(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023115539
(43)【公開日】2023-08-21
(54)【発明の名称】カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07F 7/08 20060101AFI20230814BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20230814BHJP
【FI】
C07F7/08 K
C07B61/00 300
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022017800
(22)【出願日】2022-02-08
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大洞 康嗣
(72)【発明者】
【氏名】香西 凌
(72)【発明者】
【氏名】田原 一輝
(72)【発明者】
【氏名】中島 裕美子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 一彦
【テーマコード(参考)】
4H039
4H049
【Fターム(参考)】
4H039CA92
4H039CF10
4H049VN01
4H049VP01
4H049VQ28
4H049VR24
4H049VS76
4H049VT17
(57)【要約】
【課題】種々のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を効率よく製造する方法を提供する。
【解決手段】カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法であって、1,3-ジエン化合物、カルボン酸化合物、及びジシラン化合物を、酸素含有雰囲気中、パラジウム触媒及び銅触媒の存在下で反応させる反応工程を含み、前記パラジウム触媒が、0価のパラジウム化合物及び2価のパラジウム化合物から選択される1種以上の化合物であり、前記カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が、式(d)で表される構造を有する、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法であって、
1,3-ジエン化合物、カルボン酸化合物、及びジシラン化合物を、酸素含有雰囲気中、パラジウム触媒及び銅触媒の存在下で反応させる反応工程を含み、
前記パラジウム触媒が、0価のパラジウム化合物及び2価のパラジウム化合物から選択される1種以上の化合物であり、
前記カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が、式(d)で表される構造を有する、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【化1】
【請求項2】
前記1,3-ジエン化合物が、一般式(A)で表される化合物であり、
前記カルボン酸化合物が、一般式(B)で表される化合物であり、
前記ジシラン化合物が、一般式(C)で表される化合物であり、
前記カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が一般式(D)で表される化合物である、請求項1に記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【化2】
(一般式(A)中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子、又は置換若しくは無置換の炭化水素基を表す。)
R
3(CO
2H)
n (B)
(一般式(B)中、R
3は、水素原子、又は置換若しくは無置換の炭化水素基を表し;nは、1以上10以下の整数を表す。)
(R
4)
3SiSi(R
4)
3 (C)
(一般式(C)中、R
4は、それぞれ独立して、置換若しくは無置換の炭化水素基、又は置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基を表す。)
【化3】
(一般式(D)中、R
1、R
2、R
3、R
4、及びnは、それぞれ前記と同義である。)
【請求項3】
前記一般式(A)及び(D)中のR1が、炭化水素基である、請求項2に記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【請求項4】
前記パラジウム触媒が、酢酸パラジウム(II)、塩化パラジウム(II)、及びビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム(0)から選択される1種以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【請求項5】
前記銅触媒が、2価の銅塩である、請求項1~4のいずれか1項に記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【請求項6】
前記反応工程が、さらに一般式(E1)、(E2)、又は(E3)で表されるキノン化合物の存在下で行われる、請求項1~5のいずれか1項に記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【化4】
(一般式(E1)~(E3)中、R
5及びR
6は、それぞれ独立して水素原子、アルキル基、アルコキシ基、ハロゲン原子、ニトロ基、ニトリル基を表す。)
【請求項7】
前記酸素含有雰囲気が、酸素濃度60体積%以上の雰囲気である、請求項1~6のいずれか1項に記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アリルエステル骨格(すなわち、カルボン酸2-ブテニルエステル骨格)を有する化合物は、天然物、生理活性物質等に含まれ、辻-トロスト反応、クライゼン転移等により様々な化合物への変換が可能である。
また、アリルシラン骨格を有する化合物は、細見-櫻井アリル化反応、檜山クロスカップリング反応等の基質として用いることができ、これらの反応を利用した生理活性物質の全合成も報告されている。
このように、アリルエステル骨格を有する化合物及びアリルシラン骨格を有する化合物は、高い反応性を示す。そのため、これら両骨格を有する化合物を合成中間体として用いることにより、これまでに合成が困難であった天然物等を合成できる可能性がある。
【0003】
アリルエステル骨格及びアリルシラン骨格を有するカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の合成方法としては、例えばGrubbs触媒を用いたメタセシス反応を利用した方法が報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Org. Lett. 2003, 5, 25, 4891-4893
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、メタセシス反応を利用した方法では、原料として用いられるアリルエステル化合物の合成に指定毒物であるアリルアルコールを用いており、安全性に問題があったため、改善が求められている。また、メタセシス反応では、炭素-炭素二重結合の2つの炭素に2つずつ置換基を導入したカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を製造することは困難である。
【0006】
