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特開2023-123384金属及び/又は金属化合物の粉体の分離方法
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  • 特開-金属及び/又は金属化合物の粉体の分離方法 図1
  • 特開-金属及び/又は金属化合物の粉体の分離方法 図2
  • 特開-金属及び/又は金属化合物の粉体の分離方法 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023123384
(43)【公開日】2023-09-05
(54)【発明の名称】金属及び/又は金属化合物の粉体の分離方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 9/04 20060101AFI20230829BHJP
   C22B 25/00 20060101ALI20230829BHJP
   C22B 13/00 20060101ALI20230829BHJP
   C22B 3/20 20060101ALI20230829BHJP
   C22B 7/02 20060101ALI20230829BHJP
【FI】
C25D9/04
C22B25/00 101
C22B13/00 101
C22B3/20
C22B7/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023021923
(22)【出願日】2023-02-15
(31)【優先権主張番号】P 2022027172
(32)【優先日】2022-02-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】石原 真吾
(72)【発明者】
【氏名】久志本 築
(72)【発明者】
【氏名】加納 純也
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA20
4K001AA24
4K001BA14
4K001CA05
4K001DB21
(57)【要約】
【課題】例えば銅製錬で生じる転炉煙灰等の、2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体により構成される混合物から、目的の元素を選択的に分離する方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る分離方法は、2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体により構成される混合物を対象とし、その混合物を実質的に溶解しない液体に分散してスラリーとして、次いで、スラリーに陽極と陰極とからなる電極対を挿入して電圧を印加することにより、特定の金属及び/又は金属化合物の粉体を陰極及び/又は陽極上に析出させる。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体により構成される混合物を対象とし、該混合物を実質的に溶解しない液体に分散してスラリーとして、次いで、該スラリーに陽極と陰極とからなる電極対を挿入して電圧を印加することにより、特定の金属及び/又は金属化合物の粉体を陰極及び/又は陽極上に析出させる、
分離方法。
【請求項2】
前記混合物は、酸化スズ、及び硫酸鉛のいずれか1つ以上を含むものである、
請求項1に記載の分離方法。
【請求項3】
前記液体は、水又は塩類の水溶液である、
請求項1に記載の分離方法。
【請求項4】
前記電極対を挿入したスラリーに電圧を印加する際に、前記粉体を分散した該スラリーのpHを調整する、
請求項1に記載の分離方法。
【請求項5】
前記混合物をスラリーとするのに先立ち、該混合物にカルボン酸を添加して粉砕する、
請求項1に記載の分離方法。
【請求項6】
前記カルボン酸は、ジカルボン酸を含む、
請求項5に記載の分離方法。
【請求項7】
前記ジカルボン酸は、コハク酸又はコハク酸誘導体を含む、
請求項6に記載の分離方法。
【請求項8】
前記混合物は、煙灰に由来するものである、
請求項1乃至7のいずれかに記載の分離方法。
【請求項9】
前記煙灰は、銅の乾式製錬における転炉で発生した煙灰を含み、
前記煙灰に含まれる酸化スズと硫酸鉛とを相互分離する、
