(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023121236
(43)【公開日】2023-08-31
(54)【発明の名称】カルコゲナイド系原子層膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/46 20060101AFI20230824BHJP
C30B 31/18 20060101ALI20230824BHJP
C23C 16/30 20060101ALI20230824BHJP
C23C 16/56 20060101ALI20230824BHJP
H01L 21/365 20060101ALI20230824BHJP
H01L 21/368 20060101ALI20230824BHJP
【FI】
C30B29/46
C30B31/18
C23C16/30
C23C16/56
H01L21/365
H01L21/368 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022024462
(22)【出願日】2022-02-21
(71)【出願人】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000213
【氏名又は名称】弁理士法人プロスペック特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山川 博幸
(72)【発明者】
【氏名】日向 慎太朗
(72)【発明者】
【氏名】島田 敏宏
【テーマコード(参考)】
4G077
4K030
5F045
5F053
【Fターム(参考)】
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5F053LL10
5F053RR05
(57)【要約】
【課題】 比較的低温で、カルコゲナイド系原子層膜を得る製造方法を提供すること。
【解決手段】 金属酸化物原子層を有する金属酸化物単結晶母材を形成する母材形成工程と、金属酸化物単結晶母材を、金属酸化物単結晶母材の融点よりも低い温度条件下で還元性のあるカルコゲンガスに接触させることにより、金属酸化物原子層の一部又は全部をトポタクティック反応させて、カルコゲナイド系原子層を生成する合成工程と、を含む、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法とすること。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属酸化物原子層を有する金属酸化物単結晶母材を形成する母材形成工程と、
前記金属酸化物単結晶母材を、前記金属酸化物単結晶母材の融点よりも低い温度条件下で還元性のあるカルコゲンガスに接触させることにより、前記金属酸化物原子層の一部又は全部をトポタクティック反応させて、カルコゲナイド系原子層を生成する合成工程と、
を含む、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記合成工程が密閉容器内にて行われる、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記合成工程にて、前記金属酸化物単結晶母材を5vol%以下の濃度の還元性のあるカルコゲンガスに接触させる、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記還元性のあるカルコゲンガスの濃度は1vol%未満である、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記合成工程が100℃以上500℃未満の温度条件下で行われる、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記合成工程が、1atmよりも高く20atm以下の圧力条件下で行われる、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか1項記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記還元性のあるカルコゲンガスは、カルコゲン化水素ガス又は、カルコゲンガスと水素ガスとの混合ガスである、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記還元性のあるカルコゲンガスは、硫化水素ガス、セレン化水素ガス、テルル化水素ガス、硫黄ガスと水素ガスとの混合ガス、セレンガスと水素ガスとの混合ガス、テルルガスと水素ガスとの混合ガス、からなる群より選択される少なくとも1種である、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項9】
請求項2に記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記合成工程は、前記金属酸化物単結晶母材と、前記還元性のあるカルコゲンガスの発生源としてのカルコゲンを含む水溶液とを、前記密閉容器中に封入し、前記金属酸化物単結晶母材の融点よりも低く且つ100℃以上500℃未満の温度条件下で、前記金属酸化物単結晶母材を前記カルコゲンを含む水溶液から生じる還元性のあるカルコゲンガスに接触させる工程である、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれか1項記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記金属酸化物単結晶母材は、ビスマス系金属酸化物であり、
前記カルコゲナイド系原子層膜は、カルコゲン化ビスマス薄膜である、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項11】
請求項1乃至10のいずれか1項記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記母材形成工程は、前記金属酸化物単結晶母材の面内格子定数と略一致する面内格子定数を持つ単結晶基板上に、前記金属酸化物単結晶母材を結晶成長させる工程である、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載のカルコゲナイド系原子層膜の製造方法であって、
前記単結晶基板はSTO単結晶基板であり、
前記金属酸化物単結晶母材は塩化酸化ビスマスである、
