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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023117828
(43)【公開日】2023-08-24
(54)【発明の名称】演算装置及び演算方法
(51)【国際特許分類】
   G06G 7/182 20060101AFI20230817BHJP
   H10N 50/10 20230101ALI20230817BHJP
   G06N 3/06 20060101ALI20230817BHJP
   G06G 7/60 20060101ALI20230817BHJP
【FI】
G06G7/182
H01L43/08 Z
H01L43/08 U
G06N3/06
G06G7/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022020595
(22)【出願日】2022-02-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2018年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/次世代コンピューティング技術の開発/未来共生社会にむけたニューロモルフィックダイナミクスのポテンシャルの解明」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(72)【発明者】
【氏名】山口 皓史
(72)【発明者】
【氏名】谷口 知大
(72)【発明者】
【氏名】常木 澄人
【テーマコード(参考)】
5F092
【Fターム(参考)】
5F092AB10
5F092AC12
5F092BB22
5F092BB23
5F092BB36
5F092BB42
5F092BC04
5F092BC14
5F092BC42
(57)【要約】
【課題】高い記憶容量を有する、物理リザバー演算技術を提供する。
【解決手段】演算装置は、入力信号に基づく第1電圧信号を生成する入力回路と、第1電圧信号に基づいて第2電圧信号を出力する磁気トンネル接合素子であって、磁化固定層、第1中間層、第1磁化自由層、第2中間層、及び第2磁化自由層を有し、磁化固定層、第1中間層、第1磁化自由層、第2中間層、及び第2磁化自由層がこの順に積層されて接合され、入力回路と電気的に接続された磁気トンネル接合素子と、磁気トンネル接合素子と電気的に接続され、第2電圧信号に基づく積和演算によって、入力信号に対応する情報を示すように生成された演算結果を示す出力信号を生成する出力回路と、を備える。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号に基づく第1電圧信号を生成する入力回路と、
前記第1電圧信号に基づいて第2電圧信号を出力する磁気トンネル接合素子であって、磁化固定層、第1中間層、第1磁化自由層、第2中間層、及び第2磁化自由層を有し、前記磁化固定層、前記第1中間層、前記第1磁化自由層、前記第2中間層、及び前記第2磁化自由層がこの順に積層されて接合され、前記入力回路と電気的に接続された磁気トンネル接合素子と、
前記磁気トンネル接合素子と電気的に接続され、前記第2電圧信号に基づく積和演算によって、前記入力信号に対応する情報を示すように生成された演算結果を示す出力信号を生成する出力回路と、を備える、
演算装置。
【請求項2】
請求項1に記載の演算装置であって、
前記第1磁化自由層と前記第2磁化自由層は、互いの磁化の強さが等しくなるように設けられる、演算装置。
【請求項3】
入力信号に基づく第1電圧信号を生成することと、
磁気トンネル接合素子に前記第1電圧信号を供給することと、
磁気トンネル接合素子が前記第1電圧信号に基づいて第2電圧信号を生成することと、
前記第2電圧信号に基づく積和演算によって、前記入力信号に対応する情報を示すように生成された出力信号を生成することと、を含み、
前記磁気トンネル接合素子は、磁化固定層、第1中間層、第1磁化自由層、第2中間層、及び第2磁化自由層を有し、前記磁化固定層、前記第1中間層、前記第1磁化自由層、前記第2中間層、及び前記第2磁化自由層がこの順に積層されて接合されて構成されている、演算方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、演算装置及び演算方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機械学習の手法の1つに、入力層、リザバー層、及び出力層を有するニューラルネットワークを用いたリザバーコンピューティングという手法がある。リザバー層は非線形な応答をするネットワーク回路である。