請求項8に記載の分離方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属及び/又は金属化合物の粉体の分離方法に関する。より詳しくは、例えば非鉄金属の製錬プロセスで産出する煙灰等の、金属や金属化合物を含む粉体の混合物から特定の金属や金属化合物を選択的に分離し回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非鉄金属の鉱石には、主成分の金属元素以外に複数の元素が随伴して存在している。これらの随伴元素は、主成分の金属元素に対しては不純物という位置付けであるが、個々の元素に着目すると主成分の金属元素以上に希少で、価値が高く、経済的に回収価値が高い場合が少なくない。
【0003】
しかしながら、一般的に随伴元素は、主成分の金属と比べて含有量が少なく、化学的、物理的性質が主成分の金属と類似し、化学的形態も元素毎に異なるため、随伴元素のみを選択的に分離回収することは容易ではなかった。
【0004】
例えば、代表的な非鉄金属である銅の製錬では、銅を含有する鉱石を選鉱等の方法で濃縮した銅精鉱を得た後、その銅精鉱を自熔炉に投入して硫化銅を得る。続いて、得られた硫化銅を転炉や精製炉に装入し、酸化と還元の処理を行う乾式製錬工程に付すことで粗銅を得る。そして、得られた粗銅を電解精製に付すことで高純度な電気銅を得る。このような乾式製錬工程では、精製して得られる硫化銅や粗銅等の熔体のほかにも、製錬過程で揮発した金属化合物や飛沫として物理的に混入した融体粒子を含む粉体が煙灰(「ダスト」とも言われる)となることが知られている。
【0005】
具体的に、転炉で発生する転炉煙灰は、随伴元素が濃縮分離された中間物であるが、数十元素の化合物からなる複雑な混合物である。これらの煙灰をそのまま廃棄することは環境面で好ましいことではなく、また経済的に有価な元素も多量に含まれるため、回収し有効に活用することが望まれる。しかしながら、雑多な成分を含む煙灰から有価な元素を選択的に分離することは困難であった。
【0006】
具体例として、転炉煙灰中に存在する元素の中でも比較的含有量が多く、かつ、価格も高額であって経済的に回収価値が高い元素の代表的なものの一つとして、スズ(Sn)がある。ところが、スズは、しばしば化学的に不活性な酸化スズ(IV)の形態で存在するため、選択的な溶解、分離は特に困難であった。
【0007】
転炉煙灰等から特定元素を分離する方法は、複数提案されている。しかしながら、選択的な分離には未だ改善の余地があり、また特にスズの分離回収について明記されたものは知られていない。
【0008】
例えば、特許文献1、特許文献2には、転炉で発生する煙灰(転炉ダスト)を希硫酸で浸出し、その浸出液を二酸化硫黄で還元し、次いで硫化水素又は硫化水素ナトリウムで銅やヒ素を分離し、さらに硫化水素又は硫化水素ナトリウムを加えることによりカドミウムを分離し、最後に中和で亜鉛や鉄を回収する方法が開示されている。しかしながら、工業的に、特に銅の乾式製錬で副成し最も容易に利用できる、硫酸で溶解するプロセスでは、硫酸に溶解しにくい酸化スズ(IV)の形態で存在するスズ(Sn)は、共存する鉛、アンチモン、ビスマス等と共に残渣に分配されるため、濃縮、分離が困難であった。なお、鉛は硫酸鉛、アンチモンやビスマスは酸化アンチモンや酸化ビスマスの形態で存在するものが多く、硫酸で溶解することは容易ではない。
【0009】
また、特許文献3には、転炉ダストを硫酸で浸出し、残渣として鉛滓を回収したのち、その浸出液に炭酸カルシウム、過酸化水素、水酸化カルシウムを作用させて銅、鉄を含む中和滓を回収し、さらに濾液に硫酸、硫化水素ナトリウムを順次添加して硫化物としてカドミウムを分離し、最後の水溶液を中和することにより亜鉛を回収するプロセスが開示されている。しかしながら、硫酸で浸出した浸出液を処理する方法は、特許文献1及び2の技術とは異なるものの、スズは鉛滓に分配され、共存する鉛、アンチモン、ビスマス等と十分に分離することができなかった。
【0010】
また、特許文献4には、電気炉で発生する電気炉ダストを硝酸で浸出し、残渣として鉄とケイ素を酸化物として分離し、水溶液に亜鉛粉を添加して、銅、鉛、カドミウムを金属単体として沈殿させ、最後に母液を電解して亜鉛を金属単体として回収するというプロセスが開示されている。この方法では、鉛が浸出され除去されるため、浸出残渣中に存在するスズが相対的に濃縮される利点がある。しかしながら、電気炉ダスト中に大過剰に共存する鉛を硝酸に溶解し、再び還元により沈殿させる処理を経るため、薬剤の使用量が多くなり、硝酸自体が高価な酸であるため、経済的に効率性高くスズを回収することは困難であった。
