置し、試験管内をアルゴン気流で置換した後に試験管を傾け反応を開始した。また、1 wt%白金担持活性炭50 mgにリン酸二水素ナトリウム1.52 gとリン酸水素二カリウム1.86 gを混合した粉末を、
図6cと同様に10 mol/Lアンモニアボラン水溶液の反対側に設置し、同様の実験を行った。
【0101】
図 8は、アンモニアボラン濃度 10 mol/L での加水分解反応の生成ガスの質量分析スペクトル(※▼は反応開始点)を示す図である。
図8(a)は、アンモニアボラン水溶液と触媒粉末のみの場合、
図8(b)は、アンモニアボラン水溶液と触媒-リン酸緩衝剤混合粉末の場合である。
【0102】
アンモニアボラン水溶液と触媒のみの場合(
図8(a))では、アンモニアに由来するm/z=17, 16, 15のスペクトルが著しく上昇したことから、高濃度のアンモニアが放出されたことが示唆された。同条件で生成するガスをテドラーバッグで捕集し、アンモニア濃度を分析した結果は50000 ppmであった。触媒にリン酸緩衝剤が混合された場合(
図8(b))では、m/z=15(NH)に帰属されるスペクトルが反応開始直後に上昇したが、その後の時間経過に伴う急激なスペクトルの上昇やm/z=17, 16との連動がみられないことから、アンモニアの放出が抑制されたことが示唆された。同条件で生成するガス中のアンモニア濃度を分析した結果220 ppmであったことより、10 mol/L(アンモニアボランの飽和濃度)という高濃度で、かつ緩衝剤が溶解した状態でなくても、アンモニアの放出を有効的に抑制できることが分かった。
【0103】
表7に、アンモニアボラン飽和水溶液(10 mol/L)の加水分解反応の条件と緩衝剤の有無がアンモニア放出濃度に及ぼす影響を示す。
【0104】
【0105】
10 mol/Lのアンモニアボラン水溶液に対して上部から触媒と緩衝剤粉末を添加した場合のアンモニア放出濃度を調べるため、
図1bの評価システムを用いて、表7に示す条件で加水分解反応試験を実施した。アンモニアボラン飽和水溶液に触媒のみを添加した場合(表7条件A)では、40000 ppmのアンモニアが放出されたのに対し、アンモニアボラン飽和水溶液に触媒と緩衝剤の混合粉末を添加した場合(表7条件B)ではアンモニア濃度が1000 ppmであった。固相の緩衝剤によるアンモニア低減効果が確認されたが、二又試験管内でのアンモニア放出濃度(220ppm)よりも高くなった。反応開始直後では、アンモニアボラン水溶液と緩衝剤の接触面積が限られるため、高濃度のアンモニアボラン水溶液と触媒との接触界面で発生したアンモニアが、緩衝剤の効果で液相に捕集される前に気相に放出されたと考えられる。実施例5で述べた通り、アンモニアボランに対して少量(0.5当量)のリン酸緩衝剤が水溶液中に共存するだけで、アンモニア放出濃度が1/10程度にまで抑制される。よって、10 mol/Lの高濃度水溶液にあらかじめ少量の緩衝剤を溶解させておき、反応を開始する直前に緩衝剤(粉末)を追加で水溶液と混合することで、10 mol/Lでも十分にアンモニアの放出濃度を低減できると考えられる。よって、効果的にアンモニアを液相内に捕集するためには、触媒および緩衝剤がアンモニアボラン水溶液の液面(反応器内のアンモニアボラン水溶液の上部において、溶液で満たされていない気相空間と接する表層(液気界面)部分)付近よりも、液面から離れた位置(反応器の底面側)に存在することが望ましい。
【0106】
(実施例8)
アンモニアボラン飽和溶液にリン酸緩衝剤を一部溶解させた場合でのアンモニア放出抑制効果
【0107】
表8に、K2HPO4と飽和濃度のアンモニアボランを溶解した水溶液に触媒とH2NaPO4の混合粉末を添加した加水分解反応の条件とアンモニア放出濃度を示す。
