(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023118627
(43)【公開日】2023-08-25
(54)【発明の名称】α化澱粉の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08B 30/02 20060101AFI20230818BHJP
【FI】
C08B30/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022021682
(22)【出願日】2022-02-15
(71)【出願人】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(71)【出願人】
【識別番号】302042678
【氏名又は名称】株式会社J-オイルミルズ
(74)【代理人】
【識別番号】110001999
【氏名又は名称】弁理士法人はなぶさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】西岡 昭博
(72)【発明者】
【氏名】香田 智則
(72)【発明者】
【氏名】橋本 渉
(72)【発明者】
【氏名】橋本 和紀
(72)【発明者】
【氏名】後藤 勝
【テーマコード(参考)】
4C090
【Fターム(参考)】
4C090AA04
4C090BA13
4C090BB32
4C090BD31
4C090CA01
(57)【要約】
【課題】
澱粉を原料としたα化澱粉の製造方法の提供。
【解決手段】
澱粉を、5℃以上160℃以下の温度でかつ下記式を満たす条件で、せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造方法。
W<0.00012Q-25
20×104<Q
-25<W≦80
[式中、
Wは[{粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)-粉砕直後の澱粉の含水率(質量%)}/粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)×100]で表される水分減少率(%)を表し、
Q=〔せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造における原料澱粉の滞留時間(秒)〕×〔最大せん断速度(1/秒)〕]
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
澱粉を、5℃以上160℃以下の温度でかつ下記式を満たす条件で、せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造方法。
W<0.00012Q-25
20×104<Q
-25<W≦80
[式中、
Wは〔{粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)-粉砕直後の澱粉の含水率(質量%)}/粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)×100〕で表される水分減少率(%)を表し、
Q=〔せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造における原料澱粉の滞留時間(秒)〕×〔最大せん断速度(1/秒)〕]。
【請求項2】
BAP法により測定されるα化澱粉のα化度が80%以上である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記Qが50×104以上3000×104以下である、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記水分減少率Wが0%以上80%以下である、請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記温度が10℃以上120℃以下である、請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記澱粉がアルカリ洗浄された澱粉である、請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記せん断粉砕工程が臼式粉砕機を用いて為される、請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はα化澱粉の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に澱粉は、加水加熱により糊化(α化)することによって、澱粉粒が膨潤して水和する。澱粉のα化状態を保持したまま乾燥させて得られるα化澱粉は、冷水でも水和しやすいという性質を有する。そのため、α化澱粉は、加熱しないで保水性、増粘性、結着性、保形性などの物性を示すので、工業的には加熱工程を省略できる利点があり、また加熱できないプロセスでも澱粉特性を付与できるため、工業用途では増粘剤や接着剤として、食品用途では増粘剤や保水材などの品質向上剤のほかにインスタント食品やベビーフードなど幅広く利用されている。
