(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023011506
(43)【公開日】2023-01-24
(54)【発明の名称】光ファイバ用ガラス母材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C03B 37/014 20060101AFI20230117BHJP
C03B 8/04 20060101ALI20230117BHJP
【FI】
C03B37/014 Z
C03B8/04 L
C03B8/04 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022098012
(22)【出願日】2022-06-17
(31)【優先権主張番号】P 2021115313
(32)【優先日】2021-07-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000877
【氏名又は名称】弁理士法人RYUKA国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小島 大輝
(72)【発明者】
【氏名】井上 大
【テーマコード(参考)】
4G014
4G021
【Fターム(参考)】
4G014AH21
4G021CA12
4G021CA13
4G021CA14
(57)【要約】
【課題】 屈折率分布がガラス母材の長手方向で安定した光ファイバ用ガラス母材の製造方法を提供する。
【解決手段】 気相法により多孔質ガラス母材を堆積する工程を含み、前記多孔質ガラス母材を焼結するに際し、前記多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入し、該容器の外周に設置したヒータで容器内を加熱して加熱領域を形成し、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程を含む、ガラス母材の製造方法であって、多孔質ガラス母材の長手方向の表面温度差を50℃以下にしてから前記焼結を開始することを特徴とすることを特徴とする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
気相法により多孔質ガラス母材を堆積する工程を含み、前記多孔質ガラス母材を焼結するに際し、前記多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入し、該容器の外周に設置したヒータで容器内を加熱して加熱領域を形成し、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程を含む、ガラス母材の製造方法であって、多孔質ガラス母材の長手方向の表面温度差を50℃以下にしてから前記焼結を開始する光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【請求項2】
前記多孔質ガラス母材に対して、前記加熱領域を前記多孔質ガラス母材の軸方向に沿って移動させながら焼結する請求項1に記載の光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【請求項3】
前記多孔質ガラス母材の表面の最低温度を200℃以下にしてから前記焼結を実施する請求項1に記載の光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【請求項4】
前記焼結する工程が、更に塩素処理を行う脱水工程と透明ガラス化を行うガラス化工程を含む請求項1に記載の光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【請求項5】
前記脱水工程での雰囲気ガスにフッ素化合物ガスを添加する請求項4に記載の光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【請求項6】
前記フッ素化合物ガスを、SiF4、CF4、SF6、C2F6のいずれかとする請求項5に記載の光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【請求項7】
前記多孔質ガラス母材にはGeがドープされている請求項1~6のいずれか一項に記載の光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【請求項8】
