(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023115935
(43)【公開日】2023-08-22
(54)【発明の名称】磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
G11B 5/73 20060101AFI20230815BHJP
G11B 5/84 20060101ALI20230815BHJP
【FI】
G11B5/73
G11B5/84 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022018356
(22)【出願日】2022-02-09
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(71)【出願人】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(74)【代理人】
【識別番号】100143959
【弁理士】
【氏名又は名称】住吉 秀一
(72)【発明者】
【氏名】村田 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】国分 勇磨
(72)【発明者】
【氏名】坂本 遼
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 航
【テーマコード(参考)】
5D006
5D112
【Fターム(参考)】
5D006CB04
5D006CB08
5D006DA03
5D006FA00
5D112AA02
5D112AA24
5D112BA06
5D112BA09
5D112EE01
(57)【要約】
【課題】製造工程を大幅に変更させることなく、極微小欠陥の発生が低減された磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】2層以上のNi-Pめっき層が連続して積層されている磁気ディスク用アルミニウム合金基板であって、前記2層以上のNi-Pめっき層のそれぞれが、同じ成分組成を有し、且つ同じ濃度のPを含有する無電解Ni-Pめっき液を用いて形成されたNi-Pめっき皮膜である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2層以上のNi-Pめっき層が連続して積層されている磁気ディスク用アルミニウム合金基板であって、
前記2層以上のNi-Pめっき層のそれぞれが、同じ成分組成を有し、且つ同じ濃度のPを含有する無電解Ni-Pめっき液を用いて形成されたNi-Pめっき皮膜であることを特徴とする磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
【請求項2】
前記Ni-Pめっき皮膜におけるPの濃度が、10mass%以上14mass%以下の範囲である、請求項1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
【請求項3】
30~50℃の20~30vol%硝酸にアルミニウム合金基板を浸漬させた条件下で、前記Ni-Pめっき皮膜の少なくとも1つが剥離するまでに要する時間が、前記Ni-Pめっき皮膜の総厚と同じ厚さ及び前記Ni-Pめっき皮膜と同じ成分組成を有する1層のNi-Pめっき層が表面に設けられたアルミニウム合金基板において、前記1層のNi-Pめっき層が剥離するまでに要する時間よりも20%以上長い、請求項1又は2に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
【請求項4】
無電解Ni-Pめっき液にめっき用アルミニウム合金基板を浸漬する第1のめっき処理工程と、
前記無電解Ni-Pめっき液に浸漬されている前記めっき用アルミニウム合金基板を取出し、化学反応を停止させる反応停止工程と、
前記反応停止工程後のめっき用アルミニウム合金基板を前記無電解Ni-Pめっき液に再度浸漬し、所定の厚さのNi-Pめっき皮膜を付与する第2のめっき処理工程と、
を含む、請求項1乃至3に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法。
【請求項5】
前記反応停止工程が、前記無電解Ni-Pめっき液に浸漬されている前記めっき用アルミニウム合金基板を取出し、大気中に10秒以上300秒未満曝露する曝露工程を含む、請求項4に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法。
【請求項6】
前記反応停止工程が、前記無電解Ni-Pめっき液に浸漬されている前記めっき用アルミニウム合金基板を取出し、純水中に1秒以上浸漬する浸漬工程を含む、請求項4に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法。
【請求項7】
前記反応停止工程が、前記無電解Ni-Pめっき液に浸漬されている前記めっき用アルミニウム合金基板を取出し、大気中に10秒以上300秒未満曝露し、且つ純水中に1秒以上浸漬する中間処理工程を含む、請求項4に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びその製造方法に関し、極微小欠陥の発生が低減された磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンピュータやデータセンターの記憶装置に用いられるアルミニウム合金製磁気ディスク基板は、良好なめっき性を有するとともに機械的特性や加工性に優れている。一般的なアルミニウム合金製磁気ディスクは、まず円環状アルミニウム合金基板を作製し、そのアルミニウム合金基板にめっきを施し、次いで、めっき皮膜が設けられたアルミニウム合金基板の表面に磁性体を付着させることにより製造されている。