【0003】
リザバー層を、ソフトウェアによる動作ではなくハードウェアによって物理的に実装するためのデバイスが存在する。そのようなデバイスは、物理リザバーデバイスと呼ばれる。例えば、レーザ系やスピン系の物理リザバーデバイスにおける物理現象によってリザバー層を構築して行うリザバーコンピューティングは、物理リザバーコンピューティングと呼ばれる。
【0004】
物理リザバーコンピューティングに用いられるデバイスの1つに、磁気トンネル接合素子がある。磁気トンネル接合素子は、磁化の向きが固定された固定層(参照層)と磁化の向きを電気的に調整可能な自由層とが中間層(絶縁層)を挟むように形成される素子である。磁気トンネル接合素子に電流を供給することで、素子内の磁化の方向が変化するスピントルク効果によって、自由層の磁化を振動させることができる。磁化の振動は、磁気トンネル接合素子の電気抵抗が自由層の磁化の向きに依存する現象であるトンネル磁気抵抗効果に基づいて、磁気トンネル接合素子からの電気信号として検出される。磁気トンネル接合素子は、例えば、特許文献1に示されるようにメモリ素子として用いられることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-88669号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】S. Tsunegi et al.,""" Evaluation of memory capacity of spin torque oscillator for recurrent neural networks", Japanese Journal of Applied Physics, 2018, Vol.57, No.12, 120307
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
磁気トンネル接合素子を、時系列信号を処理する物理リザバーコンピューティングのためのデバイスとして使用する場合、デバイスの記憶容量が大きいことが望ましい。ここで、記憶容量とは、物理リザバーコンピューティングを行うデバイスが一度に処理できる時系列データのサイズを示す情報であり、例えば、当該デバイスが一度に処理できる時系列データのビット数の平均値である。
【0008】
特許文献1に記載の磁気トンネル接合素子は、固定層及び複数の自由層における磁化を、所定の電流等を印加した前後における抵抗状態が所定の数(例えば4つ)の状態となるように制御し、3値以上の複数ビットを読み出し可能となるようにするものである。特許文献1の磁気トンネル結合素子は、固定層及び各自由層における静的な磁化を読み出すことによって所定のビット値を取り得る記憶素子として機能する。このため、入力信号はメモリの書き込みのための所定の信号である必要がある。このように、入力信号の自由度が制限された状態で使用される磁気トンネル結合素子は、入力信号が多様である物理リザバーコンピューティングには適さない。
【0009】
本願の発明者らは、複数の自由層の間における相互作用による動的な磁化変動に着目し、磁気トンネル結合素子を、その記憶容量を向上させつつ物理リザバーコンピューティングに適用することが可能な装置及び方法を発明した。すなわち、本発明は、高い記憶容量を有する、物理リザバー演算装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様に係る演算装置は、入力信号に基づく第1電圧信号を生成する入力回路と、第1電圧信号に基づいて第2電圧信号を出力する磁気トンネル接合素子であって、磁化固定層、第1中間層、第1磁化自由層、第2中間層、及び第2磁化自由層を有し、磁化固定層、第1中間層、第1磁化自由層、第2中間層、及び第2磁化自由層がこの順に積層されて接合され、入力回路と電気的に接続された磁気トンネル接合素子と、磁気トンネル接合素子と電気的に接続され、第2電圧信号に基づく積和演算によって、入力信号に対応する情報を示すように生成された演算結果を示す出力信号を生成する出力回路と、を備える。
