(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023117130
(43)【公開日】2023-08-23
(54)【発明の名称】アルデヒド臭の抑制剤の探索方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20230816BHJP
C07K 14/435 20060101ALI20230816BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230816BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230816BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
C07K14/435 ZNA
G01N33/15 Z
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022019668
(22)【出願日】2022-02-10
(71)【出願人】
【識別番号】000102544
【氏名又は名称】エステー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【弁理士】
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100220836
【弁理士】
【氏名又は名称】堂前 里史
(72)【発明者】
【氏名】江口 諒
(72)【発明者】
【氏名】田澤 寿明
(72)【発明者】
【氏名】福谷 洋介
(72)【発明者】
【氏名】金牧 怜奈
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA40
2G045FB04
2G045FB13
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QQ79
4B063QR48
4B063QR77
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA45
4H045DA50
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】アルデヒド臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤を取得できる方法を提供する。
【解決手段】OR6B1、Olfr449、OR6B1と同等の機能を有するポリペプチド、およびOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体と試験物質とを混合することを含む、アルデヒド臭の抑制剤の探索方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
嗅覚受容体の抑制剤の探索方法であって、
OR6B1、Olfr449、OR6B1と同等の機能を有するポリペプチド、およびOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体と試験物質とを混合することを含む、アルデヒド臭の抑制剤の探索方法。
【請求項2】
前記嗅覚受容体と試験物質とを混合した後、前記嗅覚受容体と低級アルデヒドとを接触させることをさらに含む、請求項1に記載の探索方法。
【請求項3】
前記嗅覚受容体と前記低級アルデヒドとを接触させた後、前記嗅覚受容体の応答を抑制した試験物質を、アルデヒド臭の抑制剤として選択することをさらに含む、請求項2に記載の探索方法。
【請求項4】
前記低級アルデヒドが、アセトアルデヒド、プロパナール、ブタナールおよびペンタナールからなる群から選ばれる少なくとも1種以上である、請求項2または3に記載の探索方法。
【請求項5】
OR6B1と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列が、OR6B1のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示す、請求項1~4のいずれか一項に記載の探索方法。
【請求項6】
Olfr449と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列が、Olfr449のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示す、請求項1~5のいずれか一項に記載の探索方法。
【請求項7】
