(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023122061
(43)【公開日】2023-09-01
(54)【発明の名称】農作物栽培に関する情報取得方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G06Q 50/02 20120101AFI20230825BHJP
G06Q 10/04 20230101ALI20230825BHJP
【FI】
G06Q50/02
G06Q10/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022025489
(22)【出願日】2022-02-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】590002389
【氏名又は名称】静岡県
(71)【出願人】
【識別番号】000116622
【氏名又は名称】愛知県
(74)【代理人】
【識別番号】100087480
【弁理士】
【氏名又は名称】片山 修平
(72)【発明者】
【氏名】今西 俊介
(72)【発明者】
【氏名】筧 雄介
(72)【発明者】
【氏名】大石 直記
(72)【発明者】
【氏名】前島 慎一郎
(72)【発明者】
【氏名】今原 淳吾
(72)【発明者】
【氏名】樋江井 清隆
【テーマコード(参考)】
5L049
【Fターム(参考)】
5L049AA04
5L049CC01
(57)【要約】
【課題】所定の栽培条件下で栽培したときの農作物の成分量や、所望の成分量を含む農作物を得るための栽培条件を簡易に取得できるようにする。
【解決手段】農作物の栽培環境と、前記農作物に特定成分が含まれることと関連する第1の遺伝子の発現量と、の間の第1の関係と、前記第1の遺伝子の発現量と、前記農作物に含まれる成分量との間の第2の関係と、を用いて、前記農作物の栽培環境と前記農作物に含まれる成分量との関係を示すモデルを生成する第1工程と、栽培条件又は所望の成分量を前記モデルに入力することで、前記栽培条件で栽培したときに前記農作物に含まれる成分量又は前記農作物が前記所望の成分量を含むように栽培するための栽培条件を得る第2工程と、を実行することにより、所定の栽培条件下で栽培したときの農作物の成分量や、所望の成分量を含む農作物を得るための栽培条件を取得可能にする。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
農作物の栽培環境と、前記農作物に特定成分が含まれることと関連する第1の遺伝子の発現量と、の間の第1の関係と、前記第1の遺伝子の発現量と、前記農作物に含まれる成分量との間の第2の関係と、を用いて、前記農作物の栽培環境と前記農作物に含まれる成分量との関係を示すモデルを生成する第1工程と、
栽培条件又は所望の成分量を前記モデルに入力することで、前記栽培条件で栽培したときに前記農作物に含まれる成分量又は前記農作物が前記所望の成分量を含むように栽培するための栽培条件を得る第2工程と、
を含む農作物栽培に関する情報取得方法。
【請求項2】
前記第2工程では、前記所望の成分量として複数種類の成分量を前記モデルに入力し、前記複数種類の成分量を前記農作物が含むような栽培条件を得る、ことを特徴とする請求項1に記載の農作物栽培に関する情報取得方法。
【請求項3】
前記第1の遺伝子は、アブシジン酸関連遺伝子及び糖輸送関連遺伝子の少なくとも一方を含む、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の農作物栽培に関する情報取得方法。
【請求項4】
前記農作物はトマト、イチゴ、ほうれん草であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の農作物栽培に関する情報取得方法。
【請求項5】
コンピュータに、
農作物の栽培環境と、前記農作物に特定成分が含まれることと関連する第1の遺伝子の発現量と、の間の第1の関係と、前記第1の遺伝子の発現量と、前記農作物に含まれる成分量との間の第2の関係と、を用いて、前記農作物の栽培環境と前記農作物に含まれる成分量との関係を示すモデルを生成する第1工程と、
栽培条件又は所望の成分量を前記モデルに入力することで、前記栽培条件で栽培したときに前記農作物に含まれる成分量又は前記農作物が前記所望の成分量を含むように栽培するための栽培条件を推定する第2工程と、