【0003】
アルミニウム合金製磁気ディスク基板として、例えば、JIS5086系の合金組成を有するアルミニウム合金基板が広く用いられている。また、めっきによる欠陥発生の改善又は低減を目的に、JIS5086系アルミニウム合金中のFe、Si等の含有量を制限し、マトリックス中の金属間化合物の発生を低減させたアルミニウム合金基板や、JIS5086系アルミニウム合金中の任意成分であるCu、Znを意識的に添加したアルミニウム合金基板等も使用されている。
【0004】
JIS5086系合金等のアルミニウム合金を原材料としたアルミニウム合金製磁気ディスクは、例えば以下のような製造工程により製造される。まず、所望の合金組成に調整したとアルミニウム合金を鋳造し、その鋳塊を均質化した後に熱間圧延を施す。次いで、冷間圧延を施し、磁気ディスクとして必要な厚みの圧延材を作製する。この圧延材は、必要に応じ冷間圧延の途中等に焼鈍を施すこともできる。次に、この圧延材を円環状に打抜き、さらに、製造過程により生じた歪み等を除去するため、円環状にしたアルミニウム合金板を積層し、両面から加圧しながら焼鈍を施して平坦化する加圧焼鈍を行う。このような工程を経て、円環状アルミニウム合金基板が作製される。
【0005】
このようにして作製された円環状アルミニウム合金基板に、前処理として切削加工、研削加工、脱脂処理、エッチング処理、ジンケート処理(Zn置換処理)を施す。次いで、下地処理として硬質非磁性金属であるNi-Pを無電解めっきし、アルミニウム合金基板の表面にめっき皮膜を形成する。さらに、めっき皮膜の表面を研磨した後、磁性体を付与し、スパッタリングによりめっき皮膜の表面に磁性体を付着させる。こうして、アルミニウム合金製磁気ディスクが製造される。
【0006】
ところで、近年、クラウドサービスの発展に伴い、データセンターの新設や既存のデータセンターにおける大容量HDDへの交換が積極的に進んでいる。そのような昨今の状況から、HDDの大容量化は必要不可欠となっている。HDDの大容量化には、磁気ディスクの搭載枚数を増やすことが効果的である。しかしながら、搭載枚数には上限があることから、さらなる大容量化には磁気ディスク1枚あたりの記憶容量を増加させることが求められている。一方、例えば、アルミニウム合金基板に施されたNi-Pめっき皮膜の表面に凹み欠陥が存在すると、その欠陥周辺部を除外してデータの読み書きを行わなければならず、その結果、欠陥の数に比例して磁気ディスク1枚あたりの記憶容量が低下する。そのため、記憶容量の増加にはNi-Pめっき皮膜の表面の欠陥を低減することが必要不可欠である。
【0007】
Ni-Pめっき皮膜の表面の欠陥は、アルミニウム合金基板から金属間化合物が脱落した孔、又は、アルミニウム合金基板と金属間化合物との局部電池反応によりアルミニウム合金基板が溶解することで発生する孔が原因となり得る。これらの孔の発生は、アルミニウム合金中に金属間化合物を形成し得るFe及びSiの含有量を低減することで抑制することができる。
【0008】
しかしながら、近年の大容量化に際し、これまで問題視されてこなかった極微小な欠陥(以下、「極微小欠陥」ともいう)の対策も求められている。この極微小欠陥は、アスペクト比が極めて大きく、Ni-Pめっき皮膜の表面からアルミニウム合金基板の凹み部へ伸長するという特徴を有する。しかしながら、アルミニウム合金基板においてFe及びSiの含有量を低減しても、極微小欠陥の低減については効果があまり期待されていないため、全く異なる手法での解決方法が求められている。
【0009】
例えば、特許文献1~3には、アルミニウム合金基板上に2層のNi-Pめっき層を形成して表面の欠陥を低減する技術が開示されている。しかしながら、これらの技術においては、アルミニウム合金基板上に特性が異なるNi-P層がそれぞれ形成されるため、異なる組成のめっき液が必要である。また、特許文献2に記載されている技術では、Ni-Pめっき層の1層目と2層目との間に中間層を介在させる必要があるため、大幅な工程変更及び工程の追加が必要となる。さらに、異なる組成又は異なる金属が用いられた中間層が設けられているため、例えば、急激な温度変化等により物性の違いでめっき皮膜の変形や、それに伴うめっき皮膜の剥離が生じてしまう可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第4285222号
【特許文献2】特開2011-134419号公報
【特許文献3】特開2013-218765号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、製造工程を大幅に変更させることなく、極微小欠陥の発生が低減された磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、極微小欠陥の発生メカニズムについて鋭意研究を重ねた。その結果、極微小欠陥は、アルミニウム合金基板の溶解が無電解Ni-Pめっき反応中に継続することが発生原因であることを解明した。すなわち、無電解Ni-Pめっき反応を一度停止させることができれば、アルミニウム合金基板の溶解も停止することとなり、極微小欠陥は途中で消滅し、アルミニウム合金基板の表面に出現しないこととなる。電気めっきの場合、通電を停止することでめっき反応を停止させることが可能であるが、無電解めっきでは溶液中の化学反応を利用するため、溶液中で反応を停止させることは容易ではない。例えば、溶液の温度を低くすれば、無電解Ni-Pめっき反応を停止又は極めて遅くすることができるものの、高温から低温へ移行させた後に再び高温に戻す操作が必要であるため、多大な時間とコストを要する。
