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特開2023-12355Mg除去剤およびアルミニウム合金の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023012355
(43)【公開日】2023-01-25
(54)【発明の名称】Mg除去剤およびアルミニウム合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 21/06 20060101AFI20230118BHJP
   C22B 9/10 20060101ALI20230118BHJP
【FI】
C22B21/06
C22B9/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021115954
(22)【出願日】2021-07-13
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000241485
【氏名又は名称】豊田通商株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】519016181
【氏名又は名称】豊通スメルティングテクノロジー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】日比 加瑞馬
(72)【発明者】
【氏名】八百川 盾
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】箕浦 琢真
(72)【発明者】
【氏名】川原 博
(72)【発明者】
【氏名】岩田 靖
(72)【発明者】
【氏名】伊東 享祐
(72)【発明者】
【氏名】中野 悟志
(72)【発明者】
【氏名】石井 博行
(72)【発明者】
【氏名】加納 彰
(72)【発明者】
【氏名】日下 裕生
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA02
4K001EA04
(57)【要約】
【課題】アルミニウム合金溶湯からMgを除去するために用いるMg除去剤を提供する。
【解決手段】本発明は、塩化物と酸化銅からなるMg除去剤である。塩化物は、K、NaおよびCaから選択される一種以上のベース金属元素と、Mgとを少なくとも含む。塩化物は、その全体に対して、例えば、MgClを0.2~60質量%、KClを40~99.8質量%含む。酸化銅に対する塩化物の質量割合である配合比は、例えば、0.15以上である。塩化物は、溶製塩でも混合塩でもよい。また塩化物の少なくとも一部は、ベース金属元素とMgを含む鉱物または鉱物由来でもよい。Mg除去剤の好例は、アルミニウム合金溶湯中へ導入される粒状のフラックスである。
【選択図】図3B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化物と酸化銅を含み、
該塩化物は、K、NaおよびCaから選択される一種以上のベース金属元素とMgとを少なくとも有し、
アルミニウム合金溶湯からMgを除去するために用いられるMg除去剤。
【請求項2】
前記塩化物は、その全体に対してMgClを0.2~60質量%含む請求項1に記載のMg除去剤。
【請求項3】
前記塩化物は、その全体に対してKClを40~99.8質量%含む請求項1または2に記載のMg除去剤。
【請求項4】
前記酸化銅に対する前記塩化物の質量割合である配合比が0.15以上である請求項1~3のいずれかに記載のMg除去剤。
【請求項5】
前記塩化物は、溶製塩または混合塩である請求項1~4のいずれかに記載のMg除去剤。
【請求項6】
前記塩化物の少なくとも一部は、前記ベース金属元素とMgを含む鉱物または該鉱物から得られた鉱物由来塩化物である請求項1~5のいずれかに記載のMg除去剤。
【請求項7】
前記アルミニウム合金溶湯中へ導入される粒状のフラックスである請求項1~6のいずれかに記載のMg除去剤。
【請求項8】
請求項1~7のいずれかに記載のMg除去剤とMgを含むアルミニウム合金溶湯とを接触させて、Mg濃度を低減したアルミニウム合金を得る製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金溶湯からMgを除去するフラックス等に関する。