前記抑制剤が、前記嗅覚受容体のアンタゴニストである、請求項1~6のいずれか一項に記載の探索方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルデヒド臭の抑制剤の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルデヒドは工場排気、タバコの煙、体臭、口臭等に含まれ、不快な匂いを発生する。アルデヒド臭の消臭に関し、吸着処理を利用した物理的消臭や中和反応を利用した化学的消臭が提案されている。例えば特許文献1には、アミノ基、イミノ基を有する化合物をシリカ多孔質体の細孔内に担持させたアルデヒド吸着剤が開示されている。
【0003】
一方で嗅覚は、嗅神経細胞の嗅覚受容体が匂い分子に応答し、認識されている。この嗅覚受容体の匂い分子に対する応答に着目し、悪臭の知覚を抑制することが提案されている。例えば特許文献2には、幅広い匂い物質を区別なく認識する受容体、すなわち、Broadly Tuned嗅覚受容体として、OR2W1、OR1A1、OR10A6が主に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-82786号公報
【特許文献2】特開2018-121623号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1のような物理的消臭、化学的消臭においては、匂いの原因となるアルデヒドを消臭剤、吸着剤によって別の化合物に変換することで匂いを消す。そのため、アルデヒドと消臭剤等との分子的な接触を必要とする。この点を考慮すると、例えば、密閉空間では経時的にアルデヒド臭の消臭効果が発揮され得るが、解放空間、大空間では消臭効果が得られにくい。
そこで本発明者は鋭意検討し、使用環境にかかわらず、種々の使用条件下でもアルデヒド臭の消臭効果が得られやすくするために、アルデヒド臭に感応する嗅覚受容体の応答を抑制することに想到した。
しかし、特許文献2に開示のBroadly Tuned嗅覚受容体は、アルデヒド臭に対する応答の特異性が不充分である。そのためこれらのBroadly Tuned嗅覚受容体の応答を抑制するだけでは、アルデヒド臭の消臭効果が充分に発揮されない。
【0006】
本発明は、アルデヒド臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤を取得できる方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記の態様を有する。
[1]嗅覚受容体の抑制剤の探索方法であって、OR6B1、Olfr449、OR6B1と同等の機能を有するポリペプチド、およびOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体と試験物質とを混合することを含む、アルデヒド臭の抑制剤の探索方法。
[2]前記嗅覚受容体と試験物質とを混合した後、前記嗅覚受容体と低級アルデヒドとを接触させることをさらに含む、[1]の探索方法。
[3]前記嗅覚受容体と前記低級アルデヒドとを接触させた後、前記嗅覚受容体の応答を抑制した試験物質を、アルデヒド臭の抑制剤として選択することをさらに含む、[2]の探索方法。
[4]前記低級アルデヒドが、アセトアルデヒド、プロパナール、ブタナールおよびペンタナールからなる群から選ばれる少なくとも1種以上である、[2]または[3]の探索方法。
[5]OR6B1と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列が、OR6B1のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示す、[1]~[4]のいずれかの探索方法。
[6]Olfr449と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列が、Olfr449のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示す、[1]~[5]のいずれかの探索方法。
[7] 前記抑制剤が、前記嗅覚受容体のアンタゴニストである、[1]~[6]のいずれかの探索方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、アルデヒド臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤を取得できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例においてアセトアルデヒドに対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した結果を示す図である。
【
図2】実施例においてアセトアルデヒドに対するOR6B1の応答強度の濃度依存性を測定した結果を示す図である。
【