【0011】
一方、非特許文献1には、機能性材料の合成分野において、粉体(セラミックス、金属、高分子)の成形法として電気泳動法という手法が知られている。電気泳動法は、粒径が数十μm以下である粉体を水系又は非水系溶媒の中に分散させた懸濁液を用いて、その懸濁液中に一対の電極を挿入し外部より定電圧又は定電流の電気的な作用を加えることによって、帯電粒子を一方の電極表面に移動させ堆積させて、目的とする材料を積層させるプロセスである。このような電気泳動法は、材料の成型法として用いられており、固体粒子の相互分離法に適用される例は知られていない。
【0012】
また、非特許文献2には、電気泳動法を物質の分離に適用する例が開示されている。しかしながら、水溶性の分子やイオンのみが対象となっており、複数の元素の化合物からなる粉体の混合物から特定の粉体を分離する方法については、その可能性を含めて一切記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2007-092124号公報
【特許文献2】特開2011-026687号公報
【特許文献3】特開平10-237560号公報
【特許文献4】特許第3080947号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】J. Soc. Powder Technol., Japan, 39, 587-594(2002)
【非特許文献2】生物物理化学, 41,1-11 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明では、このような実情に鑑みて提案されたものであり、例えば銅製錬で生じる転炉煙灰等の、2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体により構成される混合物から、目的の元素を選択的に分離する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体の表面電荷の違いを利用し、その粉体により構成される混合物を分散媒体に分散してスラリーとし電気泳動の処理に付すことで、目的とする金属及び/又は金属化合物を選択的に分離回収できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0017】
(1)本発明の第1の発明は、2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体により構成される混合物を対象とし、該混合物を実質的に溶解しない液体に分散してスラリーとして、次いで、該スラリーに陽極と陰極とからなる電極対を挿入して電圧を印加することにより、特定の金属及び/又は金属化合物の粉体を陰極及び/又は陽極上に析出させる、分離方法である。
【0018】
(2)本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記混合物は、酸化スズ、及び硫酸鉛のいずれか1つ以上を含むものである、分離方法である。
【0019】
(3)本発明の第3の発明は、第1又は第2の発明において、前記液体は、水又は塩類の水溶液である、分離方法である。
【0020】
(4)本発明の第4の発明は、第1乃至第3のいずれかの発明において、前記電極対を挿入したスラリーに電圧を印加する際に、前記粉体を分散した該スラリーのpHを調整する、分離方法である。
【0021】
(5)本発明の第5の発明は、第1乃至第4のいずれかの発明において、前記混合物をスラリーとするのに先立ち、該混合物にカルボン酸を添加して粉砕する、分離方法である。
【0022】
(6)本発明の第6の発明は、第5の発明において、前記カルボン酸は、ジカルボン酸を含む、分離方法である。
【0023】
(7)本発明の第7の発明は、第6の発明において、前記ジカルボン酸は、コハク酸又はコハク酸誘導体を含む、分離方法である。
【0024】
(8)本発明の第8の発明は、第1乃至第7のいずれかの発明において、前記混合物は、煙灰に由来するものである、分離方法である。
【0025】