【0013】
そこで、本発明者らは、無電解Ni-Pめっき処理中にアルミニウム合金基板をめっき液から取出すことで溶液中での反応を停止させ、再び同じめっき液に浸漬し無電解Ni-Pめっきを再開させる手法を見出した。この手法では、アルミニウム合金基板を一度めっき液から取り出すだけでよく、且つ同じめっき液を使用するため、処理時間の増大、大幅な工程変更等を必要とせずに極微小欠陥を低減することが可能となる。すなわち、同一組成の無電解Ni-Pめっきを少なくとも2段階行うことで極微小欠陥を低減できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明の実施態様は、2層以上のNi-Pめっき層が連続して積層されており、前記2層以上のNi-Pめっき層のそれぞれが、同じ成分組成を有し、且つ同じ濃度のPを含有する無電解Ni-Pめっき液を用いて形成されたNi-Pめっき皮膜である磁気ディスク用アルミニウム合金基板である。
【0015】
本発明の一実施態様に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板によれば、前記Ni-Pめっき皮膜におけるPの濃度が10mass%以上14mass%以下の範囲である。
【0016】
本発明の一実施態様に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板によれば、30~50℃の20~30vol%硝酸にアルミニウム合金基板を浸漬させた条件下で、前記Ni-Pめっき皮膜の少なくとも1つが剥離するまでに要する時間が、前記Ni-Pめっき皮膜の総厚と同じ厚さ及び前記Ni-Pめっき皮膜と同じ成分組成を有する1層のNi-Pめっき層が表面に設けられたアルミニウム合金基板において、前記1層のNi-Pめっき層が剥離するまでに要する時間よりも20%以上長い。
【0017】
本発明の実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法は、無電解Ni-Pめっき液にめっき用アルミニウム合金基板を浸漬する第1のめっき処理工程と、前記無電解Ni-Pめっき液に浸漬されている前記めっき用アルミニウム合金基板を取出し、化学反応を停止させる反応停止工程と、前記反応停止工程後のめっき用アルミニウム合金基板を前記無電解Ni-Pめっき液に再度浸漬し、所定の厚さのNi-Pめっき皮膜を付与する第2のめっき処理工程と、を含む。
【0018】
本発明の一実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法によれば、前記反応停止工程が、前記無電解Ni-Pめっき液に浸漬されている前記めっき用アルミニウム合金基板を取出し、大気中に10秒以上300秒未満曝露する曝露工程を含む。
【0019】
本発明の一実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法によれば、前記反応停止工程が、前記無電解Ni-Pめっき液に浸漬されている前記めっき用アルミニウム合金基板を取出し、純水中に1秒以上浸漬する浸漬工程を含む。
【0020】
本発明の一実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法によれば、前記反応停止工程が、前記無電解Ni-Pめっき液に浸漬されている前記めっき用アルミニウム合金基板を取出し、大気中に10秒以上300秒未満曝露し、且つ純水中に1秒以上浸漬する中間処理工程を含む。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、製造工程を大幅に変更させることなく、極微小欠陥の発生が低減された磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を実施形態に基づき詳細に説明する。本発明は、同一組成のめっき液を用いた無電解Ni-Pめっきを少なくとも2段階行うこと、すなわち、同じ成分組成を有し、且つ同じ濃度の無電解Ni-Pめっき液を用いて、アルミニウム合金基板上に2層以上のNi-Pめっき層を連続して積層させることにより、磁気ディスク用アルミニウム合金基板に発生する極微小欠陥の発生を低減することができる。以下に、めっき皮膜表面に欠陥が発生するメカニズム、さらには本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板(以下、単に「アルミニウム合金基板」ともいう)及びその製造方法について詳細に説明する。
【0023】
1.欠陥発生のメカニズム
1-1.極微小欠陥について
アルミニウム合金基板上に発生する欠陥には,単純な凹みや凸部など多種多様に存在するが、その対処が最も困難である欠陥は極微小欠陥である。単純な凹みや凸部は、アルミニウム合金基板の表面を研磨により平滑にすることで改善することが可能であるが、極微小欠陥はアルミニウム基板からNi-Pめっき皮膜の表面まで伸びるアスペクト比が極めて大きい形状を有するため、極微小欠陥は発生したら除去することが不可能である。すなわち、極微小欠陥が発生した場合に、Ni-Pめっき皮膜の表面に研磨を施しても、極微小欠陥はアルミニウム合金基板までNi-Pめっき皮膜の厚さ方向に連続して伸長しているため除去することができない。よって、極微小欠陥がアルミニウム合金基板上に発生すると,その周辺は磁気ディスクの記憶領域として使用することができず、その結果、磁気ディスク1枚あたりの記憶容量が低下し、さらには、極微小欠陥の発生数が多いと磁気ディスクとして使用できない可能性もある。そのため、極微小欠陥の発生を抑制することは極めて重要である。