【0003】
従来のα化澱粉は、原料澱粉を水に懸濁して加熱・糊化させた後、ドラムドライヤ―などの乾燥機により脱水乾燥させて製造する。この場合、α化澱粉は粘度が高く高濃度では製造できず非常に効率が悪い。また多量の水を蒸発乾燥させるには多量の電気や蒸気を消費するため加工コストが高く環境負荷も高い。また、懸濁、糊化、乾燥、整粒、調湿と工程が長く、既存設備に導入することが容易ではない。
一方で、臼式粉砕機に原料穀粒を投入し、原料穀粒を80℃以上、特に100~200℃の温度に加熱しながらせん断条件下にて粉砕して、α化澱粉を製造する方法が提案されている(特許文献1ないし特許文献3)。
また、せん断・加熱粉砕機を用いたタピオカ澱粉のアモルファス化についての研究が報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2018-038368号公報
【特許文献2】特開2007-075104号公報
【特許文献3】特開2010-215861号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Starch,2021,Vol 74,Issue 1-2,p.2100159
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、澱粉は、粒径が数μmないし数十μmと微小であるので、穀粒に比べてせん断条件下で粉砕しにくい。ゆえに特許文献1ないし特許文献3で提案された方法を澱粉に適用しても、該方法により得られるα化澱粉粉中の澱粉と同等のα化度(α化の程度)の澱粉を得るのは困難であった。しかも特許文献1ないし特許文献3で提案された方法は穀粒を粉末化及びα化して、α化澱粉を含むα化澱粉粉を製造する方法であり、特許文献1ないし特許文献3はそもそも澱粉からα化澱粉を製造する方法を提案するものではない。
また、非特許文献1には、せん断・加熱粉砕機を用いてタピオカ澱粉をアモルファス化できることが記載されているのみであり、最大せん断速度と、せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造における原料澱粉の滞留時間との積であるQと、原料澱粉の水分減少率と、澱粉のα化度との関係については記載も示唆もされていない。
【0007】
本発明の目的は、澱粉を原料としたα化澱粉の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく、澱粉からα化澱粉を製造するのに必要な条件を見出すために実験と研究を重ねた結果、所定の粉砕温度下、上記Qと原料澱粉の水分減少率とが、澱粉のα化度に大きく影響することを知見し、本発明を完成した。
また、原料澱粉として、アルカリ処理された澱粉を用いることにより、未処理の澱粉に比べて、α化度が高い、及び/又は、水と混合した際、透明性が高い懸濁液が作製できるα化澱粉が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、澱粉を、5℃以上160℃以下の温度でかつ下記式を満たす条件で、せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造方法に関する。
W<0.00012Q-25
20×104<Q
-25<W≦80
[式中、
Wは〔{粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)-粉砕直後の澱粉の含水率(質量%)}/粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)×100〕で表される水分減少率(%)を表し、
Q=〔せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造における原料澱粉の滞留時間(秒)〕×〔最大せん断速度(1/秒)〕]
【0010】
BAP法により測定されるα化澱粉のα化度は80%以上であることが好ましい。
【0011】
前記Qは50×104以上3000×104以下であることが好ましい。
【0012】
前記水分減少率Wは0%以上80%以下であることが好ましい。
【0013】
前記温度は10℃以上120℃以下であることが好ましい。
【0014】
前記澱粉はアルカリ洗浄された澱粉であることが好ましい。
【0015】