従って、本発明の課題は、種々のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を効率よく製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、1,3-ジエン化合物、カルボン酸化合物、及びジシラン化合物を、酸素含有雰囲気中、パラジウム触媒及び銅触媒の存在下で反応させることにより、種々のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が得られることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明の要旨は、以下の通りである。
【0008】
〔1〕
カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法であって、
1,3-ジエン化合物、カルボン酸化合物、及びジシラン化合物を、酸素含有雰囲気中、パラジウム触媒及び銅触媒の存在下で反応させる反応工程を含み、
前記パラジウム触媒が、0価のパラジウム化合物及び2価のパラジウム化合物から選択される1種以上の化合物であり、
前記カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が、式(d)で表される構造
を有する、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【化1】
〔2〕
前記1,3-ジエン化合物が、一般式(A)で表される化合物であり、
前記カルボン酸化合物が、一般式(B)で表される化合物であり、
前記ジシラン化合物が、一般式(C)で表される化合物であり、
前記カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が一般式(D)で表される化合物である、〔1〕に記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【化2】
(一般式(A)中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子、又は置換若しくは無置換の炭化水素基を表す。)
R
3(CO
2H)
n (B)
(一般式(B)中、R
3は、水素原子、又は置換若しくは無置換の炭化水素基を表し;nは、1以上10以下の整数を表す。)
(R
4)
3SiSi(R
4)
3 (C)
(一般式(C)中、R
4は、それぞれ独立して、置換若しくは無置換の炭化水素基、又は置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基を表す。)
【化3】
(一般式(D)中、R
1、R
2、R
3、R
4、及びnは、それぞれ前記と同義である。)〔3〕
前記一般式(A)及び(D)中のR
1が、炭化水素基である、〔2〕に記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
〔4〕
前記パラジウム触媒が、酢酸パラジウム(II)、塩化パラジウム(II)、及びビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム(0)から選択される1種以上である、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
〔5〕
前記銅触媒が、2価の銅塩である、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
〔6〕
前記反応工程が、さらに一般式(E1)、(E2)、又は(E3)で表されるキノン化合物の存在下で行われる、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【化4】
(一般式(E1)~(E3)中、R
5及びR
6は、それぞれ独立して水素原子、アルキル基、アルコキシ基、ハロゲン原子、ニトロ基、ニトリル基を表す。)
〔7〕
前記酸素含有雰囲気が、酸素濃度60体積%以上の雰囲気である、〔1〕~〔6〕のいずれかに記載のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、種々のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を効率よく製造する方法を提供することができる。かかる方法によれば、炭素-炭素二重結合の2つの炭素に2つずつ置換基が導入されたカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物をも容易に製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1-1で得られた生成物の
1H-NMRスペクトルである。
【
図2】実施例1-1で得られた生成物の
13C-NMRスペクトルである。
【
図3】実施例1-1で得られた生成物の1D-DPFGSE NOEスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の詳細を説明するにあたり、具体例を挙げて説明するが、本発明の趣旨を逸脱しない限り以下の内容に限定されるものではなく、適宜変更して実施することができる。
なお、本明細書において、数値範囲の下限値及び上限値を分けて記載する場合、当該数値範囲は、それらのうち任意の下限値と任意の上限値とを組み合わせたものとすることができる。
【0012】
本発明の一実施形態に係るカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法は、1,3-ジエン化合物、カルボン酸化合物、及びジシラン化合物を、酸素含有雰囲気中、パラジウム触媒及び銅触媒の存在下で反応させる反応工程を含む。かかる製造方法では、基質としてアシルクロリド等のハロゲン含有化合物を使用する必要がないため、ハロゲン化物塩が大量に副生することを回避することができる。
【0013】
1.反応工程
1-1.1,3-ジエン化合物
1,3-ジエン化合物の具体的種類は、特に限定されず、製造目的であるカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物に応じて適宜選択することができる。1,3-ジエン化合物としては、例えば下記一般式(A)で表される化合物(以下、「ジエン化合物(A)」と称することがある。)が挙げられる。なお、1,3-ジエン化合物は、公知であるか、公知の製造方法に準じた方法により容易に製造し得るものである。
【0014】
【0015】
(R1及びR2)
一般式(A)中、R1及びR2は、それぞれ独立して、水素原子、又は置換若しくは無置換の炭化水素基を表す。
【0016】
なお、本明細書において、炭化水素基には、脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基が含まれる。脂肪族炭化水素基は、直鎖状の炭化水素基に限られず、分岐構造を有していてもよく、環状構造を有していてもよい。また、芳香族炭化水素基は、単環式、多環式、又は縮合環式であってよく、複素環式の芳香族炭化水素基であってもよい。
【0017】
R1及びR2で表される炭化水素基の炭素数は、特に限定されないが、炭化水素基が脂肪族炭化水素基である場合、通常1以上、また、好ましくは40以下、より好ましくは32以下、さらに好ましくは24以下、特に好ましくは16以下である。また、炭化水素基が芳香族炭化水素基である場合、その炭素数は、通常3以上、また、好ましくは40以下、より好ましくは30以下、さらに好ましくは20以下、特に好ましくは10以下である。なお、本明細書において、炭化水素基が置換基を有する場合、炭化水素基の炭素数として示した数には置換基の炭素数が含まれるものとする。