カルコゲナイド系原子層膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面にカルコゲナイド系原子層を有するカルコゲン化合物(以下、カルコゲナイド系原子層物質)は、トポロジカル絶縁体として注目されている。例えば、トポロジカル絶縁体のディラック電子を利用したテラヘルツ検出デバイスへの応用に、カルコゲナイド系原子層物質が注目されている。中でも、膜状のカルコゲナイド系原子層物質、すなわちカルコゲナイド系原子層膜は、例えばテラヘルツ波を利用した高感度イメージセンサに利用することができる。よって、カルコゲナイド系原子層膜を容易に得ることができる製造方法が求められる。
【0003】
特許文献1は、多層状金属酸化物単結晶母材を、母材融点及び母材昇華点のうちの低い方の温度未満であり且つ500~1000℃の範囲の温度条件下で、カルコゲンガスと不活性搬送ガスとの混合ガスとに接触させることにより、カルコゲナイド系多層原子層膜を合成する方法を開示する。
【0004】
特許文献2は、カルコゲナイド系原子層物質としてのテルル化ビスマスのナノ粒子の製造方法を開示する。特許文献2に開示の方法によれば、テルル化ビスマスナノ粒子は、塩化ビスマスと保護材とを溶媒に溶かした溶液と水酸化アルカリ金属水溶液とを混ぜて混合溶液を作製し、その混合溶液をテルルと還元剤と共に耐圧容器に入れて密閉状態で耐圧容器の中を攪拌しながら還元反応をさせることにより、合成される。
【0005】
非特許文献1は、ビスマスハライドからハライド系金属酸化物(金属オキシハライド)を経由してメイズ状のカルコゲナイド系多層原子層物質を合成する方法を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-161015号公報
【特許文献2】特開2005-343782号公報
【非特許文献】
【0007】
J. Zhang et. al., Chinese Science Bulletin, 59, 1787, (2014) DOI: 10.1007/s11434-014-0292-8
【発明の概要】
【0008】
(発明が解決しようとする課題)
特許文献1に記載の方法によれば、カルコゲナイド系原子層膜を製造することはできるが、反応温度(合成温度)が500℃以上と高いので、なお改善の余地がある。また、特許文献2に記載の方法及び非特許文献1に記載の方法では、カルコゲナイド系原子層膜を製造することができない。
【0009】
本発明は、比較的低温で、カルコゲナイド系原子層膜を得る製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示は、金属酸化物原子層を有する金属酸化物単結晶母材を形成する母材形成工程と、金属酸化物単結晶母材を、金属酸化物単結晶母材の融点よりも低い温度条件下で還元性のあるカルコゲンガスに接触させることにより、金属酸化物原子層の一部又は全部をトポタクティック反応させて、カルコゲナイド系原子層を生成する合成工程と、を含む、カルコゲナイド系原子層膜の製造方法を提供する。
【0011】
上記合成工程は、密閉容器内にて行われるように構成することができる
【0012】
上記合成工程にて、金属酸化物単結晶母材を5vol%以下の濃度の還元性のあるカルコゲンガスに接触させる、ように構成することもできる。この場合、上記還元性のあるカルコゲンガスの濃度は1vol%未満であるのが好ましい。
【0013】
上記合成工程が100℃以上500℃未満の温度条件下で行われる、ように構成することもできる。
【0014】
上記合成工程が、加圧条件下で行われるように構成することもできる。この場合、上記合成工程が、1atmよりも高く20atm以下の圧力条件下、好ましくは1atmよりも高く10atm以下の圧力条件下で行われる、ように構成することもできる。
【0015】
上記還元性のあるカルコゲンガスは、カルコゲン化水素ガス又は、カルコゲンガスと水素ガスとの混合ガスである、というように構成することもできる。この場合、上記還元性のあるカルコゲンガスは、硫化水素ガス、セレン化水素ガス、テルル化水素ガス、硫黄ガスと水素ガスとの混合ガス、セレンガスと水素ガスとの混合ガス、テルルガスと水素ガスとの混合ガス、からなる群より選択される少なくとも1種である、というように構成することもできる。
【0016】
上記合成工程は、金属酸化物単結晶母材と、還元性のあるカルコゲンガスの発生源としてのカルコゲンを含む水溶液とを、密閉容器中に封入し、金属酸化物単結晶母材の融点よりも低く且つ100℃以上500℃未満の温度条件下で、金属酸化物単結晶母材をカルコゲンを含む水溶液から生じる還元性のあるカルコゲンガスに接触させる工程であるように構成することもできる。
【0017】
上記金属酸化物単結晶母材は、ビスマス系金属酸化物であり、上記カルコゲナイド系原子層膜は、カルコゲン化ビスマス薄膜である、というように構成することもできる。この場合、上記カルコゲナイド系原子層膜は、硫化ビスマス薄膜、セレン化ビスマス薄膜、テルル化ビスマス薄膜、からなる群より選択される1種である、というように構成することもできる。
【0018】
上記母材形成工程は、金属酸化物単結晶母材の面内格子定数と略一致する面内格子定数を持つ単結晶基板上に、金属酸化物単結晶母材を結晶成長させる工程である、というように構成することができる。ここで、「略一致」とは、母材形成工程にて、単結晶基板の結晶方位と金属酸化物単結晶母材の結晶方位が揃うように金属酸化物単結晶が結晶成長する程度に、両者の面内格子定数が一致することを意味する。この場合、単結晶基板はSTO単結晶基板であり、金属酸化物単結晶母材は塩化酸化ビスマスである、というように構成することもできる。
【0019】
本発明によれば、例えば500℃未満の比較的低温で、カルコゲナイド系原子層膜を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、母材形成工程にて用いることができるミストCVD装置の概略構成を示す。
【
図2】
図2は、合成工程に用いることができる反応装置の概略図を示す。
【
図3】
図3は、実施例1にて成膜された塩化酸化ビスマス薄膜のX線回折極点測定結果を示す
【
図4】
図4は、実施例1に用いたSTO単結晶基板のX線回折極点測定結果を示す。
【
図5】
図5は、実施例2にて作製したサンプルのX線回折結果を示す。
【
図6】
図6は、実施例2にて作製したサンプルのラマンシフトを示す。
【
図7】
図7は、実施例2にて作製したサンプルについての光電流の計測結果を示す。
【
図8】