前記せん断粉砕工程は臼式粉砕機を用いて為されることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、加水することなく、澱粉からα化澱粉を製造できる方法を提供することができる。
また、本発明によれば、80%以上という高いα化度を有し、及び/又は、水と混合した際、透明性が高い懸濁液が作製できるα化澱粉を提供することができる。
さらに、本発明によれば、原料澱粉としてアルカリ洗浄された澱粉を用いることにより、未処理の澱粉に比べて、α化度が高い、及び/又は、水と混合した際、透明性が高い懸濁液が作製できるα化澱粉を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は本発明の方法を実施するための装置構成の一例を示す概略図である[(a)側面図、(b)上面図]。
【
図3】
図3はQと水分減少率Wと澱粉のα化度との関係を示すグラフである(グラフ中の%の数値はα化度を表す。)。
【
図4】
図4は実施例、比較例及び参考例で得られたα化澱粉のα化度と結晶化度との関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、澱粉を、5℃以上160℃以下の温度でかつ下記式を満たす条件で、せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造方法に関する。
W<0.00012Q-25
20×104<Q
-25<W≦80
[式中、
Wは〔{粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)-粉砕直後の澱粉の含水率(質量%)}/粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)×100〕で表される水分減少率(%)を表し、
Q=〔せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造における原料澱粉の滞留時間(秒)〕×〔最大せん断速度(1/秒)〕]
【0019】
本発明に用いる澱粉としては特に限定されず、馬鈴薯澱粉、えんどう豆澱粉や緑豆澱粉等の豆澱粉、ワキシーコーンスターチ、ハイアミロースコーンスターチ、コーンスターチ、タピオカ澱粉、甘藷澱粉、米澱粉、サゴヤシ澱粉、小麦澱粉、ハイアミロース小麦澱粉及びこれらの澱粉を化学的、物理的または酵素的に加工した加工澱粉などが挙げられ、馬鈴薯澱粉、えんどう豆澱粉、ワキシーコーンスターチ及びタピオカ澱粉が好ましく、馬鈴薯澱粉がより好ましい。澱粉は1種単独で又は2種以上を併用してもよい。
本発明に用いる澱粉の粒径は特に限定されず、例えば、馬鈴薯澱粉の粒径は、例えば、5μm以上100μm以下であり、えんどう豆澱粉の粒径は、例えば、5μm以上75μm以下であり、ワキシーコーンスターチの粒径は、例えば、3μm以上30μm以下であり、タピオカ澱粉の粒径は、例えば、5μm以上35μm以下である。
なお、澱粉の粒径は、レーザ回折散乱式粒子径分布測定装置により測定される値である。
【0020】
また、本発明に用いる澱粉は、水洗などの処理が為されていても若しくは為されていていなくてもよく、又は、アルカリ洗浄されていてもよい。得られるα化澱粉のα化度をより高めることができ、及び/又は水と混合した際、透明性がより高い懸濁液が作製できるα化澱粉が得られる観点から、本発明に用いる澱粉はアルカリ洗浄された澱粉であることが好ましい。
【0021】
アルカリ洗浄する方法は特に限定されず、澱粉を水に分散させて、スラリー(懸濁液)を作製する工程、該スラリーとアルカリ水溶液とを混合して、アルカリ洗浄する工程、アルカリ洗浄されたスラリーを洗浄する工程、及び洗浄した澱粉を乾燥する工程を含む方法などが挙げられる。
アルカリ洗浄工程において、アルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液などが挙げられる。また、アルカリ水溶液のpHは、例えば、7.0超14.0以下であり、7.5以上13.0以下であることが好ましく、7.5以上12.0以下であることがさらに好ましい。さらに、スラリーとアルカリ水溶液との混合時間は、例えば、10分以上180分以下であり、30分以上90分以下であることが好ましい。
洗浄工程において、洗浄方法としては、アルカリ洗浄された澱粉のスラリーを濾過し、濾紙上の固形物を洗浄した水がpH7.0になるまで、該固形物を水で洗浄する方法や、アルカリ洗浄された澱粉のスラリーを塩酸や硫酸などの酸を用いて中和した後、中和した澱粉のスラリーを濾過して、濾紙上の固形物を水で洗浄する方法などが挙げられる。
【0022】
本発明において、せん断粉砕するとは、単に圧縮して粉砕するというものではなく、物体にせん断力を与えて粉砕すること、言い換えると、物体内部のある面に沿って、物体の両側部分を互いにずれさせるような作用により粉砕することをいう。せん断粉砕はせん断