気相法により多孔質ガラス母材を堆積する工程を含み、前記多孔質ガラス母材を焼結するに際し、前記多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入し、該容器の外周に設置したヒータで容器内を加熱して加熱領域を形成し、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程を含む、ガラス母材の製造方法であって、前記多孔質ガラス母材を堆積する工程の終了から、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程の開始までの時間を2.5時間以上とする光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【請求項9】
前記多孔質ガラス母材を堆積する工程の終了から、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程の開始までの時間を5時間以上とする請求項8に記載の光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【請求項10】
気相法により多孔質ガラス母材を堆積する工程を含み、前記多孔質ガラス母材を焼結するに際し、前記多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入し、該容器の外周に設置したヒータで容器内を加熱して加熱領域を形成し、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程を含む、ガラス母材の製造方法であって、前記多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入してから、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程の開始までの時間を1時間以下とする光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【請求項11】
前記多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入してから、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程の開始までの時間を0.5時間以下とする請求項10に記載の光ファイバ用ガラス母材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質ガラス母材を脱水、焼結する透明ガラス化処理に係り、特には、長手方向に一様な特性を有する光ファイバ用ガラス母材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光ファイバ用ガラス母材を製造するには、先ず、気相軸付け法(VAD)、外付け法(OVD)を含む種々の方法によって多孔質ガラス母材が作製される。これらの方法で作製された多孔質ガラス母材は、いずれもガラス微粒子のみの集合体若しくは透明ガラスロッドの外周にガラス微粒子が堆積したもので形成されている。その後、多孔質ガラス母材は、塩素ガス雰囲気中で1000~1300℃で加熱して脱水処理する工程を経たのち、さらにヘリウムガス雰囲気中で1400~1600℃で加熱処理され、光ファイバ用透明ガラス母材とされる。
【0003】
VAD法は、回転する鉛直な出発ガラスロッドの下方にバーナを配して、バーナで形成される酸水素火炎中に原料ガスを投じ、火炎加水分解反応によりガラス微粒子を生成し、生成したガラス微粒子を出発ロッドの軸方向に堆積させて多孔質ガラス母材を作製する。OVD法は、例えば、反応容器内で回転する出発ガラスロッドの外周にバーナを配して、バーナで形成される酸水素火炎中に原料ガスを投じ、火炎加水分解反応によりガラス微粒子を生成し、生成したガラス微粒子を出発ガラスロッドの外周に堆積させて多孔質ガラス母材を作製する。
【0004】
一般的なシングルモード光ファイバ用母材では、中心部にコアと呼ばれる高屈折率領域が形成され、コアには石英ガラスの屈折率を上昇させるGeがドープされていることが多い。また、コアの周囲にはクラッドが形成されている。ガラス母材は、コアの周囲にクラッドの一部を有する部分を製造し、その外側に残りのクラッドを2段階で付与して製造する方法、あるいはクラッドの付与を複数回に分けて行う多段階での製造も一般的である。
なお、本発明においてガラス母材は、コアとクラッドの一部を有するもの、あるいはコアと全てのクラッドを有するものもガラス母材と総称する。
【0005】
多孔質ガラス母材10の脱水及び透明ガラス化は、カーボンまたは石英等の耐熱材で形成された炉心管3と、炉心管3の外周にヒータ13を配した焼結炉1で行われる。一般的に、多孔質ガラス母材10を炉心管3内に挿入した状態で炉心管3の蓋6を閉め、炉心管3内にガスを流しながら行われる。