を実行させることを特徴とする農作物栽培に関する情報取得プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農作物栽培に関する情報取得方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、農業では、栽培を繰り返す試行錯誤により、品種や地理的条件に応じた技術の改善を図ってきた。例えば、トマト等の栽培法を改善する場合、栽培試験により、新しい技術と従来の方法とを比較することで、適した栽培法を試行錯誤するのが一般的である。このため、新しい地域で栽培を始める場合や、新しい栽培方法や品種を導入する場合には、多数の試験栽培による試行錯誤が必要であり、適正な栽培法を確立させるまでに長期間を要する。
【0003】
なお、特許文献1、2等には、制御機器の制御情報や植物育成作業に関する情報を含む植物育成情報を、ネットワークを通じて顧客に提供する技術について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006-333744号公報
【特許文献2】特開2006-254775号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、需要ニーズの多様化が急速に進む中で、それらに迅速に対応した目標品質・成分含量を達成することが可能な生産方法を迅速に確立することが必要である。
【0006】
本発明は、所定の栽培条件下で栽培したときの農作物の成分量や、所望の成分量を含む農作物を得るための栽培条件を簡易に取得することが可能な農作物栽培に関する情報取得方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の農作物栽培に関する情報取得方法は、農作物の栽培環境と、前記農作物に特定成分が含まれることと関連する第1の遺伝子の発現量と、の間の第1の関係と、前記第1の遺伝子の発現量と、前記農作物に含まれる成分量との間の第2の関係と、を用いて、前記農作物の栽培環境と前記農作物に含まれる成分量との関係を示すモデルを生成する第1工程と、栽培条件又は所望の成分量を前記モデルに入力することで、前記栽培条件で栽培したときに前記農作物に含まれる成分量又は前記農作物が前記所望の成分量を含むように栽培するための栽培条件を得る第2工程と、を含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明の農作物栽培に関する情報取得方法及びプログラムは、所定の栽培条件下で栽培したときの農作物の成分量や、所望の成分量を含む農作物を得るための栽培条件を簡易に取得することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1(a)は、トマトにおける収量と糖度の関係を示すグラフであり、
図1(b)は、トマトにおける糖度とグルタミン酸の関係を示すグラフであり、
図1(c)は、トマトにおける糖度と酸度の関係を示すグラフである。
【
図2】一実施形態に係る農業システムの構成を示す図である。
【
図3】
図1のサーバのハードウェア構成を示す図である。
【
図5】モデル生成部の処理を示すフローチャートである。
【
図6】モデル生成部が生成するシミュレーションモデルの概要を示す図である。
【
図7】
図7(a)~
図7(d)は、品種(オランダ品種/日本品種)と、栽培条件(栽培環境)と、収穫量及び糖度と、の関係を示すグラフである。
【
図8】糖度に関するシミュレーションモデルを生成する際に選抜した遺伝子の遺伝子番号と遺伝子配列を示す図である。
【
図9】品種別のSWEET12cファミリー遺伝子の発現量と、品種別の平均糖度とを比較した結果を示すグラフである。
【
図10】
図10(a)~
図10(c)は、栽培環境別の緑熟期(未成熟果実)におけるSUTファミリー遺伝子、STP遺伝子の発現量、SWEET12c遺伝子の発現量を示すグラフである。
【
図11】
図11(a)、
図11(b)は、栽培環境別の緑熟期における細胞壁関連遺伝子の発現量、アブシジン酸・塩ストレス関連遺伝子の発現量を示すグラフである。
【
図12】情報推定部の処理を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、高糖度トマトの栽培シミュレーションに関する一実施形態について説明する。なお、本実施形態の栽培シミュレーションはトマト以外の農作物(例えばイチゴ、ホウレンソウなど)についても適用することが可能である。
【0011】