図8は、実施例2にてセレノ尿素水溶液の濃度を変えて作製した各サンプルについてのX線回折結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本実施形態に係る製造方法により製造されるカルコゲナイド系原子層膜は、カルコゲンと金属との化合物により構成される原子層(カルコゲナイド系原子層)を有する膜状体である。ここで、上記カルコゲナイド系原子層とは、金属とカルコゲンとで構成される結晶構造をなす原子1個若しくは数個分の厚みの層を言い、単層であっても良いし多層であっても良い。カルコゲナイド系原子層1層中の各元素は共有結合或いはイオン結合等により強固に結合されている。また、カルコゲナイド系原子層が多層である場合、積層方向に隣接したそれぞれの原子層はファンデルワールス力等の弱い力により結合されている。1層のカルコゲナイド系原子層の厚みは概ね1ナノメートル程度と推察される。従って、例えば6~10層のカルコゲナイド系原子層が積層されている場合、原子層の総厚みは、概ね6~10ナノメートル程度と推察される。
【0022】
また、本実施形態に係る製造方法により製造されるカルコゲナイド系原子層膜は、カルコゲナイド系原子層のみにより膜状に構成されていても良いし、カルコゲナイド系原子層及びその他の物質により膜状に構成されていても良い。例えば、膜状の母材表面上にカルコゲナイド系原子層が形成される場合、カルコゲナイド系原子層膜は、膜状の母材及び母材表面に形成されたカルコゲナイド系原子層により構成される。
【0023】
本実施形態に係るカルコゲナイド系原子層膜の製造方法は、母材形成工程と、合成工程とを含む。
【0024】
母材形成工程では、金属酸化物単結晶母材が形成される。この金属酸化物単結晶母材は、表面に金属酸化物からなる原子層(金属酸化物原子層)を有する。また、金属酸化物単結晶母材は、金属(A)を含み、その金属(A)を目的生成物であるカルコゲナイド系原子層膜のカルコゲナイド系原子層の結晶格子の中心金属とすることができる。金属(A)として、モリブデン、タングステン、バナジウム、ニオブ、タンタル、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ビスマス、アンチモン、ゲルマニウム。スズ、ガリウム、インジウム、白金、鉄、及び、イリジウムからなる群より選択される少なくとも1種の金属を例示できる。
【0025】
金属酸化物単結晶母材の結晶構造は、金属酸化物原子層を形成し得るものであればよい。金属酸化物単結晶は、正方晶構造、蛍石型構造、コランダム型構造、スピネル型構造、ペロブスカイト型構造、イルメナイト型構造、シーライト型構造、K2NiF型構造、パイロクロア型構造、及び、マグネトプランバイト型構造からなる群から選択される結晶構造を有するものであってもよい。
【0026】
また、このような母材としては、特定の面方位の結晶面を表面(露出面)に有するものを利用することが望ましい。さらに、母材の表面(露出面)は、上記特定の面方位において金属(A)の配列が、所望のカルコゲナイド系原子層の方向と垂直な面における金属(A)の配列と同じ面であるのが望ましい。特定の面方位の結晶面を表面(露出面)に有する母材としては、例えば、面方位が(001)、(100)、(101)となる面、及び、それらの傾斜面の中から選択される1種の結晶面を表面(露出面)に有する母材、又は低エネルギー面からなる結晶面を表面(露出面)に有する母材を利用することも可能である。
【0027】
金属酸化物単結晶母材は、単純な金属酸化物、例えばビスマス系の金属酸化物であれば酸化ビスマス、タングステン系の金属酸化物であれば酸化タングステン、であっても良いし、他の金属との複合金属酸化物或いはハロゲン(塩素、臭素、ヨウ素)とのハロゲン化金属酸化物であっても良い。金属酸化物単結晶母材が金属(A)及び他の金属との複合金属酸化物である場合、他の金属は、金属(A)以外の金属であり、且つ、カルシウム、ケイ素、リチウム、ベリリウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、ルビジウム、ストロンチウム、セシウム、バリウム、ゲルマニウム、チタン、アルミニウム、ガリウム、インジウムからなる群より選択される少なくとも1種の金属であるのが良い。また、ハロゲン化金属酸化物として、例えば、塩化酸化ビスマス(オキシ塩化ビスマス)を例示することができる。なお、上記他の金属或いはハロゲンは、後述する合成工程において、トポタクティック反応により除去される必要がある。よって、合成工程にて除去が容易なハロゲンを用いたハロゲン化金属酸化物が、金属酸化物単結晶母材として好適に用いられる。
【0028】
金属酸化物単結晶母材は、薄膜状であるのが良い。薄膜状の金属酸化物単結晶母材は、例えばCVD法により基板上に堆積させることによって形成することができる。
【0029】
図1は、母材形成工程にて用いることができるミストCVD装置の概略構成を示す。
図1に示すように、このミストCVD装置10は、ミスト発生装置11と、加熱炉12と、トラップ容器13と、薄めガス配管14と、搬送ガス配管15と、ミスト配管16と、出口配管17と、廃気配管18と、超音波発振子19とを含む。
【0030】
薄めガス配管14には、マスフローコントローラにより流量制御された薄めガスとしての窒素ガスが流通する。また、搬送ガス配管15には、マスフローコントローラにより流量制御された搬送ガスとしての窒素ガスが流通する。
【0031】
ミスト発生装置11は容器状に構成されており、金属酸化物単結晶母材の構成成分が含まれた溶液である前駆体溶液PSが充填される。搬送ガス配管15の下流端はミスト発生装置11の上部空間に開口するように、ミスト発生装置11に接続される。また、ミスト発生装置11の底部に超音波発振子19が取り付けられる。
【0032】
ミスト配管16の一方端はミスト発生装置11の上部空間に開口するように、ミスト発生装置11に接続される。また、薄めガス配管14の下流端及びミスト配管16の他方端は、加熱炉12の入口ポート12inに接続される。加熱炉12内の所定位置に単結晶基板SBが設置される。加熱炉12の出口ポート12outには、出口配管17の一方端が接続される。出口配管17の他方端はトラップ容器13に接続される。トラップ容器13内には水が所定の液面高さまで充填されており、出口配管17の他方端は、トラップ容器13内の水中に開口するように、トラップ容器13に接続される。また、廃気配管18の一方端はトラップ容器13内の気体部分に開口するようにトラップ容器13に接続され、廃気配管18の他方端は大気開放される。
【0033】
このようなミストCVD装置10において、超音波発振子19を発振させることにより、ミスト発生装置11内の前駆体溶液PSがミスト化する。ミスト化された前駆体溶液(以下、前駆体溶液ミスト)は、搬送ガス(窒素ガス)とともにミスト配管16を流れる。ミスト配管16を流れる前駆体溶液ミストはさらに薄めガス(窒素ガス)に合流して希釈されてから加熱炉12内に侵入する。加熱炉12内の温度は、加熱炉12内にて前駆体溶液ミストが反応(分解)して単結晶基板上に目的とする金属酸化物が堆積することができるような温度に予め設定されている。従って、加熱炉12内に侵入した前駆体溶液ミストは加熱炉12内で分解して金属酸化物として単結晶基板上に堆積する。これにより、薄膜状の金属酸化物単結晶母材が形成される。また、加熱炉12内にて反応した後のガス、及び未反応ガスは、出口配管17を流れてトラップ容器13内に導入され、トラップ容器13内に充填された水により浄化された後に、廃気配管18を通って大気に放出される。