(9)本発明の第9の発明は、第8の発明において、前記煙灰は、銅の乾式製錬における転炉で発生した煙灰を含み、前記煙灰に含まれる酸化スズと硫酸鉛とを相互分離する、分離方法である。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、2種類以上の金属および金属化合物の粉体からなる混合物を当該粉体が溶解しない液体中に分散して電圧を印加するだけで、薬品や沈殿剤等による化学反応を生じさせることなく、粉体の表面電荷の違いのみによって、特定の金属や金属化合物の粉体を選択的に分離回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】電気泳動による分離装置を模式的に示す図である。
図2】実施例における電気泳動の処理結果を示す図であり、スラリーのpHと、陰極表面に電着したPbSO,SnOの品位(質量分率(%))との関係を示したグラフである。
図3】試料として銅製錬で発生した転炉煙灰を用い、粉砕時にコハク酸を添加して処理(実施例2)、浮遊選鉱剤を添加して処理(実施例3)したときの、電気泳動による陰極付着物のスズ品位、鉛品位を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。
【0029】
本実施の形態に係る方法は、2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体により構成される混合物を対象として。その混合物に含まれる特定の金属及び/又は金属化合物の粉体を分離する方法である。
【0030】
具体的に、この方法は、2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体により構成される混合物を実質的に溶解しない液体に分散してスラリーとして、次いで、そのスラリーに陽極と陰極とからなる電極対を挿入して電圧を印加することにより、特定の金属及び/又は金属化合物の粉体を陰極及び/又は陽極上に析出させる、ことを特徴とする。
【0031】
対象となる、2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体により構成される混合物としては、特に限定されない。例えば、詳しくは後述する、銅製錬プロセスでの転炉煙灰を挙げることができる。転炉煙灰を対象として当該方法を適用することで、酸化スズ(IV)と硫酸鉛(II)とを相互分離することができる。酸化スズ(IV)と硫酸鉛(II)とは、表面電荷が大きく異なるため、効率的に分離することができる。
【0032】
なお、もちろん、対象としては転炉煙灰に限られるものではなく、表面電荷が異なる固体粒子の混合物であれば、同様の原理により相互分離することが可能である。
【0033】
一般に、金属イオンや帯電した分子は、液体媒体中に溶解させてその液体媒体中に電極対を挿入し電圧を印加することで、化合物の電荷やその大きさによって、陰極又は陽極に移動させることが可能である。
【0034】
なお、この原理を用いた固体粒子の成膜やイオン、分子の分離方法は電気泳動法として知られている。
【0035】
また、金属及び金属化合物(以下、総じて「金属化合物」という)の固体粒子は、その表面が帯電しており、塩基性が高い金属化合物ほどプラス(+)に、塩基性が低い金属ほどマイナス(-)に帯電する性質を有している(以下の式[1],[2]を参照)。
M-OH → M+OH (塩基性が高い金属ではOHが遊離) ・・・[1]
M-OH → MO+H (塩基性が低い金属ではHが遊離) ・・・[2]
【0036】
そこで、本実施の形態に係る方法は、無機化合物である2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体(固体粒子)の混合物を対象として、その固体粒子を実質的に溶解しない液体に分散し、分散して得られるスラリーに電極対を介して電圧を印加することによって、その混合物に含まれる特定の金属及び/又は金属化合物の粉体を陰極及び/又は陽極上に析出させて分離する。
【0037】
すなわち、この方法は、無機化合物である金属及び/又は金属化合物の粉体を対象とする点が特に新規であり、いわゆる電気泳動法によって、目的とする特定の金属及び/又は金属化合物の粉体を物理的に分離(2種以上の粉体を相互分離)する方法である。
【0038】
このような方法によれば、例えば煙灰(ダスト)といった、複数種の金属及び/又は金属化合物の粉体を含む混合物から、化学的な溶解や化学反応を伴う元素の分離操作等を行うことなく、目的とする金属及び/又は金属化合物を、高い選択性でもって分離して回収することができる。
【0039】