高糖度トマトの栽培技術に関して、以下のことが知られている。
(1)従来の高糖度トマトの栽培技術例
例えば、以下に示す(a)~(c)の方法や、その他の方法を組み合わせることで、糖度8以上の高糖度トマトを栽培することができることが知られている。
(a)吸水量の制限(水やり頻度を低くする、土壌水分率の制御、塩類の添加による浸透圧の上昇により吸水を阻害する)。
(b)もともと糖度の高い品種を用いる。
(c)根圏の制限(小さなポットを使う、遮根シート・フィルムを用いる)。
(2)高糖度トマト栽培の特徴
一般的に糖度が高いほど果実サイズが小さくなるため、
図1(a)のグラフに示すように糖度が高いほど収量が少なくなる。このため、中玉サイズのトマトを収穫したい場合には、大玉の品種を栽培するなどする。
また、
図1(b)、
図1(c)に示すように、一般的に、糖度と旨味成分(グルタミン酸など)及び糖度と酸度(クエン酸など有機酸の量)は比例することが知られている。
【0012】
このような高糖度トマトの栽培方法を確立するためには、栽培試験を繰り返すことで試行錯誤する必要があった。一方、近年においては、分子生物学的手法を用い、植物体内の遺伝子発現や代謝産物等の動態を解析すること、いわゆるオミクス研究が行われ、多くの知見が蓄積しつつある。しかしながら、現時点では、これらの知見は栽培技術の向上に結び付いていない。
【0013】
本発明者は、このような背景から、植物体内の分子変動から解明した生理機構に基づき、品種・品目の特性に応じた栽培技術を短時間で構築する手法(栽培シミュレーション)を開発した。
【0014】
図2には、本実施形態の栽培シミュレーションを実現するための農業支援システム100の構成が概略的に示されている。
図2に示すように、農業支援システム100は、利用者端末70と、サーバ10と、を備える。利用者端末70及びサーバ10は、インターネットなどのネットワーク80に接続されている。
【0015】
利用者端末70は、トマト生産者等が利用するPC(Personal Computer)やスマートフォンなどの端末である。利用者端末70の利用者は、利用者端末70に対して、トマトの栽培条件を入力したり、トマトの成分量(所望とする成分量)を入力する。利用者端末70は、利用者によって入力された情報をサーバ10に送信し、サーバ10から送信されてくる情報を出力(表示)し、利用者に提供する。
【0016】
サーバ10は、トマト栽培をシミュレーションするためのモデル(シミュレーションモデル)を生成する。また、サーバ10は、利用者が入力した情報を利用者端末70から取得すると、取得した情報をシミュレーションモデルに投入することで利用者が必要とする情報を推定し、推定した情報を利用者端末70に出力する。なお、サーバ10は、トマト等の生産団体や種苗会社などが管理しているものとする。
【0017】
図3には、サーバ10のハードウェア構成が示されている。
図3に示すように、サーバ10は、CPU(Central Processing Unit)90、ROM(Read Only Memory)92、RAM(Random Access Memory)94、記憶部(ここではHDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive))96、ネットワークインタフェース97、及び可搬型記憶媒体用ドライブ99等を備えている。これらサーバ10の構成各部は、バス98に接続されている。サーバ10では、ROM92あるいは記憶部96に格納されているプログラム(農作物栽培に関する情報取得プログラムを含む)、或いは可搬型記憶媒体用ドライブ99が可搬型記憶媒体91から読み取ったプログラムをCPU90が実行することにより、
図4に示す各部の機能が実現される。なお、
図4の各部の機能は、例えば、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field Programmable Gate Array)等の集積回路により実現されてもよい。
【0018】
図4には、サーバ10の機能ブロック図が示されている。サーバ10においては、CPU90がプログラムを実行することにより、
図4に示すように、モデル生成部32、入力情報受付部34、情報推定部36、出力部38としての機能が実現されている。
【0019】