【0018】
R1及びR2で表される無置換の脂肪族炭化水素基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、iso-プロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、iso-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、iso-ペンチル基、ネオペンチル基、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、2-エチルヘキシル基、n-ノニル基、n-デシル基、n-ウンデシル基、n-ドデシル基、n-トリデシル基、n-テトラデシル基、n-ペンタデシル基、n-ヘキサデシル基、n-ヘプタデシル基、n-オクタデシル基、n-ノナデシル基、n-イコシル基等の直鎖又は分岐の飽和脂肪族炭化水素基;シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基、シクロドデシル基等の環状構造を有する飽和脂肪族炭化水素基;等が挙げられる。
【0019】
R1及びR2で表される無置換の芳香族炭化水素基としては、フェニル基、ビフェニリル基、ターフェニリル基、ナフチル基、アントラセニル基、フェナントレニル基、ピレニル基、フルオレニル基、インデニル基、フルオランテニル基、トリフェニレニル基、ペリレニル基、ピロリル基、ピリジル基、ピリミジル基、トリアジニル基、カルバゾリル基、フリル基、ジベンゾフラニル基、チオフェニル基、ジベンゾチオフェニル基等が挙げられる。これらの基において結合手の位置は特に限定されない。
【0020】
R1及びR2で表される炭化水素基が置換基を有する場合、前記置換基としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等のハロゲン原子;メチル基、エチル基、n-プロピル基、iso-プロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、iso-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、ネオペンチル基、n-ヘキシル基等の炭素数1以上6以下のアルキル基;シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等の炭素数3以上6以下のシクロアルキル基;フェニル基、トリル基等のアリール基;ベンジル基、フェネチル基等のアリールアルキル基;メトキシ基、エトキシ基
、n-プロピルオキシ基、iso-プロピルオキシ基、グリシジルオキシ基、n-ブトキシ基、sec-ブトキシ基、iso-イソブトキシ基、tert-ブトキシ基、n-ヘキシルオキシ基等の炭素数1以上6以下のアルコキシ基;シクロプロピルオキシ基、シクロブチルオキシ基、シクロペンチルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基等の炭素数3以上6以下のシクロアルキルオキシ基;フェニルオキシ基、トリルオキシ基等のアリールオキシ基;ベンジルオキシ基、フェネチルオキシ基等のアリールアルキルオキシ基;アミノ基、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、ジブチルアミノ基等の第1~3級アミノ基;ピリジル基、ピリミジニル基、トリアジニル基、ピロリル基、キノリル基、イソキノリル基、インドリル基、カルバゾリル基、モルホリノ基、オキシラニル基、オキセタニル基、オキシラニル基、テトラヒドロフリル基、フリル基、チエニル基等の炭素数3以上12以下の複素環基;等が挙げられる。
【0021】
R1及びR2は、それぞれ、水素原子又は置換若しくは無置換の脂肪族炭化水素基であることが好ましく、水素原子であることがより好ましい。
【0022】
具体的な1,3-ジエン化合物としては、1,3-ブタジエン、2-メチル-1,3-ブタジエン、2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン等が挙げられる。
【0023】
1-2.カルボン酸化合物
カルボン酸化合物の具体的種類は、特に限定されず、製造目的であるカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物に応じて適宜選択することができる。本実施形態においては、カルボン酸化合物が脂肪族カルボン酸及び芳香族カルボン酸のいずれであっても基質として好適に反応することができる。そのため、本実施形態に係る製造方法により、従来合成が困難であった構造を含む幅広いカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を製造することができる。
【0024】
カルボン酸化合物としては、例えば下記一般式(B)で表される化合物(以下、「カルボン酸化合物(B)」と称することがある。)が挙げられる。なお、カルボン酸化合物は、公知であるか、公知の製造方法に準じた方法により容易に製造し得るものである。
R3(CO2H)n (B)
【0025】
(R3)
一般式(B)中、R3は、それぞれ独立して、水素原子、又は置換若しくは無置換の炭化水素基を表す。
【0026】
R3で表される炭化水素基の炭素数は、特に限定されないが、炭化水素基が脂肪族炭化水素基である場合、通常1以上、また、好ましくは40以下、より好ましくは32以下、さらに好ましくは24以下、特に好ましくは16以下である。また、炭化水素基が芳香族炭化水素基である場合、その炭素数は、通常3以上、また、好ましくは40以下、より好ましくは30以下、さらに好ましくは20以下、特に好ましくは10以下である。
【0027】
R3で表される炭化水素基は、炭化水素化合物の任意の位置の水素原子をn個除いたn価の炭化水素基である。炭化水素化合物としては、メタン、エタン、プロパン、n-ブタン、2-メチルプロパン、n-ペンタン、2-メチルブタン、ネオペンタン、n-ヘキサン、2-メチルペンタン、2,3-ジメチルブタン、n-へプタン、n-オクタン、n-デカン、n-ドデカン、n-テトラデカン、n-ヘキサデカン、n-オクタデカン、n-エイコサン等の直鎖又は分岐状脂肪族炭化水素;シクロプロパン、シクロブタン、シクロペンタン、シクロヘキサン等の脂環式炭化水素;ベンゼン、ナフタレン、アセナフチレン、アントラセン、フェナントレン、ピレン、フルオレン、フルオランテン、トリフェニレン、ペリレン、ピロール、ピリジン、ピリミジン、カルバゾール、フラン、ジベンゾフラ
ン、チオフェン、ジベンゾチオフェン等の芳香族炭化水素;等が挙げられる。
【0028】
R3で表される炭化水素基が置換基を有する場合、前記置換基としては、R1及びR2で表される炭化水素基の置換基として例示したもの等が挙げられる。
【0029】
R3は、それぞれ独立して、置換若しくは無置換の脂肪族炭化水素基、又は置換若しくは無置換の芳香族炭化水素基であることが好ましい。
【0030】
(n)
一般式(B)中、nは、1以上10以下の整数を表す。
nは、好ましくは6以下の整数であり、より好ましくは4以下の整数であり、さらに好ましくは2以下の整数であり、特に好ましくは1である。
【0031】