図3】実施例において低級アルデヒド、炭素数6以上のアルデヒドに対するOR6B1の応答強度(fold increase)を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書における以下の用語の意味は、下記の通りである。
「嗅覚受容体と同等の機能を有するポリペプチド」とは、細胞膜上に発現可能なポリペプチドであって、匂い分子の結合により、細胞内のcAMPの産生を引き起こすポリペプチド、または細胞外から細胞内へのカルシウムイオンの流入を促進するポリペプチドをいう。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値および上限値として含むことを意味する。
【0011】
アミノ酸配列の配列同一性、相同性は、基準アミノ酸配列に対する対象アミノ酸配列の配列同一性として、次のようにして求めることができる。まず、基準アミノ酸配列および対象アミノ酸配列をアラインメントする。ここで、各アミノ酸配列には、配列同一性が最大となるようにギャップを含めてもよい。次いで、基準アミノ酸配列および対象アミノ酸配列において、一致したアミノ酸のアミノ酸残基数を算出し、下記式(1)にしたがって、配列同一性を求めることができる。
配列同一性(%)=(一致したアミノ酸残基数/対象アミノ酸配列の総アミノ酸残基数)×100 ・・・式(1)
【0012】
(試験物質と嗅覚受容体の混合)
一実施形態に係るアルデヒド臭の抑制剤の探索方法では、OR6B1、Olfr449、OR6B1と同等の機能を有するポリペプチド、およびOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体と試験物質とを混合する。
以下、本明細書において、OR6B1、Olfr449、OR6B1と同等の機能を有するポリペプチド、およびOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の嗅覚受容体を「特定の嗅覚受容体」と記すことがある。
【0013】
OR6B1は、ヒト嗅覚神経細胞での発現が確認されている嗅覚受容体であり、Gene ID:135946としてGenBank(NCBI)に登録されている。OR6B1は、配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0014】
Olfr449は、マウス嗅覚神経細胞での発現が確認されている嗅覚受容体であり、Gene ID:259067としてGenBank(NCBI)に登録されている。Olfr449は、配列番号2のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0015】
本発明者は鋭意検討した結果、OR6B1およびOlfr449等の特定の嗅覚受容体が低級アルデヒドに対して特異的に応答する受容体であることを見出した。したがって、これら特定の嗅覚受容体の応答を抑制することで、アルデヒド臭の知覚を効果的に抑制できると考えられる。
【0016】
一実施形態に係る探索方法では、特定の嗅覚受容体と試験物質とを混合する。これら特定の嗅覚受容体はアルデヒド臭の主な原因である低級アルデヒドに対して特異的に応答する。そのため、特定の嗅覚受容体と試験物質とを混合した結果、試験物質が特定の嗅覚受容体の応答を抑制すれば、当該試験物質はアルデヒド臭に対する消臭効果を充分に発揮しやすいと考えられる。
したがって、一実施形態に係る探索方法によれば、アルデヒド臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤を取得できる。
【0017】
試験物質は、アルデヒド臭の抑制剤としての使用を所望する物質である。そのため、試験物質は特に制限されない。また、試験物質は天然由来の物質でもよく、合成した物質でもよい。
【0018】
試験物質としては、アルデヒド臭の抑制剤を消臭剤として商品化する点を考慮すると、アルデヒド臭とは別の匂いを知覚させる物質が好ましく、揮発性物質がより好ましい。また、無臭の試験物質、匂い強度が低い試験物質の使用も好ましい。
【0019】
試験物質は単一の物質でもよく、二以上の物質を含む混合物でもよい。例えば、単一物質の香料を用いてもよく、複数種の物質を調合した香料を用いてもよい。
【0020】
試験物質の混合方法は、特に限定されない。嗅覚受容体を発現させる細胞の培養培地に試験物質を混ぜてもよく、嗅覚受容体が発現した細胞、組織に試験物質を滴下、散布、噴霧してもよい。
【0021】
嗅覚受容体と試験物質を混合する際には、さらに、金属イオンを混合してもよい。
金属イオンの使用態様、存在態様は特に限定されない。例えば、金属イオン含有液中で嗅覚受容体と試験物質とを混合する方法;嗅覚受容体を担持した膜または嗅覚受容体が発現した細胞もしくは組織を、金属イオン含有液に浸漬した状態で試験物質と混合する方法;嗅覚受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に金属イオンを添加し、次いで試験物質を添加する方法;嗅覚受容体が発現した細胞、組織を培養する培地に、試験物質とともに金属イオン含有液を混合する方法が挙げられる。