【背景技術】
【0002】
環境意識等の高揚に伴い、軽量なアルミニウム系部材が様々な分野で用いられている。新規に精錬されたアルミニウムを用いるよりもスクラップを再利用すれば、省エネルギ化、環境負荷低減、脱炭素化等を図りつつ、アルミニウム系部材の利用を促進できる。
【0003】
スクラップを利用する場合、Al以外の様々な元素が溶湯中に混在し得る。不要または過剰な元素は、スクラップを溶解した原料溶湯(「Al合金溶湯」ともいう。)から除去する必要がある。その一例として、Mgの除去に関連する記載が下記の文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】US4097270A
【特許文献2】特開2007-154268
【特許文献3】特開2008-50637
【特許文献4】特開2011-168830
【特許文献5】GB451271A
【特許文献6】SU1008261A
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】軽金属33(1983)243-248
【非特許文献2】軽金属54(2004)75-81
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1には、Mgを含むAl合金溶湯とシリカ(SiO)を反応させて(2Mg+SiO→2MgO+Si)、MgをMgOとして除去する方法(金属酸化物処理法の一種)に関する記載がある。
【0007】
特許文献2は、Mgを含むAl合金溶湯へ、ホウ酸アルミニウム(9Al・2B)を含むペレットを添加し、Mgをそのペレット上に付着させ、反応生成物(MgAl)として除去する方法を提案している。
【0008】
特許文献3、4は、使用済みの乾電池を焙焼して得た粉末状の電池滓を、Mgを含むAl合金溶湯へ添加して、Mgを除去する方法を提案している。電池滓の主成分はZnO、MnOであり、Mgはそれら酸化物との反応物(MgO、MgMnまたはMgMnO)として除去される。電池滓に含まれる塩化物は、それら酸化物とAl合金溶湯の濡れ性を高め、反応物の生成を促進する。電池滓中の塩化物量がマンガン乾電池より少ないアルカリ乾電池の場合、塩化物(KClとNaClの混合塩)が補充される。
【0009】
特許文献5では、Al合金溶湯の精製フラックスとして、塩化マグネシウムと塩化亜鉛の混合塩を用いている。フラックスに利用できる塩として、高価な塩化銅も例示されているが、その具体例は特許文献5に記載されていない。
【0010】
特許文献6は、Mgを含むAl合金溶湯上で溶解させたフラックス(NaClとKClだけの混合塩)へ、さらに酸化銅粉末を添加して、Al合金溶湯を精製することを提案している。具体的にいうと、混合塩:100gまたは150gに対して、酸化銅が3~5g添加されている(酸化銅に対する混合塩の質量比:20~50)。酸化銅はNaClとKClの混合塩中で分解し難く、少量の酸化銅しか混合塩へ添加できなかったと考えられる。
【0011】
非特許文献1、2には、塩素ガス処理法とフラックス処理法に関する記載がある。塩素ガス処理法では、Al合金溶湯中へ吹き込まれた塩素、六塩化エタン、四塩化炭素等のガスと反応したMgが、MgClとして除去される(Mg+Cl→MgCl)。フラックス処理法では、Al合金溶湯中へ添加されたフッ化物(AlF、NaAlF、KAlF等)と反応したMgが、MgFとして除去される(例えば、3Mg+2AlF→3MgF+2Al)。このような処理法は、ドロス等にトラップされてロスとなるAl量が増加すると共に、作業環境の悪化や有害廃棄物の発生等を招く。
【0012】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、Al合金溶湯からMgを効率的に除去できる新たなMg除去剤等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、酸化銅と除去対象であるMgを含む塩化物とを有するフラックスを用いることにより、Al合金溶湯中に含まれるMgの濃度を効率的に低減できることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0014】