モデル生成部32は、栽培条件DB50に格納されている過去の栽培条件のデータと、遺伝子発現量DB52に格納されている遺伝子の発現量データとの関係(第1の関係)を特定する。また、モデル生成部32は、遺伝子発現量DB52に格納されている遺伝子の発現量データと、成分量DB54に格納されているトマトに含まれる成分量との関係(第2の関係)を特定する。そして、モデル生成部32は、第1の関係と第2の関係とを用いて、栽培シミュレーションを行うためのモデル(シミュレーションモデル)を生成する。このシミュレーションモデルは、栽培条件と、当該栽培条件で栽培したトマトに含まれる成分量と、の関係を示すモデルである。
【0020】
ここで、栽培条件DB50には、実際に栽培試験を行ったときの栽培条件(栽培場所、培地条件、給液条件など)のデータが格納されている。また、遺伝子発現量DB52には、栽培条件DB50に格納された栽培条件と紐付けられた状態で、各栽培条件で栽培したトマトから得られた全遺伝子の発現(トランスクリプトーム)データ等が格納されている。更に、成分量DB54には、栽培条件DB50に格納された栽培条件と紐付けられた状態で、各栽培条件で栽培したトマトに含まれる成分(糖度、酸度、リコペン濃度、新鮮重、乾物率、クエン酸、リンゴ酸、アスパラギン酸、グルタミン酸、グルタミン、GABA、フルクトース、グルコース、スクロース濃度など)のデータが格納されている。
【0021】
入力情報受付部34は、利用者が利用者端末70に対して入力した情報を取得し、情報推定部36に受け渡す。ここで、利用者は、前述のように、トマトの栽培条件や、トマトの成分量(所望とする成分量)を入力する。
【0022】
情報推定部36は、入力情報受付部34が取得した情報を、モデル生成部32が生成したシミュレーションモデルに投入する。ここで、入力情報受付部34が取得した情報が、栽培条件であった場合には、情報推定部36は当該栽培条件をシミュレーションモデルに投入することで、当該栽培条件で栽培したときに得られるトマトに含まれる成分量を推定することができる。また、入力情報受付部34が取得した情報が、所望とする成分量であった場合には、情報推定部36は当該成分量をシミュレーションモデルに投入することで、当該成分量のトマトを得るための栽培条件を推定することができる。情報推定部36は、推定した情報を出力部38に受け渡す。
【0023】
出力部38は、情報推定部36が推定した情報を受け取ると、利用者端末70に対して、当該情報を出力する。利用者端末70では、出力部38から送信されてきた情報を取得し、表示画面に表示するなどする。
【0024】
(モデル生成部32の処理)
図5には、モデル生成部32の処理がフローチャートにて示されている。また、
図6には、モデル生成部32が生成するシミュレーションモデルの概要が示されている。
【0025】
図5の処理が開始されると、まず、ステップS10において、モデル生成部32は、栽培条件と遺伝子の発現量と、の関係(第1の関係)を取得する。栽培条件には、
図6に示すように品種、栽植密度、栽培段数、日射量、気温、湿度、水分量、養液EC、養液pHなどが含まれる。モデル生成部32は、栽培条件DB50に格納されている各栽培条件と、遺伝子発現量DB52に格納されている各遺伝子の発現量との関係(第1の関係)を、例えば重回帰分析、一般化線形(GLM)モデル、機械学習モデルとしてサポートベクターマシーン、ランダムフォレスト(RF)、配向ブースティング(XGBoost,LightGBM)、ニューラルネットワーク(CNN)などを用いて取得する。なお、第1の関係は、栽培条件と遺伝子の組み合わせ数に応じた数(例えば百万以上)だけ存在する。したがって、本実施形態では、実際にシミュレーションモデルの生成に用いる第1の関係を、機械学習モデル作成において一般的に使われているLasso,Elastic net,Borutaといった変数選択手法や、分子生物学情報などを用いて選抜することとしている。
【0026】
次いで、
図5のステップS12では、モデル生成部32は、遺伝子の発現量と、栽培された農作物における成分量との関係(第2の関係)を取得する。なお、成分量には、
図6に示すように、糖度、酸度、リコペンの量、新鮮重、乾物率、クエン酸量、グルタミン酸量等が含まれる。モデル生成部32は、遺伝子発現量DB52に格納されている各遺伝子の発現量と、成分量DB54に格納されている各遺伝子の発現量に応じて変化する成分量との関係(第2の関係)を、例えば、重回帰分析、一般化線形(GLM)モデル、機械学習モデルとしてサポートベクターマシーン、ランダムフォレスト(RF)、配向ブースティング(XGBoost,LightGBM)、ニューラルネットワーク(CNN)などを用いて取得する。なお、第2の関係は、遺伝子と成分の組み合わせ数に応じた数(例えば数十万)だけ存在する。したがって、本実施形態では、シミュレーションモデルの生成に用いる第2の関係を、上記第1の関係と同様にして選抜することとしている。