具体的なカルボン化合物としては、ギ酸;酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、ピバル酸、イソ吉草酸、カプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、コハク酸、アジピン酸等の直鎖又は分岐状脂肪族カルボン酸;シクロプロパンカルボン酸、シクロブタンカルボン酸、シクロペンタンカルボン酸、シクロペンタンジカルボン酸、シクロヘキサンカルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸、1-アダマンタンカルボン酸等の脂環式カルボン酸;安息香酸、p-tert-ブチル安息香酸、o-トルイル酸、m-トルイル酸、p-トルイル酸、p-メトキシ安息香酸、テレフタル酸、イソフタル酸、トリメシン酸、1,2,4,5-ベンゼンテトラカルボン酸、1-ナフタレンカルボン酸、2-ナフタレンカルボン酸、2,3-ナフタレンジカルボン酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、9-フェナントレンカルボン酸、4,5-フェナントレンジカルボン酸、4-ピリジンカルボン酸、2,6-ピリジンジカルボン酸等の芳香族カルボン酸;等が挙げられる。
【0032】
1-3.ジシラン化合物
ジシラン化合物の具体的種類は、特に限定されず、製造目的であるカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物に応じて適宜選択することができる。ジシラン化合物としては、例えば下記一般式(C)で表される化合物(以下、「ジシラン化合物(C)」と称することがある。)が挙げられる。なお、ジシラン化合物は、公知であるか、公知の製造方法に準じた方法により容易に製造し得るものである。
(R4)3SiSi(R4)3 (C)
【0033】
(R4)
一般式(C)中、R4は、それぞれ独立して、置換若しくは無置換の炭化水素基、又は置換若しくは無置換の炭化水素オキシ基を表す。
【0034】
R4で表される炭化水素基の炭素数は、特に限定されないが、炭化水素基が脂肪族炭化水素基である場合、通常1以上、また、好ましくは20以下、より好ましくは12以下、さらに好ましくは8以下、特に好ましくは4以下である。また、炭化水素基が芳香族炭化水素基である場合、その炭素数は、通常3以上、また、好ましくは20以下、より好ましくは12以下、さらに好ましくは8以下、特に好ましくは4以下である。
【0035】
R4で表される炭化水素基としては、R1及びR2で表される炭化水素基の説明において示したもの等が挙げられ、好ましくはメチル基、エチル基、又はフェニル基、より好ましくはメチル基又はエチル基である。
また、R4で表される炭化水素オキシ基中の炭化水素基は、R4で表される炭化水素基と同様に定義され、好ましい態様も同様である。
【0036】
R4は、置換若しくは無置換の炭化水素基であることが好ましく、置換若しくは無置換の脂肪族炭化水素基であることがより好ましい。また、ジシラン化合物(C)の一方のケイ素原子に結合している3つのR4と他方のケイ素原子に結合している3つのR4とが同一の組み合わせであることが好ましく、ジシラン化合物(C)中の6つのR4が全て同一の基であることがより好ましい。
【0037】
具体的なジシラン化合物としては、ヘキサメチルジシラン、ヘキサエチルジシラン、ヘキサフェニルジシラン、ヘキサメトキシジシラン、ヘキサエトキシジシラン等が挙げられる。
【0038】
1-4.カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物
本実施形態に係る製造方法により製造されるカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物は、下記式(d)で表される構造を有する化合物である。式(d)中の*には、1,3-ジエン化合物、カルボン酸化合物、及びジシラン化合物に由来する基、又は当該基から変換された基が結合している。式(d)に表される構造は、式(d1)又は式(d2)で表される構造であり、好ましくは式(d1)で表される構造である。
【0039】
【0040】
カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の具体的な構造は特に限定されず、種々の1,3-ジエン化合物、カルボン酸化合物、及びジシラン化合物に由来する幅広い化合物であってよい。カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物としては、例えば、ジエン化合物(A)、カルボン酸化合物(B)、及びジシラン化合物(C)の反応により得られる、一般式(D)で表される化合物が挙げられる。一般式(D)で表される化合物中のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル構造は、少なくとも一部が上記式(d1)で表される構造であることが好ましく、全てが上記式(d1)で表される構造であることがより好ましい。すなわち、一般式(D)で表される化合物は、一般式(D1)で表される化合物であることがより好ましい。
【0041】
【0042】
一般式(D)及び(D1)中、R1は、一般式(A)中のR1と同義であり;R3及びnは、それぞれ、一般式(B)中のR3及びnと同義であり;R4は、一般式(C)中のR4と同義である。
【0043】
1-5.触媒
本実施形態に係る製造方法において、1,3-ジエン化合物、カルボン酸化合物、及びジシラン化合物の反応は、パラジウム触媒及び銅触媒の存在下で行われる。
【0044】
(パラジウム触媒)
反応工程で用いるパラジウム触媒は、0価のパラジウム化合物及び2価のパラジウム化合物から選択される化合物である。パラジウム触媒は、1種単独で用いてもよく、2種類以上を任意の組み合わせ及び比率で用いてもよい。
【0045】
2価のパラジウム化合物としては、具体的には、塩化パラジウム(II)、臭化パラジウム(II)、硝酸パラジウム(II)、硫酸パラジウム(II)、シュウ酸パラジウム(II)、酢酸パラジウム(II)、酢酸パラジウム(II)三量体、トリフルオロ酢酸パラジウム(II)、ビス(アセトニトリル)パラジウム(II)ジクロリド、ビス(ベンゾニトリル)パラジウム(II)ジクロリド、ビス(ベンゾニトリル)パラジウム(II)ジブロミド、2,2-ジメチルプロパン酸パラジウム(II)、ビス(2,4-ペンタンジオナト)パラジウム(II)、ジクロロ(1,5-シクロオクタジエン)パラジウム(II)、2,5-ノルボルナジエンパラジウム(II)ジクロリド、ビス(アセチルアセトナト)パラジウム(II)、ビス(1,1,1-5,5,5-ヘキサフルオロアセチルアセトナト)パラジウム(II)、ジクロロビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(II)等が挙げられる。これらのうち、パラジウム触媒は、塩化パラジウム(II)又は酢酸パラジウム(II)であることが好ましく、酢酸パラジウム(II)であることがより好ましい。
【0046】
また、0価のパラジウム化合物としては、ビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム(0)、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム(0)、ビス(ヘキサフルオロアセチルアセトン)パラジウム(0)等が挙げられる。これらのうち、パラジウム触媒は、ビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム(0)であることが好ましい。
【0047】
(銅触媒)
反応工程で用いる銅触媒としては、種々の銅化合物を用いることができる。銅触媒は、1種単独で用いてもよく、2種類以上を任意の組み合わせ及び比率で用いてもよい。