上述したように、本実施の形態に係る方法では、まず、対象である2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体(固体粒子)の混合物を、その混合物を実質的に分解しない液体に分散してスラリーとする。「実質的に溶解しない液体」とは、実質的に無視できる程度の溶解を生じさせる液体は含み得るが、混合物を溶解せずに、その液体中に分散させスラリーの形態にすることができる液体を意味し、いわゆる分散媒体である。
【0040】
また、電気泳動は、電気分解とは異なり、多くの電流を通電する必要はないが、完全な絶縁体の液体に固体粒子からなる粉体を分散した場合には、その固体粒子表面に電場を作用させることが難しくなる。そのため、粉体の分散媒体としては、電気伝導度が一定以上高いことが望ましい。これにより、例えば不導体の非水溶媒と比べて、より効率的に電気泳動の処理を行うことができる。
【0041】
このような観点から、混合物を実質的に分解しない液体としては、水、又は、固体粒子と反応しない塩類(イオン性化合物)の水溶液を用いることが好ましい。
【0042】
なお、塩濃度は、電解反応が主反応とならないように極力低濃度とするが、逆に印加電圧は0.n~nV程度である一般的な電解精製や電解採取よりも高く、概ね数十ボルト程度を必要とする。また、混合物を実質的に分解しない液体として、鉱酸等を用いた場合、液体の電気伝導度が必要以上に高くなりすぎ、分散した粉体に加えて、陽極に用いた材料までも溶出してしまうことがある。このため、電気伝導性を一定以上有するとともに、その電気伝導性が陽極からの溶出を実質的に無視できる程度のものであることが望ましい。
【0043】
電気泳動の処理は、混合物のスラリーに、陽極と陰極との電極対を挿入し、所定の電圧を印加することによって行う。電気泳動の具体的な操作については、特に限定されず、公知の方法により行うことができる。このような電気泳動の処理により、固体粒子の表面電荷に基づき、陽極又は陰極に、目的とする特定の金属や金属化合物の粉体を泳動させ、電着させる。
【0044】
ここで、混合物を分散したスラリーに電圧を印加して電気泳動するに際しては、そのスラリーのpHを調整することが好ましい。すなわち、粉体の混合物を分散媒体中に分散したのち、pH調整を行うことによってその粉体を構成する固体粒子表面の電荷をコントロールすることが好ましい。このように、スラリーのpHを調整して表面電荷をコントロールすることで、電気泳動時の分離挙動を変えることができ、目的元素の金属や金属化合物の粉体をより効果的に分離回収することができる。
【0045】
具体的に説明すると、下記式[3]、[4]に示すように、同じ金属化合物であっても、酸性ではプラス方向に、アルカリ性ではマイナス方向に帯電する。
M-OH+H → M+HO (酸性ではOHが中和除去) ・・・[3]
M-OH+OH → MO+HO (アルカリ性ではHが中和除去)
・・・[4]
【0046】
このことから、粉体を構成する固体粒子の混合物を分散したスラリーのpHを調整することによって、分離回収したい対象金属元素と除去したい金属元素の表面電荷をそれぞれコントロールでき、電気泳動法によってより効率的にかつ効果的に相互分離することが可能となる。
【0047】
例えば、酸化スズ(IV)(SnO)等の多くの酸化物、水酸化物は、上記の式[3]や式[4]に従い、pH上昇と共に表面電荷がプラスからマイナスにシフトする。そのため、低pH領域では陰極側に泳動し、選択的に回収することができる。
【0048】
一方で、硫酸鉛(II)(PbSO)の場合では、鉛(II)の塩基性がスズ(IV)の塩基性よりも高いため、基本的には陰極に泳動しやすい性質がある。ところが、pHが低い領域ではPb(HSOのような酸性塩に分解し、pHが高い領域ではPb(OH)SOのような塩基性塩に部分的に分解するため、上記式[3]、[4]式の反応とは異なり、逆にpH上昇により表面電荷がプラスにシフトして、高pH領域においても陰極側で回収することができる。
【0049】
このように、例えば酸化スズと硫酸鉛とを固体粒子として含む混合物を対象とする場合のように、その混合物を分散したスラリーのpHを調整して、それぞれの固体粒子表面の電荷をコントロールすることで、段階的にそれぞれの粒子を相互分離することができる。
【0050】