【0022】
金属イオンとしては、銅イオン、銀イオン等が挙げられるが、銅イオンが好ましい。金属イオンの濃度は特に限定されず、10~300μMでもよく、1~1000μMでもよい。
【0023】
(低級アルデヒドとの接触)
一実施形態に係る探索方法では、特定の嗅覚受容体と試験物質とを混合した後、嗅覚受容体と低級アルデヒドとを接触させることができる。試験物質と混合した後の特定の嗅覚受容体において、アルデヒド臭に対する応答が試験物質の非存在下と比較して相対的に抑制されていれば、当該試験物質はアルデヒド臭の抑制剤として有用であると考えられる。
【0024】
試験物質と混合した後の嗅覚受容体において、以下の2点を満足すれば、当該試験物質は、試験物質はアンタゴニストとして機能していると考えることができる。
・試験物質と混合した後の嗅覚受容体において、嗅覚受容体が低級アルデヒドと接触したとき、試験物質を混合していないとき(すなわち、試験物質の非存在下)に比べて低級アルデヒドに対して応答しにくくなること。
・試験物質と混合した後の嗅覚受容体が当該試験物質に対しては応答しないこと。
【0025】
試験物質がアンタゴニストとして機能しているとき、当該試験物質はアルデヒド臭の抑制剤として有用であると期待できる。
一実施形態において、嗅覚受容体と低級アルデヒドとを接触させたとき、嗅覚受容体の低級アルデヒドに対する応答を抑制した試験物質をアルデヒド臭の抑制剤として選択できる。そのため、一実施形態においてアルデヒド臭の抑制剤は、嗅覚受容体のアンタゴニストであるとも言える。
【0026】
低級アルデヒドはアルデヒド基を有し、かつ、炭素数が1から5の化合物である。低級アルデヒドは特に限定されず、直鎖からなる化合物であってもよく、分岐鎖を有する化合物であってもよい。また、低級アルデヒドは環状構造を有する化合物であってもよい。
低級アルデヒドは一種単独で用いてもよく、二種以上を併用してもよい。
【0027】
低級アルデヒドとしては、例えば、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロパナール、ブタナール、ペンタナール等の直鎖アルデヒド;2-メチルプロパナール、2-メチルブタナール等の分岐鎖アルデヒド;シクロプロパンカルボキシアルデヒド等の環状アルデヒド等が挙げられる。
なかでも、OR6B1等の特定の嗅覚受容体は、アセトアルデヒド、プロパナール、ブタナールおよびペンタナールからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の低級アルデヒドに対する特異的な応答強度を示しやすい。
【0028】
試験物質と混合された嗅覚受容体と低級アルデヒドとの接触の態様は、特に限定されない。例えば、低級アルデヒドを封入した密閉容器内に、嗅覚受容体を担持した膜または嗅覚受容体が発現した細胞もしくは組織を静置する方法;嗅覚受容体を担持した膜または嗅覚受容体が発現した細胞もしくは組織を、密閉容器内に置き、次いで、密閉容器内に低級アルデヒドを供給する方法が挙げられる。また、液体の低級アルデヒドを密閉容器内等で気化させてもよい。
嗅覚受容体と低級アルデヒドとの接触に際しては、培養プレート、シャーレを用いてもよく、循環機(サーキュレーター)を用いてもよい。
【0029】
低級アルデヒドを嗅覚受容体と接触させる際、低級アルデヒドは気体状態でもよく、液体状態でもよく、固体状態でもよい。実際の嗅覚の知覚の挙動を再現する点では、気体の低級アルデヒドの使用が好ましいが、必ずしも気体に限定されない。
低級アルデヒド以外の悪臭物質と組み合わせた複合臭や、低級アルデヒドを含む任意の空間から採取された臭気を用いてもよい。
【0030】
一実施形態に係る探索方法によれば、気体の低級アルデヒドを使用できるため、実際の鼻における嗅覚受容体の反応を再現してアルデヒド臭に応答する嗅覚受容体のアンタゴニストを探索できる。また、悪臭の原因となる低級アルデヒドは気体として供給されるから、単一の化合物である必要もなく、例えば、悪臭空間から採取した空気等のように複合的な臭気を気体のアルデヒド臭として使用できる。
【0031】
一実施形態に係る探索方法においては、金属イオンの存在下で試験物質と混合した嗅覚受容体を気体の低級アルデヒドと接触させることが好ましい。実際に嗅上皮の嗅覚受容体が空気中に漂う気体の低級アルデヒドに対して応答する様子を再現できるためである。この場合、アルデヒド臭の知覚メカニズムを実際の鼻における嗅覚受容体の反応と近づけたうえで、アルデヒド臭の抑制剤を探索できる。このようにして同定されたアルデヒド臭の抑制剤は、実際に消臭剤等の製品に用いた際も消臭効果を発揮する可能性が高いと考えられる。