《金属除去剤》
本発明は、塩化物と酸化銅を含み、該塩化物は、K、NaおよびCaから選択される一種以上のベース金属元素とMgとを少なくとも有し、アルミニウム合金溶湯からMgを除去するために用いられるMg除去剤である。
【0015】
本発明のMg除去剤(単に「除去剤」ともいう。)によれば、有害廃棄物の発生や作業環境の悪化等を回避しつつ、アルミニウム合金溶湯(適宜、「Al合金溶湯」または単に「溶湯」という。)からMgを高効率または低コストで除去できる。
【0016】
《アルミニウム合金の製造方法等》
本発明は、上述したMg除去剤とMgを含むアルミニウム合金溶湯とを接触させて、Mg濃度を低減したアルミニウム合金を得る製造方法(アルミニウム合金の精製方法、Mg除去方法等)としても把握される。除去剤と溶湯の接触方法は、例えば、除去剤の湯面への添加、除去剤の溶湯中への強制導入(フィーダ等による圧送)等によりなされる。
【0017】
Mg除去前の溶湯(適宜「原料溶湯」ともいう。)がアルミニウム系スクラップを利用して調製される場合、本発明は、再生アルミニウム合金の製造方法(アルミニウム合金の再生方法等)としても把握されてもよい。なお、Mg除去後のAl合金は、凝固物(インゴット等)として利用されても、溶湯(半溶融状態を含む)のまま利用されてもよい。
【0018】
《その他》
(1)本明細書でいう濃度や組成は、特に断らない限り、対象物(溶湯、組成物等)の全体に対する質量割合(質量%)で示す。適宜、質量%を単に「%」で示す。
【0019】
(2)Mg除去前の溶湯は、Mgを含み、Alが主成分(溶湯全体に対してAlが50原子%超、70原子%以上さらには85原子%以上)であれば、具体的な組成を問わない。Mg除去前の溶湯全体に対するMg濃度は問わないが、例えば、3質量%以下さらには1質量%以下であるとよい。Mg除去後の溶湯または合金は、鋳造用でも展伸材用でもよい。
【0020】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】金属酸化物と金属塩化物の660℃における標準生成自由エネルギ図である。
図2】フラックスによりAl合金溶湯からMgが除去される機序を示す説明図である。
図3A】溶製塩と酸化銅からなるフラックスを用いたMg除去処理を示す工程模式図である。
図3B】フラックスの配合比とAl合金溶湯中のMg濃度との関係を示すグラフと、その一部区間(配合比:0~1.05)を拡大したグラフである。
図3C】Mg除去処理後の溶湯表面と除滓した灰を示す写真である。
図4】塩化物中のMgCl濃度とAl合金溶湯中のMg濃度との関係を示すグラフである。
図5】Mg除去処理の保持時間とAl合金溶湯中のMg濃度またはCu濃度との関係を示すグラフである。
図6A】混合塩と酸化銅からなるフラックスを用いたMg除去処理を示す工程模式図である。
図6B】そのMg除去処理によるAl合金溶湯中のMg濃度とCu濃度を示す棒グラフである。
図7A】カーナライトを含むフラックスを用いたMg除去処理を示す工程模式図である。
図7B】そのMg除去処理によるAl合金溶湯中のMg濃度を示す棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、方法的な構成要素であっても物(例えば、除去剤やAl合金(溶湯))に関する構成要素ともなり得る。
【0023】
《Mg除去原理》
本発明の除去方法により、Al合金溶湯からMgが除去される原理は次のように考えられる。
【0024】
(1)酸化還元反応(電気化学反応)
Al合金溶湯に含まれるMgは、次のように酸化され得る。
アノード反応:Mg → Mg2++2e- (10a)
【0025】
一方、除去剤に含まれるCu2+は、次のように還元されて析出し得る。
カソード反応:Cu2++2e- → Cu (10b)
【0026】
(2)酸化銅
Cu2+源がCuOであるとき、上述した酸化還元反応は次のように示される。
CuO+Mg → Cu+MgO (1)
【0027】
図1に示す金属元素の塩化物・酸化物の標準生成自由エネルギ(単に「自由エネルギ」ともいう。)に基づくと、反応式(1)は、自由エネルギ変化ΔGが負(ΔG<0)となる安定な方向、すなわち、左辺から右辺に進行することになる。
【0028】