【0027】
次いで、ステップS14では、モデル生成部32は、第1の関係と第2の関係とに基づいて栽培シミュレーションに用いるモデル(シミュレーションモデル)を生成する。このシミュレーションモデルは、栽培条件と、成分量との関係を示すモデルであるといえる。本実施形態では、シミュレーションモデル生成に用いる第1の関係及び第2の関係を上記のようにして選抜しているので、計算コストが少なくなり、モデルの頑健性を損なわないようにすることができる。
【0028】
(糖度のシミュレーションモデルについて)
以下においては、一例として、トマトの糖度を推定するためのシミュレーションモデルについて説明する。
【0029】
図7(a)~
図7(d)には、品種(オランダ品種/日本品種)と、栽培条件(栽培環境)と、収穫量及び糖度と、の関係が示されている。
【0030】
図7(a)に示すように、同じ栽培環境で栽培したオランダ品種(マナグア:MNG)の場合、給水量が慣行の場合(Flow_1)と比較して、給水量を66%に絞ったもの(Flow_0.66)、給水量を33%に絞ったもの(Flow_0.33)は、週あたり収穫量(kg)(yield.kg.week)が減ることがわかる。また、養液EC(栄養塩類濃度による電気伝導度)が0.8(EC0.8)、2.6(EC2.6)、4.2(EC4.2)と上がるにつれて、週あたり収穫量が減ることがわかる。一方、果実糖度(brix)については、
図7(b)に示すように、給水量が慣行の場合(Flow_1)と比較して、給水量を66%に絞ったもの(Flow_0.66)、給水量を33%に絞ったもの(Flow_0.33)は、上昇することがわかる。また、養液EC(栄養塩類濃度による電気伝導度)が0.8(EC0.8)、2.6(EC2.6)、4.2(EC4.2)と上がるにつれて、果実糖度(brix)が上昇することがわかる。このような収穫量と糖度が反比例する関係は、
図1(a)で示した通りである。
【0031】
これに対し、日本品種(CF桃太郎ヨーク:CFMoY、桃太郎グランデ:MoG)の場合、収穫量の減少については、
図7(c)に示すようにオランダ品種と同等であるものの、果実糖度の上昇幅は
図7(d)に示すようにオランダ品種よりも大きくなっている。
【0032】
本実施形態では、このような品種、糖度、栽培環境の関係性を全て同一のモデルで精度よく計算できるように、糖度に関するシミュレーションモデルを生成する。
【0033】
(遺伝子の選抜について)
糖度に関するシミュレーションモデルを生成する際には、全遺伝子の中から糖度に関連する情報がある遺伝子を選抜することで、モデルの頑健性を上げる。本実施形態では、一例として、以下の遺伝子を選抜した。
Sucrose transporter(SUT)ファミリーのSolyc04g076960
Sugar transporter(STP)のSolyc02g079220
SWEETファミリー遺伝子のSolyc03g097620(SWEET12b)
SWEETファミリー遺伝子のSolyc05g024260(SWEET12c)
細胞壁関連遺伝子Solyc09g010080
アブシジン酸・塩ストレス関連遺伝子Solyc10g007080
【0034】
なお、上記各遺伝子の発現量を測定する場合、
図8に示すような遺伝子配列を有する、又は
図8に示す遺伝子配列に最も近い配列を有する遺伝子転写産物の量を測定する。
【0035】
ここで、上記のような遺伝子を選抜したのは、各遺伝子について以下のことが知られているからである。
(1)糖の輸送は主に師管を通して行われるが、SUTファミリー遺伝子は糖の師管への積み込みを行う。したがって、SUTファミリー遺伝子発現は光合成により植物が合成した糖を葉で師管に積み込むとともに、他の組織へ糖を転流させる働きを持つ。
(2)STP遺伝子も花や果実内で発達段階や栄養状態に応じて糖輸送を担う遺伝子である。
(3)SWEET12bとSWEET12cを含むSWEETファミリー遺伝子は、糖の師管からの積み下ろしを行う。
(4)SWEET12c遺伝子は、果実への一時的な糖の貯蔵形態であるデンプン蓄積が特に多く行われるトマトの果実肥大後期に多く発現し、特に糖度の品種間差との関連性が高い。このことは、