【0048】
銅触媒としては、具体的には、塩化銅(I)、臭化銅(I)、ヨウ化銅(I)、塩化銅(II)、臭化銅(II)、ヨウ化銅(II)等のハロゲン化銅;酢酸銅(I)、酢酸銅(II)、トリフルオロメタンスルホン酸銅(I)、トリフルオロメタンスルホン酸銅(II)等の銅有機酸塩;硝酸銅(II)、硫酸銅(II)等の銅無機酸塩;酸化銅(I)、酸化銅(II)等の酸化銅;等が挙げられる。これらのうち、銅触媒は、カルボン酸化合物の転化率向上及び生成物の収率向上の観点から、2価の銅塩であることが好ましく、2価のハロゲン化銅であることがより好ましく、臭化銅(II)であることがさらに好ましい。
【0049】
1-6.添加剤
反応工程においては、本発明の効果を阻害しない範囲で反応系に添加剤を添加してもよい。好適な添加剤としては、一般式(E1)、(E2)、又は(E3)で表されるキノン化合物が挙げられる。キノン化合物は、触媒の再酸化剤として働いたり、反応系中での反応中間体の安定化に寄与する配位子として働いたりするものと推測される。キノン化合物の存在下で反応を行うことにより、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の収率を向上することができる。
【0050】
【0051】
一般式(E1)~(E3)中、R5及びR6は、それぞれ独立して水素原子、アルキル基、アルコキシ基、ハロゲン原子、ニトロ基、ニトリル基を表す。
【0052】
R5及びR6で表されるアルキル基の炭素数は、通常1以上であり、また、好ましくは8以下、より好ましくは4以下、さらに好ましくは2以下である。具体的なアルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、iso-プロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、iso-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、iso-ペンチル基、ネオペンチル基、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、2-エチルヘキシル基等が挙げられる。
【0053】
R5及びR6で表されるアルコキシ基の炭素数は、通常1以上であり、また、好ましくは8以下、より好ましくは4以下、さらに好ましくは2以下である。具体的なアルキル基としては、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、iso-プロポキシ基、n-ブトキシ基、sec-ブトキシ基、iso-ブトキシ基、tert-ブトキシ基、n-ペンチルオキシ基、iso-ペンチルオキシ基、ネオペンチルオキシ基、n-ヘキシルオキシ基、n-ヘプチルオキシ基、n-オクチルオキシ基、2-エチルヘキシルオキシ基等が挙げられる。
【0054】
R5及びR6で表されるハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、及びヨウ素原子が挙げられる。
【0055】
R5は、水素原子、アルキル基、ハロゲン原子、又はニトリル基であることが好ましく
、水素原子、メチル基、塩素原子、又はニトリル基であることがより好ましく、水素原子であることがさらに好ましい。
また、R6は、水素原子又はアルキル基であることが好ましく、水素原子又はメチル基であることが好ましく、水素原子であることがさらに好ましい。
【0056】
具体的なキノン化合物としては、1,4-ベンゾキノン、2-クロロ-1,4-ベンゾキノン、テトラクロロ-1,4-ベンゾキノン、1,4-ナフトキノン、アントラキノン等が挙げられ、好ましくは1,4-ベンゾキノンである。
【0057】
1-8.反応条件
(雰囲気ガス等)
反応工程は、酸素含有雰囲気下で行われる。酸素含有雰囲気とは、酸素濃度が通常20体積%以上の雰囲気であり、したがって、空気雰囲気下で反応工程を行うこともできる。ただし、反応速度向上及び生成物収率向上の観点から、酸素含有雰囲気中の酸素濃度の上限は、好ましくは40体積%以上、より好ましくは60体積%以上、さらに好ましくは80体積%以上、特に好ましくは90体積%以上である。酸素含有雰囲気中の酸素濃度の上限は、特に限定されず、通常100体積%以下であり、98体積%以下又は95体積%以下であってもよい。なお、上述した酸素濃度は、反応開始時(加熱条件化で反応を行う場合は、加熱前)に反応器内に導入されている雰囲気の酸素濃度であるものとする。したがって、例えば後述する実施例のように、反応器を純度99.9%の酸素ガスで置換して反応を行った場合、酸素含有雰囲気中の酸素濃度は99.9体積%である。
酸素含有雰囲気中の酸素以外のガスは、反応工程における反応を阻害しない限り特に限定されず、例えば窒素、アルゴン、ヘリウム等の不活性ガス等が挙げられる。
また、反応工程は、常圧下で行ってもよく、加圧下で行ってもよい。
【0058】
(触媒量)
反応工程に用いるパラジウム触媒の量(仕込量)は、特に限定されず、例えばカルボン酸化合物のカルボキシ基に対して、通常0.01mol%以上、好ましくは0.1mol%以上、さらに好ましくは1.0mol%以上、特に好ましくは5.0mol%以上であり、また、通常20.0mol%以下、好ましくは15.0mol%以下、より好ましくは10.0mol%以下である。
【0059】
(基質の使用量)
カルボン酸化合物の使用量(仕込量)に対する1,3-ジエン化合物の使用量(仕込量)は、特に限定されないが、カルボン酸化合物のカルボキシ基に対して通常1.0当量以上、好ましくは2.0当量以上、より好ましくは3.0当量以上であり、また、通常50.0当量以下、好ましくは20当量以下、より好ましくは10.0当量以下、さらに好ましくは5.0当量以下である。
また、カルボン酸化合物の使用量(仕込量)に対するジシラン化合物の使用量(仕込量)は、特に限定されないが、カルボン酸化合物のカルボキシ基に対して通常1.0当量以上、好ましくは2.0当量以上、より好ましくは3.0当量以上であり、また、通常50.0当量以下、好ましくは20当量以下、より好ましくは10.0当量以下、さらに好ましくは5.0当量以下である。
カルボン酸化合物に対する1,3-ジエン化合物及びジシラン化合物の使用量が上記範囲内とすることにより、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の収率を向上することができ、反応後の精製も容易となる。
【0060】
(添加剤の使用量)
添加剤の使用量(仕込量)は、反応を阻害しない限り特に限定されない。
添加剤がキノン化合物である場合、キノン化合物の使用量は、カルボン酸化合物のカル
ボキシ基に対して好ましくは10mol%以上、より好ましくは20mol%以上、さらに好ましくは40mol%以上であり、また、好ましくは200mol%以下、より好ましくは150mol%以下、さらに好ましくは100mol%以下である。後述する実施例で示すように、キノン化合物の使用量を上記範囲内とすると、キノン化合物の非存在下で反応を行った場合と比べて高い収率でカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を得ることができる。
【0061】
(反応溶媒)