【0011】
上記態様の演算装置は、第1磁化自由層の磁化と第2磁化自由層の磁化とが相互作用を生じることで、1つの自由層を有する磁気トンネル接合素子と比較して、より複雑な磁化変動を生じ得る。よって、時系列信号に基づく第1電圧信号に応じて磁気トンネル接合素子において生じる磁化変動もより多くの状態を取り得る。
【0012】
1つの自由層を有する磁気トンネル接合素子の場合、当該磁気トンネル接合素子の自由層における磁化は、磁化固定層における磁化と、第1電圧信号に基づくスピントルク効果の影響を受けて変化する。一方、上記態様における磁気トンネル接合素子では、ある時刻における第1電圧信号による第1磁化自由層の磁化と第2磁化自由層の磁化との相互作用が、次の時刻における第1電圧信号による第1磁化自由層の磁化と第2磁化自由層の磁化とに影響を与えるようにできる。これにより、より長い時間範囲における第1電圧信号の変化を反映した出力信号が出力回路から出力される。つまり、デバイスが一度に処理できる時系列データのサイズが増加するので、上記態様の演算装置が高い記憶容量を有するようにできる。
【0013】
上記態様において、第1磁化自由層と第2磁化自由層は、互いの磁化の強さが等しくなるように設けられてもよい。これにより、演算装置がより高い記憶容量を有するようにできる。
【0014】
本発明の他の態様に係る演算方法は、入力信号に基づく第1電圧信号を生成することと、磁気トンネル接合素子に第1電圧信号を供給することと、磁気トンネル接合素子が第1電圧信号に基づいて第2電圧信号を生成することと、第2電圧信号に基づく積和演算によって、入力信号に対応する情報を示すように生成された出力信号を生成することと、を含み、磁気トンネル接合素子は、磁化固定層、第1中間層、第1磁化自由層、第2中間層、及び第2磁化自由層を有し、磁化固定層、第1中間層、第1磁化自由層、第2中間層、及び第2磁化自由層がこの順に積層されて接合されて構成されている。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高い記憶容量を有する、物理リザバー演算装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本実施形態に係る演算装置のブロック図である。
図2】本実施形態に係る積和演算を説明する図である。
図3】本実施形態に係る磁気トンネル接合素子を具体的に示す図である。
図4】本実施形態に係る演算装置における記憶容量を示す図である。
図5】参照例に係る磁気トンネル接合素子を具体的に示す図である。
図6】参照例に係る演算装置における記憶容量を示す図である。
図7】本実施形態に係る演算装置における記憶容量を示す図である。
図8】本実施形態に係る演算装置における記憶容量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、各図において、同一の符号を付したものは、同一又は同様の構成を有する。
【0018】
図1には、本実施形態に係る演算装置10のブロック図が示される。演算装置10は、磁気トンネル接合素子101、入力回路102、及び出力回路103を有する。磁気トンネル接合素子101は、少なくとも1つの磁化固定層(固定層)と、2以上の磁化自由層(自由層)と、固定層と自由層との間に設けられる絶縁層(中間層)が積層されて形成される。磁気トンネル接合素子101の構造については後述する。
【0019】
入力回路102は、磁気トンネル接合素子101と電気的に接続される回路である。入力回路102には入力信号として、例えば時系列信号が電気信号として入力される。入力回路102は、時系列信号に基づく第1電圧信号を磁気トンネル接合素子101に出力する。時系列信号は、例えば人間の声などに基づくアナログ信号である。例えば、人間が発する単語は、複数の音韻が所定の順序で発音されることにより、ひとまとまりの単語として認識される。例えば、「one」という単語は、2つの音韻が、時系列に沿って発音されることでひとまとまりの「one」という単語として認識される。この場合、各音韻に対応する音声信号は時間軸に沿った所定の順序で入力又は出力される。本実施形態では、このように時間軸に沿って強度が変動する信号を時系列信号とよぶ。
【0020】