ちなみに、図1に示した各自由エネルギは、Knacke O., Kubaschwski O., Hesselmann K.,“Thermochemical Properties of Inorganic Substances"(1991),SPRlNGER-VERLAGに依る。図1には、660℃における各自由エネルギを示した。少なくとも660~800℃における各自由エネルギの傾向(大小関係)は、図1に示した各自由エネルギと同様な傾向となる。
【0029】
本発明者の実験によると、CuOはAl合金溶湯に濡れ難くいため、CuOをそのままAl合金溶湯中へ加えても、反応式(1)は容易に進行しなかった。また、CuOをNaClとKClだけの混合塩と共にAl合金溶湯へ加えても、やはり反応式(1)の進行は遅かった。
【0030】
ところが、Cu2+源として銅塩化物(CuCl)を用いると、下記に示す酸化還元反応は容易に進行した。但し、CuClそのものは高価なため、Al合金の工業的な精製に用いる除去剤(フラックス等)の原料として好ましくない。
CuCl+Mg → Cu+MgCl (2b)
【0031】
(3)塩化マグネシウム(MgCl
本発明者がさらに研究したところ、Al合金溶湯からの除去対象であるMgを含む塩化物(例えばMgCl)とCuOとを含む除去剤を用いた場合、下記に示す反応が容易に進行することがわかった。
CuO+MgCl → CuCl+MgO (2a)
【0032】
反応式(2a)で得られたCuClは、上述した反応式(2b)により、Al合金溶湯からのMgトラップに寄与する。反応式(2a)と反応式(2b)が共に左辺から右辺へ進行することは、図1に示した各自由エネルギ変化ΔGが負(ΔG<0)となる安定な方向であることにも合致する。
【0033】
Al合金溶湯から除去剤へトラップされたMgはMgCl→MgOと変化し、MgOからMgClへは戻らない。これは、図1の拡大部に示すように、Mg酸化物(MgO)がMg塩化物(MgCl)よりも自由エネルギが小さいことからもわかる。こうしてAl合金溶湯中のMgは、MgOとして除去剤に取り込まれて低減される。
【0034】
(4)小括
反応式(2a)と反応式(2b)を合せると反応式(1)となる。逆にいえば、反応式(1)は反応式(2a)と反応式(2b)に分割され得る(図1参照)。この場合、反応式(2a)、(2b)に現れるMgClは、触媒的に作用して、反応式(1)を左辺から右辺へ進行さると考えられる。
【0035】
こうして、Mgを含む塩化物と酸化銅からなる除去剤をAl合金溶湯に接触させると、反応式(1)が進行して、Al合金溶湯中のMgはMgOとして除去される。なお、除去剤中のCuOは、還元されたCuとして析出し得る。このような各反応を図2に模式的に示した。
【0036】
ちなみに、理由は定かではないが、析出したCuは、その殆どが除去剤(溶融塩化物)中に取り込まれ、基本的にAl合金溶湯中へ混入しない。また、CuOは比較的廉価であり、Al合金の工業的な精製に用いる除去剤(フラックス等)の原料として好適である。
【0037】
《塩化物》
塩化物は、少なくともベース金属元素とMgを含むとよい。塩化物は、金属元素とClのみからなる金属塩化物であるとよいが、他の非金属元素(ハロゲン元素を含む)を含んでもよい。また塩化物は、Mgと特定のベース金属元素以外の金属元素(例えば、K、Na、Ca以外のアルカリ金属(Li等)やアルカリ土類金属(Ba等))を含んでもよい。
【0038】
ベース金属元素は、K、NaおよびCaから選択される一種以上からなる。ベース金属元素の塩化物(単に「ベース塩」という。)は、安定であり(図1参照)、上述した酸化還元反応等に直接関与しない。ベース塩は、Al合金溶湯との濡れ性、Al合金溶湯からのMgの捕集性、生成物(例えばMgOや析出Cu)の保持性等の確保に寄与する。
【0039】
ベース塩は、KCl、NaClまたはCaClの単塩でも複合塩でもよい。複合塩を用いると、融点、蒸気圧、密度、濡れ性または吸湿性等の調整やコスト低減などが可能となる。複合塩は、安定で比較的融点が低いKClを含むとよい(図1参照)。例えば、塩化物全体に対してKClは、40~99.8質量%、50~80質量%さらには55~60質量%含まれてもよい。なお、NaClは、塩化物全体に対して、例えば、25~65質量%、30~50質量%さらには35~45質量%含まれてもよい。