【0024】
1-2.めっき皮膜表面の欠陥としての凹み及び凸部の発生メカニズム
アルミニウム合金基板上に発生する凹みや凸部の欠陥は、アルミニウム合金基板と金属間化合物に関連する。アルミニウム合金基板の溶解は、前処理から無電解Ni-Pめっきまでの工程において、アルミニウム合金基板と金属間化合物との電池反応が原因である。アルミニウム合金基板の表面に存在するAl-Fe系金属間化合物およびAl-Si系金属間化合物は、アルミニウム合金基板よりも貴な電位を示す。すなわち、金属間化合物がカソードサイト、周辺のアルミニウム合金基板がアノードサイトとなる局部電池が形成される。局部電池反応により発生するめっき表面の欠陥は2種類ある。1つ目は、前処理工程中の局部電池反応により金属間化合物周辺のアルミニウム合金基板の溶解が進行し、金属間化合物が脱落することでアルミニウム合金基板の表面に大きな孔が形成され、その後の無電解Ni-Pめっきでも孔が埋められず、めっき皮膜の表面に生じる凹みの欠陥である。2つ目は、金属間化合物が脱落することでアルミニウム合金基板の表面に大きな孔が形成され、その後の前処理中に孔のエッジ部にジンケート皮膜が優先的に析出し、さらには無電解Ni-Pめっきも優先的に析出することでめっき皮膜の表面に生じる凸部の欠陥である。凹みの欠陥及び凸部の欠陥のサイズは、それぞれ1μm以上、0.5μm以上であり、これらの欠陥は上述の通りめっき皮膜の表面を研磨することで除去することが可能である。
【0025】
1-3.極微小欠陥の発生メカニズム
アルミニウム合金基板上に発生する極微小欠陥は、めっき皮膜の表面からアルミニウム合金基板まで伸長している。つまり、無電解Ni-Pめっき反応初期から終了まで極微小欠陥を形成する反応が継続したことを意味する。より具体的には、無電解Ni-Pめっき工程中にアルミニウム合金基板が露出していると、局部電池反応により金属間化合物周辺のアルミニウム合金基板の溶解が進行し、局部的なガス発生が連続的に発生する。これにより、アルミニウム合金基板からNi-Pめっき皮膜の表面まで伸びるアスペクト比の大きいめっき極微小な欠陥が形成される。また、ガス発生以外にも、アルミニウム合金基板の溶解に伴い発生したアルミニウムイオンがめっき液側に拡散していく際に形成される通り道も極微小欠陥となり得る。このような極微小欠陥のサイズは1μm以下であり、ストロー状の形状を有している。しかしながら、極微小欠陥はNi-Pめっき皮膜の表面からアルミニウム合金基板まで伸長しているため、めっき皮膜の表面を研磨しても除去することが不可能である。すなわち、極微小欠陥は、無電解Ni-Pめっき反応初期に発生した時点で後から除去できない欠陥である。
【0026】
2.アルミニウム合金基板
本実施形態に係るアルミニウム合金基板は、2層以上のNi-Pめっき層を備えている。2層以上のNi-Pめっき層は連続して積層されており、2層以上のNi-Pめっき層のそれぞれが、同じ成分組成を有し、且つ同じ濃度のPを含有する無電解Ni-Pめっき液を用いて形成されたNi-Pめっき皮膜である。ここで、同じ成分組成を有するとは、各Ni-Pめっき皮膜の形成に用いられる無電解Ni-Pめっき液に含まれるNi、P等の成分の種類、成分の含有量が同じであり、他の添加剤が含まれる場合には同様に同じ含有量で含まれ、他の添加剤が含まれない場合には同様に含まれないこと意味する。また、同じ濃度のPを含有するとは、各Ni-Pめっき皮膜の形成に用いられる無電解Ni-Pめっき液のP濃度が同じであることを意味する。
【0027】
同じ成分組成を有する無電解Ni-Pめっき液を用いて形成されたNi-Pめっき皮膜を連続して積層させるため、これらのNi-Pめっき皮膜は、同一組成のめっき液を用いた無電解Ni-Pめっきを少なくとも2段階行うことにより形成されている。すなわち、2層以上のNi-Pめっき層の積層は、後述するように、アルミニウム合金基板に最初のNi-Pめっき処理をした後、一度アルミニウム合金基板をめっき液から取り出し、再度同じめっき液を用いてNi-Pめっき処理を行うことで形成される。また、これを繰り返し行うことにより、アルミニウム合金基板上に3層以上のNi-Pめっき層を積層させることが可能である。その結果、2度目以降の無電解Ni-Pめっき工程において、アルミニウム合金基板の露出部における反応は停止されているため、局部電池反応の進行を抑制し、極微小欠陥の発生を低減することができる。
【0028】
このように、本実施形態に係るアルミニウム合金基板は、新たな生産設備を必要とせず既存の設備のまま製造方法の工夫のみで作製することができ、さらには、各Ni-Pめっき層間に他の中間層を介在させていないため、大幅な工程変更及び工程の追加を必要としない。そのため、製造コストを増やすことなく、めっき皮膜の表面に発生する極微小欠陥を低減することができる。また、極微小欠陥の発生を低減することにより,磁気ディスク1枚あたりの記憶容量を増加させることが可能となる。さらに、アルミニウム合金の中のFe及びSiの含有量の上限を緩和できる可能性もあるため、コスト低減にも寄与することができる。
【0029】