入力回路102は、時系列信号がアナログ信号である場合、時系列信号をトランスデューサーによってアナログ電圧信号に変換する処理を行い、入力回路102に設けられるアナログ回路によって変換後の信号を処理する。アナログ回路は、例えば、アナログ電圧信号の増幅処理や、ローパスフィルターやハイパスフィルターによるアナログ電圧信号のフィルタ処理を行う。アナログ回路によって処理されたアナログ電圧信号は、第1電圧信号として出力される。
【0021】
また、アナログ回路によって処理されたアナログ電圧信号には、デジタル信号処理が加えられてもよい。この場合、処理されたアナログ電圧信号は入力回路102に設けられるアナログ/デジタルコンバータによってデジタル信号に変換される。変換されたデジタル信号は、入力回路102に設けられるデジタル回路によって、例えば、アナログ回路だけでは処理が困難な信号処理がされるようにできる。デジタル信号処理は、例えば、フーリエ変換やデジタルフィルタによる処理等である。デジタル信号の処理がされた後、デジタル信号は入力回路102のデジタル/アナログコンバータによってアナログ信号に変換される。変換されたアナログ信号は、入力回路102のアナログ回路で信号の強度等が調整され、第1電圧信号として出力される。
【0022】
入力回路102は、時系列信号がデジタル信号である場合、時系列信号を入力回路102に設けられるデジタル回路によって処理する。デジタル回路は例えば、フィルタ処理を行うデジタルフィルタなどである。処理されたデジタル信号は、入力回路102のデジタル/アナログコンバータによってアナログ電圧信号に変換される。変換されたアナログ電圧信号は、入力回路102のアナログ回路によって処理される。アナログ回路は、例えば、アナログ電圧信号の増幅処理や、ローパスフィルターやハイパスフィルターによるアナログ電圧信号のフィルタ処理を行う。アナログ回路によって処理されたアナログ電圧信号は、第1電圧信号として出力される。
【0023】
入力回路102は、上述のとおり、アナログ信号である時系列信号とデジタル信号である時系列信号のいずれをも処理できる。入力回路102には、トランスデューサー、デジタル/アナログコンバータ、アナログ回路、及びデジタル回路が、処理対象の時系列信号に応じて、適宜選択されて設けられる。
【0024】
出力回路103は、磁気トンネル接合素子101と電気的に接続される回路である。出力回路103には、磁気トンネル接合素子101の磁化の状態に基づくトンネル磁気抵抗効果に起因する電気信号が第2電圧信号として入力される。
【0025】
出力回路103は、アナログ信号である第2電圧信号を、出力回路103に設けられるアナログ回路によって処理する。アナログ回路は、例えば、第2電圧信号の増幅処理や、ローパスフィルターやハイパスフィルターによる第2電圧信号のフィルタ処理を行う。アナログ回路によって処理された第2電圧信号であるアナログ中間信号は、積和演算器1031によって、積和演算の処理がされる。積和演算された信号は、アナログの出力信号として出力される。
【0026】
アナログ中間信号に対する積和演算は、アナログ中間信号の電圧値に所定の重みを乗じた値を合計し、当該時間範囲における信号値を算出することで行われる。積和演算器1031は、積和演算後の信号を出力信号として出力する。具体的には、図2(a)に示される、所定の時間範囲T1におけるアナログ中間信号をサンプリングし、それぞれの信号値に対して重みw1,w2,w3を乗算し、その合計を、図2(b)に示されるように、時間範囲T1における出力信号とする。また、時間範囲T2における重みは、時間範囲T1における重みと同じである。また、時間範囲T1と時間範囲T2の時間幅は同じである。出力信号は、アナログ中間信号の値と重みによって、入力信号に対応する情報を示す信号として算出される。なお、重みは、ある入力信号に対して予め関連付けられた出力信号が出力されるように、設定(学習)されている。
【0027】
また、アナログ回路によって処理されたアナログ中間信号には、デジタル信号処理が加えられてもよい。この場合、積和演算器1031は、デジタル積和演算を行う。アナログ積和演算とデジタル積和演算との相違は、演算の元となる信号がアナログ信号であるかデジタル信号であるかの違いであり、実質的な処理は共通する。
【0028】