【0040】
ベース金属元素とMgを含む塩化物(全部または一部)は、複数種の原料塩の混合物(混合塩)でも、原料塩全体を溶融させた後に固化させた溶製塩でも、鉱物や鉱物から得られた鉱物由来塩化物等でもよい。ベース金属元素とMgを含む鉱物として、例えば、カーナライトがある。鉱物由来塩化物として、例えば、そのカーナライトの無水物(例えばKMgCl)がある。
【0041】
塩化物に含まれるMg(さらにはMgCl)は、上述したように、Al合金溶湯からのMg除去処理(特にその初期段階)において、触媒的に作用する。このため、塩化物中のMgは、反応式(2a)を右辺へ進行させ得る程度あれば足る。そこで除去剤は、塩化物全体に対してMgClを、例えば、0.2~60質量%、0.3~55質量%、0.4~40質量%、0.5~30質量%、2~20質量%さらには7~15質量%含むとよい。なお、MgClが過多になると、Mg除去処理中にMgClの蒸発や塩素ガス(Cl)の発生が起こり易くなる。
【0042】
なお、Mg除去処理中、反応式(2a)に示すように、MgClがMgOとなり消費される。一方、反応式(2b)に示すように、Al合金溶湯から取り込まれたMgがMgClとなる。こうしたMgClの消費と補充を繰り返しつつ、Al合金溶湯中のMgは除去剤に含まれるCuO量に応じて、MgOとして除去される。
【0043】
《酸化銅》
酸化銅は主にCuOであるが、CuOを含んでもよい。また、Mg除去処理中に、CuOの少なくとも一部はCuOに変化してもよい。
【0044】
《配合比》
Al合金溶湯からMgを効率的に除去するためには、塩化物と酸化銅の両方が必要である。酸化銅に対する塩化物の質量割合である配合比(塩化物/酸化銅)は、例えば、0.15以上であるとよい。さらにその配合比は、例えば、0.2~9、0.25~7、0.5~5さらには0.7~2.5としてもよい。
【0045】
《Mg除去剤》
除去剤は、塩化物と酸化銅の混合物でも溶製物でもよい。除去剤は、塊状、粒状(粉砕粉状、顆粒状、粉末状等)など、種々の形態をとり得る。除去剤が粒状であるとき、その粒サイズ(「粒径」ともいう。)は、例えば、最大長(直径)が0.1~8mm、0.5~5mmさらには1~3mm程度である。除去剤の粒径や粒度分布は、Al合金溶湯中における分散性や溶解性等を考慮して調整される。
【0046】
Mg除去剤は、例えば、Al合金溶湯中へ導入される粒状のフラックスまたはその原料塊(固形物)である。この他、Mg除去剤は、Al合金溶湯の湯面上に所定厚の溶融塩層を形成するために利用されてもよい。
【実施例0047】
Mgを含むAl合金溶湯へ種々のフラックスを導入し、各フラックスによるMg除去量(Mg濃度の低減度合)を評価した。このような具体例に基づいて本発明をより詳しく説明する。
【0048】
《Mg除去処理の概要》
(1)Al合金溶湯
除去対象であるMgを含むAl合金溶湯(「Al-Mg溶湯」とも記す。/原料溶湯)として、表1に示す溶湯1~4のいずれかを用いた。各溶湯は、所望組成に応じて秤量した合金原料を黒鉛製の坩堝内で溶解させて調製した。特に断らない限り、実験に供した溶湯はいずれも、710℃(±20℃)、1000gとした。
【0049】
(2)塩化物
フラックスを構成する塩化物には、特に断らない限り、表2に示す塩化物1~5のいずれかを用いた。それらのベース塩には、NaClとKClの複合塩を用いた。塩化物は、特に断らない限り、混合塩または溶製塩とした。
【0050】
混合塩は、所望組成に秤量した粉末状の原料塩(NaCl、KCl、MgCl)をそのまま混合して調製した。その原料塩には、市販の試薬を用いた。この点は後述する酸化銅も同様である。
【0051】
溶製塩は次のように調製した。先ず、ベース塩となる原料塩(NaClとKCl)をアルミナ製タンマン管に入れて730℃(±20℃)に加熱して溶解させる。その溶融したベース塩へMgClを添加して、全体が溶解した溶融塩を金型(φ40×20)へ注入して固化させる。得られた固形塩をアルミナ製の乳鉢中で粉砕して、粒径(最大長)5mm以下の粒状とした。なお、いずれの処理も大気雰囲気中で行った。
【0052】
(3)フラックス