アルミニウム合金基板はアルミニウム合金材を用いて製造される。アルミニウム合金材の材料として使用されるアルミニウム合金は、JIS5086系合金等のAl-Mg系合金、8000系等のAl-Fe系合金が好ましく、特にJIS-A5086P合金等のAl-Mg系合金が好ましい。
【0030】
Al-Mg系合金は、Mgを必須元素として含むアルミニウム合金である。このようなAl-Mg系合金として、例えば、JIS-A5086Pのアルミニウム合金(3.5質量%以上4.5質量%以下のMg、0質量%以上0.50質量%以下のFe、0.40質量%以下のSi、0.20質量%以上0.70質量%以下のMn、0.05質量%以上0.25質量%以下のCr、0質量%以上0.10質量%以下のCu、0質量%以上0.15質量%以下のTi、0質量%以上0.25質量%以下のZnを含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金)が挙げられる。
【0031】
アルミニウム合金基板の厚さは、特に限定されるものではないが、磁気ディスク基板の薄肉化の観点から、0.7mm以下であることが好ましく、0.5mm以下であることがより好ましい。特に、アルミニウム合金基板の厚さが0.5mm以下である場合、すなわち、薄型磁気ディスク用アルミニウム合金基板である場合において、高い耐衝撃性および信頼性を発揮する。尚、アルミニウム合金基板の厚さが0.5mmを超える場合においても高い耐衝撃性および信頼性を発揮し得るが、アルミニウム合金基板が厚い場合には衝撃が加わった際の変形は小さく、必ずしも本実施形態に係るアルミニウム合金基板の物性を全て満足する必要はない。また、アルミニウム合金基板の厚さの下限は、強度及び製造の困難性の観点から0.1mm以上であることが好ましい。
【0032】
アルミニウム合金基板の表面には2層以上のNi-Pめっき層が設けられおり、各Ni-Pめっき層は、Ni-Pめっき皮膜である。このようなNi-Pめっき皮膜は、アルミニウム合金基板に無電解Ni-Pめっきを施すことにより形成される。Ni-Pめっき皮膜におけるPの濃度は10mass%以上14mass%以下の範囲であることが好ましく、12mass%以上14mass%以下の範囲であることがより好ましい。
【0033】
Ni-Pめっき皮膜の総厚は、5μm以上であることが好ましく、8μm以上であることがより好ましい。また、Ni-Pめっき皮膜の総厚の上限は、アルミニウム合金基板の薄肉化に影響を及ぼさない範囲で30μm以下であることが好ましく、15μm以下であることがより好ましい。すなわち、アルミニウム合金基板上に形成される2層以上のNi-Pめっき層の総厚は、5μm以上30μm以下であることが好ましく、8μm以上15μm以下であることがより好ましい。
【0034】
3.磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法
以下に、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法について説明する。
【0035】
3-1.アルミニウム合金板の作製
まず、所定の合金組成の範囲となるようにアルミニウム合金溶湯を調整する。次に、調整されたアルミニウム合金溶湯を半連続鋳造(DC鋳造)法などの常法に従って鋳造する。鋳造時の冷却速度は0.1~1000℃/sの範囲であることが好ましい。鋳造されたアルミニウム合金鋳塊については、必要に応じて均質化処理を実施する。均質化処理の条件は特に限定されるものではなく、例えば500℃以上で0.5時間以上の1段加熱処理を行うことができる。また、均質化処理時の加熱温度の上限は特に限定されるものではないが、650℃を超えるとアルミニウム合金の溶融が発生するおそれがあるため、上限は650℃とする。
【0036】
均質化処理を施した、又は均質化処理を施していないアルミニウム合金の鋳塊は、熱間圧延によって板材に加工する。熱間圧延工程において、均質化処理を行っている場合には、熱間圧延開始温度は300~550℃であることが好ましく、熱間圧延終了温度は380℃未満であることが好ましく、300℃以下であることがより好ましい。熱間圧延終了温度の下限は特に限定されるものではないが、耳割れ等の不具合の発生を防止するため、下限は200℃であることが好ましい。一方、均質化処理を行っていない場合には、熱間圧延開始温度は380℃以下であることが好ましく、350℃以下であることがより好ましい。熱間圧延終了温度は特に限定されるものではないが、耳割れ等の不具合の発生を防止するため、下限は100℃であることが好ましい。
【0037】
熱間圧延終了後は、冷間圧延によって所要の製品板厚に仕上げる。冷間圧延の条件は特に限定されるものではなく、必要とする製品板の強度や板厚に応じて定めればよく、圧延率は20~90%であることが好ましい。さらに、冷間圧延の前又は冷間圧延の途中において、冷間圧延加工性を確保するために、例えば、280~450℃で0~10時間の焼鈍処理を施してもよい。以上のようにして、アルミニウム合金板を作製する。
【0038】
3-2.めっき用アルミニウム合金基板の作製
次に、作製したアルミニウム合金板を用いて、めっき用アルミニウム合金基板を製造する。まず、アルミニウム合金板をプレス機等で円環状に打ち抜き、円環状のアルミニウム合金板を作製する。次いで、この円環状のアルミニウム合金板に加圧焼鈍を行って、平坦化したディスクブランクを作製する。このようにして平坦化したディスクブランクに、切削加工、研削加工、さらには、例えば300~400℃で5~15分の歪取り加熱処理からなる加工処理をこの順序で施して磁気ディスク用基板を作製する。次いで、この磁気ディスク用基板に、脱脂処理、エッチング処理、ジンケート処理を含むめっき前処理を施し、めっき用アルミニウム合金基板を作製する。