図1Aに示す焼結炉(ゾーン加熱炉)1を用いる場合、ヒータ13によって形成された加熱領域に対して多孔質ガラス母材10を上昇あるいは下降、あるいは上昇と下降を繰り返すことで行われる。焼結炉(ゾーン加熱炉)1は、炉体2、炉心管3、下部ガス導入口4、上部ガス排気口5、蓋6、熱電対11、温度制御装置12、ヒータ13を備える。多孔質ガラス母材10は、ダミーロッド9を介して吊り棒8に支えられ、吊り棒8と連結した昇降装置7によって上下に移動される。ダミーロッド9における、多孔質ガラス母材10に食い込んだ下端を、ダミー下端14とする。
脱水処理工程は、炉心管3内に塩素系ガスと不活性ガスを流しての混合ガス雰囲気中で、加熱領域の温度を1200℃程度に設定して行われる。透明ガラス化工程は、加熱領域の温度を1500℃程度に設定して行われる。
【0006】
また、
図1Bに示す様な、上下にヒータ13を複数並べた、焼結炉(均熱炉)1'を用いることで、多孔質ガラス母材10の上昇や下降を行わずに処理することも出来る。
特許文献1には、ゾーン加熱炉で多孔質ガラス母材をフッ素化合物ガス雰囲気中で加熱処理することで、多孔質ガラス母材にフッ素をドープする技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記した方法で作製した多孔質ガラス母材を加熱処理して透明ガラス母材を作製すると、ガラス母材の屈折率分布が長手方向で変動し、該ガラス母材から作製した光ファイバは、カットオフ波長などの光学特性が長手方向で変動するという問題があった。
本発明は、屈折率分布がガラス母材の長手方向で安定した光ファイバ用ガラス母材の製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の光ファイバ用ガラス母材の製造方法は、気相法により多孔質ガラス母材を堆積する工程を含み、前記多孔質ガラス母材を焼結するに際し、前記多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入し、該容器の外周に設置したヒータで容器内を加熱して加熱領域を形成し、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程を含む、ガラス母材の製造方法であって、多孔質ガラス母材の長手方向の表面温度差を50℃以下にしてから前記焼結を開始することを特徴とする。
【0010】
前記多孔質ガラス母材に対して、前記加熱領域を前記多孔質ガラス母材の軸方向に沿って移動させながら焼結するのが好ましい。
また、前記多孔質ガラス母材表面の最低温度を200℃以下にしてから前記焼結を実施すると良い。
前記焼結する工程は、更に塩素処理を行う脱水工程と透明ガラス化を行うガラス化工程を含むものである。
前記脱水工程での雰囲気ガスにフッ素化合物ガスを添加するとよく、前記フッ素化合物ガスを、SiF4、CF4、SF6、C2F6のいずれかとするのが好ましい。
また、前記多孔質ガラス母材にはGeがドープされているものとするのが好ましい。
【0011】
さらに本発明の光ファイバ用ガラス母材の製造方法は、気相法により多孔質ガラス母材を堆積する工程を含み、前記多孔質ガラス母材を焼結するに際し、前記多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入し、該容器の外周に設置したヒータで容器内を加熱して加熱領域を形成し、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程を含む、ガラス母材の製造方法であって、前記多孔質ガラス母材を堆積する工程の終了から、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程の開始までの時間を2.5時間以上、より好ましくは5時間以上とすることを特徴としている。
【0012】
さらに本発明の光ファイバ用ガラス母材の製造方法は、気相法により多孔質ガラス母材を堆積する工程を含み、前記多孔質ガラス母材を焼結するに際し、前記多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入し、該容器の外周に設置したヒータで容器内を加熱して加熱領域を形成し、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程を含む、ガラス母材の製造方法であって、前記多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入してから、前記多孔質ガラス母材を前記加熱領域内で焼結する工程の開始までの時間を1時間以下、より好ましくは0.5時間以下とすることを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の光ファイバ用ガラス母材の製造方法によれば、母材の長手方向への屈折率分布の変動(以下、長手変動と称する)が小さいガラス母材を得られ、該母材からカットオフ波長などの長手変動が小さい光ファイバを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1A】ゾーン加熱炉を有する焼結炉を示す概略図である。