【0034】
単結晶基板上に堆積させる薄膜を目的とする金属酸化物単結晶とするために、薄膜を基板上でエピタキシャル成長させるのが好ましい。この場合、単結晶基板の表面に露出している結晶方位の格子定数(面内格子定数)と、目的とする金属酸化物単結晶薄膜の面内格子定数が略一致するような、単結晶基板を選択するのが良い。例えば、金属酸化物単結晶として、面内格子定数a=3.89Åの塩化酸化ビスマスを形成する場合、単結晶基板として、面内格子定数a=3.905であるチタン酸ストロンチウム(以下、STO)単結晶基板を用いることができる。これによれば、単結晶基板上に、単結晶基板の結晶方位と同じ結晶方位を持つ金属酸化物単結晶母材を結晶成長させることができる。
【0035】
合成工程では、母材形成工程にて形成された金属酸化物単結晶母材を用いてカルコゲナイド系原子層が生成される。このとき、母材形成工程にて形成された金属酸化物単結晶母材の融点よりも低い所定の温度条件下で、還元性のあるカルコゲンガスに金属酸化物単結晶母材を接触させる。すると、金属酸化物単結晶母材とカルコゲンガスとのトポタクティック反応が起き、金属酸化物単結晶母材の結晶と生成物の結晶とで三次元的な方位関係が保持されながら、その母材中に含まれている酸素や他の金属やハロゲンとカルコゲンとが入れ替わる。これにより、カルコゲンと金属との化合物の単結晶層が生成される。すなわち、合成工程では、金属酸化物単結晶母材の金属酸化物原子層の一部又は全部を還元性のあるカルコゲンガスとトポタクティック反応させることにより、カルコゲナイド系原子層が、生成される。
【0036】
合成工程にて金属酸化物単結晶母材に接触される還元性のあるカルコゲンガスとは、カルコゲンを含み且つ還元作用を有するガスである。還元性のあるカルコゲンガスは、還元作用を持つ成分とカルコゲンとの化合物ガスでもよいし、還元作用を持つガスとカルコゲンガスとの混合ガスでも良い。また、上記化合物ガスは、カルコゲン化水素ガスであるとよい。さらに、上記混合ガスは、カルコゲンガスと水素ガスとの混合ガスであるとよい。上記カルコゲン化水素ガスとして、硫化水素ガス、セレン化水素ガス、テルル化水素ガスを例示できる。上記混合ガスとして、硫黄ガスと水素ガスとの混合ガス、セレンガスと水素ガスとの混合ガス、テルルガスと水素ガスとの混合ガス、を例示できる。従って、還元性のあるカルコゲンガスは、上記のように例示したガスからなる群より選択される少なくとも1種であるのが良い。
【0037】
合成工程は、密閉容器内で行われると良い。密閉容器内で合成工程を行うことにより、毒性の強いカルコゲンガスの外部への放出量を低減することができる。また、密閉容器内で合成工程を行うことにより、必要最低限のカルコゲンガスを用いてカルコゲナイド系原子層膜を生成することができ、カルコゲンガスの無駄な消費を防止することができる。
【0038】
合成工程は、金属酸化物単結晶母材の融点よりも低い温度であって、且つ、100℃以上500℃未満の温度条件下で行われるのが良い。これによれば、500℃未満の比較的低温条件下で、カルコゲナイド系原子層膜を製造することができる。
【0039】
合成工程は、加圧条件下で行われる。加圧条件とは、少なくとも大気圧よりも高い圧力条件、すなわち1atmを超える圧力が印加されるという条件である。従って、合成工程の実施中に反応装置内のガスを外部に放出するような反応装置では原則的に加圧条件を満たすことができず、密閉容器内にて合成工程を行うことによって、加圧条件を満たすことができる。この場合、密閉容器に、母材形成工程にて形成した金属酸化物単結晶母材とカルコゲンガスを封入し、金属酸化物単結晶母材の融点よりも低く且つ100℃以上500℃未満の所定の反応温度まで密閉容器内を昇温させ、その反応温度を所定時間維持することにより、合成工程を行うと良い。これによれば、密閉容器内の気体が加熱されることにより膨張して加圧条件を満たすことができる。このように、密閉容器内に積極的に圧力を印加する必要はなく、密閉容器内の温度、或いは密閉容器内で生じるカルコゲンガスの濃度によって容器内圧を調整して加圧条件を満たすことができる。また、加圧条件は、上記したように1atmより大きい圧力である。また、圧力が20atmを超えると、密閉容器の十分な耐圧性能を確保するために密閉容器のコストが高くなる。よって、加圧条件は、1atmよりも大きく20atm以下、好ましくは1atmよりも大きく10atm以下、という条件であるのが良い。
【0040】
合成工程にて用いる還元性のあるカルコゲンガスは、ボンベ等から合成工程が行われる反応容器(例えば密閉容器)内に導入しても良いが、テルル化水素はその不安定さのために安定的にボンベに封入することができない。また、還元性のあるカルコゲンガスは毒性が高いので、使用量の低減が望まれる。また、使用後の処理や反応容器等の清掃費用の点から見ても、還元性のあるカルコゲンガスの使用量の低減は、工業的利用上の効果が大きい。従って、還元性のあるカルコゲンガスを必要最低限の量だけ密閉容器内で発生させ、こうして発生させたガスを用いて密閉容器内で合成工程を行わせることにより、外部に排出されるカルコゲンガス量を低減することができる。この場合、合成工程にて、カルコゲンを含む水溶液を用いて還元性のあるカルコゲンガスを密閉容器内で発生させることができる。例えば、合成工程は、金属酸化物単結晶母材とカルコゲンを含む水溶液とを密閉容器内に封入し、金属酸化物単結晶母材の融点よりも低く且つ100℃以上500℃未満の温度条件下で、金属酸化物単結晶母材をカルコゲンを含む水溶液から生じる還元性のあるカルコゲンガスに接触させる工程であるように構成することができる。このような合成工程によれば、密閉容器内で毒性の高いカルコゲンガスを発生させることにより、外部からカルコゲンガスを反応容器に導入する場合と比較してより安全性を高めることができる。
【0041】
図2は、合成工程に用いることができる反応装置の概略図を示す。
図2に示すように、反応装置20は、密閉容器21と、ヒータ22とを備える。密閉容器21は、20atm以下の所定の圧力が印加されても破壊することのない程度の耐圧性能を有する耐圧容器である。ヒータ22は、密閉容器21の周囲に配されており、駆動(例えば通電)することにより密閉容器21内の温度を所定の反応温度に昇温し、且つ昇温した反応温度を一定時間維持することができるように構成される。
【0042】