上述したように、粉体の混合物を分散したスラリーのpH調整は、粉体の相互分離性に大きく影響する要素となる。ただし、極度に強い酸性や強いアルカリ性に調整すると、スラリー中に分散している粉体が溶解する可能性がある。そのため、対象とする化合物の化学的性質等に基づいて最適なpH範囲を選択し、そのpH範囲に調整し制御することが好ましい。
【0051】
また、pH調整の操作は、混合物をスラリー化して電気泳動の処理に付す前に行うことが好ましい。なお、スラリー中の粉体の挙動や電気泳動に影響を及ぼさない限りにおいて、電気泳動の処理中に追加のpH調整を行って、所定のpH範囲に維持制御することもできる。
【0052】
さて、本実施の形態に係る方法において、対象となる、2種類以上の金属及び/又は金属化合物の粉体により構成される混合物としては、特に限定されない。例えば、銅の乾式製錬プロセスにおける転炉で発生した煙灰を挙げることができる。またそのほか、銅以外の非鉄金属の製錬プロセスで発生する煙灰や、鉄鋼ダストを対象とすることができる。
【0053】
具体例として、銅鉱石を原料とする乾式製錬プロセスにおける転炉で発生する煙灰(転炉煙灰)は、随伴元素が濃縮分離された中間物であり、例えば、スズ(Sn)が酸化スズ(IV)(SnO)の固体粒子の形態で含まれている。また、その転炉煙灰には、鉛(Pb)が硫酸鉛(II)(PbSO)の固体粒子の形態で含まれている。上述したように、Snは転炉煙灰中において比較的含有量が多い元素であり、また経済的に回収価値が高い元素の代表例であるが、化学的に不活性な酸化スズ(IV)の形態で存在し、またPbSO等との混合物の形態で含まれるため、選択的に分離回収することが望まれる。
【0054】
このような転炉煙灰を対象として想定した場合、pHが3から2.5未満、好ましくは2以下の酸性側の領域では、電気泳動によってSnを優先的に陰極表面に付着させることができ、Pbと分離できる。一方で、pHが5を超え12程度の中性からアルカリ性の領域では、電気泳動によってPbを優先的に陰極に付着させることができ、Snと分離できる。したがって、転炉煙灰からなる混合物を分散媒体に分散してスラリーとし、そのスラリーのpHを調整制御して電気泳動の処理に付すことで、効果的にかつ効率的に、Snを分離回収することができる。
【0055】
なお、特に転炉煙灰のような雑多な成分を含有し、かつ粉体の形態や粒径が不均一である混合物を対象とする場合には、分散媒体に分散してスラリー化する前に、粉砕等の処理を施して細粒化するとともに、粒径を均一化させることが好ましい。
【0056】
調整する粒径の具体的な範囲は、個々の粒子成分等によって異なるため、適宜設定することが好ましい。例えば1μmを下回るほどに細粒化しすぎると、スラリー化するための分散媒体に溶解したり、粉塵となって舞ってしまい作業環境が悪化する可能性もあるため、好ましくない。一方で、その粒径が例えば数十μmもあるような粗大粒子であると、スラリー中においてすぐに沈降してしまい、電気泳動に付すことが難しくなる等の不都合が生じる可能性がある。したがって、混合物を構成する粉体の粒径としては、概ね、1μm以上20μm以下程度の範囲とすることが好ましく、1μm以上10μm以下程度の範囲とすることがより好ましい。
【0057】
また、電気泳動の処理は、複数回を段階的に行うようにしてもよい。具体的には、例えば、所定のpHに調整したスラリーに対して電気泳動の処理を施すことで陽極又は陰極に電着した粉体(付着物)を回収し、その後、回収した付着物を粉砕してスラリー化したのち、再度電気泳動の処理を行うようにしてもよい。これにより、回収物の純度を向上させることができる。
【0058】
なお、複数回の電気泳動の処理に際しては、各処理においてスラリーを異なるpH範囲に調整したうえで行うようにしてもよい。
【0059】
さらに、電気泳動による相互分離性を促進するには、特定の物質を粉体の表面に付着させ、目的物と他の物質との表面電荷の差を拡大させることも有効である。そこで、例えば粉体により構成される混合物にカルボン酸を添加し、その粉体の表面にカルボン酸を付着させるようにする。カルボン酸は、目的物と他の物質との表面電荷の差を拡大させるのに適した化合物であり、その酸解離定数(pKa)よりpHが低ければ分子状で効果が限定的であるが、その酸解離定数よりもpHが高ければ表面電荷を効率的にマイナスに帯電させることができる。
【0060】