【0032】
一実施形態において、嗅覚受容体と試験物質とを混合した後、低級アルデヒドと接触させる前に嗅覚受容体の応答を測定してもよい。例えば、嗅覚受容体と試験物質とを混合した直後の嗅覚受容体の応答を測定したデータを基準データとして利用し、後述の試験データと比較してもよい。
【0033】
一実施形態において、試験物質と混合した嗅覚受容体と、低級アルデヒドとを接触させた後に、嗅覚受容体の応答を測定してもよい。低級アルデヒドと接触した後の嗅覚受容体の応答を測定したデータは試験データとして利用できる。
【0034】
一実施形態において、試験群、すなわち、試験物質を混合した複数の嗅覚受容体の応答と対照群の嗅覚受容体の応答を測定し、それぞれの測定結果を比較してもよい。試験群の応答と対照群における応答との比較によって、例えば、嗅覚受容体に対する試験物質のアルデヒド臭の抑制効果を評価できる。
【0035】
対照群の例として、例えば、試験物質を混合していない嗅覚受容体;試験物質を混合したが低級アルデヒドと接触させていない嗅覚受容体;相対的に低濃度の試験物質を混合した嗅覚受容体;試験物質を添加する前の嗅覚受容体;嗅覚受容体が発現していない細胞が挙げられる。
【0036】
一実施形態において、例えば、試験物質を用いた試験群における応答が対照群と比べて抑制されていた場合、その試験物質はアルデヒド臭の抑制剤として選択できる。例えば、試験群における嗅覚受容体の応答指標が、対照群と比較して統計学的に有意に低減されていれば、その試験物質は、アルデヒド臭の抑制剤として選択できる。
【0037】
例えば、試験物質の使用量の増加に伴い、基準データにおいてその嗅覚受容体の試験物質に対する応答が変化せず、かつ、試験データにおいて、低級アルデヒドとの接触後にその嗅覚受容体の低級アルデヒドに対する応答が低下していれば、特定の嗅覚受容体と混合した試験物質がアンタゴニストとして機能している。この場合、当該試験物質は、アルデヒド臭の抑制剤として有用であると考えられる。
このように、嗅覚受容体と試験物質を混合した後、低級アルデヒドに対する嗅覚受容体の接触応答を抑制した試験物質をアルデヒド臭の抑制剤として選択できる。
【0038】
嗅覚受容体の応答の測定の具体的手法は、嗅覚受容体の応答を評価できれば特に限定されない。例えば、細胞内cAMP量の測定が挙げられる。細胞内cAMP量を嗅覚受容体の応答の指標とすることで、嗅覚受容体の応答を評価できる。細胞内のcAMP量を測定する方法としては、例えば、ELISA法、レポータージーンアッセイ等が挙げられる。
他にも、カルシウムイメージング法、電気生理学的手法による測定が挙げられる。電気生理学的測定では、例えば、嗅覚受容体を他のイオンチャネルとともに共発現させた試験細胞(例えば、アフリカツメガエル卵母細胞等)を調製し、当該試験細胞上のイオンチャネルの活動電位をパッチクランプ法、二電極膜電位固定法等で測定してもよい。
【0039】
一実施形態において、OR6B1はOR6B1と同等の機能を有するポリペプチドと代替可能である。OR6B1と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列は、OR6B1のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すことが好ましく、85%以上の相同性を示すことがより好ましく、90%以上の相同性を示すことがさらに好ましく、95%以上の相同性を示すことがさらにいっそう好ましく、98%以上の相同性を示すことが特に好ましく、99%以上の相同性を示すことが最も好ましい。
【0040】
一実施形態において、Olfr449はOlfr449と同等の機能を有するポリペプチドと代替可能である。Olfr449と同等の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列は、Olfr449のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すことが好ましく、85%以上の相同性を示すことがより好ましく、90%以上の相同性を示すことがさらに好ましく、95%以上の相同性を示すことがさらにいっそう好ましく、98%以上の相同性を示すことが特に好ましく、99%以上の相同性を示すことが最も好ましい。
【0041】
OR6B1およびOlfr449の他にも、これらと同等の機能を有するポリペプチドであれば、嗅覚受容体として使用され得る。例えば、ヒトおよびマウス以外の他の動物由来の相同な嗅覚受容体が挙げられる。ヒトおよびマウス以外の他の動物として、例えばラット、その他の実験モデル生物が挙げられる。
【0042】