図2に示す反応装置20において、密閉容器21内に、母材形成工程にて形成した金属酸化物単結晶母材とカルコゲンを含む水溶液とを封入する。このとき、金属酸化物単結晶母材とカルコゲンを含む水溶液とが密閉容器21内で直接接触しないように、例えば仕切板等を密閉容器21内に設けていても良い。次いで、密閉容器21内の温度が、金属酸化物単結晶母材の融点より低く且つ100℃以上500℃未満の所定の反応温度となるように、ヒータ22を駆動制御する。そして、上記の反応温度を所定時間維持すると、密閉容器21内のカルコゲンを含む水溶液が加熱されて、還元性のあるカルコゲンガスの蒸気が発生する。さらに、こうして発生した還元性のあるカルコゲンガスが金属酸化物単結晶母材に密閉容器21内で接触することによってトポタクティック反応が起き、母材表面にカルコゲナイド系原子層が生成される。
【0043】
合成工程では、上記したように、還元性のあるカルコゲンガスに、金属酸化物単結晶母材を接触させる。このときカルコゲンガスの還元作用によって金属酸化物単結晶母材中の酸素原子の脱離が促進される。これによりトポタクティック反応が促進される。よって、比較的低温度の温度条件下、例えば100℃以上500℃未満の温度条件下にて合成工程を行っても、トポタクティック反応が進行して、カルコゲナイド系原子層膜を得ることができる。例えば後述するように、170℃の温度条件下で合成工程を行った場合であっても、カルコゲナイド系原子層としてのセレン化ビスマス薄膜を合成できることが確認されている。また、低濃度の還元性のあるカルコゲンガスを用いても十分にトポタクティック反応が進行して、カルコゲナイド系原子層膜を得ることができる。
【0044】
また、合成工程を密閉容器内で行い、温度条件、還元性のあるカルコゲンガスの濃度条件等を調整することにより、密閉容器内の圧力を、1atmよりも大きく20atm以下の加圧状態に設定することができる。このような加圧条件下で合成工程を行うことにより、トポタクティック反応がより促進される。これにより、より低い温度でカルコゲナイド系原子層膜を得ることができる。さらに、還元性のあるカルコゲンガスを加圧条件下で金属酸化物単結晶母材に接触させることにより、還元性のないカルコゲンガスを常圧で金属酸化物単結晶母材に接触させるのみではトポタクティック反応が起こらなかったものに対しても、トポタクティック反応を起こしてカルコゲナイド系原子層膜を得ることができる。
【0045】
密閉容器21内にて発生する還元性のあるカルコゲンガスの濃度は、5vol%以下、より望ましくは1vol%未満、さらに望ましくは0.1vol%未満であると良い。このような低濃度のカルコゲンガスを使用することにより、安全性をより高めることができる。さらに、本実施形態においては、このような低濃度のカルコゲンガスを用いても、トポタクティック反応を進行させることができる。
【0046】
密閉容器21内に封入するカルコゲンを含む水溶液は、還元性のあるカルコゲンガスを発生可能なカルコゲン化合物水溶液であると良い。そのようなカルコゲン化合物水溶液として、チオアセトアミド水溶液、チオ尿素水溶液、セレノ尿素水溶液を例示することができる。
【0047】
還元性のあるカルコゲンガスとしてカルコゲン化水素ガスを密閉容器内で発生させる方法として、有機法或いは還元剤法を例示できる。また、有機法によって硫化水素ガスを発生させる方法として、カルコゲン化合物水溶液であるチオアセトアミド水溶液やチオ尿素水溶液を加熱する方法を例示できる。さらに、有機法によってセレン化水素ガスを発生させる方法として、カルコゲン化合物水溶液であるセレノ尿素水溶液を加熱する方法を例示できる。
【0048】
還元剤法は、熱分解などによって水素を発生させる還元剤とカルコゲン(硫黄、セレン、テルル等)とを混ぜ、その混合物を、カルコゲンの融点(硫黄:115℃、セレン:221℃、テルル:450℃)以上、沸点(硫黄:455℃、セレン:685℃、テルル:988℃)未満に加熱することにより、カルコゲンガスと水素ガスの混合ガスを発生させる方法である。このとき用いる還元剤として、水素化ホウ素ナトリウム(融点:400℃、500℃で分解)、水素化ホウ素カリウム(500℃で分解)等を例示することができる。
【0049】
カルコゲナイド系原子層膜は、様々な用途に利用することができる。中でも、ビスマス系原子層膜は、トポロジカル物質への応用に期待される。トポロジカル物質の一つとしてトポロジカル絶縁体を例示できる。トポロジカル絶縁体は、内部が絶縁体であり表面が導電体である物質である。このようなトポロジカル絶縁体において、表面のカルコゲナイド系原子層数の制御は非常に重要であり、およそ20層未満のカルコゲナイド系原子層が表面に形成されることにより、バルク(内部)の特性(絶縁性)とは異なる半導体特性を得ることができる。従って、カルコゲナイド系原子層膜をトポロジカル絶縁体として利用する場合、カルコゲナイド系原子層数が20層未満となるように制御しなければならない。
【0050】
特に、ディラック電子を利用した赤外線吸収のための最適な層数は、6層以上且つ10層以下と言われている。層数を上記範囲に制御することで、赤外線を吸収するイメージセンサとしてカルコゲナイド系原子層膜を利用することができる。そして、本実施形態によれば、薄膜状の金属酸化物単結晶母材上に大面積のカルコゲナイド系原子層を得ることができるので、感度のより高い赤外線吸収式のイメージセンサとしての利用が期待される。
【0051】
カルコゲナイド系原子層数は、反応時間、反応時の圧力、反応ガス濃度(還元性のあるカルコゲンガスの濃度)に影響する。よって、これらを制御することによって、層数を制御可能であると考えられる。
【0052】
カルコゲナイド系原子層数の判断は、透過型電子顕微鏡(TEM)像により直接的に判断する方法の他、XRR(X線反射率測定装置)による測定、結晶格子振動のラマンシフトから、間接的に判断することもできる。なお、結晶格子振動のラマンシフトから間接的に層数を判断する場合、ラマン活性な2つの振動モードの振動数の差から層数が同定できる可能性がある。
【0053】
また、合成工程にて起きるトポタクティック反応は、金属酸化物単結晶母材の外側(表面)から内側(内部)に向かって進行し、時間に応じて、表面から順に母材の金属酸化物原子層がカルコゲナイド系原子層になっていくことが実験的に確認されている。従って、反応時間等を調整することにより、母材の金属酸化物原子層の一部(最表面から所定の厚さまで)又は全部をトポタクティック反応させることができる。また、ある時間でトポタクティック反応の進行を停止した場合には、最表面から所定の層数までの原子層は全てカルコゲナイド系原子層であり、それ以降の原子層は全て金属酸化物系原子層である。このように、外側からトポタクティック反応が進行するので、多層状の金属酸化物単結晶母材を用いて合成工程を実施してトポタクティック反応を所定時間起こさせた場合、金属酸化物単結晶母材上に、単層又は数層のカルコゲナイド系原子層を有するカルコゲナイド系原子層膜を形成することができる。この場合、金属酸化物単結晶母材が絶縁体であれば、絶縁体上に半導体(カルコゲナイド系原子層)を得ることができるので、そのまま半導体デバイスとして用いることができ、半導体(カルコゲナイド系原子層膜)を母材から剥離する手間を要しない。