図9(品種別のSWEET12cファミリー遺伝子の発現量と、品種別の平均糖度とを比較した結果)からわかる。また、このデンプンが果実の成熟に従って糖に代謝されることが知られている。ただし、SWEET12c遺伝子発現は栽培条件の違いによるトマト果実糖度の変動とは関連性がそこまで高くない。なお、
図9の左側のグラフの横軸の遺伝子発現量は、標準化をしていない遺伝子発現量をlog2の値として示したものである。
【0036】
(どの時期の遺伝子発現量と糖度を用いるかについて)
図10(a)には、栽培環境別の緑熟期(未成熟果実)におけるSUTファミリー遺伝子の発現量が示されている。
図10(b)、
図10(c)には、栽培環境別の緑熟期におけるSTP遺伝子の発現量、SWEET12c遺伝子の発現量が示されている。また、
図11(a)、
図11(b)には、栽培環境別の緑熟期における細胞壁関連遺伝子の発現量、アブシジン酸・塩ストレス関連遺伝子の発現量が示されている。なお、
図10(a)~
図11(b)の縦軸の遺伝子発現量は、以下の配列により識別されるUBQ6遺伝子の発現量を用いて標準化した相対値として計算し、log2の値として示したものである。
UBQ6:
AGGCACTATTGTGGTAAATGTGGGCTTACCTATGTTTACCAGAAGGCTGGTGGTGATTAG
【0037】
図10(a)~
図11(b)及び
図7(d)からは、緑熟期における遺伝子の発現と、果実の糖度との相関が高いことがわかる。このため、遺伝子発現量については、緑熟期のトマトにおける遺伝子発現量を用いることとした。
【0038】
本実施形態では、上述したような種々の知見に基づいて、糖度のシミュレーションモデルを生成する際に着目する遺伝子発現量を選定した。また、糖度については、日積算気温420℃前後に収穫されたトマトの果実糖度(糖度計で測定されるBrix値)の平均値を用いることとした。このように日積算気温420℃におけるトマトの糖度を用いることとしたのは、緑熟期から20日や30日後におけるトマトの糖度を用いる場合よりも果実の発達や成熟をより精度よく表しているといえるからである。
【0039】
(糖度以外のシミュレーションモデルについて)
グルタミン酸など、糖度以外の果実成分についてのシミュレーションモデルについても、上述した糖度のシミュレーションモデルと同様にしてそれぞれ生成することができる。すなわち、成分ごとに、シミュレーションモデルの生成に用いる遺伝子を選抜するとともに、どの時期の遺伝子発現量や成分量を用いるかを絞り込むことで、シミュレーションモデルの頑健性を上げることができる。
【0040】
(情報推定部36の処理について)
次に、情報推定部36の処理について、
図12のフローチャートに沿って詳細に説明する。
【0041】
情報推定部36は、
図12のステップS20では、利用者端末70から情報が入力されるまで待機する。利用者端末70から入力情報受付部34に情報が入力されると、情報推定部36は、ステップS22に移行し、入力された情報を入力情報受付部34から取得し、シミュレーションモデルに入力(投入)する。
【0042】
次いで、ステップS24では、シミュレーションモデルから出力される情報(推定結果)を出力部38を介して出力する。例えば、シミュレーションモデルに栽培条件を入力すると、シミュレーションモデルからは、当該栽培条件下で栽培されたトマトに含まれる成分量の推定結果が出力される。また、例えば、シミュレーションモデルに所望とする成分量が入力されたとすると、シミュレーションモデルからは、当該成分量を含有するトマトを得るための栽培条件の推定結果が出力される。
【0043】
(実施例)
ここで、モデル生成部32で生成されたシミュレーションモデルを用いて、所望の糖度とグルタミン酸量となるような環境条件を推定し、推定した環境条件に制御した実施例について説明する。
【0044】
これまでは、糖度とグルタミン酸量は、
図1(b)に示すように比例関係にあり、別々に制御する方法は知られていなかった。本実施形態では、同じ品種を2つの異なる栽培条件で生育させ、糖度が同等である一方で、グルタミン酸量が有意に異なるトマト果実が得られるような環境条件をシミュレーションモデルを用いて推定した。そして、推定された環境条件に基づいて環境制御を行い、トマトを栽培した。より具体的には、品種:桃太郎ヨークを、一方の制御(制御Aと呼ぶ)では大塚養液処方AでEC2.6、ロックウールスラブを土壌水分計で測定したときの水分率が36%になるように制御した。もう一方の制御(制御Bと呼ぶ)では、大塚養液処方AでEC3.4、ロックウールスラブの水分率が48%になるように制御した。なお、実際には、10月に定植し、果実肥大が始まる前の開花直後(12月)までに上記の設定になるように段階的に環境条件を調整した。