嗅覚受容体は、低級アルデヒドに対する応答性を失わない範囲内であれば、任意の態様で使用され得る。例えば、嗅覚受容体は、嗅覚受容体を天然に発現する細胞または組織およびこれらの培養物;嗅覚受容体を担持した嗅覚受容細胞の膜;嗅覚受容体を発現する遺伝子組換え細胞およびその培養物;嗅覚受容体が発現した遺伝子組換え細胞の膜;嗅覚受容体が発現した脂質二重膜等の態様での使用が想定され得る。また、嗅覚受容体として嗅粘液を有する組織(嗅上皮、嗅粘膜等)を用いてもよい。
【0043】
一実施形態において嗅覚受容体としては、嗅覚受容体を天然に発現する細胞、嗅覚受容体を発現する遺伝子組換え細胞およびこれらの培養物の使用が好ましい。
特に、嗅覚受容体を発現するヒト由来の遺伝子組換え細胞の使用が好ましい。ヒト由来の遺伝子組換え細胞は、例えば、嗅覚受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いてヒト培養細胞を形質転換することで調製できる。
形質転換に際しては、細胞膜における嗅覚受容体の発現の促進のために、嗅覚受容体をコードする遺伝子の使用に加えて、RTP(receptor-transporting protein)をコードする遺伝子の使用が好ましい。ヒトRTP1Sをコードする遺伝子を、嗅覚受容体をコードする遺伝子とともに細胞に導入できるからである。
RTP1Sの例としては、ヒトRTP1Sが挙げられる。ヒトRTP1Sは、GeneID:132112としてGenBankに登録されている。
【0044】
一実施形態においては、複数のウェルが形成された細胞培養プレートを使用してもよい。例えば、細胞培養プレートの複数のウェルのそれぞれに嗅覚受容体が発現した細胞、組織と試験物質とを分注して混合し、当該細胞培養プレートの周囲に低級アルデヒドを供給し、低級アルデヒドと嗅覚受容体を接触させる。
このようにあらかじめ試験物質を嗅覚受容体と混合しておけば、次いで、低級アルデヒドを接触させることで、各ウェル内の嗅覚受容体の悪臭に対する応答開始時を揃えることができる。そのため、事前に悪臭物質を各ウェル内の嗅覚受容体に一つずつ添加した後に嗅覚受容体の応答を測定する場合に生じるような、応答開始時の各ウェル間でのタイムラグが発生しにくい。
したがって、一実施形態によれば、より測定誤差の少ない嗅覚受容体の応答データを測定できる。複数のウェルが形成された細胞培養プレートを用いる場合、各ウェル内の嗅覚受容体は互いに同一でもよく、異なっていてもよい。
【0045】
一実施形態において、官能試験をさらに実施してもよい。例えば、アルデヒド臭の抑制剤としての有用性が期待された試験物質を、アルデヒド臭の抑制剤、アルデヒド臭の消臭剤の候補物質とし、候補物質のアルデヒド臭の抑制効果を官能試験により評価できる。官能試験でアルデヒド臭の抑制効果が認められた候補物質を、アルデヒド臭の抑制剤、アルデヒド臭の消臭剤として選択してもよい。
【0046】
官能試験は、消臭剤の通常の評価手順に準じて行われ得る。例えば、評価者は、候補物質の匂いと同時にアルデヒド臭を嗅ぎ、アルデヒド臭の強度を評価してもよく、候補物質の匂いと別々にアルデヒド臭を嗅ぎ、アルデヒド臭の強度を評価してもよい。
得られた評価結果は、アルデヒド臭の単独強度と比較される。官能試験の結果、アルデヒド臭の強度を低下させたと評価された候補物質は、アルデヒド臭の抑制剤としての有用性が期待できる。
【0047】
(用途)
一実施形態に係る探索方法においては、アルデヒド臭の抑制剤が取得される。取得したアルデヒド臭の抑制剤は、アルデヒド臭の消臭剤の有効成分として使用され得る。
消臭剤の具体的使用態様は特に限定されない。例えば、アルデヒド臭の抑制剤は、アルデヒド臭の抑制用の組成物、物品の有効成分として使用してもよく、アルデヒド臭の抑制用の組成物、物品の製造に使用できる。
一実施形態に係る探索方法は消臭剤の製造方法の用途にも好適に適用できる。
【0048】
消臭剤の使用例として例えば、人間および動物用のトイレまたは排泄物処理;医療施設、介護施設、介護施設の排泄物処理;紙おむつ、生理用品;自動車内、排気ガス、喫煙空間、介護空間の臭気処理、特に飲酒時の呼気、体臭、体液を対象とした臭気処理;肌着、下着、マスク、フェイスシールド、リネン類等の服飾類、布製品、織物;洗濯用洗剤、柔軟剤;香粧品、洗浄剤、デオドラント等の外用剤、医薬品;食品等;建材に由来する低級アルデヒド処理;アルデヒド臭が発生する製品の製造設備等が挙げられる。ただし、アルデヒド臭の抑制剤の適用はこれら例示には何ら限定されない。
【0049】
(作用効果)
以上説明した一実施形態に係る探索方法では、特定の嗅覚受容体と試験物質とを混合する。特定の嗅覚受容体はアルデヒド臭に特異的に応答するため、試験物質がアルデヒド臭の抑制剤として機能するか生化学的に試験できる。したがって、アルデヒド臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤を取得できる。
【0050】