反応工程は、無溶媒で行ってもよく、反応溶媒中で行ってもよい。反応溶媒としては、特に限定されず、例えばヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素溶媒;ジエチルエーテル、1,4-ジオキサン、ジグリム、シクロペンチルメチルエーテル(CPME)、テトラヒドロフラン(THF)等のエーテル溶媒;酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル溶媒;1,2-ジクロロエタン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素溶媒;アセトニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル溶媒;酢酸、エタノール、ブタノール、エチレングリコール、グリセリン等のプロトン性極性溶媒;アセトン、N,N-ジメチルアセトアミド(DMA)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチルピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等の非プロトン性極性溶媒;等が挙げられる。これらのうち、溶媒は、非プロトン性極性溶媒であることが好ましい。なお、反応溶媒は、1種単独で用いてもよく、2種類以上を任意の組み合わせ及び比率で混合して用いてもよい。
【0062】
(反応温度)
反応温度は、触媒の種類、基質の反応性、反応溶媒の種類、反応時間等の反応条件に応じて適宜選択すればよい。具体的には、反応温度の下限は、通常0℃以上、好ましくは24℃(室温)以上、より好ましくは40℃以上、さらに好ましくは60℃以上である。また、反応温度の上限は、触媒の分解又は不活性化の抑制、及び基質の揮発又は分解の抑制の観点から、好ましくは180℃以下、より好ましくは150℃以下、さらに好ましくは120℃以下、特に好ましくは100℃以下である。本実施形態では、後述する実施例に示すように、70℃程度の比較的温和な温度条件下でも反応が速やかに進行し、十分な収率でカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を得ることが可能である。
【0063】
(反応時間)
反応時間は、特に限定されず、触媒の種類、基質の反応性、反応溶媒の種類、反応温度等の反応条件に応じて適宜選択すればよい。具体的には、反応時間は、生成物収率向上の観点から、好ましくは5時間以上、より好ましくは10時間以上、さらに好ましくは20時間以上である。また、反応時間は、副反応抑制の観点から、好ましくは60時間以下、より好ましくは50時間以下、さらに好ましくは40時間以下である。
【0064】
1-9.反応機構
本発明者らは、本実施形態に係る製造方法においては、下記反応機構によりカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が生成すると推測している。なお、下記反応機構は、1,3-ジエン化合物として一般式(A)で表される化合物、カルボン酸化合物として一般式(B)で表される化合物、ジシラン化合物として一般式(C)で表される化合物、パラジウム触媒として2価のパラジウム化合物、及び銅触媒として2価の銅塩を使用した場合の例である。
【0065】
【0066】
上記反応機構について説明すると、まず、2価の銅塩Iがジシラン化合物とともに銅ケ
イ素錯体IIを形成し、この銅-ケイ素錯体IIが1,3-ジエン化合物の不飽和部位に配位することで、銅錯体IIIが形成される。続いて、ジシラン化合物と1,3-ジエン化合物のカップリング化合物IVが形成される。形成されたカップリング化合物IVは、より安定な中間体Vに異性化する。次に、銅からパラジウムへのトランスメタル化が進行し、パラジウム錯体VIを経てπアリル-パラジウム錯体VIIが形成される。その後、カルボン酸化合物が導入され、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が生成すると考えられる。
また、パラジウム及び銅は、酸素及び必要に応じてキノン化合物により再酸化され(VIII→X,IX→I)、これにより触媒サイクルが成り立っていると考えられる。
【0067】
2.その他工程
本実施形態に係るカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造方法は、上記反応工程の他、任意の工程を含んでいてもよい。任意の工程としては、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の純度を高めるための精製工程が挙げられる。精製工程においては、ろ過、吸着、カラムクロマトグラフィー、蒸留等の有機合成分野で通常行われる精製方法を採用することができる。
【0068】
また、酸素含有雰囲気が空気でない場合、本実施形態に係る製造方法は、反応器を酸素含有雰囲気で置換する雰囲気置換工程をその他の工程として含んでいてもよい。雰囲気置換の方法としては、有機合成分野で通常行われる公知の方法を採用することができる。
【実施例0069】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0070】
<GC測定>
ガスクロマトグラフィー(GC)による原料の転化率、及び生成物の収率の測定条件は、以下の通りである。
装置名:GC-2010(株式会社島津製作所)
検出器:FID(水素炎イオン化型検出器)
カラム:BP-5(Trajan Scientific and Medical)
キャリアガス:窒素
内部標準物質:n-デカン
データ処理:分析データシステムLab Solutions 10(株式会社島津製作所)
【0071】
<NMR測定>
フーリエ変換核磁気共鳴装置(FT-NMR)により生成物の同定を行った。測定条件は以下の通りである。
装置名:JNM-ECS400又はJNM-ECZ400(日本電子株式会社)
周波数:400MHz(1H-NMR), 100MHz(13C-NMR)
溶媒:CDCl3又はC6D6(1H-NMR), CDCl3(13C-NMR)
【0072】
<質量分析>
高分解能質量分析装置(HRMS)により、生成物の同定を行った。分析条件は以下の通りである。
装置名:JMS-T100GCV(日本電子株式会社)
イオン化法:電子衝撃法(EI)
【0073】
<カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造>
1,3-ジエン化合物、カルボン酸化合物、及びジシラン化合物からカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を製造した。なお、各実施例において、主生成物は式(d1)で表される構造を有するZ体のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物であったため、反応式中にはZ体のみを記載し、わずかに生成したE体については記載を省略した。
【0074】
(実施例1-1:パラジウム触媒の種類の検討)
【化12】
【0075】
ナス型フラスコにビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム(0)(0.05mmol,28.8mg)、臭化銅(II)(0.10mmol,22.3mg)、1,4-ベンゾキノン(0.4mmol,43.2mg)、安息香酸(1mmol,122mg)、及びDMF(3mL)を加えた。このナス型フラスコを酸素ガス(純度99.9%)で置換し、室温(24℃)で30分撹拌した。得られた溶液に2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン(3mmol,246mg)及びヘキサメチルジシラン(4mmol,582mg)を加え、70℃で24時間反応を行った。その後、反応液にトルエン10mLを加えることで、反応を停止させた。