粉砕機などを用いて実施することができ、せん断粉砕機としては、臼型粉砕機、ロールクラッシャー、カッターミル、らいかい機、リングミル、エクストルーダー、ローラーミル、ボールミル、回転ミル、振動ミル、遊星ミル、アトライター、ビーズミルなどが挙げられ、好ましくは臼型粉砕機である。
【0023】
本発明において、澱粉のせん断粉砕は、5℃以上160℃以下の温度で、好ましくは10℃以上120℃以下の温度で、より好ましくは10℃以上80℃未満の温度で、さらに好ましくは10℃以上40℃以下の温度で実施される。本発明は、80℃以上という高温だけでなく、80℃未満という低温、特に40以下という低温でも、α化澱粉を製造することができる。
【0024】
また、本発明において、澱粉のせん断粉砕は、水分減少率WとQとが下記式を満たす条件で実施される。
W<0.00012Q-25
20×104<Q
-25<W≦80
【0025】
本発明において、Qは〔せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造における原料澱粉の滞留時間(秒)〕×〔最大せん断速度(1/秒)〕と定義されるものである。
また、滞留時間(秒)は1/せん断粉砕工程を経て製造されるα化澱粉の生産量と定義されるものである。
さらに、最大せん断速度(1/秒)は、せん断粉砕機(臼型粉砕機や2軸混錬粉砕機など)の相対的に移動する2部材間のギャップが最も小さい箇所のせん断速度であり、周速度(mm/秒)/ギャップ(mm)と定義されるものである。
なお、ギャップが0mmであっても、原料澱粉が2部材間を通過して、せん断粉砕される場合、便宜上、ギャップを1μmとして、最大せん断速度(1/秒)を計算するものとする。
Qは20×104超であり、50×104以上3000×104以下であることが好ましく、50×104以上2000×104以下であることがより好ましく、70×104以上1500×104以下であることがさらに好ましく、70×104以上1000×104以下であることが特に好ましい。
【0026】
本発明において、水分減少率W(%)は〔{粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)-粉砕直後の澱粉の含水率(質量%)}/粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)×100〕で定義されるものである。
水分減少率Wは-25%超80%以下であり、0%以上80%以下であることが好ましく、5%以上75%以下であることがより好ましく、45%以上75%以下であることがさらに好ましい。
粉砕直前の澱粉の含水率は、例えば、5.00質量%以上20.00質量%以下であり、6.50質量%以上18.50質量%以下であることが好ましく、8.00質量%以上17.00質量%以下であることがより好ましい。
粉砕直後の澱粉の含水率は、例えば、4.00質量%以上14.00質量%以下であり、3.50質量%以上13.50質量%以下であることが好ましく、3.00質量%以上13.00質量%以下であることがより好ましい。
なお、粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)及び粉砕直後の澱粉の含水率(質量%)はそれぞれ加熱乾燥式水分計(株式会社エー・アンド・デイ製MX-50)により測定される値である。
【0027】
本発明の製造方法により得られるα化澱粉は、β-アミラーゼ・プルラナーゼ(BAP)法により測定されるα化度が80%以上であることが好ましく、85%以上であること
がより好ましく、90%以上であることがさらに好ましく、95%以上であることが特に好ましい。
【0028】
本発明の製造方法により得られるα化澱粉は、純水と混合した際、1%懸濁液の吸光度(720nm)が、未処理澱粉の前記吸光度(720nm)に比べて低下した率(濁度低下率)が、例えば35%以上100%以下であり、40%以上100%以下であることが好ましい。濁度低下率が高い方が、懸濁液の透明性は高くなるので、本発明において、濁度低下率が40%以上の懸濁液を透明性の高い懸濁液とする。
なお、1%懸濁液の吸光度(720nm)は、実施例に記載の測定方法により得ることができる。また、濁度低下率は下記式より計算できる。
濁度低下率(%)=〔{未処理澱粉の1%懸濁液の吸光度(720nm)}-{サンプルの1%懸濁液の吸光度(720nm)}〕/{未処理澱粉の1%懸濁液の吸光度(720nm)}×100
【0029】
次に本発明の製造方法の実施について説明する。
本発明の製造方法を実施する際、澱粉にせん断力を与えて粉砕する装置、例えば、