【
図1B】上下にヒータを複数並べた均熱炉を有する焼結炉を示す概略図である。
【
図2】堆積を終えた多孔質ガラス母材を直接焼結炉に移動する方法(図の右側)と、一旦保管庫に収納して多孔質ガラス母材の温度の均質化を図った後、焼結炉に移動させる方法(図の左側)とを対比して示す図である。
【
図3A】焼結炉内でのヒータと多孔質ガラス母材の位置関係を示す概略図である。
【
図3B】焼結炉内でのヒータと多孔質ガラス母材の位置関係を示す概略図である。
【
図3C】焼結炉内でのヒータと多孔質ガラス母材の位置関係を示す概略図である。
【
図3D】焼結炉内でのヒータと多孔質ガラス母材の位置関係を示す概略図である。
【
図3E】焼結炉内でのヒータと多孔質ガラス母材の位置関係を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく様々な態様が可能である。
一般に、光ファイバ用ガラス母材は、軸中心のコアの屈折率が高くなっており、コアを囲むクラッドの屈折率が低くなっている。この様な屈折率分布を形成するために、コアの屈折率を高めるドーパントとしてゲルマニウム(Ge)を、クラッドの屈折率を低めるドーパントとしてフッ素(F)を用いる事がある。
Geのドープは、バーナにGeCl4等のGe含有化合物を供給することによって、Geを含有するガラス微粒子を生成させ、これを堆積させてコアにGeがドープされた多孔質ガラス母材とされる。また、Fのドープは、例えば、脱水処理工程において加熱する雰囲気ガスにフッ素含有ガスを混ぜることによって行われる。
【0016】
鋭意研究の結果、VADやOVDで製造された多孔質ガラス母材を焼結する場合、多孔質ガラス母材の製造から焼結炉での加熱処理の開始までの作業や処理のばらつきが、母材の長手方向への屈折率分布の長手変動に影響していることを見出した。
以下、多孔質ガラス母材の処理や作業のばらつきについて詳述する。
【0017】
先ず、加熱処理開始時の多孔質ガラス母材表面の温度分布が関係していると考えられる。すなわち、焼結炉の炉心管を加熱するヒータの温度を一定に保ち、加熱領域を移動する多孔質ガラス母材の移動速度を一定に制御した場合であっても、多孔質ガラス母材の長手方向への温度分布のばらつきが大きいと、熱処理の程度が多孔質ガラス母材の長手位置によって異なってくる。
脱水処理工程において、多孔質ガラス母材のコアにドープされているGeの一部は、雰囲気ガス中の塩素と反応して揮発性のGeCl4等に変化して揮発することが知られている。多孔質ガラス母材の熱処理の程度が異なると、Geの揮発量も異なるため、これが屈折率分布形状のばらつきに影響してくる。
また、脱水処理工程でFドープを行う場合、一般に温度が高くなるほどFドープ速度が高まる傾向がある事が知られている。多孔質ガラス母材の熱処理の程度が異なると、Fのドープ量も異なるため、これも屈折率分布形状のばらつき変動に影響する。
【0018】
多孔質ガラス母材をVAD法で作製する場合、出発ロッドを起点としてバーナで生成したガラス微粒子を軸方向の上部から下部に向かって堆積させて作製される。多孔質ガラス母材の作製終了時、すなわちバーナから噴出するガラス微粒子の堆積が終了して、堆積用バーナの火炎照射から多孔質ガラス母材の直胴部が離れるとき、多孔質ガラス母材直胴部の初期に形成された上部堆積部はバーナ火炎が当たってから長い時間が経過しているのに対し、下部堆積部はバーナ火炎が当たってからの時間経過が短いため、母材直胴部の上部と下部で大きな温度差ができる。例えば、堆積終了直後の多孔質ガラス母材上部の表面温度は30℃程度であるが、多孔質ガラス母材の下部は200℃を超えることがある。
【0019】
そのため、VAD法で作製した直後の多孔質ガラス母材を焼結炉に収納し、炉心管内に焼結ガスを流し脱水処理を開始した場合、母材の屈折率分布の長手変動が生じやすい。