【0045】
そして、1月最終週の一週間で得られた完熟果実の糖度とグルタミン酸量を比較した。その結果、糖度については、
図13(a)に示すように統計的に差がなかったが、グルタミン酸量については、
図13(b)に示すように制御Bの方が有意に高くなるという結果を得ることができた。
【0046】
以上、詳細に説明したように、本実施形態によると、モデル生成部32は、農作物の栽培条件と、農作物に特定成分が含まれることと関連する遺伝子の発現量と、の間の第1の関係と、遺伝子の発現量と、農作物に含まれる成分量との間の第2の関係と、を用いて、農作物の栽培条件と農作物に含まれる成分量との関係を示すシミュレーションモデルを生成する。そして、情報推定部36は、栽培条件又は所望の成分量をシミュレーションモデルに入力することで、入力した栽培条件で栽培したときに農作物に含まれる成分量又は農作物が入力した所望の成分量を含むように栽培するための栽培条件を推定する。これにより、栽培試験を繰り返す試行錯誤を行わなくても、利用者が入力した栽培条件で栽培した場合の農作物の成分量や、利用者が入力した所望の成分量の農作物を栽培するための栽培条件を精度よく推定することができる。例えば、試行錯誤をする場合、栽培方法を確立するためには5年~10年程度要することもあるが、本実施形態の方法を用いる場合には、1年分の栽培データや遺伝子データ、成分量データを集めればよい。
【0047】
また、本実施形態では、シミュレーションモデルを用いることで、複数の成分(例えば、糖度とグルタミン酸量)を所望の量とするための栽培条件を利用者に提示することができる。これにより、従来は単独で制御するのが難しいと考えられていた成分量についても、所望の量となるように、環境制御を行うことが可能となる。
【0048】
なお、上記実施形態では、サーバ10が
図4の各機能を有する場合について説明したが、これに限られるものではない。例えば、利用者端末70が
図4の各機能を有することとしても良い。
【0049】
なお、サーバ10は、栽培制御機器メーカ、施設環境制御システムメーカ、ICTシステムメーカが管理することもできる。例えば、栽培制御機器メーカがサーバ10を管理する場合、サーバ10は、利用者が入力した成分量となるような環境条件を推定し、当該環境条件となるように栽培制御機器を制御するようにすることができる。
【0050】
なお、上記の処理機能は、コンピュータによって実現することができる。その場合、処理装置が有すべき機能の処理内容を記述したプログラムが提供される。そのプログラムをコンピュータで実行することにより、上記処理機能がコンピュータ上で実現される。処理内容を記述したプログラムは、コンピュータで読み取り可能な記憶媒体(ただし、搬送波は除く)に記録しておくことができる。
【0051】
プログラムを流通させる場合には、例えば、そのプログラムが記録されたDVD(Digital Versatile Disc)、CD-ROM(Compact Disc Read Only Memory)などの可搬型記憶媒体の形態で販売される。また、プログラムをサーバコンピュータの記憶装置に格納しておき、ネットワークを介して、サーバコンピュータから他のコンピュータにそのプログラムを転送することもできる。
【0052】
プログラムを実行するコンピュータは、例えば、可搬型記憶媒体に記録されたプログラムもしくはサーバコンピュータから転送されたプログラムを、自己の記憶装置に格納する。そして、コンピュータは、自己の記憶装置からプログラムを読み取り、プログラムに従った処理を実行する。なお、コンピュータは、可搬型記憶媒体から直接プログラムを読み取り、そのプログラムに従った処理を実行することもできる。また、コンピュータは、サーバコンピュータからプログラムが転送されるごとに、逐次、受け取ったプログラムに従った処理を実行することもできる。
【0053】
上述した実施形態は本発明の好適な実施の例である。但し、これに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変形実施可能である。
【符号の説明】
【0054】
10 サーバ
32 モデル生成部
34 入力情報受付部
36 情報推定部
38 出力部
50 栽培条件DB
52 遺伝子発現量DB
54 成分量DB
70 利用者端末
100 農業支援システム
【配列表】