図1に示すような構成の臼型粉砕機、相対的に回転する2つのローラの間の微小ギャップに原料澱粉を通過させる間にせん断粉砕する構成の装置、小径の円筒形又は円柱形部材と大径の円筒形部材とを同心に配置させて相対回転させ、小径部材の外側と大径部材の内側との間の微小ギャップに原料澱粉を通過させる間にせん断粉砕する構成の装置などを用いることができる。
【0030】
以下、装置の一例として、
図1に示すような構成の臼型粉砕機を説明する。
臼型粉砕機10は、固定設置される上臼11と、この上臼11との間に所定のギャップ13を介して回転可能に設けられる下臼12とを有する。上臼11は中心に原料澱粉を投入する原料投入口14を有してリング状に形成されている。原料投入口14は、上臼11の底面においてギャップ13に通じている。下臼12は上臼11と略同一外径を有する円盤形状に形成されている。
【0031】
下臼12はモータ15により所定速度で回転駆動される。上臼11と下臼12との間のギャップ13はギャップ調整部16の範囲内で調整可能であり、原料澱粉の大きさなどに応じて、設定ギャップを0μm以上50μm以下(0mm以上0.05mm以下)、又は5μm以上40μm以下(0.005mm以上0.04mm以下)、又は10μm以上30μm以下(0.01mm以上0.03mm以下)の範囲内で任意に調整される。
【0032】
上臼11には温度調節器17が設けられる。温度調節器17は上臼11と略同一の外径寸法を有すると共に原料投入口14と略同径の開口を有するリング状に形成されている。温度調節器17は、温度調節器コード18を介して温度コントローラ19に接続されており、温度コントローラ19により設定された温度に加熱又は冷却されることにより、上臼11を全面加熱又は全面冷却する。コンピュータ22は、温度コントローラ19による設定温度(データケーブル23から入力)と、熱電対(図示せず)による測定温度(データケーブル21から入力)とを比較して、温度制御ケーブル24を介して温度調節器の制御信号を温度コントローラ19に与える。
【0033】
また、コンピュータ22はモータ制御ケーブル25を介してモータ制御信号をモータ15に与えて、モータ15による下臼12の回転数を制御する。下臼12の回転数は、ギャップ13に投入された澱粉が固定の上臼11と回転する下臼12との間で受ける最大せん断速度が例えば、20000[1/秒]以上750000[1/秒]以下、又は20000[1/秒]以上75000[1/秒]以下となるように設定する。
【0034】
上臼11/下臼12の下方にはこれらの外径より十分に大きな内径を有する受け皿26が設けられる。受け皿26の底面にはα化澱粉落下口27が開口しており、臼型粉砕機10による処理後のα化澱粉を受け皿26から落下させ、さらにα化澱粉落下シュート28を経て所定の容器(図示せず)などに収容させるようにしている。
【0035】
図2は臼型粉砕機10の要部断面図であり、
図2に示されるように、上臼11は、原料投入口14に臨む内面11aから底面11bに至るテーパー状原料通路11cが断面視においてテーパー状、平面視においては螺旋状に形成されている。原料投入口14の下端部には、テーパー状原料通路11cによって拡大化された収容部20が形成されているので、原料投入口14に投入された原料澱粉はギャップ13に入り込んでせん断粉砕される直前にこの収容部20に入り込み、温度調節器17により加熱された上臼11の内面11aからの伝熱ないし放熱によって加熱又は冷却される。前述の熱電対は、上臼11の側面から中心に向けて形成した穴に挿入され、上臼11と下臼12の間のギャップ13でせん断粉砕されているときの処理温度を近似的に示している。上臼11および下臼12の各ギャップ13に臨む面には、原料澱粉に対する剪断力を増大させるために円周方向と交わる方向に延長する多数条の凹溝が形成されている。
【0036】
次いで、この臼型粉砕機10を用いて実施する本発明の製造方法について説明する。
ギャップ調整部16を介して上臼11と下臼12との間のギャップ13を、原料澱粉の大きさなどに応じて、例えば、0μm以上50μm以下(0mm以上0.05mm以下)、又は5μm以上40μm以下(0.005mm以上0.04mm以下)、又は10μm以上30μm以下(0.01mm以上0.03mm以下)の範囲内で任意に調整する。また、温度コントローラ19により温度調節器17を所定温度(5℃以上160℃以下の範囲内で設定)に加熱又は冷却し、それによって上臼11を加熱又は冷却する。また、コンピュータ22によって制御された回転数でモータ15が駆動され、前記所定の最大せん断速度を与えるように下臼12を回転させる。
【0037】
以上で臼型粉砕機10の準備が完了するので、原料澱粉を原料投入口14に投入して処理を開始する。温度調節器17は既に所定温度に加熱又は冷却されており、これによって上臼11も加熱又は冷却されているので、澱粉は温度調節器17及び原料投入口14を通過し、さらにテーパー状原料通路11cないし収容部20を通過する間に該ヒータ温度に対応した温度に加熱又は冷却され、その直後に、下臼12との間のギャップ13に送り込まれ、固定の上臼11と回転する下臼12との間で剪断力を受けて粉砕される。せん断粉砕によって得られたα化澱粉はギャップ13の側方から放出されて受け皿26に収容され、α化澱粉落下口27及びα化澱粉落下シュート28を経て所定の容器(図示せず)に回収される。