従って、多孔質ガラス母材を焼結炉に収納し、炉心管内に焼結ガスを流し始めて処理を開始する時の、多孔質ガラス母材直胴部長手方向への表面温度差は50℃以下とすることが望ましい。50℃を超える場合、焼結時に同じ温度・ガス条件で焼結しても、温度が高かった部分と低かった部分とでフッ素のドープ量やGeのドープ量の違いにより屈折率分布形状が変わり、その結果、この様なガラス母材から作製した光ファイバは、MFD等の光学特性が長手で変動する。
【0020】
VAD法で製造した多孔質ガラス母材を温度が安定した雰囲気下に一定時間置くことで、多孔質ガラス母材の温度を下げると同時に母材の長手方向の温度差を低減することができる。このときの雰囲気温度は、堆積終了直後の多孔質ガラス母材上部の表面温度以下に、例えば室温25℃にして多孔質ガラス母材を冷却すれば良く、また自然冷却、冷風を当てることによる急冷なども考えられる。
あるいは、多孔質ガラス母材上部の表面温度以上の温度に加熱しても良く、多孔質ガラス母材に温風を当てる、あるいはヒータで加熱して、多孔質ガラス母材の長手方向の温度差を低減しても良い。なお、あまりにも高温に加熱すると、焼結中のGeの揮発量が多くなりドープ効率が低下するので、多孔質ガラス母材直胴部の表面の最低温度を200℃以下にしてから焼結ガスを流し始めるのが好ましい。これにより、焼結時フッ素ドープ量やGe揮発量が長手での変化を抑制することができる。
そこで
図2の右側に示すように、堆積を終えた多孔質ガラス母材を直接焼結炉に移動するのではなく、
図2の左側に示した雰囲気が管理された保管庫に一旦収納して、清浄かつ低湿度の雰囲気に保持することにより、多孔質ガラス母材の長手方向の温度の均質化を図るのが好ましい。これにより、同時に多孔質ガラス母材表面への異物付着や吸湿を抑制することも出来、好ましい。
【0021】
一旦焼結炉に収納した多孔質ガラス母材は、ヒータもしくはヒータで加熱された炉心管内壁からの輻射熱に晒されるため、加熱領域に近い側の温度が次第に上昇していくことがある。このため、多孔質ガラス母材を焼結炉内で長時間放置してから焼結ガスを流して脱水処理を開始した場合、母材の長手方向へ屈折率分布の変動が生じやすい。
従って、一旦焼結炉に収納した多孔質ガラス母材は、なるべく早く加熱領域への上昇/下降動作を開始すると、収納時に加熱領域に近かった側の温度が高くなりすぎるのを防ぐことができ、母材の長手方向への屈折率分布形状が安定する。
【0022】
また、多孔質ガラス母材の作製終了(バーナから噴出するガラス微粒子の堆積が終了して多孔質ガラス母材の直胴部が堆積用バーナの火炎照射から離れるとき)から、焼結を開始するまでの時間を長くすることによって屈折率分布の長手変動を抑制し、光学特性の長手変動を抑制できる。
すなわち、多孔質ガラス母材の堆積を終了して多孔質ガラス母材が堆積バーナの火炎照射から離れてから、多孔質ガラス母材を炉心管内に投入して焼結ガスを流し始めるまでの時間は2.5時間以上空けることが好ましい。5時間以上空けることがさらに好ましい。
また、多孔質ガラスを焼結容器に入れてから焼結開始までの時間を短くすることでも長手変動を抑制することができる。多孔質ガラスを焼結容器に入れてから焼結開始までの時間は1時間以内にすることが望ましい。0.5時間以内にすることがさらに好ましい。
【実施例0023】
(実施例1,2および比較例1,2)
(実施例1)
VAD法で全長2000mmの多孔質ガラス母材を製造した。その後、24時間多孔質ガラス母材10を自然冷却し、ヒータ長300mmの焼結炉1を使用して焼結した。自然冷却した焼結開始前の、多孔質ガラス母材10の長手方向への表面温度差は、20℃であった。
図3A~~
図3Eにおいて、ヒータ13と多孔質ガラス母材10の位置関係を示した。
まず、多孔質ガラス母材10を焼結炉1の上端へ待機させた状態(
図3A)で、焼結炉1内にCl
2:0.7L/分、Ar:30L/分及びSiF
4ガス:0.1L/分からなる混合ガスを流し、同時に昇温を行い、温度を1300℃ に制御した。その後、多孔質ガラス母材10を上方から下方へ向けて10mm/分の速度で移動させて(
図3B)、フッ素ドープ兼脱水工程を行った。
多孔質ガラス母材10を所定の位置まで下降させ、焼結炉1内にHeガスを20L/分導入するとともに多孔質ガラス母材10を焼結炉1の上端まで引き上げた(
図3C)。その後、昇温を行い、温度を1500℃ に制御し、多孔質ガラス母材10を焼結炉1の上端から下方へ5mm/分の速度で移動させた(
図3D)。多孔質ガラス母材10を所望の位置まで下降させてガラス化工程を終えたら、透明化された多孔質ガラス母材10を引き上げた(
図3E)。
焼結後のカットオフ波長は、多孔質ガラス母材10の長手方向で(最大値-最小値)の数値差は1nmで、平均MFDは9.15μmであった。
【0024】
(実施例2)