各塩化物と粉末状の酸化銅(CuO)を秤量して、表3に示す配合比となるフラックスを調製した。配合比は、酸化銅に対する塩化物の質量割合である。表3には、フラックス全体(塩化物+酸化銅)に対する塩化物の質量割合も併せて示した。特に断らない限り、フラックスの配合比は、表3に示すいずれかとした。
【0053】
(4)Mg除去処理
粒状(粉末状を含む)のフラックス(塩化物と酸化銅)を市販のアルミニウム箔(厚さ:11μm)に包んで、坩堝内のAl合金溶湯中へ導入した。フラックスを導入した溶湯をアルミナ製の保護管で1分間撹拌した後、10分間または30分間保持(静置)した。なお、処理中の溶湯は、電気炉により一定温度に保持した。
【0054】
(5)分析
所定の保持時間が経過した坩堝の略中央付近から採取したAl合金溶湯を、金型(ステンレス製分析型)へ注入し、大気中で自然凝固させて、分析試料(Al合金)を得た。
【0055】
Al合金の化学成分(Mg濃度、Cu濃度)は、蛍光X線分析装置(XRF:株式会社リガク製ZSX Primus II)で分析した。本実施例で示す各成分組成(濃度)は、Al合金全体に対する質量割合である。
【0056】
《実施例1》
フラックスの配合比がAl合金溶湯のMg濃度に及ぼす影響を次のような実験により評価した。
【0057】
(1)処理
配合比(表3)の異なる各フラックスをAl合金溶湯(表1の溶湯1)へ加えて、図3Aに示す手順に沿ってMg除去処理を行った。フラックスの配合は、CuO:5g(一定)に対して、溶製した塩化物4(表2)の質量を調整して行った。例えば、配合比:1のフラックスなら、CuO:5gに対して、塩化物4(KCl-41.8%NaCl-5%MgCl):5gを配合した。
【0058】
(2)評価
フラックスの配合比と処理後のAl合金中のMg濃度との関係を図3Bにまとめて示した。
【0059】
図3Bから明らかなように、酸化銅とMgを含む塩化物との共存により、保持時間が10分程度でも、Al合金溶湯からMgを効率的に低減できることがわかった。特に、それら配合比が0.15以上になると、急激にMg濃度が低減されることがわかった。また配合比が0.5以上さらには1以上になるとMg濃度が略最小値となり、それよりも配合比が増加しても、その状態が維持される(つまり飽和状態となる)こともわかった。
【0060】
なお、上述したフラックスの配合比を9にしたとき、塩化物が溶湯表面(湯面)上で溶融塩層を形成するようになった。フラックスによるMg除去処理性(作業性)を考慮すると、配合比を9以下さらには8以下にするよい。
【0061】
(3)観察
処理後の溶湯表面や除滓した灰を観察した。フラックスの配合比を0または1としたときの観察例(保持時間:30分間)を図3Cに併せて示した。配合比:0のとき、溶湯表面や灰に未反応なCuOが見られた。一方、配合比:1のとき、溶湯表面や灰に、そのようなCuOは見られなかった。溶融した塩化物(特にベース塩)により、Al合金溶湯に対する酸化銅の濡れ性が向上して、Al合金溶湯からMgが効率的に除去されるようになったと考えられる。
【0062】
また図3Cからわかるように、配合比:0のとき、溶湯表面や除滓した灰に、トラップされた金属Alが観察された。一方、配合比:1のとき、溶湯表面や除滓した灰は、そのような金属Alを含まず、ドライな状態であった。
【0063】
《実施例2》
フラックス(塩化物)中のMgCl濃度がAl合金溶湯のMg濃度に及ぼす影響を次のような実験により評価した。
【0064】
(1)処理
MgCl濃度の異なる塩化物1~5(表2)と酸化銅からなるフラックスを溶湯1(表1)へ加えて、図3Aに示す手順に沿って実施例1と同様に、Mg除去処理を行った。本実施例ではいずれも、配合比:1(CuO:5g、各塩化物:5g)とした。
【0065】
(2)評価
塩化物中のMgCl濃度と処理後のAl合金中のMg濃度との関係を図4にまとめて示した。
【0066】
図4から明らかなように、塩化物中にMg(Mg2+)が含まれることにより、保持時間が10分程度でも、Al合金溶湯からMgを効率的に除去できることがわかった。特に、塩化物中のMgCl濃度が僅か0.3質量%超(例えば0.5~7質量%さらには1~6質量%)程度でも、急激にMg濃度が低減されることが明らかとなった。既述した反応式(1)が、反応式(2a)、(2b)を経由して進行したためと考えられる。
【0067】
《実施例3》