【実施例0038】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0039】
以下の例において、最大せん断速度、滞留時間、Q及び水分減少率Wは、次の方法で測定した。
(1)最大せん断速度
モータ15の回転数、上下臼11、12の円周から周速度を求め、ギャップ13の値より、次の関係から粉砕した最大せん断速度を定義した。
なお、以下の例において、使用した臼型粉砕機のギャップを0μm(ギャップなし)に設定した場合であっても、原料澱粉によっては上臼11と下臼12との間を通過して、せん断粉砕されたので、斯かる場合、便宜上ギャップを1μmとして、最大せん断速度を計算した。
周速度(mm/秒)=〔回転数(rpm)×円周(mm)〕/60
最大せん断速度(1/秒)=周速度(mm/秒)/ギャップ(mm)
(2)滞留時間
せん断粉砕工程を経て製造されるα化澱粉の生産量の値より、次の関係から滞留時間を定義した。
滞留時間(秒)=1/せん断粉砕工程を経て製造されるα化澱粉の生産量
(3)Q
以下の式からQを求めた。
Q=〔せん断粉砕する工程を含む、α化澱粉の製造における原料澱粉の滞留時間(秒)〕×〔最大せん断速度(1/秒)〕
(4)水分減少率W
以下の式から水分減少率Wを求めた。
水分減少率W(%)=〔粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)-粉砕直後の澱粉の含水率(質量%)〕/粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)×100
粉砕直前の澱粉の含水率(質量%)及び粉砕直後の澱粉の含水率(質量%)はそれぞれ加熱乾燥式水分計(株式会社エー・アンド・デイ製MX-50)により測定した。
【0040】
以下の例において、α化澱粉のα化度及び結晶化度は次の方法で測定した。
(5)α化度
α化澱粉のα化度は、β-アミラーゼ・プルラナーゼ(BAP)法により測定した。
(i)事前にα化澱粉を粉砕し、JIS Z8801-1規格の篩で目開き0.15mmを通過する粒度に調整したものを測定試料として用いた。
(ii)「澱粉科学」、第28巻、第4号、235頁ないし240頁(1981年)の「β-アミラーゼ・プルラナーゼ(BAP)系を用いた澱粉の糊化度、老化度の新測定法」に記載される方法に準じて、α化澱粉のα化度(%)を測定した。
(6)結晶化度
α化澱粉の結晶化度は、広角X線回折の測定結果よりピークを結晶反射と非晶散乱に分離した。得られた非晶散乱によるピークの積分値をSa、結晶反射によるピークの積分値をScとする。次の関係から粉砕したα化澱粉の結晶化度を求めた。
結晶化度(%)=[(Sc/(Sc+Sa)]×100
上記広角X線回折の実験仕様は、次の通りである。
・測定機器 Rigaku社製Ultima IV
・測定条件
X線源:Cu-Kα線
波長:1.54Å
スキャンスピード 10°/分
測定角度 5~35°
管電圧 40kV
管電流 40mA
想定方法:反射法
【0041】
以下の例において、α化澱粉の透明性は、次の方法で評価した。
(7)透明性
α化澱粉懸濁液の透明性はサンプル1%懸濁液の吸光度(720nm)の濁度が未処理澱粉に比べて低下した濁度低下率にて評価した。
濁度が高いと透明性が悪く、濁度が低ければ透明性が高いことを意味する。
15mL容器に澱粉40mgを計量し、3.96mLの純水で懸濁した。
懸濁液が沈降しないようにして、吸光度計(サーモフィッシャー社製GENESYS150)にて720nmの吸光度を測定した。
なお、測定方法は澱粉糖関連工業分析法109頁の濁度の測定方法を参照した。また、
濁度低下率は下記式より計算した。
濁度低下率(%)=〔{未処理澱粉の1%懸濁液の吸光度(720nm)}-{サンプルの1%懸濁液の吸光度(720nm)}〕/{未処理澱粉の1%懸濁液の吸光度(720nm)}×100
【0042】
[実施例1]
原料澱粉として含水率が8.12質量%の馬鈴薯澱粉を、
図1及び
図2に示される構成の臼型粉砕機10を用いてせん断粉砕した。使用した臼型粉砕機10において、上臼11、下臼12および温度調節器17はいずれも外径寸法が90mm(半径45mm)であり、その中心に口径10mmの原料投入口14を有する。上臼11のテーパー状原料通路11cは内面11aから5mmの範囲に亘って形成されている(