また、アルデヒド臭の抑制剤は、特定の嗅覚受容体のアルデヒド臭に対する応答を抑制する。そのため、対象の空間において同程度の消臭効果を得るために必要な濃度は、従来の物理的消臭や化学的消臭の場合と比較して低く設定できる可能性が高い。そのためアルデヒド臭の抑制剤は、アルデヒド臭の消臭剤の有効成分として実用的である。
【0051】
一実施形態に係る探索方法によれば、アルデヒド臭の抑制剤、すなわち、嗅覚受容体のアンタゴニストを消臭剤の有効成分として使用できる。アンタゴニストはアルデヒド臭と拮抗して嗅覚受容体の応答および悪臭の知覚を阻害することから、従来の物理的消臭や化学的消臭のように事前に拡散した状態を維持する必要もなくなる。そのため、アンタゴニストのアルデヒド臭の抑制剤は、スプレー剤等の瞬間的な消臭用途にも好適である。
【実施例0052】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明する。ただし、本発明は以下の実施例の記載に限定されない。
【0053】
<ヒト嗅覚受容体発現細胞の調製>
(pCI-ヒト嗅覚受容体ベクター、pCI-ヒトRTP1Sベクター)
GenBankに登録されている配列情報を基に、表1、2に記載のヒト嗅覚受容体をコードする遺伝子をクローニングした。各遺伝子は、human genomic DNA Human mixed(G3041:Promega)を鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をpCIベクター(Invitrogen)に製品プロトコルにしたがって組み込んだ。具体的には、pCIベクター上に存在するNheI制限酵素サイト、BamHI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列が組み込み、その下流のMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトを利用してRhoタグ配列の下流に嗅覚受容体遺伝子を組み込んだ。次いで、ヒトRTP1Sをコードする遺伝子をpCIベクターのMluI制限酵素サイト、NotI制限酵素サイトへ組み込んだ。
【0054】
【0055】
【0056】
Hana3A細胞を50%コンフルエントになるように96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)で培養した。表3に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(コーニング、BioCoat)の各ウェルに50μLずつ添加した。37℃、5%CO2雰囲気保持したインキュベータ内で24時間培養し、表1、2に示したヒト嗅覚受容体392種のそれぞれを発現させたHana3A細胞を調製した。
【0057】
【0058】
<低級アルデヒド>
以下の低級アルデヒドを匂い物質として使用した。
・アセトアルデヒド
・プロパナール
・ブタナール
・ペンタナール
【0059】
<炭素数6以上のアルデヒド>
以下の炭素数6以上のアルデヒドを匂い物質として使用した。
・ヘキサナール
・ヘプタナール
・オクタナール
・ノナナール
・デカナール
・ウンデカナール
・ドデカナール
【0060】
<Glo Sensorアッセイ>
嗅覚受容体の応答の測定には、Glo Sensorアッセイを行った。Hana3A細胞に発現した嗅覚受容体は、細胞内在性のGαsおよびGαоlfと共役し、アデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子由来の発光値として測定し、嗅覚受容体の応答を測定した。
ルシフェラーゼの活性測定には、Glo Sensor cAMP Reagent(Promega)を用い、製品プロトコルにしたがって測定を行った。各種刺激条件について、ルシフェラーゼ由来の発光値を刺激直後から1分間毎に10回測定し、得られた曲線の面積値を応答値とした。刺激をしない条件においても同様の測定を行い、(刺激条件の発光値)-(刺激なしの発光値)を応答強度の測定値とした。
【0061】
<低級アルデヒドに応答する嗅覚受容体の探索>
(OR6B1の同定)
嗅覚受容体発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGlo Sensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を遮光環境で2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。最後に、匂い物資としてアセトアルデヒド水溶液を96ウェルプレートのウェル間の壁面を形成する壁部の上面に静置した後ウェルプレートの蓋を閉じ、アセトアルデヒドをウェルプレートの蓋の内側で揮発させることにより嗅覚受容体発現細胞と匂い物資を接触させた。その後、Glo Sensorアッセイを行い、悪臭分子に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定した。結果を