カルボン酸の中でも特にジカルボン酸は、キレート効果により金属イオンと安定な結合を形成する。例えば、ジカルボン酸であるコハク酸又はコハク酸誘導体は、pKa1=4.2、pKa2=5.6と比較的中性付近において2段階で解離するため、金属やその金属化合物が酸溶解しにくく、金属表面電荷によりカルボン酸の効果を失わず、有効である。また、使用するカルボン酸の酸解離定数や親水性を制御するために、カルボン酸化合物においてスルホ基やリン酸基を導入したり、親油性を制御するためにエステル化したりすることも有効である。
【0061】
カルボン酸の添加は、粉体により構成される混合物をスラリーとするのに先立って行うことが好ましい。また、カルボン酸としては、ジカルボン酸に限られず、モノカルボン酸やトリカルボン酸であってもよい。さらに、ジカルボン酸についても、上述したコハク酸又はコハク酸誘導体に限定されず、例えば、シュウ酸、マロン酸、マレイン酸、フマル酸、又はこれらの誘導体等であってもよい。
【0062】
さて、自然界の鉱物等の粉末の混合物や、製錬工程において副産、副生する粉末の混合物については、それぞれが遊離、独立しておらず、多くの場合は粒子同士が強く付着し結合している。さらに、その表面は、外部環境による酸化や高温等の履歴を受けて変質しており、酸解離定数や親水性の制御が不安定となっている場合が少なくない。
【0063】
そこで、電気泳動の処理による分離を行う前に、鉱物等を粉砕し、それぞれの粒子を独立化することが望ましい。これにより、粉砕と同時に表面の不活性な被膜が除去され、粒子表面が粒子固有の活性な性質となる。そのため、上述したカルボン酸の添加も、粉砕処理と同時、あるいは粉砕後であって電気泳動の処理を行う前に実施することで、より高い効果を発現させることが可能となる。
【実施例0064】
以下、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0065】
本実施例では、銅製錬プロセスでの転炉煙灰を対象とし、転炉煙灰に含まれる主な成分である酸化スズ(IV)と硫酸鉛(II)とを相互分離する処理を行った。
【0066】
[実施例1]
銅製錬プロセスで発生する転炉煙灰を模擬した粉体の混合物をスラリーとし、後述の各pH条件に調整した。
【0067】
具体的には、まず、酸化スズ(IV)試薬(富士フイルム和光純薬(株)製,純度98.0+%)と、硫酸鉛(II)試薬(Aldrich製,純度99.995%)を分取した。なお、それぞれの粒径を公知の方法で測定すると、概ね0.5~20μmの範囲であった。次に、それぞれを以下の条件で湿式遊星ボールミルを用いて粉砕した。すなわち、酸化スズ、硫酸鉛のそれぞれの試薬10gに対して、ジルコニアボールφ5mmを80g、蒸留水20mlを加え、ミルの公転回転数を700rpmとして3時間粉砕した。粉砕後の粉体は、粒径が0.5~10μm程度に細粒化され、ほぼ均一な粒径に揃えることができた。なお、粒径0.5μm未満の極細粒なものは再凝集が見られた。
【0068】
次に、それぞれの粉砕後のスラリーを回収し、純水を加えて、酸化スズ(IV)スラリーと、硫酸鉛(II)スラリーとが、それぞれ全量300mlになるように希釈し調整して、次いでそこから50mlを採取した。次に、採取した酸化スズ(IV)スラリーと硫酸鉛(II)スラリーを、有効容積100mlの電解用のガラス製トールビーカーに移して混合し、混合スラリー(体積100ml)とした。
【0069】
次に、各試料をそれぞれpH2~12の範囲でpH調整した。pH測定は、pHメーター(HORIBA製,型式D-50)を使用した。また、pH調整には、硝酸(富士フイルム和光純薬(株)製,精密分析用)又は水酸化ナトリウム(富士フイルム和光純薬(株)製,試薬特級)を使用した。
【0070】
以上のように調製した混合物のスラリーに対して電気泳動の処理を施した。
【0071】
電気泳動の処理においては、図1の模式図に示すように、発泡ポリスチレン製の銅板を固定する絶縁板に銅板(横20mm×縦70mm×0.5mm厚)2枚を電極とし、銅板間の距離が10mmとなるように固定して、スラリー中に40mmの深さまで浸漬した。
【0072】
スターラー(REXIM社製,ホットスターラーRSH-1DN)を用い、回転子の回転数を800rpmに設定して、スラリーを撹拌しながら、電源装置(TOPPOWER社製,可変直流電源STP6005DH)により電極間の電位を60Vとして5分間印加した。なお、印加終了の10秒前に撹拌を停止した。また、印加終了と同時に銅板を固定板ごとスラリーから取り出した。
【0073】