図2)。臼間のギャップ13は30μmに固定し、モータ15の回転数は150rpmとし、粉砕温度は120℃とし、せん断粉砕して、α化澱粉を製造した。なお、馬鈴薯澱粉の投入量はα化澱粉の生産量と実質的に同量である。
得られたα化澱粉のα化度を表1及び
図3に示す。また、得られたα化澱粉の結晶化度及び透明性(濁度低下率)を表1に示す。
【0043】
[実施例2ないし実施例12、及び比較例1ないし比較例8]
原料澱粉を表1に示す含水率の馬鈴薯澱粉に替え、また臼間のギャップ13、モータ15の回転数、粉砕温度を表1に示す条件に替えた以外は、実施例1と同様の手順で、α化澱粉を製造した。得られたα化澱粉のα化度を表1及び
図3に示す。また、得られたα化澱粉の結晶化度及び透明性(濁度低下率)を表1に示す。
【0044】
【0045】
表1及び
図3に示した結果より、5℃以上160℃以下の温度でかつ水分減少率WとQとが上記式を満たす条件で、馬鈴薯澱粉をせん断粉砕することにより、α化度が82%以上であるα化澱粉が得られた(実施例1ないし実施例12)。また、濁度低下率は51%以上であり、透明性が高い懸濁液が得られた。
これに対し、水分減少率Wと剪断力との関係がW≧0.00012Q-25である条件(比較例2及び比較例5)、水分減少率Wが80%を超える条件(比較例1、比較例4及
び比較例7)及びQが20×10
4未満である条件(比較例3及び比較例6)、すなわち上記式(W<0.00012Q-25、20×10
4<Q、-25<W≦80)を1つでも満たさない場合は、α化度が36%以下の澱粉が得られた。さらに、濁度低下率が14%以下であり、実施例の懸濁液に比べて、懸濁液の透明性はかなり低かった。
したがって、本発明は、澱粉を、5℃以上160℃以下の温度でかつ上記式(W<0.00012Q-25、20×10
4<Q、-25<W≦80)を満たす条件で、せん断粉砕することにより、α化澱粉を製造できることが明らかである。
また、本発明は、粉砕温度が40℃以下であっても、α化度が82%以上であるα化澱粉を製造できた(実施例8、実施例11及び実施例12)。
【0046】
[実施例13]
原料澱粉としてえんどう豆澱粉を、
図1及び
図2に示される構成の臼型粉砕機10を用いてせん断粉砕した。使用した臼型粉砕機10において、上臼11、下臼12および温度調節器17はいずれも外径寸法が90mm(半径45mm)であり、その中心に口径10mmの原料投入口14を有する。上臼11のテーパー状原料通路11cは内面11aから5mmの範囲に亘って形成されている(
図2)。臼間のギャップ13は10μmに固定し、モータ15の回転数は150rpmとし、粉砕温度は120℃とし、せん断粉砕して、α化澱粉を製造した。なお、えんどう豆澱粉の投入量はα化澱粉の生産量と実質的に同量である。
得られたα化澱粉のα化度及び透明性(濁度低下率)を表2に示す。
【0047】
[実施例14]
原料澱粉を水洗したえんどう豆澱粉に替えた以外は、実施例13と同様の手順で、α化澱粉を製造した。得られたα化澱粉のα化度及び透明性(濁度低下率)を表2に示す。
【0048】
[実施例15]
原料澱粉を下記の手順で洗浄したえんどう豆澱粉に替えた以外は、実施例13と同様の手順で、α化澱粉を製造した。得られたα化澱粉のα化度及び透明性(濁度低下率)を表2に示す。
<洗浄>
(1)1Lビーカーに原料澱粉300gと純水600gとを加え、スターラーで攪拌して、スラリーを作製する。
(2)スターラーで攪拌しながら、5%水酸化ナトリウム水溶液及び2%塩酸水溶液でpHを調整する。
(3)スターラーで攪拌しながら、1時間常温(25℃)で放置する。
(4)2%塩酸水溶液及び5%水酸化ナトリウム水溶液でpH7に調整する。
(5)濾紙(桐山製作所社製桐山ロート用濾紙 No.5A)を用いて吸引濾過する。
(6)濾紙上の固形物を回収し、純粋1500gを加えて懸濁する。
(7)濾紙(桐山製作所社製桐山ロート用濾紙 No.5A)を用いて吸引濾過し、濾紙上の固形物を45℃で乾燥させる。
(8)乾燥物を60meshで篩別して、洗浄した澱粉を得る。
【0049】
【0050】
表2に示した結果より、原料澱粉としてえんどう豆澱粉を使用しても、本発明は、α化度が90%以上であるα化澱粉を製造できた(実施例13ないし実施例15)。
また、原料澱粉としてアルカリ洗浄したえんどう豆澱粉を使用すると、α化澱粉のα化度が向上した(実施例15)。
【0051】
[実施例16]
原料澱粉としてワキシーコーンスターチを、
図1及び
図2に示される構成の臼型粉砕機10を用いてせん断粉砕した。使用した臼型粉砕機10において、上臼11、下臼12および温度調節器17はいずれも外径寸法が90mm(半径45mm)であり、その中心に口径10mmの原料投入口14を有する。上臼11のテーパー状原料通路11cは内面11aから5mmの範囲に亘って形成されている(