【0054】
[実施例1]硫化水素ガスを使用した硫化ビスマス薄膜の合成
(1)塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜の作製
1.基板の準備
金属酸化物単結晶母材としての塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜の作製にあたり、基板に塩化酸化ビスマス単結晶薄膜をエピタキシャル成長させる必要がある。ここで、塩化酸化ビスマスの面内格子定数a=3.89Åに対してチタン酸ストロンチウム(以下、STO)の面内格子定数a=3.905Åであり、格子不整合が0.4%と小さいため、STO単結晶基板(信光社製、寸法:10mm×10mm×0.5mm(厚さ)、面方位(001))を使用することとした。ここで、面方位(001)とは、基板表面に現れる結晶面が(001)面ということである。
【0055】
2.塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜の形成(母材形成工程)
塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜は、
図1にその概略構成を示すミストCVD装置10を用いて、ミストCVD法により成膜した。ミストCVD法は、上記したように、前駆体溶液PSを超音波によりミスト化し、不活性の搬送ガスによって加熱炉12内に前駆体溶液ミストを搬送し、加熱炉12内の所定位置に設置されたSTO単結晶基板上に高配向の膜を成膜する方法である。本例において、前駆体溶液は、溶媒としてのn,n-ジメチルホルムアミド(以下、DMF)に5mMの塩化ビスマス粉を溶解することにより作製した。この前駆体溶液には、金属酸化物単結晶母材の構成成分としてのビスマス、塩素、酸素が含まれている。また、ミスト発生装置11の底面には、超音波発振子19を含む超音波素子として、本田電子株式会社製の2.4MHz超音波霧化ユニットHMC-2400を設置した。また、搬送ガスとして高純度窒素ガスを使用した。加熱炉12は、直径25mmの石英管及びこの石英管の回りに設けられた電気炉(ヒータ)により構成した。この加熱炉12(石英管)内の所定位置に、準備したSTO単結晶基板を設置した。そして、加熱炉12の温度を400℃に設定し、十分温度が安定した状態で超音波素子を起動し、搬送ガスの流量を0.5L/min.、薄めガスの流量を3.5L/min.に設定して、これらを前駆体溶液ミストとともに加熱炉12内に搬送した。
【0056】
加熱炉12内に搬送された前駆体溶液ミストが加熱炉12内で分解することによって、STO単結晶基板上に塩化酸化ビスマスが堆積する。これによりSTO単結晶基板上に塩化酸化ビスマス薄膜が成膜される。本例では、成膜時間は60min.であり、膜厚30nmの薄膜がSTO単結晶基板上に成膜された。成膜したサンプルをX線回折によって確認したところ、(001)配向の塩化酸化ビスマスのピークが確認された。この結果から、STO単結晶基板上に塩化酸化ビスマス薄膜が成膜されたことがわかる。
【0057】
3.塩化酸化ビスマス薄膜の単結晶化の確認
成膜された塩化酸化ビスマス薄膜の単結晶の確認にX線回折極点測定を行った。測定結果を
図3に示す。
図3に示すように、塩化酸化ビスマスの(111)結晶面の回折角(2θ=34.833°)で極点測定を実施したところ、あおり角α=69°に4点回折スポット(No.1,2,3,4)が確認された。また、同様に、STO単結晶基板のX線回折極点測定を行った。測定結果を
図4に示す。
図4に示すように、STOの(111)結晶面の回折角(2θ=39.954°)で極点測定を実施したところ、あおり角α=54°に4点回折スポット(No.1,2,3,4)が確認された。
【0058】
塩化酸化ビスマス薄膜とSTO単結晶基板の4点の回折スポットが確認された面内回転角βは46°、136°、226°、316°と完全に一致しており、作製した塩化酸化ビスマス母材薄膜はSTO単結晶基板上にエピタキシャル成長し、単結晶であることが確認できた。
【0059】
(2)チオアセトアミドを使用したトポタクティック反応による硫化ビスマス薄膜の合成(合成工程)
密閉容器としての、内容積約32mLのガラス製耐圧容器(Biotage社製、MicrowaveVial)に、上記のように作製した塩化酸化ビスマス母材薄膜と濃度60mMのチオアセトアミド水溶液1mLを入れて、これらをガラス製耐圧容器内に密封した。そして、ガラス製耐圧容器内を温度150℃に昇温し、温度150℃で1時間維持した。これにより、ガラス製耐圧容器内のチオアセトアミド水溶液から硫化水素ガスを発生させるとともに、発生した硫化水素ガスに塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜を接触させることによって、トポタクティック反応による硫化処理を行った。このときガラス製耐圧容器中の圧力は、容器耐圧の約20atmであり、ガラス製耐圧容器中で発生した硫化水素ガスの濃度は約2vol%である。
【0060】
合成工程の終了後、ガラス製耐圧容器からサンプル(硫化水素ガスが接触した塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜)を取り出し、X線回折による結晶構造の評価を行った。その結果、STOのピーク、塩化酸化ビスマスのピークのほか、硫化ビスマスのピークが確認できた。この結果から、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜上に、硫化ビスマス薄膜が形成されていることが確認された。
【0061】
[比較例1]硫黄ガスを使用した硫化ビスマス薄膜の合成