デジタル信号処理を加える場合、アナログ中間信号は出力回路103のアナログ/デジタルコンバータによってデジタル中間信号に変換される。デジタル中間信号は、出力回路103に設けられるデジタル回路によって、アナログ回路だけでは処理が困難な処理がされるようにできる。デジタル信号処理は例えば、フーリエ変換やデジタルフィルタによる処理などである。処理されたデジタル中間信号は、積和演算器1031によって、積和演算の処理がされる。積和演算された信号は、デジタルの出力信号として出力される。
【0029】
また、積和演算されたデジタル信号には、出力信号として出力される前に以下のアナログ信号処理が加えられてもよい。積和演算されたデジタル信号は、出力回路103のデジタル/アナログコンバータによってアナログ電圧信号に変換される。変換されたアナログ電圧信号はアナログ回路によって処理される。アナログ回路は、例えば、アナログ電圧信号の増幅処理や、ローパスフィルターやハイパスフィルターによるアナログ電圧信号のフィルタ処理を行う。アナログ回路で処理されたアナログ信号が出力信号として出力される。
【0030】
出力回路103は、磁気トンネル接合素子101からの第2電圧信号を、アナログ回路又はデジタル回路のいずれを用いても処理できる。出力回路103には、アナログ回路とデジタル回路が第2電圧信号に対する処理に応じて、適宜選択されて設けられる。
【0031】
図3を参照して、磁気トンネル接合素子101の構造について説明する。磁気トンネル接合素子101は、固定層201、自由層2021,2022、及び中間層2031,2032を有する。
【0032】
固定層201は、3次元ベクトルで表される磁化M0の向きが固定された材料である。固定層201は、例えば、CoFe合金、CoFeB合金等の磁性体材料によって形成される。
【0033】
自由層2021,2022は、スピントルク効果に応じて、磁化M1,M2の方向が変化する材料である。自由層2021,2022は、例えば、FeB合金、NiFe合金等の磁性体材料によって形成される。自由層2021,2022の材料は、それぞれ共通の材料であってもよく、互いに異なる材料であってもよい。
【0034】
中間層2031は固定層201および自由層2021に挟まれるように設けられる酸化物の絶縁体材料である。中間層2031は、例えば、MgO(酸化マグネシウム)によって形成される。
【0035】
磁気トンネル接合素子101は固定層201の磁化M0の向きと自由層2021の磁化M1の向きとの相対角度(第1相対角度)、及び自由層2021の磁化M1の向きと自由層2022の磁化M2の向きとの相対角度(第2相対角度)に依存した電気信号を出力する。
【0036】
中間層2032は自由層2021および自由層2022に挟まれるように設けられる非磁性材料である。中間層2032は、例えば、Cu、Ti、Agの金属材料によって形成される。中間層2032を金属材料によって形成する場合、自由層2021と自由層2022との相互作用に基づくトンネル磁気抵抗効果が、磁気トンネル接合素子101から出力される信号に与える影響は小さくなる。つまり、磁気トンネル接合素子101が出力する電気信号に対する第2相対角度による影響は、第1相対角度による影響よりも十分小さくなる。よって、この場合、磁気トンネル接合素子101は、第1相対角度に大きく依存した電気信号を出力することとなる。
【0037】
中間層2032は例えばMgO(酸化マグネシウム)などの絶縁体材料でもよい。中間層2032を絶縁体材料によって形成する場合、自由層2021と自由層2022との相互作用に基づくトンネル磁気抵抗効果が、磁気トンネル接合素子101から出力される信号に与える影響は大きくなる。つまり、第2相対角度は、磁気トンネル接合素子101が出力する電気信号に対して、第1相対角度とともに十分に影響する。この場合、磁気トンネル接合素子101は固定層201の磁化M0の向きと自由層2021の磁化M1の向きとの相対角度、及び自由層2021の磁化M1の向きと自由層2022の磁化M2の向きとの相対角度に依存した電気信号を出力することができる。
【0038】
磁気トンネル接合素子101は、固定層201、中間層2031、自由層2021、中間層2032、及び自由層2022がこの順に積層されて形成される。なお、図3では、自由層として、自由層2021,2022を示しているが、自由層の層数はこれより多くてもよい。この場合、各自由層の間には中間層が設けられる。また、磁気トンネル接合素子101の各層の形状は円柱状に限定されない。
【0039】