図1に示す。
【0062】
図1の縦軸は、各受容体発現細胞のアセトアルデヒドに対する相対応答強度を示す(
図1)。相対応答強度はアセトアルデヒドの非存在下での応答強度を1として算出した。同濃度のアセトアルデヒドおよび同時間の接触条件下での応答強度を1としている。
392種類の嗅覚受容体を発現させた各細胞について、アセトアルデヒドに対する応答を測定した。
【0063】
結果、アセトアルデヒドに対して最も高い応答性を示した嗅覚受容体としてOR6B1が同定された(
図1)。
また、図示は省略するが、本発明が別途行った実験の結果から、OR6B1のマウスホモログのOlfr449もアセトアルデヒドに対して強く応答することが分かった。
【0064】
(OR6B1の応答の低級アルデヒドに対する濃度依存性)
異なる濃度のアセトアルデヒドに対するOR6B1の応答強度を測定した。結果を
図2に示す。結果、OR6B1はアセトアルデヒドに濃度依存的な応答を示し、アセトアルデヒド受容体であることが確認された。
【0065】
(低級アルデヒドに対するOR6B1の応答確認)
低級アルデヒドとしてアセトアルデヒド、プロパナール、ブタナール、ペンタナールを使用し、OR6B1の応答を確認した。炭素数6以上のアルデヒドとしてヘキサナール、ヘプタナール、オクタナール、ノナナール、デカナール、ウンデカナール、ドデカナールを使用し、OR6B1の応答を確認した。低級アルデヒドおよび炭素数6以上のアルデヒドはいずれも気体状態でOR6B1に接触させ、その後、OR6B1の応答強度を測定した。
【0066】
応答強度の測定に際しては、OR6B1を発現させた細胞に各試薬の終濃度が100μMになるようにOR6B1と接触させて刺激した。GloMax Discover Microplate Reader(プロメガ社製品)を用いて1分間刻みで発光値を経時的に19回測定した。19回の合計の面積値から応答強度を算出した。結果を
図3に示す。
図3のControlは低級アルデヒド、炭素数6以上のアルデヒドによる刺激がないときのOR6B1の発光値を示す。このControlの発光値に対する相対強度を算出し、
図3に示した。
この結果から、OR6B1はこれらの低級アルデヒドに対しては応答を示す一方で、炭素数6以上のアルデヒドに対しては応答を示さず、低級アルデヒドに特異的に応答する受容体であることが確認された。
【0067】
<試験物質>
試験物質(Compounds)として105種の化合物を10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈し、終濃度が100μMになるよう調製した。
【0068】
<OR6B1のアンタゴニストの探索>
OR6B1発現細胞の培養物から培地を取り除き、10mMのHEPESを含むHBSS緩衝液で希釈したGloSensor cAMP Reagentを96ウェルプレートの各ウェルに25μLずつ添加した。細胞を2~3時間培養して細胞内にcAMP Reagentを導入した。その後、GloSensorアッセイを行い、試験物質を添加する前の嗅覚受容体の応答強度を測定した。次いで、96ウェルプレートの各ウェルに試験物質を終濃度が表4に示す各濃度となるように添加し、10分後にGloSensorアッセイを行い、試験物質に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定し、基準データを得た。
その後、悪臭分子としてアセトアルデヒドの1%水溶液を96ウェルプレートのウェル間の壁面を形成する壁部の上面に静置した後ウェルプレートの蓋を閉じ、アセトアルデヒドをウェルプレート内で揮発させることにより嗅覚受容体発現細胞と悪臭分子を接触させた。この状態でGloSensorアッセイを行い、悪臭分子に対する嗅覚受容体の応答強度(fold increase)を測定し、試験データを得た。
応答強度の測定結果を表4に示す。
【0069】
【0070】
表4に示すように、応答強度の測定の結果、アンタゴニストとして、サリチル酸エチル、エチレンブラシレート、フラクトン、アセチルセドレン、α-ダマスコン、β-イオノン、シトロネルニトリル、D-リモネン、メチルベンゾエートが同定された。これら9種類の化合物はOR6B1のアセトアルデヒドに対する応答を抑制したことから、OR6B1のアンタゴニストとして機能していると考えられる。また、これらの9種類の化合物はアルデヒド臭に対する消臭効果が充分に発揮されやすい抑制剤であると考えられる。
一方、エストラゴール、フェニルアセトアルデヒドジメチルアセタール、サリチル酸ヘキシルについては、OR6B1のアセトアルデヒドに対する応答抑制効果が確認されなかった。