硫黄粉末3gをアルミナボートに入れたものを、硫黄ガス発生用の加熱炉としてのSUS製管状炉に入れて、200℃に加熱した。これによりSUS製管状炉内に硫黄ガスを発生させた。また、搬送ガスとしてのアルゴンガスを流量0.5L/min.でSUS製管状炉に流し、これにより、硫黄ガスを搬送ガスとともに反応炉に導入した。反応炉は直径25mmの石英管を用いた電気炉とした。石英管内の所定位置に上記実施例1のように作製した塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜を設置した。また、反応炉(石英管)内に硫黄ガスを導入する前に、バキュームポンプを使用して石英管内の圧力を10Pa未満となるまで真空引きし、その後、バイパスラインを使用してアルゴンガスを石英管内に導入するとともに、石英管内の温度を反応温度に設定した。十分温度が安定した状態で、硫黄ガス流路のバルブを開放し、反応炉(石英管)内に硫黄ガスを搬送ガスとともに反応時間導入した。これにより、反応炉内にて、塩化酸化ビスマス母材単結晶薄膜を硫黄ガスに接触させた。反応温度は320℃、反応時間は30分、90分と条件を変えて反応を行った。反応時間経過後、反応炉からサンプル(硫黄ガスが接触した塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜)を取り出した。
【0062】
取り出したサンプルに対してX線回折による結晶構造の評価をしたところ、塩化酸化ビスマス単結晶母材に対するわずかな回折線ピークの移動は確認できたが、硫化ビスマス起因のピークは確認できなかった。従って、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜上に硫化ビスマス薄膜は形成されていないと考えられる。
【0063】
実施例1の合成工程における温度は150℃であり、比較例1の合成における温度は320℃であり、いずれも温度は100℃以上500℃未満の温度である。また、実施例1の合成工程では、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜に還元性のあるカルコゲンガス(硫化水素ガス)を接触させている。一方で、比較例1の合成では、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜に、還元性のないカルコゲンガス(硫黄ガス)を接触させている。このことから、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜に還元性のあるカルコゲンガスを接触させることによって、100℃以上500℃未満の温度条件下で、カルコゲナイド系原子層(硫化ビスマス薄膜)を生成できることがわかる。
【0064】
[実施例2]セレン化水素ガスを使用したセレン化ビスマス薄膜の作製
(1)塩化酸化ビスマス母材薄膜の作製
1.基板の準備
実施例1と同様のSTO単結晶基板を準備した。
2.塩化酸化ビスマス母材薄膜の成膜(母材形成工程)
実施例1と同様の手順で、STO単結晶基板上に塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜を成膜した。
(2)セレノ尿素を使用したトポタクティック反応によるセレン化ビスマス薄膜の合成(合成工程)
実施例1で用いたものと同じガラス製耐圧容器に、上記のように作製した塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜と濃度60mMのセレノ尿素水溶液150μLを入れて、これらをガラス製耐圧容器内に密封した。そして、ガラス製耐圧容器内を温度170℃に昇温し、温度170℃で40min.維持した。これにより、ガラス製耐圧容器内のセレノ尿素水溶液からセレン化水素ガスの蒸気を発生させるとともに、発生したセレン化水素ガスの蒸気に塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜を接触させることによって、トポタクティック反応によるセレン化処理を行った。この際、セレノ尿素を溶かす水は濃度約0.03mMの酢酸によってpHを4.8に調整している。また、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜が液体状態のセレノ尿素水溶液と接触しないよう、ガラス製耐圧容器内に石英の板を敷いて、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜とセレノ尿素水溶液とを隔てている。また、合成工程中におけるガラス製耐圧容器中の圧力は、約6atmであり、ガラス製耐圧容器中で発生したセレン化水素ガスの濃度は約0.07vol%である。合成工程の終了後、ガラス製耐圧容器からサンプル(セレン化水素ガスが接触した塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜)を取り出した。
【0065】
(3)分析機器による結晶の確認
1.X線回折による結晶構造の確認
サンプルの結晶構造をOut-of-plane X線回折で確認した。
図5は、X線回折結果を示すグラフである。
図5中、グラフA1は、市販のセレン化ビスマス(Bi
2Se
3)バルクのX線回折結果を示すグラフであり、グラフB1は、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜のX線回折結果を示すグラフであり、グラフC1は、合成工程により作製したサンプルのX線回折結果を示すグラフである。グラフB1からわかるように、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜では、2θ=12,24,36,49,63,78deg.付近にピーク(グラフB1の○で示すピーク)が見られた。これらの角度2θは塩化酸化ビスマスバルクの(001)面とその高次の面に起因する回折角と対応している。この結果から、STO単結晶基板上に確かに塩化酸化ビスマスの単結晶が成膜されており、かつ、その(001)面とその高次の面が基板面と平行となるように配向していることがわかった。
【0066】
また、グラフB1によれば、2θ=22,46,73deg.付近にも強度の高いピーク(グラフB1の□で示すピーク)が見られる。これらのピークはSTO単結晶基板の(001)面とその高次の面に起因している。一方、グラフCからわかるように、合成工程により作製したサンプルでは先程の塩化酸化ビスマスに起因したピークが消失し、代わりに、2θ=9,18,28,37,57deg.付近にピーク(グラフC1の●で示すピーク)が出現した。これらの角度2θは、グラフA1にも示されるように、セレン化ビスマスバルクの(003)面とその高次の面に起因する回折角に対応している。この結果から、作製したサンプルがセレン化ビスマスの単結晶であり、それが、(003)配向していることが分かった。また、単結晶母材から単結晶薄膜が形成されていることから、セレン化ビスマス単結晶薄膜はトポタクティック反応により生成されたものと考えられる。
【0067】
2.ラマン分光による結晶状態の評価