磁気トンネル接合素子101には、所定の外部装置により磁場が印加されてもよい。この磁場は、磁気トンネル接合素子101における磁化の運動を補助するために印加される。磁気トンネル接合素子101が磁化の運動の補助となる磁場を要しない場合には、磁場は印加されなくともよい。
【0040】
自由層2021の磁化M1は、固定層201の磁化M0と自由層2022の磁化M2による磁化の影響を受ける。より具体的には、磁化M1は、固定層201を流れる電流及び自由層2022を流れる電流に基づくスピントルク効果に影響を受ける。さらに、自由層2021の磁化M1は、自由層2022の磁化M2が自由層2022の外部に形成する漏れ磁界の影響を受ける。自由層2022の磁化M2は、自由層2021の磁化M1の影響を受ける。より具体的には、自由層2021を流れる電流に基づくスピントルク効果によって生成される磁化M1の影響を受ける。さらに、自由層2022の磁化M2は、自由層2022の磁化M1が自由層2021の外部に形成する漏れ磁界の影響を受ける。つまり、自由層2021の磁化M1と自由層2022の磁化M2とは磁気的に相互作用する。これにより、磁気トンネル接合素子101全体におけるトンネル磁気抵抗効果に基づく第2電圧信号が複雑に変化する。
【0041】
図4は、磁気トンネル接合素子101の記憶容量を示すシミュレーション結果である。本シミュレーションでは、自由層2021,2022の積層方向における厚さを2nm,半径50nmの円柱状の形状としてシミュレーションを行った。また、中間層2031,2032の厚みは3nmである。また、自由層2021,2022の磁化の強さは、いずれも、1300emu/cm3である。なお、固定層201、自由層2021,2022、中間層2031,2032のパラメータは、それぞれ別個に設定されてもよい。
【0042】
図4のグラフは横軸に電流密度、縦軸にパルス幅を有し、座標平面上の各位置における記憶容量がプロットされたグラフである。電流密度とは、磁気トンネル接合素子101にスピントルク効果による磁化の運動を誘起するために供給される電流の電流密度である。パルス幅とは、時系列信号における1つのデータ点に対応する第1入力信号を、どれだけの時間にわたって磁気トンネル接合素子101に供給するかを示す時間幅である。パルス幅は、時系列信号の種類に応じて変動し得るパラメータである。
【0043】
記憶容量について説明する。演算装置10では、所定の時系列信号に対して所定の出力信号が対応付けられた教師データを用いて、積和演算器1031における重みが学習される。つまり、所定の時系列信号に対して所定の出力信号が出力されるように、積和演算器1031における重みが設定される。記憶容量を評価する際の学習は、ある時刻における出力信号が、その時刻より過去の時刻に入力された時系列信号を推定するように行われる。学習は、過去の時刻に対応づけられた複数の重みを有する重みのセットを生成するように行われる。
【0044】
例えば、時系列信号がデジタル信号「10100」であるとする。この場合、演算装置10には時系列信号が、上記信号列の左から「1(1)」、「0(2)」、「1(3)」、「0(4)」、「0(5)」の順番で入力されるとする。かっこ内の数字は入力順を示している。ある重みの学習は「1(3)」、「0(4)」、「0(5)」の入力があった場合に、出力信号がこれらの1つ前のタイミングで入力された「0(2)」、「1(3)」、「0(4)」となるように行われる。また、ある重みの学習は、「1(3)」、「0(4)」、「0(5)」の入力があった場合に、出力信号がこれらの2つ前のタイミングで入力された「1(1)」、「0(2)」、「1(3)」となるように行われる。このように、重みは、ある時系列信号に対して、推定したい過去の入力の個数だけ学習する。
【0045】
記憶容量は、学習済みの演算装置10に対して、学習に用いた時系列信号とは異なる時系列信号を入力した場合の、時系列信号と出力信号との相関に基づいて算出される。記憶容量は第2電圧信号と重みの積によって推定できる過去の時系列信号の平均的な個数に相当する。記憶容量が大きいということは、第2電圧信号がより長い時間にわたって時系列信号を反映した変化をすることを示す。第2電圧信号がより長い時間にわたって時系列信号を反映した変化をすることは、第2電圧信号と重みの積から時系列信号をより多く推定できるということを意味する。記憶容量は、例えば、非特許文献1に示される手法によって評価される。
【0046】