【0039】
脱脂処理は、脱脂液、例えば、市販のAD-68F(上村工業製)脱脂液等を用い、温度40~70℃、処理時間3~10分、濃度200~800mL/Lの条件で脱脂を行うことが好ましい。エッチング処理は、エッチング液、例えば、市販のAD-107F(上村工業製)エッチング液等を用い、温度50~75℃、処理時間0.5~5分、濃度20~100mL/Lの条件でエッチングを行うことが好ましい。ジンケート処理は、ジンケート処理液、例えば、市販のAD-301F-3X(上村工業製)ジンケート処理液等を用い、温度10~35℃、処理時間0.1~5分、濃度100~500mL/Lの条件で行うことが好ましい。尚、エッチング処理とジンケート処理の間に、通常のデスマット処理を行なっていてもよい。
【0040】
3-3.磁気ディスク用アルミニウム合金基板の作製
本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造方法では、(a)無電解Ni-Pめっき液にめっき用アルミニウム合金基板を浸漬する第1のめっき処理工程と、(b)無電解Ni-Pめっき液に浸漬されているめっき用アルミニウム合金基板を取出し、化学反応を停止させる反応停止工程と、(c)反応停止工程後のめっき用アルミニウム合金基板を無電解Ni-Pめっき液に再度浸漬し、所定の厚さのNi-Pめっき皮膜を付与する第2のめっき処理工程と、を含む。すなわち、作製しためっき用アルミニウム合金基板における下地めっき処理を施す際、同一組成の無電解Ni-Pめっきを少なくとも2段階行う。2段階の無電解Ni-Pめっきを行う際、具体的には、以下の3つの態様によりアルミニウム合金基板を製造する。
【0041】
第1の実施態様に係るアルミニウム合金基板の製造方法は、(a-1)無電解Ni-Pめっき液にめっき用アルミニウム合金基板を浸漬する第1のめっき処理工程と、(b-1)前無電解Ni-Pめっき液に浸漬されているめっき用アルミニウム合金基板を取出し、大気中に10秒以上300秒未満曝露する曝露工程と、(c-1)曝露工程後のめっき用アルミニウム合金基板を無電解Ni-Pめっき液に再度浸漬し、所定の厚さのNi-Pめっき皮膜を付与する第2のめっき処理工程と、を含んでいる。工程(a-1)及び(c-1)における各無電解Ni-Pめっき処理には、同じめっき液が使用される。このような無電解Ni-Pめっき処理として、無電解Ni-Pめっき液、例えば、市販のニムデンHDX(上村工業製)めっき液等を用い、温度80~95℃、処理時間90~180分、Ni濃度3~10g/L、次亜リン酸ナトリウム濃度25~40g/L(P濃度0.73~1.12mass%)の条件でめっき処理を行うことが好ましい。その際、無電解Ni-Pめっき液によるめっき処理時間(浸漬時間)の合計時間が90~180分であればよい。また、工程(b-1)では、大気中に10秒以上300秒未満曝露することで、アルミニウム基板の反応を停止できる。特に、曝露時間の上限を300秒未満とすることにより、1層目のめっき表面に形成されている孔内部の酸化が抑制され,2層目のめっきを付与した際に孔が埋まりやすくなるため、めっき皮膜の剥離を防止することができ、曝露時間の上限は120秒以下であることが好ましく、60秒以下であることがより好ましい。尚、アルミニウム合金基板上に3層以上のNi-Pめっき層を積層させる場合、工程(b-1)及び(c-1)をさらに繰り返し行ってもよい。
【0042】
第2の実施態様に係るアルミニウム合金基板の製造方法は、(a-2)無電解Ni-Pめっき液にめっき用アルミニウム合金基板を浸漬する第1のめっき処理工程と、(b-2)無電解Ni-Pめっき液に浸漬されている前記めっき用アルミニウム合金基板を取出し、純水中に1秒以上浸漬する浸漬工程と、(c-2)浸漬工程後のめっき用アルミニウム合金基板を無電解Ni-Pめっき液に再度浸漬し、所定の厚さのNi-Pめっき皮膜を付与する第2のめっき処理工程と、を含んでいる。工程(a-2)及び(c-2)における各無電解Ni-Pめっき処理には、同じめっき液が使用される。このような無電解Ni-Pめっき処理としては、第1の実施形態と同様に、無電解Ni-Pめっき液、例えば、市販のニムデンHDX(上村工業製)めっき液等を用い、温度80~95℃、処理時間90~180分、Ni濃度3~10g/L、次亜リン酸ナトリウム濃度25~40g/L(P濃度0.73~1.12mass%)の条件でめっき処理を行うことが好ましい。その際、無電解Ni-Pめっき液によるめっき処理時間(浸漬時間)の合計時間が90~180分であればよい。また、工程(b-2)では、純水中に1秒以上浸漬することで、アルミニウム基板の反応を停止できる。一方、浸漬時間の上限は、めっき表面の酸化および基板温度低下の観点から60秒以下であることが好ましく、30秒以下であることがより好ましい。また、アルミニウム合金基板上に3層以上のNi-Pめっき層を積層させる場合、工程(b-2)及び(c-2)をさらに繰り返し行ってもよい。
【0043】