市販のセレン化ビスマスバルク、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜、及び、合成後のサンプル(セレン化ビスマス薄膜)について、ラマン分光による結晶状態の評価を行った。ラマン分光の測定には、Renishow inVia Reflex AP‐100079を用いた。本装置では入射光として主に532nmの緑色レーザを使用している。また、検出はストークス散乱のみとしており、受光側でストークス散乱のラマンシフト量が100cm-1以下である波長帯をフィルタで遮断し、大幅に強度を低下させている。また、セレン化ビスマスでは主にE2
g(面内)、A2
1g(面外)の2つの振動モードが光照射により生じ、それぞれラマンシフトとしては130,175cm-1に現れることが知られている(Ref: S. Jerng, et al., Journal of Nanoscale, 5, 21 (2013))。
【0068】
図6は、上記装置により計測されたラマンシフトを示すグラフである。
図6中、グラフA2は、市販のセレン化ビスマス(Bi
2Se
3)単結晶バルクのラマンシフトを示すグラフであり、グラフB2は、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜のラマンシフトを示すグラフであり、グラフC2は、合成工程により作製したサンプルのラマンシフトを示すグラフである。グラフB2に示すように、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜では143cm
-1にピークが観測されたのに対して、グラフC2に示すように、合成後のサンプル(セレン化ビスマス薄膜)では130,174cm
-1に2つのピークが観測された。また、グラフA2に示すように、市販のセレン化ビスマス単結晶バルクでもグラフC2と同様に2つのピークが見られた。この結果から、本例によって作製したセレン化ビスマス薄膜が市販のセレン化ビスマス単結晶バルクと同様のSe―Bi―Se―Bi―Seのユニットレイヤー(単位層)の振動モードを持って光学応答することが確認できた。したがって、市販のセレン化ビスマス単結晶バルクと本例のセレン化ビスマス薄膜は同様のユニットレイヤーを有していることが証明された。
【0069】
3.光電流の計測
作製したサンプル(セレン化ビスマス薄膜)が半導体化していることを確認するため、サンプル表面に電極を設置し、レーザー光照射による光電流の計測を行った。電極には銀ペーストを使用し、電極間の距離は約100μmに設定した。電極にタングステンプローブをあて、このタングステンプローブをキーサイト社製の半導体アナライザ(B1500)装置に接続した。そして、電極間にレーザ装置からレーザ光を断続的に照射し、そのときに流れる光電流を計測した。使用したレーザー装置はソーラボ製670nm4.5mWである。
【0070】
図7は、光電流の計測結果を示すグラフである。
図7に示すように、レーザ照射のonとoffを繰り返したところ、onに合わせて光電流が流れることが確認された。この結果から、サンプル表面が半導体になっていることが確認された。
【0071】
4.セレン化ビスマス薄膜の層数の制御
本例において、セレン化ビスマス薄膜の作製にはセレノ尿素水溶液を使用し、トポタクティック反応によって母材の酸素をカルコゲン(セレン)に置換する反応を使用している。このとき、セレノ尿素水溶液の濃度を変えることで、セレン化ビスマス薄膜の原子層の層数が制御できることを確認するために、セレノ尿素の濃度を10mM,20mM,40mM,60mN,80mM,120mMと変えたセレノ尿素水溶液150μLをそれぞれ作製した。そして、合成工程にて、それぞれの水溶液を、上記のガラス製耐圧容器内に塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜と共に封入し、ガラス製耐圧容器内を温度170℃に昇温し、温度170℃で40min.維持した。これによりセレノ尿素水溶液の蒸気(セレン化水素ガス)に塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜を接触させて、トポタクティック反応によるセレン化処理を行った。その後、作製した各サンプル(セレン化水素ガスが接触した塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜)をガラス製耐圧容器から取り出した。
【0072】
取り出した各サンプルの結晶構造をX線回折で確認した。
図8は、X線回折結果を示すグラフである。
図8において、グラフA3は、市販のセレン化ビスマスバルクのX線回折結果を示すグラフであり、グラフB3は、塩化酸化ビスマス単結晶母材薄膜のX線回折結果を示すグラフである。また、
図8において、グラフC3x(x=10,20,40,60,80,120)は、合成工程にて濃度xmMのセレノ尿素水溶液を用いて作製したサンプルのX線回折結果を示すグラフである。
【0073】
図8に示すように、濃度40mM以下のセレノ尿素水溶液を用いて作製したサンプルのX線回折結果のグラフ(C310,C320,C340)には、セレン化ビスマスの(003)面の6次ピークにあたる57deg.付近(Bi
2Se
3(0018))にピークがほとんど見られない。これに対し、濃度60mM以上のセレノ尿素水溶液を用いて作製したサンプルのX線回折結果のグラフ(C360,C380,C3120)には、57deg.付近にピークが見られることが確認できる。このことから、濃度60mM以上のセレノ尿素水溶液を用いて作製したサンプルでは6層目のセレン化ビスマスの原子層が形成されていることが推定できる。また、濃度60mM以上である場合、濃度が高いほど、57deg.付近のピークが高くなることが確認できた。このことから、セレノ尿素水溶液の濃度によってセレン化ビスマスの原子層の層数の制御が容易にできることが確認できた。
【0074】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるべきものではない。例えば、上記実施例では、カルコゲナイド系原子層膜として硫化ビスマス薄膜及びセレン化ビスマス薄膜の製造方法を例示したが、それ以外のカルコゲナイド系原子層膜にも本発明を適用することができる。また、上記実施例では、密閉容器中に封入したカルコゲンを含む水溶液(チオアセトアミド水溶液、セレノ尿素水溶液)を加熱してカルコゲン化水素ガスを発生させる例を示したが、例えば還元剤法によりカルコゲン化水素ガスを発生させても良い。このように、本発明は、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、変形可能である。
【符号の説明】
【0075】
10…ミストCVD装置、11…ミスト発生装置、12…加熱炉、13…トラップ容器、14…ガス配管、15…搬送ガス配管、16…ミスト配管、17…出口配管、18…廃気配管、19…超音波発振子、20…反応装置、21…密閉容器、22…ヒータ