図4では、磁気トンネル接合素子101において、パルス幅が1.4ns、電流密度が1.20×108A/cm2の場合に、記憶容量が最大値6.2をとることが示される。
【0047】
磁気トンネル接合素子101における記憶容量について、図4から図8を参照して説明する。図5は、参照例に係る演算装置10Xの模式図である。演算装置10Xは、本願発明の磁気トンネル接合素子101に代えて、磁気トンネル接合素子101Xを有する点で演算装置10と異なる。磁気トンネル接合素子101Xは、固定層201、中間層2031、及び自由層2021がこの順に接合された素子である。固定層201は固定された磁化MX0を有し、自由層2021は変動し得る磁化MX1を有する。磁化MX1は、本実施形態に係る磁化M1とは異なり、他の自由層の影響を受けない。
【0048】
図6は、参照例に係る演算装置10Xについて同様に記憶容量のシミュレーションを行った結果である。図6では、パルス幅が1.5ns、電流密度が-1.85×108A/cm2の場合に、記憶容量が最大値4.8をとることが示される。
【0049】
図4図6を比較すると、本実施形態に係る演算装置10はより大きい記憶容量を有することがわかる。また、図4では、横軸に沿った方向において、高い記憶容量を有する領域(黒に近い領域)が図6の場合より多く、これは、より多様な電流密度において、記憶容量を向上し得ることを示している。また、縦軸に沿った方向において、高い記憶容量を有する領域(黒に近い領域)が図6の場合より多く、これは、より多様なパルス幅において、記憶容量を向上し得ることを示している。特に、比較的短いパルス幅の場合に記憶容量を大きくすることができる点は、信号の高密度化を可能とし、高速な処理につながる。演算装置10は、時系列信号に応じて電流密度やパルス幅の調整を行いつつ、高い記憶容量を有した物理リザバーコンピューティングを可能とする。
【0050】
次に、図7を参照して自由層2021の磁化の強さを変化させた場合の記憶容量の変化について説明する。図7に示されるシミュレーションでは、自由層2021,2022の積層方向における厚さを2nm,半径50nmの円柱状の形状として記憶容量のシミュレーションを行った。中間層2031,2032の厚みは3nmである。自由層2022の磁化の強さは、1300emu/cm3である。シミュレーションでは、自由層2021の磁化の強さを、およそ600emu/cm3からおよそ2400emu/cm3にわたって変化させた。電流のパルス幅は1nsである。
【0051】
図7のグラフは横軸に電流密度、縦軸に自由層2021の磁化の強さを有し、座標平面上の各位置における記憶容量がプロットされたグラフである。図7では自由層2021の磁化の強さが、自由層2022の磁化の強さである1300emu/cm3に近い範囲にあるとき、記憶容量が高くなっていることが示される。
【0052】
図8は、図7の場合とは逆に、自由層2021の磁化の強さを1300emu/cm3とし、自由層2022の磁化の強さを、およそ600emu/cm3からおよそ2400emu/cm3にわたって変化させた場合のシミュレーション結果である。図8においても同様に、自由層2022の磁化の強さが、自由層2021の磁化の強さである1300emu/cm3に近い範囲にあるとき、記憶容量が高くなっていることが示される。
【0053】
図7図8のシミュレーション結果から示されるように、自由層2021と自由層2022の磁化の強さが近い値の場合に記憶容量が高くなる。各自由層の磁化の強さを近くするには、例えば、自由層2021,2022を共通の磁性体材料によって形成すればよい。つまり、自由層2021,2022に共通の磁性体材料を用いることは、磁気トンネル接合素子101の記憶容量を高くする。
【0054】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。実施形態が備える各要素並びにその配置、材料、条件、形状及びサイズ等は、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。
【符号の説明】
【0055】
10…演算装置、101…磁気トンネル接合素子、102…入力回路、103…出力回路、201…固定層、2021,2022…自由層、2031,2032…中間層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8