【0108】
【0109】
図1(b)に示す装置と同様の装置を用いて、表8に示す条件でアンモニアボラン加水分解反応を実施した。塩基性塩であるK
2HPO
4を溶解させたアンモニアボラン飽和水溶液に、触媒とプロトン供与役であるH
2NaPO
4を混合した粉末を添加し、加水分解反応を開始した。生成ガスをテドラーバッグに捕集し、検知管を用いてアンモニア濃度を分析した結果、26 ppmであることが分かった。実施例7の表7にて示した条件A(緩衝剤無し)と比較すると、1500分の1程度に低減された。プロトン供与役であるH
2NaPO
4を同程度添加した実施例7(表7)の条件Bと比較すると、塩基性塩であるK
2HPO
4をアンモニアボラン水溶液に溶解させることで、さらに40分の1程度にアンモニア濃度を低減することができた。また、アンモニアボラン飽和溶液に溶解させるK
2HPO
4の量を約20分の1程度に減らしたにも関わらず、優れたアンモニア抑制効果を発揮したことから、緩衝剤の添加量を削減できることが分かった。
【0110】
(実施例9)
アンモニア除去フィルターとして用いられる材料によるアンモニア放出抑制効果の検討
【0111】
アンモニア分子と反応しアンミン錯体を形成する塩化ニッケルは、アンモニア吸着材として知られている。
図6(c)と同様に、二又試験管の片側にアンモニアボラン飽和水溶液(水0.63mlとアンモニアボラン0.2005g)を入れ、もう片側に触媒(白金担持活性炭 0.0256 g)と塩化ニッケル(0.2513 g)の混合粉末を入れた。アンモニアボラン水溶液を触媒・塩化ニッケル混合粉末と接触させ、加水分解反応を開始し、発生したガスをテドラーバッグで捕集してアンモニア濃度を検知管にて分析した結果、アンモニア濃度は1 %(10000 ppm)であった。実施例7(表7)および実施例8(表8)と比較すると、緩衝剤を添加していない場合よりもアンモニア放出濃度が下がっているが、アンモニア濃度は数分の1程度であることから、緩衝剤を添加する場合のほうが抑制効果は著しく高いことが分かった。
【0112】
(本実施形態の応用例)
例えば、本実施形態を燃料電池と組み合わせた発電システムとして利用する方法が見込まれる。アンモニアボランは水溶液として安定的に貯蔵することが可能なため、アンモニアボラン水溶液をカートリッジとして販売し、触媒ユニットと燃料電池を内蔵したシステムに接続することで、定置式の小型発電機や移動体の動力源として利用可能である。本実施形態で有効性を見出した緩衝剤を、アンモニアボラン水溶液のカートリッジに添加する、あるいは発電システム内でアンモニアボラン水溶液と混合することにより、アンモニアの放出を抑制する効果を発揮する。
【0113】
(権利解釈など)
以上、特定の実施形態を参照しながら、本発明について説明してきた。しかしながら、本発明の要旨を逸脱しない範囲で当業者が実施形態の修正又は代用を成し得ることは自明である。すなわち、例示という形態で本発明を開示してきたのであり、本明細書の記載内容を限定的に解釈するべきではない。本発明の要旨を判断するためには、冒頭に記載した特許請求の範囲の欄を参酌すべきである。
【0114】
また、この発明の説明用の実施形態が上述の目的を達成することは明らかであるが、多くの変更や他の実施例を当業者が行うことができることも理解されるところである。特許請求の範囲、明細書、図面及び説明用の各実施形態のエレメント又はコンポーネントを他の1つまたは組み合わせとともに採用してもよい。特許請求の範囲は、かかる変更や他の実施形態をも範囲に含むことを意図されており、これらは、この発明の技術思想および技術的範囲に含まれる。