【0076】
内部基準物質としてn-デカンを用い、GC測定を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表1に示す。
また、生成物の
1H-NMRスペクトル、
13C-NMRスペクトル、及び1D-DPFGSE NOEスペクトルを、それぞれ
図1、2、及び3に示す。
さらに、生成物の質量分析結果を以下に示す。
HRMS(EI) m/z calcd for C
16H
24O
2Si
1 [M+H]
+: 276,1546 found 276.1555
【0077】
(実施例1-2~1-3,比較例1-1~1-2:パラジウム触媒の種類の検討)
パラジウム触媒を表1の通りに変更した以外は実施例1-1と同様に反応を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表1に示す。
【0078】
【0079】
表1より、パラジウム触媒として酢酸パラジウム(II)を用いた場合に(実施例1-2)、安息香酸の転化率が最も高く、高収率でカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が得られることがわかった。また、パラジウム触媒としてビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム(0)及び塩化パラジウム(II)を用いた場合にも反応が進行し、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が得られることが確認された。
【0080】
【0081】
ナス型フラスコに酢酸パラジウム(II)(0.05mmol,11.2mg)、塩化銅(I)(0.10mmol,10mg)、1,4-ベンゾキノン(0.4mmol,43.2mg)、安息香酸(1mmol,122mg)、及びDMF(3mL)を加えた。このナス型フラスコを酸素ガス(純度99.9%)で置換し、室温(24℃)で30分撹拌した。得られた溶液に2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン(3mmol,246mg)及びヘキサメチルジシラン(4mmol,582mg)を加え、70℃で24時間反応を行った。その後、反応液にトルエン10mLを加えることで、反応を停止させた。
【0082】
内部基準物質としてn-デカンを用い、GC測定を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表2に示す。
【0083】
(実施例2-2~2-5,比較例2-1:銅触媒の種類の検討)
銅触媒を表2の通りに変更した以外は実施例2-1と同様に反応を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表2に示す。
【0084】
【0085】
表2より、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造には、種々の銅触媒を利用し得ること、及び銅触媒として臭化銅(II)を用いた場合に最も高い収率でカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が得られることがわかった。
また、実施例2-1と2-2、及び実施例2-3と2-4とを比較すると、2価の銅塩の触媒活性が高いことがわかった。
【0086】
(実施例3-1:銅触媒の使用量の検討)
【化14】
【0087】
ナス型フラスコに酢酸パラジウム(II)(0.05mmol,11.2mg)、臭化銅(II)(0.05mmol,11.2mg)、1,4-ベンゾキノン(0.4mmol,43.2mg)、安息香酸(1mmol,122mg)、及びDMF(3mL)を加えた。このナス型フラスコを酸素ガス(純度99.9%)で置換し、室温(24℃)で30分撹拌した。得られた溶液に2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン(3mmol,246mg)及びヘキサメチルジシラン(4mmol,582mg)を加え、70℃で24時間反応を行った。その後、反応液にトルエン10mLを加えることで、反応を停止させた。
【0088】
内部基準物質としてn-デカンを用い、GC測定を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表3に示す。
【0089】
(実施例3-2~3-5,比較例3-1:銅触媒の使用量の検討)
銅触媒の使用量を表3の通りに変更した以外は実施例3-1と同様に反応を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表3に示す。
【0090】
【0091】
表3より、銅触媒の非存在下では、カルボン酸化合物の転化率が1%未満であり、目的のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物がほとんど得られないことがわかった(比較例3-1)。また、銅触媒の量を、カルボン酸化合物に対して10mol%とすると、各基質の転化率及び生成物の収率のバランスに優れることが確認された(実施例3-2)。
【0092】
【0093】
ナス型フラスコに酢酸パラジウム(II)(0.05mmol,11.2mg)、臭化銅(II)(0.10mmol,22.3mg)、1,4-ベンゾキノン(0.4mmol,43.2mg)、安息香酸(1mmol,122mg)、及びDMF(3mL)を加えた。このナス型フラスコを酸素ガス(純度99.9%)で置換し、室温(24℃)で30分撹拌した。得られた溶液に2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン(3mmol,246mg)及びヘキサメチルジシラン(4mmol,582mg)を加え、70℃で24時間反応を行った。その後、反応液にトルエン10mLを加えることで、反応を停止させた。
【0094】
内部基準物質としてn-デカンを用い、GC測定を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表4に示す。
【0095】
(実施例4-2:反応雰囲気の検討)
ナス型フラスコを酸素で置換せずに空気雰囲気下(開放系)で反応を行った以外は実施例4-1と同様に反応を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表4に示す。
【0096】
(比較例4-1:反応雰囲気の検討)
酸素に代えてアルゴンでナス型フラスコを置換した以外は実施例4-1と同様に反応を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表4に示す。
【0097】
【0098】
表4より、カルボン酸化合物、1,3-ジエン化合物、及びジシラン化合物の反応は、酸素含有雰囲気で行う必要があり、雰囲気中の酸素濃度が高いほど高収率でカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が得られることがわかった。
【0099】
(実施例5-1:キノン化合物の使用量の検討)
【化16】
【0100】
ナス型フラスコに酢酸パラジウム(II)(0.05mmol,11.2mg)、臭化銅(II)(0.10mmol,22.3mg)、安息香酸(1mmol,122mg)、及びDMF(3mL)を加えた。このナス型フラスコを酸素ガス(純度99.9%)で置換し、室温(24℃)で30分撹拌した。得られた溶液に2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン(3mmol,246mg)及びヘキサメチルジシラン(4mmol,582mg)を加え、70℃で24時間反応を行った。その後、反応液にトルエン10mLを加えることで、反応を停止させた。