第3の実施態様に係るアルミニウム合金基板の製造方法は、上述の工程(b-1)と(b-2)を組合せた中間処理工程(b-3)を含んでいる。具体的には、(a-3)無電解Ni-Pめっき液にめっき用アルミニウム合金基板を浸漬する第1のめっき処理工程と、(b-3)無電解Ni-Pめっき液に浸漬されているめっき用アルミニウム合金基板を取出し、大気中に10秒以上300秒未満曝露し、且つ純水中に1秒以上浸漬する中間処理工程と、(c-3)中間工程後のめっき用アルミニウム合金基板を無電解Ni-Pめっき液に再度浸漬し、所定の厚さのNi-Pめっき皮膜を付与する第2のめっき処理工程と、を含んでいる。工程(a-3)及び(c-3)における各無電解Ni-Pめっき処理には、同じめっき液が使用される。このような無電解Ni-Pめっき処理としては、第1及び第2の実施形態と同様に、無電解Ni-Pめっき液、例えば、市販のニムデンHDX(上村工業製)めっき液等を用い、温度80~95℃、処理時間90~180分、Ni濃度3~10g/L、次亜リン酸ナトリウム濃度25~40g/L(P濃度0.73~1.12mass%)の条件でめっき処理を行うことが好ましい。その際、無電解Ni-Pめっき液によるめっき処理時間(浸漬時間)の合計時間が90~180分であればよい。また、工程(b-3)において、大気中に10秒以上300秒未満曝露する曝露条件は、上述した第1の実施形態の曝露工程における条件と同じであり、純水中に1秒以上浸漬する浸漬条件は、上述した第2の実施形態の浸漬工程における条件と同じである。また、工程(b-3)において、曝露工程及び浸漬工程の順序は限定されるものではなく、いずれの工程を最初に行ってもよい。また、アルミニウム合金基板上に3層以上のNi-Pめっき層を積層させる場合、工程(b-3)及び(c-3)をさらに繰り返し行ってもよい。
【0044】
本実施態様に係るアルミニウム合金基板の製造方法において、工程(b)(反応停止工程)は、上述の(b-1)曝露工程、(b-2)浸漬工程又は(b-3)中間処理工程を含む。上述の工程(b)では、無電解Ni-Pめっき液から一度めっき用アルミニウム合金基板を取出すことで無電解Ni-Pめっき液とめっき用アルミニウム合金基板とが物理的に分離されるため、極微小欠陥の発生に起因する局部電池反応を停止させることができる。めっき用アルミニウム合金基板の取出し方法は、無電解Ni-Pめっき液からめっき用アルミニウム合金基板を引き上げることができれば、特に限定されるものでなく、Ni-Pめっき液側に特段の操作を要しない。また、アルミニウム合金基板への局部電池反応の停止により工程(a)において途中まで形成された極微小欠陥は、工程(c)により再度無電解Ni-Pめっきが開始された際に、工程(a)において形成されたNi-Pめっき皮膜(第1のめっき皮膜)の表面からさらにNi-Pめっき皮膜(第2のめっき皮膜)が形成されると共に埋められる(塞がる)こととなる。その結果、アルミニウム合金基板上への極微小欠陥の発生を低減することができる。
【0045】
工程(b)において、めっき用アルミニウム合金基板を取出す回数に特に制限はないが、1回の引き上げで局部電池反応の停止をするには十分な効果を得ることができる。また、めっき用アルミニウム合金基板を取出すタイミングが、工程(a)による第1のめっき処理工程が終了する直前である場合、極微小欠陥の低減効果が得られてとしても、後工程でアルミニウム合金基板上のNi-Pめっき皮膜の表面を研磨した際に、塞がった極微小欠陥が再び表面に現れる可能性が考えられる。そのため、必要とするめっき厚に対する残りの膜厚が2μmにまでにめっき用アルミニウム合金基板を一度引き上げることが好ましい。また、工程(c)により第2のめっき処理後、必要に応じて、羽布等による仕上げ研磨を行っていてもよい。
【0046】
4.極微小欠陥の評価方法
無電解Ni-Pめっきが施されたアルミニウム合金基板を硝酸に浸漬すると、Ni-Pめっき皮膜の表面から均一に溶解が進行していく。均一に溶解が進行するため、Ni-Pめっき皮膜の表面の凹凸もその形状に沿って溶解が進行していくこととなる。上述の通り、極微小欠陥はNi-Pめっき皮膜の表面からアルミニウム合金基板まで伸長するため、極微小欠陥が発生しているNi-Pめっき皮膜を硝酸に浸漬した場合、極微小欠陥の内部に硝酸が侵入していき、極微小欠陥の側面と底面も溶解していく。つまり、硝酸の浸漬時間の経過にしたがい、極微小欠陥の底面がアルミニウム合金基板の界面に到達する。また、Ni-Pめっき皮膜とアルミニウム合金基板との界面には、ZnとFeとからなるジンケート皮膜が残存している。そのため、硝酸が極微小欠陥の内部に侵入するとこのジンケート皮膜の溶解が進行し、これによりNi-Pめっき皮膜の剥離が生じる。極微小欠陥の数が多いほど剥離する起点が増えるため、Ni-Pめっき皮膜の剥離が始まるまでの時間は極微小欠陥の存在数に対応している。すなわち、Ni-Pめっき皮膜が剥離するまでに要する時間が長いほど、Ni-Pめっき皮膜に存在する極微小欠陥が少なく、極微小欠陥の発生が低減されていると評価できる。
【0047】
このような硝酸の性質に基づき、本実施形態に係るアルミニウム合金基板においては、上の極微小欠陥の発生を評価する際、30~50℃の20~30vol%硝酸にアルミニウム合金基板を浸漬させる条件下で、Ni-Pめっき皮膜の少なくとも1つが剥離するまでに要する時間が、Ni-Pめっき皮膜の総厚と同じ厚さ及びNi-Pめっき皮膜と同じ成分組成を有する1層のNi-Pめっき層が表面に設けられたアルミニウム合金基板、すなわち、比較めっき層としての1層のNi-Pめっき層が剥離するまでに要する時間よりも20%以上長いことが好ましい。例えば、比較めっき層における1層のNi-Pめっき層が剥離するまでに要する時間が100秒であった場合、本実施形態に係るアルミニウム合金基板では、Ni-Pめっき皮膜の少なくとも1つが剥離するまでに要する時間が120秒以上であれば、極微小欠陥の発生が低減されていると評価できる。
【0048】
5.磁気ディスク