図2)。臼間のギャップ13は10μmに固定し、モータ15の回転数は150rpmとし、粉砕温度は120℃とし、せん断粉砕して、α化澱粉を製造した。なお、ワキシーコーンスターチの投入量はα化澱粉の生産量と実質的に同量である。
得られたα化澱粉のα化度、結晶化度及び透明性(濁度低下率)を表3に示す。
【0052】
[実施例17ないし実施例20]
原料澱粉を、表3に示すpHで上記の洗浄をしたワキシーコーンスターチに替えた以外は、実施例16と同様の手順で、α化澱粉を製造した。得られたα化澱粉のα化度、結晶化度及び透明性(濁度低下率)を表3に示す。
【0053】
【0054】
表3に示した結果より、原料澱粉としてワキシーコーンスターチを使用しても、本発明は、α化度が79%以上であるα化澱粉を製造できた(実施例16ないし実施例20)。
また、原料澱粉を洗浄、特にpH7.5以上のアルカリ水溶液でアルカリ洗浄すること
により、得られたα化澱粉のα化度が大きく向上した(実施例18ないし実施例20)。
また、原料澱粉をアルカリ洗浄することにより、得られたα化澱粉の透明性(濁度低下率)が向上した(実施例18ないし及び実施例20)。
【0055】
[実施例21]
原料澱粉としてタピオカ澱粉を、
図1及び
図2に示される構成の臼型粉砕機10を用いてせん断粉砕した。使用した臼型粉砕機10において、上臼11、下臼12および温度調節器17はいずれも外径寸法が90mm(半径45mm)であり、その中心に口径10mmの原料投入口14を有する。上臼11のテーパー状原料通路11cは内面11aから5mmの範囲に亘って形成されている(
図2)。臼間のギャップ13は10μmにし、モータ15の回転数は150rpmとし、粉砕温度は80℃とし、せん断粉砕して、α化澱粉を製造した。なお、タピオカ澱粉の投入量はα化澱粉の生産量と実質的に同量である。
得られたα化澱粉のα化度及び透明性を表4に示す。
【0056】
[実施例22及び実施例23]
臼間のギャップ13、粉砕温度を表4に示す条件に替えた以外は、実施例21と同様の手順で、α化澱粉を製造した。得られたα化澱粉のα化度及び透明性(濁度低下率)を表4に示す。
【0057】
【0058】
表4に示した結果より、原料澱粉としてタピオカ澱粉を使用しても、本発明は、α化度が94%以上であるα化澱粉を製造できた(実施例21ないし実施例23)。
【0059】
[参考例1]
原料として含水率が15.00質量%の米粒(平成30年山形県産精白米)を、
図1及び
図2に示される構成の臼型粉砕機10を用いてせん断粉砕した。使用した臼型粉砕機10において、上臼11、下臼12および温度調節器17はいずれも外径寸法が250mm(半径125mm)であり、その中心に口径190mmの原料投入口14を有する。上臼11のテーパー状原料通路11cは内面11aから形成されている(
図2)。臼間のギャップ13は0μmに固定し、モータ15の回転数は80rpmとし、粉砕温度は120℃とし、米粒の投入量は50g/分とし、せん断粉砕して、α化澱粉を製造した。得られたα化澱粉のα化度、結晶化度及び透明性を表5に示す。
【0060】
[参考例2]
市販の平成30年山形県産精白米5kgをせん断のかからないピンミル(奈良機械製作所製 自由粉砕機M-2:フィルター穴1mm)にて粉砕した。粉砕前の精白米の水分は14.0質量%であった。粉砕後、篩にて整粒して50メッシュパスの米粉4.5kgを得た。得られた米粉の水分は18.5質量%であった。
【0061】
[参考例3]
市販の平成30年山形県産精白米5kgをせん断のかからないピンミル(奈良機械製作所製 自由粉砕機M-2:フィルター穴1mm)にて粉砕した。粉砕前の精白米の水分は14.0質量%であった。粉砕後、篩にて整粒して50メッシュパスの米粉4.5kgを得た。得られた米粉の水分は18.5質量%であった。
得られた米粉2kgに水3kgを加えて12ボーメのスラリーとした。スラリーを130℃に加温したオンレーター(櫻製作所製HAS00503-1)に42L/時の流速で供給して十分に糊化させた。この時の入口温度は13.7℃、出口温度は105.3℃であった。糊化したスラリーを、表面温度を150℃に加熱したダブルドラムドライヤ(クリアランス0.6mm、回転数2.5rpm)にて乾燥させた後に米粉と同様にピンミルにて粉砕、篩にて整粒して50メッシュパスのドラムドライアルファ米粉を得た。スラリー5kgを投入してドラムドライアルファ化米粉1.5kgを得た。得られたドラムドライアルファ化米粉の水分は5.4質量%であった。
【0062】
【0063】
[結晶化度とα化度との関係]
実施例及び比較例で得られた馬鈴薯澱粉のα化度と結晶化度の関係、実施例で得られたワキシーコーンスターチのα化度と結晶化度の関係、及び参考例で得られた米粉のα化度
と結晶化度の関係をそれぞれ
図4に示した。
図4に示した結果より、結晶化度が低いと必ずα化度も低いとは限らず、結晶化度とα化度との間に相関関係は見られなかった。