フラックスの導入後の保持時間がAl合金溶湯のMg濃度に及ぼす影響を次のような実験により評価した。
【0068】
(1)処理
塩化物4(表2):10gと酸化銅:10g(配合比:1)からなるフラックスを、溶湯2(表1):1800gへ加えて、図3Aに示す手順に沿って実施例1と同様に、Mg除去処理を行った。但し、本実施例では、Al合金溶湯へ導入したフラックスの撹拌後の保持時間を、10分間、20分間、30分間または60分間とした。
【0069】
(2)評価
その保持時間と処理後のAl合金中のMg濃度との関係を図5にまとめて示した。図5から明らかなように、Al合金溶湯中のMg濃度は保持時間と共に低減したが、20分程度の保持時間で、Al合金溶湯中のMg濃度は十分に低減されることもわかった。
【0070】
《実施例4》
調製方法やMgCl濃度を変更した塩化物を用いたフラックスによるAl合金溶湯のMg濃度低減に及ぼす影響を次のような実験により評価した。
【0071】
(1)フラックス
塩化物には、粉末状の原料塩(KCl:1g、NaCl:0.5g、MgCl:1.5g)を溶製せずに混合のみしてなる混合塩(KCl-10%NaCl―50%MgCl)を調製した。この混合塩:3gに酸化銅:6g(配合比:0.5)を加えて、粉末状のフラックスを得た。
【0072】
(2)処理
図6Aに示す手順に沿って、そのフラックスをAl合金溶湯(表1の溶湯3/1000g)へ加えてMg除去処理を行った。溶湯温度:750℃、撹拌後の保持時間:30分間とした。
【0073】
(3)評価
Mg除去処理の前後におけるAl合金中のMg濃度とCu濃度を対比して図6Bに示した。図6Bから明らかなように、MgCl濃度の高い混合塩を用いたフラックスでも、Al合金溶湯中のMg濃度を十分に低減できることがわかった。
【0074】
なお、Al合金溶湯中のCu濃度は、Mg除去処理の前後で殆ど変化がなかった。これにより、Mg除去処理で析出したCuは、Al合金溶湯中へ殆ど混入せず、フラックスの残渣(除滓した灰)に取り込まれることもわかった。
【0075】
《実施例5》
鉱物由来の塩化物を用いたフラックスによるAl合金溶湯のMg濃度低減に及ぼす影響を次のような実験により評価した。
【0076】
(1)フラックス
塩化物の調製には、カーナライトの溶融脱水物(株式会社パイロテック・ジャパン製プロマグF)を用いた。その組成(質量割合)は、KCl-45.5%MgClであった。その組成分析は、K:原子吸光法、Mg:ICP発光分光分析法、Cl:イオンクロマトグラフ法により行った。
【0077】
カーナライトの溶融脱水物(適宜、単に「カーナライト」という。):5gに酸化銅:5g(配合比:1)を加えたフラックスと、そのカーナライト:0.5gとKCl:4.5gからなる混合塩(合計5g)に酸化銅:5g(配合比:1)を加えたフラックスとを用意した。カーナライトおよび混合塩は、溶製せず粒状のまま用いた。
【0078】
(2)処理
図7Aに示す手順に沿って、各フラックス(10g)をAl合金溶湯(表1の溶湯4/1000g)へ加えてMg除去処理を行った。溶湯温度:710℃、撹拌後の保持時間:30分間とした。
【0079】
(3)評価
Mg除去処理の前後におけるAl合金中のMg濃度とCu濃度を対比して図7Bに示した。図7Bから明らかなように、鉱物由来の塩化物を用いて調製したフラックスでも、Al合金溶湯中のMg濃度を同様に低減できることがわかった。
【0080】
またフラックスの配合に際して、カーナライトのみを用いるよりもKClとカーナライトの混合塩を用いる方が、Mg濃度はより低減した。MgClを多く含むカーナライトを用いると、Mg除去処理中にMgClの蒸発やClの発生が起き、結果的に塩化物自体が減少したためと考えられる。
【0081】
いずれにしても、Mgを含む塩化物に鉱物を利用することで、塩化物の溶製省略によるフラックスの低コスト化、Mg除去処理時に発生する塩素ガス抑制による作業環境改善等が図られる。
【0082】
以上のことから、本発明のMg除去剤を用いることにより、Al合金溶湯中からMgを効率的に除去できることが確認された。
【0083】
【表1】
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図4
図5
図6A
図6B
図7A
図7B