VAD法で全長2000mmの多孔質ガラス母材10を製造した。その後、12時間多孔質ガラス母材10を自然冷却した後、ヒータ長1300mmの均熱炉1'で焼結した。焼結開始前の、多孔質ガラス母材10の長手方向への表面温度差は、40℃であった。均熱炉1'内にCl2:0.7L/分、Ar:30L/分及びSiF4ガス:0.1L/分からなる混合ガスを流した。同時に昇温を行い、温度を1300℃ に制御し、4時間加熱してフッ素ドープ兼脱水工程を行った。
その後、均熱炉1'内にHeガスを20L/分導入するとともに、昇温を行い、温度を1500℃ に制御し、多孔質ガラス母材10を透明ガラス化した。
焼結後のカットオフ波長は、多孔質ガラス母材10の長手方向での数値差(最大値-最小値)は2nmで、平均MFDは9.16μmであった。
【0025】
(比較例1)
VAD法で全長2000mmの多孔質ガラス母材10を製造した。製造後、直ちにヒータ長300mmの焼結炉1内に入れ、
図3Aの状態で、焼結開始前に3時間放置した。焼結開始前の多孔質ガラス母材10の長手方向への表面温度差は300℃であった。その後、実施例1と同様にして焼結した。
焼結後のカットオフ波長は、多孔質ガラス母材10の長手方向での数値差(最大値-最小値)は30nmで、平均MFDは9.25μmであった。
【0026】
(比較例2)
VAD法で全長2000mmの多孔質ガラス母材10を製造した。その後、12時間多孔質ガラス母材を自然冷却した。その後、多孔質ガラス母材10をヒータ長1300mmの均熱炉1'内に入れ、焼結開始前に3時間放置した。焼結開始前の多孔質ガラス母材10の長手方向への表面温度差は40℃であったが、多孔質ガラス母材10の最低温度が260℃に達する箇所があった。その後、実施例1と同様にして焼結した。
焼結後のカットオフ波長は、多孔質ガラス母材10の長手方向での数値差(最大値-最小値)は5nmで、平均MFDは9.34μmであった。
実施例1,2、比較例1,2の条件および特性を表1にまとめて示した。
【0027】
【0028】
実施例1、2のように焼結開始前の多孔質ガラス母材10の長手方向への温度差が小さいと、長手方向にフッ素ドープ量を均一化することができ、さらにGeの揮発量も均一化され、結果的に光学特性の長手方向への変動を抑制することができる。これは、ゾーン加熱炉を有する焼結炉1(実施例1)でも、均熱炉を有する焼結炉1'(実施例2)であっても同様であった。
一方、比較例1のように焼結開始前の多孔質ガラス母材10の長手方向への表面温度差が大きいと、多孔質ガラス母材10の長手方向へのフッ素ドープ量およびGe揮発量が不均一になり、光学特性の長手方向への変動が大きかった。よって本発明においては、多孔質ガラス母材10の長手方向の表面温度差を50℃以下にしてから前記焼結を開始することを特徴としている。
【0029】
さらに、比較例2では、焼結開始前の長手方向への表面温度差は小さかったが、焼結開始前の多孔質ガラス母材10表面の最低温度が200℃を超える箇所があり、焼結時にGeの揮発が進みやすいため、MFDが大きくなった。よって、多孔質ガラス母材10表面の最低温度を200℃以下にしてから焼結を実施するのが好ましい。
フッ素ドープをしない多孔質ガラス母材10に関しても、Geの揮発が関係するので、本発明の条件を適用することで、光学特性の長手方向への変動を抑制できる。
また、径方向にフッ素を均一にドープする場合、径方向でフッ素に濃度差がある場合、いずれにおいても、本発明の条件を適用することで、光学特性の長手方向への変動を抑制できる。
また、表面温度を管理することで、多孔質ガラス内部を管理する場合と比較して、作業が格段に楽になり、製品全数で本発明の条件を適用することができる。
【0030】
(実施例3~6および比較例3)
VAD法で全長2000mmの多孔質ガラス母材10を製造した。その後、ヒータ長300mmの焼結炉1で焼結した。
図3A~
図3Eにヒータ13と多孔質ガラス母材10の位置関係を示した。
まず、
図3Aに示す多孔質ガラス母材10を焼結炉の上端へ待機させた状態で、炉内にCl2:0.7L/分、Ar:30L/分及びSiF
4ガス:0.1L/分の混合ガスを流し、同時に昇温を行い、温度を1300℃ に制御した。その後、多孔質ガラス母材10を上方から下方へ向けて10mm/分の速度で移動させて(
図3B)、フッ素ドープ兼脱水工程を行った。
多孔質ガラス母材10が所望の位置まで下降すると、焼結炉1内にHeガスを20L/分導入すると同時に上端まで引き上げた(
図3C)。その後、昇温を行い、温度を1500℃ に制御し、多孔質ガラス母材10を上端から下方へ5mm/分の速度で移動させた(