【0101】
内部基準物質としてn-デカンを用い、GC測定を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表5に示す。
【0102】
(実施例5-2~5-4:キノン化合物の使用量の検討)
酢酸パラジウム(II)、臭化銅、安息香酸、及びDMFに加え、表5に示す量の1,4-ベンゾキノンをナス型フラスコに加えた以外は実施例5-1と同様の方法でカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の製造を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表5に示す。
【0103】
【0104】
表5より、カルボン酸化合物、1,3-ジエン化合物、及びジシラン化合物の反応をパラジウム触媒及び銅触媒に加え、ベンゾキノンの存在下で行うことにより、触媒活性が向上し、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物の収率を向上できることがわかった。
【0105】
【0106】
ナス型フラスコに酢酸パラジウム(II)(0.05mmol,11.2mg)、臭化銅(II)(0.10mmol,22.3mg)、1,4-ベンゾキノン(0.4mmol,43.2mg)、安息香酸(1mmol,122mg)、及びDMF(3mL)を加えた。このナス型フラスコを酸素ガス(純度99.9%)で置換し、室温(24℃)で30分撹拌した。得られた溶液に2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン(1mmol,82.2mg)及びヘキサメチルジシラン(1mmol,146mg)を加え、70℃で24時間反応を行った。その後、反応液にトルエン10mLを加えることで、反応を停止させた。
【0107】
内部基準物質としてn-デカンを用い、GC測定を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表6に示す。
【0108】
(実施例6-2~6-6:基質の使用量の検討)
2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン及びヘキサメチルジシランの使用量を表6の通りに変更した以外は実施例6-1と同様に反応を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表6に示す。
【0109】
【0110】
【0111】
ナス型フラスコに酢酸パラジウム(II)(0.05mmol,11.2mg)、臭化銅(II)(0.10mmol,22.3mg)、1,4-ベンゾキノン(0.4mmol,43.2mg)、安息香酸(1mmol,122mg)、及びDMF(3mL)を加えた。このナス型フラスコを酸素ガス(純度99.9%)で置換し、室温(24℃)で30分撹拌した。得られた溶液に2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン(3mmol,246mg)及びヘキサメチルジシラン(4mmol,582mg)を加え、40℃で24時間反応を行った。その後、反応液にトルエン10mLを加えることで、反応を停止させた。
【0112】
内部基準物質としてn-デカンを用い、GC測定を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表7に示す。
【0113】
(実施例7-2~7-5:反応温度の検討)
反応温度を表7の通りに変更した以外は実施例7-1と同様に反応を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表7に示す。
【0114】
【0115】
表7より、100℃程度の比較的温和な温度条件下でも反応が速やかに進行し、十分な収率でカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が得られることがわかった。
【0116】
(実施例8-1:カルボン酸化合物の種類の検討)
【化19】
【0117】
ナス型フラスコに酢酸パラジウム(II)(0.05mmol,11.2mg)、臭化銅(II)(0.10mmol,22.3mg)、1,4-ベンゾキノン(0.4mmol,43.2mg)、安息香酸(1mmol,122mg)、及びDMF(3mL)を加えた。このナス型フラスコを酸素ガス(純度99.9%)で置換し、室温(24℃)で30分撹拌した。得られた溶液に2,3-ジメチル-1,3-ブタジエン(3mmol,246mg)及びヘキサメチルジシラン(4mmol,582mg)を加え、70℃で24時間反応を行った。その後、反応液にトルエン10mLを加えることで、反応を停止させた。
【0118】
内部基準物質としてn-デカンを用い、GC測定を行った。GC測定結果より算出した基質の転化率及び生成物の収率を表8に示す。また、生成物の各種化合物データを表9に示す。
【0119】
(実施例8-2~8-8:カルボン酸化合物の種類の検討)
カルボン酸化合物の種類を表8の通りに変更した以外は実施例8-1と同様に反応を行った。GC測定結果より算出した生成物の収率を表8に示す。また、実施例8-5~8-8における生成物(6e~6h)の各種化合物データを表9に示す。
【0120】
【0121】
【0122】
表8より、本発明に係る製造方法を利用することで、様々な芳香族カルボン酸及び脂肪族カルボン酸からカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を製造可能であること、及びカルボン酸化合物として直鎖状脂肪族カルボン酸を使用した場合に特に高い収率でカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物が得られることがわかった。
本発明によれば、1,3-ジエン化合物、カルボン酸化合物、及びジシラン化合物から種々のカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を一段階で効率よく製造することができる。メタセシス反応を利用した従来の製造方法では、炭素-炭素二重結合の2つの炭素に2つずつ置換基が導入されたカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を製造することは困難であったが、本発明に係る製造方法では、このような化合物の
合成も可能となる。
また、本発明に係る製造方法では、基質としてアシルクロリド等のハロゲン含有化合物を使用する必要がないため、ハロゲン化物塩が大量に副生することを回避し得る。その上、本発明では、反応を100℃以下の比較的温和な条件で進行させることができる。すなわち、本発明に係る製造方法は、環境調和型の方法であり、有用性が高い。
本発明に係る製造方法により得られるカルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物は、辻-トロスト反応、クライゼン転移、細見-櫻井アリル化反応、檜山クロスカップリング反応等に適用することができるため、生理活性物質の合成中間体等としての利用が期待される。また、カルボン酸4-シリル-2-ブテニルエステル化合物を加水分解等することにより、シランカップリング剤等の機能性化学品を製造することも可能である。