本実施形態に係るアルミニウム合金基板において、Ni-Pめっき皮膜の表面にスパッタリングによって磁性体を付着させることにより、磁気ディスクを作製することができる。このような磁気ディスクは、本実施形態に係るアルミニウム合金基板と、当該アルミニウム合金基板上に設けられた磁性体層とを備えている。また、ダイヤモンドライクカーボン等の炭素系材料からなる保護層がCVDにより磁性体層上にさらに形成されていてもよい。さらに、潤滑油である潤滑層が保護層上に塗布されていてもよい。このような磁気ディスクは、例えば、熱アシスト磁気記録方式、マイクロ波アシスト記録方式などのエネルギーアシスト方式のHDDに用いる磁気ディスクとして使用することができる。
【0049】
以上、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びその製造方法について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術思想に基づき、各種の変形及び変更が可能である。
【実施例0050】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0051】
[実施例1]
<アルミニウム合金基板の作製>
JIS-A5086P合金(Al-Mg系合金)となるように成分組成を調整したアルミニウム合金溶湯をDC鋳造法により鋳造し鋳塊を作製した。得られた鋳塊の両面15mmを面削し、520℃で1時間の均質化処理を施した。次に、熱間圧延開始温度460℃、熱間圧延終了温度340℃で熱間圧延を行ない、板厚3.0mmの熱間圧延板を作製した。熱間圧延板は中間焼鈍を行なわずに冷間圧延(圧延率67%)により板厚0.52mmまで圧延して最終圧延板を作製した。このようにして得たアルミニウム合金板を外径96mm、内径24mmの円環状に打抜き、円環状アルミニウム合金板を作製した。
【0052】
上記のようにして得た円環状アルミニウム合金板に、1.5MPaの圧力下において300℃で3時間の加圧平坦化焼鈍を施し、ディスクブランクを作製した。このディスクブランクの端面に切削加工を施して、外径95mm、内径25mmとし、次いでディスクブランクの表面を10μm研削する研削加工を行い、さらに350℃で、10分の歪取り加熱処理を行なった。その後、AD-68F(上村工業製)脱脂液により60℃で5分間脱脂を行った後、AD-107F(上村工業製)エッチング液により65℃で3分間エッチングを行い、さらに30%HNO3水溶液(室温)で50秒間デスマットを行った。
【0053】
その後、AD-301F(上村工業製)ジンケート処理液で50秒間ジンケート処理を行った。ジンケート処理後に、30%HNO3水溶液(室温)で60秒間ジンケート層の剥離を行い、再度AD-301F(上村工業製)ジンケート処理液で60秒間ジンケート処理を行い、めっき用アルミニウム合金基板を作製した。2度目のジンケート処理の後、無電解Ni-Pめっき処理液(ニムデンHDX(上村工業製))に作製しためっき用アルミニウム合金基板を浸漬し、めっき用アルミニウム合金基板の両面にPの濃度が12mass%であるNi-Pめっき皮膜を形成した(第1のめっき処理)。60分経過後に無電解Ni-Pめっき処理液からめっき用アルミニウム合金基板を取り出し、中間処理工程として大気中に30秒間曝露曝露した。その後、再び同じ無電解Ni-Pめっき処理液に60分間めっき用アルミニウム合金基板を浸漬した(第2のめっき処理)。次いで、羽布により仕上げ研磨(研磨量3μm)を行い、2層のNi-Pめっき層が連続して積層されたアルミニウム合金基板を作製した。
【0054】
[実施例2]
中間処理工程において、めっき用アルミニウム合金基板を大気中に30秒間曝露する代わりに純水に30秒間浸漬した以外は実施例1と同様にしてアルミニウム合金基板を作製した。
【0055】
[実施例3]
中間処理工程において、めっき用アルミニウム合金基板を大気中に30秒間曝露した後、さらに純水に30秒間浸漬した以外は実施例1と同様にしてアルミニウム合金基板を作製した。
【0056】
[比較例1]
第1のめっき処理において、無電解Ni-Pめっき処理液への浸漬時間を120分とし、その後の大気中への曝露及び第2のめっき処理を行わなかった以外は実施例1と同様にしてアルミニウム合金基板を作製した。
【0057】
[比較例2]
中間処理処理において、大気中への曝露時間を曝露5分とした以外は実施例1と同様にしてアルミニウム合金基板を作製した。
【0058】
<評価:極微小欠陥>
作製した各アルミニウム合金基板を、50℃の30%HNO3水溶液に浸漬し、めっきの剥離が始めるまでの時間(浸漬時間)を計測した。その結果を表1に示す。
【0059】
【0060】
表1に示すように、比較例1のアルミニウム合金基板では、めっき皮膜の剥離に要した時間が400秒であったのに対し、実施例1~3のアルミニウム合金基板では、めっき皮膜の剥離に要した時間がそれぞれ490秒、483秒、531秒であった。すなわち、実施例1においては、1層のNi-Pめっき層が剥離する時間を計測した比較例1よりも、めっき皮膜の剥離に要した時間が20%以上長く、極微小欠陥の発生が低減されていると評価できる。また、比較例2においては大気中への曝露が5分と長かったため、めっき皮膜が剥離するまでの時間が著しく短かった。
本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びその製造方法は、現状の製造工程を大幅に変更させることなく、極微小欠陥の低減を達成できる。これにより、製造コストを増やすことなく磁気ディスク1枚あたりの記憶容量を増加させ、さらには生産性の向上も可能となる。