図3D)。多孔質ガラス母材10を所望の位置まで下降させてガラス化工程を終えたら、透明化された多孔質ガラス母材10を引き上げた(
図3E)。
このとき、実施例3ではVAD法による多孔質ガラス母材10の製造終了から焼結開始までの時間を28.3時間、実施例4では5時間、実施例5では3時間、実施例6では2.5時間、比較例3では1.9時間として多孔質ガラス母材10を製造した。実施例3~6および比較例3における、多孔質ガラス母材10を焼結容器に入れてから焼結開始までの時間は、一律に1時間とした。表2に実施例3~6および比較例3の結果を示した。
【0031】
【0032】
VAD法による製造終了から焼結開始までの時間が5時間以上の実施例3,4では、カットオフ波長の母材長手方向への変動は小さかった。一方で、5時間より短い実施例5,6では実施例3,4に比べて長手方向でカットオフ波長の変動が大きくなり、2.5時間より短い比較例3では顕著に大きくなっていることが表2から読み取れる。
これは、比較例3では多孔質ガラス母材10の長手方向でVAD終了側の温度が高く、開始側と大きな温度差があり、焼結開始までの時間が短いと十分冷却されず、かつ母材の均熱化が十分行えないためと考えられる。母材の長手方向でのカットオフ波長の数値差(カットオフ長手差)が大きいと、製品の規格値に入らない領域が出てくる可能性がある。よって本発明においては、多孔質ガラス母材を堆積する工程の終了から、多孔質ガラス母材を加熱領域内で焼結する工程の開始までの時間を2.5時間以上、より好ましくは5時間以上とする。
【0033】
(実施例7~10および比較例4)
VAD法で全長2000mmの多孔質ガラス母材を製造した。その後、ヒータ長300mmの焼結炉1で焼結した。
まず、
図3Aに示す多孔質ガラス母材10を上端へ待機させた状態で、焼結炉1内にCl2:0.7L/分、Ar:30L/分及びSiF
4ガス:0.1L/分からなる混合ガスを流し、同時に昇温を行い、温度を1300℃ に制御した。その後、多孔質ガラス母材10を上方から下方へ向けて10mm/分の速度で移動させて(
図3B)、フッ素ドープ兼脱水工程を行った。
多孔質ガラス母材10を所望の位置まで下降させ、焼結炉1内にHeガスを20L/分導入するとともに多孔質ガラス母材10を焼結炉1の上端まで引き上げた(
図3C)。その後、昇温を行い、温度を1500℃ に制御し、多孔質ガラス母材10を焼結炉1の上端から下方へ5mm/分の速度で移動させた(
図3D)。多孔質ガラス母材10を所望の位置まで下降させてガラス化工程を終えたら、透明化された多孔質ガラス母材10を引き上げた(
図3E)。
このとき、実施例7では多孔質ガラス母材を焼結炉に入れてから焼結開始までの時間を0.4時間、実施例8では0.5時間、実施例9では0.8時間、実施例10では1.0時間、比較例4では1.9時間として、ガラス母材を製造した。実施例7~10および比較例4における、VAD法による多孔質ガラス母材10の製造終了から焼結開始までの時間は、一律に5時間とした。表3に実施例7~10および比較例4の結果を示した。
【0034】
【0035】
焼結炉に入れてから焼結開始までの時間が0.5時間以下の実施例7,8では母材の長手方向でのカットオフ波長の変動は小さい。一方で、0.5時間より長い実施例9,10では実施例6,7に比べてカットオフ波長の変動が大きくなり、1時間より長い比較例4では顕著に大きくなっていることが表3から読み取れる。
比較例4の結果は、多孔質ガラス母材10の長手方向でVAD終了側が加熱され、開始側と大きな温度差ができているために生じたと考えられる。母材の長手方向でのカットオフ波長の数値差が大きいと、製品の規格値に入らない領域が出てくる可能性がある。よって本発明においては、多孔質ガラス母材を焼結炉の容器内に挿入してから、多孔質ガラス母材を加熱領域内で焼結する工程の開始までの時間を1時間以下、より好ましくは0.5時間以下とする。
【0036】
なお、多孔質ガラス母材10を下降させて焼結容器内に入れる作業は自動で行われ、その後焼結を開始する前に蓋6を閉める、配管をつなぐなどの手作業が行われる。上記自動で行われる作業には時間がかかるため、作業者はその間に別の作業を行うことが一般的で、焼結容器に入れてから焼結開始までの時間は長くなりがちであった。これを1時間以内、あるいは0.5時間以内とするためには、間を空けず効率よく作業を行う必要がある。
焼結炉(ゾーン加熱炉):1、焼結炉(均熱炉)1'、炉体:2、炉心管:3、下部ガス導入口:4、上部ガス排気口:5、蓋:6、昇降装置:7、吊り棒:8、ダミーロッド:9、多孔質ガラス母材:10、熱電対:11、温度制御装置:12、ヒータ:13、ダミー下端:14。