電気泳動の処理の後、陰極の銅板表面に堆積した固形物を回収し、塩酸(和光純薬(株)製,精密分析用)5mlと純水5mlとの混合物10mlに溶解した。また、残渣は、炭酸ナトリウム(和光純薬(株)製,試薬特級)1gを用いて炉に入れ融解処理を行った後、再度、塩酸(和光純薬(株)製,精密分析用)5mlと純水5mlとの混合物10mlと、硝酸(和光純薬(株)製,精密分析用)2.5mlと純水2.5mlとの混合物5mlとを混合した液に溶解した。そして、ICP-OES(SPECTRO社製,商品名SPECTRO ARCOS)により定量分析を行うことにより、分離挙動を確認した。
【0074】
図2に、電気泳動法によるpH2~12における酸化スズ(IV)と硫酸鉛(II)との分離挙動を示す。図2に示されるように、pH2の条件では酸化スズ(IV)が約70質量%となる品位で回収でき、また、pH5を超え~12の条件では硫酸鉛(II)が80質量%以上となる品位で分離し回収できることが確認された。
【0075】
なお、図2の「質量分率%」は、SnとPb以外の成分が存在しないとしてPbSOとSnOとしての存在比率を示す。
【0076】
[実施例2]
銅製錬プロセスで発生した転炉煙灰(Sn:2質量%,Pb:23質量%)を、以下の条件で湿式遊星ボールミルを用いて粉砕した。具体的には、転炉煙灰10gに対して、ジルコニアボールφ5mmを80g、蒸留水20ml、さらにコハク酸1.0g(8.5mmol相当)を加え、ミルの公転回転数を700rpmとして3時間粉砕を行った。
【0077】
次に、粉砕後のスラリーを回収し、純水を加えて、転炉煙灰スラリーが全量で300mlになるように希釈し調整して、次いでそこから100mlを採取した。次に、採取した転炉煙灰スラリーを、有効容積100mlの電解用のガラス製トールビーカーに移して混合し、さらにコハク酸を0.3mmol添加して、混合スラリー(体積103ml)とした。スラリーのpHは4.0であった。
【0078】
以上のように調製した混合物のスラリーに対して電気泳動の処理を施した。
【0079】
電気泳動の処理においては、白金板を固定する絶縁板に白金板(横15mm×縦30mm×0.2mm厚)2枚を電極とし、白金板間の距離が10mmとなるように固定して、スラリー中に18mmの深さまで浸漬した。なお、電気泳動の装置の模式図は図1に示す通りである。
【0080】
スターラー(REXIM社製,ホットスターラーRSH-1DN)を用い、回転子の回転数を800rpmに設定して、スラリーを撹拌しながら、電源装置(TOPPOWER社製,可変直流電源STP6005DH)により電極間の電位を60Vとして5分間印加した。印加終了の10秒前に撹拌を停止した。また、印加終了と同時に白金板を固定板ごとスラリーから取り出した。
【0081】
電気泳動の処理の後、陰極の白金板表面に堆積した固形物を回収し、塩酸(和光純薬(株)製,精密分析用)5mlと純水5mlとの混合物10mlに溶解した。また、残渣は、炭酸ナトリウム(和光純薬(株)製,試薬特級)1gを用いて炉に入れ融解処理を行った後、再度、塩酸(和光純薬(株)製,精密分析用)5mlと純水5mlとの混合物10mlと、硝酸(和光純薬(株)製,精密分析用)2.5mlと純水2.5mlとの混合物5mlとを混合した液に溶解した。そして、ICP発光分光分析装置(ICP-OES)(SPECTRO社製,SPECTRO ARCOS)により定量分析を行うことにより、分離挙動を確認した。
【0082】
図3に、電気泳動法によるスズと鉛との分離挙動の結果を示す。図3に示すように、スズを約20質量%となる品位で回収できることが確認された。
【0083】
[実施例3]
実施例2において転炉煙灰を粉砕する際に添加したコハク酸の代わりに、スルホコハク酸塩類を30~60質量%含有する浮遊選鉱剤(Solvay社製,AERO845 PROMOTER(登録商標))を0.1ml添加したこと以外は、実施例2とすべて同じ条件として、混合スラリーの調製、及び電気泳動による処理を行った。
【0084】
反応後のpHは5.2であった。図3に、電気泳動法によるスズと鉛との分離挙動の結果を示す。図3に示すように、スズを66質量%の品位まで濃縮して回収できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明によれば、金属及び/又は金属酸化物の粉体により構成される混合物から、化学的な溶解や化学反応を伴う元素の分離操作等を行うことなく、特定の元素化合物のみを選択的に分離し、高度に濃縮することができ、工業的な価値は大きい。
図1
図2
図3